唯「奇跡も、魔法も、あるんだよ」 (69)

0 プロローグ


絶望の鐘が鳴る。
地球最後の太陽が堕ちる。

「最後の変身だね」

私は光に包まれる。
希望と絶望に包まれた、そんな光に。


"私たちは、朝を嫌った"




これは、奇跡の物語。
私がずっと私であって、彼女がずっと彼女であった物語。

1人で見上げる灰色の空に、私は高く手を伸ばした。


これは、もしもの物語。
ただの、唯の青春の物語。
夢みたいな。

……そんな現実の物語。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1521297992

けいおんのクロスSS『白金の空』第一部です。

全四部、第一部はまどマギとのクロスオーバーです。
全13万字。

シリアス、若干グロテスクありですのでご了承を。
よろしくお願いします

>全13万字。

久々に逸材が来たな

1.

学校の鐘が鳴る。気持ちのいい日差しにやはり眠気も黙っていないようで、私はうとうと夢見心地だった。

「こーら唯! さっさと部室行くぞー」

りっちゃんは私をがくがくと振り回すと、いつもみたいにイタズラっぽく笑った。私もえへへと笑ってしまう。

「澪ちゃんとあずにゃんは?」

「澪は当直だ。梓は知らんっ」

ふーん、そう私はふらつく頭で立ち上がる。重たいキー太を持ち上げて、部室へと向かうのだった。

2.

「りっちゃーーん」

ドラムのお手入れをしてるりっちゃんは、私のほうを見ずに空返事をした。

「あずにゃん遅いねーー」

「ん、梓なら職員室で見たぞ?」

澪ちゃんも澪ちゃんで、ノートと睨めっこしている。新しい歌詞作りだろうか。

「えーじゃあ、私職員室見てこようかな」

「普通に待ってればいいんじゃないか? まだ言うほど経ってないけど」

「でもね澪ちゃん、私はひまなのです」

「じゃあ歌詞作り手伝ってくれないか……?」

私はだらーっと長椅子の上で横になっている。あずにゃんがいないとひまだなぁと思いながら、それに何かがおかしいような気がしながら。

「私、いってくるよ!」

澪ちゃんが何か言っていた気がするけど、聞き終わる前に私は部室を駆け出ていた。

3.

「あー! あずにゃん!」

廊下の向こうからあずにゃんがやって来るのが見えて、私はブンブンと手を振った。

「職員室に何か用だったの?」

「え、いや特には……」

あずにゃんは少し気まずそうに手に持っていた紙を隠した。

54点

そんな赤い文字がちらりと見えた。
私が気づいたことに気づいたようで、あずにゃんは目線を下げて小さな声で、

「ごめんなさい」

そう言った。
追試なんて誰にでもある。あずにゃんにも筆の誤りなんだよ、そう冗談を言うのはなんとなく憚られた。


「唯はさ……」


目が合った。彼女はぱくぱくと口を動かすけれども、何か諦めたみたいに口調を変えた。

「唯は、ここまで何しに来たの?」

「あずにゃんを探しに来たのです! 早く通し練習したかったんだよ~」

私はあずにゃんの腕をやんわりと掴んで引っ張った。

3日後は2年目の桜校祭。
ほんのりと日差しの暖かい、穏やかな秋のことだった。

4.夜

「おねーちゃーん! ごはんできたよー!」

「今行くよー!」

ハンバーグだっ、匂いが鼻に広がって来て身体が軽くなる。

「おお~! おいしそうだねぇ」

「えへへ、さっ食べよ?」

いただきますと手を合わせ、味わってハンバーグをかきこんだ。
しばらく憂は私に今日の出来事を尋ねて、普段と対して変わらない日常の語りを楽しそうに聞いてくれた。

「あ、そうだお姉ちゃん」

憂は席を立って音楽プレイヤーを持って来て差し出した。

「今回の学園祭には間に合わなかったけど、これ。結構自信作なんだ。後で聞いてくれる?」

後で、というのは食事中だからだろう。私は最後の野菜を口いっぱいに詰め込んでお皿を下げると、面白そうに笑う憂にしたり顔をして、イアホンを耳につけた。

♪~♪~

「今回はね、ちょっと落ち着いた曲にしてみたの。ほら、『ごはんはおかず』が結構ポップな曲だったからね」

私は少し新鮮だった。こんなゆっくりとした、こういうのをバラードって言うのかは分からないけれど、そんな曲を憂が作ったのは初めてだったからだ。

「どうかな……?」

「すごいよ……さすが憂!」

うーいー、と私は抱きつく。
本当はこの曲も入れたいんだけど、3日後じゃ流石に間に合わないよね。

「いつもありがとね」

「うんん、お姉ちゃんのおかげで私、いつも頑張れてるから」

面と向かってそう言われると、とても照れる。私はパソコンの前のイスに座って、

「この曲、あずにゃんにも聞かせてあげよ! いいよね?」

「もちろん! え、でも梓先輩? 澪先輩じゃなくて」

「もちろん後で澪ちゃんにも見せるけど、まずギターの梓先輩の意見を聞きたいっす!」

後でキー太にも教えてあげよう、私は溢れるものを抑えきれずに、あずにゃんに向けてのメールを打ち込んでいったのだった。

5. past  律side 1年生4月

「入部希望者を待つ!!」

「……待つの?」

「待ぁつ!」

澪はいつもみたいに困ったように笑っている。強引に連れて来たのは普通ならまずいのかもしれないけど、私は今までこうやって澪と過ごしてきたんだ。澪もなんだかんだはっきりしてるところもあるから、本当に嫌なら自分から出て行くだろう。

それから間も無く、

「あの~見学したいんですけど……」

「…!! 軽音部のっ?!」

「い、いえ。ジャズ研の……」

「軽音部に入りませんか?! 今人数が足りなくて!」

「え、あの……」

「後悔は……させません!!」

「おい律! そんな誘い方したら迷惑だろ?」

澪が割って入る。私がブーブー言って、澪が鞄を担ぎながら何か言おうとしたその時、

「あ、あの!」

人付き合いの苦手そうな、このきれいな黒髪のツインテールの子は意を決したように私に詰め寄った。

「一年生、ですよね? 私と同じで。他に部員いないんですか?」

「そう、後2人集めないと廃部になっちまうんだよ」

じゃあ、と彼女は視線を泳がせて、多分澪のことを見て、しばらく考えたあと、

「……練習」

「ん?」

「練習、真面目にやっていきますか? 私、もっともっと上手くなって、大勢の人の前ですごい演奏をしてみたいんです!」

勢いに気圧された。澪もびっくりしているようだった。

「ももももちろん! がっつり練習していくぞ!」

彼女は澪を見た。期待と不安がごちゃごちゃになった目だ。

「ほんとう……ですか?」

「まあ私はまだ軽音部に入るなんて言ってなゴフゥ」

鳩尾に腹パンした。

「ま、まあやるからには本気だよな。少なくとも私は。律の方は不真面目だけど、ドラムに関しては毎日楽しそうにやってるから平気だと思うよ」

彼女の表情が少し明るくなった。また少し考えた後、

「分かりました。私も仲間に、えっと……仲間に、いれてください!!」

やった! そう私は彼女の手を取って笑いかけた。

「私はドラムの田井中律! でこっちがベースの秋山澪」

「私は中野梓です。担当はギターを少々……」

よろしく、と澪とも握手した。澪も軽音部参加を決めてくれたようだ。

「後は……」

私は未来の入部希望者を想像して、

「キーボード、だな!」

走り出した。梓と澪の手を引っ張って。まずはファーストフード店にでも行って梓と話をしよう。それから後1人について考える。

「お、おい引っ張るなって!」

軽音部は動き出す。私たちは廊下を駆け抜けた。


……曲がり角で同じクラスの人とすれ違った。その人は金髪のきれいな、お嬢様みたいな少女だった。

>>3 人が見てくれていると思うと心強いです
どうぞゆっくりしていってください

7.放課後  Butterfly Effect

「どうなの、かな」

「ん、なにが?」

今日の軽音部の活動も終わって先ほどりっちゃんや澪ちゃんと別れ、またあずにゃんと二人きりになった。太陽はほとんど沈んでしまって、暗いオレンジが西側の空を包み込む。

「ほら、昼休みの……きゅうべえの」

「あーあれのことね」

私の中で答えは出ている。だからこそ議論は不要だ。

ーー魔法少女になってくれたら、なんでも一つだけ願いを叶えてあげる。

ーー魔法少女になったら、魔女と戦う使命を背負うことになる。

これだけで根拠は充分。こんな夢みたいな話は滅多にない。他にはない。きっとこれを逃したら、一生こんなチャンスは来ないだろう。だから、


「私は絶対に魔法少女になんかならないよ」

あずにゃんがびっくりしてポカーンとしている。そんなに変なこと言ったのかな。

「え、だって唯は面白そうって言ってたよね。だから私は、唯がなるなら一緒にならなきゃって思ってたんだけど」

あずにゃんはどこか安心したような顔で私の方を見ていた。私も彼女の方に向くと、

「だってね、私はこの日常が願いなんだもん。あずにゃんとこうやってお喋りしたり、りっちゃんや澪ちゃんと練習したりするの、すっごく楽しいもん」

中学の頃を思い出す。クラスみんなと仲良くなって、みんなによくしてもらいながら、でも本当の友達は和ちゃんしかいない。遊びに行ったりしたのは、ほどんどが和ちゃんだけだった。

軽音部を始めてから、私は変わった。和ちゃんはそんなに変わってないと言ってたけど、正確には変わったのは私ではなく周りだって、つまり環境が変わったんだって言ってたけれど、私の願いはこの環境がずっと続いてくれることだったと思う。

「だからあずにゃんにもお願い。絶対に魔法少女にはならないでね。私の一生のお願いだから」

彼女のぬくもりはいつも私を安心させてくれた。りっちゃんと澪ちゃんは仲がいいので、自然と私はあずにゃんと二人きりになることが多くなる。和ちゃん以来初めての二人きりの友達。和ちゃんもあずにゃんも、ずっと私と遊んでくれるのかな。

「分かったよ。唯がそこまで言うんなら、私もそうする」

信号が赤になった。いつも私たちが別れる交差点だ。二人して信号を待っている。

なんだか手を離したくなくて。反対側の歩行者信号が点滅し始めたのが嫌で、私は強く手を握った。

「じゃあ、また明日」

青になり、あずにゃんは歩き出した。私はそっと手を離す。笑えてたかな、あずにゃんも私に笑いかけてくれた。

その時。

その時、彼女は固まった。

物凄い音が迫っていた。

私は思い切り手を伸ばす。彼女も辛うじて手を伸ばす。




しかしその手は届かなくて。


目の前を、トラックが突き通って行った。

8.

夜、だった。

夢をみていた。多分、幸せな夢を。

「ゆ、唯……」

「澪ちゃん! あずにゃんは!?」

「落ち着け唯!」

近くにいた澪ちゃんが私に近づいてくる。私は起き上がろうとしたけれど、上手く動くことができなかった。

「あ、あずにゃんが……あずにゃんが!」

「落ち着け!!」

澪ちゃんは私を抱きしめた。頭を撫でてくれた。いつの間にか流れていた涙が澪ちゃんの肩を濡らす。

息が苦しい。身体が震える。息が苦しい。息ができない。

澪ちゃんが何か耳元で囁いていたけど、何を言っているのかは分からなかった。


5分くらい経った後、呼吸は少し落ち着いた。澪ちゃんは私を離して、言い聞かせるように、私の手を握って言った。

「唯はすぐ気を失って、その時に地面に頭をぶつけたんだ。その怪我は大したことない」

そんなことはどうでもいい。

「あずにゃんは……?」

「……梓は…………」

澪ちゃんはもう一度私を抱きしめた。
それが答えだ。
これが現実だ。

「……即死、だったそうだ」

何も見えなかった。何も聞こえなかった。

何も、何もかもいらなかった。

あずにゃんのいない、この世界は。

9.  6日後

「……唯、唯」

雲はゆっくりと流れる。ゆっくりと時間も流れていった。あの出来事が6日前だということが嘘かのようだ。私はなんとか、しばらくぶりに学校に登校してきた。

「唯、次の美術、頑張れる?」

和ちゃんはいつもより優しく話しかけてくれる。和ちゃんもあずにゃんと仲良かったから、辛いと思うのに、私の気遣いをしてくれる。
クラスのみんなもそうだ。あずにゃんは私とはクラスが違うから、あずにゃんを直接知っているクラスメイトはあまりいないので、みんな軽音部の、特に私の心配をよくしてくれた。

私は和ちゃんに頷くと、私の頭を撫でてくれた。

「あんまり無理しちゃだめよ? 辛い時はみんなに頼ればいいし、逃げたい時は私に頼ればいいから」

私はまた頷いた。ありがとう、そう心の中でお礼を言った。

その後の美術の時間、授業中に発作的に泣き出した私を、和ちゃんはすぐに教室から連れ出して、泣き喚く私をずっと抱きしめてくれた。

10.

「お姉ちゃんどこ行くの?!」

憂が玄関に走ってきた。今は夜11時。普通は出かけない時間かもしれない。

私が黙っていると、憂は真後ろまで来ていた。

「変なこと……考えてないよね」

私の袖を軽く掴む手を私は握り、私は笑って頷いた。

私は憂の渡してくれたコートを来て、なんとなく歩き出した。


11.

…………不細工な顔。

コンビニのトイレで手を洗っていた。
酷いクマ、半開きな目、ボサボサな髪、唇もガサガサだ。
クラスのみんなが心配するのも当たり前だよね。

適当にリップクリームや漫画を買ってコンビニを出た。

「お客さん!」

店員の若い女性が追いかけてきた。

「財布! 忘れてますよ!」

私はポケットに手を入れたが財布の感触がない。

「……ありがとう、ございます」

背の高いその女性は、屈んで私に目線を合わせて言った。

「大丈夫? 顔色悪いみたいだけど」

私は頷いた。あまり今の顔を見て欲しくなくて、私は俯いていた。

「そっか。中高生だよね? こんな時間に出歩いちゃ補導されちゃうよ」

気をつけます、そう言ったつもりだが、多分掠れて言えなかった。

「気をつけて帰ってね。これ、おねえさんのおごりだから!」

温かい、おいしそうなコロッケだった。

女性は私がお礼を言う前にじゃあね、と店内に戻って行ってしまった。

「ありがとう、ございます」

数日間ほとんど何も食べていない胃袋が悲鳴をあげた。数日ぶりに感じる食欲だった。

12.

川の水の音が聞こえてくるほど静かだった。虫たちの鳴き声が心地よく耳に響いた。

ここは思い出の河原だ。一年生のとき、受験勉強をする憂に悪いと思ってここでキーボードの練習をしていたところに、買い物帰りのあずにゃんが通りかかった。

その頃は私はまだ楽譜も読めないくらい初心者で、それからよくここであずにゃんと楽器の練習をしていた。

ここに来ればあずにゃんを思い出せるような気がして、なんとなく会えるような気がしてここに来てしまっていた。

……現実は、受け止めなきゃだめだよね。

『僕なら君に、夢を見せてあげられるよ』

びっくりして私は仰け反った。

「きゅうべえ!」

その時あの言葉を思い出す。

ーー魔法少女になってくれたら、なんでも一つだけ願いを叶えてあげる。

『まあ落ち着きなよ。僕は君に最後のチャンスをあげに来たんだよ』

「あずにゃんを生き返らせることってできる?!」

私の目の前に舞い降りてきたきゅうべえに、私は掴みかかる。変な呻き声を聞いて我に返り、必死に震える体を抑えた。

『ああ、もちろん。その魔法を使うために必要なのは、魔法のステッキでもすごい薬でもなく君の意思だ』

「じゃあお願い! 私、魔法少女になるよ!!」

その時、突然後ろから抱きつかれた。

「お姉ちゃん! な、何、突然どうしたの?!」

「う、憂」

何で憂がここに、なんてのはよく考えれば当たり前だった。憂はほんとに優しい子だ。心配して後をつけてくれたなんて、迷惑をかけてしまった。

『君の妹かい?』

「うん、そうだよ」

『じゃあこの子にも声を聞こえるようにしてあげるよ。この子は……すごい才能の持ち主だ』

憂はきゅうべえに気づいたようで、

「お姉ちゃん、これ、なに?」

「きゅうべえっていうんだ。私の願いを叶えてくれるんだよ!」

「お姉ちゃんの願い?」

夜空の星たちのように。夜空の一等星のように強く、私は言った。

「あずにゃんを、生き返らせるんだよ!!」

13.

「なんでも一つ、願いを……」

きゅうべえは私にした説明を、もう一度憂にもした。

「お姉ちゃんは絶対、梓先輩を生き返らせたいの?」

私は頷いた。

「今後の人生が、180度変わると知ってても?」

迷わず頷いた。

「私はね、あずにゃんを助けてあげられなかったんだ。目の前にいたのに。手を掴めなかったの」

私はきゅうべえに向かって手を伸ばした。

「その手が、ここにあるんだ。今摑めるんだ。今度は躊躇わずに、ちゃんと助けてあげたいんだよ」

あの時の躊躇い。トラックの音への怯え。私は一瞬、身が竦んでしまっていたんだ。

「わかった」

憂はきゅうべえの元に歩み寄り、こう言い放った。

「きゅうべえさん、私も一緒に魔法少女になりたいです」

13.

「なんでも一つ、願いを……」

きゅうべえは私にした説明を、もう一度憂にもした。

「お姉ちゃんは絶対、梓先輩を生き返らせたいの?」

私は頷いた。

「今後の人生が、180度変わると知ってても?」

迷わず頷いた。

「私はね、あずにゃんを助けてあげられなかったんだ。目の前にいたのに。手を掴めなかったの」

私はきゅうべえに向かって手を伸ばした。

「その手が、ここにあるんだ。今摑めるんだ。今度は躊躇わずに、ちゃんと助けてあげたいんだよ」

あの時の躊躇い。トラックの音への怯え。私は一瞬、身が竦んでしまっていたんだ。

「わかった」

憂はきゅうべえの元に歩み寄り、こう言い放った。

「きゅうべえさん、私も一緒に魔法少女になりたいです」

14.

「なななんで憂まで」

「お姉ちゃん」

憂は初めて笑って、優しく言った。

「お姉ちゃんの願いが梓先輩や軽音部の人たち、私や和ちゃんと一緒にいたいってことだと同じように、私の願いはお姉ちゃんと一緒にいたいってことだから」

憂は強かった。いままでも、いつまでも。いつも憂に頼ってばかりで、当たり前になっていた。

今度は私も頼られたい。憂の願いを、叶えてあげるために。

『覚悟は決まったかい?』

私たちは頷いた。

『じゃあ改めて、願いを聞くよ』

憂の手を握る。憂から伝わってくる熱が、私に勇気を与えてくれた。


「私は、あずにゃんをーー中野梓を生き返らせてほしい」


「私は、どんな魔女からもお姉ちゃんを守れるような、最強の魔法少女になりたい」


私たちは虹色の光に包まれた。
希望と絶望に包まれた、そんな光に。

15. 梓side

「あずにゃんっっ!!!」

「ゆ、唯?」

長い夢でも見ていたような、かつてないくらい意識がぼやけ、さっきから何度も呼びかけられる名前が私のものだと、呼びかけている少女が唯だとやっと気づいた。

「だ、大丈夫!? 身体、おかしいところない?」

「く、苦しいよ。大丈夫だよ」

唯はくっついたまま離れようとしない。私は抵抗するのをやめて、泣きじゃくる唯の頭を撫でていた。

近くで憂ちゃんが少し困ったような笑顔でこちらを見守っていた。それにしても2人とも、変な格好だ。

「憂ちゃん、これは一体……」

「えへへ、もうちょっとだけお姉ちゃんに付き合ってあげてください」

なんだか心の黒く染まった部分が洗い落とされていくような気分。まるで唯に居場所を確立させてもらっているようで、私はとてつもない安心感に浸っていた。

私は確かに、ここにいる。

16. 唯side

あずにゃんは事故をよく覚えていないようだった。それよりも、

「私のせいで、魔法少女に……」

そう言って黙り込んでしまった。

「あずにゃん、そんな顔しないで。私、あずにゃんが笑ってるのを見たくて、自分の意思で決めたんだよ」

「でも……でも……」

あずにゃんは思いついたようにきゅうべえに詰め寄ろうとする。

「きゅうべえ! 私も魔「魔法少女になりたいなんて、言わないでね」

あずにゃんはびっくりしたように私を見た。自分でも顔が強張っているのがわかる。

「お願い。あずにゃんはいつも通りでいて? 私が帰れるような、そんな日常でいてくれないかな」

それでもあずにゃんは半泣きになってもじもじしている。そりゃそうだよね、あずにゃんは責任感が強くて、優しいから。

「そ、それにさ! ほら! 可愛いでしょ? さわちゃんの衣装より派手派手だよね~!」

「お姉ちゃん、私はちょっと恥ずかしいよ……」

「憂、そんなのすぐに慣れちゃうんだよ~。お姉ちゃんが保証してあげる!」

ほんとに「魔法少女」って感じの衣装だ。流石の私もびっくりした。

あずにゃんはぷっと吹き出すと、いつもみたいに笑った。

「わかった。無理しないでね」

私は頷いた。あずにゃんが生き返ってくれて、本当によかった。

17.

『低級魔女だよ。初めての魔女狩りにはぴったりの相手だ』

1時間後、私たちはよくわからない廃屋の中を探索していた。そこで突然メルヘンな世界に包み込まれる。


私はあずにゃんの手をしっかり掴んだ。あずにゃんは怖がる様子も見せず、私の手を握り返した。

『今日は助っ人を呼んであるから、その子の到着を「助っ人はいりません」

憂は自分の身長より大きな刀を構える。私も腕に付いた装置と、小さな銃に手をかけた。

使い方はなぜか分かった。初めて使うものじゃないかのように、身体に馴染んでいた。


私と憂の2人は、難なくその魔女を倒して見せた。

……多分20秒は経っていなかったと思う。



18. ほむらside

「強すぎるわ、なんなのあの2人」

とても初めてだとは思えない。これは明らかに性能が良すぎる。

『君が驚くなんて珍しいね。いいものを見せてもらったよ』

気にくわない。あの2人が、というよりはキュゥべえが。

『せっかく助っ人を呼んでおいたのに、紹介する間もなかったよ』

「それは私のこと?」

『君も一応そうなんだけどね。他にもう1人いる』

心当たりがあった。巴マミが死んでから代わりにこの街を中心に活動している魔法少女。

「例の、金髪の?」

『ああ。そういえば、君は彼女が嫌いなんだったね』

キュゥべえの横顔が、いつにもまして憎たらしく見えた。



19. 唯side 次の日

ーーアフターケアくらいはしてあげるよ。中野梓の事故に関する記憶を、魔法少女と本人以外の人間から消去しておいた。

その言葉の通り、あずにゃんはすぐに日常生活に戻ることができた。

『君に会わせたい人がいるんだ』

私はりっちゃんの話に耳を傾けながら、そんなきゅうべえのテレパシーを聞いた。

「おーい唯!」

「どうしたのー? 澪ちゃん」

澪ちゃんは教室の入り口の方を示した。

「唯にお客さんだ」

憂と、金髪の優しそうな女の子が、笑顔でこちらに手を振っていた。その子は確か、合唱部のすごい伴奏者として有名な琴吹紬さんだった。


20.

「紬ちゃんは、いつ魔法少女になったの?」

私はすっごく美味しいモンブランに自然に笑顔を溢しながら、粗方の裏事情を聞き終わった後で尋ねた。

「私はちょうど5ヶ月前くらいよ。その日も今日みたいに暖かい、春の日だったわ」

「なんで魔法少女になったのかは……聞かないほうがいいですか?」

憂は言い出した途中でまずいと感じたのか、気まずそうに上目遣いで紬ちゃんを見た。

「大した理由じゃないのよ。ただ、」

紬ちゃんは少し寂しそうな表情をして、

「友達がほしい、ってきゅうべえにお願いしたの」

紬ちゃんは少し目頭を押さえて、

「でも友達になったその子、死んじゃったの。私と友達になったばっかりに、魔女に殺されたの」

紬ちゃんはなんでそんなことをお願いしたのだろう。紬ちゃんには合唱部にたくさん友達がいるように見えた。

『それは君と同じ理由だよ、唯』

私と同じ理由。

「親友がほしかった、ってことなのかな。それなら、私と一緒だね!」

私はばっと立ち上がった。

「わ、私もね、中学までは友達は和ちゃんしかいなかったんだ。みんなと喋れるけど、みんなと距離がある」

ーー唯は、変わってるよね……

そんな言葉が思い出される。

「私が紬ちゃん……えーっと、むぎちゃん! そうムギちゃんのお願い、叶えてあげるよ!!」

私はムギちゃんに抱きついた。ムギちゃんは柔らかくって、あったかかった。

「今日から一緒に帰ろ? あっ、おいしいアイスクリームのお店に連れてってあげる! それから明日学校休みだからお洋服でも見に行こう! 憂も来るよね?」

2人はポカーンとして私を見ている。憂は思い出したように、ぶんぶん首を縦に振った。

「夜は3人で一緒に戦おう? 3人だったらきっと安全だし、あったかいよ」

「唯ちゃん……」

私はムギちゃんの頭を撫でた。ちょうど、和ちゃんがやってくれるみたいに。

「私、贅沢だね。2回もお願い、叶っちゃった……」

ムギちゃんはそれからしばらく、ありがとう、と言い続けながら泣いていた。

21. 梓side

「あずにゃんや、こっちゃおいで」

放課後。教室で部室に行く準備をしていると、廊下から変な唯の声ーー否、唯の変な声が聞こえた。

「どうしたの?」

廊下に出て行くと、同じクラスの琴吹紬さんと、唯が並んで立っていた。

「あのね、今日、新しい友達ができたんだよ! あずにゃんにも紹介してあげるね」

琴吹さんはちょっとだけ困ったような笑みを私に向けてきた。

「おんなじクラスだから知ってるよね、ムギちゃんだよ」

「ムギちゃん?」

「つむぎちゃんだから、ムギちゃん。私が考えたんだよ!」

ふんすと言わんばかりのドヤ顔を見せられても困る。

「あの……魔法……関係の?」

校内で魔法少女というのはなんだか憚られた。
琴吹さんは首を縦に振ると、

「中野梓ちゃんよね。これからよろしく……してくれるかしら……?」

「も、もちろん! よろしくね!」

私はできる限りの、多分引きつってる笑顔で応え、握手した。

「じゃあムギちゃん、また放課後会おうね~」

「うん、校門で待ち合わせましょう」

バタバタと唯は行ってしまった。

「なんかごめんね、無理矢理」

「いやいやいや! 全然!」

私は嫌だなんて1ミクロンも思ってない。私は昔から、初対面の人とうまく話せないだけだ。

魔法少女。彼女は唯と同じ魔法少女らしい。

そう考えた瞬間、よく分からない感情が生まれた。多分これは、おいてきぼりを食らったときみたいな、そんな寂しい気持ち。

私は彼女の手を強く握って言った。

「唯のこと、ほんとによろしくお願いします……」

22. 唯side

ムギちゃんの話をかいつまんで話そう。

この地域は魔女がよく現れる地域だという。ムギちゃんが魔法少女になる前まで、巴マミという人がここを治めていた。巴さんが亡くなってから、代わりに魔女狩りの使命を負ったのがムギちゃんだった。

『他に2人に声をかけていたんだけどね、完全に嫌われちゃったみたいでさ』

きゅうべえはそんなことを言っていた。

今回私たちを魔法少女にしたのは、戦力強化のためだそうだ。最近この街の魔女たちが凶暴化している。ムギちゃんとともにここの魔女を駆逐するのが私たちの役目、だそうだ。

「あー! ムギちゃ~ん!」

私は澪ちゃんやりっちゃん、あずにゃんと一緒にムギちゃんが来るのを待っていた。

部活が違うので待ち合わせるしかないが、終わる時間はほとんど同じのようだ。

「お待たせしてごめんなさい」

「全然待ってないよ~。紹介するね、りっちゃんに、澪ちゃん! みんな軽音部の仲間だよ!」

「ゆーい、私と澪は一年のとき琴吹さんとクラス一緒だったし分かってるって」

私はあずにゃんにしたのと同じように、2人にムギちゃんと呼ぶよう言いつけた。

「まあとにかくよろしく。ピアノやってるんだよね、音楽つながりで……ってコレ!!」

りっちゃんは突然ムギちゃんに詰め寄る。

「これ! 発売されてすぐ販売停止になったキンブリーのストラップじゃないか! なんで持ってるんだ!?」

ムギちゃんは少し驚いたようにしていたけれど、

「ほら、これもどう?」

「それは同じシリーズのグリード! まさか本物が見れるとは……。琴吹さん、いやムギ! ひょっとしてハガレンいけるクチか!」

「もちろん♪ 漫画は当然、アニメも全部揃えてます」

りっちゃんはムギちゃんの手をがしっと握った。

「ムギ、今日から私たちは同志だ。差し当り、明日なんてグッズ漁りにでもどうだ? もちろん2人きりで」

「あずるいー! 明日は私のキーボードの練習に付き合ってくれるって言ってたもん!」

りっちゃん、私が先に約束してたのです。抜かすのはずるいです。

「じゃー日曜日! どうだ? 予定あったか?」

ムギちゃんは少しぽかーんとりっちゃんを見つめていたけど、我に返ったようにぶんぶんと頷いた。

「じゃあその後私の部屋に来ない? ほらこれが写真。昔から集めてたから、かなりの量のグッズがあるの」

「ほぉ~宝の山じゃあ~」

「りっちゃんおじいちゃんみたいー」

「唯も同じような喋り方してたじゃん」

うっあずにゃん厳しい。

その後、私たちは騒ぎながらアイスを食べに行った。ムギちゃんはりっちゃんを中心に、みんなに溶け込んでいるようにみえた。

なんだか欠けたピースの一つが、きっちりとハマったような、そんな気がしていた。

23.同日夜

「憂ちゃんの武器は日本刀?」

ムギちゃんはあったかいお茶をコップに注ぎ、私と憂に差し出した。

「はい。ちょっと私には大きいんですけど」

「それでも昨日、とっても上手に扱ってたわよね」

「えへへ、そうですか?」

憂は照れたように頬をかいた。とてもおいしそうにお茶を飲んでいる。

「紬さんの武器は何ですか?」

「私は……何ていうのかな、大きい括りで言うなら鞭って感じかしら。憂ちゃんが近距離なら、私は中距離での攻撃が合ってるわ」

『紬の武器はいろんなオプションがついてるんだ。鞭で直接叩くより、鞭から出る火薬を使って攻撃することが多いよ』

私にはよくわからなかったけど、多分一緒に戦う内にわかっていくだろう。

「へえ、じゃあ私が攻撃の主軸で、紬さんが私の後ろからカバー、それでお姉ちゃんが後方支援って感じですね」

「ごめんね、憂ちゃん。危ないポジションを任せちゃって」

「いえいえ、大丈夫です。これから一緒に戦う内に連携が取れてくれば、私が危なくなっても助けてもらえると思ってますから」

「憂! 任せといて!」

「うん! 頼りにしてるね!」

それで私の武器はーー

そう言おうとした時、きゅうべえがピクッと反応した。

『来たよ。突然来るから気をつけて!』

「ムギちゃん、コップどうする?」

「大丈夫、すぐ片付けるわ」

「いくよ! お姉ちゃん!」

ソウルジェムに手をかける。
綺麗な光に包まれて、あの衣装へ徐々に変化していく。完成に近づく度に、集中力を高めていく。

『あれは手強いよ……気をつけて!』

3人が背中合わせに敵と対峙する。もう手下のようなものに囲まれていた。

「2人とも、任せて」

ムギちゃんは私たちを側に寄せて、鞭を振るい始めた。鞭は十分な回転力を得ると、光を引きずってリボンのように舞った。

「はあああああ!!」

鞭の軌跡は形を帯び、粒子が集結する。いくつかのボール状になったそれらは四方八方に飛び散り、敵に着弾すると爆発する。
さらに鞭による追撃。20体ほどいた使い魔も4体にまで減っていた。

「憂ちゃん、お願い!」

憂は言葉と同時に固まった3体に飛びかかる。

『確かに君は、3人の中では戦闘力は最弱かもしれない』

きゅうべえの言葉が思い出された。

『でも君には、特別な才能と能力が備わっているじゃないか』

私は装置に手をかざす。神経を集中させる。目標は残った4体中憂の行っていない1体。

音を聞く、立体音響。聴覚が私は、常人の時よりも数倍研ぎ澄まされていた。

「いくよ憂!」

攻撃モーションに入る憂。剣の間合いに、4体目の使い魔が「出現」した。

『空間転移、これは結構珍しいタイプだね』

憂は難なく4体まとめてなぎ払い、私たちの元へ戻ってきた。

『それにしてもすごい連携だね、君たち……唯と憂は。打ち合わせもしてないのに……特に憂は、唯のことを本当に信じているんだね』

「当然です。15年間もずっと姉妹なんですから」

姉が何を考えるか、「何を考えられて何を考えられないか」が憂にはお見通しという訳だろう。そこに今日はムギちゃんがいる。失敗しても、カバーしてくれる仲間がいる。

「いくよ、憂」

「うん、お姉ちゃん」

憂は走り出す。ムギちゃんは早すぎる憂のダッシュに、鞭の爆発の推進力で難なく追いついて見せた。

憂は行く手を遮る使い魔は無視。ムギちゃんはそれらを倒さずに払いのけ、憂が進むのを手助けする。


勝負は一瞬だ。私はもう一度装置に手をかざす。

木の枝のようなものは一斉に2人に向かう。木の枝は、2人の方に全て集中する。

そう全て、集中した。

「チェックメイト、だよ!」

魔女の大量の枝が、全て私の目の前に転移した。魔女は丸腰になる。

憂は魔女の目の前にふわりと降り立ち、魔女の首を刎ねた。

24. 次の日

「憂が弱い?! どういうこと?」

「ちょっと唯ちゃん、勘違いされるような言い方しないで……」

ムギちゃんは困ったように笑った。

『紬は憂が史上最強じゃないって言いたいんだね』

「そう、憂ちゃんはきゅうべえに最強の魔法少女になりたいって願った。実際憂ちゃんは私が見てきた中で最強の魔法少女よ。でも、多分史上最強じゃない」

2人っきりの音楽室、厳密には2人と1匹はお昼ご飯を食べながら休憩していた。
やっぱりムギちゃんのピアノの技術はすごくて、私は教えてもらってばっかりだった。

『それは確かにね。昨日の憂は全然本気を出していなかったけど、最強じゃない。正確にいうと、まだ憂は最強じゃない』

私が首を傾げていると、

『憂の最強化は段階的なものなんだ。これは実質的な話だからね、突然じゃ容量オーバーになるんだ。今は最大火力の20%といったところさ。20%でも倒せない魔女はほとんどいないくらい、憂本人が強いんだけどね』

さらにわからなくなった。

「つまり、憂ちゃんは今準備運動中ってことかしら?」

『そうだね、そう言えば簡単だね』


私はふーん、とジュースをストローで吸っていた。

「でもさ、今でも20%なんだったら、私たち、いらなくなっちゃうのかな」

私はつい、思ったことを垂れ流してしまった。

『かもしれないね』

「だとしたら、ちょっと寂しいね」

「そんなことはないと思うわ」

えっ、と私はムギちゃんを見た。

「だって唯ちゃん、昨日、本当は自分だけであの魔女を倒せてたって分かってたんじゃないの?」

憂にもムギちゃんにもできないこと。私には空間転移がある。
転移させるのが枝ではなく、首だったら。誰も動くことなく倒せると思ったのは事実だ。……でも、

「でもね、それが成功すればいいけど、失敗したら2人に申し訳ないと思って。せっかく3人いるんだもん。それにほら、あれ結構扱うのが難しいんだよ。ぽんぽん続けては打てないし」

「さすが唯ちゃん。そこまで考えてたんだね。だったらさ、憂ちゃんも同じように考えるんじゃないかな?」

「同じ、こと?」

「多分憂ちゃんも、自分が強いってことは自覚してる。でも、昨日は全て私と唯ちゃんの動きを前提にして戦ってたわ。3人なら安全だから。3人ならあったかいから。唯ちゃんが言っていた言葉よ」

『そうだね。確かに憂は、主体的に行動してなかったように見えたよ。君たちの動きを自分の行動の原因にしていた。これは多分、今までの人生がそうさせているんだろう』

そうだったのか。もしそうだとすれば、私はあまり憂を理解できていなかったのかもしれない。

『憂は賢いから、わかっているんだよ。自分が姉よりも子供だということを。姉よりも幼くて、下だということをね』

「え、憂が幼い? 私、今までの真逆のことを言われ続けてきたよ? 唯は幼くて憂の妹みたいだって」

『そうかな。僕から見たら説明しにくいくらい自明のことなんだけどね。中野梓同様、憂は君に依存している。ひょっとして君は、中野梓の幼さにも気づいていないのかい?』

「そ、それは、」

気づいている。あずにゃんは、私よりどうこうってことは考えたことはないけれど、少なくともりっちゃんや澪ちゃんよりは幼いと私は思っている。

あずにゃんは真面目でしっかり者だ。あずにゃんの幼さはその性格で覆い隠され、自分で気づくことができなくなっている。

「……あずにゃんにはね、先輩か後輩が必要だと思うんだ。甘えられる先輩か、怠けている後輩。それかその両方」

『そうだね、中野梓は不安定なんだよ。今軽音部には先輩も後輩もいない。甘えられる人も、威厳を張れる人もいない。中野梓にとって、同級生はあまりにどっちつかずで中途半端なんだよ。君が殆ど勉強しないで赤点を回避したテストで、真面目なはずの中野梓が赤点をとるはずがないだろう』

まあ、確かに。私はそれを不思議に思ってたけれど、少しだけ納得がいった。

あずにゃんが真面目なのは、他の人を見て「しっかりしなきゃ」って思っているからだと思う。あずにゃんは責任感が強いから。

そんな「しっかりしなきゃ」って思える人が、今はいないんじゃないかな。だからあずにゃんはちょっと怠けちゃって、テストで失敗したんだと思う。

「私があずにゃんの後輩になってあげられればいいんだけどな~」

私はジュースを飲み干した。私は溶けて小さくなった氷を飲み込んでしまって、少しだけ苦しくなった。



前編エピローグ


25. 憂side 2週間後

何事も楽しかった。何事もなく、月日は過ぎていった。

きゅうべえから聞いた話によると、私の力は80%あたりにまできているらしい。実際私にもそれは自覚できている。

魔女狩りは回数を重ねる毎に楽になっているし、サポートをする紬さんの苦労も減っているだろう。

でも私は、だから私は全力を出さない。

余裕がある分、他に余裕を回す。それはほとんど、安全面の心配だ。
例え魔女を取り逃がしたとしても、誰かが怪我をするよりもずっといい。安全に戦うことが、1番大切なことだということくらいは、私にも分かっていた。

最近少しだけ身体の調子がよくない。きゅうべえが適応障害だと言っていたので、放っておけば治るのだろう。

「えーっと、今日はお姉ちゃん、何が食べたいのかな」

『唯は今朝、夕飯はいらないと言っていなかったっけ』

そうだった。今日は梓先輩の家にお泊まりに行くだとか。久しぶりに魔女狩りをお休みできるということで、お姉ちゃんは張り切っていた。

「そう、だったね」

私はスーパーでは何も買わず、適当にコンビニで弁当を買った。

その夜。

『別に今日は現れないよ?』

「いいの。家にいても、寂しいだけだから」

1人で歩く夜道は、ちょっとだけ幻想的で、とても絶望的だった。

「過去って夜みたい」

それは美しくて尊い、下劣な感情だった。

以上、第一部前編です。
明日の夜、後編を投稿します。
明日も是非よろしくお願いします。

少し後に26.を投稿し、今日は終わります。
おやすみなさいzzz

26. ほむらside 同日夕方

「なにさ、アンタから近づいてくるなんて珍しいね」

「佐倉杏子、あなたに話がある」

やはりゲームセンターにいた。
しばらくするとゲームが終わったようで、なにやらお菓子を食べながら、私に向き直った。

「なに? 例の件かい?」

「そうよ、目星はつけたわ」

上手くやってまどかや美樹さやかからキュゥべえを遠ざけるのには成功した。
この14周目の世界で、私はついに最後のピースを見つけたのだ。まどかを守る、最後のピースを。

「まあ今回はアンタに協力するさ。もちろん報酬はもらうけどね。で、どいつなんだ」

杏子は私に棒状のお菓子を差し出し、少しだけ慎重に、

「……ワルプルギスの夜の、正体は」

私は差し出されたそれを受け取る。

「桜ヶ丘高校に通う、高校1年生」






「…………平沢憂よ」





to be continued……

【後編】

27. future ???side プロローグ

「落ち着いて聞いてください」

目の前に座る白衣の悪魔は、表面を深刻に繕って私に向かった。

「末期の肺ガンです。もう全身に転移しており、手術は不可能だと思われます」

嘘だと、言って欲しかった。現実を受け入れられなかった。



ーー余命は、1週間未満。

28. 唯side 25.26と同日

「あずにゃん~~」

「ちょちょ! 唯! 危ない!」

「あ、えへへ、ごめんよぉ」

あずにゃんはエプロンまで着て夕ご飯を作ってくれている。私はあずにゃんの家にお泊まりに来たのだ。親がいないと聞いて、半ば強引に、だ。

「ほら、ゲームでもして待っててよ」

「は~い」

しばらくすると美味しそうな料理が食卓に並び、私はまた笑顔になる。

「ほら、食べるよ」

「いただきまーす!」

私は出来立てのハンバーグにかぶりつく。おいしかった。憂とはまた違った味付けだ。

「どう……かな」

「おいしい! すっごくおいしいよ!」

あずにゃんは安心したような表情をして、照れるのも忘れているようだった。

「あずにゃん料理上手いんだね~」

「まあ、私料理のセンスないから、一個一個練習してたんだよ」

「料理にセンスなんてあるの?」

あずにゃんは苦笑いして、

「さ、さあ。あるんじゃないかな?」

「そっかぁ。じゃあ私には無理だね~」

「そんなことないでしょ!」

え、私はあずにゃんを見上げた。ちょっとびっくりした。まずいこと言ったかな。

あずにゃんはすぐに我に返って、アワアワと取り消した。

「ち、違うよ。ごめん」

「あずにゃん、何? 思ってること、言っちゃいなよ」

あずにゃんは困ったように下を向いてしまった。いじわるしちゃったかもしれない。

しばらくの沈黙の後、あずにゃんは小さい声で、

「……センスないとか、言わないでよ」

「違うよ! センスないって言ったのは私のことだよ」

「だから……!」

あずにゃんは涙目だった。その顔を見ていると、あずにゃんが何を言いたいのかが分かってしまった。

あずにゃんは自分にセンスがないって思ってるんだ。実際、正直な話、あずにゃんに特別な才能があるって思ったことはない。

「でもね、あずにゃん」

あずにゃんは、私に負けるのが悔しいんだ。私みたいに何も考えてないような人に才能だけで負けるのが。自分が上に立っている人に負けるのが。

すっごくいやな言い方をすると、だけれど。

「でもね、私はあずにゃんに勝ったことないよ?」

あずにゃんは不思議そうな顔をした。

「思い出してみて? 私、あずにゃんに負けてばっかりだよ」

例えば料理だって。もし仮に私に料理の才能があったとしても、私は今料理ができない。あずにゃんはとってもおいしいハンバーグを作れる。

例えば前の定期テストだって。私は澪ちゃんに直前に教えてもらったものがそのまま出てきただけだ。全く勉強してないのに赤点が回避できるなんてありえない。あれは私もあずにゃんも勉強しなかった、つまり澪ちゃんの勝ちで、私たちは引き分けだ。

「あずにゃんはね、1人で考えすぎて、頑張ろうとしすぎなんだよ。他の人に負けちゃっても別にいいし、もっと他の人に頼ってもいいんだよ? もっと私に甘えちゃいなよ」

にしし、と私は笑って見せた。あずにゃんもつられて笑ってくれる。

「……ほんとに」

あずにゃんは自分の席を立った。私に歩み寄る。

「私、唯の後輩になりたかったな……」

私は抱きついてきたあずにゃんを、ハンバーグが冷めちゃうまでできるだけ優しく抱きしめていた。

あずにゃんの心をあっためるために。

ハンバーグは、電子レンジがあればあったまるもんね。

29. 4日後

ある日、亀裂は突然入った。

『使い魔だね。弱いからって油断しちゃだめだよ』

「行くよ、お姉ちゃん!」

「うん!」

いつもと同じシチュエーション。ムギちゃんが大まかに薙ぎはらって、残った敵を憂が倒し切る。そして1体だけ、憂の攻撃範囲の外にいる。

私は装置に手をかける。

「唯ちゃん! 危ない!!」

ムギちゃんの声。直後に視界が歪んだ。

私の首に何かが噛み付いている? 視界が赤く染まる。何が起こっているのかがよく分からなかった。

ガチャン

空間転移が行われた。
憂の目の前に現れたのは、

「えっ……」

ムギちゃんだった。

30.

「お姉ちゃん!」

憂は私の肩を揺らし、何度も名前を呼びかける。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「お姉ちゃん落ち着いて!」

視界が揺れる。意識も揺れる。
身体の震えが止まらない。

「唯ちゃん、大丈夫よ? 私は平気だから」

ムギちゃんは左腕を抑えている。でもすぐに、その傷も見えなくなる。

「唯ちゃんの傷も、今治してあげるね」

私の真っ赤な血が、魔法少女の服を汚していた。ムギちゃんは私に歩み寄ると、私の首元を優しく撫でた。

治癒魔法、だと思う。私の意識はだんだんと戻り、ひどい痙攣からも回復した。

「ごめんね、ムギちゃん……」

憂はとっさに剣を止め、寸前でムギちゃんを切るのを防いだという。残った敵も、私に噛み付いてきた敵も、全部憂が倒してくれたらしい。

「大丈夫よ。憂ちゃんが私を切るわけがないじゃない?」

「でもーー」

でも、そうじゃないんだよ、ムギちゃん。ムギちゃんも気づいてるよね。今回は運が良かったって。

もしかしたら、ムギちゃんの胴体だけを憂の前に転移した可能性もあった、ってことを。

怖かった。想像してしまった。

そうだ。戦うとはこういうことだ。一つの失敗が、私の失敗が、誰かを失わせるかもしれない。

ごめんね、泣きたいのはムギちゃんの方だよね。

私は朝になるまで、ずっと人気のない廃屋でうずくまっていた。

31. 次の日

「おーい、ゆーいー」

遠くからりっちゃんの声が聞こえる。机でだらーっとしている昼休み。りっちゃんが私の前の席に座った。

「ほら、いちご牛乳。私のおごりだ」

「……りっちゃん、ありがと~」

「元気出せよ、何あったか知らないけどな」

りっちゃんもコーヒー牛乳を飲んでいた。私はストローでちゅーちゅー吸った。

「元気ないように見えるかな」

りっちゃんは私を見ると、はあ? と言うように笑った。

「当たり前だろ~? 唯のことなんてお見通しだ」

流石りっちゃん隊員、なんていつものノリも疲れて言えない。久しぶりに感じた疲労感だった。

「で、何があったんだよ」

りっちゃんの真剣な目。

「ムギが朝から元気ないのと関係あるのか?」

やっぱりりっちゃんは鋭い。全体を見る力は伊達に部長ではない。

「まあ……ね」

りっちゃんに本当のことを言っても仕方がない。話を逸らしたかった。

「あの……ね、バイトで失敗しちゃったんだよ。それでちょっとブルーなんだ」

「まあ嘘はいいから。分かってるんだよ、最近お前が私や澪に隠し事をしてるってことくらい。梓やムギと一体何をやってんだ?」

りっちゃんが怖い。思わず姿勢を正した。

「力になれるかは……分からないけど。お前が苦しそうにしてる姿は前から何度か見てるんだよ。お前な、自分で思ってるよりも周りに影響を与えてるんだ。お前が苦しそうにしてると、周りのやつまで苦しくなるんだよ」

りっちゃんは私の髪をくちゃくちゃとかき回す。

「お前はみんなに守られてる。みんなお前の笑顔に力づけられてるんだよ。頼むから、抱え込むのはやめてくれ」

前から言おう言おうとしていたことを言えた、そんな顔をりっちゃんはしていた。

やめてよ。嘘をつくと、もっと苦しくなっちゃうんだよ……。

「おい律!! なに唯のこといじめてるんだ!」

「は? 澪、誤解だって! 私はただ……」

「唯泣いてるじゃないか! まったく……」

泣いてる……? ごめんね、りっちゃん。りっちゃんは私のために叱ってくれただけなのに。

違うんだよ、澪ちゃん。違うんだよ。

声にならないのはなんでだろう。視界が歪んだ。自分の嗚咽が聞こえてきた。

ああ私、また泣いてるんだ。
この泣き虫。

「……んね、ご……ね、っ……りっちゃ……」

和ちゃんの声も聞こえた。クラスのみんなも集まってきている。クラスのみんなの心配そうな声が、りっちゃんを非難する声が聞こえる。

キーンコーンカーンコーン……

予鈴のチャイムだ。このままじゃ、りっちゃんが誤解されたまま授業が始まっちゃう。

「唯、」

耳元でりっちゃんが囁く。

「自分のせいだって思う必要はないぞ。あとで誤解はちゃんと解いとくから。唯が……そうだな、キーボードの練習でスランプになって、弱音吐いてたってことにしよう。話合わせろよ?」

りっちゃんが離れていっちゃう。私はりっちゃんの袖をつかんだ。

「あのね、私ね……」

辛いんだ。助けてよ。

「……唯?」

もう戦いたくないよ。誰かを、憂やムギちゃんを失うのが怖いんだよ。

言いたくない。逃げたくない。でも言わなきゃ。でもなんでこんなにも口が重たいんだ。

私には分かっていた。それを話すことは、りっちゃんをこの世界に招き入れることだって。私は、私の手で友達を巻き込みたくない。

犯人になりたくない。

なんて最低なことを考えながら

察して欲しいと甘えながら

誰かに対して苛立った。

〔そうだ〕

嫌い。

〔大事な人を失わないためには〕

嫌だ。

〔足手まといが〕

嫌だ。

〔消えればいいんだ〕

死にたくないよ。



「コスプレしてるんだよ」

全身の力が抜けた。

「ムギちゃんと、憂と。ほら、りっちゃんが嫌いそうなアニメのやつだよ。それでね、昨日、ムギちゃんの衣装を破りそうになったんだ。それだけなんだよ。だからもう、心配しなくてもいいんだよ」

りっちゃんは口を開けていた。信じてくれるかな。そんな訳ないよね。

りっちゃんは、私の手を振りほどいた。

「唯、私はお前のこと、親友だと思ってたよ」

そっか。そうだよね。
願いは通じなかった。

ごめんね、りっちゃん。



さよなら、りっちゃん。

さよなら、軽音部。

32. 同日放課後

部室には行かなかった。

私はどこに向かっているんだろう。

「唯!」

誰だろう。この声は、

「あずにゃん」

走ってきたんだろうか。ツインテールが崩れていた。

「どうしたの? 私、今日は休むって澪ちゃんに言ってあるよ」

「知ってるよ。律と昼休みに喧嘩したってことも」

喧嘩、か……。

「何があったの? 新曲のことかな、それとも桜高祭のこと? まさか魔法少女のこ……と……」

私はあずにゃんに抱きついた。

「あずにゃん、一回しか言わないからちゃんと聞いてね?」

あずにゃんは固まっていた。私はあずにゃんの頭を撫でると、

「私、ずっとあずにゃんのこと大好きだったよ。もちろん、友達としてね。ずっと、親友だと思ってた」

ちっちゃくてかわいい同級生。対等な同級生。私たちは、親友以外の何物でもない。私たちはとても「親友」だった。

「じゃあね……りっちゃんと澪ちゃんのこと、よろしくね」

私はソウルジェムに手をかけると、空間転移でその場から逃げた。

33.

なんてことを言っちゃったんだろうと。そんなことを後悔しながらの帰り道。

私は多分、苦しいことへの立ち向かい方を知らない。憂が、和ちゃんが、いつでも助けてくれたから。一人で抱え込む必要がなかったから。

私はまた助けを求めてる。誰かが心配して私に声をかけて、勝手に手を取ってくれるって。

これは運が悪かったのかな、今回はそうはいかなかった。助けてもらうための時間が、今回はなかった。

ただの一回の失敗。そんなことで全部終わったみたいなことをして、私は本当に弱っちいなと痛感した。

これから行うのは、二回目の失敗。
三人で戦う最後の日と思って臨んだ、中途半端な覚悟を持って。
今度こそ、全部が終わった。


『唯! しっかりしなよ!』


集中できない。恐怖が、焦りが、様々な感情が襲ってくる。
転移の焦点が定まらない。

「唯ちゃん危ない!」

ムギちゃんが私の前に立ちはだかって鞭を振るう。それでも魔女の猛攻は止まらない。

私は一つ分動作が遅れる。そのせいで決定打を作れない。

「紬さん! 今日は私1人で倒します!」

「分かったわ! 憂ちゃんお願い!」

憂は今まで私たちに合わせてきた時が嘘かのように、リミットを外して魔女に襲いかかる。

一秒に十発以上飛んでくる大きな槍を余計な回避動作なしでかわし、一瞬で距離を詰めた。憂は剣で突き刺すけれど本体は霧のように消え上に現れる。
憂を使い魔が囲み、使い魔は近づきながら膨張する。爆発と同時に魔女は無数の槍を煙の中に飛ばした。
私は空間転移を使わない。憂は爆発の小さなラグを見て爆心地を抜け出し槍を全て剣で弾いていた。

魔女は慄く。憂はまた一瞬で距離を詰める。魔女はまた霧散し斜め下に現れるけれど、また形になりきる前に憂は魔女を何重にも切り刻んでいた。
魔女の顔に、剣が刺さる。

ムギちゃんは一息ついたようだった。

私には聞こえて、見えていた。魔女が最後の瞬間、何かを仕掛けようとしたことを。


自爆だった。

34.

「紬さん! 紬さん!!」

憂はムギちゃんを抱きかかえる。

ムギちゃんはもう息をしていなかった。

「ムギ、ちゃん……」

ムギちゃんは私を庇った。

自爆に気づいた私。気づいた私に気づいたムギちゃん。ワンテンポ遅れたムギちゃんが取ったのは、私を生かすという選択肢だった。

ものすごい感覚だ。

死にたい。死なせて。お願い。

私はなぜ生きているのか。私はムギちゃんのせいで、死ねない。

ムギちゃんの救ってくれた命は、とても無駄にはできなかった。

『もうだめだね。本体であるソウルジェムが破壊されてしまった』

憂はムギちゃんにすがりついて離れなかった。

憂が圧倒的な力の差を魔女に見せつけたから、魔女は諦めて自爆を選んだ。

そういう解釈も可能だと、その後きゅうべえは言っている。

「うい……」

憂に触れたかった。届かなかった。
憂も、ふらりとその場に倒れたのだ。

すぐに病院に運ばれた。

憂の体はぼろぼろで、疲れ果てていた。私の妹で、私よりしっかりしていて、私より大人っぽくて。
でも私より強くはなくて。

こんな私を助けられるほど、憂に余裕はなくなっていた。



診断結果は、末期ガンだった。

35.

私は1人になった。

1人というのは結構珍しいことで、私はなんだかんだ誰か、その親密さがどうだとしても、人といつもいた。文字通り距離的にも、また精神的にも。孤独は、新鮮だった。

なんだろう、この呆気ない喪失感は。

ーーガンは急激に、今も成長を続けています。原因は分かりません。なぜ肺ガンになってしまったのかも、全く不明です。

きゅうべえが言うには「副作用」だそうだ。最強になりたいと願った憂の願いは殆ど叶えられた。そのためにきゅうべえは、憂の肉体に改造を施した。当然だ。最強になりたかったんだから。

考えれば当たり前な話で、ただ簡単に最強になれるのならば、ただリスクなしに最強になれるのならば、この世の魔法少女は全員最強なんだ。

それが普通きゅうべえに出来ないってことを、もう少し考えるべきだったんだ。

つまり、きゅうべえが施した細胞単位の肉体改造が、ガン細胞を生み出していた、ということだった。

「憂の病気、治してよ。きゅうべえのせいじゃん」

ごめんね、1人ぼっちじゃなかったや。きゅうべえがいるんだったね。

『まあ、確かに責任は僕にある。でも僕は忠告したよ? リスクが伴うって』

覚えてるって、そんなこと。私はね、誰かのせいにしたいだけなんだよ。

『治すにしても、憂の病気は、憂の願いによるものだ。その病気を治すには、少なくとも同等の願いが必要になる』

「治すには、誰かが魔法少女になる必要があるってこと?」

『そうだよ』

それは絶望的だね。本当に。

『過去って夜みたい』

何を思うか分からない目で、きゅうべえは私を見返した。

『憂がそう言っていたよ。彼女にとって、姉の存在は全てと言っていい。興味深いよ。あそこまで人間が人間を想えるとは。限度を超えてる』

きゅうべえに人間の何がわかるんだろうか。

『君は高校生になってから随分変わったそうだね。それもいい方向に。憂は確かに優秀だし君よりしっかりしているけど、幼い。自分の感情を抑えられない』

『魔女狩りは憂にとって嬉しくもあったんだよ。君と一緒に何かできることが。中学生までの君を思い出すようで、楽しかった』

『だから憂は、前を見れない』

『俯いているから、視界が暗い』

『彼女は、夜に生きている』

過去って夜みたい。

それは人間が誰でも持っている大罪の一つ。私みたいな存在が理解できない感情。

「唯! 憂ちゃんが目を覚まし……た」

やあ澪ちゃん、なんかすごい久しぶりな気がするね。つい何時間か前に会ったばかりなのに。

「お前……」

何かな。

私の顔、何かついてるのかな。

「お前、誰だ」

よく分からないけれど。
私の顔には多分、魔女が憑いていたんだと思う。

36.

「……お姉ちゃん」

私は憂のベッドの側まで来て、椅子に座った。

「澪ちゃんごめん、2人にしてくれるかな」

澪ちゃんは心配そうに頷いた。
私は憂に向き直ると、精一杯笑おうとした。

「お姉ちゃん、お医者さん、なんて言ってた……?」

「憂はね、」

精一杯気づかれないように。精一杯いつも通りに。

「頑張りすぎちゃったんだよ。疲れが溜まってるんだってさ。しばらく、魔女狩りは任せてよ」

憂は真っ直ぐ私の目を見つめていた。ああまた嘘がバレたな、とすぐに分かってしまった。

つらい空白の後、憂は頷いた。

「お姉ちゃん、私のこと、忘れないでね……」

忘れるわけないよ。たった1人の、妹なんだから。

憎かった。こんなにも簡単に、私は大切な人を失うのだった。


さよならだね、憂。

私の涙も、黒く濁っていた。

37. 10分後

「おい! 今入るな!」

部屋の外で澪ちゃんが誰かを止めていた。憂はもう寝息を立てていて、私は部屋を出ようとしていたところだった。

ガラッと扉が開けられた。そこに立っていたのは綺麗な黒髪と、さっぱりとした赤い髪の女の子だった。

「魔法少女……?」

「ええ、そうよ」

「で、どっち? 寝てる方? 起きてる方?」

「寝てる方よ、杏子」

どういうことだろう。まるでこの2人は、憂を殺しに来たみたいな言い方じゃないか。

私は反射的に魔法少女になっていた。

「ちっ、そういやこいつはやっかいな能力持ちじゃなかったっけー?」

「任せて」

黒髪のほうは私と似た装置に手をかけると、一瞬で私の目の前に来た。

「悪いけど、転移の技は使わないでくれるかしら」

私の方の装置は、根っこから切断されて地面に転がっていた。

「抵抗しないでもらえる? 私としたらあんたを殺す手間が省けてラクなんだよ」

「なんで憂を狙うの……?」

「なんで? 納得したら殺させてくれるのかい?」

それは、そんなわけない。

「私は、あなたたちを説得することはできないのかな……?」

「できないわね。平沢憂は……『ワルプルギスの夜』は時期に世界を滅ぼす。私は何回も、そいつが世界を滅ぼすのを見てきたのよ。時間を何回も戻してね」

そうか、できないんだね。


なら、仕方ないよね。


私は2人の方に手を伸ばした。

ガチャ

空間が転移した。黒髪と赤髪、ふたりの上半身だけが、綺麗に交換された。

「な……んで……」

「なんで? 納得したら死んでくれるの?」

あの装置は別に必要なかった。飾りではないけれど、安定感を出すためのものだったって、それだけの話だ。

赤髪の方が最後の力で投げつけた鎌を、私は鎌の速度を反転させ、鎌は赤髪の首を刎ねた。

「あはは、ごめんね。私、頭おかしくなっちゃったみたいでさー」

私は2人に銃を向ける。黒髪はなんとか装置を使おうとしている。私はその手を撃ち抜く。その部分から急激に脱水が起こり、黒髪は、そして次に撃った赤髪の方も炭素の塊になってしまった。

涙はさっき枯れたようで、私の心はもう何も感じられないくらい空っぽで、干からびていた。

38. 数秒前 澪side

唯を助けなきゃ、そう思って部屋に飛び込んだ。次の瞬間見たのは、悪魔のような唯の顔と、地獄のような惨劇だった。

「ゆ、ゆ、唯……? これ、これは一体……」

怖かった。人間が何で出来ているのか、それが一瞬のうちに教え込まれたかのようだった。

「澪ちゃん、前の化学の授業でやってたよね。砂糖に濃硫酸かける実験。どう? 人間ってさ、水と炭素。こんなに簡単に出来てるんだよね」

人間が死んだ。その光景はあまりにショッキングで、甘い人生観をぶち壊された。

「なんの……冗談だ……?」

「私ね、悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて愛おしくて、死んじゃいそうだよ。でも死ねないの。ムギちゃんがくれた命だから。憂が守ってくれた命だから」

唯はまるで別人だった。口調だけが一緒の、別人格だった。唯はこんなことは絶対に言わないし思わない。これは理想や幻想なんかじゃない。親友の信頼だ。

「じゃあね、澪ちゃん。憂には私が死んだように伝えといてくれないかな。憂にこれ以上、迷惑かけたくないんだ……」

「ちょっと待て唯!」

あの目は私を見ていない。あの目は私を知らない。

でもこれだけは、言っておきたい。

「私は今まで唯のこと、親友だと思ってたよ」

唯は少しだけ驚いたような表情を見せると、

「私もだよ、澪ちゃん」

そう笑って唯は、ここ7階の窓から飛び降りた。私は急いで下を覗くと、唯の姿はもう消えていた。

39. 唯side 同日夜中

「ただいま」

なんて言っても家には誰もいない。私は自室の電気をつけた。

キー太が目に入った。寂しそう。そういえば昨日も今日も触ってあげられてなかったね。

「よいしょっと」

キー太はとっても重かった。
太ったんだね、私は結構痩せちゃったよ。

♪~♪~

適当に思い出した「ふわふわ時間」を弾いてみた。なんというか……

「へたくそ」

私は音楽プレーヤーの再生ボタンを押した。ランダムだったが、たまたま私たちのふわふわ時間が流れる。

「上手いな」

とは思わなかった。上手い下手ではなく、私たちの演奏は、

楽しそうだった。

輝いていた。

そんな、ただの青春。唯の青春だった。

40.

曲が変わった。なんだっけ、これは……

「憂の……新曲……」

桜高祭3日前に憂が聞かせてくれた曲。今まで忘れていた。結局あずにゃんにしか見せられなかったこの曲。

とても羨ましかった。唯の青春が、過去の私がとても羨ましかった。

だから私は、鉛筆を走らせた。

41. 数時間後 梓side

「おい律、勝手に入って大丈夫なのか……?」

「怖いなら帰れよ。私はついてこいなんて一言も言ってないぜ」

まだ警察は平沢家を訪ねてはいないようだった。澪が唯のことを黙っていたから。

「そんな意地悪言うなよ。私は……」

澪は覚悟を決めたように、まるで別人のように言った。

「私は、どんな唯でも唯が好きだから。もちろん友達として。魔法少女なんか知るか。あんな終わり方、私は絶対に嫌だ」

澪も別人のようだった。いつよりも増して凛々しくみえる。

「鍵……開いてるよ……」

私は2人に目配せした。2人は無言で頷く。唯がここにいるかもしれない。それだけで、私の心臓は大変に暴れまわっていた。

42. 梓side

唯の部屋は、外からは分からなかったけど電気がついていた。私は躊躇なくドアを開ける。

「……唯」

ひどい顔、だった。机に突っ伏しながら、何も考えずに寝ているようだった。

「なに笑ってんだよ、梓」

「律もね」

私は唯に歩み寄る。机の上に、唯が寝ながら下敷きにしている紙を拾い上げる。

「これは…………」

歌詞、だった。

♪♪

キミがいないと何もできないよ
キミのごはんが食べたいよ
もしキミが帰ってきたら
とびっきりの笑顔で抱きつくよ

キミがいないと謝れないよ
キミの声が聞きたいよ
キミの笑顔が見れればそれだけでいいんだよ

……

♪♪


「U&I」

そう丸い文字で書いてあった。

43. 唯side

「っ……!」

人の話し声だ。懐かしい声。虚ろな意識を2つの影に向けた。

「おはよう、唯」

「あず、にゃん……? 澪ちゃんも……」

わけがわからなかった。なんで、ここに2人が?

「おーい唯、起きたんならピアノパートの作成手伝ってくれないか?」

澪ちゃんは私の方も見ずにパソコンの画面に没頭し、手招きしている。

私が戸惑っていると、部屋のドアが開いた。

「あーさっぱりしたっ! おっ唯起きたか、シャワー借りたぞ」

「りっちゃん……」

あずにゃんもりっちゃんも、私に構わず澪ちゃんの画面を覗き込んでいる。私はそんな3人を、ぼうっと眺めていた。

「ゆーい、ちょっと見てくれよ」

「う、うん」

私は言われるがままに澪ちゃんの横に座らされた。ここなんだけどな、澪ちゃんはそう言って私にイアホンの片耳を差し出して再生ボタンを押す。

「えっとね、私はもっと細かく行ったほうがいいと思う……」

「そうか? うーん、ちょっと待って」

澪ちゃんはまたカタカタと修正を施す。1分くらい待って、

「こんな感じか?」

そう、そんな感じ。私は一回だけ頷いた。

「聞かせてくれる?」

私はあずにゃんにイアホンを渡した。

「あー確かに、こっちでもいいかも」

「オッケー、じゃあこっちに差し替えるな? これに合わせてもうちょっと修正するか」

「ねえ澪ちゃん」

やっと澪ちゃんは私の方を見た。

「なんだ?」

「なんでここにいるの? なにしてるの?」

澪ちゃんはちょっと目を丸くして、また画面に目を戻した。

「なんでって、唯を探しに来たんだよ。なにをっていうのは、見ての通り曲の肉付けだよ。唯が歌詞作ってくれたよね」

「歌詞は、作ったけど」

でも、おかしいよ。私は軽音部とさよならしたもん。みんなにちゃんと、お別れを言ったもん。

「一つ言っとくぞ」

りっちゃんは私のほっぺたをぐにぐにつまみながら、

「私はずっと考えたんだ。唯のこと。それでやっとわかったよ」

なあ澪、梓、とりっちゃんは、顔は見えないけれどいつも通りに、

「私はずっと、ずっと唯のことを親友だと思ってるって」

私の心に水が注がれていた。

それは黒でも赤でもない、空色の水だった。

44. Walpurgisnacht

「唯、しっかり持ったか?」

「うん、大丈夫だよ」

私は憂の座る車椅子をりっちゃんと持ち上げる。階段は結構つからった。

「お姉ちゃん……無理しないで……」

「大丈夫だよ、憂」

私は憂の頭を撫でる。憂は随分顔色が悪くなって、立ち上がることもできなくなってしまった。医師は、通常なら意識不明でもおかしくないと言っていたくらいだ。

車椅子を下ろし、部室に運び入れる。そこでは澪ちゃんとあずにゃんが準備をしていた。

私たちは言葉少なに、でも確かに繋がりあって、演奏の準備を終えた。私は憂の元に歩み寄る。

「憂。私の想い、ちゃんと込めたから。だから、最後まで聞いてね」

ムギちゃんと、そして憂に送る歌。

15年間の想いを、思い出にする歌。

みんなを見やる。無言で頷き、また憂に向かう。

「じゃあ聞いてください。……『U&I』!」

45. 憂side 演奏中

「キミがいないと何もできないよ」

そうだね。お姉ちゃんはずっと私に頼りきりだったもんね。

「キミのごはんが食べたいよ
もしキミが帰ってきたら
とびっきりの笑顔で抱きつくよ」

私はもう帰らない。

私はずっと、お姉ちゃんの笑顔を見つめていた。

あの日。

お姉ちゃんが1回目に失敗した日。

実は私のソウルジェムは殆ど黒に染まっていた。

そして今日、きゅうべえが言うには、私のソウルジェムはもう99%染まっているそうだ。

私のことなんかどうでもよくて。お姉ちゃんの笑顔が見たかった。

「キミがそばにいるだけでいつも勇気もらってた
いつまででも一緒にいたい
この気持ちを伝えたいよ」

私はもう満足しているのかもしれない。私はずっとお姉ちゃんと一緒にいたかった。それは本来無理な話で。いずれ大人になれば、私たちは離れ離れになる。その時期が、ちょっとだけ早まっただけの話。そんな物語。

「キミがそばにいることを当たり前に思ってた
こんな日々がずっとずっと
続くんだと思ってたよ」

「ありったけの『ありがとう』
歌に乗せて届けたい
この気持ちはずっとずっと忘れないよ」

「思いよ 届け」

届いたよ。お姉ちゃんの想い。99%のお姉ちゃんの想い。

私には全て分かっているつもりだった。
お姉ちゃんのことで、知らないことなど何もない。そう思い込み、安心していた。
私は悔しがっていた。お姉ちゃんは高校で変わった。私の知らない人になりつつあった。

『でも、私は知った』

そんなのは当たり前で、変わりつつあるお姉ちゃんを、いっそう愛おしく思った。


でもね、これは誰に対してなのかな、生んでしまったんだ。



『1%の嫉妬を』



99%のソウルジェムが、100%真っ黒になった。

46. 唯side 演奏後

キミの胸に、届いたかな。

憂は泣いていた。多分私もだ。

憂は最後に呟いた。

「ありがとう



…………ごめんね」



この世界は、今終わる。

47. Wa's Night

絶望の鐘が鳴る。
地球最後の太陽が堕ちる。

「最後の変身だね」

私は光に包まれる。
希望と絶望に包まれた、そんな光に。


Ui Hirasawa calls past night.

uihrasawclpngt aisita last.
walpurgisnacht

Walpurgisnacht had loved her own light until the sun rose.


ワルプルギスは過去を夜と呼び、

最期まで愛した。

48. 梓side

「梓! しっかりしろ!」

「だ、大丈夫。たいしたことないから」

澪は私を抱きかかえる。律も深刻そうな目で私を見る。私は心配させないよう、精一杯強がって見せた。

憂ちゃんは魔女になった。1%の、私への嫉妬をトリガーにして。

その時私は衝撃で吹き飛ばされ壁に激突し、全身を強打した。幸いたいした痛みはなく、嘔吐してしまったくらいで済んだ。

それよりも。

私は唯の戦いを見届ける。これはけじめだ。

憂ちゃんがこの世を滅ぼす。私にはただ、見届けることしかできない。

『そんなことはないよ、中野梓』

「きゅう、べえ」

この悪魔は、私の唯一の……

唯一の、なんだろう。

「きゅうべえ、聞きたいことが、あるんだけど」

49. 唯side

憂に空間転移なんて通用しなくて。私はワルプルギスの夜に翻弄され続け、殺され続けた。

私が死んでいないのは、多分憂だから。私の、またあずにゃんの急所をつけないのは、ワルプルギスの夜の唯一の弱点だった。

「あれ……?」

また立ち上がろうと、憂の元に行こうとする。私はおもわず笑ってしまった。

「あはは、手が動かないや」

衣装は真っ赤だ。私には魔法みたいな治癒能力がないから、もう一生動かないかもしれない。

このまま死ぬのかな。出来れば、憂と一緒がよかった。

巻き込んじゃってごめん。

私の我儘のせいで。

私があの時奇跡を願わなければ。

傷つくのは、私だけで充分だった。

『違う』

そう、違う。

憂はそう言う。

奇跡を願うことは、息をすること。

奇跡を願うことは、希望を持つこと。

希望を持つことは、絶望に抗うこと。

いずれ終わる私たちが、幸せに、終わること。

「唯……」

声がした。夢、じゃないよね。

「あずにゃん……澪ちゃん……りっちゃん……」

りっちゃんと澪ちゃんは私の頭を撫でてくれる。なんだか日常に戻った気分だった。

そういえば、私は日常を願ったんだった。だからあずにゃんを生き返らせた。私の最期に日常があるのだとすれば、私の選択は間違っていなかったのかもしれない。

最期に笑ってくれるかな。

「ありがとう」

さよなら

夢を見よう。日常を枕の下に置いて、私は眠りについた。

気持ちよく疲れて、満足だった。

親友に囲まれて、私は呼吸をやめた。

50. 梓side

私は唯をそっと抱き上げた。疲れ切ったような顔で、でも幸せそうな顔をしていた。

冷たい身体に打ち付ける、私の涙は不規則なリズムを刻んだ。

私は唯のために何もできなかった。声が喉に濾過され、呼吸する音だけが残っていた。

もしも私が交通事故に遭わなかったら、こんな世界にならなかったのかな。

「きゅうべえ」

さっき聞いた話。この世界は世界線という考え方でできている。過去を変えれば、今も変わるという話を。

上手く過去の出来事を変えると、唯や憂ちゃん、ムギが魔法少女になったことが無かったことになり、また私が今魔法少女になったところで、今の私が魔法少女になるだけであり、新しく出来る世界の私も魔法少女と無関係だ。

私の願いは、唯に夢を見せてあげられる。私も、澪も、律も願った、素敵な夢を。

「きゅうべえ、契約しよう。私は……」

過去を変える。きゅうべえにはそれも出来ると言っていた。

バタフライエフェクト。
初期値を変えれば、未来は劇的にかわる。

交通事故なんか、なかったことになってくれる。私はどうせ、学年が変わっても軽音部に入っているだろう。

私は、誰でもない私の願いも込めて、きゅうべえに向き直った。



「私は、唯の後輩になりたい」

エピローグ

51. あの日へ(1と同日)

……優しいキーボードの音が聞こえる。なんでだろう、すっごく懐かしい。

「あ、唯ちゃん。起きちゃった?」

ムギ、ちゃん……?

部室だった。私は長椅子で横になっていた。ドラムをいじっているりっちゃんと、ベースの練習をする澪ちゃんも見える。

「唯ちゃん……なんで泣いてるの?」

泣いてる?

「ん? 悪い夢でも見てたのか?」

私は首を横に振った。

「唯は子供だなぁ。ほら、もうすぐ下校時刻だぜ? 起きろよ~」

りっちゃん、まだ頭がふらふらするよ。



「あずにゃんは……?」



3人は目を丸くする。そして互いにくすくすと目配せして笑いあう。

そして3人は私の方を指差した。

「お前が今、抱き枕にしてるじゃないか」

柔らかくてあったかいものがあると思ったら。あずにゃんのかわいい寝顔が覗いた。

「……んむ、ゆぃせんぱい……?」

あずにゃんも泣いていた。

あずにゃんもきっと、素敵な、残酷な夢をみたんだね。

「おはよ、あずにゃん」

私は思い切りあずにゃんを抱きしめた。あずにゃんは寝ぼけていたのかどうなのか、私のことを素直に抱き返してくれた。

52.

「じゃあね~!」

「ああ、また明日なー!」

私はあずにゃんと2人きりになる。不思議な時間だった。

「……唯先輩!」

「ん、どしたの?」

「な、なんというか……。私は……」

なんだろう。あずにゃんは自分で言いだしてから顔を真っ赤にしてしまった。

「私は………………」

私は言葉の途中であずにゃんに抱きついていた。あずにゃんの強張った身体は、ゆっくりと解かれていった。
あずにゃんは恥ずかしくなったのか、抵抗し始め、

「ゆ、唯先輩。信号変わっちゃうので……」

「えへへ、そうだね。ばいばい」

「はい、さようなら」

あずにゃんは元気に手を振る。

私は笑えてたかな、もちろんだよ。


その時、彼女は固まった。恐怖の表情を覗かせる。

物凄いスピードでトラックが迫る。それはすさまじい迫力で、心臓にすぐ音の衝撃が届いた。

「あずにゃんっ!!!」

私は手を伸ばす。何の迷いも無かった。私は彼女のためなら死ねるのだ。

がしっと手を掴み、自分でも恐ろしいくらいの力であずにゃんを引き寄せる。


トラックは、あずにゃんのすぐ後ろを突き抜けていった。

53.

「落ち着いて……大丈夫だよ……」

あずにゃんは激しく呼吸し、ひどく震えていた。私は彼女の居場所を確立させてあげるみたいに頭を撫でてあげる。

「ゆ、ゆい、せんぱい……」

嬉しかった。底知れない嬉しさに襲われていた。あずにゃんを自分の手で掴んであげられた。

考えてみればいつも私はあずにゃんに頼ってばかりで、先輩らしいことをしてあげていなかったと思う。

「あずにゃん、大丈夫だよ。私はずっとここにいるから」

望んでくれるなら私はずっと、あずにゃんの側にいるから。

もちろんお互い、将来だれかと結婚する日が来るだろう。私はあずにゃんに拒絶されない限り、会ってあげよう。週末、予定が合えばショッピングなんてどうだろう。みんなでライブしても面白いかもしれない。お酒でも飲みながら旦那さんの愚痴を聞いたりしてね。

「今は、ずっと甘えててね」

大切な親友? 後輩? どっちでもあり、どっちでもよかった。

『君たちに関わるのはまずいみたいだ、前回を見る限り』

そんな幸せな現実。白い生き物は、夕日の中に消えていった。

あれが持っていた魔法のステッキ。私はそんなものが必要なくなるくらいに、希望を持ち続けられるように、強くなる。

「あずにゃん」

私の魔法で。私の奇跡で。
私は幸せを願う。

本当に心から願えば、

「奇跡も、魔法も、あるんだよ」

この幸せな夢が一生続くと、私は確信していた。



……でも、神様は残酷だった。


















_____________世界線は、収束する。


54.次の日 朝

「あずにゃん、早くしないと桜高祭の準備、遅れちゃうよ」

桜高祭2日前、今日は珍しく早く登校すると、これまた珍しくあずにゃんに会って、部室に行って朝練することになった。なんだか新鮮で楽しかった。

「あずにゃん~~」

言い出しっぺが寝ちゃうなんて。私がトイレに行っている間に長椅子で寝ちゃった彼女の肩を揺する。

「……あずにゃん?」

身体が、冷たかった。




あずにゃんはなんの前触れもなく、心臓麻痺で命を落とした。







第一部 ~まどマギ編~ 完結







第三部~Steins;Gate編~に続く

以上、第一部でした。

『白金の空』第二部は四月は君の嘘とのクロスオーバー、

梓「四月は君の華」

です。

内容的にはサイドストーリーで、投稿は明日を予定してます。
新たにスレを立てますのでよろしくお願いします。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年03月22日 (木) 23:09:55   ID: boUTaiLk

紛らわしいんだよゴミ野郎。化石アニメをいまさら引っ張り出すなや!!

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