江戸っ子「てやんでえ! べらぼうめえ!」
女A「あっ、江戸っ子さんだわ!」
女B「キャーッ、ステキーッ!」
女C「江戸っ子さんっていつも粋で、かっこいいわよねえ!」
男(……ちっ!)
男(江戸っ子がやってくると、女の子はみんなそっちに振り向きやがる!)
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カンカンカン… カンカンカン…
「火事だっ!」 「どこだどこだ!?」 「ボヤらしいぞ!」
江戸っ子「おっと火事だ! 見に行かねえと!」スタタタタッ
女A「走っていくわ!」
女B「それはそうよ! 江戸っ子さんは火事が大好きなんだもの!」
女C「粋よねぇ~」
チンピラ「やんのか、てめえ!」
ゴロツキ「ああん!?」
江戸っ子「おおっ、喧嘩かい!? いいねえ、いいねえ! 血がたぎるねえ!」グイッ
女A「まぁっ、腕まくりしてはりきってるわ!」
女B「江戸っ子さんって、喧嘩も大好きだものねえ~」
女C「なんて粋なのかしら……」
江戸っ子「さぁて、女どもにサービスしてやらねえと!」
江戸っ子「オレっち宵越しの銭は持たねえ! みんな、パーッとやってくんな!」チャリンチャリン
女A「ありがとうございます~!」
女B「江戸っ子さんのお金の使い方って豪快よねぇ~」
女C「粋すぎて……イッちゃう!」ビクンビクン
江戸っ子「あばよーっ!!!」スタコラサッサ
女A「江戸っ子さん、さようなら~!」
女B「キャーッ、サイコーッ!」
女C「去り方も粋だけど、行かないでーっ!」
男(ちくしょう……! 今日も女の子の心をわしづかみにしていきやがった!)
江戸っ子「さぁて、帰(けぇ)るとすっか!」スタスタ
男(くそぉ~、江戸っ子め! いつもいつもモテやがって!)
男(だけど、粋っぷりや漢っぷりじゃ、とてもあいつには敵わねえ……)
男(だったら、こうして後を付け回して、なにか欠点の一つでも探ってやる!)
江戸っ子「はぁ~……」
男(あれ? 深いため息をついてるぞ)
男(あんまり江戸っ子らしくないな……)
男(だけど、江戸っ子だってたまにはため息つきたくなる時くらいあるか)
男(ところで、江戸っ子ってどんなとこに住んでるんだろう?)
男(きっと昔ながらの長屋みたいなとこだと思うけど……)
江戸っ子「……」スタスタ
男(え、マンション!?)
男(うーん、これまた意外だ)
男(でも、江戸っ子はマンションに住んじゃいけないなんて法律はないしな)
バタン…
男(部屋に入っちゃったぞ……ってそりゃそうか)
男(どうしよう……? 出てきそうもないし、俺も帰るか……?)
男「……」
ピンポーン…
男(押しちゃった! 何やってんだ、俺!?)
江戸っ子「……はい」ガチャッ
男「あ、あの……」
江戸っ子「なにかご用ですか?」
男「えぇと俺、町であなたのことよく見かけてたんですけど……」
男「それで、えと、ちょっと聞きたいことがありまして……」
男(あぁ~……きっと『おとといきやがれ! ドサンピン野郎!』って殴られる……)
江戸っ子「そうですか。よかったら、どうぞ」
男「え!?」
男(部屋の中も……なんだか普通だなぁ)キョロキョロ
男(てっきりちゃぶ台くらいあるかと思いきや、普通のテーブルだ)
江戸っ子「今、飲み物入れますね」
男「あ、おかまいなく」
男(プライベートだとずいぶん腰低いんだな……かなり意外だ)
男(飲み物は……やっぱり日本茶が出てくるんだろうな。それもあつ~いやつが)
江戸っ子「コーヒーです」
男「あ、どうも……」
男(コーヒーかよ……)ゴクッ
男(あ、でも、温かくておいしい……)
江戸っ子「ところで、聞きたいこととは?」
男「えーと……」
男(こうなった時の質問ぐらい考えてくりゃよかった……)
カキーン…
男「……あ、テレビで野球中継やってますね! 巨人対阪神、伝統の一戦だ!」
江戸っ子「……」
カキーン… ハイッタァー! ホームラン!
男(野球にはあまり興味ないけど……他に話題ないし……)
男「巨人強いなぁ~! これで5-0ですよ!」
江戸っ子「……くそっ!」
男「え?」
男「あの、もしかして……」
江戸っ子「?」
男「あなた、阪神ファン?」
江戸っ子「ええ、そうですが」
男「そ、そうですか」
江戸っ子「阪神が負けてるとイライラしちゃうんで、チャンネル変えましょう」ピッ
江戸っ子「今、料理もお出ししますね」
男(なんだろ……何が出てくるんだろ。深川丼とか?)
江戸っ子「ゴーヤチャンプルです」
男(わぁ~お)
男「……」パクパク
男「これは……程よい苦みでおいしいですね!」
江戸っ子「これだけじゃ物足りないですよね。せっかくなんでお酒もお出しします」
男「す、すみません。色々してもらっちゃって」
江戸っ子「いいワインが手に入ったんですよ」トクトク…
男「……」
男(てっきり日本酒が出てくるかと思いきや、ワインか……)
男「……」グビッ
男「うまい!」
江戸っ子「ありがとうございます」
江戸っ子「……」
男「……」
江戸っ子「ガッカリしたでしょう?」
男「え?」
江戸っ子「普段の私が、“江戸っ子”とは程遠い性質をしているから……」
男「いえ、そんな!」
男(しまった! 顔に出てたか!)
江戸っ子「いいんです。ですが、私も一度こうして本当の自分を打ち明けてみたかったんです」
男(本当の自分……)
江戸っ子「本当の私は……火事や喧嘩なんて大嫌いなんです」
江戸っ子「熱いのも血を見るのも苦手ですから……」
男「そ、そうなんですか」
江戸っ子「あと、“宵越しの銭は持たない”ってパーッと散財してるように見えるかもしれませんが」
江戸っ子「あれだって無理のない範囲でお金を使ってるだけです。しっかり貯蓄はしてますし」
江戸っ子「飲む・打つ・買うもやらないですしね。まぁ、お酒は嗜む程度には飲みますが」
江戸っ子「好きなおやつは八つ橋ですし、好きなラーメンはとんこつラーメン」
江戸っ子「好きなスポーツはウィンタースポーツ、好きな武将は長宗我部元親、好きな湾は駿河湾」
男「……失礼ですが、お仕事は?」
江戸っ子「民族文化の研究をしており、本を出したりもしてます」
江戸っ子「今はアイヌの方々と交流させていただいております」
男(マジで江戸要素ねえな……)
男「しかし、どうして……そんなあなたが江戸っ子のフリを?」
江戸っ子「私は元々社交的な方ではなかったのですが……」
江戸っ子「ある日、たわむれに江戸っ子のマネをしてみたら、それが大ウケしてしまいましてね」
男「ああ、なるほど……」
江戸っ子「それで私もついついその気になってしまい」
江戸っ子「≪違う自分になったようで楽しい≫≪みんなの期待を裏切りたくない≫という二つの理由で」
江戸っ子「“江戸っ子”をやめられなくなってしまったんです……」
男(冗談みたいな話だけど、分かる気もするな……)
江戸っ子「あなたはきっと、“江戸っ子”の私と話してみたいと訪ねて下さったんでしょう?」
江戸っ子「それなのに、本当の私はこんなつまらない人間で……」
江戸っ子「本当に申し訳ありません!」
男「いえいえいえ! とんでもない! こっちこそいきなり訪ねるなんて非常識でした!」
男「それに、俺はあなたをつまらない人間だなんて思ってませんよ」
江戸っ子「え……?」
男「だって――」
男「みんなの期待を裏切らないために、江戸っ子でい続けるなんて並大抵のことじゃない」
男「俺はあなたのことを心から尊敬します」
江戸っ子「尊敬だなんて、そんな……」
男「ですが、これからどうするつもりです? ずっと江戸っ子でい続けるんですか?」
江戸っ子「まだなんとも……」
男「もし、きつくなったり、やめたくなったら……俺に話して下さい」
男「何ができるってわけじゃないけど……愚痴ぐらいはいくらでも聞きますから」
江戸っ子「ありがとうございます……」
男「いやー、しかし驚いたな」
男「結局、あなたの江戸っ子要素は、出身地が東京ってことぐらいですか」
江戸っ子「あ、実は私……出身も東京ではないんです」
男「これは失礼。ではどちらのご出身なんです?」
江戸っ子「はい……私、カリフォルニア生まれのアメリカ人なんです」
―おわり―
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