道明寺歌鈴「共に歩きたいから」 (20)

道明寺歌鈴ちゃんのSSです。

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 土曜日には二人で一緒に食事する。
 それは私とプロデューサーさんとの間で習慣になっていたことでした。

 始まりは私がプロデューサーさんにスカウトされてアイドルになって少し経った日のことでした。慣れない東京での生活にアイドルとしてのレッスン。慣れないことずくめの日々で疲れていた私を見て、休みだし一緒にご飯でも食べようと誘ってくれたのはプロデューサーさんでした。

 きっとプロデューサーさんには分かっていたんだと思います。そんな心遣いに嬉しくて、だから私は喜んでお返事しました。
 学校の授業もなく、レッスンも午前で終わりだったのでお昼を一緒に。今ではお仕事も貰えるようになり、お昼を一緒にというわけにはいかない時もあります。でもそんな時には夜に一緒にお夕飯を食べて、送ってもらうことが続いていました。


 お店はどこにでもあるようなチェーンのお店だったり、隠れ家的なレストランだったり様々でした。プロデューサーさんからこのお店に行こうと誘われることもあれば、私が気になったお店に行きたいとお願いしたり。
 だけど何処でご飯を食べようと私は正直そんなに気にしていなくて。

 幼い頃からお母さんによく言われてました。ご飯というのは誰と一緒に食べるのかが大事なのだと。実際、その言葉の通りにプロデューサーさんと共に摂る食事はとても楽しく、なにを食べてもとっても美味しかったです。

 それは多分、いえ、きっとプロデューサーさんも同じ思いなのだと思います。最初のうちは気を遣っているような、どことなく他人行儀なところがお互いありましたが、何度も一緒に過ごすうちに自然と笑えるようになって、とても居心地がよくて。


 ハレの日のように思えた土曜日はいつしか日常となって、それでも私にとっては相変わらずのハレの日でした。

 だけど、段々とお仕事が増えてきて忙しくなってくるとふっとある考えが過ぎることが増えました。この日常が日常となってしまうのではないか。ケの日のようなハレの日がまさしく、『ハレ』の日になってしまうのではないか。そんな起こってしまって欲しくない考えというのは何故か──





 今年のクリスマス、12月25日は偶然にも土曜日でした。いつも事務所で行われていたクリスマスパーティーも24日に行われ、クリスマス当日はプロデューサーさんと二人っきりでとわくわくしながら起きたら窓の外は曇り空。せっかくの土曜日なのに微妙な天気だな、なんて思っていたらメールが送られていたことを知らせる明かりに気付きました。
 虫の知らせ、でしょうか。なんだか嫌な予感がしましたが、それを振り払うようにそっとメールを開きました。


『歌鈴ごめん、小早川さんのところのプロデューサーがインフルになったみたいでサポートに入ることになった。
今日の仕事は高森さんとのラジオの収録だけだから一人でも大丈夫だよな? 小早川さんが夜まで仕事が入ってるみたいだから今日はちょっと無理そうだ。ごめん、今度必ず埋め合わせするから』


 プロデューサーさんからの用事が入ったというメールでした。よく見たらメールの前にも電話があったようで、プロデューサーさんが直接伝えたかったというのは分かりましたが、なんだか文面は事務的に見えてしまいました。もちろんそんなことはないのでしょう。


 それでもちょっとだけ、ほんのちょっとだけですが寂しくて。『分かりました』と、短く返事をしたらそのままベッドにぽすんと倒れ込んでしまいました。枕に顔を埋めて脚をバタバタとさせてなんとか気を紛らわせようと。だけどそんなことじゃ気は紛らわせませんでした。
 ごろんとそのまま転がって壁にかかった時計を見たらそろそろ準備をしないと間に合わなくなる時間になっていました。お仕事に遅れるわけにはいかないので起き上がることにしました。

 歯を磨いても、顔を洗っても、朝ご飯を作っても、なんだかやるせない気持ちになって。心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになって。

 小さく溜め息を吐きながら鏡を見ると自分でも分かるくらいに落ち込んだ表情をしていました。まるで夏休み明けに学校に行く前のような、大切なお仕事で失敗してしまった後のような。

 自分でもたった一日、プロデューサーさんと一緒にいれないからってこんなに気分が落ち込むなんてと思ってまたどんよりと。

「……よしっ。歌鈴、しっかりしなさい! お仕事なんだからちゃんとやらないとっ!」

 お家を出る前に頬を軽く叩いてから言い聞かせました。





「お疲れ様です、プロデューサーさん」

「お疲れ様、藍子」

 夕方、収録の終わった後、暫くしたら藍子ちゃんのプロデューサーさんが藍子ちゃんを迎えに来ました。会った時から思っていましたがなんだか藍子ちゃんがいつもよりお洒落な格好してますし、ううむ……
 ……羨ましいなぁ…
 なんてことを思っていたら、

「今日は歌鈴ちゃんもプロデューサーさんといつものですか?」

 と、藍子ちゃんから声をかけられました。
 そう聞かれて答えようとしましたが声が出なくて、首を横に振るだけになってしまいました。そこで気付きましたが、私はいつもと変わらない格好でした。せっかくクリスマスにプロデューサーさんと一緒だからって新しく服を買ったのに、それもなくなってしまったので特に気にすることなく服を選んでしまってました。変装もしてバレないようにと来ていたので街を行く人にはクリスマスに一人で過ごす寂しい人に見えたのかもしれません。


「あぁ……確か応援に頼まれたんだよね、道明寺さんのプロデューサー。送ってくれって頼まれたし行こうか」

「うーん……いえ、大丈夫ですっ」

「そう? 雪も降りそうだけど……」

「はい、ちょっと歩きたい気分なので」

「そっか、なにかあったら藍子に連絡してね」

「はい、ありがとうございます」

 お礼を言ってから藍子ちゃんたちと別れを告げてラジオ局を出ました。朝よりも寒くなった気がして空を見上げるとはらはらと粉雪が舞い踊っていました。

 駅前に着くとそこはカップルが一組、二組、三組……数えてたら悲しくなるのでやめます。今からあの人たちはお買い得したり映画を観たり、いちゃいちゃしたりするのでしょうか。

 はあ、と吐いた息が白く浮かび、消えました。そもそも私とプロデューサーさんはいっつも約束なんてしてませんでしたし、ましてや今日みたいにクリスマスに、なんて言葉にしてませんでした。たまたま一緒に食事をするのがクリスマスに被っただけで、そもそもデート……というかお付き合いすらしてないのですから。


 この後どうしようかな、とぼんやり思いに耽ります。一人でどこかに行く? 流石にそんな気にはなれません。かといってお家で一人過ごすというのも……

 プロデューサーさんのお仕事が終わるまで事務所で待つのも……と考えて行ってみましたが、ちひろさん曰く、『うーん……ちょっと分からないわね。雪も降り出したし、早く帰った方がいいと思うわ』とのことでした。

 どうしよう、と思わず口を衝いて出てしまいました。未だはらはらと降り続ける雪は段々とその勢いを増しているような気もします。
 両手を出した手のひらに落ちてきた雪の欠片が私の体温であっという間に溶けてしまいました。温かかった手のひらがどんどんと冷たくなって。そっと頬に触れた手のひらの冷たさのせいか、それとも、もう一つの理由のせいか、無意識に頬を溶けた雪が伝っていきました。

 プロデューサーさん、と無意識に呟いた声は灰色の空に吸い込まれました。ほんの一日だけなのに、貴方といれないだけで私の心は暗くなってしまって。街を照らすイルミネーションと反比例するかのようです。


 地面へと吸い込まれた白い花びらはすぐにその形を失っていきます。聞いた天気予報では積もると言っていました。こんなに儚く消えてしまうというのに、本当に積もるのでしょうか。そんなことを思うと、この雪が私とプロデューサーさんの関係を示しているかのようだと思ってしまいました。いつかは儚く消えてしまう。アイドルとプロデューサーという関係、今はまだこうして一緒にいられるけれど、いつかは別れて歩むことになってしまうのでしょうか。

「嫌……」

 考えたくなかったことを考えてしまい、目の前が滲みました。零れないように、大きく息を吸って吐き出しました。冷えた空気が私の中を満たします。それから、ぐっと目を瞑ってある人の言葉を思い出し、私は駆け出しました。






「あ、ぷろでゅーしゃー……プロデューサーさんっ!」

「歌鈴!?」

「えへへ……早かったですねっ」

 事務所の前、夜も更けた中待っていたらやっとプロデューサーさんが出てきました。ちょっと待っていたから寒くて噛んじゃいました。

 待っている間、寒くないようにとしっかり防寒を重ねていたので大丈夫かと思いましたがやっぱり寒くて。私の手を取ってくれたプロデューサーさんの手がとっても温かいのは待ちわびたからか、それともプロデューサーさんだからか、それは分かりません。
 それはともかく!

「さっ、行きましょうっ!」

「いや、行くってどこに……」

「まだお夕飯食べてないんですよね? 私もまだなので、一緒に食べましょうっ」

 そう言ってプロデューサーさんの手を引いて歩き出します。ばくばくと高鳴る心臓の音が聞こえたらどうしよう、なんて思ってももう後戻りできなくて。

 寒さのせいじゃない、表情の硬さを自覚しながらどうしようもなく。無理やり引っ張ってきちゃったけどプロデューサーさんはどう思ってるでしょうか、って盗み見たらまだ困惑した表情でした。よく考えてみたらこんな風に私からプロデューサーさんを引っ張って行くのなんて初めてかもしれません。手を繋いで、というと聞こえは言いですけど、手を引かれて行くことは今までにも何度かありました。でもそれは今日見たカップルの人たちみたいなのではないもので。

「ふふっ」

 つい、今の私たちも傍から見たらカップルみたいに見えるのかな、なんて考えたらつい笑ってしまいました。いきなり笑ってしまって、変に思われないかと恐る恐るプロデューサーさんの顔を見たらなにか思うところあるのか、思索に耽っている表情でした。


 住宅街へと。そろそろプロデューサーさんには気付かれていそうですがまだ何も言ってはきません。やっと収まってきた心臓の高鳴りがまたドキドキと鼓動しだしました。

「つ、着きましたっ!」

「着いたって……いや、ここって……」

 やっぱり分かっていたようで私とマンションとを見て戸惑うプロデューサーさん。俯いてしまったけど、強く目を瞑って顔をあげて笑顔で「はい」と答えてからプロデューサーさんの背中を押して自分の部屋へと。







『んー、あ、そうだ! 歌鈴ちゃんのお部屋に招いたらどうですか?』

『わ、私の!?』

 茄子さんから放たれた言葉に驚いて聞き返すと、茄子さんは大きく頷いてから微笑みました。

『どこかで食べるのが難しいならお部屋に招いちゃえばいいんですよ。普段はそんなことできないけど、ほら、今日はクリスマスですから……ね?』

 そう言ってウインクする茄子さんの姿はとても小悪魔っぽかくて、でもとても頼もしく見えました。

『で、でもそんな……いいんでしょうか……』

『ふふっ、いいんですよ。せっかくの聖夜、奇跡を起こしちゃって♪』

『……はいっ、わかりまひ…ましたっ!』

『その意気ですよ、私も応援してますからね~』


 ちひろさんから言われたあと、茄子さんと出会って相談した時に励まされたことを思い出しました。12月25日の22時過ぎ、準備を済ませた部屋の中で一人。強引に連れてきて、少し準備があるからとプロデューサーさんを玄関の外で待たせてしまっています。
 テーブルの上に並べた料理に、室内に施した装飾。
 ……うん、よし。確認を終えると茄子さんから「余ったので」と分けて貰った赤いサンタの帽子を被りました。


「すぅ……お待たせしましたっ!」

 ドアを開けて迎え入れます。ドキドキしながら待っているとぽかんとした表情のまま反応がありません。

「プロデューサーさん……?」

「か、かわいい」

「はわっ!?」

 か、かわいいって言いました! えへへ、プロデューサーさんがかわいいって……
 ……はっ、そうじゃありません! いや、それも嬉しかったんですけど、目的は別です。
 にやにやしてしまう頬を抑えながらプロデューサーさんをお部屋の中へと案内します。

「すごいな! これ歌鈴だけでやったのか?」

「えへへ…はいっ!」

「そっか、その…大丈夫だったか?」

「大丈夫…って?」

「いや、飾り付けとかする時に……」

 本当に不安そうに聞いてくるプロデューサーさん。流石に私といえどそうそうドジをするわけ……まあ、少しだけ、ほんの少しだけしてしまったんですけど。でも!

「もうっ! 私だってやる時はやるんですから!」

「はは、それもそうだな」

 ごめんごめん、と謝るプロデューサーさんに私が被っているものと同じ帽子を渡します。
 きょとんとした表情になるプロデューサーさんに、

「その方が雰囲気出ますしお揃いなので」

 と、言うと「似合わないと思うけどなぁ」なんて苦笑いしながらも被ってくれました。
 二人で座って、用意しておいたグラスに飲み物を注いで。零さないように、と注意しながら注ぎ終え、グラスを持ち上げるとプロデューサーさんと目が合いました。なんだかそれが嬉しくて微笑むとプロデューサーさんも微笑みかえしてくれました。

「何に乾杯しようか」

「うーん……」

「お互いにキリスト教徒じゃないしなぁ」

「じゃあ、私たちの今年一年間に、とか…でしょうか?」

「うん、それがいいな。そうしよう」

 乾杯、と軽くグラスを合わせました。ガラスじゃなくて木製なので綺麗な音は鳴りませんでしたが、確かな感覚があったことが嬉しかったです。



 私の用意した食事を美味しそうに食べるプロデューサーさんを見ていたらクリスマスというよりも、普段の土曜日みたいな雰囲気になっていました。
 私の今日の収録のこと。茄子さんがアドバイスしてくれたこと。プロデューサーさんのお仕事のことや、私の学校での成績がどうだったとか他愛もないお話をしていたらあっという間に時間が過ぎていきました。
 もうこんな時間と、時計へと向けた視線が窓の外の景色を視界へと映しました。

「あの、プロデューサーさん」

「ん? どうした、ってあぁ……」

 しっとりと降っていた雪はいつの間にか勢いを増して舞い荒れていました。

「これじゃあ積もっちゃいますね」

「そうだな……というか帰れない気がする」

「ということは……泊まり、まつ…ますかっ!?」

 思わぬ展開に心がどくんと跳ね上がります。お家に招くだけでも進歩したのに、プロデューサーさんとお、お泊りなんて…えへへ……

「いや、流石にそれは…でも、うーん……」

「と、泊にゃってもいいでしゅよ…?」

 顔がかあっと熱くなります。噛んでしまった恥ずかしさじゃないのは分かりきってますが、私にはどうしようもなく。
 ドキドキとしながら返事を待っていると、徐ろにプロデューサーさんが立ち上がりました。
 い、いきなりですかっ!? まだ早いですよぉ……なんて思っていたら「ちょっと外の様子見てくる」とだけ言い残して出ていってしまいました。部屋に残されたのは私だけです。むうぅ、と頬を膨らませても空しいだけです。仕方ないので食器とかを片付けていると玄関の扉が開く音が。

「もう! いきなりどうしt……」

「……シャワーを貸していただけないでしょうか歌鈴さん」

 雪まみれのプロデューサーさんがそこにいました。



「プロデューサーさーん、バスタオル置いておきますね?」

「おー、ありがとう」

 あの後、戻ってきたプロデューサーさんに話を聞くとどうやら外はここから見る以上に吹雪いていたようで近所のコンビニに傘を買いに行くことすら難しいようでした。
 そんなわけで雪まみれで冷えきったので、今プロデューサーさんはお風呂に入っています。風邪を引いたら駄目ですし不可抗力です。
 何故か茄子さんのお顔が過ぎりましたが不可抗力……ですよね、多分。




「ふうっ…やっぱりお風呂はいいですね、プロデューサーさんっ」

「ああ、ありがとうな」

「いえいえ。あ、ちゃんと乾いたんですね。良かったです」

「最近のって凄いんだな。1時間もあればこれくらいだったら乾くなんて」

 そう言って嬉しそうにワイシャツの袖をしげしげと見つめる姿がなんだか可愛らしくてつい笑ってしまいました。
 そんな私を見て首を傾げるプロデューサーさんに「いえ」と返事をしてからソファに座るプロデューサーさんの隣に座りました。

「歌鈴……?」

「プロデューサーさん……」

 そう言ってからプロデューサーさんにしなだれかかりました。ぽすんと身を委ねると体温が直接伝わってきます。

「一緒にいれて、嬉しいです」

 囁くように呟きました。プロデューサーさんが口を開きましたがその先を言わせないようにじっと見つめます。
 クリスマスはもう終わってしまったけれど。もう恐れないって。自分の気持ちから目を逸らさないって。
 目を瞑って深呼吸を一つ。「歌鈴、大丈夫よ」と心の中で奮い立たせて。
 歩いて行くプロデューサーさんの背中を追いかけるだけじゃ嫌だから。

「プロデューサーさんっ…! わ、私は…っ!」







「ふぁぁ…」

 窓から射し込む朝日で目が覚めました。あんなに荒れていた天気はもうすっかり収まっています。積もった雪に朝日が反射し眩しすぎるほどです。

「プロデューサーさーん」

 呼びかけてみましたが小さく呻いただけでなにも返事がありません。もう、そんなにお寝坊さんだったら襲われちゃいますよ? なんて言ってみても起きません。私が呼びかけてるのに起きてくれないなんて、という気持ちにもなりますが、私を信じてくれてるんだということが伝わってくるので頬が緩んでしまいました。
 気持ちよさそうにすやすやと寝ているプロデューサーさんを見ていたら、寝たはずなのに私もなんだか眠くなってきます。


「お、お邪魔しまつっ…」

 もぞもぞと入り込むとプロデューサーさんの体温に包まれているようでなんだか安心しました。そのままじっとしていると段々と意識が薄れてきました。

「ありがとう…ございます…」

 意識が完全に落ちてしまう前にそっとプロデューサーさんの唇に口付けをして。満足して、うつらうつらと微睡みに負けて落ちていく前、頭を撫でられたような、そんな気がしました。

おしまい

ありがとうございました

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