料理人「異世界か……面白い、腕がなるぜ!」(18)

料理人(ある日突然、異世界と行き来出来るようになったと聞いた時は半信半疑だったが)

料理人(こうして目の前で、空中で空間が裂けて別世界の風景が見せられたなら疑えないな)

料理人(政治家のお偉いさん達が調査させた結果、異世界の人間はこちらの食材を食えるらしい)

料理人(こっちの科学技術を与える代わりに、向こうの豊富な資源を得る交渉がされた)

料理人(今日は条約締結の記念と友好を深めるための食事会だ)


料理人(まあ俺としては政治のあれこれなんて判らんし、どうでも良い)
料理人「俺の料理を、異世界の奴らに味わわせてやるだけだ!」

料理人「さて、食材も充分にある」

料理人「人手も問題なく集まった」

料理人「異世界の奴等は俺達の世界よりかなり文明が遅れているみたいだし」

料理人「現代の誇る調理器具で作られた俺の料理に驚くこと間違いなしだな!」


「果たしてそうかな?」


料理人「なっ、誰だ!?」

「食べさせる前から慢心とは、随分なご身分じゃないか?」


料理人「お前は……四川料理の伝道師と呼ばれる王か!」

王「調理器具を集めてご満悦の所悪いが、それだけで料理は語れるわけではない」
王「素材の味などと言って悦に入るお前の料理には到底理解できないかもしれんがな」

料理人「ほざけ! ただ調味料を盛れば良いと考えるお前などに料理を語られたくはないな!」

王「はっ! 小さい国で満足しているお前に何が判るのかな?」



「料理人というのは、口先だけの世界ではないでしょう?」

料理人「あんたは……英国料理革命家のグレイさん」

グレイ「どんなに雄弁に語ったところで、客の舌を満足させられなければ無価値だ」

グレイ「まああなた方の料理が、雄弁に語らねばならない程度の味なら仕方ありませんがね」

王「間食で腹と舌を誤魔化すことしか出来ないお前の祖国には負けるだろうさ」

グレイ「私が存在した時点で、我が祖国は汚名返上したのだ」
グレイ「まあ過去の事しか誇れぬ国では、情報が古いから伝わってないのか」

王「なんだと貴様……!」



料理人「…………」

料理人(周囲を見れば、他の国や地域の料理人も集まってきているな)

料理人(各国、異世界の奴等との交渉に少しでも優位になるためだ)

料理人(文明がかけ離れているから比較しにくい、だから文化面でいかに優れているか示す)

料理人(その一環として料理が選択された)

料理人(俺は国でもそうだが、世界でもそこそこ有名になっている。それだけの実力もあると自負している)

料理人(だがそれは他の奴もそうだ。ここにいる料理人、いずれも名を馳せた実力者揃いだ)


料理人(国を背負う気なんてない。だがこの戦い、負けるつもりはない……!)

数時間後


料理人「異世界の人間っていうからどんな奴等かと思ったが、俺達と外見が大して変わらないな」

料理人「政治家のお偉いさん達も集まった。最初に振舞われるのは俺の料理だ」

料理人「翻訳機とイヤホンを、っと。これで日常会話程度なら判るとは、便利なもんだな」

料理人「さて、反応のほどは……」


政治家「如何でしたかな、こちらの世界の工場は?」

異世界人『素晴らしい。私達の遥か先の文明に驚くばかりです』

政治家「喜んで貰えて何よりです。長時間の移動ばかりでお疲れでしょう。どうかお寛ぎ下さい」

異世界人『ありがとうございます。ところでこれは……?』

政治家「こちらの世界の料理です。食材はお互い問題なく口に出来ると判りました」
政治家「ですので料理を振舞わせてもらいたい。お口に合えば良いのですが」

異世界人『これがこの世界の料理……頂きましょう』

料理人(翻訳機は問題なく動作している。そろそろ異世界の奴等が口にするぞ)

料理人(…………)

料理人(…………)


会食終了


料理人(……なんだ、この違和感?)

料理人(俺の料理を、いやどの料理も2・3回口に運ぶだけで箸を置いた)

料理人(まあ今日だけで五カ国の料理を口にするのだから、1つの料理の量が少ないとは言え腹が膨れる)

料理人(だから1つの料理を腹一杯食べないのは理解できる)

料理人(しかし全ての料理が同じ反応だとは……表情も良いとは言えなかった)

料理人(いくら食材が口に出来るとはいえ、やはり異世界とこっちの世界では口に合わなかったか……)

数日後


料理人「片付けやお偉いさん向けの書類作成、後任の料理人の指導で疲れたな」

料理人「初日のように料理を作れれば気晴らし出来るんだが……」

料理人「はぁ、何より泊まる部屋が広すぎて気が休まらない」

料理人「トイレか……少し寄るか」



料理人「はぁ、個室は落ち着く。狭い場所で座っているだけっていうのも悪くないな」

料理人「もう少し狭い部屋に泊まらせてくれるよう伝えてみるか」


ガチャ


料理人(誰か来たか。どうせ用を足さないんだからさっさと出るか。入った奴が使うかもしれないしな)


『それにしても疲れましたね』

料理人(翻訳機切るの忘れていた……翻訳機が作動したってことは、異世界人が扉の向こうに居るのか)

異世界人A『まったくだ。しかしこの世界の文明は発達具合は素晴らしいな』

異世界人B『ええ、我々の文明よりも遥か先に進んでいる』


料理人(異世界がどうなっているか判らんが、こう言われるのは悪くないな)


異世界人A『それなのに、いやだからこそか。残念なものだ』

料理人(……?)

異世界人A『この世界の料理の不味さと言ったら! 生ゴミにも劣るな』


料理人(!?)

異世界人B『彼らはあんな物を料理と言って誇っているようですな』

異世界人A『文明は進んでいても文化面は遥かに劣った奴ら、未開文明人と同レベルとは』

異世界人B『機械などの発達に気を回しすぎて、肝心な文化面がこれでは宝の持ち腐れですね』

異世界人A『他の分野は見ておらんが、料理を見ただけで判る。この世界の文化は下劣であるとな』

異世界人B『料理人とか言っていた奴ら、よくあんな物を出して誇らしげで居られるものだ』
異世界人B『うっ……思い出したら吐き気がしてきた』

異世界人A『どうです元の世界に帰ったら、北の城門前の店にでも』

異世界人B『あんな学生向けの不味い大衆料理屋なんて……と普段は言うところですが』
異世界人B『ここの生ゴミを口にした後では大歓迎ですよ。学生時代は何だかんだでお世話になりました』

異世界人A『当時から量だけで味は不味いと思っていたが、ここと比べれば数十倍は美味しく感じられる』

異世界人B『そう考えると、ここの不味い料理に満たない物も少しは役立ちましたね』

異世界人A『はっはっは! 間違いない!』

異世界人B『さて、この後の予定は――』


ガチャ、バタン

料理人「…………」


料理人「ふざけるなよ……!」


料理人(確かに俺の料理は生食があるし、慣れないと食べにくい物もある)

料理人(もちろん口に合わないというのもあるだろう。好き嫌いもある、仕方ないことだ)

料理人(だが、この世界の全ての料理を否定するなんてふざけた事しやがって……!)

料理人(王もグレイもいけ好かない奴だ。他の料理人も一癖二癖もある)

料理人(どうしようもない奴だっている。それでも、料理の腕前だけは胸を張れる奴らだ!)


料理人「まともに機械も技術も発展できない奴らが、俺達の料理を、文化を馬鹿にしやがって!」
料理人「絶対に許すわけにはいかん!」

料理人「あまり褒められた事ではないが、あっちの世界に忍び込んでやろう」

料理人「幸い政府公認で迎えられた身分だし、大分あちこち自由に移動できる」

料理人「待ってろよ異世界の奴らめ。絶対に土下座するぐらいの料理を味わわせてやる!」







その日を境に、1人の料理人が姿を消した

『――ということで、異世界との交流という夢のような出来事がこの現地でありました』

『残念ながら、現在は異世界と通じる扉は閉ざされてしまいました』

『専門家の間では、世界も周期的に移動しているという説が主流で――』

『今後同じ異世界と交流できるかは不明ですが、もしかしたら他の世界と交流できる』

『そんな希望が残されたんですね。さて、異世界との交流で得られたのは何も資源だけではありません』

『異世界との交流で新たな調理法、【もちきにそ】と【いとせ】が誕生したのです!』

『かなり高度な調理法であるため、一部の料理店でしかお目にかかれないのですが』

『徐々に民間に浸透しつつあります。そのパイオニアとなったのが――』

『みなさんご存知、和食チェーン店の頑固グループです! 今回会長さんが取材を受けて頂き――』

 かつて私は一人の料理人であった。いや、自称していたに過ぎない。

無謀にも恐れを知らぬ私は異世界で腕前を披露しようとして、彼らの文化を目の当たりにして打ちのめされた。

 彼らの文化は洗練されていた。現代でも文明の劣った世界として低く見られるが、
文化面において我々は彼らと比較すれば未開と言っても良いほどだ。

 その顕著な例として料理が挙げられる。私が異世界から持ち帰った調理法は
この世界では革命的なものとして受け入れられているが、
あちらの世界では一般家庭におけるごく初歩的な、手抜きと評される調理法なのだ。

 そう、かつて世界に名高い一人であった私でも会得できたのは手抜き料理で精一杯だったのだ。

無論時間を掛ければもっと学べただろう。だが、交流が始まって数年経過した時、
異世界と通じている扉が閉ざされようとしているのが観測された。

 私は悩んだ。異世界に留まり続け料理人の道を進むべきか否か。当時既に私には妻と子供がいたのだ。
悩んだ末に家族を置いていくわけにはいかないと考えた私は、涙を呑んで異世界から背を向けた。
同時に異世界に留まり続ける事を決断した者達を羨んだ。

あの会食の後どこから漏れたか、他の料理人もさんざんな評価を受けたと知り、みな憤慨していた。

だが全員敗北を悟り、料理人と名乗ることを辞めたのだ。
当然だろう。彼らの文化を、料理を知って料理人を名乗るなど厚顔無恥にも程がある。

 異世界へ行けなくなってしばらくは何もする気になれなかった。
だが妻の一押しもあり私は異世界の料理を再現することにした。無論簡単なことではない。
料理の工程を再現するのに数年、さらに納得できる味を再現するのにも数年費やすこととなった。


 小さな料理屋を開いて少しでも多くの人に伝えたかったのだ。異世界の料理が、文化がいかに優れて
いるのかを。
 いつの頃か我々の世界では、異世界は劣った文明であり見るべき文化がないという驕りが蔓延っていた。
そんな固定概念を覆したかったのだ。今では世界に跨るチェーン店となったが、まだまだ誤った認識は
解けていない。


 ある分野で劣っていたからといって、必ずしも全てにおいて劣っているわけではない。それは我々の
住まう世界に存在する国や個人においても言えることだ。
 その気持ちを忘れないために、会長となった今でも私は調理場に立つ。


 いつかまたあの異世界と繋がった時、料理人と胸を張って名乗れるように。

異世界ブームがあったり料理・食事ブームがあったりするけど、異世界に優れた文化があってそれを現代人が学ぶってなかなかないなと思った
料理にはその国の文化があり、歴史があると考えつつ昨今手軽に多種多様な料理を口に出来るのは素晴らしいことだ
そんな事を考えつつ軽食を食べながら書いた、そんなお話

ここまで読んでくれて乙

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom