女「勝手に不老不死を押し付けられた」 (71)

女「どこからともなく声が聞こえてきてさ」

女「そいつが言うに、そいつはずっと不老不死だったらしいけど」

女「もう俺は生きるのに疲れた、だから死にかけのお前にこの命をやるって言われた」

女「お前は俺の同じように死ねなくなるが、とりあえず今は生きることが出来る」

女「死にたくなったらそれをまた誰かに押しつけろ、って」

女「迷惑しちゃうよね」

女「あの時馬車で死んどけばよかったなあ」

男「…」

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男「…それが今お前が上から降ってきて生きてる理由か?」

女「そう」

男「…どうすんだよこの血の量…絶対何かあったって思われるだろ」

女「申し訳ないねー、まさかこんな所に人がいるなんて思わなくてさー」

女「信じられないだろうけど、私本当に不老不死なんだ」

男「…いや…信じるけど…目の前で脳みそぶちまけたのにムクリと起き上がるの見ちまったから…」

女「へへへ」

男「…何がへへへだこっちはトラウマもんだ」

女「それにしてもあなたも物好きだよねー、こんなところに一人で来るなんて」

男「悪いかよ」

女「悪くは無いよ、まぁでも不気味かな」

女「こんなところに一人で来るやつなんてまともじゃないから」

男「…お前と一緒にすんなよ、俺はまともだよ」

女「まともかなぁ~?わざわざこんなところに車で来たやつが?」

女「何でスーツなの?その手の紙は何?どうしてそんなに悲しい顔してるの?」

男「…」

女「全然まともじゃないでしょ~、この自殺志願者」

男「…」

男「なんで分かった?」

女「そりゃー何百年も生きてたらわかるよ、死にたいだろうなーってやつの顔」

女「ま、それだけなら珍しくないけれど、そんな顔しながら人気のないところに来るやつはたいてい実行に移すやつ」

女「何があったのか知らないけどさー、自殺なんて馬鹿な事やめときなよ」

男「お前が言うのかよ、たった今自殺したやつが」

女「あなたと一緒にしないで欲しいな、私はもう十分自分の人生を全うした、やってないことと言えば天寿を全うすることだけ」

女「あなたの密度の薄い人生と同列に語らないでほしいな」

男「…」

男「生きてりゃ誰にだって辛いことはある、俺の何もわからんくせに勝手に自分の方が辛いみたいな事言ってんじゃねえよクソ女」

女「こんな美人にそれだけ罵声を浴びせられるくせに死んじゃおうとするなんて根性無し」

女「大体さあ、死んじゃったら何も残らないよ、そこんとこ分かってる?」

男「…」

女「私一回臨死体験してるから知ってるんだよねー、死ぬって冷たいよ、寂しいよ」

女「周りが真っ暗になって、自分という存在さえ認識出来なくなってくる」

女「それが永遠に続く」

女「怖いとは思わないの?」

男「俺にとっては、今の方が断然怖い」

女「同じ自殺者のよしみだよー、私に話してみなよ、何が辛いのかさ」

男「お前に話すことなんて何もない、鬱陶しいからもう話しかけてくんな」

女「死ぬことを崇高なことだと思っちゃいけないよ、生きてることが何より誇らしいことなんだから」

男「たった今自殺したやつに言われたくないね」

女「だからさー、私はもう充分生きたって言ってるじゃん、それにどうせ死ねないんだし」

男「いいからもう話しかけんなよ、うざってえんだよ」

女「今ここであなたが死にかけたら、私はあなたに不老不死を押し付けるけどいい?」

男「…」

男「…は?」

女「だからさ、もしこのままあなたがここで自殺するなら私は自分の不死性をあなたに押し付けるって言ってるの」

女「言っとくけど傷の修復の速さは並大抵の人間程度だから、痛いよー、死にかけから這い上がるのって」

女「まさに、あの時死んでおけばよかったー!って思っちゃうよ?」

男「…なんだそりゃ、死ぬなって脅しがあるかよ」

女「そう、だからどっちにしてもあなたは死ねないの」

男「なんで俺に執着するんだよ!適当にほかのやつに押し付ければいいだろ!!」

女「なんでだろうね」

女「それで、どうするの?」

男「…クソ…うざってえ…!」

女「お?」

男「もういい!今日は帰る!てめえもとっととどっかに消えろ!」



ガチャ、バタン!

男「…クソっ…!何なんだよ…!」

男「もういい…!とりあえずほかの所で…死んでやる…」ブロロロロ

車の屋根の上

女(死ぬなって言ったのになんで死のうとするかなー)

女(まぁでもそりゃそうか、死ぬなって言って自殺者が減ったら苦労しないもんね)

女(おー、綺麗な星空だ、今隕石降ってきたら死ねるなー)






男「…ん」

男「…はっ…!」

男(…ここは…天国!?そうか!俺はとうとう死んだんだな!)

男「天国に来たのか!」

女「残念だねここはベッドの上、そして昨日も言ったけど人は死んだら天国じゃなくて無に帰る」

男「うわあああああっ!?」

女「理解出来たならとっとと死にたい理由があるだろうところに行きなよ、これでも食べてさ」コトッ

男「な、なんでお前がここにいるんだよ!」

女「それわざわざ聞く必要ある?免許証から住所調べて連れてきたんだけど」

男「…出ていけ!!」

女「出ていったらまた死のうとするでしょ?」

男「俺が死ぬのに何の問題があるんだよ!死ぬなとでもいうつもりか!お前の勝手なエゴを俺に押し付けんな!」

男「勝手にこんなところまできやがって、俺の人生を知ったように語りやがって!迷惑なんだよ!」

女「あのさあ、私は別にいいことをしてるつもりなんてさらさらないよ?」

女「ただ興味があるだけだよ、死にたい奴ってどういう生活を送ってるのか」

女「暇なんだよねー、だからあなたを観察させてちょうだいな」

男「…お前…最っ低だな…!クズが!」

女「結構結構」

男「…」

男「…ちっ」

女「食べないの?」

男「お前みたいなやつが作った食いもんなんて食べられるわけないだろ」

女「…」

男「…いいか、覚えとけ、俺はお前の目を盗んで必ず死んでやるからな」

女「いいよ、私はあなたに気が付かれないようにあなたを監視しとく」

女「私の目をかいくぐって死ねるもんなら死んでみればいいよ」

男「はっ、お前の不死性とやら、遠くにいても押し付けることが出来んのかよ」

女「鋭いねー、出来ないよ」

男「はは、だったら簡単だな」

女「触れないとこの呪いを押し付けることは出来ない」

女「だからあなたがもし私の監視の目から消えちゃったら…」

女「あなたを止めるために、大きな事件を起こすかも」

男「…は?」

女「あなたの名前を叫びながら周りの人たちを傷つけて回るかもしれない」

男「…お前…俺だけじゃなくて…他のやつも巻き込むつもりか…?」

女「自殺したい人が周りの人間に迷惑をかけたくない、という訳じゃない」

女「残された遺族にとって、自殺という選択は確実に迷惑になる」

女「…でも、あなたは自分の家族と周りの人間を切り離して考えるタイプでしょう?」

男「…」

女「もしくは既に、迷惑をかける人がいないか」

女「どっちにしたって簡単だね」

男「…なんでお前にそんなことがわか…!」

女「人の命を救おうってやつが優しくないわけがない」

女「どういう理由があるにせよ、救うと決意した人間の心は固く優しい、そして脆い、途中で歪むこともあるだろうけどね」

女「そういう事に従事しているあなたの自殺という選択、職業、たったこれだけの情報でも少なくない」

女「あなたには大事に思う家族がいない、どっちとして捉えても、ね」

女「そしてだからこそこんな方法が、あなたという人種に痛いほど効く」

男「…」

女「…どう?間違ってる?お医者さん…?」

男「…ね、死ね…死ね…!死んじまえ!」

男「てめえなんかあの時に死んじまえばよかったんだ!」

男「命を命とも思わねえクズが!お前が不老不死になったのはこの世で一番許されない罪だろうよ!!」

女「…」

男「何でてめえみたいなやつが不老不死なんだよ!」

男「…死ね!てめえなんか…!」

女「…」

男「…今日帰ってきて、お前がまだ居たら、お前を殺す」

女「…んん…?」

男「…痛みはあるってさっき言ったもんな、だからお前が出ていくまで殺してやる」

女「出来もしないくせに」

男「さあな、でも少なくとも俺はそうするって決めた」

男「ようく考えとけ、死ぬべきだったクソ女」

女「…」

男「…」

院長「…おはよう、男くん」

男「…院長…おはようございます」

院長「…うん、昨日よりは少し顔色が良くなったかな」

男「…そんなこと…」

院長「…君はまだ未熟だ、たくさんの経験をして、その技術を伸ばしてもらいたい」

院長「…恥ずかしい話だが、救いにもならないとは思うが」

院長「仕方の無いことだと割り切ることが一番だよ、こんな話をもう何度もしたけどね」

院長「今は辛いだろうけど、それは確実に君の経験として蓄えられる、君の挫折は無意味では無いんだよ」

男「…」

院長「手術室は猫箱とも言える、たとえ中でどんなに不合理で理不尽なことが起こっていたとしても、真実を知るものが口を閉ざす限りそれは永遠に闇の中だ」

院長「過激な例えだが、あの部屋の中で患者をわざと死なせてしまったとしても、口を閉ざす限りそれが明るみに出ることは無い」

院長「それをいい事に、自分のせいではないと開き直る者もいる、そんな人達は大成しない、いずれどこかでボロが出る」

院長「君のように、重く受け止める姿勢が大切なんだよ、当たり前だ、私たちが扱っているのは命だからね」

男「…だから、気を落とすなですか…?」

男「失敗なんてこれまで数え切れないほどしてきました…!でもそれでも俺が今まで目的を失わずに続けられたのはそれが取り返しのつくものばかりだったからです…!」

院長「…」

男「…でも…命がかかってる時に失敗してはダメでしょう…!」

男「命を救うことが本文の医者が、奪ってしまっては元も子も無いでしょう…!!」

男「体力の限界…?いや違う…!あの幼い女の子は俺のサポートミスで死んだ…!」

男「…院長は良かれと思ってこの事を付してくれてるのかも知れません…!でもあれは明らかに俺のミスです…!」

男「沢山罵られました…先輩からも、あのこのお母さんからも…!」

男「当然です、絶対に失敗してはいけないところで失敗してしまったんですから…!」

男「…あの子は…」

男「…」

男「俺が殺したも同然です…!」

院長「…」

男「…俺は…辛いです」

男「…命を奪った俺が、こんなふうにのうのうと生きていることが…」

男「…死ぬほど辛いです」

院長「…」

院長「…君は全力だった、失敗自体は別としても、君の普段を咎める人が今まで一人でもいたかい?」

男「…」

院長「…医療ミス、これはとても根深い問題だ」

院長「…我々医療に従事するものはね、経験のため、発展のためどうしても犠牲とする必要がある」

院長「…いいや、犠牲としなければいけない」

院長「じゃないと、本当に死んだ意味が無い」

男「…命ですよ…?」

男「…生きていたんですよ!?」

院長「…そうだ」

院長「そして、それを奪ったのは、この病院だ」

男「…違う!!!俺だ!!」

院長「…」





男(…医療ミスは医術につきもの)

男(そらそうだ…人間が行う手前、失敗の可能性が常につきまとう)

男(…何が悪かったわけじゃない)

男(…先輩がカバーしきれなかったわけじゃない、あの子が手術に耐えきれないほど弱っていた訳でも無い)

男(道具や設備の管理がおざなりだったわけでもない、当然誰に責任がある訳でも無い)

男(ただ、俺が未熟だっただけだ)

先輩「よう」

男「…あ」

先輩「死にそうな顔してるな、お前」

男「…」

先輩「何も言葉が出ねえってか、そうだよな、お前のせいであの子は死んだんだから」

男「…っ」

先輩「そして、お前の未熟っぷりを見抜けず任せちまった俺に一番の責任がある」

男「違っ…」

先輩「違わねえよ、なんにも違わん」

先輩「もっとよく知っておくべきだった、お前の得手不得手、人となり」

先輩「すべてを吟味して考慮した上で、お前に出来る最適な仕事を任せるべきだった」

先輩「それをするのが主治医の俺の役目、怠った俺のミスだ」

男「…何でですか…?」

男「どう考えても俺が悪いでしょ!?」

男「明らかに俺のせいじゃないですか!なのにどうして先輩も院長も…!」

先輩「責められて楽になりたい奴にかける言葉はねえからだよ」

男「…っ」

先輩「ごめんなさい~責めてください~で済んだら苦労しねえんだ」

先輩「お前、そうやってクヨクヨしてあのこの命を無駄にするつもりか?」

男「…は」

男「…はは」

男「…無駄になったでしょう…?あの子は死んでしまったでしょう…?」

先輩「…」

男「これから先、色んな未来があったのに、それを俺の未熟さゆえに、無意味に奪ってしまったでしょう…!」

先輩「…お前、ふざけんなよ」

先輩「自分を責めてあの子が生き返るとでも思ってんのか!いいや、有り得ねえ!たとえお前死んじまってもあの子は生き返らねえ!」

先輩「医者は、何を救うかじゃねえ、何を残すかだ」

先輩「勘違いすんじゃねえぞ、俺たちは死んじまう人間を踏みとどまらせるのが仕事だ、100の死人を99にするのが仕事だ」

先輩「全部が全部、上手くいくわけねーんだよ!」

男「…」

男「…俺は…先輩みたいには考えられません…」

先輩「そうか、だったらもうお前は医者としての資格無しだな」

先輩「とっとと逃げて、辞めちまえ」

男「…」

先輩「…」

男「…すいませんでした」

先輩「…ふん」

男「…」





男(…犠牲)

男(…言ってる意味はわかる、あの子の命を奪ってしまった、その経験を糧にして成長しろって言ってるんだ)

男(そうしたら、彼女も救われる)

男(…救われる…?いや違う、救ってあげられなかったんじゃないか)

男(…結局、自己満足だろ)

男(彼女を殺した、でもこれから先多くの命を救うから許してくれっていう)

男(血で汚れた手で、命を救うから許してくれっていう…)

男(…それが、医者としての仕事…?事実を隠して彼女の死を無駄にしないという免罪符を振りかざして生きていくことが?)

男(…終わってるな)

男(…医者としてはもちろん、俺はもう人としても悪い位置にいる)

男(…そして、彼女の死を経験として受け入れてしまったら、最悪になってしまう)

男(…彼女の体の冷たさが、今でも忘れられない)

男(母親の定まらない焦点と、狂ったような顔が、まぶたに焼き付いてる)

男(…ほらな、やっぱり地獄だ)

男(…今更ながら、いいや、俺はずっと思っていたけれど)

男(…俺は、取り返しのつかないことをしてしまったんだ)

ガチャッ

女「おかえり」

男「…」

女「出前をとっておいたよ、私の作ったものはお気に召さないようだから」

男「出ていけって言ったよな!!」

女「出ていかないって言ったよね?」

男「…もう、俺に関わるんじゃねえよ…!」

女「嫌だよ」

男「…何でだ…?何でなんだよ…」

男「…俺は、死ぬことも許されないのかよ」

女「その子の命を奪ってしまったから?」

男「…!」

女「だから死にたいの?楽になりたいの?」

男「…そうだよ、そうだよ!」

男「情けない話だ!俺はもう心底怖くなっちまった!人を救うはずが殺してしまった!また次もきっと失敗する!」

女「…」

男「だから俺は失敗したくないから…いいや、楽になりたいから死ぬんだよ!邪魔すんな!」

女「…死ぬ事は苦しみからの解放じゃない、苦しみを感じなくなるだけ」

男「…は、ははっ…それを解放っていうんじゃねえのかよ…?」

女「違うね、苦しんだ跡はどこかに確かに残る、それを感じられないだけ」

男「…だからっ…!それはおんなじ事だろうがっ!!」

女「…」

男「もう逃げでいいよ…!情けない奴で、弱いやつで構わない…!」

男「…どうにかして、ここから抜け出したいんだ…」

男「…頼むよ…邪魔しないでくれ…」

男「…俺は…」

ピンポーン

女「あ、来た」

女「はいはーい」

男「…」

男(…今のうちに…この包丁で喉でもかっさばいて…そうすりゃ痛くてもすぐに死ねる)

男(…もう間違うことは…無い…)

女「ねえ、お金払って欲しいんだけどさ」

男「…」

「…あのー…もしかして間違えましたかね…?」

男「…」

男「…はい」チャリン

「どうもー、それじゃまたのご利用をお願いします」

女「…よし、食べよう」

女「…んー…!いつ食べてもこれ美味しいよね…」

女「ピザって言うんだっけ…懐かしいなあ、お金なんてないから久々に食べたよ」

男「…」

女「食べないの?」

男「…」

女「食べないなら私がもらってもいい?」

男「…好きにしろよ」

女「…んー…!!」

男(…本当、何やってんだ俺)

男(…なんでここから逃げない?…無駄だと分かっても死のうとしない?)

男(…そうだ…押し付けられるんなら押し付けることも出来る)

男(…あいつが飽きるまで死に続けて、押し付けてを繰り返して根負けするのを待てばいい)

男「…」チラッ

男(…回復の仕方は俺と変わらないと言った、なら動けない程度に痛めつけて…遠いところで死ぬのもいい)

男「…そうすりゃ…俺は…」

女「…ふふふ」

男「…」

女「…♪」

男「…そんなに美味いか…?」

女「…えっ!?もう殆ど無いんだけど!」

男「…」ガタガタ

男(…なんつー…)

男(…そうか、俺はどっちにしろこいつを殺すことも、自殺することも出来ない)

男(弱くて、惨めで、勇気がなくて、哀れで、覚悟がなくて!!!)

男(…本当…どうしようもないやつだよ!!!俺は!)

女「…はい」

男「…なんだよ」

女「食べかけだけど、許してね、食べないと思ってたから」

男「…」

男「…俺が、食べたいって言ったか?」

女「…さぁ、でもあなたが泣くってことはお腹が減ったってことかと思ってさ」

男「…はぁ!?」

女「違った?だったらあなたはもしかして、女の子のことで泣いてるの?」

男「…泣いてねえ…それに、もし泣いてたとしたらどう考えてもそっちだろ…」

女「…なるほど、もしそれが理由なら、あなたは休息と栄養補給が必要だね」

男「違う、俺に必要なのは贖罪だ」

女「贖罪って、死ぬ事じゃないと思うよ」

男「…だからっ…!」

男(…いいや、もうこいつに何言ってもこいつはまともに取り合っちゃくれねえ)

男「…」グゥゥゥゥ…

女「ね?」

男「…は、はは…こんなになっても腹が減る」

男「人を殺したくせに、生きることにだけは貪欲だ」

女「…」

男「…なあ、もう死にたいなんて言わない、死にたいけど、思うだけにする」

男「行動にも移さない、どうせお前に止められるだろうし」

男「…だから、一つだけ俺の頼みを聞いてくれないか」

女「…」

女「なあに?」

男「…俺を罵ってくれ、これ以上無いくらい」

男「俺のせいで人が死んだってことを、俺が忘れることがないように、強く刻んでくれ」

女「…」

男「…頼む」

女「…」

女「あなたは、これから先ずっとずっと多くの人の命を救う」

女「女の子が望んでるのは、贖罪でも懺悔でもなくて…」

女「その子の死を無駄にしないこと」

男「…」

女「あなたが死にたいと思ってる限り、絶対に女の子は救われない、無駄になる」

女「女の子も、母親も、あなたのことを許さない」

女「許されないあなたは、これから先ずっと苦しみながら人の命を救う」

女「逃げるな、弱虫」

男「…」

男「…うぅ…ううぅぅぅぅ…!」

男「…俺…生きてもいいか…?」

男「エゴじゃないか…?彼女の死を役立てるという免罪符を振りかざしてるんじゃないのか…!?」ポロポロ

女「…」ギュッ

男「…生きても、いいのか…!?」

女「生きて、それがあなたの贖罪」

男「…うぅぅぅおおおおぉぉお…!!!」ポロポロ

女(…弱く、脆く、それでいて優しい)

女(ねぇ)

女(死者は何も望まない、あなたの贖罪も懺悔も、生きたいという必然さえ)

女(死んでいるから、何も望まない)

女(だから、結局あなたを苦しめているのはあなた自身なの)

女(あなたが彼女に許されたと思った時は、あなたが自分を許したということ)

女(許せないってことは、あなたは自身を許せないっていうこと)

女(…死者は生者の鏡、あなたが泣いてたら、鏡に映った虚像も泣き止まない)

女(虚像を重要視するかどうかは人それぞれだけれども、少なくともあなたはそれを軽視したりしない)

女「…あなたは、きっと素晴らしい医者になるよ」

男「…ううぅわぁぁぁあああああ…!!」





男「…」ムクッ

男「…目もむくっ、だな…こんな腫れるまで泣いてたなんて我ながら情けねえ」

女「…」スゥスゥ…

男「…」

男(…俺は、自分を一生許せない)

男(もし許す時が来たとしたら、それはきっと俺がもう俺じゃなくなっちまうくらい歪んでしまった時だ)

男「だから、俺がもし歪んでしまった時は、お前に押し付けてほしい」

男「…お前のいう、死ねない苦しみとやらで、俺の苦しみを上書きしてほしい」

男「未来永劫苦しむように、どこかに縛り付けたりして」

男「…行ってくる」

女「…んふ、いってらっさ…」

男「…」ガチャッ

女「…」

女「…げほっ!…げほっげほっ!!」

女「…」

院長「…」

男「おはようございます、院長」

院長「…うん、おはよう」

院長「…顔色は、よくはなったけれど、別に体調が良くなったわけではなさそうだね」

院長「未だに薄暗い目をしている」

男「ええ、この濁りは生涯消えることはないでしょうね」

院長「…?」

男「俺は一生自分を許せませんから」

院長「…」

男「だから、俺は…彼女の死を忘れないように、これからも医療に臨みます」

男「…こんな答えじゃ、ダメでしょうか」

先輩「いいんじゃねえの」

男「…先輩」

先輩「赤点ギリギリだけどよ、でもお前がそれでいいっていうならいいんじゃねえの、どうせ俺たちに何言われても変えようって言うやつじゃねえし」

先輩「お前がそう決めたんだろ、だったらそれでいいんじゃねえのか」

院長「…」

先輩「お前が人生を全うして、あの子にあった時、お前がぶん殴られる回数を少しだけでも減らす、それでいいんじゃねえのか」

院長「…命は重いね、とても重い」

院長「僕達の手は、人を救う手じゃない、命の終を遅らせる手だ」

院長「幸せを与える手ではない、患者の体をいじくって、生きながらえさせる手だ」

院長「それが正しくても間違っていても、それを望む人たちがいる限り、私たちはそれ相応の技術を身につけて全力で挑まないといけないね」

院長「医療は難しい、何十年と続けて来ても何かが常に欠ける、志、技術、知識、或いは心」

院長「全てを失わずに、全うするという覚悟が出来たかい?」

男「…はい」

院長「うん、とてもいい返事だ、これなら大丈夫だろうね」

先輩「なんスか?らしくないですよ、まるで死ぬみてーに」

院長「…」

院長「…引き際かとも思ってね」

先輩「は?何いってんすか、院長なしでどうやって…」

院長「…男くん、君にとってこれはとても辛い話になる、君はきっと許さないだろうから、ね?」

男「…?」

院長「猫箱は、所詮仮想実験、現実世界でそれはまかり通らない」

男「…な…!」

院長「犠牲でも、情でも何でもない、これは君に、君たちに対する投資だと考えてくれ」






「今になって医療ミスが発覚したということですがどういうことでしょうか!?」

「実際に医療を行った医師からの謝罪はないのですか!?」

「未然に防ぐことは出来なかったんでしょうか!?」

「遺族に対しての謝罪はまだ行われないのでしょうか!?」

院長「…」

院長「全ての責任は、私にあります」

院長「不運な事故で、失敗してしまったことは変えることの出来ない事実です」

院長「それを引き起こした責任は、もちろん私にあるのです」

院長「何の謝罪にもならないと思います、ですが私はこれをもって」

院長「院長を辞任しようと思います」

先輩「…」

男「…」

先輩「…いやぁ、まさかああいう幕引きになるとはな」

男「…」

先輩「…まぁ、前々からずっと言ってたんだよ、もう私は長くないって、それに疲れたとも」

先輩「単なるじーさんの気まぐれだよ、お前が気に病むことじゃねえ…って言っても無理か」

男「…俺、行こうと思います」

先輩「は?」

男「…あの子の母親のところに、謝りに」

先輩「はぁ!?何考えてんだ!そんな事したら院長が辞めた意味が…!」

男「…違います、院長は僕の気持ちをくんで責任を背負ってくれたんです、隠すということに対して苦言を強いた、ともすれば周りのことを考えない馬鹿な僕の事を気遣ってくれたんです」

男「だとしたら、ここで院長をスケープゴートにするのは間違っていると思います」

先輩「…お前なぁ…」

男「…分かってます…でも…」

先輩「…お前は本当に馬鹿だね、許されるわけがないって言うのは分かってるよな?」

男「もちろんです」

先輩「じゃあなんで行こうとする?そこまでして自己満足に浸りたいのか?」

男「…俺は…」

先輩「…」

男「…」






母親「…」

男「…」

先輩「…」

母親「…何の用ですか…?」

母親「…あなた達に話すことなんてありません…帰ってください」

先輩「…その…!」

母親「…その…!?あの子の命を奪っておいて、しかもそれを今の今まで隠蔽していたくせに、その口から何の言葉が出るんですか!?」

母親「未熟というだけでなくて…卑怯ものの癖に…!」

男「…っ…」

母親「許されるとでも思ってるんですか…!?あの子がどれほど生きたかったか…!…あなた達に分かるんですか…!?」

母親「卑怯者…!あの子の代わりに…あなた達が死んでしまえば…!」

先輩「…」

男「…」

母親「…たった、たった一人の子だったのよ…」

母親「…私にとって、唯一の…大切な子だったのよ…!」

母親「…あの子の代わりに…代わりに…!!!」

母親「…………私が死んでしまえたら、どれだけ嬉しかったか」

男「…っ…!」

先輩「…」

母親「…責めても仕方がないって分かってる、それでもあなたたちを責めたい」

母親「…院長の辞任という形で責任を取ったあなた達を責めることが、世間でゆるされないということなら」

母親「…せめて、私は自分を責め抜いて、死にたい」

男「…」

母親「…ずっと、病弱で、やりたいことをほとんどさせてあげられなかった」

母親「…少しでも生きながらえさせる事が出来るならと、あの子を縛り付けた」

母親「…結果、何もしてあげられなかった」

母親「…あの子は、世界一の不幸者よ」

男「…」

男「…お母様」

母親「…何よ…!?」

男「…俺は、あの子を死なせてしまいました」

男「もうこの手にメスを握ることは一生ないと思っていました、いいえ、今でさえそう思っています」

母親「…だから…!?使えない医者の腕なら切り落としてしまえばいいじゃない!」

男「…でも、先輩が言ってくれました、院長も…」

男(…あいつも)

男「言ってくれました、それは逃げだと」

母親「…」

男「…俺は、謝罪をしに来た訳ではありません、許しを乞いに来た訳でも」

男「そんな事をしても、当然許されることではないという事を知っていますから」

先輩「…」

男「血で汚れたこの手で、またメスを握ることを許してくださいますか?」

男「結果として人を殺めてしまった、拙い技術を磨き上げて、これから先人を救うことを許してくださいますか?」

母親「そんなことで許されるわけがない!!」

男「…分かってます、これは贖罪でも懺悔でもありません」

男「…俺は、医者を続けてもいいですか…?」

母親「…っ」

先輩「お願いします!!こいつはこんなところで終わっていいやつじゃないんです!」ゴンッ!

先輩「未熟だし馬鹿だし弱いし!でも医者にとって一番大切なもんを知ってるんです!」

母親「ダメだって言ったら!?止めるの!?」

男「…そのためにここへ来ました」

男「…あの子の死をけして忘れません、絶対に俺は自分を許しません」

男「…未熟な技術も、足りない知識も、全部1からやり直します」

男「…俺に、医者をやらせてください…」

母親「…」

母親「…~…!!」

母親「…」

母親「…絶対に、私はあなた達を許さない…」

母親「…でも、医者を続けるかどうかは…私が決めることじゃない…」

母親「…どうか、メスを握ってください」

母親「…もう、2度と、こんなことがないって誓ってください」

男「…誓います」

先輩「誓います」

母親「…あの子の命の分まで、他の人を…救って下さいっ!!!」

バタァン!!



女(わが子を失った人が、そのセリフを吐くのはどれほど辛いことだろう)

女(何故自分の子でないのか、何故自分の子だったのか)

女(ねえ、あなたはもうひとつ背負ってしまった、それでも…)

女「…」

先輩「頑張ろうぜ」

男「…勿論です…!」ポロポロ

女(自己満足かと問われたら、あなたはきっとそうだと答える)

女(それでも、あなたは歩みを進めた、彼女たちのために進むと覚悟を決めた)

女(あなたはあなたを許さない、母親も世間もあなたを許さない)

女(だから、何の意味もないだろうけれど、あなたは、皆は鼻で笑うだろうけれど)

女(私だけは、あなたを許す)

女「…」

女(あの日からもう2ヶ月、けたたましい喧騒と批判の声はあの老人がすべて引き受けて、そして何も変わらない)

女(いいや、変わらないことは無い)

女「…まだやるの?」

男「…ん、もう少し」

女(男は言葉通りもう1度勉強し直すことに決めたらしい、元々優秀で才気に溢れていたこともあるだろうけれど)

女(それこそ医者の不養生という言葉がぴったり当てはまるくらいに自分を追い込んでいる)

男「…」

女「あれから結局手術はしてないの?」

男「…まだだ…俺にはまだ足りない」

女「習うより慣れろって言うけどさ…」

男「人の命がかかってんだ、慣れるより習う方が先だ」

男「幸い勉強に集中しても籍だけは置かせてくれるっていうんだ」

女「…まぁ最近はそんなところも多いんだろうけど」

女「実際仕事をしてないわけじゃないしね」

男「やればやるだけ気がつく、俺は本当に未熟だったんだってな」

男「基本的に術後のメンタルケアもその後の投薬治療も俺達が指示を出すけど実際に行うのは看護婦さんたちだろ」

男「そこは分担だから仕方ない、けど俺たちはただ機械的に指示を出すだけじゃダメなんだよ、やっぱり…」

女「あー面倒くさい話は聞かないでおく、私医者志望じゃないし自殺志望だし」

男「…」

女「どうしたの?」

男「…ちょっと息抜きでもしようかな」

女「ご飯あるよ」

男「なぁ」

女「今日の献立は見よう見まねで作ったハンバーグと…」

男「…考え直すわけには行かないのか?」

女「…また随分と前とは違ったことを言うんだね、死ねって言ってなかった?」

男「…」

女「…」

女「…死にたがりじゃダメなの…?」

男「…それは…」

女「私はもうずっと生きてきた、今更信じられないなんて言わないだろうけど、本当に長い間生きてきた」

女「あなたより、はるかに多くのことを経験してきた」

男「…」

女「多分誰より長く生きた、誰より何かを経験した、人の死を多く見てきた、命の尊さを知ってる」

女「そんな私は、自ら死を望んじゃいけないの?」

男「…」

女「…それはね、あなたのエゴだよ」

女「…私とあの子を重ねないでね、私の命はもう随分前からあの子の命より軽い」

女「あなたは自分の目の前で誰かが死ぬのを見たくないだけ、違う?」

男「…」

女「…ロストケアって知ってる?」

男「…?」

女「誰かの援助なくして生きていけない人は死ぬのが一番のケアだって考え方」

男「…名前は聞いたことない…けど、そういう考え方の人がいるのは知ってる」

女「もはや意思疎通もままならない人、五体満足には生きられない人、そういう自ら発信出来ない人達を殺して、救うというケア」

男「…そんなもんは救いじゃない」

女「…かもね、死にたい人なんていない、けれどその人が死ねば確実に楽になる人はいる」

女「ロストケアって言うのは、残された人達にとっての救いなんだよ」

女「不思議だよね、死が救いになるなんて」

女「昔、介護が必要な夫を「不慮の事故」で失くした女の人がいた」

男「…」

女「私はその女の人に聞いたの、とても気の毒です、お悔やみ申し上げますってね」

女「もちろんその場ではただ立ち尽くすだけだった」

女「でも、そのあと聴いた話によると、奥さんとっても喜んでいたようだよ」

女「「あぁ、やっと死んだ!」」

女「って」

女「自分が楽になるために他人に死を願うのはいけないこと」

女「だったら自分で死ぬのは?もう生きる意味も見いだせなくて、この世の殆どを見てきて、達観してしまって冷えきってしまって」

女「そんな私が唯一見出した救いが死だって言うのに、それでもあなたは私を止める?」

女「私のロストケアを止める?」

女「生きてれば楽しいことはある、そんなことはもう、とうの昔に知り尽くしてる」

女「楽しかった、薄い人生だっけどそこそこ楽しかった」

女「まだ、死んじゃダメ!?」

男「っ…」

女「死が恐怖って人はいるけれど、私にとっては生きることが何より怖い」

女「あの時感じた感情の昂りも、全部が全部長い人生においての茶番であるように思えてくる」

女「楽しい思い出は、もうすっかり思い出せない」

女「薄すぎたこの何百年かは、私に死を選ばせた」

男「…」

女「私はこの不老不死を誰かに押し付けようだなんて考えない、けれど死なない方法を考えてなかったわけじゃない」

女「脳が死んでしまったら?深い水の底に溺れてしまったら?」

女「連続的に死ねる状況なら、楽になれるかもしれない」

女「…だから…」

男「…生きてほしい」

女「…!」

男「…あ…すまん」

男「…俺は、まだ若造だし人の生き死にに口を出すことなんてできない」

男「誰かにとっての人の死とか生とか価値観によっていくらでも見方は変わる、だからおいそれと口出しできない」

男「…でも、お前が死んだら、俺は悲しい」

女「…それこそ、まさにエゴだと思うんだけどな」

男「…お前に支えられた2ヶ月はすげえ暖かかった」

男「お前に死んで欲しくない、俺が言えるのはこれだけだ」

女「ずるいね…凄くずるい」

男「…」

女「死ぬなって言ってるのとおんなじじゃん」

女「最初は死ねとかなんだかんだ酷い事言ってたくせに、よくもそんな事が言えるね…」

男「…だな」






先輩「よう、頑張ってるか?」

男「…ええまぁ、はい、一応先輩から貰った資料をまとめましたよ、かなり勉強になりました」

先輩「…えぇ…一晩でか?」

男「俺にはまだ何も足りてないですからね、まだ執刀には早いです、もっともっと経験と知識を蓄えないと」

先輩「ま、適当にやれって意味じゃねえけどよ、肩の力は抜いていけよ、いざ執刀って時にガタガタされて前より使えないとか勘弁な」

男「…はは」

男「…先輩は、死なない体になったらどうします?」

先輩「…んん?」

男「何をしても死なない体になったらどうしますか?」

先輩「何だそりゃ、心理テストか?」

先輩「俺なら、そうだな、とりあえず色んなところ旅するな」

男「もう全世界行き尽くして飽きてしまったら?」

先輩「なんか妙に現実感ある質問だな…んー…」

先輩「…医学の発展に、使ってくださいって差し出すかな」

男「…!」

先輩「だって、そうだろ、俺だって医者だぞ、誰かのミスが重なって成功に繋がるってことをよく知ってる」

先輩「だったらまずは自分で実験しないとな」

男「…」

先輩「…なんなんだよ…すげえ暗い顔になったな」

男(…命の使い方は人それぞれ、無限に湧き続ける命をどう使うかはその人次第)

男(…)

男(…それが本当にその人にとっての救いになる選択だとしたら)

男(…俺は否定すべきではないのかもしれない)

男「…先輩が、もし不老不死の人を殺すならどういう方法を取りますか?」

先輩「つまんねぇ話題だな、人を生かす俺らが殺す方法考えてもしょうがねえだろうよ」

男「…あ、すいません」

先輩「でも何か微妙に冗談じゃないって顔してるから困るわ」

男「…」

先輩「…」

先輩「まぁ、俺は全く信じちゃいねえがよ、医療ってのは結局技術と知識、それに経験が物言うもんだから」

先輩「全くバカバカしいことだと思うよ、人類が何百年もかけて築き上げた命の叡智を真っ向からコケにした話だからさ」

先輩「良くあるだろ、脳死状態でもう植物人間としてしか生きられないって患者」

先輩「それが奇跡の大復活!何故ならその人は生きたかったから!」

先輩「奇跡は否定しないがよ、奇跡ってのはやれることを全部やって、技術と経験で補えるもんを全部補って」

先輩「そして全部の可能性を塗りつぶしてそれでも生まれる純粋な運の要素がこっちに目を向けてくれたってことだ」

先輩「気に食わないっちゃあ気に食わない、でも生きたいっつう意志がその運を引き寄せた」

先輩「人間は、生きたいと思えば思うほど、強靭になるって話だよ」

先輩「もしも、不老不死で何やっても死なないやつがいるとしたら」

先輩「そいつはまだ生きたかったりしてな」

男「…まだ、生きていたい」

先輩「未練があるやつほど生きる意志がすげえって事だ、否定はしないけどな、俺は気に食わん」

先輩「命ってのは積み重ね、知れば知るほど確定的な状況ってのが顕著に感じ取れる」

先輩「だから命は、尊いんだよ」

男「…」

先輩「途中から俺の価値観入っちまったな…あー、恥ずかし」

男「…生きていたいと思う心が、その人を生きながらえさせる」

先輩「まぁ、結論だけいえばそうだな」

男「…」

男「…俺は、誰かを救うために生きてます」

先輩「ん、俺もそんなところだ」

男「先輩が、先輩で良かったです」

先輩「…何だそりゃ、小っ恥ずかしいこと言うな」

男「…」

男(生きていたいから、生きる)

男(…そうだ、医療の大前提、病気を知るより知識を得るより…)

男(患者のことを知るべきだったんだ)

男(俺はまだ、あいつのことを何も知らない)





男「…」

女「おかえり、今日はなんか大安売りしてたよく分からないキノコと賞味期限ギリギリアウトの鶏肉の炒め物と、間違えてバター入れすぎたムニエルだよ」

男「随分殺人的なメニューだな」

男「せめてギリギリセーフにしてくれ」

女「今日も随分頑張ったようだねー」

男「…なぁ」

女「ん?」

男「いつも飯作ってくれて、ありがとな」

女「らしくないね、いや最近はそうでもないか」

男「お前がなんでそこまでしてくれるのか知らない」

女「やだな、一応住まわせてもらってるじゃん」

男「俺はお前のことを何も知らない」

女「…」

男「お前のこと、知りたいんだ」

女「…つまんないよ」

男「つまらんことない、俺にとっては今一番知りたいことなんだ」

女「…」

女「…私は、奴隷だった」

男「…」

女「生まれて三つで借金のカタで親から売られた、べったべたなお話」

女「5歳の頃からもう既に人としての扱いは受けてなかったよ、処女喪失は7歳!どや」

男「笑えねえから」

女「笑ってくれないと困るんだけど」

女「ご飯も一日1食、暴行陵辱は1日2回、こっちの方が多いとか今思うと結構笑える」

女「まぁそんな風に人としての尊厳を踏みにじられた生活をしてると、心が麻痺していくのを感じるんだよ」

女「すると不思議なことに痛みも無くなってきてね、あれがなきゃ私は壊れていたのかも」

女「それでもここの痛みは消えなかった」

女「誰かが私の存在を否定するような言葉を吐くたびに私の心には傷が出来て、それが膿んで爛れて行くのを感じた」

女「体の痛みなんてなんでもなかった、ここに比べれば」

男「…」

女「そうして22歳の頃、運悪く、いや運良く私を載せた馬車が崖から落ちて、今に至るってわけね」

女「そこから鬱憤を晴らすように色んなところを駆け巡ったね」

女「旅は良かったよ、傷ついた心が少しずつだけど確実に癒されていく気がした」

女「けどまぁ私って美人じゃん、近付いてくる人くる人皆私の体目当てでね」

女「最初のうちはそういうのをのらりくらり躱しながら生きてたんだけど、それも疲れちゃって」

女「食べなくても生きていけるってことに気がついてからは一ヶ月単位で場所を移りながら生きてきたなー」

男「…」

女「…」

男「…」

女「ね?なーーーーーーーーんにもないでしょ、私の人生」

女「人より長く生きて、たくさんの事を経験した癖に、それを自分のモノにはできなかった」

女「ただ知識として、記憶として頭の中にあるだけ」

女「私は、絶対的に何かが欠けてる」

女「途中まではそれを探してた気もするけど、それがなんなのかさえもう分からなくなっちゃったな」

女「これで私の話はおしまい、空虚で哀れな見る分だけは一見価値のあるように見えるガラス細工見たいな人生でしたとさ」

男「…何でガラス細工?」

女「置き物ってことだよ、実用性のほとんどないもの」

男「…」

女「何であなたが泣くのか理解が出来ない、そんなに私が哀れ?」

男「…違う…違う」

女「私の人生を哀れんでいいのは私だけ、たとえ人から見て空虚が目立つ密度のない人生だったとしてもそれを断ずることが出来るのは私だけ」

女「下らない同情はやめてよね」

男「…」

女「…あなたは優しいんだね」

女「…そんな貴方に、もう一個教えてあげる」

男「…?」

女「…私、もう随分と前から病気なの」

男「…え?」

女「…死ねなくて、でも苦しくて苦しくて堪らない、死んでしまいたい、早く死んで楽になりたい」

女「癌ってやつだね、私の細胞が変異して出来たこれは、私の再生と同じ速さで、破壊を繰り返し続ける」

女「癌は細胞の突然変異、だったら私の細胞から生まれたこれも、普通のものとは比べ物にならないよね」

女「体が、自分のものじゃないみたい」

女「痛くて痛くて堪らない…辛くて辛くて堪らない!!」

女「もう、本当に、私は死んでしまいたい…!」

女「殺してほしい…!!」

男(…それが、本当の死にたい理由…)

男(…生きれば生きるほど続く体と心の苦痛)

男(長く生きるほど病気のリスクは上がる、不老不死でもその理からは逃れられない)

男(病気は等しく、命を蝕みにやってくる)

女「…心も体も痛くて堪らない」

女「これが私の人生の果てだったとしたら、私はなんのために生まれてきたんだろうね」

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