速水奏「不意に会心の一撃」 (24)
HATSUTOUKOUです
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『ねえPさん、知ってる?自然の雪って、一つも同じ形の結晶にならないらしいわ』
俺は窓の外を見ながら、いつか彼女に言われたことを思い返していた。外はちらちらと雪が降っていて、予報の通りであれば明日には何センチか積もるらしい。街灯に照らされて、ひらひらと夜空から舞い降りる雪をぼんやりと眺める。
俺は少し休憩にと、見続けていたデスクトップの画面を切り替えて、そして物思いにふけることにした。
あの話をされたのは、確か彼女と会ってから、初めて一緒に迎えた夏の日だったと思う。その日は、少しでも体を動かせば汗が噴き出てしまうほどの全国的な猛暑の日だった。
なにぶん3年ほど前のことなので日付はよく覚えていないが、どういう場面かはよく覚えている。
俺は収録終わりの彼女に差し入れとして、アイスをコンビニで買い、車の中で彼女を待っていた。彼女が現場から帰ってきて車に乗り込み、アクセルを踏んでから10分ほどしたとき、彼女に先ほどのような言葉をかけられた。
『どうしてこんな猛暑日に、雪の話なんか?』
『だって、ほら見て』
視界の端で、彼女が俺になにかを見せるような動きが見えたので、ちょうど赤信号だったのをいいことに、俺はブレーキペダルを緩やかに踏み、それから彼女の方へ向いた。
『これを買ったのは、貴方でしょ?』
『…ああ、なる程』
俺は彼女に先ほど手渡したアイスのカップを見せつけられて、そしてようやく納得した。カップの、その商品名の一部に「雪」というワードが含まれていたのだ。これをみると、うだるような熱さの中でも、雪を連想することだろう。
俺は商品名をよく見ずにアイスを買ったので、自分で買ったくせに理解に少し遅れてしまったのだった。
『人工的な雪はそうじゃないらしいけれど…自然のものは、みんな違う形なんですって』
『それも何かの作品から仕入れた知識か?』
『あら、これくらいは一般常識じゃない?』
『…俺は今初めて聞いた』
俺は信号の色が変わると同時に、また緩やかにアクセルペダルを踏み車を発進させた。俺から目をそらされた彼女は、フタを置き、少し溶けかけたアイスを上手に木のスプーンで掬って食べていた。
彼女は俺なんかよりもよっぽど物知りで、このときだけでなく、俺は彼女から多くの話を聞かされてきた。そのほとんどが、俺の知らない話ばかり。いや、中に走っている話も合ったことにはあったのだが。
彼女は趣味である映画観賞から知識を仕入れることも多いようで。しかしそれだけでなく、彼女は知識欲が他人に比べると高いらしく、いろいろなところから思いも付かないようなことを会話に織り交ぜてくる。年不相応に、俺以上に、様々なことを知っている。このときもそうだった。
『そう思うと、「雪」って不思議な存在に思えてこない?私達がこれまで見てきた雪には、もう二度と会うことは出来ないのよ?』
『…一期一会ってやつか』
そう返すのが精一杯だった。しかし、元来、口べたで無口な俺にとってそれだけでも返答できたのは御の字だろう。
そこで雪の結晶の話は終了して、それからはまた、彼女は他愛のない話をした。今日の気温とか、夏の間の日焼け止め事情とか、ご褒美に何かをねだったりとか、そう言う話。そこらの内容も覚えてはいるけれども、いかんせん雪の結晶の話に比べるとどうしても曖昧に記憶してしまっている。
どうして俺はあの雪の話をとても鮮明に覚えているのだろう。彼女から聞いた話のなかには、もっと衝撃的で、もっと面白い話が多くあるはずなのに。
こうして降っている雪を見る度に、またあのカップアイスを買う度に、俺はさっきの話の一部始終を思い返す。彼女は雪が不思議な存在だと言ったが、俺はこのエピソードを根強く覚えている自分と、そうさせた彼女が不思議でたまらない。
彼女…速水奏は、俺にとって、雪以上に不思議な存在だ。
「…はぁ~~~~…」
長く息を吐き、一旦思考を切り替え、休憩をやめデスクトップに再び向き合う。白と黒で構成された画面が目に厳しい。しかし、あと数行ほどで終わると考えるとやる気も出てくる。これなら、奏の送迎にも行けそうだ。
◆◇◆
しばらくして。
「すいません、速水の送迎に行ってきます」
ちひろさんにそう告げて、俺は社用車の鍵を手に駐車場まで向かった。ドアを開けて車内に入るも、中の気温は外と変わらず低く、冷たい空気で支配されている。何度か手を揉み、少し暖めてからキーを差し込み、回す。局に着く前に暖めようと、エアコンの温度を最大限まで上げ、車を発進させた。
走らせていると、段々と車内が暖まる。それに引き替え外はどんどん気温が下がっているらしく、雪もわずかながら強くなってきている。フロントガラスに当たった雪をワイパーがどかす度、『一期一会』、と言う言葉が脳裏に浮かぶ。
道中、今までのようにさっきのことを思い返し、また何か差し入れでも買っていこうと、コンビニへ寄ろうかと思った。しかし、待ち合わせの時間に遅れてしまいそうなのでやめておいた。
それに、雪のせいかいつもよりも車の進みが遅い。もう少し余裕を持って出発すれば良かったと、今更ながらに後悔した。
正面が白色で覆われるたび、ワイパーですぐにそれらをどかした。
テレビ局に着き、玄関から駐車場まで車を回そうとしていたら、内ポケットに入れておいたスマートホンが震えた。運転中で出ることが出来ないが、十中八九奏からだろう。
少し遅れてしまい催促されているのか、それとも「今終わったから送迎を求む」という旨のメッセージか。後者であって欲しいと思いながら、前者であろうそれの言い訳を考えながら車を動かす。
駐車場に着くと、一人の陰が見えた。コートとマフラー、帽子にメガネと、今日送り届けたままの姿の奏がそこにいた。
雪のかからない場所の柱にもたれかかって、スマホの画面を見ていたが、車が見えるとそれをすぐに閉じ、身体を縮込ませながら小走りで向かってきた。
助手席の扉を開け、飛び込むように、外の寒さから避難する様に座り込まれる。
「待たせて悪かった」
「…本当に、待ちくたびれたわよ」
コートとマフラーを外しながら、奏にそう言われる。車内の時計は、彼女との約束の時間を10分ほどオーバーした時間を表示しているし、彼女の顔と耳は寒さから赤くなってしまっている。この寒空の元、10分以上待たせてしまったことが本当に申し訳ない。
「…悪い」
「…いいわよ、こんな雪だもの。遅れても貴方のせいじゃないわ」
「…」
俺は口をつきかけた言い訳を呑み込み、車を再発進させた。
今日はここまでです、続きはまた
前作まではpixivやツイフィールにまとめてあります
http://twpf.jp/vol__vol
https://www.pixiv.net/member.php?id=10858200
時間があればどうか
申し訳ありません、今日の分の投下を断念します
明日はちゃんと投下します
再開します
短いですすいません
俺はどうにも、彼女に口で勝つことが出来ない。何歳も年が離れた彼女にもてあそばれることもしばしば。情けない話だ。
しかも、奏はこの3年でさらに口が立つようになった。会話において、俺がマウントを取れたようなことは本当に少ない。…しかしまあ、だからといって、特段困るようなこともないのだが。
車内は静寂に包まれていて、エンジンの音と、雪がガラスにぶつかる音しかしなかった。寒空の中にまたされて、やはり彼女は少し機嫌が悪いようだ。申し訳ない気分になりながらも、この静寂をどうにも好きになれないので、話題をぶつけることにした。
「なあ」
俺は、流れる景色をぼんやりと見ている奏に言葉を投げかける。彼女は俺の言葉に反応したようで、視界の端で俺の方に向かったのが見える。
「なに?」
「…いや、雪だろ」
「…それがどうしたの?」
「…いつかした、雪の話を覚えているか?」
フロントガラスの上で溶けて水になっていく雪を見て思い出していたことを、俺は奏に問う。が、彼女は少しの間黙って思考し、「いいえ」とだけ返した。
信号はずっと青色で、タイヤが止まる瞬間も、彼女に目をやる暇も無かった。その間に、俺は奏との思い出話を、彼女にした。3年前の夏の日、雪の結晶の形について教えてもらったこと、俺がそれに一期一会のようだと返答したこと、途中途中をかいつまんで話していく内に奏も思い出したようで、それがアイスのカップがきっかけで始まったことなんかを感慨深く話していた。
「そっか…あれからもう、三年も経つのね…」
「…そうだな、三年だ」
三年。俺にとっては短く過ぎていった一瞬のようなその時間は、隣の彼女にとっては長すぎたらしく。そして、一人の少女を、大人の女にするにはきっと十分すぎるほどに長い時間なのだろう。
「変わった…な」
「私が?」
「ああ」
変わったよ。本当に、見違えるほどに。
言動も、行動も、立ち振る舞いも、三年前のあの夏の日と比べ大きく変わっている。大人びている、から大人になっている。もう二度と、あの時のようなある種まだ子供のような奏に会えないと思うと、少しノスタルジックな気持ちになる。
「ねぇ…あなたは三年の間で、何か変わったりはした?」
奏に聞き返された。しかし、俺にはこれと言って変わった点はない。三年前から変わったことなんか、年齢と、
「…徹夜が少し辛くなったくらいだ」
本当に、これくらいだ。悲しいことに、俺はこの三年でただ年をとっただけなのだろう。
「…年をとるって、悲しいことでもあるのね」
本当にな。
思い出話に花を咲かせる間に、奏の機嫌も少しなおったらしく、声色は明るくなっている。
その間、雪は絶えることなくフロントガラスにぶつかって、水へと変わって行っていた。
今日はここまでです、続きはまた
短くてすいません、明日明後日までには完結させます
再開します
今回で終われ
機嫌が直った奏に、今日の収録の事を聞いた。ドラマの番宣役としてバラエティに出演し、中々に手応えがあったと言うことだ。
それを聞いて少し安心した。奏は、バラエティ番組などをあまり好まない…一度共演した、どこの誰ともしれないともしれない馬の骨のような芸人にセクハラまがいのことをされたことがきっかけだろうが。
しかし、今ではそれを軽く足払えるようになった。むしろ相手をダシにして自分の魅力を再アピールする様なこともしている。今では奏に恥をかかせられたくないと、調子に乗った発言をふっかけるような輩は少なくなった。
本当に、変わった。もう俺がいなくても十分安心出来るほどに、俺なしでもやっていけるほどに成長している。全てのことを、高い水準でこなせる。完璧超人、とまでは行かないがゼネラリストとして、速水奏は成長してきた。
ドラマ、バラエティ、グラビア、ライブ…その他、何でもござれ。速水奏は、アイドルとして、高みへと順調に歩みを進めている。それに比べ俺はトどうだ。年齢以外は変わっていない、会話の主導権も握ることも出来ないし、一つのある考えも、何も変わっていない。変えられていない。
俺は、彼女にとって本当に必要な存在なのだろうか。
奏のプロデューサーとして、ふさわしいのだろうか。
「…暗い顔してるわよ、どうしたの?」
「っ…。すまん、考え事をしていた」
「…ふぅん、そう」
奏に声にかけられ、暗い考えをシャットアウトする。嘘を吐いて誤魔化したことはあっさりとバレたようで、そこからまた俺たちの間に会話はなくなった。
そのとき、ようやく赤信号に捕まった。後ろへ身体を反らせるようにして固まった背中を伸ばす。
静寂の中の、関節が鳴る音と、エンジン音はうるさすぎた様に感じる。
◆◇◆
「送ってくれてありがとう、じゃあまた」
「…ああ」
奏の現在の居住区である、マンションの駐車場で別れる。薄暗い中で奏の後ろ姿を見届けた後、車を発進させ事務所に戻ろうとした、がしかし。
「…あ?」
助手席に、ぐちゃりと潰された赤い何かが残っている。それを手にとって持ち上げると、マフラーであることが、更に言えば奏の忘れ物であることが分かった。
「…」
届けることにした。奏は明日オフだが、これを身につけて出かけるかもしれない。だから、また合ったとき私よりも今渡しておいた方が良いだろう。
エレベーターを待とうと思ったが、奏が使ったばかりで一階まで下りてくるのに時間がかかりそうだった。仕方なく、奏の部屋がある4階まで階段を、マフラー片手に駆け上がった。
奏の部屋の前に立ち、チャイムを押す。そして呼び鈴の下にあるカメラに映り込むようにドアから身体を離した。
『はーい、今…なに、Pさん?どうしたの?』
奏の声がした所で、カメラに件のものを映り込ませる。
「届け物だ」
『あっ…ありがとう、すぐに出るわ』
十数秒後、きっとまだ着替えていなかったのだろう、奏がドアを開けて俺の目の前に現れた。
「ごめんなさいね…」
そうと言って、俺の差し出したマフラーを受け取った。
「これ、お気に入りのマフラーなのに、忘れちゃうなんて」
私としたことが、とでも言いたげな表情を奏は浮かべ、そのままマフラーを胸に抱く。
…お気に入り、だったのか。
「…そうだったのか」
「そうって…これ、送ってくれたのは貴方でしょう?忘れたの?」
「いや、覚えているさ」
だからこそ、意外だったんだよ。俺の選んだ、探せばどこにでもあるただの赤いマフラーをお気に入りと言ってくれたことが。
二人で迎えた初めての冬、俺は奏にマフラーをプレゼントした。それ以降、彼女は寒くなる度にこれを身につける。丁寧に丁寧に補修し続けて、使い続けてくれている。
奏なら、もっといいものをいくらでも知っているだろうに。でも、このマフラーを使い続けている。その理由が気にがかっていたが、『気に入っていたから』というシンプルな解だとは思わなかった。
俺が覚えている、と言ったことは嘘ではない。それを奏も感じ取ったようで、安堵の息を漏らした。
「そう…よかった」
「…」
「…それがお気に入りなのは、三年前からか?」
「ええ、勿論。いままで着けてきてるのがいい証拠よ」
「…だな」
奏はまた笑った。さっきまで黙っていたのが嘘のように笑う。不偽言だったことを忘れたように顔を綻ばせる。表情全てを崩さない彼女の満面の笑みに、心が締め付けられる錯覚を覚える。
奏は変わったと思っていた。でも、変わっていないところもあった。
それは、彼女の笑顔。
奏の笑顔は、三年前から変わっていない。変わらずに、年相応で、可愛らしくて、魅力的で、今までを思い返させる。
「…奏」
「なに?」
俺の中にある、変わっていないこと。それは、ある一つに考え。考えと言うよりも、重いと言った方が近いか。
ああ、それをこんな所で言ってしまうのか。ムードも何もあったものでは無い。ロマンチストではないと目の前にいる彼女に怒られてしまうかもしれない。
唐突だと言われるかもしれない。それについては、すまない、と謝るしかない。でもこっちはずっと抱え込んできていたんだ。
あの冬から、あの夏から、いや、初めて会ったときから。俺が奏に対して、変わらず抱き続けていた思い。
スカウトした時から、初めて姿を見たあのときから、変えられなかった感情。
アイドルとして、高みへと順調に歩みを進めている奏に、この感情はいらない。邪魔になって、足を引っ張ることしかしない。こんな俺は、奏のプロデューサーとして、ふさわしくはない。言ってはダメなことなんだ。
「…Pさん?」
…ああ、意志とは裏腹に、言葉が止めどなく溢れてしまう。俺は今何を言っているのだろう。視界がぼやけてよく分からない。奏がよく見えない。
目の前の彼女はどんな顔をしているのだろうか。変わらないまま、今も笑ってくれているのだろうか。
…そんなハズはないだろうけど。
◆◇◆
私が玄関に座り込んでから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
簡単なスリッパを履いただけの足先がどんどん冷えていくのが体験できる。でも、それ以上に顔が火照っていて熱い。
その間にも、彼から浴びせられた言葉の数々は、止まることなく私の脳内を駆け巡り、全身を支配し、息を荒くさせる。
マフラーに顔を埋めて、呼吸を整えようとしても、それは無駄に終わってしまう。鼓膜の中で、血流が忙しく騒ぐ。心臓の音は、彼にキスをねだったときよりもうるさい。
不意打ち。
まさしく不意打ちだった。彼の言葉は、一瞬で私の考えていた事を真っ白にして、そしてまた一瞬で思考全てを彼一色に書き換えた。
言葉に出せてこなかった彼への三年分の思いが、私の中から湧いて出てくる。変わることなかった一つの彼への認識を、強く再確認させられる。
ずっとしゃがみ込むわけにはいかないと、それからまたしばらくして思い立ち上がり、それでもどうすればいいか分からず家の中をうろうろとしていると、いつのまにかいつも使っている化粧台の前に座り込んでいた。
鏡に映り込んだ顔は、耳までお気に入りのマフラーと同じ色をしていた。
ここまでです、ありがとうございました
いつかこれの続編も書きたいと思っているのでお待ちいただけたら幸いです
【モバマス】n年後の関係
【モバマス】n年後の関係 - SSまとめ速報
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こちら元ネタとなっています、ぜひ時間があればご一読ください
続きです
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