道明寺歌鈴ちゃんのSSです。
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空を見上げると澄んだ空に煌々と輝く月が見えました。
「今って何時ですか?」
「二十時過ぎて十七分」
「……次の電車って何時でしたっけ」
「約一時間半後かな」
はぁ……と吐いた息は白く見えてすぐに消えていってしまいます。少し前までは秋なのにまだ暑いと言っていたのに気付けばこんなに寒くなっているなんて。
いくら日が沈んで夜の帳が下りてきたとはいっても寒すぎました。もうすぐそこまでやってきた冬がここにいるぞと主張しているようです。
そんなことを考えてしまうと寒さを意識したせいか、ひやりとした空気が背中を撫でて何処かへ。その冷たさに思わず身体をぎゅっと縮こまらせてしまいました。
すると隣に座っていたプロデューサーさんがこちらを向いて、
「寒いよなぁ」
「はい……」
「近くに自販機でもあれば良かったんだけど」
「……その、ごめんなさい…」
「謝らなくていいって言ってるのに」
プロデューサーさんはそう言ってくれますが、そもそもこうして私たちが駅のホームで寒空に身体を震わせながらいるのは私のせいでもあって。
今日は地方ロケとしてここに来ていて、流石に車で来るのは遠いからと新幹線と在来線を乗り継いできました。
ロケそのものは滞りなく、リハーサルの時とかに少し転んじゃったりとかはありましたけど無事に終わり、まだ時間もあるしと地元の人に教えてもらった温泉とかに入ったりしてたら気付けば夜に。
慌てて駅まで向かおうとしたところ私が転んでしまい、持っていた鞄がおむすびころりんみたいに転がって。
急いで拾って、時間もないし今度は転けないようにとプロデューサーさんが私を抱きかかえてくれて嬉しかったんですが、私がしていたマフラーが垂れ下がっていたようでそれを踏んでしまったプロデューサーさんが思いっきり転けてしまいました。
幸いにも、というか流石というべきか抱きかかえていた私が怪我しないようにと後ろに倒れてくれたので無事でした。
……あれはどうやったのでしょうか…?
まあそんなわけで乗ろうとしていた電車はとっくに出てしまって私たちはこうして次の電車を待っているわけでした。
……それにしても、
「暇だな」
「暇ですね」
ハモってしまいました。今、駅のホームには私たち二人以外にはいなくて、駅員さんすらいませんでした。
来たときにはいたはずなのに、やっぱり寒いから帰ったのかな、なんて考えてもやっぱり暇で。
手持ち無沙汰になるとつい空を見上げてしまうけど、そこにはさっきからあいも変わらずに煌めく、まん丸お月様が私たちを見ているだけです。
雲一つもないのはもっと普段であれば綺麗だなんてはしゃいでいたかもしれませんが、今はそれよりも寒い、という気持ちだけです。
ふと思い立って、座っていたベンチから立ち上がってホームに引かれたあの線────名前はなんて言うんでしょう? ────を踏みしめてきょろきょろと左右を見てみましたがなにも、光すら見えませんでした。
私たちが待っているからちょっと早く来てくれないかなぁ、なんて都合のいいことは起きないようです。
くるっとその場で身体を捻ってプロデューサーさんを見ると呆れたような困ったような表情で笑っていました。
「プロデューサーさん」
「どした?」
「寒いですか?」
「え? あぁ……」
なにを当たり前のことを、とでも言いたげなプロデューサーさんの元に近寄って隣に座りました。
空を見上げるとまだまだお月様は綺麗です。すぅーっと深く息を吸い込むと澄んだ空気が火照った私の身体を冷やすと同時に気持ちを引き締めてくれました。
大丈夫、大丈夫よ歌鈴っ!
「あの、プロデューサーさん」
「歌鈴……?」
「わ、私っ、さっき踊ったのでそんなに寒くないんですっ」
戸惑った表情で頷くプロデューサーさん。それに応えるように私も頷いてから、えいっ! って勇気を出して、
「だ、だから……こ、これで二人とも暖かいですよっ!」
と抱きつきました。
かあって顔が熱くなって、踊ったことが原因じゃないのは分かりきってます。
ドキドキとしながらなにも言わないプロデューサーさんに不安になって顔を見るとポカンとした表情をしていて。
や、やっぱり迷惑だったのかなって離れようとすると、
「ありがとな、歌鈴」
そう言って微笑んでくれました。その笑顔に嬉しくなって、ぎゅっと抱きしめていた力が思わず強くなって。
むぎゅむぎゅと抱きついているとひんやりとしていたプロデューサーさんも暖かくなっていくのが分かります。
こうやって抱きついているからでしょうか。さっきまで気になっていた冷たい夜風はいつの間にか気にならなくなって。
あんなに寒いから早く来てほしいと思っていた電車も、今は来てほしくないな、なんて思いも出てきてしまって。
そんなことを口にしたら終わってしまう気がしたので口には出しませんでした。
だから、その代わりに、
「……ありがとうございます、プロデューサーさん」
「……ああ。こちらこそ、ありがとう、歌鈴」
どういたしまして、って言葉じゃなくてじっと見つめて笑顔を浮かべて。きっとプロデューサーさんも同じ思いだから。
「……あれ?」
「歌鈴……?」
「プロデューサーさんのここ、ドキドキしてます……」
そっとプロデューサーさんの胸元に頬を当ててにこっと微笑みかけて。近くでこうやって触れ合ってるから伝わることが嬉しくて。
プロデューサーさんのドキドキが聴こえて嬉しいけど、もしかしたら私のドキドキも伝わっているのかな。それはそれで悪くないかな、って思ったりもして。
一際強く風が吹きました。その冷たさに思わず、ぎゅ、と力を強めて。
じわりじわりと温もりが伝わってきて。吹きすさぶ風は容赦なく私たちを撫でていく。
だけどこの温もりは確かにあって。
「まだ寒いですか?」
「まさか」
私もです、と小さく呟いてから目を閉じて。
静かな中で聴こえたのはお互いの呼吸の音と、ひゅるりという風の音。
じっとそれを聞いていたら小さく聞こえてきたのは、かん、かん、かん、と列車のやってくる音が。
目を開けて、名残惜しさを感じながらゆっくりと離れて。
さっきまでそこにあった温もりが通り抜ける風によって奪われていくのが分かりました。少し寂しくて、恐る恐る手を差し出したら優しく包んでくれました。
ありがとうございます。と呟いた声は、がたんごとん、といった音にかき消されて、その音もゆっくりと眠りにつきました。
「……きちゃいましたね」
「長いような、そうでもなかったような」
「じゃあ、また見逃しちゃいますか?」
「それは嫌だな」
って、苦笑いしながら言ったプロデューサーさんに引かれて、光のこぼれるその中へ。
とん、とんってわざと足音を立てながら飛び込んで。それを待ち構えていたかのように閉まった扉から振り返ってお別れを。
月明かりに照らされたそこはどこか淋しげで。正真正銘の無人となったこの駅はまた明日になればきっとまた色んな人を受け入れると分かるのだけど、今にも消えてしまいそうでした。
貴方の目に映るあの場所はどんな場所でしたか、なんて聞きはしないけど、ちらりと目を向けたら目が合って。思いは言葉には出来ないけれど、いえ、とだけ口にして首を振りました。
そうか、と頷いたプロデューサーさんに促されて座席にぽすんと座り込みます。硬かった木のベンチに座っていたからか、ふわふわとしたこの座席にすっぽりと覆われるとどっと安心感がやってきました。
それはプロデューサーさんも一緒みたいで。ふと横を見ればうつらうつらと船を漕いでいました。
やっぱり、疲れてたんですね。とは口には出さずに。そっと肩を寄せたらぽすんと私に寄りかかってきて。すぅ、と寝息を立てながら眠り出したプロデューサーさんを見てると私まで眠気に襲われてきちゃいました。
流石に私まで眠ってしまうのは、と思いつつ窓の外を眺めたら駅のホームで見た時と変わらないまん丸なお月様が私たちを見ていました。
これだけ明るいのはもちろん電気が照らしているから、だけど半分くらいはこの月明かりだったらいいのに、と思ってしまうのは我が儘なのでしょうか。って呟いても声は溶けていくだけです。
空に向けていた視線を横に向けて。眠っているプロデューサーさんの顔をじっと見て。
誰もいないことは分かっているけれど、きょろきょろと辺りを見回して。
見上げたお月様に向かって、
「このことは内緒ですよ?」
ってウインクしてから、プロデューサーさんに、ちゅっ、と。
しちゃった、なんて思いながら彼を見たらそれでも起きてなくて。
そんなプロデューサーさんにちょっとだけむっとしましたが、それでもこの真っ赤になっているであろう顔を見られないで済むことに感謝しつつ、
「おやすみなさい、プロデューサーさん」
と、告げました。
「んーっ、着きましたね」
「ああ。……にしても、いつの間にか寝てたんだな」
「ふふっ、気持ちよさそうに寝てましたね」
「あー……ごめんな」
「いえいえ、良いことがあったのでっ」
「良いこと?」
と首を傾げるプロデューサーさんに、「内緒ですっ」と笑いながらウインクして。
たっ、たっ、たらっ、と駆けて。くるんっと、回って。
……回れたらカッコよかったんですけど、転けちゃって。
こういうところが私なんだから、ってはにかんで。
差し伸べられた手を取ったら満面の笑みを浮かべて。
えへへっ、て漏れた息は白くて、それでも私は、暖かい気持ちでいっぱいでした。
おしまい
読んでくださりありがとうございました。
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