少女「世界最後にひとつだけ――」 (50)

『米国の人工衛星、誤作動による地球に対してレーザー照射の可能性』

『都内の重力波に異常予報 無重力空間の発生の可能性も――世界終焉に、関与か』

『アフリカ森林で未確認生物の目撃情報多発。生物実験と環境の異常発生両方の線で調査』

『国内森林の生態系の大幅な変異を確認いたしました。 天災の予兆でしょうか。 我々は最後の瞬間まで――』

『速報です。イギリスの某大学に向けバイオテロの声明が出されたとのことです。大学側は世界終了との関連性についての情報を政府に求めておりますが、政府は依然として沈黙しており――』

少女「いやぁ、どの新聞を見てもオカルト記事みたいなのばっかですねぇ」

男「世界最後の一日だしな。そんな信じられないような現実の中なんだから信じられない話がわんさかと出てくるんだろ」

少女「公式に発表があったのは"今日で世界が終わる"ということだけでどう終わるのかとか、なんにもわかんないわけですもんね」

男「こういう新聞の積み重ねもわけのわからない現実と向き合ってるというより、何もわからない現実からの逃避なのかもな」

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少女「でも記者の人達もよく世界最後の日によく仕事しようと思えますよねぇ」

男「そういう俺達もコンビニバイトの最中なんだが」

少女「バイトの最中といっても休憩室でテレビとか新聞を見てるだけですけどね。まぁ、そこはほら。私達、暇ですし」

男「世界最後の日に暇とかそういう概念があるのか……」

少女「じゃあ先輩は違うんですか?」

男「消去法だな。実家には行ってみたけど既に誰もいなくてさ。だったら家に一人でいるよりはこっちにいる方が幾分かいいだろ」

少女「先輩、見捨てられたんですか」

男「あんまり家族仲、良くはないんだよ。連絡先のメモ書きは置いてあったんだけど、なんか連絡入れる気にもなんなくてさ。友達なんかは昨日まで一通り会ってこれで最後だな、なんて言いあってたんだが今日は生憎と誰とも予定が合わなくて一人ってわけだ」

少女「結局のところ、そういうのを暇って言うんですよ」

男「……そうかもしれない。少女は家族とか友達とか大丈夫か? この街は田舎だからほとんどもぬけの殻だ。どうせ客も来ないし、帰ったっていいんだぜ」

少女「さっきも言ったじゃないですか」

少女「私は暇、なんですよ」

少女「いやぁでも科学が進歩しててよかったですねぇ」

男「藪から棒だな」

少女「発電や回線、果てはライフライン供給など。人類が生きていく上で必要な管理体系のおおよそを機械が自動で行ってくれる時代ですから、こうして私達はライフラインに悩まされることなく最後の一日を迎えられているんですよ。商品在庫の自動配送システムには悩まされてますけど。もう棚いっぱいですし」

男「確かにそれはそうだが……」

少女「なんなら高速道路の空間転移装置がなかったら今頃道路は車で溢れかえってますよ。最初は車を持ってない人達だけでも道路がいっぱいだったんですし」

男「みんな、最後に行きたい場所ってのがあるんだろうな。もしくは最後に一緒にいたい人だとか」

少女「不思議ですよね。どこで死んだって一緒だと思うんですけど。どうせ明日には全部なくなるのに、人々は死ぬ前に何か意味のあることをしようと動くわけじゃないですか」

男「まぁ、結局のところ自己満足だよ。俺がここにいるのもな」

少女「先輩は私と最後に一緒にいたかったわけですね」

男「少女がいると思って出勤したわけではないぞ」

少女「世界最後にひとつだけ。願いごとはありますか?」

男「願いごと?」

少女「先輩、行きたい場所も会いたい人もいなさそうですし最後にやりたいことはないのかなぁ、と思いまして」

男「なるほど。願い事なぁ」

少女「なんならどうせ最後ですし私、叶えてあげますよ」

男「じゃあ、そうだな。……おっぱい揉みたい」

少女「おっぱ……。いいでしょう。さぁ、存分にどうぞ」

男「えっ……」

少女「……」

男「……」

少女「……。ほら、早くしてくださいよ」

男「やっぱなしで」

少女「先輩のへたれ」

男「いや、なんか違うだろこれは」

少女「そういえばニュー東京タワーは完成したところなのに世界が終わっちゃうなんてもったいないですね」

男「あぁ、あのぴかぴか光るやつ」

少女「大体の観光目的のタワーはぴかぴか光ると思いますけどね」

男「あれ、完成してたんだ」

少女「ええ、世界終了のアナウンスにすぐ掻き消されてしまいましたけどね。完成はしてるみたいですよ。一般開放は最後までされなかったようですが」

男「なんだかもったいないな」

少女「そういえば世界終了のアナウンスはそのニュー東京タワーの設備を使って全世界に発信されたとかなんとか」

男「全世界に?」

少女「あのタワー、地球全体にくまなく電波を発信できるらしいです。世界初らしいですよ」

男「タイミングを考えると、極秘で世界終了のアナウンスのために建てられたのかもな」

少女「もしも、明日が平然と来るとして、今日のこの勤務っていつも通りの時給なんですかね」

男「まぁ、そうなんじゃないか。何も言われてないわけだし」

少女「でも休日とか深夜とか手当がつくわけじゃないですか。あんまり人が働きたがらない時間に働くと手当がつくわけですから、今日とか終焉手当みたいなのついてもいいと思いません?」

男「もしも明日があるなら、店長に直訴してみたらどうだ」

少女「いや、そんな勇気は私にはありませんよ。先輩お願いします」

男「冗談っぽく言ってみる努力はしてみよう」

少女「ふふっ」

男「どうしたんだ?」

少女「いえ。世界が終わる最後の日なんですから、明日なんて夢みたいな話なんでしょうけど、ニュースや新聞よりずっと、こう、現実味を感じてしまって」

男「まぁ、確かに明日世界が終わるなんて漠然としたお告げよりはそうやって普通に明日がやってくる方が幾分かありえるような気がしてしまうな」

少女「結局のところ現実味ってのは現実的か否かではなく親近感が湧くかどうか、なんでしょうね」

男「しかし誰も来ないなぁ。少女、そこの煙草取ってくれない?」

少女「いいですよ。はいどうぞ」

男「もう煙草で寿命が縮まるだとか気にしなくていいから気軽に吸えるな」

少女「今まで気にしてたんですか?」

男「いいや、まったく」

少女「でしょうね。……そうだ、私にも一つくださいよ」

男「少女はまだ未成年だろ」

少女「世界最後の日に未成年も何もありませんよ。第一咎める人なんていやしないでしょう」

男「俺が咎めるかもしれないぞ」

少女「男さん、未成年の頃から煙草を吸ってる質でしょう」

男「なんで知ってんだ」

少女「知ってませんよ。なんとなくです」

少女「むむ、なかなか火がつきません」

男「煙草に火を点けるときは吸いながら点けるんだ。直接火を当てるんじゃなくて、火から少し離して、ストローで火を吸い込むように」

少女「……」

男「……」

少女「……火、消えますけど」

男「吸い込む力が強すぎるんだ」

少女「むぅ。難しいですね……けほっ。あっ。点きました。……けど別に美味しくないですね」

男「まぁ、何にでも好き嫌いはあるさ」

少女「ねぇ、シガーキスってやつしましょうよ。シガーキス」

男「なんだそれ」

少女「火を点けるために煙草の先端同士でキスするんです。花火も点いてる人から火を貰ったりするじゃないですか」

男「俺の煙草も少女の煙草ももう火が点いてるが」

少女「あ、じゃあ先輩の次の一本でやりましょう」

男「煙草は一時間に一本までと決めてるんだよ」

少女「それ、守ったところでそこそこ吸ってますよね」

男「しかしシガーキスとかよく知ってるな」

少女「昔本で読んだんですよ」

男「本とか読むんだ。電子書籍?」

少女「いいや、紙の本です。不思議ですよね。世界は次々に色んなものが進化していきますけど、百年前からそのまま残ってるようなものもいっぱいあって」

男「それこそ煙草なんかは吸い方は多様化してるけど、根本的には数百年前から何も変わっちゃいないしな。あとは傘なんかもずっとあの形らしいしな」

少女「ロマンがあるからこそ、続いてるのかもしれませんよ。紙の本だって、好きな人が多いから今まで在り続けている側面も大きいですし、好きという感情はロマンの権化です」

男「じゃあ、煙草や傘にもロマンがあるのかな」

少女「シガーキスに、相合傘。ロマンならいくらでも。何かが進化するときは、人々がロマンを忘れたときなのかもしれませんね」

男「案外、俺達が知らないだけで何気ない行動にいろんなロマンが詰まってるのかもしれないな」

少女「相合コンビニですか」

男「たぶんそこには何もないと思う」

少女「まぁでも、私が紙の本を好む理由は好きってだけじゃなくて、コンピューター関連はいろいろと開発関係やらで使ってるのであまりそういうメディアを持ち込みたくないというのもあるんですよね」

男「開発とかしてるんだ」

少女「はい。趣味ですけど。そもそも私、大学が工学関係ですしね」

男「ロボットとか作ってるの?」

少女「たとえばこのコンビニ、既に私が改造済みですから自走しますよ」

男「嘘だろ」

少女「嘘です」

男「じゃあどんなの作ってるんだ」

少女「そこのテレビの横でゆらゆら動いてるやつあるじゃないですか」

男「あぁ、そこのひまわり? よく100均で売ってるソーラーのやつ」

少女「あれ、私が作ったんです」

男「地味っ」

少女「いやでもすごいんですよ? 従来の二倍のエネルギー効率なんですよそれ」

男「いつもやたらめったら高速で揺れてると思ったらそういうことだったのか……」

少女「そろそろ夜も更けてきましたね」

男「いつもなら今の時間帯が一番忙しいのになぁ」

少女「週末様様ですね。給料変わらないなら暇に越したことはありません」

男「その給料が貰えるか怪しいんだけどな」

少女「まぁ、どうせ人も来ないんですしそろそろ夜ご飯食べませんか? ご飯ならいっぱいそこに並んでるんで」

男「商品食うのかよ」

少女「どうせほとんど廃棄ですよ」

男「……だな。しかし最後の晩餐がコンビニ飯かぁ」

少女「フライヤーで唐揚げ作ってあげますよ。女の子の手料理です」

男「なんだろう、そんなに嬉しくない」

少女「お酒ってどれが美味しいんですか?」

男「酒、飲むのか?」

少女「せっかくですからね。飲んだことないまま死ぬのももったいないですし」

男「じゃあそこらのチューハイあたりが飲みやすいんじゃないか。ジュースみたいで」

少女「なるほど、チューハイですか。じゃあこのパイナップルのやつにします」

男「ついでに俺にも適当なビール取っといてくれ」

少女「おぉっ、先輩も飲むんですか?」

男「せっかくだからな。おつまみも何個か持っていこう」

少女「ノリノリですね。私もポテトチップス持ってきまーす」

男(……世界最後の一日でも、SNSは元気だな)

少女「何見てるんですか?」

男「SNS」

少女「なるほど。何か有益な情報流れてます?」

男「うん」

少女「食べながらは行儀が悪いですよ」

男「うん」

少女「有益な情報ってどんなのが流れてました?」

男「うん」

少女「……先輩、私のこと好きですか?」

男「うん」

少女「…………」

少女「えっと……確かバッグのここらへんに……あった」

少女「えいっ」

男「!? えっ。何、停電!?……いや、スマホの電源も落ちてる。え?」

少女「ふっふっふ」

男「あっ。点いた。……スマホも再起動しないと」

少女「無視しないでください先輩」

男「え、何。少女の仕業なの?」

少女「いかにも。私の発明です。この私お手製スマートフォンは半径20メートル以内の電子機器の電源を強制的にシャットダウンさせる電波を発することができるのです」

男「なにそれすごい」

少女「私はこの装置を電波式シャットダウナーと名付けました」

男「あんまりかっこよくはない」

男「なんでそんなすごいものを作れるのにコンビニ定員をやってるんだ」

少女「気分です」

男「気分」

少女「ま、先輩。最後なんですから。スマートフォンなんかじゃなく私とお喋りしましょうよ」

男「もしかして、妬いてる?」

少女「いや、揚げてます」

男「唐揚げの話ではない」

少女「ぷはーっ。……お酒って思ったより美味しくないですね。苦いです」

男「最初から美味しいって言うやつは見たことないな」

少女「もうそれ、思い込みというか、プラシーボの類なんじゃないですか」

男「かもしれない。もしくは慣れかな」

少女「お酒に慣れながら私たちはだんだんと大人になっていくんですね……」

男「ふつうは大人になっていくんじゃなくて大人になった後お酒に慣れていくんだよ」

少女「てへへ。いけない子ですね」

男「まぁ、俺も未成年の頃から飲んでたから責められはしないさ」

少女「そもそも先輩、自分のこと大人だと思ってます?」

男「愚問だな」

少女「童心を忘れない姿勢、嫌いじゃないですよ」

男「苦味がきつかったらコーラとかサイダーで割って飲むといいぞ」

少女「持ってきまーす」

少女「サイダーを持ってきてみました。ついでにくじの景品のコップも」

男「そういえばコップがなかったか。ちょうどいいのがあってよかったな」

少女「全く知らないアニメのくじですが、明日も世界が続くなら感謝を込めて観てみようかなと思います」

男「明日にはその気持ち忘れてるだろ。まずはチューハイとサイダーで1:2くらいで割るといい。まだいけそうだったらチューハイを足して、きつかったらサイダーを足すんだ」

少女「ふむふむ……あ、ほんとだ。飲みやすくなりました」

男「だろ。お酒好きな人からすると甘すぎるって言われるけど慣れてないとそれくらいでちょうどいい感じ」

少女「でもこれ、結局のところ美味しいのってチューハイじゃなくて……」

男「皆まで言うな」

少女「やけに静かだなと思ったらテレビの電源、切れてたんですね」

男「あぁ、さっきの停電でか」

少女「停電ではないです。電波式シャットダウナーです。……よっと」

『全国でセキュリティシステム、セキュリティロボの類が暴走を開始――』

『都内セキュリティマシーンからレーザー光線の暴発が多発――』

『世界終了の要因は人工知能の暴走による世界規模のロボットシステム暴走であるとみられ――』

少女「なんかすごいことになってますよ」

男「機械の暴走かぁ。だとしたら、日付が変わっても逃げ回れば少しくらいは延命できるかもなぁ」

少女「いや、機械相手なら別に逃げなくても大丈夫ですよ」

男「なんだそれ。遅かれ早かれ的な?」

少女「いえ、ほら、その」

男「……?」

少女「シャットダウナーがあるじゃないですか」

男「ちょっと略すのか……」

少女「そこはどうでもいいです」

少女「シャットダウナーがあれば20メートル以内に侵入してきた機械類は有無を言わさず電源を落とせるので大丈夫ですよ」

男「そんな凄い装置なのか」

少女「先輩だって効果のほどはさっき見たでしょう?」

男「そんな凄い装置なら他にも作ってるやついるんじゃないのか?」

少女「私を甘く見ないでほしいですね。……控えめに言っても天才です」

男「なんでコンビニバイトしてんだよ」

少女「だから暇つぶし程度の下界の観察ですって」

男「下界って……そもそもコンビニバイト二人が生き残り続けたところでどうなんだ……」

少女「あんまり希望は見えないタイプのアダムとイヴになっちゃいますね」

男「暴走した機械類が全て時間経過で壊れるよりシャットダウナーが壊れる方が早そうだ」

少女「違いありません。量産化は早急に検討するべきですね」

男「…………ん? ちょっと待てよ」

少女「どうしました?」

男「その装置、電波で周りの機械の電源を落としてんだよな?」

少女「そうですね」

男「――で、さっき話に出ただろ、ニュー東京タワー。あれは――」

少女「地球全域に……電波を……送信……でき……」

男「なぁ、もしかしてなんだけどさ」

男「――俺達、ヒーローになれるんじゃないか」

後半につづく。

少女「あはは……ばかばかしい話ですね。酔ってますよ、男さん」

男「違いない。ばかばかしい話だ。というか、そもそも世界が終わるってのがまずばかばかしいんだよな」

少女「世界が救えるだとか、そんなの、一介のコンビニバイトが夢見すぎというか……漫画の読み過ぎというか……」

男「ばかばかしいついでにひとつ、いいか?」

少女「どうせ世界最後です。なんなりと」

男「さっき少女が聞いた、世界最後の、ひとつだけの願いごとってやつなんだけど」

少女「……」

男「ヒーローになりたいって言ったら、笑う?」

少女「あはっ。……あはははっ。笑いますよ、そりゃ」

男「男はみんなヒーローに憧れてるもんなんだよ」

少女「本当、酔ってますよ、先輩」

男「百も承知だ」

少女「……ただ、私も少々、酔いが回ってきちゃったみたいです」

男「……ん?」

少女「救いにいきましょうか。世界を」

男「いい返事だ」

少女「そもそも言っちゃいましたからね。……叶えてあげますよって」

少女「なんてノリノリで言いましたけど……スクーターですか」

男「なんだ、文句あるのか。俺の通勤の相棒だぞ」

少女「車とかないんですか?」

男「まず免許がないな」

少女「なるほど。ではヘルメットは」

男「一つしかないな。ほら、被れ」

少女「先輩はノーヘル運転ですか」

男「だな」

少女「ついでに言えば、飲酒運転」

男「だな」

少女「そもそも私を後ろに乗せるわけですから、二人乗りですよね」

男「もちろん」

少女「最高にロックですね」

男「だろ」

少女「……乗ってから思ったんですけど間に合うんですかこれ」

男「普通に走ったら間に合わないだろうな。まともに走ってたら着くのは朝になるだろうな」

少女「というか電源が保たないですよね」

男「だろうな」

少女「……どうするんですか」

男「高速道路を使う」

少女「高速……って空間転移装置を使うんですか!? 車じゃなく、スクーターで!? 私たち、生身ですよ……!?」

男「危ないってだけで使えないわけじゃないだろ」

少女「生身であれに突っ込んで転送空間内で身体がばらばらになったらどうするんですか!」

男「安心しろ、今死んでも数時間の誤差だ」

少女「安心できませんってぇええええ!!」

男「何にせよ、今日中にニュー東京タワーに辿りつくにはそれしかないだろ。それともやめるか?」

少女「……むぅ」

男「まぁ、やめるつってもスクーターから降ろさねぇけどな」

少女「えっ」

男「しっかり掴まってろよ」

少女「先輩のばかぁぁぁぁああああああああ!!!!」

男「よぉーし、そろそろだぞ!」

少女「……わかりました! こうなったら自棄です! 酒の勢いです!」

少女「乗りかかった船、いやスクーターに最後まで付き合ってあげます!」

男「その意気だ! お前の残りの人生、預かったぜ。 まぁもう一時間もないけどな!!」

少女「せめてもうちょっと気の利いた安心できそうな言葉をください!!!!」

男「いっくぞぉぉぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

少女「いゃああああああああいきゃああああんふらぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!

男「……おわっ……と! あっぶねぇ。こけるとこだった」

少女「ああああああああああ……雨? せ、せんぱっ、いき、生きてる! 生きてます!五体満足!」

男「後ろは……やっぱり転移装置だな。高速道路の見た目は代わり映えしないが、無事に空間転移装置をくぐってきたんだ。もうここは東京なんじゃないか?」

少女「もうすぐですね……って先輩、前、前!」

男「へ? 前? 何もな……」

少女「道路が途切れて……ま……」

男「あ、これ死んだわ」

少女「死んだわじゃなああああああああああああああいきゃああああああああああああんとふりゃあああああああああああああああ

少女「あああああああああ…………あ? あれ? なんか……浮いて……」

男「俺と少女だけじゃない。雨粒も、スクーターも宙に浮いたままだ」

少女「あ、私知ってます。これあれでしょう? 走馬灯ってやつでしょう?」

男「……いや、違う。これは――」

――『都内の重力波に異常予報 無重力空間の発生の可能性』

男「奇跡ってやつだな」

少女「いきなり何言ってるんですか」

男「おそらく今ここは無重力状態だが、いつまで続くかわからない」

少女「むじゅうりょ……あぁ、そういえば新聞で……。ありふれたオカルト記事のひとつだと思ってました」

男「俺もだよ。それより少女、まだ足届くだろ。スクーターを蹴って反動で地面に向かえ」

少女「先輩はどうするんですか……!」

男「俺のことはもう見捨て……ないで俺の手も一緒に引いて地面に向かってくれ」

少女「そこはかとなくドラマ性が失われた気がします」

男「ドラマより命だ」

少女「違いないです」

少女「いたっ」

男「いてっ」

少女「……っててて。重力、元に戻っちゃいまし……ひっ。スクーター爆発しましたよ」

男「まぁあれだけの高さから自由落下してるわけだしな。もしも奇跡が起こらなきゃ俺達もああなってたな」

少女「私達は爆発はしないと思います。というか先輩がちゃんと前見ないからですよ、ばか! ばか!」

男「何も言い返せねぇ……てかひとついいかな」

少女「言い訳なら聞きません」

男「ふつうこういうときってどっちかがどっちかに覆いかぶさる形で地面に落ちると思うんだけどなんで俺達当たり障りなく両方とも地面に横たわってるの」

少女「言い訳より最低な台詞が飛んでくるとは思いませんでした。漫画の読み過ぎですよ」

男「ほら、手。貸すよ」

少女「……ありがとうございます」

男「ごめんな。 全部終わったらハーゲンダッツ買ってやるから」

少女「むぅ。全種類ですよ」

男「今月のバイト代全部飛ばねぇかなそれ」

少女「さぁ、行きましょう。このままだと明日が来ても雨のせいで風邪を引いてしまいそうですから」

男「風邪引いた体にアイスって逆効果じゃない?」

少女「風邪になってもハーゲンダッツは買ってもらいます」

男「仕方ない。世界が救えたらハーゲンダッツ囲んで祝賀会だな」

少女「約束ですよ」

男「ニュー東京タワーって、これ、だよな?」

少女「そうですね。新聞で見たのと同じですし。スマートフォンの位置情報的にもここで合ってます」

男「やっぱりぴかぴかじゃん」

少女「ちなみにさっきスカイツリーもありましたけど、あれはどう思います?」

男「ぴっかぴか」

少女「ボキャブラリのなさがすごいですよ」

男「とりあえずあれ、入り口なんじゃないか? いかにも関係者用の。送信機室に行くならあっこから入るべきだよな」

少女「そうですね。入り口は……あれみたいです。とりあえず行ってみましょうか」

男「なんだろう。世界を救う立場なのに悪いことしてる気になってきた」

少女「やっぱり都合よく開いてたりはしませんよねぇ」

男「まぁ、そりゃあなぁ」

少女「じゃあちょっとタワーのセキュリティをハッキングしますか」

男「できんの?」

少女「天才ですからね。懸念があるとすれば時間くらいです」

男「あと20分くらいで日付変わるからなぁ」

少女「男さんはセキュリティーシステムのパトロールマシンあたりに見つからないよう周りを警戒していてください」

男「その必要はなさそうだぞ」

少女「えっ?」

男「もう見つかってる」

ロボ「シンニュウシャハッケン……!」

少女「あわっ」

男「大丈夫か?」

少女「銃撃とかじゃなくていきなり本体ごと突っ込んでくるなんて……」

男「でもおかげさまでセキュリティーにハッキングをかける必要はなくなったみたいだぜ」

少女「……! パトロールロボが突っ込んで扉がぶち破られてます!」

ロボ「シンニュウシャ……シンニュウシャ……」

男「また飛び込んでくるぞ、さっさとシャットダウナーを使え!」

少女「私のスマートフォン、向こうなんですよ。えっと、あの、ロボの脇にある奴です」

男「……は?」

少女「落としてきちゃいました。てへへ」

男「パトロールロボに首を差し出してやろうか」

少女「死にます」

ロボ「シンニュウシャ……シン……ニュウシャ……!!!!」

少女「きゃっ……先輩、二度も女の子押し倒すなんて大胆ですね」

男「二回も一撃必殺のタックル避けてんだよ!」

ロボ「シン……ニュウ……シャ……」

少女「三回目が来ますね、これ」

男「だぁぁああ……! もう! 待ってろ!」

少女「せ、先輩、タックルのタイミングが読めないんですよ!? ロボに注意していないと危ないですって!!」

男「うるせぇ! ほら、取ったぞ!! 少女、受け取れ!!!!」

少女「あ、あわ、な、ナイスシュートです、先輩!」

男「お前もナイスキャッチしてくれ!」

ロボ「シンニュウ……シャ……ハイジョ!!!!」

男「!!!!」

ロボ「オ……ォオ………………」

少女「はぁー。間一髪ですね」

男「死ぬかと思った」

少女「……ハーゲンダッツ、割り勘でいいですよ」

男「パーティは開催されるんだな」

少女「なんとか塔の中に入れたはいいですが、なんかやけに外が騒がしいですね」

男「これ、塔に集中砲火されてないか?」

少女「なるほどです。急いだ方がよさそうですね」

男「もともと俺達にはあまり時間はないんだけどな」

少女「とりあえず急いで五階に向かいましょう」

男「五階?」

少女「このタワーの送信機室が五階にあるんですよ。先に調べておきました」

男「なるほど仕事が早い……つってる場合でもないな」

少女「間違いないです」

少女「こ、ここです! ここですよ! 先輩!」

男「送信機室……おぉ……扉は普通に開かれてるのか」

少女「まぁ、中に入るまでのセキュリティが厳重ですからね。案外中身はこんなものなのかもしれません」

男「機械がめちゃくちゃあるけど、大丈夫か? 使い方わかるのか?」

少女「任せてください。……五分あれば理解には十分です」

男「頼もしい」

少女「……ふぅ、先輩」

男「どうした?」

少女「なんにもわかりません」

男「嘘だろ!?」

少女「嘘です」

男「心臓に悪いわ」

少女「とりあえず、私とのスマートフォンとの接続は終わりました」

少女「いわゆるチェックメイトってやつです」

少女「どうぞ。ヒーローになってください」

男「……え?」

少女「あとはそのボタンを押すだけです」

男「押せば……?」

少女「この世界のあらゆる電子機器が電源を落とします」

男「俺が押して良いのか?」

少女「先輩、言ったじゃないですか。」

少女「――ヒーローになりたい、って」

――その瞬間、一人のヒーローによって、世界中のブレーカーが落とされた。

「真っ暗でなんにも見えません。先輩、どこですか」

「ここだよ」

「言われても大体の方向しか……あ、これ先輩ですか。えへへ、見えないんで手をつなぎましょう」

「違うよ」

「私今誰と手を繋いでるんですか」

「冗談だ。俺だよ」

「もう。全部終わりましたね」

「終わったな」

「スクーター、爆発しちゃいましたけど、どうやって帰ります?」

「どうしようか。大体の交通機関が電気に頼ってる現状、この電波が動いてるうちはどれも使えないわけだし」

「まぁ、もしかしたら機械の暴走なんて全然関係なくて。帰るまでもなくもうすぐ世界は普通に終わってしまうのかもしれないですけどね」

「確かにな」

「えへへ、先輩。それじゃあ、最後に」

「――世界最後にひとつだけ。私の願い事も、いいですか」

「まぁ、いいだろう。等価交換だ」

「こっち向いてください」

「声の方向しかわからないけど、こっちでいいのか」

「……とは言ったものの。手探りじゃないと先輩の顔がどこやら……あっ。ここが唇ですね」

「先輩。――

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

この世界は終わるかもしれないし、平然と続くかもしれません。
特に正解はないです。
お好きなようにご解釈ください。

ゆきの(Twiter: @429_snowdrop)からのお届けでした。

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