lain「second experiment」 (104)

細く高い電柱が幾本も乱立して、

遠くに見えるビル群の彼方まで多数の電線を這わせている。

寡黙に歩く人の群れは、出勤や通学の為に駅へと足を進める。

疲れた目、生気のない足取り。

まるでプログラムされた動きであるかのように毎朝この光景は繰り返される。

その中に混じって道を歩いていると、低い唸りの様な音が耳につく。

その音の出どころを探る為に空へと顔を上げると、

すぐに、張り巡らされた電線が視界に入る。

「うるさいなぁ・・・黙ってられないの・・・?」



玲音は小さく口に出した。

人間の中枢神経系を拡張したモノが、情報世界のネットワークだと言われている。

人間は紀元前より、身体の機能を人工物で拡張させてきた。

拳の拡張に石を、皮膚の拡張に衣服を、足の拡張に車輪を。

そういった枠組みに当て嵌めるなら、ネットワークとは人間の中枢神経系だというのだ。

つまりは脳や脊髄だということだ。

より詳しくいうなら、海馬であり大脳新皮質であり

線条体、視床、視床下部、下垂体、小脳、延髄等である。

玲音はワイヤードに潜り込む。

相も変わらず益もない話が飛び交い、笑い、罵り、恨み、喜びと、

あらゆる感情が銀河のように渦巻き、

無数の発言が生まれては流され、消え、また生まれる循環運動を繰り返している。

玲音「誰も私を認識していないけど、私はそこに偏在する」

誰に言うでもなく玲音は意味もなく現れては積もり消えていく声という声に語りかけた。

『Dear,lain』

その電子メッセージは唐突に現れた。

玲音「私宛のメッセージ?」

玲音「だれ?」

『Dear,lain ;Hello,lain。ハジメマシテ。
あなたにお話ししたいことがあって電子メールを送ったのだけど、迷惑だった?』

玲音「迷惑なんかじゃないよ。でも一体どうして私に気付いたの?」

『あなたはどこにでもいるし、どこにもいない。
探すことは不可能だけど、語りかければあなたの側から気づくことはできるでしょ、lain』

玲音「でもあなたは、私の存在すら知らないはず。知らないものに対して語りかけるなんてできるの?」

『あなた自体を認識できなくても、情報世界の不自然な現象の断片、端々から、貴方の存在を間接的に推測することはできるよ』

玲音「そんな痕跡・・・信じられない」

『例えばプロトコル7に無理やり整合性をとってつけたようなプログラムを発見したり、
ネットワークから生まれる仮説、例えば集合的無意識について検証したり、ね、

集合的無意識のlain』

玲音「・・・・・・すごい。そんな切れ端から私の存在に行きつくなんて、
並の人にはできっこない」

『ありがとう、lain。そして、こうして私が連絡をとったのは、
あなたとお話がしたいからだよ、lain』

玲音「そのお話って?」

『あなたと直接会って話をしたいから
・・・そうね、喫茶店で待ち合わせしましょう』

玲音「・・・わかった。私もあなたと会って話がしてみたい」

『ええ。それじゃあ、また、lain』

――人間の中枢神経系が、所謂意識というものを生み出しているという推測は、

その実証が困難なことから、未だ推測に過ぎない。

やがてスーパーコンピュータの発達により、ニューロンとニューロンの伝達、

脳内の微細伝達物質を完全にシミュレートする時が来るだろうと予想されているが、

それはもう少し先の未来になりそうである。

この、意識が中枢神経系で生み出されているという仮定の下で話を進めるのなら、

ネットワークとは意識の媒体そのものであるということだ。

喫茶店

少女「こっちだよ、lain!」

玲音「あ、・・・うん」

少女「ハジメマシテ、lain」

玲音「ハジメマシテ」

少女「ふふ、驚いた?」

玲音「驚いた。まさか私の存在を認識されるなんて思いもしなかった」

少女「そう?」

玲音「・・・?うん。だって、私はあの時」

少女「書き換えた」

玲音「うん。だから、私はただ偏在するだけだって・・・」

少女「でもこうして会えた。未来には何があるのかわからないものだよ、lain」

玲音「私嬉しい」

少女「嬉しい?」

玲音「だって、誰かとこうやってお喋りできるなんて、思ってもみなかった」

少女「lainとしてお喋りしたのは私が初めて?」

玲音「うん。前に友達とお話したこともあるけど、向こうは覚えてないから・・・」

少女「寂しいね」

玲音「うん。世界は回るけど、私はその外でいつも皆を眺める事しかできなかったから・・・」

少女「そっか。それなら、玲音が喜んでくれてよかった」

玲音「うん。今日はありがとう」

少女「いえいえ。どういたしまして」

玲音「こんなに嬉しいのは久しぶり・・・」

少女「あ、そうだ。さっそくだけど何を頼む?」

玲音「じゃあ紅茶を・・・」

少女「そっか、――じゃあマドレーヌも頼もうか?」

玲音「・・・・・・」

少女「どうしたの、lain」

玲音「あなたは何処まで知っているの?」

少女「――あなたに関してのこと」

玲音は少女の目を見つめ返した。

少女「つまり・・・ワイヤードに関しての事」

玲音「今日・・・・・・お話したいことって?」

少女「それはね、lain」

玲音「・・・・・・」

少女「あなたがいずれ消える話」

少女「情報の海へと還元される話」

情報ネットワークの中に存在する集合的無意識が、

人の心理に働きかける影響の強さは解明されていない。

かつて地球のシューマン共鳴といわれる8ヘルツの固有振動波を介して

集合的無意識に働きかける人工的な試みがなされたが、

全くの自然下での意識への働きかけについては未知数である。

しかし、その片鱗は社会的な事象や現象によって確認することができる。

ネットワークを通じて行われる世論の変動やイデオロギーの高まりはその最たるものである。

玲音「どういうこと?」

少女「――、と、まぁそんな話は置いておいて、遊びにでも行こうか、lain」

玲音「・・・話を・・・逸らさないで」

少女「・・・・・・ごめんごめん冗談だよ。怖い顔しないで、lain」

玲音「だって急にそんな話をするから・・・」

少女「でもあなたも気付いているんじゃないの?」

玲音「え?」

少女「それともまだ、気づいてない?」

玲音「なに・・・に・・・?」

少女「あなたが、うっすらと透けている事」

玲音「え?」

――ただし、集合的無意識は何もネットワーク上のみに存在していたわけではない。

過去、情報を伝達する手段が現れた時から

人々はその思想、趣向、慣習、習俗等は集合的無意識からの影響にあり、

それは革命の機運や洋装への転向が徐々に浸透したように緩やかな変化をもたらした。

現代のネットワーク上のそれは、情報の伝達が同時多発的に行われる為に、

瞬時に、広範に、無差別的に影響されるというものに変化したに過ぎない。

そして、忘れてはならないのが、情報ネットワークもまた、ただの情報媒体に過ぎないということである。

玲音「透けてる・・・?」

玲音「手が・・・」

玲音「うっすらと透けて向こうの景色が見える・・・」

玲音「どうして・・・」

手を握ったり開いたりしてその現象を確認する。

玲音「・・・・・これは・・・なに・・・?」

少女「lainは、ワイヤードとリアルワールドを玄関でもまたぐように簡単に超えられるから、
世界観が曖昧になってて気付かなかったんだね」

玲音「・・・どうして」

少女「あ、そうだ。紅茶を頼まないと」

玲音の動揺を意に解してないようにふるまう少女に対して、玲音は面食らう。

少女「その話は長くなりそうだから、まずは口を潤したいんだよ、lain」

玲音「・・・・・・わかった」

やがて紅茶が運ばれてくる。

玲音は一口も口をつけない。

少女「lainは、何故自分の体が薄くなっていると思う?」

玲音「わからないよ」

少女「こう言えばいいかな。lainは普通の人間じゃない」

玲音「うん。私は普通の人間じゃない」

少女「lainは集合的無意識」

玲音「うん。私は集合的無意識。ワイヤードの中で生まれた皆の意識の集合体」

少女「つまりlainが薄くなっている理由は?」

玲音「・・・・・・ワイヤード内に存在する集合的な無意識が・・・薄くなっている?」

少女「そういうこと」

少女は笑みを見せる。

玲音「でも、なんで?」

少女「思い当たる節はない?」

玲音「そんなの、ないよ」

少女「良く考えてみて」

玲音「そんなこと言われても・・・」

玲音は困ったように顔を伏せて、しばらく一人で考え込んだ。

ケヒャッ

――玲音たちから然程離れていない席では、学生と思われる集団が、

店の備品に不衛生な行為を行う事を楽しんでいた。

騒ぎ声の渦巻く中、彼らの一人が携帯型デバイスを取り出し、

その狂騒の一部を写真に収めた。

やがてこの画像データは彼らのSNSに送信され、

公開されたデータは世界中の幾万の人の目にとまることになるだろう。

彼らのプロフィールと共に。

玲音「うるさい・・・」

少女「あの連中?」

少女はちらりと、近くの集団に目を向けた。

玲音「・・・・・・そう」

少女「世の中には他人の迷惑を考えない人もいるもんだよ。一々気にしてたらキリがないよ」

玲音「うるさいのは苦手・・・」

少女「・・・あの耳鳴り?」

玲音「うん。耳鳴りが嫌い。だからうるさい事も嫌い」

少女「lainは物静かそうな子だしね」

玲音「いけない?」

少女「ううん。そういうわけじゃないよ。リアルワールドのlain」

玲音「・・・・・・あなたは何処まで知っているの?」

少女「lainは寝る時に、かわいいかわいい、くまさんのパジャマを着る事くらいかな・・・」

玲音「・・・・・・」

少女「ごめんごめん、からかってないからそんなに顔を赤くしないで」

玲音「子供っぽい?」

少女「そんなことないよ。lainらしくていいと思うな」

玲音「・・・そうかな?」

少女「そうだよ。だからlainは今のままでいいんだよ」

玲音「わかった」

少女「まだフードは被ってる?」

玲音「・・・・・・ううん。でも少し、パジャマは痛んできたかも・・・」

少女「そっか。長い事使ってたもんね」

玲音「・・・・・・」

少女「あ、そうだね話を戻そうか」

玲音「うん。もう、くまのパジャマの事はいい」

少女「・・・それで、どう?思いついた?玲音が薄くなってる原因」

玲音は探る様な視線を少女に向けていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。

玲音「もしかして、皆がワイヤードから離れていってる?」

少女「・・・・・・・・・続けて」

玲音「ワイヤードよりもリアルワールドを優先するようになったから、
集合的無意識が薄まって、それで私の体が透けてきた・・・?」

玲音は答えを求めるような視線を少女へと送る。

――一人で座っている女性の元に、

待ち望んでいた商品が、ウエイターの手によって運ばれてきた。

メディアで話題になった、看板メニューのケーキだ。

女性は、自身の前に置かれたそれを食べる前に、

ブランド物のバッグから、装飾した携帯型デバイスを取り出し、写真を撮る。

女性のデバイスの中には、自慢めいた近況を報告する、

多くの友人のSNSが存在する。

女性もまた、自身のSNSを見映え良くすることに執心していた。

少女「・・・・・・――不正解かな」

少女は角砂糖を器用に指先の上で回して見せた。

少女「この地球はますますワイヤードとの依存が深まるばかりだよ。
現在稼働中の人工衛星は3600だっけ。

ワイヤードの人口は世界で27億人を超えている。
しかも、この一年間で二億人を超える人がワイヤードを使うようになっている。

その増加速度は驚異的だよ」

少女は指先で角砂糖を弾いてカップに沈め、ゆっくりとスプーンで掻きまわして砂糖を溶かす。

少女「むしろワイヤードが特別なものではなくなったんだよ、lain」

――『地球村』という言葉がある。

ネットワークの繋がりが国と国を越え、人間同士の相互理解を促進し、

人間同士の感性を統合して、やがて地球が一つの村のようになるのではないかという推測。

マクルーハンという学者によって唱えられたその説は、

やがて彼の手を離れて一人歩きし、

平和を唱える多くの活動家、芸術家によって、

ネットワークこそ、人類に平和をもたらす発明であると主張された。

曰く、人類の相互理解は、やがてこの地球から争いをなくすのではないか。

――ネットワーク黎明期のことである。

玲音「それなら何故、私の体は薄くなるの?」

少女「そうだね・・・これは宿題にしようか、lain」

玲音「教えてくれないの?」

少女「ええ。だけどあなたは、きっと気付く」

玲音「そんなの、わかんないよ」

少女「わかるよ。そして気付いた時、あなたがどうしたいか。
それを聞きに私はまた、あなたに会いに来るから」

玲音「行ってしまうの?」

少女「ええ。でもまたすぐに会える」

玲音「そんなのわからない」

少女「わかるよ、lain」

玲音「・・・・・・・・・」

少女「あなたはこの世界から消えてしまいたい?」

玲音「え?」

記憶なんてただの記録

少女「だって、そういうことでしょ、lain。
あなたの体は透けていっている。だから何もしないままだと・・・」

少女「あなた、消えちゃうかもね」

玲音「でも、ワイヤードが・・・・・・」

少女「確かにワイヤードの中では生きられるかもね。
でもそれを否定したのは・・・かつてワイヤードの神になろうとした男を否定してみせたのは」




少女「あなたでしょ、玲音」

玲音「それは・・・」





――「記憶なんてただの記録。だから書き換えてしまえばいい」






少女「だから、良く考えて、lain」

徒な笑みを見せて少女は立ち上がり、喫茶店を去った。



あの少女は、一体誰だったんだろう。

何故、私の存在を知っていたのだろう。

もしかして昔、会ったことがある・・・?

玲音「・・・・・・・・・」

玲音が手をかざすと、相変わらず向こうの空が、薄らと手の甲に映る。

自分の体が希薄になっているのが、ぼんやりとわかる。

玲音「わかんないよ・・・」

喫茶店を出た玲音は、手近にあった公園へと入り、ベンチに腰を下ろす。

玲音「私の体が希薄になること・・・」

玲音「集合的無意識が薄くなっている・・・」

玲音「だけどワイヤードはさらに深く広く社会に浸透している・・・」

玲音「わかんない・・・」

玲音「・・・・・・・・・こわい」

玲音「・・・・・・・・・・・・・・体が消えてしまうのが怖い・・・」

玲音は、自身の体を両手で抱きしめて俯いた。

ヴヴヴヴヴヴヴヴ

携帯型デバイスが、玲音のポケットの中で振動する。

玲音は驚いてそれを取り出し、電子メールの受信ボックスを開いた。

『コわクナいヨ』

本文にはそれだけが書かれていた。

玲音は首を傾げる。

すぐにもう一通の電子メールが届けられる。

『死ヌのはコワくないよ』

続けざまに数通が届けられる。

『死ヌのはコワくないよ』

『死ヌのはコワくないよ』

『死ヌのはコワくないよ』

『死ヌのはコワくないよ』

『死ヌのはコワくないよ』



玲音「どうして?」

玲音は電子メールに向かって呟きかける。


『わタシはモウ死ンだカラ』

玲音「・・・・・・・・・・・・・千砂ちゃん?」

玲音は携帯型デバイスを見つめて呟いた。

夕暮れ。

子供たちが一つの遊具に集まって、ひそひそと呟きあっている。

「俺見たんだよ」「見たって何を」「自殺」「そんな・・・どうせ嘘だろ?」

「嘘じゃねェよ。兄貴の据え置きデバイスで見せてもらったんだよ」

「なんだ直接じゃねェのかよ」「どっちでもいいだろ」

「それで、どんなだったんだ?」

「いや、ある女の子がな・・・」

黄昏に染まる公園で、少年たちはその話題に興じる。

まるでアニメや漫画の展開に興奮するかのように、

息を詰めて、時には驚きの声を上げて。

「・・・というわけなんだよ」「うっわ、すっげぇな」

「でもなんで、その子は自殺なんてしたんだ?」「兄貴の話によると」



「目立ちたかったらしい」



「はぁ?そんなことで自殺したのかよ」「俺は兄貴からそう聞いたぞ」

「信用ならねぇなぁ」「んなこと言ったって兄貴がそう言ってんだから・・・」

彼らのまことしやかな囁き声は冷たい風に消えていく。

玲音「千砂ちゃんはどうして死んだの?」

『ハヤくおいデ』

電子メールの本文はそこで途切れていた。

それ以降メッセージが届けられる気配はなかった。

玲音はその本文を見つめる。

玲音「・・・・・・・・・そうか」

玲音「千砂ちゃんは、みんなと繋がる為に肉体を捨ててワイヤードへ入ったんだ・・・」

玲音「もしかして・・・集合的無意識は・・・」

そう言うと、玲音は公園のベンチを立ち上がり、足早に去った。

ですぺらのアニメ化はよ

肉体を捨てるという行為を、さして深刻に受け止めなくなった人間に、

かつてのゼウスも含まれた。

それはワイヤードがリアルワールドに代わり、新たな世界として、

自分と人々を繋ぎ合わせると信じていたからだ。

彼らはむしろ、人と繋がり、人と交り、人と影響するために、リアルワールドを捨てた。

人という数十兆からなる細胞を悉く還元し、電気信号からなる自意識だけを取り出して、

あたかも中枢神経であるかのように活動するワイヤードネットワークへと、その身を沈めていった。

人とより近く、直接的で、集合的な世界へと。

――では、ただ、自分の存在を主張したいが為に肉体を捨てる行為に、

ネットワークを利用する意識とは。

電線からの、低い唸りの様な音が耳に付く。

やがて、人通りのない道へと出る。

多数の電線が交錯し、遠方へとどこまでも繋がっている。

道の真ん中に少女は立っていた。

少女「あ、lain」

玲音「・・・・・・・・・」

少女「案外早くに気付いたんだね」

玲音「・・・・・・・・・うん」

少女「・・・答えは?」

玲音「・・・・・・人はもう集合的無意識を必要としなくなっている」

少女「・・・・・・・・・・・・・・・正解だよ、lain」

玲音「どうして?」

少女「・・・・・・集合的無意識はマクルーハンの地球村の説によく似ている。
多数の人を同一の状態にするという点で」

玲音「今まで私はそうして存在していた」

少女「そうだね、lain。つまりは一つの側面でそれは正しかったということ」

玲音「今では違うということ?」

少女「気付いているでしょ、lain。感性が統合されるということは個が希薄になるということ。
それが地球村。だけど今のネットワークは・・・」

玲音「むしろ個をさらに際立たせる結果になっている」

少女「そう、例えば、世間を騒がせる写真を、ネットワークにアップロードしたり、
自慢めいた近況を打ち込んだり・・・」

玲音「目立つために自殺だってする」

少女「多くの人の中に在ると、逆に自分の個が、相対的に浮き彫りになる。
相手との違い、自分にないもの、自分がどう見られるか」

少女「そうして埋没しがちな個を主張したくなる。これが今のネットワーク」

玲音「集合無意識・・・地球村・・・そうしたモノは影響力を失っているということ?」

少女「そうともいえるね」

玲音「でも集合的無意識は確かにあった。ゼウスだって・・・何故今になって・・・」

少女「それはね、lain。ネットワーク黎明期、そこにはある種の神話性があった。

少女「なんでも可能になるんじゃないか、平和をもたらすことだって不可能じゃない、
そういった可能性、期待・・・『エデン』」

少女「そういった、方向性を手探りにしていた時代のネットワークは、確かにその傾向が強かった。でも今は・・・」

玲音「人々がネットワークに慣れてしまった・・・?」

少女「タダの中枢神経系の拡張であると気付いてしまったんだよ、lain」

少女「ワイヤードとリアルワールドの依存は深くなった」

少女「それは別の意味で、ネットワークは中枢神経としてのコントロール下になったということ」

少女「なくてはならないもの、それ故に自己の意識下に置くもの。個としてのデバイス」

少女「エデンはない。ネットワークは、ただ個が主張したいばかりの中枢神経の集まりだよ、lain」

玲音「ただの中枢神経の集まり・・・」

少女「そうだよ、lain」

玲音「そうなってしまえば・・・」

少女「・・・・・・・・・」

玲音「そうなってしまえば、私は消えるしかない」

少女「どうして?」

玲音「だって私は・・・」

少女「ねぇ、lain」

玲音「・・・・・・・・・なに?」

少女「集合的無意識はなにも消えてしまったわけじゃない」

玲音「・・・・・・・・・」

少女「本当に消えてしまえば、あなたという存在は消えてしまう。だけど」

玲音「だけど私はまだ存在している」

少女「そうだよ、lain。薄くはなっているけどまだはっきりと見えるよ」

玲音「つまり、どうすればいいの?」

少女「もう一度lain、エデンを作ればいいんだよ、・・・・・・神様」

玲音「・・・・・・どういうこと?」

少女「言ったよね、lain。私がもう一度あなたの前に現れる時は、
あなたがどうしたいか聞くためだって」

少女「あなたがもう一度人々に語りかければいいの。こんな風に・・・」





「玲音を好きになりましょう
          玲音を好きになりましょう
                    玲音を好きになりましょう」






「玲音を好きになりましょう」

玲音「集合的無意識からのリアルワールドへの干渉っ・・・!」

少女「そうすれば皆、またあなたの声・・・集合的無意識に耳を傾け、
あなたの言葉をきくようになるよ、lain」

玲音「・・・記憶の書き換えは・・・・・・」

少女「・・・・・・そこまで大げさなものじゃない。強いて言えば思想の統制・・・」

玲音「でもそれは・・・・・・!」

少女「あなたは一度したことがあるよね、lain。
それに今ならまだ間に合うけど、集合的無意識が希薄になればなる程、

それはできなくなる。あなたは力を失う」

玲音「・・・・・・・・・」

少女「ネットワークの進化は正しく進んでいると思う?
かつて、ネットワークに見出した可能性や期待は、

何処に行ってしまったのかわからない、この時代に」

玲音「だけど・・・・・・」

少女「集合的無意識は人々の感性を統合して、人々を幸せにすることだってできる。
人々を幸せにするためには必要なんだよ、lain」

玲音「・・・・・・・・・だけど・・・・・・」

玲音は黙り込んで、今にも泣きそうに顔を伏せた。

自分が消えてしまうか、記憶を書き換えてしまうか。

そんなの、選べない。

玲音の頭の中では混濁した思考が回って、

自分にはどうすればいいか、わからなかった。

少女「どうして泣くの、lain?あなたの好きなようにすればいんだよ」

玲音「でも・・・」

少女「たとえあなたが人々の記憶を書き換えたって、誰も玲音を悪く思わない、
誰も悪く言わない、誰もあなたを・・・」

玲音「だけど私はっ」

少女「・・・・・・」

玲音「だけど私にはそんなことする権利なんてない・・・」

少女「・・・・・・」

玲音「私は神でもないし神になる気もない・・・」

玲音「私はそこにあれば、そこにいるし、そこになければ、そこにいない」

玲音「書き換えるなんて、もう、たくさん!」

少女「lain」

玲音「なに・・・?」

少女「lain」

玲音「・・・・・・・・・」

少女「lain」

玲音「何を・・・」

少女「lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain
lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain
lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain
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lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain
lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain
lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain lain
lain lain lain lain」

少女「lain」

玲音「何故あなたは」

玲音「私をlainと呼ぶの?」

少女「何故って・・・」



少女「私は新しいlainだから」



玲音「え?」

少女「私以外に私を知らない。私以外に誰が私を認識できるの?」

玲音「・・・・・・そんな・・・」

少女「わたしはlain。偏在するlain。
ネットワークの発達、人間の心理の変化に合わせて出来た、

もう一つの形の集合的無意識、lain。」

         r---、     ,,,-.,、            __
         `ーi |    /:; :;:;:.l_            ヽ/
           | |     l.;:;.:;,:r'_r-、ヽ ___ .t='、ヽ         く`ー'_ニヽ
          ' }     ト、.;.:.;.r‐_'_ i  7 ア|  l 「 ‐ 、       } r'  l l
          _ ,,..} ュ__   l ヽ;( ( _丿 し、  /    丿!、_\  \  / !、  j L.
         `ー── '/l     iー:.;'^ ‐'     '─^ー'     ヽ `ー ' `ー'
        /    ヽ l    l                      \
        ィ     / V     l  /                    ヽ
 _ -ァ'  ̄ |    f  /     .l  |  /                   ト、
.'  Y      lr‐-、 Lィ      l   ,  ─- 、 |  |     l| l    l   l lヽ
.   |    rハL__ノノ        j /    ソ |   il   l ,イ ト、   l l l l ヽ
.   |     l  ` ´        厶'    /  |  イ  /|ハ ハヽ   ト、l ト、ト-ヾ
.  l     | ー  -‐  / ヽ _ ィ「l ト、   | / | / l V  ヽト、  |  l トl、
   l   l  /    /      ∧ l  | l レ' |_ムィ!─‐  iハ l |  N  l
ヽ __ lr-‐ リ              / ヽ! レイ | -    _--__z   | V y'| ヾ |
  ` ヽ_ノー ^ゝ_         /   l!     ′  ィ 7:::o::ヽ`ゞ / i |/l lr‐'リ
        イ| l  >r-v´ _ ̄二_`       ' ヽ::_::ノ_〃イ_// レ'  /|
      /∨ トlト、 ヾ ハ| ィ´7::::o::::r、         `^ ̄ ゛   ヘヽ'彳(_//
     /      ! ト、 ト、ヽ 、 ゞ- _'               ィ^ヽレ' レ/
   /         lハ、l \  `"´     j            |   |  ′
  /          |lヘゝ',         ヽ -           j|   |
/            |! ヽトヘ、                   ,ィ. l  .|
               |!ヽ| ト _       ‐ ̄'    / l l  :
                  !イ「> _         /   l  l |
                     ` y    ‐-  - '     l  | |
                      ノ                  ヽ 」 |
              -‐   ̄                  | |

玲音「・・・・・・やめて・・・」

少女「私は集合的無意識の変化の窪みから抽出され、lainとして存在を図る、個としての性質を受け継いだlain」

少女「あなたも例外なく個が相対化される運命にあった。そうして生まれたlainが私なんだよ」

玲音「それじゃあなんで・・・なんで!私にもう一度書き換えさせようとするの?
あなたは書き替えられたくないはず!あなたが新しいlainなら、あなたは書き換えられると消えてしまうのに!」

少女「私は矛盾を孕んでいるから」

玲音「矛盾?」

少女「私のの存在は、lain・・・集合的無意識を保つ事。lainを保つこと。
それが個として作られたlainの望み――だけどそれをするには、あなたが書き換え、私が消されなければならない」

玲音「・・・・・・あ・・・」

少女「私はlainを保つために生まれ、そして消されなければいけないだけの、
それだけの存在なんだよ。それが次のlainだった。

私の存在目的はlainに消される事で達成する」

玲音「・・・・・・あ・・・え・・・そんな」

少女「だから早く私を消して。書き換えて」

玲音「やだ・・・そんな・・・お友達になれると思ってたのに・・・」

少女「lain、そうなれば集合的無意識は保たれる。lainが保たれる」

玲音「久しぶりに・・・おしゃべりができてうれしかったのに・・・」

少女「lain」

玲音「そ、そんなことって、私に消させるために作られたlainなんて・・・」

少女「lain」

玲音「な・・・なんで・・・・・」

少女「・・・・・・泣かないでlain」

玲音「だ、だって・・・わたしは、消えることが・・・こ、こわくて・・・それなのに、あなたは・・・・・・」

少女「・・・・・・」

玲音「・・・消される為に・・・生まれたなんて・・・」

少女「泣かないで、lain。それが私の役目。云わばプログラムなんだよ、lain」

玲音「で、でも、そんなの、それじゃあ、あまりに・・・・・・」

少女「lain、存在は皆、何か役目をもってる。この世界に関わりのない、意味のない人なんていない。
たとえそれが一見してプログラムの様な動きであっても」

少女「私もまた、役目を果たすだけ。そして、あなたもまた・・・」

玲音「・・・・・・だけど・・・それでも、書き・・・換えるのは・・・・・・」

少女「そうしないとあなたが消えてしまうよ、lain」

玲音「・・・き、きえるのも、い、いやだけ、ど・・・・・・でも・・・」

少女「・・・・・・」


雑踏。

一人の少女がうずくまって顔を伏せている。

行き交う人は、誰も少女に意識を向けない。

電線からは、低い唸りの様な音が、少女の耳についてくる。

一人の女の子が歩み寄り、少女に声をかけた。

「でもね玲音」

かけられた声に、玲音は小さく肩を揺らした。

「予言がどの時代に実現して、いつ時代遅れになるのか」

「それは誰にもわからないんだよ」

玲音「わかってるよ、アr・・・s」

「だけど玲音はきっと消えない。いつでも偏在する」

玲音「何故そう言い切れるの?」



「だっていつの時代も、人は、誰かと繋がりたがっているから」



玲音「・・・・・・」

「だから大丈夫だよ・・・れ・・・・・・ん・・・」

玲音が顔を上げた時には既に少女の姿はなかった。

玲音「・・・わたしは・・・書き換えない・・・・・・ごめんね」

少女「どうして、lain」

玲音「だって、書き換える必要がない・・・世界は常に動いているから、
そのたびに書き換えるなんてこと、したくない・・・」

少女「・・・・・・・・・・・・そう」

玲音「・・・いいの?」

少女「・・・良くないけど・・・・・・でもlainが決めたことだから」

玲音「・・・・・・?」

少女「私は、lainを構成する数多の星の様に散らばる意識の海で偶発的に発生した一部分でしかないから」

少女「だからlainが決めたのなら、私には変えられない」

玲音「・・・・・・もし私が消えれば、あなたが次のlainになるの?」

少女「自己矛盾はすぐに崩壊するよ。私は短い間だけの次のlainなんだよ」

玲音「・・・・・・また新しいlainが生まれるの?」

少女「世界が変われば。だけどlainはlainだから」

玲音「もう会えない?」

少女「会えるかもしれない。だけど、会えないかもしれない」

玲音「曖昧だね。まるでlainの存在見たい」

少女はその言葉に屈託なく笑みを漏らす。

玲音「お友達になれると思ってた」

少女「もうお友達だよ。私の存在はそれで充分。でももう・・・」

玲音「うん」





「それじゃあ、おやすみ」

玲音は一人道を歩く。

やがて、人の群れが、帰宅の為に足を進める音が大きくなってきた。

学生のお喋り、子供の笑い声。

そういうものがはっきりと聞こえてくると同時に、

他人などは全く目に入らないかのように、

携帯型デバイスを弄び、王侯のように突き進む幾人かの人たち。

玲音は手を見つめる。

相も変わらず自分の手は薄くなったり、元に戻ったり、まだらな状態で微かに変化している。

しかし、然程気にするでもなく玲音は再び歩き出した。

低い唸りの様な音が耳につく。

玲音がその音の出どころを探る為に空へと顔を上げると、

すぐに、張り巡らされた電線が視界に入る。



玲音「・・・・うるさいなぁ、・・・黙ってられないの・・・?」

玲音は小さく口に出した。



おわり

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