少女「手をつなごう」(59)

「手をつなごう」

少女はそう言って、右手を差し出した。
ふんわりと柔らかな髪。
白く透き通るような頬。
青く深く光る瞳。

優雅に差し出されたその右手を、少年は不思議そうに見つめた。

(この子は突然、何を言い出すのだろう)

(というか、この子は誰だろう)

少年には、その少女に見覚えがなかった。
こんなに小さな村に、知らない子がいるということが新鮮だった。

少年は興味本位で聞いてみた。

「君、見かけない子だね?」

「……」

「引っ越してきたの? 遊びに来たの?」

「……」

少女は口を開かない。
右手はまだ、優雅に差し出されたままだ。

少年は少し恥ずかしかったが、そのままレディに右手を硬直させていてはいけないと思い、優しく手を握った。
彼女の村では握手があいさつとして主流なのかもしれなかったし、
少年も女の子と手を握ることに特に抵抗がなかった。

「よろしく、僕は……」

少女はにっこりと笑い、少年の目をじっと観察するように見つめた。
少年の右手を握る右手にも、少し力が込められた。

「え、えっと……」

少年は少したじろいだ。
握手なんてものは、きゅっと手を握って終わりだと思っていたし、
たまに熱い握手をする男がいるが、もっとぶんぶん手を振って唾を飛ばすのが普通だ。

少女の握手は、それとは違った。
何と言おうか。
静かで、強い。
そんな握手だった。

少年は頬が紅潮していくのが自分でもわかった。
少女の何らかのエネルギーが、つないだ手を伝って流れ込んできたようだ。

「あーあいつ、オンナと手つないでやがる!」

レディとの高貴な挨拶を台無しにしてくれたのは、村のガキ大将だった。
そして横にはいつものように、チビですばしっこくて抜け目のない、いわゆる金魚の糞が鎮座していた。

「オンナと手ぇつないでるー」

「だっせえ」

「うひゃひゃひゃ」

少年は、先ほどとは違う頬の紅潮を感じ、急いで手を離した。
言い返したかったが、あいつらに逆らったら明日もっとひどい仕返しをされるだけだ。
少年はぐっとこらえた。
それが大人であると自分を錯覚させ、ぐっとこらえた。

驚いたことに、少女は悲しんだりひるんだりすることなく、今度はガキ大将に向かって手を差し伸べた。

「手をつなごう」

「……っ」

ガキ大将は言葉を失い、表情を硬直させ、頬を紅潮させた。
金魚の糞は彼がどうするのか気になりつつも、少女の美しい瞳も気になるらしく、
視線をメトロノームと同じテンポで行ったり来たりさせていた。

「お、オンナとなんて、手がつなげるかよっ」

「そ、そうだそうだ!」

「行くぞ!」

「バーカ、バーカ!」

結局彼らは考え付く限り最低レベルの語彙の貧困さで捨て台詞を残し、その場を逃げ出した。
少年は、彼のそんな姿を見ることは今までになかったので、たいそう胸のすく思いだった。

ガキ大将たちの後ろ姿を眺めていると、少女もまた、歩き出した。

「ありがとう」

少女はなぜか、少年にお礼を言い、村のほうへ歩いて行った。

「ま、また会えるかな?」

その問いに答えはなく、少女はにっこりと笑い、そのあとはもう、振り返ることはなかった。
彼が少女の姿を間近で見るのは、これが最初で最後のことだった。

では、また明日です

ある日、某巨大国家の大統領が、少女と手を握る瞬間が全世界で放映された。
大統領の下に現れたなら、すぐに放送できる体制を整えていたのだろう。

大勢の報道陣、たくさんのフラッシュの中、大統領と少女は握手をした。
少女はしかし、カメラの方へ顔を向けようとはしていない。
大統領だけをじっと見つめていた。

「僕に何かできることはないかな?」

「君は世界的に有名だ、たぶん、僕よりもね」

大統領のジョークに、報道陣は笑った。
少女も少し、ほほ笑んだ。

「僕が、僕よりも有名なこの友人のために、何かできることがあれば教えてくれ」

「あなたも、私とお友だちだと思ってくれますね?」

「もちろんさ」

「それでは、私の友だちは、私の友だちを殺したりしませんよね?」

「ああ、もちろん」

しかし、そう言ったあと、大統領の表情は少し固まったように見えた。
この時の彼の心境を、たくさんのコメンテーターが代弁していた。
彼の国には、現在敵対関係にある国がいくつかあった。
そして、そんな国々にも、少女は現れていたのだ。
つまり、「もう戦争をするな」と、彼女は言ったのだ。

「みんなが仲良く暮らせる世界を、私は実現したいのです」

この瞬間の映像は、瞬く間に世界に広がった。

この後、彼女は積極的に多くの国々を訪れた。
内紛がやまない国、飢餓に苦しむ国、病気に苦しむ国。

戦地にも赴いた。
病院にも、学校にも、刑務所にも。
海の上にも山の上にも、どうやってここまで来たんだというような格好で、少女は現れた。

「手をつなぎましょう」

今ではもう、誰もがその意味を理解している。
世界中の人と手をつなげば、世界は平和になる。

そんな夢物語を、彼女は実現しようとしている。

今、世界は少しずつ、平和になってきている。
戦争がなくなったというニュースは聞かないが、争いが激化したというニュースも聞かない。
少女の投じた一石は、ゆっくりと世界に広がっている、と思う。

しかし、と、私は思うのだ。
あの時少女に差し出された手を、右手ではなく左手で握っていたとしたら。
私はどうなっていたのだろうか。

あの時左手を差し出したとしたら、手をつなぎ、横を歩けたのではないだろうか。
娘と手をつなぎ、散歩をするように。
彼女は「握手をしよう」ではなく、「手をつなごう」と言ったのだから。

残念ながら、私がそれを試すチャンスはもう永久に失われてしまった。
もし、君の前に「手をつなごう」と話しかけてくる天使が現れたとしたら、そのチャンスは大切にしてほしい。

今後、私と同じことを考え、彼女と手をつないで歩く「誰か」が、現れるかもしれない。

それが私でないことが、ひどく残念でならない。


★おしまい★

終わりです
短っww

    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"


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