少女「あなた、サンタさん?」 (177)




 全く持って違う

「おじさんはサンタさんでしょ?」

 この俺のどこがサンタだというのか

「おじさんはサンタさんねっ!」

 もはや確信か。違うと言っている
 何処の世界に銃を突きつけるサンタがいるというのか

「今日はクリスマス・イブだもの」

 イブの来訪者が皆、サンタだとでも?

「赤色の服を着ているわ」

 お前ん家の警備員ぶっ殺した時に浴びた返り血だ

「袋も持っているもの」

 依頼達成の証に『首』を持って帰れと言われたからな

「なんだ違うのか。じゃあ、誰?どうしてここにいるの?」

 お前の父親を殺しに来た。だからここにいる

「なんだ、やっぱりおじさん、サンタさんじゃない」

 ……何だって?

「クネヒトループレヒトなんでしょ、おじさん。それともジェド・マロース?知ってるわ、お父様が悪い人だってこと、だから懲らしめに来た。そう、おじさんは『黒色のサンタさん』なのね?」

 クネヒト…?ジェド・マ…?





※このSSは! クリスマスと童話や昔話を交えて、少女とおっさんがだらだら話すSSです

 言うまでもなく実在の人物、出来事、あらゆる事象とは関係ありませんフィクションです

 苦手な人はそっ閉じでお願いいたします

 ちなみに理想郷で似たような話があったら多分私です

 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1386511431


「お父様なら隣の部屋よ。『慌てんぼう』なのね、サンタのおじさん?」

 頭がおかしいのかお前。いや、待て

 そもそも俺はお前の父親を殺しに来た殺人鬼だぞ。怖くないのか?

「子供がサンタさんを怖がるはずないじゃない。むしろ待ちわびていたわ」

 殺人鬼だと言っておろうに……
 んん?待ちわびていた?
 自分の父親の死を?

「ええ」

 即答か

「そうね」

 不気味なヤツだ。子供らしくない

「よく言われるわ」

 『殺されるー』とか思ったりして人を呼んだりしないのか?

「おじさんにとって『良い子』なのは子供らしい子供?怯えて叫んだほうが良かった?」

 騒げばお前も殺す

「そうね、だから大声は出さないわ……ね?私って『良い子』でしょ?」

 子供らしくない子供の事は『糞ガキ』と呼ぶようにしている
 もういい、時間の無駄だ

「あ、待って、今行ったらダメよ、お父様の部屋には部下の人たちが大勢いるから」

 ……何?

「今行っても蜂の巣にされるだけよ?壁に耳を当ててみて、ホントかどうかわかるわ」

 ……どうやら本当のようだな


「ね?もう少し待って、そうしたら一人になる時間だから」

 調子の狂う餓鬼だ。だがそうさせてもらおう。ただし少しでもおかしな真似をしたら……

「しないわよ。ねえ、それより、退屈だわ」

 俺はヒヤヒヤしているよ、少なくとも退屈じゃない

「そうなの?自分の家と思ってくれていいのよ?」

 お前と違ってそこまで図太い神経は持ち合わせてはいない

「むー……ああ、それならお話をしてよ」

 いきなり何を言い出す?

「お話をして?私この部屋から出たことがほとんどないの。色んな国の色んな人の話が聴きたい。おじさんはサンタさんだから、色んな国の、色んな人に会ってきたのでしょう?」

 まあ、それは否定せんが、対面したヤツはほとんど殺したからな

「何でもいいわ。お話して?そうすればおじさんは落ち着けるし、私は退屈しない。ね?お互い得するわ」

 ダメだ。隣の様子を伺うのが先決だ

「……大丈夫よ。お父様が一人になる時は……私に声が掛かるから」

 それはどういう……ああ、そういうことか

「そうよ……『悪い子』で失望した?」

 いいや。今日も一切の躊躇い無く仕事が出来そうだ。『良い子』だよ、お前は

「そう、なら良かった。なら『お話』してくれる?」

 ……そうだな、まあいいだろう



・・・・・・・・・ ・  ・   ・




「……というわけだ。しかしなんだな?奴隷制が廃止されて随分になるのに、下層の労働者は奴隷と変わらない。食えない、止めれない。皮肉なもんだ」

 俺には関係ない。ともかく今回の標的はその財閥のボスだな?

「その通りだ。一代であの財閥を築きあげた経営手腕は見事なものだが、力を付けすぎた上に付け上がりすぎた。政治にまで手を伸ばしてくるとは呆れた上昇志向だ。貴族様方に目を付けられて当然だろうに」

 その貴族連中も、こいつから随分と金を借りてるそうじゃないか。大方本当の目的は『借金の踏み倒し』だろ?

「それもあるだろうね?だが考えてもみろ。コイツはあらゆる産業を独占している。対抗の企業が立ち上がろうとも根こそぎ叩き潰す。だから新しいものは生まれない。産業も停滞する。コイツが生きていても害は多いし、死んで得する人間は山といる。理由なんて数えだしたらキリがない」

 それこそ知らん。路頭に迷う者も山といるだろうがそれも知らん

「びっくりすることにな……コイツに雇われた労働者の中には働きながら死ぬ奴等もいるらしい、なんだったかな……そう『カローシ』という病気だったかな?」

 だから知らんと言っている

「まあ、お前も働きすぎて『カローシ』しないようにな?」

 だったら報酬と休みを増やせよ

「俺がしてやれるのは安酒奢るくらいかな?ま、健闘を祈るよ」




・・・・・・・・・ ・  ・   ・


「え?あの財閥の会長を殺したのおじさんだったの?」

 そうだ。まあ時間は掛かったが、危ない橋を渡ることもない、楽な仕事だった

「フフ、お父様が聞いたら顔を真っ赤にして怒りそう」

 ああ、やっぱりお前の父親とつながっていたのか

「そうよ。まあ私は大嫌いだった。いっつも私の事、いやらしい目で見てたもの」

 ぶっ殺しておいて正解だったようだな

「筋違いかも知れないけれど言っておくわ。ありがとう」

 自分の仕事に対して礼を言われたのは初めてだ

「それで?続きは?」

 お前が口を挟んだんだろうに

 ……俺はヤツの調査を開始したんだが、街の連中の様子がおかしいことにすぐに気付いた。どいつもこいつも……目が死んでいた
 何の目的も無く『労働すること』こそが『正義』だと妄信し、そうでないと自分を保てない。『楽をしているヤツは悪だ』と。だが自分は一向に楽にならず、疲れた体を引きずっていた 
 仲介役はあれを『奴隷』と言っていたが。なまじ思考する分、俺には奴隷以下に見えた

 だがそんな中、安酒場から陽気な音楽が聞こえてきたんだ




・・・・・・・・・ ・  ・   ・



「お客さん、ご注文は?」

 店主のお勧めでいいよ。適当に頼む
 街の雰囲気とは違ってここは随分と賑やかだな?

「ええ。あの演奏家……って言っていいんですかね?やっこさんのお陰で随分なもんでさ」

 あれはこの街の者じゃないんだろう?

「ですね。この街にいる者には、あんな風にその日暮しな生活をする勇気は無いですよ」

 結構悪し様に言うんだな?

「まあねえ。こうして店構えて安定した暮らしが私には性にあってます。それに街のヤツらだって。とりあえず、なんかしらの仕事についてりゃ食いッぱぐれることはないんだから、ああいった芸人みたいな暮らしは理解できませんよ」

 そういう割には楽しそうだな、店主

「まあ、ああいった『自由』って言うんですか?憧れはしますからねぇ。本人は楽しそうですからこっちまで楽しくなるってモンです。けどねぇ……やっこさんの収入じゃこの冬も厳しいでしょうが」

 ……違いない



うるっせーんだよ!!止めろ下手糞がッ!!



「あーあ……まただよ」

 あれは……労働者か



「昼から夜までジャンジャンやかましいんだよ!祭りじゃあるまいし!仕事しろよ、遊び人がぁ!!」

「私の演奏がお気に召さなかったらすみません!どうか暴力はおよしになってください!」

「気に召さねぇのはテメェだよ!!こっちは働いて社会に貢献してんのに、こんな遊びで金儲けしようとしやがって!いいご身分だなぁ、あぁ!?」

「……皆さんは『遊ばない』のですか?」

「……あぁ?」

「生きるために『働く』ことは確かに必要なことです。私だってこんな拙い演奏で御代を頂戴している身分ですからそれはわかります。でもこうして身を立てているのは、私は『楽しんで生きたいから』です。それは悪いことですか?」

「……」


「私にとっての『幸せ』はこうして大好きな音楽を演奏して、貧しいながらも面白おかしく生きていくことです。そう望んで、そう生きていくことはおかしいことですか?」

「コイツ……」

「演奏がうるさいというのなら、それは本当に申し訳ありませんでした。でも私がこの生き方をすることで貴方様方にご迷惑をお掛けいたしましたか?」

「……ヤメロ」

「どうして働いているのですか?社会に貢献するのはなんの為ですか?最終的に自分の為なのではないのですか?どうして生きているのですか?働くのは何のためですか?生きるためだけですか?楽しむ為、幸せになる為ではないのですか?」

「うるせぇんだよ、この女ァ!!……グッ!?なんだテメェは!?離しやがれ!!」

 そこまでにしてくれ。酒が不味くなる

「知るかっ!さっさと離さねぇと……」

 離さないと……なんだ?

「グッ!?クソッ!解ったよ!何もしない、離してくれ!!」

 この場で一番迷惑なのはアンタだ。とっとと失せろ

「……ケッ!テメェも他所者か。どいつもこいつも働きもしねぇで気楽なもんだ、テメェらさっさと野垂れ死ねっ!この『キリギリス』共!!」

 お前は死ぬまで働かされるんだろうな、勤勉な『アリ』さん?


「あの……先程はありがとうございました」

 ああ、さっきの芸人さんか
 気にするな。俺も気にしてない

「いえ……まさか助けてもらえるとは思わなかったので」

 助けが来るとも思えない状況でああまで突っ張ったのか?
 頭がいいとは言えないな?

「ええ……この街でなくとも、私の生き方は賛成を得るのは難しいことなのでしょうね……でも、私には自分を偽って生きていくことなど出来ません」

 だとしてもだ

「そうですか……」

 ああ
 自分でそういう風に生きるのは勝手だろうとも
 だが、人の生き方にまでケチを付けるのはやりすぎじゃないか?
 ああなって当然だ

「先に生き方を侮辱してきたのはあちらです」

 まあその通りだな
 だが、アンタがやってることは黒人街で『黒は嫌いだ』と書いた看板背負って歩き回っているのと同じだ。随分、直線的な喧嘩の訪問販売だよ

「は?」

 この街では……いや、『今の時代』の『この国』では、あんたみたいな生き方をすること自体が悪なんだ。それが解っていないわけでもないんだろう?

「それは……まあ。ですが私が間違っているとは思えません」

 そりゃあどちらが正しいかなんてのはないだろう
 時代や国の主義によってまちまちだ
 だから国が違えばアンタの考えも認められるだろうし、ヤツ等の考え方を馬鹿だと言う事だってある。そもそも『部外者』あーだこーだ言うのが間違いなんだ

「そうですね……でも『だからこそ』この国にいる以上、非難されるのは避けられないんでしょうね……」

 そういうことだ
 あんたは良い芸人だとは思うが、来る場所を間違えてる

「……踏ん切りがつきました。私、近々この国を出ます。貴方のお陰です、ありがとうございました」

 別に
 アンタを擁護したわけでもない
 むしろこの国から追い出そうとしたように思われてもしょうがないからな
 礼を言われる筋合いはない


「いいんです。私がそうしたいから、そうするんです」

 あ、そう

「はい『今日くらいは』と思って頑張りましたが、駄目なものはしょうがないです。せっかくそれらしい音楽を演奏したのに誰一人として気付かなかったんですもの」

 『今日くらい』?なにが?

「……貴方も今日が『何か』覚えてないのですか?」

 今日……
 ああ、そういうことか





「はい……メリー・クリスマスです」





 つまりだ……随分その、扇情的な、赤い服装にナイトキャップは……

「はい、サンタさんをイメージしてみました」

 どこの世界にそんな短いスカートしたサンタがいるというのか

「んー、多分世界中でここだけでしょうね?」

 そうだろうな

「でもですね。多分遠い未来、こういう格好が流行るんじゃないかなーと思うんです」

 それはそれは。随分と目に優しいクリスマスな事だ
 ところであんまり儲かってないみたいだが旅費は大丈夫なのか?
 まさかアレだけ悪し様に言っといて日雇いの労働でもするんじゃないだろうな?

「ん゛ん゛っ……」

 ……店主?どうした?

「いえ……なんでもありやせん」

「……『お客さん』?売れない芸人がどうやってお金を稼いでるか知りたい?」

 ……おい、なんで近付く?

「……知りたい?」

 ………………




「知ってました?大人でも……プレゼントがもらえるんですよ?」


 ということがあった
 つまりだな、俺としてはあの芸人は快楽主義者としての生を全うしていると思うんだ

「まあ、確かにそうね。けれど労働者の人たちが悪いとも思えないわ」

 その通りだ。彼等は実際勤勉だ

「あら?奴隷以下と言ったじゃない?」

 それとこれとは別だ
 働くために働いている等言われているが、それによる技術の進歩や経済の成長は馬鹿にしてはならない。むしろ国が国であるためには必要なものだ

「でも、人の生き方まで強制するのは嫌ね。『駄目ではなくて嫌』ね」

 あの芸人が『自由』の意味を履き違えて、対価無しに援助でも求めようものなら話は別なんだろうがな
 まあ仕方がない。価値観の基準なんて大多数の意見が採用されてしかるべきなんだから。マイノリティが排斥されるのは、いつの時代、どこの国だって同じことだろう

「うーん、おじさん、一つ見落としがあるわ」

 ……何?

「一番の問題は『アリとキリギリスはどちらが正しいか』なんて問題が上がっていることよ?国や時代、解釈によって色んな意見があるけれど、結局お互いに迷惑を掛け合ってなければ『どちらが正しいなんて事は無い』。そうでしょ?」

 まあ、そうだな

「じゃあ、そもそも、何故そんな問題提起があるのかしら?そして国や時代によって何故『正しいとされること』が移り変わっているのかしら?誰かがその『正しいとされること』に誘導してるのではなくって?」

 それは勘ぐりすぎじゃないか?


「そうかしら?じゃあどうして『童話はどれも教訓めいている』の?」

 随分と話しが大きくなったな

「全てつながっているわ。善悪基準を育む点に関しては」

 まあ、宗教チックな絵本もあるくらいだからな

 しかしそれこそ色んな国の、色んな時代の作者が書いたものだろう?
 それを色んな国の、色んな時代の、色んな人間が読むわけだから、価値観の衝突はあってしかるべきじゃないか?
 そうなれば、特定の人間が誘導なんて答えには行き着かないだろう

「そうね。でも価値観を衝突させているのは一部の人間だけ。大抵は思考を停止させて『偉い人のいった事』『先生の言ったこと』『親の言ったこと』で鵜呑みにしちゃってないかしら?」

 ……否定できないな

「そうでしょ?つまり『善悪の基準』は大多数が決めるのではなくて、一部の少数が決めているのよ」

 まあ意見の一つとして参考にしておくよ

「昔の偉い哲学者は奴隷制を肯定した人もいるそうよ。私もそう思う。だって奴隷に適したとされた人は『そもそも思考しない』もの、そして奴隷は『そもそも思考しなくてもいい』もの。そうでない人達でも、子供のときからそれを植え付けられたらどうかしら?」

 『絵本は奴隷を量産する手段』というわけか?
 どうだかな


「そこまでは言わないけれど……」

 事の是非はどうあれ、俺は奴隷制が気に入らない
 お前のその『奴隷に適した人』というのはそれこそ一部のマイノリティが決めた勝手な基準だろう?
 そいつらが自分から『奴隷にしてください』というならまだしも、人の自由意志を奪っておいて『だってあいつら奴隷くらいしかできないし』なんて、暴論もいいとこだろう?

「確かに……それこそ喧嘩の訪問販売ね」

 な?『碌に教育を受ける機会を奪っておいてそりゃ無い』ってモンだ
 ともかく『絵本の中で善悪基準を明確に記すのは俺は好きじゃない』
 最後に読み手が『思考できるように』誘導できるのが『良い絵本』なのかも知れないな




「ん、まあ回収してない議題はあれど、拾い出したらキリがないし、でも、それなりに纏まったわね……それより」

 なんだ?

「結局、おじさん……『プレゼントは買ったの』?」

 ……まあ、あの後、ミニスカサンタなるものが巷で流行っているところを見ると、あの芸人は冬を越すのに充分な収入を得ることが出来たんだろうな、とだけ言っておく











「私もしてあげようか?」

 ……糞ガキめ
 

今日はここまで







「中々、面白かったわ。少し短かったけれど」

 それは何よりだ

「でも、そのせいでまだまだ時間は余っているわね」

 む……そうなのか

「事前調査が杜撰だったんじゃない?お父様は毎週この曜日は会合なのよ?」

 今回は緊急の仕事でな
 事前調査の暇が無かった

「そうなの?まあ、そのあたりの事情は私には解らないけれど」

 解らないほうが良い

「それもそうね」

 ああ、そうだ

「ところで、おじさん」

 なんだろうか?

「『騒いだら殺す』とか言ってたけれど、普通目撃者は殺すのがセオリーなのではないかしら?」

 なんのセオリーだそれは

「なんのと言われても……そういうものではないの?」

 
 例えばお前が目撃者として証言するかもしれない、とかか?

「そうね。例えばそういうことも有り得るでしょう?」

 では逆に聞くがお前は何を証言する気だ?
 俺の特徴か?俺のような男はこの街だけでもゴマンといるぞ?
 俺の目的か?お前の父親や先程の財閥会長に死んで欲しいやつなんて数えだしたらキリがないぞ?

「……意外と考えているのね」

 照れる

「褒めてないわよ」

 あ、そう

「それより他に話はないのかしら?」

 そうだな……これは、とある国の大公夫人を暗殺したときの話だが

「さらりととんでもないことを言うわね。大公の家族に手を出したの?」

 ああ、とんでもないことにな。
 さらに言えばその依頼者は大公の家族だ

「とんでもないわね」

 ああ、とんでもない




・・・・・・・・・ ・  ・   ・




「随分仕事が速いのね?」

 時間を掛けた方が良かったか?

「いいえ、早いほうがいいわ。あの女の顔を見なくて清々するもの」

 あ、そう

「ええ、そう」

 なんでもいい
 ところで一つ聞いていいか?

「いいわよ?内容によるけれど」

 何だって実の母親を?

「大嫌いだからよ。後はお父様の財産を思うようにするのにはあの女が邪魔だった。正直そちらはついでだけれどね」

 なるほど?だが大公が再婚したらどうする

「そこを考えないほど間抜けじゃないわ。再婚相手は既に懐柔しているもの」

 随分容易周到なんだな?

「まあね。織物の先生とはいえ、所詮は市民出身。金をちらつかせたら、簡単だったわ」

 そうか

「そうよ」

 じゃあ、俺はここまでだ

「あら、それだけ?」

 他に仕事の依頼があるのなら仲介者を通せ

「別に仕事があるわけではないけれどね。なんだったら家で働かない?優遇するわよ?」

 無計画な人間の下には付かない。こっちの身が持たない

「……どういう意味かしら?」

 そのうちわかる。それではな





・・・・・・・・・ ・  ・   ・




「……え?それだけ?」

 いや、まだ続く

「そうなの?でも仕事は終わったのでしょう?」

 大公夫人暗殺の依頼はな。その時はそれで彼女とは別れた

「そうなの。ところで何故おじさんは言葉のままに雇われなかったのかしら?大公家に仕えていた方が待遇はいいんじゃなくて?」

 ああ、まあそうだろうな

「だったら」

 それこそ言葉ままだ
 無計画な人間の下に付いたらこっちの身が持たないからだ

「おじさんにはその人に計画性がないことがわかったのかしら?」

 考えなくてもわかるだろう

 彼女は財産は二の次だった
 母親と不仲だっただけでそれを殺そうとした
 欲ではなく、感情で人を殺そうとしたんだ
 彼女は子供だった

 お前は見も知らぬ子供が弾丸の装填されたピストルを振り回していたらどうする?

「……取り上げて叱る、かしら?」

 不正解だ
 何時暴発するかわからないもののそばにいる道理はない
 その場から立ち去るか、撃ち殺すのが正解だ

「……」

 ……何年か後に、俺はその国を再び訪れることがあった
 その時、偶然にも街で彼女を見かけたんだが、彼女の計画性のなさは既に露呈していたよ



・・・・・・・・・ ・  ・   ・







「あなたは……」

 ああ、いつぞやの
 元気そう……ではないな?

「そうね」

 えーと、その、なんだ
 そういった継ぎ接ぎで、灰まみれのファッションは流行っているのか?

「落ちぶれたもの、と嗤うのかしら?」

 いいや、知れきった未来だった
 ネタが割れているジョークに笑う価値はない

「言ってくれるじゃない」

 大方、後釜の大公夫人に追い出された
 というところか?

「いいえ、端女のようにこき使われているわ」

 成程
 しかし、それも長くないだろう?

「ええ、お父様が亡くなる頃には私も冷たくなっているでしょうね」

 ……先が見えるようになったんだな?

「いつまでも子供じゃないわ」

 そのようだ

 それでいて、あの時の様な残酷さは失われていない
 恐ろしい限りだよ

「照れるわ」

 褒めてないぞ

「そう…………ねぇ、それより」

 仕事は請けんぞ?

「……そう言わないでよ」


 お前に雇われて何の得がある?
 大公家で失脚したお前にどんな見返りが期待できる?

「私は貴方の秘密を知っているわ」

 脅迫か?
 浅はかだ
 誰にそれをしているのか理解しているのか?

「ええ、理解しているわ」

 ほう、そうには思わないがな?
 目撃者は殺すのが基本だとは考えないのか?

「思わないわね。貴方のような特徴の人間はこの国には山ほどいるし、あの女に死んで欲しかった人間だって山ほどいたもの。私を殺す意味がないわ」

 ……しかし、お前は秘密と言った
 お前が知っている俺の秘密はそれくらいしかないはずだが?

「いいえ、殺人鬼が現場に、それも大公夫人の暗殺なんてした街に戻ってきたのだもの。その理由に察しが着いた、それが貴方の秘密よ」

 なんのことだか

「貴方はまたこの街で『仕事』をする為に来た。それが貴方の秘密よ?」

 …………

「沈黙は肯定と受け取るわ」


 それで?

「それで?」

 そこまで知ったお前を俺が生かしておくとでも思ったか?

「思うわ」

 …………

「灰まみれでも私は『大公の子女』。死体が見つかれば、いえ、姿を消しただけでも国を挙げての大騒動よ?そうなれば国籍不明の怪しい人物はどうなるのでしょうね?」

 ……本当に先が見えるようになったんだな

「いつまでも子供じゃないわ」

 そのようだ

 それでいて、あの時より残酷だ
 本当に恐ろしい限りだよ

「照れるわ」

 褒めてないぞ

 しかし、それでも依頼を受けるか受けないかは俺の自由だ

「報酬なら用意するわ」

 ほう?
 先払いだぞ?
 身一つのお前に何が払える?

「ええ、つまりは『ソレ』よ」

 ……おい、なんで近付く?

「言ったでしょ?」

 ………………

「いつまでも子供じゃないの」




・・・・・・・・・ ・  ・   ・



 その後は俺の生涯でも最高の仕事だったと言っても過言じゃない
 なにせ王家相手に結婚詐欺をかましたからな

「?どういうこと?話の流れ的には、おじさんが大公夫人をまた殺すんじゃないかしら?」

 殺すわけないだろう
 俺は大公の子女が殺されるなり、行方不明になるなりで町が騒然となることを恐れて彼女に手を貸したんだぞ?
 大公夫人を暗殺しても同じことになるだろう

「まあ、確かにそうね。でもどうして王家相手に結婚詐欺を?」

 仮に大公夫人が死んだとしても、その連れ子がいた。一番歳若い、彼女には継承権は無い。
 『殺し』で解決するには大公夫人一家を皆殺しにする必要があったが、そんな事をしたら大公は再び後釜を娶るだろう、彼女はソレを恐れていた
 その点で、俺と彼女の利害は一致していた

「それで?」

 大公は貴族の中で最も位が高い、ならばその上の権力に取り入るしかない。そこで王家に目をつけた

「そう簡単にいくかしら?」

 いった

「どうして?」



 俺がその国の王を殺したからだ



「とんでもないわね」

 とんでもないか?

「とんでもないわよ、でもそれで解決するとは思わないわね」

 その通りだ。だが王には結婚相手も決まっていない世継ぎがいた

「幼かったのかしら」

 そうだ、まだ口から指の離れない子供だった
 当然、王位の継承権は彼にあり、王宮の派閥争いは熾烈なものとなったが、王家を敬う王党派は早急に解決すべき課題があった

「血筋の保護ね」


 その通りだ

 その国で大公家は、王家が政務につけない緊急時、国を執政する役目があった
 順当で言えば花嫁候補は大公家から選出されるのが妥当だ
 しかし大公家からしてみればそんな事をする必要がない。王子が暗殺されるのを待っていれば国が丸々手に入るからな。
 その甘い汁をすすろうと、かなりの数の貴族連中が大公を支持した

「しかし、そこで現れたのが」

 王家に反目する貴族派の不忠を許さず、その身を省みず表舞台に飛び出た『真の大公子女』
 まあ王党派の連中は一にも二にも無く飛びついた

 後は早いものだった
 切れ者の彼女は、世継ぎの花嫁として、権力と弁舌と美貌を遺憾なく振るい、大公一家は皆殺しだ、他の貴族派もな

「うーん、腑に落ちないわね」

 なにが?

「色々あるけれど、例えばね、大公子女として現れたといっても、『騙りだー』とか『偽者だー』とか言われて難癖付けられたりしなかったの?」

 ああ、それについてはな、意外な事でカタが付いた

「なにかしら?」

 靴だ

「靴?」

 ああ、大公家だからな、靴も特注だったわけだが、その足型が御用達の靴屋に残っていたんだ。ソレが証拠になった。
 彼女は極端に足が小さかったからな。同年代で同じ靴を履ける人間はいないだろう

「まるでシンデレラね」

 随分と血なまぐさいシンデレラだな

「そうでもないと思うわ」

 ほう?その心は?

「シンデレラの話は国によって色々バリエーション豊かだけれど、共通している点があるの」

 なんだろうか?

「意地悪な女性の存在、王家の嫁探し、靴合わせ、そして王侯貴族の不明瞭さ」


 前三つはわかるが、王侯貴族の不明瞭さ?
 その発想は無かった

「その言葉の通りよ。考えても御覧なさいな。多くに共通する点の一つは『王家の嫁探し』だけれど、その嫁探しは舞踏会だったりすることが常だわ」

 そうだな

「一般庶民が舞踏会に呼ばれると思うの?王侯貴族に多少なりとも詳しい描写があれば、その舞踏会に呼ばれるシンデレラの家格は元から凄い設定があってしかるべきじゃないかしら?」

 ということはシンデレラストーリーとは、もって生まれた家柄あって初めて成立するものと言うことか

「今ではシンデレラストーリーというもの自体が変わってきているから、そうまで言わないけれど、一般的に知られている、原点のシンデレラは少なくともそうね」

 成程

「千夜一夜物語しかり、恵まれない者が、何か不思議な事をきっかけに恵まれる立場に生まれ変わる物語は時代を超えて人気だわ、けれど肝心の恵まれた後の事に関してや、その過程は結構いい加減だったりするの」

 リアリティに欠けると

「ロマンティズム溢れると言いなさないな。とは言え、案外シンデレラも、そんな血生臭い過程を経てこの世に生まれ出でたのかもしれないわね」




・・・・・・・・・ ・  ・   ・







「私は貴方が魔法使い……いえ、サンタ・クロースに見えたわ」

 冗談だろ?

「冗談なものですか。何も持っていなかった私に、貴方は最高のプレゼントをくれたわ」

 そういえばあの日はそうだったか

「ええ、そうよ?素敵な夜だったわ」

 そもそも俺にそんなものは似合わんと自負しているが

「いいじゃない、お互い血と硝煙で穢れきった者同士。お似合いだわ」

 クリスマスカラーにしてはいささかドぎつい赤色に染まったがな

「そうでもないわよサンタさん?」

 そうか?

「そうよ?返り血に染まった貴方のコートは、大司教の聖衣にそっくりだったわ」

 そうか

「ともあれ乾杯しましょう」

 別にめでたくもなんともない

「なんでもいいのよ、ああそういえば今日もそうじゃない」

 何がだ?






「メリー・クリスマスよ」






・・・・・・・・・ ・  ・   ・









「なるほど。随分と壮大な結婚詐欺ね?いえ、結婚詐欺と言えるのかしら」

 知らん

「まあ言い回しはいいわ。それで、おじさんは最初の目的を果たせたの?」

 ああ、粛清された貴族の中に俺の標的はいたからな

「まさか、おじさんの標的って」

 その通り、『大公』だ

「依頼した人は」

 当然、『大公夫人』だ

「とんでもないわね」

 とんでもないな

「報酬がもらえないじゃないの」

 言っただろう?先払いだ

「恐ろしい限りね」

 照れる

「褒めてないわよ」

 あ、そう

「ところで、おじさん……やっぱり『プレゼントは買ったの』?」

 ……体中に付いた灰を落とすのが大変だったとだけ言っておこう




















「ごめん、そのプレイはマニアックすぎるわ」

 ……糞ガキめ

今日はここまで

誰か見てんのかな?

レスいただけて嬉しかったです。
ありがとうございました。

今夜にも更新致します






どうだ、そろそろ頃合だろう?

「何が、かしら?」

 ……俺はお前と談笑するためにここに来たのではないのだが

「ああ、どうかしら?私に声が掛かってないところを考えれば、会合は長引いているんでしょうね?」

 そうか

「そうね」

 少し様子を探ってみる

「壁に耳を当てるだけね」

 そうとも言う



「……どう?」

 ……やはり長引いているようだ
 財閥の会長というパトロンと、どこかの国の大公という後ろ盾が死んだことにより、お前の父親の首は絞まっているらしい

「悪いことは続かないわね」

 そうだな

「おじさんにやましいところはないのかしら?」

 何故だろうか?

「なんでって、人殺しだし?」

 まあな

「別に気にしてないようね?」

 俺を責めるか?

「いいえ」

 何故だろうか?

「人殺しの需要がある以上、おじさんは肯定されるから」

 なるほど


「けれど正義の殺し屋をすることもあるのでしょう?」

 人をぶっ殺すのに正義も悪もあるか

「でも、例えば一人の犠牲で多数の命が助かるなら、それは正義じゃなくて?」

 ほう?

「例えばの話よ?」

 答えは否だ

 と思う

「その心は?」

 例えば、俺が一人を殺さなければ多数が死ぬ、そういうことだな?

「例えば、そうね」

 それならばどちらが正義だなんて話には不十分だ
 だから暫定的だが正義ではない
 せいぜいどちらが『マシ』か程度だ

「そうかしら」

 そうだ

「何故?」

 もしかしたら『多数』も『一人』も両方死なないですむかもしれないという前提を損なっている
 もう一つ言うならば、その助けた多数の中に更なる大量殺人鬼が生まれる可能性を一切考慮していない
 前提が不足した極論では何が『正義』でなにが『悪』かなんてわからんよ。
 それを無視して突っ走るのはただの キチ○イ だ

「確かにそうね」

 最後に、『正義』といういうものは『捏造できる』
 故に、何が正義か、と考えること自体に疑問が生じるからだ

「へえ?」

 これは俺の初仕事だった
 極東の島国での仕事の話だが……




・・・・・・・・・ ・  ・   ・




 つまりはその首領を殺ればいいわけか?

「その通りだ、民草を殺す必要はない。彼奴が死ねば他は烏合の衆なればな」

 わかった、やってみよう

「遠慮する必要はない、大義は我等にある」

 大義?
 誰がどう見てもお前等が仕掛けた侵略戦争だが?

「口を慎め。我等は帝より遣わされた征伐軍ぞ」

 だからなんだ?
 この土地の奴等にはそんなことは関係ないだろう?

「あるさ、民草どもも『人』なれば」

 意味が解らない

「首領は『鬼』だ」

 冗談だろ?

「冗談などであるものか。『鬼に支配されたこの土地を解放しに来た』。それが我等の大義である」

 『鬼』というのは随分と文化的なんだな
 製鉄で栄え、農業も得意のようだ
 お前等よりも余程優れた治世ができるようだ
 城下を見ただけでもそれがわかるよ

「おい……貴様の代わりなどいくらでもいるのだぞ?」

 俺の代わりを派遣したとして……その時、お前は何をしているのか教えてもらっていいか?

「なんだと?」

 まさか、俺がなぶり殺しにされるのを、土の中で今か今かと待ちわびているとか言うんじゃないだろうな?

「………………」



・・・・・・・・・ ・  ・   ・




「おじさん、かっこいい」

 照れる

「今度は褒めたわよ」

 そうか

「それにしても、侵略戦争の理由が『首領が鬼だから』だなんて、どこかの騎士団もびっくりのこじ付けね」

 そうだな

「それが『捏造できる正義』というもの?随分、荒唐無稽だけれど」

 別に極東の島国でなくともそんな話は山とあるだろう?

「例えば?」

 十字軍なんてその筆頭じゃないか?

「成程」

 文化や時代によってその表現は変わるだろうが

「貴国ノ独裁的ナ領海ノ侵犯行為ニヨリ、とか?」

 そうだな
 例えば国際法で禁じられた兵器を扱ってる、と因縁つけられたりな

「それを聴くと、『鬼だから』も同列に扱ってとて、さしておかしくないほどに滑稽ね」

 ヤクザが『ガンつけただろう』と言うのと変わらないくらいにな

「そうね。それで?その人の事、どうしたやったの?」

 ?依頼者の事だろうか?

「当然じゃない」

 別にどうもせんが

「なんでよ?」

 いや、逆になんでだ

「まさか言われるままに意気揚々と人殺しに行ったの?」

 ああ、結構ノリ気でな
 戦争中の要人暗殺は難度が高いからな
 腕が鳴るというものだ

「おじさんの鬼っ、悪魔っ、人でなしっ」

 事実を羅列してどうする

「別にっ……仕事熱心な男の人って素敵ねっ?」

 照れる

「今度は褒めてないわよっ」

 あ、そう






・・・・・・・・・ ・  ・   ・





「あの布陣の中を抜けてくるとは……なにモンじゃ」

 照れる

「褒めとらんわ」

 あ、そう

「で?あんた誰じゃ?」

 お前を殺したいやつがいる
 それの代行だ

「ほう、鉄砲玉か」

 いや違う

「なに?」

 お前を殺した後、俺は悠々と帰らしてもらう

「出来る思ぉとんか?」

 まあな

「ほぅか」

 抵抗しないのか?

「したほうがえんか?」

 いや面倒が無くて済む

「ほぅか」

 興味本位なんだが一つ聞いていいか?

「別にえぇよ」

 俺を殺そうとしないのか?

「したほうがえんか?」

 いや、そういうのはいいから

「……ワシ一人死ねばカタがつくけぇな。他のモンまで死なんでもええじゃろう」

 犠牲になると?

「じゃな」

 何故だろうか?

「戦になったのはワシがあの国とうまくできんかったからよ。ワシのせいで他のモンも死ぬのは流石に夢見が悪ぃ。向こうの大将も民草までは殺らんじゃろうしな」

 それはそうだろうが


「なに?なんが不満なん?」

 アンタ、この戦の大義が何か知っているか?

「別に知らん。そもそも、そんなもんいらまぁが。あいつらいつもそうじゃ」

 そういうわけにはいかんだろう
 人を集めるのには大義がいる

「まあそうじゃな。で?どんな大義なん?」

 お前は『鬼』だからだそうだ

「成程な」

 納得するのか

「少なくとも三代後の民草はそうじゃろうな」

 ほう?

「どうあっても今世じゃあいつらが『わや』したことは否定できんけぇな。何年も掛けて大義をつくろうっちゅう事よ」

 なんの意味がある

「『この国の平和を保つため』じゃ」

 馬鹿な

「馬鹿なもんか。『中央』の奴等に向かう怒りの矛先は『鬼』じゃったワシに向けられる。死んだワシにな。そうすりゃ、この地は英雄の納める地になる」

 つまりお前は死んで後にまで殺され続けるのか
 名を汚されるのか
 そして、それを望めるのか

「おうとも、人々を惑わす幻術を使い、口から火を吐き、怪力で岩を投げ飛ばし、人に化ける鬼になる。民草が無事ならワシはそれでもええよ」

 まさに『鬼』だな

「まさに『鬼』なんよ」


 無念じゃないのか?

「いや、無念じゃ」

 抵抗しないのか?

「したほうがえんか?」

 …………

「教えてくれぇや、ワシは抵抗したほうがええんか?」

 俺を責めるか?

「いいや」

 何故だろうか?

「あんたが童貞じゃからじゃ」

 馬鹿な

「いいや、童貞じゃ、仕事で人殺すんのは初めてか?子供と同じじゃ」

 何を根拠に

「あの布陣を突破できるモンなら今頃ワシのそっ首は飛んどるからじゃ」

 話を聴きたかっただけだ

「この戦が納得いかなかったからじゃろうが」

 馬鹿馬鹿しい

「子供を慰めるんわ大人の仕事じゃ」

 ……おい、なんで近付く?

「ええから最後に人肌くらい感じさせぇ」

 …………






「アンタは人殺しに向いとらんの?」



・・・・・・・・・ ・  ・   ・







 彼女は、鬼で、悪魔で、人でなしだった

「自分の意思でそうなったのね」

 いいや、違う

「どうしてそう思うのかしら?」

 彼女に選択の余地は無かった
 最後の決断は彼女のものだったが、それを選ぶしかなかった状況は自由とはいえない

「やっぱり初めから善悪を決め付けた話は嫌ね」

 俺もそうだ

「駄目じゃなくて嫌ね」

 そうか

「ところでおじさん」

 なんだろうか

「鬼って極東の島国ではどういう扱いか知っている?」

 モンスターじゃないのか?

「いいえ、『恐ろしいもの』『悪いもの』という扱いなの、あるいは『強いもの』ね」

 随分曖昧なんだな

「そうね。元々はそういうものらしいわ」

 だが俺が見た絵ではハッキリとモンスターが書かれていたぞ

「頭に角が生えて、虎柄のパンツを穿いているのね」

 そうだ

「角は『牛』、パンツは『虎』。二つ合わせて『丑寅』。あの島国では『鬼門』と呼ばれるそうよ、良くない方角の事だそうね」

 そこまで貶めるか

「いいえ、『貶めた』『それも自分を』。この場合ね」



・・・・・・・・・ ・  ・   ・







「あー、寒いな、冬は嫌いじゃ、雪まで降ってきた」

 そうか

「夏になるとな、この地にはうまい『桃』がなる」

 そうか

「最後に桃が食いたかった」

 うまいのか

「ああ、旨い。天下一じゃ、アンタにも食わせてやりたかったな」

 少し残念だ

「あんたはこれからも人を殺すんか?」

 そうだろうな

「向いとらんと思うがの」

 ほっといてくれ

「まあここで童貞をきっときゃ大丈夫じゃろう」

 ほっといてくれ

「これをやろう」

 なんだこれは?

「団子じゃ、冬でもこればかりは食える。甘くて旨いぞ」

 菓子か

「そうじゃ」

 俺が生まれた国では、冬の今くらいに、そういった食い物を集めて、みんなで食卓を囲む習慣がある

「ほう?」

 その日だけは『善』も『悪』もない
 どんな人間も笑顔で過ごし、『幸福』な時を迎える
 ……らしい

「ええなぁ、それ」

 俺にはついぞ縁が無かったがな

「なら今ここでやろう、なんと言ぅて祝うん?」

 …………

「……ほうか」






「めりぃ・くりすます……じゃ」










・・・・・・・・・ ・  ・   ・





「ほろ苦いわね」

 あのダンゴとやらは甘かったがな

「そんな過去があったおじさんがどうしてこんな風になってしまったんでしょうね?」

 考えてもわからなかったからな

「そう」

 そうだ

「でもおじさん」

 なんだろうか

「どんなに正義が曖昧でも、どんなに善が嘘にまみれやすいものでも、それの探求をやめてはいけないと思うわ」

 俺を責めるか?

「いいえ」

 何故だろうか?

「いいから聞いて、『アリとキリギリス』もそうだったけれど、時代や国によって何が善とされることは常に移り変わっているわ」

 そうだな

「それは積み重ね、『より良く生きるため』の人類の歴史だからよ」

 彼女はその為の犠牲だったのか?

「その犠牲を出さないようにするためによ」

 そうだろうか?

「そうよ、じゃないとやってられないわ。それより、おじさん」

 なんだろうか

「随分……素敵な『プレゼントをもらえた』のね?」

 ……あの国では『桃』は女性の尻を象徴する、彼女は桃が好きだった、とだけ言っておこう
















「李くらいかもだけれど、私も慰めてあげようか?」

 ……糞ガキめ
 

今日はここまで

ありがとうございます。
SS速報では、シグルイ要素な進撃の巨人を書きました。
他はアルカディアでやはりサンタの話を



「おじさんと話すのは楽しいわ」

 なによりだ

「でも無神経だわ」

 殺人鬼にまともな神経を要求されても困る

「それもそうね」

 …………ところで、なにが無神経なのだろうか

「気にしているのかしら?」

 別にそうではない

「可愛いわね」

 そう言うお前は可愛くない

「そこでそう言うところが無神経なのよ」

 そうか

「そうよ」





 …………

「…………」

 お前の父親はまだなのか

「そうみたいね」

 なにかトラブルがあったのかもしれないな

「さらにこれから、重大なトラブルが起きるかもしれないけれどね」

 なんだろうか?

「おじさんはなにしにここに来たのかしら」

 お前の父親をぶっ殺しに来た

「それは大層なトラブルね」

 なるほど確かにそれはトラブルだ

「そうね」


 …………

「…………」

 …………ところで、なにが無神経なのだろうか

「やっぱり気にしているのかしら?」

 別に……何故笑う?

「可愛いわね」

 俺は学ぶ男だ

「へえ?」

 そう言うお前も可愛いぞ

「そこでそう言うところが無神経なのよ」

 そうか

「そうよ」

 …………どうすればいいだろうか

「ムードが足らないわ」

 ムードか

「ええ、素敵な気持ちにさせる雰囲気ね」

 参考までに聴いておこうか

「私は女の子よ」

 そうだな

「おじさんの話は面白かったけれど、どれも血みどろだわ」


 『アリとキリギリス』はそうでもないだろう?

「そうね、けれど、もっと雰囲気のいいものがいいわね」

 具体的にはどんなものだろうか

「例えばそう、もっとクリスマスチックな話が聴きたいわ」

 どれもクリスマスに起こったことだった

「ほとんど関係ないけれどね」

 元々、縁がないからな

「いきなり諦めないでよ」

 具体的にはどんなものだろうか

「そうね、ありきたりだけれど」

 言ってみろ

「クリスマスツリーに」

 ほう?

「プレゼント」

 成程?

「それに大きな七面鳥とかね」

 それならあるぞ

「意外ね」

 可愛くないな

「おじさんは可愛いわ」




・・・・・・・・・ ・  ・   ・





 

「そこ行くおじ様、マッチをお一ついかがかしら?」

 いらない

「ありがとう」

 いらないと言っている

「そう言わず、一本だけでもどうかしら」

 その一本で何が出来ると言うのか

「私のスカートの中を照らしても構わないわ。そうしていく内に、また一本」

 帰る

「悪乗りが過ぎたわ」

 もういい、一箱くれ

「毎度あり」

 今回が初めてだ

「また来ることになるわ」

 次は無い
 消えて失せろ、今すぐにだ

「はいはい、それで?『粉』かしら?『花』かしら?」

 俺が買ったのはマッチのはずだが?

「おじさん、おのぼりさんなのね?コートなんて着ているからてっきり上流階級かと思ったわ」

 不服か?

「いいえ、いいカモ……失礼、大切なお客様よ」

 隠す気があるなら言い切るな

「参考にするわ、それじゃあ手始めに『花』からね?」

 ……おい、なんで近付く?

「何を言っているのかしら?」

 …………





「私のマッチ、買ったでしょ?」








・・・・・・・・・ ・  ・   ・





「待ちなさい」

 命令か

「いくらなんでも短すぎるわ」

 お前が口を挟んだんだろうに

「そして展開が早すぎるわ」

 つまり短くて早いわけか

「卑猥ね」

 そこに至るお前の発想がな

「これはおじさんの薄汚い性癖の話じゃないのっ」

 殺人鬼に高潔さを要求されても困る

「年の頃と口調が私と被っているのも気に食わないわっ」

 そういえば似ているかもしれない

「『薬』と『春』の売人に?」

 姿、形だ、中々の器量だった

「そこでそう言うところが無神経なのよっ」

 そうか

「そうよっ」




 …………

「…………」

 この話は止めるか?

「いいえ、続けなさい」

 命令か

「命令よ」


 いいだろう

 お前の言うとおり、彼女は確かに売人だった

「管理売春はおろか、個人の活動も禁じられているはずよ」

 表向きはな、だが市警は見て見ぬフリをしていた

「何かを『握らされていた』のかしら」

 逆もあっただろうな

「というと?」

 『ナニ』かを『握りしめらていた』
 なんてどうだろう

「そこでそう言うところが無神経なのよ。つまりは弱みを握られていたと」

 その通りだ
 まだあるがな

「何かしら」

 彼女等が存在することで、強姦の被害は極端に減少した

「必要悪、ということかしら」

 彼女等は別に誰かに迷惑を掛けているわけでもなかったがな

 それでしか生き残れないヤツもいる
 そうすることで消えない命もあるのにな

 教会の教義上は完全に悪徳行為だ
 元締めの存在は常に別の犯罪の温床にもなっていたしな

「感染症や、伝染病の感染経路にもなりうるわね」

 下水道の整備をしてから言えと

「それでも存在してはいけないのね、少なくとも表向きは」

 そうだ、だから彼女等は『自由恋愛』を謳った
 商売で出会ったが、その後の行為は自由意志によるものだと

「彼女等本人を取り締まるのは難しいわね、詭弁だけれど」

 その通りだ、中途半端に正義を振りかざす連中は、その手の『自由意志』を引き合いに出されたらぐうの音もでないからな


「色んな『マッチ売り』がこの世には存在しているのね」

 ほう?

「例えば創作童話の『マッチ売りの少女』にはそんな描写は一つもないわ、隠喩ではないかと言う人もいるけれど」

 童話と言っているのにな
 教育にいいとも思えん

「あれは上流階級に向けて皮肉を込めた社会風刺の一面が強いとの事ね。その場合、彼女が売春婦だったかどうかなんてどうでも良いことなのよ」

 成程
 しかしそんな風評がたっても仕方ないかもしれん

「その心は?」

 実はライターの方がマッチより早く普及している

「そうなの」

 そうだ
 戦時中、腕を失った者の為だった
 煙草を吸う際に片手で火をつけられるようにな

「火打石は両手でつけるものね」

 だからマッチは必要性が低いうえ、ずっと安価だ
 生計を助けるならもっと粗利のいいものにするべきだ

「それくらいしか売るものが無かったのかもしれないわね」

 しかし、まあともかく、俺が出会った彼女は売人だった

 マッチを介して、『薬』と『春』を売る、な






・・・・・・・・・ ・  ・   ・





 いつかのマッチ売りか

「あら、おじさん……どなただったかしら」

 まあいい
 何をしている

「何もしていないわ、強いて言うなら『何もしていない』事をしているの」

 哲学的だな

「おじさんは仕事をしてないのかしら?」

 今は休暇中だ

「それはそれは。ちゃんと『今日くらいは』休める仕事なのね?」

 まあ、呼び出しがあれば関係ないがな

「マッチはいるかしら?」

 いらない

「そう」

 お前は仕事か、ご苦労なことだ

「そうね」

 ……一つ聴いていいか?

「なにかしら?」

 お前は何故生きる?

「哲学的ね」

 こんな事しても、長くは続かないことは自分で解っているだろうに

「そろそろ限界でしょうね」

 誰かが強制しているのか?

「まあ、そうね」

 父親か

「そうよ?」

 そうか

「おじさん私の事が好きなの?」

 いいや、どうでもいい

「あ、そう、質問に答える前に、何故そんな事を聞くか聞いていいかしら?」


 俺自身もそう長くは続かない状態だからだ

「おじさんは、どうして自分がそうまでして生きているのか解らないのかしら?」

 そうだな

「私も解らないわ」

 では流されて生きていると?

「そうかもしれないわね」

 このままでは数日待たずして野垂れ死ぬかも知れないぞ?

「むしろ恵まれている、と思うわ」

 何故だろうか?
 お前は強制されて今の仕事をしているのだろう?

「生きるためだものね」

 それが恵まれていると?

「私の境遇はどうでもいいこと、恵まれているのは『私は死ぬことが出来るという事』よ」

 死ぬことが幸せだと?

「そうね」

 馬鹿な、『幸福』を求めるのは生きていてこそではないか?
 生きているから、それが何かを探さないといけない
 生きることに執着しなければならない

「まさしく『絶望』ね」

 なんだって?



「『死』ですら望めない、それはまさに絶望だわ」



 ほう?

「つまり私はね」

 つまりお前は







「『死ぬことこそが唯一の希望』なの」






 ……生物である以上『生きたいと言う感情』は切り離せないんじゃないか?

「『死にたい』という理性を持ち合わせるのは人間の特権かもしれないわね?」
 
 自殺でもしたらどうだ?
 あるいは突如、殺人鬼に殺される、というのもあるな

「何故か含蓄がある言葉ね」

 照れる

「褒めてないわよ」

 あ、そう

「まあ、死ぬこと自体に執着しすぎるのもどうかと思うわ」

 成程?

「さて、と」

 どうかしたか?

「おじさんの言うとおり、人間は『感情』を切り離せない、と私も思うわ」

 おそらくな

「私の中の私は、本当はもっと快楽的なの」

 それで?

「流石に今日くらいは祝いたいわ」

 祝い事……なにかあったか?

「メリー・クリスマス……よ、おじさん?」

 ああ、そういえば

「一緒に夢を見てくれるかしら」

 俺は……別に……

「おじさんだって、絶望しているのでしょう?」

 馬鹿な

「じゃあ、どうしてあんな事を聞いたのかしら?」

 ……おい、何で近付く?










「今日くらいは、良い夢を見ましょう?」




・・・・・・・・・ ・  ・   ・





一回休憩します

レスしてくれた方々に申し訳ないが、需要があるのだろうか……

あるよ、すごいあるよ

>>58 ありがとうございます






「待ちなさい」

 命令か

「今回は二回も『抱いた』わね?」

 そこか

「これはおじさんの薄汚い性癖の話じゃないのっ」

 殺人鬼に高潔さを要求されても困る

「年の頃と口調が私と被っているのも気に食わないわっ」

 そういえば似ているかもしれない

「そこが最も気に入らないのよっ」

 そう言うお前も可愛いぞ

「そこでそう言うところが無神経なのよっ」

 この話は止めるか?

「いいえ、続けなさい」

 いいだろう

「ところで、彼女は随分と教養があるようね?」

 娼婦は元々教養深い
 貴族を相手にすることも多々あったからな
 寝物語に哲学をすることも稀ではない

「何故か含蓄のある言葉ね」

 照れる

「褒めてないわよ」

 あ、そう

 ところで、だ

「なにかしら?」

 お前はどうだ?

「何故生きるか、ということかしら?」

 そうだ

「意味があるとは思えない『今は』そう思っているわね」

 その心は?

「生まれたことも、死ぬことも、ただの結果に過ぎないもの。だから理由なんてどうでもいい、とも思っているわ」


 現実的だな

「そうね」

 あるがままにある、と言うことか

「いいえ、『最初からなにもないのよ』」

 哲学的だな

「例えばおじさん、『今眼に見えている私』と、例えば『薬で幻覚を見て頭に写った私』、どう違うのかしら?」

 実物があるか、ないかだろうか?

「そうね、他の人から見ればそうでしょう」

 主観的には違うと?

「誤認であったとしても頭が『そう判断する限りは』、ね」

 現実的だな

「幽霊だって存在しえるわ」

 だが第三者からみればただの中毒者だ

「そうね、つまり観測されなければその限りではない、チョコレートの箱は、開けてみてチョコレートを認めることで、初めてチョコレートの箱になるのよ」

 確かに開けてみるまではわからないが

「そしてその第三者が正気かどうかだって、またそれを観測する第三者がいなければ成立しない、以下堂々巡り、つまり誰も証明し得ない、それくらい『私達は』『私達の世界』曖昧だと思うのよ」



 成程

「例えばおじさん、私が今生きている事と、死んだ後の事、何が違うかしら?」

 この国の人口だろうか

「それはただの物差しね。それに人口は常に変動するもので、大した違いにはならないわ」

 お前が何か大事件を起こすかもしれない

「あるいは他の人でもそうね」

 成程

「どうなったとしても大した違いはないわ。土から生まれて土に帰る。そして土の総量は常に変わらないわ」

 科学的だな

「だから初めから『何もない』のと同じ、『自己』なんてものは、いいえこの世の全ては幻に過ぎない、と『私は思うわ』」

 成程な

「あくまでそう、『思う』『今は』ということにしておいて?」






・・・・・・・・・ ・  ・   ・









「見えるかしら?『クリスマスツリー』よ」

 あれは街灯だ

「こんなにたくさんの『プレゼント』」

 積み上げられたレンガだな

「こんなに『大きな七面鳥』、食べ切れるかしら?」

 生ゴミの詰まったゴミ袋だ、無理だろうな

「いいのよ、おじさん」

 少しも良くない

「私がそう思えば、『そうなるのよ』」

 薬がキマっているだけだ

「それでもよ、私は笑いながら死ねるわ」

 付き合わされるこっちの身にもなって欲しいものだ

「あら、付き合ってくれるのかしら?」

 入り口までならな

「それでも嬉しいわ」

 なあ

「なにかしら?」

 俺ならお前の問題を解決できるかもしれない

「へえ?なにか問題があったかしら?」

 こんな事を強制するお前の父親を殺してやることが出来る
 可能な限り、そいつにとって無残なやり方でな

「それはそれで楽しそうね」

 死ぬことが望みならお前を殺すことも出来る
 可能な限り、お前にとって楽なやり方でな

「タダより怖いものはないわ」

 対価ならもらった
 お前を抱いた

「『抱かれた』、の間違いではないかしら?」

 ……糞ガキめ


「それとも、あなた、サンタさん?」

 全く持って違う

「おじさんはサンタさんでしょ?」

 この俺のどこがサンタだというのか

「おじさんはサンタさんねっ!」

 もはや確信か。違うと言っている
 何処の世界に『殺してやろうか?』と問うサンタがいるというのか

「私の望むことをプレゼントしてくれるのだもの」

 プレゼントをする者が皆、サンタとでも?

「違うわ、それが偽善と知りつつも、手を差し伸べてくれたもの」

 …………

「いいのよ。おじさん」

 『お前に』意味はあったのか?

「私の死体はしばらく雪に埋もれるでしょうね」

 そうだろうな

「それでもいつの日か、それが日の目を見たら」

 どうなると言うんだ

 お前のこの現状に誰一人として手を貸さない人間が
 こんな様になるまでに追い込んだ人間が
 薄汚れたお前の死体を見て、今更何を省みると言うのか


「『死ぬことでしか幸せになれない人がいる』、と」

 馬鹿な

「『不幸を不幸と自覚できない人間がいる』、と」

 馬鹿な

「そして『コイツよりはマシだ』、と」

 馬鹿な

「そしてもし、『私の死に様を見たその人達が』今のおじさんのように」

 馬鹿な

「私と同じような人間に、手を差し伸ばしたら」

 馬鹿な

「私は『このクソッたれな世界』に中指を突きたてた甲斐があったというものよ」

 ……馬鹿な









「ほら、そんな顔しないで?メリー・クリスマースっ!」














・・・・・・・・・ ・  ・   ・





 六日後の大晦日、彼女は冷たくなっていた

「差し伸べられた手を振り払ったのね」

 それが彼女の望みだった

「そうね」

 彼女は笑って死んでいた

 希望に満ちていたのだろう
 彼女の言葉通りに
 『死』という、最後の希望に

「いいえ、違うと思うわ」

 何故だろうか?

「おじさんが言ったのではないかしら。『生物である以上『生きたいと言う感情』は切り離せない』と」

 言った
 だが彼女は『死にたいという理性を持ち合わせるのは人間の特権』だと言っていた

「それは、違うわ」

 何故だろうか?

「生きたいと思う感情を切り離す理由になっていないもの」

 ほう?

「つまり『死にたい』と思っている最奥で、『生きたい』と思っていることを否定できていない」

 成程

「彼女は欺瞞に満ちていたの」

 つまり彼女は

「ええ、『絶望していた』の」

 絶望して、『自分が自分であることを拒否していた』

「そうね、そして本当は自分自身が『死ぬことを拒否していることに気付いていなかった』」

 そして『死のうとしている自分こそが自分自身だと誤認していた』

「まさしく『絶望』ね」

 そうか


「そうね、だから雁字搦めになる前に、緩やかな自殺を選んだのかもしれない」

 俺を責めるか?

「いいえ」

 何故だろうか?

「おじさんは最後に彼女に手を差し伸べたもの」

 偽善だ

「そうと知りつつも本心に従った」

 欺瞞かもしれない

「絶望しているの?」

 そうかもしれない

「そう」

 そうだ

「この世は幻だと、言ったわね」

 お前の考えはそうらしいな

「それでも悩むのが人間だと思うの」

 ……そうだな

「心を空っぽにするのも、苦しみや悲しみを受容するのも、簡単なことではないわ」

 ……そうだな

「それでも思考することを止めてはだめ、いえ、だからこそ、思考することを止めてはいけないの」

 つらいな

「つらいわ」

 …………

「ところで、おじさん?」

 なんだろうか?
















「私は何回慰めてあげようか?二回よりは、多いはずよね?」

 ……糞ガキめ

今日はここまで


需要はあるから続けてくれ
こっちはレスを挟むのがおこがましいくらいなんだ

>>89 恐れ多い話でございますが、そう仰っていただけるのは無上の喜びでございます

次回は今週中には投下いたしますので、また呼んでやってください

安価ミス >>89>>69

面白い
もっと読みたい

進撃シグルイの人だったのか。
何だか知らんが、とにかく良し!

>>72 ありがとうございます。頑張ります。
>>73 以前のSSをお読みになられた方もいらっしゃるとは、前のものと全く違うジャンルでございますが良ければ読んでやってください。

少しだけですが投下いたします。






『少女の寝室』





「おじさんは上流階級が憎いのかしら?」


 いいや?別に気にしていない。何故だろうか?


「これまでの話を聴く限り、上流階級や、富民層にあまり良い思い出を持っていないようだったから」


 成程な。それであれば答えは否だ。


「どうしてかしら?」


 仕事柄、色んな人間の死に関わってきた。だが、どれ一つとっても大した意味なんて感じなかったからだ。


「へえ?それはまた、どうしてかしら?」


 労働者も、芸人も、富豪も、貴族も、地方の首領も、マッチ売りも、殺せば骸になる。そこに美徳や悪徳の入る余地はない。


「あるいは自然死でもそうね」


 その通りだ。お前は『正義や善を探求すること、思考をすることを止めてはならない』と言ったが、どんな高尚な人間も、どんな低俗な人間も、どんな幼い人間も、殴られた瞬間は脳を『痛み』に支配され、そしてその『脳』を破壊されれば、そいつの世界は全て終わる。お前の考えとは違う意味になるかもしれないが、俺はそういう意味で『生きることに意味など無い』と考えている。


「でも話を聴く限り、おじさんは、そう思っていないように聴こえたわ?」


 お前と話すまで思い返すことも無かったからな。


「そうやって心を少しづつすり減らしていったのね?」


 どうだろうか?『心』なんて高尚なものがある人間が、殺人鬼などすることはないと思うが。


「なにかキッカケがあったのではないかしら。何でもいいの、心に……記憶に残ったこと、『おじさんの話』が私は聴きたいわ」


 そんなことより、俺はお前の父親のスケジュールを聴きたいのだが?


「話しなさい」


 命令か


「話しなさい」


 二回もか


「大切なことだからよ。おじさん、おじさんが『人を取るに足らないもの』と考えるようになった話を教えて」


 よくわからんが、まあいいだろう。思い当たる話もある。胸糞悪い話だぞ?


「さっきまでの話も大概だったけれど、おじさんが言うと何故か含蓄のある言葉ね」


 照れる


「だから褒めてないわよ」


 あ、そう




・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・





~幸福の国 戦陣にて~





 基本的に俺の仕事は、一度に一殺、なのだが。


「戦時中の大事であるぞ?なにを悠長なことを申しておるっ!」


 戦陣に単身突っ込めと言われている俺にとっては死活問題なのだが。


「別に仔細無しっ!往け、貴様の仕事が速ければそれだけ民の命も救われようというもの」


 俺の命は除外されているように感じるのだが。


「貴様も我が兵なれば、重要な臣であり、また愛すべき民である。幸運を祈っておるぞ」


 お前の民なら、砲弾で足が吹っ飛んでたぞ、今、そこで。まずはヤツ等の幸運を祈ってやれ。それと俺はこの国の兵でもなければ、家臣でもないし、第一国なんて物が無い。後、結局行かせるんだな。あ、密集陣形が一つ消し飛んだ。



「なに、貴様ならばやり遂げると信頼しての言葉だ」


 そうして既に八回も敵陣潜入・要人暗殺を繰り返してきている。俺を殺しにかかっているとしか思えない。流れ弾がそろそろ多くなってきたし。


「そうしてあげてきた首級はすでに十八っ、十八だっ!貴様を登用した私も鼻が高い!」


 ……お前だけはタダで殺してやる。


「ハッハッハッ!左様な冗談が言えるのであれば問題なかろうっ!ささっ!一度に一殺など細かいことを申さず、もうなんかこう、パパッとアドリブで殺して来いっ!」


 ……可能な限りお前にとって無残な方法で殺してやる。


「頼もしい限りだ、手加減はしてやれよ?敵国の兵とはいえ、同じ神を信ずる『人』なればなっ!」


 随分と都合のよい耳をお持ちのようだ。全く持って『幸福な王子様』だな。



・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 



 
『少女の寝室』





「無茶苦茶ね」


 そして無理矢理だった。


「これではおじさんが上流階級の人間を恨んでもしかたなかろう、というものね」


 まあ少なくともいい思い出ではないな。


「成程、つまり、無謀な特攻を繰り返し、精神を磨耗させられ、考えることも出来なくなり、今の殺人機械のようなおじさんが生まれ出でたわけね」


 そんなわけないだろう。


「どういうことかしら?」


 磨耗するような『精神』なんてまともなものを持っている人間はそもそも特攻などしない。『国』や『家族』や守るものがある人間の事は知らんが、俺のは『仕事』だ。


「でも、その王子様には腹を立てていた様子に聴こえたけれど」


 人の話を聴かないヤツだったからな


「え、それだけかしら?……じゃあ私も最初に出会った時、もしおじさんの言うとおりに静かにしてなかったら……」


 まあ殺しただろうな。割とノリ気で。


「…………」


 なにかおかしいだろうか?


「続けなさい」


 命令か。


「続けなさいっ」


 二回もか。
 いいだろう。ともかく俺はその国に雇われて、『殺せ』と言われた人間を片っ端から殺していた。





「極東の島国のようなことは無かったのかしら?」


 無かった。今回は、他国の侵略行為から国を防衛する為の戦争だった。


「成程。大義はあったのね」


 問題は総司令官として戦線に立った王子だった。


「さっき出た無茶苦茶な人ね」


 無茶苦茶だった、王子であるが故に致命的なまでに世間知らずであるのと、なまじ戦争の才能があるのが最悪の組み合わせだった。


「どういうことかしら?」


 戦争というものは本来外交の手段だ。落としどころを決めて臨むのが戦争であり、戦記物によくあるような国を丸ごと滅ぼしたり等はまず起こらない。傀儡国家に仕立て上げるか、領土を質にとり、有利な外交条件を突きつけたりする。これが戦争本来の目的だ。


「例えば資源の略奪もそれに含まれるのかしら」


 そうだな。


「宗教戦争などはどうなのかしら」


 思想の違いによる戦争は結局のところ裏の目的があっての事だと俺は考えている。そのあたりは極東の島国での話しにも出たな。徹底的にやるのは内乱くらいなものか。


「成程。それで?この王子様はそのあたりをどう考えていたのかしら?」


 『独善的な理由を押し付け、徒に国家を脅かした極めて悪質な侵攻』……だったかな?ともかく、徹底的に敵国の兵を殺しまくっていた。


「落としどころがわかっていなかったのね」



 そこが致命的なまでに世間知らずだった。あまりにも兵を失いすぎた敵国は、『降参する』という選択肢まで奪われたからな。だがヤツのその有り様としては正しかったのかもしれない。


「何故かしら?」


 少なくともヤツは『民衆』の為に命を惜しんでいなかった。『その身を捧げる』なんて古い言い回しをしていたが、事実ヤツはその通りにしていた。心の底から『民衆』を想っていた。


「良き為政者だったかは別として、ね」


 そうだ、実際、民衆からの人気は絶大だった、ヤツの姿を模し、金と宝石で細工された像が街に立つほどにな。どんな時も笑顔で、そこに立つだけで人々を笑顔にするだけの『華』があった。その国の『幸福の象徴』だったよ。


「素晴らしい人格者であったことには違いないのね」


 できればその慈悲をティースプーン一杯分でも俺にくれれば少しは楽だったろうに。


「ところで、おじさん?」


 なんだろうか?


「今回は女性絡みではないようね?兵隊には『そういうのが』多いと聴くけれど、まさか男の人にまで手を……」


 いいや?ヤツは女性だったが?


「……どういうことかしら?」


 その国の王は世継ぎに恵まれなくてな。『王女』として生まれたヤツは、仕方なく『王子』として戦線に立った。それがどうかしたか?


「…………」


 なにかおかしいだろうか?


「続けなさい」


 命令か。


「続けなさいっ」


 二回もか。



今日はここまでです。

批評スレでご意見いただき、改行等に手を加えてみました。
見えずらい事ないですかね?

お寒くなりました。皆様お風邪などめされぬよう。本日はここで失礼致します。




・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・






~ 幸福の国 王宮・王女の部屋にて ~





「そこで私は言ってやったんだっ!」


 おい


「『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』となっ!」


 人の話を聴け


「その時の、ヤツの顔ときたら……」


 帰る


「まあ待て」


 俺はいつまでお前の馬鹿話を聞いていればいい?『用事がある』あると言うから来たんだ。仕事の話でないなら帰る。


「まだ殺したりないのか?」


 俺は仕事以外で殺しはしない。基本的には。第一殺したりないのはお前の方だろう?


「……いいや。私は世間知らずだった。徒に兵を危険に晒してしまったことを深く悔やんでいる」


 その通りだな。落としどころを模索するのはお前等王族の仕事だ。大臣共が停戦協定を提案していなければ泥沼の戦争に陥るところだった。


「容赦も遠慮もないのだな」


 俺も死にかけたからな。それに遠慮すべき相手でもないだろう。


「死にかけたことに関しては申し訳ないと思うが、遠慮すべき相手ではないとな?」


 気に入らないか?


「いや、逆だ。気に入った」



 何故だろうか?


「私にそのようなことを言う人間はいなかった」


 それはそれは。随分甘やかされて育ったと見える。


「事実、その通りだ。私はこの国の王女として、花よ珠よと育てられた。入る言葉は耳心地好いことばかり、日がな気の合う友人と遊び、学び、この世のありとあらゆる美味なるものを食し、時には踊り、歌ったものだ」


 成程?


「き、求愛されたことも、あるのだぞ?」


 心底どうでもいい。


「……貴様に言われると何故か激しく憤りを感じるが、良い、許そう。なにせ私は王族なればな」


 全く持ってその通りだ。民を知らず、快楽にふけ、そのまま何一つ苦労することなく一生を終えるのだろうな。まさしく王族だ。


「そう思われても仕方ないな。私は知らなかったのだ。悲しみや苦しみというものを。万民の規範とならねばならない王族であるこの私が、こともあろう遊楽にふけ、民とその苦しみを分かち合おうとしなかったのだ」


 一概に全てお前の責任というわけでもないのではないかだろうか?


「いや、そうではない。『それしか知らなかった』ということはなんの言い訳にもならない。私はこの戦争で初めて知ったのだ。世にはびこる理不尽と言うものを。苦しみや不幸、わびしさや惨めさ。それを初めて知った、いや、『知ろうとしていなかった』のだ」



 知ろうとして知るものではない。生きていれば必ず理不尽な目にあう。突然、見も知らぬ殺人鬼に命を奪われたヤツを何人も見てきた。


「なんだとっ!許されることではない、どこの狼藉者だっ!私が直々に……」


 目の前にいる。そしてそうしなければ生きることが出来ないヤツもいる。あとお前も依頼者だ。


「……そうだな、その通りだ。事実、私とて民に降りかかる『侵略』という理不尽を暴力によって弾き返したものな」


 弾き返したと言うか、抗撃、反撃、迎撃ときて逆襲、仕舞いには総反攻ときた。国土防衛戦であるにもかかわらず、お前がやったことはほとんど『攻撃』なのだが。


「良い。よくぞ私を諭した。臣の鏡である」


 人の話を聴けというに。


「とにかく私は世間知らずであった。そして恥知らずであった。『幸福の王子』など言われ、悪く思っていない自分がいたことを恥じるべきだったのだ。全く持って赤面の極みである」


 成程な。


「わかるのか?」


 お前を間近で見た人間としては、その呼称は単なる皮肉以外のなんでもない。


「その通りだ」


 それで?俺としてはそろそろ呼び出しを受けた理由を知りたいのだが。


「話というのは他でも無い、今宵は聖夜なれば……」


 帰る



「待て。何故か?」


 ロクでもない予感がした。


「左様なことがあるものか。大司教の聖衣を着せてやろうというに」


 やはりロクでもない。帰る。


「良いではないかっ!良いではないかっ!」


その手の偽善は虫唾が走るほどに嫌いだ。


「……貴様、過去に何かあったのか?」


 話す必要はない。


「まあ良い。しかし……頼む。私はこの王宮から出ることができぬのだ。万一私が下手を打ち、暗殺でもされようものなら折角の停戦も元の木阿弥だ」


 だとしてもこれは俺の仕事ではない。


「お前はまた『渡り鳥』のように国から国へと移るのだろう?ならば今は手が空いているのだろう?このようなことお前にしか頼めぬのだ」


 何故だろうか?


「一夜にして国中の子供がいる家という家をはしごするだけの体力を持ち。且つ誰にも悟られること無く家屋に侵入する技術を持つ人間を、私は他に知らぬ」


 潜入暗殺の技術でプレゼントを配り歩くサンタがどこにいるというのか。


「おそらく今宵の貴様が初めてであろうな」


 馬鹿げている。


「なんだと?苦しゅうない。理由を申してみよ」


 『快楽』は確かに『幸福』の一つだろう。それはお前なら理解できるな?


「真実の『幸福』かどうかはわからん。だが誰しも『快楽』を好み、『苦痛』を避けたがる。その意味であるなら、私は確かに『幸福』であろう」


 だが、それは殴られて『痛み』に脳を支配されているのと変わらない。一時的なものだ。そして継続的に苦しんでいるやつは一時の幸福で救われたりしない。



「成程、つまり今宵限りの『快楽』では全く意味がないと」


 その通りだ。


「まったくわからん」


 何故だろうか?


「快楽は継続することが可能だからだ」


 ほう?


「今宵だけならばおそらく一時的なものとなろう。しかし私はこれを毎年やる。それは持たぬ者達への希望となるであろう。その時、この行動は一時的な快楽ではなくなるのだ」


 何故だろうか?


「『サンタクロースなる者は実在する』と、『毎年、この日だけは必ず笑顔で過ごせる』と」


 なるほど。




「故に私は、この聖夜は、単に救世主がご生誕された記念すべき日だけでなく、『大いなる善』の意味があると思うのだ」




 ではやはり、お前は『快楽が幸福である』と?


「だから知らんと言っておろうに」


 なんだって?


「なにが『幸福』なのかは知らん。だが『苦痛』は幸福でないことは理解できる」


 それは……確かにそうだろうが


「『自らに由って生きることこそ』幸福なのかも知れん。あるいは全ての民が『公平』であることが幸福なのかも知れん。それは人類の永遠の命題と言えよう。それの答えは王家の者として恥ずべきことだが、わからん。」


 …………



「だが、子供が寒さに震え、腹を減らし、希望を失っているなど『幸福』であろうはずがない。それを放置する社会が『幸福な社会』であろうはずがない『正義』であろうはずがない」


 ……『苦痛』しか知らない人間は、差し出された手ですら振り上げた拳に見える。


「なればこそ、名を明かさず、秘してプレゼントを配るのだ、希望を知らせるのだ」


 法律上は不法侵入だ。


「的外れなり。法律はどんな行為に対してどんな罰が明記されているのみであり、道徳に関しては触れておらぬ」


 詭弁だ。


「で、あってもだ。」


 乱暴な話だな?


「理屈ではない。この感情をどのように理論立て、あるいは否定されようとも、『事実』なのだ。私が、お前が、持たざるものを見て心を痛め。手を差し伸べたいと思っている。そこに理屈をつけることがそもそもの間違いであるのだ」


 俺は……別に……


「お前は手を差し伸ばそうとしてる。あるいはしようとしたのかもしれない」


 …………


「なればこそ、頼む。一夜限り。この聖衣を纏ってくれ」


 馬鹿な……









「頼む、これは『大いなる善』なのだ」




難産です 短いですが今日はここまで。


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・







『少女の寝室』





「『快楽』でも『幸福』でもない?」


 やることはただのサンタごっこだ。だがヤツはそれを『大いなる善』と大それた言い方をしていた。


「どういう意味なのかしら」


 未だに解らん。


「でも、おじさんは手を貸した。何故かしら?」


 ……未だに解らん。


「まさか、その人のこと……」


 そうではない。


「まだ何も言っていないわ」


 ロクでもない予感がした。


「女の予感は当たるものなのよ」


 余計ロクでもない。断じて違う。


「まあ、いいわ、ところでおじさん?」


 なんだろうか?


「プレゼントはどうやって用意したのかしら?」


 どうやってとは?


「つまり……タダではないでしょう?」


 ああ、もちろん公庫から吐き出されたわけではない。


「それではただの還元だものね」


 その通りだ。プレゼントの費用はヤツを模した黄金像の宝石と金箔を剥いで用意された。


「それも民衆が造った物ではないのかしら?」




 そうではないらしい。親バカの王が、私財を集め、誕生日の祝いに造っただとかなんとか。


「本当に親バカね。いえ、馬鹿ね」


 本当にな。


「納得いったわ。それで、市民の人達の反応はどうだったのかしら?」


 当然、騒然とした。しかし、皆が皆喜んでいたのは確かだった。


「それだけかしら?王子様の狙いとは違った結果のようだったけれど」


 驚くべくことに、その次の年はヤツが動く必要はなかった。


「へえ?」


 戦争が収まり、経済も復興した。豊かになった国は例年通りのクリスマスを迎えることになったのだが、そこで大規模な商戦が起きた。


「あらまあ、どうしてかしら」


 去年の聖夜。つまり俺がサンタに扮し街を徘徊したことを皮切りに、その伝説に目をつけた商人たちがいたのだろうな。『クリスマスにプレゼントは当然の事』のように、こぞってその手の商品を宣伝しまくった。


「浅ましいわね」


 だが結果として経済は潤い、街も豊かになった。動機はともかくとして雇用は増え、飢える者も少なくなった。


「成程ね、ところでおじさん?」


 なんだろうか?


「12月25日は救世主の誕生日で無いって知っていて?」


 聞いたことはあるな。どこかの宗教の冬至を転用したんだったか?


「ミトラ教ね。宗教テロとの説もあるけれどそんなことは今は関係なく、そもそもクリスマスはキリスト生誕を『祝う日』なのよ。多くの人が思い違いをしているみたいだけれど」


 心底どうでもいいな。


「おじさんはそうでしょうけれどね。世の中にはムキになる人もいるもので、それは商人のでっち上げだ、とか。ひどいところでは悪魔崇拝と混同されるわ」


 あ、そう。


「本当に興味がなさそうね。まあいいわ。でも私が思うに『どちらも真実ではない』と思うけれどね」



 成程?


「悪意のあるとことだけ抜き出せばどんなお祭りだってそうなるわよ。クネヒト・ループレヒトは確かに怖いわ。けれどそれは一部の地域だけ、そもそもそんな伝承自体がなくなっている所だってあるのに暴論もいいところだわ」


 それで?


「実際にその日は厳かにミサを行っている所なんて探さなくてもいくらでも目に付くだろうし、ほとんどが『クリスマス』をしているの」

「それに褒められたことではないかもしれないけれど、クリスマス商戦だって大きな経済効果を生み出しているわ。それに比べてクリスマスに陰謀論を唱えることになんの『幸福』があるのかしら?不毛よ」


 まだ続くのか?俺から見れば、お前もムキになっているようにしか見えないのだが。


「ムキにだってなるわよ。私は別に敬虔なクリスチャンでもなんでもないわ。でも、クリスマスの一部を抜き出して『狂っている』とか賢者ぶるなんて、失笑を禁じえないわ」


 そうかそうか。それで?続きはいいのか?大体、誰に迷惑を掛けていないのであれば、どうでもいい。俺とお前では、そういう結論にならなかったか?


「……そうね、少し熱くなってしまったわ。続きをお願い」


 結果から言うと、戦争は再燃した。


「どうして?停戦したのではなくて?」


 結果論だが、王子のやり方は正しかった。敵国にとって、条約などどうでもいいことなのだろう。無告知に再度侵攻を開始した。


「恥知らずな国だったのね。でも一度跳ね除けたんですもの、今度も大丈夫だったのでしょう?」


 いいや、そうはならなかった。


「どうしてかしら?」


 お前には少し難しいかもしれないが、戦争とはなにも殺しあうだけではない。他にやりようはいくらでもある。


「例えば、その国はどうしたのかしら?」


 メディアを支配した。


「メディア?」



 要は新聞だとかの情報機関というものを考えてもらったらいい。


「それがどうして戦争に有利になるのかしら?」


 戦争には大義がいるのは説明したな?


「極東の島国の話ね」


 手っ取り早く言えば、その国のメディアを支配すればその大義を奪える。『悪いのは俺達の国だ、王政だ』とな。


「そんなことが出来るのかしら」


 時間はかかるがな。金と国の内部に内通者がいれば出来ないことはない。国民も折角停戦したというのに再燃した戦争に嫌気がさしていたところにそのメディア操作だ。王政は一気に窮地に立たされた。


「王子様は大丈夫だったのかしら?」


 そんなわけがないだろう。だがヤツはそれでも戦い続けた。


「私兵のみを率いて戦ったのね」


 ああ、同調する貴族もいた。だが時間の問題だった。他ならぬヤツ人身の手で、宝石と金箔を剥いだその像のように、日が経つにつれ火傷や傷が増えていっていた。


「……敗けたの?」


 いいや、勝った。



「良かったわ。どうしてかしら?」


 俺が密入していたスパイと内通者を片っ端から殺して、事実を白日のもとに晒したからだ。


「……人間離れしているわね」


 照れる


「褒めて……いいのかしら?この場合」


 国民が味方についてからは早かった。あっという間に戦争は決着が付いたが……


「まだしこりが残っていたのね」


 その通りだ。元々、メディアは『王政』を叩いていた。その王政も今回の戦争で疲弊し、莫大な借金を抱えていた。もう国を運営するだけの力は持っていなかった。


「そんな、まさか、革命でみんな……」


 流石にそこまではならなかった。『形式上君主が存在する』だけの立憲君主国家。国を運営するのは国民という、なんとも変わった国に生まれ変わった。


「そう、でも……なにか……さみしいわね」








・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

一旦休憩します。

ちなみに言うと、このSSは別にクリスマス商戦を肯定するでも否定するでも無く。ましてやクリスマスの起源や在り方を主張するSSではありません。
ましてや、そういった事にしっかりとしたお考えをお持ちの方を否定するわけでもありません。



冒頭でも注意書きがありますが『フィクションです』



苦手であったらそっ閉じでお願いいたします。

ご不快に思われる方がいらっしゃったらそれは申し訳ないことです。
ごめんなさい。







~ 幸福の国 郊外 某所 ~






「雨の、匂い、が、しない……今日、は晴れて、いるか?」


 いや、曇りだ。相変わらず寒いな。


「川の、せせらぎ、が、聴こ、える。美しい、流れ、なのだろう、な?」


 いや、ドブ川だ。今日も順調に身体に良くない色だ。


「そう、か……子供の、声、が、聴こえる。民は、息災か?」


 そうだな。


「そう……か」


 ああ、それだけは確かなようだ。今日晩、枕元に置かれるプレゼントを気にしているのだろう。どいつもこいつも浮かれた様子で家路を急いでいる。


「なに、より……だ」


 この距離でも聴こえるのか?ガキどもは随分遠くだぞ?


「なに、せ、耳、ばかり、敏感な、ものでな」


 こっちに来たらどうだ?多少は気分も変わるのではないか?


「馬鹿を、言う、な……もう私、には」


 …………





「なにも、見えぬ、のだ」





 すまない。


「……クフフッ」


 何故笑う。


「殊勝、なことも、あるものだ……貴様が、私に、詫びる、とはな」




 別にいいだろう。


「そうだ、な、別に、いい……」


 ところで声が変だが……別にノドは怪我しなかっただろう?傷が痛むのか?


「何故、だろう……な、ここに逼塞、を、命ぜられ、て、人と、話すことも無く、本も読めず、だったから、だろうか?頭に、言葉も、浮かばぬのだ」


 その割りには相変わらず尊大な喋り方だ。


「クフフッ、その、軽口。やはり、貴様は、貴様、なのだな」 


 そうだな。


「そう、だ」


 …………


「お、い?どこだっ。行くなっ、戻って、きて、くれっ!」


 ここにいる。


「っ!馬鹿者、いるなら、いると……」


 突然どうした?


「……すま、ない、声が聴こえぬと、怖くて、たまらぬのだ」


 可愛らしくなったものだ。


「馬鹿、者が……おい」


 なんだろうか?


「こちら、へ、来てくれ、寒い、一人は、その、困る」


 …………




「……クフフッ、存外、貴様も、人くさい、のだな、女性を、いたわること、など、できぬ、と、思っていた」


 馬鹿馬鹿しい。


「しかし、困った」


 なにがだろうか?


「私、には、貴様、の忠誠、に報いるもの、など、何一つ、残っていない」


 俺はお前の国民ではない。


「サファイア、のようだと、言われた、瞳も、黄金に例えられ、た、肌、も、女性らしい、ものは、何一つ、として」


 ……おい、なんで寄りかかる?


「あと、は……『心』、くらい、なもの、だ」


 …………










「受け、取って、くれるか?…………馬鹿者?」




・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・






『少女の部屋』





「ひどい……」


 これまでも大概だったんじゃなかったか?


「それでもあんまりだわ」


 だから胸糞が悪いと言ったろう?


「目の見えない人に逼塞を命じるなんて、それも救国の英雄を」


 遠まわしに『死ね』と言っているんだろうな。王自体は生きていたが、戦争で陣頭指揮をとったヤツは完全にいないものとして扱われていた。俺が見つけ出した頃には大分参っているようだった。


「あんまりね」


 それと声も失いかけていた。人が怪我などしてその部分をかばうと、身体は怠けてしまって、筋力が落ちることは知っていたが、声もそうだとはな。


「思考力もそうね。恐ろしいことだわ」


 ……お前はこの部屋から出たことがほとんど出たことがないんだったな?


「突然なにかしら?そうよ?」


 そして父親以外とはほとんど口をきかない。


「そうね」





 ……いや、なんでもない。






・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・






~ 幸福の国 郊外 某所 ~






 …………一つ聴いていいか?


「なん、だ?」


 お前は間違いなく、国の為に、国民の為に命を賭けて戦った。そして、その、いつぞやのクリスマスも……


「プレゼント、か?」


 そうだ。そしてヤツ等はいくらか幸せになったのだろう。


「喜ば、しい、ことだ」



 だがお前はどうだ?表皮は火傷でただれ、両目を失い、身体にいくつも不自由が残っている。そして今、言葉も失おうとしている。それで?これはなんだ?逼塞だと?これは監禁だろう?財の所有も認められず、ロクに世話もない。俺が見つけ出さなければどうなっていた?



「戦争の、当事者、なる、私は、今の世に、必要ない。死んで、英霊となって、いれば、こんな手間も、掛けなかった、だろうに。申し訳、ないことをした」



 どこまでふざけるつもりだ?申し訳ないだと?戦場にも出ず、ぬくぬくと城壁の中で惰眠を貪り、メディアに踊らされ、戦う奴等に罵声を浴びせ、最後に生き残ったヤツには唾を吐きつけるわけだ。ヤツ等は神か何かにでもなったつもりか?戦争に勝ったのは自分のお陰、と?プレゼントが枕元にあったのは己の行いが良かったから、と?



「何を、言うか」


 英霊だと?死んだ後に何かあるとでも思っているのか?まさか天国というものがあって、そこでニコニコ暮らせるとでも思っているのか?


「良い、もう、黙れ……」




 馬鹿かお前は?死んだらお仕舞いだ。『快楽』と『苦痛』は俺達人間の支配者だ。だがその棲家である脳が死んだらそんなものは関係ない。全て終わりだ。お前も、俺も、この戦争で死んだヤツ等も。助ける価値もない、取るに足らない者に命を賭けた、犬死に……



「ッ!! 黙 れ ッ ! ! 」



 …………



「貴様もあの戦場にいた者ならばわかるであろうっ!皆が皆、死にたくなかったに違いない!だが己が銃弾の一発を受けることで、砲弾を掻い潜ることで、愛する者達が一秒でも長く生きられるなら、と皆戦った!」



 …………



「人など殺したくなかったに違いあるまい。だが選んだ!自分が一人殺すことで、もしかしたら、自分の愛する者達が受けるかもしれない銃弾を、一発でも減らすことが出来るかもしれないと。竦む足に活をいれ、震える手で引き金を絞った、恐怖をかみ殺し銃剣で刺し貫いた!」



 …………



「そして最後は救いを求め、皆同じ場所へ逝ける事を希望に散っていったのだっ!理屈ではないのだっ!自らの狭い常識に当てはめ、事もあろうに『意味が無い』だと!?それは、あの者共の覚悟を、優しさを、いいや、『在り方』を侮辱することだっ!断じて許されぬことであるっ!!」



 …………すまない



「……よい、こちらこそ、熱くなった」



 まだまだ喋られるようだな。


「ああ、貴様を言い負かせたのは久しぶりだ、あの時以来だ」


 調子が戻ってきたようだな。


「うむ、そのようだ」


 だが、俺は間違ったことは言っていない。



「貴様……」


 お前が冷遇を受けているのは間違いないだろう。


「…………それでもよい。」


 何故だろうか?……以前お前と同じように死んでいった女がいた。


「ほう?」


 そいつは残されたヤツ等が後の統治者に刃向かって死なないように、全ての罪を被って死んだ。俺が殺した。


「……続けよ、苦しゅうない」





 そいつは『鬼』になった。『鬼だった、ということにされた』。名を汚され、英雄譚の悪役として後の世に語られるようになった。そいつがしたことは間違いなく他のヤツ等を救ったのに、そいつは未来永劫、物語の中で殺され続ける。『無念だ』と言っていた。

 だが『幸せそうに』死んでいった。

 何故だ?何故泥を被れる?人が人を憎み、恨み嫉みでこの世はそこのドブ川より余程に汚い。何千年も前から人間はこの壮大なクソの塊のような中で血を吐き、のた打ち回っている。なのに何故アイツは……お前はそんなに『幸福』そうなんだ?





「……私も、多分その者も『大いなる善』を為したのだ」





 またそれか……


「この地上の生き物で、人だけが為すことのできる、最も尊い事だ」


 犠牲か?献身か?


「確かにその二つは尊いものだ。『正義』を為そうとすることは決して綺麗なことではない、己が身体を千切り、他に分け与える如き愛と、己がどのように傷ついていても尚、戦い続ける勇気が必要であろう、だが……」


 それではない?




「近いかも知れん、だがそうではない。そのように人を救ったとしても、救われた者は心を痛めるだろう」


 成程?つまり『誰も傷つかず、永続的に、誰もが幸福になること』か?


「それが最も近いかも知れん」


 馬鹿な。お前等はどうなんだ。こんな状態で幸福だと?


「お前は私と、その者が『幸せ』そうに見えたのだろう?それが事実だ」


 馬鹿な。


「あの聖夜にも言ったな?なにが『幸福』かはわからん。だがこのような様になっても『満ち足りた私がいる』のだ。それが事実としてあるのだ。その事実は神にも曲げられぬ」


 錯覚かもしれない。欺瞞かもしれない。


「断じて否である」


 何故だろうか?


「私は『幸福』である。そして第三者の貴様の眼から見ても『幸福』のように見えている」


 それは……


「否定できまい?お前が納得いかないのは、『非道な行いをした、とお前が思う、その者や私の周りの人間の行い』である。そして我等は別に仔細無し。見損なってはならない」


 馬鹿な。


「そして、知っているであろう、私が市井の者から、なんと言われてきたか」


 馬鹿な。









「私は『幸福の王子』である」










 ……馬鹿な。


「泣いておるのか?」


 ……馬鹿な。


「……今宵は聖夜なのであろう?子供達の幸せそうな声でわかる」


 知ったことか、なにがクリスマスだ。ふざけるな。


「……私が命ずる、ここを発て」


 なぜだろうか?


「私といればお前は悲しむ。そうだな……アフリカでも行ってきたらどうだ?向こうは暖かいのであろう?」


 知るか。俺は『ツバメ』ではない。


「そしてまたここに戻ってきてくれ。旅の話を聴かせて欲しい」


 人の話を聴けと言うに。


「取り急ぎ、まずはここからだ。次に会うときは色んな国のクリスマスを聴かせるように」


 全て血生臭くなる。


「なればこそ、終わりは華やかに、だ、それでとにかく良し」


 どうやってやるというのか。俺には検討も付かない。















「一言、  メリー・クリスマス  と言えば良いのだ……馬鹿者」


また夜に戻ってきます。



・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・








『少女の部屋』







 俺には言えなかった。戦死者達の記念碑が、今現在、他ならぬ国民達によって否定されていることに、『幸福の王子』像も、当の前に溶鉱炉に放り込まれ、跡形も無くなったということが。


「……王子様は、どうなったのかしら?」


 死んだよ。榴弾の破片が身体のあちこちに散らばっていて、元々長くは無かった。


「そうなの」


 そうだ。


「死に顔は、どうだったのかしら?」


 そんな事を聴いてなんになる?


「教えて欲しいの」


 『満ち足りている』、そんな表情だった。死体は俺が埋めた。ロクに葬式はできなかったが、ヤツの希望通り、街が一望できる丘に埋めた。


「そうなの……」


 そうだ。どうだろうか?これでも人は生きるに値するのか?


「…………」


 よってたかってヤツは殺された。あいつだけじゃない。『マッチ売り』も『鬼』も、もしかしたら、あの『シンデレラ』や『キリギリス』も、俺と出会うことが無ければ嬲り殺しにされていたかもしれない。


「そうかもしれないわね」


 結局なにが残った?ヤツ等の骸だ。そうなれば誰も見向きしない。完全に無関係だった俺以外な。人の人生に意味など無い。否応なく訪れる生死に、思慮の入る余地などない。


「いいえ、そうではないわ」



 なぜだろうか?


「おじさんは『学ぶ男』だと言っていたわね?」


 言っていたな。


「それは違うわ。おじさんは何も学んでいない」


 ほう?


「『意味がない』と学んだのかもしれない。でも違うわ。おじさんは彼等の死に様、生き様を見てきた」


 そうだな。


「皆が皆、全ておじさんに大切なことを教えてきたわ。大切なことを考えさせてきた」


 何故だろうか?そんなこと、当事者でないお前が、何故言えるのだろうか?


「物語と一緒よ、おじさん?物語は何故いつの時代も読まれると思う?」


 単純に面白いからではないだろうか?


「だから、何故面白いか、よ」


 知らんな、気にしたこともない。


「いいえ、おじさんにとって、とても大切なことなの」


 心底どうでもいい。







「どうでも良くなんかないっ!」







 …………


「ごめんなさい。騒いではいけないのだったわね」


 次はない。


「ごめんなさい。答えの一つを言うわ。それはね『自己投影』と結論を出した人がいたわ」


 『自己投影』?



「そう、多かれ少なかれ、読者は物語の登場人物に自分を投影するの。それで擬似的に喜劇や悲劇、不思議なこと、色んなことの体験者になるの」


 そうだろうか?意識したことはないが。


「そうかしら?歴史が証明しているわ」


 例えばどんなことであろうか?


「実例は一部紹介したわ。『シンデレラストーリー』、『千夜一夜物語』、これらは市井の人間に好んで読まれたわ」


 しかし著したのは知識層だ。説得力に欠ける。


「そうね、ならもっと顕著な例を挙げましょう」


 ほう?


「『竹取物語』、『源氏物語』、これらを知っているかしら?」


 聴いたこともないな。


「おじさんも行った『極東の島国』で書かれたものなの」


 どんな内容なのだろうか?


「一人の女性、もしくは男性が、あちこちの男性から言い寄られたり、多くの女性と恋をする内容なの。そしてその登場人物の立場は上流階級ね」


 市井の人間が『自己投影』できるのだろうか?


「できるわけないわね。ほとんどファンタジーよ。けれどこれらの物語が書かれた時代は識字率は著しく低かった。教育を受ける機会のあった上流階級しか『文字そのもの』を読むことは出来なかったの」


 ほう?。


「つまりこれらの物語は、上流階級の人達が『自己投影』しやすいように書かれたと言っていいと思うわ」



 成程?それで、どうしてそれが俺の話しに繋がるんだ?


「問題はここからよ。重要なのはそういうことじゃないの。おじさんも言っていたじゃない」


 なんだろうか?


「絵本の中で善悪基準を明確に記すのは好きじゃない。最後に読み手が『思考できるように』誘導できるのが『良い絵本』なのかも知れない、と」


 それは絵本に限った話だ。教育に関わる以上、絵本は中立的立場でなければならないと思っただけだ。


「いいえ、物語も同じよ。一番重要なのは『自己を投影』する面白さじゃなくて、私達が、そこから『なにを感じ取り、なにを思考するか』なの」


 他人の妄想にか?自慰的な意味しか見出せない。


「いいえ、おじさん。それこそが、おじさんが『学んでない』証拠。物語を愛していない証拠、これまで出会ってきた人達を愛せなかった一因だと思うわ」


 何故だろうか?


「おじさんの考えの根源は『死体しか残らなかった』、『結末はいつも同じ、ならば経過など意味がない』。結果や目に見えるものしか見てないの。でも、どんな人達との出会いも、どんな物語も、共通して教えてくれる事があるもの」


 …………


「いい?おじさん。よく聞いて、『大切な……」













「何を大声で喚いておるのだっ!?」



「…………え?」


 そんな声しかでなかった。あまりに突然の乱入者、それは彼女の思考を停止させるのに充分なことだった。


「え?あれ?おじさん?」


 薄暗い部屋の中で、今の今まで会話を交わらせていた男は煙のように消えていた。


「……我が子ながら、どこまでもイラつかせてくれる餓鬼だ……」


 まるで『最初からそこにいなかったように』。


「……おじさん?どこに行ったの?」


 探せども彼の姿は無く、混乱のみが少女の頭を支配する。しかし、それもわずかの事、すぐに『別のもの』に頭を支配されることになる。


「返事をしろっ!糞ガキがっ!!」

「キャッ!?」


 頬を張る甲高い音が室内に鳴り響く。しかし、それに伴うひり付く痛みと、口内に広がる血の味が少女の意識を明確にさせた。


「『また、妄想にふけて誰ぞと会話しておったのか』!?」

「痛いっ!痛いですっお父様!止めてっ!!ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」


 瞬時にして少女の脳を支配した『痛み』に身体は素直だった。頭髪を鷲掴みにされ、罵声を帯びせられても、無抵抗に、謝罪の言葉しか出てこなかった。


「何度言えばその悪癖を直すっ!?ああっ!?」

「いやっ!?ぶたないでくださいっ!おじさんっ、助けてっ!!」


 振り上げられるその拳に、咄嗟に助けを呼ぶ。が、その声は部屋に空しくこだまするだけで、むしろ、それは、眼前で烈火の如く顔を赤くした父の怒りに、火を注ぐ行為に過ぎなかった。




「だからっ!それをっ!止めろとっ!言っておろうがっ!!」

「痛いっ!痛いっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「こっちに来い。いつもの様に自分から股を開くまで折檻してやる……」

「いやあっ!お願いです。止めてくださいっ!」



 拒否の言葉を吐きつつも頭髪を引っ張られ、引きずられる。その痛みにどこまでも身体は素直で、言葉とは裏腹に、足は父を追いかけていた。



「お前等は私の部屋の前で待機だ。怪しい者は即座に殺して構わん。呼ぶまで来るな」



 いつの間にか後ろに控えていた父の部下達。その存在が、自分はここから逃げることはできないということを如実に物語っていた。そして今更ながらに思い出した。『自分の世界はこんなものだった』ということに。















「いやだっ!おじさんっ助けてぇ!!」

「……糞ガキめ」

今日はここまで。







『父の部屋』






 今、思い返すと、ヒントは色々なところにあった。




・・・・・・・・・ ・  ・   ・






「そうね、つまり観測されなければその限りではない、チョコレートの箱は、開けてみてチョコレートを認めることで、初めてチョコレートの箱になるのよ」


「そしてその第三者が正気かどうかだって、またそれを観測する第三者がいなければ成立しない、以下堂々巡り、つまり誰も証明し得ない、それくらい『私達は』『私達の世界』曖昧だと思うのよ」






・・・・・・・・・ ・  ・   ・





 仮に自分が幻覚を見ていたとして、それを誰が判断しようと言うのか。それを言ったのは他ならない自分ではないか。

 しかし、ヒントはどこにでもあったのだ。どこかで聴いた事のあるような話の内容。通常ではありえない会話の流れ。今は既に消失した男の、『判を押したような』台詞回し。


 皮肉にも、父の暴力による痛みは、その幻覚から現実へと引き戻した。



 それだけではない。そもそも前提からおかしかったのだ。





・・・・・・・・・ ・  ・   ・





 それと声も失いかけていた。人が怪我などしてその部分をかばうと、身体は怠けてしまって、筋力が落ちることは知っていたが、声もそうだとはな。


 ……お前はこの部屋から出たことがほとんど出たことがないんだったな?


 そして父親以外とはほとんど口をきかない。





・・・・・・・・・ ・  ・   ・






 物心ついたときから監禁されているあの部屋。あるのは世界中から取り寄せた物語や百科事典、各国の翻訳辞書。文字を学ぶのに最適な環境ではあろう。しかし、『会話』というものは経験からしか習熟しない。であるのなら、自分がああまで流暢に台詞を言えるのはそもそもがおかしいのだ。


 それは『そういった幻覚の中で妄想と会話してきた』ことに他ならないのだ。




 『痛みによる覚醒』。そうした記憶の覚醒を、もう既に何回繰り返してきたのだろうか。自分以外誰も見えない幻影との対話。そうして逃避しては、父から反感を買い、暴力によって覚醒する。それはもう日課となっている。


 許しを請い、見たこともない淫売を想像し、父の怒りを沈め、苦痛をもみ消すように艶声をあげ、そうして身を汚され。


 だが、知っていた。数多の物語より『希望』という存在を知らされていた。しかしそれは、白のキャンバスに黒をぶちまけるが如く、より深く『絶望』を色濃く現せた。



「貴様にあの本を与えたの間違いだったようだ……毎夜、毎夜、キチ○イのように喚きたておってっ!」

「キャッ!!」



 掴まれた頭髪を引きずられるままに部屋の床に転がされる。いつもであれば暴力を受けながら犯される。だが今日は『その程度』では済まされないらしい。



「……どうした?助けは呼ばないのか?」

「お、お父様……お願いです、ごめんなさい、許し……アウッ!」



 慈悲を請うその言葉に返されたのは、遠慮の欠片もない拳であった。親が子供を躾ける名目で振るうものではない。ましてや家畜にですらこうまで冷酷な一撃は振るわれまい。つまりは己が家畜以下であることを明白にしていた。




「誰が許しを請えと言った?私は『助けを呼ばないのか』、と言ったのだぞ?」

「……ごめんなさい、私の妄想です、もうしま……ギャンッ!」



 このやり取りも何回目だろうか。そうしなければ、再び拳が飛ぶことを知っていた。問われたことに、彼が満足のいく回答を差し出す。それだけでしか、彼の怒りを静めることはできないのだ。だが今宵はそういうわけにはいかなかったようで、代わりに振舞われたのは足蹴りだった。



「貴様はそう言えば済むと思っているのだろう?私を白痴かなにかと思っているのか?」

「ゴホッ、ガハッ」

「何とか言ってみろ」



 弁解の言葉何一つ言葉とならず、肺に僅かに残った空気は笛の音のように喉から漏れてゆく。呼吸すらままならないこの状況で、父がよこすものは更なる暴力であることは容易に想像が付く。しかし、痙攣する横隔膜は正しく機能せず、蹴りこまれた腹部の激痛と相まって身体を地面にのたうち回せる。



 背中を、わき腹を、大腿を、鳩尾を。



「ゲッホ、オエッ」



 逆流する胃液が器官に詰まることを避けるため吐き出される。そのことが更に怒りを買ったのか、父はとうとう何も言わなくなった。その代わりにモノを言ったのはやはり暴力だった。
 子供がズタ袋に八つ当たりするかのように暴力を振るう父の顔は人形のような生を感じさせない無表情。そして、それに屈し、全てを諦めた自分の表情も、また同じようになっているのだろう。痛みすら感じなくなった薄れゆく意識の中で、彼女が自覚できるのはたったそれだけだった。







・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・




今日はゆっくり更新します。今夜中に終わらせます。






・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・




「起きろっ」

「ウグゥッ!」



 意識を手放すのが暴力であれば、覚醒を促されるのもまた暴力であった。あたりを見回すまでも無く、ここは父の部屋である。自分は今だ悪鬼の如き父から逃れていないのだ。



「貴様のその妄想癖を消すために一計案じた」

「……なに、を……?」

「誰が質問を許した?」



 底冷えする声に脅される。自分はこの声と暴力に世界の全てを支配されている。そうだった、彼が口を開いていいと言うまで、自分が口を開いていいのは問われたことのに対して阿呆のように返事をすることだけだった。



「貴様に慈悲を与えたのがそもそもの間違いだったのだ」

「…………」

「ならば諸悪の根源をここで葬るしかあるまい?」



 自分に対して、父が見せる笑みは今までロクな物ではなかった。今宵も多分に漏れず、そうなるのであろう。しかし、それは確かにその通りなのだが、いつもなら収まっていた先程の暴力と同じように、どこか勝手が違った。背筋が凍る、そして父が起こさんとするする行動に『思い当たることがある』のだ。




「あれを見るがいい」



 指差された方向が示すのは暖炉だった。そしてそこにあるものは、『自分が予想していた通りの物』だった。



「……イヤ」



 今度は発言を止められなかった。自分は今どんな表情をしているのであろう。それを認める父の表情は、かつてないほどに緩み、その瞳は爛々と輝きを有している。

 暖炉に無造作に放り込まれた『本』の数々。それは他ならぬ、自分の『宝物』、自分の『輝き全て』と言っていい物語達だった。



「察しがいいな?ならば、これから私が『何をするのか』、解るな?」



 サディスティックに歪む父の表情からは、その言葉が本気であることを顕著に示していた。この男はやる、自分の顔が『絶望』に歪むその一瞬を見たいが為だけに、一切の躊躇無く、むしろ嬉々として暖炉に『火を放つ』であろう。



「イヤッ!お願い、しますっ!それだけ、は、許して、くださいっ!!」

「何故だ?父はお前の悪癖を治してやろうというのに」



 そんなつもりが微塵もあろうはずがない。しかし、そう、とぼける父の顔はどこまでも醜悪であった。だが関係ない、己がどんなに不快な思いをしようと、『それだけは』何とかして防がねばならない。





「理解できんなぁ。それらは他者の妄想であろうが?無能な己の醜い自己願望を、擬似的にかなえる為の自慰にも等しい虚しき産物だろうに?」



 そんなことはない。アレらは自分に世界を教えてくれた。言葉を教えてくれた。思考することを、己が人間であることを教えてくれた。どれだけ自分が逃避に走ろうと、それは事実であるのだ。アレは自分にとって『世界の全て』なのだ。



「実はもう、油を注いである。後は着火するだけなのだが……お前が着けるか?」



 もはや父の思考は邪悪そのものであった。このまま何も答えなくとも彼が行うことはわかりきっていた。痛みでバラバラになりそうな身体を引きずり、暖炉へ這いずる。身を挺してでも、それを



「おお?どうする気だ?」



 もう少し。己が燃えても構わない。『ソレら』が燃えてしまうことは、自分が燃えることと同義なのだ。もう少しで到達する。



「……そうか、そうか」



 もう少し、もう少しで。

















「そんなに特等席で見たかったか」









・・・・・・・・・ ・  ・   ・





 事の最中、自分が悲鳴を上げていることは理解できた。その後ろでゲラゲラ笑う父の姿も。


 火傷だらけになった手にこびりついた灰が、尽くが燃え尽きたことを如実に物語っていた。





『アイソーポス』の寓話も。

『グリム兄弟』の編集も。

『ニホン』のムカシバナシも。

『アンデルセン』の童話も。

『オスカー・ワイルド』の児童文学も。





 全てが灰となった。もう自分には何も残っていないのだ、と。

 ただただ、馬鹿が呆然とするように暖炉の片隅を見つめていた。

「愉快よなぁ。これほど愉快なことはない」











 何故だろうか?




「アレだけ執着していたものを一度に失う貴様の顔ときたら、今までで一番可笑しかったぞ?」


 成程?


「訂正せねばならんな?『諸悪の根源』などと侮辱して。最高の見世物だったぞ?俺もこれまで我慢した甲斐があったと言うものだ」


 お前が我慢したことがあったというのには驚きだ。童の如く感情を撒き散らしていただろうに。


「これらに思い入れがあったのだろうがな……そんなものに意味があると思っているのか?」


 妄想にふけるくらいには大切だが?『意味』とどういうことだろうか?


「こんな物に意味はない。貴様がどれだけ大切にしていようと、見ての通り、火をつければただの灰だ。クソの役にも立たん。まあソレをかぶって寝れば多少は暖かいかもな?」


 ソレを言ってしまえばお前は水を含んだたんぱく質と、その他色々の塊なのだが?


「お前が生きることも同じだ。なんの意味もない。クソの詰まった肉袋が、事もあろうに『希望』だの『正義』だの『幸福』だのとほざく。全く持って虫唾が走る」


 何故だろうか?


「お前が目に見えているものは何一つ確かなものなんて無く、立っている場所は曖昧極まりない!どこのどいつだろうが、本の中だろうがそれは変わらんっ!!『意味なんてものは無い』っ!ただの『結果』だっ!!」




 ソレに関しては同感だ。


「あるのは形だけだ!神なんてものは存在しないっ!美徳などただの幻想っ!死んだら!燃えたら!それで最後だっ!!」


 何故そう言いきれるのだろうか?


「『快楽』こそが俺達の支配者だ、脳が感じる確かな事実だっ!例えこの世が曖昧でも、それだけは歪めん。その『快楽』を感じることのできないお前は、生まれたときからの脱落者だ!人間ではないっ!!」


 お前がそうしているのだろうに。


「もう一度だけ言ってやる。この世は『頭が形あるものと判断するものが全て』だっ!!」


 成程? 


「お前が大切にしていた、その灰も、他者の自慰の残り滓だ。そしてその様をみてお前は自慰にふけっていたに過ぎないのだ」


 …………


「それがお前にとって『快感』であっただけの事だっ!!」
















「いいえ、それは違うわ」








「……貴様……誰が口を開いて良いと言った?」

「可愛いわね」



 そうだろうか?醜いぞ?



「なにぃ?」

「口論になれば負けると考えているのかしら?さながら牙を向くチャッピーね?」



 確かに唾を撒き散らす様はさながら馬鹿犬同然だが。



「貴様……」



 何か物欲しげだな?骨でもくれてやるか?



「……先程からご高説だけれど、貴方はまともに本を読んだことがないようね?お里が知れるわ」



 お前の父親だろうに。



「…………」

「目に見えているものは何一つ確かなものなんて無く、立っている場所は曖昧極まりない、この世は全て幻想に過ぎない。『意味など無い』。それに関しては同感だわ」



 『マッチ売り』の時にも言っていたな?



「……いいだろう、言ってみるがいい、その後で存分に弄ってやろう」



 本を燃やしたのが余程の快感だったらしいな。



「大事なのは『ソレ自体に』意味は無い、ということ、そして意味は見つけるものではない。『見出すもの』なのよ」

「…………」



 言葉遊びだろうか?



「言葉遊びなどではないわ。確かなこと。いいかしら?『物語を読む事』と同じことなの」



「また『物語』か、それなら貴様の目の前で灰になっておろうが」

「また、『結果』しか見てないのね?大事なことは『何故私がソレを大切にしていたか』なのに」

「……なにぃ?」

「さっき私が慌てふためく様を見て下品に笑っていたのではないかしら?それとこうも言っていたわ。『訂正しなければならない、諸悪の根源だと言って、最高の見世物だった』と、それは私が『物語を愛していた』という過程を飛ばしては成立しないはずよね?」



 そうだな。



「…………」

「続けてもいいかしら?物語は確かに『自己投影』できることが面白い。これは確かに『快感』であるといえるし、その結果を求めて、いつの時代も求められているのでしょう」



 自慰と同じだな。



「そこでそう言うところが無神経なのよ。大体そういうことは『本を愛していない人』が言える事よ」



 何故だろうか?


「『本当に大切に思っている本』を知っている人は、それが自分にとってどんなに大切か知っているもの。侮辱されたらどんなに腹が立つか想像が付くもの。そんなことを、まさか他人の『大切』に言える訳がないわ」

「……貴様、また妄想に……」

「でもね、物語は『当事者』として楽しめると同時に、完全な『第三者』としてみることもできるの」



 『自己投影』が快楽であるなら、第三者として参加することに意味はあるのだろうか?



「……だからどうした?」

「あるわ。例えば『悲劇』を見たとしましょう。そうね……駆け落ちなんてどうかしら?」



 願望か?



「おじさんなら付いていってあげてもいいわ」



 照れる。



「可愛いわね」

「……止めろ」



「若い二人が許されぬ恋に落ち、後先も考えず、何も持たず里を飛び出す、そして逃げた先にも両家の親の手が、そして二人は引き離される、嗚呼、二人を引き裂く運命の、なんと残酷なことか」



 詩人だな。



「照れるわ」



 褒めているぞ。



「止めろ」

「でも、これを思慮深い大人としての第三者の視点で見た場合どうかしら?」



 ただの馬鹿だな。



「ただの馬鹿話だ、下らん」



 意見が一致したな。



「そうね、馬鹿な子供二人が、責任はおろか後先すら考えず逃避行、そして父親の拳骨を食らって泣きべそかいて家に連れ戻される」



 喜劇以外のなんでもないな。



「下らん戯言だ、クスリともこん」



 意見が分かれたな。



「つまり物語は視点を変えることで、どうとでも捉えられるの。『アリとキリギリス』はどちらが正しいかなんて、読んだ人の考え方『捉え方』次第。解らないのよ」



 最初に戻ったな。



「…………」

「重要なのは『結果』ではないの、ソレをどのように解釈して、どのように意味を見出すかよ」



 成程?




「貴方が『結果』とソレに伴う『快感』に生きているのは確かに一つの生き方だわ。でも『思考が停止』しているの、悪く言えば畜生と変わらないかもしれない、だから人を愛せない、だから物語を愛せない、私達はそこに『意味を見出さなければ』本当の意味でソレを掴むことができないのだから」

「なんだと……?」

「『思考すること』は、人が人たる所以の一つにして最奥と言えるわ。何故なら、どんな結果があったところでも、それにどんな理由付けをしたところでも、いくらこの世が不確かでも、例え今見ているものが幻覚でも、『それでも悩むのが人間』なんだもの、これは動かしようのない『事実』なの」



 マッチ売りでも言ってたな。



「何が幸福で何が愛かなんてわからない。それでも人は、『人を愛していたい。他者に手を差し伸べたい』」

「……止めろ」

「生きているのはそれだけで苦しい、そして絶望の中にあっても、欺瞞であっても、それが『マッチの火のように頼りなくても希望を追い求めている』」



「止めろ」


「この世は確かに曖昧よ、時代と場所しだいで、正義の天秤は容易く片方に傾く。もしかしたなら、『モモタローを奉った神殿が出来た後』『ウラ鬼を称える祭りもあるかもしれない』」


「止めろっ」


「例え『灰にまみれていても未来を掴みたい』、美しいものを見たい。生きていたい。」


「止めろっ!」


「そしてそれを悩み、いろんな方向から思考し、行動する『過程』こそがっ!人間が人間である最たる所以なの!」



 いいぞ



「今まで読んできたどんな物語もそう教えてくれた!そしてこれから私が会うであろうたくさんの人達は共通して一つの事を教えてくれるはずよっ!それは『死ねば骸になる』なんて、虫でも知っているような結果なんかじゃない。一時的な『快楽』なんかじゃ決してないっ!!」



 言ってやれ。





「だって『本当に大切なことは目に見えない』んだからっ!!」

「止めろぉぉぉぉぉおおお!!!!」

「止めるものですかっ!!だって『今日は』生きている間は、一年に一度、必ず訪れる幸福の日。今日はもはや聖者誕生したことを祝う日だけではないわ!人は『幸福であると』誰もが自覚できる日だもの!『大いなる善の日』だもの!私は何度だって言ってやるわ」









「メリー・クリスマス!!」

間に合わなかった。
少し休ませてください。

期待してるので頑張ってください

>>146 こちらに差し替えといてください。
>>148 本当に、本当にありがとうございます。









「だって『本当に大切なことは目に見えない』んだからっ!!」







「止めろぉぉぉぉぉおおお!!!!」






「止めるものですかっ!!だって『今日は』生きている間は、一年に一度、必ず訪れる幸福の日。今日はもはや聖者誕生したことを祝う日だけではないわ!」

「人は『幸福であると』誰もが自覚できる日だもの!そしてどうしたら『みんながそうでいられるか』『幸せとは何か』それを見返すことの出来る『大いなる善の日』だもの!何度だって言ってやるわっ!!」















「 メ リ ー ・ ク リ ス マ ー ス ッ !!」














「調子に乗るなよ、この糞ガキがぁ!!」

「ッ!!」



 沸騰した怒りに彼がこちらに危害を加えるであろうということは予想が付いていた。だが彼は予想もしなかっただろう。こちらがそれを迎撃しようとしていることなど。



「このぉっ!!」

「ガッ!?」



 暖炉のそばにおいてある火掻き棒。武器として作られてなくとも、鉄製のソレは、大人の自負心ごと顔面を血まみれにするのには充分な武力を有していた。



「がああああぁぁぁぁぁ!?」

「ヒッ、ヒッ……!」



 初めての暴力。初めての反抗。その行為に足が竦んだ。重大なことをしでかしてしまった事実に、ただでさえ痛む足は、逃走の為に要を為さなかった。



「こんな、ことを、して、ただで済むと、思うのか!?」

「ハッ、ハッ、ハッ……!」

「ここで俺を殺せたとして、お前の運命がいくらかでも変わると思ったのか!?」



 恫喝に返す言葉もない。いくらかでも変わるなど思っていない。子供じみた浅慮で、降りかかる暴力に対し抗撃したに過ぎない。




「ここは俺の家だ。俺の部下がいるっ!逃げられると思っているのか!?」



 逃げられるはずがない。自分はここで死ぬ。それは確定した未来である。



「誰が来ようとっ!お前は嬲り殺しだっ!やれるものならやってみろ、糞ガキがぁっ!!」






 ……『誰が来ようと』?






 どういうことだろうか?『おじさん』は自分の妄想だ。助けを呼んでも来るはずはない。だというのに何故この男は『誰が来ようと』などと言ったのだろうか?



「おい……何とか言え!言ってみろ!!」
 


今、思い返すと、ヒントは色々なところにあった。






・・・・・・・・・ ・  ・   ・




 財閥の会長というパトロンと、どこかの国の大公という後ろ盾が死んだことにより、お前の父親の首は絞まっているらしい




・・・・・・・・・ ・  ・   ・









 『おじさん』が妄想であるのなら、何故、私はその事実を知っている?会合が長引く理由など他にいくらでもあるだろうに。何故ここまで具体的ななのだろうか?
 


 それだけではない。そもそも最初からおかしかったのだ。






・・・・・・・・・ ・  ・   ・



「お前等は私の部屋の前で待機だ。怪しい者は即座に殺して構わん。呼ぶまで来るな」



・・・・・・・・・ ・  ・   ・





 父は何故あんな指示を出したのであろうか。『怪しい者』。それは暗に、館の中に『何者かが侵入している』かのようではないだろうか。『即座に殺しても構わない』。それはあたかも彼が命を狙われているかのようではないか。
 


 

 そうなってくると一つの可能性が浮かび上がる。















「……一つ聴いていいか?」












 『おじさん』は、





「そいつがお前の部下に嬲り殺しにされるとして……」





 あの時、自分が会話をしていた人物は、





「その時、お前は何をしているのだろうか?」





 実在していたという、





「あ、あ、あ、嘘だ、お前は……お前は……」





 その可能性である。








「まさか輪廻なんてものがあって、生まれ変わってその様子をニコニコ眺めているとか言うんじゃないだろうな?」








 返り血に染まったコート。その他は何の特徴もない男。ソレのはずなのに、男が漂わせる雰囲気は尋常の人間が纏うソレではなかった。



「ヒ、ヒィィィィィイイイイッ!!」





 誰もがそうなるであろう、叫ぶであろう。生者が纏う空気ではないのだ。出会った者に訪れる『疑いようもない死』そのものだった。自分とて、その姿が見知った者のソレでなければ、きっと失禁までしていたに違いない。



「おじ……さん?」

「随分こっぴどくやられたものだな?」

「嘘……だって……さっきは」

「話の途中だったな?まあ後にしてくれ、ちょっとぶっ殺してくる」

「待って、おじさんっ」



 おやつを買いに行く子供のように、男は軽々しくと殺伐した台詞を放つ。その言葉回しに全く違和感がないのは、男にとってその『殺伐さ』は日常あることを示していた。



「ど、ど、どこから入ったぁっ!?」

「煙突からだ。煤だらけになった上、警備員に見つかり、挙句部屋を間違えた」



 自分がしでかそうとしていることと裏腹に、質問に対して律儀に答えるあたり、自室で話していた『おじさん』と酷似している。



「な、なにを……部下がいたはずだッ!?」

「ぶっ殺した。お陰で返り血まみれだ、この通りな」



 自分がしでかしたことと裏腹に、良心の呵責が全くないあたり、自室で話していた『おじさん』そのものだ。




「た、た、大公殿下を殺したのもお前かっ!?」

「知っているだろう?それは俺じゃない。新しいお妃様だ。生きたまま、『藁のように』寸刻みにされて死んだ」



 そしてその事実を知っているのは。



「じゃあ、あの財閥のボスを殺したのはっ!?」

「それは俺だ。『木をへし折るように』折りたたんでやった」



 そんな尋常でない殺害方法を平然と行えるのは、



「お、お、お前一体なんなんだ!?」

「煙突から家に入ってくるのはいつの時代でも相場は決まっているだろう?」



 自分が知る限り、一人しかいない。















「『サンタ・クロース』か『豚を食い殺す狼』かのどちらかだ」










「ところでいい加減、質問に答えてくれないだろうか?」

「い、いやだ、来るな」



 悠々と歩を詰め、男は質問を続ける。



「まだまだ、質問したいことがあるのだが」

「何を言えというんだ!?仲間の居場所かッ!?お前が全部殺したんだろうが!!」

「ソレは知っている。そうだな。まずは極東の島国からか。お前、あそこの中央政権に武器を売り、代わりにそいつらがその武器で侵略した地域で『薬』になる花を栽培させているそうだが?」

「グ……それがどうした……お前に関係あることではあるまい!」



 そうではない。父よ、ソレは秘匿しなければならない事実だった。



「成程?では次は、街でのことだ。ガキどもに『薬』と『春』を売らせているそうだが?」

「だからなんだ!?それぐらいにしか役に立たんクズどもだ!!」



 駄目だ。それ以上喋っては。



「ほう。それと『幸福の国』での出来事だ。侵略側の敗戦国をたぶらかして、メディアを使い王政を脅かし、戦争が終わった後も王政を転覆させようとしている?」

「あの王は我々の市場に全く理解を示さなかった。時代錯誤の大馬鹿だ、死んで当然だ。陣頭指揮を執っていた王女は慰み者にするつもりだった!片○になったみたいで運が良かったものだ!そんな薄気味悪い女に誰が勃つものかっ!」



 それはいけない。最も言ってはいけないことだった。




「……物語の楽しみ方の一つは『自己投影』。で間違いなかっただろうか?」



 その質問は明らかに自分に向けてのものと理解できた。



「……そうね」

「お前は『第三者』として、俺の話を聴いた。だが、『俺に自己投影もできる』、どうだろうか?」

「できるわ、痛いくらいに」

「ならば今やってみろ、俺が今の俺になった理由の一つがわかるぞ」

「そう」



 それはなんとなく解っていた。他者に手を差し伸ばしたい、安らかに生きていたい、正義と関わっていたい、夢を持っていたい、楽しみたい。それらは『欲求』として、自分達人間から湧き出る、否定しようのない事実。それらが生きるための性であるのなら。それらを守るために働く性もある。



「なにか言い残すことはあるか?」

「ふざけるな!お前さえいなければ全てがうまくいっていたというのにっ!呪われろ!この殺人鬼めがっ!」



 自分がしたことを棚にあげ、死者まで貶めた外道をしたというのに、それでも人を呪う父の姿は醜悪以外の何者でもなかった。これでは、もはや『おじさん』に自己投影するまでもない。




「お前は目に見える結果だけを追って生きてきたのだろう?ならば骸になるという結果も受け入れろ」

「い、いやだ、死にたくない……どうしてこんな事をするっ!?確かに俺は今まで悪事を働いたのかも知れん、だが直接人を殺したことなど一度もない」

「キンダーガーデンのガキでももう少しまともな言い訳をすると思うのだが。まあいい、一つだけ教えてやろう、俺が『どうしてこんな事をしているか』だ」



 知っている。自分はソレをいつも妄想していたのだ。そしてそれを望んでいたのだ。それもまた『動かしようのない事実』。



「あ、あ、あ、あ、あ」

「たまに回ってくる、こういう内容の仕事が気に入っている、つまりだ」










お前のような馬鹿を地獄に叩き落とすのが楽しくてしょうがないから、だ(よ)










「いやだ、いやだ、いやだぁ!!」

「駄目だ、死ね、殺させろ」











「メリークリスマスだ、豚野郎」






ちょっと休憩します。




・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・





「しこたま殴られているな」



 慣れた手つきで撒きつけられる包帯に違和感があった。そういえば、これまでどんなに怪我をしようとも、手当てをされた覚えが無かった。



「当の本人だもの、文字通り痛いほどにわかるわ。それよりどうして急にいなくなったのかしら?」

「お前の父親が乱入してきたときか?」

「そうよ、お陰でひどい目にあったわ」

「あのまま、あそこにいればひどい目にあったのは俺の方かもしれないのだが」



 そんなわけがないだろう、素手で人を切断するような男に誰が勝てるというのか、事実、館にいる父の部下達はみな八つ裂きにされていた。初めてあった時に脅してきたあの銃はなんだったのか。



「あれは玩具だ。お前のようなガキにはアレが一番よく効く」

「そこでそう言うところが無神経なのよ」

「キスして口を塞げば良かったか?」



 突然の言葉に顔が紅潮するのが自覚できた。



「卑怯よおじさん、とても卑怯」

「どうやら正解だったようだな」

「そんなワケないでしょう。無神経だわ」



 その通り、無神経なのは違いない。




「…………どうすればいいだろうか」

「……可愛いわね」



 本当にそう思う。窮地を救ってくれたの差っ引いても、彼はそのように見えた。殺人鬼だけれど。



「例えば……私の今後の安否を気にしてくれたりとか?」

「知ったことか、好きに生きろ、死にたければ殺してやるが」

「私が父の死を悲観すると思って?」

「まず、ないな」

「そうね」



 外の世界に出ることに憧れていた。窓枠一枚向こうには、無限とも思える世界があることを知っていた。しかしソレは本の中の知識だけ、今は恐怖の方が勝っている。

 自分とて、けっして幸運な人生を歩んできたとは思わない。しかし、この壁の向こうには更なる地獄が広がっているかもしれないのだ。それを考えると、足は竦む。



「……一つ聴いていいか?」

「何かしら?」

「とある国の郊外に、家が一軒あって、それを管理してもらいたいヤツがいるとしたらどうする?」

「……立地はいいのかしら?」

「元々は逼塞を命じられた王族を収容する為に建てられたものだ、名義はもう移してある。近くの川はドブ川だが、他はいいところだと思う、街を見渡せる丘が近くにあって、できれば、そこにある墓も手入れしてもらいたい」

「条件はどうなのかしら?」

「食うに困ることは無い。管理してもらいたいそいつは、金は有り余っていて、その金は好きに使ってもらって構わない、といっても街までかなり距離があるが」



「破格ね」

「そうだろうか?」

「そうよ」

「そうか」



 本当に破格の条件だ。それでもまだ足りない。



「そこでは誰かに会えるのかしら?」

「元々逼塞の為の土地だからな、そんなに人通りはない、いや、ほとんど、か?だが、最近は増えてきた。それに管理しているそいつも顔は見せにくる」

「優しい人なのね」

「優しければ殺人鬼などしていないと思うが」



 隠す気があるのだろうか、ないのだろうか。いや、単に人に優しくすることに慣れていないのであろう。



「……どうしてかしら?」

「……俺が人を殺すのは、さっきのように、たまには『楽しい』事があるからだ」

「……ええ、肯定するわ」



 この世に『死んで欲しい』と思われてしまう人間はいる、それは事実だ。



「だからその逆も間違っていないと思った」

「人に手を差し伸ばしたい時は、そうしてみるのも『楽しい』から?」



 そう、それもまた事実。



「『楽しい』というか、なんだろうか、『満たされる』というか……何故笑う?」





「やっぱり、あなた、サンタさん?」


「……全く持って違う」


「おじさんはサンタさんでしょ?」


「……この俺のどこがサンタだというのか」


「だって今日は『クリスマス』だもの」


「サンタが来るのはイブの夜ではないか?」


「赤色の服を着ているわ」


「お前の父親ぶっ殺したときに浴びた返り血だ」


「袋も持っているもの」


「お前の父親の首が入っているな」


「それでも、私にプレゼントくれるのでしょう?」


「だが、それでも俺は、お前の父親を殺したんだぞ?」


「でなければ私が殺されていたわね」


「しかし……」


「いいの……」


「そうか」


「そうよ」


「……おい、何故近付く?」


「良いじゃない、私はまだおじさんに『プレゼントをあげてないわ』」


「…………」


「ねえ、おじさん?」











「私は貴方が大好きよ?」




「糞ガキめ……」











                少女「あなた、サンタさん?」   Fin


 くぅ~疲れましたw

 今日はもう寝ます。クリスマスにぶっ続けでSSあげていたということは、つまりそういうこと。
 お休みなさい。


 そして皆様、メリークリスマス。

 良い御年をお迎えいただけますよう。

超面白かった。
主にもメリークリスマス!!

他にもなんか書いてたりするの?
シグルイのは見てきた。

次回作まで待機するわw

>>1です。携帯から失礼します。

>>173 SS速報では、進撃のシグルイだけです。


色々突っ込みどころが多いかもしれないSSでしたが、少しでも楽しんでいただけたなら良かったです。

大切なことは目に見えない、と言うけれど、目に見えるレスかわ気になる私の様はお目汚しでした。


それでは、皆様、ご自愛下さい。
良いお年をお迎えいただけますよう。

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