夢魔道士「夢をみたあとで」(918)


【Ep.1 はじまりのあさ】


―――ギィィ

軋んだ音とともに、酒場の扉が開かれる。
勇者の証、光り輝く兜を頭に被った青年が、酒場に入ってくる。

「よぉ、久しぶりじゃねえかい」

酒場のマスターが気さくに話しかけている。

「おめえさんもついに、仲間を決めて旅立つのかい?」

顔見知りのようだ。
私も、彼の顔を知っている。
この町の、新しい勇者なのだから、誰もが彼を知っているだろう。

ただ、彼は私のことなど、知らない。


「剣の扱いはもう大丈夫だ。ここ数日で、ひととおり試し斬りをしてきた」

「はっは、そりゃあ頼もしい」

「仲間がほしい」

「ああ、それなりには揃ってるけどよう」

マスターは遠慮がちにちらちらと酒場のメンツを見回す。
卑屈な笑いがその顔にこびりついている。

「今どき魔王を倒すだなんて、血気盛んな奴がいるかどうか……」

「……だろうな」

ふぅ、と勇者は溜息をつく。
その答えを予想していたのだろう。


魔王なんて、倒しても倒しても、どこかで必ず復活するのだ。
そんなことを、我々人類は何度も繰り返してきた。

「討ち滅ぼすのではなく共生の道を!」

と叫んで魔王城に向かった勇者もいたらしい。
その後勇者がどうなったのかは知らないが、共生の道などなかったということはわかる。

まあ、村の中、町の中に魔物がいることもある。
人間と共生しようという魔物も少なからずいるのだ。
しかし、魔王軍全体としては、そんな考えは些細なバグ程度のものだろう。

今も、魔王は人間を滅ぼそうと、侵略を続けている。


「1人でもいい。魔法のサポートをしてくれる仲間がほしい」

「魔法か……うーん」

うってつけだ。
私は魔法が使える。
今日、この日のために、鍛練を積んできたのだ。

「……あの、魔法なら、私、使えます」

私は思い切って、勇者に声をかけた。
普段は人と接するのが絶望的に苦手な私でも、このときばかりは勇気を振り絞った。


「君が?」

「……初顔だね?」

二人は私の方を見て、首を傾げる。
半信半疑、嬉しさちょっぴり、てな顔だ。

「私、夢魔道士です」

「夢魔道士?」

そんな魔道士聞いたことない、てな顔だ。
そりゃあそうだろう。
私の母が考えた名前だもん。


「夢をみたあとで、その夢の中で起こったことを現実にすることができる魔法です」

「……ふうん?」

あら、まだ半信半疑、てな顔だ。

「試してみましょうか?」

「試すって?」

「私の魔法、見てもらいたいんです」

そう言って私は、左手の指輪を額にかざす。
目をつぶり集中。
人がいるのだから、今回はあまり長く眠れない。
調整が必要だ。

段々意識が遠のく……



―――
――――――
―――――――――

なにもない草原。
灰色の空。

目の前に魔物がいる。
緑色の大きいトカゲだ。

私はすっと手をかざす。

―――ピキンッ

あたり一面、ひび割れる。
灰色が濡れる。
すべてが凍る。

目を剥いた間抜けなそのトカゲは、アイスボックスの中で息を止める。

―――――――――
――――――
―――


「っは!」

「……」

ガヤガヤとした喧騒が徐々に耳に馴染んでくる。
目を数回瞬かせる。

「……起きた?」

目の前には、呆れ顔の勇者。
そりゃそうだよね、いきなり寝たら呆れるよね。

「どれくらい寝てました?」

「一分くらい」


「さ、では外へ行きましょう」

「外へ?」

「私の見た夢を、現実に変えて見せます」

私は勢いよく酒場の扉をギッと開ける。
太陽が目に眩しいけれど、なんだかとても快調だ。

勇者はマスターと顔を見合わせ、私の後をついてきてくれた。
マスターは苦笑し、私たちを見送る。


町の外の草原に出ると、私はトカゲを探した。

「なあ君、見たところ杖がないようだけど、どうやって魔法を使うの?」

勇者が私に聞く。
そうか。魔法使いといえば、確かに杖が必要かもしれない。

「今日は勇者様に会えるかわからなかったので、家に置いてきちゃいました」

私は嘘を吐く。
杖は早いところ調達しておこう。

「でも、杖なしでも大丈夫です」

私は得意げにウインクして見せる。
私のウインクは母に「歯が痛いの?」とよく言われたものだが、今日は可愛くできただろうか。
勇者は肩をすくめただけだった。


がさがさ、と音がして、トカゲが現れた。
夢とは違う、黄色だった。

「あ! 勇者様! トカゲです! 出ましたよ!」

「あん? 君、トカゲを探してたの?」

勇者は腰の剣に手をかける。

「でもそいつ、魔物だよ」

ふっと勇者がトカゲに斬りかかろうとする。


この世界に魔王軍が現れる前、トカゲといえば手のひらに乗るサイズだったそうだ。
それが、魔王軍が現れてからというもの、妙な生物がうろうろするようになり、それまでいた生物は数を減らした、らしい。

それまでの生物を「動物」、新しく現れた生物を「魔物」と呼び分けるようになった。
魔物の多くは進んで人間に危害を加えようとし、動物の多くは人間も魔物も怖がって近づかなかった。

動物の中には、魔物化して狂暴になったり大きくなったりするものもいた。
トカゲはそのいい例だ。
ワニとの違いはアゴで攻撃するか爪で攻撃するかくらいだ。

このトカゲをちゃちゃっとやっつけて、勇者に私の実力を示さなければ。

―――ピタッ

私の制止の手を見て、斬りかかろうとしていた勇者は足を止めた。
さすが、反射神経は抜群ね。

「なぜ止める?」

「私の魔法を見てほしい、と言いましたよね」

「でも、敵が」

「私が、倒しますから」

私は脳内で詠唱を行う。

 千年の眠り。
 ひとかけらの雪玉。
 悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
 脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
 時満ち足りて水面には幻影。

【夢魔法 よく冷え~る】


―――ピキンッ

辺りの草を巻き込み、可哀想なトカゲはアイスボックスの中で眠る。

―――ゴォッ

冷たい一陣の風が私たちの隙間を通り過ぎてゆく。

「こりゃあ、すげえ……」

ぽかんと口を開け感心する勇者。
第一印象の悪さは、もうクリアできたかな……?


「君の魔力を侮っていたようだ」

「私を連れていってくれますか?」

「ああ、魔王討伐に、力を貸してくれ」

私はにっこりと頷き、彼と固い握手をした。
この日のために、私は鍛練をしてきたのだ。
魔王を倒すため、私の魔法が役に立つ日を、ずっとずっと待っていたんだ。
その旅が、今始まる。



「……しかし、あの魔法名はなんとかならないだろうか」

私はそれには答えず、にっこりと微笑み、勇者の後を歩いてゆく。

こんな感じです
できるだけ毎日投下できたらと思いますが、気長にお付き合いください ノシ

【Ep.2 りゅうのしれん】


―――
――――――
―――――――――

真っ暗な洞窟。
天井から垂れるしずく。

目の前になにかがいる。
うじゃうじゃと。
人のような形をしているが、人ではないものたち。

背後の勇者を守らなければ。

私は手をかざす。

―――ゴォッ

あたり一面、火の海に。
洞窟の岩肌が照らされる。
魔物は燃え、形を崩していく。

人型のそれらは、うめき声をあげ、灰となり、風に舞う。

―――――――――
――――――
―――


「……っ」

私は小さなベッドの上で目覚めた。

反射的に左手の指輪を見る。

中央に埋め込まれた小さな宝石が、緑色に光っている。

よかった、緑色か。

そっと隣を見ると、毛布にくるまって勇者が眠っている。


昨日はたくさんの魔物を倒して、素材を集めて、次の町で換金をした。
たくさん出てきたトカゲは大したお金にならなかったけど、ここは大陸の端だから仕方がない。

戦闘に疲れた私たちは、町の宿屋で休んだのだった。

そういえば、さっき見た夢は炎の魔法が使えたな。
今日はボウボウ燃やして活躍しちゃうぞ! と、私はテンションをあげる。
今日も、旅が始まる。


「おはようございます! 勇者様!」

私は明るく勇者を起こす。

「……ん、おはよう」

「さあ、今日もはりきって参りましょう!」

「寝起き、いいね」

「はい、夢魔道士ですから!」

「どこの鶏が鳴いているのかと思ったよ」

「誰が鶏ですか!!」

夢魔道士が夢心地でふらふらしてたら、シャレにならない。
朝はシャキッと! が私のモットーでもある。


今日は大陸の中心へと続く洞窟へ向かう予定だ。
昨日は海沿いの平和な草原だったので、大した魔物は出なかった。
もっと魔王城に近いところや人の少ない地域なら、強い魔物がいるから貴重な素材がたくさん手に入るはず。

「今度はもっと、ふかふかのベッドで寝たいですね」

「魔王を倒す旅に、贅沢は言ってられないだろ」

今は貧乏旅だけれど、その分たくさん戦闘を経験して、力をあげていくことができる。
私も、勇者も、もっと力をつけて、いずれは魔王を。
そう考えると、とてもワクワクする。


宿屋を後にし、私たちは洞窟へと向かう。
武器や防具を買いたいけれど、今はまだそんな資金がない。

「薬草、たくさん買っておきましたよ」

「ああ、ありがとう」

「いつかは素敵なローブとか、ほしいですね」

「おれももっと性能のいい剣がほしい」

勇者の言葉は、昨日に比べて少し砕けた感じになった。
私のことも、「君」ではなく「お前」と呼ぶ。
でもそれは、高圧的なのではなくて親しみを込めたものである、と思う。
私にはなぜかその呼び方が、とても懐かしく、また居心地のいいものに感じられた。

「あれ、お前、杖は?」


しまった、杖(という設定の棒きれ)を宿屋に忘れてきた。

「……宿屋か?」

「……はい、そうみたいです」

「仕方ない、戻るか」

「い、いえ、それには及びません、私は……」

私は慌てて足元の棒きれを拾う。
それをシュッと振りつつ、優雅に決める。

「優秀な魔道士ですから。優秀な魔道士は、杖を選びません」


「そんな棒きれひとつで、大丈夫なのか?」

勇者は明らかに不安そうな顔をしている。
昨日の棒きれとさして変わらない物のはずだけど……

「大丈夫です。勇者様も、剣聖と呼ばれたらなまくらで戦えるようになっているでしょう?」

一瞬丸め込まれそうだったが、しかし勇者は反論してくる。

「いやいや、お前はまだ大魔道士ではないだろう?」

むむ、痛いところを突いてくる。


「とにかく大丈夫なんです、見ていてもらえればわかります」

「ふうん」

「それより今日はボウボウ燃やしますからね? 覚悟しててくださいね?」

「おれを燃やすつもりじゃないだろうな」

「そういう意味で言ったんじゃありません!」

「そういう意味に聞こえたんだ」


洞窟の入り口には、「魔物多数、危険」の看板があった。

「この洞窟を抜ければ、山脈の内側に出られるはずだ」

「地図通りだとすると……このあたりですね」

バサッ、と私は地図を広げる。
昨日印を付けたこの洞窟の入り口から、少し離れた「開けた空間」に辿り着けるはずだ。

ここに、小さな村と不思議な泉があるらしい。
私たちはそれを目指している。

「よし、行くぞ」


「これは……暗いな」

洞窟には当然明かりなどなく、入って数歩でなにも見えなくなってしまった。

「仕方ない、戻ろう」

「ええ? 戻るって勇者様……」

「松明がないと、とてもじゃないが進めなさそうだ」

「あ、ちょっと待ってください勇者様」

私は勇者を制し、昨日見た夢をイメージする。


 千年の眠り。
 ひとかけらの紅玉。
 天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
 空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
 時満ち足りて黒炭の棺。

【夢魔法 よく燃え~る】

―――ゴォッ

生まれた火球を飛散させてしまわないように、手のひらに留める。
それはゆっくりと回転しながら、だんだんと私の手に馴染んでくる。

「ほら、これで明るいでしょう?」

「はあ、便利なもんだ」


火球であたりを照らしながら、私たちは洞窟を進んでいった。

「お前は熱くないのか?」

「ええ、自分の魔力で焼かれる魔道士は、ちょっとみっともないでしょう?」

「確かに」

「熱いですか?」

「いや、大丈夫」


洞窟を進んでいくと、突然がらりと音がして、壁が崩れ落ちた。

「?」

崩れ落ちた岩は、ごろごろと動き出し、人を形作る。

「魔物か!?」

言うが早いか勇者は斬りかかる。

―――ガキィン!

―――ゴキィン!

岩とはいえ、勇者の剣で削られ、魔物は苦しそうだ。
しかし数が多い。
そして硬い。


―――ガキィン!

―――バキィン!

音が洞窟に響く。

魔物はどんどん数を増やし、取り囲まれるような態勢になってしまっている。
勇者は、背後にまで気を配る余裕がなくなっている。
それを見て、勇者の背後の魔物が大きく腕を振り上げた。

「危ない! 勇者様!」

私はとっさに、火球を放っていた。

―――ゴォッ


「ぎゃあああああ!!」

断末魔とともに、魔物が燃えていく。
岩でも、私の魔法で燃やせるようだ。
どろどろと溶けたり、ぶすぶすと炭になったり。

それを見て気を良くした私は、次々と火球を作っては魔物に叩きつけた。

―――ゴォッ

「熱い! お前! おい、熱い!」

勇者を取り囲んでいた魔物は、全滅していた。
その威力に、私は満足げにうなずく。
これなら、この洞窟も難なく通り抜けられるだろう。

「おい! こら! 熱いって言ってんだよバカ!」


燃えている勇者の服の裾をばたばたと消してから、たっぷりとお説教を食らった。

「お前の魔法の威力は分かったが、おれまで燃やしてどうする!」

「取り囲まれていたから危ないと思いまして……」

「おれは背後の敵にも攻撃できるように鍛錬してきたんだよ」

「そんなこと知りませんでしたし……」

「あとお前、火球を敵にぶつけたら明かりがなくなるだろうが!」

「同時に二つ出せるように頑張りますから!」


洞窟で、勇者の叱咤激励というか罵倒を受けながら、私の魔法は上達した。
……と思う。

「右手の火球が拡散してるぞ! 集中しろ!」

「威力が弱い! まだ魔物が燃えてないぞ!」

「おれを見るな! 魔物だけ見てろ!」

「おれじゃない! こっちを見るな!!」

「やめろ! こら! っちょ! やめろ!!」


……

洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の火球、右手には砲撃用の火球があった。
さらに足元にまとわりつく防御用の炎の盾があった。

「見てください! 完璧な布陣です!」

「魔王の側近にそういう魔物がいそうだな」

「なんてこと言うんですか!」

「頼むからおれの方を攻撃するのはもうやめてくれ」

「コントロールが難しいんですよ!」

勇者の衣服はあちこち焦げてしまっていた。
私の魔力のコントロールは、まだまだ上達させなければ。

夢魔道士と勇者の距離が少し近づきました
また明日です ノシ

言い訳しておくと、「よく冷え~る」という魔法名は
惑星のさみだれという漫画の宙野花子ちゃんの
必殺技からのパク……オマージュです


洞窟の先の「開けた空間」は、とてもきれいなところだった。
優しい木洩れ日の中に、小さな集落があった。
この辺りには魔物もいないようだ。
平和な集落なのだろう。

「まずは、泉の話を聞きましょう」

「まずおれの服だよ!」


とりあえずあつらえた勇者の服は、なんだか派手で、笑ってしまった。
兜が不釣合いだ。

「おい、笑うな」

「で、でも、勇者って言うよりも、商人とか遊び人に見えます」

「仕方ないだろ、鎧が売ってないんだから」

「あ、ふ、ぷぷっ、すみません」

「燃やしたのお前だろうが!」


……

集落のそばに、その泉はあった。
その泉のほとりに立った瞬間、すべての音が聞こえなくなった気がした。
それほど、神秘的で素敵な空間だった。
泉の周りには、見たこともない花が色とりどりに咲いている。

「よし、この泉を汲んでいくぞ」

「もう! 勇者様は風情がないですね」

「は? なに言ってんだ、お前」

「こんなに素敵な場所に来たのなら、ちょっと感傷に浸るものでしょう?」

「ちょっとなにを言ってるかわからない」

「もう! 知りません!」


鈍感な勇者を放っておいて、私はきれいな花を摘む。

「おい! 花なんかいいから、ここの泉の水をだな……」

勇者がなにかを言っているが、聞こえないふりをする。
この泉の水を飲めば体力が回復するそうだが、今の私は花に夢中になっていた。
たくさん摘んで、胸いっぱいに花の香りを吸い込む。

「ったく……女ってのはわからん」

勇者が遠くで毒づいているのが聞こえた。
ふんだ。
この花と、きれいな泉とを見て、なにも感じない方が理解できないな。


ざばざばざば……

泉の方で音がする。
なんというか、大胆に汲むのね。
がっつきすぎてるというか。
回復の泉だからって、あんまり汲みすぎると……

ざばざばざば……

なおも音がする。

ちょっと変だな、と思い振り向くと、泉の中心から大きな大きな龍が私たちを見下ろしていた。


「ぎゃあああああああああ!! 龍!! 龍ですよ!!」

みっともなく叫んだのは、断じて私ではない。
私はそんなに取り乱したりしない。
私は颯爽と勇者のもとへ駆け寄り、魔力を両手に込め、迎撃態勢を整えていたはずだ。

「あ、あれ?」

私は腰が抜けたのか、その場から動けずにいた。
勇者が剣で応戦している様子がぼんやりと見えている。

ぼんやりと?

私の目は、少し霞んでいる。


私は座り込んだまま、辺りを見回した。
きれいな花が咲いている。
だけど、その花を見つめていると、より目が霞んでしまう気がする。

しまった……

毒性のある花だったのか……

めいっぱい、香りを吸い込んでしまった……

私は意識が薄れるのを感じながら、手に魔力を込める。

「……よく……燃え~る……」


―――ゴォッ

「あははは!! あはははは!! 燃えてる!! めっちゃ燃えてる!! 弱っ!!」

次の瞬間、そこには花畑を燃やし尽くしながら踊る少女がいた。
少しハイになっていたのかもしれない。
花も灰になっていた。
うん、うまい。

「勇者様! 私のことは心配なさらず、ちゃちゃっと龍をやっつけちゃってください!」

私は花という花をどんどん燃やした。
勇者が毒にやられないように、まんべんなく燃やした。

ちらっとこちらを見た勇者が、この世の終わりみたいな顔をした。


……

よくよく聞いてみると、龍は泉の守り神で、花は不届き者を近づけないバリアだったそうだ。
龍さんが優しく教えてくれた。
私はただ正座して、花を燃やした愚行を詫びることしかできなかった。

「お前……村でなにを聞いてたんだ」

「だ、だって、勇者様も、戦ってたじゃないですか」

「だからあれは、単なる腕試しなんだって」

「は、花の毒で少し混乱していて……わかりませんでした」

「だからそれも村で聞いてたろ、花に近づきすぎると危ないって」

「……」

「それも聞いてなかった、と」

「……」


やばい。
勇者が私に向ける目線がやばい。
汚物を見るような、「僕すごく軽蔑してます」的目線だ。
あるいは可哀想なものを見て憐れむ目線だ。
教会で静かに神父様の話を聞いていたら、空気を読まずに飛び込んできて暴れた挙句ひっくり返って死んだセミを見るような目だ。

「あ、あの……」

『頭は少々弱いようだが、あの魔力はなかなかのものだった』

龍さんがさりげなくフォローしてくれる。
優しい。

「前半部分が、致命的かもしれない」

『知性ではなく感性で魔力が操れるということは、強い魔道士の証拠だ』

「そうかな……」

なんとなく馬鹿にされている感じは否めないが、龍さんは怒らずにいてくれた。
花もすぐに生えてくるらしい。


魔物の中にも、人間に危害を加えないタイプのものがいる。
動物の中にも人間に危害を加えるものがいるのと同じように。

龍の多くは人間に関わりを持たないが、縄張りに入ると途端に狂暴になるものがほとんどだ。
ただここの龍さんのように、なにかしらの守り神として君臨するものは、人間の干渉に寛容であることもある。
お互い過干渉にならず、うまく共存できる場合があるのだ。

さらに言えば、人間のために力を貸したりする、家畜や愛玩動物に近い関係のものもいる。

この旅の中で、色んなスタンスの魔物と出会えるかもしれない。

それは少し、楽しみだ。


私たちは集落へと戻る。
今日はもう遅い。
ここで夜を明かし、明日、また洞窟を抜けて先へ進むことになった。

「回復の泉がたくさん汲めて、よかったですね♪」

ちらっとこちらを向いた勇者は、やれやれという表情をした。
やれやれと、声を出していたかもしれない。

「お前のそのお気楽さ、今はちょっといらないな」

「そうですか……」


私はちょっと反省をした。
確かに、集落での情報集めの時にちゃんと話を聞いていれば、花を摘んだりはしなかっただろう。
慌てて花を燃やす必要もなかった。
龍が出ても、取り乱さずに済んだのに。

……あれ?
……私、全然ダメだ。
……足しか、引っ張っていない。

そう考えだすと、胸がきゅっと苦しくなる。
私、なんのために彼と一緒に来たのだろう?
うつむくと涙がこぼれそうで、でもうつむかずにはいられなかった。


「……ま、旅は長いんだ、しっかり頼むぞ、相棒」

勇者の温かい手が、私の頭にポン、と乗せられる。
うつむいたままの私は、一筋流れた涙を止められなかった。

「……ひゃい」

涙声なのが、ばれそうだ。
急いで目元を拭く。

「お前は、泣き虫だな」

勇者がぼそっと、呟く。
ばれていた。
そう、私は泣き虫だった、気がする。


私の母は、優秀な魔道士だった。
泣き虫な私をあやしながら、眠りの指輪で眠らせてくれた。

その昔、魔王の討伐に成功したと聞いたことがある。
だけど、誰もその話をしなかったし、母も詳しく教えてくれなかった。
寝る前にその話をせがんでも、母は笑って首を振るだけだった。

せっかく魔王を討伐しても、繰り返し生まれるのであれば、討伐隊を褒め称えている暇もないのだろうか。

私たちが倒せたとしても、無駄ではないか、という問いは心の奥に閉じ込めた。

「魔王……倒しましょうね」

勇者は声に出さず、でも力強く頷いた。

夢魔道士ちゃんはちょっとアホの子ですが、応援よろしくお願いします ノシ

???「レーザーブレードっ!!」

…それはそれとして休むな(ニッコリ)。

ちゃんとかえってくるんやで。この展開でエターナルした作品が何編あることやら…(血涙)。


……

宿で私たちは、興奮気味に語り合った。

「ちょっと重要だと思うんですよ、これ」

「ああ、そうだな」

「初めてですもん、二つの種類の夢を見るってことが」

「あれが二種類と言えるのかは微妙なところだが、確かにどちらもちゃんと効果があったな」

「ええ、強化魔法と弱体化魔法という、まあセットのような感じですが」

「それなら、炎と氷の魔法を同時に夢に見るということも、ありえなくはない、と」

「ええ、その調子で複数の夢が見られれば……」

「確かに前進しているぞ、おれたち」

「ええ!」


もしかしたら、このケースだけかもしれない。
だけど、二種類の魔法がちゃんと使えた。
その事実は、私たちを勇気づけた。

「でも、すみません、夢を見たときは、それが二種類だなんて気づかなかったんです」

「まあ、そういうこともあるさ」

ほろ酔いの気分も相まって、私たちはずっとお喋りをしながら過ごした。


「お前の夢の中ってのは、どんな世界なんだ?」

勇者は、あまり夢を見ることがないらしい。
しかも、夢を見たはずなのに起きたら覚えてないことがよくあるらしい。
私からしたら、「夢を見ない日がある」なんてことがまず驚きなのに。
私は、覚えている限り、夢の中のことを教えてあげた。

「まずですね、色がおかしいんですよ」

「本来黄色のはずのものが、夢の中では緑色だったり」

「それから、色があんまり鮮やかじゃなかったりするんです」

「灰色とか、なんか薄暗い感じの色のときが多いですね」

「そうそう、この指輪も、そうですね」

「指輪がどうしたんだ?」


「この指輪のクリスタル、緑色をしてるじゃないですか」

「だけど、夢の中では、必ず赤色に光るんです」

だから、私は夢の中のことを覚えておけるのだ。
だから、私は夢か現実か、わからなくなったりしないのだ。

「それがお前の道標になっているってわけか」

勇者が感心したように言う。

「ええ、赤色に光っているのを見ると、ああ、私は今夢の中にいるんだな、ってわかるんです」


「あと、普通に考えたらありえないことも、夢の中では変に感じなかったり、しますね」

「ん? 例えば?」

「そうですねえ、町中を歩いているのに服を着ていなかったり?」

「ほお」

「実は知らない人が、知っている人として登場したり?」

「へえ」

「目が覚めた後考えると、なんで違和感を感じなかったんだろうってことも、平気で信じてたりするんですよ」

「そういうもんか」


「一回さ、おれもそれで眠ってみたいんだけど」

なんか勇者が変なことを言い出した。

「もしかしたら、おれも夢で見た内容を、魔法で使えるかもしれないし」

「だから、さ、今日だけ、ちょっと一回」

少年のように期待に満ちた目。
キラキラと輝く目。
酒場でガラの悪い男どもににらみを利かせていたのと同じ人だとは思えない。

「仕方ないですねえ……」


「じゃあ、えっと、目を瞑ってください」

「お、おう」

「で、もうコロッと寝るので、ベッドに寄りかかる感じで」

「お、おう、ちょっと緊張するな」

「さ、いきますよー」

勇者の額に、指輪をかざす。
とろんと、勇者の表情が緩む。

「おやすみなさーい」

指輪で誰かを眠らせるなんて、初めてね。
私もすぐに寝床に入り、指輪を額にかざした。


……

「おっはよう!」

「お、おはようございます」

なんだか勇者のテンションがおかしい。
いまだかつてこんなことがあっただろうか。

「夢! 見たぞ! 面白かった!」

ああ、それでテンションが高いんですねえ。

「お前の体をムッキムキのバッキバキに鍛え上げる魔法だった!!」

「え?」

「あれ、【強くな~る】だよな? だよな? 詠唱方法を教えてくれ!」

「え?」


「ほら、ほらほら、詠唱方法とさ、魔力の練り上げ方を、さ」

「いやです!! 絶対嫌です!!」

「なんでだよ、今日はお前が魔物どもを砕け散らす番だぞ!!」

「絶対嫌ですー!!」

「腕を振り回すだけでいいんだぞ!!」

「無理っ!! むーりー!! 私だって乙女なんですからね!!」

絶対に教えるもんかと、私は宿の中を逃げ回った。
満面の笑みで追いかけてくる勇者は、とても怖かった。


【強くな~る】と【弱くな~る】は、それからあまり夢に見る機会がなかったけれど、使い方によっては強力な魔法となりそうだった。
勇者はムキムキになることを少し嫌がっていたけれど、いざとなればとても強い。
私のコントロール次第では、様々なものをピンポイントで壊したり弱らせたりすることができる。

「魔王を金属アレルギーにしてしまえば、おれの一撃で倒せるな」

「旅の終わりがそんなんでいいんですか勇者様!」

「酒場の男を『酒に弱く』できたんだから、魔王を金属に弱く……」

「それをほいほいと食らってくれる保証はありません!」

「いっそ『酸素に弱く』してしまえば、陸に上がった魚のようにのたうち回るだろうか」

「口パクパクしてる魔王も情けなくて見たくありません!」


……

それからしばらく、平凡な旅が続いた。

大きなけがもなく、集落や村をつなぐように歩き、大陸を少しずつ移動していった。

私の魔法は順調に使えていたし、少しずつコントロールも褒められるようになっていった。

威力はもともと勇者も褒めてくれていたが、私も満足できる手応えが時々あって、嬉しくなった。

小さな町で杖を買ってもらったものの、特に使わないものだから「無駄遣いだったな」と勇者に呆れられたりした。

装備品が使い込まれてきて、そろそろ新しい鎧がほしいな、なんて勇者がこぼしていたころ。

いやな夢を見た。

不穏な引きで、また明日です ノシ


弱い?
聞き間違いだろうか。
ほとんど独力で龍を倒したじゃないか。

「いえ、そんな、だって黒龍を見事に倒したじゃ……」

「いや、そういうことじゃなくてさ」

勇者は、難しそうな、恥ずかしそうな、妙な表情のまま言った。

「お前との信頼関係を、まだ築けていないことが、だよ」


「夢の内容を、おれに言えなかったわけだろ」

「旅を共にするパートナーなら、それがなんであれ、旅に関係することはすべて共有するべきだ」

「おれも茶化したりせずに、まじめに考えるべきだった」

「だから……まだまだ弱いな、と、そう思ったんだ」

勇者はつらつらと、恥ずかしいセリフを吐いた。
私は赤面して、目を逸らせた。
「お供」の立場の私が、勇者に気を遣わせてどうするんだ。
自己嫌悪に陥りながら、「私の自己嫌悪は、龍絡みが多いな」と思った。


「できるだけ茶化さないようにするよ、だから、不安な点も、なんでも言ってくれ」

「わかりました」

「おれも、お前の魔法なしでは龍を倒せなかった、だから……」

「わかりました、勇者様、早速ですね」

「あん?」

「魔力を結構消費しましたのでお腹が空きました」

「……」

「お腹が」

「お腹が、ね」

そのときタイミングよく、ぐぅっと、盛大な腹の虫が鳴いた。


勇者は私の腹の音を聞いて笑ったあと、倒した黒龍から柔らかそうなところを切り出し、焼いてくれた。
香草とか、塩とか胡椒とか、便利そうなものをいっぱい持っていた。
めっちゃくちゃ、おいしそうだった。

「そういえば野外で飯を食うことは少なかったな」

「簡単なパンとかばっかりでしたよね」

「魔物や動物を食うこともあるかもな、と思っていつも持ってたんだよ」

「便利すぎます! 尊敬します!」

「さあて、いい感じに焼けたぞ」

「うぉぉほほほほ、涎が出ます」

「がっつくな、こら」

せえの、で、「いただきます」の声が高らかに響いた。

夢魔道士ちゃんが勇者を応援しながら鈴がチリンチリンするくだりは、なぜか涙が出そうになります
ではまた ノシ


龍の香草焼きを食べながら、二人で今後のことを相談した。
もしまだ何回も【巻き戻~す】が使えるのなら、ここらの龍を倒しまくるべきではないか。
この山道を通る人たちは、常に龍の恐怖に怯えているのだ。
龍は繁殖が遅いようだから、絶対数を今日のうちに減らしてしまえば。
そうすればしばらくは、龍に怯えることなくこの道を通ることができるんじゃないか、と。

この一帯の人たちの安全のためでもあるが、それは私のためでもあった。
私はどれくらい魔法を使い続けられるのか。
お腹が減っても疲労が溜まっても、使い続けられるのか。
【神鳴~る】を使ったときも、へとへとにはなったが、多分まだ威力は落ちていなかった。

「ただ今回の場合、試してみて使えなかったらやばいんだけどな」

「勇者様が肉片のまま明日を迎えるのは嫌です!」

「縁起でもないことを言うなよ」

「実際に起こったんですから!!」


「まあ、限界でなくても『ここまでなら大丈夫』という指標はほしいな」

「今後のために、ですね」

私たちはお腹いっぱいになった後、龍のうろこのうち特にいい感じのを剥いで、茂みに隠しておいた。
それから爪、牙、ひげも。龍の体は優れた素材に溢れている。
倒れている龍はそのままにして(ついでにお肉も一部もらっておいた)、さらに山道を進んだ。

チリンチリン!!

景気良く、鈴を鳴らして。

チリンチリン!!

今回は勇者も、「静かに歩け」とは文句を言わなかった。


……

結局、私の【巻き戻~す】は夕暮れまで使っても威力が落ちなかった。
私は疲弊しきっていたし、3回ほど使ったあたりから腹の虫が泣きわめいていたけれど。

都合3回の大きな傷と、1回の死亡と、1回の私のケガと、2回の竜のパワーアップを巻き戻した。
時間が巻き戻せるのなら、と勇者はいつもより無茶な戦い方をしていたように思う。

「聞いてねえよ、翼を斬り落としたらキレてパワーアップするなんて」

「あれは単なるきっかけだったんじゃないでしょうか。どこ斬ってもキレてましたよ」

「1回目は覚えてないからいいけど、じっくり死ぬのは怖かった」


「私がもっと早く巻き戻すべきでしたね……」

「血がどくどく流れてさ、目がかすむのって、怖いな」

「すみません……」

「でもそのおかげで、ほれ」

私たちの前に、累々と積み上がる、大小さまざまな龍たちの死骸。
この山道に、こんなにいたのかと思うほどの、龍たちの死骸。

「ちょっとやりすぎたか」

「ちょっとやりすぎましたかね」


木を組んで作った「いかだ」で、ずるずると龍の素材を引きずり、私たちは村へ戻った。
とても大きくて多くて、なかなか大変だったが、これで勇者の鎧ができると思えば苦ではなかった。

「あっ」

ずるっと足を滑らせ、私は転んでしまった。

「おいおい、疲れがたまってるのか?」

勇者は優しく手を差し伸べてくれた。
もともと口が悪いときはあったが、優しい人なのだ。
手を握って立ち上がったとき、私は少し意地悪なことを思いついた。

「ありがとうございます、勇者様。優しいんですね♪」

そう言って、顔を寄せた。


「ん?」

戸惑う勇者に、チュッと口づけをしてやった。

「……は?」

「えへへへ、お礼です」

「……は? え? なに?」

恥ずかしがっているような、困っているような、変な表情で固まる勇者。
面白い顔。
やっぱり悪いことをしたかしら、と思って、もちろん【巻き戻~す】で時を戻しておいた。

そのあとちらちらと勇者はこちらを見ながら、変な顔をしていた。
私は知らんぷりをして、よいしょよいしょ、といかだを引きずった。


「ああ、これはいい鎧が作れそうだ」

村の鎧職人さんは、飛び切りの笑顔で私たちを迎え入れてくれた。

「今行けば、まだまだたくさん転がってるんで、よかったら使ってください」

「本当かい!? それならさっそく何人か取りに行かせよう」

鎧職人さんは、弟子に指示をし、素材を取りに行かせていた。
やっぱり職人からしても、龍のうろこは便利なのだろう。
たくさん倒したのも、より意味があるってものだ。


「貴重というよりも、やっぱり簡単に倒せる魔物じゃないからね」

「特にこのあたりの龍は多彩な攻撃をしてくるし、怒りっぽいし」

「素材をほしがっても、倒せる旅人はそうそういなかったんだ」

鎧職人さんは上機嫌だった。
近くにあるけどなかなか手に入らなかった良素材が、一度にたくさん入ったのだから、当たり前か。

「当然お代はいらないよ!! むしろこっちが買取してもいいくらいだ」

「いえ、それには及びませんよ」

私も学習している。
勇者の一行たるもの、金に卑しくてはいけない。
勇者がこっちを見て、ちょっと驚いていた。


「ついでに盾は作れるかな」

「ええ、ええ、そちらのほうが簡単ですよ」

「おい、お前の分も」

「あ、いえ、私は結構です。重い装備は使いこなせないですよ」

「じゃあ、ローブの上にはおるマントなんかは?」

「……それは……いいかもしんない」

私は龍のマントをまとって魔法をバンバン使う大魔道士を頭に描いてみた。
いいかもしんない。


「しかし勇者ってのは、やっぱりほかの旅人とは一線を画す存在なんだなあ」

鎧職人さんはため息とともに、そう言った。
出発する前に見せた「どうせ無理だろう」的な諦めの表情は、今はまったくなかった。

「いや、最初はね、『今回も無理だろうな』と思ってたんだよ」

「今までいろんな奴が大口叩いて、結局無理だった例をいやというほど見てるからね」

「だからあっさり、それも複数倒したやつを初めて見て、びっくりしちまったよ」

私は少し得意げになって「いえ、それほどでも」と笑って見せた。
勇者の一行には余裕が必要だ。
すげー私、ひゃっほー、では格好がつかないものね、うん。

正直あの戦闘は「あっさり」とは程遠かったが、龍を複数倒したことには変わりはない。
褒められるたび、私は嬉しくなった。


鎧を作ってもらっている間、私たちは町で休むことにした。
確実に前進している。
それを思うと、少しここで足踏みするのも、悪くないと思えた。

一日ではとても作れないので、何日か滞在することになりそうだ。
とりあえず、ということで、酒場に向かった。

「酒場は情報収集の基本」

ごもっとも。

「うまい酒も飲めるしな」

ごもっとも!!


―――カランコロン

小気味いい鐘の音が鳴り、私たちは酒場に足を踏み入れた。

「おお、勇者様のお越しじゃ!!」

「いよぉっ!! 勇者様!!」

「ケガはねえかい!?」

「酒飲め酒!! 今日はおれらのおごりじゃからね!!」

大きな歓声に迎え入れられ、私たちはしばし呆然とした。
なんだろう、この雰囲気は。
龍を倒したから? たくさん倒したから?


「今までいろんな奴が挑んではやられて帰ってきた、あの黒い龍を倒してくれた礼だよ」

そう言いながら、みんな私たちに酒を注いだ。

「これで隣町に行くときに、ビクビクせんで済むってもんじゃね」

みんな顔が赤い。
すでに喜びの酒がずいぶん入っているようだ。

「おう、嬢ちゃん、あんたもたいそうすごい魔道士みたいじゃないか」

「そりゃあ勇者様の一行なんだから、よっぽどすげえ魔力を持ってるんだろうよ」

「まあまあ、英気を養っておくれよ。鎧ができるまでのここの飲み代は、村人みんなで出すからよ」

どうやら私たちのことは知れ渡っているらしい。
龍のことも、鎧のことも知られているとは。


「嬢ちゃん、なんか魔法使ってみてくれよ」

「おお、そりゃあいい、おれたちが見たこともねえすげえ魔法とか、ねえのかい?」

のんべえたちが、はしゃぎだした。
私は正直疲れ切っていたが、お酒をおごってくれる村人に対してつれない態度をとるのもなあ、と思った。

「おいおい、こいつは今日たくさん魔法を使って疲れてんだ、勘弁してやってくれ」

「あ、いいんですいいんです、ちょっとだけならお見せできますよ」

勇者がかばってくれるのは嬉しいが、私はサービス精神を見せることにした。

「じゃあ皆さん、グラスをお酒で満たしてください」


みんな、首をかしげながら、グラスを酒で満たしていった。

「みなさん、お酒ありますね? それじゃあ……」

私は、コホンと咳ばらいをし、乾杯の音頭をとってみる。
暮らしていた町でこんなことをしたことはなかったけど、勇者と旅をするうちに、度胸がどんどんついてきた気がする。

「私たちの出会いに! 龍の恐怖をめっちゃ減らした功績に! これからの人生に!」

『乾杯!!』

みな妙な表情を浮かべながらも、おいしそうに酒を飲んだ。
私もグイッと飲んだ。
いやあ、この村のお酒はおいしいわね。ほんと。


「みなさん、飲みましたね?」

「飲んだけどよ、これが魔法になんか関係あんのかい?」

「ええ、それはこれからお見せしますよ♪」

そして私は【巻き戻~す】を唱えた。
戻しすぎないように、注意して。
この酒場の中の時間を戻し、グラスが空になる前に戻す。
このくらいなら、大した魔力も使わないから、大丈夫。

たぶん。


「おお、どういうこっちゃ、これは」

みんな驚いている。
飲んだはずのお酒が戻っている。

「どういう魔法だい?」

「狐に化かされた気分だ」

「すげえや、初めて見る種類の魔法じゃね」

みんな喜んでくれたようだ。
私もニコニコで、またお酒を飲む。
今日はちょっと飲みすぎているような気がするが、まあ、今日くらいはいいよね。

……ん?
……なにかが頭の片隅に引っかかっている気がした。
……ん?


……

それからのことは、あまり覚えていない。
気がついたら、勇者におんぶしてもらい、宿屋に戻るところだった。

「あ、ゆうしゃさまー、ごくろうかけますー、おもいですか? だいじょうぶですか? うふふ」

私の呂律は絶好調だった。
あれだけ飲んで一つも噛まなかった。

「飲みすぎだ、バカ」

勇者の言葉は短かった。

「ばかっていわないでくださいー、きょうはわたし、すっごいがんばったでしょお?」

「……それは、そうだけど」

「でしょおー、うふふふふふー」


月明かりがきれいだ。
風も心地よい。

勇者は文句も言わず、私を宿屋まで連れてきてくれた。
やっぱり、優しい。
酔っぱらってなければ、月を見ながら愛を語らうのも素敵かもしれない。
なんちゃって。

「あの魔法で、記憶まで消せるわけじゃないことを、次は忘れないように」

勇者がポツリとつぶやいた。

「えー? なんですかー?」

「さ、着いたぞ、さっさと寝ろ」

それから私はベッドに投げ出され、あっという間に眠りに落ちていった。


……

龍の素材で作った鎧と盾は、勇者の体によく合った。
見た目も格好いいし、なにより硬さと柔軟性が同居していて、なんかもう、最高だった。

「なんかもう、最高ですね」

私は貧相な語彙でそれを褒めた。

「お前のそれも、なんつうか、こう、いい感じだな」

勇者も貧相な語彙で私のマントを褒めてくれた。
私のは、重すぎず薄すぎず、龍の力強さを備えた強いマントだった。

「これ、そんなに重くないんですけど心強くって、素敵です」

装備が充実して、私たちはとても嬉しくなってはしゃいでいた。
村の人たちも、とても喜んでくれた。

【Ep.8 まのもり とまどい】


大きな森を抜ける。
それがこの先に進むための最短ルートだった。
しかし、私は気が進まない。

なぜなら、その森は「魔の森」と呼ばれ、近隣のものは決して近づかないところだからだ。

「ねえ勇者様、どうして『魔の森』だなんて呼ばれているんでしょうね」

「強い魔物が出るからだろ」

「じゃあどうして、周りの人たちはここのことを口にすると怯えるのでしょう」

「魔物が怖いからだろ?」

「それだけでしょうか……」

私はやっぱり嫌な予感がしていた。


確かにここの魔物は強い。

集団で襲ってくるし、しつこい。

 千年の眠り。
 ひとかけらの罅割れ。
 衝動と焦燥、本能の震動。
 空を仰ぎ、地を這う羽虫。
 時満ち足りて大地の深呼吸。

【夢魔法 土砂崩れ~る】

―――ズズゥン!!

「ガッ!!」

しかし、足元を崩す魔法であっけなく土に埋まっていく。


「よし! 上出来だ!!」

―――ザシュッ!!
―――ビシャァッ!!

勇者が埋まった魔物を斬り裂いていく。
それは見事な連携だった。
魔物の体液が飛び散る。

―――ザシュッ!!

―――ザシュッ!!

「はっは!! おれの剣の前ではその皮膚も無力だな!! はっはっは!!」


魔の森に出るのは、羽のある大きなカエルだった。
粘着質の液体を飛ばしてくるし、意外と素早いし、皮膚はぬめぬめで打撃は効きそうにない。
しかし、あっけなくやられていく。

「ガッ……」

大きなガマグチからびちゃびちゃと涎を垂らして死んでいく。

「うえ、気持ちわりっ」

勇者が体液を避けながら斬り裂いて回る。
こんなものだろうか。
魔の森なんて恐れられているのに。


「まあ、それだけおれたちも強くなったってことだ」

勇者はパンを頬張りながら、気楽そうに言った。
しばらく魔物が出なかったので、木陰で休憩をしている。

「お前のスランプも抜けた」

「夢に見る魔法も多彩になった」

「装備も充実してきた」

「まあ、普通の冒険者ならここでつまずくのかもしれないが、おれたちには大したことない森だったってことだろ」

私もパンを口にしながら、頷く。
確かに私たちは強くなった。
たくさんの魔物を倒してきた。
だけど……本当に?


「心配しすぎなんだよ」

ぽんぽん、と私の頭をはたいて、勇者は立ち上がった。

「ほれ、今日中に半分は進まねえと、抜けられねえぞ、この森」

「まだ今日は奥まで進むからな」

それも心配の種だった。
森の最深部まで進まないと、二日で抜けられないのだ。
しかし近隣の村の人たちは、誰も最深部がどうなっているのかを知らなかった。

「恐ろしい魔物でもいるんでしょうか」

「……ま、いるだろうな、なにかが」

「なにかって……」

「まだおれたちの知らないような、なにかだ」


土塊の魔人、ぬるぬるのガマグチ、大鷲など、今まであまり見なかった魔物が多い。

しかし魔人とガマグチは【土砂崩れ~る】で足元から崩せば倒せたし、大鷲は急滑降してきたところを斬り裂けた。

これらの親玉が、奥にいるのだろうか。
村人が知らない「なにか」が住んでいるのだろうか。

ざわざわと、気配がする。

常に周りに魔物がいる気配がする。

気持ちが悪い。


「あれ? 明るいな、あっち」

前方が明るい。
え、まさか、森を抜ける?

「やけに早いな、二日かかるんじゃなかったのか」

私も驚いた。
まさか、私たちは歩くスピードもずっと速くなっているのだろうか。

「……拍子抜けの森だったなあ」

勇者がつぶやく。
私も同感だ。


まだ周りを取り巻く魔物の気配は消えない。
気持ち悪い粘着質の視線のような気配は消えない。
しかしそれも思い過ごしだったのだろうか。
心配しすぎなのだろうか。

まあ、なにはともあれ。

「よっしゃ!! 抜けたぞ!!」

勇者のかけ声に合わせて、森を抜けた。

気持ちの良い空が広がっている。

私たちは無事、森の入り口に戻っていた。

「は!? 入り口!?」


「え? え? ここ入ってきたとこですよね!?」

「なんで!? え? 入り口そっくりの出口!?」

「いやいやいや、あの木見覚えがありますよ!?」

「どこで!? どこで間違えた!? おれ!? お前!?」

「私は勇者様にずっとついて歩いてたじゃないですか!?」

訳が分からなかった。
私たちはずっと森の最深部目指して、進んでいたはずだ。
引き返すこともなかった。
方向感覚も狂っていなかったはずだ。

「……化かされたか……」


「畜生!! もう一回行くぞ!!」

「え、行くんですか!?」

「おれたちはこんなところで迷っている場合じゃない!」

ずんずんと進む勇者。
私はそれに従うしかない。

「もー、無謀じゃないですかあ」

私たちの方向感覚がおかしいのでなければ、きっとこれには理由がある。

私は通ってきた道を覚えるために、思いついたことを試してみることにした。


「なんだそれ」

「えへへ、目印です」

私は通った道の脇に、土で作った「人形」を残すことにした。

「今日はせっかくの土の魔法ですからね、こうやって有効利用しようかと」

「なるほどな、効率が悪い気もするが、まあ目印は必要だな」

ぽつぽつと人形を残しながら、先を急ぐ。
もう休憩している余裕はない。
魔物と全部戦う気もない。
この妙な「魔の森」を抜けられなければ、先へと進めないのだから。
余計なことに気を取られず、とにかく先へ。

「おい、ナメクジの人形の完成度が下がってきてるぞ」

「ウサギです!!」


……

「……なんでだ……」

ナメクジの、もとい、ウサギの人形の前で勇者が膝をつく。
これで何度目だろうか。
私たちの行く道の先に、私が作ったはずの人形が姿を現す。

「おれたち、まっすぐ進んだはずだよな?」

「そのはずです」

「方向も合ってるよな?」

「問題ありません」

「じゃあなんでお前のナメクジが前に現れるんだよ!?」

「ウサギですよ!!」


魔物の力だろうか。
なんにせよ、この森には人を迷わせる魔法がかかっているようだ。

「そういやあ、しばらく魔物が出ないな」

それも怪しい。
最初はあんなに魔物が襲ってきていたのに、今は姿を現さない。

「進むべきか、否か」

「……なんにせよ対策が必要ですよね」

「対策か……」


野営の準備をしながら、私は人形の出来をよく見てみた。

「……確かに……私の作ったものの気がする」

私たちが迷う理由として考えられることは大きく分けて二つ。
私たち自身に魔法をかけるか、道に魔法をかけるかだ。

人形がコピーではなく確かに私の作ったものならば、魔法は私たち自身にかけられていると考えられる。
私が作ったものではないとしたら、道に、もしくはこの森全体に魔法がかかっているということだ。

「今度はなにか特徴をつけて人形を作ってみるってのはどうだ?」

「だから、わかりやすくウサギにしたんですけどねえ」

「触角を3本とか4本にしてみるってのは?」

「触角ってなんですか!? 耳ですよ耳!!」


妙な気配は消えない。

でも魔物は見えない。

「確かにここは……魔の森ですね……」

土で作った高い壁の中で、私たちは眠った。


―――
――――――
―――――――――

ふわりと空に浮く感覚。
足元が崩れていく。

―――だめよ――――――その魔法では―――

誰かの声がする。

魔物たちが土に埋もれていく。
難なく魔物を蹴散らしていける。
しかし、あたりを見回すと、どちらから来たのかさえ分からなくなってしまった。

――――――真実に―――正しい道に―――目を―――向けるのよ―――

――――――道という言葉にすら―――とらわれては―――いけない―――

なんだか聞いたことのあるような声で、諭される。

―――――――――
――――――
―――


高い土壁の中で、私は目を覚ました。
どうやら魔物は襲ってこなかったようだ。
ただ、すごい圧迫感である。
よくこんなところで寝れたな。

「おはよう」

勇者が起きだしてきた。
私と同じように、土壁の圧迫感に少し気圧されているようだった。

「あ、そうか、昨日、この中で寝たんだった……」

きょろきょろと見回す。
当然出口などはない。

「……今日の夢はなんだった?」


幸いにも、見た夢がまた土の魔法だったので、再び土壁を崩して外に出ることができた。
そうじゃなかったらどうしていただろう。
もう一度土の魔法の夢を見るまで繰り返し寝ただろうか。

「ああ、素晴らしき開放感」

伸びをする。
と、勇者が深刻そうな声でこちらに話しかけてきた。

「……おい、あれ見ろ」

「なんですか? ぎゃっ!!」

右の道にも、左の道にも、私の作った人形があった。

「お前のナメクジが増えている」

「ええ、ええ、もうナメクジでいいですよ、この際ね」


「私たち、どっちから来ましたっけ」

「多分こっちだ」

「でも、そっちにも人形があるんですよね」

「ああ、どちらかが偽物だ」

「でも、どっちも偽物って可能性も」

「む?」

「そもそもこんなに近くに作りましたっけ?」


私たちは人形を見つめながら朝食をとった。
立往生だ。
打開策を考えつくまではこの場所を動けない。

「どう見ても私の作品ですね……」

「作品とか言うな、そんな高尚な物じゃない」

「ちょっと! 私がなんと呼ぼうと勝手じゃないですか!?」

「すべての芸術家に謝れ」

「それちょっと言い過ぎでは!?」

あまり議論は進まなかった。

個人的には夢魔道士の「むーりー!」がとてもお気に入りです ノシ


……

「お前たちは下がってよい」

女王の間には、きらびやかな装飾があるかと思っていたが、ここもなんだか堅苦しかった。
勇者とともに通された間で、私たちは女王様の話を聞くことができた。

「長旅、ご苦労様でした」

「この町で、ゆっくりと休むといいでしょう」

「いきなり試すような真似をして申し訳ありませんでしたが、この城のしきたりでしてね」

そう話す女王様は、椅子にふんぞり返って統治するというよりも、戦の前線で今すぐにでも戦えそうな格好をしていた。
顔はにこやかだが、鋭さと厳しさも持ち合わせている。
私には、あの表情は真似できそうにない。


「ここらの魔物はとても強いから、このような格好をしているのです」

「私がここから一歩も出ず、指示だけ出すような横着者だったら、この城はここまで発展しなかったでしょうね」

「ここはとにかく『守り』に特化した城でね」

「だから、どこもかしこも石でできていたでしょう」

なるほど。
敵からの攻撃を防ぐため、町も城も石が中心ということなのね。

では、あの門番の二人は?
あれはなんだったのだろう。


「私が女王だからかねえ」

「城の警備に入ろうという者は、これまた女性が多くてね」

「だから、足りない力を補うため、魔法での防御に長けた者を、防衛隊長に置いているのです」

その防衛隊長さんも、女性だそうだ。
魔法での防御、というのと、先ほどの門番さんと、どうつながっているのだろうか。
あれは魔法人形だったのか?


勇者がこの付近の魔物のことや、西の大陸への移動のこと、魔王城の情報などを女王様から聞き出している間、私は少しヒマになった。

いつも情報を整理するのは、勇者がやってくれていた。
私の頭では、あまり整理ができないからだ。
そのせいで勇者に迷惑をかけてしまったことも多々あった。
だけど、私は私のできることを頑張るしかない。

ヒマなので見回してみると、女王の間の壁に大きな槍がかかっているのを見つけた。
装飾も見事だが、使い込まれた様子からすると、女王様はこれを振り回して戦うこともあるようだ。
武器を使いこなす女性というのも、とても格好がいい。
私はこん棒くらいしか振り回せないから、ちょっと憧れる。


「今日はもう休みますか? それとも、城を案内でもさせましょうか」

「どうする?」

勇者が私を振り向いて聞く。

「わ、私、あの門番さんのことをもっと知りたいです」

あれがもし魔法で動いていたのなら、とてつもない魔法だ。
しかも、あの女性の門番さんが防衛隊長ということではないだろう。
ならば、城の中から操作していた人がいるのだろう。
それを、私は知りたいと思った。

「よろしい、では我が城の防衛隊長を紹介することにしよう」

女王様はパチンと指を鳴らした。
それは女性には珍しいしぐさで、これまた格好いいなと感じてしまった。

そそくさと、道化の二人組がまた現れた。


「隊長殿は、訓練場にいらっしゃいます」

「部下の指導をしておられる時間です」

入り組んだ廊下を歩きながら、道化さんが説明してくれる。
ここもすべて石でできている。
少し暗くて怖いが、ちょっとやそっとの火では落とせそうにない城だ。

私たちが来たことはすでに伝わっているらしく、廊下をすれ違う人たちに、にこやかに会釈されることが多かった。

「やっぱり勇者の一行というのは、好意的に受け入れてもらっているんでしょうか」

「まあ、とんでもなく強いとは思われているだろうな」

「悪意はあまり向けられませんね」

「勇者を目の敵にするような城なら、そもそも門で追い返されているだろうな」

「あ、そうか」


……

「たぁっ!!」

「はっ!!」

訓練場には、戦士たちの威勢のいい声が響いていた。

「いやぁっ!!」

「うぁぁっ!!」

誰も彼も、武器を振り回し、立ち回り、恐ろしいスピードで動いている。
ひゅんっと風を切る音が心地よい。

そこにいたのは、全員女性だった。


「ああ、あなたが勇者様ですね」

いち早くこちらに気付いた女性が、訓練を止めた。
あの人が「防衛隊長」さんだろうか。
背が高くてとても格好いい。
長い金髪と鎧が、アンバランスなようでいて均衡が保たれている。

「ようこそ、我らが城へ」

「見学でしょうか?」

みんな興味深そうにこちらを見ている。
これだけの視線が集まると、ちょっと怖い。

「お招きありがとう」

「こいつがね、ちょっと魔法に興味があるっていうものだから」

「門のところで動いていた、あのがらんどうの鎧の戦士は、誰が動かしていたのかな、と」


勇者はさすがに、私の興味を正確に汲み取っていてくれていた。
私の代わりに、すべて聞いてくれた。

「ああ、あれですか」

隊長さんは微笑んで、こちらに話しかけてくれた。

「あれは私の遠隔魔法で動いている、鎧人形です」

「あ、あの、何体くらいいるんですか?」

「ちょうど百です。でも、毎日百体動かしているわけじゃないけれど」

「ひゃ、ひゃく!?」

驚いた。
もしかしてそこら中に配置されているのだろうか。
門の向こうの二体を倒しても、百体が集まって来ればきっと勝てなかっただろう。


私のそのリアクションがおかしかったのか、みな笑った。

「あなたは魔道士? 勇者様の一行なのだから、あなたにも立派な魔法があるのだと思いますが」

「あ、はい、夢魔道士です」

「夢魔道士?」

「えっと、夢に見た魔法が使えて、えっと、たとえば今日は弱体化の魔法なんですけど」

「へえ、世の中には珍しい魔道士さんもいるのですね」


「この方の魔法を勇者様の剣に纏わせておられました」

「鎧人形がいとも簡単に斬り裂かれました」

「そう、まるでゼリーのように」

「ゼリーのように!」

道化さんたちが報告している。
掛け合いがなんだかおかしい。

「へえ、あの鎧を斬り裂いた、と」

隊長さんも感心している。


「よし、せっかくだから、ちょっと魔法を見せてくれませんか」

「あなたに素質があるなら、私から伝授できるものもきっとあるだろうから」

いつの間にか、訓練場に鎧人形が入ってきていた。
いったいどこから来たのだろう?

「この鎧人形を相手に、立ち回りを見せてもらえませんか」

「ここで鍛錬している者たちは、まだまだ新入りなもんだから」

まあ、人間に斬りかかるよりは鎧人形の方がためらわずに済む。

「橋のところでやった感じでいいですかね?」

「ああ、それでいこう」

勇者がガチャリと剣を抜く。


「弱くな~る!!」

ぶうん、と魔力を放出。
勇者の剣に向かって放つ。
淡い光が訓練場の暗い室内を照らし出す。

「さ、いつでもどうぞ」

くいくい、と勇者が手招きする。
門のところであっさり二体倒したものだから、余裕の表情だ。

「さあ、お手並み拝見といきましょう」

隊長さんがにやりと笑うと、鎧人形が襲い掛かってきた。

とんでもないスピードで。


―――ガキィン!!

「どわっ!! なんだこのスピード!!」

―――キィン!!

鎧人形の持つ斧が、床に打ち付けられる。

「速い速い速い!! 門番の比じゃねえぞこれ!!」

―――ガキィン!!

とは言いつつも、勇者は身軽に斧を避け続ける。
口ではふざけていても、目は鋭く鎧人形を見つめたままだ。
あの黒龍と戦った時から、勇者は「回避」に意識を集めるのを怠らなかった。

「門のところの鎧人形は、私の目が届きませんからね」

「だけど、目の前で操れば、これくらいのスピードは出せるんですよ」


「はっ!!」

―――ガシュッ!!

勝負は一瞬でついた。
門の時と同じく、勇者の剣が鎧を切り裂いた。

今回は中に人がいないこともわかっていたから、ためらいなく真っ二つにしていた。
これが人間だったら、こんなに踏み込んで斬れないだろう。

その鮮やかな一閃に、私の体はぶるっと震えた。
残念ながら胸は揺れなかった。


「ほぉぉ、お見事」

パチパチパチ、と周りから拍手が起こった。

「妙な魔法ですね」

「こんな細身の剣で、鎧人形を真っ二つにするとは」

私の攻撃魔法は、勇者の剣を痛めつけてしまう。
だけど、【弱くな~る】は剣への負担が少ない。
ここ数日の旅で、私たちはそれに気付いたのだ。

そして、この魔法剣は楽に戦うのにもってこいだということが分かっていた。


「わ、私は立ち回りが下手です」

「勇者様にご迷惑ばかりかけています」

「だけど、場に合った魔法で、勇者様の戦いを楽に進められるように、サポートします」

ぎゅっとローブの端を握る。
私の魔法は、隊長さんを失望させなかっただろうか。
勇者の一行のわりに、しょぼいな、なんて思われなかっただろうか。

「素晴らしい魔道士と勇者に拍手!!」

隊長さんの号令に、大きな拍手が起こった。
私はびっくりして、隊長さんを見つめてしまった。


「わ、私の魔法、期待外れではなかったですか」

「そんなことありません」

「で、でも、火とか氷とかでバーン! の方がよかったんじゃないか、って不安で」

「いやいや、これは十分驚異の魔法です」

その証拠に、と隊長さんは周りの女戦士たちを見回して言った。

「この勇者様たちがこの城を攻めてきたと考えてみろ」

「鎧人形も、石の城も、いとも簡単に斬り裂かれていただろう」

「そう、それこそ……」

道化さんたちがババッと前に出てきて嬉しそうに言った。

「ゼリーのように!!」

「ゼリーのように!!」

「そう、ゼリーのように、だ」


私たちは、好意的に受け入れてもらえたようだ。

みんな、にこやかに話しかけてくれるようになった。

そこには、「こいつらが敵でなくてよかった」という安心感も、少しあったに違いない。

「勇者様、このお嬢さん、ちょっと借りますね」

隊長さんは私を訓練場から連れ出し、城の中の広場に案内してくれた。

「勇者様、もしまだ元気があれば、この子たちに立ち回りを教えてやってほしいのです」

「この城の基本は、盾での防御なのですが、あなたみたいにうまく回避できれば、それに越したことはないですから」

勇者は快く引き受け、訓練場に残った。
女戦士たちのきゃいきゃい言う雰囲気が、ちょっと気になったけど。

強い魔道士との出会いは、実は初めて?
ではまた ノシ


広場で私たちは、魔法について熱く語りあった。

「私は内なる魔力を練るよりも、空気中から生成する方が性に合っているようでね」

「あ、私はどちらかというと、自分の魔力を指輪で増幅して練り上げるタイプですかね」

「ほう、その指輪は?」

「母の形見です。眠りの指輪といって、私がこれで眠ると必ず夢を見るんです」

「なるほど、それで昨日はあの、弱体化の夢を見たと」

「ええ、そういうことです」


「前に【弱くな~る】を使った時は、魔物相手じゃなくて酒場の酔っ払い相手だったんですよ」

「酒場の酔っ払い……ね。絡まれたのですか」

「ええ、そうなんです。だから椅子の足を壊して転げさせたり、酒瓶の硬度を弱めて割ったりしました」

「なんと! そんなことまでできるのですか……」

隊長さんは私の言葉に驚いていた。
酒瓶や椅子の足に限定して魔力をコントロールすることは、かなりの鍛錬がいるはずだ、と。
それから柔軟なイメージ力、剣に纏わりつかせるコントロールも、褒めてくれた。

「やはり、勇者の一行ともなると、素晴らしい魔道士が帯同しているものですね」

「少し侮っていました、申し訳ない」

隊長さんは、きらめく金髪を揺らして、深々とお辞儀した。
女性としても、戦士としても、とても素敵だと思った。


それにしても、私はそれほどの魔道士なのだろうか?
まだまだ未熟だと思うし、くぐった修羅場なんかは隊長さんの方が多いだろうに。

「それはきっと、指輪の効力が大きいでしょうね」

「指輪の?」

「そう、夢を見るという制限がブーストになり、あなたの実力以上のことが可能になっているのでしょう」

「じゃあ……私の実力は夢を見なかった時の魔法程度ってことですか?」

「どうかな、指輪は魔力を増幅させるといわれるけれど、あなたに素質がなければ、指輪は応えてくれないはずですよ」


それから私たちは、魔法を披露しあった。

鉄の盾を弱体化させると、私が軽く触れただけでぐにゃりと曲がった。
許可を得て隊長さんを「日光に弱く」してみると、とたんに隊長さんはぐらりと倒れ込んだ。
すぐに日陰に避難させたけど。

「あーいかん、くらくらする、鍛錬が足りんな、あー」

「すみません、お水どうぞ、10分くらいで元に戻りますからね」

隊長さんの遠隔操作は、鎧人形に限らなかった。
剣に意思を持たせたように、あり得ない動きで宙を舞わせたり、木のつたに私を捕縛させたりした。
ぎゅっと縛られると、ちょっと妙な気分になった。

「あうっ」

「ふふふ、カラダを封じれば妙な魔法も出せないでしょう」

隊長さん、すごいイキイキしてた。


鎧人形の扱い方も詳しく教えてくれた。。

対象の物体と同じ大きさ、同じ形に魔力を練り上げ、ぴったり重ねる。
隅々まで意思を通わせる。
自分の意識とシンクロさせる。
そして、簡単な指示を与える、らしい。

「百体に、ずっとそんなことをしているんですか?」

「いえ、普段は休ませてあります」

「じゃあ、いざというときには……」

「ええ、百体みんな、出撃しますよ」

すごい。
それはとてつもない魔力量と、コントロール技能だと思う。

門番の二体よりも、勇者が訓練場で戦った鎧人形の方が早くて強かったけど、あれは……


「ええ、もちろん自分の目の前で動かせば、細かいこともできますし、手で操ればもっと、ね」

あれよりももっと早くなるのか……
もし私の使える魔法がもっと使い勝手の悪いものだったら、勝てていただろうか。
たとえば【風立ち~ぬ】とか【神鳴~る】だったら、効果がなかったかもしれない。

「もし門番を無理に倒して侵入しようとする輩がいれば、私に連絡が入ります」

「あ、あのずらっと並んだ鎧人形さんたちが……」

「そう、私の操作で暴れ回ります」

わあ、それは怖い。
無理に入らなくて、ほんとによかった。


「あれ? あの鎧人形は、もし倒すとしたら、どうすればいいんでしょうか?」

今回は弱体化魔法が相性よく、勇者の剣で斬り裂くことができたけど、魔法でも倒せるのだろうか。
もし魔法が効かないなら、訓練場の腕試し以前に、私たちは城にすら入れなかったかもしれない。

「元の形をイメージしているのでね、形が大きく変わってしまったら魔力が霧散してしまうのです」

「形が?」

「ええ、ちょっとへこんだり、兜が落ちたりするくらいなら大丈夫ですが、真っ二つにされるとさすがに復活させられません」

「あ、すみません……」

「いやいや、勇者の一行の実力がはっきりわかったのです、あれくらいなんとも」


操作系の魔法を教えてもらえたら、すごく旅の助けになると思った。
だけど、これは一般的に普及している魔法ではなく、隊長さん独自の魔力のコントロールだった。
私が「夢を見て現実にする」という魔法の使い方をしているのと同じようなものだ。
だから私にはとても扱えない。

「もし明日時間があれば、あなたの助けになるような秘伝の魔法をお教えしましょう」

「え!? ほんとですか!?」

「ええ、勇者様の旅の補助をするのは、人類の務め」

そして、隊長さんは意味深な笑みを寄越した。


……

訓練場に戻ると、勇者が汗をかきながら女戦士たちに体さばきを教えていた。

「肩の開きが早い!! 目線だけ向けて、ぐっとこらえろ!!」

「踏み込みが弱い!! もう一歩前だ!!」

「体重は両足に均等にかけろ!! 片方に体重を預けてるとそっちからの攻撃に対応できねえって!!」

「そう!! それだ!! もっと早くできるぞ!!」

訓練場はすごい熱気でいっぱいだった。
誰もが勇者の言葉を聞いて発奮している。
勇者もすごく指導に熱が入っているし、指示がうまくいくととても嬉しそうにしている。

「なかなか熱血ですね、あなたの勇者様は」

隊長さんが私にだけ聞こえる声でつぶやいた。


「勇者様、初対面の人たちに指導する言葉遣いじゃなかったと思うんですけど」

指導が一区切りしたころを見計らって、一応くぎを刺しておく。

「お、おお、そうか。すまん、こいつにいつも言ってるみたいな感じでやっちまった」

はは、と無邪気に笑う勇者。
でも、それを不快に思っている人は一人もいないみたいだ。
勇者の周りを取り囲む女戦士たちは、みなさわやかな笑顔だった。

「いやあ、しかしさすがのメンバーだ。飲み込みの早いこと早いこと」

勇者はすごく嬉しそうに言った。

「どこかのおっちょこちょいのどんくさい魔道士様とは一味違う」

そう言ってこちらをにやにやと見つめる。
私はほっぺたがぷーっと膨らむのを感じた。


「おやおや、勇者様は女性の扱いは不得手と見える」

「でっしょお!? いっつもあの人、私の扱い悪いんですよ!! この間も……」

私の愚痴を隊長さんは笑って聞いてくれる。
勇者も女戦士さんたちも笑って聞いている。

とても素敵だ。

とても素敵な空間だった。

ここでしばらく暮らしたい。

そう思えるほどだった。


夕食を城の食堂でいただいた後、隊長さんが手配してくれていた町の宿に泊まった。

「好きなだけ滞在してくれていいし、必要なものがあれば言ってくださいね」

なにからなにまでお世話になっている。
申し訳ないと思う一方、それを恩返しするには、なにより魔王討伐が一番だと実感した。

「わー、ベッド広いですよー」

「あんまバタバタすんなよ」

「えへへー」

「ゴロゴロもすんなよ」

私たちは、これからのことを話しあった。
泊めてもらえる恩もあるから、ここのためになることをしようと。
たとえば今日みたいな、立ち回りを教えたり、魔法の交流をしたり。
自分たちのためにもなるし、城にも還元できることを。


「隊長さん、魔力のコントロールがすごく上手でしたから、【強くな~る】とか使いこなせそうですけどねえ」

「ああ、それを戦士たちに使えば、攻め込まれた時にも役立ちそうだな」

「門の耐久力を上げてカチンコチンにしてしまうというのもいいですね」

「ああ、あれな、物体にも使えるのか」

「できるはずですよ?」

それから、町に出て日持ちのする食料や、旅の道具を調達しないとな、と話しあった。
薬草や調味料、それからテントのための丈夫な布やロープも傷んでいたので新しいのがほしいところだ。

「ま、明日一日使って、整えようぜ」

そう言って勇者はベッドに潜り込んだ。
私も、今日の疲れをとるべく布団をかぶった。

では、また ノシ

読んでくれてありがとうございます
ちゃんと完結させまっせー


私は町中を駆けずり回りながら、苦戦している鎧人形や女戦士さんたちを助けていった。
鎧人形は槍や剣で攻撃している。これは効くはずで、問題ない。
女戦士さんたちは、剣か、もしくは毒草で戦っていた。これもある程度効果がありそうだった。

走り回っている間、誰の死体も見かけなかったが、一つ気になるものがあった。

倒れている鎧人形だ。

どう見ても「大きく形を崩された」感じはしないのに、ピクリとも動かない、それ。

もしかして隊長さんが遠隔操作を解いたのか、とも思ったが、決まって傍には戦ったであろうガマグチの魔物がいた。
だいたい女戦士さんにとどめを刺されていたが。

「戦っているガマグチがいれば、なあ」

その場を見たい。
そうすれば、対処法が見えてくるかもしれない。


「やあ、すみませんね、手伝っていただいて」

のんきな声が響いた。
防衛隊長さんだ。

「あれ、こんな前線に出てくるんですね」

「言ったでしょう? 私の鎧人形は……」

隊長さんが手刀を振ると、ものすごいスピードで鎧人形たちが隊列を組んだ。
こんなに、どこに隠れていたのか。

「手で操れば強くなる、と」

ビュンッ

鎧人形たちが、町中を駆け抜けた。


「あ、あの、隊長さん、ちょっと気になることが」

「なんでしょう?」

「ここに来るまでに、倒れている鎧人形を数体見ました」

「ええ、やられていましたね」

「妙じゃないですか?」

「なにがです?」

「鎧、崩されていませんでしたよ?」

「ふうむ」


「あの、私は今炎の魔法が使えるんですが、単純に火球にして放つと、飲み込まれるんです」

「ほう、火を食べるということですか?」

「いえ、火を、というよりも、魔力を。現に松明の火は怖がりましたから」

「なるほど、となると……」

私の言いたいことが伝わるだろうか?
同じ魔道士として(隊長さんは戦士っぽいけど)、考えることは近いだろうか?


「私の鎧人形は、相性が良くないかもしれませんね」

「魔力を吸い取るように食べるのであれば、簡単に無力化されてしまいます」

「となれば……」

「一体だけ残して、帰還させましょう」

やっぱり!
隊長さんはきっと私と同じことを考えている。

「どうして一体残すんです?」

私は一応聞いてみる。
考え方が一緒なら、私はとても嬉しくなるだろう。

「そりゃあもちろん、どうやって魔力を食べるか見てみたいからですよ」

その答えは、私の期待通りのものだった。


「あなたの火球を食べたときは、どんな様子でしたか?」

「えっとですね、ボシュッと音がして、火が掻き消えました」

「口の中に入る前に?」

「いえ、口に放ったのも悪かったんですが、大きな口に包まれて、消えました」

「吸収は……」

「基本全部口からです、そのための大きな口でしょう」

「そのあとは……」

「体の膨張は、ほとんど見られませんでした。身体能力が上がった感じもしませんでした」

「なるほど」


私は、隊長さんが私の言いたいことをしっかりと聞いてくれることに、本当に嬉しくなった。
魔道士として、勇者のサポートとして。
魔道士として、城と町の警護として。
どこを見てなにを考えるかの基準が、これほど一致するとは。

私たちは鎧人形一人を連れ、まだ大きな音の響いている広場へと進んだ。

私たちの会話を、一人の女戦士さんが聞いていたが、妙な表情をしていた。
会ったばかりの者同士が、以心伝心であることが、理解できないのだろう。


広場。
真ん中にガマグチがいる。
取り囲む女戦士さん、鎧人形。

「下がれ!!」

隊長さんは、全員を下がらせた。
それから、そこにいた鎧人形たちはそのまま広場を出て行った。

「ようし、色々と試してみましょう」

そういう隊長さんは、これまたイキイキとして見えた。

「まずは私の火球から行ってみましょうか」

「ええ、やってみてください」


「よく燃え~る!!」

私は勢いよく火球を練り上げた。
同時に二つ。
今回は試しだ。だから最初と同じことをもう一度やってみる。
後ろで隊長さんが「……やはり妙な魔法名だ」とつぶやいていたのが聞こえたけど、無視する。

―――ゴォッ

―――ボシュッ

やはり大きな口で吸収されてしまう。
もう一球は、あえて外してみる。

「はっ」

―――ゴォッ

―――ボシュッ

側面から体を狙ったが、意外と素早い身のこなしで、食いつかれてしまった。


「……なるほど、そういう風に食うのですか」

隊長さんが観察している。

「では、あなたの魔法では倒せないのですか?」

「いえ、それは……」

私たちは、ガマグチから目を離さず、話を進める。
私はさっきガマグチを倒した方法を説明した。

「なるほど、やはりあなたは魔力のコントロールに長けているようですね」

褒められた。
勇者にはコントロールが甘いってさんざん言われるけど、少しは成長しているということかしらね。
隊長さんのリップサービスでないといいのだけれど。


「では次は私が」

そう言って隊長さんは、ずい、と前へ出た。

鎧人形が間合いを詰める。
気のせいかもしれないが、魔物は少し嬉しそうな表情になった。

ビュンッ

鎧人形の剣がうなる。

ビュンッ

ガキィン!!

ガマグチは相変わらず「らしくない」身のこなしで、それを避ける。

―――ギュゴッ!!


妙な音が響いた。
そして、鎧人形が崩れ落ちた。

ガラァ……ン……

「素早い」

隊長さんがつぶやく。
今、あの魔物は「鎧のわずかな隙間から」魔力を吸い取ったのだ。
かなりの早業、かつ恐ろしい能力だった。
魔の森では、そんな様子なかったのに。

「あの一瞬のスキをついて魔力を吸い取るわけか」

さて、次にやるべきことは……

「さて、まだ火球を作り出す魔力は残っていますか?」

ですよね、そうこなくっちゃ。


「はっ!!」

私は火球を生み出しては投げつける。

「はっ!! はっ!!」

そのたびにボシュッと音がし、ガマグチに飲み込まれる。

「まだまだ!!」

―――ゴォッ!

―――ゴォッ!

―――ゴォッ!


「ううむ、特に外見、能力に変化なし、ですね」

だめか。
こういう「○○を吸収する」タイプの魔物は、吸収しすぎて自滅することがよくある。
だけど、今回はだめみたいだ。

また、「吸収して体を大きくするタイプ」「吸収して強くなるタイプ」もいるが、そうでもないらしい。

「よし、こんなもんでしょう」

隊長さんのOKが出た。
もう倒してしまっていいかしら。

「最後は、私に任せてください」


隊長さんは、前に出てきて、ぶつぶつと詠唱を行った。

「天候魔法……ヒノヒカリ……」

そう言って手を頭上に掲げる。
すると、夜なのに、空から一筋の明るい光が伸びた。

「はぁっ!!!!」

隊長さんの手の動きに合わせて、その光の刃は魔物を焼き尽くした。

それこそ、「吸収するヒマもないくらい」早く鮮やかな一撃だった。


「……すごい」

隊長さんは、まだこんな切り札を残していたのか。
一国の防衛を預かる立場の人としては、当然なのかもしれない。
それにしても、すごい。

「この魔法、便利だから覚えてみる気はありませんか?」

「え?」

「明日、これを教えてあげようと思っていたんです」

この魔法を、私が使う?
それはとても素敵な提案だ。
だけど、夢も見ずにこの魔法がうまく使えるのだろうか。


「明日を楽しみにしていてください」

そう言い残して、隊長さんは他の場所へ行ってしまった。
戦士さんたちが戦っているところの加勢に行ったのだろう。

私のいる広場では、すでに倒した魔物の解体が始まっている。
もう、危ない場面はほとんど切り抜けたのだろう。
私も、もっと力になれたらよかったのに。
少し、物足りない気がした。

私たちは町の防衛に役立っただろうか?

私たちなんかいなくても、この町は安全だった。

勇者の一行として、それは少し情けない気持ちだった。

「いよう、無事だったな」

後ろからぶっきらぼうで優しい声がした。


「魔物、どれくらい倒せましたか?」

「ん? おれか? 数えてないな」

「そうですか……」

「ほれ、あらかた倒し終わったらしい。おれたちも一応行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「隊長様のいる広場だよ」

伝令が飛び交っている。
隊長さんから指示があるのだろう。
私たちも、みんなが向かっている広場へ行くことにした。


「ああ、ご苦労だったな、みんな」

隊長さんが前に立ち、ねぎらいの言葉をかけている。
女戦士さんたちはきれいに隊列を組んでいる。
よく見ると、男の人も結構いるようだ。
今まで気づかなかった。

私たちは、ちょっと離れたところに目立たないように立っていた。

「戦果報告!」

次々と魔物の討伐数が報告されていく。
私たちの倒した分も計算されているのだろうか。
少しでも防衛に役立てていたのならいいんだけれど。

「よろしい! 素晴らしい活躍だった!」


「防衛軍以外での怪我人ゼロ!」

「死者ゼロ!」

「よくやった!」

「普段の鍛錬の賜物だ! 今後もこのような不測の事態に備え鍛錬を怠らないように!」

隊長さんの言葉が続く。
厳しそうでもあるけれど、そう称える姿は、きっと普段から慕われているんだろうなあと思わせた。

「あ、そういえば、ですね」

私は、先ほど隊長さんが魔法を教えてくれるという話を勇者にした。

「それ、夢にうまく見れるのか?」

「いや、それはどうなんでしょう」


「明日、聞いてみないとわかりませんねえ」

「まあ、戦闘の幅が広がることはいいことだ」

勇者は私の魔法を信頼してくれている。
さっきだって、一人前の戦闘員として私を送り出してくれた。
そして、「無事だったか」と声をかけてくれた。

だから、私は勇者のために、できることはなんでもやりたい。
さっきの隊長さんのすごい魔法も、身につけたい。

「すっごいんですよ、太陽が魔物を焼き尽くす感じで」

「太陽出てないじゃねえか」

「違うんですよ、なんかこう、太陽を召還するみたいで」

「ああ、そういや一瞬明るくなったなあ」

「それですそれです!」


「全員回れ、右!!」

私たちの会話は、隊長さんの言葉で途切れた。
戦士さんたちが、みなこちらを向いていた。

「我らが城のために、町のために、ともに戦ってくれた勇者様と、魔道士様に、礼!!」

その合図で、みんな一斉に、敬礼をした。
私たちは、ぽかんと立ち尽くすだけだった。

「ああ、いや、大したことはしてないので……」

勇者も、そう返すので精いっぱいだった。


「あんなふうに感謝されたことって、そういやなかったな」

「ですね」

黒龍を倒した時も、酒場の人たちは感謝してくれたけど、こうやって公の人が隊列を組んでお礼を言ってくれるっていうのは、珍しい。

そのあと、町を一通り見回って、私たちは宿に戻った。

少し目が冴えて眠れそうになかったので、もう一度指輪を使うことにした。

眠るまでの少しだけの時間、私は考え事をしていた。
魔の森はここからそう遠くないはずなのに、隊長さんがあのガマグチのことを知らない感じだったのが、なんだか引っかかっていた。
あの「天候魔法」というものが、とても魅力的で、だけど私に扱えるか、不安だった。
それからそれから……

明日は買い物をして、魔法を教えてもらって、それから……

私は眠りに落ちていった。

新しい魔法を教えてもらえるチャンス……!?
ではまた ノシ


……

次の日、町はなんだか浮ついた様子だった。

商店街に活気はあるものの、なんだかわざとらしい。

昨日魔物の襲撃があったから、緊張しているのかしら?

「おい、早くついてこい」

勇者が急かす。
時間はまだたっぷりあるんだから、買い物くらいゆっくりすればいいのに。

「待ってくださいよー」

私は買い込んだ食料や荷物を抱えながら、よたよたと勇者の後を追った。


「ねえ、勇者様、気づいていますか?」

買い物の途中、木陰で休憩しながら私は勇者に尋ねてみた。
この町の違和感に気づいているか、聞きたかったのだ。

「……妙によそよそしい気がする」

「ですよね!」

やっぱり勇者も同じことを考えていた。

「昨日よりも視線を感じるし、なんか少し感じ悪い、っつーか」

「で、ですよね!」

視線か。
そういえばそんな気もする。
私も同じように気づいていたふりをした。


「今日も城に行ってみて、そこで聞いてみるか、この違和感の正体」

「どうせ、あれだろ、魔法教えてもらう約束してるんだろ」

「そのついでにおれも一緒に行くよ」

そうだった。
隊長さんに教えてもらうんだった。あのすごい魔法を。

確か【ヒノヒカリ】って言ってた。
てことは、太陽光を操る魔法?
でも、日の出ていない真夜中にあれだけの威力を発揮するとなると……

もしかしたらものすごい旅の助けになるかもしれない。
勇者の私への評価がハネ上がるかもしれない。
勇者に気づかれないよう、こっそり笑みを浮かべた。

「おい、変な顔してないで、行くぞ」

気づかれていた。


……

「妙な違和感……ですか」

隊長さんに魔法のことを聞く前に、勇者は今日感じた違和感について隊長さんに聞いていた。

「よそ者は珍しいのかもしれないが、昨日よりも露骨に見られるような気がして、な」

隊長さんは少し考えて、言った。

「それについては……ちょっと確証がありませんが、後でお伝えしようと思います」

「後で?」

「そう、このお嬢さんに魔法を伝授してから、ね」

そして私の方を見てにやりと笑った。


「あ、でも、私の方はそんなに急いでもらわなくても……」

「いえ、急いだ方がいいのかもしれません」

「?」

「いえ、こちらの話です。早速始めましょう」

まあ、教えてもらえるのなら逆らうこともない。
私と隊長さんは、昨日と同じ、城の中の広場へ向かった。
勇者は勇者で、昨日と同じく稽古をつけるのだと言って訓練場へ向かった。

「あの方は勇者だというのに、偉そうなところがなくて好感が持てますね」

「そうですか? 結構偉そうな口調だと思うんですけど」

「それはあなたとの信頼関係が築けているからですよ」

「そうかなあ……」


「訪れた城の戦士に稽古をつけるというのは、なかなかできない芸当ですよ」

「私が過去に見たことのある勇者は、『もてなされて当然』『敬意を払われて当然』みたいな傲慢を絵にかいたような馬鹿者でした」

「はあ……そんな人もいるんですねえ」

「それと比べれば、可愛いと思いませんか?」

「……まあ、『嫌な人』でないことは確かですね」

そうか。他の勇者、か。
考えたことはなかったけれど、他にも王様に認められて旅をしている人たちがいるんだ。
旅の中で出会うこともあるかもしれない。
私よりも優秀な魔法使いを連れている勇者を見たら、ちょっと嫉妬してしまうかもしれない。


「さて、お喋りはこれくらいにして、昨日の魔法をお教えしましょう」

そう言って隊長さんは、昨日の魔法【ヒノヒカリ】について説明をしてくれた。
やっぱり太陽光を召還するような魔法だった。
鍛えれば真夜中でも使用可能らしい。
私がそこまでの威力を発揮できるかは不明だけど。

詠唱方法と、魔力の練り方も教わった。
隊長さんは、さすが一国の防衛隊長だけあって、指導の仕方も抜群にうまかった。

「思えばこの『詠唱』というものも、面白いと思いませんか?」

「面白い? ですか?」


「誰に語りかけているんでしょうね。自分ですか? それとも神?」

「さ、さあ……」

考えたこともなかった。
いつも学んだとおりの言葉を並べていただけだった。
母も、ただただ「この通り詠唱しなさい」としか言わなかった。

「魔法をつかさどる神様がいるとしたら、それは『魔王』だという気がしませんか?」

「……え?」

なんだかいやな言葉を聞いた気がする。


「魔法なんてものはね、魔王がこの世にあらわれるまで、存在しなかったはずなんですよ」

「そうなんですか?」

「『魔法』や『魔力』という名前自体、魔王や魔物を連想させるでしょう」

「た、確かに……」

「魔法が使える我々は、魔物の末裔だという気がしてならないんです」

「そんな……」

そんな怖い話をここで聞くとは。
でも、あり得るかもしれない。


「とはいえ、人類は長い間かけて独自の魔法や魔力の有効活用法を見出してきたのです」

「たとえ私たちに魔王の血が流れていたとしても、それが魔王を滅ぼすとすれば、正真正銘の人類の勝利だと思いませんか?」

そう言って隊長さんは笑った。

「私は勇者の剣ではなく、魔道士の魔法が魔王を倒すと信じているのです」

「ですから、私の伝えた魔法が魔王討伐に役立つなら、こんなに嬉しいことはありません」

私は期待されている。
勇者のサポートという形ではなく、魔王討伐の大きな一撃として、私の魔法が期待されている。

「き、きっと、私が魔法で倒します!」


その時、ズズンと地響きのようなものが聞こえた。

「!!」

広場に緊張が走る。
近くの戦士さんたちが隊長さんに駆け寄る。

「なんの音だ! どこからだ!」

「おそらく町の方です!」

「あ! あちらから煙が!」

町の方を見ると、騒ぎが聞こえてくる。
煙が立ち上っている場所もあるようだ。
なにが起こっている!?
私にできることは?


見張り台に向かうと、町の方を見張っていた戦士さんが報告してくれた。

「大通り商店街にて騒ぎが起こっています!」

「具体的な敵の姿は確認できませんが、魔物のようです!」

「住民が苦しんでいます! 倒れている人数はおよそ10!」

姿は確認できず?
住民が苦しんでいる?

もしかして。

「私に任せろ」

私が過去の魔物を思い出して対処法を思い出そうとしている間に、隊長さんが見張り台に上っていた。


「あなたも、早く」

隊長さんがこちらを見て手招きしている。

「先ほどの魔法の試し運転のチャンスです、急いで」

そうか。
あのときみたいな【神鳴~る】は夢に見ていないから使えないが、【ヒノヒカリ】なら。

「は、はいっ!!」

私はローブの裾をまくりあげて見張り台によじ登った。
隊長さんと肩を並べて魔法を撃つ。
それは光栄なことであり、緊張することでもあった。


「さあ、いきますよ」

「はいっ!!」

先ほど教えてもらった詠唱をつぶやく。
早く、でも正確に。

 天に昇るは神の眼。
 濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
 死者は棺に生者は炭に。
 果てしなく赫く。
 その名を灯せ。

【天候魔法 ヒノヒカリ】

そして手を高く掲げた。


―――カッ!!

空が裂かれ、光の刃が伸びる。
でも、住民を攻撃してはいけない。
町の方へ目を凝らす。

逃げ惑う住民。
纏わりつく、姿を消す魔物たち。
魔法で照らされ、おぼろげながら魔物の姿が見える。

あのときは無我夢中で海に向かって魔法を撃った。
だけど今は、多くの人の中に魔法を撃ちこまないといけない。
正確なコントロールと速さ。
住民を苦しませないため、一撃で魔物を焼き尽くす威力。
すべてを満たさなければいけない。

「はぁぁっ!!」

目を見開いたまま、指先を町へ向けた。


―――カァンッ!!

光の筋が魔物を貫く。

―――カァンッ!!

目を走らせ、魔物を捉える。

―――カァンッ!!

乾いた音が、光の刃に遅れて届く。

無意識に私は、10本の指をピアノでも弾くように広げていた。

「はあああぁっ!!」


光に飲まれた魔物たちは、どろどろと醜い姿を晒して倒れていた。

住民たちは驚き戸惑いながらも、自分たちの足元に転がる異形の者がもう動かないことに安堵しているようだった。

勇者は結局訓練場から出て来なかったのだろうか?

町の魔物はおそらくすべて倒したと思うが、安心するのは早い。

私は町の方へ目を凝らし、倒し損ねた魔物がいないか確かめていた。

ふと気づくと、隊長さんが私の方を見て目を見開いていた。

「?」

どうしたんですか、と聞こうとして、やめた。
隊長さんはただ驚いているんじゃない。
私に対する色んな感情が渦巻いていて、それを整理するのが難しい、そんな表情に思えたからだ。
例えば、そう、「恐れ」だとか「疑い」だとか。
そんな感情だ。

パンパカパーン! 夢魔道士ちゃんは太陽の魔法を覚えた!
では、また明日 ノシ

台風で忙しさが緩和されたので投下しますイェイ


工房にあった「車のついたかご」は、とっても便利だった。
多くの荷物を運べるし、荷車ほど大げさでもない。
食材を運ぶのには、ちょうどよい大きさだった。

「これ、便利ですね」

がらがら、と音を鳴らして、私たちは集めた食材を運ぶ。

「一台、もらおうか」

「そんな気軽に……」

「じゃあ、材料を集めて作るか」

「それもまた無茶ですよ……」


工房に戻った私たちは、お婆さんのためにまた料理を始めた。

オオコウモリの腹の肉は、網で挟んで外に干した。

木の実は煮込んで煮込んで、砂糖をたっぷり入れて瓶に詰めた。

木の根は塩茹でして練ってみたけど、あんまりおいしくはならなかった。

そして魚は……

「うむ、いい塩加減だ、うまい」

「あ!! ちょっと!! なに一人で先食べてるんですか!!」


「おぬしの指輪な、あれの正体が少しわかったぞ」

食事をとりながら、お婆さんが話してくれた。

「あれには、巨大な魔力が込められている」

「じゃが、それはおぬしの魔力とは別物だ」

「なにか心当たりはあるかの?」

もちろん、それは一つしかない。
私のお母さんの魔力だ。

「じゃろうな、形見じゃという話じゃったから」


「額に当てると眠る、というのも、その魔力のなすしかけじゃ」

「母上殿は、昔からその指輪でおぬしを眠らせてくれていたのではないかの?」

「あ、はい、その通りです」

「母上殿が、ずっとおぬしの旅を見守ってくれていたのじゃろう」

「これからも大切にするがいいぞ」

では、何度も聞こえたあの声は……

「そうだ……お母さんの声だったんだ……」

どうしてそれに思い至らなかったのだろう。
考えてみれば、当たり前のことだったのに。
私の旅を支えてくれた、あの声は、お母さんの声だったんだ。

胸がぎゅっと、熱くなった。


「さて、なにかほかにほしいものはあるかと聞いたが、決まったかの?」

私たちは、思いついた「ランプ」のことを話した。
昼間光を貯めて、夜光る、ランプのアイデアを。

「おお、それはいいアイデアじゃな」

「早速、それも作る作業に入ろう」

お婆さんは快く引き受けてくれた。

「負担じゃないか? というか、サービスが良すぎないか?」

「なんじゃ、サービスがいいと不安か?」

「うますぎる話は、怪しいと思わなけりゃな」

「まあ、旅の勇者ならそれくらい身構えてないと、の」


「ときに勇者殿よ、おぬし、魔法の心得は?」

「ん、ない。全くと言っていいほど、ない」

「じゃろうな、しかし魔法を剣に纏わせたい、とな?」

「ああ、何度がうまくやれてるんだが」

「剣にクリスタルを打ち込むだけでも十分かもしれんが、おぬしがもっと上手なら、さらにうまくいくのにのう」

そう言って、お婆さんはまた考え込む。
なにかいいアイデアがあるのだろうか?

「ま、楽しみにしておれ」


厨房をよく探すと、料理に関する本が何冊か見つかった。
それによると、魚の塩漬けをうまく作るには少々時間がかかるようなので、とりあえず仕込みだけを終わらせる。
ついでに魚のオイル漬けも仕込んでおいた。
たくさん食材を採ってきたつもりだったのに、保存食にしてしまうと、あっという間になくなった。

「なんか、作ってみるとあんまり量ありませんね」

「でもよ、おれたちが出発すれば、あの婆さん一人分だけだぜ?」

「あ、そうか」

「今は居候二人分の食材が余計にかかってるわけだからな」

「誰が食いしん坊ですか!!」

「言ってねえ!!」


……

「これは?」

「勇者殿のための、『魔法の指輪』じゃよ」

お婆さんがくれたその指輪は、私のとよく似ていた。
というか、デザインがそっくりだった。

「え? おれがつけるの? これ」

勇者は私とお婆さんを交互に見る。
なんか照れている。

「ほんの少しだけ、クリスタルが余ったもんでな」

「それをつけておけば、魔力の流れが一層スムーズになる、はずじゃ」


「えへへ、おそろいですねー」

私は嬉しくなってしまった。
魔法の詠唱とともに、手をつないでみたりなんかして。
で、力を合わせてバコーンと強力な魔法で敵をやっつけちゃったりなんかして。

ちょっと素敵!!
ドキドキするかもしれない。

「なあ、そういえばお前、なんで左手に指輪つけてんの?」

「え?」

「右手で魔力コントロールすることが多いだろ? じゃあ指輪も右手の方がいいんじゃないか?」

……そんなこと、考えたこともなかった。
……右手か。やってみてもいいかもしれない。

「おれは、ほれ、左手につけるからよ」

ん?


「これで、指輪どうしくっつけて、いい感じに魔法が剣に伝わったりするんじゃないか?」

ぎゅっ

こ、この勇者は。
私が指輪を右手につけかえるやいなや、左手で握ってきた。
なんてことするんだ!
私は乙女なのに!
乙女なのにィ!!

「ほれ、どうだ?」

しかも、さっきちょっと照れてたのがウソみたいにさわやかに!
ぼくなんにもやましいことありませんよ? みたいな顔つきしやがって!
勇者コノヤロウ!!
照れちゃうじゃないのコノヤロウ!!

「なんて顔してんだ?」

あんたのせいだ!!


結局お婆さんは、日暮れまでに、剣と、ランプと、新しい指輪を作ってくれた。

なんというスピード。
なんというサービス。
はじめのころの偏屈な職人イメージは、もうとっくに霧散した。

「このランプには、日中ある程度魔力を込めておくこと」

「そして太陽のもとに出しておくこと」

「そうすれば、夜好きなだけ光ってくれる」

「ただし、あー、消せないのが弱点じゃが」

消せない!?

「つまり、明かりがつきっぱなしじゃ」

もったいない!!

「じゃから、明かりがいらんときのために、黒いカバーも作っといた」

なんという二度手間!!


「なにからなにまですまないな」

勇者がうやうやしく頭を下げる。
心底嬉しそうだ。

「これで、装備もだいぶ充実した」

確かにそうだ。
龍の鎧やマントを作ってもらったとき以来じゃないかしら。

「おぬしらはやっぱり、魔王城へ最短距離をたどるのかの?」

「ああ、そのつもりだ」

「なら、ここからじゃと北じゃな」

それから、勇者は具体的な進行ルートをお婆さんに教えてもらっていた。
私にはよくわからない地名がポンポン飛び出す。
地図も、もうこの辺になると魔王に結構地形ごと変えられてしまうので、あまり役に立っていない。


「もう一泊していっても構わんぞ?」

「この辺りは、もう集落が減ってきているしの」

お婆さんはそう言ってくれたが、私たちはもう発つことにした。
少しでも早く先に進みたい。
いつまでも甘えるわけにはいかない。

「ありがたいが、もう、行くよ」

魔法のランプで夜も怖くない。
勇者命名、「夜明けのランプ」というらしい。
これは私が持つ担当だ。

「じゃ、世話になった」

「魔王討伐を、楽しみに待っていてくださいね!」

そして、私たちは井戸から飛び出した。

みなさん台風にお気をつけて ノシ


【Ep.12 せいじゃくに ふる たいよう】


―――
――――――
―――――――――

厳かな壁が立ち並ぶ町。
すべてが暗闇に包まれている。
遠くで鐘が鳴っている。

暗い。

黒い。

大きな闇が私たちを包む。

私は息苦しくなって、手を振り回す。
魔法は出ない。
必死で手を振り回す。

そのとき、小さな光が、闇を斬り裂いた。

―――――――――
――――――
―――


「魔法の威力が、弱いです、勇者様」

あれから、何度か眠った。
小さな集落を転々と移動して、私たちは着実に魔王の拠点へと近づいている。

「節約してんだろ、多分」

夢に見ない魔法の威力は、あれから少し弱くなった。
ここらの魔物を一撃で倒すほどの威力ではなくなってしまった。

「ストッパーだって話だっただろ、無駄遣いせず、夢に見た魔法中心に戦えばいい話だ」

「それは……そうですけど……」


私はやっぱり、たくさんの魔法が扱えた方が便利だと思う。
旅の初めのように、一種類だけでなんとかやれていた頃とは違う。

火が効かない魔物も、硬くて魔法が効かない魔物もいる。

うまく立ち回らないと、思わぬ大けがを負ってしまうこともある。

「まあ、使えないことはないんだから、そう気を落とすな」

どの魔法でも使える! と思った時の私の喜びを返してほしい。
結局、あまり成長していない。
あの日は、特別だったのだろうか?
特に危機が迫っていたわけでもないのに?

「それより、今日は、どんな夢を見たんだ?」


「光の魔法?」

「ええ、多分、【ヒノヒカリ】だと思うんですけど」

「教えてもらった魔法なのに、夢に見られたのか?」

「……確証はないですが」

今日は夢魔法が使えないのだろうか?
確かに【ヒノヒカリ】は強力だ。
だけど、あれだけで大丈夫だろうか。

「あと、夢に出てきた町並みは、なんか暗くって陰気でした」

「暗いのと陰気なのはどう違うんだ?」

「同じ意味です」

「おい」


そうだ。
なんだか変な町だった。
鉄壁の岩石要塞を訪れたときも、少し町並みが怖かったが、今日夢に見た町は、少し違った。

「なんだか……暗いっていうか……黒いっていうか……」

「ふうん」

勇者は興味なさそうだ。
どうせ夢の中なんだから、色が違っているだけだろ、とでも思っているのかもしれない。


「まあ、気にしても仕方がない」

「この山沿いに歩いていけば、わりと大きな町に到着するはずだ」

「あとは魔王城までわずか」

「今日はとりあえず、そこまで行くからな」

私たちの旅も、終わりに近づいている。
それなのに、私の魔法はまだ不完全だ。
こんなことでいいのだろうか?


……

「なん、だ、この町?」

勇者が唖然と見上げる。
私も開いた口がふさがらない。
さぞかしマヌケな顔になっていただろう。

「黒い……ですね……全部……」

その町は、すべてが黒かった。
家々も、植物も、人々の服すら、ほとんど黒かった。


まず活気がない。
誰も彼も、大きな声を出さず、静かに密やかに佇んでいる。

「元気ないですね?」

家や服が黒いのはまだわかる。
そういう宗教だったり習慣だったりするのかもしれない。

だけど、植物まで黒いって、どういうこと?

「あんな種類の木、あったっけか」

「見たことないですね。別に植物に詳しいわけじゃないですけど」

「ああ、おれもそうだが」

形は、私たちがよく知っている木だ。
だけど、幹も、枝も、葉も、すべてが黒っぽい。


「なあ、あんた、どうしてこの町は、こんなに黒いんだ?」

勇者が町の人を呼び止めて、尋ねる。
今まで訪れた人たちみんな、同じ疑問を持ったはずだ。
だけど、その人の答えは、私たちの求めるものではなかった。

「あんたら、よそから来たのかい?」

「悪いことは言わねえ、この町に長居しねえほうがいい」

「あと、大鐘楼の鐘が鳴ったら、外へ出ちゃなんねえ」

「いいか、絶対に屋内に入りな」

「屋内なら、安全だから」


「……どういうことでしょう?」

「……わかんねえ」

その人の話は要領を得なかった。
だけど、なんだか危ない町だ、ってことはよくわかった。

「大鐘楼って、言ってましたね」

「あれかな」

町の中心に、大きな塔があった。
鐘は見えないけど、中にあるのだろう。
あれだけの大きな塔の鐘なら、きっと大きいはずだ。
この町のどこにいても、聞こえそうだ。


大鐘楼らしき塔を見上げながら町中を歩くと、妙なものに出くわした。

教会の牧師さんらしき人たちが、家々を回っている。
そして、なにやら詠唱を行い、家の壁を撫でている。

「あれはなにをしてんだ?」

「わ、わかりません」

「魔法か?」

「ええ、そんな感じですけど……」

よく見れば、結構な人数がそこかしこにいる。
そして、同じように家の壁を撫でている。

「なにかのおまじないでしょうか?」

「家の壁を黒くしているのか?」

「うーん……わかりません」


幸い、宿で出てきた食事は普通の色をしていた。
ただ、あまり豪勢なものではなかった。

「すまないね、こんなものしかなくて」

宿のおばちゃんは、町全体の雰囲気から考えると、ずいぶん気さくな方だった。

「いえいえ、十分です」

豪勢ではなかったが、その味は確かだった。
このあたりに出るらしき魔物の肉も、なんだか締まっていて美味だ。

「この町の壁や植物は、どうして黒いんだ?」

勇者がおばちゃんに尋ねる。


「……」

おばちゃんは、ちょっと言い淀んだ後、またよくわからないことを言った。

「この町ではね、夜になると、『闇』が歩き回るのさ」

「それが、この町をどんどん黒く染め上げちまってね」

闇?
夜が来る、ということではなくて?

それが歩き回る?
黒く染め上げる?

「どういうことですか?」


「言葉の通りさね」

「悪いことは言わない、鐘が鳴ったら、宿から出るんじゃないよ」

「あんたら旅の勇者みたいだが、『闇』に挑んでやられてった奴らも少なくない」

「無理に戦おうとしないことだね」

「朝になったらいなくなるから、それまでの我慢さ」

どうやらこの町には、特殊な魔物がいるらしい。
それが「闇」と呼ばれているらしい。
戦っても、勝ち目はないらしい。
そしてそれが徘徊するせいで、この町は黒いらしい。

「……どうする」

「……どうしましょう」


正直言って、寄り道をしているヒマはない。
魔王を倒すのが一番だ。

魔王さえ倒してしまえば、魔物たちも勢いを失うはずだ。

無理にすべての魔物を倒して回る必要はない。

でも……

「この町の、沈んだ雰囲気は、なんだか見て見ぬ振りできません」

「同感だ」

魔物の支配に近い。
この町の沈んだ雰囲気は、その「闇」のせいなのだろう。
だったら、私たちがなんとかしてあげたい。


……

旅の支度のため、食料や消耗品を買い集めた後、私たちはまた宿に戻ってきた。
とっくに日は落ちていたが、まだ大鐘楼の鐘は鳴らない。

「お前の夢に出てきた暗い町ってのは、ここのことであってるよな?」

「ええ、おそらく。雰囲気がよく似ています」

「なら、『闇』とかいう魔物を倒すには光の魔法が一番有効ってことだよな?」

「うーん、【ヒノヒカリ】で倒した描写はなかったんですけどね……」

「しかし、ほかの魔法はあまり使えないだろ?」

「ええ、それはそうですが」


「とにかく、鐘が鳴るのを待とう」

私たちは宿から飛び出す準備をしながら、そのときを待った。
宿の人たちは、厳重に窓やドアを閉めている。
そういえば、あの牧師さんたちがしていたことって……

「もしかしたら、家の壁に防護魔法でもかけていたのかもしれませんね」

「ああ、なるほど」

町の人は「屋内にいろ」「宿から出るな」と言っていた。
つまり、屋内なら「闇」の攻撃を受けないということだろう。
そのための準備だったのかもしれない。


ざわ……

突然、空気が変わった。

「っ!?」

勇者も敏感にその雰囲気を感じ取ったようだ。

そして。

――――――ゴォーーーーン

――――――ゴォーーーーン

重く深い鐘の音が、町中に響いた。


「行くぞっ!」

勇者の後を追い、宿を飛び出す。

「だぁっ! だめだっつってんのに!!」

後ろで宿のおばちゃんが叫んでいる。
私たちが飛び出すことも、予想していたようだ。
無理に追いかけてこない。

「ごめんなさい!! 行ってきます!!」

「バカ!! 死んでも知らないよ!! 命知らず!!」

私は走りながら、後ろに向かって謝る。

ではまた ノシ


「なん、っだ、こりゃあ」

「わぷ!」

後ろを見ていたせいで、私は勇者の背中にぶつかってしまった。

「な、なんですか?」

勇者は棒立ちだ。なにかを見上げている。
私もそちらを見上げる。

「な……」

言葉が出て来ない。

巨大な「闇」が、空を覆っていた。


単なる夜じゃない。
これこそが、町の人が恐れる「闇」なのだろう。
よく見ればどことなく人型に見える。

ただ、その大きさは尋常じゃなかった。

高い高い大鐘楼を、包むほどの大きさだった。

「……黒龍と対峙した時よりも、恐ろしいかもしれない」

「……同感です」

これに比べれば、黒龍は小さなもんだ。
形ある動物だし、ちょっとその辺の魔物より大きいくらいだ。

でもこれは、得体が知れない。
底が知れない。
おぞましい。


どうやらこちらに気づいている様子はない。
大鐘楼を撫でまわし、ゆらゆらとゆれている。

「どうする」

「と、とりあえず、攻撃をしかけてみましょうかね」

私は先手必勝、とばかりに、勇者の前にずいと立ち、詠唱を始めた。

 千年の眠り。
 ひと握りの命綱。
 試験管の中の神、三つ編みの髭。
 轟く咆哮と真実を映す空。
 時満ち足りて神罰の鎌。

【夢魔法 神鳴~る】


―――カッ!!
―――ビシィッ!!

闇に向かって雷を落とす。

―――カッ!!
―――ビシィッ!!

威力は絶好調とは言い難いが、どうだろうか。

―――カッ!!
―――ビシィッ!!

しかし、闇は悠然と構えている。
なにも気にしていない。

「むむむ、涼しい顔しよって」


「勇者様も一緒にお願いします!」

―――バチバチバチッ

私は勇者の新しい剣に向かって雷を飛ばす。

―――バチンッ!!

うまく纏わりついた。

「おおっ!! これ、前よりずっとコントロールしやすいぞ!!」

勇者も喜んでいる。


「おっしゃ! 行ってくる!」

勇者はそのまま駆け出し、闇の足元へ向かう。
さすがに大きすぎるので、物理的に攻撃をしかけるなら足からになるのは当然だ。

私はその間に、さらに雷を生み出す。

―――バチバチバチッ

雷の槍を作り出し、左手を空に掲げ、大きく息をつく。
勇者の斬り込みに合わせて、投げつけるつもりだ。
普通の槍じゃあすぐそばの地面に落ちる程度しか投げられないが、魔法の槍なら飛ばせる。

「おりゃあ!!」

勇者が闇の足元にたどり着き、斬り込む。
私もそれに合わせて、大きく胸をそらし、槍を投げつけた。


――――――ヒュンッ

町は静寂に包まれた。

「あれ?」

雷の槍が消えた。
勇者の剣が光らなくなった。
悠然と闇は、町を歩き出す。

―――ドシャァッ

勇者が倒れ込む。

やばい。
やばいやばい!!


しかし、私は足がすくんで進めなかった。

勇者が倒れた上を、闇が通り過ぎてゆく。
起き上がろうとしているから、死んではいない。
でも、無事でもなさそうだ。

闇は、全く意に介さないような顔で、ゆっくり歩いてゆく。
虫に刺されたとも思っていない。

「ゆ、勇者様……」

私は、闇が遠ざかるのを待つことしかできなかった。


「勇者様!!」

私が駆け寄ると、勇者は苦しそうに体を起こした。

ケガはしていない。
しかし、ひどく辛そうだ。

「体力を……吸い取られたようだ……」

「あれには近づけない……」

どうしよう。
勇者をこのままにしておけない。
私が回復魔法をかけようとすると、勇者がそれを止めた。

「バカ、そんなのいいから、光の魔法、試してこい!!」


そうだ。
まだ【ヒノヒカリ】を試してなかった。

「行ってきます!!」

私はローブを翻し、闇を追う。
こちらなんて眼中にないだろうが、一撃でも食らわせてやらないと。
私にだって意地がある。

狙うは頭だ。
頭というか、頭っぽいところだ。

 天に昇るは神の眼。
 濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
 死者は棺に生者は炭に。
 果てしなく赫く。
 その名を灯せ。

【天候魔法 ヒノヒカリ】


―――カァンッ

空から光の筋がのぞく。
雲をかき分けて。
闇を斬り裂いて。

「はぁっ!!」

―――カァンッ

「おりゃあっ!!」

―――カァンッ

「まだまだっ!!」

―――カァンッ
―――カァンッ
―――カァンッ


―――ゴゴゴゴゴゴゴッ

大地が揺れる。
闇が震えている。

―――ゴゴゴゴゴゴゴッ

「き、効いた!?」

私の喜びもつかの間、闇がこちらを振り向いた。
表情は読めないが、なんだか怒っている気がする。

「っぎゃ!!」

私は一目散に、勇者の元へ駆け寄った。


「ど、どうしましょう怒らせました!」

「や、宿へ……」

「そんな! 撤退ですか!?」

「バカお前、もう一度対策を練り直さないと、犬死……」

「で、でも勇者様をこんなところに置いていくわけには……」

「誰が置いてけっつった!!」


 闇に沈むは鬼の眼。
 清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。
 死者はベッドに生者は海に。
 果てしなく碧く。
 その名を記せ。

【天候魔法 ツキアカリ】

―――フォン

青白い光が、勇者を包む。

「ど、どうですか?」

「ああ、大丈夫、歩ける……」

「逃げましょう、とりあえず!!」


宿に着いた途端、おばちゃんに怒られた。

「ばっかだねえ!! だから言ったじゃないのさ!! 出ていくなって!!」

「ケガは!? ない!? そりゃあ幸運だったね」

「ほら、もうおとなしく寝ときな!!」

面目ない。
勢いよく飛び出したものの、私たちではあの闇を倒せなかった。
【神鳴~る】は全然だめだし、【ヒノヒカリ】ですらちょっと怒らせた程度だった。

「どうやれば倒せる?」

「んん……難しいですね……」


「おれの剣に纏わせてた魔法は、斬り込んだ瞬間闇に吸い込まれた」

「物理的な攻撃は効かないし、魔法は吸い込まれる」

「おれでは到底倒せない」

そんな。
勇者がそんな弱気なことを言うなんて。

「でも、お前の魔法ならわからないぞ」

「光の魔法は、少なくとも雷よりは効いただろ?」

「もっと威力を上げてぶち込めば……」

威力を上げる……
言うのは簡単だが、どうすればいいのか、全然わからない。


「まあ、なんにせよ今日は休んで、明日リベンジだ」

「日中、対策を練ろう」

そう言いながら勇者は、ベッドの毛布にくるまる。
相当体力を消耗したのだろう。
明るく話すが、顔色が悪いままだ。

「もう一度、回復魔法かけておきましょうか?」

「いや、大丈夫、ケガはないから」

「お前も、休め、な」


寝床に入り、命があることに感謝しつつも、反省点を考えた。

まず、マカナの実を食べなかった。
おごりがあったかもしれない。
こんな時に使わないでどうする。
残りが少ないからといって、出し惜しみしていては勝てない。

あと、そうだ、あれの出番では?

私は飛び起き、部屋の隅に置いてあった「夜明けのランプ」から、カバーを外した。

「おわっ! 眩しい! 寝れねえって!」

「あ、ごめんなさい」

これで夜を照らせば、もしかしたら太陽の光が強くなったりしないか?
魔法の威力も上がったりしないか?


そもそも、魔法の威力が足りない。
防衛隊長さんは、夜でももっと強い魔法を使っていた。

私はあのとき、昼間使っただけだ。
結果的に魔物は一掃できたけど、あのときの魔物は大した敵じゃなかった。

「あの威力を、私も出さないと……」

明日、あの魔法ををもっと鍛えないと。
すごい魔法を覚えられたことで、それだけで満足してしまっていた。
まだまだ私は未熟だ。
それを自覚して挑まなければ。


窓の外では、まだざわざわと妙な気配がしていたが、家の中は確かに安全だった。

「あ」

そういえば、家々に防護魔法らしきものをかけていた牧師さん。
あの人にも話が聞きたい。
もしかしたら、その防護魔法が役に立つかもしれない。

明日はやることがたくさんある。
勇者の一行が、一度敗れたくらいで諦めていてはいけない。
よし、やるぞ、とやる気を出して、私は眠りについた。

明日はリベンジなるか ノシ


―――
――――――
―――――――――

空を覆う黒い闇。
浮遊する黒い雲。

閉め切った家々。
真っ黒な壁。

チカチカ、と周りが明るくなる。
空から降る太陽は、少しずつ闇を削り取る。

しかしあと一手足りない。
あの闇を払うには。
その時、私のすぐ横に、新たな光が生まれた。

―――――――――
――――――
―――


「おっはようございます!!」

私の寝起きは最高だ。

「……おはよ」

病み上がりの勇者は元気がない。

「結局、あの後は何事もなく過ぎたようですね」

「……ああ、そうみたいだな」

勇者の体調は万全ではなさそうだが、今日の活動に大きな影響を受けるほどでもなさそうだ。
だけど一応、朝食をとりながら私は今日の相談をした。


「だから、とりあえず私一人で、町を回ったりして準備できると思います」

ほんとは勇者にも一緒についてきてほしい。
難しいことは一緒に考えてほしい。

「……おれも行く」

嬉しい、そう言ってくれて。
だけど、無理はさせたくない。

「あの、動き回るのは私がやるんで、考える部分を手伝ってもらえたら……」

「ああ、わかった」

まずは教会だ。
牧師さん、修道女さん、誰でもいいから、家にかけた魔法について教えてもらわなければ。


「あれは『祈り』です」

「厄災に見舞われないように、という祈りを込めて、家や建物を清めているのです」

牧師さんは、そう説明してくれた。

「私たち、あの闇を倒したいんです。その『祈り』を私たちにもかけてくださいませんか?」

珍しく積極的に人に話しかける。
いつもはまず勇者がやってくれていることだ。
だけど、今日は私が頑張る日だ。
歯が立たなかったことは悔しいけど、今日こそ、リベンジしてやる。
その意気が牧師さんにも伝わったようだ。

「いいでしょう、あまり人にすることはないのですが、やってみましょう」


「ほら、勇者様も」

むにゃむにゃと聞き取れない呪文を唱えて、牧師さんは私たちに魔法をかけてくれた。
「祈り」だなんて言ってたけど、大きく分類すればこれはれっきとした魔法だ。

「これ、夜にやってもらった方がいいんじゃねえか?」

勇者は魔法の効き目を気にしているけど、牧師さんはさらに詳しく説明してくれた。

「この祈りは、毎日欠かさずかけることによって、より強固にしているのです」

「昼と、夜にも教会においでください。またおかけしましょう」

だそうだ。


「家の壁が黒くなるのは、どういう原理なんでしょうか?」

さらに牧師さんに尋ねる。
色んな事を、知っておきたい。
闇を倒すために。

「そもそも、『闇』と呼ばれるあれは、魔王の魔力の一部なのです」

「魔王の!?」

「はい、魔王の分身がこうやって人里に降りてきて、人々の生命エネルギーを吸い取るのです」

「そうやって魔王は、自分の生命をつないでいるのです」

「そして、少しずつ、この町全体を闇に染めようとしているのです」

「『黒』は魔物の色、そして魔王の好む色ですので、ね」

「『黒い』『暗い』『湿っぽい』など、それらすべて魔王が好むものです」


私は魔の森のことを思い出していた。
あそこも、魔王の魔力が流れ込む場所だった。
魔王城により近いここも、似たような環境なのかもしれない。

「我々は可能な限り建物を浄化し、魔物や『闇』が近づけないようにしていますが」

「魔王の力をすべて跳ね返せるほど強力な『祈り』ができているわけではありません」

「ですから、徐々に色が黒くなっていってしまうのです」

「新しい家を、どんな材料で作っても、いずれは黒くなります」

「それは、この町が魔王城に近いという、ただそれだけではじめから決められてしまったことなのです」

「この町に生まれた子どもたちは、『夜』も『暗闇』も、恐怖でしかないのです」

「夜空に輝く星や月も、心から楽しんで眺めることはないのです」

「あそこに魔王城が生まれて、それから、ずっとです……」

「私たちは、ただ小さな抵抗しか、できない……」


牧師さんは優しい口調で話してくれたが、少しずつ苦しそうな口調に変わっていった。
そこには、牧師さんの無念が強く込められていた。

この町に生まれたという、それだけで、はじめから『闇』の恐怖に怯えるのが当たり前だなんて。
この町で家を作っても、どんどん黒く浸食されてしまうのが当たり前だなんて。

わりと平和な町に生まれた私にも、その辛さはよくわかる。
平和な町に生まれたからこそ、その辛さがよくわかるのかもしれない。
こんなこと、終わらせないといけない。

「私たちが、今夜、なんとしても『闇』を倒してみせます」

「今まで失敗していった旅人さんや勇者さんたちのことを、教えてください」


これまでに『闇』に挑んでいった人たちはかなりの数に上るらしい。
優秀な魔道士も、勇者も、武闘家も、宗教家も。
それから、魔王のやり方に反発する魔物の軍勢もいたらしい。
だが、闇を削れたとしても、倒せたものは一人もいないらしい。

わかったことは、「近寄りすぎると生命エネルギーを吸われる」こと。
それから、「魔力も中途半端だと吸われてしまう」こと。

昨日の【神鳴~る】は中途半端だった。
うん、それは反省です。
夢に見ていないのに、とりあえず効くかも、と思って使ったのが間違いだった。

今日は【ヒノヒカリ】に絞って攻撃することを誓った。


次は、町の道具屋や雑貨屋、薬屋を回って、閃光玉を作った。

「闇なら、光が天敵なはずです」

これまでの蓄えを惜しみなく使い、作れる限り作った。
私よりも勇者の方が手先が器用なので、ほとんど任せることになったが……

「これ、黒龍と戦った時にお前が使ってたやつだな」

「ええ、そうです」

「おれは、これを、どうしたらいいんだ?」

「事前に魔力を込めておくので……って、そっか、タイミングが難しいですね」


閃光玉は、私が魔力を込めたあと、数秒で爆発する。
そのタイミングは、私ならはかりやすいが、勇者に投げてもらうとなると……

「勇者様、魔力の込め方を教えます」

「は!? いや、そんな付け焼刃で……」

「大丈夫です、お婆さんにもらった『魔法の指輪』があるじゃないですか!」

閃光玉をたっくさん作ったあと、私は勇者にレクチャーを施した。
指輪を通じて、体の中の魔力を流し込むことを。
そのイメージを。


「でっきねえ!!」

勇者は魔力をほとんど持っていないようだった。
何度やってもうまくできなかった。
昨日、闇に吸い取られたのかとも思ったけど、そもそも素養が全くない。

「……お前の魔法を剣でコントロールするのはできたんだけどな……」

「勇者様に魔力が全くないとなると、困りましたね」

「……面目ない」

「謝らないでください! 打開策を考えましょう」

「ううむ……」

そうこうしているうちにお昼時になったので、食べられるところを探して休憩することにした。


……

「これ食べたら、また教会に行きましょうね」

「牧師さんにもう一度祈りをかけてもらいに、だな」

おいしそうなシチューを出す店があったので、私たちはそこへ飛び込んだ。
龍やコウモリの腹の肉もおいしいけど、やっぱり牛が一番おいしい。
パンも焼きたてでとてもおいしい。

「この町、畑も牧場もろくにないのに、もぐもぐ、どうしてこんなおいしいシチューが作れるんでしょう、もぐもぐ」

「さっき馬車が食材を運んできてたぞ。多分どっかからの流通があるんだろ」

「なるほどお、もぐもぐ、でも、この町の資金はどこから、もぐもぐ、出るんでしょうね」

「魔物を狩ってる一団があるみたいだぜ。この辺りは強い魔物が多いから」


さすが勇者。よく見ている。
闇は倒せなくても、貴重な素材を持つ魔物なら狩れる強さは、この町にあるということか。
なら、闇さえ倒せばきっと、この町にももっと活気が戻ることだろう。
魔物に屈しない強い町だ。

「シチューついてるぞ」

「むいむい」

ぐい、と勇者がナプキンで拭いてくれた。
子どもみたいで恥ずかしい。


……

「閃光玉、ですか」

教会に行くついでに、牧師さんに、勇者の魔力について尋ねてみた。

「それを、はあ、扱えないと」

「魔力が全くない、と。ふうむ」

なんだか馬鹿にされている気がしたのか、勇者はふくれっ面だ。

「その指輪はクリスタルを使っているようですね」

「その指輪自体に、あなたの魔力を貯めておく、というのはいかがでしょうか?」

「!」

そんな手があった。
指輪から閃光玉への魔力の移動なら、勇者でもできるかもしれない。

「やってみます!」


「いいですか、私の魔力は感じますか?」

「ああ、わかる」

「それを指輪から、私の手に移してください」

「んん……」

勇者が目をつぶって手に力を込める。
すこしずつ、魔力がこちらに溢れてくる。

「いいですよ! うまいですよ! その調子!」

「むむむ……」


しばらくのトレーニングで、勇者は魔力のコントロールができるようになった。
もともと剣ではできていたのだから、そう時間はかからなかった。

「しかし、なんだか気持ち悪い感覚だ」

「気持ち悪いって、どういうことですか!?」

「いや、その、目に見えないものを動かす、というのがさ」

「そんなの、今更ですよ」

なんて言いながらも、私は魔法を初めて使った頃のことを思い出していた。
目に見えない魔力の流れが、現実に影響を及ぼす感覚。
確かにはじめは、気持ち悪かった気がする。


「閃光玉を、こう握って、魔力を流し込んで、で、投げつけるんです」

タイミングが重要だ。
爆発するまでの時間は、流し込んだ魔力によって多少左右される。

だけど、黒龍の時のように顔に向かって投げつけなくてもいいのだから、誤差は気にしない。
とにかく自分の手の中で暴発しなければ、なんとかなる。

「これをどんどん投げつけてもらって、周囲を明るく保ってほしいんです」

「夜でも、私の【ヒノヒカリ】が威力を高めるには、周囲に光が必要なんです」


ざわ……

きた!
腹の底から怖気がする、いやな感覚だ。
そして、鐘が鳴る。

――――――ゴォーーーーン

――――――ゴォーーーーン

私は、急いでマカナの実を食べ、宿を飛び出した。

「……死ぬんじゃないよ!!」

おばちゃんの声が、背中に刺さった。

「行ってきます!!」


大鐘楼を見上げると、またも空を『闇』が覆っていた。

しかし、昨日と違うのは、空が少し明るいことだ。

「なるほど! さすが勇者様!」

勇者は、大鐘楼にいるらしい。
そこが、すっごく明るい。
夜明けのランプの効果だろう。
これなら、昨日よりもいけるかもしれない。

「よっし!」

 天に昇るは神の眼。
 濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
 死者は棺に生者は炭に。
 果てしなく赫く。
 その名を灯せ。

【天候魔法 ヒノヒカリ】


空からのぞく太陽の光。
昨日よりも大きく、強く、激しく!

―――カァン!!

もっともっとだ!!

―――ガガァンッ!!

地響きを起こすほどの!!

―――ガガガガガッ!!

すべてを焼き尽くすほどのぉっ!!
光をっ!!

―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!


「……はぁっ……はぁっ……はっ……はぁっ……」

息が荒い。
夢中になって魔法を落とした。
太陽を召還した。
闇を斬り裂いた。

「……はっ……はっ……はぁっ……はぁっ……」

海で見えない魔物相手に雷を落としたときのように。
死んだ勇者を時間を巻き戻すことで生き返らせたときのように。
無我夢中で魔力を放った。
昨日のようにおごりはなく、ただ、ただ、全力だった。

しかし、『闇』は、まだそこにいた。

「うそでしょ……」


弱ってはいる。
無駄ではない。
だけど、まだ倒すには足りない。

「……はっ……はっ……」

どうしよう。
どうしようどうしよう。
あと、できることは……

いや、もっともっと打ち続けるか。
まだ魔力は切れていない。
マカナの実でドーピングもしている。
これさえ倒したらぐっすり眠れる。


しかし、闇はゆっくりとこちらを向き、目を光らせた。

「っ!!」

怒っている。

こっちに来る。
やばい。
やばいやばい!!

どうする。
真正面から【ヒノヒカリ】を打ち込むか。
今日も撤退するか。


明らかに『闇』は昨日よりも怒っている。
危険かもしれない。
勇者の一行が、二日連続で宿に逃げ帰るなんて、許されるだろうか。

家の中に逃げ込みさえすれば安全なのだから、逃げてしまいたい。
だけど、「今日こそ倒す」なんて息巻いて、またダメだったら、みんなはどんな顔をするだろう。

無理だって思われてた黒龍だって倒した。
優秀な魔道士の防衛隊長さん、所長さんから、素晴らしい魔法を教えてもらった。

ここで逃げ帰るなんて、許されない!!

「……くそっ!!」

やぶれかぶれで、再度【ヒノヒカリ】を打ち込むため手を前に伸ばそうとしたとき、私の左手が誰かに掴まれた。


「っ!」

「諦めるな」

私の左手を握っていたのは、勇者だった。
いつの間にここに?
大鐘楼にいたのではなかったのか。

「いい魔法だった、確実に効いている」

「もう一回、ほら、いけ!!」

勇者の手から、魔力が伝わってくる。
勇者の左手に握られた、夜明けのランプだ。
その光が、魔力が、直に私に流れ込んでくる。

いける!!


「ぁぁぁぁぁああああっ!!!!」

右手を目いっぱい開く。
大きな大きな魔力の流れを作る。
お婆さんのところの水晶玉を割ってしまったときの、全力の魔力コントロールを思い出しながら。

それらすべて、【ヒノヒカリ】に乗せて。

―――カァンッ!!

そう言えば夢の中で、私のすぐ横に光が生まれたな、と思い出しながら。

―――ガガァアンッ!!

あれは、勇者と、ランプのことを暗示していたのだろう。

―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!


静寂。

辺りは昼間のように、強い光に包まれた。

私も、勇者も、無言だった。

静寂。

ゆっくりと、夜の闇が降りてくる。

静寂。

また、暗くなった。

しかし、そこにもう『闇』はいなかった。


「油断すんなよ」

勇者がゆっくりと、背中の剣を抜く。
その剣先は、ランプから移したであろう光の魔法を纏っていた。
いつの間にそんなテクニックを身につけたのかしら。

「ほら、地面をよく見ろ」

よく見てみると、地面を這う闇があった。
バラバラになったけど、まだ全滅したわけではないらしい。

「あれを全部片付けるぞ!」

「はいっ!」

私たちはまた二手に分かれた。
だけどもう不安はない。


【Ep.13 ほろびのじゅもん】


―――
――――――
―――――――――

空に浮かぶ島。
鳥型の魔物にまたがる魔物の軍勢。
飛び交う小型の龍。

それらすべて斬り裂いて、島を一直線に目指す。
雑魚にかまっているヒマはない。
魔力を無駄遣いしているヒマもない。

―――ゴォッ

燃えさかれ。

―――ピキィン

凍てつけ。

私の両手は、すべてを薙ぎ払った。

―――――――――
――――――
―――


目の前に浮かぶ島は、目をこすっても消えなかった。
どうやら夢でも幻でもないらしい。

「……ほんとに浮いてるんですね」

「疑ってたのかよ」

「だって、島が、浮くなんて、うそっぽいじゃないですか」

「うそっぽい、ってお前」

実際に目にしてみると、今でもそれは冗談のように思えてくる。

ついに辿り着いた。

ここが、目指していた魔王城だ。


昨日一泊したのは、魔王城に最も近い、小さな村だった。
魔物に襲われていないのが嘘みたいな村だったが、なんのことはない。
村人みんな、魔物だったのだ。

ほいほい泊まりに来た旅人を、寝込みを襲って殺すのだ。

幸い私たちは不穏な魔力を嗅ぎ取ることができたので、返り討ちにしてやった。

「今まであれで、よく騙せてたよな」

「ね、ダダ漏れでしたよね、殺気」

「おれたちより先に泊まろうとしていた旅人がいるって話だったけど……」

「もう魔王城に着いてるんですかね?」


私たちの前に泊まったという旅人一行は、殺気に感づいて逃げ出したそうだ。
魔物たちの会話から、それが分かった。

「無事だといいけど」

「ここまで来るってことは、やっぱり魔王討伐の人たちですよね」

今まで出会ったことはなかったが、この世界にはたくさんの「勇者」がいる。
そして、魔王討伐の「勇者の一行」が存在している。

「でも、あの程度の村で逃げ出した連中だぞ」

「ちょっとそれ、弱そうですよね?」


昨日の夢は、なんだか魔法がたくさん登場した。
全部使っていい、ってことなのだろうか。
でも、魔王と戦う描写がなかったのが気になる。

「とりあえず、飛んで城を目指しましょうか」

「え、やっぱ飛ぶのか」

「そりゃあそうですよ? あの浮いてる島に、ほかにどうやって辿り着きます?」

「え、いや、そりゃワープとか」

「そんな便利な魔法はありませんっ!」


基本、魔法はおおざっぱででたらめだ。
世の中には魔道士の数だけ魔法のクセや得意不得意がある。
詠唱だって様々だ。
私の使っている夢魔法の詠唱なんて、母と私以外誰も使わない。

ただ、どんな便利な魔法を作り出したとしても、使える人と使えない人がいる。
どんな魔法も、結局は魔道士の腕次第なのだ。

「さ、掴まってくださいね」

「お手柔らかに頼むぜ?」

「そんな弱気でどうします! 勇者様には飛びながら魔物を斬り裂いてもらわなけりゃいけないんですからね!」


脳内で詠唱を行う。
目の前の島に向かって、羽ばたくイメージで。

「風、立ち~ぬ!!」

―――ビュオォォオオッ!!

一直線に、飛び立った。

「うおっ!! はええ!!」

「しっかり!! 剣を構えてくださいよ!!」

「わかってる!!」


侵入者の気配に、見回りの魔物たちが気づいた。

「来ます!!」

「返り討ちにしてやる!!」

私はただひたすら、魔王城めがけて飛び続ける。
魔物を斬るのに風を使ってもいいが、そうすると飛ぶコントロールを失ってしまう。

「だりゃっ!!」

―――ザシュッ

―――ザンッ

でも魔物は、勇者がことごとく打ち倒してくれた。
どれもこれも一撃で。

勇者の剣撃は、恐ろしく速くなっていた。


「なんだ、他愛ないな」

軽口を叩く。
確かに、拍子抜けなところもある。
警備の魔物が、あんな程度なのか?

「これなら、おれたちの前の『勇者様』も、突破できたんじゃねえか?」

「もしかしたら先に魔王を倒しているかも?」

「それは、ないな」

「あったら困ります」

一生懸命旅をしてきて、ほかの勇者にいいところをもっていかれたら堪らない。
いや、もしかしたら旅の始まりはあっちの方が早いのかもしれないけど、それでも……


スリルのある空の旅を終え、私たちは島の端に降り立った。

「今日は、ある程度たくさんの魔法が使える、と見ていいんだな?」

「はい、そうみたいです」

「じゃ、とりあえず、あれ頼む」

「はいっ」

私たちの意思疎通は、完璧だ。
勇者があれ、と言ったら……

「それ、強くな~る!!」

―――ムキムキィ!!

「違うぅぅうっ!!」


「あれ、これじゃなかったですか?」

「剣に!! 弱くなる方!!」

「あ、あー、そっちでしたか」

「上半身マッチョとか、久しぶりだから!! そんな頻繁に『あれ』って呼ぶほど使ってないから!!」

そういえば、硬い魔物がたくさん出るときには【弱くな~る】が重宝していた。
ここなら、硬い扉や罠も破壊できそうだ。
「物理的」に打ち破っていけそうだ。

剣に【弱くな~る】を、私たちの周囲に【身護~る】をかけて、魔王城へと歩き出した。


「入り口、どこだ?」

「馬鹿正直に正面玄関から入る必要もないのでは?」

「いや、まあ、礼儀として」

「礼儀、いります?」

「いらねえか」

―――ドカァァァアアアン!!

勇者の剣が猛威を振るう。
私の魔法で強化されているとはいえ、剣の一振りが城の壁を吹き飛ばすのはすごい光景だ。

「っしゃ!! 行くぞ!!」

「はいっ!!」


魔王の城は、様々な魔物で埋め尽くされていた。

どくろの兵士。死体の兵士。
蜘蛛とサソリの合体したような魔物。
動く石の魔人。
見えない霧のような魔物。
目はうつろで言葉も通じないが、どう見ても「人間」の兵士もいた。

どれもこれも強くて、私たちは疲弊していた。

「どこか、休めるところがほしいな……」

「一度、撤退して策を練り直す手もありますが……」

「でも、今日のお前の夢は、魔法がいっぱい出てきてるんだろ?」

「え、ええ、まあ」

「なら、今日が、魔王を倒すべき日なんだろ?」

「……そうですね、私も、別に撤退に前向きなわけではないですよ?」

「……なら、前進あるのみだ! 行くぞ!」

ではまた ノシ


何度目かの階段を上るとき、妙な音が聞こえてきた。

誰かが戦っている音だ。

「あれ、もしかしてほかの『勇者の一行』では?」

「ああ、そうらしいな」

階段を登り切ると、そこには、魔物と戦っている真っ最中の人たちがいた。
男の人が二人と、女の人が二人。
傷だらけだが、魔物たちとまともにやりあっている。

「助けるか!?」

「いえ、大丈夫そうです」

―――ドシャァッ!!

勝負はついた。


「あれ? 君たちは?」

一人がこちらに気づき、笑顔で話しかけてくる。
どうやらこの人が「勇者」らしい。

「君たちも、魔王に挑みに来たのかい?」

爽やかだ。
「君」だなんて、久しぶりに呼ばれた気がする。

「ええ、先を越されたみたいですけど、ね」

私も笑いかける。
敵同士ではない。
でも、味方同士でもない。
微妙な関係だから、当たり障りなく接するに限る。


「え、あんたら、二人でここまで来たの!?」

大柄な男の人が驚いている。
見るからに格闘系だ。
武器も大きい。

「はあー、それだけ強いってことかな? ん?」

「えへへ、まあ」

愛想笑いを返す。
そういえば、勇者がしゃべらない。
どうしたのだろう?

そっちを見ると、ふてくされたような顔で、そっぽを向いている。

「勇者様? 国は違えど同じ『勇者』として認められた人なんでしょうから、あいさつくらい……」

「いいよ、別に」


「おやおや、そちらの『勇者』さんは、人見知りらしいね」

「僕たちも無理に交流するつもりはないよ、まあ、せいぜい頑張っておくれ」

あちらの勇者さんはどこまでも爽やかだ。
爽やかすぎて、鼻につくくらいだけど。

「勇者様、早く先へ進みましょう?」

「進みましょう?」

どうやら双子らしい、魔道士二人組が急かしている。
よく似ている。顔も、服や持ち物まで。
美人だ。私よりずっと。
それに……ぐぬぬ、ローブの上からでもわかるくらい胸も大きい。


「では、お先に、ね」

勇者さんたち一行は、さっさと先へ進んでしまった。
あの村を逃げ出した、って話だったけれど、別に弱そうでもなかった。
無駄な戦いを避けただけだったのかしら?

「どうしましょう? 後を追いますか?」

「……いいや、ちょっと休憩していこうぜ」

珍しい。
まあ、異論はないけれど。

「魔物が出ないといいですけど」

そう言いながら、私は座れそうな木箱を探す。


「ランプ貸せ」

「あ、はい」

夜明けのランプは、魔王城でも効果を発揮した。
ここはとても薄暗いので、普段の生活が不便ではないかと、私は魔王を心配してしまった。

勇者は、受け取ったランプと、指輪とを使って、魔力を行き来させている。

「闇」を倒したとき以来、彼は魔力のコントロールの練習を怠らない。
自分に足りないものだと感じているのだろう。
魔法は私に任せてくれてもいいのに。

でも、そんなストイックさも、新鮮で素敵だった。


「水、飲みますか?」

「ああ、もらう」

荷物から水筒を取り出す。
本当はゆっくり栄養補給とかもしたいんだけど、魔王城のど真ん中でそれは危険だ。

手早く水分補給だけ済ませ、いつでも出発できるようにしてから、私は気になっていたことを聞いた。

「どうしてさっき、不機嫌だったんですか?」

「っ」


やっぱり不自然だったもの。
いつもなら、私の代わりに率先して相手に話しかけたりしてくれるのに。
無駄にへらへらすることはないが、無駄につっけんどんになることもなかったはず。

「お前が先に話しかけてたから、おれは別にいいかなって」

「そんな! 私が社交的じゃないのは、勇者様知ってるじゃないですか!」

「お前、自分で言うほど人見知りじゃないと思うぞ?」

「そ、それは頑張ってるんですっ! 勇者様への対応は、別ですけど」

「別ってなんだよ」

「人見知りな私もですね、打ち解けた人とは無理なく普通に接することができるんです」

長い旅の中で、勇者のことはたくさん知れた。
私も、彼と話したり一緒にいたりすることが居心地いいと思えるようになった。
それは彼も同じように感じてくれていると、思う、多分。


だけどやっぱり、初めての人と話すのは勇気がいる。
無理をしている。
相手がにこやかに話しかけてきてくれると助かるけど、いつもそうとは限らない。

私はやっぱり、勇者の後をついて歩く従者でいい。

「……」

勇者はまた、むすっとしている。
なにか言いたくないことでもあるのかな?

「まあ、無理に聞きませんけどね」

「……こう……が……やか……だから……」

「え?」

「……向こうの勇者が爽やかでいけ好かない野郎だったから、だよっ!」


ぶ、ぶふーっ!!

も、もしかして、あれですか?
嫉妬しちゃったんですか?
美人二人も連れてましたしね!
鎧もなんかスマートでしたし? 背も高かったし? 肌もすべすべしてそうだったし?

なんてことを言いたくなったけど、ちょっと不躾な気がするので一言だけ言うことにした。

「嫉妬ですか?」

「うるっせえバーカ!!」


「普段人見知りだとか言ってるお前が、ほいほいと話しかけてるのが気に食わなかったんだよ」

「男前にはへらへらすんのか、こいつも、って思って」

「……しょうもないだろ? 笑えよ」

顔が赤い。
いつかの私を見ているようだ。
私も顔が熱くなってきてしまった。

「私、ああいう爽やかすぎる人、苦手なんですよね」

「へらへらしているように見えたのなら、それは勇者様の勘違いですよ」

「あっちがニコニコしてたので、合わせただけです」


「あ、そう」

「ていうか勇者様も、あっちの魔道士さん見てなんか思うところあるんじゃないですか?」

「な、なんかって、なんだよ」

「ローブ着ててもわかるくらい、盛り上がってた胸のあたりとか見て」

「み、見てねえよ」

「本当ですか? あやしー」

「重そうなもんぶら下げてても、戦闘に邪魔なだけだ」

「ほらやっぱ見てるじゃないですかっ!!」

「っ」


お互いけらけらと笑った。
私はやっぱり、あの爽やかすぎるスマートな勇者よりも、こちらの勇者の方が好きだし、
勇者があの一行を引き連れているのを想像してみても、うまくいかない。

「いいんですよ、私たちは私たちで、ね」

「二人だって、立派にここまで来れたんですから」

「胸張りましょう」

私はうまい感じでまとめた。
そろそろ彼らも先へ進んだだろうから、私たちも行こうか、と思い立ち上がる。

「張るほどの胸はないだろ」

「もうっ! なんてこと言うんですか!」

胸いじりが多すぎますね反省
おふざけはここまでです ノシ


……

「僕たちは、出直そうと思う」

勇者の傷を癒していると、もう一人の勇者さんが悔しそうにそう言った。

「僕たちはまだまだ力不足だったようだ」

「あんな魔法も、立ち合いも、僕たちにはない」

「ただ運だけで、ここまで来れたのかもしれない」

ある意味潔い。
まあ、一度全滅してしまったのだから、仕方のないことだ。

「君たちの魔王討伐、楽しみにしているよ」


「なあ、そう言えば、どうやってこの島に着いたんだ?」

勇者が聞く。
そうだ。
この島に来るには飛ばなけりゃいけない。

「ああ、それは、龍の背中に乗って」

「りゅっ!?」

「この子が、龍と対話できる魔法を持っているものだから」

「魔法っ!?」

なんと。
そんな魅力的な魔法があるのか。
双子の魔道士の片割れが、気恥ずかしそうにはにかんでいる。


「それは、なかなか魅力的な魔法だな」

「同感です」

「お互い、ないものねだり、ってことだ」

「そういうことです」

帰り道は安全とは言い難いが、龍と対話ができるのなら、無事地上に降りられるだろう。
魔物も罠も、もう残っていないはずだ。

「どうか、ご無事で」

そう言い残して、私たちは先を進む。
この広間の先は、また階段だ。
もう、魔王が待ち構えているかもしれない。
もう、後は振り返らない。


「口だけで偉そうな『勇者』じゃなくてよかったよな」

「はあ」

「傲慢を絵にかいたような勇者もいるって、誰かが言ってたし」

「まあ、そんなのには出会いたくないですね」

階段を登り切ると、また広間があった。
薄暗くてよくわからないが、魔王の気配らしきものはない。
しかし全くの無人という感じでもない。

ランプで照らす。

そこには、何人かの「人間」がいた。


「えっ」

それは明らかに、人間だった。
死体でもない。生きている人間だ。

しかし、誰一人服を身につけていなかった。

「……なんでしょう……あれ……」

「……奴隷だな、胸糞悪い」

勇者はつかつかと近寄る。
危なくないか。

「おい、話せるか?」


みなうつろな目をしている。
そこにいたのは、全員女の人だった。
肌があらわになっているというのに、誰もそんなことを気にしていない。
勇者の問いかけにも、ほとんど反応しない。

「……ひどい……」

私は泣きそうになった。
こんな風に人間を家畜のように扱う魔王が、許せなかった。

「……きっと……魔王を……倒します」

 闇に沈むは鬼の眼。
 清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。
 死者はベッドに生者は海に。
 果てしなく碧く。
 その名を記せ。

【天候魔法 ツキアカリ】


魔王を倒すために魔力を温存したい気持ちもある。
倒した後でいいじゃないか、というのもわかる。

だけど私は、この人たちと同じ女だ。
このままにして、魔王を探しになんていけない。

【ツキアカリ】で心の傷は治せないけれど、少なくとも汚れて疲れ果てた体は、治すことができる。

「……待っていてください、私たちが、きっと魔王を倒しますからね」

「……行くぞ」

すると、部屋を見回した私たちに、一人が声をかけてきた。

「待ってください……」


「話せるのか」

勇者が意外そうに言う。
こんな状態だ、洗脳されていてもおかしくないし、心が壊れていることもあり得る。
だけど……

「魔王は……今大変弱っています……」

「魔王はどこに?」

「屋上に……逃げたようです……」

「ありがとう!」


「あと……その……」

「なんだ、まだなにかあるのか?」

「あの人を……殺してあげてください……」

「は!?」

女の人はそう言って、部屋の隅にある小さな檻を指さした。
中に、なにかがいる。
暗くてよく見えないが、あれは……

「魔物とくっつけられてしまった、哀れな人なんです……」

「っ!?」


近くで見ると、それはむごい姿だった。

かろうじて元人間だということはわかる程度に、原形を留めている。
だが、禍々しく飛び出した突起や肌の色、目の色、纏う魔力。
どう見ても魔物に近い。
どうしてこんなひどいことができるのだろう。

「こ、殺すって、勇者様……」

いくらひどい体とはいえ、殺してしまうのは……

「いや、可哀想だが、殺しはしない」

「で、ですよね」

少し安心した。
魔王を倒しさえすれば、魔法が解けるかもしれない。
この状態から戻す魔法を使える魔道士が、世界のどこかにいるかもしれない。


「許せねえ、な」

勇者も静かに怒りを燃やしているようだ。
魔王を早く倒さなければ。

弱っているというのはどういうことだろうか。
なんにせよチャンスだ。
今、倒す!
いや、殺す!

―――その怒りを―――魔力に―――変えなさい―――

頭の奥で、声がした。

―――最後の―――魔法を――――――あなたに伝えましょう―――

そして、私は気を失った。


―――
――――――
―――――――――

空を雷雲が覆っている。
雨が降りそうだ。
雷が鳴りそうだ。

しかし、降ってくるのは「闇」そのものだった。

それらを避けながら、私は体の中に魔力を巡らせる。

今までにない感覚。

勇者が「魔王」と戦っている。
私は長く苦しい詠唱を終え、魔法を放つ。

光でも、闇でもない「なにか」が、魔王を貫く。

―――――――――
――――――
―――

白昼夢、そして最終決戦 ノシ


……

「……おい?」

「っは!!」

驚いた勇者の顔が目の前にあった。

「どうしたお前、立ったまま気を失ってたぞ」

なんと、ついにその技を習得してしまったのか!
じゃなくて!

「今……今、指輪を使わずに、強制的に眠りに落ちたんです!」

「それで、母の声がして、それで、えっと……」

「新しい魔法……じゃなくて最後の魔法を……教えてくれるって言って……」


「最後の魔法? 今までに使ったことのない魔法か?」

「ええ、それが……」

魔導書にも書いていなかった。
直接母から教わったこともなかった。
最後の魔法……
あれは……滅びの魔法?

「それを使えば、魔王は倒せるのか?」

「はい……おそらく……」

「なら、行くしかないな、屋上へ」

勇者は私を気遣いながらも、早く魔王を倒したがっている。
焦っている?


「勇者様? なにか焦っていますか?」

「いや、その、焦っているというか、なんとかいうか……」

「?」

なんだか様子がおかしい。
歯切れも悪い。
魔王に怒っていて、すぐさま倒したい、というのとも、違う気がする。

「お前が、なんか、死にそうな顔してやがるから……」

え?


「お前、やっぱり無理してるんじゃねえか?」

「さっきの気の失い方だって、見ててハラハラしたぞ」

「今だって顔色悪いし、満身創痍だし……」

そんなことない。
私はいつも通り。
そう言いたかったけど、その根拠もないことに気が付いた。

「私……調子悪いんですか?」

「……そう見える」


「早く終わらせて、お前を休ませたい」

「……膨大な魔力が、尽きそうに見える」

そんな風に見えていたのか。
私は、ここまで、少し無理をしていたのかもしれない。

だけど。

「ご心配は無用です、勇者様」

「さ、最終決戦です、気合い入れていきましょう」

ここで引くわけにはいかない。
魔王を倒して、ここにいる人たちも助けて、世の中を平和にする。
やらなきゃいけないことが山ほどある。
弱音なんて吐いていられない。

「よし、上がろう、屋上へ」


屋上へと続く道は、罠があるわけでも鍵がかかっているわけでもなかった。
ただひたすらに長く広い階段だった。
魔王はここを逃げたのか?
それは、どんな心境だろう?

「なんだ、これ?」

階段の途中に零れ落ちるなにかを、勇者が気にした。
ほよほよと漂う黒い綿のようなもの。

「それ、多分、闇の残骸です」

「闇の?」

黒い町で倒した闇と、よく似ている。
やっぱり、あの町で倒した闇は、魔王の一部だ。

「魔王が弱っているというのは、きっとあの町で『闇』を倒したからです」


その予想が確かなら、今が好機だ。

階段に零れ落ちる闇の残骸を倒しながら、私たちは屋上へと急いだ。

魔法の調子は悪くない。
むしろ、今までにないくらい様々な魔法をいい感じに使えている。
だけど、先ほど一瞬気を失った時に見た、あの夢が気になっている。

大きな扉が目の前に現れる。

外に繋がっている扉らしい。

勇者はためらうことなく、それを開け放った。


「……外だ」

明るいはずなのに、そこはまだ暗かった。
だけど風を感じる。

「……こんなに天気、悪かったか?」

空は黒い雲に覆われている。
今にも雷が鳴りそうだ。

広い屋上は、四方を低い石壁で囲ってあった。

「……いた」

屋上の隅。
黒くて大きな「なにか」が、私たちを待っていた。


『待っていたぞ……勇者と……優秀な魔道士……』

腹の底から聞こえるような響く声。
吐き気を催す不快な声。

黒いマントに大きな兜。
ごつごつと隆起した「人ならざるモノ」の姿。
纏う闇の魔力は、今まで対峙してきた何よりも禍々しく強大だった。

これが魔王か。

だけど、その姿は、確かに弱っているように見えた。

『あの町を……闇に染めようと……長らく襲い続けていたものを……』

『まさか闇を払う……者が現れるとは……思ってもいなかった……』


『だが……お前たちの快進撃も……ここで終わりだ……』

『お前たちがいかに強大であろうとも……私の前では塵に等しい……』

『天翔ける龍に抗う……羽虫のようなものだ……』

『さあ……一方的な……殺戮を……始めよう……』

そして、纏う魔力をぎゅっと凝縮し、こちらへ殺意を向けてきた。
しかし勇者も負けじと言い返す。

「おいおい魔王さんよ、ずいぶん辛そうじゃないか?」

「どっしり構えて待っていると思ったら、屋上に逃げ込んで、それで『待っていた』って?」

「おれたちの剣が、魔法が、簡単にやられると思うなっ!!」


「風立ち~ぬ!!」

―――ビュオッ!!

私の風の魔法が、勇者を包む。
魔王を斬り裂く刃ではない。
勇者の動きを加速させるために使う。

「こんな広い場所を戦いの場に用意してくれるなんて、気が利きます、ねっ!」

―――ビュオッ!!

「っせい!!」

―――ビシュンッ!!


光の魔法を乗せた勇者の剣は、魔王を四方から切り刻む。

「闇」のように実体のない相手ではない。

「らぁっ!!」

―――ガシュッ!!

魔王の背後を狙い、隙を見て剣撃を入れる。

―――キィィインッ!!

硬い。
生半可な剣撃でははじかれてしまう。


「ヒノヒカリッ!!」

―――コォォォォオオオオオオッ

暗雲をかき分けて、大きな大きな太陽を召還する。
両手を伸ばし、全力を込めて、最大の太陽を。

目をつぶり、集中する。
頭の奥が、凍るように冷たい。

研ぎ澄ませ!
焼き尽くせ!
これは、すべての闇を払う希望の光だっ!!

―――コォォォォオオオオオオッ

『ぐ……むぅ……』


「いいぞ! 効いてるっ!!」

勇者が叫んでいる。

さらに、私も目を見張ることが行われた。

―――キュウゥゥゥウウウウウウン

空に浮かぶ太陽から、勇者が魔力を吸収したのだ。

「いつの間に……そんな技術を……っ」

「おーらぁっ!!」

―――ザシュッ!!

大きな魔力を受け取ったその剣で、魔王を斬り裂く。


『ぐぅ……ぐ……むむぅ……』

苦しんでいる。
魔王の動きが鈍っている。

でも、決定打に欠ける。
勇者がいくら斬りつけようと、太陽がいくら照らそうと、決定打にならない。

『この……羽虫がぁっ!!』

―――ズァァアッ

纏っていた闇の魔力が拡散する。
勇者と私を包み込もうとする。

「うぐっ」

「んっ」

苦しい。
力を奪われる。


「負け……ないっ」

―――カァァンッ!!

太陽から刃を落とす。
私の周りにも、勇者の周りにも。

「だぁぁっ!!」

闇を斬り裂いた刃を、そのまま魔王へと突き刺す。

―――ガァァアアアンッ!!

空気を振るわせる音とともに、魔王の体が貫かれる。

『ぐぐううううううおおおおおおおおおお……』


効いている。
魔王の動きがさらに鈍くなった。

「あれを……あれを今こそ……」

あのとき、母が教えてくれた魔法。
今まで知りもしなかった、最後の魔法。
今、このときのためだけにある魔法。

 千万年の眠り。
 永遠の絶望。
 割れる空、沈む太陽。
 光と闇の渦、鮮明な過去の記憶。
 時満ち足りて終わる始まり。

【夢魔法 すべて終わらせ~る】


ぐるん、と世界が回った気がする。
吐き気がする。
体中の魔力が暴れ回っている。

―――ゆっくりと―――落ち着いて―――丁寧に―――

それを、ともすれば薄れそうになる意識の中で、必死に押さえつける。

―――あなたの怒りと―――勇者を守りたい気持ちを―――最大限に生かして―――

世界は無音。
時がゆっくりと流れ、勇者と魔王の動きが遅く見える。


体中の魔力を、一つにまとめ。

―――落ち着いて―――深呼吸して―――

魔王の、その命一つ、それだけを終わらせるための魔法を。

―――後のことは考えず――――――ただ――――――今だけを―――

魔王がこちらに気づく。
大きく手を振り払い、魔王の魔力がこちらを襲う。
私は避けられない。
そんな余裕はない。

間に勇者が走り込む。
剣でその魔力を必死に振り払う。
最後まで、この人は、私を守って戦ってくれている。

―――さあ―――ぶっ倒しちゃいなさいっ!!―――

「はいっ!!」

次回「魔王、死す」 ノシ


【Ep.? ゆめをみたあとで】


―――
――――――
―――――――――

いい目覚めだ。
体は軽いし、気分は爽やかだし、なんだか雄鶏に「おっはよう!」と話しかけたいくらいのいい朝だ。

「おっはよう!」

うちには雄鶏がいないので、代わりに母に言ってみた。

「あらあら、今日はどうしたの、そんなに元気出して」

母は苦笑して、私を見つめていた。

「おうおう、どこの鶏が鳴いているのかと思ったら、うちの娘じゃないか」

父も上機嫌で笑っている。

「いい夢見たの!!」

私はそう叫んで、家を飛び出した。


向かう先は決まっている。
昔っからの幼馴染で、いつも一緒だった、あいつのところへ。

「おれ、いつか勇者として認められたら、魔王を倒しに行く」

「だからその時は、お前の魔法で力を貸してくれよな」

いつもそう言っていた。
その言葉は現実となり、あいつは勇者として旅立つ日を待っていた。

だけど……


私の魔法は、まだまだだった。
威力が弱い。
自在に夢が見られない。
だから、まだ旅立てないでいた。

あいつは私を待ってくれている。

だから、私は、何度も何度も、旅立てる日を夢見ていた。
私の魔法が役に立てるようになる日を待ち焦がれていた。

「おっはよう!」

私の元気いっぱいの笑顔は、彼に届いただろうか。
その笑顔が、なにを意味するのかを、わかってくれるだろうか。


「来たか!!」

その笑顔は、私の思いを十分にわかってくれている証だった。

「見たよ!! 魔王を倒す、夢!!」

私も満面の笑みで、答えた。
ついに、この日が来た。

「よし、そうと決まったら、すぐに出発の報告に行こう」

「うん!」

「でも王様に会うのに、その格好はまずい」

「うん?」


旅立つ支度を済ませて、私たち二人はお城へと向かう。

「両親、心配していなかったか?」

「大丈夫よ、もう、私子どもじゃないんだし」

「そっか」

「それに……お父さんもお母さんも、かつては冒険者だったんだから、その辺は寛容なのよ」

「……だな」

私も両親のように魔王を倒しに行きたいと願った時、二人とも強く止めることはしなかった。
私は母の血を濃く受け継いでいたから、母と同じように魔法が使えたのだ。
その威力をよく知る父も、私の魔法を褒めてくれた。
だからきっと、旅立つことを、許可してくれたんだと思う。


「夢の中でね、私、あんたのこと、『様』をつけて呼んでたわ」

「なんだそれ」

「私も現実よりだいぶおっちょこちょいだったし」

「現実も十分おっちょこちょいだろ」

「前日に見た夢しか、魔法で使えなかったし」

「そんなんでよく魔王を倒せたな」

「そこはまあ、ほら、色々うまくやったのよ」

「なんか急に不安になってきた……」


「ま、まあなんとかなるわよ、うん、きっと」

私は自分を励ますように言った。

かつて母が成し遂げた「世界平和」を、私もきっと実現して見せる。
何度魔王が立ち上がってきても、そのたびに滅ぼしてみせる。
この魔法は、そのためにあるのだ。

「まずは、北の大陸まで一日で行けるくらいじゃないとな」

「魔物たちは私の魔法で一掃してやるからね!!」

「おう、頼りにしてるぞ」

グッ、とこぶしを差し出してくる。
私もこぶしを返す。

その指にはめた、母からもらった指輪が、太陽の光を反射して、きらりと光った。


★おしまい★

ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました。
スレがまだちょっと残っているので質問とかあったら答えます。


    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"


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