【咲-saki-】シロ「君が教えてくれた青空を」 (31)

酒の勢いで書いた短編。
家業等様々捏造あります。
あと、地の文多いです。

それでもよろしければ

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絵筆が手に馴染んできたのはいつ頃だったか。

水彩画、なんてそれこそ学校の授業でしかやったことがなかった私が、いつの間にか画材まで揃えている。
休みの日の、一人の時間の大半をキャンバスを載せたイーゼルの前で、なんて想像もしていなかった。


「………っと、そろそろ時間か」


時計の針を見て、筆をおく。
画材を洗ってひとまず片付けて、あちこちについた絵の具を落とすのにシャワー。
丁度いい時間だ。


ダルダル星人だのなんだの言われてる私だけど、流石にこういう時くらいは遅刻は避けたい。
いざとなれば塞におぶさっていけばいいけど………まあ、そこは。
それに、絵の具付けたまま出たりしないあたり少しは成長してるはず、だ。


「………………ま、完成品見せられるのは、次かな」


製作途中の、一枚の絵。

その絵を―――今まで何枚も描いてきた絵を、描こうと思わせてくれた、あの少女。
金髪碧眼、天真爛漫、いつでもスケッチブックを持ち歩いていた、あの【友達】。

彼女は今――――どうしているのだろうか。
少しずつ上達して、でもまだ拙い日本語の手紙を何度やりとしりしても気になる、彼女の今。
他のみんなですらも遠く感じるというのに、『四年』という時間もあって果てしなく厚いその壁。


「ニュージーランドも、今の時期は暑いのかな………」


エプロンを脱いで画材を片付けつつ、外を見れば―――蝉の鳴き声と、ひたすらに青い、空。



「今日も、暑いよね………ダル」


小瀬川白望。
本年度を以って、22歳。

あの時代――――高校最後の夏に共に過ごした一人の青い目の少女を。

今でも忘れることができず、筆を取り、絵を描き続ける――――そんな、『女性』になっていた。

塞「おひさ、シロ。今日は遅れず来たじゃん」


蝉の声が空間を埋め尽くすような中で、彼女は待っていた。
赤サビだらけのバス停の小屋、その中のベンチに座る、いつもより少し、オシャレをした彼女。


シロ「………ん。ちょっと、遅れるかもとは思ったけど」

塞「この前は酷いことになったからね………なんで捜索隊出さなきゃいけないのか」


痛いところを突かれた。
確か前回は、描きかけの絵を仕上げることに夢中になりすぎて、胡桃と塞が部屋に突撃してきたんだった。
まあ、今回は少し余裕もあったし………結果オーライだとは思う。


塞「胡桃はもう出たから、もう少しで集合場所につくってさ。豊音はバスで移動中だって」

シロ「じゃあ、今から歩けば丁度いいかな………」

塞「だね。バス待ってる方が逆に遅くなるよ」


田舎の宿命というか………うん。

塞「今回はちゃんとオシャレしてきたじゃん」

シロ「胡桃にさんざん言われたし………前に一緒に買いに行ったし」


普段だったらTシャツにジーンズでいいんだけど、今日みたいな日は流石にそうもいかない。
なので、胡桃からおススメされるがままに買った服を揃えてきた。
私の性格をわかってる胡桃が、できるだけダルくない服を選んでくれたのもあるけど、これは楽で、見栄えもよくて好きだ。

あの学校を―――宮守高校を卒業して、それからずっと続けているこの集まり。


塞「にしても、卒業してからこっち、毎回こうして会ってるからそこまで久しぶりな感じもしないよね」

シロ「ん。豊音も、村から比較的出られるようになったし………」

塞「みんな奔走したからねぇ………」

シロ「先生も、頑張ってくれたし」

塞「とはいえ、あのラノベ二、三冊分はありそうな奔走は予想してなかったけど………」


笑ってはいるけど、塞の目が乾いてる。
………それは、私も同意だ。
豊音の村の風習しきたりその他諸々がややこしいのは聞いてはいたけど、あそこまでとは。

塞の言う、ラノベ二、三冊分とはずいぶん控えめな表現だと思う。
映画3部作は作れそうな大立ち回りは、トラウマであり、青春であり、誇りでもある。
そのおかげで、豊音は卒業後も村から頻繁に出られるようになってバンバンザイだけど。
あの時ばかりは、私もダルダル言ってられなかったし………

塞「そういえば、絵の進捗はどうですかね小瀬川画伯」

シロ「実家の家業の合間に描いてるだけだし、そこまで進んでないよ………もうちょっとだけど」

塞「へえ。じゃあ、また見せてよ。完成したら見に行くから」

シロ「ん」


卒業してから私たちはこうして、定期的に集まる日を設けている。
基本的には一月に一度、もし予定がどうしても合わなければ二月に一度。

私と塞は比較的家が近いし、一人暮らしを始めた胡桃もそこまで遠いわけではない。
豊音も、村から出られるようになった今では時間さえ調整すれば普通に集まれる。
時間があれば誰かの家で泊まりで、なんてこともあるし………本当に、久しぶりという気がしない。


ある一人がいないことを、除けば、だ。


塞「………シロ。現実にカムバーック」

シロ「………………あ」

………どこまでお見通しなのか。


塞「エイちゃん、元気かな。手紙はよくやりとりしてるけど」

シロ「ネット環境が整わないって言ってたし、手紙しかないからね………」

塞「でも、私は好きだけどね、文通。ネットとかスマホ経由じゃなかなかない味があるし」


そこは同意したい。
ダルくないのはもちろんネットの方なんだけど………手書きの文字でやった方が、いろいろ伝わるものがある、気がする。
おかげで、全員昔よりも字が少し綺麗になったとは全員の見解だ。

エイスリンの日本語も、少しずつではあるけど、上達している。
手紙の空きスペースに必ず入っている彼女手描きの挿絵は、割と楽しみだったりするし。
こっちは、スマホや、胡桃がどハマリしたデジタル一眼レフで撮った写真を印刷して入れている。

私の絵は――――まだ、見せられていない。

そもそも、他の誰かが手紙に書いていなければ、彼女は私が絵を始めたことすら知らないはずだ。
少なくとも、私自身は書いていない。
こうして、今日もカバンの中にスケッチブックを入れていることも………知らないのだろう。


塞「もうすぐ集合場所だね」

シロ「胡桃、もうついてるのかな………」

塞「だろうねぇ。………って、いたいた。普通にいたよ」

集合場所に指定していた喫茶店、その店の前でカメラを構えている姿。
あの時代から1センチも変わっていないその体躯に見合わぬ巨大なカメラを操る、その姿。


胡桃「あ、きたきた。久しぶり、二人とも」


言いながら、こっちにカメラを向け、そして聞こえるシャッター音。


塞「こらこら、だから勝手に撮るなと。肖像権って言葉を頭にインストールしなさい」

胡桃「今さらじゃん。写メとかだったら昔からパシャパシャ撮ってるし」


携帯のカメラと、デジタル一眼レフ。同じカメラなのに、撮られてる感が段違いなのはなぜなんだろう。


シロ「ん。久しぶり」

胡桃「あ、シロ。おひさし。それ、前に買いに行った服?」

シロ「ん」

胡桃「おお。まさかちゃんと着てくれるとは」


私は何だと思われてるのか。まあ、否定はしないしできないけど。

塞「豊音はまだ?」

胡桃「もう少しでつくと思うよ。さっき連絡したら、先に注文して休んでてって」

シロ「そっか………じゃ、アイスコーヒー………」

塞「私はアイスティーとサンドイッチにしよっかな。みんなで摘まもうよ」

胡桃「アイスティーしかないけど、いいかな?」

塞「こら」

胡桃「ごめんごめん。私はアイスキャラメルラテにしようかな。あとクッキーアソート」


そんな会話をしつつ、喫茶店の前―――テラス席について、やってきた店員さんに注文。

―――テーブルの上にある、銀色の、武骨な皿。
それを見て、ポケットに手を入れる。


シロ「………いい?」

塞「いや、別にいいけど………吸い過ぎてないよね?」

シロ「前と、変わってない」

胡桃「んー………まあもう20代だし、文句はないけどねー」

取り出したのは―――白い箱に、七つの星が刻印されたそれ。
世間一般的に、煙草といわれるもの。

一本を取り出して咥え、安物のライターで火をつける。風下の席に座ってよかった。

20歳を迎えて少しして………私は、これに手を出した。
けど、気が付いたら吸ってるとか、吸わないとダメとか、そういうことは一切ない。
辞めようと思えば、今にでも辞められるのだろう。

………私がこれを吸うのは、二つの条件がある。
一つは、描いてる絵が行き詰った時。

もうひとつは―――彼女を、強く思い出した時。

そんな時に、ふと一本だけ吸う―――――――そんな感じだ。


「あ、いたいた!!!おまたせだよー!!!」


耳に入ってくる、聞き覚えのある声。
ふり向けば、さらに見覚えのある長身に、夏場にそぐわない黒一色に帽子。

人懐っこい、変わらないその笑顔。

塞「豊音、久しぶり」

胡桃「元気だった?」

豊音「うん!村の役場も、少し仕事が落ち着いたからねー」

シロ「役場勤め、大変そうだけど………」

豊音「ううん。そんなことないよー。もっと色々お仕事できるようになりたいなーって」


言いながら、豊音は席に着く。
流れるようにアイス緑茶を注文して、暇なのかすぐに届いたそれを飲みはじめる。

いつになっても、胡桃とは別ベクトルで体躯とは合わない小動物さだと思う。


豊音「あ、シロ。煙草」

シロ「ん………嫌?」

豊音「ううん。けど、吸い過ぎは気を付けてね?」


皆言うことは同じか………。

集まったからといって、まあ特別なことをするわけでもない。
たまに麻雀を打つくらいで、それもまあ特別なこととは言い難い。
大体は、こうして近況を話し合ったり、昔のあれこれを茶化すように話したり、そんなものだ。
極々稀に、喫茶店ではなく誰かの家でお酒の席になることもあるけど………まあ、歳を考えれば普通だろう。

大体、豊音が速攻で酔うことになるし。

.




胡桃「………とまあ、そんな感じ?」

塞「いや、さらりと言うけどあんたよく生きて帰ってきたと言うか………」

胡桃「丸太は万能で最強、はっきりわかった」

豊音「だ、大冒険だよー………」

胡桃「いい写真を撮るにはそのくらいしないとね!」

シロ「その一言で済ませちゃいけない気がするんだけど………」


胡桃の撮影紀行………という名の、洋画の世界に片足を突っ込んだ話を聞いて、全員呆れ、青ざめる。

カメラに嵌ったのはともかく、何が胡桃をそこまで駆り立てるのか。
確かに、胡桃の撮った写真は凄いの一言だけど………


胡桃「でもまぁ、体力はつくんだよね。機材って結構重いし」

豊音「本体も大きいもんねー」

塞「せめて命の危険は無いようにしてよね。聞いてて肝が冷えるの何の」

胡桃「まー、前々回は流石に死んだと思ったけどね」

豊音「え、ええ!?」

塞「何してんのあんた!?いやマジで!!」

胡桃「いやー、カンカンダラは強敵だった………」

塞「ファッ!?」


………ほんと、何してるんだろうこの子は。

.



気付けば、話しは塞のことに。


塞「………と、そんな感じ?」

胡桃「書店勤務もなかなか大変そうだねー。写真集出したら置いてよ」

塞「世間一般にお見せできるものならね」

豊音「それだけ本だらけだと、整理するのも大変そうだよー」

塞「実際、キツイ。真面目にキツイ。前の店員が忘れ去ってて埃被った本の箱とか見つけた時はどうしようかと………」


………目が乾いてる。というか死んでる。
しかし、話の中でのいくつかの場面。確かにその眼が輝いているのを、私たちははっきり見た。

本当に嫌で嫌で仕方のないことなら………そんな目はできない。
本当は図書館の勤務を望んでいたと聞いたけど、それでも今の職場もまた別の魅力があるのだろうか。
きっと―――本の海のような場所で、微笑んでいるのだろう。

『こっそり趣味で書いてる小説の進捗は?』………は、今は聞かない方がいいだろう。
なんとなくだけど、凄まじい勢いで飛び火する。そんな気がする。


塞「ただ、なんか最近古本買取と販売のコーナーも作るとか言いだしてて、また忙しくなりそうなんだよね」

胡桃「ほへー。てか、そんなスペースあるの?」

塞「棚の配置を変えるだけでも結構スペースを作れることがわかってねー。まあ、死ぬほど重労働だけど」

豊音「古本だと安いし、買う方からするとお得だよね」

シロ「数冊買うだけでも、新品だとそれなりだしね」

塞「そうそう。で、買取を少し試験的に始めててさ」


………部屋の本を少し持っていこうか。
読みつくしてもう数年触ってない本が結構あるなぁ………

塞「でも、最初のお客さん。あの人、結局何だったんだろ………」

豊音「く、クレーマーってやつ?」

塞「いや、そうじゃないんだけどね。どこの会社か作者かもわからない変な本持ってきて、買取できなくてさ」

胡桃「自費出版系………いや、実は相当古い稀覯本だったとか?」

塞「あはは、それなら損したなぁ。まあ、すぐ引き下がったし」

シロ「ダルくなくて、よかったじゃん」

塞「まあそこは同意かな。でも日本人でもなかったし、変だったなぁ。肌黒くて、なんかニヤついてて」

胡桃「え」

豊音「?」

塞「神父服、っていうの?着ててさ。興味深いとか、だからおもしろいとかなんとか………」

胡桃「」

シロ「………………」


胡桃も言いたいことだろうけど、塞。強く生きて。

.



豊音の話しに移って、というか胡桃が焦って方向性を変えて。


豊音「やっぱり、人口もそうだけど致命的に若い人が少なすぎるんだよねー………」

塞「全体が抱えてる問題だけど、特にこの近辺、さらに豊音の村になるとね」

シロ「実際、村の役場って言っても別の市役所の支所的な扱いなんだっけ?」

豊音「うん。だから、私も所属はそっちになってるんだよねー」

胡桃「自分で希望出したんだもんね」


公務員………というと聞こえはいいが、実際は場末の、過疎地の職員。
出世だって望めないし、未来があるとも言い難い。
けど、豊音はそこを―――――自分を、封じ込めていた村に勤めることを、選んだ。

それは、あの大騒動で一つの明確な区切りができたというのもあるのだろう。
和解、というにはほど遠い。けど、しっかりとケジメはついた。

そして豊音は―――――そんな村を、一度たりとも、憎まなかった。

強すぎて、眩しすぎて―――






その強さが、私にもあれば。

豊音「それで、この前今は使われてないお神輿を見つけてね」

胡桃「え、あそこの祭り?あったっけ………」

豊音「お祭り自体は小さく続けてるんだけど、担ぎ手がいなくて仕舞ってたんだって」

シロ「………それ、どのくらい昔の?」

豊音「15年前だって」

塞「ほげっ」

胡桃「………朽ちてる。絶対朽ちてる」

豊音「うん、相当ボロボロだったよー………」


………そんな神輿を担ぐなんて命の危険は、嫌だなぁ。


豊音「でもね、他の地域との共同でやるなら、復活も可能じゃないかって思うんだよー」

塞「ていっても、それは担ぎ手の話しでしょ?流石にその状態じゃ………」

豊音「だから、予算の確保して、修理が先だね。伝統のあるお祭りだし、もったいないよ」

胡桃「それで復活プロジェクトかぁ。若手の行動力とは思えないね」

豊音「………それに。そのお神輿もさ」

シロ「………………」



豊音「ぼっちは、かわいそうだよー」



………ああ。やっぱり変わってない。
温かく、優しく、それでいて、誰より強く。

だから私たちは、あの夏に彼女と共に―――目指したんだ。

.



塞「シロは?」

シロ「………え?」

塞「いや、シロの近況。いやまぁ、知ってるといえば知ってるけど」


………ああ、番が回ってきたか。


シロ「いつも通り、家業手伝ってるだけだよ」

胡桃「手伝ってる、ってのは違うんじゃないかな。実際、大きい部分も任されてるんでしょ?」

シロ「ダルイ」

胡桃「あー、もう………」

豊音「そういえば、絵の方は?」

シロ「ここに来る前にも、描いてた。もう少しで一つ、描き終わり」


………そう。もう少しで、描き終わる。
そしたらまた、次の絵を描くのだろう。相も変わらず―――

キャンパスを、青く染めて。

塞「でも、お世辞も身内贔屓も抜きにして私はシロの絵好きだけどね」

豊音「うんうん。前に見た奴も、すっごく綺麗だったよー!」


ああ、あの絵か。


シロ「あれ、今手元にないんだよね」

胡桃「え?捨てたの?」

シロ「市の中央近くで画廊やってる人が、展示させてくれって」

塞「は!?」

胡桃「ちょっま!?聞いてない!!!」

豊音「そ、それってすごいんじゃ!?」


凄くなんか、ないんだけどなぁ。
別に画家として売れてるとか。そういうわけでもないわけだし………

ただ、また連絡させてくれとか言われたのは確かだ。
物好きって、いるんだなぁ………


塞「………これは前から聞きたかったんだけど」

シロ「ん」

塞「シロの描く絵が、いつも青空モチーフなのって何かの影響?」


………あー………………

煙草に、また火をつける。
胸の奥、頭の奥で―――チリチリと、燻る。

胡桃「そういえばそうだよね。透き通るみたいな青空と、白い雲」

豊音「うんうん。今度、役場でも飾らせてもらえると嬉しいんだけど………」

シロ「それは別にいいけど………そんな大層なものじゃないけど」

豊音「ううん。役場の人達も、描いたのが私と同い年の子って知ってびっくりしてたんだよー」


少し強めに吸って、煙を吐く。


シロ「別に、大きな理由はないよ。ただ、いつもなし崩しにそうなるだけ      ただ、」

塞「ただ?」






シロ「エイスリンが、よく描いてたから」










場が、息をのんだ。

シロ「私が、絵を描こうって思ったのは………エイスリンが、いたからだし」


影響受けても仕方ない、と。



豊音「………エイスリンさん。元気かなぁ」

塞「手紙はやり取りしてるけどね………なんか、やっぱ………うん」

胡桃「こうして毎回集まってて、いつもいつも、なーんか足りない感じはあったんだよねぇ………」


あの夏から、卒業まで。
たったそれだけの時間で………あの青い目の少女は、私たちの世界にとって掛け替えのない存在になっていた。

それは私たちに理由があるのか。
それとも、たったひと夏という濃密な時間を駆けたからだろうか。

あるいは、彼女がああして、人を笑顔にしたからだろうか。


シロ「エイスリンにさ。伝えてないんだよね」

豊音「え?」

シロ「私が絵を描いてる事」

塞「………なんで?」

シロ「これこそ、理由はないんだよ。ただ、なんとなく………本当に、なんとなく」


言ってない、のか。

言えてない、のか。

シロ「ついでに、煙草吸ってることも」

胡桃「速攻で禁煙マーク描いて突き出しそうな気が」

塞「想像余裕」


だろうなぁ。

手紙でやりとりは、してる。
けど、それだけではどうしても伝えきれない部分もある。

実際、彼女の現状も、私たちの現状も、きっとつぎはぎだらけの状態でしか伝わってない。
連絡を取り合っているから様々なことを全て共有できる、というわけでもない。
例えるならパズル―――お互い、それぞれ欠けたパズルを見ている。

もしくは、半端な絵画か。


豊音「………会いたい、ね」

塞「………だね。私達の今を伝えて、エイちゃんの今を聞いて」

胡桃「………………………」


胡桃が黙り込んでいる。
何か――――――思い出したのだろうか。
それとも、言葉も出ないのか。


でも、なんにせよ。
今の話しの流れでもそうだったが、間違いなく言えることは。

彼女の存在を最も強く引きずっているのは、私なのだろう。

ふつふつと、キリキリと嫌な感覚がする心をねじ伏せるために煙草を吸って。
今も言われるまで言葉にしなかったきっかけも。
彼女の想いを消したくない、とばかりに描き始めた、絵も。

私は―――エイスリンを、どう想っていたんだろう。
どう想っているんだろう。

この気持ちは、友情なのか、恋慕なのか、憧憬なのか。

そんなことにも答えを出せない私が書く絵など………エイスリンに、遠く及ばない。


迷っても、確かに答えを出して、笑って、一つの世界をキャンバスに切り取った彼女と。
彼女が見ていた『だろう』と想定した光景をなぞるように、彼女の影を追うだけの私では。



シロ「一度くらい………教えて貰えばよかったかな。絵の、描き方」

.









「教えるよ。イツデモ、なんどデモ」








.

声が、聞こえたのはわかった。


誰の声だ。

それは、私の背後から聞こえた声だ。
塞でも、胡桃でも、豊音でもない。

そしてその声に聞き覚えがあるのにもかかわらず、こんなことを考える私は。

まだ、逃げるというのか。


「ごめん、ネ。surprise………アー、びっくり、させようと思って。えと………その………」



塞も、胡桃も、豊音も。

呆然と、ただ私の方を………私の、背後を、見ているだけだ。


「その、ニッポンにまたきた………ううん、引っ越して、キタ、んだ。money、貯めるのに時間、かかったけど」


そしてそれは決壊する。
破顔し、立ち上がり、泣きだし。

その声の主は、今だ呆然とするしかない私の肩越しに、腕を回してくる。

大丈夫だよ、というように。
大丈夫だよね、と問うように。

「………知らなかっタ。シロが、絵を描いてるなンテ。すっごく、嬉しイ」


特徴的な、イントネーションが若干怪しい日本語。
でも、あの日より、少し上達してて。
そこに、涙声のノイズ。

ああ、なんだ。しっかりしろ私の耳。
彼女が紡ぐ言葉を、一言一句、逃さず聞き取れ。
待ってたんだろう。望んでたんだろう。
聞いてもらいたいことがたくさんあるんだろう。言いたいことがあるんだろう。

だから、逃げるな。

逃げるな。聞き取れ、私の耳。
逃げるな、言葉を紡げ、私の口。

彼女の、回された手の平に、そっと触れる。


雨か。ぽたぽたと、私と彼女の手を濡らす。
随分ピンポイントで温かい雨もあったものだ。

「だから、見せテ。シロが、描いた青空」


無茶いうな。


「あと、煙草、ダメ。シロ、健康に悪いヨ」


その前に、言うことがあるだろう。


「………日本語、一杯、練習シタ。覚えた。だから」






彼女は、回していた手を離す。

震える体を抑え込み、滲む視界でふり向いた先に――――――――――















「―――――――――ただいま!!」

青空に、太陽に透けるように輝く、あの日より伸ばした金の髪。

透き通り、青空以上に目に入るその碧眼。


私が――――私たちが愛した、焦がれた、笑顔。


宝石のような涙を落としながらも、それは変わらず。



手に持ったスケッチブック。そこには、道中描いたのだろうかすでに、一つの絵が描かれていた。

豊音、胡桃、塞が弾かれるように飛び出し彼女を抱きしめた瞬間、それが彼女の手から落ちる。

それを拾い上げ、空を見上げ――――視界を、彼女と彼女たちが泣きながらもあの日と同じく笑う、その場所に移し。








シロ「おかえり――――エイスリン」

次に描く青空は、きっと今までよりも綺麗になる。

そして、この青空を描いた彼女の―――エイスリンの後追いではなく。
私が見た青空だと、私が愛した世界だと、胸を張れるように。

彼女に『昔はこうだったね』ではなく『今もこんなに素晴らしい』と語れるように。






「絵の描き方を、教えてくれないかな」

「うん………………一緒に、描こう」



















私は、私にしか取れない、筆を取る。

というわけで終了です。

リハビリ兼ねて書いたSSでした。まともに一作書き上げたのいつぶりだろうか。

こんな時間ではありますが、見ていただいた方々に感謝を。
人の数次第でちょっと書き込むかもしれないので、明日、というか本日午前中まで残して依頼出します

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