【デュエマ】ぼく「幻想妖精カチュアでデッキを組もう!」(17)

意識が醒めると薄暗い牢獄の中だった。

「ううっ……?」

身動ぎとともに奏でられる金属音と、僅かな両肩の痛み。

どうやら私は鎖で両腕を吊られた形で拘束されているらしい。

幸いと言うべきか、両足は地に着いているため腕の痛みが酷くなることはなさそうだが。

「ようやくお目覚めか?」

塞ぐことができない耳に脂ぎった不快な声が纏わりつく。

間違いないだろう。

この薄闇の中でなぜかそれだけが明確に浮かび上がる、下品な笑みを張り付けたこの男こそが

私、《幻想妖精カチュア》をこのような目に遇わせた張本人なのだ。

雪妖精の隠れ里からここに連れてこられるまでの記憶は全くない。

だが不安に押し潰されて男に阿ることは、幻想妖精たる矜持に掛けて断じて許容できなかった


「……なんのつもり?」

目隠し越しの視線で睨むと、喜ぶように男は下卑た笑みを一層深める。

それはヒトガタをしていながら、嘗てフィオナの森を蹂躙した闇文明のキマイラ達の様に醜悪だった。

「なに、お前をこうやって捕らえたからには、やることは1つだろ?」

手汗にねとついた指先で顎を持ち上げられ、目隠し越しに見えていないはずの瞳が合った。

「ドラゴンを喚んでもらおうか」

予想していた言葉に、毅然としていらえる。

「ふざけるな!」

確かに、私には最強の生物種足るドラゴンを喚ぶチカラがある。

だがそれは彼らの命を対価とする、禁断の秘技だ。

我が身かわいさにこのような下種に命じられるがままにそれを為すなど断じて許されるものではない。

死を賭して我らの願いを聞き届けようという龍族の気高き精神を貶める行為に他ならないからだ。

まあ、死して尚旺盛に戦場を求めるドラゴンゾンビのような存在もいるのだが……

「そもそも、ドラゴンを喚ぶには相応のマナを必要とするわ」

「ドラゴンが喰らうだけのマナを、貴方程度に捻出できて?」

態と居丈高に言葉を返す。

未だ乱世に生きる者として、責任ある力持つ者として、死に臆する事なき覚悟は既にできている。

男がその醜い心根のままに怒り狂い私を手に掛けるというのなら望むところである。

しかし、期待を裏切り男の瞳に映るのは貪婪な喜悦の色。

「そうだな、俺には無理だ」

「だからコイツに頼むことにしよう」

じゃらり、と私を拘束するものとは別の縛鎖の音。

獰猛な肉食獣の、否、賎しき屍肉漁りの笑みを浮かべて、男は一層強く鎖を引く。

呻き声とともに、仄暗い部屋の奥から引きずり出されたその姿に、思わず声が出る。

「ジャスミン!?」

それは雪妖精の隠れ里でともに暮らしていた《霞み妖精ジャスミン》だった。

衣服は汚れ、摩りきれ、破られて見るも無惨な姿を晒し、平時の愛くるしさはなりを潜めている。

さらには、前髪に隠されて尚、泣き腫らしたであろう赤く染まった目元が痛々しい。

迂闊だった、拐かされたのは私だけでは無かったのだ。

一歩踏み出そうとして、両肩の痛みと耳障りな金属音に現状を思い出す。

何もできない自分の弱さに歯噛みし、先程の覚悟が揺らぎかける。

その気持ちを圧し殺すために、敢えて痛みを受けようと小さな抵抗を続ける。

「いかなる凶獣をも冥府に繋ぎ止める《いけにえの鎖》だ、暴れるだけ無駄だぞ?」

ジャスミンの首に絡む鎖を引きながら、愉悦に富んだ声音で男が警告を発する。

私は抗うように、一層酷く暴れた。

「ジャスミンは関係ないじゃない!」

「関係ないとは酷いじゃないか、彼女は貴様の仲間だろう?」

言葉尻を捉える物言いに一層神経がささくれ立つ。

苛立つ私の姿に舌舐めずりをするように、腐った吐息で男が愉しそうに言葉を重ねる。

「それに言ったハズだ、大量のマナが必要だと」

男の腕が無造作に鎖を掴み上げ、ジャスミンの喉からは可憐な容姿に似合わぬ潰された蛙のような呻きが漏れる。

「やれ」

鎖で首を吊られた形のジャスミンの耳元に男が穢らわしい口元を寄せ、有無を言わさず命じる。

途端に彼女は痙攣するように恐怖に身震いすると、抵抗することもなく命じられるがままに両手を構える。

そして両の掌の合間の空間に産まれる、輝く緑色の自然のマナの奔流。

いつもなら力を与えてくれる美しき生命力の輝きは、しかし今だけは不安と焦燥を掻き立てる。

「その程度か?」

大気に溢れるマナを眺めながら発された男の声は、鉄条網の痛みをもってジャスミンに叩きつけられる。

マナの輝きが一際強くなり、恐怖感からくるものだけではない震えがジャスミンの手の位置を定めない。

赤く腫れぼったかった顔は既に蒼褪め、荒くなった呼気が私の耳元にまで届く。

その口元からは赤い色が雫となって零れてさえいる。

「やめてジャスミン!そのままじゃ貴女は……ッ!」

「でも……おねえちゃんが……」

「私のことはいいの!お願いジャスミン、もうこれ以上は……」

それでもジャスミンは止まらなかった。

いったいどうすれば、年端もいかない少女にこのような覚悟を抱かせるのか。

私が気絶している間に、ジャスミンが男から受けた仕打ちは想像を絶するものなのだろう。

それなのに彼女は、私の命を繋ぎ止めることだけに一縷の望みを託して……。

「おねえちゃん……」

悟ったような声は、引き返せない地点に到達してしまったことを物語る。

気づいたときには、男に弱味を見せまいと堪えていた涙さえ溢れ出させながら叫んでいた。

「ダメよジャスミン、そんな……ダメぇッ!!」

「……おねがい……いきて」

苦しいハズなのに、微笑みさえ浮かべて。

彼女はその言葉を最期に、大量の血を吐いて倒れ伏した。

自らが産み出した血の海に沈むジャスミン。

マナの緑光に照らされたそれは退廃的な美しさすら感じさせた。

溢れるマナと引き換えに、彼女は死んだ。

「ああっ……あぁぁぁああああああ!!!」

慟哭とともに膝から力が抜けるが、倒れ伏すことは鎖によって叶わない。

そんな私の様子に、愉悦を隠そうともしない男の罵声は一層勢いを強める。

「命を振り絞ってこの為体、まだ充分なマナの量には程遠い」

「貴方は……どうして……ッ!」

「まあいい、まだ駒は残っている」

男が指を弾くと、仄暗い部屋の奥から再び人影が現れた。

「オチャッ……ピィ……?」

私の目の前に現れたのは《天真妖精オチャッピィ》だった。

だが血走った目を見開き半開きの口元から涎を垂らすその姿は、私の知るオチャッピィではなかった。

目がはっきりと確認できる、それ自体が雪妖精にとって普通といえる状況ではない。

そう、彼女の頭部はなにものにも覆われていなかったのだ。

ーーーー彼女の脳髄は剥き出しだった。

あまりの事態に声を失う。

「やれ」

男の簡潔な命令に、明らかに正体を失っているオチャッピィは何故か正しく反応した。

そしてかつてジャスミンだった肉の塊の前に――――

「そんな、まさか……」

彼女の能力、それは命を落とした戦士をマナへと還元すること。

死して尚故郷を守るチカラたらんとする戦士たちの高貴なる願いの体現者。

それが、それがこんな冒涜的な形で使われるなど悪夢以外の何物でもない。

「やめて、やめてよぉ……そんなのは違う、間違ってる!」

懇願は狂わされた妖精には届かなかった。

かつて自分を姉と慕ったまだ温かい死体へ、傷だらけの指先が伸ばされる。

最初は衣服だった。

血に染まってなお美しさを保っていた民族衣装が、雪妖精としての誇りごと千々に破られる。

露わになった白い肢体へと、獣のチカラで爪が食い込む。

まだ凝固していない血液がプツリと孔が開いた皮膚から流れだし、乱暴な扱いに跳ねる肉体はまるで命を吹き返したかのよう。

未発達でありながら女性であることを主張する胸へと、悍ましいクリーチャーと化した妖精が舌を這わせる。

ピチャピチャと淫靡な水音を立て暫くその味を堪能し、そして牙を立てた。

皮膚が破れ、肉が千切れ、骨が露わになる。

その残酷な辱めに、誰も閉じてくれない死体の虚ろな眼窩から、血の涙が流れた。

露出した肋骨に指を掛け、無理やり抉じ開ける音。

骨そのものだけでは無く、その様子を無理やり見せつけられるカチュアの心さえ一つ一つ丁寧に圧し折って行く。

そして辿りついた小さな心臓を、まるで捧げるように引き摺りだし、そして握りつぶした。

こんな時でも美しいと感じてしまう緑のマナの奔流が、死にかけたカチュアの心に寒風のように吹き荒んだ。

「これだけあればまあ、なんとかマナは足りるだろうよ」

下らない余興だったとでも言うように不満そうに男が鼻を鳴らし、カチュアへと視線を向ける。

反応を返さない妖精に苛立ちを覚え、乱暴に目隠しを剥ぎとった。

牢屋の薄暗い光に晒された瞳は、その中のあるべき光を喪っていた。

「嘘だ……嘘だ……嘘……」

壊れたように繰り返す、いや実際にもう壊れてしまったのだろう。

その様子に男は楽しくも無さ気に舌打ちを一つ。

精神を屈服させ自ら進んでドラゴンを喚ぶよう調教するつもりが、ここまで精神が脆いとは予想外だった。

戦場で捉えた兵士への尋問を基準に調教過程を組み立てた自らの失敗に歯噛みする。

竜を喚ぶなどという複雑なシステムにバグが起きぬよう、できる限り穏便に済ませたかったがこうなれば仕方ない。

いつの間にか男が手の平に乗せていた、ギチギチと歯車を軋らせる赤い自律機械がその冒涜的な言霊を発した。

オチャッピィをあのような姿へと変えた時と同じように。

『この神経、繋げちゃおうぜ』

――

――――

――――――

大地の守護者たる緑神龍が、マナを生み出す肥沃な大地を焦土へと変えていた。

全ての源となるマナを断つことで戦況を有利にする戦術は確かに存在する。

しかしここまで徹底的な破壊が、例え敵の有する土地であっても許されるのだろうか?

その疑問を抱く者はここにはもういない。

累々と積み重なる龍の死体の群れの中にその姿はあった。

玉座に縛り付けられ、顔面の穴という穴を解放しては体液を垂れ流しながら、与えられたマナを消費しその能力だけは問題なく発動する。

また一頭の龍が喚ばれ、契約を交わした幻想妖精の変わり果てた姿に心を痛めながら、しかし契約に縛られたその身の自由は叶わず。

何とか土地を蘇らせようとする敵軍の努力を正面から蹂躙し、そして彼もまた力尽きる。

龍は最期に思う、我らが宿敵たる者どもよ、どうか彼女に死の安寧を与え給えと。

だが奪われ続けたマナはもはやそれを成すことさえできぬ程に減少していた。

誰もが不幸だった。

誰もが痛ましかった。

誰もが希望を捨てた。

誰もが終わりを希った。

その中で唯一の例外である、幻想妖精を操り龍を指揮する男は、まだ敵軍へのトドメを刺さない。

この有利を盤石のものとし、確実な勝利の布陣を敷くまで、決着の一撃を決めることはないのだろう。

それまでこの悪夢は繰り返される、何度でも、何度でも……



~fin~

ネオス「デュエマ勢ザッコ」

スピードロイド「この程度で精神壊れてるなら俺なんか100回壊れてるわ」

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