歌鈴「想いも詰めたお弁当」 (40)
モバP(以下P)「歌鈴、おつかれ。このまま事務所まで送ってくよ」
歌鈴「ありがとうございます! プロデューサーさんはこの後もすぐ別の現場なのにすみません」
P「別に構わんよ。あぁ、移動中で悪いが昼食取らせてもらうぞ」
歌鈴「どうぞ……って、10秒チャージのゼリーとエナジードリングだけなんですか?」
P「サプリメントも飲んでるし、栄養面は問題なし」
歌鈴「そういう問題じゃないですよ。ちゃんと食べないと心配しちゃいますっ」
P「わかっちゃいるんだが、どうしてもなぁ。自炊もたまにくらいだから毎日弁当ってのも難しいし」
歌鈴「もう……無理はしないでくださいね?」
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……
…
歌鈴「ただいま戻りましたっ」
ちひろ「お疲れ様です、歌鈴ちゃん」
歌鈴「ちひろさんもお疲れ様でつ……です!」
ちひろ「ふふっ、外は暑かったでしょう? いま冷たい麦茶持ってきますね」
歌鈴「ちひろさんお仕事の邪魔しちゃいけませんし、私がやりますよ!」
ちひろ「いいですよ。座りっぱなしで体動かしたいのもあるんで、ソファーで待っててください」
歌鈴「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えますね」
歌鈴(誰もいない事務所。いつも賑やかだから、よけい静かに感じて……なんかソワソワするというか、落ち着かないなぁ……)
歌鈴「あ、そうだ。今のうちに来週の予定を確認しようかな?」
歌鈴「えっと……この日はレッスンの後に午後から雑誌のインタビューで……あれ、これって……?」
ちひろ「スケジュールの確認ですか? 麦茶、テーブルに置いておきますね」
歌鈴「あ、はい。ありがとうございます。ちひろさん、来週の予定のことなんですけど、いいですか?」
ちひろ「なにかありましたか?」
歌鈴「この日、午前にライブ会場の下見と顔合わせって……」
ちひろ「会場の詳細はプロデューサーさんから聞いてます?」
歌鈴「はい、自然公園の広場を使った野外ステージだって聞きました!」
ちひろ「その日は、会場になる公園の管理運営されている方とのご挨拶ですね」
歌鈴「あ、いえ、そこまではわかるんですけど。午後のところに『P半休』ってこのホワイトボードに書いてあるのは……?」
ちひろ「これからライブに向けて少しずつ忙しくなりますから、その日の午後はおふたりともオフですよ」
歌鈴「えぇ! き、きき、聞いてませんよぉ!」
ちひろ「初めて言いましたからね♪ 先程決定したことなので、プロデューサーさんには戻ってきたらお伝えします」
歌鈴「そ、そもそもなんでですか? 私なんか、ライブに向けて人一倍レッスンしなきゃ駄目ですよっ!」
ちひろ「そう言って、歌鈴ちゃんもプロデューサーさんも頑張りすぎるところがありますから。会場が決まっただけで、本番まではまだ日もありますよ?」
歌鈴「それはそうですけどっ!」
ちひろ「やる気があるのは良いことですが、休むのも大事なことですからね。本番が近付いたらもっと休みそうにないですし……そんなわけで、今のうちにおふたり揃ってお休みです♪」
歌鈴「きゅ、急に言われても困っちゃいますよぉ~」
ちひろ「まぁまぁ、緑豊かな公園でのんびりしてリフレッシュしてください。予報ではお天気も良いですし、ピクニック日和ですよ」
歌鈴「プ、プロデューサーさんと、ピクニック……あっ!」
ちひろ「どうかしましたか?」
歌鈴「いえ、その……ありがとうございます!」
ちひろ「どういたしまして……?」
……
…
【女子寮 自室】
歌鈴「突然プロデューサーさんと一緒にお休みなんて、びっくりしたけど……これってチャンス、だよね?」
歌鈴「い、いやいや、チャンスとかそうじゃなくって! 単にプロデューサーさんにお弁当持っていけば喜んでくれるかなって!」
歌鈴「プロデューサーさん、どんなおかずが好きなんだろう。誰かのためにお弁当作るなんてしたことないし……」
歌鈴「あれ、そもそもお弁当箱なんて持ってない!? どどどど、どうしよう……来週なのに!」
コンコン
歌鈴「あ! はーい、いま開けます!」
ガチャ
響子「部屋の前通ったら大きな声が聞こえたので……なにかあったんですか?」
歌鈴「あぁごめんなさい! 何でもないんで大丈夫、です、から……」
響子「歌鈴ちゃん?」
歌鈴「あの、ほんとは大丈夫じゃないんで助けてくださいっ! お休みがプロデューサーさんでお弁当箱が大変なんです!」
響子「お、お部屋で話聞きますからちょっと落ち着きましょう! ね!」
響子「――なるほど。つまり、プロデューサーさんにお弁当を、ということですね」
歌鈴「す、すいません慌てちゃって……」
響子「いえいえ、話もわかりました。私でよければお手伝いしますよ」
歌鈴「ほんとですかっ! ありがとうございます! 神様、響子さま~っ!」
響子「あはは、崇め奉られちゃった……こほん。それで、歌鈴ちゃんはお弁当箱もないんですよね?」
歌鈴「そうなんです。だから急いで買いにいかないと」
響子「なら、まずはどんなお弁当にするか決めてからのほうがいいですよ」
歌鈴「入れ物より入れるものから、ですか?」
響子「お弁当箱も形や材質の違いで入れるおかずも変わりますから」
歌鈴「えっそんなに?」
響子「例えば最近流行りの曲げわっぱなら、密封できるプラスチック製と比べると汁気の多いものは避けた方がいい、とか」
歌鈴「たしかに……形って、こう、楕円とか長方形以外のもあるんです?」
響子「ご飯とおかずが混ざらない2段型や、バッグに入れやすいスリムタイプ」
響子「2段型でもご下段が大きいどんぶり型や、保温機能付きのスープジャーなんかもありますね」
歌鈴「ほぇー、そんなに種類があるんですね」
響子「なのでおかずを決めてからのほうがいいかなって。明日いくつか作ってみましょう!」
歌鈴「よ、よろしくお願いしまつ!」
……
…
【女子寮 食堂のキッチン】
響子「作る前にひとつ確認したいんですけど、歌鈴ちゃん普段お料理は?」
歌鈴「実家ではお料理のお手伝いもしてましたけど、寮に来てからは普段ってほどじゃ……」
響子「それで十分です、全然大丈夫なんで心配ないですよ。お弁当を作ったことは?」
歌鈴「お弁当は……ないですね。初めてです」
響子「ではお弁当作りの鉄則からお教えします」
歌鈴「鉄則?」
響子「お料理を傷ませないこと、それが一番大事です。この時期は食中毒の危険も増えますからね。特にピクニックなら野外を常温で持ち運びますし」
歌鈴「コンビニのお弁当は常に冷やされてますもんねぇ」
響子「どのおかずにも共通することは『火を通すものはよく焼くこと』『水気を取ること』です」
響子「特にお肉、お魚、卵は十分に火を入れます。水気・汁気はよく切ったり、ふきとったりしましょう。ノリやおかかは水分を吸ってくれるので、これらを使うのもいですね」
歌鈴「そんな意味が!」
響子「梅干しやお醤油も殺菌効果がありますし、お弁当の定番は傷ませないための知恵でもあるんですよ?」
歌鈴「理由がわかると面白いなぁ……」
響子「まずは主菜、豚の生姜焼きを作ってみましょう!」
歌鈴「お、お手柔らかにお願いしますっ!」
響子「ふふっ、とっても簡単なので緊張しないでいいですよ。最初にタレを作ります」
歌鈴「醤油、酒、みりんに生姜も入れて、と」
響子「次にお肉をフライパンで炒めて、火が通ったら玉ねぎも加えてさらに炒めます」
歌鈴「これくらいですか?」
響子「はい。そしたらタレを加えて、煮詰めながら絡めれば完成です!」
歌鈴「も、もうできちゃいました!」
響子「ね、簡単でしょ?」
歌鈴「実家でお手伝いしたときはお肉に小麦粉をまぶしたりしてましたけど?」
響子「小麦粉や片栗粉は、お肉の旨味を閉じ込めたりタレにとろみをつけることが目的です。まぁなくても美味しいんで、手間や失敗しないことを優先して今回は省略してます」
歌鈴「省略しちゃってもいいんですか。たしかにこれなら私ひとりでも失敗しないで作れそうですっ!」
響子「次はお弁当の定番、たまご焼きを作りましょう」
歌鈴「あのくるくるするの、絶対難しいですよね……」
響子「コツさえつかめば簡単ですよ。味付けは甘いのとしょっぱいの、どちらにしましょう?」
歌鈴「私はどちらかといえば甘いほうが好きですけど、プロデューサーさんはどっちの方が好きなんでしょうかね……?」
響子「直接聞いたらいいんじゃないですか?」
歌鈴「えぇ、そ、そそそれは何か恥ずかしいので!」
響子「ふふっ、じゃあ今日は甘めの厚焼き玉子のレシピを教えますね」
……
…
響子「今です! どんどん固まっちゃいますから、慌てず急いで巻きましょう!」
歌鈴「あわわ、慌てず急ぐって言われると余計……って、わはぁ!」
響子「……卵液はまだまだあります。歌鈴ちゃん、もう一回チャレンジです!」
歌鈴「このタイミングで、確実に……えいっ! で、できましたっ!」
響子「やりましたね! そのままくるくると巻いて……うん、上手ですよ!」
響子「次は油で揚げないヘルシーなからあげを――」
響子「白身魚はピカタにするとお弁当にも――」
響子「きんぴらごぼうにも挑戦して――」
響子「サラダは全体の彩りも考えるとグッとよく――」
響子「どうです? これくらいレパートリーがあればいけそうですか?」
歌鈴「響子ちゃんっ! こんなにたくさんありがとうございまつ!」
響子「歌鈴ちゃんの頑張りがあればこそですよ♪」
歌鈴「それにしても、夢中で作っちゃいましたけど、2人でこんなに食べきれますかね?」
響子「うーん、数は多いですけど何とかなりますよ。それよりも、食べる前にもうひとつ」
歌鈴「なんでしょう?」
響子「私のお弁当箱を持ってきてるので、上手な詰め方も教えちゃいます!」
歌鈴「た、たしかにそれも知りたいです!」
響子「さっそくやってみましょうか。まずご飯を、ここくらいまでよそってきて下さい」
歌鈴「了解です……って、あぁ!」
響子「どうしました?」
歌鈴「す、炊飯器のスイッチ、入れ忘れてましたぁ……」
響子「まずはスイッチを入れてと……詰める分だけ残して、食べながら待ちますか?」
歌鈴「そうします……うぅ、ごめんなさい……」
響子「気にしないでいいですよ! ほら、一緒に食べましょう?」
「くんくん……なにやら美味しそうな匂いが……」
「食堂からでしょうかぁ……?」
歌鈴「廊下から声が?」
響子「この声は……」
みちる「うわー! お料理がいっぱいです!」
歌鈴「みちるちゃん」
みちる「お疲れ様です! これ、歌鈴さんと響子さんが作ったんですか?」
響子「私は教えただけで、実際に作ったのは全部歌鈴ちゃんですよ」
歌鈴「お弁当のおかず作りの特訓中で……よかったらみちるちゃんもどう?」
みちる「えっ、いいんですか?」
歌鈴「ご飯はいま炊いてるからおかずしかないけど、それでもいいならっ」
響子「ご飯が炊けたらお弁当箱に詰める練習もしようかなって。その分だけ残して、おかずだけですが一緒に食べませんか?」
みちる「大丈夫です! ご飯がなくてもここにパンがあります!」
響子「パン……なるほど、それもありですね」
歌鈴「え、え? どういうこと?」
響子「お弁当なら、主食はご飯に固執することもないってことです」
みちる「ちょっと失礼しますね。ふむふむ……あまった食材、少し使っていいですか?」
歌鈴「いいですけど、みちるちゃんはなにを作るんですか?」
みちる「お弁当といったら、やっぱりサンドイッチです!」
みちる「まずはパンの内側にバターかマーガリンを塗ります!」
歌鈴「こんなに隅まで入念に塗るんですか」
みちる「こうしないと、挟んだ食材の水分をパンが吸ってべちゃべちゃになっちゃうんです」
響子「風味づけ以外にも、コーティングの役割もあるんですね」
みちる「食材は水気をよく取ります。あとは厚さを均一にすると挟みやすいですし、食べる時もはみ出にくくなりますよ!」
みちる「食材を挟んだらラップで包みます。そして包丁でラップごと切りましょう! こうすれば切る際のはみ出しや潰れるのを防げます!」
みちる「そのままラップに包んで持っていけば乾燥も防げますし、手が汚れてても食べられるのでピクニックにもぴったりです! はい完成!」
歌鈴「すごい……あっという間にできちゃったっ」
みちる「さぁさぁ、食べてください!」
歌鈴「いただきます……ん、美味しい!」
響子「パンもしっとりフワフワ♪」
みちる「具材はシンプルにハムとレタスだけにしてみました。あと、こちらもどうぞ!」
響子「こっちはトーストサンド?」
みちる「バターを塗ってから長めにトーストするのがポイントです! 焼くだけであとは全く同じですよ」
歌鈴「わぁ、表面がサクサクして食感が全然違いまふ!」
響子「小麦の香ばしさも出てますし、同じ具材なのにこんなに変わるんですね」
みちる「えへへー、とっても簡単なのでお弁当にはサンドイッチです!」
歌鈴「これくらいなら私でも作れる……かも?」
みちる「大丈夫です! さっそく歌鈴さんも作ってみましょう!」
歌鈴「え、あ、はい!」
みちる「ではハムレタス以外にもいくつか――」
……
…
みちる「――では次はおかずが進むサンドイッチを」
響子「み、みちるちゃん。こんなにたくさん作ったら、歌鈴ちゃんも混乱しちゃいますよ?」
歌鈴「は、はいぃ……」
ピーピー
みちる「あれ、今の音はなんでしょう?」
歌鈴「あー! そういえばご飯炊いてるんでした!」
響子「……美味しそうに炊けてますね」
歌鈴「元々多かったのにサンドイッチまで増えちゃいました……」
みちる「せっかくなのでみなさんで食べましょう!」
響子「うーん、美味しいですけど、この量はさすがに……」
みちる「ふっふっふ、みなさんで、ですよ!」
……
…
「このハンバーグすっごい美味しいにゃ!」
「うむ! 我の魔力も充ち満ちてくるわ!」
「小梅、輝子、新しい皿持ってきたぞ!」
「ま、まだお皿に残ってるから……ゆっくり食べる、よ……」
「この野菜炒め……エリンギくんを入れても、いけそうだな……フヒ」
「おぉ! サンドイッチでご飯がいくらでも進みます! ボンバー!」
「ふむー。まこと、美味でしてー」
「ん、シューコちゃんこの味好きかもー。ほら、紗枝はんも」
「ほんならうちも、歌鈴はん、相伴に与りますー」
歌鈴「はわわわ、ちょっとしたパーティーみたいになっちゃいました」
響子「歌鈴ちゃん、みんな美味しそうに食べてますよ」
歌鈴「はい……自分の作った料理を食べてもらえるって、こんなに嬉しいんですねっ」
響子「その気持ちを忘れないでください。お料理で一番の秘訣は、食べてくれる人のことを思うことですから」
「フゴ、フゴフゴ!」
「みちるおねーさんはよく食べやがりますね! 仁奈も負けねーですよ!」
響子「……なくなる前に、私たちも食べましょうか?」
歌鈴「ふふっ、そうですね」
……
…
歌鈴「響子ちゃん、このお皿はどこにしまえば?」
響子「えっと、棚の2段目に。大きさごとになってます」
歌鈴「はーい。よいしょっと」
響子「お弁当に詰める予定が、あっという間になくなっちゃいましたね。ごめんね、歌鈴ちゃん」
歌鈴「いいですよ。残さず食べてもらえて、嬉しかったですし」
響子「本番はどんなメニューにするか決めました?」
歌鈴「あぅ、それはまだ……来てくれた人からもアドバイス色々言ってもらえて、逆に考えることが増えちゃって、あはは……」
響子「来週までゆっくり考えたらいいですよ。私でよければいつでも話聞きますから」
歌鈴「響子ちゃん……ありがとうございますっ!」
響子「任されました♪ そうだ、残りの片付けお願いしていいですか? 私物の調理器具とか持ち込んだ食材、部屋に戻しときたいなって」
歌鈴「それならもう少しなんで、あとはひとりで大丈夫ですよ」
響子「じゃあお願いします。歌鈴ちゃん、おつかれ様でした」
歌鈴「さてと、片づけも料理のうちよ、歌鈴っ! もうひとがんばり!」
歌鈴「お皿はこの棚……お鍋は下に……あれ、ここじゃない……?」
歌鈴「響子ちゃんに連絡して……いやいや、大丈夫なんて言ったそばからすぐ頼るのは」
「お鍋は……」スッ
歌鈴「ひゃい!」
まゆ「この棚じゃなく、こっちですよぉ」
歌鈴「ま、まゆしゃん……突然後ろから手が伸びてきて、びびびびっくりしましたよぉ……」
まゆ「ふふっ、驚かせちゃってごめんなさい。お手伝いしますねぇ」
歌鈴「ふえ、そんな申し訳ないですっ」
まゆ「美味しいお料理のお礼ですよぉ。それに、このために来ましたから」
歌鈴「それってどういう……?」
まゆ「片付けが終わったら話しますから、まずは食器を全て仕舞いましょう?」
……
…
まゆ「片付きましたね」
歌鈴「それで、さっきのまゆちゃんの言葉の意味ってなんだったんでしょう?」
まゆ「では、これをどうぞ」
歌鈴「タッパー? あれ、これって私が作ったおかずじゃないですか!」
まゆ「実はみちるちゃんが食堂に入る前にたまたま廊下にいて、少しだけ盗み聞きしちゃいました」
まゆ「まゆはそのまま部屋に戻りましたけど、そのあとでお呼ばれして……そのとき、話してたことを思い出して練習の分は取ってあるかなって……余計なお節介、でしたか?」
歌鈴「まゆちゃん……!」
まゆ「ふふっ、まゆのお弁当箱で詰める練習しましょうか」
……
…
まゆ「最初にご飯、大きいおかず、形が崩れやすいおかず」
歌鈴「最後にすきまを詰めるように小さいおかずやトッピングを入れて……」
まゆ「はい、出来ましたぁ♪」
歌鈴「わぁ、おかずの詰め方ひとつ変わるだけでこんなに違うんですねっ」
まゆ「おかずに立体感を出すとより美味しそうにみえますよぉ。あとは彩りに気を付けましょうね」
歌鈴「ふむふむ、立体感と彩り、と……」
まゆ「お弁当は蓋を開ける瞬間が一番の楽しさですからね。味より先に目で味わってもらうんです」
歌鈴「なるほどぉ……」
まゆ「あと、大事なことがもうひとつあります」
歌鈴「大事なこと?」
まゆ「プロデューサーさんは、甘いたまご焼きの方が好きですよ?」
歌鈴「な!? ななな、なんでプロデューサーさんのこと!」
まゆ「うふふ、やっぱりプロデューサーさんへのお弁当なんですねぇ」
歌鈴「まゆちゃん、カマかけたんですかぁ……」
まゆ「女の子が真剣にお弁当を作るのは、好きな人に食べてもらうからに決まってますから……あ、プロデューサーさんが甘いの好きなのは本当ですよ♪」
歌鈴「……まゆちゃんはそれでいいんですか?」
まゆ「いいって?」
歌鈴「えっと、だって、まゆちゃんもプロデューサーさんのこと……それなのに、私のために、こんな色々教えてくれて……」
まゆ「そうですねぇ……まゆは、プロデューサーさんが好きです。でもそれは、歌鈴ちゃんがプロデューサーさんを好きなのを、邪魔していい理由にはなりませんから」
歌鈴「……まゆちゃんは強いなぁ」
まゆ「女の子は恋をすると強くなるんですよぉ。だから、歌鈴ちゃんも強いんです」
歌鈴「私も……?」
まゆ「お弁当作りで一番大切なこと、教えます。それは、食べてくれる人への気持ちを、一緒にお弁当箱に詰め込むんです」
歌鈴「食べてくれる人への気持ち……響子ちゃんも、同じようなことを言ってました」
まゆ「その気持ちは人によって変わります。例えまゆと歌鈴ちゃんが、まったく同じおかずでプロデューサーさんにお弁当を作っても、それは違うお弁当になるんです」
まゆ「お料理が上手いかどうかよりも、作った人が違うから。歌鈴ちゃんのお弁当は、まゆにも、響子ちゃんにも作れません。歌鈴ちゃんにしか作れないんですよぉ」
歌鈴「私のお弁当……私だから作れる、お弁当……まゆちゃん、ありがとうございますっ!」
まゆ「うふふ、歌鈴ちゃん、頑張ってくださいね」
……
…
【自然公園】
P「先方への挨拶も済ませたし、お互い今日の仕事はここまでだな」
歌鈴「あっという間でしたね」
P「戻っても何言われるかわからんし、ありがたく休みを頂戴しますか」
歌鈴「ですね。お天気にも恵まれましたし、公園をお散歩しましょうっ」
P「それじゃあ、ステージを設営する予定の広場にでも行ってみよう」
……
…
歌鈴「ひっろーい! 辺り一面の芝生、気持ちいいですねっ」
P「ここにステージが出来て、ファンでいっぱいになるんだぞ」
歌鈴「そっか、ここで……こんなに広いのに、お客さん来ますかね……?」
P「そう不安にならなくても大丈夫。いまの歌鈴ならこれくらい埋められるほどの人気も実力もある。俺が保障する!」
歌鈴「もう、プロデューサーさんにそこまで言われたら、信じちゃいますよ?」
P「あぁ、信じてくれ。歌鈴は俺の自慢のアイドルだからな」
歌鈴「……わかりました。自分で自信が持てなくても、プロデューサーさんが信じる歌鈴なら、信じられそうです!」
P「ん、一緒に頑張っていこう!」
歌鈴「はいっ!」クゥ~
P「……腹の底から返事をしたな。うん、そろそろお昼にしようか」
歌鈴「ち、ちが……忘れてくださぃ~!」
P「園内で食事できる施設もあるのかな? ちょっと探してみよう」
歌鈴「あ、あの! それなら、ここに!」
……
…
P「この木陰がよさそうだ。いやぁ歌鈴の手作りとは楽しみだなぁ」
歌鈴「ひゃ、ひゃい……お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってくださいっ!」
P「はは、そこまで畏まらなくてもいいだろ。この重箱の中身か……じゃあ開けるぞ」
P「これは……塩むすび、か」
歌鈴「がっかりしちゃいましたか?」
P「いや、シンプルでいいじゃないか。いただきます!」
歌鈴「どう、ですか……?」
P「うん。美味いぞ、歌鈴」
歌鈴「えへへ、よかったです!」
P「しかし、塩むすびか。久しぶりに食べたよ」
歌鈴「おむすびにしたのは、私なりのお弁当のつもりなんです」
P「ほう、というと?」
歌鈴「プロデューサーさんは『おにぎり』と『おむすび』の違い、知ってますか?」
P「おにぎりとおむすび……ちょっとわからないな」
歌鈴「諸説あるんですけど、おにぎりは『握り飯』が由来です」
P「それはわかりやすいな。おむすびは?」
歌鈴「古事記に記されている『産霊(むすび)』の神が由来、という説があります。そして古来より、お米は神への供え物でした。碗に山盛りのご飯、見たことありますよね?」
P「あぁ、たしかに山盛りのイメージだ。それとおむすびに関係が?」
歌鈴「山を神格化して山盛り、あるいは山型に握るんです。自然の恵みに感謝し、お供えして……神様と人とを結ぶ。これが『おむすび』の由来です」
歌鈴「おかずもあるんで食べてください!」
P「すごい量だな! 種類も多いしサンドイッチまであるぞ」
歌鈴「実は、今日のためにみんながお手伝いしてくれたんですっ」
歌鈴「響子ちゃんに作り方を教わって、玉子焼きの味付けもまゆちゃんが。この野菜炒めも、輝子ちゃんから貰ったキノコが入ってるんです! サンドイッチはみちるちゃんで、このお重だって葵ちゃんが貸してくれて! ほかにも、ほかにもたくさん!」
歌鈴「だから、これ全部、私ひとりじゃ作れなくて。事務所の、寮のみんながいたから作れたんです。だから……」
歌鈴「プロデューサーさんが、私とアイドルとの縁を結んでくれたから……これが、私なりのお弁当です! プロデューサーさん、歌鈴を見つけてくれて、ありがとうございますっ!」
P「……」
歌鈴「プ、プロデューサーさん? そっぽ向いちゃってどうしましたか……?」
P「……歌鈴、この塩むすび、少し塩が効き過ぎだ。あぁ、しょっぺぇなぁ!」
歌鈴「えぇ! す、すみません!」
P「あぁもう言葉通りに受け取るなよ! 塩加減は丁度いいよ! 全く、歌鈴は良いお嫁さんになるな!」
歌鈴「お、おおお嫁さんって、そんな、まだ早いですよぉ!」
プロデューサーさんは、私とアイドルの世界とを結んでくれた。
私と事務所のみんなとを、ファンの人たちとを、結んでくれた。
もちろん、プロデューサーさん自身への出逢いにも。
その気持ちを。精一杯の感謝と、まだ言えない想いも一緒に、お弁当箱に詰めて。
2015年7月18日
2年前の今日、アニデレで道明寺歌鈴が初めて喋った日です。
ここまで読んでくださった方に、おむすびを。
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