【デレマス】 真夏のイヴ (32)

梅雨が明けて、まさに夏本番

お天道様が張り切りすぎてる季節がやってきた

蝉たちも嬉しそうにそこかしこで鳴いている

ウサミン星人の回し者なのか? とばかりに勢いがすごい

ああ、こんなくだらない考えしてるとどんどん汗が噴き出してくる

冗談みたいに気温が上がり、俺みたいな暑がりには実にきつい……

そうそう、アイスをほったらかしにしていたら溶けていた……なんてよくあることだ

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「アイスが溶けてます~!」

後ろから大きな声が聞こえてきた

少し甘く、間延びしたような声

ほらな、早く食べろって注意したのにこれだ

困ったような表情でイヴがカップアイスと睨めっこをしている

「ふふふ……こうなった時は~」

いつものとろんとした瞳をキッと凛々しくしたと思うと

カップアイスを両手でしっかりとつつみ

「いただきます~」

ずずず……と抹茶よろしく啜り始めた

「これはこれで美味しいですね」

口の両端にアイスをべったりつけて、イヴがほほ笑む

「口がアイスまみれだぞ」

「わっ! プロデューサーさんいたんですかぁ?」

体をびくりと震わせながらも、カップをはなさないイヴ

こら、蓋までなめるんじゃない

今更だけど、いたんですかってひどくない?

俺ずっと仕事してたんですけど……

「あはは~、これは日本のアイスの正しい作法だと……」

見られていることに気付いたイヴが恥ずかしそうに唇を舐める

うん、その気持ちはわかる、俺もたまにやるから

はしたないと思いつつも、ついついやっちゃうんだよな

「あ~!」

こちらに駆け寄ってきたイヴがまたまた大きな声を上げる

騒がしいなぁ、今度は何だよ

「アイス……」

「おお、冷たくて美味しいぞ」

俺の右手に握られているのはキンキンに冷えたアイス

冷凍庫から取り出されたばかりのそれは冷気を放っている

冷え冷えなそれをイヴに十分に見せつけてから齧る

いやぁ美味いなぁ! この食感としつこくない甘さがくせになる

「じ~……」

人差し指を口に咥えて、羨ましそうにイヴが見ている

こら、擬音を口にするんじゃない

それに子供じゃないんだから指も口から離しなさい

「……そんな悲しそうな顔してもあげないぞ」

さっき食べた、と言うか飲んだだろ?

溶けようが溶けまいが、味はたいして変わらないはずだ

そんな俺の考えを呼んだのか、どんよりとした表情で

「良いんです良いんです……私には製氷機の氷がお似合いです~」

肩を落とし、とぼとぼと冷蔵庫へ向かおうとするイヴ

「イヴさんや、落ち着きなさい」

冷凍庫を開け、イヴが氷皿を手にかけたところで声をかける

止めてくれ、ひもじくて製氷機の氷を貪るアイドルなんてファンが泣くぞ?

しかし、俺としては少し見てみたいような複雑な心境だ

氷を齧るイヴを想像して、吹き出しそうになるが何とか耐える

「じゃあ、アイスくれるんですかぁ~?」

ゆっくりとこちらに顔を向けたイヴは、何か期待したような声色だ

それとこれとは話が別だ……と言いたいところだけど

ここまで悲しそうな顔をされると、流石に心が痛む

「少しだけだぞ」

「わ~い♪」

さっきとは一転、満面の笑顔を浮かべるイヴ

切り替え早いな、お前

アイスを差し出すと、我慢できないといったふうに齧りつく

「いただきますぅ~♪ って固いっ!?」

どうだ、アイス界随一の硬度を誇るあず○きバーは?

そこら辺の軟弱なアイスとは一線を画す固さを味わうが良い

あ、歯が弱い方は少し時間を置いてから食べることをお勧めする

「んん~!」

って、おい、凄い形相してるけど大丈夫か?

これが食欲に負けたサンタの行く末なのか……

「んぐぐぐ……あっ、美味しいですぅ」

ガリゴリと美味そうに咀嚼している

こいつ、見た目によらずアグレッシブなんだよなぁ……

今度サバイバル系の仕事取ってこようかな

齧る時の凄まじい表情と、美味そうににへらと笑う表情を繰り返しながら

「ふぅ、ごちそうさまでしたぁ」

いつのまにか全部食われた

「少しだけって言っただろうが……」

「すみません~」

はぁ……こんな満足そうな顔されたら何も言えなくなってしまう

「初めて食べましたけど、日本らしいアイスですねぇ」

名残惜しそうにアイスの棒を舐めながらイヴが言う

「ふぅん、どの辺が?」

「……この、あ、あずき? を使ってる所とか? あと……硬さ?」

おい、言葉に力がないぞ?

それに疑問で返すんじゃない


扇風機を前にして、誰もがやったことがあること

「わ゛れ゛わ゛れ゛は゛~」

宇宙人ごっこしてんじゃねぇよ……

「サ゛ン゛タ゛で゛す゛~」

宇宙人ごっこじゃねえのかよ……

サンタごっこ……て言うより、本物じゃねぇか

というより扇風機を独占するのやめてくれ

「なぁ、首振りにしておいてくれ」

「あ゛あ゛あ゛~」

あ、こいつ聞いてないな

扇風機の首振りボタンを押そうとすると

「さ゛せ゛ま゛せ゛ん゛~」

すかさずイヴの手が俺の腕を掴む

ぶつかりあう視線と視線

暑苦しい場所で暑苦しい戦いの火ぶたが……

「暑いのでやめましょうかぁ」

「そうだね」

切って落とされなかった

こういう時は共存の道を選ぶの良い

暑くなっちゃうから仕方ないよね


「ああ、涼しい」

扇風機が頑張って送ってくれる風が心地よい

「ですねぇ、独占したい気持ちもわかりますよね~」

ちらちらと、にやけながらこちらを見てくるイヴ

……ムカついたからデコピンしてやった

「いたいっ!?」

それはそうとして、随分と涼しそうな恰好してるなこいつ

「あ、気になっちゃいます? これ」

俺の視線に気づいたのか、イヴが得意気に鼻を鳴らす

「全然」

「これは~って少しは気にしてください……」

じとりとした視線を送ってくるイヴ

「はいはい、気になる気になる」

「むぅ……まぁいいいです。これは肇さんにもらったんですよ~」

何やら思いついたようで、すっと立ちあがり

そして、くるくると回って見せた後にドヤ顔でポーズを決めた

「う、暑っ……」とかは聞いてないことにしておこう

それから顎に人差し指を添えて、う~んと考え込みながらイヴが口を開く

「えーと……さ、さ、さぶうぇい?」

サンドイッチか何かか? それ食べれんの?

「作務衣……じゃなくて、甚平だよ」

半袖にハーパン仕様だから合ってると思う

確かにちょっと語感が似てるけどさ

しかしまぁ、涼し気な色合いで良いもんだね

俺も夏用に買ってみようかな


「それですぅ」

「さぶ……じんべい」と言い直すイヴ

甚平ってさ、脇のあたりが紐だったりレースだったりするわけで

こう、手を上げたりするとそこの部分が見えちゃうわけだ

さっきから肌色がちらちらしてる気がするけど、気のせいだよね?

「あ~、私の話聞いてますかぁ?」

おい、あんまパタパタするな

……やっぱり気のせいだ、うん……きっとそうだ

時計が12時になったことを知らせる鐘が鳴った

それを合図に、昼食の準備に取り掛かっているのだが

むわりとした湯気が俺を襲う

ごめんなさい、謝りますから俺に向かってこないでください

そこのサンタが何でもしますから!

「今日も素麺ですか~……」

「いらない?」

この野郎……人が文字通り汗水たらして調理していると言うのに……

夏のお前の主食だろ? 文句言うと食べさせないぞ

「た、食べますぅ!」

在庫がたっぷりあるし我慢しなさい

台所にお中元と書かれた箱の山、これがなくならない限りな……

後ろから「もう、飽きましたぁ……」とか聞こえるが気にしない

食べられるものがあるだけ良いじゃないか

電子音が鳴り、ゆで時間ぴったりを教えてくれる

俺は少し硬めが好みなのゆで時間は短めに設定しておいた

「ほら、茹で上がったからテーブル拭いてお箸とお皿」

「はぁい」

返事は間延びているが、動きはてきぱきとしている

2人分の箸とそれぞれの食器を用意するイヴ

「さ、早く食べましょう~」

先に準備を終わらせ、早く食べたいオーラを全開にしている

……そしたらこっちも手伝ってくれると助かるんだけどね

着座して待つ様子は、まるでお預けをくらう犬の様だ

「「頂きます」」

2人の声がぴたりと重なる

「夏はやっぱり素麺ですよねぇ~」

ぶーぶー言ってた癖に、現金な奴だなぁ……

器用に箸を使って、ちゅるちゅると素麺を啜っている

「ショウガをたっぷり入れると美味しいです~」

俺はミョウガも好きだけどね

それに、素麺と言えばこれを食べないとな

「ああ……ピンク色の素麺がぁ~」

弱肉強食なんだよ……この世界はさ

見せつけるようにして、つゆにたっぷりとくぐらせて啜る

「美味いなぁ」

この色付きのを食べるとちょっと嬉しい

「しくしく~…」

悲しそうに、肩を落とし落ち込むイヴ

なにこのデジャブ

……ほれ

「あ~! 緑色の素麺ですぅ、でも……」

ちらりとこちらと伺うイヴ

とっとと食べろ、じゃないと俺が食べちゃうぞ?


「では、頂きますねぇ」

恐る恐る口に運んで、ちゅるんと可愛らしい音

ゆっくりと味わうように咀嚼している

「美味しいですぅ~♪」

「それは良かった、じゃあピンクのはまた俺が頂くから」

「ええ~! ずるいです~……」

食べたければ自分で掴みとれ

「あ、いっぱい見つけました♪」

ま、待て……そんなに食べたらピンクのが無くなって……

ああ、欲張ると碌なことないよなぁ

食事が終わり、まったりと麦茶を楽しんでいる時だった

「どうぞぉ~」

え? なにこれ

「小さいプールですねぇ」

ああ、ビニールプールね

「周子ちゃんからですぅ」

ふぅん、周子からねぇ……

「お願いします~」

にこにことしながら手渡される

これ膨らませんの? あのしゅこしゅこするやつないの?

「えへへ~」

ないよね、うん、わかってた

仕方ない、俺の肺活量を見せてやるとするか

「ええとぉ……」

いざ膨らまそうという時にイヴがもじもじし始めた

「どうした?」

「あの、さっき私も試してみたんですぅ~、だから……」

ははぁ、そういうことね

「俺、そういうの気にしないから平気」

なるべく意地が悪そうな笑顔を作って言う

「ええ~、こっちが気にするんです~」

だってなぁ……色気ないんだもんよこいつ

もったいないよなぁ、本当に

「じゃあ脱いじゃいますねぇ~」

意趣返しなのだろうか、にこりと笑いなが……えっ?

「はい? わんもあぷりーず」

ヨクキコエナカッタヨ……

「わたし、ぬぐ、ふくぅ」

片言っぽく言うな、お前日本語ぺらぺらだろうに

とうとう暑さで頭をやられたのか…… 

「いきますよぉ、それぇ~」

甚平に手をかけるイヴに本気で焦る

べ、別にこいつの裸体とか興味あるわけではない……ほんとだよ?


「ストップ! やめろイヴ!」

俺の制止を振り切り、イヴが甚平をばさりと放る

ちょ、ちょっと待……て?

「水着は涼しいですねぇ~」

ふふ~と笑うイヴ

くそっ、まさかこいつにからわれるとは……

「プロデューサー? お顔がとっても怖……いたいっ!?」

ムカついたからデコピンしてやった
 
「2回も!? これはパワハラですぅ!」

おでこをさすりながら、ぎゃーぎゃー喚くイヴ


「出るとこに出てもいいんですよぉ?」

「よし、もう一回かな」

指を素振りして見せる

今度は全力全開だぞ? うん?

「ひうっ……ごめんなさぁい」

よし、わかればよろしい

俺はこれからプールを膨らませる作業に没頭しなければならない

だから、水着で俺の前をうろちょろするなよ?

「絶対だぞ!」

「はい? なにがですかぁ?」

いかんいかん、少し動揺しているようだ

「く、くるしい……」

ようやくプールを膨らませることに成功したわけだが

酸素が足りなくて頭がくらくらしている

「お疲れ様でしたぁ、それではお水を貯めまして~」

イヴはこちらのことなんて気にも留めず、ご機嫌でプールに水を貯めている

1人できゃっきゃしてやがる……俺をもう少し労ってくれても良いんじゃないかな?

「そ~っと」

脚で水をちょんちょんとやりながら、ゆっくりとプールに入れていく

「はぁ……冷たくて気持ち良いですぅ~」

そうか、人様が頑張って膨らませたプールは気持ち良いのか

「暑い日はプールですねぇ」

はふぅ……と実に心地よさそうなイヴ

なるほどね、俺はそれを冷たい目で見下ろしながら

靴下を脱ぎ、スラックスを膝くらいまでまくる

どうやらイヴも俺の行動に感づいたようだ

「プロデューサーさん? い、いや……止めてください」

いやじゃねえよ、こっちも涼ませろ

「どっこいしょっと」

「あああ……私だけの楽園がぁ」

ふーん、悪くないかな

足湯ならぬ、足プールだ

これはこれで結構涼しい

夕方になり、当たりが夕焼けに染まっていく

蝉の鳴き声がなんとなく切なくなる、そんな時間帯

俺はびしょ濡れになったシャツとスラックスをどうしようかと頭を悩ませていた

俺をこんなにした当の本人は気持ちよさそうに寝息を立てている

まだ乾ききっていない、銀色の髪を畳に広げ大の字で寝ているイヴ

少女のような幼さを残すその寝顔はとても微笑ましい

夏というサンタの似合わない季節だが、俺の担当サンタはそんなことは関係ないみたいだ

まだまだこんな日が続くのかと、ぼんやりと考える

案外悪くない、そう思いながら、窓から外の風景を見る

煌びやかな日差しを浴びたビルたちが、まるでイルミネーションの様だった





おしまい






読んでくれた方に心からの感謝を
また読んで頂く機会があれば、よろしくお願いします

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