輿水幸子「手紙」 (25)

窓から外を見ているだけで、時間は刻々と過ぎていきます。

自宅への最寄り駅を通り過ぎてから、どのくらい経ったでしょうか。

今日は撮影だけだったので、たいして時間もかからずにお仕事が終わってしまいました。

そうなると、ボクは時間を持て余してしまいます。

ボクはアイドル。今をときめくカワイイアイドル。

誰からも愛される。世界一カワイイアイドル。

結局、環状線を一周してしまいましたね。窓の外を眺めていただけなのに、時間は刻々と過ぎ去ってくれます。


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さあ、帰りましょう。カワイイボクのお家へ。

駅から出て十分程も歩けば、家が見えてきます。カワイイボクにふさわしい、白くて大きなおうち。

「ただいま!ボクが帰りました!カワイイボクが帰りましたよ!」

なんて。

ドアを開けて言って見ますが、挨拶は帰って来ません。……知っていましたけどね。

お父さんは、まだ仕事でしょう。

お母さんは……テーブルの上に書置きが。

「えーと、今日はお友達と食事をしてきます。ご飯は適当に食べておいてね……ですか」

昨日と同じ文面。一昨日も同じ文面。

もう誤魔化す気もない、ということなんでしょうか。きっと、家にもほとんど帰ってきていないのでしょう。

気持ちは分かります。ボクも、家に帰りたくなかったから。

まるで細い糸のように。かろうじて、ギリギリ切れていないだけの繋がりだけを残して。

ボクと両親の関係は段々と希薄になっていきました。

お父さんが、仕事が忙しいのを理由に家に帰ってこなくなって、どのくらいが経ったでしょうか。ボクとお父さんの繋がりは、毎月振り込まれるお給料だけ。

お母さんが、外で男の人と会うようになって、どれくらいが経ったのでしょうか。ボクとお母さんの繋がりは、毎日残されるメモ書きだけ。

二人の仲は冷え切っていて。もう、限界なんだって。

当人じゃないボクですらわかっているのに。あの人たちは、何をやっているのでしょうか。

幸子の為なんだ。

と、そんな事を言っていた事を思い出します。今、こんな考えに支配されている状況がボクに取って最善だとでも言うのでしょうか。


「宿題……しなきゃですね」

どんよりと憂鬱になった気持ちを切り替えるために。と声を出したつもりが、思ったよりも暗い声が出てしまいましたね。

いけない、いけない。ボクはアイドル。誰からも愛されるアイドル。

「フフーン!カワイイボクがいるだけで、この家も何だか明るくなりますねぇ!」

そんなことがあるのだろうか。ボクなんかが、辺りを明るく照らす事など出来るのだろうか。

結局、憂鬱な気分のまま。のそのそと部屋に向かいます。

宿題を片付けて。パンとサラダで食事を済ませて。お風呂に入って。

なんだか、何もやる気が起きなくなって、ベッドに倒れこむと、ギシリとスプリングが軋みます。反応があった。今、ボクはここにいるんだ。ふと、そんな事を思いました。それがどうしたというのでしょうか。


…………わかってはいるんです。

きっと、おそらく。

両親が別れないのはボクの所為なんたと。



たまたま、家の近所でスカウトを受けて。

なんとなく、何かが変わるような気がして。

何かを、変えれるような気になって。

家族は、その頃にはもうバラバラで。

それでも、切っ掛けがあれば。

また、三人で笑えるんじゃないかって。

パパとママ。

そう、呼んでいた頃のように。幸せだったあの頃のように家族三人で過ごせるようになればいいなって。

その為に、まずはボクが変わろう。皆に、ファンに、両親に。愛される、愛されている女の子を演じてみよう。

演じ続けていれば、ひょっとしたら、もしかしたら、嘘が現実になるかも知れない。

そんな気持ちでオーディションを受けて。

そうして、自信家で、失敗知らず。

人生の全て、出会う人全てから愛されてきたアイドルの「ボク」が生まれました。

「ボク」は、とても幸せな女の子でした。

両親の愛情を目一杯に受けて育ちました。

自分に自信があって、そのせいで少しだけ挑発的で。

それでも純粋に他人の事を考えることができる女の子。

もしかしたら、ボクが何かのボタンをかけ違えることがなく、上手に上手に育つことができたのなら。

こうなれていたんじゃないか。

そういう理想のボクが「ボク」でした。

いっぱい嘘をつきました。

やったこともない水泳が得意だと、嘘をつきました。

両親に愛されている子供は、習い事を沢山して、その結果を両親に報告するのです。

……結局、その嘘はバレてしまいましたけどね。市民プールでプロデューサーさんに会ってしまった時、あの人は何も聞かないでくれました。 

……もしかすると、そんな話をしたことなんて忘れているだけだったのかも知れないけれど。

授業参観には、両親が揃って見に来るなんて、言ったこともありました。

さすがに言い過ぎだったかもと、焦ってプロデューサーさんも来てもいいんですよ?なんて、よくわからない誤魔化し方をしてしまった時は焦りました。本当にボクの授業参観に来ようとするプロデューサーさんを止めるのに必死になりました。



世間の目に映る「ボク」は、そうやって嘘を積み重ねていく内に、段々と人気者になっていきました。

今の「ボク」は、それなりに色々な人に愛されている。そう自惚れています。

それでも、やっぱり。

ボクは「ボク」にはなれなかったんです。

「ボク」は、中途半端に人気者になってしまいました。

「ボク」は、両親から愛されている子供になってしまいました。



そうなると。

両親は世間体の為に、そして「ボク」の為に。

別れるという選択肢を選ぶことが出来なくなってしまいました。

結果が今のボクです。

二人とは、家の中で話すことも無く、会うことすらほとんど無く。

それどころか、ロクに家に帰ってくることもなく。

……ボクを愛してくれることもなく。

ただ、別れていないだけ。

形だけの夫婦になってしまいました。

ボクは、愛してほしかったんです。

ただ、普通の女の子のように、両親から愛されたかった。

最初は、それだけのつもりだったんです。

そう思って起こした行動で。

理想の「ボク」のせいで……

……いいえ、ボクのせいで。

只でさえ深かった二人の間の溝は、完全に修復不可能なモノになってしまったのです。

……電車の窓から、外を眺めます。

知らない景色。

お父さんの会社の最寄り駅へと向かう電車。

もう、終わりにしようと思います。

家には、手紙を置いてきました。いつも、メモが置いてあるテーブルに。

何かと忙しいお母さんでも、手紙を読むくらいのことはしてくれるでしょう。

今からボクは、お父さんにも同じ手紙を渡しにいきます。

この手紙を渡せば、きっと今のような生活は終わるでしょう。

終わってくれるでしょう。


お父さん、お母さん。

ボクは、結局「ボク」にはなれませんでした。

でもですね。最近は。

少しずつ、少しずつなんですが「ボク」がボクになってきたような気がします。

本当に少しずつですが、ボクのままで話せるお友達ができたんです。

自信を持って、ボクの事を愛してくれていると思える人達がいるんです。

だから。

ボクは、もう大丈夫です。

今のままだと、二人共辛いだけだと思うんです。一度、二人で話し合ってみてください。

スキャンダルとか、そういうのを気にしてくれているのも知っていますが、そこら辺も大丈夫になりました。

プロデューサーさんに、相談してみたんです。

薄々、気付いていたと。

何も出来ずに申し訳なかったと言ってくれました。

これからは、全力で力になるから。何でも相談してくれ、とも。

まあ、プロデューサーさんは、ボクの魅力にメロメロですからね。

きっと、馬車馬のように働いてくれますよ。

だから、ボクは大丈夫です。



ですが。

きっと二人は知っていると思いますが、ボクはよくばりなのです!

ボクはいつでも、誰からでも、沢山沢山、目一杯、愛されたいです。もっともっと、愛されたいんです。

これから、二人が離婚したとして。時間が経って。新しく家庭を作った時にでも。

両親として、二人揃ってで無くてもいいんです。

一人の、ボクのお父さんとして。お母さんとして。

ボクの事を愛してください。

それだけが、ボクの望みです。



            輿水 幸子


幸子「………………」

モバP「………………」

幸子「……何です? コレ」

モバP「あのな?幸子にさ。暗い設定とか欲しいよね。って思って」

幸子「ええ」

モバP「普段の明るいのとか、自信家なのとか全部嘘でさ。裏では、凄い闇を抱えてるみたいな」

幸子「はい」

モバP「そんな感じの事を前から思ってて、とりあえず書いてみた設定資料がそちらです」

幸子「へえ」

モバP「両親へと向けた手紙、という体で書いてみました」

幸子「……お一人で書いたんですか?」

モバP「偶然通りかかった飛鳥に、少しばかり文面を手直ししてもらったかな」

幸子「何をやってるんですか、飛鳥さん……」

モバP「で、でもさ!良くない?こういう裏設定みたいなの!俺、こういうの好きでさ!たまに考えたりしてるんだ!」

幸子「仕事をしてくださいよ!」

モバP「これも仕事の内だろ!アイドルの新たな一面を発掘しているんだよ!」

幸子「完全に偽の一面じゃないですか!」

モバP「面白きゃいいだろ!?」

幸子「いいわけないです!もっと、素材の味を生かしてください!ボクは超絶カワイイ!それ以外は余分な味付け!」

モバP「いいや!もう決めたんだ!お前は仁奈、泰葉に続く第三の闇深アイドルになってもらう!」

幸子「何をそんな勝手な!大体、お二人もPさんのせいで…………え?何ですかちひろさん。電話?ボクにですか?」

モバP「おっと電話か。一旦休憩だな」

幸子「……分かりましたよ。でも、本当にボクはカワイイボク一本でやっていきますからね!」マッタクモウ……

モバP「んだよ、ちょっと設定盛るくらいいいだろうに」ハイ、オデンワカワリマシタ

ちひろ「本人が嫌がってるんですから止めてあげましょうよ」ハイ、サチコデス

モバP「いやです!仁奈も泰葉も、俺が足した闇深設定のおかげで魅力が増しましたからね。俺はアイドル人気と趣味の為なら悪魔にだって手を」エッオカアサン!?

ちひろ「悪魔に?」チョット!ジムショニイキナリデンワシテコナイデクダサイヨ!

モバP「……」エッ!?オカネ!?コンゲツブンハチャントコウザニフリコンダジャナイデスカ!

ちひろ「……」ヒッ!ワ、ワカリマシタ!ワカリマシタカラドナラナイデクダサイ!

モバP「……」イ、イツモノコウザニフリコンデオキマスカラ

ちひろ「悪魔に手を……何でした?」エ、エエ!マア、オシゴトモイッパイアリマスカラネ!ソウデショウ、ソウデショウ!

モバP「いや、正直ガチなのはNG 」ナンテッタッテボクハカワイイデスカラネ!


最近の、交友関係の広がった幸せそうな幸子も好きだけど、初期のなんか闇抱えてそうな幸子も大好き。

駄文、散文失礼しました。

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