モバP「彼女たちの屈折」 (46)
・モバマスSS
・R-18には微妙に届かないぐらいのエロ
・地の文が多い(むしろセリフが全体の10%もない)
・オムニバスで4つ、それぞれの話につながりは無いです。
・主役キャラはそれぞれ下記の通り
●佐久間まゆ
http://i.imgur.com/uZS4hvb.jpg
●森久保乃々
http://i.imgur.com/ovomKGq.jpg
●梅木音葉
http://i.imgur.com/V9gnDyL.jpg
●江上椿
http://i.imgur.com/gZ7Dh26.jpg
(※途中飛ばす人はCTRL+Fでキャラ名検索してジャンプしてください)
(※以下本文)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1417228664
●佐久間まゆ
http://i.imgur.com/HK8wAou.jpg
プロデューサーさんって、変態さんですよね?
まゆは、前から知ってましたけれども。
東京は、肌にしみ入る空っ風が吹く季節です。
ハードな年末進行に喘ぐプロデューサーさんに、何かしてあげたいなぁ……
そうしたら、まゆのこと……と、つらつら考えながら仕事から帰ってみると、
まゆの家に荷物が届いていました。
両手なら余裕で抱えられる程度の、贈答用にラッピングされた白い箱。
大きさの割に、重さは軽め。宛名書きはプロデューサーさんの名前と住所です。
不思議ですね。
プロデューサーさんは、こんないかにもなプレゼントをアイドルに贈ったこと、ないはずです。
しかし筆跡からすると、プロデューサーさんが書いたとみて間違いありません。
ハサミで包装を切り取ると、白く光沢のある外箱。
プロデューサーさんが仕事でいつも使う便箋が、一枚挟まっています。
そこには、
『まゆへ。 気に入ったら着けて下さい』
という短い書付けと、プロデューサーさんの署名が書いてありました。
この包みは間違いなく自分が送った、とまゆに示すために、
わざと贈答にそぐわない事務的な便箋を入れたのでしょうか?
これは、プロデューサーさんからまゆへの、一足早いクリスマスプレゼントですか。
う、ふふっ……嬉しくてちょっとトリップしてしまいましたぁ。さすがプロデューサーさんですねぇ。
ほんのちょっとだけ……できれば当日に、直接手渡しで貰いたかった気もしますが、
まゆたちはクリスマスの仕事があります。プロデューサーさんからプレゼントを貰ってしまったら、
まゆは、そのことしか考えられなくて仕事になりませんから、仕方ないです。
プロデューサーさんからの包みを、大事に部屋へ持ち帰って、
何が入っていてもいいように心の準備と身支度をしてから、ついに白い箱を開封します。
何でしょうかね、これは。まゆのリボンと同じくらい、赤い――
プロデューサーさんがまゆに贈ってくれた包みの中には、
真っ赤でひらひらした下着が入っていました。紐なので、サイズ調整もばっちりです。
プロデューサーさんって、変態さんですよね?
まゆは、前から知ってましたけれども。
『着けて下さい』とあったので、部屋の中で慎重に着けてみます。
わぁ、これ本当にまゆのリボンと同じ赤味ですね。
一緒に着けてみると、まるで揃えるために作ったもののようです。
さすがプロデューサーさん……
着けてみて実感しましたが、まゆの想像した以上に、この下着はきわどいです。
大事なところがちらちら見えてしまっています。
扇情的な外見と引き換えに、下着としての機能が犠牲になっています。
これ、『着けて下さい』ってメッセージがあったということは、
まゆが着けてるかどうか、確かめられちゃうんでしょうかね……。
翌日。プロデューサーさんから貰った下着をかばんに入れて、事務所へ向かいます。
あれから少し試して確認したのですが、あの下着は、まゆから色々と溢れちゃうものを、
まともに押し留めてくれないので、普段使うには厳しいです……非常に、残念ですが。
ということで、本番を想定した練習から始めることにしました。
粗相はしたくありませんから。
プロデューサーさんに見せてあげるとしたら、きっと場所は事務所です。
今日、まゆはオフです。プロデューサーさんと仕事以外でも話せるはずです。
事務所に行って、アウターはそのままで下着だけ着替えて、この下着に少し慣れておきましょう。
仕事で取引先と電話しているプロデューサーさんの横顔を堪能してから、
部屋を出て化粧室の個室に入ります。かばんを開けます。
……何度見ても、まゆのためにあつらえた下着だって分かりますねぇ。
あんなきりっとした顔でバリバリ仕事をするプロデューサーさんが、
内心ではこんな下着をアイドルにつけさせる変態さんだったなんて。
まぁ、他の子たちには隠せていても、まゆはこれを貰う前から、察していましたよ……。
ふふ。まゆだから、こういうところを見せても大丈夫だ、と思ってくれたんですか。
それは当然です。
『あなたの心も身体も全部まゆだけのもの』と言ったのは、本気ですから。
意を決して、化粧室の個室で着替えを始めます。
着けるのは二回目ですが、プロデューサーさんのこれは、相当な代物です。
ゴムやフックで締め付けるのではなく、紐を結んで保持するタイプのインナーなのですが、
ぎりぎりとキツく締めるほど、プロデューサーさんに縛ってもらってる気がして、
暖房もない冬の化粧室で、肌が熱くなって、まゆの肌は赤と白でめちゃくちゃになってしまいます。
かといって緩めに結ぶと、ただでさえきわどくてスースーしてて、着用感が心許ないのに、
ずれたり落ちたりしてしまうんじゃないかという危なっかしさで、気が気じゃありません。
それに、これ……合わせるアウターにもかなり気を使う必要がありますね。
今は冬場だから、ゆったりふわふわとした服装で、
今日もゆとりのあるセーターとロングスカートだから大丈夫ですけど、
ちょっとでもタイトな服と合わせてしまったら、あちこち大変なことになりそうです。
で、でも、だからこそプロデューサーさんは、まゆがこれを着けて見せてあげたら、
きっと褒めてくれますよね。とっても喜んでくれますよね。
だから、まゆは、着けます。
つ、着けちゃいました……こんな有様では、歩くのさえぎこちないです。
顔は嫌というほど真っ赤になっていて、風邪を引いたと思われたらどうしましょう。
あ、プロデューサーさん、さっきの電話が終わったみたいですね。
椅子に座って、デスクのパソコンを眺めながらキーを叩いています。何か書類を作っているようです。
本当は、机で仕事してるプロデューサーさんの邪魔をしちゃ、ダメだって思ってます。
でも、みんな平気で仕事中のプロデューサーさんに絡みに行くから……。
「プロデューサー、さん」
プロデューサーさんへの呼びかけ、いつもと違った変な声色になってしまいました。
まゆの声で、プロデューサーさんは手を止めて、まゆの方へ顔を向けました。
『体調が悪いのか』……そ、そんなことないですよ? 体調が優れなければ、さすがに自重します。
プロデューサーさんに心配かけてしまうのは、本意ではありませんから……。
するとプロデューサーさんは、まゆをじっと見て一言。
「ああ、あの下着、着けてきてくれたのか。嬉しいな」
プロデューサーさんが、ニコニコしながらまゆを見つめてきて、
頭が熱くなり過ぎて真っ白になります。
眩しくてくらくらする目で、とっさに辺りを見回し、自分の服装を見直します。
自分の手足を触ります。あ、あれ、まゆはちゃんとセーターもスカートも着てますよね……?
「まゆは、ちゃんと服を着てるよ」
な、なら、どうしてまゆが、今あの下着を着けてるって、分かっちゃったんですか……?
「まゆの顔に書いてあるから。“着てきました、見てください”って」
プロデューサーさんの目が、服の布地を見透かして、まゆの肌の血色を見透かしてます。
そのまま見つめられ続けたら、肌の裏、体の奥まで見通されてしまいそうです。
「ちょっと休憩入れるから、まゆ、そこ座ってろ。茶を入れてくる」
プロデューサーさんが給湯室に姿を消した後も、プロデューサーさんの視線は、
下着の感触とともに、まゆの肌を締め付けていました。
紅茶の香りが、湯気とともに乾いたオフィスを潤していきます。
プロデューサーさんが持ってきたお盆には、思い切り熱された陶器のティーポットと、
白くて浅いティーカップが二組。どこの茶葉でしょうか。
「紅茶の入れ方、うまくなりましたね……桃華ちゃんに教えてもらったんですか?」
プロデューサーさんは驚いた顔をしました。確かに、らしくないですね。
プロデューサーさんと二人きりなのに、他の女の子の話題を出すなんて。
他の子にも、紅茶を入れてあげるんですか、と聞くと、プロデューサーさんは軽く首肯しました。
他の子にも、こんな下着をつけさせるんですか、と聞くと、プロデューサーさんは笑って否定しました。
まゆと、プロデューサーさん。
軽く手を伸ばせば届く距離で、並んで椅子に座っています。
さっきよりも、プロデューサーさんの視線が、
声がずっと近くて、それらが肌を撫でてくる気がします。
そう思うと、体がふわふわして、温泉の時と同じぐらいのぼせてきます。
ほんの少し手足を動かすだけで、下着のひらひらが肌をくすぐって、
それがプロデューサーさんの手のような錯覚がします。
「他の子に、こんなものプレゼントしたら、絶対ダメですよ……」
これ、着けてたら危ないです。本当に危ないです。
見透かされた、という恥ずかしさと、気づいてくれた、という嬉しさが折り重なって、
こんなことを続けられたら、まゆだっておかしくなってしまいます。
ち、違うんです、プロデューサーさん、気に入らなかった、なんてことは絶対ないんです。
ダメだったら、いくらプロデューサーさんからのプレゼントでも、着たりしません……。
女の子って、服とかアクセサリーで気に入ったものは、着てるところを、
好きな人に見てもらいたいんです。プレゼントなら尚更……でも、これって下着ですから……。
プロデューサーさんも、まゆが着けてるところ、直に見たいですか?
『アイドル、というより女の子が男に下着を見せたらダメ?』……そうですね、確かにその通りです。
まゆは、プロデューサーさんと同じ湯船に浸かったりとかもしましたけど、
その時と同じくらいドキドキしてます。端から見たら、ただ一緒にお茶を飲んでるだけなのに。
『だいたいあれ、下着として使えるのか?』ですって……?
プロデューサーさんったら、今更、何を言ってるんですか。
使えないかもしれないと思って、まゆにプレゼントしたんですか。
確かに、厳しい面があります。
これは布地のカバー面積が明らかに不足しています。下着としての機能に支障が出るほど。
今、まゆが立ち上がったら、ちょっと危ないかもしれません。
足をつたってしまうでしょう。ロングスカートに滲みててもおかしくありません。
この粗相、半分はまゆのせいですけど、残り半分はプロデューサーさんが原因ですよ。
プロデューサーさん、本当にその目で確かめなくていいんですか。
まゆが、適当に話を合わせているだけかも知れませんよ?
そうですね……プロデューサーさんの、言う通りです。
まゆが『直に、見てもらいたい』んです。ここが、いつ誰が入ってくるか分からない部屋なのに。
服越しに染み入って撫でてくる、プロデューサーさんの視線は、確かにたまらないんです。
プロデューサーさんがまゆのことお見通し、ということだけで、胸がいっぱいになりそうです。
でも……少し足りないんです。
プロデューサーさんが大好きだから、プロデューサーさんのために、ここまでしたから、
それをプロデューサーさんに見て欲しい、褒めて欲しいって思っちゃってるんです。
まゆのワガママなところが、まだ足りない、ってうるさいんです。
だから、だから早く見てください。
他の子が、この部屋の扉を開ける前に。
(おしまい)
●森久保乃々
http://i.imgur.com/KJkSA3e.jpg
机の下で、プロデューサーさんを見上げて、まともに視線がぶつかったこと。
その瞬間から、色々されるまでのこと。
プロデューサーさんの気配が背筋に走るたびに、それが思い出されて、
頭から離れなくなって……とっても、困ってるんですけど……。
プロデューサーさんは、私の……もっ、森久保の居場所なんて、
探さなくったって最初から分かってるはずなんです。
だって、森久保はあの日から、隠れるときは決まって机の下なんですから……。
森久保が逃げ出して、机に潜り込んで少し経つと、
いつも同じぐらいの時間で、プロデューサーが部屋に戻ってくるんです。
森久保は机の下で頭を抱えているんですけど、足音のリズムで分かってしまうんです……。
プロデューサーの気配が迫ってくると、心臓はうるさくなって、目は勝手に涙目になって、
背中にあたる冷たい机の感触が、もう逃げ場は無い、と言ってくるんです。
震える手足を身じろぎさせちゃうと、机の下の漫画とか、キノコとかが当たって、
音が少しでも立とうものなら、森久保は体がガチガチになります。
プロデューサーさんは、森久保を探す素振り――いつも、そういうフリするんです――で、部屋を歩き回ります。
足の運びは不規則。おもむろに立ち止まって、意味ありげに足を止めてみたり、
書類を探すような手つきで、机の天板をさすります。まるで自分の背中を撫でられてる気がします。
森久保は、プロデューサーさんの物音だけで、じくじくと色んなものを削られていきます……。
プロデューサーさんは、こんな森久保に今度は何をさせるつもりなんでしょうか……。
エクトプラズム吐くほどの衣装を着せられるのでしょうか……。
歌詞を読むだけで眩暈がする歌を練習させられるのでしょうか……。
鏡で自分の姿を見られないようなダンスをさせられるんでしょうか……。
それとも、プロデューサーさんのを……。
プロデューサーさんに今までされてきたことが、
森久保の頭でぐるぐる回って渦巻いて、自分でその渦に飲まれていきます。
プロデューサーさんの足取りが机の前で止まりました。
ピシリと伸びたスーツに、黒光りする革靴。その足音が不意に止むと、たまらないんです。
森久保が距離感を読み間違えてやしないか、こんなに長い間足音が止むなんて、
ひょっとしたらプロデューサーさんは、この部屋を出て行っちゃったのでは……。
そうして、目を上げると、プロデューサーさんは立ち尽くしたままなんです。
きっと、森久保の心臓があんまり速く打つものだから、時間の感覚がおかしくなってたんです。
プロデューサーさんが目の前に立っていると思うだけで、森久保は金縛りにされてしまいます。
プロデューサーさんが、椅子に腰をおろします……。
無造作に、どっかと座って、椅子がギシリと鳴って、森久保の足のすぐそばに、
あの爪先のとんがった革靴が投げ出されます。森久保は必死で足を引きます。
反射的な動きで、足裏で床を擦ってズリズリ音を立ててしまって、自爆してしまいました……ば、万事休すですか……。
そう思うと、あれほど恐ろしく思えたプロデューサーさんのスーツ姿から、
森久保は目が離せなくなるんです。プロデューサーさんが机を覗きこんで、森久保を見つけた瞬間、
森久保はプロデューサーさんを見上げてなければいけない気がするんです。
前は、人と目なんか絶対に合わせられなかったんですけど……
いや今だって、まだまだキツイのに、どうしちゃったんでしょうね……。
いつ覗きこんでくるか待ってて、まばたきできないまま、目が痛くなってきたあたりで、
森久保はプロデューサーさんの右足踵がトントンと上下しているのに気づきました。
耳を澄ませると、かすかにプロデューサーさんの声もします――鼻歌、でしょうか?
プロデューサーさんは、森久保が出してしまった音に、何の反応もしません。
もしかすると、イヤホンで音楽でも聞いていて、森久保の音が聞こえなかったとか……。
え? それって、しばらくこのままってことですか……?
どうしましょう……これ、森久保は完全に閉じ込められてるんですけど……。
こういうの、生殺しっていうんじゃないんですか……?
プロデューサーさんの机は広いですから、森久保の体を縮こませれば、
プロデューサーさんの体に触らずここを抜け出すこともできます……物理的には。
それって、両肘両膝ついて、四足で床にへばりついて、音を立てないように、
いろいろな人の私物で溢れかえっているのを崩さないように、そーっと、そーっと……
できるわけないじゃないですか……見つかります。見つかった瞬間、無防備です。
この期に及んで逃げようとした、なんてプロデューサーさんに知られたら、森久保は何を……。
と、というか、このプロデューサーさんの鼻歌……どこかで聞いた記憶があるんですけど……。
あの……これ、ひょっとして、ホント、もしかして、いや、もしかしなくても。
それ、森久保の持ち歌なんですけど……。
これは、もう、絶対、ぜったいに気づいてますよね……?
プロデューサーさん、森久保が今ここで、膝を抱えてどうしようもなくなってるのを。
それを知ってて、鼻歌聞かせてるんですか……?
プロデューサーさんの、きちく、おに、あくま……ああ、そんなこと森久保が言ったから、
プロデューサーさん、開き直って、こんなヒドい森久保いぢめを……。
も、森久保ったら、いつもこうなんです……森久保が何かしたり、言ったりすると、
その分だけ、プロデューサーさんが、どんどんエスカレートしていくんです……。
こ、こんな思いをさせるなら、一思いに……してくれないと、
このままじゃ、森久保のせいで、プロデューサーさんの机、大惨事になるんですけど……。
そんなことになったら。
プロデューサーさんはどんな目で森久保を見てくるんでしょう……。
どんな声音でどんな言葉をかけてくるんでしょう……。
どんな手つきで、森久保に触ってくるんでしょう……。
今までの体験と、これからの想像が、からみ合って、頭から垂れ落ちて、
心臓に流れ込んで、ドキドキに煽られてあっちこっちに飛び火します。
肌の表面からすぐ裏側までをおぞおぞと這ってまわって、
自分自身に雁字搦めにされて、びっくりするぐらい体が熱いです。
ダメです……いつまでもこんなことシてたら、本当におかしくなります……。
プロデューサーさんの右足が、革靴の踵で刻まれるリズムが、速くなったり遅くなったりすると、
それに合わせて、森久保の内心もあっちへこっちへフラフラします。
森久保は見えないロープで吊るされて宙ぶらりんで、プロデューサーさんの足先一つで、
ぐわんぐわん体を振り回されてるんです……。
え……? プロデューサーさん、どこへ、行くんですか……?
プロデューサーさんの足が、立ち上がって、もっ、森久保の視界から外れてしまいます……。
立って、そのまま、机から、離れて……どこへ行くんですか、森久保は、ここにいるんですよ?
足音が、遠ざかります。まっすぐ、早歩きです。肌でべたつく汗が、一気に冷えます。
扉の開く音がして、そのまま、プロデューサーさんの気配が感じ取れなくなりました。
う、ウソですよね……森久保を、騙そうったって、そうはいかないんです。
きっと、森久保から見えない所に隠れて、待ち伏せしてるんです。
出て行った瞬間、飛んで火に入る夏の虫です。焼かれて焦がされてしまうんです。
で、でも、もしそうじゃなかったとしたら……?
これ以上、プロデューサーさんと一緒にいたら、森久保はこれ以上おかしくされてしまうんです。
何をされるかは想像もつきませんけど……どんなにおかしくされるかは、分かってしまうんです。
なのに、今、森久保は、おかしくされなかったらどうしよう、とか考えてしまったんです……。
前は、アイドルなんて辞めてしまおうと毎日思ってたのに。
プロデューサーさんが森久保から離れたら、アイドル辞めてしまえるのに。
こんな森久保をかまってくれて、ましてアイドルデビューさせようなんて世話焼き、
プロデューサーさんしかいないんだから……。
じゃあ、もうプロデューサーさんがここに居ない、としたら。
背中が、前のめりに傾きます。
手足が見えない糸に引っ張られて、変な動きしたから、机の荷物が何か落ちて床を叩きます。
森久保は床にへばりついて、主を失ったままの椅子に寄って、机から顔を出します。
「プロデューサー、さんっ」
「やっと自分から出てきてくれたか。嬉しいぞ、森久保」
森久保は机に頭をぶつけました。
あまり勢い良くぶつけて、目の前にちらちら星が散って、プロデューサーさんの顔に重なりました。
頭までジンジンしてしまいます……。
「さぁ、森久保。レッスンだ。今日は新しいコトを教えてあげよう」
「む、むーりぃ……です……」
耳から頭に絡みつく声。手を握られて、森久保の手汗がバレちゃってます……。
「楽しみだろう?」
「ぷ、プロデューサーさん……」
森久保は、訳もわからないのに、
ただ、プロデューサーさんがとても楽しそうに笑うものだから、
首を縦に振ってしまいます。
「森久保。本当に楽しみかな?」
プロデューサーさんは、森久保が声に出すまで、じっと森久保の手を握っていました。
また、森久保のどこかが、おかしくされてしまったんです。
だって、楽しみかどうかも考えられないぐらいドキドキしてるのに、
勝手に首が頷くんです。勝手に喉がしゃべるんです。
こうしてプロデューサーさんに変えられてしまったことが、一つ一つ積み重なって、
森久保のなかから離れなくなるんですけど……これが、プロデュース、なんでしょうか……?
そうだとしたら、森久保は……。
(おしまい)
●梅木音葉
http://i.imgur.com/7ABmUjt.jpg
貴方の声が、聞きたい。
でも、聞いたらどうなってしまうか、恐ろしくもある。
あの人の声は、色が、感情がよく見える。
初めて交わした言葉は、緊張の赤と、うちに隠れた橙色の熱意が混ざった花火。
私が仕事を選り好みして、たしなめられたときは、警告色の鋭い黄色。
失敗を慰めてくれた時は、いつまでも包まれていたいと思ってしまう森の緑。
私をステージに送り出す声は、私を信じてすべてを委ねてくれた、澄んだ青。
一度、プライベートであの人のためだけに歌ったときにくれた賛嘆は、吸い込まれそうな空に近い藍色。
あの人の声の色が、私のなかに塗られて、次第に濃くなっていく。
その色のどれもが、とてもきらきらしていて、
私のなかを覗いたら、万華鏡みたいになっているかもしれない。
『あなたの声で、私に色が塗られる』なんて言ったら、あの人はどんな顔をするかしら。
また変なことを言い出した、なんて思われたら。それは、少し辛い。
あの人は時々、私が話しかけた言葉を持て余す。そういうときに出る色は、少し濁っている。
まだまだ、あの人に塗られた色がある。
初めて、私が主役のライブで、大盛況のうちにフィナーレを迎えた後。
ステージから下りて、真っ先にかけられたあの人の声は、スポットよりも明るかった。
あの目映さが焼き付いて離れなくて、歌い出す度に記憶を反芻する。
上手く鮮明に描ければ、その日は何も恐れることがないの。
ただ、私のなかで一番濃い色は、もやもやと立ち上る紫だった。
あの人に、初めてその紫を見せてもらったのは、不慣れな水着での仕事の日。
前は肌を出す仕事にとても抵抗があったけれど、あの人が真剣に考えた末の提案だ、と分かったし、
他の子たちに負けていられない、なんて煽られた面もあった。
それで、幸いなことに仕事が大成功を収めたのだけど、あの人はあまり褒めてくれなかった。
あの人は、自分が勧めて露出の大きな衣装を着せたのに、歯切れの悪い口ぶり。
私が近づくと、露骨に目線を彷徨わせる。目のやり場に困るようなもの、着せるなんて。
プロデューサーとして、無責任な反応ではなくて?
そんなに見苦しいかしら――と逃げ道を塞ぐ。
あなたの指示で着た衣装なのだから、あなたに最初から最後まで見てもらわないと――わざと迫る。
これ以上、あの人は退けなくなった。
その瞬間、あの人が漏らしたくぐもった響きで、私のなかに薄紫の色味が兆した。
つかみどころがないのに、癖になる響きだった。こんな色彩を見たのは、初めてだった。
それ以来、あの人に声をかけてもらうたびに、私は紫色のかすかな燻りを感じるようになった。
「ごめんね、音葉ちゃん。連絡が遅れちゃって。
プロデューサーさん、ちょっと他の子の事故処理にかかってて、しばらく戻れなさそうなの」
私が、打ち合わせのために事務所に来てあの人をたずねると、ちひろさんが応対してくれた。
この業界では、実際の事故の他に、仕事上で不測の支障が出た時も、事故という言葉を使う。
誰か担当アイドルが失敗したので、あの人はそのフォローに回ってるのかしら。
せっかくあの人の声が聞けると思ったのに……という恨みがましい気分を、ぐっと飲み込む。
私だって、あの人に助けてもらった覚えがあるんだから。わがままは、言えない。
手持ち無沙汰になった私は、事務所の休憩室で椅子に座って、愛用のヘッドホンを手に取った。
私が持つには似合わないと言われる、黒と銀の大きくて無骨なフォルム。
さらに大仰なアンプを見せてあげると、さらにびっくりされる。こんなの持ち歩いてるのか、なんて。
でも、外見に反して繊細な音を届けてくれる。
椅子に座ったまま、何か聞こうかと思ったけど、聞きたい気分になる曲が無い。
打ち合わせは新曲についてだったけど、そのデモはさんざん聞いて食傷気味。
あれでは、あの人の声が聞けなかった落胆を慰めてくれない。
実は私のプレイヤーに、あの人の声だけが入った音声ファイルがある。
ICレコーダーでこっそり録ってしまったもの。凝った編集はしていない。
あの人の声以外の音をただオミットしただけだから、
意味を成さない言葉や、ただの相槌が連続したりもする。
他の人が聞いたら、話している内容が飛び飛びで、何のことやらと思うかもしれない。
でも、私が聞いてると、声だけであの人の色が目の前にたなびいて、広がっていく。
指が滑って、プレイヤーにそのファイルを再生させる。
ICレコーダーの音声のざらつき具合が、ヘッドホンのせいで目立ってしまう。
いつもみたいに、軽いイヤホンに変えようかしら。
いや、このままにしましょう。
耳からあの人の声を離してしまえば、ここでふわふわと漂ってきた紫が、霧消してしまうもの。
ヘッドホンであの人の声を聞くと、すべてが私への囁きのように思える。
声だけじゃない。吐息までが、耳を撫でる。ちりちりとかすかに光る。
耳に一番近い頭から、紫の煙に包まれていく。
それは首から、肩を伝って、肺から心臓に落ちていく。
あの人の声から、こんな色を見るようになって、最近いろんな事の感じ方が変わってしまった。
ヘッドホンに押さえつけられた髪の毛がざわつく。うなじから肩甲骨の間が、紫の煙に舐められる。
目を閉じると、あの人の呟きに合わせて、肌を撫でられている錯覚がする。
目蓋の裏に見えるあの人。顔のそば、すぐそこにある。
首を伸ばせば、キスができそうなほど。そう感じられる。
私を包む紫は、わずかに粘性を増してきて、煙から濃い靄へ様相を変える。
首がおぼつかなくなって、椅子の背に後頭部を預ける。脳漿がぷかぷかしてる。
顔は上を向きながら、腰から下がどんどん沈んでいく。
あの人の声が、呪文のように取り巻いてくる。上も下も曖昧になる。
目蓋の裏に描いていたはずの、あの人の姿さえ、紫に包まれて見えなくなった。
私は、急に心細くなる。
プロデューサーさん。早く戻ってきて、私の手を握ってくれないかしら。
本当の声を聞かせてくれないかしら。こんな紛い物の沼から、引き上げてくれないかしら。
耳も、目も、口の中も、体中くまなく紫の靄に侵されて、
私のなかに入り込んだ紫が、お腹の奥底にもたれる。じくじくと火照る。
昼も夜も、明るさも暗さも、あの人の声が覆い隠してしまった。
声と、色と、自分の熱しか分からない。普段の私は、あの人の声に吹き飛ばされてしまった。
紫色に巻かれたままだと、自分とあの人の声の境界がぼやけていくの。
私の体が、内蔵それぞれが別の命のように、骨と肉を拘束具のようにガタつかせて、勝手気ままに揺れ動く。
プレイヤーを握っていたはずの手は、どこかへ投げ出されてしまった。もう声が流れこむのを止められない。
プロデューサーさん。早く戻ってきて、私の手を握ってくれないかしら。
本当の声を聞かせてくれないかしら。こんな紛い物の沼から、引き上げてくれないかしら。
そうしてもらえないと、私は、このまま、戻れないかも知れない……。
「おーい、音葉さーん、おーとーはーさーんっ」
いきなり意識が戻ると、目の前には李衣菜さんの顔が見えた。
「オイだりー、音葉は具合悪そうなのに扱いが荒っぽくないか?」
「あ……李衣菜さんに、夏樹さん……?」
「おーよかった、アタマはマトモそうだ。
いやー、ヘッドホン着けながらすごいことになってたから、心配しちゃってさ」
夏樹さんは、私がつけていたヘッドホンを手に持っていた。
「何か、すごいものでも聞いてたんですか?」
「え、いやその、あの……ちょ、ちょっといいかしら……」
私は、あの人の声が流しっぱなしだと思って、慌ててプレイヤーを手に取る。
プレイヤーは自動再生で、とっくに別の曲を流していた。
「いやいや、普通に体調が悪いんだろ。どんなの聞いたらあんなになるんだって」
「そ、その、あんなって……」
「音葉さん! どんな感じだったんですか? ロックでしたか!?」
「あ、その……聞いてて、紫のもやもやっとしたのが――あっ」
私は、昔『音に色がついている』と言って変な顔されたのを、
よりにもよって口走ってしまった直後に思い出した。
こんな返事したら、完全に変な人扱いされちゃう……。
二人は一瞬驚いた後、顔を見合わせて、
「へーえ? ヘッドホンでもこんなデリケートなシロモノ、アタシ使ったことないけど、
もしかして……なぁ、後でこれ貸してくれないか? ほんの少しでいいから」
「え、なんと音葉さんにロックの素質が!? わ、私のギター触ってみませんか?」
「本当に素質があったら、それかじられたり燃やされたりするかもな」
「あっ……そ、それは、ダメですっ!」
とりあえず、ヘッドホンを外してくれたのが、たまたまこの二人で良かったわ……。
これがあの人だったら、どうなってたか、知れたものじゃないから。
(おしまい)
●江上椿
http://i.imgur.com/sqItcUz.jpg
プロデューサーさん、ご存じですか?
椿が散るときは、桜のように風に吹き流されたりしません。
椿の花はすべての花びらがつながったまま、
萼(がく)を残してポトリと地に落ちるんですよ。
初めて撮影された後の、首筋や顔に残っていた高揚感は、
不慣れなことへの緊張か、レフ板の光を浴び続けた火照りだ、と思っていました。
いつもは撮影する側だったから……。
『プロデューサーさんに見られるのは嫌いじゃないです……ふふっ』
でも、すぐに気づいてしまいました。
プロデューサーさんの前で姿を写されるのは、
スタジオだって野外だって特別なんです。
ある日、私の愛機でプロデューサーさんに私のポートレートを取ってもらった時。
あの人の手に抱えられたモニターに、はにかんだ私の姿を見た瞬間、
私の内心までプロデューサーさんの手の中に持って行かれた錯覚がしました。
『プロデューサーさんは、いつも新鮮な気持ちを私に教えてくれます』
そう信じると、私の気持ちをプロデューサーさんに受け取ってもらえた気がするんです。
臆病ですね、私……。
事務所は、キラキラしたアイドルが色んな姿を見せてくれます。
なので、つい自分の仕事場であることを忘れて、
シャッターチャンスを追ってしまうこともある私ですが……
『写真、撮ってくださいね。プロデューサーさん』
あの日から、プロデューサーさんと一緒にいる間だけは、
自分よりプロデューサーさんにカメラを持ってもらって、私を撮ってもらうことが多いんです。
でも、まだツーショットをお願いする勇気はありません……。
私がカメラを始めた頃は、デジタルカメラが広まっていたあたりです。
初めての自分専用に買ったカメラも、デジタルでした。
実は酔狂ぶって、銀塩カメラも買って持ってはいるんですが、なかなか難しくて……。
撮った写真がすぐ見える、というのは有難いことなんですね。
『プロデューサーさんを撮ってあげたいですね、ふふ』
でも、銀塩で現像した写真をアルバムに一枚一枚敷いていくのは、
撮った瞬間の体験を反芻して思い出せるようで、癖になります。
これは、なかなかデジタルで相当する味わいがない作業ですね。
プロデューサーさんと私のアルバム、作れたらなぁ……。
プロデューサーさんに、初めてウソをつきました。
『晴れ着の写真を撮って頂いても良いですか?
プロデューサーさんに撮って頂いた写真が、一番自然に笑えている気がするんです』
プロデューサーさんに撮ってもらう度、それに慣れるどころか、
一枚一枚写真が重なっていくに連れて、胸の高鳴りをいなすのに、苦労します……。
自然に笑えてるなんて、とても……。
私の姿をたくさん写してくださったプロデューサーさんのファインダーは、
私の内側に隠した感情も、とっくに見通してしまっているでしょうか?
もし、そうなら……
『一年の始まりに、プロデューサーさんと写真を撮りたいんです……!』
まだ、新年にかこつけた記念写真しか、ねだれませんけど、いつかは……。
このぐらいの時期までは、自分でも気づかないふりをしていたんですけど、ね。
でも、プロデューサーさんと二人きりで写った写真を眺めているうちに、
その気持ちが膨らんでいって、ついに認めざるを得なくなりました。
『撮られるのも……癖になりそう』
プロデューサーさんに、ファインダーから覗かれて、私の姿を写されると、
『プロデューサーさんの視線を……感じますよ?』
私がプロデューサーさんのものにされてしまった、と思えて、
『心も身体も温かくなる……この鮮やかな時間が思い出になるように……。
プロデューサーさんのファインダーにも、焼き付けてほしいです』
そのことに、興奮してしまうようになりました……。
プロデューサーさんが覗いてくれていると感じると、肌の上も下も熱くなってしまうんです。
プロデューサーさんの指がレリーズボタンにかかった瞬間から、ボタンを押してくれるまで、
ほんの数秒のこともあれば、延々焦らされてしまうこともあります。
もうアイキャッチなんてあっても、眩しくてまともに見えません。
シャッターが切られるのを待つ間、私は他で味わうこともないほどの緊張と興奮の中毒に陥ってて、
それが聞き慣れたシャッター音で、ほとんど前触れもなく解放される瞬間が来る……。
私はプロデューサーさんの前で、平静を装うのも精一杯です。
その瞬間さえも、写真に収められてしまっています……。
連写になってしまったら、もはや……。
私の息遣いが1/4000秒に刻まれてプロデューサーさんの手元に渡ると思うと、
連射音で私の理性もすりおろされ粉々になって、どこかへ散っていきます。
『プロデューサーさん。私、今までカメラは向けるものでしたけど、
向けられるとこんなに熱くなるんですね……! ドキドキしちゃいます……!』
これが、あなたの教えてくれた、私の知らない私なんでしょうか。
私が、こんなことを思ってるなんて、プロデューサーさんに知られてしまうかも、となると、
とてもプロデューサーさんの前に出られないほど、恥ずかしいのに、
今までプロデューサーさんと重ねた経験さえ浅ましく感じられて、悲しいのに、
『プロデューサーさん、私、アイドルとしてちゃんとやれてます?』
私は、プロデューサーさんのそばを離れられません。
離れたくありません。まだ、プロデューサーさんのもとで、アイドルを続けたいんです。
『お気に入りの花をふたりで探すのも楽しいです。
けど、一番に愛でてほしい花は、プロデューサーさんの隣に咲いてます……』
あまつさえ、それ以上に深い間柄になれたら、なんて。
だから、たとえ限界が来るにしても、
焦がれて狂い咲くことになっても、それが身から出た錆としても、
『私、この一年で変わりました。それを振り返るのは恥ずかしいけど、
プロデューサーさんのおかげだから誇らしくもあります……!』
私は落ちるその時まで、プロデューサーさんのおそばで咲いていたいです。
(おしまい)
終了ッス
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