みほ「私の戦車道」 (42)
(プロの戦車道選手が出来てから、戦車道は瞬く間に超世界規模のスポーツとなった)
(当たり前だった戦車道専門店は、今やどこにでもあるものになり)
(今のこの世の中に戦車道のない学園艦は存在しない)
みほ「…」
(結局、私はずっと戦車道に携わり続けた)
(これしか無かった、という訳じゃなかった、けれどやっぱり私は心の奥底では、本当の本当に)
(戦車道が好きだったんだなって、そう思えた)
(西住流派生派、そう呼ばれた私の戦車道が誇らしくなかったと言われれば嘘になる)
(ううん、本当に誇らしかった、大好きなことで生活ができる現実も、答えるようについてくる結果も)
(私は、本当の本当に戦車道が大好きだった)
(…)
みほ「私は」
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優花里「しかしほんとに珍しいでありますなー」
まほ「…」
優花里「そもそも私とまほ殿ってそんなに関わりありましたっけ?思い出す限りだと嫌味を言われたことくらいしか記憶にないのでありますが」
まほ「…お前は社会人だというのにその喋り方でやっていけてるのか」
優花里「厳しいであります!なんとかかんとか誤魔化してるであります!」
まほ「…はぁ」
優花里「で、折行った話とは一体なんでありますか?」
まほ「…お前に相談していいものか迷っている」
優花里「何をー!?こう見えても私会社では頼れる先輩として…!」
まほ「あぁもう、いい、うるさい」
優花里「ぐぬぬ…」
まほ「…しかし、まぁ…なんだ…」
まほ「関わりがなかったとはいえ、全員連れてきてくれと言ったのにお前しか来なかったんだな」
優花里「皆さん忙しい身でありますよー」
まほ「お前は?」
優花里「私は戦車道関連の仕事なので「西住流へのインタビュー」という形で無理やり来ました」
まほ「ダメな大人だな」
優花里「ダメな子供であるよりはマシであります」
まほ「…まぁ、そうだな…」
まほ「…大人、なんだよな…」
優花里「…」
まほ「まぁ、とにかく飲め、今日は奢る」
優花里「お酒のように勧められても…ここ喫茶店ですよ?」
まほ「なんだ、酒の方が良かったか?」
優花里「私酒癖ちょー悪いであります」
まほ「奇遇だな、私もだ」ズイッ
優花里「頂くであります」ズズッ
優花里「…ほぅ…仕事をサボって飲む紅茶は格別ですなぁ…」
まほ「…」
優花里「紅茶といえば彼女たちを思い出しますね」
まほ「…あぁ、あいつらには苦労させられたものだ」
優花里「またまたご謙遜を、あれ以来結局まほさんが卒業するまで黒森峰は無敗の強豪校だったじゃないですか」
まほ「…お前らも…素人集団からは…まぁ、見られるようにはなったな」
優花里「悔しいでありますねー…廃校を免れたとはいえ、まるでそれが茶番だったと突きつけられているようで」
まほ「…」
まほ「…なぁ」
優花里「え?」
まほ「…お前は、戦車道をやっていて、幸せだったか?」
優花里「幸せでありますよー、世界の誰にも負けないくらい幸せだと自負してるであります」
まほ「…」
優花里「そういうまほ殿は幸せではないのですか?」
まほ「…いいや」
優花里「乙女の嗜み戦車道、そうは言われていてもやはり鉄錆と硝煙の匂い蔓延るスポーツですからね」
まほ「幸せだと言ってるんだが」
優花里「言わなくてもいいのですよ…所詮まほ殿も一人の乙女…現役から退き男のひとりやふたりでも捕まえて当たり前の生活をしたくなるお年頃でありますからねぇ…」
まほ「縁談が決まった」
優花里「ダウト、嘘つきには死を」ググッ!
まほ「待て、肩を掴むんじゃない」
優花里「絶対嘘であります、西住流本家本元後継確定のまほ殿に男ができるわけなんてないであります」
まほ「酷すぎるだろ」
優花里「お相手は?」
まほ「…まぁ…戦車道関連の男だが」
優花里「…ほほぉ…」
まほ「…戦車道は乙女の嗜みとはよく言ったものだな、これしか知らない私にも、こんな事がある」
優花里「…いい人なのですね」
まほ「私にはもったいないくらいのな」ズズッ
優花里「…」
優花里「…私の、一番大切な友人達からも、幸せの知らせを何度も聞いたであります」
まほ「…」
優花里「…えへへ、嬉しい反面、寂しいのですよー…今日のように、集まれないことの方が多いんだろうなーって思うと」
まほ「…」
優花里「…西住流派生派、耳にはしているでありますよ」
まほ「…!」
優花里「あなたにとって一番大切と言っても過言ではない彼女に、違和感を感じるほど触れないのは思い過ごしではないでしょう?」
まほ「…」
まほ「そういうのがあれば、お前達は私の引退試合で勝てたんじゃないのか?」
優花里「ぐうの音も出ないであります」
まほ「…」
優花里「…」
まほ「…私は、戦車道をやっていて幸せだった」
まほ「戦車道には、人生の大切なこと全てが詰まっている」
まほ「私は…無骨かもしれないが…怒りも悲しみも、喜びも楽しさも全部戦車道から貰ってきた」
まほ「戦車道があったからこそ誰かと繋がれた」
優花里「…」
優花里「…私も、もちろんそうでありますよ」
まほ「…」
まほ「繋がりができるのは嬉しいが、辛い」
優花里「…触れられない当たり前のことがそのまま傷になるからでありますか?」
まほ「…的確だな」
優花里「同じ気持ちを感じてるだけでありますよー」ズズッ
まほ「…西住流派生派、あいつはそう言っていた」
優花里「…ええ、その名前聞いた時に、心が踊ったでありますよ」
優花里「…」
まほ「…なぁ、一つだけ教えてくれ」
優花里「…?」
まほ「…」
まほ「…お前達が優勝したあの日、あいつは見つけたと言った、自分の戦車道を」
優花里「…」
まほ「…具体的に、それはどういうものだ?お前達の戦車道は、一体なんだったんだ?」
優花里「…」
優花里「…」
優花里「…それは、彼女にしか分からないものであります」
まほ「…」
優花里「…」
まほ「…そんなことを聞いてどうするのかって顔をしてるな」
まほ「…私なりに考えたんだ、あいつの戦車道はなんだったのかと、答えらしきものは出るには出た」
まほ「…出たよ、あの日の、あいつにとっての戦車道が何たるか、その答えが」
優花里「…出たからこそ、尚更今とのズレに困惑してるって言うことでありますか」
まほ「…」
優花里「「あんなものは、彼女の戦車道ではない」、「それじゃあまるで、西住流そのものじゃないか」」
まほ「…的確だな」
優花里「…二度は言わないでありますよ」
まほ「お前も同じ気持ち、か…」
優花里「その様子だと、相当参ってるようですね」
まほ「…私がか?」
優花里「まさか」
まほ「…あぁ…その通りだ」
まほ「平気そうに振る舞うあいつの心はもうへし折れる寸前だ」
まほ「そして、私にはあいつの心がわからない」
まほ「姉であるというのにな」
まほ「つくづく思い知らされたよ、血の繋がりは大して濃くはないということが」
優花里「今日のこと、全員に伝えました、でも彼女だけは繋がりさえしませんでした」
優花里「血の繋がりも、苦難を共にした私との繋がりも、彼女にとってどれもこれも取るに足らないものだったとしたら」
優花里「彼女は一体、何を選びとるんでありますか…?」
まほ「…」
まほ「…西住流」
まほ「あいつの戦い方は、かつての私たちそのものだ」
優花里「まるで今は違うとでも言いたげでありますね」
まほ「…まぁ、違わないんだが」
まほ「それでも、あいつは西住流が気に食わなくて大洗に行ったんだ」
まほ「今頃になって何故だ…?」
優花里「それだけじゃないでありますよ」
優花里「今も言った通り彼女の戦い方は西住流そのものであります」
優花里「それなのにどうして西住流派生派などというものを掲げているのか」
優花里「勝つためには西住流に染まる方がいいと感じたのか」
優花里「…それとも…」
まほ「…それ以外の何か、か」
優花里「考えてもわからないでありますねー」ズズッ
まほ「…だな」ズズッ
優花里「…もうこんな時間でありますか」
まほ「予定でもあるのか?」
優花里「草戦車道があるであります」
まほ「いつ聞いてもふざけた呼び方だな」
優花里「まあまあ、そう言わないで欲しいであります、こう見えてもメンテナンスでお呼ばれしてるのでありますよー」
まほ「時間を取らせたな」
優花里「いいえー、久々に話せて楽しかったです」
まほ「…」
優花里「…」
優花里「…彼女にとって、血の繋がりも、私たちとの絆も…」
まほ「…?」
優花里「…それが取るに足らないとのだったとしても」
優花里「それでも私は信じてるでありますよ、あの日の青春が本当であったこと」
優花里「あの日の彼女の笑顔の裏には、曇りひとつなかったこと」
優花里「今は違っても、あの日のあれが、彼女にとっての戦車道であった事を」
まほ「…」
優花里「失礼するであります、まほ殿もお達者で」
まほ「…あぁ」
まほ「またな」
優花里「また会おう、であります」ニコッ
優花里「…」
優花里「我ながら臭いセリフを吐いてしまいましたね…」
優花里(まぁメンテナンスなんて嘘であります)
優花里「いくら好きとはいえそれでご飯を食べられるほど世間は甘くないでありますよー」
プルルルル
「やあ」
優花里「…久しい声であります」
「そういう君もねー、どうだい?調子は?」
優花里「後ろでガヤガヤ言っていますがまた桃ちゃん先輩殿が暴れてるでありますか?」
桃「桃ちゃんと呼ぶな!」
優花里「…ふふ、変わらないものでありますなぁ」
杏「で、話したいことってなんだい?」
優花里「私達の中での共通の話題と言ったら一つしかないでありますよ」
杏「戦車道もとい西住ちゃんだね、いいよ、懐かしい場所へおいで」
プツッ
優花里「…」
杏「やあやあ、来たね」
桃「久しぶりだな」
優花里「…懐かしい場所って言って即思い当たる私も相当でありますが、話があると言って戦車倉庫に呼び出されるのはどうなんでありますか…」
柚子「それだけ深い思い出だってことだよね」
優花里「…」
杏「浮かない顔をしてるねー、干し芋食べる?」
優花里「…頂くであります」モッモッ
桃「今桃と呼んだか?」
柚子「ちょっと無理があるかなーって」
優花里「…」
杏「まぁまぁ、無駄話はこれ位にして世間話と行こうじゃないか」
優花里「結局無駄話であります!」
杏「無駄で人生は作られてるんだよー、さ、何から話そうか」
杏「時に秋山ちゃん、話には聞いたけど今でも戦車道してるってほんと?」
優花里「戦車道関連の仕事をしてるであります」
杏「嫌に曖昧であやふやだねー、それ嘘でしょ?」
優花里「…ぐ…」
杏「分かりやすいなぁ」
桃「なぜ嘘をつく嘘を!お前もしかして働いてないのか!?」
優花里「…ちゃんと働いてるでありますよ…戦車道にも関わっているであります…」
杏「嘘にホントを混ぜるのは嘘の上等テクニックだかんねー、ただ私みたいなのには通用しないかなー」
杏「恐らく秋山ちゃんはこう考えて嘘をついてる、戦車道に関わっていないと」
杏「戦車道に関わっていたあの日の青春が嘘になるかもしれないってね」
優花里「…」
優花里「…ほんと、化物みたいな人ですね…」
杏「褒め言葉として受け取っておくよ、で、実際は?」
優花里「言い当てられてぐうの音も出ないであります」
杏「…」
優花里「…って、こんな話をしに来たわけじゃ…!」
杏「まぁまぁかるーくお話しようよ、そこからでも遅くないでしょ?」
杏「おそらく君の身の上話と悩みの根源は似たようなところから来てる、そんな気がすんだよねー」
優花里「…」
杏「…戦車道」
杏「戦車道っていいよね、乙女の嗜みであるそれには人生の大切なことがすべて詰まっている」
杏「戦車道がこうも広く一般的に知られてるこの世界じゃ、持っていて絶対損にならないスキルだね」
杏「損にならなく、そして都合のいいスポーツだ」
優花里「…っ!」
杏「戦車道ってだけで許されてる事が幾つあると思う?」
杏「普通人に向けて砲弾なんか打ち込まない、今のところ死者は出てないけどいつ出るかもわからない、もしかするともう出てるかも」
杏「カーボンに守られてるからなんだって話だよ、戦車の頭から身を乗り出してるところに打ち込まれたら死ぬ、誰だってわかる単純な話だ」
杏「もちろんそんな事が行われないようにルールで定められてる、でもそれを誰も彼も守るとは限らない」
杏「青春をかけて来た自分たちの戦車道が、他の学園艦に屠られそうになった時、自棄を起こさない人間がいないなんて断言できない」
杏「子供だってわかる単純な理屈なのに目を瞑られている」
杏「何でって?戦車道だからさ」
優花里「生徒会長殿は、私と喧嘩しに来たのでありますか?」
桃「…」
柚子「…」
杏「さぁねー、それは君が判断すべきことだよ」
杏「ま、結局それほどまでに危ういスポーツだってことさ、戦車道は」
杏「どこの馬の骨とも知らない人たちが自分たちの理性とモラルを守っているおかげでこの危うい均衡は守られてる」
優花里「その理性とモラルとやらを育むのが戦車道でありましょうっ!!!」
桃「…」ビクッ
杏「…かもね」
杏「…でも、戦車道に携わってる人たち全てが綺麗な心を持ってるわけじゃない」
杏「中には腐った根性と、戦車道のスキルを併せ持った最悪の人間がいるかもしれない」
優花里「…っ!!」ギリッ!!!
杏「私が誰のことを言ってるのか、心当たりがないわけじゃないよね?」
優花里「…この…!」
柚子「…」スッ
優花里「…っ!」
優花里「…止めるでありますか…!?我々の青春全てを否定する言葉を吐くこの人を!」
優花里「自分だって!戦車道に助けられていたくせに!」
優花里「あなただって!彼女に助けてもらったはずなのに!それを侮辱するでありますか!?」
杏「…」
優花里「廃校にならなかったのは!何のつながりもなかった我々が繋がれたのは!」
優花里「共に過ごした日々が、思い出が昨日の事のように思い出せるのは!」
優花里「戦車道があったからでありましょう!」
杏「…」
優花里「…」
優花里「…生徒会長殿は…」
優花里「戦車道が、嫌いになったのでありますか…?」ポロポロ
杏「…」
柚子「…」
桃「…」
優花里「…」ポロポロ
杏「…」
杏「…君は?」
優花里「…!!!」
杏「なんて、答えなんて出てるか」
杏「他人にこき下ろされて、否定されて侮辱されて、それで激昂できるなら、もう答えは出てる」
杏「ねぇ、秋山ちゃんは、戦車道が好き?」
優花里「…で…ます…」
優花里「…好きであります…!」
優花里「大好きであります!何よりも!」
杏「…ん、私も大好きだよ」
優花里「…うええぇええ…!」
杏「好きで好きでたまらないよ、今だって手に取るように思い出せる、あの無骨な鉄の塊の感触が、赤錆の匂いが」
杏「触れていたい、それでもずっと触れてはいられない、大人になるって好きを我慢するってことだ」
杏「君は幸せだよ、好きって自覚できて、それに触れていられるんだから」
優花里「…」ズビッ
優花里「…まるで私が子供であるかのような言い草であります…」ズビッ
杏「ははは、そうかもね」
杏「誰にだって事情があるのさ、そしてそれを強要しちゃいけない」
杏「君に言ってるんじゃないよ、分かるよね?」
優花里「…」
優花里「…生徒会長殿は…どうしてそこまで人の心が分かるのですか?」
杏「大人になった副作用ってやつかなー、なんて」
杏「さ、分かったらとっとと行ってきなよ」
杏「私が言って、君が自覚したこと、もうひとり伝えなくちゃいけない人がいるでしょ?」
優花里「…」
杏「とびきりの寂しんぼを君が救っておいで」
優花里「…!」
バァンッ!!
桃「…まさに弾けるように出ていったって奴だ…」
柚子「…もー、会長ったら…」
杏「あはは、ごめんごめん、桃ちゃんもビックリさせてごめん」
桃「ビックリなんてしてません!」
柚子「…桃ちゃんよしよーし」
桃「撫でるな!桃ちゃんと呼ぶな!」
杏「…」
杏(さーて、どうなるかな)
杏(いい方に転がればいいんだけど)
ーーーーーーーー
しほ「…」
まほ「…何ですか、これは?」
しほ「まほもそろそろ身を固める時期だと思ってね」
まほ「…?」
まほ「…!…!?」
まほ「冗談ですよね!?お母様!?」
しほ「…あなたはもう十分にやってくれたわ、西住流がここまでの物になったのも、戦車道の更なる普及も、全部あなたのおかげよ」
まほ「…私から…戦車道を奪うというのですか…!?」
しほ「そんなことは言っていないわ、携わりたいなら携わり続けなさい」
まほ「…しかし…!」
しほ「…あなたの生きる道に口出しなんてしないわ、でもね、世の中は戦車道だけが全てじゃないの」
しほ「…切磋琢磨する幸せはもう得たでしょ?次は、普通の幸せを得てみたいとは思わない?」
まほ「…」
しほ「…会ってみるだけでもいいわ、とっても素敵な人だから」
まほ「…考えておきます」
まほ「…」
まほ(…なんの考えがあってお母様は…)
まほ(…男…?下らない…!私には戦車道があれば充分…)
まほ「…」
まほ(…罪を感じているのだろうか…戦車道だけを辿らせる生き方を強要して来たと、お母様は思っているのだろうか)
まほ(…だとしたら、勘違いも甚だしい)
まほ(…私は好きで戦車道に関わり続けた、好きだったからこそ続けた)
まほ(揺るぎない真実を、お母様が私から読み取れないのは…無表情だからか?)
まほ「…」グニー
まほ「…ふふ、こんな鉄仮面に引かれる人なんて、居るわけないか」
みほ「…」
まほ「…え?今日?」
しほ「ええ、お呼びしたの」
まほ「嘘でしょう!?昨日の今日ですよ!?何でいつもそんなに唐突なんですか!?」
しほ「あら、一分一秒で戦況は刻刻と変わっていくわ、いかなる時も冷静沈着に、臨機応変に対応しなさいと教えたはずよ」
まほ「それは戦車道の話でしょう!?」
しほ「戦車道で義務教育を終えたあなたが今更何を言ってるの」
まほ(…誰のせいだ!…いや私のせいだけど…!)
しほ「入ってください、娘のまほです」
まほ「…ちょ!」
ガラッ
「…」
「こ、こんにちは…今日はいい天気…ですね…?」
まほ「…」
まほ(…目の前に現れた男は…)
まほ(本当に、これと言った特徴のない、ぱっとしない男だった)
「…」
まほ「…今日は雨だ」
しほ「それじゃ、私はお暇するわ」
ガラッ
まほ「…」
「…」
まほ「…まぁ、なんだ…お茶でも…どうぞ」
「…あ、はい」
まほ「…」
「…あの、ご職業は?」
まほ「…お母様から、あなたは戦車道に携わる仕事をしていると聞いている、それなのに私のことを知らないんだな」
「…あっ、嘘です!嘘嘘!西住流の西住まほ様ですよね!」
まほ「…」
「…お恥ずかしい話…僕はあなたのファンなんです」
まほ「…」
まほ「は?」
「…」
「…いつだって、冷静沈着に、戦うあなたは凄くかっこいいんです」
まほ「…お、お、お世辞を言ってもダメだぞ…!」
「お、お世辞なんかじゃありません!本当にそう思っているんです!」
まほ「…」
「…戦車道は、強さを兼ね備えた女性の嗜みであると、よく祖母から聞かされました」
「…僕は、その時はそんなはずが無い、絶対男の方が強いと思っていました」
まほ「…」
「…でも、違うんです」
「違ったんです」
「…肉体的に男性に劣る女性が、それでも何かを振り絞って戦うこと、それそのものが、強いってことだったんだって」
「…あなたを見て、そう思ったんです」
まほ「…過大評価しすぎだ」
「…そんな事ありません、あなたは、僕のあこがれです」
まほ「…」
まほ(…ダメだな…!小っ恥ずかしくてここには居られない!)
まほ「そ、外の空気を吸ってくる!」
「あっ…」
まほ「…」
まほ「…なんだあいつは…!」
まほ「自分が褒められる場に居合わせる辛さを知らないのか…!」
まほ「…」
あこがれです
まほ「…」
まほ「…」カァ
まほ「…なんだ、この緩みきった顔は…!」
まほ「…大体…!私なんて戦車道しか知らない人間だぞ!…強さは決して可愛さに繋がらないだろ!」
まほ「…それなのに…」
「…だって」
まほ「…ちょ!なんで付いて…!」
「…知ってしまったんです、仲間達と…大洗への雪辱を晴らした時の、あなたの笑顔を」
まほ「…!」
「…こういう顔も出来るんだなって、そう思いました」
「十数年経った今も、あなたの笑顔は忘れられません」
まほ「…ふん…す、ストーカーめ…」
まほ「…か、帰れ…!今日はもう…!」
「…はい、また来ます!」
まほ「く、来るな!!」
しほ「…」
まほ「…」
しほ「その顔を見ると、満更でもなかったようね」
まほ「な、な…!」
しほ「皆まで言わなくていいわ、ね?いい人だったでしょう?」
まほ「…いや、ストーカーっぽくてキモかったです…」
しほ「…」
まほ「…でも、彼が本気なのは伝わりました」
まほ「…真っ向から本気でぶつかってくる相手に対して、ひらりとかわすのは私の戦車道に反します」
しほ「あらあら、私はどんな手を使っても勝てと教えたけれど」
まほ「…」
まほ「…今の私の戦車道は、これなんです」
しほ「…そう」
しほ「それでいいのよ、あなたももう子供じゃない」
しほ「とっくに見つかっていたのね、あなたの戦車道は」ニコッ
まほ「…」
まほ「…」
まほ(…さて、どうするか)
まほ(…正直に言おう、とても嬉しかった)
まほ(…だが、こんな私のどこがいいんだ…女らしくもない冷たい女の…一体どこが…)
まほ(…いや、もうそれは理屈で表せないものなんだろう)
まほ(事実、彼はお母様に認められてここの敷居を跨いだ、それだけで彼の本気は伝わりすぎるほどに伝わる)
まほ「…」
まほ「…ふふ」
まほ「…悪くは無いものなんだな…誰かに好かれるというのは…」
みほ「お姉ちゃん」
まほ「…みほ…?」
みほ「縁談おめでとう、これでお姉ちゃんも漸く普通の女の人になれるんだね」
まほ「…き、決まったわけでは…」
みほ「いやぁ、隠さなくていいの、妹として素直に嬉しいよ」
まほ「…」
みほ「そっか、そうなんだ、お姉ちゃんにとって戦車道ってそういうものだったんだね」
まほ「…聞いていたのか?」
みほ「うんうん、聞いてたよ、とっても素敵な戦車道だね?」
まほ「…」
まほ「お前達とぶつかって得たものでもある、私の戦車道はこれだと決めることが出来たのもまた、お前達の…」
みほ「男相手に尻を振る、立派すぎて何も言えないよ、ほんと、模範的すぎる戦車道だね」
まほ「…」
まほ「…は?」
みほ「…」
みほ「そうやって、お姉ちゃんも戦車道から離れていくんでしょ?」
みほ「誰も彼も皆戦車道を忘れていきていく、つまらないね、あれだけ強くてかっこよかったお姉ちゃんは今やもう見る影もない」
みほ「どう?こーーーーんなちっさい頃から学んできた戦車道で、文字通り女の幸せとやらを掴めそうな気分は?」
みほ「さぞ気持ちがいいだろうねえ、否定しない、そんな人が現れたんだもの」
みほ「嬉しいねえ?漸く戦車道から離れられて」
まほ「…何が言いたい?」
みほ「結局皆そうなんだよ、大人になれば青春も朽ちていくし、思い出なんてあっても生きるのに何の役にも立たない」
みほ「誰も彼も戦車道から離れていって、最後に残るのは多分私1人」
みほ「戦車道が重荷なら、最初から関わらなければよかったのに」
まほ「…お前が言うのか?黒森峰から逃げたお前が?」
みほ「あはは、安心してよ、今はもう西住流なんて古くて下らない流派より私の方がよっぽど強いからさ」
まほ「…よく回る口だ、最近話してないからてっきり失語症になったのかと思ったぞ」
みほ「またまた、失語症でどうやって指揮を取るの?」
まほ「…」
みほ「嬉しいなあ、皆戦車道から離れて言ったら、私が一番強いってことだね」
みほ「愉快だなぁ、脆い戦車道をさも信条であるかのように掲げてる馬鹿な姉を見るのは」
まほ「…いい加減にしろ」
みほ「どっちが?」
まほ「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
まほ「お前の戦車道は、他人の戦車道を否定するものなのか!?」
みほ「…」
みほ「そうだよ?」
まほ「…っ!」
みほ「戦って、勝った方が崇められて、負けた方は散る、お互いの信条を否定し合うのが戦車道だよね?」
まほ「断じて違う!」
みほ「違わないよ、だって現に」
みほ「私たちの周りで戦車道してるのってもうほとんど私たちだけじゃん」
まほ「…!」
みほ「皆、否定されたから戦車道を辞めちゃったんでしょ?」
みほ「それでなきゃおかしいよ、だってお互いを讃え合うのが戦車道だって言うのなら」
みほ「皆っ!!!私を一人にしないはずでしょっ!!!!!」
まほ「…」
みほ「だから、みんなみんな茶番なんだ」ニコッ
みほ「本物の戦車道は、私。ほかの有象無象は全部ぜーんぶ茶番であり芝居であり、娯楽」
みほ「ね?簡単な話でしょ」
みほ「青春っていう茶番も、廃校を免れたとかいう安い奇跡も、全部ただのご都合主義」
みほ「お姉ちゃんは、そんなことないと思ってたのにね」
まほ「…みほ…」
みほ「いいよ、悲しそうな顔なんてしないで」
みほ「早く行ってあげなよ、彼に」
みほ「そうして、上手くいって幸せになったら、もう二度と戦車道をしないでね」
みほ「…」
まほ「…みほ…みほ…!」
みほ「…お姉ちゃんの…嘘つき」
まほ「みほっ!!!!」
ーーーーーーーー
まほ「…」
「…どうしたの?浮かない顔をしてるけど」
まほ「…あぁ、何でもない」
まほ「ちょっと、考え事をしてただけだ」
「…」
まほ「…」
「…」
まほ「…なぁ、そう言えば式は一体…」
「…妹さんのこと?」
まほ「…っ!」
まほ「…」
「…やっぱり…心配なんだ」
まほ「…」
まほ「…」
まほ「…何故、わかってくれない…?」
まほ「何故、分かってやれない!?」
まほ「たった1人の姉妹であるのに!どうしてこんな事になる!?」
まほ「…私は、無力だ…何一つできやしない…戦車道が…なんだ…!」
まほ「大切な妹1人分かってやれない戦車道が一体何の…!!!」
「…そこまで、大切に思ってるなら、後はもう、決まってるでしょ」
まほ「…!」
「いつか君が言ってくれたよね、真っ向から本気でぶつかるのが私の戦車道だって」
「…君は、いつだって君で居ていいんだよ、君の戦車道を、僕は絶対否定しないから」
まほ「…でも…!」
「ぶつかってきなよ、君の戦車道で」
「その為に、僕はどんな協力も惜しまないから」
まほ「…分かって、くれるかな…」
「…分かってくれるよ、だって、君は彼女の妹じゃない」
ーーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
優花里「…」
まほ「…」
優花里「あ」
まほ「あ」
優花里「まるで憑き物が落ちたような顔をしてるであります」
まほ「こっちのセリフだ」
優花里「…」
まほ「…」
優花里「結局、根底のところでは同じだったというわけでありますか」
まほ「…ふふ、だな」
優花里「あれ?笑うんですね、まほ殿は笑ったら死ぬ生き物だと思っていました」
まほ「ほざけ爆発頭め…だがまぁ…考えてる事は同じらしいな」
優花里「…ええ」
まほ「私たちで、西住流派生派を、叩き潰そう」
優花里「意義なし!であります!」
杏「よしその案!乗ったー!!!」
桃「ちょ!会長!?」
柚子「隠れて眺めるっていう計画が台無しだよー」
まほ「…お前達は確か…」
優花里「生徒会長殿、小山殿、桃ちゃん先輩殿であります」
桃「桃ちゃんと呼ぶな桃ちゃんと!」
まほ「…お気楽な友人というわけだな」
杏「さーどうだか?お気楽かどうかはガチった私を見てから評価してもらおうかな」
柚子「誰も見てないところで頑張るのが会長なんですよー」
桃「そうだそうだ!」
まほ「…」ジロッ
桃「ひょえっ」
杏「さー、そんじゃ誰も見てないところで頑張る私の成果でもお披露目しようかな」バサッ
まほ「…!」
優花里「…それは…!」
杏「社会人戦車道連盟認可の公式試合の日取りを決めてきた、相手は言わなくてもいいよね」
杏「さて、今や最強と呼ばれるに相応しいチームを相手取るのは、協調も協力も対して無い急増チーム」
杏「いやー、ピンチだねー、窮地だねー」
杏「どーするー?諦めるー?」
まほ「愚問だな」
優花里「逆境は慣れっこでありますよ」
杏「でもこれだけじゃ勝利どころか勝負にもならない、そんなことは分かってるよね?」
まほ「だな、西住家の戦車を集めても、扱える奴がいなければ話にならない」
優花里「ってこれフラッグ戦ですか…いやまぁ殲滅戦でも厳しいでありますけど…」
杏「じゃあお披露目その2、かき集めてきたよ」ピラッ
優花里「…なんでありますかこの写真…ダー殿、カチューシャ殿…ケイ殿にアンチョビ殿まで」
杏「ふふん、私の人脈があったから出来たことかな、これでこの急造チームは2度目だね、いやー、何とかなるかも?」
優花里「…」
杏「はい、そこの浮かない顔をした君」
優花里「…いや…懐かしいと思っていただけでありますよ」
優花里「…」
杏「陰を落とすキミにお披露目その3」
優花里「…」
優花里「…あ」
優花里「…あ…!」
麻子「…眠い」
沙織「うんうん、ちょっと待っててねー、大切な友人に会ってくるから」
華「ふふ、相変わらずですね、皆さん」
優花里「…皆さん…」
まほ(私の時は来なかったのに)
杏「…さ、お膳立てはしといたよ」
杏「負けても勝っても、泣き言はナシだ」
杏「…君たちのチーム名は、どうする?」
杏「…って、聞く必要も無いか」
優花里「まほ殿を加えたあんこうチームの再結成であります!」
「「「「おー!!!」」」」
みほ「…」
みほ「…」クシャッ
みほ「…皆して、楽しそうだな」
みほ「懐かしいな、皆とやる戦車道」
みほ「…けどね、私はあなた達とは違うの」
みほ「私は、あなた達の敵だし、もはや友達ですらない」
みほ「…」
みほ「…戦車道を止めたら、私たちの絆はおしまい、だからこれが…」
みほ「あなたたちを叩き潰す、最後のチャンスって事だよね…!」
みほ「準備はいい?」
「はい」
「勿論です」
「…配置をどうしましょう、ここは一旦」
みほ「そんなのはいいの、折角だから遊んでおいで」
「…!?」
みほ「遊びで本気を叩き潰す、それが一番堪えると思うから」
みほ「…各々、各個撃破、いいね?」
みほ「Panzer vor…!」
「「「Panzer vor!!!!」」」
みほ「戦車道を止めた彼女達に、とくと思い知らせよう」
みほ「1人でここまで来た、私の強さを」
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