恵美「あの人と、結婚した。」 (101)

「俺と、結婚を前提に付き合って下さい」



今から数ヶ月前、アタシがアイドルを引退してしばらく経ったある日。突然プロデューサーに呼び出されてそう言われた。

その時のアタシはすっごくびっくりして、それと同時にすっごく嬉しかった。それこそ、思わず二つ返事でOKしちゃいそうになるくらいね。

けど、アタシはその告白を断った。だって、アタシなんかじゃプロデューサーと釣り合わない。幸せに出来ない。相応しくない。そう思ったから。だから、ありったけの力を振り絞って断った。

遠くで見てるだけで…たまに会って話せるだけで、アタシは十分幸せだったからね。贅沢言えないよ。

だけどプロデューサーはしつこくて、諦めなかった。…いや、諦めないでくれた。恋愛耐性のないアタシが大好きな人の猛アタックに耐えられる筈もなく…琴葉とエレナの協力もあって、アタシはオトされちゃった。



そして、それから。

アタシとプロデューサー…Pは一緒になった。


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それからの毎日はまるで、それまでの人生が白黒の世界だったかの様にキラキラ輝き始めた。どんな時も、何をするにも彼と一緒。それだけなのに、世界が違って見えたの。

アタシが悲しい時は彼が慰めてくれて、彼が辛い時はアタシが慰めてあげる。アタシに良い事があれば彼に伝えて二人で喜んで、彼に良い事があれば教えて貰ってアタシも喜ぶ。



好きな人とアタシの気持ちが、通じ合ってる。  


その一つ一つが、言葉では言い表せないくらい幸せな事で。こんな毎日がずっと続くと思うと、幸せ過ぎて泣きそうになっちゃう。

実際、ちょいちょい泣いちゃってたしね。だって仕方ないじゃん?それくらい幸せな事だったんだもん。にゃはは。




…でも、今は違う。全っ然幸せなんかじゃない。多分、今が人生で一番辛いよ。誰か助けて…


泣いて泣いて泣きはらして、何回も強く擦り過ぎて目が痛い。あんまり眠れてないせいか、体が重い。なんにもやる気にならない。胃に重い物を無理やり詰め込まれたような気分。これ、考えうる限り最悪な状態ってやつ?


アタシ、もうこんな毎日耐えられない。もうやだよ…

数日前の話。


ガチャン、と玄関の扉を開ける音が聞こえた。

アタシはそれを聞くやいなや、エプロンを着けたままパタパタと玄関へと飛んでいく。なんたって、待ちに待った愛する旦那様のお帰りだもん♪そうしちゃっても仕方ないじゃん?

「お帰り~!今日もお仕事お疲れ様ぁ~♪」

「…あぁ、ただいま」

ん…?なんだかPの様子がおかしい。元気が無いみたい。お仕事で何か嫌な事とか、辛い事があったのかな…?Pが帰って来てからずっとブンブンだったアタシの心のしっぽがしゅんと下がる。けど、しょげちゃった夫を慰めるのも妻の役目だよね!妻の!

「ねぇP、どしたの?なんかあった?アタシでよかったら話聞くよ?」

「実は…」

「しゅ、出張…?」

受け入れがたい事実を聞かされたアタシは、Pからカバンを受け取ろうとした手を伸ばしかけた姿勢のままフリーズしてしまった。

「それって、どれくらいの期間なの…?」

正直聞くのは怖かったけど、それでも聞かずにはいられなかった。

「…短期だ。二週間」

「にしゅっ…!?」

二週間…!?全然短期じゃないよ、ありえない!だってアタシ達新婚さんだよ!?昔と違って事務所で会えない分どれだけイチャイチャしてもし足りないくらいなのに、二週間もお預けって事!?そんなのって…

「恵美…済まないが俺が帰ってくるまで、待っててくれるか?」

「…っ」

今にも漏れそうな本音を必死に抑える。

「…うん、待ってる!一人は寂しいけど、二週間なんてあっという間だし!それにお仕事だもん、しょうがないよね!だいじょぶだいじょぶ、行っといで!」

うそ。大丈夫な訳ない。行かないで、どうしても行くならアタシも連れてってって言いたい。縋り付きたい。

でも、出来る訳ない。そんな事したって、ただ意味もなく彼を困らせちゃうだけだから。今にも涙が零れそうになる。Pの顔を見ちゃったら、多分もう無理。

申し訳なさそうな態度のPに背を向けて気合で気持ちを抑え込み、振り向くと努めて明るく言葉を返した。気持ちを隠す演技をするのがこんなにも難しいと感じたのは、この時が初めてだった。

「…恵美、その」

「もぉ、ゴハン冷めちゃうよ?ほらほら、早く食べちゃってー。片付かないからさっ」

「…っ。…あぁ」

何か言いたそうにしてたのは明らかだった。多分アタシの行かないでって気持ち、バレちゃってるんだね。けど結局、Pは何も言わずにアタシの横を通り過ぎた。

それは、アタシの強がりを指摘した所で何も解決しないから。これはアタシとPにはどうしようもない事。そう思うと、アタシの気持ちは一層落ち込んだ。

それから数日後の早朝。


「忘れ物はない?大丈夫?」

「あぁ、何回も確認した。大丈夫だ」

「…そっか」

「うん…行ってきます。それじゃ」

Pが玄関の扉に手をかけた時、アタシは慌ててPの袖をきゅっと掴んで引き止めた。

「ま、待って待って、そこまで見送るよ!奥さんだもん、当たり前でしょ?いつもやってる事じゃん、忘れちゃったの?」

少し怒ったような口調でアタシが詰ると、Pは複雑そうな表情でしばらく黙り込み、やがて口を開いた。

「…そうだな。じゃ、行こうか」

「…うん、行こっ♪」

両手でPの腕に抱き着く。

アタシ、ちゃんと笑顔できてるよね?

どちらからともなく、見送りの時に通るいつもの道をいつもより遠くまで、いつもよりゆっくり歩く。すぐそこまで迫ってきてるその瞬間を、少しでも遠ざけるかのように。

けど、やっぱり現実を見なくちゃいけなくて。

「もうこの辺でいいよ。ありがとう」

落ち着いた調子で言い、Pはアタシの手を離した。

「えっ?…あ、うん。そだね!じゃっ、行ってらっしゃい!」

あー…ついにこの時がきちゃったか。

「恵美」

「うん?…んっ」

突然ぐいっと腕を引かれて、壊れ物を扱うかのようにふわりと抱かれる。戸惑うアタシの顎をくいっと上に向かせ、唇に軽くキスを落とした。それでも十分、想いは伝わってくる。アタシはとっさにそれに応え、必死に想いを返す。早朝とはいえ、そこが普段は人通りの多い道だという事もすっかり忘れて。

予期せぬ不意打ちにクラクラしつつ、離れてくPの唇を追いかけそうになるのを必死に我慢する。これを耐えるのは中々大変だった。だって、キスが終わればPは遠くに行っちゃうから。

「すぐ帰ってくるから、良い子にお留守番してるんだぞ?」

Pが今起こった事を誤魔化すかのようにニヤニヤしながら、アタシの頭を撫でてからかうような口調で言った。…あ。湿っぽくならないように、元気づけようとしてくれてるのかな?よぉし、それなら。

「もー、子供扱いしないでよねっ!アタシもうオトナなんだから!お酒だって飲めるもんね!ばーかばーか!」

アタシも怒ったフリをして、それに応じる。

「ははっ、まぁまぁ」

「ふんだ、いじわるなPなんか知らない。さっさと行っちゃえば」

う、なんか引っ込みつかなくなってきちゃった…と内心焦るアタシの心を見透かしたのか、ぷいっと顔を逸らしたアタシを両腕で後ろから捕まえたPは、

「うん、行ってくるな。…恵美、愛してるよ」

「…ふぇっ?」

そう愛おしげに耳元で囁いた。耳まで真っ赤になるのを感じる。頭が甘く痺れ、喉の奥がきゅんきゅんする。

「ま、毎日電話するから!ちゃんと出てくれよ?」

「…えっ?あ、うん!出る!絶対出る!」

「ん。じゃ」

と短く言い残したPは自分で言ったくせに今頃照れたのか、アタシを残して足早に駅の方へと歩いて行った。

「あっ…」

まさかの二重不意打ち。アタシは頭がぽーっとなって、Pが見えなくなるまでその場に立ち尽くしてしまっていた。朝はまだ肌寒い季節なのに、頭も体もアツくて仕方ない。

何それ、ズルい!Pが突然あんな事言うからびっくりしてきゅんきゅんして、まともに返事できなかったじゃん!Pのばかぁ!この気持ちをどこにぶつければいいのー!?

…でも、やっぱアタシってチョロいな。

「えっへへぇ…♪」

パジャマの上に羽織ったコートで口元を覆いにやけ顔を隠しながら、軽く悶える。愛してるって言って貰っちゃった…♪これでしばらくはP成分は尽きないかな!そーだ、あの二人に自慢しちゃお!


…なーんて思っちゃってたあの時のアタシは、完っ全にのーてんきでお気楽な大バカとしか言いようがない。アタシは自分がどれだけ寂しがり屋で甘えんぼで泣き虫で、Pがアタシにとってどれだけ大きな存在だったのかを分かってなかったんだ。

愛の言葉を貰った時の幸せなお熱が冷めたのは、意外とすぐの事だった。帰宅してからの誰も居ない空間の静けさが逆に、うるさいくらいに現実を思い出させてくれたから。


どこを見るともなく食器を洗いながら、ぼんやりと明日からの事を考える。かといって考えが纏まる訳もなく。テレビはただ適当につけっぱなしにしてるだけだから、内容は全く入ってこない。いつもならそんな事しないけど、今はちょっと…ね。…注意してくれる人もしばらく居ないし。


…あ、そっか。アタシ、これから二週間もPに会えないんだ。


「…っ!」

…い、いけないいけない!まだ1日目が始まったばっかなのにこんなんでどーするの!?待ってるって言ったのに、これじゃPに笑われちゃうよ!ネガっちゃうの禁止!

皿を洗い終えたアタシはささっと手を拭き、ほっぺたをぱしぱしと叩いて気合を入れた。よく考えたら毎日夜には電話出来るんだし、大丈夫だよ!よし、残りの家事もちゃっちゃと終わらせちゃお!

今日はここまで。
それでは、おやすみなさい。

その日の夜。

ぐでーっとだらしない格好でぼんやりとテレビを見ていると、ふいにアタシのスマホに着信音が鳴った。この着信音は…!それを聞いた途端、水底に沈みかけていたアタシの心が浮き上がる。急いで通話マークをタップする。

「あ、もしもし。恵美か?」

「うん!もうお仕事は終わったの?」

「あぁ、今はホテルにいるよ」

「そうなんだ、お疲れ様!ねぇねぇ、ホテルってどんなとこ?部屋が狭かったりベッド硬かったりしない?」

「あはは、ないない。ウチは765プロだし、あの社長だぞ?凄く良い所だよ。部屋は広々!ベッドはふかふか!ご飯も美味しい!雰囲気も良い感じでさ。これで文句言ってたらバチが当たるよ」

むー…良いホテルって聞いて安心したけど、Pがあんまり褒めるもんだから内心ちょっと拗ねる。そんなにそのホテルがいいですか、そーですか。

「…ふーん。良かったじゃん」

表に出すつもりは無かったのに、思わず少しトゲのある言い方をしてしまう。けどPは電話越しなせいかそれに気付かず、

「ほんと良かったよ。ま、ウチの方がずっと良いけどな!恵美居るし」

瞬時にアタシのトゲを抜いた。お陰でアタシの心はまんまるのつるっつる。…おまけにふにゃふにゃ。

「………ふーん」

…危ない危ない、電話越しで良かったぁ。もう、油断も隙も無いんだからっ。

「そういえば恵美、もうご飯は食べたか?」

「あ…まだ」

「えー、遅くないか?太っちゃうぞ」

「ゴメンゴメン。なんか作る気になれなくてさ」

これは嘘でも何でもない。お昼も昨日の残りで済ませちゃったし。

「…?まぁいいや。それでさ───」

さっきまでの時間はのろのろ過ぎていったのに、電話し始めてからの一時間はあっという間だった。あーあ、逆だったらいいのにな。

「じゃ、また明日な。おやすみ」

「ん。おやすみなさい」

「……………」

「……………」

Pは一向に電話を切らない。

「…切れよっ」

「…そっちこそ。早く切ってよ」

「俺は嫌だ。お前が切れ」

「や!アタシから切るなんてあり得ないし」

「…」

「…」

「…ふふっ」

「にゃはっ♪」

傍から見るとバカップルみたいに見えるだろうけど。こういうの、なんかいいな。

「じゃ、せーので切ろ?」

「あいよ。…裏切るなよ?」

「裏切らないって。せーのっ…」

ガチャ。ツーツーツー。

「…はぁ」

電話が切られると同時に、アタシは二人の世界から自宅へと引き戻された。


「…よし」

…晩ご飯作るか。

「…うーん」

手首を使いフライパンをしゃかしゃか動かすが、何かおかしい。全然気分が乗らない。料理ってこんなに楽しくなかったっけ?確かアタシ、料理するのが楽しくて仕方なかった筈だけど…

「…あ」

アタシがその理由に気付くのは、そんなに難しい事じゃなかった。


「…Pが食べてくれないから、だよね」

普段なら、たまにPにじゃれつかれ、アタシが鬱陶しそうに(本当は嬉しいけど)しながら料理を作る。

普段なら、Pと一緒にテーブルに着いて、他愛のないお喋りをする。

普段なら、アタシの料理を食べたPが「これめっちゃ美味しい!また今度作ってくれよ!」なんて事を笑顔で言ってくれて、アタシが照れながら「んもぉ、仕方ないなぁ」と言葉を返す。

普段なら、Pがぺろりと完食してくれて、アタシは鼻歌を歌いながら満足気にお皿を洗う。



けど今は普段じゃないから、そんな嬉しい事は何一つない。自分で作って、一人で食べて、一人でお皿を洗う。

たったそれだけ。

「っう、うっく…」

さっき満タンになったばっかりなのに、もうエネルギー切れ。Pと電話して補充したエネルギーが目から漏れ出たのか、視界が滲む。けど、一度零れてしまったらもう止まらない。がまんがまん…

「…あ」

そんな事を考えていると、いつもの癖でつい二人分作っちゃった。二人分と言ってもPはアタシの倍食べるから、アタシにとっては三人分。アタシだけじゃとても食べられない。


「…はぁ」


アタシ、Pが居ないとダメダメだなぁ…



その日の晩ご飯は、びっくりするほど美味しくなかった。

何か大事な物、入れ忘れたのかなぁ。

良い子はとっくに寝てる時間。アタシの目はバッチリ冴えてる。いつもとは違うダブルベッドの広さと部屋の静けさが、アタシを悪い子にした。

「…寒い」

こんなお布団じゃ、今のアタシを温めるには何の効果もない。体温を逃さない為の物としては十分だけど、温もりが足りない。

あの人とくっつかずに一人で寝るなんて、いつぶりだろ。

無理やり寝ようとするのを諦めて、アタシは真っ暗な天井を見上げた。そして何かに縋るように、助けを求めるように、アタシは虚空に手を伸ばす。その手を掴む者は、ここには居ない。

手の届かない所に行っちゃったから。



ねぇP、アタシ泣かなかったよ。何度も泣きそうになったけど、涙は零さなかった。偉いでしょ?

だから、褒めてよ。恵美、偉いぞーって。Pと一緒にアイドルやってた時みたいにさ。あなたの大きな温かい手で、優しく撫でてよ。


あなたの体温を感じたいよ。あなたに触れたい。触ってほしい。

「うっ…うっ…ふぅ…っ」

アタシは自分の体を抱くようにして、声を押し殺して泣いた。

あぁ、だめ。こんなんじゃ褒めて貰えないよ。せっかく今日一日頑張ったのに。

やっぱりアタシは弱い。体は大人になったけど、心はあの時のままなんだ。

思えば昔から、アタシが辛い時はいつもあなたが助けに来てくれたもんね。いつの間にかそれに甘えて、頼りきりになっちゃったのかな。アタシってば今も昔も、あなたが居ないとダメみたい。



ねぇ、寂しいよ。早く帰って来て。


今日はここまで。
それでは、おやすみなさい。

「…んぁ」

いつもの時間に目を覚ましたが、あまり眠れていないせいか瞼が重い。それでも無意識に彼を揺り起こそうと、もぞもぞと右手が布団を探る。

「Pおはよ、起き………あっ」


そうだった。P、居ないんだ。


アタシのバカ。


「………うっ…う…うぇぇん…」

早く慣れないと…ダメだよね…

「はむ…」

ゆっくりとした動作で箸を口に運ぶ。朝ご飯は、ご飯にかけてお湯を注ぐタイプのお茶漬けだけ。食欲ないし、そもそも料理なんてする意味ないし。

洗い物はお茶碗とお箸とコップだけ。あっという間に洗い終えると、お次は洗濯物干し。


これもアタシの分だけだからすぐに終わっちゃった。アタシとPの洗濯物が並んでて一緒にはためいてるのを見るの、そういえば結構好きだったな。

「…よしっと」


お洗濯も終わったし…アルバムでも見よっかな。時間も潰せるし、前見た時はPと二人だったから流し読みだったしね。



…まさかこの選択を後悔する事になるなんて、この時のアタシは知るハズもなかった。

一番古いのは…これかな?アイドル卒業祝いに、アタシのアイドル時代の写真を小鳥が何冊かに分けてまとめてくれてプレゼントしてくれた、アタシの大事な宝物。アタシはその中の一つ、背表紙に金文字のローマ数字で「Ⅰ」と書かれたものを手に取り、軽く埃を払ってからページをめくり始めた。


アタシとPが歩いた軌跡を辿っていくうちに、アタシはある事に気付いた。や、やだ…アタシ無意識にPの事、目で追っちゃってるじゃん…!

それにPと話してる時の顔、めっちゃデレデレだし…!皆から好意バレバレだよって言われてたけど、そういう事だったんだ…。うわぁ、超ハズい…。

つ、つぎつぎっ!アタシはなるべく自分のだらしない顔の写真は見ずに、急いでページをめくった。

数時間後。アルバムの金文字が「Ⅴ」になった頃。


「ふぁ…はふ」

…眠いなぁ。




その日「Ⅴ」のアルバムは、棚に戻される事はなかった。

「ん…」

朝…?じゃない。外が暗い…夜か。


夜…ん、夜?


「…夜っ!?」

まさか、お昼寝しちゃってた…!?アタシは背中が痛むのも構わず跳ね起きて、急いでスマホを手に取る。

着信歴には初めて見たくないと思った、「P」の文字がいくつも。何度も電話をかけてきた形跡があった。

「あっ…あ…ああっ…!」

やってしまった。  

コールしてる間、彼はどんな気持ちだっただろうか。

もし…もし愛想尽かされちゃってたらどうしよう…?

「ごめん…ごめんね…」

視界が滲む。思わずかけ直しそうになるのをぐっとこらえる。こんな時間だし、迷惑だよね。明日かけてきてくれるまで待たなきゃ。




だけど次の日も、その次の日も、Pから電話がかかってくることはなかった。

そして、今に至る。


あれからもう、どれだけ泣いただろうか。


泣いて泣いて泣きはらして、何回も強く擦り過ぎて目が痛い。あんまり眠れてないせいか、体が重い。なんにもやる気にならない。胃に重い物を無理やり詰め込まれたような気分。こら、考えうる限り最悪な状態ってやつ?


アタシ、もうこんな毎日耐えられない。もうやだよ…

P…何でかけてきてくれないの…?

愛想尽かされちゃったのかなぁ…?


それとも…

出張先でPの身に何かあったのかなぁ…?

「いや…怖いよ…!」

そんなのやだ…!だめ…そんな事考えちゃだめ…

「あうぅっ…えぐっ…P…こわいよぉ…はやくかえってきてよぉっ…うっ…う…」

アタシの心に色んな負の感情が絡みついてきてほどけない。

情けなくて、悔しくて、寂しくて、切なくて、悲しくて、怖くて、涙が止まらない。



ねぇ、P。一つだけお願いがあるの。

お土産なんて要らない。他に何も要らない。また好きになってくれるように努力するから、愛想尽かされちゃってても構わない。贅沢言わないから、お願いだから…




どうか無事に帰って来て。それだけでいいの。

少し早いですが、今日はここまで。
それでは、おやすみなさい

訂正
>>33

× こら、考えうる限り最悪な状態ってやつ?

○ これ、考えうる限り最悪な状態ってやつ?

失礼致しました。

夕方。


ピンポーン!


パジャマのままテーブルに顔を伏せ塞ぎ込んでいると、ふいに玄関のチャイムが鳴った。それを聞いたアタシは反射的に体を起こした。

「……うぅ」

けどアタシは、とても出る気にはなれなかった。…居留守しちゃおうかな、と思いかけていたその時、

「メグミー!居ないノー!?」

「もうエレナ、近所迷惑でしょう」

…エレナ?もう一人は…琴葉?

アタシは急いで身なりを整え、玄関へと走った。

ゆっくりと鍵を回し扉を開けると、そこには方や眩しいほどの笑顔、方や心配と呆れが入り混じった顔をした二人の親友がいた。

「メグミー!会えて嬉しいヨ!一人で寂しくなかった?」

「恵美、久し振り。元気…は無いみたいね。この様子だと、私達からのメッセージも読んでないみたい」

「んー、まぁ仕方ないヨー。だってメグわぷっ!?…もぉ、メグミー」

「………エレナぁ…琴葉ぁっ…!うわぁあぁぁん…!」

「もう…よしよし」

その時のアタシには、二人がヒーローに見えた。

二人はまだ765プロでアイドルを続けているので、もちろんPが出張に行ってる事は知ってる。大方アタシの事を心配して、二人で予定を調整して会いに来てくれたんだろうな。アタシは申し訳ないと思うと共に、情けない自分に恥じ入った。


取り敢えずお茶を二人に出して、三人でテーブルに着く。アタシはしばらく黙り込んでたけど、琴葉に促されてぽつりぽつりと今日までの事を話し始めた。


「そっか、そんな事があったんだネ…」

「…」

アタシが話している間、エレナは相槌を打ったりして反応を返してくれていたが、琴葉は何かを考えているような表情で黙ったままだった。


「恵美」

「…!な、なに?」

アタシが全て話し終えると、やがて琴葉は幼い子を叱る母親のような口調で、優しく、しかし力強くアタシに話しかけた。エレナはさっきまでとはうって変わって、今は黙って琴葉を見つめて、琴葉の言葉を待っていた。


「それじゃだめだよ」

「えっ…?」

「恵美、プロデューサーの奥さんなんだよね?」

琴葉が何を言いたいのか、何を言うべきなのか解らず、アタシはただ頷く。

「だったら、信じて待ってあげないとだめ」

「…!」

琴葉はそう言うと、アタシの手を握った。琴葉の言葉にハッとしたアタシは俯いていた顔を上げ、琴葉の顔を見つめた。そこには、アタシを包みこ込むような琴葉の温かい笑顔があった。

「大丈夫よ。プロデューサーに何かあったならすぐに妻の恵美に連絡が行ってる筈だし、あの超が付くほどの愛妻家が一回電話に出なかったくらいで愛想を尽かす訳ないじゃない」

…確かに、少し考えれば分かる事だった。アタシ、全然周りが見えてなかったみたい。それを聞いていくらか心に立ち込める暗雲が晴れたけど、青空が見えるにはまだまだだった。



「…でも、電話掛かって来ないんだぁ…」

「きっと、何か事情があるだけだよ」

「でも…」

震える声で何とか言葉を返すと、静観していたエレナが尋ねた。

「恵美からは電話したノ?」

「…うぅん。もし出なかったらって思ったら怖くてさ…」

もしアタシがかけて出なかったら完全に望みが絶たれると思って、かけられずにいた。弱音を吐くアタシに、琴葉の表情はまた真剣なものへと変わった。

「…恵美、私は結婚してないから今の恵美の気持ちは分からないけど、あなたの親友として言わせて」

アタシは何を言われるのかと少し緊張しながら、無言で頷く。

「新婚さんだし、恵美はプロデューサーの事が大好きなのはよく知ってるから、寂しいとは思う」

「けどあなたには、その気になれば会える距離に私やエレナ、そして765プロの皆がいる。他のお友達やご近所の方もね。でもプロデューサーは知り合いすら誰も居ない土地で、たった一人でお仕事してるんだよ」

「あ…っ」

琴葉の真っ直ぐな瞳に射竦められて目が逸らせないでいたアタシは、その言葉に追い打ちをかけられた。

「支えられるだけだったあの頃とは違う。恵美は今はもう、あの人を支えてあげなくちゃいけないの。その為には、恵美がもっと強くならなくちゃだめ」


「だって恵美は、あの人の帰る場所なんだから」

アタシが、Pの帰る場所。


「結婚したらその瞬間から、帰る場所は『家』から『家族』になるの。私はそう思う」


その言葉を聞いて、なぜか胸がいっぱいになった。今にもあふれちゃいそうなくらいに。

そんなアタシを見て微笑みつつ、琴葉が続けた。

「それにいつかお母さんになるかも知れないんだし、尚更しっかりしないと。ね♪」

「うぇっ!?…う、うん」

小悪魔っぽくウインクする琴葉に対し、アタシは顔を赤くしながら下を向いて小さく頷いた。エレナは雰囲気が緩んだ事に少し安心した様子で、楽しそうにクスクス笑っている。

「よし!それじゃ、電話してみよっか」

「えぇっ!?」

琴葉の突然の提案に、アタシは軽く飛び上がった。

「向こうからかけてこないんなら、こっちからかけるしかないでしょう?」

「で、でもさ…」

もしもPに何かあったら。数字にすれば、ほんの0.1%の不安。アタシにとってのそれは、あまりにも大きい数字だった。けど、

「メグミ、ワタシ達がそばにいるヨ」

エレナの柔らかな笑顔に、背中を押された。



「…うん」

一旦ここまで、続きは深夜に投下します。

「…っく…ふうぅっ…」

コールはもう十五回目。スピーカーにしてるスマホのコール音がアタシ達三人を煽り、二人も不安の色が隠せなくなってくる。アタシなんて、どんどん涙がせり上がってくる。

二人はそれを振り払うべく、それぞれアタシの片手を握ってくれた。多分、Pは大丈夫だっていう自己暗示も兼ねてるんだと思う。

そして、十八回目のコールが終わろうとした時。



『あ、恵美か!?ごめん、トイレ行ってた!それでえっと…電話してもい──』



「Pっ…」


よかった。


いつものPだ。



『えっ…!?恵美、泣いてるのか…?』

「ふぐぅ…うぁ…あぁあぁぁん…!」

困ったような焦ったようなPの声が、床に落ちたアタシのスマホからしばらく聞こえていた。

「ぇぐ…P…あの、ねっ…」

琴葉とエレナに背中を擦られながら、少しずつ言葉を絞り出していく。

『ちょっ、落ち着けって!大丈夫か!?ゆっくりでいいから話してくれ。ほら、深呼吸して』

「ひっぐ…えぅっ…うん…すうぅ…はぁっ………ねぇ、今時間大丈夫…?」

『あぁ、大丈夫だけど…』

「よかった…あのね、Pが出張に行っちゃってから二日目の夜、アタシ電話出なかったでしょ…?」

『あぁ、まぁ……そうだったな』

悲しそうなPの声を聞いて申し訳なさに胸が痛みつつ、アタシが続けた。

「…っ。でさ、あの後Pから電話かけてこなくなったじゃん…?だから、最初はPに嫌われちゃったのかなぁって、思ってね、けどだんだんPに何かあったんじゃないかって…怖くて…ぐすっ…思ったのぉ…ひっ…」

口に出す事で昨日までを思い出してまた段々悲しくなってきて、熱いものがこみ上げてくる。

『えっ!?いやいや、俺は恵美に『アタシに甘えるな!』って言われてるものとばかり…』

「はぁ…?」

今のアタシにはPの言ってる言葉の意味がわからなくて、頭が一瞬活動停止した。ただそれだけなのに、電話越しなせいかPはアタシが怒ってると思ったらしく、言い訳をまくし立てるように早口で話し始めた。

『あっえっと…だってほら、いつも俺ばっかり恵美に甘えてばかりだろ?恵美からはあんまり甘えて来てくれないし、好きとか愛してるとかもあんまり言わないし!』

…そういえば、言ってない。Pに「好き」って言われても、アタシは「にゃはは、ありがと♪」って返してただけ。アタシがPの事が大好きなんてそんな当たり前の事、言わなくても伝わってるって思ってたから。だって、こんなにPの事が好きなんだよ?

それに、思い返してみたら…あんまりアタシから甘えたりしてる記憶はない。けど、それは…


『今回だって俺から毎日電話してくれるように頼んだけど、二日目恵美が電話に出ない理由を冷静になってから考えてみて…恵美からすれば迷惑だったのかなぁって…』

「な…何で!?何でそう思ったの!?」

迷惑!?そんな訳ない!「頼まれた」覚えなんてないし、毎日電話しようって言ってくれて嬉しかったよ!?一日目からPが電話かけてきてくれるのが凄く楽しみだったし、それをPが居ない間の心の支えにしようと思ってたのに…なんでそんな事も分かんないの…!?


『…俺が出張に行くって恵美に言った時、恵美は全然余裕そうで、気にしてなかったから。正直、ちょっとだけショックだった』


…えっ?

あれ…あの態度って、そういう事だったの…?

あの表情…Pは、引き止めて欲しかったの…?

 

P、アタシの事全然分かってないじゃん。

………アタシもPの事、全然分かってないじゃん。

これ以上気分が落ち込む筈がない。この時アタシはそう思っていた。

 

『………で、あの後不安になって『夫 出張中』とかで検索してみたら、その…居ない方が楽だ、とか…俺にとってネガティブな事ばっかり色々書いてあったし、恵美ももしかしたらそうなのかなって。恵美は優しいから我慢してくれるんだろうけど、負担になるくらいだったら寂しさくらい我慢しなきゃと思ってな。俺が甘えてばっかりじゃ、やっぱ夫婦としてダメだから』

……………………っ!!

アタシは色んな気持ちがはち切れそうで、声すら出せなかった。Pの声が聞けた事への安堵、超絶大バカなPへの怒り、そして分かってくれない悲しみ、そして相手を分かってないのはアタシも同じなのに、自分勝手に怒るわがままな自分への激しい嫌悪感。どの感情で涙を流してるのか、自分でも分からなかった。それほどその一つ一つが大きい物だったから。


ただ一つ言えるのは、Pの言う事は何もかも間違ってるって事。

そんなアタシの沈黙をPはどう受け取ったのか最初の勢いはなくなり、声も弱々しくなっていった。

『…自分でも女々しいって事は分かってるよ。恵美がもしかして俺の事を友達、良くて親友くらいにしか思ってないのかな、っていうのは薄々思ってたし…」


…は?


「俺ばっかり恵美の事を好きなのはちょっと寂しいけど、一緒に居てくれるんなら俺は恵美の優しさに漬け込んでも構わないとすら思ってた』


待って、ちょっと待ってよ。何言ってんの?


『あの時は恵美の事がどうしても諦められなくて何回も押して付き合って貰ったけど…まぁ友達として好いてくれてるってのは当然知ってたから、いつか本当に好きになって貰えればいいなって──』





付き合って「貰った」?


当然…知ってた?


知ってたって?


アタシの何を知ってたっていうの?



ブチッ───。

この言葉にアタシは一瞬自分の方の非も綺麗サッパリ忘れて、完全にキレた。確かにアタシはPの鈍感な所も含めて好きになったし、結婚もした。けど今の言葉だけは、Pを心から愛する妻として許す事ができなかった。そしてドスの効いた声でゆっくりと、


「はぁ?なにそれ。知ったかぶりも大概にしてよ。バカじゃないの」


『えっ…』

生まれて初めてPに酷い悪態をついた。けど、爆発しちゃったマグマの様な感情はもう抑えられない。怒りでこんなに暑いのに、体の芯から震えが止まらない。

「ふざけないでよっっ!!!アタシがどんだけ…どんだけ…あぁもぉっ!!Pのバカ!バカぁっ!!!」

勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れた。我慢が苦手な子供みたいに喚いてばかりで、うまく言葉が出てこない。誰かに対してこんなに激しく怒ったのは初めてだったから、上手な怒り方が分からなかった。

『えっ!?あの、めぐ』

「うるっっさい!!!今はアタシの番だから黙ってて!!Pは十分長々とくだらない事ばっかり話してたでしょ!!」

『…はい』


琴葉とエレナは驚き怯えた様子だったけど、アタシは気にせずPにお説教を続けた。

「いーい!?アタシはPの事が大好きなの!友達としてなんかじゃないし!恋人として、夫婦として、一生のパートナーとして…お、男として大好き!世界で一番好き!愛してるの!!分かる!?ってゆーか逆になんで分かんないの!?それにアタシの親友は琴葉とエレナだけだし!調子のんなっ!」

『あ、うん、だよな。ごめ……はぁ!?えぇっ!!?うそっ、嘘だろ…!!?なぁ、今の』

アタシのそんな気持ちなんて全く知らなかったとばかりに驚くPに対しての怒りか、勢いで大音量での愛の告白をしてしまった事に対する照れのどっちのせいかは分からないけど、アタシは顔を真っ赤にしながら畳み掛けるように攻撃を続ける。

「なに驚いてんの!?ありえない、ほんっとサイテーだよ!!男として好きじゃないならPが帰ってきてすぐ玄関にすっ飛んでったりしないし、寒い中ニコニコしながら手を繋いで毎朝そこまで見送りに行ったりしない!何より結婚なんてする訳ないでしょ!!」

『…あの』

「ねぇ、優しいからって何!?優しいから仕方なく嫌々Pと付き合ったと思ってるの!?アタシだって女なんだからその辺は弁えてるよ!バカにしてんの!!?」


『う……あ……』

Pが掠れた声で言葉にならない言葉を呟いたが、今のアタシの耳には入らない。入れる必要もない。

「………それに…それにっ…!」

行き場を失ったマグマは、アタシを攻め苛んだ。

「アタシがこの数日間、どんな気持ちだったか…アタシがどんなにPの事が好きで、大切に思ってるか…知らないくせに…!うっ…う…んふっ…すんっ……』

大好きな彼に気持ちを知って貰えず、そんなふうに思われていた悲しみ。

Pはそんな事当然と思い込んで気持ちを伝える努力をしようとせずにずっとPに不安な思いをさせてしまっていたアタシの怠慢に対する怒り。

あまりに鈍感なPへの怒り。


それらがそれぞれ鮮明に、決して混じり融け合うことなく、アタシの中でぐるぐると渦巻いていた。


キスだって、その先だって。

通じ合えてると思ってた。けど、Pにそう思わせてたのはアタシ自身で。

やるせなかった。アタシはそれを、ただPに八つ当たりした。

最低。

こんなに自分以外の誰かになりたいと思ったのは初めてだった。


でもどんなに願っても、アタシはアタシでしかない。

…だったら。

『……………………』

沈黙の中、アタシの啜り泣く声だけが部屋に響いていた。押し黙るPは、今何を思ってるんだろう。知る為にはアタシの全てを知って貰うしかない。

そう頭で考える前に、口が勝手に動いていた。

「……………Pが居ないだけなのに、世界から太陽が無くなったみたいに目の前が真っ暗になって…心にはおっきな風穴が空いたみたいで…そこに吹いてくる風はすっごく冷たくて、寒くて凍えそうだった…」

『…っ!……』

「ずっと悲しくて、何をするにもPの事が頭を離れなくて…涙がぁ…ふっ…ぐ…止まらなくて…」


「ずっとPに…会いたかった……!」

もうだめ。なにもかも、とまらない。

これだけは、我慢しなきゃいけないのに。

とまらない。


「はやぐ…がえっでぎでよぉっ…!ひとりはやだぁ…!Pにぎゅってしてほしいの…うぅっ…あぁぁん…!」



『……………恵美っ』

とても苦しそうな声。Pの辛そうな顔が目に浮かぶ。やっぱりアタシ、夫を困らせるダメな奥さんだ。さっき琴葉に言われたばっかなのに。


「ひくっ…すんっ…うぅ…うっ…」

「メグミぃっ…」

エレナに力いっぱい抱き締められる。ほんのりとお花の香りがする。柔らかくて、あったかい。

「…恵美」

琴葉は泣きじゃくるアタシの目を親指でそっと丁寧に拭いながら、ゆっくりと首を振った。涙が拭われて視界がクリアになったお陰か、はたまたエレナに抱き締められて心が少し温まったお陰か。アタシは少しだけ冷静になれた。


一分程たって、ようやくしゃくり上げるのが止まってきた。アタシが話せるようになるまでの間、Pはただ黙って待っててくれてた。

「ひくっ…ごめんなさい、わかってる。こんな事言ったって、ただ困らせちゃうだけだよね。もう…ほんとに大丈夫だから。…あと、自分の事棚に上げて色々言っちゃって…ゴメンね」

『…………いや、俺もごめん。いつもあんなに近くに居たのに…恵美の事、なんにも分かってあげられてなかった』

「ほんとだよー?帰ったらおしおきだかんね」

アタシのバカ。雰囲気を和らげるにしたって、もっと優しい事は言えないの。

『あぁ、甘んじて受けるよ』

それでも、Pは優しい。

「…ねぇ、P」

『ん?』

今言わなかったらずっと言えない。言わなきゃ。

「………ぁ………あっ…い…」

さっきは怒りと勢いであんなにスラスラ言えたのに、冷静になると喉に詰まって全く出てこない。


「愛してる」って、こんなに難しい言葉だったんだ。


「メグミ」

「頑張って」

けど、この二人が一緒なら、アタシは何でも出来る。


「…愛してるよ。待ってるから、お仕事頑張ってね」

『…うん。俺も愛してる』

「それから…ちゃんといっぱい喧嘩しようね。アタシも言うから、何でもいいから思った事は言って?もう今みたいなのはやだよ」

『…そうだな。俺もそう思うよ』

「うん」

『……』

…この際だし、思った事は全部言っちゃおう。

「…あのさ。明日からは、アタシからかけていい?」


『どっちからでもいいさ。もう俺の片想いじゃないしな』

「……P、もしかして提案してきた時そんな事考えてたの?」

『あっ…ごめん』

「もぉ…」

全く…全然気付かなくて、自分からかける勇気も無かったアタシもアタシだけど。

『じゃあ俺も…恵美、よかったらその…明日からモーニングコールしてくれないか?』

「…えっ?な、なんで?」

あからさまにアタシの声のトーンが一段上がる。期待するような、促すようなズルい問いかけ。とくんっ、と心臓が跳ねる。

『…二日目の朝、目覚ましで起きたのがなんだか凄く寂しくてさ。あぁ、俺一人なんだなって強く感じちゃって。やっぱりいつもみたいに恵美の声で起きたい。一日の最初に聞くのは恵美の声がいいんだ。それならこっちでも頑張れる気がする』



…そっか。


Pも、アタシと同じだったんだ。



嬉しいな。



「…うん。分かった」

上がらなくていいのに、勝手に口角が上がってくる。いくら気のおけない仲の二人とはいえ、だらしないにやけ顔を晒すのだけは避けなくちゃいけない。アタシはアイドル時代に培った演技力で真顔を貼り付け、唇を真一文字に結んだ。

「メグミ、ニヤけてるヨー?」

「ふふっ♪」

…つもりだった。あーもー、超ハズい…

『…ごめん恵美、そろそろ』

「あ…うん!ゴメンゴメン、大分話し込んじゃったね。じゃ、また明日の朝かけるから」

『おぉっ、待ってるよ!…へへっ』

「もぉ、なに笑ってんのー?ちゃんと出てよね?」

『恵美に言われたくないっての』

「あ、そーゆー事言うんだ?Pはモーニングコールして欲しくないの?」

『う、うそうそ!すいませんでした』

「にゃはは、冗談だって!…アタシも朝にPの声聞きたいしさ」

『お…おうっ。じゃ、切るな。おやすみ』

照れたのかそっけない態度で通話を切ろうとするPを、急いで呼び止める。

「あ、待って待って!その…アタシから切るから」

これはアタシなりのケジメ。これからは、ちゃんと寂しさを我慢するんだ。

『分かった』

「ん。おやすみ」

スマホから耳を離し、軽く深呼吸。


ゆっくりと、震える人差し指で通話を切った。


「ふうっ…」

アタシの中で、少しだけ何かが吹っ切れた気がした。

「恵美、お疲れ様。頑張ったね」

「琴葉…うん」

アタシの誤解が解けたのは、アタシを叱ってくれて背中を押してくれた琴葉のお陰。琴葉には本当に感謝してるよ。

…それでも、会えなくて寂しいものは寂しいんだよね~。


ま、もう我慢できるけどっ!


そんなアタシの中の小さな強がりを、エレナは見逃さなかった。

「メグミっ!」

「きゃっ…!?な、何?エレナ」

エレナはアタシの両手を両手で包み込み、アタシにとってはとても信じられない事を明るく言い放った。


「大丈夫!プロデューサーがいないからって、悪いコトばっかりじゃないと思うヨ!」

「ちょっと、エレナ…!?」

琴葉が驚いた様に目を見開く。

「…どういう事?」

そんな訳ないじゃん!

思わず反射的にそう言い返しそうになるのを堪え、エレナの意図を確かめる。エレナは何も考えずにこんな事を言う子じゃないもんね。

「えっとネ、『プロデューサーが居ないから寂しい』って思っちゃうからメグミは悲しい気持ちになっちゃうんでショ?」

「…うん」

そりゃそうだよ。アタシだって考えたくないけど、事実なんだしさ。

「だから、寂しい時は違うコトして、違うコト考えてたらいいと思うナ!ね、コトハ!」

「え、えーっと…」

えっと…やっぱりそのままの意味なのかなぁ?琴葉もアタシをチラチラ見ながら困ってる。とはいえ他でもないエレナに嘘をつく訳にもいかず、取り敢えず思っている事を正直に答える。

「んー…でもアタシ、やっぱ何しててももしPが居たらなぁ、とか考えちゃうと思うなぁ」

苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうにアタシが返すと、エレナはほっぺを膨らませながらぶんぶんと掴んでいたアタシの手を上下に振った。

「もー、違うヨ!そうじゃないってばー!」

「わっ、えぇっ?」

「だーかーらー!プロデューサーが居ないなら手の込んだサプライズとかも準備しやすいでショ?だからプロデューサーが帰って来るまでに、プロデューサーが喜びそうな何かを用意したりするノ!そうすれば、そうしてる間はプロデューサーの喜ぶ顔しか考えられないよネ!」

「………!」

そんなの、考えた事もなかった。

「他にもヘアサロンに行ってイメチェンして惚れ直して貰おうとか、帰って来たその日のご飯はプロデューサーの大好物を作ってあげようとか、プロデューサーの向こうでのお土産話聞くの楽しみだなーとか、その後ラブラブしたいなーとか!楽しみな『未来』は、他にもイーッパイだヨ!」

アタシの両肩にぽんと両手を置いたエレナの顔は、普段のぱあっとした弾ける笑顔ではなく、



「…メグミ。『一人で居る今』じゃなくて、『二人で居る未来』を考えた方がずっと幸せでショ?」



「あ…」

まるで女神様の様な、慈愛に満ちた微笑みだった。


やっぱり、エレナは凄い。

「ふふっ、そうね」

琴葉が口に手を当てて、クスクスと悪戯っぽく笑った。



もう、アタシの心は晴れやかだった。


あぁ、この子達は。

なんて素敵な子達なんだろう。


強くて優しくてしっかり者で、アタシが間違った時は正しい方へ導いてくれる琴葉。
 
明るくて温かくて笑顔が素敵で、アタシの暗い考えなんて簡単に吹っ飛ばしちゃうエレナ。


二人共アタシの親友で、憧れ。


「けど、恵美は今も一人ぼっちじゃないよ。ね、エレナ」

「うん!」


あぁもうっ…


二人とも大好き!


「琴葉、エレナっ」

「きゃっ」

「わっ…どうしたノ?メグミ」

アタシは二人の肩を抱き、思いっきり抱き締めた。

「アタシ、二人がアタシの親友でよかったって心から思うよ。また迷惑かけちゃうと思うけど、これからもよろしくね?」

「ふふっ。はい、こちらこそ」

「エヘへ、ワタシもだヨー!メグミもコトハも大好きっ!」


当たり前になっちゃってて忘れかけてたけど、




アタシってほんと、幸せ者だね。


今日はここまで。
それでは、おやすみなさい。

訂正
>>49
× そして分かってくれない悲しみ、そして相手を分かってないのはアタシも同じなのに、

○ 分かってくれない悲しみ、そして相手を分かってないのはアタシも同じなのに、
 
失礼致しました。

「それにしてもビックリしちゃったヨー。ワタシ、メグミがあんなに怒ってるとこ見たの初めて!チョット怖かったナー」

エレナがテレビを付けて適当にチャンネルを変えながら、なぜか言ってる事とは逆に嬉しそうな顔をして、足をパタパタさせながら言った。ソファには琴葉、アタシ、エレナの順に座っている。

「う…ご、ごめんね?アタシもあんなに怒ったの初めてで、止められなくてさ」

思い返せば、今日は二人にアタシの恥ずかしい所とかカッコ悪い所しか見せてない。アタシが気まずそうに謝ると、エレナは何でもないというふうに手を振った。

「んーん、気にしてないヨー。でも、初めて本気で怒った理由がメグミらしいなーって!」

「うふふっ、確かに。私の時もそうだけど、恵美は絶対に自分の事じゃ怒らないものね。珍しい物が見られたなぁ」

ぶんぶんと拳を振るアタシを宥めながら、琴葉がクスクス笑った。

「うくっ…もー、忘れてよぉ!」


「にしても、二人とも大人になったよねー。その点アタシなんかさー」

アタシが愚痴とも言えない愚痴を零すと、エレナがアタシの肩に頭を乗せてきながら軽い口調で言った。

「そんな事ないヨー。ワタシ達はメグミの親友としてはベテランだけど、メグミはお嫁さん一年生でショ?そーゆー事だから、気にしない気にしなーい!」

琴葉がアタシの目を見つめて、エレナに同意する。

「そうそう。それに、私達だって恵美に何度も救われてるんだから。お互い様だよ」

「へぇっ?そんな事あったっけ…?」

真面目でしっかり者の琴葉に助けられた事は何回もあるけど、助けた事は多分そんなにない…と思う。呆けた顔でキョトンとするアタシを見て呆れたように笑いながら、琴葉があたしにとって望ましくない話題へと話を切り替えた。

「あったの!もう、それはいいから。っていうか恵美、プロデューサーに甘えてなかったの?…やっぱりその、あと一息って所でヘタれちゃったとか?」

「あ、それワタシも気になってた!どーなのメグミ?」

うぅ、恥ずかしい…てゆか琴葉、やっぱりってどういう事!?

アタシは琴葉に軽く憤慨し口を尖らせつつ、どうせ二人にしか聞こえてないのに小声で話す。

「そりゃ確かにあんまりアタシからは甘えたりしなかったけど、それはたまたまいっつもアタシのイチャイチャしたいタイミングでPから来てくれてたからだよ?」

恥ずかしくて二人の目から逃げながら、アタシが続ける。

「会いたいなって思った時はPが会いに来てくれたし、手を繋ぎたいなって思った時はPが握ってくれたし、キスしたいなって時は大体Pがキスしようって言って来てたからさ。それでアタシが満足しちゃって、甘えに行く必要がなかったんだと思う」

あれ?考えてみるとこれ、以心伝心的なやつ?
えへへ、やっぱアタシとPって相性抜群なのかも。


「…そうなんだ。えーと…ご馳走様」

「むー…思ってたのとちがーう」

「ちょっ、どーいう事ぉ!?」

「だって、ヘタレメグミをからかおうと思ってたらさー?」

「惚気られちゃったんだもの…ねぇ?」

「ネー?」

二人が顔を合わせ、ハモりながら同意する。

「もぉーっ!」

失礼なっ、誰がヘタレだぁ!っていうか惚気てないし!ないよね?

「ふふっ!」

「あははっ♪」

「…にゃははっ!こんにゃろーっ」

「きゃぁっ♪」

「キャー♪」



にゃはは。この感じ、懐かしいなぁ。

「んじゃ、またねー」

「うん。サプライズその他の準備の進捗、lineで教えてね」

「ワタシにもネ、メグミ!」

大きな借りができた親友達を玄関までお見送り。遅くなっちゃったけど、外にはタクシーを呼んであるから帰りは安心。

「分かってるってば、二人共ありがとねっ」

「さぁ、なんの事?」

「なんだろーネー?」

アタシが寂しくないように連絡を取り合うっていう事を、アタシが引け目に感じない様にっていう気遣い。バレバレだけどやっぱり嬉しい。

「メグミ、言わなきゃ伝わんない事もあるんだからネ!」

「そーだね。気を付けるよ」

エレナの言う通り。「好き」っていうメガネは相手を素敵に、はっきりと、いい所をたくさん映してくれる。

けどかけ慣れてないアタシにとっては度が強過ぎて、かえって相手がよく見えなくなっちゃう事もある。
 


それは、アタシがお嫁さん一年生で習った事。

…もしかして、Pもアタシと同じなのかな?

「…ねぇ恵美?もしかしたら、だけど」

「んっ?」

琴葉が口の端に垂直に左手を当てて、右手でちょいちょいと手招き。いわゆる耳打ちの合図でアタシを呼んだ。

「えー、ナイショ話?ワタシかなしーヨー…うえーん」

わざとらしく泣き真似をするエレナを軽く流し、琴葉がアタシの手を引く。

「もう違うよ、後でエレナにも教えてあげるから。ほら、恵美」

アタシは琴葉の口に耳を寄せた。

「あのね、もしかしたら…」

「……えっ!?」

次の日もその次の日も、アタシとPは時間が許す限り電話で話をした。

アタシの全てをPに知って欲しい。Pの全てを知りたい。そんな思いでPと話をしながら日を重ねていくうちに、いつの間にかアタシ達はお互いがお互いを一番大切に想ってるっていう確信と自信を持てたみたいだった。琴葉が背中を押してくれなかったらどうなってたか。

当然Pと話してる時が一番楽しかったけど、それ以外の時間もアタシなりに楽しむことができた。これでPは喜んでくれるかな、褒めてくれるかな。Pが帰ってくるのが楽しみだな。そんな考え方と行動一つで、同じ状況なのにこんなにも感じ方が違う。やっぱりエレナには一生敵う気がしないよ。

ほんとにありがとね、琴葉、エレナ。




そして待ちに待った、Pが帰ってくる日。

一旦ここまで、続きは夜に。
何日も掛かってしまってすみません、今日完結します

外は暦通りの雨模様だけど、アタシの心はそんなのお構いなし、あの二人のお陰で見事に晴れ渡ってる。


「んーと、ここは母指球を使って…ぐりぐりー、っと…」

アタシは床に置いた本を足の指で器用にめくりながら、両手で足の間にある枕をこね回していた。傍から見たら間違いなく変な人だけど、ここは家だから問題なし。

その本は琴葉達がアタシを助けに来くれた次の日、アタシが真っ先に本屋さんに買いに行ったマッサージの本。あの日からずっと練習してやり方を覚えて、今はその最終確認。これなら仕事で疲れたPを癒してあげられるしね。


さっき雨が降り出す前に美容室に行ってきたから、イメチェンもバッチリ。髪型はエアリーなゆるふわパーマ。毛先を整えるくらいだったから、長さはあんまり変わってない。

Pはいつもアタシの長い髪を好きって言ってくれるから、あんまり短くし過ぎたらPが気に入らないかも知れないし。そうなったら、また伸ばすのに時間掛かっちゃうもんね。

服も髪に合わせて、白ブラウスに薄水色の花柄スカートのフェミニンなお嬢様コーデ。ネイルは主張しすぎない薄めのピンクにした。

気合いの入ったこの髪も格好も、ただPに見て貰って、褒めて欲しいから。近くの駅まで迎えに行ってPと一緒に帰ってくるだけだけど、全然やりすぎとは思わなかった。

ま、今のアタシはそんなお上品な格好ででーんと足開いて、枕こね回してるんだけど。…今の状況、絶対Pに見せらんないな~。


…それに、あの事も伝えなくちゃ。

「あっ!いっけない…!」

ふと時計を見ると、そろそろ駅にPを迎えに行く時間。


やばっ、急がなきゃ!

急いで姿見の前に立ち、そこに映る女の子を頭のてっぺんからつま先まで品定め。スカートのシワを伸ばし、毛先をくりくりして髪の巻き具合を調整。


お次は笑顔。時間がないとはいえ、恵美審査員のチェックは厳しめだよ?

「にゃはっ♪」

…よし、合格!Pを迎えに行きますかっ!


と、アタシが姿見から目を離して玄関に向かおうとしたその時。

「はぁ…はぁ…ただいま…恵美?え、恵美か!?」


「むみゃあっ!?……うそ、Pっ!?」

アタシが変な声を出しちゃうのも仕方ない。だってなんとそこには、スーツの裾を濡らして息を切らしたPが立ってたんだもん。


アタシは考える前に、体が動いていた。

「その髪に服、恵美イメチェンし…んむっ!?」

Pのネクタイを引っ張って顔を下げさせ、首に手を回して唇に吸いついた。Pがカバンを床に落とし、アタシの背中に手を回して抱き締めてくれる。


あぁ、久しぶりのPだ。


アタシは呼吸が続く限り、必死にPを貪る。涙が零れたのは息が苦しかったから。そういう事にしといて?

「んぅ…ちゅっ…ちゅぅ…ちゅぷ…んっ!?」

アタシはまだ全然し足りないのに、Pが苦しそうにキスを終わらせた。アタシが文字通りPの目の前でひと睨みすると、ばつが悪そうにPが言った。

「ふぅっ…恵美ちょっと待って、走ってきたから息が…はぁ…」


「やだ、もっと」

「んんっ!?」

アタシはそんなのお構いなしにキスを続ける。涙が口に入ってしょっぱい。

「ふはっ、はぁ、はぁ…ごめん、マジで待って…」

Pが息苦しさに耐えられなくなったらしく、強引にアタシを引っぺがした。

その不満も含めて、アタシはしかめっ面でPに疑問を投げかけた。

「はぁっ…はぁ…ねぇ、何で教えてくれた時間より一時間も早かったの?」

「はー…はー…あぁえーと…ほら、雨だし?俺のわがままで恵美が風邪引いたら嫌だしさ」

…はぁ。Pのわがままじゃないのに。

「もー、迎えに行かせてって言ったじゃん!どーしてそう勝手な事するかなー」

眉間にしわを寄せ、Pの胸を人差し指でツンと押す。

「いや、こんな雨の中迎えにこさせる訳にはいかないだろ?しばらく待たせる事になったろうし、どうせすぐそこだろ。そんな綺麗な格好してるんなら尚更だよ」

…だから怒ってる時にそういう事言わないでよっ、嬉しくなっちゃうじゃん。アタシの中で、きゅんきゅんがムカムカをあっという間に鎮圧した。あっという間に大人しくなったアタシを見てもわかるが通り、戦力差は歴然。

Pが膨れるアタシの頭を撫でようと手を伸ばしかけたのでドキッとしたが、指先がぴくりとしたと思うと途中で引っ込めた。

もー、髪が乱れるとか考えなくていいからっ!綺麗って言ってくれたんだから、もう半分役目は果たしたようなもんなの!優しく撫でてくれるんなら全然いいのに…。少しがっかりしながら、Pに気持ちを伝える。

「…アタシは別にPを待つのは嫌いじゃないよ。それに、多少濡れてもいいから一秒でも早くPに会いたかったよ?もー、何で嘘教えるの~…」

アタシを濡らさないように。寒い雨の中、駅のホームでアタシを一人で待たせないように。そんな彼の優しさが、今は憎らしい。

アタシの都合なんて考えずに、Pの思うままにアタシを求めて欲しい時だってあるのに。そういう時って、大体アタシも同じ気持ちなんだからさ。それを伝えようと口を開いた時、

「ごめんな。でも結果オーライだろ、こんな綺麗な恵美、濡らしちゃうのは勿体無いよ」

Pがアタシのほっぺに優しく手を添え、親指の腹で何度かすりすりと擦った後、耳に唇を押し付けて軽く耳たぶを喰んでから、囁いた。

「二週間も待たせてごめんな、恵美。ずっと会いたかった。今までの分今からいっぱいイチャイチャしような」

Pの熱い吐息が耳にかかる。甘い声で褒められてゾクゾクしてたアタシの体は、突然の刺激に耐えられずぴくんと跳ねる。

「…っ!………………………うん」

添えられたPの手にアタシの手を重ねて目を細め、Pの手に頬擦りしちゃうのも好きなんだからしょうがない。悔しいから、仕返しにもう片方の手でPを思いっ切り抱き締めてやった。

ほんと、よくこれで甘えさせてないなんて言えるよねー。

「…………………」

「…な、なに?」

アタシの耳から顔を離したと思うと、無表情で微動だにせずじっとアタシを上から下まで見てくるPに、困惑しながらちょっと焦る。あれ、やっぱこの格好好みじゃなかったり?

「いやぁ…俺の嫁さん綺麗だなって」

「えへへ…そ、そう?」

「うん。なぁ、写真撮っていいか?今すぐ待ち受けにしたい」

「…わ、分かった」

ねぇ、アタシが甘えに行かない理由はPのこういう所のせいだって分かってる?Pと居ると、わざわざ甘えに行かなくても満たされちゃうんだからね。にゃはは、自業自得だよ?

「いいよ。ほら、二人で撮ろ?」

「え~…俺恵美単体がいいんだけど。毎回思うけど、俺的には待ち受けに俺は邪魔なんだよなぁ…普通の写真なら写っててもいいけど、何回も見る待ち受けに俺が居るのはなんかやだ」

「えー?」

邪魔じゃないよ、Pの為にイメチェンしたんだから一人で撮っても意味ないじゃん!アタシが抗議の視線を送ったが、Pは往生際が悪く抵抗した。

「恵美の方は二人でいいからさ、俺の待ち受けは恵美単体にしてくれよ、な?」

膨れたアタシのほっぺを指でぷにぷにしてくる。このっ、それが人にものを頼む態度かぁ!

「だぁめ。ほら撮るよ!ハイしゃがんで、もーしかめっ面しないのっ」

不服そうなPの肩に手を置いて体重を乗せ、力ずくでしゃがませた(しゃがんで貰った)。Pとほっぺをくっつけて顎にピースを添え、自信のあるいつもの角度でパシャリ。

「ん、いい感じじゃない?ほらっ」

アタシが満足げPに写真を見せると、悔しい事にごもっともな反論が飛んできた。

「…これ言っちゃ何だけど、今の恵美の清楚な感じには合わなくないか?ギャルっぽいぞ」

う、確かに…。言い返せずにぐぬぬとしてたら、Pが自分のスマホを構え始めた。

「まぁこれはこれでよく撮れてるよ。だからほら、しおらしく座っててくれ」

Pがテーブルから椅子を引っ張ってきて、そっちへアタシの肩を両手で軽く押した。

「むー…」

「待ち受けはさっき撮った二人のやつにするからさ」

「Pの待ち受けにするやつも後で撮り直すから!清楚な感じで!」

「分かった分かった、言う通りにします恵美お嬢様」

「ん、ならよし!」

交渉成立。アタシはPが持って来てくれた椅子にちょこんと座り、手を膝の上に重ねて小首を傾げて微笑んた。どーよ、お淑やかでしょ?



その後も、Pはしばらく楽しそうにパシャパシャ撮っていた。アタシも満更じゃないし、何よりPが喜んでくれるのが嬉しかったので、一枚撮るごとに褒めてくれるのでノリノリでポーズを決めていた。えへへ、なんかアイドルに戻ったみたいだね。

もちろんツーショットも忘れずに。くそー覚えてたか、なんて言うけど、アタシを侮っちゃいけませんよー、旦那様♪

「だぁめ。ほら撮るよ!ハイしゃがんで、もーしかめっ面しないのっ」

不服そうなPの肩に手を置いて体重を乗せ、力ずくでしゃがませた(しゃがんで貰った)。Pとほっぺをくっつけて顎にピースを添え、自信のあるいつもの角度でパシャリ。

「ん、いい感じじゃない?ほらっ」

アタシが満足げPに写真を見せると、悔しい事にごもっともな反論が飛んできた。

「…これ言っちゃ何だけど、今の恵美の清楚な感じには合わなくないか?ギャルっぽいぞ」

う、確かに…。言い返せずにぐぬぬとしてたら、Pが自分のスマホを構え始めた。

「まぁこれはこれでよく撮れてるよ。だからほら、しおらしく座っててくれ」

Pがテーブルから椅子を引っ張ってきて、そっちへアタシの肩を両手で軽く押した。

「むー…」

「待ち受けはさっき撮った二人のやつにするからさ」

「Pの待ち受けにするやつも後で撮り直すから!清楚な感じで!」

「分かった分かった、言う通りにします恵美お嬢様」

「ん、ならよし!」

交渉成立。アタシはPが持って来てくれた椅子にちょこんと座り、手を膝の上に重ねて小首を傾げて微笑んた。どーよ、お淑やかでしょ?

その後も、Pはしばらく楽しそうにパシャパシャ撮っていた。アタシも満更じゃないし、何よりPが喜んでくれるのが嬉しかったので、一枚撮るごとに褒めてくれるのでノリノリでポーズを決めていた。えへへ、なんかアイドルに戻ったみたいだね。

もちろんツーショットも忘れずに。くそー覚えてたか、なんて言うけど、アタシを侮っちゃいけませんよー、旦那様♪

「おぉー…どれもいいな!明後日事務所の皆に自慢していいか?」

「ちょっとちょっと、その前に見せてよー。…んーまぁいいけど、あんまりやり過ぎちゃダメだよ?また小鳥から怨念たっぷりのメッセージが届いてくるのやだからね」

「え、そんなんあったの?はは、どーせリア充爆発しろとかそんなんだろ?」

「いや、違うよ?…………………見る?」

笑いながら軽い調子で聞いてくるPに、アタシが低いトーンで重々しく返す。消したら色んな意味で呪われそうで消せないでいた、呪いのメッセージ。アタシはそれを読んで、三十路(しんり)の扉を開いた女性の闇は深いんだと思い知った。

「…いやいい。なんかすげぇ生々しい事書かれてそう」

そんなアタシを見て何かを察したのか、Pは諦めたみたい。はい、その通りでーす。あー、今でも文面を思い出すと胃がきゅってなるよ…。アタシ、ホントPに選んで貰えて良かったなー。

「にゃはは…まーそれは置いといて!どーする?お風呂とご飯、どっちも準備できてるよ」

「んじゃ恵美と一緒に風呂に入った後に恵美に食べさせて貰おうかな」

「お、中々贅沢言うねー。それじゃアタシもPにそれなりのリクエストしていいって事?遠慮なくPに甘えちゃうよ?」

アタシばっかり満たされてちゃダメだもんね。ちゃんとPの甘えて欲しい願望も満たさないと。交換条件っぽい体にしたのは、Pが間違った負い目を感じないように。

「…!おういいぞ!っていうかむしろ何もなくても甘えてくれ!いつでもどんとこい!」

にこにこと嬉しそうにしながら、Pが拳で胸をどんと叩く。可愛いなぁと思うと同時に、鈍い音が鳴るほどの強さで叩いてるのに全然痛そうじゃないPに感心する。男の人って凄いなぁ。

「はいはい、気が気が向いたらねー。んじゃ洗いっこしよっか。あ、イタズラしちゃだめだよ?」

悪さをしそうなPに、あらかじめ釘を刺しておく。しゅんとされて胸が痛むけど、ここは厳しく行かないとね。

「…ダメ?」

「だーめ。ほら行こっ」

アタシ達は手を繋いで、バスルームに向かった。

すみません、思ったより筆が走ってしまいました
続きはまた明日に。

「どう?Pの好きな物フルコース!ビールも冷えてるよ」

と言いつつグラスに集中、Pの為に覚えた注ぎ方で慎重に注ぐ。よし、上手に出来た!

「おぉ…!恵美、おかわりは!?」

テーブルに並んだご馳走を見て少年のようにキラキラと目を輝かせるPがおかしくて、アタシが吹き出す。こいつぅー、可愛いなぁ!

「ぷっ!ちょっ、おかわりの心配早過ぎでしょ!ちゃんと全部あるから、好きなだけ食べな」

「っしゃ!恵美、食べよう」

急かしてくるPに苦笑を漏らす。ハイハイ、焦らなくても逃げないから。

「んな事分かってるって。いただきます!」

「いただきます」

言うやいなや、Pが我先にと皿に箸を伸ばす。やっぱり逃げると思ってない?

「あむ…はぐっ…んぐんぐ…ごくっ。んー、やっぱ恵美の飯が一番だな!ホテルのもいいけど、こっちは俺の好みど真ん中だ」

とーぜんよ、Pの反応を見ながら毎日ちょっとずつ味を調整してたんだから。と内心ドヤ顔をかましつつ、アタシも箸を動かした。

「ごっごっごっ…ぷはぁ!最高ですよ恵美さん」

「んふふ、でっしょ~?あ、これも自信作だよ!どんどん食べちゃって」

Pが喉を鳴らす度に動く喉仏のセクシーさにドキドキしつつ、まだPが手を付けてない皿を差し出して勧める。

「お、さんきゅ。あむっ…んー!」

「えへへ…」

「…?はむっ、あぐ」

アタシが作った料理を美味しそうに食べてくれるPを見ながら、一人でニヤける。やっぱ料理を作る醍醐味ってこれだよね~。

幸せだなぁ。



頭ぽわぽわ状態で箸を口に運んでたら、Pが突然箸を置いた。


「ん、恵美。ほっぺにソース付いてるぞ?仕方ないな…じっとしてろ」

「えっどこ?…あっ、あぁう…」

「あはは、ほんと可愛いな恵美は」



Pはどうやらアタシのほっぺに付いたソースと一緒に、味覚まで舐めとっちゃったみたい。


ようやく味覚を取り戻したアタシは、Pの手を取って寝室に引っ張ってきた。

「はいP、ベッドにうつ伏せになってー。どーん」

「へ?おわぁっ!?」

Pをベッドに押し倒し、ひっくり返す。

「大人しくしてよ、マッサージしたげるから。ちゃんとしたやつ」

「…えっ?恵美本格的なマッサージなんて出来たっけ?…あぁいや、助かるけどさ」

アタシに馬乗りにされた状態のPが、きょとんとして尋ねた。

「うん、覚えたの。Pが出張から帰ってきたら癒してあげようと思って、本読んで勉強したんだよ?どう?偉いでしょ?にゃはは~」

元々出来たよ?って言えれば格好いいんだろうけど、アタシはPに褒めて貰う方を取った。努力したから褒めてアピールなんてダサいかもだけど、今回は許してね。

「…恵美ぃ!」

「きゃっ!?」

Pががばっと起き上がり、アタシを力強く抱き締めた。び、びっくりしたぁ…。ちょっと苦しいけど、Pに包まれてると思えばこれも逆に心地いい。

「お前ってやつは…!俺の為に勉強とか…健気か…」

…これ以外にも味付けとか、日々勉強してるんだけどな~。ま、見返りが欲しくてやってるんじゃないから全然いいけどね。敢えて言うなら、こうやって喜んでくれる事が見返りかな。

「…P」

「ん?…んっ」


やっぱり、もうちょっとくらい見返りがあってもいいよね。欲張りな奥さんでごめんね?

「どお?気持ちいい?」

「あ゛ぁ~………う゛ぉ~……」

返事は緩みきったその声で十分。上手くできてて良かった~。

「んっ、んしょっ。いつもお仕事お疲れ様っ」

うつ伏せのPの背中に跨って首を解しながら、Pを労った。

「いやいや恵美も…毎日ありがとな…献立とか色々大変だろ…あ゛ぁ~そこいい…」

「そんなの、Pの為って思えばぜーんぜん苦じゃないよ?むしろ喜んで~って感じ。次お尻行くね?」

「…えっ。恵美…」

Pに意味深な視線を向けられる。もうっ、バカ!

「違うから!よく分かんないけど、お尻の筋肉も解さないと疲れが取れないんだってさ。アタシも恥ずかしいんだから…いくよ?」

「うん……………………うっ」

急にPが固まった。もー、リラックスしてくれないと意味ないのに。

「…恵美」

「なに?まだマッサージ終わってないよ?」

「すまん、その…」

申し訳なさそうにPがゆっくりと仰向けになった。

「わっ…!えっ、これ…アタシのせい?」

…お、お久しぶりで―す…。えーっと…息子さん、しばらく見ないうちに随分と大きくなられましたね?あ、さっきお風呂でお会いしましたっけ?

そんなアホみたいな事を内心考えながら、Pに聞いた。

「……………に、二週間ご無沙汰だったから…」

「うぅ…」

どうしよ、マッサージする雰囲気じゃなくなっちゃったし…。そりゃアタシも同じだけど、でも…。


その前にあれ、言わなきゃ…。

すうぅ…


はあぁ…


ふうっ。


…よし。


「そ、その事なんだけど…っていうか関係してるっていうか、えっと」

「め、恵美?大丈夫か?ほら、落ち着いて」

上手く言葉がまとまらないアタシを、Pが優しく抱き締めて背中を撫でて、落ち着かせてくれた。

「うん、ありがと…あのね?」

アタシは緊張のあまり、つい顔を下げてしまう。

「ん?」



「赤ちゃん、できたみたいなんだ」


「……………………………」

なんでPは黙ってるんだろう?アタシは言葉を続けながら顔を上げると、

「琴葉にもしかしたらって言われて、病院行ったら分かったんだ。二ヶ月目に入ってますよって…だからね?んー…あんまり激しいのは響いちゃうかもだから…P?」

「……………ぐっ……う…ううっ…」

泣いていた。

「……P?えっと」

「ずびっ…うっう…うぅ…恵美っ」

そのまま、ふわりと抱かれた。

「…………もうっ、なんで…なくのぉ…ひっく…」

パジャマ濡れちゃうよ…バカ…。

「ごめん…嬉しくて…そっか、俺と恵美の…あーやばい…うぅっ」 

不安はあったと思う。アタシだってある。でもその前に、Pが真っ先に嬉し泣きしてくれたのが何より嬉しかったし、不安なんて感じる必要ないって言ってくれてるみたいで凄く頼もしく感じた。この人の為にもアタシ、頑張らなきゃ。

「…P、アタシ頑張るね?頑張って元気な赤ちゃん産むね?」

でもPは、アタシのその決意を否定した。

「バカ、『頑張ろうね』だろうが…!二人で…俺だって…一緒に…何言ってんだよ…バカ恵美…ふぅうっ…ひっぐ」

途切れ途切れの言葉でアタシを叱るPが、どうしようもなく愛おしい。

「うん…うんっ…!そうだね…ぐすっ…ごめんね…?」

「ほんとだよ…ずずっ…」

堪らなくなって、Pの背中に回していた手を握りしめる。どうしよう、目の前のこの人が愛おしすぎてどうにかなっちゃいそうだよ。幸せ過ぎて、涙が溢れて止まんない…。


少し前は辛くて、悲しくて泣いてた。

今は幸せで嬉しくて泣いてる。

そのどっちもPのせい。Pのお陰。Pがくれた感情(もの)。

アタシの世界はPが中心に回ってる。自分でも重いって思うけど、でもやっぱりアタシはこの人以外ありえない。

「Pっ…キス、しよ…?」

言うと、Pは何も言わずに応えてくれた。お互いを慈しむような、とっても甘くて深い、深いキス。


この灼き切れそうな想いは、とても言葉じゃ伝えられないから。だからありったけの想いを込めて、伝えた。

そしてできる事なら、このキスでお腹の子にもアタシ達両親の愛を伝えてあげたい。そう願った。

「すっごい気持ちよかった~。ねぇねぇ、アタシあんなキス初めてかも!」

アタシはPに腕枕されながら、ダブルベッドに横になっていた。んー、やっぱり枕はこれに限るよね。

「ん、恵美はあれで満足しちゃったのか?俺はまだ恵美とキスしたいぞ」

そんなストレートな言葉にきゅんきゅんしつつ、アタシもさっきのPみたいに行動で示す。

「ちゅっ…えへへぇ、そう言うPはキスだけでいいの~?」

「よくない……けど、大丈夫なのか?その、しても…」

「んー…ダメじゃないけど、もしかしたら時々アタシの気分が乗らなかったりするかも。その時はごめんね?」

「あー…うん。妊娠の事に関しても、二人で勉強しなくちゃな。特に俺は。今度一緒に産婦人科に行こう」

そう言って、アタシの髪を梳くように撫でてくれる。アタシが自分で触ってもなんともないのに、Pが触った瞬間に髪の一本一本に神経が通ったみたいに気持ちいい。こんなゆるゆる顔、Pにしか見せられないな~。

「ふぇへへぇ…うん、一緒に行こっ」

お医者さんにも言われたけど、妊娠中の子育てには旦那さんの理解が必要。けど、アタシがわざわざPに言うまでもなかったね。

「そっか、まだ目立たないけどここに居るのか…大事にしなきゃな」

Pがアタシのパジャマの裾から手を入れて、直接お腹を撫でてくれた。少しくすぐったくて、とても温かい。

「お腹が大きくなってきたら迷惑掛けちゃうかもだけど、そん時はよろしくね?」

「お腹の子を育てられるのは恵美だけなんだから、迷惑とか考えなくていいって。むしろ俺はお腹の赤ちゃんには直接は何にもできないから、何かやらせて貰えた方が気が楽になるよ」

「え、でも…」

「その代わり、たまにでいいから今みたいにイチャイチャさせてくれ。恵美が赤ちゃんにかかりっきりだと、やっぱちょっと寂しいから」

時々怖くなる。Pがあんまり優しいから、Pが本当は天使かなんかで、いつかどこかに飛んで行っちゃうんじゃないかって。

「わがまま言ってごめんな」

「ぐすっ…うぅん。もし寂しくなったらいつでも言ってね?…多分ない思うけど」

「えっ?」

「何でもない」

どうせアタシが寂しくさせないだろうしね。っていうかアタシもPとイチャイチャしたいし。

「…なぁ恵美、しばらく765プロで事務員やる気はないか?」

「…えっ?」

「信頼できる皆の近くに居てくれた方が俺も安心だし、恵美も寂しくないだろうし。それに妊婦だからって旦那が何もさせないのは母子共に良くないってどっかで聞いたからな」

この人は、どれだけアタシの事を考えて、想ってくれてるんだろう。アタシはそれに応えられてるのかな?

「…Pはさ、別に勉強しなくても良いんじゃないかな?」

「えぇっ…!?そ、それって…」

Pがショックを受けたような、縋るような顔でアタシを見つめてくる。…P、バカってアタシの事言えないんじゃない?

「もー、違うからっ!っていうか大丈夫なの?アタシが事務員なんて」

「ち、違うのか…?じゃあ勉強はするぞ?…まぁウチも今じゃデカい事務所だし、事務員一人増えるくらいなんともないよ。恵美は要領もいいし、恵美なら社長も喜ぶさ」

「…えへへ、ありがと」

「いやいや」

そっか。またアタシ、Pやエレナ、琴葉、それに皆と一緒にお仕事できるんだ。

「ねぇ、Pはどっちがいい?」

「ん?」

Pの手を取って、アタシのお腹に触れされる。

「この子が男の子か女の子か!あ、Pは仕事柄女の子は見飽きちゃってたりして?」

「おいおい、そんな事ないぞ?…まぁ、女の子だったらヤバいかもな。ちっちゃい恵美とか可愛過ぎて死んでしまう」

「ふふ、思春期になったらどうなるかなー?『お父さんと一緒にパンツ洗わないで』とか言ったりして」

アタシが笑いながら冗談を飛ばすと、Pはこの世の終わりみたいな顔をした。

「……やめてくれ、それは俺に効く。やっぱ男の子だ。男最高」

ほんとに効いてるっぽい。まだ産まれてもないのにここまで落ち込めるってある意味凄い。

「…まぁ冗談はさておき、実際どっちでもいいよ。俺達の子なんだ、どっちでも愛せるに決まってる」

ほんとに冗談と思ってるのかはさておき…
そうだね。アタシも、Pとの子なら絶対に愛せる自信がある。

「…ねぇP。アタシ、Pのお嫁さんになれて良かった。アタシ幸せだよ」

「…!」

「ずーっと先の話だけどさ。もしこの子が巣立って、アタシがしわしわのお婆ちゃんになっても…ずっと好きで居てくれる?」

「…その頃には今よりも、もっともっと恵美の事が好きになってるよ。ずっと一緒に居るんだから」

Pはいつでも、アタシが欲しい言葉の一つ上をくれる。

この人の為なら何でもできる。この人となら、どんな辛い事でも乗り越えられる。心からそう思う。

「この先の未来が楽しみだな」

「ん。アタシもだよ」

「恵美、お腹もっかい見せて」

「ん?いいけどまだ…んぅっ」

まだお腹の大きさはいつも通りだよ?と言いかけて、止まった。Pがアタシの唇とアタシのお腹、順番にキスしてくれたから。

「恵美。夫として、父親として、一家の大黒柱として頑張るからさ。しっかり俺に付いてこいよ!」

Pが差し出す拳にアタシの拳をとんっ、と合わせる。

「うんっ!」

どこまでも付いて行きますよ、旦那様♪


おわり

ミリマス&地の文での投稿は初めてでしたので拙い部分も多かったと思います。お目汚し失礼致しました

台本形式か地の文かは分かりませんが、これからもミリマスSSを書いて行こうと思います。その時はよろしくお願いします

それでは。

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