美玲「To give you」ありす「Answer」 (12)

シンデレラガールズの5thライブ宮城公演、良かったですね。
僕ですか? ∀nswer聴いて泣きました。
と言うわけで、公演での美玲・小梅・ありすの組み合わせに至る妄想を書きました。
デレステ∀nswerコミュとか色々ごった煮設定で進行します、ご容赦を……。

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「えぇッ!? ショーコとノノは一緒じゃないのかッ!?」
「残念だが……」


 ──事務所


「せっかくのウチの地元凱旋ライブなのに、インディヴィジュアルズで出れないなんて、そんなのってあるかーッ!!」
「そう言われても、流石にコレばっかりはなぁ……」

 顔を真っ赤にして詰め寄ってくるピンクのフーディーに眼帯姿の少女・早坂美玲に対して、彼女を担当するプロデューサーは困ったような顔をしながら言った。

「輝子はソロライブが重なってるし、乃々も別のプロジェクトとの合同ライブに借り出されてるから、物理的に無理だろ」
「そんなぁ……」

 彼の発言に、悲鳴のような言葉を残してうなだれる美玲。プロデューサーは眉をしかめながらこめかみを掻いたが、出来る事は何も無かった。二人の予定は大分前から決まっていたことだし、今更動かすことは出来ない。

「新曲の∀nswerも宮城で初披露出来ると思ったのに……何とかしろよ!! プロデューサーだろッ!?」
「無茶を言うな、無茶を。今回だって締め切り過ぎたところを無理言ってエントリーさせて貰ったんだから……」
「うッ……そ、それは……そうだけど……」

 彼らの母体でもある美城プロダクションが主催で行う、初の全国公演。東北の宮城を皮切りに、南は福岡まで日本を縦断する大がかりな公演は、各プロジェクトからのエントリー制で各地に参加するアイドルを決定していた。宮城出身の美玲は、どうしても凱旋ライブがやりたいとプロデューサーに駄々をこね、スケジュール調整をギリギリまで粘ってエントリーさせて貰ったのだが、残る二人の事までは頭が回っていなかったのだ。
 結果、冒頭の美玲の嘆きに戻る。

「うぅ……ウチの新曲……」

 そう言って再び肩を落とす美玲の姿に、流石に若干可哀想になってきたプロデューサーはひとまずの代案を提供した。

「新曲を歌うだけなら、代役を立てたらどうだ? 一曲だけなら、今からレッスンしても間に合うだろ」

 その案に、美玲は一瞬顔を上げたもののすぐに暗い表情に戻る。

「今から探して見つかるのか? ウチ、信頼出来るヤツとじゃないと歌いたくないゾ!」
「またワガママを言う……」
「ワガママじゃない! 大切な事だッ!」
「分かった分かった……」

 声を荒げる美玲を宥めながら、プロデューサーは思考を巡らせた。彼女の言うことも一理はある。ユニットは相性も重要だ。即席とは言え同じ歌を歌う以上、ある程度慣れ親しんだ人間の方が完成度は上がる。
 しかし、彼女の眼鏡にかなうようなアイドルがそう簡単に現れるかどうか。そんなプロデューサーの思考に、突然声が割り込んできた。

「あの……それ、私じゃダメ……かな」
「え?」

 しかめっ面をしていた美玲も、驚いて声のした方を振り向く。その先には、開いた扉からひょっこり顔を出した同僚の少女・白坂小梅が長い袖をひょこひょこと揺らしていた。

「おう、おはよう小梅」
「おはようございます、プロデューサーさん。美玲ちゃんも、おはよう……」
「お、おはよう……」

 挨拶しながら部屋に入ってくる小梅に、美玲は虚を突かれたような表情で挨拶を返す。そのまま彼女が備え付けのソファにぽすっと腰を下ろすまでを見送っていたが、ややあってハッと気付いたように言った。

「じゃなくてッ! さっきの話、ホントか? コウメ、ウチと一緒に歌ってくれるのか!?」

 食らいつくように上半身を傾ける美玲に、小梅はくすりと笑いながら頷く。

「うん……その代わり、美玲ちゃんは私とLunatic Showを歌ってね。私も、輝子ちゃんの代わりを探してたから……」
「任せとけッ! ウチがショーコの分まで叫んでやるぞッ!!」

 そう言って美玲は自分の胸を叩いた。これで、一人は確保出来た。残り一人。

「……コウメは、他に誰か心当たり無いか? ウチと一緒に歌ってくれそうな、信頼出来るヤツ……」
「えと……もう一人って事だよね……」

 小梅は垂れ下がる袖を顎に当てながら、考え込むような仕草をした。プロデューサーが「いっそ二人じゃダメなのか」と横やりを入れるが、美玲の無言の威嚇にあって肩をすくめる。人数を合わせるのも、彼女なりのこだわりらしい。
 しばらく二人でうんうん唸っていたが、ややあって小梅が顔を上げて言った。

「幸子ちゃんは、どうかな。Lunatic Showの時も一緒に歌ってくれたし、激しい曲でも、多分大丈夫……」
「サチコ……うーん……」

 候補に挙がった名を聞いて、美玲は再び顔をしかめる。輿水幸子は別のプロジェクト所属だが、小梅や輝子ともユニットを組んでおり、美玲とも知らない仲ではない。相性の面では悪くないはずだが、美玲が結論を出す前にプロデューサーが再び横やりを入れた。

「幸子は出れんぞ。テレビの生放送に出るからな」
「あ、そうなんだ……残念……」

 言葉通りの残念そうな表情をする小梅とは対称的に、美玲はほっとしたような、複雑な表情をする。それを見て不審に思ったプロデューサーだったが、それを尋ねる前にさらなる来訪者がやってきた。

「おっジャマしまーす! 小梅ちゃんいる?」

 そう言って元気よく部屋に入ってきたのは、幸子と同じプロジェクトに所属の姫川友紀だ。彼女も美玲や小梅と親交があり、今回の宮城公演への参加が決まっている。今日は小梅とその件で打ち合わせの予定だった。
 場の雰囲気がやや沈みがちなのを見てきょとんとする友紀を見て、小梅がポンと手を叩く。

「友紀さんにお願いする……? 友紀さんも、私と一緒に歌ってくれるんだぁ……」
「お、なになに? 何の話?」

 突然話題を振られて、一転して興味津々の友紀。またもや複雑な表情を浮かべる美玲に変わって、小梅が説明した。

「美玲ちゃんのユニット、輝子ちゃんも乃々ちゃんも、別のお仕事で来れなくて、新曲を代わりに歌ってくれる人を探してるんだって」
「なるほどー、それは残念……で、代打にあたしが入るって事? いいよいいよー! 美玲ちゃんのお役に立てるなら、お姉さん張り切っちゃうから!」

 事情を聞いて笑顔でそう答える友紀だが、美玲の表情は晴れない。何となく彼女の考えていることを察したプロデューサーだが、敢えて彼女の口から言葉が出るまで黙っておくことにする。
 しばらくして、何かを決意したような表情で美玲が答えた。

「ごめん、ユキ。やっぱりダメだ」
「えー、なんでー?」

 残念そうに口をとがらせる友紀に対して、美玲は言葉に迷いながらもはっきりと言った。

「この曲は……∀nswerは、答えを探すための歌なんだ。ウチとショーコとノノ、バラバラの個性のウチらが、限界を超えた先に答えを探し出すための歌……ファンの皆に、ウチらが見つけ出した答えを示すための歌」

 そう言って、美玲は左目の眼帯をゆっくりと外した。初めて彼女がそれを外した所を見て、友紀は驚いたように目を丸くする。まだ眼帯無しでいることに照れくささを感じる美玲だったが、深呼吸一つすると改めて友紀の方を見据えた。

「ウチは、自分のカラを破って、この歌を歌えるようになったんだ。ショーコも、ノノも。この歌は、そうやって自分の中にあるカラを打ち破って、答えを見つけに行きたいヤツらと歌いたいんだ」
「そっか。じゃあ、仕方ないなぁ」

 美玲の言葉を噛みしめるようにして、友紀。眼帯をつけなおした美玲はまた少しだけ恥ずかしそうにうつむくと、小さな声で「でも、ありがと」と呟く。友紀は「気にしない気にしない!」と彼女の肩をポンと叩くと、軽くため息をつくプロデューサーに向けて言った。

「美玲ちゃんのパートナー、こっちでも探してて良い? 当てがあるわけじゃないけど、少しでも力になりたいからさ」
「あぁ、助かる。こちらで見つかったらすぐに連絡を飛ばすようにするよ」
「オッケー! じゃ、小梅ちゃん借りてくね! 美玲ちゃん、また後で!」
「お、おぅ!」

 美玲とプロデューサーに向けて軽く手を振って挨拶すると、友紀は小梅をつれて部屋を出て行った。残る二人はしばらく扉の方を見ていたが、どちらからとも無くため息をついてそれぞれの作業へと戻った。
 しばらく書類整理をしていたプロデューサーが合間にちらりと美玲の方を窺うと、彼女は愛用のソファに寝そべってファッション雑誌に目を通していた。と言っても、心ここにあらずと言った感じで、さっきから同じページのまま全く動く気配が無い。今日何度目かのため息をつきながら、彼は心の中でぼやいた。
 何とか、良いパートナーに巡り会えれば良いのだが。

*****

「ほんで友紀はん、安請け合いしはったんどすか」
「安請け合いって……まぁ、結果的にそうなんだけど」

 四人掛けのブースに向かい合わせに座ってほうじ茶ラテをすする小早川紗枝に呆れたと言わんばかりの言葉をかけられて、友紀は目の前のコーヒーをスプーンでかき混ぜながら萎んだ声を垂れ流した。
 小梅との打ち合わせの帰りに偶然同僚の紗枝と鉢合わせた友紀は、少し話を聞いてもらおうとおごりを条件に彼女を喫茶店に誘った。人を探すなら、なるべく多くの人に声をかけた方が良い。そう思って紗枝に事情を話した結果が、さっきの一言だ。
 ちょっと人選を間違えたかな、と友紀が若干の後悔を感じ始めたところで、紗枝が軽く天井を振り仰ぐようにして話し始めた。

「結局、美玲はんが求めるパートナー言うんは、自分の中にある課題を乗り越えたいー言う気持ちを持ってはる人、いうことでええんやろか」
「うーん、ちょっと違うかなぁ。課題って言うか、自分の中にあるこだわりって言うか……」

 言語化出来ないことにもどかしさを感じながらも、友紀は紗枝の言葉をやんわりと否定する。

「美玲ちゃんは、幸子ちゃんやあたしだとダメって言ったんだけど、それって多分あたし達がもう既に自分たちの『答え』を持ってるからだと思うんだよね」
「『答え』って?」

 友紀の発言に、小首を傾げる紗枝。ミルクを入れてほんのりまろやかになったコーヒーの苦味を堪能しながら、友紀は続きを話した。

「例えば、幸子ちゃんは自分を絶対的にカワイイって思ってて、それがもう武器になってるでしょ? あたしも、野球が好きって気持ちは誰にも負けないし、それでお仕事ももらってるし」

 なんとか伝えようと身近な例をひねり出した友紀の努力が報われたものか、紗枝はぽんと手を打って答えた。

「はぁー、なるほどなぁ。自分らのこだわりが武器になるー言うトコまで持っていきはった人は、自分の『答え』を見つけた人、いうことなんやね」
「そうそう、そんな感じ!」

 我が意を得たりと言った満足顔で頷く友紀に、紗枝は困ったような表情をしながら続ける。

「でも、それは難儀やなぁ。自分らのこだわりを武器にしてはるアイドルはぎょーさんおるやろけど、これから何を武器にしていこう、いうて悩んでる人は……」
「あんまりいないよねぇ……」

 言葉を継いでぼやく友紀。そもそも、美玲にしても元々自分のこだわりを持っていて、それを武器に活動していたはずだ。眼帯を外すことを『カラを破る』と表現していたが、実際のライブではやはり眼帯を付けている。じゃあ一体、彼女の言う『答え』の本当の意味とはなんだろう?
 そんなことを考える友紀の視界に、影が落ちた。

「お、なんの話しとるん? 武器とか、物騒やね」
「あら、周子はん」

 上からかけられた声に二人が顔を向けると、そこには紗枝と同郷のアイドルである塩見周子がいた。手には空のグラスを持っており、どうやらドリンクバーにおかわりをしに行く途中らしい。

「おー周子ちゃん、奇遇だねぇ。周子ちゃんは誰と来てるの?」
「あたしは一人だよ。さっきまでLiPPSの打ち合わせしてたんだけどねー」

 友紀の言葉に笑顔で返しながら、周子は「ちょっとだけ失礼ー」と言ってドリンクサーバーまで小走りに向かい、目当てのドリンクを入れてすぐに戻ってきた。
 気を効かせて奥に寄った友紀に礼を言いつつ、ちょこんとベンチの端に腰掛けると、周子は入れてきたばかりの烏龍茶を半分ほど一気に呷った。「えらい慌てて飲んで」と苦笑する紗枝に「喋りっぱなしだったから喉からっからでさー」と軽く返すと、周子は先程の話題に乗っかった。
 紗枝にしたのと同じ話を周子に話してから、友紀は「そう言えば周子ちゃんは何かこだわりってある?」と訊いてみる。周子は「うーん」と唇に手を当てて考えるそぶりをしてから、あっけらかんと言い放った。

「あたしはこだわりとか無いかなー。こだわりが無いのがこだわり、なーんて」
「また適当な事言うて」

 再び苦笑する紗枝に「適当が一番」と軽口を叩く周子。友紀は二人のやりとりを笑って見やると、「やっぱり難しいかなー」とぼやくように呟く。残りの烏龍茶が入ったグラスを弄んでいた周子は、褐色の液体に浮かぶ氷を見て、ふと何かに思い当たったように軽く目を見開いた。

「ん? どないしたん、周子はん。なんやおもろい顔して」
「え、今のおもろい顔やったん?」

 そう言って両手で頬をぐにぐにと変形させる周子に、紗枝はたまらず笑い出す。友紀も愉快そうに笑うのを見届けてから、周子はもう一度グラスの氷を見つめて言った。

「その話、ちょーっと心当たりがあるかなー」

*****

「うーん……もっとクールに……大人っぽい感じ……」

 ソファに座ってタブレットにダウンロードしたファッション雑誌のページをめくりながら、橘ありすはブツブツと独り言を呟いた。今をときめくクールアイドルを特集したページには、同じ事務所の渋谷凛や速水奏もピックアップされている。彼女の理想を体現するかのようなその姿に尊敬とも嫉妬ともつかない熱視線を注ぎながら、ありすは掲載されているインタビューまで含めて隅々まで目をこらした。
 特集の最後のページまで読み終え、反芻するようにまばたきすると、彼女は深いため息をつく。

「やっぱり年齢が追いつかないと難しい……」
「早く年を取ってもロクな事ないゾ☆」
「……!! 心さん、いつの間に……」

 突然背後から現れた声に驚いて振り向くと、そこには以前仕事で知り合ってからちょくちょく遊びに来るようになった佐藤心が笑顔で立っていた。

「ちゃんと呼んだんだぞ☆ でも、熱心に読書してるから、邪魔したら悪いかなって思って、気付くまで待っててあげたんだぞ、感謝しろ♪」
「待ててないじゃないですか……」

 ツッコミにぺろっと舌を出す心に、ありすは深いため息をつく。彼女のおちゃらけた態度は一種の処世術のようなモノで、いちいち気にしていては振り回されるだけだ、とありすには分かっていた。実際、心は仕事に関しては真摯だし、自分の役割を心得て立ち回るときのピリッとした存在感は尊敬の念を抱くに十分でもある。
 が、それはそれとして、苦手意識が払拭されるわけでは無いことも、ありすは諦めと共に認めざるを得なかった。

「おいおい。ため息をつくと、幸せが逃げるゾ☆」

 そう言ってウインクする心に、今度はわざとらしいため息をついてありすが言う。

「それって迷信ですよ。ため息をつくと、ストレスで優位になった交感神経の代わりに副交感神経が活発化されて、リラックス効果を産む事が最近の研究で分かってます」
「へ~そうなんだ~☆ ……って今、しれっと、はぁとの事をストレスって言った?」
「言ってませんよ、佐藤さん」
「距離感遠っ! もっと親しみを込めてぇ、は・ぁ・とって呼べよ☆」
「結構です、スト……佐藤さん」
「いま結構明確にストレスって言おうとしたよね!?」

 頬を膨らませて行われる心の抗議をしれっと受け流しつつ、ありすは呆れたように三度目のため息をついてタブレットをスリープモードにした。

「ところで、心さん。私に何か用があって来たんじゃないんですか?」

 そう言って話を促すと、心は思い出したようにぽんと手を打って答えた。

「あ、そうそう、漫才やってる場合じゃ無かったゾ☆」
「自覚はあったんですね」
「いちいちスウィーティじゃないな☆ えっと、ありすちゃんにお客さんだぞ♪」
「橘です」
「そこツッコミいる!?」

 軽快なツッコミを披露しながらも、心は部屋の外に待っていた二人を呼び入れる。ありすがソファから立ち上がって出迎える中、入ってきたのはどちらもありすと直接面識は無いが、見覚えのある人物だった。一人は、ホラー系アイドルとして人気を集め、ありすにとっては先輩にあたるアイドル、白坂小梅。そしてもう一人は。

「はじめまして、だな! ウチは早坂美玲だ! よろしくなッ!」
「は、はじめまして、早坂さん。橘ありすです。よろしくおねがいします……?」

 勢いに押されて挨拶したものの、彼女が唐突に来た理由が分からず語尾が曖昧になるありす。頭の中を検索し、彼女の情報を引っ張り出す。確か、インディヴィジュアルズというユニットのリーダーをしている個性派アイドルだ。パンキッシュな衣装に爪や角といった獣のような装飾を施したスタイルは唯一無二で、初のライブでも『嵐がやってきた』と評されるほど話題になっていた。
 そんな彼女が、何故ここに?

「ウチのことはミレイって呼び捨てで良いぞ! ウチも、アリスって呼んで良いか?」
「……!! 私のことは、橘と呼んで下さい。それなら呼び捨てで構いません」

 美玲の言葉に、ありすの表情が僅かに険しくなる。そんな彼女を見て、美玲はわざとらしく首を傾げていった。

「どうしてだ? ウチ、アリスって名前、カッコ良くて好きだぞ?」
「好……私は、自分の名前があまり好きではありません。ですから、橘でお願いします」

 そう言って頭を下げるありす。美玲はそれを聞いてうーんと唸ると、しばらくしてから、まるで今の会話には不釣り合いな、挑みかかるような笑顔で言った。

「ふーん、やっぱりシューコの言った通りなんだな。アリスも自分と向き合うのが苦手なんだ」
「……っ!! 何故今初めて会ったような人にそんなこと言われないといけないんですか!? 失礼です。私はちゃんと自分と向き合ってます!」

 憤慨するありすに、隣で聞いていた小梅と心も若干心配そうな顔をする。そんな二人を気にもせず、美玲はそのままの調子で続けた。

「いーや、向き合えてないッ! だったら、なんで本当の名前で歌わないんだ?」
「本当の名前? 私はちゃんと……」
「クール・タチバナ」
「!!」

 美玲の出した言葉に、ありすの頬がさっと紅潮する。それは以前、彼女が自ら名乗った二つ名のようなモノだ。よりクールな自分になるための意気込みを表現したつもりだったが、改めて他人からそう呼ばれると、ありすはむず痒い感じを抑えきれなかった。
 彼女の内面を知ってか知らずか、美玲は更に続ける。

「ウチ、ここに来る前にアリスのPVとかライブ映像とか、あるだけ全部見てきたんだ。どれもカッコ良かったぞ。でも、ちょっと違和感もあったんだ」
「な、なんですか、違和感って」
「最初のデビュー曲以外、ずっと背伸びしてる感じがするんだ」

 ウチもその表現があってるかどうか分からないけど、と付け足し、美玲はありすの反応を待った。ありすはグッと唇を噛みながらも、すぐに反論する。

「与えられた曲に相応しくなるよう努力した結果です。成長と言ってください」
「別に成長を否定してるわけじゃないぞッ。でも、何かスッキリしないんだ」
「何かって、そんな曖昧な事……」

 更に反論しようとしたありすの前に、美玲はびしっと右手の人差し指を突きつけた。いきなりのことに驚いて固まるありすを、先ほどまでとは違った美玲の真剣な瞳が捉える。
 そして、美玲の言葉が、アリスの喉元に食らいついた。

「だから、タチバナアリス! 次の宮城公演、ウチと一緒に歌ってくれッ!!」
「え……えぇ!?」

 話のつながりが見えないありすは、困惑の声とともに目を白黒させる。

「ど、どうしてさっきまでの話の流れからそうなるんですか!? それに、さっきも言いましたけど、初対面でそんな」
「ダメかッ!?」
「だ、ダメって言うか、その、そう言う問題じゃ……」

 強まる美玲の勢いに押され、ありすは一歩後ずさる。彼女が何を言っているのか、何を求めているのか、ありすには全く分からなかった。いきなりやってきて「自分と向き合ってない」などと非難したかと思えば、その非難した相手に一緒に歌ってくれと言う。彼女で無くても理解しがたいと思っただろう。
 妙な緊張感だけが高まる中、一緒に来てまだ一言も発していない小梅が、心配そうな表情で美玲の袖を引っ張った。

「美玲ちゃん……もう少し順番に話さないと、ありすちゃんも混乱しちゃう、よ」
「え、あ……ゴメン。ちょっと突っ走りすぎた……」

 そう言って素直に一歩引き下がる美玲に、ありすはほっと胸をなで下ろす。「ゴメンね」と一礼して遅れた自己紹介をする小梅に、冷めぬ混乱を振り払うようにして、ありすは挨拶を返した。
 若干興奮した状態を深呼吸で整えてから、美玲は改めてこれまでの経緯を話した。今回の宮城公演が美玲にとって地元への凱旋ライブになる事。ユニットの欠員のため、一緒に歌ってくれる仲間を探していたこと。新曲『∀nswer』にふさわしい人選を望み、そして、友紀や周子を通じてありすへと繋がったこと。
 その上で、美玲はもう一度ありすに話した。

「ウチはこの歌が、少しでも誰かが自分たちのカラを破るための力になれれば良いと思ってる。それは、この歌を聴いてくれるファンにも、それに、この歌を歌ってくれるヤツらにも」
「カラを、破る……?」
「そうだッ! 限界を超える、って言っても良い」

 美玲はそう言って、友紀の時と同じように眼帯を外して見せた。彼女の普段の姿を知らないありすにとってそれがどういう意味かは分からなかったが、ここへ来て初めて見せた彼女の両目は、しっかりと迷い無く前を見据えているように見えた。

「ウチは、自分に自信のない弱い自分を、この眼帯とか、爪とか、そう言うので隠してるんだ。けど、この歌を歌うとき、ウチはいったん眼帯も爪も外す。臆病だった自分と、向き合うんだ」
「臆病な自分と向き合う……」

 反芻するありすに、美玲は言う。

「シューコから聞いたぞ。アリスは、自分の名前にコンプレックスがあるって。だから、クール・タチバナとかって自分の名前を誤魔化すんだろ?」
「ちょ、そんなに何度も言わないでください! それに、別に誤魔化してるわけじゃ」
「じゃあ、ウチと話すときだけでいいから、アリスって呼ばせてくれ」
「それは……」

 言い淀むありすを見据えながら、美玲は先を続けた。

「ウチは、アリスにコンプレックスを克服してくれとは言わない。ただ、ウチと……ウチやコウメと一緒にこの歌を歌って欲しい。そして歌ってるときだけでも良いから、ウチらのことを信じて欲しいんだ」
「信じるって……」
「ウチらは、アリスを子供っぽい名前だなんて思わない。カッコイイ名前だって思ってる。誰にも負けない、個性的な名前だ」

 美玲の隣で、小梅もこくりと頷く。その表情に、欺瞞は一つも見られない。

「自分でそう思わなくても良い。でも、そう思ってるウチらを信じて欲しい。そして、ウチらと一緒に叫ぼう! アリスって名前の、こんなにカッコイイアイドルがいるんだって、証明してやるんだッ!!」
「……!!」

 ざぁっと、一瞬視界が開けたように、ありすには感じられた。これまで誰かに、そんな風な肯定のされ方をしたことは無かった。自分の名前を好きになってみようと言われたことはある。他人からそんな風に言われても、そう簡単に変えられるものではないのに。自分の事じゃ無いから、簡単に言える。所詮それは、他人事だから。
 でも、美玲はそうは言わなかった。自分の名前を好きだと思わなくても良いと言った。ただ、自分の名前を好きだと言ってくれる人を信じろと。

「ウチは自分と向き合う。でも、すぐには自分を変えられない。だから、ウチは臆病なウチを認めてくれるインディヴィジュアルズを、仲間達を信じる。それで、皆で限界を超えるんだ! 一匹狼じゃ超えられない壁も、信じ合った皆でなら超えられるッ!」

 自分と向き合っても自分を変えられないなら、変えられない自分を認めてくれる誰かと共に歩めば良い。幸子や友紀のように絶対的な自信を持てなくても、『誰かの好きでいてくれる自分』を信じればいい。
 ありすの目に、美玲の顔が映る。再び眼帯をつけ、自信に満ちたその表情が、彼女の背中を押した。

「……分かりました。その話、お受けします」
「本当かッ!? やったー!」

 ありすの承諾に、美玲は飛び上がって喜んだ。隣にいる小梅も嬉しそうに手を叩き、側で見ていた心は何故か涙ぐんだ目をこすっている。
 そんな彼女たちを見てほんの少し頬を緩めたありすだったが、すぐにギュッと表情を引き締めて鋭く言った。

「その前に、確認しておきたいことがあります」
「……?」

 冷水を浴びせかけるようなピリッとした響きに、美玲の表情が僅かに曇る。隠れていない美玲の右目を正面から見据え、ありすは挑戦的に言った。

「その曲は、当然この『橘ありす』に相応しい、クールでカッコイイ曲ですね?」

 言い切ってから、ちょっとだけ恥ずかしそうに頬を染めるありす。一瞬ぽかんと口を開けた美玲はすぐにニヤリと笑って言った。

「当然だッ!! ウチらと一緒に、『答え』を見つけに行くぞ、アリス!!」
「望むところです、美玲さん」



 そして、再び嵐は巻き起こる。






(了)

ありがとうございました。
目を閉じれば、今もあの時の光景が蘇るようです。LVだったけど。
円盤はよ。

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