森久保乃々「これだけは無理なんですけどぉ!!」 (65)


初投稿だっちゃ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1495461207


ザーザーザーと、ゴロゴロゴロと。外はとっても酷い天気です。もりくぼは雷が苦手なのでこんな天気は嫌いです。

「ひっ!!」

ぴかっと外が光ります。また一つ雷が落ちました。少しの間を置いて、ゴロゴロと。響くような音が私の居る机の下までうるさく届きます。

「今の近かったね。」

「来るんじゃなかった…休みだったのに…こんな天気なら、部屋から出ない方が良かった…。」

「…じゃあなんで乃々ちゃん、こんな天気なのに事務所に来たの?」

「プ、プロデューサーさんだけには言えません…。」

「さっきからそう言ってるけど…いい加減何で来たのか、理由を教えてくれないかな?」

「無理です!これだけは無理です!むりくぼです!」

「なら、無理強いはしないけどさぁ…寮の人は心配するだろうし、そっちにはちゃんと理由を話すんだよ?」

「…わかりました。」

今日、私がここに来た理由ですか?プロデューサーさんには絶対に言えませんよ…。だって…。

この、私のノートを、誰にも見られないように回収したんですから!


私は絵本が好きです。プロデューサーさんにスカウトされるまでは、私は絵本作家になりたかったんです。正直、まだ絵本作家という夢をまだ諦めてません。

で、このノートには私の考えた絵本の下書きが書きためてあって…。絶対に、絶対に他の人には見せられません。

恥ずかしいとか、じゃなくて。本当に、本当に、見せるわけにはいけないんです。特に、プロデューサーさんには。

「どんどん雨風がひどくなってるな…乃々ちゃん、もうちょっと待っててね、あとちょっとだから。」

「は、はい…。」

 昨日、うついうっかり机の下にノートを忘れてしまったせいで、こんな天気にもかかわらず取りに来る羽目になっちゃいました。誰も居ないと思ったらプロデューサーさんがいて、仕方ないから素早く定位置に入り、ノートをガードするようにしました。

 そして、帰ろうとしても…。

「プロデューサーさん、まだですか?」

「あとちょっと。」

来るときは電車だったんですけど、今は悪天候のせいで止まっちゃってて。帰りはプロデューサーさんが車で送ってくれることになったんですけど…。

「…まだですか?」

「あとちょっと。」

さっきからずっとこう。同じ質問を同じ言葉で返されてしまいます。

「ごめんね、キリがいいところまで待ってて。」

さっきからずっと、机の上でタイピング音と、クリック音が止まらず鳴り続けています。

「…だいたい、プロデューサーさんは働き過ぎなんですよ…今日だって、プロデューサーさん以外、誰も来てないじゃないですか。」

『働き過ぎ』、常々私はそう思っています。私が知る限り、プロデューサーさんが休んだ日なんて、これまでに片手で足りるほど。いつ倒れないか、私は心配です。

「プロデューサーさんは…いつも真面目に仕事してるし…たまには休んだ方がいいと、もりくぼはそう思います。」

「ははは…心配してくれてありがとう。でも、要領が悪い僕みたいなのはこういうときでも頑張らないといけないんだ。それに、次の乃々ちゃんの仕事のために少しでも自分の他の仕事を片付けておきたいしね。」

「うぐぅ…。」

そう言われると返す言葉がありません。仕方なく私はノートを胸に抱え、黙りました。

 プロデューサーさんは今、自分を卑下するようなことを言ってました。でも、私は知ってるんですよ、他のプロデューサーさんやちひろさんが「あいつは真面目だ」とか、「いつも頑張ってる」って褒めてること。

だから、もうちょっと自信を持ってもいいと思うんですけど…。前まで仕事を辞めたがってた私が言うのも、あれですけど。

私は膝を抱えたまま、雨と風と、そしてプロデューサーさんのタイピング音に耳を傾けることにしました。



・・
・・・
・・

「…終わったぁ~!」

 ようやく片づいた。これで乃々ちゃんを寮まで送ることが出来る。長いこと待たせちゃって悪かったな。今度、何かお詫びをしないと。

「乃々ちゃん、待たせてごめん、帰―。」

 机の下に居る乃々ちゃんに声をかけ、のぞき込む。そこで、初めて気がついた。

「…寝ちゃってる?」

そういえば、途中から雷にも全く反応しなくなってたな。やるべき事に夢中で気がつかなかった。

「…うぅん…むにゃ…。」

乃々ちゃんは、とても気持ちよさそうに寝ている。起こすには忍びない。

「起こさないように連れて行こう。」

 双葉さんところのプロデューサーは、双葉さんが寝てしまったとき、抱っこして彼女を運んでいる。実際、何度かその姿も見たことある。僕も彼にならおう。仕事はともかく、体力と筋力に自信はある。

 幸い、今日は風が強いからか、乃々ちゃんは珍しくスカートじゃない。これならだっこ出来るな。

「よい…しょっと!」

「うぅ…えへへぇ…。」

起こさないように、慎重に慎重に乃々ちゃんの体をだっこする。軽い。これなら落とすことなく駐車所まで連れて行けそうだ。持ち上げると、心なしか、乃々ちゃんの顔が綻んだ気がする。いい夢でもみてるのかもしれない。

乃々ちゃんを起こさないように扉を閉めると、屋内だというのに冷たい風が吹いていた。

見ると、窓を一つ閉め忘れていたせいで、廊下に水たまりが出来ていた。乃々ちゃんを送った後、拭いておかないとな。そう思いながら長い廊下を、乃々ちゃんを抱え歩いた。


・・
・・・
・・

 ふわふわと、なぜだかいい気分。森の中で、ハンモックにゆらゆらと揺られるような。眠りに入る直前の、夢と現実がごっちゃになった、私の好きな時間。

「んぅ…すぅ…。」

 どこからか、匂いがします。心地いいような、安心するような、ずっとかいでおきたいような。

「えへへぇ…んにゃ?」

 そこで、目を覚ましてしまいます。外は相変わらず雨音がうるさい。そして、何故かひんやりとした風が私の体をなでます。

「あ、起きちゃった?ごめんね。」

 目の前には、プロデューサーさんの顔があって。体は、プロデューサーさんに抱きかかえられていて。いわゆる、お姫様だっこなるものを私はされていました。

「…………………!!?!??!?!???!????!!」

プロデューサーさんと目が合ってしまいました。顔は、今までで一番近い。

「ふぎゃ!」

動揺して、少し暴れちゃって、ドシンと、お尻から落ちてしまいます

「乃々ちゃん!?大丈夫!?」

 プロデューサーさんも目の前で、ぶつけて痛いお尻をさすります。でも、尻もちをついてしまったことよりも。知らない間にお姫様だっこをされていたなんて、恥ずかしすぎます。

 いや、嬉しくないわけじゃないんですよ?でも、私的には、もうちょっとムードとか…いやいや、何を思っちゃってるんですか私は。

「も、もう大丈夫です!もりくぼは一人で帰ります!もりくぼは一人で歩けます!!」

 そう言いながら、恥ずかしさとプロデューサーさんから逃げるように私は走り出しました。

「そこ!!水たまり!」

「ほぇ?」

 プロデューサーさんの忠告を聞き終えることなく、私は足を滑らせ、水たまりの中にダイブしてしまいました。


―――
――

「…うぅ。」

「…ごめんね。」

「いや、プロデューサーさんが、悪いわけじゃ...。」

「でも、勝手に抱っこしちゃったし…それに、服も。」

 あの後。私は水たまりに見事にダイブしてしまい、びしょびしょに。今はレッスン用のジャージを着て、プロデューサーさんの車に揺られています。

「今度からは、ちゃんと起こすようにするよ。」

 申し訳なさそうにプロデューサーさんは謝ります。

「あ、いえ…その…。」

 普段から、杏さんが担当のプロデューサーさんに抱えられているのをよく目にします。それを少しだけ羨ましいと…思っちゃったり。だから抱っこしてもらったことが嬉しくて、ドキドキして、眠っちゃたことが少し残念で。

 あんなにプロデューサーさんと密着したのは、今までになくて、思い返すとすこし口の端が上がってしまいます。

 でも私には、『お姫様抱っこで構いません』なんて言う勇気も、度胸もなく。私のつぶやきは、窓に当たる雨がかき消しました。


「それじゃ乃々ちゃん、また明日。」

「はい…ありがとうございました。」

 車のドアを急いで閉め、雨に濡れないように、でもまた転ばないように小走りで寮の扉まで向かいます。プロデューサーさんが近くに車を停めてくれたとは言え、距離は少しありました。

 濡れないように、なるべく濡れないように、でも急ぎすぎないように気をつけて。そして、寮に入り、一息ついたところで思い出してしまいました。

「…ノートぉ………。」

 忘れ物を、忘れてきてしまったということに。


今日はここまで。

初投稿で勝手が分かりませんが、まあまあ前作のまとめをどうぞ→http://twpf.jp/vol__vol

>>1にとっての初投稿の定義が知りたい

初投稿とは……ウゴゴゴゴ

渋とかにはまだ投稿してませんよ、てこと?

そういうネタだと解釈していたが
ガチ目に返されててワロタ

SS投稿と恋はいつでも初舞台っていうし

流石に夢芝居は知らん人多いやろ

再開します。

すいません、初投稿ってのは軽いネタです。本当は初投稿じゃないです。


・・
・・・
・・

 昨日は乃々ちゃんに悪いことをしてしまったな。双葉さんがしょちゅう運ばれている姿を見るから勘違いしていたけど、アレって良くないことだし。年頃の女の子を許可なく抱っこしたのは、デリカシーが足りなさすぎた。

 どうしてあんなことをしてしまったんだろう?考えても答えは出ない。自分でもよく分からない。豪雨で気分でも上がっていたのか?分からない。

だったら、乃々ちゃんに謝ることが第一優先だ。昨日も謝ったけど、だから『ハイいいですよ、今日からはお願いしますね』とはならないだろう。

「乃々ちゃん…まだ来てないか。」

 机の下をのぞき込むけど、乃々ちゃんの姿はない。昨日の今日だ、僕と顔を合わせたくないのかも。

「ん…?」

でも、気になるものはあった。

「ノート…?」

 薄い青色のノートが、床にポツリと落ちている。拾い上げ、表紙をみてみると「絵本13」と「もりくぼ」の字が目に入った。絵本13、が何を指すのか分からないけど、乃々ちゃんのもので間違いないらしい。

「忘れていったのかな?」

 中を見ようとして、やめる。これはもう乃々ちゃんのものだって確定しているんだ。だったら、中を見る必要なんかない。昨日の事もあるし、これ以上乃々ちゃんにデリカシーのないことをするわけにはいけない。

そう思った直後、扉が開きノートの持ち主がやってきた。


・・
・・・
・・

 昨日の天気が嘘のように晴れています。私の心は少し昨日の事を引きずっています。

 あれから、部屋でも一人落ち着けなくて、ベッドに入っても寝付けなくて。で、眠れたと思ったら夢にも出てきて、夢の中ではもっとずっとプロデューサーと密着してて。結局、目が覚めてあまり眠れませんでした。

 いまプロデューサーさんと出会ったら、どうなっちゃうんでしょうか。とりあえず、いつも以上にちゃんと喋ることが出来ないと思います。

 でも、明後日の収録の打ち合わせがあるので、顔を合わせないといけません。それに、昨日出来なかったノートの回収も。

「昨日のうちに…全部済ませておけば良かった…。」

 でも、過ぎたことはどうしようもありません。平常心を保って、早めに済ませて、早めにその場を去るようにしましょう。

「おはようございます…。」

「ああ、乃々ちゃんおはよう。」

扉をあけると、プロデューサーの姿が見えました。平常心、平常心。

「え…?」

 平常心は、一秒たりとも保てませんでした。プロデューサーさんの手に、昨日の私の忘れ物があったのです。

「昨日はごめんね…あれって完全にセクハラだよね、本当にごめん、乃々ちゃんの気持ちも考え」

「ノーート!!」

ついつい大声を上げ、プロデューサーに詰め寄り、ノートをひったくります。さっきまでちゃんと話せるか不安だったのが嘘のよう。

「の、乃々ちゃん?」

「みみみみみみ、見てないですよね!?中!見てないですよね!!?」

「見て、ないけど…。」

「本当に見てないんですよね!?」

「見てないよ。」

 その言葉を聞いて、よろよろとその場にへたり込みます。

「良かった~…。」

「乃々ちゃん、絵本でも描いてるの?」

「ひゃい!?」

でも、またすぐに飛び上がってしまいました。

「な何で分かったんですか!?やっぱり見たんですか!?」

「いやだって…表紙に名前と『絵本』って書いてあったし、乃々ちゃんが絵本を描いてるのかなって…違った?」

「いえ…違いませんけど…。」

「絵本描いてるんだ!」

思った以上に食いつかれてしまいました。嘘でも、「違う」って言っておけばよかったです。

「いやー、すごいなぁ!どんな内容なの?良かったら見せてもらってもいいかな?」

「え…?」

 私が思っていたのとは、違う反応をプロデューサーさんはします。

「…あ、ご、ごめん!昨日といいほんとデリカシーが足りな」

「おかしく…ないんですか?」

「え?」

「私が…これを描いてるの…おかしいって思わないんですか?」

「おかしい…?」


 私がこれをプロデューサーに見せたくなかった理由。それは恥ずかしいからじゃなくて、変に思われたくなかったから。この年になっても、絵本の大好きな変な女の子ってプロデューサーに思われたくなかったから。

 多くの人が、絵本を「小さな子供が読むもの」だと思っています。少なくとも、中学生の私が対象から外れていることは確かです。

 でも、好きなんです。絵本の世界とか、お話が大好きなんです。そしてそれを自分の手で作るのが。自分の好きな事を、自分の好きなように表現できる。だから私は絵本と、絵本を描くことが好きなんです。

といっても、やっぱり変だから。今でも十分変だけど、いや、今でも十分変だから、これ以上プロデューサーに変な娘って印象を持たれたくなかったんです。

「まったく…むしろすごいと思うけど…。」

「すごい…?」

「うん。」

 だから、『すごい』なんて言葉は全くの想定外でした。


「乃々ちゃんはなんで、『おかしい』って思うのかな?」

「え…えっと…それは…」

 私が思ってたことをかいつまんで言います。子供っぽくて変だとか、こんな年になっても絵本が好きなのはおかしくないかとか。…プロデューサーさんに変に思われたくなかった、とは言えなかったんですけど。

「変じゃないよ。」

 全てを聞き終えたプロデューサーさんは、まっすぐ私を見て言ってくれました。私はいつもの癖で目をそらしてしまいます。それでもプロデューサーさんは、私にまっすぐ言葉を言ってくれます。

「僕は、創作とかてんでダメでね。何かを創って、生み出せる人を羨ましく思っているんだ。当然、乃々ちゃんも。」

「羨ましい…。」

「羨ましい。人って、自分が持ってない何かを持つ人に憧れるもので…乃々ちゃんがおかしいって思ってるそれは、僕からしたら尊敬の対象なんだ。」

 プロデューサーさんは、私のことと、まだ中身も見せていない絵本のことを絶賛しています。どうしてでしょうか、嬉しすぎます。

「だから…変とか、おかしいとか、そういうことを、僕は乃々ちゃん自身に言ってほしくないな。僕は、子供っぽいとか、変とか思わないよ。すごいとは思うけどね。」

 私のこれまでの心配事が、嘘のように一気に解消されました。いや、ただ解消されただけじゃなく、私のことと絵本のことも一緒に褒めてもらえて。

「卑下なんかすることな…」

「ひぐっ…ひぐっ…。」

 私は泣いてしまいました。


「ま、また僕なんか変なこと言った!?昨日といいほんとごめん!!」

「ち、違、違いま、ひっぐ、違います…」

 このノートは、私にとっては恥ずかしいものであって、誰かに褒めてもらえる対象ではありませんでした。でもプロデューサーさんは私のこれをすごいと言ってくれて、尊敬すると言ってくれました。

 どうしてプロデューサーさんは中も見ていないこのノートの事をすごいと言ってくれるんでしょう?どうしてプロデューサーさんはこんな趣味を子供っぽいと思わないんでしょう?

 考えても私には分かりません。でも、こんな事を言ってくれるなんて思いもしなかったので。何が何だか分からないけど、嬉しいことだけははっきり理解できて。気がついたら涙が出てました。

プロデューサーさんは私以上に何が何だか分からないようで、ずっとごめんごめんと謝ってました。私は申し訳なくなって、涙を止めようとしますが溢れて溢れて止まりません。

「いえ、こんな風に、い、言ってくれるとは、思ってもなかったので…」

 あれから10分ほど泣き続け、その中でようやくプロデューサーさんが悪くないと言うことを言えました。プロデューサーさんはそれでも少しばつが悪そうにして、ハンカチをかしてくれました。


「あの…プロデューサーさん、これを読んでもらってもいいですか?」

まだ少し鼻をすすりながら、私はプロデューサーさんにノートの下書きを差し出します。

「…読んでいいの?」

「…読んでもらいたいんです。」

 プロデューサーさんは褒めてくれたけど、まだこのノートの中身を見てません。褒めてもらったことで、少し私は欲が出てしまいました。中身もプロデューサーさんに褒めてもらいたくなってしまったのです。

「じゃあ…。」

 プロデューサーさんは私からノートを受け取ると、絵本の下書きを真剣な目で見て行ってます。ぺら、ぺらと言うノートをめくる音が、私の緊張を誘います。

 勢いと欲が出てノートをプロデューサーさんに渡してしまいましたが、所詮は下書きで。もし『面白くない』とか、『なにがしたいのかわからない』とか言われたらどうしようとか、いつものようなネガティヴ思考に陥ってしまいます。

「…すごい面白い!」

 そんな不安も一気に払いのけられましたが。

「面白かった…んですか?」

「面白いよこれ!本屋に並んでても違和感ないくらい!」

 本当なんでしょうか?私に遠慮して大げさに言ってるんじゃないでしょうか…いや、プロデューサーさんの目が嘘を言っているようには見えません。

 じゃあ、本当に面白いって思ってくれたのでしょうか。私が好きに描いたあの絵本を、あの物語を、プロデューサーさんは面白いって思ってくれたんでしょうか。

 プロデューサーさんは何度も何度もページをめくり返し、何度も何度も面白い、面白いと言ってくれます。

 そこまで褒められると、流石に恥ずかしい。恥ずかしいけど、でも嬉しくて。

「えへへ…。」

 嬉しくなって、今度は涙じゃなく、笑いが出ました。

今日はここまでです。

明日は更新できるかどうか分かりませんすいません。

そしてほんとは初投稿じゃないのに初投稿って言ってすいません

まぁ要素もないのに初投稿なんて言っても良いことないしね

擬態の新人なんてよくある事じゃね?

初投稿にここまで突っ込まれるとは普通は思わんよ

再開します。

更新できたわ。


―――
――

 あれから時間は過ぎて、夜。

 ノートを読んでもらって、その後の打ち合わせも終えて、今私は寮の自室に居ます。ベッドに横たわり、胸にはノートを抱えて、今日の昼のことを思い出します。

『すごい面白い!』

 あの言葉を思い出す度に頬が緩みます。今持ってるこの13冊目の絵本ノートだけじゃなく、これまでの絵本ノートも読んでもらいたいな、そしてまた面白いって言ってもらいたいな、なんて思っちゃったりもします。

 次見せるとしたらどれがいいだろう?一番自信のある7冊目がいいかな?最近描き終えた12冊目がいいかな?もういっそのことこれまでの全部見てもらおうかな?いやでもプロデューサーさんも暇じゃないだろうし…。

 ボフンと寝返りをうち、あのときのプロデューサーさんの言葉を思い出します。

『人って、自分が持ってない何かを持つ人に憧れるもので…』

 …確かに、そうかもしれません。それは私が身をもってよく知っています。


 プロデューサーさんも、どちらかというと私と同じ部類の人間です。気弱で、どこか自信のないところは私と同じです。

 でも、プロデューサーさんは私と違って逃げることをしません。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、自分のするべき事はちゃんとする人です。

 だからこそ、本人が居ないところで『真面目だ』、『頑張ってる』と他人に褒めてもらってるんです。

 プロデューサーさんは私と同じだけど、私と違う。

 いつからか私は真面目に仕事をするプロデューサーさんの姿に憧れ、ああなりたいと思うようになって、逃げることをやめようと思うようになりました。

 いつかプロデューサーさんが私のことを、ちひろさんに『嫌だ嫌だって言ってても、ちゃんと仕事が出来るすごい娘ですよ』と言ってました。私が机の下に居るのに、それに気づかず私のことを褒めていました。とても恥ずかしかったです。

 でもプロデューサーさん、褒めてもらってありがたいのですが、私はまだまだです。まだまだあなたからは程遠い。

 ポケットから昼間涙をぬぐうために渡されたハンカチを取り出します。すると、ふわっとプロデューサーさんの香りがしました。なんだかデジャヴのように感じた後、昨日のお姫様抱っこの記憶がフラッシュバックします。そこで、思考をシャットアウト。

 危ない危ない、こういうのは一度思い出すとまた忘れるまでに時間がかかりますからね。なるべく思い出さないようにしないと。私はノートを開き、意識をハンカチからそらそうとします。

 でも、忘れようとすればするほど、鮮明にあのときの事が思い出されます。私はたまらず枕に顔を埋めてしまいました。

「うぅ~…。」

 また夢に出てきたらどうしよう…


・・
・・・
・・

 「うぅ~ん…。」

 パソコンから目を離し、大きくのびをする。ブルーライトカットの眼鏡をかけているとはいえ、やはり長時間画面を見続けるのは目に悪いだろう。

 時計を見ると、日付が変わるまであと10分ほどだということが分かった。

「今日は終電間に合うかな…?」

 どうだろう、このペースだと間に合わない気がする。今日も車で帰ることになりそうだ。ガソリン代がかさんでしまう。でもまあしょうがない。自分の要領の悪さを憎むしかない。

「さて…と。」

 休憩がてらコーヒーを淹れよう。僕は空のカップを持ち、給湯室に向かった。


 コーヒーを注いでいる間、僕は、乃々ちゃんが描いた絵本の事を考えていた。

 乃々ちゃんにあの絵本の事を面白いと僕は言った。でも、そうじゃない。いや確かに、確かに面白かったのだが、それ以上に。それ以上に、暖かかった。

 美味く言語化できない自分の語彙力を恨む。あの絵本は、面白いの一言で片付けるにはもったいないような気がする。でも僕は、絵本の魅力を人に説明できるような言葉に直すことが出来ない。

 登場人物が、ストーリーが、下書き状態の絵が、一つ一つの要素全てが僕の心を暖めた。この感動を、乃々ちゃんに伝えたい。でも、伝えられないことが悔しい。

 少し淹れすぎたせいで、コーヒーは零れそうになっていた。少しだけ飲んで、仕事部屋に戻ろう。

 あのノートには『13』と書いてあった。もしかしたら、同じようなものがあと12冊あるのかもしれない。

 もしそれらがあるとするならば、見せてもらうことは出来るのだろうか?いやでもそれは流石に厚かましい気が…。

「…あ。」

 そこで思い出した。昨日の抱っこの件、うやむやになって結局乃々ちゃんに謝ってなかった。どうしよう。

「…今日謝ろう。」

 日付は、いつの間にか変わっていた。

今日はここまで

続きは明後日くらいかなぁ…

再開します


―――
――

 一夜明けて、月曜日。そういえば、乃々ちゃんは中学生だった。すっかり頭から抜けていた。仕事がある明日までは会えないだろう。

「明日まで待つか?」

 でも、なるべく早めに謝りたい。そうだ、スマホがあるじゃないか。これで謝れば…いや、やっぱりこういうことは直接謝った方がいいと思う。

「…コーヒー、なくなってる。」

 考えているうちにコーヒーカップは空になってた。また給湯室まで淹れに行かないと行けない。まずはこれを淹れることが最優先だ。

 もういっそ給湯室まで行くのも面倒だし、コーヒーメーカーを買ってこの部屋に置こうかな?それが一番いいような気がしてき

・・
・・・
・・

 放課後。私は一度寮に戻り、荷物を持って事務所に向かいます。荷物は7冊目の絵本
ノートと、昨日借りたハンカチ。

「これも…面白いって言ってくれるかな…?」

 私が一番の出来だと思うのは7冊目の中の4つ目のお話。内容は、ひよこと犬が仲良くなっていくもの。昨日読んでもらったお話とは毛色が違うので、少し不安です。

「…。」

 今日、本当に行っても良いのでしょうか?急に押しかけるのは良くない気がします。本当なら、明日の仕事の時に渡すのがベストなんでしょう。

「そもそも…。」

 そもそも。絵本を見てもらうという前提でものを考えているのがおかしい気が…。

でも、見てもらいたいんです。早く見てもらいたい。昨日みたいに面白いと言ってもらいたい。

「…ふぅ。」

一度、深呼吸。よし、大丈夫。プロデューサーさんが最初に言ってくれたように、落ち着いて。

 私は、寮を発ちました。


 事務所の、プロデューサーさんがいる部屋まで廊下を歩きます。すると、私がこけてしまった所まで来たところで、あのときの事を思い出してしまいました。

 さっきまでは考えられないように出来ていたのに…。

 でも、これから「読んでください」って言う方が大変かもしれません。ノートの入った紙袋を胸に抱えて、また深呼吸。

そして、プロデューサーさんがいる部屋の前で。

「…し、失礼します。」

 少し声が上ずってしまいました。大丈夫、大丈夫と心の中で自分に言い聞かせます。

「…?」

 返事がありません。いつもならプロデューサーさんはどんなに私が小さい声でも挨拶を返してくれるハズなんですが。

「プロデューサーさん…寝てるんですか?」

 プロデューサーさんは、机に突っ伏してました。やっぱり疲れて…。

「…?プロデューサーさん?」

 床には、空のコーヒーカップが落ちていました。

今日はここまで、続きはまた


再開します。


・・
・・・
・・

 見慣れない白い天井、腕につながった点滴、白色のカーテン…。

「…どこ?」

「ああ、おはようございます。」

 ナース服の女性が僕に声をかけてきた。その奥には、テレビを見てるおじさんの姿がある。起き上がろうとすると、ナース服の彼女に制止させられた。

 何が何だか分からないい。僕はどうなった?

「過労で倒れたんですよ。」

 ナースさんは少しはにかみながら、そう僕に疑問の答えを告げた。

「丸一日寝てたんですよ、今は火曜日です。」

「かよっ…!」

 火曜日。乃々ちゃんの収録がある日。

「乃々ちゃんは!?大丈夫なんですか!?」

 こんなところで寝ている場合ではないと、乃々ちゃんの収録に立ち会わねばと、起き上がろうとする。再びナースさんに制止させられた。

「あまり無理しないでください。過労で倒れたんですから、ゆっくり休んで、ちゃんと疲れをとるようにお願いします。」

 それからナースさんは、トイレの場所や点滴が終わったらどうするか何かを言っていたけど、全く耳には入らなかった。乃々ちゃんのことが不安で不安で仕方なかった。


 僕が起きたのは正午を少しすぎた頃だった。

起きてからしばらくは、ボーッとしていた。スマホも財布も事務所においてきたままで、暇を潰す手段が一切なかった。となりのおじさんは今日で退院らしい。病院服から普段着へと着替えていた。

「若いからって、あんま無茶しちゃいけねえよ。体を大事にな。」

 おじさんは、部屋を出る前に、缶コーヒーと度数が一切減ってないテレビカードを僕に手渡した。

「金ねえんだろ、これやるわ。」

 申し訳ないので返そうと思ったが、それより先に「お大事に」と手をひらひらと降りながらおじさんは病室を後にした。

 病室が、広くなったように感じた。


 缶コーヒーもテレビカードも手をつけるには気が引けたので、またしばらくボーっとしていた。何も考えないように努めても、作成途中の書類のことや、営業先のこと、そして乃々ちゃんのことが頭に浮かんでしまう。

 『プロデューサーさんは…いつも真面目に仕事してるし…』

 ふと、あの雨の日に乃々ちゃんに言われたことを思い出した。

「真面目…か。」

僕は真面目なのか?ただがむしゃらに目の前のことをこなしているだけの馬鹿なんじゃないか?確かに、真面目だと人に褒められることはある。でも、仕事が出来ると褒められたことはない。

 他人よりも劣っている分を、量でカバーしているだけなんだ。結局は、自分が他人よりも劣らないようにするためで。こんなのを真面目と呼んでもいいのか。

「まあ、少なくとも…。」

 この、乃々ちゃんの仕事に悪影響を与えている今の僕は、真面目じゃない。真面目の対局の存在だろう。

「…。」

 謝れず、収録にも送迎にも行けず、次のための相手先との打ち合わせも出来ない。これのどこが真面目って言うんだ。この状況じゃ乃々ちゃんに何もどうにも出来ない。

乃々ちゃんの邪魔にしかなってない。

「…………………死にたい。」

「…プロデューサーさん?」

 僕しかいないはずの病室に、僕以外の声が響いた。


 声がした方へ目をやる。そこには乃々ちゃんの姿があった。手には紙袋を持っている。

「あの…お見舞いに来たんですけど…。」

「…収録は?」

「無事に終わりました…ディレクターさんが、プロデューサーさんを探してましたけど。」

「ああ、あの人にも迷惑かけたなぁ…。」

「……その、プロデューサーさん…さっきの………。」

「さっき?」

 さっきの、つい口をついてしまったつぶやきか?

「…何でもないよ、気にしないで。ディレクターさん何か言って」

「何でもない人が…。」

「…乃々ちゃん?」

「何でもない人が、『死にたい』なんて言う分けないじゃないですか。」

 乃々ちゃんは、珍しく声を張り上げた。その声には、涙が混じっている。


・・
・・・
・・

 最初は、ただ疲れて居眠りをしちゃってただけだと思ってました。でも、どれだけ時間がたってもピクリとも動かず、私は少し不安になって、ちひろさんに声をかけました。

 そして、過労とわかり、プロデューサーさんは病院へ運ばれていきました。

「これだけ働けば倒れますよ…。」

 ちひろさんがパソコンの画面を見ながら言った言葉が、忘れられません。


「森久保ちゃん?今日プロデューサーさんはいないの?」

「あ、えぅ、その、入院して…。」

「入院!?あーマジか…打ち合わせどうするよ…。」

 今日の収録。いつものワンコーナーだけの収録です。でも、いつもの何倍もの不安が私を襲いました。

「…大丈夫、大丈夫。」

 まだ始まるまで時間はあります。落ち着くために、深呼吸。プロデューサーさんが言ってたように。

 不安が大きいとき、私は決まってプロデューサーさんと机の下で一緒に座ったことを思い出します。

 私が初めての仕事に行かないとごねたとき、プロデューサーさんは私が立てこもっていた机の下に潜り込んできました。

『…なんか、狭くて心地いいね。乃々ちゃんがここにずっといたくなる気持ちも分かる。』

『だったら…もりくぼをここから出さないでほしいんですけど…。』

『でもね、ここにいたままじゃ体験できないことがあると思うんだ…僕は乃々ちゃんにいろんな事を感じてもらいたいんだ。』

『そんなことしなくても…もりくぼは結構なんですけど…。』

『ははは、確かにね、もっともだ。…でも…そんなことが、案外とんでもないくらい大きな思い出になったりもするんだよ。』

『思い出…ですか?』

『うん。とってもとっても大きな思い出。ふとしたときに思い出して、笑顔になるような。』

『そんなこと…あるんですか?』

『それを確かめるのは乃々ちゃんだよ。』

『えぇ…。』

 確かに、あの時から、私にはたくさんの思い出ができました。辛かったことも、嬉しかったことも、恥ずかしかったことも、誇らしかったことも含めて全部、大きな大きな思い出。

「よし…!」

 今日の、プロデューサーさんがいないこの収録も、思い出になるのかな?

 …確かめられるのは、自分だけですよね。


―――
――

「お疲れさま森久保ちゃん!今日最高だったよ!プロデューサーさんによろしくね!」

「はい、ありがとうございました。」

 ぺこりと頭を下げ、私は現場を後にします。

「…よし。」

 お見舞い用に、昨日用意していた紙袋を持って病院へ向かいました。中身は、昨日渡そうと思っていた絵本と、ハンカチと、

「…美味しく出来たかな?」

 自分で作ったクッキー。愛梨さん、かな子さんと一緒にお仕事したときに教えてもらったレシピを元に、昨日作ったものです。

 お菓子作りに慣れた二人みたいに、ちゃんとしたものができたのかどうか不安です。味見の結果は良かったので、そこまでのものでは無いと思いますが。

「…大丈夫。」

 私はプロデューサーさんのいる病室へ向かいます。昨日と少し状況が似ていますが、昨日とは全く違った気持ち。

 病室の前へ。ネームプレートには、印刷されたプロデューサーさんの名前があります。

 ノックをしても、返事は返ってきません。寝てるのでしょうか?だったら、この紙袋だけ置いて帰ることにしましょう。

「失礼します…。」

 寝ているなら、起こさないようにと、ゆっくりドアを開け中に入ります。

「死にたい。」

病室に一歩足を踏み入れると、予想もしてなかった言葉が耳に飛び込んできました。

今日はここまで、続きはまた
明日はエグゼイドがありますね

イベントが終わったので再会します。
レーザー復活ってマ?


 プロデューサーさんは、どこか遠くを見つめています。

『死にたい。』

 まさか、プロデューサーさんの口からこんな言葉が出るなんて思ってもみませんでした。だって、プロデューサーさんは私と違って強いから。どんなに苦しくても、辛くても、自分のするべき事からは逃げない人で…いえ、だからこそ、そう思ったのかもしれません。

 私はよく弱音を吐きます。でも、そのほとんどはプロデューサーさんが聞いてくれます。なので私は、辛いとき、苦しいときに助けになる存在がいると言えます。

 でも、プロデューサーさんは?辛いとき、苦しいとき、プロデューサーさんはどうしているのでしょう?

 全部一人で解決しようとして、抱え込んで、辛くなってもそんなそぶり見せないで、苦しくなっても何でもないように振る舞って。弱音は全部自分の中に押し込んで。

『死にたい。』

 さっきの言葉が、私の中で繰り返し響きます。

「…プロデューサーさん?」

 私はたまらず声をかけてしまいました。なんでそんな言葉を言ったのか、疑問を解消するために。

「…何でもないよ、気にしないで。」

 プロデューサーさんは、はぐらかそうとしました。

 何でもない人が、理由もなしに『死にたい』なんて言うわけがありません。でもプロデューサーさんは、『何でもない』ということにしようとしています。

 私は、悲しくなってきました。私だって、プロデューサーさんが辛いとき、弱音を吐きそうなときは力になりたい。『死にたい』なんて、言ってほしくない。

「…乃々ちゃん?」

「何でもない人が、『死にたい』なんて言う分けないじゃないですか。」

 私は声を荒げてしまいました。やけくぼだったときよりは小さいけど、それでも病院内ということを考えると、大きかったと思います。しかし、私にはそれを考える余裕はありませんでした。それほどまでに、悲しくて、悔しくて。

「どうしてですか…?」

「え?」

「どうして…そんなこと言うんですか?」

 プロデューサーさんがこの世からいなくなる…考えただけでも、私の心はひどく締めつけられます。

 冗談でも、プロデューサーさんにはそんなこと言ってほしくありません。


・・
・・・
・・

 乃々ちゃんは、涙まじりの言葉を紡ぐ。

「そんなこと…嘘でも言わないでください…!」

 その瞳は、まっすぐ僕を見つめている。乃々ちゃんがここまでちゃんと僕を見たのは、初めてかもしれない。

「そん、なこと、言うくらいなら…それ、より前に…私に…」

 鼻をすする音が痛々しく病室に響く。乃々ちゃんは小さな肩を震わせている。

「いつも…助けられてますから…ぐずっ…私も…辛い、ときは…ひっぐ、助けに…頼って…。」

 そこまで言うと乃々ちゃんは、初めて涙をぬぐいだした。

「お願いですから…そんなことだけは言わないでぇ…。」

「…。」

 僕は、ベッドから出て乃々ちゃんに歩み寄る。そして、最初に言うべき言葉を。

「ごめん。」

 乃々ちゃんは顔を伏せ、涙をぬぐっている。しゃくり上げて震えるその肩に手をやる。

「ごめん、乃々ちゃん。泣かせるようなこと言って、ごめん。少し、弱気になっちゃった。」

「弱気に、なったら…たよ、頼って…もらひぐっ、もらいた…。」

 頼る。乃々ちゃんの、と言うより他人の前では弱音を吐かないようにしていた。不安にさせたくなかったから。だから、誰かに頼ることを、心のどこかでダメなことだと思っていた。

 でも。

「頼って…いいのかな?」

「わた、私だって…いつもプロデューサーさんに、頼って、ますし、力に、なれないかもで、すけど…なりたんです…!」

 乃々ちゃんは顔を上げ、また僕の方をまっすぐと見る。目尻には涙がたまっている。

「だから…私…苦しいときは…苦しいって…。」

「うん…ありがとう。」

 ありがとう、乃々ちゃん。でも、そろそろ涙を止めてほしいな。

「僕はもう、大丈夫だから。」

「ひぐ…本当ですか…?」

「本当、でも…次は。」

 次辛くなったときは。そのときは。

「乃々ちゃんを頼るよ。」

「…はいぃ。」

 そこで乃々ちゃんは止まりかけていた涙をまた流し始めた。ハンカチを貸そうと思ったけど、持ってなかったことを思い出したから、病室にあった箱ティッシュを手渡した。


「あの…これ…」

 赤い目の乃々ちゃんは、おずおずと手に持った紙袋を差し出した。中を見ると、ノートとハンカチと、可愛くラッピングされたクッキーがあった。

「その…口に合うといいんですけど…。」

「今、食べてもいい?」

「あ、はい…。」

 丁寧にラッピングからクッキーを取り出し、口に入れる。甘く、優しい味がした。さっきおじさんからもらったコーヒーがあったな。無駄にするのももったいないし、このクッキーに合わせて飲もう。

 よく振ってから開け、クッキーを少しかじった後にコーヒーをすする。

「…。」

「ぷ、プロデューサーさん?なんで泣いて…」

「…ははっ。」

 コーヒーはしょっぱかった。


――
―――
――――




 あるところに、ひとりのおんなのこがいました。


 そのおんなのこは、きよわで、おくびょうで、いつもせまいところでひとりすわっている、ダメなおんなのこでした。

 きのうも、きょうも、そしてきっとあしたも。おんなのこはずっとひとり、かたまったままうごかないまま。

 そんなひが、なんにちもつづいたあるひ、ひとりもたびびとさんがおんなのこのもとにやってきました。そのたびびとさんは、どこにでもいそうな、ふつうのおとこのひとのようです。

 「ぼくといっしょに、たびにでようよ」たびびとさんは、てをのばします。

 「むりです。わたしはうごきません。」おんなのこは、しゃがんだまま。

 「じゃあ」と、たびびとさんは、おんなのこのまえにすわりました。
 
 「きみがうごくまで、いっしょにいてもいいかな」。




 それからたびびとさんは、あめのひもかぜのひも、あついひもさむいひも、ずっとおんなのこのまえですわりつづけました。

 「あなたはたびびとさんなんですよね?だったら、わたしにかまわず、ほかのところへいったほうがいいんじゃないですか?」

 「ううん、きみといっしょにたびがしたいんだ。だから、きみがうごくまでは、ぼくはうごかない」

 「どうしてわたしなんかと、たびがしたいんですか?」

 「わからない。ことばにできないんだ。りゆうもよくわからない。」

 おんなのこは、こまってしまいました。たびびとさんのことがますますわからなくなったからです。

 このままだと、たびびとさんは、いつまでもおんなのこのことを、めのまえでまちつづけるのでしょう。

 どうしてもむりだと、おんなのこはあきらめ、たびびとさんについていくことにしました。

 「どこか、いきたいばしょはある?」

 「どこでもいいです、むりじゃないところなら。」


 それからふたりはいろんなところにいきました。

 あおくかがやくうみ、みどりいっぱいのもり、ひとがたくさんいるまち、きれいなさばく、おおきなこおりのはらっぱ…。

 すべてが、おんなのこにとって、はじめてみるきれいなけしき。

 「このけしきを、きみといっしょにみたかったんだ。」

 たびびとさんは、きまっていつもこういいます。

 「どうして、わたしといっしょにみたかったんですか?」

 「わからない。ただ、『きみとみたい』ってだけおもってたんだ。」

 「なら、しかたないですね。」

 まだみたいものがある、まだいきたいばしょがある。このひとと、ずっといっしょにたびをしたい。

 いやいやはじめたこのたびは、いつしかおんなのこにとって、とってもたのしいものになりました。


 でも、たびのとちゅうには、つらいこともいっぱいありました。でも、おんなのこは、つらいことにきがつきません。だって、たびびとさんがいつも、おんなのこのぶんも、つらいことをぜんぶ、ひとりでしてくれていたからです。

 だんだんと、たびびとさんのげんきはなくなっていってしまいました。だんだんと、たびびとさんのかおは、かなしくなっていきました。

 あるとき、たびびとさんは、ひとりすわりこんでしまいました。まるで、かつてのおんなのこのように。

 「さそったのにごめん。ぼくはちょっとつかれちゃったんだ。すぐにおいつくから、さきへいってくれないかな?」たびびとさんは、ひざをかかえてうずくまります。

 「むりです。わたしはさきにいきません。」おんなのこは、たびびとさんのとなりにしゃがみました。

 「あなたといっしょにいけるまで、わたしはうごきません。」


 それからふたりは、ゆきのひもかみなりのひも、くらいひもつめたいひも、ずっとすわりつづけました。

 「もっといきたいところがあるんだよね?ぼくはもうダメかもしれないんだ。だから、きみだけでたびをつづけてくれないかな?」

 「むりです。わたしは、ただたびをしたいんじゃなくて、あなたといっしょにたびがしたいんです。」

 「どうして、ぼくといっしょにたびがしたいの?」

 「すきだからです。ことばにできないくらい。りゆうもいらないくらい。」

 おんなのこは、たびをつづけるあいだに、たびびとさんのことがだいすきになっていました。たびびとさんは、はずかしそうにかおをあかくしました。おんなのこは、はずかしそうにかおをふせました。


 「なんで、ぼくをすきになったの?」

 「わたしにはわかりません。ただ、わたしはあなたといっしょにいると、とてもとてもしあわせなきぶんになります。」

 「それが、すきってことなのかな?」

 「わかりません。でも、あなたのことが、すきなんです。」

 「なら、しかたないね。」

 なんどもなんども、よるとあさをくりかえすうちに、たびびとさんはたちはじめました。おんなのこもいっしょに、たびびとさんにあわせてたちあがります。


 「いままで、ずっといっしょにいてくれてありがとう。もうぼくはだいじょうぶ。もういちど、たびをはじめよう。」

 ふたりはてをつないで、あるきはじめました。

 「どこかいきたいばしょはある?」

 「どこでも、あなたといっしょなら。」

 ふたりのたびは、はじまったばかり。つぎはどこへいくのでしょうか。


―――
――

「うぅー…!」

 今日は、プロデューサーさんが戻ってくる日。いつもよりも早く事務所に来た私は、筆の進むままに13冊目の絵本ノートに下書きを描きました。

 描きましたが…。

「い、勢いで書いたら…なんだかとってもなものが出来上がったきがするんですけど…!」

 自分の事を主役にして物語を書くなんて、しかもこの『たびびと』って…!願望だらけで痛い気がします。ダメな気がします。

「隠さないと…!」

 これだけは、プロデューサーさんに見せるわけにはいけません。私は机の下から這い出て、ロッカーを目指すことにしました。とりあえず、更衣室のロッカーに隠したら、プロデューサーさんは決して見つけられないでしょう。

「おはよう!」

「ひゃぐ!」

 プロデューサーさんは、そんな私をあざ笑うかのようなタイミングでやってきました。偶然でしょうけど、最悪のタイミングです。

「…あ、それこの前のやつ?見返したいし、よかったら見せてもらってもいいかな?」

「こ、これだけは…。」

「ん?」

「これだけは無理なんですけどぉ!」

 こんな事も、いつか思い出になるのでしょうか?

 …確かめるのは、私とプロデューサーさんですよね。


ここまでです、ありがとうございました。

森久保はですね、基本的には事務所の、担当Pの机の下に過ごしていまして、
若干ゃキノコが生えているので、そういうところで動きやすいように、森久保、あの、小柄な体で、であと危機回避力も高いので、すぐ逃げ込めるように。
胆力ぅ…ですかねぇ。
仕事はぜったいに、ぽいっと、投げ出さないアイドルなので、
結構、度胸もあるので、一度始めた仕事は最後までキッチリと、
やり遂げてくれますのん。

願望だらけとかSS全般に言えるんだよなぁ…。


元ネタはBUMPさんの「GO」のつもりです。
https://www.youtube.com/watch?v=plXjYiRcBtA

前作→五十嵐響子「私から私へ」
五十嵐響子「私から私へ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1494684837/)

時間とお暇があれば。

おつ
良い話だった

ありがとう
感動した

かわいい(確信)

❤ฺ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom