ある飲食店にて、二人の女性アルバイトが雑談を交わしていた。
「昔、この店に変わった先輩がいたんだ」
「へえ、どんな人なんですか?」
「いっつも白衣を着ててね……顔は青白くて、体は細長くて、ひ弱そうで、
典型的な青びょうたんって感じだった」
「なんだか不気味そうな人ですね」
「だけど……不思議な魅力があったんだよね」
年上の店員は、その“変わった先輩”を思い返していた。
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白衣を着た先輩は、仕事ぶりからして変わっていた。
「皿洗いに要した時間……5分27秒か。上出来だな」
「あの客が食事に要した時間、17分19秒……予想より2分早かったか」
「この仕事であれば、小生ならば3分11秒あればこなせるでしょう」
このように、自分の仕事ぶりなどを秒単位で細かく計測するのは日常茶飯事。
全ての動作がきびきびとしており、まるでロボットのようであった。
そんな日々が続いたある日、女はひょんなことから先輩と一緒に帰宅することになる。
そして――
「そうだ、小生の研究室(ラボ)を見学しないか?」
「ラボときましたか……」
男としての下心をまるで感じさせないその誘いに、女は乗った。
白衣の先輩の研究室(ラボ)こと自宅は、古びたアパートの一室であった。
中ではハツカネズミが飼育されていたり、怪しい機械が動いていたり、
分厚い本が幾つも並んでいたりと、研究室といって差し支えない光景が広がっていた。
「くつろいでくれたまえ」
といわれても、くつろげるわけがない。
「どうぞ」
先輩はまず、ビーカーに入ったコーヒーを差し出した。
女は少し躊躇したが、飲んでみるとコーヒーの味は悪くないものだった。
「これもなかなかうまいんだ」
さらに、アルコールランプの火で焼いたスルメイカを提供する。
来客に出すメニューとして適当かはともかく、こちらも悪くない味であった。
帰り道で買ったコンビニ弁当を、当たり前のようにメスやピンセットで頬張る先輩。
「なんで普通に箸やフォークで食べないんですか?」
「小生はこちらの方が落ち着くからさ」
「落ち着くなら、それでいいですけど」
この頃になると、女も先輩の奇人変人ぶりにすっかり適応していた。
夜も更け、今日はお開きということになった。
二人でそのままベッドイン……などという甘い雰囲気になる余地は微塵もなかった。
女は最後にこう問いかけた。
「ところで先輩、なぜこんな科学に身も心も捧げるような生活をしてるんですか?」
「ノーベル賞を取るため、かな」
あまりにも壮大な野望。
しかし、女は笑ったり、からかうことはしなかった。
この先輩なら、なぜかそれができそうな気がしたからである。
「……で、それからまもなく、その先輩はバイトを辞めちゃって……
アパートも引っ越しちゃったみたいで、どうなったかは分からずじまい」
「たしかに変わった人ですねえ……。だけど、ノーベル賞取れるといいですねえ」
「うん……」
こうして、彼女たちの思い出話は終わった。
それから数ヶ月後、後輩が鼻息荒く新聞を持ってきた。
「ねえねえ、見て下さい!
このノーベル賞受賞者、もしかして例の変わった先輩じゃないんですか?
先輩が教えてくれた特徴と人相がそっくりで……」
女が記事を覗く。すると、すぐ分かった。
「ほ、本当だわ! これ……間違いなくあの人よ!
なんとなくやる人だって気がしてたけど、まさか本当に受賞するなんて……」
新聞記事にはこう書かれていた。
≪○×氏、著作『科学者のふりした小説家』で見事、ノーベル文学賞を獲得!≫
「……って、文系だったんかーい!!!」
おわり
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