窓の外を流れる風景をぼんやりと眺めていたら、突然そんなことを言われた。
「好きだらけって、例えば……どういうとこが?」
当然、聞き返す。
「え。うーん……例えば、人前だと気を張ってるのに、そうじゃないときは結構お茶目だったりするとこなんか特に」
「お茶目? 私が?」
お茶目、お茶目かぁ……頭の中でその三文字を反芻する。
真っ先に挙げられた好きなところが、あまり言われ慣れていないものだったから、少し面喰ってしまった。
「うん。昨日だって、なんかアーモンドチョコのチョコだけ食べる遊びしてたし」
「…………見てたの」
「そりゃ、助手席でそんなことしてたら嫌でも目に入るって」
「で。プロデューサーはそういうのが好きって言いたいんだ」
「いや、隙かそうでないかで言えば、どう見ても隙でしょ」
「なんか釈然としないけど……好きならいいか……」
「あれ、すんなり認めたな」
「……まぁ、プロデューサーがどう思うかはプロデューサーの勝手だし」
「そ、そうか……凛がいいならいいけど……」
冷静に。冷静に。
あくまでも平静を装う。
……装えてるよね?
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「それで、他には?」
「他に、って?」
「私の好きなとこ」
「さっき言ったのじゃ認めてくれないわけか」
認める、って私がお茶目ってことなのかな。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
他にも聞き出すのが先だ。
「……いいから。ほら」
「新しい衣装の試着をすると、鏡の前でくるくる回ってるとことか」
「待って」
それをプロデューサーが知っているのはおかしい。
「ん。どうした」
「なんで知ってるの?」
「この前のライブの時にスタイリストさんに聞いた」
「……」
「渋谷さんって、もっとこう、ドライな感じかと思ったら、めちゃくちゃ可愛いんですね!」
プロデューサーは片手をハンドルから話して大げさに手振りを交え、そう言った。
「誰か分かった……」
「似てた?」
ちょっと似てたけど、得意そうなドヤ顔が鼻につくから即座に「似てない」と返事をしてやった。
「また一緒にお仕事したいです、って言ってくれてたぞ」
「うん……そうだね……」
「ほら、これで分かったでしょ?」
「分かった、って何が?」
「凛って結構、隙が多いってこと」
「好きが多い、ってどういう……」
「……ん?」
「あ」
ぼっ、と顔から火が出た気がした。
つまり、隙……ってことだよね。
あー。
あーあーあーあー。
「……大体察した。……その、ごめんな?」
「……ねぇ、この十数分の記憶はなかったことにしない?」
「そんな都合のいい話ある?」
「じゃあ、チョコ。チョコあげるから……いいでしょ?」
鞄をがさごそと漁って、チョコレートの包みをプロデューサーのポケットに押し込んだ。
「俺はチョコで釣れると思われてるのか」
「そうじゃなくて……」
変な汗が体中から吹き出して、暑くて暑くてたまらない。
熱した鉄みたいになった頬をぱたぱたと手で扇ぐことしかできなかった。
「暑そうだし、とりあえず窓開ける?」
「…………お願いしようかな」
しばらくの沈黙の後で、プロデューサーが気まずそうに口を開く。
「落ち着いた?」
落ち着いてはないけど「落ち着いた」と返す。
「ならよかった」
よくはないから「……よくはないかな」と返す。
「それは残念」
「他人事みたいに言うよね」
「他人事だからなぁ」
「プロデューサーのせいでもあるのに?」
「言う程、俺に責任ある?」
「あるよ」
「それは申し訳ないことをしました」
「反省してる?」
「してるしてる」
「してないでしょ」
「ばれたか」
「そこは取り繕うところじゃないのかな」
「いや、まぁ、聞き間違えは誰にでもあることだからさ。気にすることじゃないよ」
「逆の立場で同じこと言える?」
「言えない」
「無責任って言葉知ってる?」
「知ってた」
「そこは過去形にしないで欲しいんだけど」
「ごめん」
「さて、何はともあれ事務所に到着だな」
「プロデューサーもこれで上がり?」
「俺はまだちょこちょことやることが残ってるから、それ片付けてからだな」
「そっか」
「車停めてくるから、先降りていいよ」
「このまま駐車場向かっていいよ。そこまで歩くわけじゃないし」
「ん。なら、そうするか」
いつもどおりのそんなやり取りを経て、また車は動き出す。
そろそろ諦めて最初から駐車場に向かえばいいのに、なんて思うものの、このやり取りを心地よく感じている自分がいるのも事実で、なんだかくすぐったい気持ちになった。
ばたん、と私が助手席のドアを閉め、車から降りて大きく伸びをする。
「ははは、今日もお疲れさん」
「うん。わざわざ迎えに来てくれてありがとね」
「丁度近くにいたから、わざわざってほどでもないよ」
「……それは知ってるけど、まぁ感謝は素直に受け取ってよ」
「なら、どういたしまして」
「最初からそう言えばいいのに」
「じゃあ、お疲れさん。気を付けてな」
「うん、プロデューサーもあんまり遅くならないようにね」
「今日はやることそれほど残ってないから平気だよ」
「ならいいんだけど。……あ……それじゃあ帰りに」
「ご飯でも行きたい?」
「……よく分かったね」
「でしょ」
「……だめかな」
「ちゃんとお母さんに夜ご飯いらない、って連絡しときな」
「ふふっ、分かってるよ。休憩室で暇潰してるね」
「ん。早めに行くよ」
くるりと回って、休憩室へ向かおうとした矢先、プロデューサーに声をかけられる。
「あ、ごめん。もう一個だけ。凛は何か食べたい物ある? 適当に目星つけて予約しておくよ」
「んー……」
特に考えていなかったから、悩んでしまう。
「ざっくりでいいよ、思い浮かんだものでもいいからさ」
とは言われても、出てこないものは仕方ない。
「なんでもいいかな。プロデューサーに任せるよ」
だから、任せることにした。
「なんでもいい、って……まぁいいか、任された」
プロデューサーはそう言って、手をひらひらさせて自分のデスクに戻っていった。
……だって、本当になんでもいいんだから仕方ないよね。
実は「なんでもいい」の前に、「プロデューサーとなら」なんて言葉が入ることは、私だけの秘密だけど。
おわり
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