モバP「ある夜の物語」 (27)
一人の男が狭い部屋にいた。
世間は華やかなクリスマスイブだというのに一人酒をあおるばかり。
彼は立派な職場に勤めてはいたが、あまりぱっとしない地位にいた。
「はぁ…」
ついでに髪もあまりぱっとしなかった。
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今年こそは恋人を、なんて意気込んでみたはいいものの、彼にはそんな縁も、ツテも、加えてお金も無かった。
彼はプロデューサーであったし、さらに緑の悪魔が定期的に彼の財布を蹂躙する為である。
「月末なんて嫌いだ」
メリークリスマスと呟いてはみたがちっともメリーじゃなかった。
いくらか酔いが回り始めた頃。
ふと気が付くと目の前にサンタがいた。
しかもミニスカ。
「こんばんは~サンタですぅ~」
「からかうなら他所に行ってくれないか。そんな気分じゃないんだ」
「本物のサンタですってば、なんなら触ってみても構いませんよ~」
「どれどれ」
そろそろと豊満な乳に触れると
「んぅ」
なるほど、心の休まるような感触であった。
「どうやら本物らしい。それでサンタさんがなんの御用で?」
「えっと、寂しそうでしたので、お好きなものを一つプレゼントしようかと~」
なんという幸運であろうか、なにがいいだろう。
MCカード、itunesカード、いやいっそ限定SSRを頼んでしまうのも手かもしれない。
いやいや、それならば昇進や資産を頼む方が賢いか。
いざとなるとなかなか決められなかった。
ふと思い立つ。
「例えば…例えば、他所の人のところに言って欲しいと願ったらどうなる?」
「その人のお願いを叶えることになりますね~」
「そうか……」
熟考の末、彼は答えを出した。
「これが実に馬鹿げた提案だというのは理解している。だが自分なんかよりももっと気の毒な人がいるはずだ。その人の下に行ってあげて欲しい」
「気の毒な人と言われましても~」
「例えば…そうだ、この近くに治りにくい病気で寝たきりの女の子がいる。その子の元に行ってくれ」
「いいんですか~?」
「いいとも」
「では、失礼しますね~」
サンタはメリークリスマス、とだけ残して去っていった。
男はメリークリスマスと返してから、もう一度だけ酒を煽ると、満足感と共に床についた。
きっといい夢が見られる、そんな予感を胸に抱いて。
さて、こちらは病弱な少女。
クリスマスだというのに寝たきりのまま、鬱憤ばかりつのらせていた。
「味の濃いもの食べたい」
少女はジャンキーであった。
そこへサンタが現れる。
「こんばんは~」
「ああ、こんばんは、もしかしてサンタさん?」
「理解が早くて助かります~」
かくかくしかじか。
「なるほど、お願いを叶えてくれるんだ」
「一つだけですけどね~」
少女は考える。
山盛りのポテト…はまあ、いつでも食べられる。
たくさんの友達…もまあ、お願いするものでもない。
となればやはり健康な身体だろうか。
そこで思い当たる。
そういえばサンタさんは何で来てくれたんだろう。
日頃の行いがいいおかげだろうか。
尋ねてみると、
「日頃の行いは関係ないですね~」
サンタは権利を譲った男のことを話した。
サンタが話し終わると
「なるほど…今夜は一人だったんだ」
そう言って、少女はいそいそと出掛ける支度を始める。
「こんな時間からどちらへ?」
「ちょっとそこまで」
「寝たきりの病気は~?」
「今治った」
「そんな適当な~」
愚痴を言われても、起き上がれたのだから仕方ない。
恋する乙女は強い。
「あ、サンタさん。私はもう充分なプレゼント貰ったからどっか他の人のとこ行ってあげて」
「またですか~」
「そうだね…街のはずれの金貸しさんのとこなんてどう?あんまり評判良くないし、今夜とか寂しそうにしてるんじゃない?」
「まあそこでいいならそうしますけど~」
「んじゃ、そういうことで」
言い残して少女は部屋を飛び出していった。
「うう…なんだか扱いが雑な気がします」
メリークリスマスの一言と共にサンタは姿を消した。
金貸し屋はせっかくのイブだというのに通帳を眺めていた。
高そうなワインで口元を湿らせる。
「ちーーっひっひっひっひ、今年も存分に儲けましたねぇ」
見る人が見れば、その姿はさながら悪魔の様に見えただろう。
「こんばんは~サンタですよ~」
「あら、お客様?借りるならまず誓約書にサインを書いて頂いてですね」
「いえいえ、私サンタですので~」
まるまるうまうま。
「という訳で、何か欲しいものは~」
「金」
即答であった。
「お金ですか、具体的な金額で提示して頂けますか~?」
「そうですねぇ…」
金額の数字が浮かんでは消え、浮かんでは消え、その上限はとどまる所を知らない。
「そういえば、今更ですけど良いんですか?サンタさんにお金頼んじゃって」
「あなたの心の慰めになると言うのがここに回した人の条件ですので~」
「私に回した人がいるんですか…」
こんな特典を他所に回すなんて、その人は頭大丈夫なんだろうか。
それとも何かしらの意図が…?
「恐らく…善意だったと思われますが~」
善意…かぁ。
金貸し屋は、お金のことしか頭に無かった自分が少し恥ずかしくなった。
そうだ、せっかく善意で回してくれたならそれに報いるような願いをしよう。
「あの」
「決まりましたか~?」
「あいにくなんですけど、実は私お金にはそれほど困っていなくて」
「はぁ」
「それに、欲しいものは自分で手に入れる主義なんです」
「なるほど~」
「というわけで…そうですね、私よりずっと不幸な子の下に行ってくれませんか?」
「やっぱりですかぁ~」
「ごめんなさいね、たらい回しにしちゃって」
「いえいえ、これもお仕事ですから~では」
メリークリスマス、サンタは姿を消した。
金貸し屋は、残ったワインを飲み干すと、布団にくるまった。
もう一度、夢の中でサンタに会えたらいいな、そんな淡い期待を込めて眠りに落ちていった。
その娘は、生まれつき薄幸であった。
歩けば転び、座れば椅子が壊れ、口を開けば舌を噛む、そんな人生。
であるから、クリスマスといえど、部屋に篭って過ごすつもりだった。
窓の外を眺めていると、不意に部屋の中が輝いたように感じて、目を向けた。
「こんばんは~」
「……えっ?」
「サンタです~」
「…サンタさん?本物?」
「モチのロンですよ~」
しかくいむーぶ。
「お願いごと…ですか」
「はい~遠慮なくどうぞ~!」
「えっと…じゃあ私の不幸体質を治す、とか」
「あー…それはダメみたいです。その願いは私の力を超えていますので」
「えぇー……」
「でもそれだとかわいそうなので、代わりにちょっぴり運命を弄ってですね」
ちょいちょいのちょいっと。
「私のは運命弄るより難しいんですか…」
「今のはおまけですので改めてお願いを~」
「……どうしようかな」
一番叶えて欲しい願いが断られてしまった。
でも他に何か欲しいものがある訳ではないし…
「あの…お困りのところ申し訳ないのですが、そろそろイブが終わってしまいますので~」
「それじゃあ…他の誰かを幸せにしてあげたりとか、出来ますか?」
「難しいですね~来年他の誰かの下に行く、というだけなら出来ますけど」
「でしたら…それでお願いします」
「分かりました~では、メリークリスマス!」
「メリークリスマス…」
にこやかにサンタは姿を消した。
ほっと一息つくと、呼び鈴が鳴る。
こんな日に宅配だろうか。
留守中の両親に代わって、応対することにした。
薄幸の美少女が、幸運の女神と出会い、幸せを掴むのは、もうすこし先の話。
日付が変わり、サンタは自宅に帰ってきた。
「ただいま~寒かったね~ブリッツェン」
「ブモ」
雪はやみ、晴れた夜空には星が輝いていた。
サンタは袋を肩から下ろし、それをしまった。
窓の外の星々の光は和やかだった。
サンタは、もしかしたら今日もっとも楽しさを味わったのは自分ではないかと思った。
「さぁ~鍋にしましょうね~」
「ブモ~」
おわり
以上です
元ネタは星新一先生の『ある夜の物語』
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