勇者「魔王を捕まえたが殺さねぇ」 (33)
勇者の目の前には魔王。
天上からロープで両手を縛り吊るされている。意識はない。
魔王「……zzz」
勇者「ここまでは俺っちのシナリオ通り……」
女賢者「本当に魔王を捕らえちゃうなんて、びっくりだわ」
勇者「うにゃ、上手く行き過ぎて怖いくらいだ」
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◾️ 前編 ◾️
女賢者「こいつが魔王ね……子供じゃないの」
魔王「……」
吊るされて無抵抗な魔王の顔を、女賢者は覗き込む。
魔王といっても見た目は勇者と変わらないくらいの子供だ。
最近魔王になったらしい。
勇者「魔族は寿命が長い。見た目以上に実際の年齢はかなりいってるかもしれない」
女賢者「それを言ったら勇者クンの思考も15歳にはとても見えないけどね」
勇者「えーおっさん扱い? 思春期真っ只中だけど」
女賢者「自分で思春期とか言うところが大人過ぎるわ。可愛い顔してんのに」ハハッ
魔王「……う……あ……」
勇者「目を覚ますよ! 女賢者さんは隠れて」
女賢者「う、うん」サッ
魔王はゆっくりと目を覚ます。虚ろな目で周りを見渡す。
勇者(ここからが難しい。力ずくでも協力してもらう)
魔王「こ、ここは……」
勇者「おはよう、我が宿敵」
魔王「キミは……勇者!」
勇者「うにゃ、俺っちは“勇者”っていうんだ。よろしく」ニヤッ
魔王「……ボクは捕まったの?」
勇者「そうだよ、手こずらせてくれたねー」
魔王「……」
内通者の情報を元に計画的に拉致した。
想定していたとはいえ、かなり手間取った。
1つ歯車が狂っていたら全滅してただろう。
魔王「ボクらの仲間は?」
勇者「仲間? 部下でしょ? 人間みたいな物言いしないでよ魔族が。彼女達なら生きてるよ、あの女側近はヤバイね。予想を遥かに超えた強さだったよ。ふふん」
勇者(本当は魔王以外は捕らえていない。そんな余裕はなかった)
魔王「ここは何処?」
勇者「瘴気の隠れ里。人間のアジトだよ、状況は分かってくれたかな? そろそろ、こっちから質問したいんだけど」
魔王「質問?」
勇者「……改めて」
勇者「“鍵”は何処にある?」
勇者(これが殺さなかった理由だ)
勇者(殺したって、また別の魔族が魔王になるだけ。俺っちは本当の意味で戦争を終わらせる)
魔王「……」
勇者「お前が持ってんだろ? 何処にあんの??」
魔王「なんの鍵のこと?」
勇者(とぼけやがって……)
勇者「ゲートの鍵に決まってんだろっ!」
勇者は雷の魔法を放った!
ビリイィイィッッ!!
魔王「うああああああああっっっ!」
勇者「これ以上手間取らせないでよ」
勇者(人間界と魔界を繋ぐゲートの鍵……こいつが持ってるはず)
魔王「くっ……」
魔王「知らない。知ってても人間には教えない」
勇者「そう……」
勇者は雷の魔法を放った!
バリィリィリィッ!!
魔王「ぎゃあああアァァ……」
勇者「いつまで耐えられるかな」ニヤッ
バリィリィリィッ!!
魔王「ぎゃああああああああああっ…あ……」
勇者「2つあるうちの1つ……“人間界側の鍵”は俺っちが持っている」
勇者「あとは魔界側の鍵があればゲートを閉じることができる」
魔王「ゲートを……閉じる……」
勇者「うにゃ。ゲートを閉じて、この意味のない戦争を終わりにするんだ」
魔王「……」
勇者は雷の魔法を放った!
バリィリィリィッ!!
魔王「あああああああっ!」
勇者「痛いでしょ? 拷問の時はね、あえて弱めの魔力にするんだ。神経が麻痺しない程度に」
バリィリィリィッ!!
魔王「があああああっ……はぁはぁ……」
勇者「痛みってのは、案外慣れないもんだよ」
勇者「言う気になった?」
魔王「……」
勇者「おい、黙ってちゃわからないよ。返事くらいしてよ!」
ドガッ
魔王「ぐああっ……」
勇者「痛いかい?」
魔王「……」
魔王「痛く……ないよ」ニィ
勇者「……そう」
勇者は雷の魔法を放った!
バリィリィリィッ!!
魔王「---ッ!!!」
バリィリィリィッ!!
バリィリィリィッ!!
魔王「痛くない」フッ
勇者「強がっちゃって、新しい“魔王”のアンタは下級魔族なんでしょ? ちゃんと情報得てんだから」
勇者(魔王軍の協力者からの確かな情報だ。おかげで魔王も捕らえることができたんだ)
魔王「ハハッ……」
勇者「何がおかしい?」
魔王「そんな情報を鵜呑みにしたんだ?」
勇者(……何?)
魔王「そろそろ本題に入らさせてもらうかな」
勇者(急に態度が変わった)
勇者「……」
魔王「残念だけど、ボクは“魔王”だが……囮だ」
魔王「キミたち人間のアジトを探すために、わざと捕まったんだよ。すでにこの隠れ里は魔王軍が包囲している。投降すれば命は助けてやろう」
勇者「……なん……だと?」
魔王「投降すること。人間界側の鍵を渡すこと。内通者の名前を教えること。この3つがキミたちが助かる方法だ」
勇者「……そんなわけ……」
魔王「内通者をあぶり出す為、わざと嘘情報を流したんだ」
勇者「……ガセ情報だと?」
勇者(魔王は部下に裏切り者がいるとわかってて、あえて偽情報を掴ませたっていうのか?)
勇者(ハッタリじゃないのか? 魔王は動けないまま、俺っちはいつでも魔王を殺せる。魔王がそんな危険な囮をするのか??)
勇者「……」
勇者「……いや、ありえるか」
勇者(一応、隠れ里の周りを調べてみよう……)
勇者「それからでも遅くはない」
勇者は部屋を出て仲間を呼ぶ。
勇者「騎士さん!」
騎士「勇者クン、どうだ魔王の様子は?」
勇者「目を覚ましたよ、ちょっと気になることが」
騎士「どうした?」
勇者「隠れ里の周りに敵がいないか、みんなで調べてくれない? 念のため」
騎士「常に警戒してるからな、敵が近づけばわかるはずだか」
勇者「もう一度念入りに調べてみて」
騎士「わかった。勇者クンは魔王を見張っててくれ」
……
外を見ると敵の気配はない。
この隠れ里は周りに瘴気が充満し、簡単には見つからない。
勇者(一応場所を移動した方がいいのか? 連れ去られた魔王を魔王軍が探しているだろうし)
勇者(わざわざ捕まった状態で、自分が囮だなんて言うメリットがない。こちらが警戒してしまうだけだ)
勇者(つまり、魔王軍がここを包囲してるなんてハッタリだ)
女賢者「大丈夫なの?」
勇者「うん? 大丈夫。計画は順調」
女賢者「今からでも魔王を殺した方が安全じゃない?」
勇者「ダメだよ……殺せない。ゲートの鍵“魔剣”は魔王しか触れることができない。殺してしまったら手に入れられない」
女賢者「人間界と魔界を繋ぐゲートを閉じる。そんなことが可能なのかしら……」
勇者「俺っちが完璧な計画を立てたから! 魔王だって捕らえることできたでしょ? まかせてよ」
勇者(堂々としていればみんな俺っちを信じる。迷っちゃダメだ)
女賢者「うん、勇者クンはいつも正しい。みんなキミの判断についてくよ」
勇者「判断1つで結末はひっくり返る。ハーピーエンドにもバットエンドにもなる」
女賢者「キミはこれまで最悪な状況を何度もひっくり返して来た」
勇者「うにゃ、考え方を反転させることが好きなんだ。みんなは戦争が終わった後のことでも考えててよ」
女賢者「フフッ……そうね。私はねー王都でのんびり道具屋でもやろうかな」
勇者「ちっさい夢だなぁ。仮にも勇者パーティなんだからさ! もっと大きい希望を持ってよ」
女賢者「私は道具屋やりたいの。勇者クンは戦争終わったらどうするのよ?」
勇者「俺っちは……どうしようかな」
女賢者「なーんだ。勇者クン何も決まってないじゃん」
勇者「でも戦争を終わらすまでのシナリオは考えてある。あらゆる状況の対応策を用意してる」
女賢者「なんでも先読みできたら、それはもう……
『神』だね」
勇者「じゃぁ……俺っちは『神』になるよ」
勇者(状況を分析して、みんなの行動を、敵の動きを、世界の流れを……先読みする)
勇者(これこそが俺っちの武器だ)
隠れ里の仲間全員で調べたが、周りから敵は見つからなかった。
◾️ 前編 終 ◾️
◾️ 後編 ◾️
勇者「隠れ里の周りを調べたけど……誰もいなかったよ」
魔王「フフッ」
勇者「何がおかしい?」
魔王「瘴気で見えないのにどう探したっていうの?」
勇者「敵が近づけば気配でわかるに決まってんだろっ」
魔王「気配ね……魔力を感じなかったってだけでしょ?」
勇者「同じことでしょ」
魔王「じゃぁボクの魔力を感じることができるの?」ハハッ
勇者「…………」
勇者(そうなんだ。この魔王……魔力を全く感じない。全くだ。いくら下級魔族だからって何も感じないなんて……)
魔王「本当に“魔王”のボクが、魔法の使えないクズな下級魔族って情報を信じたの??」
勇者「……」
勇者(魔王軍の内通者からの絶対に信用できる情報だ。だからこそ拉致できた)
魔王「そんなわけないでしょ」
勇者「現に魔力を感じない」
魔王「カモフラージュしてるだけだよ。外の部下達みんなそうだよ」
勇者「じゃあ何故俺っちを殺さない?! 何故捕まったままでいるんだ!」
魔王「キミがドヤ顔で拷問めいた事してくるから、本当の姿見せる前にネタバレしたくなったんだよ」
勇者「じゃあ本当の姿見せてみろよ! 上位魔族なんだろっ」
魔王「なめないでもらえるかな? 上位魔族? ボクは魔王。魔界の頂点だ」
勇者「……っ」
魔王「見せてあげるよ」
勇者「……」ゾクッ
魔王「無属性カモフラージュを解くには、この肉体は死ななきゃいけない」
魔王「ボクは拘束されて動けない。代わりにお願いできるかな?」
魔王「ボクを殺してよ」
勇者「……」
魔王「そうすれば真の姿を見せる事ができる。見たいんでしょ? “魔王”の力を」
魔王「さぁボクを殺せっ!」
勇者「……っ」
勇者(くっそっ! 殺せない……奴の話が本当なら、追い詰められているのはこっちだ)
勇者(どうすれば……)
勇者(考えろ……自分で自分を殺せないなら、拘束していればこちらに危険はない)
勇者「つまり、お前は今自分の力で元の姿に戻ることができない」
魔王「……」
勇者(殺せないが拘束しておくことはできる。好都合じゃないか)
勇者「取り囲んでる魔王軍が攻めてこないのはお前の合図を待ってるのか?」
魔王「そうだよ、ボクの合図でキミたちを殺すことができる」
勇者(拘束されてて合図できないんだろ)
勇者(こいつを連れて、ここから脱出する)
魔王「勇者……キミはこの戦争を終わりにしようとしているんでしょ?」
勇者「ああ……」
魔王「だったらボクも目的は同じだ。無益な殺戮を行いたくはない」
勇者(拘束されていながら、俺っちを脅すのか)
魔王「この戦争は人間がゲートを開き、魔界へ侵略したことから始まった」
勇者「……」
魔王「でもどちらが悪いなんて言わないよ。もう70年も戦い……お互いに多くの犠牲を出したんだ」
勇者「憎しみが憎しみを生む。俺っちは考えたんだ戦争を終わらす方法を」
魔王「ゲートを閉じる。それが最善だよ。ボクと共に来てくれ」
勇者(…………願ってもない話だ。お互い協力し合えばすんなり終わる。でも……)
勇者「信用できない……」
魔王「信用してよ、じゃないと殺して奪うしかない。キミを殺そうと殺すまいとゲートはボクが閉じる」
勇者(え……?)
勇者(人間界側のゲートの鍵“聖剣”は勇者しか触れられない。俺っちを殺したらゲートは閉じられない……はず)
勇者「本当に信じていいのか? 俺っちを騙そうと嘘をいっているんじゃないのか?」
魔王「信じて。嘘は言ってない」
勇者「じゃあ鍵はどこにある? 持ってないようだけど」
魔王「側近に持たせてる。解放してくれれば誰も殺さないと約束しよう」
勇者「……」
勇者「嘘か……」
魔王「え?!」
勇者「魔界側のゲートの鍵である“魔剣”……魔王以外は触れることができない」
魔王「!!……ゲートの鍵が“魔剣”……」
勇者「騙したのか」
勇者は剣を抜く。
魔王「ち、違う!」
勇者「真の姿に戻るために殺せって? それも嘘じゃないのか?」
魔王「……っ」
勇者「殺してやるから真の姿を見せろよ……そうしたら信用してやるよ」
勇者(命乞いをしろっ! そうすれば俺っちの勝ちだ)
魔王「鍵が“魔剣”であることを知らなかったことは認める! ゲートを閉じたいという気持ちは嘘じゃないっ」
勇者「……」
勇者「何が本当で……何が嘘なのか……」
勇者「お前を殺せばわかる……」
魔王「-----ッ!!」
ドオオオオゴォォンッッ!!!!
突然轟音と地響きが勇者達を襲う。
勇者「な、なんだっ!」
女賢者「勇者っ! 敵だっ!」
勇者「…………!!」
ドオオオオゴォォンッッ!!!!
勇者「くっ……こいつの言ってたことは本当だったのか……?」
魔王「……」
女賢者「沢山の魔族兵が攻めてきてるよ!!」
女賢者「ど、どうする? 逃げないと……」
ドオオオオゴォォンッッ!!!!
勇者「くそっ!」
勇者(俺っちが間違えたのか……?)
激しい轟音と共に里の建物は揺らぐ。
勇者は考えを巡らせたが答えは出ない。
魔王を見ると驚いたような顔している。
勇者(俺っちが間違えるはずない、魔王は嘘を言ってたんだ!)
勇者(勇者は正義だ! 間違うはずない……間違う……はずが)
『判断1つで結末はひっくり返る。ハッピーエンドにもバットエンドにもなる』
勇者(俺っちがバットエンド……?)
勇者は魔王の拘束したまま引きずっていく。
勇者「来いっ」
外へ出ると……
勇者達の隠れ里は壊滅していた。
外の瘴気は晴れ渡り、魔王軍の飛空船の艦隊が取り囲んでいた。
瓦礫の山に勇者と女賢者は息を飲む。
立ちすくむ勇者達の周りを魔族兵が取り囲んだ。
魔族兵「勇者発見!」
敵の背後に仲間達の亡骸が見えた。
勇者は受け入れるしかない。自分が判断を間違えたと。
自分が仲間を死に追いやったと。
勇者の中で何かが壊れた。
勇者「う、……うあああああああああっっ!!!!」
勇者パーティは全滅した。
◾️ 後編 終 ◾️
[勇者「魔王を捕まえたが殺さねぇ」]END
魔王「ボクに魔王なんて出来るわけねぇ」
魔王「ボクに魔王なんて出来るわけねぇ」 - SSまとめ速報
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こちらが魔王視点の物語になります。
この勇者のその後はこちらから…。
読んでいただけたら幸いです。
ありがとうございました!
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