ガヴ「天真家の誕生日」 (23)




その日は、いつも三人だった。





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ハニエル「それじゃあガヴお姉ちゃん、ふーってして?」

ガヴ「うん」


目の前に置かれた大きな白いケーキ。その上に並んだ蝋燭の火が、ゆらゆらと優しく揺れている。


ガヴ「……」スゥ…


我が家の食卓にこんなご馳走が並ぶことは、年に数回しかない。その内の一回が、今日この日だ。


ガヴ「ふーっ……」


私が息を吹きかけると、ひとつ、またひとつと火が消えていく。そうして全ての火が消えると、ぱちぱちという拍手が起こる。


ゼルエル「誕生日おめでとう。ガヴリール」

ハニエル「おめでとう!ガヴお姉ちゃん!」

ガヴ「ありがとう。ゼルエルお姉ちゃん。ハニエル」


暖かい祝福の言葉。嬉しいような、ちょっと照れくさいような気持ちで、私は感謝の言葉を伝えた。


ゼルエル「今年もこの日を無事に迎えられて何よりだ。姉として、お前の成長を嬉しく思うよ」

ガヴ「お姉ちゃん……」

ゼルエル「最近のガヴリールの評判は私もよく耳にするからな。なんでも、天使学校随一の優秀な天使だと言われているとか」

ガヴ「そんな。私なんてまだまだだよ。ゼルエルお姉ちゃんに比べれば全然……」

ゼルエル「謙遜する必要はない。一口に優秀な天使と言っても、その実情は様々だ。私のようになるのが、必ずしもお前にとっての最善とは限らない」

ガヴ「……」

ゼルエル「お前にはお前の、より良い天使像があるはずだ。……だから、自信を持て。ガヴリール」

ガヴ「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」ニコッ


いつもは厳しいお姉ちゃんも、今日ばかりは優しい言葉をかけてくれる。鬼の目にも涙……はちょっと違うかな


ゼルエル「だが!だからと言って驕ってはならない。天使学校首席という立場に甘んじることなく、これからもより一層努力を……」

ガヴ「もう、お姉ちゃん。せっかくの誕生日会なんだから、そういう堅苦しい話は後にしましょう?」

ゼルエル「む……それもそうか。すまなかった」


ガヴ「ハニエルも、その方がいいよね?」

ゼルエル「え?」


ハニエル「……」ムスーッ


ゼルエル「ハ、ハニエル?」

ハニエル「……ゼルお姉ちゃんばっかりガヴお姉ちゃんとお話しててずるい」ムスーッ

ゼルエル「あっ、す、すまなかった!別にハニエルを仲間外れにしていた訳では……!」アセアセ

ハニエル「むー……」プクーッ

ガヴ「くすっ……やっぱり、ゼルエルお姉ちゃんはハニエルに弱いね」


お父さんとお母さんは仕事の都合で家を空けることが多く、天真家の誕生日会は大抵この三人で行われる。だから、リビングの席はいつも、二つだけ余っている。
それでも、寂しいと思ったことはない。大好きなお姉ちゃんと妹。二人と一緒に過ごすこの時間は、一年間で最も幸せな時間の一つだ。


ガヴ「それじゃあハニエル、お姉ちゃんと一緒にお話しましょうか」

ハニエル「うん!……あ、そうだ!」


ゴソゴソ…


ハニエル「はい、ガヴお姉ちゃん!誕生日プレゼントだよ!」

ガヴ「これは……私の似顔絵?」

ハニエル「うん!クレヨンで描いたの!」

ガヴ「そうなんだ。ふふっ、上手に描けてるじゃない」

ハニエル「えへへー♪」

ガヴ「ありがとうハニエル。お姉ちゃん、とっても嬉しい」ナデナデ

ハニエル「わーい!」ギュッ


甘えたい盛りのハニエルは、こうやってよく私に抱きついてくる。その体温と、柔らかな感触が何とも心地よい。


ゼルエル「……」チラチラ

ガヴ「あれ?どうしたのゼルエルお姉ちゃん」

ハニエル「もしかして、ゼルお姉ちゃんもガヴお姉ちゃんにぎゅーってしたいの?」

ゼルエル「なっ!?ち、ちち違う!そうではない!」カァァ

ガヴ「お、落ち着いてお姉ちゃん」


顔を真っ赤にして否定するお姉ちゃん。ちょっと貴重かも。


ゼルエル「……おほん。実は、私からもガヴリールにプレゼントがあるんだ」

ガヴ「え……プレゼント?」

ゼルエル「なんだ。嬉しくないのか?」

ガヴ「嬉しいけど……まさかまた六法全書とかじゃないよね?」

ゼルエル「いや、違うぞ!?今年はちゃんと普通のプレゼントだ!」

ガヴ「本当……?」ジーッ


去年、珍しくゼルエルお姉ちゃんから誕生日プレゼントを貰えたと喜んでいたら、中から六法全書が出てきたときの私の気持ちが分かるだろうか。言葉を失うとは、まさにあのことだった。


ゼルエル「ああ。今回私が用意したプレゼントはこれだ」


ガサッ


ガヴ「……ネコの、ぬいぐるみ?」

ゼルエル「この前商店街に行ったときに見つけてな。ガヴリールが好きそうだと思って買っておいたんだ」

ガヴ「そうなんだ……」

ゼルエル「……ま、まさかネコは嫌いだったか?」

ガヴ「……ううん。そんな事ないよ。嬉しい」ギュッ


つぶらな瞳のネコのぬいぐるみ。その可愛いさよりも、あのお姉ちゃんがこれをくれたという事実に、つい頬が緩んでしまう。


ガヴ「ありがとう、ゼルエルお姉ちゃん」ニコッ

ゼルエル「そうか……よかった」ホッ


ハニエル「いいなーガヴお姉ちゃん。私もぬいぐるみ欲しい!」

ガヴ「ふふっ。それじゃあ、ハニエルの次の誕生日には、大きな犬のぬいぐるみをプレゼントしてあげるね」

ハニエル「ほんと?やったー!」

ゼルエル「え〝っ」

ガヴ「……どうしたの?お姉ちゃん」


なんだか、聞いた事のない声を出していたような。


ゼルエル「あ、いや……何でもない」ダラダラ

ガヴ「そう?」


ハニエル「それよりガヴお姉ちゃん、早くケーキ食べようよ!」

ガヴ「あ、そうだね。今切り分けるから……」


蝋燭とチョコプレートを外し、ケーキの形が崩れないように慎重にナイフを入れる。


ガヴ「……」スッ


それでも綺麗な三等分にするのは難しくて、一切れだけ他より大きくなってしまった。


ガヴ「ごめん。ひとつだけ大きめになっちゃった」

ハニエル「それじゃあ、それはガヴお姉ちゃんにあげる!」

ガヴ「えっ、でも……」

ゼルエル「遠慮するな。今日の主役はガヴリールなんだから」

ハニエル「そうそう!」

ガヴ「分かった。ありがとう」ニコッ



カチャカチャ…


一切れずつ、ケーキを皿に取り分けていく。それが終わったら、一番大きいケーキの横に、外しておいたチョコプレートを添える。
チョコプレートには『ガヴおねえちゃん おたんじょうびおめでとう』の文字が書いてある。誰が書いたのかバレバレで、それがなんだか微笑ましい。


ガヴ「それでは、いただきます」


顔の前で手を合わせた後、柔らかいスポンジ生地にフォークを刺し、すくい上げるようにして口へ運ぶ。


ガヴ「……」パクッ


口に入れた瞬間、ホイップクリームの甘さとイチゴの甘酸っぱい香りが広がる。それを、スポンジ生地が優しく包み込む。


ガヴ「……おいしい!」


自然と口から出ていた言葉。それくらい、このケーキは美味しかった。


ガヴ「ほら、お姉ちゃんもハニエルも、食べて食べて!」

ハニエル「わーい!いただきます!」

ゼルエル「いただきます」


ハニエル「……」パクッ

ゼルエル「……」パクッ


ハニエル「おいしー!」

ゼルエル「……うむ」コクッ


満面の笑みを浮かべるハニエル。ゼルエルお姉ちゃんも、すましているようでいつもより口角が上がっている。
そんな二人の様子を見ながら、私はまた一口、ケーキを食べた。


ガヴ「……」パクッ


美味しい。それはケーキの味だけではなく、この三人で一緒に食べているから、というのも理由の一つなのだろう。


ハニエル「おいしいね、ガヴお姉ちゃん!」

ガヴ「うん。そうだね」


また一口、ケーキを食べる。美味しい。


ガヴ「……」モグモグ

ハニエル「んーっ♪」モグモグ

ゼルエル「……」パクッ


三人の幸せな時間は、穏やかに、そしてゆっくりと過ぎていった。














ゼルエル「……そういえば、ガヴリール」

ガヴ「なに?お姉ちゃん」


ゼルエルお姉ちゃんがそんな話を始めたのは、私がちょうど半分くらいまでケーキを食べ進めた頃だった。


ゼルエル「来年から、お前の下界での修行が始まるな」

ガヴ「……そうだね」


そう。いよいよ来年、私は天使学校を卒業し、修行の為に下界に留学することになる。


ゼルエル「不安はないか?」

ガヴ「あるよ。……でも、立派な天使になって、全ての人間達を幸せに導く事が私の使命だから」

ゼルエル「……そうか。期待しているぞ」

ガヴ「うん、任せて。お姉ちゃん」


不安はある。でも、期待もある。下界での修行を通して、私はどのように変わっていくのだろうか。それを確かめることが、この留学の目的の一つだ。


ゼルエル「……しかし、良かったのか?」

ガヴ「えっ?」

ゼルエル「その、最後の誕生日くらい、友や学友達と一緒に過ごしても……」


ああ、なるほど。確かに下界へ留学するとなれば、こうやって天界で誕生日会を行うことも無くなるだろう。それなら、最後はラフィやタプリスなど、天使学校の友達と一緒に誕生日を祝うというのも、確かに良いかもしれない。

……でも


ガヴ「いいの。私はゼルエルお姉ちゃんとハニエルと、三人で過ごす誕生日が一番好きだから」

ゼルエル「そうか?無理をしなくても……」

ガヴ「無理じゃないよ。私、この三人で居るとすごく安心するの。……昔から、ずっと一緒だったからかな」

ハニエル「私も!ガヴお姉ちゃんとゼルお姉ちゃんと一緒にいるの、大好き!」


厳しいけど、実は妹思いの優しいゼルエルお姉ちゃん。
かわいくて、いつも私に元気を分けてくれるハニエル。
大好きな二人と一緒に過ごす誕生日は、私に勇気を与えてくれる。


ガヴ「だから、心配しなくても大丈夫だよ、ゼルエルお姉ちゃん。私は今、とっても幸せなんだ」

ゼルエル「……そうか。どうやら、杞憂だったらしいな」


下界にはたぶん、楽しいことだけじゃなくて、辛いことや苦しいことも沢山あるだろう。
でも、今日やこれまでの思い出があれば、私はきっと頑張れるはずだ。


ガヴ「それよりほら、早くケーキを食べちゃいましょう?」

ゼルエル「ああ、そうだな」

ハニエル「私、もう食べおわったよー!」

ガヴ「もう?早いね」クスッ


来年の今頃、私は一体どうしているのだろうか。下界で出来た沢山の友達と一緒に、盛大な誕生日会を開いているのかもしれない。もしくは、数人の知り合いだけで、ささやかに誕生日を祝っているのかもしれない。
来年のことは、来年になってみないと分からない。

それでも、来年の誕生日は今年よりももっと幸せだといいな。なんて、そんなことを思う。


ガヴ「……」パクッ


残り半分のケーキを食べながら、私はふと、思い出したようにチョコプレートを手にとった。
そう言えばこれ、食べられるんだっけ。


ガヴ「……」


このプレートを食べてしまうのは、なんだかもったいなく感じた。出来ることなら額縁に入れて、「おたんじょうびおめでとう」の文字をいつまでも眺めていたい。


ガヴ「……」


けれどチョコで出来ている以上、いつかは食べなければならない。それなら、一番美味しく食べられる今、食べてしまうのがいいだろうと思い直して、私はチョコプレートの端にかじり付いた。


ガヴ「……」パリッ


パリッと言う音と共に、チョコの欠片が口の中へと転がる。それから、少しずつチョコが溶け出してくる。クリームやイチゴとはまた違った、甘い味がした。


ガヴ「……」チラッ

ハニエル「……」

ゼルエル「……」


ふと隣を見ると、ゼルエルお姉ちゃんとハニエルが私のことをじっと見つめていた。その視線をくすぐったく感じながら、一口、また一口とチョコプレートを食べ進める。


ガヴ「……」パリパリ


そうして私が最後のひとかけらまで食べ終えると、三人の顔から自然と笑みがこぼれた。


ガヴ「……ふふっ」

ハニエル「えへへー」

ゼルエル「……」ニコッ


いつもと変わらない三人。
いつもと変わらない一日。
いつもと変わらないからこそ、特別な時間がここにはある。


天真家最後の誕生日会は、そうして静かに、その幕を下ろしていった。


-おしまい-

ガヴの誕生日記念SSです。駄天ガヴのお話はきっと色んな人が書いてくれると思ったので、ちょっと趣向を変えてみました。


HTML化依頼出してきます。

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