――事務所――
<ガチャ
北条加蓮「おはようございまーす。……あ、モバP(以下「P」)さん。やっほー♪」
加蓮「え? 治ってないのに無理して来るなって? 何言ってるのPさん。もう大丈夫だよ? ほら、こんなに元気に……ケホ」
加蓮「咳してるだろうって、春なんだから咳くらいしちゃうでしょ。それよりお仕事! 寝込んだ分を取り戻――」
高森藍子「あれ?」ヒョコッ
藍子「って加蓮ちゃん!? どうして来ているんですか!?」
加蓮「あ、藍子。ちょっと聞いてよ、Pさんがさ、大丈夫だって言ってるのに帰れってひどいこと言う、」
藍子「え、何ですかPさん? ……加蓮ちゃんを連行せよ?」
加蓮「んだけ……ど?」
藍子「はいっ。その任務、引き受けました!」ガシ
加蓮「ちょっ」
藍子「さあ加蓮ちゃん、帰りますよ~」ズルズル
加蓮「藍子!? 待って、Pさ――頼んだぞーじゃない! やっ、まっ、だから私は大丈夫だっゲホッ!」
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――まえがき――
レンアイカフェテラスシリーズ第47話(その1)です。加蓮の部屋よりお送りします。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・高森藍子「カフェで加蓮ちゃんを待つお話」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「ちょっと疲れた日のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「春風のカフェテラスで」
・北条加蓮「……」高森藍子「……加蓮ちゃんと、桜の日の夜に」
――加蓮の部屋――
藍子「体調が治っていないのに無理をしたらダメです!」
加蓮「えー」
藍子「えー、じゃないですよっ」
加蓮「ぶー」
藍子「ぶー、でもなくて! さっき加蓮ちゃんのお母さんからも聞きましたよ。加蓮ちゃん、まだ調子が悪そうだって」
加蓮「お母さんめ、ホント余計なことばっかり」
藍子「焦らなくても大丈夫なのに。Pさんだって、お仕事やレッスンよりも、身体を大切にする方を優先するようにって、いつも言っているじゃないですか」
加蓮「……ほ、ほら、あれから3日も経つんだしみんな加蓮ちゃんに会いたがってるんじゃないかな~、なんて」
藍子「加蓮ちゃん!」
加蓮「はいすみません」
藍子「……無理をして、またひどくなったら、モバP(以下「P」)さんも、みなさんも、心配しちゃうんですよ?」
加蓮「だからそういうの――」
藍子「加蓮ちゃんは、気遣わなくていい、心配しなくていい、って言っちゃうかもしれませんけれど、そんなの無理に決まってます」
藍子「体調が万全になるまで加蓮ちゃんは寝ていてください!」
加蓮「……はぁい」
藍子「もうっ」
加蓮「くそぅ。Pさんがこれほど藍子に信頼を寄せていたとは。っていうかあれでも最大限に熱を冷ませて誤魔化せる体勢を作ったのに一発で見抜きやがって。普段の乙女心なんて引っかかりもしないくせに」
藍子「加蓮ちゃん?」ジロ
加蓮「あ、藍子も藍子だよ! あんなにズルズル引きずって!」
藍子「あんな加蓮ちゃんを見たら、Pさんに言われなくてもお布団まで引きずっていました」
>>4 藍子の1行目のセリフを一部修正させてください。注釈表現が2度入ってしまいました。
誤:~~なったら、モバP(以下「P」)さんも、みなさんも、~~~
正:~~なったら、Pさんも、みなさんも、~~~
加蓮「いーや、藍子を騙すくらい造作にもないこと!」
藍子「誰でも気づくと思いますよ?」
加蓮「えマジ? そんなに?」
藍子「ちらっと見るだけなら、確かにいつもの加蓮ちゃんですけれど……普通にお話しているだけなのに、口元はすごく引き締まってて、手にも力が入っていました。それだけ無理をしていたってことですよね?」
加蓮「えー……いやあの、そこまで気付けるのはさすがに藍子くらいだと……」
藍子「とにかく、ちゃんと治るまで寝ていてください!」
加蓮「あーもー! 分かったからそんな怖い顔しないでよ! ほら、横になった! これでいいでしょ!」ガバッ
藍子「…………」ジー
加蓮「……な、何」
藍子「もし私がこのまま家に帰ったら、加蓮ちゃん、どうしますか?」
加蓮「それはもちろんお母さんの目を盗んでこっそり自主レッス――あっ」
藍子「…………」
加蓮「……え、えへ」
藍子「……………………」
加蓮「あ、藍子ちゃん藍子ちゃん。そのジト目はどこで学んだのかなぁ? 盗賊の役の時でもそんな顔してたの見たことないよ? 怖いよ?」
藍子「……はぁ」
藍子「お水、持ってきますね」
加蓮「あ、さんきゅ。喉からっからだったんだよね。事務所までの道ってあんなに長かったかな。すごく疲れて喉も乾いて――あっちょっいやマジで反省してるから布団に押し込もうとするなっ。こらっ、そんな分厚い毛布かけたら暑くて重くて逆に寝れなくなゲホッ!」
□ ■ □ ■ □
加蓮「ごくごく……」
藍子「ごくごく……」
加蓮「ふうっ」
藍子「ふうっ」
加蓮「藍子まで同じことしてるー」
藍子「私も、少し疲れちゃってたみたいですから」
加蓮「そっか。……横になって初めて分かったんだけどさ」
藍子「はい」
加蓮「身体、思ったより回復してないみたい」
藍子「…………」
加蓮「ごめんってばー……」
加蓮「朝起きた時は、これならいける! って思ったのはホントのことなの」
藍子「どうしてそんなに無理をしちゃうんですか」
加蓮「無理してるつもりはなかったの。いけるって思ったんだけどね……」
藍子「……加蓮ちゃんの体のことは、他の誰より加蓮ちゃんがよく知っているハズですよ」
加蓮「ぐぐ。そこ言われると痛いなー」
藍子「焦っちゃう気持ちは、分からなくもないですけれど……加蓮ちゃん、アイドルのことは本当に一生懸命だから。でも無理だけはしないでください。心配、してしまいます」
加蓮「……ん。ごめん」
加蓮「焦ったっていうより、なんか身体が勝手に動いてたの。逆の意味で言うこと聞いてくれなかった」
加蓮「横になってるだけなんて、ホントに嫌だから。……何も無かった日々を思い出しちゃいそうで」
藍子「今の加蓮ちゃんには、何も無い、なんてことはないんですよ」
藍子「不安に思ったら……いつでも連絡してください。Pさんも、みなさんも……それに」
藍子「……私だって、……いるんですから」
加蓮「……」
加蓮「……ありがと」
藍子「も、もしもそれでも連絡してこなかったら私の方から押しかけちゃいますからねっ」
加蓮「いやそれはさすがに……。伝染るよ?」
藍子「帰っていっぱい手洗いうがいするから大丈夫です」
加蓮「それでも崩す時には崩すからね、体調って。私が言うんだから間違いない」
藍子「た、確かに加蓮ちゃんが言うと説得力がすごいですね。でも大丈夫って言ったら大丈夫なんです! 私だって、アイドルですからっ」
加蓮「……そのアイドルが今まさにここでダウンしてるんだけど」
藍子「それはきっと、加蓮ちゃんがクールアイドルだからです」
加蓮「はあ」
藍子「でも私はパッションアイドルだから大丈夫です! 加蓮ちゃんもこの前、そう言ってくれたじゃないですか」
加蓮「……あー、『バカは風邪を引かな」
藍子「そうだ、Pさんに連絡もしなきゃ。加蓮ちゃんが思ったより熱を出しているみたいで――」
加蓮「ストーップ!」ガシ
藍子「きゃっ」
加蓮「やめろ! そんなことしたらあの人プリンいっぱい買って乗り込んで来ゲホッ!」
藍子「いいじゃないですか~。プリン、私も食べたいですっ」
加蓮「そういう問題じゃなっ……ゲホゴホッ! ああもう!」
藍子「あぁ……よしよし」サスサス
加蓮「うー……」
藍子「大声、出しちゃダメですよ。加蓮ちゃんの体がびっくりしちゃいますから」
加蓮「ふうっ……。出させたのはアンタでしょーが……!」
藍子「……」
藍子「よしよし」ナデナデ
加蓮「頭を撫でるなー!」バッ
藍子「ひゃっ」
加蓮「ぜーっ、ぜーっ」
藍子「加蓮ちゃん。あんまり騒いじゃうと、また調子を崩しちゃいますよ」
加蓮「……アンタ、人が弱ってるのをいいことに遊ぼうとしてない?」
藍子「そんなことしてませんっ。さっきのは、加蓮ちゃんがちょっとでも安心できればいいなって思っただけで……」
加蓮「タイミングってあるでしょタイミングって」
藍子「加蓮ちゃん、すっごく不安そうですから……つい」
加蓮「……ん、そんなことないけど」
藍子「今だから言っちゃいますね」
加蓮「うん」
藍子「この前の……ほら、体調を崩して、寝込んでしまった日の加蓮ちゃん」
加蓮「寝込んだ日の私」
藍子「すごく酷い状態に見えました。あのまま放っておいたら……絶対に、よくないって。確信を持てるくらいに」
加蓮「……そこまでなんだ」
藍子「はい」
加蓮「藍子、あの日すごく頑なだったもんね。例え怒鳴られても帰るもんかってくらいに」
藍子「絶対に帰らない、帰れないって思いましたから」
加蓮「藍子がここまで言い張るってことは、本当にそれだけだったんだろうね……。なんかごめんね?」
藍子「いいえ。……ふふっ。加蓮ちゃん、この前から謝ってばっかりですね」
加蓮「……うん」
藍子「あの時も言いましたけれど、謝らなくて大丈夫ですよ。加蓮ちゃんの気持ちは、ちゃんと分かっていますから」
藍子「どうしても、何かを言いたい気持ちが抑えきれなくなったら、ありがとう、って言ってください」
藍子「その方が、私も嬉しくなれますからっ」
加蓮「……ごめんね」
藍子「もーっ!」ナデナデ
加蓮「怒りながら撫でるって器用なことするね。……こら、撫でるなっ」バッ
藍子「ひゃっ」
加蓮「はぁ。疲れた」
藍子「ゆっくり横になっていてくださいね。何か欲しい物とかあったら、すぐに言ってください。食べたい物とか、飲みたい物とか」
加蓮「今はどっちもいいや。それより話をしてたいな……」
藍子「お話、ですか?」
加蓮「うん。話。そーいえば未央とか茜とか何か言ってた? やっぱ心配してた?」
藍子「茜ちゃんは……あの日は、押しとどめるので精一杯でした。看病に行きましょう! って、今にも加蓮ちゃんの家に行っちゃいそうな勢いで」
加蓮「止めてくれたんだ」
藍子「止めるべきでしたから」
加蓮「そっか」
藍子「未央ちゃんは、加蓮ちゃんが――……」
加蓮「ん?」
藍子「あ、いえっ。……未央ちゃんも心配がっていましたけれど、説明したら分かってくれたって言いたかったんですっ」
加蓮「……そっか」
藍子「…………です」
加蓮「……?」
藍子「えっと……」
藍子「……カレンダー、剥がしたんですね」
加蓮「あー。……見て思い出すのもちょっとしんどいからね。カレンダーを外すのもアリだったけど、なんかそれも悔しいから剥がしちゃった」
藍子「悔しい?」
加蓮「なんか負けたとか逃げたとかそんな感じがして。でも見る度にしんどくなるのも嫌だから、4月の分だけ剥がしておしまい」
加蓮「ふふ、見てよ藍子。今はまだ4月なのにカレンダーは5月だよ。なんかミステリードラマっぽくない?」
藍子「確かに……なんだかまるで、推理小説に出てきそうな部屋ですね」
加蓮「私の様子を見に来たお母さんもすごく変な顔しててさー」
加蓮「聞かれたから内緒って答えたんだ。そしたら首を傾げたまま部屋を出ていって……ふふっ。久々にやり込められた! って感じで、ちょっとだけ気分良かったなぁ」
藍子「もう、またそういうことを」
加蓮「快復したらまた、5月のスケジュールも書かなきゃ」
加蓮「スケジュールはスマフォにあるんだけど、カレンダーにも書くようにしてるの。その方が、頑張ろうって気になれるから」
加蓮「あ、これってさ、カレンダーもう1個買ってきた方がいいかな? 4月の分の予定どうしよ。調子狂っちゃいそうだなー」
藍子「……加蓮ちゃんの4月の予定はぜんぶお休みにしちゃいましょう」
加蓮「ちょ、それはさすがに嫌だよ!? 4月ってあと何日あると思ってんの。仕事させてよ! それとレッスンも! てか今月末にLIVEとかいっぱい入ってたハズだし!」
藍子「私が代役をやりますね」
加蓮「さては私の分まで奪い取るつもりだ!」
藍子「だって私、盗賊さんですから♪」
加蓮「それ前の話でしょ!? ハムスターは!? ハムスター藍子ちゃんはどこ行っ――ゲホッ!」
藍子「あぁ、だから興奮しちゃダメですっ。大人しくしていなきゃ。ゆっくり、横になってくださいっ」
加蓮「だからアンタのせいでしょうがゲホッ!」
□ ■ □ ■ □
藍子「あーん」スッ
加蓮「あーん」アムッ
藍子「……どうですか?」
加蓮「うん。美味し……。そっか、これが藍子の味か」
藍子「台所、お借りしました」ペコッ
藍子「味の違い、分かるんですか?」
加蓮「倒れる度にお粥ばっかり食べさせられてきたからね。ハンバーガーちょうだいって言っても毎食毎食ずっとお粥。飽きたって文句言ってもずっとお粥」アムッ
藍子「誰でもそうすると思いますよ……」
加蓮「ハンバーガーは万薬の長」キリッ
藍子「それを言うのなら、百役の長ですよ~」
加蓮「あれ、そうだっけ」
藍子「お酒のことですね」
加蓮「詳しいねー」
藍子「前に――」
加蓮「……前に?」
藍子「……菜々さんがそんなことを言っていました」
加蓮「何してんだあのウサミン星人……」
藍子「だから大丈夫だって言って飲んでいました……」
加蓮「発言と行動が既に大丈夫じゃない」
藍子「ハンバーガーを食べてもお薬代わりにはならないと思います。それどころか悪くなっちゃうような気も」
加蓮「私の身体の半分はハンバーガーでできてるからへーきへーき」
藍子「もう半分は?」
加蓮「ポテト」
藍子「どっちもジャンクフードじゃないですかっ」
加蓮「なのに体調を崩したらいつもお粥お粥って。このままじゃ身体の半分がお粥でできちゃうよ」
藍子「その方が健康的でいい気もしますけれど……」
加蓮「薄味で面白みがなくなるじゃんっ」
藍子「大人しくなっちゃう、とか?」
加蓮「そうそう」
藍子「大人しい加蓮ちゃん」
加蓮「面白みがないでしょー?」
藍子「……風邪を引いても無理しないでちゃんと休んで横になってくれる加蓮ちゃん」
加蓮「……あの、気のせいでしょうか高森さん。言葉の端々から棘が見え隠れしておりますが」
藍子「……………………」
加蓮「目が怖いです」
加蓮「それにしても藍子。お粥を作ってくれたのは嬉しかったけど、いくらなんでも料理している間ずっとビデオ通話をつけっぱなしってのはやりすぎだよ」
藍子「待っている間、寂しくならずに済む方法ってないかな? って考えたら、思いついたのがこれでしたから」
加蓮「だから子供じゃないんだって。ほら、藍子のスマフォ、充電が足りないってクタクタになってるよ」
藍子「お粥代は、充電代ってことでっ。これで、貸し借りも無しですよね?」
加蓮「しょうがないなー」
藍子「カフェとかだと、勝手に充電したら怒られちゃいますから」
加蓮「そういえばいつものとこってどうなってたっけ。充電がなくなるってこと、まずなかったけど……」
藍子「前に1度だけ、加蓮ちゃんを待っている間に充電がピンチになったことがあるんです」
加蓮「うん」
藍子「でも、どうしても済ませておきたかった連絡があって」
加蓮「そういうのって困るよねー」
藍子「ダメ元で店員さんにお願いしたら、あまり使いすぎないなら大丈夫だって言ってくれました。でも、その分、何かデザートを注文してくれると嬉しい、なんて言われちゃいました」
加蓮「ちゃっかりしてるー。その辺、常連客の特権かも」
藍子「もしかしたら、そうかもしれませんね」
加蓮「別のカフェで怒られたこととかあるの?」
藍子「私はありませんけれど、他のお客さんがダメだって言われているところは、何度か見たことがあります」
加蓮「そっかー。盗賊の藍子ちゃんも電気泥棒はしなかったんだね」
藍子「私だって、盗む物はちゃんと決めていますから♪」
加蓮「ファンのハートを?」
藍子「盗んじゃいますっ! ……って何させるんですか」
加蓮「ふふ」
加蓮「あむっ……ご馳走様でした」パンッ
藍子「お粗末さまでした」ペコッ
加蓮「ビデオ通話してた時にさ、ちょいちょい後ろにお母さんが映り込んでたんだよね」
藍子「そうだったんですか? ぜんぜん気づかなかった……」
加蓮「すっっっっっっごいニヤニヤしてんの。私と目が合う度に」
藍子「加蓮ちゃんのお母さんがときどき笑っていたのって、そういうことだったんですね」
加蓮「ズルいよねー。手出しできないからって」
藍子「きっと加蓮ちゃんが楽しそうなのを見て、加蓮ちゃんのお母さんも嬉しかったんですよ」
加蓮「いーや絶対違うね。あれは絶対……」
藍子「絶対?」
加蓮「……絶対……」
藍子「……?」
加蓮「……特権主張します」
藍子「完治したら一緒に歌いましょうね。それで、絶対……何ですか?」
加蓮「…………」
藍子「あ、そうだ。お皿、片付けてきます。ついでに食後のお薬も持ってきますね」スッ
<テクテク
<あっ、加蓮ちゃんのお母さんっ
<いえいえっ。お礼なんてそんな……。私も、加蓮ちゃんとお話してて、すっごく楽しいですから♪
加蓮「あー、もー……なんだかなぁ……」
□ ■ □ ■ □
加蓮「夜になりました」
藍子「夜になりましたね」
加蓮「帰れ」
藍子「嫌です」
加蓮「帰ってください」
藍子「お願いされても嫌です」
加蓮「どうぞお帰りください」
藍子「丁寧に言われても帰りません」
加蓮「実家のお母さんが心配してるぞー!」
藍子「連絡しました。しっかり治してこいって言われちゃいました」
加蓮「あなたは落選しました。お帰りはあちらの扉よりどうぞ」
藍子「もう1度だけチャンスをください!」
加蓮「ここで突然、藍子にアイドルのお仕事が」
藍子「Pさんに、今の私の仕事は加蓮ちゃんを回復させることだって言われています」
加蓮「…………」
藍子「…………」ジー
加蓮「せ、切なそうな顔をしても、むだだぞー」
藍子「…………」ジー
加蓮「……うぬぬ……」
加蓮「はぁ。勝手にすればいいよ、もう……」
藍子「じゃあ、勝手にしちゃいますね♪」
加蓮「くそぅ。演技だって分かっていたのにっ」
藍子「前に加蓮ちゃんが教えてくれました。こういう時は、無言でじーっと見る方が効果があるんだって」
加蓮「昔の私め! 余計なことを!」
藍子「今日泊まる許可は、両方からもらっています」
加蓮「両方?」
藍子「私のお母さんと、加蓮ちゃんのお母さん」
加蓮「……と、年頃の女の子が外泊なんてお母さん許しませんよ」
藍子「加蓮ちゃんが男の子なら、そう言われちゃうかもしれませんね」
加蓮「実はわた……お、おれ、男子なんだ」
藍子「わー、それはたいへんですねー」
加蓮「……………………」
藍子「め、目が怖いですっ。ほら、穏やかな気持ちにならないと、風邪が治らなくなっちゃいますよ~」
加蓮「ぜんぶ藍子のせいなんだけど」
加蓮「藍子のお母さんねー……」
藍子「加蓮ちゃんを元気にするまで帰ってくるなー! って、お母さんに言われちゃいました」
藍子「だから私、今日は帰れません。帰ってもきっと、玄関がチェーンロックされてて入れませんね」
加蓮「い、意外と厳しい……。っていうか藍子のお母さんにまで心配されるって……」
藍子「あと、Pさんにも許可を頂きました」
加蓮「Pさん?」
藍子「というよりも、Pさんにもお願いされちゃいました。加蓮ちゃんのことをよろしく頼む、って」
加蓮「へー……」
藍子「ふふっ。お仕事中もずっと加蓮ちゃんを心配しているみたいで、営業先の人に変な目で見られたってぼやいていましたよ」
加蓮「あーもー、だからそういう過剰な心配が嫌なんだってば……」
藍子「私のアイドル人生に賭けて加蓮ちゃんは元気にしてみせます、って言っておきました!」
加蓮「こんなことに人生を賭けちゃダメでしょ……」
藍子「こんなこと、じゃありませんっ。私にとっては、加蓮ちゃんの身体のことも、Pさんからのお願いも、とっても大切なことですから!」
加蓮「……そっか」アハハ
藍子「それでも何度も食い下がられちゃって……よほど、心配だったみたいですね」
加蓮「晩ご飯の後に長電話してたのはそれだったんだね」
藍子「加蓮ちゃんが無理して事務所に行くから、Pさん、きっと余計に心配しちゃったんですよ?」
加蓮「反省してるってばー……」
藍子「…………」
加蓮「…………」
藍子「…………」
加蓮「…………」
藍子「……ねえ、加蓮ちゃん」
加蓮「ん?」
藍子「ここって、すっごく静かなんですね」
加蓮「そう?」
藍子「すごく、静かですよ」
加蓮「……そうなのかな。意識したことないけど」
藍子「いつも行くカフェは、色々な音がしますよね」
藍子「キッチンから聞こえてくる、調理やお皿の音。他のお客さんの声」
藍子「テラス席の時は木々のざわめきとか、虫の鳴き声とか、歩いている人達の声が遠くから……」
加蓮「……言われてみるとそうかもね。夏なら風鈴の音があったし、冬なら暖炉式ストーブもあったっけ」
藍子「事務所もそうです。いつも誰かがいて、すごく賑やかで。ふふ、お昼寝もできなさそうなくらいに」
加蓮「とか言って藍子、前にソファーでうたた寝してたでしょ」
藍子「や、やっぱり覚えていましたか」
加蓮「あの時さー、私がかけてあげたジャケット、かじってたでしょ。歯型が結構くっきり残ってて困ったんだよ?」
藍子「あうぅ、あの時はごめんなさい……。実はあの時、美味しいパンケーキを食べている夢を見ていて」
加蓮「よく覚えてるね」
藍子「なぜかあの時のことは忘れられないんです。こう、ふっくらとした美味しそうなパンケーキなのに、食べたら味がしなくて、それにすごく硬くて」
加蓮「かじってるのが私のジャケットなんだし。ミント味くらいはしそうかな?」
藍子「お返しにあげたファーコート、この前着てくれていましたよね」
加蓮「結構気に入っちゃって。ありがとね、藍子」
藍子「いえいえ。加蓮ちゃんが喜んでくれたのなら、選んだ甲斐がありました」
加蓮「……わざわざ選んだんだ」
藍子「2日くらいかけちゃいました」
加蓮「そっか……」
藍子「……うたたねしちゃうこともありますけれど、事務所も、賑やかで楽しい場所ですよね」
藍子「誰もいない時でも、Pさんがパソコンを操作していたり、書類と向き合ってたり。そういう時だって、何かの音は聞こえてきます」
藍子「その度に、あぁ、そこにいてくれるんだな、って。ほっとするんです」
藍子「加蓮ちゃんがいる時は……お話していない時でも、雑誌をめくる音とか、スマートフォンを使っている時の音とか」
藍子「どんなに微かでも、聞こえてくるんです」
加蓮「…………」
藍子「ここは……お話していない時は、すごく静かなんですね」
藍子「今日、初めて知りました。……それとも、今日だけなのかも」
藍子「……ぞっとするくらい、静かなんですね」
藍子「加蓮ちゃんは……いつも、こんな静かな中で、1人でいるんですか?」
加蓮「……慣れたことだよ。それに、この部屋だってたまに音はするよ」
加蓮「部屋っていうより外からだね。お母さんやお父さんが何かしている時の音とか、話している声とか」
加蓮「あと、音楽をかけてる時だってあるし」
加蓮「だいたいそんなの誰の家だって同じじゃない? 藍子だって、部屋で1人でいるなら無音の時くらいあるでしょ。そんなに変?」
藍子「変って言うほどでは……。でも、今日はすごく気になるんです。静かすぎることが」
加蓮「そ」
藍子「……」
藍子「私、決めました。加蓮ちゃんが全快するまで、絶対にここにいます。お仕事がある日でも終わったらここに来ますから」
加蓮「迷惑」
藍子「目を見て言ってください」
加蓮「…………」
藍子「…………」
加蓮「……ハァ……どーせ、根比べして勝てないのは知ってるし」
藍子「懐かしいですね、その言葉」
加蓮「最初に藍子がふっかけて来た言葉だよね。あれから何度、張り合って、そして負け続けてきたかな、私」
藍子「出会わなければよかったって思っていますか?」
加蓮「思う訳ないでしょ」
藍子「よかった」
加蓮「何度も言うけどさ。体調を崩すことも寝込むことも珍しくないんだよ? 余計に心配してくるのも気遣われるのも、逆に吐き気が酷くなるだけ」
藍子「私には、いつものことってだけには見えませんから」
加蓮「アンタが勝手に思ってるだけでしょ」
藍子「本当に傷つき慣れているなら、あなたの顔はそんなに強張ったりしません」
加蓮「何度も同じところに怪我したって痛い物は痛いし、顔くらい強張るでしょ」
藍子「本当に眠るだけで済ませられるなら、3日経った今でも事あるごとに表情を引きつらせたりしません」
加蓮「藍子が強引すぎるからびっくりしてるだけだよ」
藍子「……私には、分からないことはあるかもしれません。加蓮ちゃんが本当に迷惑がっていて、それに気付いてないだけかもしれないって、正直ちょっぴり不安です。でも」
藍子「あなたの傷は、あなたの思っている程に浅くはない」
藍子「これだけは……あなたとの時間を賭けてでも、絶対だって言えます」
加蓮「…………」
藍子「…………」
加蓮「……お節介焼き」
藍子「いじっぱり」
加蓮「…………」
藍子「…………」
加蓮「……もう寝る」
藍子「はい。おやすみなさい、加蓮ちゃん。……しんどくなったら、すぐに言ってくださいね」
加蓮「やだ」
藍子「じゃあずっと加蓮ちゃんのことを見ていることにします。見落としたくありませんから」
加蓮「……おやすみ」
藍子「おやすみなさい、加蓮ちゃん」
……。
…………。
おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。
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