チック「だったら増やせばいいだろうが!」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1492260431
子供の頃、両親と共に遊びに行った祖母の家は、とても古かったです。
当然、家具も古かったです。
タンスや化粧鏡、掘り炬燵。
テレビやラジオ。
全部全部古かったです。
そんな中で私が気になったのは、ゼンマイ式で動く大きな壁時計でした。
別に鳩時計のような仕掛けがある訳ではありません。
ただ、規則正しく振り子を動かしながら時を刻んでいるだけです。
チックタック。
チックタック。
私は祖母に聞いた事があります。
「どうして、この時計はチックタック言ってるの?」
「私の家の時計は、こんな事言わないよ」
それに対して、祖母はこう答えました。
「それはね」
「時計の中に」
「 がいるからだよ」
~現在~
友達「そこボカさないでよ、お婆さんは時計の中に何が居るって言ってたの?」
少女「チックとタックだよ」
友達「チックとタック?」
少女「そういう名前の妖精なんだってさ、おばあちゃんが言うには」
友達「……」
少女「……」
友達「ふーん、夢見がちなお婆さんだったんだねえ」
少女「まあ、普通はそう思うよねぇ、当時子供だった私も、何言ってんだコイツって感じたもん」
友達「まあ、ご老人は迷信的な事を信じやすいから」
少女「けどね、この話には続きがあるの」
友達「続き?」
少女「そ」
当然、私はそんな話を信じませんでした。
だって、時計の中でチックタック言い続けるで妖精に何かメリットがあるようには思えなかったからです。
妖精はそんな事をして楽しいの?
誰かからお給料を貰ってるの?
年中無休で働いてご飯はどうしてるの?
私がもし妖精だったなら、1日も経たずに逃げ出してしまっています。
私にできない事を、妖精に出来るはずはありません。
つまり、時計の中に妖精はいない。
いないのです。
けど、もしかしたら。
我慢強い妖精が鋼の精神でその仕事をこなしている可能性も、僅かにではあります。
筋肉隆々なムキムキの妖精が歴戦の戦士のような顔で仕事をこなしている可能性も、僅かにではあります。
もし本当にそんな妖精がいるなら、見てみたい。
見てみたいのです。
しかし、彼らが本当にいるのであればたやすく姿を見せるような愚を行わないでしょう。
つまり、今、お婆ちゃんや私や両親が居る前で時計の中を覗いても、上手く隠れられてしまうでしょう。
隙をつかねばなりません。
私は、策を練りました。
作戦は簡単です。
今日の晩御飯だったお寿司の余りを時計のある居間に置いておくのです。
そして、皆が寝静まる深夜まで待つのです。
鋼のような妖精たちも、流石に誰もいない時間帯は気が緩んでいるはずです。
そこに涎が落ちんばかりのご馳走を置いておけば。
フラフラっと時計の中から出てくるかもしれません。
私は電源を落としたこたつの中にそっと忍びこみ、深夜になるのを待ちました。
時計の音は今に響きます。
チック。
タック。
チック。
タック。
チック。
タック。
チック。
タック。
私がウトウトし始めた頃、音に変化が訪れました。
チック。
タック。
チック。
タック。
おい、チック。
なんだい、タック。
チック。
タック。
チック、何だか、良い匂いがしないか。
タック、僕もさっきから気付いていたよ。
チック。
タック。
そういえば、お腹が空いたな、チック。
もうずいぶんご飯を食べてないからね、タック。
チック。
タック。
チック。
タック。
誰かが、誰かと、お話しています。
妖精さんでしょうか。
声は時計の方から聞こえる気がします。
見ろよ、チック。
ああ、見たよ、タック。
美味しそうな物が置いてあるぞ、チック。
美味しそうな物が置いてあるね、タック。
どうする、チック。
どうしよう、タック。
誰もいないよな、チック。
誰もいないよ、タック。
それなら、チック。
そうだね、タック。
声は、少しずつ、炬燵に近づいてきている気がしました。
お寿司の匂いに惹かれて、時計から出てきたのでしょうか。
私は、ドキドキしてきました。
外を覗きたい衝動にかられます。
けど。
けど、駄目です、きっと今、私が外に出ると。
妖精さん達は、目にも止まらぬ速さで隠れてしまうでしょう。
慎重に、コトを進めねばなりません。
妖精さん達が更に油断する状況を、待たなければなりません。
そうです、待ちましょう。
妖精さん達がお寿司に夢中になって周りが気にならなくなるくらいまで。
そうすればきっと。
わあ、凄いぞチック。
凄いね、美味しそうだねタック。
もう我慢できないな、チック。
もう我慢できないね、タック。
食べてしまおう、チック。
食べてしまおう、タック。
もぐもぐもぐ。
くちゃくちゃくちゃ。
ああ、久しぶりの食事だな、チック。
久しぶりのご飯だね、タック。
美味しいな、チック。
美味しいね、タック。
もぐもぐもぐ。
くちゃくちゃくちゃ。
炬燵の上からは、何かを食べる音がします。
きっと、妖精さん達がお寿司を食べているのでしょう。
これ、何て言う食べ物なのかな、チック。
昼間、人間達が言ってたお寿司って食べ物じゃないかな、タック。
そうか、お寿司美味しいな、チック。
今まで食べた物の中で2番目においしいね、タック。
けど、もう半分も無くなっちゃったぞ、チック。
もう半分も無くなっちゃったね、タック。
このまま残しておくと、人間達に気付かれるかな、チック。
中途半端に残しておくと、気づかれるかもしれないね、タック。
なら、チック。
そうだね、タック。
全部食べてしまおう、チック。
全部食べてしまおう、タック。
人間達に見つかったら、大変だからな、チック。
そうそう、僕達は少数種族だからね、タック。
もぐもぐもぐ。
くちゃくちゃくちゃ。
もぐもぐもぐ。
くちゃくちゃくちゃ。
ぜんぶ食べてしまったぞ、チック。
まだ何か食べ足りないね、タック。
こっちの緑色の塊も、食べられるんじゃないかな、チック。
そうだね、そっちもぜんぶ食べてしまおうか、タック。
もぐもぐもぐ。
くちゃくちゃくちゃ。
恐らく、会話から察するに妖精さん達はお寿司のお皿に盛ってあったわさびまで食べてしまったのだと思います。
炬燵の上から、ピイッと甲高い声が聞こえました。
パタパタパタ。
パタパタパタ。
小さな何かが炬燵の上から畳へと走り下りる音もします。
やばい、逃げられる。
そう感じた私は、炬燵の中から這い出しました。
しかし、時すでに遅く。
居間には、妖精さんの姿はありません。
ただ、時計の蓋が少しだけ、開いていただけでした。
私は、妖精さん達を見る事が出来なかったのです。
私は、妖精さん達を逃がしてしまったのです。
~現在~
少女「という体験をしたんだ」
友達「ふーん、それで?」
少女「それでね、翌朝お婆ちゃんや両親と朝ごはんを食べたんだけど」
少女「時計の音がね、前と違うの」
少女「多分、ワサビの辛さで声が涸れちゃったんだろうね」
ヂッグ、ダッグ、ヂッグ、ダッグ
少女「こんな感じの声に、なってたの」
少女「両親は、不思議そうな顔をしてたなあ」
少女「おしまい」
友達「へー」
少女「あ、信じてないでしょ」
友達「いや、信じる信じる、だからさ、先週出た数学の宿題、ちょっと写させてくんない?」
少女「いやいやいやいや、マジだから、マジな話だからね」
友達「はいはい」
少女「それでさ、この話に出てきたお婆ちゃんが先月死んじゃってさ」
友達「……いきなり重い話しないでよ」
少女「お葬式とかはもうとっくに終わってたんだけど」
少女「お婆ちゃんが住んでた家の家財とかを整理する必要があってね」
少女「だから、昨日、両親と一緒に行ってきたの」
友達「そういえば、昨日はアンタに連絡付かなかったわね」
少女「僻地にある家だったしねえ……」
少女「私ね、お婆ちゃんの家に行くのは、久しぶりだったんだ」
少女「多分、10年ぶりくらい」
少女「お婆ちゃんの家、随分変わってた」
友達「まあ、10年も経てばそりゃ変るんじゃない」
友達「テレビとかも、当時はアナログだったでしょ?」
少女「うん、いや、そういう部分じゃなくてね、何と言うか」
友達「ん?何?言いにくい事?」
少女「……時計がね、増えてた」
友達「時計が?」
少女「うん」
その事に最初に気付いたのは、玄関に入った時でした。
玄関の眼の前に、時計が置いてあったからです。
しかも、3つも。
壁側に掛け時計が1つ。
下駄箱の上に置時計が1つ。
廊下の上に目覚まし時計が1つ。
それぞれ、おいてありました。
子供の頃の記憶が確かなら、そんな所に時計はありませんでした。
というか、この家にある時計は、例のゼンマイ式の時計一つだったはずです。
両親は、首をかしげていました。
私も、首をかしげました。
まあ、けど、そんな事もあるだろうと気軽に思って家の中に上がりました。
そして居間に入った時、気づきました。
お婆ちゃんが、死ぬ間際、正常ではなかった事に。
お婆ちゃんは、買い物に行く途中に倒れて、そのまま救急車で病院に運ばれて死んでしまったのです。
急なことだったのでバタバタしていて、誰もこの家の中まで入ってくる事はなかったのでしょう。
だから、誰も気づきませんでした。
居間には、埋め尽くさんばかりの時計が飾ってありました。
壁にも、炬燵の上にも、テレビの上にも、天井にも、床にも。
数百、数千の時計が、飾ってありました。
これはもう「時計の前に時計が置いてある」という状況です。
大半の時計は、時計の針を確認する事すら出来ません。
何故。
何故こんな事をしたのでしょう。
お婆ちゃんは、どんな心境で、こんな事をしたのでしょう。
両親は悔んでいました。
自分達がお婆ちゃんの家をもっと頻繁に訪れていれば、もっと早くこの異常に気づけたのに、と。
きっと、お婆ちゃんは1人で暮らすのが寂しくて、こうなってしまったのだろう、と。
そんな中、私は別の事が気になっていました。
時計が。
時計の針が。
全ての時計の針が、止まっているのです。
いえ、違います。
1つだけ、動いている時計がありました。
あの、時計です。
ヂッグ、ダッグ、ヂッグ、ダッグ。
両親が嘆く居間に、あの音が。
あの小さい音が、響いています。
私はきょろきょろと周りを見渡して、ソレを発見しました。
壁に掛けられた時計の中に、埋もれるように。
ソレはありました。
あの古時計が。
あのゼンマイ式の古時計が。
あの妖精が住まう古時計が。
ヂッグ、ダッグ、ヂッグ、ダッグ。
あの時の、音のままで。
嘆き終わった両親は、今後の事を話し合い始めました。
家財を整理するつもりで来ましたが、時計をどう始末するのかを先に決めないと話が進みません。
捨てるのは躊躇してしまいます。
だって、今に置いてある時計達からは、お婆ちゃんの病的なまでの執拗さを感じられましたから。
それをあっさり捨ててしまう気持ちには、なれません。
だからと言って、放置しておくと何時まで経ってもこの家を整理できません。
話し合いの結果、私の家や親戚の家で分散して引き取ってもらおうという事になりました。
その結論が出る頃には、もう夕方になっていました。
その日は私も両親も精神的に疲れてしまったので、お弁当を食べて寝てしまう事にしました。
夜中、ふと、目が覚めました。
何か物音が聞こえたからです。
何か、小さな物が走る音が。
パタパタパタ。
パタパタパタ。
何だろう、あの時の妖精さんかな。
あの時みたいに、お寿司を探してるのかな。
パタパタパタ。
パタパタパタパタパタ。
物音は、廊下から聞こえます。
けれど、瞼が落ちてきます。
眠い。
とても、眠い。
睡魔に負けてしまいます。
意識が落ちる寸前。
私は、こんな声を聞いた気がしました。
お腹が空いたな、チック。
お腹が空いたね、タック。
朝、目が覚めると両親は既に家具の整理を始めていました。
2人とも、顔色が良くないです。
まあ、確かにお婆ちゃんの家がこんな状態なので気落ちするのは判ります。
私も、黙って家具の整理を手伝う事にしました。
居間は両親が整理しているので、私の担当はお婆ちゃんの部屋です。
ここにも、時計が沢山置いてあります。
全ての時計は、止まってしまっています。
何故でしょう。
疑問に思った私は、時計の裏蓋を開けてみました。
中には電池が入っていませんでした。
そりゃ動いていないはずです。
お婆ちゃん、電池を入れ忘れたのかな。
そう思って、周囲を見渡してみました。
何か、違和感があります。
けど、それが何なのか判りません。
ふと、机の上に置いてある時計が何かを下敷きにしている事に気付きます。
それは、日記帳でした。
お婆ちゃんの、日記帳なのでしょうか。
私は少し、躊躇しましたが、読んでみる事にしました。
日記の内容は、天気の話題やその日食べた食事の話題が大半でした。
ペラペラペラと捲っていくと、日記の中に奇妙な記載がある事に気付きます。
まるで、家の中で誰かと会話していたかのような内容が出てくるのです。
例えば。
「昨日言われたとおり、時計を買ってきました」
「これで寂しくはないでしょう」
「あんなに文句言わなくてもいいのにね」
「ごめんさないね、ごめんなさい」
「明日も、時計を買ってきましょう」
「電池も忘れないようにしないといけません」
「最近の時計はゼンマイ式じゃありませんからね」
こんな感じの。
ひょっとして。
ひょっとして、お婆ちゃんは、あの妖精と。
チックとタックと、会話ができたのでしょうか。
そうだったとしても、不思議ではありません。
だって、お婆ちゃんは、チックとタックの存在を、知っていたのですから。
私は、日記を読み進めます。
「最近、食べ物の減りが早い気がします」
「見かけない子を、見る事が増えてきました」
「あの2人に聞いてみても、ちゃんと応えてくれません」
「また、時計を買ってくるように言われました」
「寂しいから、と」
「こんなに増やしたのに」
「時計が増えてから、悪夢を見る事が増えてきました」
「毎日、毎日、時計の音が聞こえます」
「チックタックチックタック」
「ヂッグダッグヂッグダッグ」
「耳に残ります」
「心に残ります」
「最近深く物事を考えられない」
「朝起きると」
「私の腕に小さな傷がありました」
「小さな傷です」
「何時の間に?」
「まるで何かに」
「何かに」
「噛まれ」
「た」
「かのよう」
「な傷」
「が」
「お腹が空いたと言われました」
「食べられ」
「るのでしょうか、私は」
「時計が増えすぎました」
「増やし過ぎました」
「まるで何かに」
「あやつられたかの」
「よう」
「にして」
「私は」
「あの2人」
「きっとあの時計」
「あの時計、一つ一つに」
「あの2人が」
「電池」
「を」
「抜かないと」
「ああ、けれど」
「けれど、あの音に」
「あらがえない」
「ヂッグ」
「ダッグ」
「ヂッグ」
「ダッグ」
「きょうもとけいをかいにいきます」
「でんちもわすれないように」
日記には、お婆ちゃんが壊れて行っている様子が描かれていました。
少しずつ。
少しずつ。
私は日記を閉じます。
部屋を見渡して、違和感の正体に気付きました。
時計が。
時計の針が、殆ど同じ位置で止まっています。
恐らく、お婆ちゃんがその時間帯に。
正気を取り戻して、電池を抜いていったのでしょう。
きっと、居間の時計も同じなのだと思います。
あそこの時計も、ゼンマイ式の1つを除いて止まってしまっているはずです。
止まってしまっているはずでした。
居間から、音が聞こえます。
チック。
タック。
チック。
タック。
聞こえるはずがない音が。
沢山。
沢山。
私は急いで居間の扉を開けました。
居間には両親が居ました。
ああ、なんて事でしょう。
2人は、家財の整理をしているのではありませんでした。
一心不乱に。
時計に電池を入れているのでした。
母が、手に持ったデジタル時計に電池を入れると。
液晶画面が点滅し、時間が表示されます。
それと同時に。
チック。
タック。
チック。
タック。
音が。
デジタル時計なのに、秒針の進む音が。
それはそうです。
デジタルとかアナログとか関係ないのです。
だって、この音は。
この音は。
おはよう、チック。
おはよう、タック。
この音は、妖精さん達の。
声なんですから。
居間の時計は、もう大半が動いています。
その時計の中から。
ズルズルと這い出して来る者たちが居ます。
人間の形をした、小さな者達が。
緑色の肌をした、妖精たちが。
1つの時計から、2人。
10つの時計から、20人。
100つの時計から、200人。
1000つの時計から、2000人。
彼らは、もう隠れたりなんかしません。
だって、彼らはもう少数種族では無いのですから。
この家に置いて、少数種族は寧ろ。
寧ろ。
私達の方で。
彼らの中の一組が、こう言いました。
「お腹が空いたな、ヂッグ」
「お腹が空いたね、ダッグ」
「美味しそうな匂いがするぞ、ヂッグ」
「美味しそうな匂いがするね、ダッグ」
「二番目においしかったのは、お寿司だったな、ヂッグ」
「一番目においしかったのは、何だったかな、ダッグ」
2人は、私と両親を見ていました。
両親は、まるで何かに操られたかのように、時計に電池を入れ続けています。
きっと、その作業を続けている限りは、何も起こらないでしょう。
けど。
けど、全ての時計に電池を入れ終わったら、どうなるのでしょうか。
お婆ちゃんみたいに、操られて、時計を集める手足にされるのでしょうか。
それとも。
それとも。
妖精さん達は、私達を見ています。
数千の妖精さん達の眼が。
両親の作業が終わるのを。
待っています。
待っています。
待っています。
カチリ
最後の、時計に、電池がはまりました。
~現在~
友達「……」
少女「……」
友達「……」
少女「なーんちゃって」
友達「は?」
少女「怖かった?ねえ、怖かった?」
友達「え、あ、なに?嘘だったの?作り話だったの?」
少女「ふっふっふっふー」
友達「はー、くっだらない、何やってるの意味判んないんだけど」
少女「いやあ、貴女って怖い話苦手みたいだし、ちょっと驚かせようかなって」
友達「……もういい、帰って」
少女「ええぇー、こんな時間からもう帰れないよ、今日は両親いないからお泊りしてイイって言ってくれてたじゃん……」
友達「いいから帰れ」
少女「もう、拗ねないでよぅ」
友達「まったく……」
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません