和久井留美「キスを貰えるかしら」 (18)

 プロデューサーくんが欲しいわ。

 ……ええそう。プロデューサーくんが、貴方が……貴方の、貴方からのキスを貰いたいの。

 それはもちろん悩ましいわ。

 プロデューサーくんを望むのは揺るぎないこととして……けれど、いったいプロデューサーくんの何を求めるのか。

 プロデューサーくんの身体、その内のどの部分を欲しいと願うべきなのか。

 それはとても難しい……とても、とても、難しい問題。

 プロデューサーくんの身体は、存在は、すべては私にとってかけがえのない尊いもの。

 何一つ余さず、只一つの例外さえなく、心の奥底から至上だと認められるような唯一のもの。

 だから……そんなプロデューサーくんだから。その内のいったい何を私は願えばいいのか、願うべきなのか。……それを選んで決めるのは簡単じゃない。

 一本一本が確かな感触を伝え、幾重にも重なりながら私へ絡まってきてくれる髪。

 甘く温かな吐息を伴って、艶やかに輝く柔い肌の繊細な触感を晒す顔。

 呼吸のために上下しては熱っぽく体温を高め、濃密で濃厚な愛おしい汗の味を纏う首元。

 引き締まりながらも柔らかな、弾力のある素敵な噛み心地を備えた二の腕。

 お腹のぷにぷにと爪のすべすべ、まったく異なる二つの舌触りを叶えてくれる指の先。

 気持ちよく心地のよい鼓動を刻んで、溺れてしまいそうなほどの穏やかな安心を感じさせてくれる胸。

 包み込むように抱き留めて、どこまでも深くどこまでだって優しく許して受け入れてくれるお腹。

 広くて大きくて、男らしく少しごつごつとした硬さを持ちながら私を迎えてくれる温い背中。

 身体を犯し尽くし心を壊して蕩けさせてしまうような、噎せ返るほどの深い官能を贈り注いでくれる秘所。

 五臓六腑から脳髄までもを強く激しく痺れさせて、その痺れに焼かれる私を厚い肉の感触を以って招き入れてくれる臀部。

 腕と同じく引き締まりながらも柔らかな、けれどそれよりも更に広く多様な心地を届けてくれる脚。

 首元のような味の濃さと併せて手のような舌触りも叶える、触れる私へ背徳的な想いを送ってくれる足の先。

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 そのどれもが魅力的で魅惑的で、どうしようもなく私を誘うもの。どうにもならないほど私を惑わせてしまうもの。私を誘惑する、何よりのものだから。

 だから当然迷うわ。盛大に存分に、迷ったの。

 ……だけど、そう。やっぱりそれがいいのよ。

 甘噛んで、吸い付いて、舐め回して。

 舌先で突いて、舌の腹で味わって、舌全体で擦り付いて。

 思いきりこの身に感じて、心の奥底から愛して、何もかもすべてを懸けて想いたいと願うのは……

 欲しいのは、やっぱりそれなのよ。

 唇を、歯茎を、歯列を、舌を、頬裏を、喉奥を、その口内を貰いたい。

 キスを、交わさせてほしいの。

 確かにこれは……プロデューサーくんとのキスは、もう既に幾度となく繰り返してきたこと。

 啄むようなそれも、貪るようなそれも、ありとあらゆる形を以って繰り返して……積んで、重ねて、何度も何度も交わし合ってきたこと。

 だけど、やっぱりこれが欲しいのよ。

 私がこの唇を触れさせた初めての貴方がここだった。

 私がこの唇を触れさせた一番多くの貴方がここだった。

 私がこの唇を触れさせた他のどんなものより愛おしい貴方がここだった。

 私は、やっぱり好きなのよ。

 ここが、貴方の唇が、プロデューサーくんとのキスが。

 たまらなく……溢れ出して止まらないのを抑えられず、限りもなく満ちていくのを鎮められないほど。

 気に入っていて、惚れ込んでしまっていて、純粋に好きで……大好き、なの。

 だから……だから、そう。

 お願いよ。私に、プロデューサーくんをちょうだい。

 プロデューサーくんとのキスを、愛おしい睦み合いを、温かな想いに満ちた幸せな時を、私にちょうだい。

 大丈夫。ここには私とプロデューサーくんの二人だけ。何も、誰も、邪魔に入れさせなんてしない。

 だからどうか安心して。何も気にしないで。私のことだけを見て、考えて、想って。

 ほら、ね……?

 しましょう。プロデューサーくん。私と、キスを。……私と、求め合って想い合いましょう。

 愛しているわ。

 誰よりも何よりも、貴方のことを。

 ああ、プロデューサーくん……

「……」

「…………」

「………………え、っと。留美さん」

「何かしら」

「その……今、なんて?」

「あら、聞こえていなかったのかしら」

「いやなんというかこう、聞こえなかったとかではなく内容がいろいろ……」

「プロデューサーくんが欲しいわ。……ええそう。プロデューサーくんが、貴方が……貴方からのキスを貰いたいの。それはもちろん悩まし……」

「いや、そこは言わなくていいですからね。一言一句そのままに繰り返さなくていいですからね」

「あら。……なら、どうしてすればいいのかしら」

「どうすれば、というかその……ええっとうん、とりあえずまず」

「はい」

「キス、っていうのは……どういう?」

「……? どういう、っていうのは?」

「いや、だっていきなりそんな」

「何もいきなりじゃないでしょう。常日頃から胸に秘めて、心へ満たし、そうして想い続けていることなんだもの」

「でも僕、そんなの初めて聞いたんですけど」

「当然に過ぎるほどのことなんだし、あえて口にするまでもなかった。たまたま機会がなかった、というだけのことじゃないかしら」

「えぇー……」

「以心伝心。言葉はなくとも、私たちの間でなら問題なんてないでしょう?」

「いやー……うん、残念ながらそうでもなかったみたい、というか」

「…………ああ。……ああ、なるほど」

「……留美さん?」

「それはつまり、言葉なしに伝わっているようなこともすべて……何もかもすべてを言葉にして、そうしてそのどれもを贈ることで今後更に仲を深めよう、ということね」

「え?」

「確かに……私とプロデューサーくんとの間には決して起こり得ないことといえ、仲睦まじい二人の間にもほんの些細な『言葉が足りない』ことで亀裂が、というのはよく聞く話だもの。重ねて言う通り私たちの間に亀裂なんて生まれるはずはないけれど……でもそうすることで、この深く密な関係をいっそう深めようと……そういうこと、なのよね」

「や、あの」

「分かったわ。それなら今からは秘めることなくすべて……時間を問わず場所を問わず、欲を好意を想いを愛を、どんなに些細なことまでも余さず言葉にすることを約束しましょう」

「あー……ええっと、どうしてそう飛躍しちゃったんですかね……」

「……と、それじゃあ早速」

「はい?」

「プロデューサーくん、キスを。……事を急く女は好きでないと知ってはいるけれど、とはいえそれでも貴方とのこと。……正直あまり長く抑えてはおけそうにないの。だから、ほら……」

「あー……それについては確定事項になっちゃってるんですね。……というか、その、留美さん、迫ってくるのはやめてください。なんだか目も怖いし、えっと」

「……貴方が待てというのなら仕方ないわね。貴方のアイドル、貴方のパートナー、貴方の女としてここは聞き分けましょう。容易に抑えていられるものではないのだけど……プロデューサーくんのためなら、私は」

「ああえっと、僕のためならってそういうのは嬉しくも思ったりなんですけど、でもこう……いやまぁ、もういいです。それよりも」

「何かしら」

「その……キス、っていうのはいったい」

「いったい、と言われても……キスはキス。何も穿つことはない、そのまま、ありのままの意味だけれど」

「いや、キスっていう言葉の意味はあれなんですけど……こう、どうしてそれを口にしたのかなーといいますか」

「どうしても何も……言ってくれたじゃない。今回のライブを成功させたご褒美として、望みのものをプロデューサーくんから贈ってくれるって」

「望みのものというか……食べたいもの、だったはずなんですけどね」

「似たようなものよ。大した差異はないわ。……それに、食べたいもの、というそれでも間違いではないし」

「いやまあそうやって強引に解釈できないこともないかもなんですけどあの」

「ええ、何一つの疑問も生まれないところね」

「そんなまっすぐに言い切られると」

「私がプロデューサーくんへの想いを迷い、躊躇し、悩むわけがないじゃない。貴方への私の想いにまっすぐ一途でないものなんて、それこそ一つだって……ほんのわずかな欠片ほどにも存在しないわ」

「得意気な顔をされても。……まあ、不覚にも嬉しく思ってしまう部分も無くはないんですけど」

「そうして照れた顔も素敵よ。……それで、プロデューサーくん」

「え、はい?」

「抑えるとは言ったわ。実際、貴方のために抑えるつもりよ。……けれど、それでも、やはり限界はある。他の事象に関してならいざ知らず、貴方のこと……愛する貴方の、あの甘美な味や感触を、これ以上なんてないあの幸せを我慢し続けるのは……。……だから、プロデューサーくん。私はいつまで抑えて、待っていれば……」

「…………ん?」

「どうかした?」

「いやまぁあの、いろいろとあるにはあるんですけど……まずその、初めから気になっていたこととして」

「ええ」

「どうしてそんな、味やら感触やらを知っているようで……そして、僕とキスを交わしたことがあるような風なんですかね……?」

「……はい?」

「や、そんな首を傾げられても」

「ごめんなさい、あまり予期していない問いだったものだから……」

「これほど妥当な問いもないと思いますけど」

「いえ、だけど……そうね。これも先の『すべてを言葉に』という約束のためなんだものね。分かったわ。明らかで開かれた周知のことではあるけれど、改めて伝えましょう」

「明ら……いやうん、お願いします」

「ええ。……まず簡潔に説明すると、味や感触を知っているのは味わい触れたことがあるから。後者については実際に幾度も交わしているから、ね」

「…………うぅん?」

「例えば……そうね。プロデューサーくん、この前仮眠室で休憩を取った日があったでしょう?」

「あ、はい。よほど疲れた顔をしてしまっていたみたいで……書類はやっておくから、って言ってくれた留美さんに甘えて、少し」

「あの時は、プロデューサーくんが眠りに落ちてから部屋に上がって。そこでいろいろと……キスを始めとして、抱擁や、慰めや……いろいろなたくさんを、思う存分交わさせてもらっていたの」

「……え、っと」

「とても良い時間だったわ。……ふふ、まるで褪せない興奮と身を焦がすような恍惚に、今でも震わされてしまうくらい」

「……おかしいなぁ、。一応あの時、仮眠室には鍵を掛けていたはずなんですけど……」

「ああ、やっぱり……癖かしら、掛けてしまっていたのね。でも大丈夫。掛かってはいたけれど……あの程度のもの、私のプロデューサーくんへの想いの前には無力で無意味、なんでもなかったわ」

「どことなく得意気ですけど……いや、えー……」

「ごめんなさい。でも、解きはしたけれど壊しはしなかったから」

「そういう問題じゃないんですよねー……。……え、というかえっと、その、なんというかあれ、すごく混乱してしまっていてあれなんですけどこう……なんでしょう、ということはつまり僕、もう留美さんにいろいろとされてしまっている感じ、だったり……?」

「いろいろ、っていうのは」

「や、その」

「……ああ、なるほど。大丈夫の、プロデューサーくん。私はそんなに無粋な女ではないもの。プロデューサーくんの精やプロデューサーくんとの官能は知りこそすれ、まだ本当に結ばれるようなことには至っていないわ」

「それは大丈夫と言えてしまう範疇なんですかねっ?」

「他の行為とは違って、それはやっぱりプロデューサーくんの意思でプロデューサーくんの側から求めてほしいし。……それに、今はプロデューサーくんもそれを望むことはできないでしょうから。誰よりも近く何よりも信頼を置かれる貴方の担当アイドルである私が、まだ貴方の夢を叶えられていないここでアイドルとしていられなくなってしまってはいけないものね。だから、それについてはまだ何も。二人とも、ちゃんと清いままの身体よ」

「しっかり深く考えてくれているようで一瞬感謝しかけましたけど、やっぱりそういうことじゃないですからね。もっとそれ以前に問題としなければならない点が山のように積まれていますからね、それ」

「ああ。けれどもちろん、私にとってはプロデューサーくんの想いこそが何よりのもの。もしそれでも私を求めてくれるというのなら、私は今この瞬間にそこへ至ってしまっても構わないけれど」

「あーもう、聞いてないし。……というか、あの、留美さん」

「何かしら、プロデューサーくん」

「その……こういうことを自分から言うのはあれなんですけど……その、こう……留美さん、本当に僕のこと好きなんですか? ……その、これまでのは冗談とばかり……」

「……」

「…………」

「………………はい?」

「うん?」

「ええと、その、それはいったい」

「そんなに戸惑われるとこっちまで戸惑ってしまうんですけど……」

「…………ああ。ああ、なるほど。そういうことね、分かったわ」

「ん?」

「察しが悪くてごめんなさい。プロデューサーくんの問いがあまりに予想できないもの……決して揺るがず、わずかほどの疑念も生まれ得ないはずの事柄について、その存在を疑うようなものだったから……プロデューサーくんの言葉の意図へ思い至るのが、少し遅くなってしまったわ」

「え、っと……うぅん?」

「すべての想いを言葉に。改めて口にするのは少々気恥ずかしくもあるけれど……ええ、言いましょう。私は貴方が、プロデューサーくんのことが好きよ。好きで好きで好きで、もうどうにもならずどうしようもないほどに大好きなの。とりどりな色に光り輝いて、そのどれもで私の心を魅了する貴方の表情が好き。私を震わせ痺れさせる、甘くて柔らかな声が好き。身体の芯まで染み込んで脳髄まで犯し溶かしてしまうような、その刺激的で蠱惑的な匂いや味が好き。柔らかで優しげで、けれど途方もないほどの安心感を与えてくれる貴方の胸が好き。どこまでも温かく私を受け入れ抱き締めてくれる、思いやりに満ち大きな愛情に溢れた心が好き。語り尽くせなどできないほど、限りもなく終わりさえもないほど、湧いて溢れ出てしまうのが抑え留められないほど、プロデューサーくんのことが好き。大好き。大好きなの。貴方の傍に居る、ただそれだけで心臓の高鳴りを止めることができなくなる。貴方を想う、そうしているだけで幾千もの夜を越えられてしまう。貴方に触れる、指先でのほんのわずかな接触のその度にすら毎回全身を焼け落としてしまわんばかりに身体を火照らせ紅に塗ってしまう。どうすることもできないのよ。貴方とのこと……ただそうあるだけで、たとえそれがどんなに小さくどんなに細かで、周囲から見ればまるで何も特筆するべきでないようなどうでもよいとすら言われてしまうであろうものであったとしても、それが貴方とのことであるならそれだけで、プロデューサーくんとのことであるならただそれだけで感極まって、壊れてしまいそうなほどの絶頂へと至ってしまう。プロデューサーくんと関係しない事では決して感じることのできない幸せを全身で、全霊で感じられてしまうほど、それほど貴方のことが大好きなの。

貴方のアイドルとして、貴方のパートナーとして、貴方の女として……こうして、私が今こうして在れるのはプロデューサーくんのおかげ。貴方のおかげで歩みを進めていられる。貴方のおかげで高みを目指していられる。貴方のおかげでより良くより素晴らしい私であろうと努力していられる。プロデューサーくんがいて、立って、在っているおかげで、私はこうして私として生きていられる。プロデューサーくんは私のすべて。すべてなの。比喩なんかじゃないわ。そのまま、言葉のまま。本当に比喩なんかではなくて、真実貴方は私のすべてなの。そう言えるほど、偽りなくそう思えて、間違いなくそう確信できてしまうほど、プロデューサーくんは私にとって大切な存在なのよ。大切で……重要で肝要で、失ってしまったらもう生きていくこともできなくなってしまうほど、それほど大きな存在なの。好きよ。大好き。慕っているわ。貴方を、プロデューサーくんを、私は……ありとあらゆる他のどんなすべてより、愛しているの」

「…………」

「プロデューサーくん?」

「えっと、いやぁ……その」

「ああ、ごめんなさい。どうあっても言い切れず表し切れないこと、と言葉を短くしてしまったのだけれど……確かにこの程度では不満よね。私としても、これでは申し訳なくもあるし……いいわ、それなら続きを……」

「あ、いや、それはいいですからっ」

「……? そう……?」

「はい、いいですからっ。……うん。そう。うん」

「プロデューサーくん?」

「あー……なんというか、こう、少し混乱が深まってしまったというか。えっと、その」

「……」

「うん、と」

「…………」

「ああ、えっと」

「………………プロデューサーくん」

「えぇー……ん、うん? あの、留美さん?」

「ごめんなさい。まだまだ駄目、私もまだ我慢というものが足りないみたい」

「え? って、えっと、留美さん、近い……」

「そうして惑う姿も素敵よ。……そんな姿を見せられてしまったら、私……もう、抑えられそうにないわ」

「うわ、えっとっ、目が怖いですよっ? 力もすっごく強いし……あの、留美さんっ」

「お叱りは後で受けるわ。……だからプロデューサーくん、今は……私に、委ねて……?」

「委ね、っていうか……んんっ」

「大丈夫。プロデューサーくんの好きなところはすべて把握しているもの。私が必ず気持ちよく、心地よく、幸せにしてあげる。……ええ、好きよ。大好き。誰よりも、何よりも……愛しているわ、私のプロデューサーくん……」

以上になります。
お目汚し失礼しました。

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