灰桜色のアイドル【ミリマス】 (22)

「うぅん……」

朝、目が覚めて一日が始まります

いいえ、『朝』と言うには少し早い時間だったでしょうか、まだ窓の外は薄暗くベッドから体を起こせば少し肌寒いくらい

今は何時か、そう思って時計を見ますが部屋が暗くて見えませんね~

あぁ、そう言えば見えないのは部屋が暗いからじゃなくてわたしの目が悪いからでした

ふふっ、この年になるとすっかりボケてしまって困りますね~

わたしは部屋の明かりをつけ、枕元に置いてある眼鏡を掛けて時計を注視すると…… あらあら、まだ5時じゃないですか こんなに朝早く起きてどうしましょうか

『早起きは三文の得』とは言いますが、死んだ後にもお金は使えるんですかね~?

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とは言えもう一度眠る気にもなりませんし、のんびりと朝食を作りましょうか

わたしはゆっくり、ゆっくりと朝食の準備を進めます

もう若くないですからひとつひとつの動きが緩慢になりますし、早起きしてしまうのは好都合なのかもしれません

外が明るさを増し学徒の声が聞こえてくる頃、朝食は無事完成しました

お婆さんのひとり暮らしには頑張りすぎで多すぎる朝食ですが、余った分はお昼ごはんにすればいいんです

ひとりでのんびりと、毎日同じような生活をしている今のわたしとって料理を作ることは数少ない楽しみなのです、頑張らないわけにはいかないでしょう♪

「いただきます」

食事の前には素材となってくれたお野菜や生き物への感謝を忘れない、基本ですね

こういった気持ちは今の子ども達にもちゃんと伝わって欲しいですが…… あまり説教くさいお婆さんにはなりたくないですし、難しいですね~

「はむ」

スプーンでスープを掬って口に含む、うぅんとても美味しいです 老後の楽しみとして個人経営のレストランでも開きましょうか

よく煮込んでとても柔らかくなったお野菜は顎の弱くなったわたしでも簡単に噛み砕くことが出来ます

もし生きていたなら『貴方』にも食べさせてあげたかったくらいの出来映えです

ふふ、わたしがこんなに料理が上手になったのも最近のことですし、貴方が生きていた頃にはあまり美味しいものを食べさせてあげられずに申し訳ありませんでした

あの頃は忙しかったけれど、今は少し暇過ぎますね~

「……」

そう、ひとりだと暇すぎるんです……

わたしをひとりにするなんて、もしまた会えたならお説教ですよ? どんな方法でわたしの機嫌を直してくれるか期待していますからね?

貴方のことだから、きっとわたしになんて思い付かないとても素敵な方法でわたしを喜ばせてくれるのでしょう?

また会うその時までせいぜいお料理の腕を上げて、お土産話をたっぷりと用意してあげますよ

「ごちそうさまでした」

そんなとりとめのないことを考えていると、あっという間に食事は終わりです

さあ、今日は何をして一日を過ごしましょうか

午前中 家に引き込もっているとどんどん老け込んでしまうので、最近は空いた時間に積極的に散歩をするようにしています

今わたしの住んでいるこの町は住宅とほんの少しの緑があるとても平凡な町です

朝になれば学童の列を成し歩く音が聞こえ、夜になれば静まりかえる、そんな所

ここに居ると毎日の流れが遅くて仕方ありません、今考えてみるとあの頃のわたしはなんて忙しない生活を送っていたのでしょう

日々にゆとりを持つこと、それこそが老後を楽しむ秘訣でしょうか~♪

転ばないように、道をゆっくり、ゆっくりと歩いていると…… にゃあ

お猫さまが居ました

「にゃあ」

「……」

「にゃー?」

「……」

お猫さまは何も答えてくれませんね~ ご機嫌斜めなのでしょうか?

「とてとてとて」

行ってしまわれました……

わたしは当てもなく歩いている訳でなく、ちゃんとある場所、『ある子』に会いに向かっています

今時珍しい、漫画で見るような空き地 そこに『あの子』はいつも居ます

「♪~」

ほら、歌が聞こえてきました むかしむかしにわたしも歌っていた聞き慣れた歌が

「こんにちは~」

空き地に立ち入り、彼女に挨拶をします

彼女はわたしに少しだけ視線を送ると、そのまま歌を続けます

「♪~」

わたしは彼女のソロライブのたったひとりのお客さんとなってじっくりと彼女の歌を、声を聴きます

「……ふぅ」

「ぱちぱちぱちぱち~ 今日もとってもお上手でしたよ~」

「また来たの、お婆ちゃん」

「はい~ こんな素晴らしい歌、何度だって聞きたくなりますからね~」

「暇なんですね」

「お婆さんはすることも無くて暇ですからね~ 学生と違って」

「私は学生だけど毎日暇だよ」

「それは貴女が学校に行ってないからでしょう?」

「……」

「今日も開校記念日ですか~?」

「何、お説教?」

彼女は反抗的な態度を見せますが、可愛らしい見た目と声が合わさって全く怖くないですね~♪

彼女と出会ったのは…… えっと、何ヵ月前でしたか…… まぁそこそこ前です

散歩中、懐かしい歌が聞こえてきて興味を持ってそちらに行くと、一人で歌う彼女に出会い 次の日からは散歩コースにこの空き地に加えることにしました

彼女曰く『学校に居場所が無い』『私には歌しかない』そうで、だからひたすら歌っているようです

ふふ、こんな言葉半世紀くらい前に聞いた気がしますね

「お昼、食べましたか?」

「ううん、まだ」

「それならご一緒に、どうですか?」

「ありがとう」

「「ごちそうさま」」

「聞いて、私ね……」

お昼ごはんを食べ終わった後、彼女は少しためらいながらわたしに語りかけます

「『アイドル』に、なってみたいんだ」

「『アイドル』…… ですか?」

随分懐かしい響きの言葉ですね~♪

「知ってる? この歌って765プロって事務所のアイドルが歌ってて、その人とっても歌が上手いんだよ!」

「引きこもってた時にね、偶然その人の動画を見つけて…… 私もこんな風に歌いたいって思ったの」

「その日まで私は、自分が何で生きているかもよくわからない、空っぽな私だった」

「けど、今の私には『歌』がある、いつか大きな舞台でこの歌を歌ってみたいの!」

「ふふ、立派な夢ですね~」

「…… この話をしたのお婆ちゃんが初めてだからね」

まぁ、それは光栄ですね~

「学校を卒業したら、765プロのオーディション受けてみようと思うんだ」

「応援してますよ」

「ありがとう」

「そう、わたしが貴女のプロデューサーになってあげましょうか」

「『プロデューサー』? 何それ」

「時にアイドルを後ろから応援し、時にアイドルの道を開き、時にアイドルと二人三脚で歩む、そんな人ですよ」

「え、そんなの必要無くない?」

「どうしてですか?」

「だって、舞台の上では結局一人だよ? 私が見た人もおっきな会場にたった一人で立ってたし」

「そう、本当に思いますか?」

「うん……」

「それに…… 私、誰かと一緒に何かやるなんて経験無いし、多分出来ないよ……」

「ねぇお婆ちゃん、私に『アイドル』を教えて」

「わたしがですか~?」

「うん、だってお婆ちゃんアイドルに詳しいんでしょ?」

「少しだけ、ですよ~」

「私、歌はそこそこ出来ると思うけどダンスはイマイチだし、それに上手く笑うことも出来ないし…… アイドルってそういうのも必要なんでしょ?」

「はい、そうですよ」

「だからさ、私にダンス教えて」

「ふふふ、今ダンスを踊ったら腰を痛めてしまいますから無理ですよ」

「そっか……」

「どうしてわたしに聞くんですか? ダンスなら学校の体育の先生の方がきっと上手ですよ」

「えぇ、学校はやだよ…… それに……」

「お婆ちゃん、昔アイドルだったんでしょ?」

「気付いていたんですか?」

「うん、動画見ててお婆ちゃんにそっくりな人見つけたの」

「他人のそら似かもしれませんよ?」

「ううん、きっとそんなこと無い 私がお婆ちゃんに出会えたのって運命だと思ってるだから」

「私に『アイドル』を教えて、朋花お婆ちゃん!」


おわり

読んでくれた人ありがとうございました。

すいませんうっかり書き忘れたんですけど、この話の朋花さまは62歳って設定です。
他のアイドルでも(老後ではないですけど)こんな感じでアイドルを辞めた後の話書きます。

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