モバP「突撃隣の晩御飯」 (39)
「ねープロデューサー」
事務所で残業していると、暇そうに雑誌を読んでいた周子が話しかけてきた。
ディスプレイに目を向けたまま返事をすると、彼女は気怠そうな声でこんなことを言った。
「あたしが本当に狐だったらどうするー?」
それは以前の衣装のことを言っているのかな。
とりあえず、困ると思う。
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「困る? なんで?」
何故、と問われるとどうだろう。
うーん。
「え? もし周子が狐なら実家も全部幻かもしれなくて、もしそうならこの前食べた八つ橋が泥だったかもしれないからって? 食べてお腹壊してないんなら大丈夫なんじゃない?」
そうかもしれないけど、プラシーボ効果というものがあるように信じるという行為は思いのほか大きな影響を人間に与える。
食べ物だと信じてそれを飲み込んだなら、それはもう食べ物としてしか身体が受け入れないのかもしれない。
「ふーん、難しいこと言うな―プロデューサーは。……あ、じゃあさ!」
周子は立ち上がり、こちらまで近寄って私の肩に顎を置きながら言った。
「あたしを人間だと信じてそれを受け入れたなら、たとえあたしが狐でも人間としてしか心が受け入れないんじゃないかな!」
なるほど彼女の仮説には一理あった。
もう既に私は塩見周子という存在を人間として認識している。
たとえ今彼女が本来の狐の姿を見せたとしてもそれを受け入れないかもしれない。
「逆に言えばさー、たとえあたしが狐でもプロデューサーはシューコのことを人間として見てくれるんだよねー。うれしー」
まさか本当に狐なの?
「その方が嬉しい?」
北の国からは嫌いじゃない。
「なにそれ?」
知らないか。
「そんなことより早く終わらせてよ仕事―。おなかすいた~ん~」
揺らさないでほしい。酔うから。
何食べたい?
「すし!」
回転寿司しか無理だよ。給料日前だから。
「奢ってあげるよ、もー。プロデューサーのおかげでシューコお金持ちだから」
駄目だよ、大切なお金なんだから。ちゃんと貯金しないと。
「してるよーん。たまにはいいでしょー、奢られるのも」
揺らさないで、ホントに酔って寝込むから。
「膝枕してあげるから大丈夫だよ」
それのどこが大丈夫なのかな。
ほら、早く行こう。
「奢られる覚悟はできた?」
そんな覚悟しません。
おとなしく回転寿司で我慢しなさい。
「デザートも頼んでいい?」
いいよ。
「じゃあ我慢してあげる!」
三百円で我慢してくれるならこっちもありがたいよ。
お給料入ったら奢ってあげるからね、回らない寿司も。
「え、別にいいです」
どうしてそこでマジトーンなのかな……。
「金のかかる女にはなりたくないし」
奢らせておいて?
「レストランとかじゃないからいいでしょー?」
まあそうだけどね。
「そして逆に奢ってあげることで、最終的にはシューコなしじゃ生きれないようにしてあげる♪」
長い旅になりそうだね。
「ちひろさんに頼んでプロデューサーを路頭に迷わせればすぐゴールできそうだけど」
怖いこと考えるなぁ。
というか君、ご飯作れたっけ。
「ちょっとは」
外食は一日二回までと私は決めてるから、手作りご飯が一日に一度も出なかったらすぐに出ていくよ、きっと。
「居候の癖にご飯は作ってもらうスタンスなんだ………」
考えれば、確かにいいねヒモ生活。
皆のお家にお邪魔して晩御飯だけ食べて帰る。
とても楽しそうだ。
「地味にひどいこと言ってるなぁプロデューサー」
冗談だよ、もちろん。
じゃあ、いこっか。
「はいよーん!」
「プロデューサー、あーん!」
いらない。
「そんなこと言わずにさー。ほら、照れないでいいから!」
照れてなんてないよ。
ただ君がさっきから自分が取った寿司の半分を押しつけてくるから困ってるんだ。
自分で取ったんだから責任もって二つとも食べなよ。
「だって色々なお寿司食べたいし」
食べればいいじゃないか。
「そんなにたくさん食べれないし」
食細いもんね。
おなかすいたーんとか言う割には。
「お腹が小さいからその分早く空いちゃうのかな」
なるほど。
あんまり食べ過ぎるとデザート食べられなくなるよ?
「大丈夫だよ、別腹だもん」
甘いものを見た途端、消化が速く進むって聞いたことはあるけどね。
「あ、プロデューサーの鉄火巻きおいしそー! あーん!」
えー、自分で取って食べなよ。
「そんな四つも食べれないよ」
それもそっか………はい。
「ん~…………うまい!」
そのウインクはCMにでも取っておこうね。
「CM用のウインクを独り占めなんて、プロデューサーは贅沢だなぁ」
押し売りもいいところだよ。
「こんなプライベートシューコ見られるのも贅沢なことなんだよ」
それは確かにそうだね。
「もっと見せてあげるね」
ありがとう。
精一杯喜ぶよ。
「プロデューサー」
どうしたの、凛。
「周子から聞いたけど、ヒモ生活したいんだって?」
えぇー…………。
「え、違うの?」
冗談だよ、冗談。
周子と話してて、私が居候になるって話になってね。
毎晩みんなの家にお邪魔するのは楽しそうだなぁって。
「へぇ、居候はともかく、お邪魔するっていうのはいいんじゃない?」
そうかな。
「やっぱり一緒にご飯食べるのって、あったくていいでしょ? ただでさえプロデューサーは忙しくてみんなと十分に話せてないから、そういう機会として晩御飯にお邪魔するのは悪くないんじゃないかな」
なるほど。
迷惑じゃないかな。
「連日ならともかく、一週間に一度くらいなら皆喜んでお招きするよ」
そっかぁ。
なら、一回みんなに聞いてみようかな。
「それがいいよ。あ、私は木曜がいいかな」
そうなの?
「近くのスーパーが木曜に特売なの。ふふ、プロデューサーの好物のハンバーグを作ってあげるから楽しみにしてなよ」
わぁ、ありがとう。
人参のグラッセも食べたいな。
「了解。刻むよ、私たちの千切り………!」
それキャベツだよね。
「プロデューサーさん」
あれ、楓さん。
どうかしましたか?
「夕飯にお招きするのはデイナーイトですか? なんて………」
まあ、ディナーといえば夜ですよね。
「凛ちゃんから聞いたんですけど、お夕飯一緒にどうですか?」
いいんですか?
「最近、プロデューサーさんとあまりお話しできていませんでしたから、この機会に、と」
それはありがたい。
「さばさばしたプロデューサーさんにはサバ味噌を食べさせるのがミソです、なんて」
いいですね、サバ味噌。最近食べてませんでした。
「晩酌、お注ぎしますよ?」
お酒を呑むと車で帰れなくなるので。
「えー」
そう頬を膨らまされても。
「むー…………」
………まぁ、一杯くらいなら付き合いますよ。
帰りはタクシーを呼びますから。
「と、泊まっていただいても構いませんよ?」
それはさすがに……。
「手を出す勇気がおありで?」
ないですね。
「なら大丈夫です」
えぇー…………。
「プロデューサー」
どしたのまゆ。今日もかわいいね。
「今夜はまゆのおうちで晩御飯ですよぉ」
そっかぁ。今日もリボンが似合っててかわいいね。
「一人暮らしじゃ作らないと思ってビーフシチューを作ってみましたぁ」
わぁ、素敵。楽しみだなぁ。ちっちゃくてかわいいね。
「フランスパンも買ってありますから、浸して食べましょうねぇ」
分かってるなぁまゆ。抱き上げたくなるかわいさだね。
「………ちゃんと聞いてますぅ?」
聞いてるよ。ホントにかわいいなぁ。
「………………うぅ」
よし、今日も私の勝ちだ。
「ひどいですよぉプロデューサー。まゆを恥ずかしがらせて何が楽しいんですかぁ?」
やられたら倍返しだよ。
まゆが来てからしばらくは赤面しっぱなしだったから。
「まゆは本気で言ってたんですよぉ?」
私も本気で言ってるよ。
「じゃあ結婚したくなるほど可愛いですかぁ?」
そこまでじゃない。
「うぅ……………」
でも抱きしめたくなるくらいは好きだよ。
「まゆのものになってくれないなら別にいいです………」
そういうものなんだ………。
「そうだ、ビーフシチューに隠し味を入れれば………」
隠す意味が本来の隠し味とだいぶ違うよねそれ。
「大丈夫ですよぉ。おいしくなあれってちゃんと言いますから」
それ君にとって美味しいんだよね。
「プロデューサーさん!」
どうしたんですか菜々さん。
「け、敬語! 敬語やめてください! ナナの方が年下ですから!」
………ああ、そういえばそうでした。
「そういえばってなんですかー!」
で、どうしたの。
「今夜、ナナのおうちで晩御飯はいかがですか?」
枝豆とビールだけとかだったら泣くよ?
「そ、そんな殺風景なお夕飯なんて作りませんよぉ! たまにしか!」
菜々さん、菜々さん。ビールに突っ込みましょうね。
「はっ! …………こ、今夜は肉じゃが作りますから! おふくろの味ですよ!」
うちのおふくろ肉じゃが苦手だったから…………。
「ハードル上げてきた!? ま、まずく作ればいいんですか!?」
苦手だったけど精一杯作ってくれてたからまずくはなかったよ。
「そ、そうですか…………なら、ナナも精一杯作りますよぉ! ムーンウェーブもたっぷり注ぎます!」
それ味の素じゃないよね。
「違います!」
「フフーン! プロデューサーさん!」
さっちゃんはかわいいなぁ。
「そうでしょうそうでしょう! 世界一カワイイボクからありがたいお誘いですよ!」
さっちゃんはかわいいなぁ。
「ぐっ…………こ、今晩ボクのおうちに来てください! 晩御飯をご馳走しましょう!」
さっちゃんはかわいいなぁ。
「おいしいミートソースを作りますよ! フフーン! 調理中もカワイイボクを余すところなく見てください!」
さっちゃんはかわいいなぁ。
「聞いてませんね!? ボクの話聞いてませんね!?」
さっちゃんはかわいいなぁ。
「ぐぬぬ……………ま、負けませんよ! ボクはカワイイので!」
さっちゃんはかわいいなぁ。
「そ、そうですとも! ボクはカワイイんです!」
私の負けだ。
これ以上可愛いって言えない。
幸子は可愛くないよ。
「か、勝ちました! ………ってこれ罠じゃないですか! ボクはカワイイんです! プロデューサーさんに言われなくても!」
じゃあ僕が言わなくてもいいよね。
「う、うう………………」
冗談だよ。
すぐ信じちゃうなんてさっちゃんはかわいいなぁ。
「ば、馬鹿にしてますね!? そうなんですね!?」
かわいいなぁ。
「……………プロデューサー」
うん。
「ちょっとは元気出た?」
うん。
「こんな子供だましな幻でも?」
うん。
「…………元気、出してよ」
……………うん。
きっと、そんな日常もあったんだよね。
「きっとね。みんな、プロデューサー………ううん、あなたのこと、大好きだったから」
そう…………かな。
「もしもあなたがプロデューサーなら、みんなの特異すぎる個性を守ることができるアイドルにみんなをさせることができる立場にいたなら、みんなの個性やもっと大切なものは、同調圧力に潰されずに済んだかもしれない。そうなっていたなら、もしかしたら………」
…………そっか。
じゃあ、帰ろっか周子。
お墓の掃除も済んだし。
「…………大丈夫だよ、プロデューサー。私だけはあなたのそばにいてあげるから」
そうなの?
「うん。……あなたが、私のことを人間だと思ってくれる限り」
私の大切な人たちはみんなその個性やもっと大切なものを失ってしまった。
出る杭を打つこの国の空気に、宝石たちは傷つけられその輝きを失った。
もしも、彼女たちを守れたのなら。
私は時々、妄想するのだ。
彼女たちの輝く個性。
それを守ることができる、アイドルのプロデューサーだったなら、と。
「次はどうする、プロデューサー?」
稲荷の狐は私を夢の世界へ誘う。
彼女が創り上げる世界で、私はプロデューサーになれる。
それも、たくさんたくさん、大勢のアイドルを担当する凄腕プロデューサーだ。
彼女たちの個性を、きらりと光る宝石として人々に嫉妬さえ抱かせない代物にまで磨き上げるほどの敏腕に。
アイドルとなった彼女たちは、その個性を精一杯煌めかせる。
あの世界で彼女たちの個性が汚されることはない。
何故ならあの世界においては、個性が尖っていれば尖っているほど人々から愛されるのだから。
この世界が求める普通など、あの世界は求めていないのだから。
『二次元』という世界の中、私は彼女たちの手を引く。
そうだな………次は温泉ロケでもしてみようか。
「温泉? いいね、まゆちゃんなんかプロデューサーの個室のお風呂に忍び込んでそう」
狐は笑う。
私を憐れむことなく私の手を引いてくれる。
「さ、いこっかプロデューサー。あなたが望む、素敵な世界へ」
微笑む彼女が狐であるか人間であるかなど、もはやどうでもいい。
もう、私には何も残っていないのだから。
『プロデューサー』
『プロデューサーさん』
『プロデューサー』
『プロデューサーさん!』
『フフーン! プロデューサーさん!』
ああ、彼女たちが呼んでいる。
早くいかなきゃ。
彼女たちが、彼女たちが抱く宝石が砕かれない世界へと。
私は小さく微笑み、彼女の胸に抱かれ、眠りに落ちた。
終わりです。
読んでいただいた皆様ありがとうございました。
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