渋谷凛「今はまだ子供だけど」 (9)

「ん……ぅ、ん……」

 吐息を漏らしながらぎゅうっと。顔を、柔らかくて温かい目の前の壁へと押し付ける。

 ぐりぐり、あまり大きくなりすぎないよう控えめに鼻を。すりすり、目立つような動きにならないよう気を付けながら頬を。ぎゅっと、ぎゅうっと、顔を押し付けて密着する。

 すると、声。

 そこと私の顔との間で行き場を無くして閉じ込められた生暖かい空気。それに口許をじんわり濡らされつつ、普段なら不快でしかないはずのその感覚をむしろ喜びながら私が恍惚としていると、周りからいくつかの声。

 驚いたような、微笑ましいような、羨むような、いくつかのいろいろな声。

 それが響いた。

 この部屋の中。事務所の大人組にとってはすっかり行き付けらしい居酒屋の、十人くらいまでならゆったり寛げそうな個室の中。

 私と、プロデューサーと。それから何人かの大人組と。事務所の人間だけの個室の中へ、ざわめくみたいにいくつかの声が上がって響き渡る。

 視界は真っ暗。顔は強く押し付けているし、そもそも目だって閉じている。

 でも、それでも分かる。

 そんな状態の今でもはっきり分かる。その声は……その視線も、何もかも全部が、きっと私へ向けられているんだろうなってこと。

 私へ――プロデューサーのあぐらの上に頭を乗せて、そのままお腹の辺りへ深く深く顔を埋める私へ、向けられているんだろうなって。

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(……ふふ)


 笑みが漏れる。

 押し付けて外には見えない唇と、心の中の私が笑みを……感じる優越感や満たされる独占欲、そして何よりこうしてプロデューサーの身体とくっついていることで溢れてくる幸せな想いに、思わず笑みを漏らして浮かべてしまう。

 他にも人が居る中で、そんな他の誰もが望むものを……プロデューサーを独り占めしている。

 きっと他の全員がそうであるように、私も好きなプロデューサー。きっと他の誰よりも、私が大好きを抱いているプロデューサー。きっと他のどんな何よりも、私が、愛おしく想っているプロデューサー。

 私のプロデューサーを独り占め。そのことに胸が、心が、とくんとくん弾んで高鳴る。

(これが許されてるのが「子供だから」っていうのは少しあれだけど。……プロデューサーも、もうすっかりあたふたとかはしてくれなくなっちゃってるし)


 大人組の飲み会へ『私も行く』と言い張って、ちょっと強引に着いてきて。案の定、お酒の飲めない私はお酒の輪の中へ完全には入れなくて。……プロデューサーとも。座る場所はなんとか隣を守っていたけれど、でも……あんまり、一緒にはなれなくて。

 周りの他のみんなと違って、私は子供だから。まだ大人じゃない、子供だから。だから、同じ場にいても他の人たちみたいにはプロデューサーと触れ合えなくて。

 だから。なんだか悔しくて、欲しいものが全然足りなくて、だから……今、私はこうしている。

 プロデューサーの上で寝ている。プロデューサーと重なって、プロデューサーと誰よりも近くに寄り添っている。


(ごめんプロデューサー。ちょっと足、借りるね。……なんて)


 そんなふうに言って、返事も聞かずに身体を倒して、そうして今のここのこんなこれへ至った。

 あの時のあの一瞬。一旦静かすぎるくらい静かになって。それからわっ、といろんな声……というか、音。言葉や、言葉にならない言葉や、テーブルの上のものが揺れたり跳ねたりするような音や……いろんな音がして、部屋の中の熱が数段上がって、空気がぐるっと書き換わった。……そんな感じだったと思う。

 当の私はそれどころじゃなくて。眠気に耐えきれず、だからプロデューサーの上へ頭を乗せて眠ってしまった。って、そういうふりをしていながら。そうしながら、でも心の中はそんな眠りに入れるような静かな心地とは真逆で。胸もそう、ドキドキ高鳴るうるさいくらいの鼓動を少しも抑えられなくて。どうしようもなく、もうどうにもならないくらいプロデューサーに火照っていて。だから、あの時の様子は完全には分からないけれど。

 でもたぶん、そんな感じだったと思う。

 この部屋の中のいろいろが跳ねて、弾んで、爆ぜた。


(あの後は……うん、ちょっと強引だったけど)


 幸いというかなんというか。今日プロデューサーの近くへ居たのは美優さんやあいさんで、引き剥がしにかかってくるような人は少し遠くへ離れていて。初めは少し揺すられたり、眠る場所を移されそうになったりもしたけど……プロデューサーの腰へ回した腕を放さず、埋めた顔を上げず、プロデューサーに押し付いて離れないでいたら、なんとかこの場所に落ち着けた。

 初めはあたふた慌てていたプロデューサーも、慌てはしながら、でも受け入れてくれて。ぽんぽん、なでなで、私の頭を撫でてくれたりなんかもして。しばらくはざわざわ鎮まらずにいたけれど、そうしてプロデューサーが私を受け入れてくれたのをきっかけにして少しずつ収まってきて。そうして今、こんな、今になっている。

「ん、ぅ……」


 こうし始めてどのくらい経っただろう。幸せすぎて、時間が永遠みたいにも感じられるし。幸せすぎて、時間が一瞬みたいにも感じられる。

 そんなどのくらいかの時間を。プロデューサーと触れ合う幸せな時間を過ごして。そして今、少しまた、私の心へ不満が差し込んでくる。

 もうすっかりあたふたもしてくれなくなったプロデューサーの態度。周りのみんなが「まだ子供なんだから、仕方ない」って、そうしてこの状況を許してくれていること。受け入れてくれているのは嬉しいけれど……そんな意識のされなさと子供扱いに少し、また、不満が湧いてくる。

 不満。何か駄目。このままは嫌。

 だから。


「……プロ、デューサー」


 ほんの少しだけ、顔をプロデューサーから離して。そうして声の響く間を作って、それから声を出す。

 傍にいる人にだけ届くくらいの。微睡みを混ぜた、少しはっきりとしきらない、そんな声の呟きを。

(……うん)


 それを聞いて。ちゃんと聞いて、その寝言を装った呟きに「凛?」とプロデューサーが反応してくれたのを確かめて、それから続き。

 不自然にならないよう……ゆっくり、ゆったり、緩い動きで寝返って。それまで横へ寝ていた身体を仰向けに。髪から滑って唇のすぐ傍、頬の辺りへ触れる場所を移したプロデューサーの手の温もりに心地よさを感じながら……上から覗き込むプロデューサーに、私の顔を余さずしっかり見えてもらえるよう仰向けになって。

 それから続き。心の中で、これからまた騒がしくなっちゃうんだろうことを一度謝ってから、続きの言葉を口に出す。


「……まだ、子供……だけ、ど……」

「でも……わ、たし……もうちょっとで、大人……だから……」

「……プロデューサーと……結婚、できる……から……」


 ちゅっ、とキス。

 真上を向かせていた顔を少し横へ傾けて。頬へ触れていたプロデューサーの手を、もう一度滑らせて。――そうしてそれを、その指を、私の唇まで導いて。

 始めのときと同じ。後にざわめきを待たせた一瞬の静けさを全身に感じながら、キスをする。

 ちゅっ、と。そして更に深く迎え入れて、はむはむと。咥えて、甘噛んで、何度も何度もキスを降らす。


「……大好きだよ。……私の、プロデューサー……」

以上になります。
失礼いたしました。

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おつおつ、このしぶりんパネエ

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