飛龍「双龍の涙」 (140)
艦これです。地の文ありです。冒頭にグロテスクな表現を濁らせてますがします。あと長いお話を予定しています。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487770153
目の前に横たわる物がある。
それは元は蒼龍と呼ばれてて、私の従姉妹にあたる艦娘だった。
親愛なる蒼龍。
悩んだ時も、悲しんだ時も必ず側にいて激励を飛ばしてくれる、唯一無二の蒼龍。
だった物が、お腹から肌色のやけに長い器官と、半端に折れた骨格を白昼の最中に晒し、海面をぶくぶくと肥えた黄色い脂肪が、血液と溶け合わさった海水と分離して漂っている。
私は今不思議に思ってる。なんでだろう。私は蒼龍を本当の姉の様に思っていたはず。
信念心情。お互い意気投合する事は多くて、安心して背中を預ける事ができた、数少ない中の、特別な一人。
その特別な蒼龍の亡骸を、私は今、物として見てる。
海上に浮かぶわかめみたいに、元からそこにあった。私が立ち尽くすずっとずっと前からこの蒼龍はここに浮かんでいた。そんな風に思えてしかたない。
艦娘は艤装を展開すると、この脂肪と同じ様にぷかぷかと浮かぶ事ができる。
死んでからおよそ10分で艦娘は艤装の恩威である浮力を失ってゆっくりと沈み始めるけど、その間は艦娘が死んでも同じ。
だから私の目の前にはただの無機質でグロテスクな艦娘がある。
それには陳腐な絵画を眺めた時と同様に、何の感情も抱かない。
それが、不思議で仕方ない。
神通「飛龍さん!あと1分稼げます!早く蒼龍さんをどうするか決めてください!」
ふと神通ちゃんの叫び声が耳に入る。同時に今が戦闘中だった事を思い出した。
神通ちゃんの叫び声の他には火薬が炸裂する爆音と、艦載機のプロペラ音、水柱が跳ね上がる音。
言葉に出来ない戦争の音が、まぶたのない耳に鼓膜に直接響いて、嫌でも私を汚い現実に引き戻した。
艦娘は死んだら、特に海上での死亡に関しては3つの規則が存在する。
摩耶「クソっ!飛龍!蒼龍を持って帰るのは無理だ!」
1つは、死亡した艦娘の回収の可否。これは一縷の望みに賭けた可能性の為の判断。
見ての通り、まだこの蒼龍は浮かんでいる。だけどもう死んでもいる。
だけど、艦娘は兵器だ。これは例え話し。物が欠けた、壊れて動かなくなったら、どうします。
買い換える手段を選択する人が大半だと思うけど、中々元とは同等の替えがきかない艦娘は、そう易々と捨てられない。
回収してリユースしなくちゃいけない。臓器をもとあった場所に戻して、折れたり無くなった骨を入れ替えて、最後に皮膚を繋ぎ直す。
でも、もちろんそんな手間とコストが掛かる事はしない。船渠と呼ばれる施設に運び込まれて融解した鋼材と燃料を混合した液体に投げ入れるだけ。
そこでは鋼材が持つ熱量で燃料は引火しない。船渠には艦娘を修復する為のポッドがある。繭のように白くて、卵型の容器が。
その中では燃料は引火点には達せず、常にギリギリの温度管理がされている。そしてそのポッドに投げ込まれた艦娘は時間が経つと修復が終わる。
ただそれだけで、艦娘の歯車は駆動し再び動かすことができる。
大切なのは身体じゃない。私たちの魂。これさえあれば、器の身体がどうなろうと知ったことじゃない。この時代じゃ魂は商品なんだから。
その為にも、仮初めの死を得た蒼龍を回収しなくちゃいけないの。
そうすれば蒼龍は、あぁごめんしくじっちゃった、次はまたならないよう頑張るね、と、生き返ってすぐあっけらかんと私達に謝って、ドジを踏んだ恥ずかしさから、舌を出してウィンクをするだろう。
そしてもう一度海原に旅立ち、蒼龍をこけにした深海棲艦を沈めるため矢を射続けるはず。
提督からすると、手塩にかけた練度の高い蒼龍を危うく損失してしまう所だった、ですむ。
お互い思惑は違っても、利は同じ所にある。
だけどこれは極めて異例なケース。
だってそう。誰かが一人息途絶えたって事は、軍配は敵の方に挙がっているのだから。
言い方が悪いけど撤退するのに荷物は少ない方がいい。全く動けないものを担いで、お互いがボロボロな姿で助け合って逃げ惑うのは辛い。
それに深海棲艦達からすると、それが面白おかしくてしょうがないんだろう。私達が壊滅寸前の深海棲艦相手に追撃戦を仕掛けるのと同じ。次の一手で絶対に狩れるくらい深手を負った獲物が、尻尾を巻いて逃れようと必死に右往左往するのが楽しくない狩人はいない。
そういう心理は誰にだってある。嫌悪感を示すなら、そんな状況に出会ったことがないからだ。
こうして私は蒼龍を諦めた。言ってしまえば、最初から無理だった。
私はおもむろに25mm三連装機銃を蒼龍に向ける。
25mm三連装機銃は一度には全ての弾薬を吐き出せない。銃身の加熱を防ぐ為、一門ずつ弾を撃つ。
空母の私が艦載機の装備を固めず、機銃を装備することは珍しい。私のお仕事は後方から矢を正確に放ち、前線で戦うみなさんのアシスタントをするお仕事。だから敵機を撃ち落とすのはお門違いというわけ。
だけど今作戦は私が旗艦だ。用途は違うけど、最悪の結末に備え機銃を装備させられた。それに最速で終わらせる為には25mm三連装機銃はとても特化している。
撃つ。蒼龍の亡骸を。もう一度、何度も。頭から爪先に向かうようにゆっくりとスライドさせながら。
弾が蒼龍を貫く度噴き上がる水柱には蒼龍から千切れた肉が混ざって、スノードームよろしく宙に浮く。そしてどんどん蒼龍は無くなっていく。
2つ目は、死亡した艦娘の回収が不可能な場合、旗艦がその艦娘の処理を行うこと。
艦娘は死んだら深海棲艦になる。
これは、深海棲艦と戦う為のお仕事に就てるみんなが知ってること。艦娘だけが共有する裏話なんかじゃなくて、大本営、提督、鎮守府に勤務する人間の方々。グリーンカラーの人達が知る事実。
鎮守府に勤務する人達はそういった裏話が漏洩しないようにと明記された書類に色々と記入するのだけど、人間、艦娘もそうなんだけど何かの拍子で漏れてしまって風の噂として流布される。それが一般市民の間じゃ都市伝説として扱われてもいるけど、あくまでそれは噂話程度。
大体、どうしてそこまでしなくちゃいけないのか。
だって艦娘は死んだら深海棲艦になるならさ、そのまま放っておいて、さっさと逃げればいい。自らの危険を顧みてまでして、嫌な思いをしながら蒼龍を散り散りにしなくてもいい。
けど現実問題、そう上手い話はない。
どうしても、艦娘を面倒で危険な手段を用いても処理しなくちゃいけない理由がある。
今日はここまでにします。
那珂ちゃんは申したい! - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483949214/)
以前書いたお話を知っていると多少雰囲気がわかると思うので一応です。見なくても内容がわかるようには頑張ります。
深海棲艦は3種類に分類され強さは4段階に分けられる。
いろは歌から名前を取る低級深海棲艦と、遭遇したら運の尽きな、鬼級深海棲艦と姫級深海棲艦。
この鬼級と姫級にはいろは歌からの名付けとは違って、固有名詞で一体を区別する。それは数は少ないけど、一体が桁外れで、規格外の強さを持っているから、ただの深海棲艦としては扱えないから、そう名付ける。
その2種類の深海棲艦を除いた、他の深海棲艦にも当然だけど強さの序列がある。
誰が一番強いかとかの話じゃなくて、強さの指標になる、
同じ名前の深海棲艦が持つ見た目からの相違点。その相違点をstandard、elite、flagship、改flagshipと区別し呼称する。
この違いはとっても簡単に解る。standard。文字通り、標準的で特筆することもない、深海棲艦と検索すればヒットする名前通りの見目形を持つ深海棲艦を指す。
elite。ここから姿形、ていうか、威風を纏い始める。いわゆるオーラだ。禍々しいにオーラをその身に漂わす。おかげで一目で優先順位がつけられて好都合なのは別の話。
eliteと呼ばれる深海棲艦は赤色のオーラを漂わせる。そしてflagship、改flagshipも同じ様な変化を生じさせる。
flagshipは黄色のオーラを。改flagshipは黄色のオーラの他に迸る青の閃光を眼の周りに放つ。
これらの変化はただ虚勢を張る為のお飾りなんかじゃない。単なる深海棲艦とは違って、下から順当に、格段に攻撃翌力が跳ね上がるの。
どうして生物の深海棲艦に、そんな変わり様があるのか。
それは死亡した艦娘の処理を怠ったか、やむ終えずそのまま放置して撤退をしたかで決まる。
何の関係性があるのかと言うと、死亡した艦娘の練度によって深海棲艦の強さの指標が変わると同時に、肉体の処理の具合によって、より力を持った深海棲艦が誕生する確率が上がるということ。簡単に言うと死体の状態が良好であればあるほど、力を持った深海棲艦に変化してしまうということ。
もちろんそれとは関係無く自然に生まれる事もあるけど、可能な限り、自分達の脅威になる可能性は潰しておかなくちゃいけない。
万が一にも処理を怠って姫級、鬼級の深海棲艦が誕生してしまったら大変だ。その一体が何体、何十体の艦娘を殺しかねない。
もしかしたら私もその一体に入ってくるかもしれない。その為にも、私は蒼龍を何としてでも無くさなくちゃいけない。
もう1つ。なんで旗艦が死亡した艦娘の処理を担うのかは、リーダーである私の責任だからだ。
敵と交戦し、戦闘終了後には必ず鎮守府に損害情報を連絡しないといけない。そして現状で海域の攻略が可能か、不可能かを提督が判断し進軍、撤退の命令を出す。
その判断に従って私たちの生死は決定づけられるから、絶対に情報の齟齬が発生しないようにしなくちゃいけない。
今回の提督の采配は進軍だった。つまりは現段階においての海域の攻略は可能であるとの判断だ。
しかし今蒼龍は沈みつつある。提督は可能だと言ったはずなのに。
だからこれは旗艦である私の責任。現場で死者を出したのは私の責任なんだ。そのツケを支払うのは、当然責任者の私にある。
仮に提督の判断が誤りだったとしたら、私達は艦娘なんてやってはいられない。もちろん、もしもの話だけど。
そして、最後の3つ目は。
榛名「飛龍さん!時間切れです!撤退します!」
私が蒼龍の顔から右胸辺りまで貫き終えた時、榛名さんは私の肩に勢いよく手を置きそう話した。
でも私は作業の半分も終えてない。私の為にも、みんなの為にも、そして蒼龍の為にも半端に終えるわけにはいかない。
飛龍「もう少しだけ時間を稼いでください!あと5分もあれば!」
榛名「無理です!戦闘中に時間を稼ぐ事がどれだけ大変か飛龍さんはわかっているはずです!それにみなさんを見てください!もう戦える状態なんかじゃありません!」
榛名さんは私の目の前に移動すると、血気迫る勢いでそう捲したてた。
そして私は周りをやっと確認した。榛名さんを除き、みんな満身創痍だった。みんな砲塔はへし折れ、艤装に内蔵されたガスタービンエンジンが不完全燃焼を起こし、排気口から黒煙がもくもくと燻っていた。浅く掠めた銃弾が秋月ちゃんの額をぱっくりと開いてもいた。
でも、あと少しで3つ目が果たせる。あと少しなんだ。
飛龍「ならあと1分でしん....」
榛名「いい加減にして!.....総員撤退します!輪形陣を組み、神通を先頭、後方に飛龍、秋月で一列とし、左側面を摩耶、殿は榛名が務めます!各自10m間を維持し対空防衛を優先してください!そして鎮守府からランデブーポイントの指示が出るまで、時速23ノットで敵に背を向けぬよう、後退してください!神通さん!鎮守府へ撤退の電報をお願いします!」
神通「はい!」
榛名さんは私に一喝すると何事もなかったように素早く全員に指示を出す。そして殿を務めに後方に向かおうとする。
飛龍「榛名さん!」
大きな声で呼び止める。すると私の悲痛な声に反応したのか、榛名さんは歩み止めたが。
榛名「今は逃げる事だけ考えてください。後で幾らでも文句を聴きますから。だからもう黙って私の指示に従ってください」
振り返らず吐き捨てる様にそう言った。そして私に見向きもせず後方に向かって行く。
今回の作戦で私は初めての旗艦だった。
艦娘にとって旗艦は花形で、見事任命された艦はみんなの憧れの的になる。
そのために、みんな旗艦目指して日々努力する。私も例に沿って同じだった。矢を引き絞る右腕は常に筋肉痛で、ゆがけの懸口は黒ずんでぼろぼろだ。
そこまでして私は旗艦になりたかった。艦娘ならみんな一度はそうやって努力する。
だから提督から旗艦に任命された時は、嬉しくて飛び上がった。本当に嬉しかった。身を削る鍛錬を全身全霊をかけていつも頑張っていたから。
だからその姿を知っている蒼龍はたしか私が旗艦に任命されたと伝えた時は、私に飛びついてまるで自分の事みたいにおんおん泣いて喜んでくれたなぁ。
それがこのざまだ。初陣でその優しい蒼龍を亡くし、挙げ句の果てには旗艦に慣れている榛名さんに押し付ける形で引き継がせた。
私は、何もできなかったんだ。
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今日はお終いです。質問とかあるならいつでもお答えします。
飛龍「長門さん。今日は提督に会えますか?」
朝礼を終えたグラウンドには、周辺海域巡回に備え慌ただしく身支度を急ぐ艦娘や、今日は非番だから何しよっかなど、それぞれの1日の予定が所狭しと飛び交っている。
そんな中を私は脇目も振らずに秘書艦の長門さんに近づき呼び止めた。振り返った長門さんは申し訳なさそうな顔をしていた。
長門「すまないな飛龍。今日1日提督は各部署の報告会議で忙しい。また後日にしてくれないか?」
なんで直接提督に言わず、秘書艦の長門さんに予定を尋ねるのか。それは長門さんの返答の通り、提督は忙しい、からだ。
だから最近は朝礼にも参加しなければ、食堂でみんなと一緒にご飯を食べたりもしない。
でもそういう意図があって忙しい事くらい私だって察している。かれこれ2週間。私は長門さんに提督の予定を伺い、丁寧にあしらわれている。
飛龍「....そうですか。なら、いつなら予定は空いてそうですか?」
長門「.....何度も言うが当分の間は無理だな」
飛龍「それは私も分かってます。だから一番早くに会えるのはいつになるのか、教えてくれませんか?」
長門「それは....」
長門さんは狼狽えた。私だって、にぶちんな艦娘なんかじゃない。そう、提督は私から逃げるようにして、無理やり予定を詰め込んでいるんだ。
私が最後に提督に会ったのは蒼龍が沈んだあの作戦の報告をし、目をまんまるとした提督の姿が最後だ。
それを知ってか知らぬのか、厚顔無恥の様に、ぐいぐいと繊細な話の部分に突き進む私に気を遣い続ける長門さんの気苦労は、本当に同情する。
でも私は長門さんの気遣いを無視してまで提督に今回の件について、今後の方針について幾つか尋ねたい。
榛名「長門さん。飛龍さんをお借りしてもいいですか?」
私と長門さんの間ににこにこと笑顔な榛名さんが現れた。突然の事に私と長門さんは驚いて面食らう。
その時私は靡いた黒髪から微かに香ったいい匂いに、胸の奥が湧き上がるようになぜか熱くなり背筋がむず痒くなった。
長門「あっ、あぁ。勿論私は構わん」
むしろそうしてくれた方が助かると。長門さんは小さく呟いた。それで、飛龍さんは、と榛名さんは言葉を繋げた。
飛龍「あっ!ハイッ!私もいつでも大丈夫です!」
今日分は終了です。今気がついたですけど自分は空母のssが多かったです。かっこいいですからね空母の艦娘は全員。
丁度長門さんの小言を音として聞き流して、榛名さんから漂う香りの正体を言葉で形容しようと考えていた時だった。不意を突かれてまた驚いてしまった。
榛名「なら、少し移動しましょうか。私に付いてきてください」
そう言って榛名さんは海がある方角とは真反対に歩き始めた。その方角に存在するのは鎮守府を覆い隠す低い山々だ。散歩の為だろうか、ふらふらとその山を向かう榛名さんをよく見る。
人里離れた辺鄙の地に何処の鎮守府も存在する。
それは艦娘と俗世間を隔離する様に。いいや、ようにじゃない、それは意図的にだった。
鎮守府から人間が生活する地域に移動するには海を除き、物資搬入の為に使われる専用道路一本しかない。
その道路を辿り町に外出するにはおよそ1時間かかる。そこまで遠くは無いと思われそうだけど、艦娘の通常業務は特定海域の巡回と目撃された脅威となる深海棲艦の討伐、これが艦娘のお仕事。
深海棲艦が巣食う海域の攻略なんて命令はよっぽどこない。人類は深海棲艦を絶滅させるより自分達の保身と、深海棲艦の餌にされる陸地の防衛の方がとりわけ大切だから。
従ってあんまり町から遠くに鎮守府があると、もしも私達の手違いやミスで深海棲艦が町を破壊し土地を食べに来てしまったら、防衛手段を持たない人間は呆気なく死んでしまう。
そんな危険性があるのなら最初から町近くに鎮守府を造ればいいじゃないって、言われることがあるけど、真反対で、的外れな、深海棲艦を殺して周る艦娘がいるせいで私達人間が狙われるって意見もある。
その2つの意見を折衷して、鎮守府は微妙な距離にあるというわけ。なんて世知辛い世の中だ。
そんな隔離された艦娘だって時々町に赴きたくなる。その時は3枚の書類に自分の判子を押し、他の艦娘最低一人を同伴しなくちゃいけないわりかし簡単な規則がある。もしもそれを破り、海を渡って町に赴くなんてもってのほか。
誰かが言っていた。この鎮守府はそこら辺の規則が寛容だと。私が前いた鎮守府なんて外出は禁止だったんだもん、と。だから海を渡るなんて事をしたら、寛容な規則が消失しかねない。みんなそれをわかっているから破らない。
もっとも鎮守府がどこにあるって話の中で、艦娘が世間一般ではどう思われてて、扱われているかを察してもらえれば、行く頻度なんてたかが知れてる。
規約、規則に規則。私達艦娘は規則や規約に縛られて、艦娘人生を謳歌する。みんな不満はない。
この鎮守府にはそれなりの娯楽はあるのだから。ご飯は美味しい。映画は観れる。ゲームセンターもあればカラオケだってできる。プールは無くても海はある。バーベキューだってできる。
ここの鎮守府には私達のガス抜きの為に娯楽施設を多く設けている。でもこれは自由とは言わない。限定された自由だ。その不自由を私達は自由として扱うのだけど、不自由は本当の自由を見つけられる真理を、みんなとっくに知っている。だから文句はない。
私は長門さんに一礼をすると榛名さんに付いて行く。
鎮守府の遊歩道は染井吉野が等間隔で植え付けてある。春になると桃色に咲き上がり、満開の桜の下敷物を敷いて、それぞれ好きな様にどんちゃん騒ぎをするのが、鎮守府に住まう私達の楽しみ方。
でも季節は冬。染井吉野は裸同然で冬の寒さを耐え凌ぎ、春の息吹を心待ちにしている。
蒼龍「飛龍は花と団子、どっちが好きなの?」
銀マットの上に寝っ転がって少女漫画をめくる蒼龍は何の前触れなく言った。
飛龍「えっ?花より団子かな。私は」
ことば通り私は春の息吹に目覚め花開いた染井吉野を見上げて、三色団子を食べていた。
春になると甘味処「間宮」では季節限定売り切れ御免の三色花見団子が売り出される。
間宮さんが作る三色花団子は桃、白、緑色といたって王道だけど、ただ食紅を加えたなんちゃって三色花団子じゃなくて手の込みようが違う。
桃色団子は桃味が。白色団子には中に餡子が。緑色団子は草餅だ。
そういった手前、花見団子を求めて春には連日早朝から「間宮」に立ち並ぶ行列が続く。
春の桜並木と人並木。なんて揶揄される、その光景は鎮守府の春の風物詩にもなっているくらいだ。
そして私も早くに練習を切り上げて、一番乗りで列の先頭に並び勝ち得た三色団子をこうして食べている。
この三色団子よりも魅力的な男の人がいるなら私は見てみたいものだ。
蒼龍「え~私は恋ってものをしてみたいなぁ.....。憧れるなぁ、この漫画みたいなドラマチックな展開。飛龍は恋はしてみたくないの?」
恋、ね。
飛龍「うーん。今は、いいかな。だって私は旗艦になることで手一杯なんだもん。後回しだよ、そういうのはね」
蒼龍「でたー旗艦馬鹿の飛龍。そんなじゃ行き遅れますよー」
そう言って私から三色団子をかっさらうと、桃色団子を口に運び、再びマンガをめくり始めた。突き出た串を咥えて、ぷらぷらと上下にして遊び始めてもいる。ちょっとムカついた私は。
飛龍「でも蒼龍ってただ恋に恋してるってか、恋に恋したいだけだよね~」
蒼龍「うるさい!!」
私はあの蒼龍の一件があるせいか、少しだけ榛名さんに緊張している。だから現実逃避のため、桜に因んだ思い出に邂逅したので、それで心の平静を保つ。
でもそんな考えとは裏腹に榛名さんの歩く後ろ姿に、綺麗な艦娘だなぁ、と私は思った。
泥臭い私とは正反対な、女子力というあれだろうか。弓の様にしなやかで、それでいて繊細で、何より強い。
私は光に照らされては揺れ動く、細長い黒曜石の束に見惚れて、ふと自分の髪の毛を手櫛で研いだ。
水分と髪の毛の黒色の色素が抜け落ちて、淡い栗色がまばらな、ぱさぱさな髪の毛。後ろ髪を切り落として、慌ててオシャレを取り繕うようにして取って付けた右側の一束。
確か長髪の手入れってすごく大変って聞いたことがある。めんどくさがりな私にはそんな辛抱はできない。それにオシャレは我慢っていうし、女子力ってのも忍耐と努力から成り立つものなんだろう。
大和撫子に古き良き日本男子を足した女性なんだなぁと、私は勝手に思うのであった。
榛名「飛龍さんは最近何して過ごしているんですか?」
榛名さんは歩く速度を緩め私と同じペースになった。
飛龍「うーん....。1ヶ月も時間があると何したらいいのかわからないんですよねぇ....」
榛名「ふふ。艦娘の人生問題ですね」
私は1ヶ月の休暇を与えられている。それは蒼龍を半端に処理したからだ。
でも処理の失敗からの謹慎なんかじゃなくて、元々艦娘の処理に関わった艦娘は、心的外傷後ストレス障害を防ぐ為に一ヶ月の休暇が与えられるからだ。処罰としての謹慎だったらムカつくこと極まりない。
飛龍「朝起きて、弓道場で2時間くらい弓を射ったらもう暇ですから....」
弓を射る真似をする。仮想の矢を持ち、引き絞り離す真似を。
榛名「趣味とか無いんですか?」
飛龍「無い、ですね。しいて言えば訓練の弓道ですけど」
私は恥ずかしくなって頭をかいた。私は弓道が趣味。それを今再確認してしまったからだ。旗艦を目指してがむしゃらに矢を射続けた行為が趣味になってしまってる。なんて本末転倒なんだろう、と思うと自然と手は頭に動いていた。
最近は忙しかったのですみません。前回の那珂ちゃんのお話は捨て艦の話でした、今回はドロップ艦って何だろうって主題で進めています。今更ですけど....。
榛名「飛龍さんは私と同じですね」
口を手で隠してこそばゆかそうに笑った。そういえば榛名さんはさっきからよく笑う。
声をあげてお腹を抱えてなんてのはしなくて、上品に口元を隠して笑う。私が知る榛名さんはそういう仕草はしなくて、常に冷静沈着で周りを気遣って、聞かれた質問に対して丁寧に教える。そんな淑女な艦娘だと思っていた。
飛龍「私と同じ?」
榛名「はい。私と同じです。私も趣味が無いんです。飛龍さんの言葉を借りて言うならば、私も訓練が趣味なんですよね」
飛龍「榛名さんもそうなんですか!?」
榛名「飛龍さんは私と同じですね」
口を手で隠してこそばゆかそうに笑った。そういえば榛名さんはさっきからよく笑う。
声をあげてお腹を抱えてなんてのはしなくて、上品に口元を隠して笑う。私が知る榛名さんはそういう仕草はしなくて、常に冷静沈着で周りを気遣って、聞かれた質問に対して丁寧に教える。そんな淑女な艦娘だと思っていた。
飛龍「私と同じ?」
榛名「はい。私と同じです。私も趣味が無いんです。飛龍さんの言葉を借りて言うならば、私も訓練が趣味なんですよね」
飛龍「榛名さんもそうなんですか!?」
>>36
すみません回線を間違えたんで、これはすっ飛ばして読んでください....。
榛名「えぇ。よく金剛お姉様達と一緒にティータイムを楽しみますけど、あれは趣味とは言わないですからね。私も、余った時間をどう過ごすのかわからないたちなんです。あっ、これから山に登るので飲み物買いましょうか。奢りますよ」
榛名さんは山の麓にある自販機の前で止まった。
やはりというか、山に登るのかと思った。そんなに標高の高い山じゃないから全然構わない。登り降りでいい運動だったなぁで終わる程度の山だ。
飛龍「じゃあ私は温ったかいほうじ茶で」
榛名「ほうじ茶ですね。わかりました」
冷たい飲み物より少しだけ値段が高い温かい飲み物。そういえばと思い浮かんだ頃にはもう遅く、私のほうじ茶を買い終えていました。
榛名「はい、どうぞ」
手渡されたほうじ茶を受け取ります。まだ冬の寒さが名残惜しい春先だからもあるけど、少しだけ血の気が引いた指先は受け取ったほうじ茶の温かさでほっとします。でも。
飛龍「すみません....」
榛名「え?なんで謝るの?」
飛龍「いやぁ、だってちょっと高いですから」
榛名「ふふ。そんな事気にしていたんですか。150mlならともかく、それくらいなら何とも思いませんよ。それに奢ると言ったのは私ですからね」
そう言いまた笑った。そして榛名さんは私と同じく温かい飲み物。缶のブラックコーヒーを買い手のひらで包み隠すようにして熱を受け取っている。
そういえば。
飛龍「そういえば、榛名さんは何で今日自分の事を、榛名って言わないんですか?」
榛名さんは自分の一人称を「榛名」と言っている印象があった。それは提督の前だと榛名さんは自分を「榛名」と言っているのを小耳に挟んだ事があるからだ。それでなくとも、他の艦娘の方と話す時は決まって「榛名」だ。それが今日は一度もない。
榛名「なんで、ですか....」
もう少しだけ歩くと榛名さんが目的地とする山の登山口にたどり着く。榛名さんは、歩きながら話しましょうかと言って歩み始めた。
榛名「飛龍さんは、知りたいのですか?」
榛名さんは遠くを見据えてしっかりと呟いた。口振りはいつもと変わらない。だけど私は普段の榛名さんからは想像もできない不穏な雰囲気を感じ慄然とする。
地雷を踏んでしまった。あり大抵に言うとそういう事。
尻尾を巻いて逃げる様に私はその問いを返す。
飛龍「いいぇえ!そんな!何となくですから!」
両手をばたばたと振って遠慮の意を表す。
そんな必死な動作をしてる私を榛名さんは一瞥すると、呆然とした顔付きをし口を開いて硬直しました。
そして少しの間に飛んでいった感情を回収したのか、また口元を隠して笑いました。
榛名「そんな、冗談ですよ。わざとこうやって言ったら飛龍さんがどんな反応するか試しただけです。まさかそんなに思った通りになるなんて思ってなかったですから、つい呆けてしまいました」
今日榛名さんに出会ってから10分も経たないうちに私の知らない榛名さんを垣間見ている。
よく笑う榛名さん。無趣味な榛名さん。悪戯っ子の様に面白おかしく弄ぶ榛名さん。
どれもこれも私が知らない榛名さんの顔達。
果たして本当はこんなにも愛嬌がある榛名さんを知っている艦娘と人間は、どれだけいるのかと思ってしまう。
だから私は少しだけ榛名さんが恐くなった。
隙がある様で全く無い様な姿、それらを両立としている矛盾に。敢えて見せても構わない弱みを出しにして使っているじゃないかと私は勘ぐる。
一体榛名さんの内には何人の榛名さんがいて、その中には私も、提督も仲のいい艦娘も、もしかしたら榛名さん自身が知らない榛名さんが、奥底で目を光らせているのかと思うと、恐くてしかたがない。
そんなこんなであっという間に登山口に辿り着く。
整備された歩道は小さな切り株を横一列に並べて山を囲うように階段状になっている。そしてその二列の切り株は50㎝間で土を板挟みにしていて、よくあるお散歩コースの階段という感じ。
でも階段周辺は草木が元気よく生い茂り、手入れが行き届いていない。それに塞ぎこむように広がる樹葉のせいで太陽光も差し込まないから暗く、陰鬱とした入り口になっている。
寂れた神社の階段にとても近い感じだ。
多分ここは榛名さん以外は誰も気にも留めていないんだろう。それに近寄りがたい。
もしも誰かがここに立ち寄る様になるのなら、鎮守府の心霊スポットと、どこかのゴシップ話に喜んで飛びつく艦娘が作る号外新聞で特集されて、その真相を確かめにやってくる艦娘達だけだと思う。
夜な夜な山頂に向かうと、この世に未練を残した黒髪長髪の艦娘の幽霊がいて。なんてね。
榛名「さて登りましょうか。5分くらいで山頂ですので、焦らずに。それと足場が悪いので気をつけてくださいね」
ずいぶんも慣れた足取りで1段目を榛名さんは登り私も続く。
だけど平坦な整備された道とは違って荒々しい自然が私を出迎える。私が知ってる自然界の道、海の上とは違う感触にどうにも違和感がある。
おぼつかない足取りで登る私に気付いた榛名さんは、不慣れな私にばれないよう、違和感なくペースを落とした。
でも気遣いっていうのはどうしても気遣われる方はわかってしまうんだよね。
榛名「それで、何で榛名じゃないかですね」
飛龍「はぁ....」
榛名「そんな気難しい顔をしないでください....。黙々と進んでても辛いだけなんですから」
私が今自分を榛名と呼ばないのは、求められていないから。榛名さんは呟いた。
榛名「一人称ってけっこう曖昧だと私は思うんです。自分のことを僕って呼ぶ女の子もいれば、私って言う人もいる。性別に構わず。それに親しい人前と、それほど親しく無い人とでは、自分を隠そうと、自分を示す言葉を変えたりする」
榛名さんは流暢になって言葉が溢れ出しました。そよ風で騒めく葉っぱの音よりも透き通る言葉で。私は返事を返すことも忘れて聞き惚れます。
榛名「艦娘なんて特に顕著です。おなじ艦名の艦娘はみんな同じ姿形をしていて、似たような性格をしている。だからでしょうかね。「榛名」という艦娘がすべて同じだと思ってしまうのは。私達は一人一人が違います。一人称の話もそうですけど、もしかしたら、私と違う色んな「榛名」がいるのかもしれませんね」
私は想像する。目の前の榛名さんは普段物静かだけど、喋り始めるとすごく楽しそうにする榛名さん。
どこかの榛名さんは姉妹の馬鹿騒ぎを一緒になって楽しむ榛名さん。
どこかの榛名さんは歪みきった一途な愛情でおかしくなった榛名さん。
どこかの榛名さんは陰湿で目的の為なら他の艦娘だって陥れる榛名さん。
そうか。私が榛名さんを怖いと思ったのはそういう事なのか。私が持っていた艦娘「榛名」のイメージ。それには正しさも、間違いもないのか。
みんながみんな、同じなんかじゃない。だから垣間見た榛名さんの多くの顔ぶれに怖くなったんだ。
榛名「飛龍さんがどうしても違和感があるなら「榛名」にしましょうか?」
飛龍「そんな話聞いた後ですと、ねぇ....」
榛名「ふふ....。飛龍さんは知りたがりですからね。では私で。でも提督はお好きなんですよ?私が「榛名」って言うのは。可愛げがあってらしいですけど」
なら、私も自分を「飛龍」と言えば少しは可愛くなるのかなと思い浮かぶ。
うーんと、飛龍はねぇ。想像したら頬が引きつった。なんて痛々しい。もしも多聞丸に見られたら嘲笑されるに違いない。
だからすぐにこの考えと、思いついてしまった記憶を抹消した。口直しの為に次の話題転換を図る。
今日分は終了です。誰も見てないと思いますけど、ちまちまと頑張ります。
飛龍「そうだ!榛名さんって提督と結婚してるんですよね?」
私は恥ずかしさを紛らわす為に大きな声で言ってしまった。それに驚いた榛名さんは少しだけ仰け反って引き気味で反応した。
榛名「え、えぇまぁ」
ケッコンカッコカリ。兵器の艦娘と人間がお互い合意の上で結婚するシステム。
人と人が結婚するのもお互いの合意の上でだけど、艦娘は人なんかじゃない。人の皮を被った武器。そんな人外の生き物、艦娘と結ばれる変なシステム。
でも不思議な事に艦娘とケッコンカッコカリを結ぶ提督は多い。
何が不思議かというと鎮守府に勤めているのは艦娘と提督だけじゃないから。他にも女性の方もいれば男性の方だっている。
それでも提督は榛名さんを選んだ。私が思うに提督は、艦娘は人間よりもとびきり綺麗で可愛い容姿が多いから、そんな邪な考えで結婚したんじゃないかと思っている。
では、逆の榛名さんは、どうして提督を選んだのか。
言ってしまうと提督はそんなにかっこよくはない。身長は高いけど、無口で無愛想で何を考えているのかわからない、そんな人間。
恋愛に興味のない私だって、容姿と性格のの良し悪しの判断はできる。提督の他にもいる男の人で、かっこいい人だなぁと思ったり、優しい人だなぁと思ったりもする。
でも艦娘っていうのは、縛られる物。建前上は艦娘は提督に位置する人間としか結婚してはならないと、規約で決まっている。
でもあくまで建前。裏では鎮守府に勤めている男の人と艦娘がそういった仲ではと噂が流れてたり、艦娘と艦娘が想いあったりする。
みんながみんな、提督一人に愛情を注ぐわけじゃない。
提督が榛名さんを好きになる理由はわかる。でも榛名さんが提督を好きになる理由はわからないんだ、私は。
それに、大切なものは大切に扱うはず。失いたくないものは、肌身離さず身につけるようにするはず。
提督はどうして、榛名さんをあの海原に出撃させるのか。
海に出払えば、等しく死の可能性が与えられる。どれだけ練度が高い艦娘でも、低い艦娘でも同じ。
一回のミスで戦況は大きく変わり、下手をしたらそのままずるずると芳しくない状況が続き、全滅だってありえなくなんかない。
提督は仕事に私情を挟まないということなのか。でもそういった個人観念は愛情を凌駕するものなのか。私は、そうは思えない。
誰かは言う。
失ってから大切なものだったと後悔すると。
みんなは言う、だから同じ時間を過ごす事を大切に思いなさいと。
それなら、提督にとって大切なはずの榛名さんは、本当の所、一体なんなのか。
都合のいい駒。従順な部下。使い勝手のいい艦娘。
だから私は提督が邪な考えで、榛名さんとの繋がりを断ち切らないよう、結婚したんじゃないかと思う所以だ。
飛龍「どうして榛名さんは提督と結婚したんですか?」
榛名「飛龍さんは提督のことを好きではないのですか?」
飛龍「へ?」
榛名「飛龍さんは提督のことを好きではないのですか?こう言いましたよ、私は」
質問に質問で返すのはなんたら。なんて言える度胸は私にはない。だから思いもよらなかった返答に、私は榛名さんの癇に障ったのじゃないかと思った。
飛龍「....もしかして、怒ってます?」
榛名「いいえ、怒ってませんよ。大抵そういった質問を私に問う艦娘や人は、提督の事を好ましく思っていない方が多いですからね」
図星だ。
飛龍「.....実は、あんまり、ですね」
下を俯いて顔色を伺われないように本音を吐露する。提督の奥さんでもある榛名さんに対して、面と面を向かって提督への訝しみを告白するほど厚顔無恥なんかじゃない。
今度こそ間違いなく怒られる。私はそう覚悟したけど、榛名さんは何故かまた笑う。
榛名「素直ですね、でも嫌いじゃないですよ飛龍さんのそういうとこは。だから提督は飛龍さんを旗艦に任命したんだと私は思います」
飛龍「.....怒らないんですか?」
榛名「えぇ、昔私も飛龍さんと同じでしたから。だから飛龍さんが、何を考えていて、提督と結婚した理由を聞くのかもわかっていますよ」
何から何まで読まれていた。私は面をあげ、榛名さんの次の言葉を待つ。
榛名「私が提督と結婚したのは、私が提督を好きになったから、ただそれだけ。お互い深い意味も利己的な思惑もない、両思いだったから結婚した、それだけです」
飛龍「榛名さんは昔は提督の事を好きじゃなかったのにですか?」
榛名「よくあるじゃないですか、出会いは最悪、でもそこから恋に発展するお話が」
蒼龍に面白いから読んでみてと、手渡された少女漫画を思い出す。
あの漫画もそうだった。お互い出会いは最悪で、分かり合えるはずが無い二人が何かのきっかけから想い合うようになる。
でもあれは創作の話。現実はおとぎ話ように上手くはいかないと、蒼龍に感想を伝え怒られた思い出が。
私は蒼龍の時と同じく、あの感想を伝える。
飛龍「でもそれは創作の話で、現実には起こらないはずです」
榛名「飛龍さんは恋をした事は無いみたいですね」
飛龍は恋はしてみたくないの。
うーん、今は、いいかな。だって私は旗艦になることで手一杯なんだもん。
私は旗艦になった。だから次は恋に向かうべきなのか、でもそんな考えは一切なかった。
知らない、恋ってなんだろう。好きになるってなんだろう。私は、旗艦になる事以外、何も見えてなかった。
飛龍「.....ないです。それに誰かを好きになるって事が、私にはわからないです」
榛名「好きには色々な形があります。それを今の飛龍さんに教えても仕方のない事ですから、何も言えません。ただ1つ教えられるのは、とりあえず相手に寄り添ってみることです。相手を知らないからといって、嫌いにならないで、理解に努める。そうすれば自ずと答えは見えてきます」
飛龍「榛名さんもそうしたんですか....?」
榛名「えぇ。自然と」
飛龍「榛名さんが提督を好きなのはわかりました。でも、提督はどうして両思いの榛名さんを出撃させるんですか?私にはそれがわからないです」
榛名「....それは今まで一度も聞かれた事がなかったです.....。でも、飛龍さんはよくわかるはずですよ」
飛龍「....意味がわからないです」
榛名「もうそろそろ山頂です。ちょうど私が飛龍さんにお話したかった内容と同じですから、一緒にお話しますね」
またそのうちに頑張ります。
草木が消え急に視界が開けた。
差し込む太陽光と濃い木陰との陰陽の明暗差で目の奥に鈍痛が現れる。耐えるようにして眉間に皺がより、覆い隠すようして手のひらで影を作る。
2、3秒後痛みは消えて、一変した風景の正体が現れた。
海だ。海が一望できる。広がる空と海と境の青。平行線が折り重なり形成されるそれぞれの濃淡を、この世界は現実と非現実を曖昧にしているんだよ、っていう、そういう神様のしゃれた暗示だと私は思っている。
その現実の海の彼方には黒い豆粒が彼方此方と点在して、統一された連動を組みながら移動している。あれは水上訓練を行っている艦娘達だ。
そして開けた小さな原っぱには、日曜大工宛らの頑丈そうな木製のベンチとテーブルが鎮座していた。
海を眺めるのを想定したらしく、対面するように配置されている。
飛龍「榛名さん?これは?」
私は人知れず造られたこの憩いの場の存在を知らなかったし、他の艦娘からも一度としてここの存在を小耳に挟まなかった。そんな場所を知っているのはなんでだろう。
するとまたもや榛名さんは悪戯っ子の様に片目を瞑ると、内緒ですよと言い人差し指を鼻に運ぶ。
榛名「職権乱用です。これはなんの申請なく造った物で、できれば提督にもみなさんにも内緒にしてくださいませんか?撤去されてしまったら私の力作が台無しですから。さ、どうぞ。腰掛けてくださいね」
言われるがまま私はベンチに腰を下ろす。
榛名さん曰く力作らしいので、観察するように目を凝らす。
あんまりじろじろ見るのは良くないけど、物珍しいと誰だってそうしてしまうはず、でも推奨された行為じゃないのは変わりない。
見ると長い間ここで雨風に晒されていたせいか、多少朽ちていることに気がついた。
テーブルの角は風が研磨したかのように、鋭利な繊維の束を剥き出しにしている。それに苔が分散していて、机の木目が握り拳だいに抉り出されている。
マイナスなイメージを羅列したけど、そうは簡単に壊れはしないし、何よりも落ち着いた風情がある。
日本的なわびさびを醸し出していて、一枚の絵になるんじゃないかと思った。
榛名さんは私の真向かいに座るとポケットから缶コーヒーを取り出しプルタブに手を掛けた。
私もほうじ茶の存在を思い出し、ポケットから取り出すと、だいぶぬるまくなった琥珀色のほうじ茶を一口に含む。淹れたお茶とは違う薄味だけど妙に存在感がある渋みと甘み、ほうじ茶味の飲料、とでもいえる。
飲み終えるとペットボトルをテーブルの上に置いた。そして榛名も一服を終えて、私と視線が交錯する。
微妙な間。どちらがこの拮抗を崩すのか探り合い。少しして榛名さんの口が微妙に動いた。
榛名「.....道すがら散々お話ししました。他愛もない内容でしたけど、ここから本題に入ります。ですが」
すると急に榛名さんは立ち上がり頭を深々と下げた。
榛名「私は蒼龍さんの件で、飛龍さんに謝らなければいけません。あの時、あの場で辛く当たってしまった事を」
飛龍「えっ!そんな、頭を上げてください!」
つられるようにして私も立ち上がる。
榛名「いいえ、最後まで言わせてください。いくら切羽詰まっていた状況で苛立ちを感じていても、あの態度はありえません。ましてや、蒼龍さんは飛龍さんにとって大切な存在。あの時の飛龍さんの気持ちは私も痛いほどわかっている筈なんです」
私はあの時蒼龍を物として見ていた。わかめみたいに、つまらない絵画だと。
榛名さんはその事を知らない。だから誰かに怒られている時に現れる錯覚、あたかも地面から宙に浮いたかの様な妙な浮遊感を感じる。
私は怒られてない。むしろ逆。謝られているはずなのにだ。
このまま何事もなくやり過ごすのは卑怯者がする事。だから私は包み隠さずその事実を明かした。
最近全く書けていなかったので、少しだけですが更新です。
他の過去作品とかあったら読みたいな
>>65
五航戦瑞鶴の暗躍
五航戦瑞鶴の暗躍 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1485521533/)
安価ものです。新入社員瑞鶴と、先輩加賀さんみたいな雰囲気で読んでもらえると面白いとおもいます。
【艦これ】深海の濃淡は僕と同じ
【艦これ】深海の濃淡は僕と同じ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1488290777/)
すっごく短いですけど、海に沈んでいくほど時雨の存在が海に溶けいく様を読み取ってもらえると嬉しいです。
榛名「蒼龍さんを、物とですか....」
面を上げてそう言ったけど、榛名さんの視線は私を見据える事なく、右下の空虚に視点を当てていた。
ああ完全に引かれた。私はそう察した。
それもそうだよ。だって側から見ても私と蒼龍の関係が心から大切なものと分かる程なのに、ただ死んだ、魂の抜け殻になっただけで、蒼龍の認識はただの物になったなんて言ったら、そう思うのは当たり前。私が榛名さんの立場でもそう思う。
榛名「飛龍さんは、」
榛名さんは自分の右肩に優しく触れると、何か思い出したかの様に、突然指を突き立て皮膚に食い込ませた。
そして苦悶そうな表情を浮かべそれを見ている。何の意図があるのか私にはわからない。
でも榛名さんの中で渦巻く真意は、確実に榛名さんを苦しめている。痛むのは体か、心か、はたまた両方か。
そのままの格好で榛名さんは淡々と言う。
榛名「自分の腕がもげたことがありますか?」
右肩をきつく締め上げていた左手を離した。日焼けみたいに手の跡が赤裸々に残り、突き立てた爪跡が見て取れる。
その自分に対して容赦のない力加減に私は息を飲んだ。
艦娘の四肢が捥げる状況は決して多くない。それは艦娘は人、機械よりも頑丈に造られているから。
だけど、決して多くはない。その意味は少なからず艦娘の強固な肉体は、心身から部位を切り離してしまうことが少なからずあるということ。
じゃあどれだけ頑丈なのかを段階的に。
まず刃物では絶対に皮膚を切り裂くことはできない。
例えば料理中に、間違って刃物を艦娘の皮膚にあてがってしまったら。普通は皮膚は裂かれて肉を削ぎ、循環する血液を放出させる原因になるだろうけど、艦娘は刃物を当てた、当ててしまったという現象で終わる。
それ以上は何も起こらないし、次の段階に進め、刃物を引いたとしても氷の上を滑った様にして終わる。
次に銃弾が体に当たるとどうなるか。
もちろん艦娘にとって銃弾なんて代物は日常茶飯事、お茶の子さいさい。
言ってしまえば、艦娘同士の喧嘩で殴り合いから銃撃戦に発展するなんてのもよくあること。
この話だけで艦娘に銃弾がどれだけ非有効なのかはわかってしまうけど、当たれば痛いものは痛い。
でも痛い、痛覚の感度は人間と艦娘では違うのも当たり前の話。
昔暇だった時に、鎮守府にある図書館で読んだ本に書いてあった。艦娘と人間の相違点っていう、学術書みたいに真っ白な表紙で、飾りっ気の無い硬い字体がぽつんと書いてある、難しいそうな本に。
なんでそんな本を私が読んだかというと、ただの好奇心。
それで、人間でいうところのビンタされたくらいの痛さらしい。
ビンタされた事は、私は一度しかないけどもちろん痛かった。でもビンタされた箇所が痛いんじゃなくって、なぜか胸辺りの奥底が物凄く痛かったのを覚えている。
でも私達に銃弾が当たると痛いのは直撃した箇所。
冗談めかすと、人間もビンタがされると銃弾が当たったくらいに痛いんだろう。冗談だけどね。
じゃ、刃物で死なない、銃弾でも死なない艦娘が死ぬ時、腕が捥げちゃう時っていつなんだろう。
よく言うじゃん。ダメージが蓄積されて物が壊れちゃうって。それと同じ。言うならば、私達はビンタの雨あられで死んでしまう。
深海棲艦の砲弾と、人間が使っていた砲弾は全然違う。
深海棲艦側の砲弾は大きさもだけど、何より爆発力が人間側の物より桁違いに違う。
深海棲艦の使う砲弾はちょうどよく私が今握るほうじ茶のペットボトルと同じサイズ。これくらいの大きさなら爆発力なんてたかが知れてる、わけじゃないけど、頑丈な艦娘が死にいたる程なんかじゃない。
けど、死んでしまう。私達の前世にあたる軍艦が使用した砲弾なんかよりも、ずっとずっと強力で何を詰め込んだらそうなるのか不思議なくらいに。
そんなきちがいじみた雨あられは、徐々に私達の体の中を蹂躙し、嬲り、いずれは器官の機能が停止して、死んでしまう。
でも兆候はある。それは艦娘の体外から血液が露わになった時。だからあの時、秋月ちゃんの額から血が出ていたあれは、沈んでしまう一歩手前だったということ。思い返してみると私はかなり状況を見誤っていた。
私自身、榛名さんが言う腕がもげてしまうほどの危機的状況に陥った事はない。
飛龍「....ないです」
榛名「でしょうね。でもこれを嫌味として受けとらないでくださいね、ない方がいい事なんですから。それで、何故このような質問をしたのかと言うと、それが当たり前だからです」
飛龍「あたりまえ?腕が取れてそれを物だって思うことがですか?」
脳裏に焼き付いている、あの無機物な蒼龍の姿を、私は今でも納得がすることができない。
それは私は蒼龍の事が大切だったはずなのに、あんなにも冷たい認識で蒼龍を見ていたことが、堪らなく嫌で不思議で仕方なかった。
それをたかだか腕が取れてしまって、その腕を物として見ることと同じだと示唆されたら、生理的に私は、自分が嫌になる。
榛名「ええ、そうです。そして飛龍さんが蒼龍さんを物として見てしまったことも、仕方のないことなのです」
さらりと言ってのけた。そしてまだ続く。
榛名「それを不思議だと思ってしまうのは、飛龍さんが初めて生き物が物に移り変わった結果を、飛龍さんが受け入れられないことにあります」
私は納得ができない。だって私達は。
飛龍「榛名さん、私達は物ですよ?深海棲艦を倒すだけに生まれた兵器なんですよ?物が物に移り変わったって、結果として何も変わってないじゃないですか」
艦娘はどれだけ人間に似ていようと、人からの認識は単なる兵器にしかすぎない。
私自身、自分の事を兵器として考えている。なぜなら、私達は深海棲艦を模倣して造られた人型兵器。加えて軍艦の魂を移植されてもいる。
それに人の名前とは違って、私の名前「飛龍」は単なる一個人を表す名称なんかじゃない。工場で生産される商品名でしかないんだ。
私は「飛龍」を抜いたら艦娘でもない、人間でもない。だからこそ、私とは自分を物として言わざるを得ないんだ。
榛名「たしかに艦娘は兵器です。人とは違います、けど。.....なんて言いましょうか....。飛龍さん。私達は生きてますよ?物とは違い命があってこうして生きている。この感覚は艦娘誰しもが理解できるはずです」
そりゃ私達艦娘は生きている。そんなの当たり前の話。
ご飯を食べれば、みんなとお喋りして笑ったりもする。様々な悩みや不安を抱えたり、吐きだしたりする。
それが生きてる証拠。否応無く自分の意思をへし折られても、明日に続く現実に生きる、私の証拠。
でも何かが引っかかる。なんだろう、喉元で言葉に付いた返しが突き刺さって、それを言い出せない。
私は物だ。前世は軍艦という意思のない鉄の塊。海上を体全体で無理やり引き裂いて進む、無機物で生の躍動感、それ一つとしてない物。
そんな私が海を進め為には、重油を燃焼させ、その熱量でお湯を沸かし発生した蒸気でタービンを回す。そのタービンの動力を減速歯車にて調節し、スクリューの骨であるスクリューシャフトに伝達させると、スクリューは回転し、やっと私は前進する。
私にとって重油は血液であり、タービンは肺。減速歯車は筋肉であり、スクリューは私の足だった。
それが今はどうなってる。前世を辿り、写真の現像のようにして出現させる艤装は大きさは異なるが機能はさして今も昔も変わらない。ただ変わったのは私の血液は血液になって、私の足は足になって、私の肺は肺になった。
物から人もどきの物に。人もどきの艦娘。物には意志はあるけど、無いに等しい。自らの意思で身体機能をコントロールできるわけじゃから。
だから物っていうのは人間でいう、植物状態と同じ。それを生きているとは私は思えない。
なら、艦娘って、なんなのだろう。
私は考えている。蒼龍を物として見てしまった。だけど艦娘は物だ。この矛盾は一体なんだ。
認識と事実の食い違い。艦娘は生き物、ではない。けれども物ではない。
飛龍「榛名さん.....。艦娘って、なんですか?」
まるで子供みたい。私はそう思ってしまった。何にも知らない、生きる為に戦うことしか知らない私。
榛名「簡単です。私達は艦娘なんです。人でもない、物でもない。艦娘という新しい何か。そして明確に命が宿っている。これが身も蓋もない、飛龍さんが知りたがっていた答え、なんです」
それで、蒼龍さんのことですね。私は命とは空気と同じだと思うのです。風船を想像してみてください。
春の眠気にやられてしまいました。すみません。
艦これのコラボ服はあれですね、遊園地とかで買ったTシャツと同じで中々着るのに勇気がいると思いました丸。
榛名「私達は、人もですが風船と同じなのです。私の中には命が充満していて、体は単に器でしかない。そして生きている間は絶え間なく命は増殖する」
飛龍「増殖....」
榛名「はい、増殖です。それは私のここから」
そう言って榛名さんを体の真ん中に手を置く。
つられて私も榛名さんが指した場所に手を添えた。
手のひらに感じる力強い鼓動。震源に当たる箇所には血液を絶え間なく循環させ、生物を生かす器官、心臓がある
榛名「命や魂は自己の存在を認識させる為のパスポートと同じなのです。心臓で常に生産され血流と混ざり合い、広がり、存在を膨らます。こうして、やっと他者に自分という存在を認識させることができる。ですから供給が絶たれてしまっては、自己は失われ、存在はただの物と化します」
なら蒼龍を物として見てしまった理由は、心臓が蒼龍の存在を生産しなくなったからという事なのかな。
飛龍「つまりは、物と生き物の違いは認識、ってことですか?」
榛名「ええそういうことです。ですが、飛龍さんの答えは前時代的な表現です。物には明確に魂が宿り、生き物には命があると我々艦娘の誕生によって証明された今日で区別するには、有機物と無機物、こう表現した方が正確なのでしょう」
有機物と無機物。確かにしっくりくる表現だと思う。命と魂がある物質、有機物。命も魂も無い無機物。
言葉とは生物だと思う。時代と共に意味を変化させ順応して生き残るものもあれば、死語という言葉に一括りにされ絶滅したりもする。
私が知ってる言葉に一張羅というのがある。この言葉の本来の意味は、自分が持つ変わりになるものがない上等な着物の事を表す。
だけど今時着物を着る機会なんて殆どない。だから本来な使わないこの言葉は人々の記憶から消え、意味も存在も無くなるはずだけど、今でも稀に使う人がいてその人はその意味説明してくれた。
その人が言うには一張羅という言葉はこんな意味に変化していた。ここぞの時に着る自慢の服、勝負服と。
元の意味は消えても本質は残る。なら榛名さんがいう、有機物と無機物もいずれかはこんな風に変化するのだと思うと、言葉の正しさなんて大した事はないんだって思う。
榛名「これで飛龍さんの靄が少しでも晴れれば良いのですが。お役に立ちましたか?」
飛龍「はい、少しだけ晴れた気がします。後は時間をかけて飲み込むことにします」
榛名「ふふ、ならよかったです」
そう言い終えると榛名さんは缶コーヒーに口をつける。ひと段落ついたということなんだろう。
そういえば話がだいぶ脱線してるけど榛名さんは一体私に何の話したいんだろう。
飛龍「そういえば榛名さんが話したい内容って....」
榛名「......」
口に缶コーヒーを当てたまま動きが止まった。そしてゆっくり離しテーブルの上に置いて申し訳なさそうに目線を逸らしもじもじとする。
榛名「ごめんなさい.....ついつい話しが長くなってしまいました...。私話し始めると止まらなくなる性格で.....」
言われなくてもわかってますよ。殆ど喋り倒してますから榛名さんは。なんてのは言えないけどね。
一番自分が苦しんでた所をやっと越えたんでうっきうっきで投稿しましたけど、案外量が少なかったのは今気がつきました。すみません。またがんばります。
飛龍「それで、私に話しってなんですか?」
私はスカートを強く握りしめ背筋を伸ばす。
果たして榛名さんは私に一体何の話しをするつもりなのか。そう考えると自然と体制は強張り、脂汗が背筋に滲み出る。
でも、大体想像はできてしまう。だってそれは分かりきった話だからだ。
私は、前回の作戦の失態を咎められる。旗艦としての自覚も覚悟も足りず、状況把握を見誤り、艦娘一人を失った。その件について。
私は今日の今まで誰からもこの失態について言及されなかった。
それどころか同情してくれる艦娘や人ばっかり。
腫れ物を扱うみたいに私の周りには気遣いの空気が蔓延って、みんなお面みたいに張り付いた笑顔で私に接してくれた。
それを邪険にはしないけど、優しい、優しすぎるんだ。
私は誰かからの罵声を浴びなければならない。出来損ない、向いてないと。そうしなければ私はいつまでも罪人の足枷に縛られ、皮膚も肉も骨も腐り落ちるまで延々と引きづり回らないといけない。
そうか、私は赦してほしいんだ。誰でもいいからこの罪を真正面から突きつけられて、贖罪の為死ぬまで戦い抜けって、こう言われたいんだ。
そうなったらどんなに楽か。運命を誰かに委ねて、たとえ私が死んだとしても甘んじて受け入れる事ができるようになったら。どんなに楽か。
そして私はその役割を榛名さんに期待している。
榛名「そうですね。私が飛龍さんにお尋ねしたいことは」
私は生唾を飲み込む。喉元を通り過ぎ胃の中で広がっていく妙な感覚を感じた。
榛名「飛龍さんが、旗艦を続けたいかどうか、です」
飛龍「.....はい?」
榛名「旗艦を続けたいかどうかです。私は飛龍さんの旗艦としての覚悟が知りたいのです。.....それにあの作戦は不運でした。いづれは訪れる結果の一つですが、あまりにも早く、あまりにも失った存在が飛龍さんには大きすぎる為、私は提督に変わって伺おうと思ったのですよ」
飛龍「.....怒らないんですか?あの作戦について、私はあんな結果を招いたんですよ?」
榛名「さっきも言いましたが、どんなに忠実に役割を全うしていても、いづれは訪れる結果なのです。だから罷免したり責めたりしません。そもそも私は裁判官ではありませんからとやかくは言いません。それは自分で折り合いつけて向き合ってください」
さっきから、いやずっとおかしい。何から何まで私の奥底の考えが読まれているような気がする。
私と榛名さんとの人生経験の差があるとしても私の凝り固まった懊悩の、ほんの少しの隙間に入り込み、私を満足させる。思い返せば全部そんな風に終わっている気がしてならない。
でもその通りなんだ。榛名さんが提示した答えに嘘偽りはない。
どこまでも正直だから、優しく真摯な答えだったり、あんなように突き放した言い振りにもなってしまう。
だから私は榛名さんに強情に赦しを強請るのはやめ、2度と私はこんな無責任に運命を他人に委ねようと考えるのもやめた。
そんな私に残された選択肢と返事は一つしかない。
飛龍「はい....」
榛名「それでいいです。では、答えてください飛龍さん。あなたは旗艦を続ける覚悟はありますか?」
正直に告白しよう。私は旗艦を担う自信を失っている。
だってそうだよ。あんな結果を招いておいて、どのツラを下げて旗艦を続けたいと言えるのだろう。
それにこれは私一人の覚悟の問題じゃない。もしもまた戦場で頭が真っ白になってしまったら、今度こそ私の命は無い。それに道連れの様にして全滅だってありえる話なんだから。
でもそうは簡単に折り合いがつかないのが人間と艦娘の似たところ。
私は蒼龍の幻影を追いたがっている。旗艦を降りて榛名さんや赤城さんに加賀さんに付き添うのも一つの手だけど、私は諦めの悪い性格だ。
次は負けない。なんて根拠のない自信が私の諦めの足を引っ張っているんだ。
だから、私は何もかもがわからない。取り敢えず提督にこの意見とあの作戦の疑問について尋ねたいのに、あろう事か提督は私を避けている。
それに、この話をした所で榛名さんは選択を全て私に選ばせるだろう。
でも私は嘘をついてまで、はい。とは言えない。
飛龍「榛名さんごめんなさい。私にはわからないです」
オーケストラ当たりますように。かしこみ!かしこみ!です。またがんばります。
正直に答えた。それ以外に何の選択肢があるのか。
榛名「わからない、とは?」
飛龍「もう、わからないんです。私は二週間ずっと考えてきたんです。私に旗艦が務まるのかって。正直もう自信はありません、でも辞めてしまったほうが楽なのがわかっているのに、諦められない。諦めちゃダメなんだって、そう考えるんです。だから、もうわからない、です」
私は机の中央に位置する抉れた木目を見る。
そうしないと、こんがらがった私の感情は、理由が定かでなくとも涙に変化しようとしてしまうからだ。
長い沈黙。ほんとうはもっと短い筈なのにやけに長く感じる。
榛名「そうですか.....」
そう一言、榛名さんは呟いた。そして缶コーヒーを啜る音がする。
興味がないという事なんだろう。それは自分自身の問題であって、私にはどうする事もできないのだから、と。
きっと、そうなんだろう。私が思っていた通りなんだろう。
飛龍さん、周りを見てください。そんな声がした。
この場に私と榛名さんしかいない。だから声の主が誰なのかは考えるまでもない。
私は面をあげた。するとこの場にはもう一体の艦娘がいた。なんて展開はあるわけない。それは漫画だけの話で、あるのは木々と草花と広がる海景色だけだ。なんの変化もありはしない。
榛名「ここを知っている艦娘や人はどれだけいると思います?」
不意にそう言われたから、意識して見なかった榛名さんの顔が視界に入った。今までと変わりないけど、気まずい。
飛龍「誰も知らないんじゃないですか。私と榛名さん以外に。一回もここの話を聞いた事ないですから」
榛名「いいえ、あとは、瑞鶴さんと長門さん、それに赤城さんも、利根さん筑摩さんも知っていますね」
指折りで名前を挙げる。意外と知っていることに驚いたと共に、どうして誰も話さないのかとも思った。
ここに訪れ最初に榛名さんが釘を刺した、職権乱用で撤去されてしまうからだと私は勝手に納得した。
榛名「この共通点はなんだと思います?」
飛龍「共通点ですか?」
名前が挙がった艦娘の共通点。長門さんを除いて一つしかない。
飛龍「長門さんを除いて、現役で旗艦を務めてることですか?」
もちろん旗艦はこれだけじゃない。他には金剛さん、加賀先輩だって旗艦だ。
でも、唯一長門さんはまるでこの関係性に当てはまらない。長門さんは提督の秘書艦として日々付き従っているのだから。
しかし、本来なら榛名さんが秘書艦になるのが妥当なはずなんだ。結婚した艦娘が前線を降りて提督の手となり足となる、なんてよくある話なのにね。そういえば、どうしてだろう。
榛名「不思議に思いませんか?どうして誰も話さなかったのか。一人になりたい時や、日々の柵から解放されたい時にうってつけのこの場所を。どうして誰も言わなかったのか」
鎮守府はいつだって誰かの目がある。廊下を歩いている時も、お風呂に入っている時も眠りに落ちるその一瞬まで。
私達は、誰かの目に付きまとわれている。一人で思い耽る。そんな時間は存在しない。
だって、必ず誰かが側にいるのだから。お風呂は大浴場を共有し、廊下を歩いていれば必ず誰かと遭遇する。部屋は二人一組で使用するのだからプライベートなんてあったもんじゃない。
例え一人になったと思っても現れる誰かの視線。
壁に床に見開く目は、誰かがここにいたという証。
自意識過剰なんかじゃない。落ち着く空間っていうのは、誰かがそこに存在を打ち付け、人が安全に居られるという保証がされているからだ。
整備された山道と、獣道を通るならどちらが安全だと思えるのか。それにとても似ている。
正直、鬱陶しい。
別にみんなの事は嫌いなわけじゃなくて、一人になることができないのが堪らなく嫌で、腹ただしいからだ。
でもここは違う。まるで「私」を残したくなかったみたいに、一切の視線や存在を感じない。
飛龍「一人になれる場所がここしかないからですよね?だって言いたくなんかないですよ。こんな貴重な場所を」
榛名「ふふ。それもそうですね、間違ってませんよ。でもみなさんが隠す理由は、こうやって私に旗艦になるか、ならないかを問いただされたからです。ここに訪れれば初心に帰ったり、嫌な思い出が蘇るのでしょうね」
そう言ってにこにこした。
榛名「別に飛龍さんだけに特別にやっているわけじゃありませんよ?旗艦になったならば、一度は否応なくやらなければならない」
死んでしまった艦娘の処理を。
榛名「その現実を受け止めれず、心が折れてしまうのは当たり前です。たまたま加賀さんや金剛お姉さまは耐性がありましたが、大抵は飛龍さんと同じです。悩み苦しみ自分は旗艦に向いていない、でもこの苦しみを誰にぶつければいいのかわからない。私は、そんな方々を見ると、こうやってここに招くのです」
飛龍「......みんなそうだったんですか」
榛名「ええ、そうですよ。みなさんここで立ち直って今もまた戦いますけど、飛龍さん。私は強制なんかしていないことを頭に入れてください。本当は誰だって旗艦なんかやりたくないんですから。できる艦娘がやればいい、私はそう思っています」
長門さんを例に挙げましょうか、秘密ですよと言った。
榛名「飛龍さんは知らないと思いますけど、長門さんも昔は旗艦を務めていました」
もう片方が終わったらこっちに集中します。もしかしたら阿賀野と鹿島で別のお話を書くかもしれません。また頑張ります。
飛龍「長門さんが旗艦ですか!?」
榛名「はい、そうですよ」
私はこの鎮守府で生まれてから、おおよそ四年ほど経っている。その間に一度たりともこの鎮守府から離れたこともないし、他の鎮守府に異動することもないと思っている。
艦娘の鎮守府間の異動なんて滅多に起こらないからだ。
建造によって足りない艦娘はある程度賄えるし、何より、捨て艦が横行していたひと昔に比べて、艦娘一人の価値が上がったことも理由に挙がる。
日本と韓国、そしてロシアは日本海に蔓延る深海棲艦を一掃する作戦を立案した。
日本という島国と、大陸に挟まれている日本海は、比較的奪還が容易である為でもあるし、なにより、殆どの海が深海棲艦に支配されている現在では、大小問わず使える海は喉から手が出るほど必要だったからだ。
手にしてしまえば海水資源の問題はある程度解決される。
それに大規模な戦闘を想定した演習だって行える。何が何でも必要なのは明白だった。
そのためにはまず、フィリピン海、東シナ海、オホーツク海、サハリン海から日本海に流れ込む、深海棲艦の道を断たなければならなかった。
間宮海峡、宗谷海峡、そして対馬海峡のこの三つを塞がなければならないというわけ。
当時は、まだ艦娘の文化は発展途上であり、深海棲艦に太刀打ちはできるものの、練度は今と比べると、かなり低くかった。そのため呆気なく艦娘達は沈んでいた。
そして、この日本海奪還作戦は人類史上初めての艦娘を使用した大規模な戦闘ということもあり、試行錯誤の連続でもあった。
結果は勝利に終わったが、内容は最悪最低で、今では考えられない。
下手な鉄砲も数打ちゃあたる。どうせ簡単に死んでしまうなら、作戦もあったもんじゃない。
一度、三つの海峡にいる深海棲艦を根絶やしにし、離島に一夜城を造り、やってくる深海棲艦が進行の意気を消沈するまで迎え撃つ。圧倒的な物量で練度を補い、無理矢理完遂させる。
難しい内容をすっ飛ばすと本質はこうだった。
艦娘一人一人の命なんてどうでもいい。ただ艦娘を大量に導入し、向こうが諦めるまで根比べ。
沈んでは建造し、昼夜問わず出撃に明け暮れる。いたってシンプルで、反吐が出るほど最低な内容。
そして、捨て艦という思想はここから生まれた。
前回の出撃から帰還した艦隊の埋め合わせのための艦娘、危険海域に到達するまでの本隊の護衛を担う艦娘。
今でも少なからず残っている悪しき文化は、こうやって生まれた。
奪還後は日本海を足並み揃えて使用する、なんてことはできなかった。
これは誰だって想像できる話だし、日本海奪還作戦がほぼ無意味であったなんて言えたもんじゃない。
私達の艦娘の考え事よりもっと複雑で、利己的な政治思想は艦娘に関係ない。私たちは「扱われる側」だから。
ただ一度奪い返した海域を、もう一度深海棲艦に明け渡すわけにはいかない。
そのために三国は共同戦線を締結した。サハリン稚内共同戦線。対馬共同戦線。
特にサハリン稚内共同戦線は二つの境界線を防衛しないといけないため、今でも激戦区だ。
もちろん対馬共同戦線も笑えないほど酷い。そうやって日本海は守られている。
もっとも、太平洋に晒されている鎮守府はどこもかしこも、日本海側の鎮守府に比べると危険だけど。
そんなひと昔に比べ、ある程度自由に使える海域によって艦娘一人一人の練度は上がり、一人の艦娘を育て上げる方が遥かに効率的であると見直された。
だから、手塩にかけた艦娘を他の鎮守府に異動なんて考えられない。こういうこと。
じゃあ滅多に起こらない異動があるとしたら、なんなのか。
それは、任務を遂行する上で致命的な異常を抱えてしまった場合に起こりえる。
病気にもならない、肉体の欠損は入渠によって復活する艦娘の一番の病気。精神的な異常。
その異常を抱えてしまった艦娘達は、とある鎮守府に収容される。
その鎮守府は、オホーツク海から流れ込む深海棲艦の侵略を防衛するため、年間艦娘轟沈数が桁外れの紋別鎮守府から、日本海奪還作戦時に、深海棲艦が土地の半分を喰らい尽くしてしまったサハリンと、稚内鎮守府のサハリン稚内共同戦線を越えた先にある、留萌鎮守府だ。
そこでは、時に最前線で使い物にならなくなるまで使い潰されれば、時に時間を持て余し生殺しを味合わされることになる。
ある意味天国でもあり地獄でもあるけど、欠陥品である彼女達の居場所はそこしかない。
もっとも、異常を抱えた艦娘なんて役に立たないといわれ、解体されるのが関の山。
よほどの実力か、留萌鎮守府に配属される強運がなければならない。
そんな理由も相まって、私はこの世界に再び産まれてから、一度たりとも長門さんの出撃を見たことがない。
よく見る長門さんの姿といえば、帳簿片手に難しそうな表情を浮かべ、提督と共に忙しなく歩き回る秘書艦長門さんの姿だけ。
しかし、はたから見るとどうも長門さんは事務系の仕事は得意ではないようだと思う。毎日ぐったりしているからだ。
それにみんなも私と同じ事を思っているらしく、あまりに似つかわしくない長門さんの風貌に、正直なんであんなことしているのだろう、と不思議に思っている。
榛名「....かなり昔の話で、知っている方なんて片手ほどですけど、とっても強かったんですよ長門さんは。いつもみんなを叱咤激励しては、率先して前線に立つ。その後ろ姿に誰しもが信頼していたんです」
榛名さんの声色はどこか懐かしみを帯びている気がする。私の知らない、遠い過去の話に。
榛名さんは、長門さんが旗艦であった事実を知っているのは片手ほどだと言った。
それが誰なのか全くわからないけど、どうして誰一人その過去を話さないのかと、私は思った。
絶対的な信頼を得ていた長門さんが今は、付き従うだけの秘書艦をし、挙げ句の果てにはその姿は似つかわしくないと言われている現状。
黙っていられるはずがない。
尊敬していた先輩、あるいは一目も二目も置いた後輩、同僚が馬鹿にされていれば腹が立たないわけがない。
私だったらそんなことを言う一人一人に、こんこんと長門さんの過去の栄光を話してしまうはずだ。馬鹿にするなと。
飛龍「どうして長門さんは旗艦を辞めたんですか?」
榛名「今の飛龍さんが直面している問題と同じですよ」
飛龍「.....仲間を失ったから....」
榛名「そうです。その痛みは飛龍さん。あなたもわかるはずですね」
仲間を失った痛み。蒼龍を失った痛み。その痛みは堪え難いはず。いつまでも後悔と自責に足を掴まれ、心を掴まれる感覚。
榛名「その沈んだ艦娘の名前は伏せておきます。それはまったく関係のない飛龍さんが知っていいことではないからです。分かってくれますか?」
飛龍「はい」
榛名「長門さんは一度、たった一度だけ、判断を誤り進撃してしまったんです。その一度の失敗が一人の艦娘を死に追いやった。長門さんは驕っていたと言っていました。自分なら全て護れる。私なら降りかかる火の粉は全て払い除けることができると」
赤城先輩がよく言っている言葉を思い出した。
慢心は自分自身を殺し、仲間も殺す。だから自分自身をいつも厳しく見つめ、正しく律しなさい。
普段惚けたりするお茶目な赤城先輩は、この時だけ目が怖い。そういうことだったんだ。赤城先輩が厳しくみんなに言うのわ。
榛名「長門さんはあの見た目からだと、とても気丈な艦娘に見えてしまいがちですけど、それは全然違います。本当は甘い食べ物が大好きで、コーヒーだって砂糖が沢山入ってないと飲めない。それに恋愛小説で涙を流してしまいます。誰よりも繊細で、優しい心を持った艦娘なんです。そんな方が、自分のせいで仲間を失ったらどうなると思いますか?」
折れるに決まっている。
飛龍「心が折れてしまいます。私だって似たような境遇に陥って、今こうしているんですから」
榛名「そうです。長門さんは折れてしまいました」
言えるわけない。長門さんが小馬鹿にされているからって、過去の栄光を話すうちに、どうして旗艦を辞めるに至ったか経緯を話さなければならなくなる。
そんな過去を話してしまったら長門さんをもっと追い詰めることになる。
だったら名誉を護るため沈黙を貫くしかない。
榛名「飛龍さん。覚えておいてほしいことがあります」
榛名さんの目が変わった。赤城先輩の目だ。でも不思議と怖くない。この目の奥にある真実を私が知っているからだ。
榛名「慢心は絶対に避けられません。それは自分の強さと共に現れる、自信だからです。その自信はみんなにも伝わって、自然と危険に身を投じることになります。でも、一人の強さで周りを引っ張っていっても、周りが同じくらい強いとは言えません。否応無く、ついていかなければならない」
一人で火の粉を振り払おうとも、その火の粉は次に後ろにいる仲間に喰らいかかる。それを知っていてください。
休憩します。まだ頑張ります。
榛名「これが旗艦を降りた艦娘の話です。どんなに強かろうと、旗艦には得意不得意があり、精神は肉体の強靭さに比例しない。だから飛龍さんが辞めると言っても、誰も咎めません」
次は旗艦を続ける者の話をします。飛龍さんが知りたがっていた私が旗艦をなぜ続けるか、その話です。
榛名「今までの話を聞いて、旗艦は花形と言われているのに、現実は背負う覚悟と責任の重さは尋常ではないということがわかったはずです。はっきり言って進んで請け負いたくはないと思います」
飛龍「なら、どうしてそれをわかっているのに旗艦を続けるんですか?もう嫌だ、辞めたいって思うことは何度だってあるはずなのに、なのにどうして....」
榛名「私が旗艦を降りたら、次は誰が旗艦をやるんですか?」
ああ、そうか。そういうことなのか。
自分が辞めてしまったら、今度は誰かが榛名さんの代わりに旗艦になるんだ。誰かが旗艦になって、苦しむ事になるんだ。
榛名さんは胸を強く握りしめる。張り裂けそうな、何かを押さえ込むように。
榛名「私がやめたら、誰が犠牲になる。それが私には耐えられないんです。何人も見ました。耐えきれなくなって潰れた艦娘を。それだったら、私は耐え抜いて、一人でも多くの艦娘の役に立ちたいんです」
続ける気がありますので投稿しました。2ヶ月経ってるのでスレが落ちるかもしれませんが、また頑張りたいと思います。
口を紡ぎ強い眼差しで私を見つめた。
そんな強い意志を瞳に込めた榛名さんを見て、私はふと、こう思ってしまった。さっき榛名さんは私にこう忠告したからだ。
一人で火の粉を振り払おうとも、その火の粉は次に後ろにいる仲間に喰らいかかる。
慢心はいずれみんなを危険に晒す、と。
なら榛名さんの確固たる覚悟は、どれに当たるんだろう。いやどれにも当てはまるはずだ。
一人で火の粉を振り払うことができる強さの自覚は、慢心だ。
長門さんは不本意でそれを実践し、榛名さんはそれをみて、慢心の正体を確信したはずだ。
飛龍「榛名さん。それって榛名さんが言うところの慢心、なんじゃないですか?さっき榛名さんは私にこう言いました。火の粉は振り払っても、後ろにいる誰かに飛び火する。強さの自覚は慢心って」
榛名「痛いところをつきますね....」
そう言って苦笑いした榛名さんは頬をかいた。
榛名「確かに、飛龍さんの思うことは、わかります。でもね、私は火の粉を振り払うつもりなんてない」
榛名さんの言葉が強くなった。飾っていた何かが溶け出して、剥き出しになった榛名さんの優しい本性が現れだしたみたいだ。
榛名「全て受け止めてみせる。散っていった多くの艦娘達同様に、死ぬつもりなんてこれっぽっちもないですけど、この身の全てを使ってでも、受け止めてみせる」
その傲慢な覚悟は、誰しもが思っていたはずだ。
旗艦になれば否応無く付いて回る責任は、艦娘の人命に直結する。
だから必死になって努力して、多くの人や艦娘を守ろうとする。
でも現実問題、それは不可能な話だ。自分一人だけが飛び抜けて強くなろうと、周りが同じくらいに強くなれるはずがないんだから。そう榛名さんは言った。
その不可能の弾丸を全て受け止め、自分も、仲間も生き残る。
そんな不可能を、榛名さんの小さく、長くて綺麗な二つの両腕で、受け止めきれるのか。
私にはそうは思えない。いいや、榛名さんだけじゃない。それはどんなに強い艦娘だって、できやしない。
それくらい無理な話だ。もしその無理を押し通すには、通貨として自身の命を差し出すか、艦娘の枠から外れるしかない。
あるいは、全てを跳ね返す、金剛石より強靭な盾がいる。
あるいは、全てを断ち切る、翼のようにしなやかな剣がいる。
あるいは、全てを包み込む、剛力で優しくもある大きな両手がいる。
あるいは、全てを切断する、鋭利で無骨な鋏がいる。
榛名「でも、無理なんですよ、今の私には。自分を守ることができても、蒼龍さん一人だって守ることができないんですから」
寂しそうに笑った。榛名さんだって、わかっているんだ。
あるいは、なんて存在しない。あるのは、自分ができる最大限の鍛錬と、覚悟がなす限界。実力だけ。
飛龍「....そんなことないですよ」
榛名「ふふ、ありがとうございます。....さてと、これで私が旗艦を続ける理由がわかったはずですね。あとは、なぜ提督が私を出撃させるのか、ですね。でも飛龍さんは、もうわかりますよね。なぜ、私が出撃するか」
飛龍「はい、わかります。旗艦を続けないと誰かが傷つく。それが嫌だから、ですよね」
榛名「はい!そのとおりです。それと、提督の名誉の為に、一言付け加えさせてもらいますね。決して、提督は私を駒として見ていないと。何度も何度も尋ねるんですよ?嫌なら出撃しなくていい。むしろ出撃しないでくれ~、って」
肩に両手を置き、わざとらしそうに震えあがる。そしてその情けない提督の姿を思い出したみたいで、榛名さんはくすくすと笑った。
深呼吸。
飛龍「私、まだがんばれそう、ですか?」
榛名「それは自分で決めることですよ?飛龍さん」
飛龍「また、わけわからなくなって、真っ白になるかもしれません」
榛名「そうならないよう、私が全力を尽くします。またあんな事にはさせません」
飛龍「榛名さん」
榛名「はい」
飛龍「続けます。続けさせてください」
榛名「はい」
私は、旗艦を続ける。私一人の問題じゃないことはよくわかっている。
さっきも思ったように、旗艦が担う責任は、私自身の問題ではない。より多くの命を抱え、危険の最中を、仲間達を率いて進軍する。
頭がしどろもどろになろうものなら、統率は崩れ、死の確率はぐんとあがる。それでも、私は続けたいと思った。
榛名さんは立ち上がった。そして机の上に置かれた缶コーヒーを手にすると、一礼した。
榛名「それでは、私はここで失礼しますね。提督には、私から飛龍さんの気持ちを伝えておきます。飛龍さんのように、提督は強くはありませんので、まだ、顔を合わせられないと思います。できるだけ早く、出撃できるようにお願いしておきますから、安心してください」
私も榛名さんと同じように立ち上がる。すると榛名さんは私を制止した。
榛名「飛龍さんは、まだここにいてください」
飛龍「なんでですか?」
何も心当たりがない私は少しだけ驚いた。理由もなく、ここで待機だなんて言われたら誰だってよくないことを想像するはずだ。そんな私を見透かしたように榛名さんは、大丈夫ですよ、と言った。
榛名「飛龍さんには、一人で心を整理する時間が必要です。文字通り、一人で。....ここは私とごく少数の方しか知りません。それに多少大きな声を出しても、鎮守府の方には届きません。うってつけですね。何とは言いませんけど」
飛龍「榛名さん。最後に、聞きたいことがあります」
ずっと、思っていたことだ。胸の奥底で肥大した心の膿。
この膿は、蒼龍が魂の供給を失くし存在が希薄になった時から、傷口に孕んでいる。吐き出しまうのをずっと躊躇っていた。
なぜなら、この問題は、私自身に問うものではなく、ある人に向けるのだから。側からすれば、責任転換にもなり、私は卑怯者になる。だから躊躇った。
飛龍「あの時、提督の進軍は、間違っていたんですか?それとも私が....」
榛名「いいえそれは違います。提督も、飛龍さんも間違っていません。そして蒼龍さんも間違った行動は起こしていませんでした」
飛龍「じゃあ、なんであんな事になったんですか?」
誰も間違っていなかったのなら、死人は出なかったはずだ。みんながみんな最善を尽くした結果がだったのだから。
榛名「簡単です。ただ運が悪かった、それだけなんですから。あの時あの場で、私もですが、死人がでるなんて想定できなかった。....突然のイレギュラーなんて、対策を講じていても対処はできないものなんです。思いつくイレギュラーなんて、イレギュラーではない。本物は、ありえないところから現れるんですから」
そう言い終わると、改めて一礼し榛名さんは静かに去っていった。
私はほうじ茶のキャップを開け口に含む。さっきまで生温かったのに、もう少しの暖かさも残っていなかった。まるで私が覚悟したこれからの道みたいだ。
飛龍「さむいなぁ....」
無性に蒼龍の温度が恋しくなった。私よりも柔らかくて、抱き心地が落ち着く蒼龍の体。
もう一度、なんの意味もなく抱きついて、見た目の柔軟さからは想像できやしない、髪から匂うあの柑橘系の香り。あの匂いを、むせ返るくらいに肺に押し込んでやりたい。
それから私は、ここで一人、蒼龍のことを思い出して、日が暮れるまで泣き続けたんだ。
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AGP金剛型姉妹、本当に大好きです。もう少しだけ続きます。
季節は移り変わる。冬の寒さが名残惜しく残る春は、いずれ暑さを着込んで夏になる。
そして火照った体は寒さを求め、着込んでいた服を少しずつ減らしていく。そしてそれが何度も続く。これが日本の一年。
季節は夏。晴天、からっからの空模様に雲は少なく、代わりに私が放った現用飴色の艦載機が空を舞う。
青色のラインが施された私の艦載機が戻ってきた。
飛龍「じゃあ、少し休憩しますか~」
そう言って私は背中を伸ばす。ぱきぱきと音がなって気持ちがいい。
艦載機曰く、特に問題はなく、いたって平和らしい。もうすぐ昼時だし、ちょうどいいと思って休憩を挟むことにした。
みんなも疲れた顔をして休憩の準備を始めた。地図を取り出して、近くに離島がないか確認を始める人もいれば、海に倒れこんで、波に身を委ねてる人もいる。自由気ままだ。
あれから、榛名さんの話を聞いてから、約二年がたった。
榛名さんの話が終わった次の日、私は出撃を許され、今では皆勤賞だ。
そして榛名さんも旗艦を続けている。最近はやっと提督が少しずつ私に心を開いている、ような気がする。
二年か、と思いながら、私は水平線を眺める。
その間に、私はあの日よりずっとずっと強くなった。
問題が起きても、ある程度処理できるようになった。
だから榛名さんや、他の人のサポートがなくても、旗艦ができると判断されて、やっと一人前の旗艦になれた。それもつい最近の話。
何から何まで変わっても、何も変わらないのは、蒼龍だけ。
私はまだ、蒼龍の幻影を追えていない。それどころか、痕跡すら見当たらない。
私は弓を引き絞った。無意識のうちに。何でだろう。居ても立っても居られない、足早として心が、私を突き動かしたんだろうか。
そしてそのまま矢を放つ。甲高い音が一つ鳴ると、矢は空気を切り裂いて、その空気との摩擦で熱を帯び、矢に炎が燃え広がった。
もちろん燃えた理由そんなじゃないけど。そういう仕様だ。
そしてその炎を突っ切って現れたみたいに、艦載機が勢い良く現れ、空に向かっていった。
如月「あれ?飛龍さんは休憩しないんですか?」
一足早くおにぎり頬張っていた如月ちゃんが、私を見上げてそう言った。突然のことだから驚いて。
飛龍「うぇっ!?ああうんしないよ!」
そう焦って口走った途端、後悔して言い直そうとすると、如月ちゃんは目を光らせた。
如月「さすが飛龍さんです!!旗艦になっても努力を怠らないなんて!!とっても素敵です!!!」
なんだか恥ずかしくなって私は頬をかく。
飛龍「えぇ、そ、そう?」
如月「はい!!すごくかっこいいです!」
すごくきらきらとして眼で見られた。
やっぱ、今更無理なんて言えないよ。
ぐー、と音がなって、食べ物をよこせと脳が繰り返すけど、しかたない。
如月ちゃんはまだ建造されてまもない。
ここで一つ、旗艦として見栄を張りたいと思っているのも事実だし、しかたない、しかたない。
飛龍「よし!じゃあ、少し見回りしてくるね」
私はウィンクをして走り出す。
その姿をみた他の艦娘は、呆れたような表情を浮かべて手を振ってくれた。
旗艦馬鹿の飛龍、そのあだ名は、みんなにも知れ渡っている。
ちなみに如月ちゃんにかっこいい姿を見せようとして、無理をするのはこれで五回目だ。もちろん周知済み。
ふっ、と。何かが鼻腔をくすぐった。潮風に乗っかって運ばれたそれ。
何かはわからない。でも、背筋に走り抜けたその感覚は、いやでも忘れられない、あの時と同じだ。
榛名「敵艦隊の合計は?」
蒼龍「計、五体ですね」
耳に手を押し当てた蒼龍はそう言うと、頬を引きつらせて、繋げてこう言った。
蒼龍「.....そのうち、一体が、あんまり良くないですね」
黄色をオーラを纏っている、と。flagship級の深海棲艦。
榛名さんが艦種を尋ねる。ヲ級だと、蒼龍は言う。
艦載機から連絡が届いた。私は耳に手を押し当てて、その情報に耳を貸す。
別に、耳から情報を受け取るわけじゃない。頭に直接送り込まれるのだけど、どうしても耳を塞いでしまう。空母系の艦娘がするおかしな行為だ。
敵艦隊、とは言えない、なぜなら深海棲艦は一体だけだから。でも良くない情報に私は頬を引きつらせた。
改flagship。黄色のオーラを纏い、瞳から迸る青色の閃光の姿を思い浮かべ、身震いする。武者震いじゃない。ただ恐ろしくなったからだ。
榛名「....難しいところですね。一度提督に電報を送ります。飛龍さん、お願いしますね」
飛龍「は、はい」
私はあんまり連絡は得意ではない。情報に齟齬があると人命に関わるからだ。
ミスが許されないから、慎重になりすぎて、かえってミスをしそうで嫌だ。
私は鎮守府に電報をおくる前に、艦隊の状況を確認する。
摩耶さんと神通さんは殆ど無傷に近い。榛名さんは、確認するまでもない。最小限動きで回避できるから。一人だけ違う次元にいる。
秋月ちゃんは、少し疲れている様子だけど、まだまだ頑張れそうだ。
根性がある子だし、むしろ逆行に近い今だから、想像以上の動きができそうだ。
蒼龍を確認すると、目があった。
蒼龍「な~に?もしかして緊張してるの~?らしくないねぇ」
にやにやと、おもしろおかしく私を見やる。
神通「蒼龍さん.....。あんまり飛龍さんを困らせないでください」
蒼龍「えー、だってらしくないじゃん?飛龍らしさがない」
榛名「.....それで、なんと伝えますか?」
飛龍「え、あ、はい!えーと....」
私は鎮守府に一度連絡を送ることにする。ホウレンソウを大切に、と冗談を呟きながら現在の艦隊の状況、というか、私一人だけで、他のみんなはずっと遠くにいると。
そして、戦えるには戦えると。
まぁ送らなくても結果は分かっているけど。相手が相手だから。
サシで勝負なんかしたくないし、そもそも相手にするのが嫌だ。
二分くらいで返答があった。慌てて私は耳に手を押し当て、聞き漏らさないように集中する。
摩耶「で、なんだって」
腕を組んで余裕そうな摩耶さんが私に聞いた。
鎮守府からの返答。提督の采配は。私はモールス信号の情報を伝えやすく言い直す。
飛龍「艦隊の現状から、迎撃可能と判断する。だそうです」
摩耶「まぁ妥当だな」
当然だと、私も思った。こっちには榛名さんがいる。ずば抜けた榛名さんの実力は、提督も知っているし、みんなも知っている。
それにみんなまだまだ戦える。勝ち戦をみすみす見逃すわけじゃない。私たちは、深海棲艦を駆除するのが仕事なんだから。
聴きなれたモールス信号が頭に響いた。鎮守府からの返答。提督の判断だ。曰く、戦う必要はない。撤退。
当然だ。わざわざ戦う相手じゃない。
砲弾が装填された鈍く重い音が響いた。
みんな、これから始まる砲雷撃戦の準備を始める。
私も、弓の弦を引き絞り、違和感がないか確認する。蒼龍も同じことを始めた。
私は弓の弦を肩にかけ、撤退の準備を始める。動きやすさを重視して、こうする。
まだ、厄介な深海棲艦はこちらに気がついてないみたいで、私がいる方向とは明後日方角に進路を進めている。
榛名「みなさん、準備はできましたか?」
はい、と口々にそう言う。こんなだだっ広くて、遮蔽物も無いに等しい海上での戦いは、いたってシンプルだ。
バレないよう、なるべく背後に近づいて、遠くから砲撃、艦爆を行う。ようはそういうこと。
例に沿って、私たちはなるべく大回りをしつつ、背後に向かうことにした。
さてと、と呟いた私はさっさと帰るため、あえてジグザグに来た道を、直進で進むことにする。
そっちの方が手っ取り早いからだ。合流したら、そのまま鎮守府に帰投のコース。
でも、私には違和感があった。
でも、私は違和感を拭えなかった。
何かが、おかしいような。
何か、いつもとは違う。
経験が、憶測が私を支配する。この違和感はなんだ。言葉にできないもやもやを、口に出せないから背中がむず痒い。
だから、私はその違和感を気のせいだと決めつけて、移動を始めた。
だから、私はその違和感を確認するため、大回りでその一体の深海棲艦を視認しようと決めた。
凍りついた潮風が皮膚に突き刺さって痛い。
けど、麻痺していくからだんだん感じなくなる。まだ夏よりましだ。
私の隣で海を滑る榛名さんを見る。黒髪の長髪は、やっぱめんどくさそうだ。
大きくジグザグに移動し、なるべく遠くから安全な位置を探る。それでも索敵も怠らないように。
そして榛名さんが私の前に腕を出す。止まれ、ということだ。姿勢を下げ、息を殺して遠くを見ると、その艦隊を視認できた。
夏の海上は一段と酷い。何が酷いっていうと、潮風に含まれる塩分が、多いっていうこと。
これが最悪。顔にびしびしと突き刺さって痛いし、髪の毛に付着すると洗い落とすのに手間がかかる。
そのせいで頭を悩ませているのは、何も艦娘だけじゃない。経理の人が言っていた。
シャンプー代が、馬鹿みたいに高くついているって。それを聞いたときは、なるほど、と思った。
そんな長髪でない私でも、シャンプーは絶対四プッシュする。それを二回。合計八プッシュ。
如月ちゃんみたいな長髪の子は、私の倍使っている。よく私の隣で悪態をつきながら、髪の毛を洗うから、ついつい気になって数えてしまったから知っている。
まぁそんな事を、なんとなく考えながらジグザグに大きく迂回して海を滑る。
相変わらず髪の毛は傷んでしかたない。如月ちゃんはもっと大変だろう。そりゃあんな可愛い子でも、愚痴の一つはつきたくなる。
そして、私は姿勢を下げ、弓を肩から外す。そして矢筒から矢を一本とりだして、よく目を凝らした。そして一本の深海棲艦を確認した。
その光景に、私は絶句した。もちろん私だけじゃない。みんな息を飲んで、驚いている。あの榛名さんですら。
ヲ級は、改flagshipの他にもう一体いた。オーラも何も発していない、ただのヲ級だった。
その、ただのヲ級、だった深海棲艦は今、海上に倒れこんでいる。
そして大きく痙攣を始め、陸に上がった魚みたいな生々しい動きを始めた。
そしてぴたりと、動きが止まると背中から、赤色の水蒸気が漂い始めた。
あれは、オーラだ。flagship特有のオーラ。間違いないと、私が確信すると、倒れているヲ級の背中に、近くにいる深海棲艦がいきなり手を突っ込んだ。
そしてまるで赤ちゃんを取り出すように、中身を取り出し始めた。
秋月「気持ちわるい、ですね」
私は、その一体だけの深海棲艦を確認すると、心臓が張り裂けそうに、鼓動をした。
そうだ。あれは、あの深海棲艦は、私がずっと追い求めて、焦がれた、存在だ。
これからもだいぶ遅い更新になると思います。でも終わらせることを目標にがんばります。
そうか、あの違和感は、匂いだ。私がずっと欲していた、あの匂い。潮風に乗ってやってきたんだ。
飛龍「.....榛名さん、どうしましょう」
想定外の事態だ。今、私達の目の前で起きている現実は、思いもよらないものだ。
深海棲艦がどうやって強くなっているのかは、今まで誰も知らなかった。
そもそもオーラを発するのは、自然と、なんてことはありえない。何かしらの変化があるはずなんだ。
進化なのか、はたまた変体なのか。それがやっと今、解った気がする。
深海棲艦から取り出された、新たな深海棲艦。ヲ級は変わらない。で
も、脱皮した抜け殻から現れた深海棲艦は、赤色のオーラを放ち、存在感を肥大させている。
榛名「....想定外ですけど、eliteのヲ級一体に変化したところで、こちらが優勢なのは変わりません」
神通「じゃあ.....」
私はゆっくりと立ち上がり、弦に筈を引っ掛けて、いつでも射ることができるようにする。
先手必勝。あの深海棲艦が、艦載機もどきの生き物を放つまでの準備時間に、私がどれだけ発艦できるかにかかっている。特に、あの強力な個体なら、なおさらだ。
深呼吸。
私と蒼龍は顔を見合わせ頷くと、ゆっくりと立ち上がる。
そして矢筒から一本の矢を取り出し、筈を弦に引っ掛ける。私は蒼龍を見やる。
蒼龍も私と同じことを考えていたみたいで、自然とまた顔が合う。頷き、構える。
私達が射った瞬間、静寂は崩され、戦いの火蓋が落とされる。
砲弾飛び交う海上になり、爆発で生じる水柱は数え切れない。
その混戦の最中でも私達空母は、精確に、確実に、仕事をしなければならないんだ。
だから、この一手は絶対に外せない。
つま先を深海棲艦に向け、まっすぐな仮想の射線を描く。そして肩、腰、つま先が水平を描けるように、集中する。背筋を伸ばし、一本の柱を体に突き立てるイメージに、体を合わせる。三重十文字の構えだ。
息を止める。仮初めの静寂は波の音と、呼吸、私を掠める大気を混ぜている。
本物は、対象物に向けた、明確な殺意だけ私の周りを覆い尽くし、無へと誘う。
私の存在が不確かになった瞬間が、その時だ。
甲高い音が一つ。そして遅れてもう一つ。
空気を切り裂く音が一つ。対象物に向かい精確に放たれる。
榛名「単縦陣を組み移動開始。全員私に続いてください」
私はすぐに移動を開始する。そのついでに矢筒から新たな矢を二本掴み取り、一つは掴んだまま次の発艦に備える。
ここからは、移動しつつ攻撃をしなければいけない。
空母の艦娘は、戦艦や駆逐艦の艦娘と違い、攻撃に手間がかかる。
砲塔に装填される砲弾は、オートメーションが組み込まれていて、次弾装填に意識することはほとんどない。
それとは違って私達空母は、いちいち一連の動作を何度も繰り返さなければならない。
自分で行い、自分で速度を上げる。速いにこしたことはない。だからもっとも努力と鍛錬が必要とされる。
その手間暇を知らない人は、移動しつつ攻撃することの大変さを無視して、巡行速度を上げよう、と提案する。
もちろん、旗艦になった艦娘はその手間暇を重々承知しているから、不用意に上げないのだけど。
今回に限っては私一人だ。だから、自分の限界に近い速度で巡行する。
先頭を行く、榛名さんはみんなの不満が爆発しない速さを選んでいる。
蒼龍と私が移動しつつ発艦の準備できる限界の速度で。
従って巡行速度はそれほど速くない。
もちろんそれは艦娘の体感の話で、はたからみたら馬鹿みたいに速く移動しているだろう。公道で走ったら一発免停だ。
大気を切り裂き、その摩擦で矢が燃え尽きる頃、艦載機が現れる。
そして空中で速度を受け継いだまま飛行を始め、目標に向かってエンジンを吹き鳴らした。
過去と現在を混ぜて書いてますが、意図的に改行しているので若干わかりにくかったらすみません。またがんばります。
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