【艦これ】深海の濃淡は僕と同じ (11)
時雨が深海棲艦になるまでの移り変わり。
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体が大の字になってぴくりとも動かない。さっきまで僕は、海を滑ってみんなと戦っていたっていうのに。
僕は死んだのかな。夕立を庇って。
でもおかしいな、不思議と意識は鮮明で、視界に映るのはペンキをぶち撒けた青空と、雲のマーブル模様。アクセントの様に控えめに見え隠れする太陽。冬の空。
呆然と、ただ呆然と。取り留めのない考え事を巡らせる事ができるのは、まるで眠りに落ちる前の時。
あれやこれやと僕が普通の人間で、女の子で、恋をして、そのまま結婚する妄想に似てる。これは些細な僕の唯一の楽しみ。
そう考えてしまうのは僕が提督と結婚しているから。だから、機械仕掛けの僕は形式上の結婚を憎んでる。
人間だったら、僕は本当の意味で結ばれていたはずと。
でも提督は僕を愛してくれていた。僕と同じで不器用な愛情を偏に注いでくれた。
みるに耐えない程空回りして、本当に情けないほど。
何かで見た。もしくはラジオかもしれない、聴いた。ネット上で物書きをすると、一文字はたったの2円に足らないと。
愛してる。提督はこの10円にもならない価値の言葉を僕に使わなかった。
それは、愛してる、この言葉がどれだけチープで、無責任だと提督は知っていたから。
言葉で言わなければわからないとみんな言う。でも行動、誠意を示してくれた方が僕は嬉しい。たかが10円されど10円と、プレイスレスに頼る人間なんて失望するから。
あぁ、今季節外れの雨、夕立が降ってきてほしい。あの真夏に降る馬鹿げた量の水で、傷口からとめどなく溢れ、僕の周りを満開に咲く彼岸花をかき消してほしい。
ついでに視界を屈折させる原因にもなってるこの涙だって洗い流してほしい。
僕もここまでか.....。提督、みんな。さよなら....。
僕が愛した提督を残して。僕が愛したみんなを残して僕は海に沈み始めた。
足が沈む。太腿が沈む。底なし沼に引きずり込まれるよう、ゆっくりと、僕の体は浮力を失い深海に誘われる。
そして海水は僕を蝕んだ。最後に残った僕の顔は、海水が乾いた皮膚の編模様辿って潤す。ぼくは完璧に海に溶け込んだ。
ぼくの視界に映るは、波で揺蕩う海面を掴み取ろうとするぼくの両腕と親指、人差し指、中指、薬指、小指。ぜんぶ合わせて10本。
それと微かにきらめく左薬指の指輪。
そんな光景を見てしまったら、抗いたくなる。だってぼくは提督を残しては置けないから。もしもぼくが轟沈したと聞いたら、提督はどうなる。
ぼくと同じ不器用な提督は、ぼくと同じ事を考えるだろう。
生きてたってしょうがない。そうだ、もういいやと。
それに時雨を沈ませてしまったのは自分だ。生きてる価値すらないと。
動け。指先に指示を送る。動け。水中を泳げ。動け、抗え。なんとしてでも。
叫ぶ。嫌だ、まだ死ねない。死にたくない。ぼくは提督を残すわけにいかないんだ。
ぼくは言わなくちゃいけないんだ。沈んだのは誰も悪くない、ただぼくの運が悪かったって。自分の運に慢心したぼくが悪いと。
なんだってんだ。指先1つも動かなければ、ぼくは叫び声だって捻り出せない、口から泡になった空気すら吐けない。
海の濃淡が変わった。光は遠く糸を差し込む針穴くらいに小さくみえる。沈めば沈むほど、暗さは濃度を増してぼくを見失う。
ぼくは左薬指の指輪だけをみつめる。本当はもう暗さで、なんもみえないのに。そこに提督がいるような気がして。ぼくはあきらめてしまった。
海に溶け込んでいるような、さっかくを感じる。かげに飲みこまれて、体の感覚をうしなっているみたいだ。
とつぜん、ぼくの中で、何かが、あばれはじめた。恐い。ぼくの知らない心が、ぼくをつきやぶり、表れるみたいで。
ホントに沈んだのは、自分のせいか。僕が悪いんじゃなくて、提督が悪いんじゃないの。
ちがう。悪いのはぼくだ。じぶんの、運をかしんして、夕立をかばったせいで、ぼくは沈んだ。
じゃあ提督が悪くないのなら、自分の身を守れなかった夕立が悪いんじゃないか。僕が沈んだ理由は夕立を庇ったせいなんだから。
ちがう。おまえはだれだ。ぼくの心を、うばおうとするのは。
知ってるはず。僕は時雨。ずっと君の中で君を見ていた、時雨だよ。素直になりなよ。知ってるよ。
時雨は夕立に嫉妬してたってこと。時雨にはない、感情をぶつける事ができる夕立に危機感を持っていた事。ダイスキなテイトクを奪われるんじゃないかって、そうオモッテイタコト。
ぼくは、めをとじた。やみはぼくと同化して、全てをぼくにゆだねることにした。
みょうに、ココチいい。いっさいがっさい、ふさいだ心をハキだすことが。
あぁゆるせない、夕立が。ぼくと提督とのつながりをたちきった夕立が。
ねがわくば、モウいちど、うみにたちあがり、このこころを、ぶつけてやりたい。
ナラ、ソウシテアゲルヨ。アワレデ、カワイソウナ、シグレ。
あア、ソウしてクれ。
そしてぼくは、時雨を失った。
マッテテ、ユウダチ。スグニソッチニイクカラネ。
お終いです。
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