この世の全ての物体は原子よりさらに細かい粒子、
素粒子から構成されている。
この素粒子はとても奇妙な性質があり、
量子状態という条件にある二組の素粒子は、一方が変化すると
もう一方がどんなに離れていても即座にその変化が伝わるという性質がある。
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これはつまり、
二つのボールの一方をへこますと、もう片方が自然にへこむかのような妙なものだ。
そしてそれは、例え宇宙の端から端まで離れていたとしても伝わるのだという。
最近、
この性質を利用した量子テレポーテーション装置が実用化された。
原理は、物を原子よりさらに細かい素粒子へと一旦分解し、
その情報をスキャンすると向こうに瞬時に情報が伝達され
再構成されるという仕組み。
つまり、物を一旦素粒子にまでバラバラに分解しスキャンすると、
物体の設計図が一瞬で伝わり、一瞬で組み立てられるといったイメージだ。
これは物流において、革命をもたらした。
受信機さえあれば、ネットなどで注文した品が瞬時に手元に届くのだ。
この装置の普及によって現実の大型デパートやスーパーはほとんど姿を消し、
変わりに今度はネット上にその店舗を構える事になった。
また運送業者の多くは仕事が激減する結果ともなった。
そして、いよいよ人間用のテレポート装置が実用化された。
これは今までの車、電車、あるいは飛行機といった交通機関と
比べ物にならないくらい移動速度が早かった。
何せ、ほとんど一瞬で地球のどこにでも移動できるのだから。
さらに、ある程度の電力さえ供給されていれば動くので
これは燃料を消費しながら移動する車や飛行機とは違い、
限りのある資源である石油の大幅な節約にもなる。
ペガサス計画で思わずググってしまった
オバマすげぇ…
そしてテレポーターが電車の駅かそれ以上にあちらこちらに設置され、
資源の節約を推奨する政府によって、大々的に使用が推奨された。
しかし…
同僚「何だか、アレって使うの怖いよな」
俺「ああ、いくら便利だからって使う気にはならないな。
物を送ってもらうだけならともかく」
同僚「そうだよな。だって乗ったら一旦バラバラに分解されるんだろ?
向こうで同じような人間が出来上がるからって、
それって、果たして今まで通りの本当の俺なのか…?」
俺「けどな。原理的には構成されている物質は一緒なんだろ?
脳の構成もそのままなんだから記憶だって同じだ。
外見からだと何もわからないんだぞ?」
同僚「ああ、でも元の俺は一旦分解されるんだろ?
どうにも、本物の俺は死んで
俺のコピー人間が出来上がるだけのように思えて仕方ないんだ…」
大多数の人間が同じような事を考えたようで、
量子テレポーテーション装置の利用はいま一つ伸びていなかった。
俺「まぁ、他人からしたらどっちでも一緒なんだがな」
同僚「ああ、そうかもな。けどそれが余計に怖いと言うか。
例えばある日俺の中身が機械に置き換わっても、外見や行動が同じなら
誰も何も問題にしないでそのまま世の中回って行くんじゃないかとか
そういう連想をしちまうと怖くてな…」
同僚の言う事に俺もおおむね賛成だった。
いくら便利な装置とは言え、利用する時に分解されてしまうのは
それはつまり今までの自分は死んでしまうという意味じゃないか?
しかし、世の中にはそんな事を気にせずバンバン利用している者もいる。
格安で、しかも手軽に海外旅行を楽しめるからだ。
資源の節約をしたい政府はテレポーテーション装置を普及させるため、
この装置を利用して海外にいく者にはビザの免除など
大幅な規制緩和を行っていた。
ええスワンプマンのパクリですね
知らない間に入れ替わってるかも知れませんよ
さらに政府は利用者を増やそうとタレント等を使い
テレビで盛んに利用を勧めてもいた。
その成果で、利用者は身の回りにもチラホラ見かけるようになったが…。
【自宅】
夕方、家族で食卓を囲んでいると妻がこんな事を言い出した。
妻「ねぇあなた、お隣の山田さん、この前家族でパリに旅行に行って来たそうよ」
息子「あ、そうそう言ってた言ってた!」
俺「何だ、山田さん所も随分余裕があるな」
妻「いえ、それが例のテレポート装置で行って来たらしくて」
俺「あれでか…?」
妻「ええ、一瞬で行けてお金も節約できて、最高だったそうよ」
俺「ふうん…」
妻「あなたのご家族も装置を利用して海外に行かれては、ですって」
一度でもテレポート装置を使った事のある者は、抵抗が無くなるせいなのか
やたら使用を他人に勧めたがる傾向がある。
妻「また来週も行ってくるそうよ。お土産も貰っちゃった」
息子「僕も!」
俺「…」
何だか、嫌な予感がする。
妻「…ねぇあなた。私たちも今度」
俺「ダメだ」
息子「えー、なんでさー」
俺「いいか?あれは移動するための処理として自分がバラバラに分解されるんだぞ?」
俺「それで、向こうで新しい自分が1から作り上げられる仕組みなんだから」
俺「今までの自分が死んで、自分のコピーに人生を乗っ取られるような物なんだぞ?」
妻「そんな大げさな、あなた」
妻「だって、お隣さんだってあの装置を使って海外に行っても
特に何にも変わった所無かったわよ?」
妻「それに、今まで大きな事故が起こったなんて聞いた事もないし」
息子「僕も外国行きたーい」
俺「いや、だからな…」
妻「大体、あなたの稼ぎだったら普通に海外旅行行くなんて夢のまた夢じゃない」
俺「お前なぁ」
息子「お父さんのケチー」
俺「とにかく、ダメなもんはダメだ」
妻「もう、頭が固いんだから」
息子「クラスのみんなも行ってるんだよー」
テレビ「…というわけで、
今回はお笑いタレントの下島さんにテレポート装置を体験してもらいましょう!」
テレビ「果たして、東京からニューヨークまで一体どれくらいかかるのでしょうか?」
妻「あ、ねぇ見てあなた、テレビで丁度テレポート装置の事やってるわよ!」
息子「ねーねー、見てよお父さん!」
やれやれ、間の悪い時に間の悪い番組が放送されているもんだ。
テレビ「下島さんは、今回テレポートを初めて利用されるという事ですが?」
テレビ「嫌だぁーー!やめてくれーーっ、俺はまだ死にたくない!」
テレビに映っている下島というお笑いタレントは、
涙とハナミズで顔面がグシャグシャになっている。
テレビ「いえいえ、別に死ぬわけじゃないんですよ?」
テレビ「そういう誤解をされてる方も多いですけれど」
テレビ「ちゃーんと、向こうで再構成されるんですから」
テレビ「嫌だ…嫌だぁ…」
妻「全く、大げさなんだからあの人」
息子「いっつもああだよね」
俺「…」
テレビ「では下島さん、転送装置の中へどうぞ!」
テレビ「ちょっ、押すな、押すなって!これ、いつものフリじゃないから!」
下島は屈強な男たちに取りかこまれ
金属製のカプセルのような装置に無理やり押し込められてしまった。
テレビ「それでは、下島さんにニューヨークまで行ってもらいましょう!」
レポーターが陽気にそう言う。
中で相当暴れているのだろう、
バンバンという音が画面を通じてこっちにまで聞こえてくる。
しかししばらくすると、カプセルの隙間からわずかに光が漏れ
やがてあれだけうるさかったカプセルがシーンと静まり返った。
テレビ「果たして、テレポートは無事成功したのでしょうか?」
テレビ「ニューヨークに中継が繋がってまーす」
場面が切り替わり、転送先のニューヨークらしき場所のカプセルが映し出される。
テレビ「はーい、こちらニューヨークです。果たして
テレポートは成功したのでしょうか?それでは、転送装置を開けてみましょう!」
カプセルの扉が開かれると、
中にうずくまっている下島が画面に映し出された。
テレビ「見てください、転送は見事に成功しました!
かかった時間は、わずか1秒足らずです!下島さん、気分はいかがですか?」
テレビ「ヒッ、ヒッ…。あ、あれ?もう終わったの?ここ、ニューヨーク…?」
テレビ「そうですよ。どうぞこちらへ」
下島はおどおどした様子でカプセル内から出てきた。
テレビ「うおっ、スゲー!外人ばっかり!マジニューヨークだ!」
テレビ「どうですか、全然何ともなかったでしょう?」
テレビ「本当、全然一瞬でどこも何ともない!」
テレビ「怖がる事なんて何もなかったでしょう?」
妻「やっぱり、本当に一瞬で海外に行けちゃうのね…」
テレビを見ている妻が、うらやましそうにそう漏らす。
テレビ「それでは、テレポート前の泣きじゃくる下島さんのVTRを
改めてテレビの前の皆さんにご覧になって頂きましょう!」
テレビ「ちょ、やめろって!控訴してやる!」
妻「うふふ」
ム底「あはは!」
下島のお約束のギャグで番組は締めくくられた。
全く、バカバカしい。
今テレビに映ってる下島はクローン人間へと変わり果てたのだ。
どんなに安全性を宣伝されたとしても、やっぱり使う気にならん。
これ以上テレビを見る気にもなれず、俺は居間を後にした。
ム底は息子のミスです
それから、数日後の会社にて…。
出先から帰ってくると、何やら社内がざわついている。
同僚「くそっ、困ったな」
俺「どうしたんだ?」
同僚「ああ、大坂の取引先がカンカンらしい」
聞けば、どうやら何か手違いがあったらしく契約が
フイになりそうだというのだ。
その契約は俺がまとめたもので、
あとはほとんど判を押してもらうだけのようなものだったし、
永い付き合いがある取引先でもあるからトラブルもないだろうと思い
経験を積ませる意味もあってあとは新人の部下に任せたのだったが…。
同僚「責任者を呼べって話になっているらしい」
俺「そんな、今から大坂に向かったとしても2時間はかかるぞ?」
同僚「今、必死で引き止めてる所らしいんだが…」
俺「…」
同僚「下手したら、大口の取引先そのものを失っちまう、クソッ!」
同僚「それだけじゃない、会社全体の信用にも…」
俺のミスだ。
油断せずに、俺自身が向かうべきだったのだ。
これは、最悪クビも覚悟しなくてはならない。
そうしたら家のローンや息子の養育費はどうなってしまう?
今から、すぐに大坂にワープでもする方法は…。
…あった。
量子テレポーテーション装置だ。
これを使えば、20分もかからずに取引先へと向かう事ができる。
しかし…。
いや、考えているヒマはない。
社の運命がかかっているんだ、やるしかない。
俺「今から20…。いや15分で向かうと先方に伝えてくれ」
同僚「15分?一体どうやって…ま、まさかあれを使うつもりか?」
俺「ああ。こうなった以上そうするしかない」
同僚「本当にいいのか?」
可愛い息子と愛する妻、そして社のためだ。
やるしかないじゃないか。
俺「ああ。それじゃ行ってくる。電話でもできるだけフォローしておいてくれ!」
俺は同僚にそう言い残し、会社を飛び出した。
街中に、いまやコンビニ並に見かけるようになったテレポートステーション。
取引先の最寄のステーションへのチケットを購入すると、
俺は金属製のカプセルの前へと立った。
扉が、ゆっくりと開かれていく。
中へ踏み込む前に、それがまるで棺おけのように見えて一瞬躊躇してしまった。
息子の顔を思い出し、勇気を振り絞って中へと踏み込む。
扉が閉まり、これから転送を開始しますと機械的な声が響く。
カプセル内に、少しずつ光が満たされて行く。
俺はゆっくりと目を閉じた。
さようなら、俺。
新しい俺よ、どうか妻と子供をよろしく頼む…。
目から一筋、涙がこぼれた。
転送が完了しました、と声が響くと同時に扉が開く。
何だ?こんな物か?
あっけない。
あれこれ悩んでいたのがバカみたいだ。
いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
俺は金属のカプセルを飛び出した。
【取引先】
顧客「全く、話にならん!今後の取引は、控えさせてもらう!」
部下「もう少し、もう少しお待ちください!」
俺「お待たせしました、部下に代わって私が話を伺いましょう」
修羅場となっている現場へ俺はさっそうと飛び込んだ。
顧客「君?君じゃないか、どうやってここへ?」
取引先の顧客が、目をまん丸にしている。
俺「ええ、それは例のテレポーテーション装置で…」
顧客「あれを使ったのか?どうだった、何か体に変わった事は?」
俺「ええ、どこも何もありませんよ」
顧客「いやぁ、いい度胸だねー、素晴らしい!」
結果として、駆けつけたのは大成功だった。
契約の事よりもテレポーテーション装置の事で話が盛り上がり、
別のあらたな契約を取る事にまで繋がった。
そして、取引先からの帰路…。
部下「スイマセン、本当に迷惑かけました…」
俺「なに、気にするな。次に失敗しなければいいだけの話だ」
俺「新しい契約も貰えたし、結果オーライじゃないか」
俺「それより…」
俺「帰りはテレポートで帰ろうじゃないか」
部下「え…?あ、あれで帰るんですか?」
俺「なぁに、俺も最初は怖かったが案外何て事ない」
俺「それに社に仕事も山ほど残ってる。今回のお詫びに君に働いてもらわんとな」
部下「そ、それを言われたら…。参りましたね」
こうして俺は部下と共にテレポートで社に戻った。
社に戻った俺は、ちょっとしたヒーローだった。
取引先を失いかけていた所を挽回しただけでなく、
新たな契約まで持ち帰ったのだから。
同僚「いやー、いくら社のためとはいえいい度胸だな」
俺「いや、案外何て事なかったな」
俺「お前も一回テレポートして見たらどうだ?」
同僚「やっぱり俺はちょっと抵抗あるな」
俺「大した事ないって。どうだ、家族で海外旅行でも」
同僚「いやぁ、まあ考えておくよ」
俺「きっとこれから、どんどん利用するのが当たり前になって行くんだぞ?」
俺「今のうちに慣れておいた方がいい。お前のためを思って言ってるんだぞ」
同僚「まぁ、その内どうしてもって時が来たらな」
これだけ勧めているのに。あくまで拒むとは。
内心俺はイライラしていた。
まあいい。いずれ、その内に、きっと…。
【自宅】
自宅に帰り、いつものように家族で食卓を囲んでいる。
そして、昨日と違い今日は俺から話題を振る。
俺「今度、家族で海外にでも行こうじゃないか」
妻「え?」
息子「本当に?」
俺「ああ。テレポートでな」
妻「わぁ、嬉しい!」
息子「やったー!」
妻「急にどうしたの?」
俺「ああ、今日ちょっとテレポートして見て全然何てことなかったからな」
妻「もう、だから言ったじゃないの」
俺「さあ、行き先はどこがいい?ロンドン?パリ?ニューヨーク?」
妻「行きたいところ一杯ありすぎて困っちゃうわね」
息子「みんなに自慢しよっと!」
大はしゃぎの妻と息子の顔を眺め、俺も満足だった。
何せ、これで仲間が増える。
テレポートした後、
俺はもっと周りの人間がテレポートを利用するべきだという
考えに取り付かれていた。
テレポートを利用した者が、
なぜやたらと周りに勧めたがるようになるのか今ならよくわかる。
この胸に湧き上がるもやもや、不快感。
本来の俺は分解され、今ここに居るのはコピーされた偽者という思いが
どうしても頭から離れない。
気が狂いそうだ。
なぜ、俺だけがこんな思いをしなくちゃならない。
そうだ、皆がテレポートすれば偽者は俺だけじゃなくなるんだ。
もっと、テレポートの利用を周りに勧めよう。
世界中のみんなに。
そう、一人残らず。
世界中の人間が偽者になれば、そうなれバ…。
オレダケガ、コンナニクルシイオモイヲシナクテイインダカラナ…。
ヒッヒッヒ…
終
実際に、量子テレポーテーション装置が実用化されたのなら
あなたは利用しますか?それとも…。
いずれにせよ、こういう時代はもうそこまで来てるのかも知れません。
依頼出して来ます
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