親友「あとは、任せたよ。」 (108)



「それが何でyになるわけ?」

隣の席に座る彼女は訪ねる。
そのYの文字は数学の教科書に出てくるイタリック体のyだ。

「それはね、yはこうすると



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これが最後のページだ。
続きの言葉は何も書かれていない。
途中で何かがあって書けなかったのだろうか。
それとも、まだ考えてなかったのか?
いや、アイツが考えもせずにこんなシーンを描くはずがない。
この「話」はこの前のページで綺麗に完結している。
この「話」を読み続けてきた人なら誰でも満足する終わりだ。
なのに、隣の席に座る彼女 という今までの「話」に登場していない人物との唐突な会話が始まる。
この 隣の席に座る彼女 についてはなにも触れられていない。

ならばこのシーンの意味はなんだ?
この「話」とは無関係のシーンなのだろうか。
このシーンは「話」に必要なのか、必要じゃないのか。
最後に決断するのは僕だ。

親友だったアイツへ。
俺にはわからない。
このシーンはなぜここに描かれたんだ?
教えてくれよ…。

少しの間、過去の回想にふけっていたところで

「ピンポーン」

という誰かの来訪を告げる音が静かな部屋に響いた。

今日はだいぶ冷え込んでいる。
季節は冬、12月だ。
もう一年が終わるらしい。
あっという間だった。
ほとんどの時間をこの部屋で過ごした。

こんな生活を続けてもう数年たった。
そろそろ、だろう。
「話」が完結する頃にはこの生活も終わるだろう。

「終わらせないとな。」

返ってくる言葉は当然ない。
ただの独り言だ。
もしかしたら外に聞こえたかもしれない。


「ピンポーン、ピンポーン」

いまだ、鳴り続けているインターホン。
最近、Amazonで注文したものはない。
買い物はいつも月のはじめに済ます。
買い物といっても食料品がほとんどだ。
大抵のものは冷凍室に突っ込んでおけば一ヶ月はもつ。
ならば、誰か来たのだろうか?
残念ながら、俺にはそんな誰かがいなかった。
仕事関係の付き合いはあるが、今日来るという予定は聞いていない。

ま、どうせセールスマンかNHKの集金だろう。
さっきの独り言は聞こえたはずだ。
俺は暗にドアを開く気はないと伝えたのだが…しつこい奴だな。

さすがにここまで粘られると近所迷惑だ。
お隣さんに文句を言われてしまう。
この部屋を追い出されたら僕は寒い冬を乗り越えられない!
ま、いざとなれば漫画喫茶とか方法はあるけど。
まだこの部屋を出る気はない。

「やれやれ…」

仕方なく、俺は玄関へと向う 。

のぞき穴からインターホンを鳴らし続ける来訪者を確認する。
赤いキャップを被り、大きな段ボール箱を抱えている。
顔は見えないが、ご苦労なことだ。
この寒いなかで待たされるとは。
残念ながら徒労に終わるのに。
俺はチェーンをかけ、
「うちは何も頼んじゃいませんよ。」
と教えてあげようとドアを開けた。

「どうも…気が早い送りものです。」

チェーンによって少しだけ開いたドアの隙間から声が聞こえてきた。
俺はその声に応えることはできなかった。
その声が聞こえてきたのと同時にドアの隙間から光が俺の部屋に入り込んできたのだ。

視界が光に飲み込まれていく。
途端に足下がグラつき、倒れそうになる。
立ち眩みだ。
壁にもたれかかろうとしたが、倒れる方が先だった。
これはヤバイ…。
声を出そうとしたが、腹に力が入らない。
隙間から、封の切られた段ボールの箱が下に置かれているのが見えたところで僕の意識は途切れた。

ー部屋の外、冬の空の下ー

「今日は12月23日。やっぱり明日の方がよかった…?慌てん坊のサンタクロースは流行らないのかな…。」

赤いキャップは冬の冷たい風によってどこかへ飛ばされていった。
あるアパートのドアの前には黒とも赤茶色ともいえない、黒鳶色の長い髪をなびかせる少女が希薄に立っていた。

まず最初に感じたものは上からの圧力、いや自分の体重だった。
僕は膝から崩れ落ちた。
額から嫌な汗が流れ出す。尋常じゃない量だ。
さっきまで感じていた感覚のせいだけではない。

「おい…どうなってるんだよ……」

さっきまでアパートでインターホンを鳴らし続ける奴の相手をしようとしたはずだ。
なのに、気がついたら何もない寂れた空き地に僕はいた。
汗が背中からも吹き出してくる。
流れ落ちる汗が頬を伝った。
てゆうか…


「あっつ!!」

暑い、熱い!
頭上には照りつける太陽があった。
夏のような暑さだ。
冬はどこへいった?!
ここはどこ、私は誰?
とんでもないことになった。
ついに俺は現実逃避に走ってしまったのか?
照りつける太陽の日差しは僕のオーバーヒート寸前の思考回路を更に熱していた。

とりあえず状況を冷静に分析?
状況、俺は走っている。
理由もわからず走っている。
今なら虎になれそうなぐらいに。

走っているといっても久しぶりの運動のせいで高齢な方の朝のジョギング程度のスピードしかでていない。
情けないことだ。
年と運動不足のせいだ。
タバコは吸わないんだが…。
数年前の俺ならこんなことは…。
数年前、具体的には何年前になるんだ?
確かあれは高校生の頃だっけ。

あてもなく走り続けていて、ふと冷静になる。
アパートがなくなっていた。
走りだした俺は他の変化について何も思わなかった。
まずは辺りを確認するはずだ。
しかし、それすらせずに走りだした。
さっきまでいたアパートが消えて、混乱していたが、それにしても何も思わなかった。

いや、何も思わなかったんじゃない。
違和感がなかった。
あまりにも違和感がなかったのだ。
僕の見知っている町並みだった。
僕は完全に引きこもっていた訳ではないが、ヒキコモリハーフだ。
久しぶりに家の外へ出たのなら、外の変化に気づくはずだ。
数年たつだけでも、町並みは結構変わるものだ。
さっきまでいたアパートが消えた?!
なにこの異常気象?!
だけではなく、アパートの消えた点以外、「僕の記憶の中の町並みを忠実に再現しすぎていること」に気づくべきだった。

俺の足は突然止められた。
走ってきた道が閉ざされたのだ。
先に道は見えるが、今の俺にその道を通ることは出来ない。
少しカッコつけてみたが、ただ単に踏切の前で電車の通過を手を膝について待っているだけだ。


「カンカンカン…」

甲高い音でゆっくりと道が遮断されていく。
止まらなかったら通り抜けれたな。
急に立ち止まったせいで呼吸が乱れ、ゲホゲホと咳き込む。
心頭滅却…。
ふぅ、はぁー…っ。
少しは落ち着いた。
上を向き、太陽を睨む。
夢にしても長いし、物凄く疲れた。
明日は筋肉痛だ。夢のせいで筋肉痛とは笑い者だ。

どうせこの後、ふと目が覚めるんだ。
そんな夢は何度も見てきた。
今回は夢と現実の間がどこからか分かりにくかっただけ。
よくよく考えると、俺の家のインターホンが鳴った時点でおかしかった。
昔のことを思い出しながら寝たんだろう。
そう考えれば、なんてことない。
夢が覚めるのを待つか、夢を終わらせればいい。
夢を終わらせるのは簡単だ。
俺はまだ閉じきっていない遮断棒の下を通り、線路の中央に仁王立ちした。
迫ってくる電車が見える。
空気を破る轟音とレールの軋む音が響いている。

「はやく覚めろよ、こんな夢。」

起きたら久しぶりに外に出てサロンパスを買いにいこう。なに張りが一番有名なのだろうか。

?「あのー、危ないですよー?」



なんか声が聞こえてきた気がするが、よく聞き取れない。

?「マジですかー?本気なんですかー?」

全部電車の音にかきけされた。
俺は自然に目を閉じた。
次にこの目を開いたとき、現実に戻っているだろう。

?「よし、走れ。」

??「え、嫌だよ。あちぃし。」

?「君が走って手を引っ張ってこればあの人は助かるんだよ?」

??「お前が引っ張ればいいじゃん。」

?「ボクからのお願いだよ、頼む。」

??「……。そうやって頼めば何でもやるって訳じゃないんだぞ!」

?「頼む前から走っていたのに…キミは素直じゃないね。」

目を閉じていても耳で、肌で、空気の動きでわかる。
夢の覚める音がする。
(サロンパスを買いに行くために)明日から本気をだすとしよう。
俺の体は強い力に引っ張られた。
思っていたのとは違う方へと。


俺「イタッ、てか痛っ!!」

??「このおっさんうるせぇな…。」

俺「なぁ、痛いんだけど?!何で?夢じゃないのコレ!?」

目を開いたらそこは現実でした。
そこ、が現実でしたとさ。

?「何はともあれ、大丈夫みたいですね。」

俺「えぇっ?何が大丈夫だっ、…て…」

これは本当に夢じゃないのか?
少なくとも、現実ではないことは確かだ。
なんでお前がここにいるんだ…。


親友「見た感じ、頭に異常は無さそうだ。もうあんな危ないことはやめた方がいいですよ。」

??「お前、察してやれよ。このおっさんはニートだ。だから死んで社会に貢献しようとしていたんだ。」

俺「おい、俺はニートじゃない。家の中が仕事場なだけのヒキコモリだ!」

??「自宅警備員ってか?たいして変わらねぇよ。」

俺「失礼な奴だな。おっさんはこれでも…」

親友の懐かしい顔をみる。
俺に見つめられている親友はキョトンとしていた。
これが夢でも、現実でも、そうでなくてもかまわない。
また会うことができた。
こうして向き合うのはいつ以来だ?

親友「どうかしました?」

俺「…いや、別に。」

親友とはあれ以来、夢の中でも会うことはなかった。
それが今になってとは…。
どんな巡り合わせなんだ?


??「おっさん、二次元と三次元は違うんだ。あんたは画面の中の相手をしているといい。」

このムカつく奴は…。
この世で一番嫌いな奴だ。
こいつのことは俺が一番よく知っている。

俺「カッコいいこと言ったつもりか?
エロ本を定番のベッドの下に隠している癖に。」

??「は、はあっ?!なに言ってんだよ
、そんなもの持っていない!」

俺「確か、地下道の近くの…」

??「おい、あんたはなんなんだよ?!死のうとしたり、でたらめを言ったり訳わかんねーな!」

俺「俺はお前自身だよ。いや、お前だったものだ。鏡を見るのさえ嫌いな。」

オレ「んん?」

教えてやっても理解できやしないだろう。
俺だって今の状況を理解できていない。


親友「つまり昔、学生をやっていた、ってことですか?」

頭を捻っているオレの横から親友が助け船をだした。

俺「まぁ、間違ってはいない。」

親友「含みのある言い方ですね。」

オレ「つまり、ただのおっさんか。
かまかけただけかよ。あ、もしかして本を置いたのは…」

俺「ま、こんなおっさんだけど、よろしく。」

親友の前に手を差し出した。
暑さのせいだけでなく、いろいろな理由で手は汗ばんでいた。

親友「よろしくお願いします。いや、よろしく、おじさん。」

何一つ嫌な顔をせずに俺の手をとった。
体温が伝わってくる。
ひんやりと冷たい手だった。

もう少しだけ、このよくわからない場所にいたい。
あの答えを、聞くまでは。


「最初から死ぬと決まっているヒロインをキミはどう思う?すでに運命が決めつけられているんだ、理不尽だと思わないか?」

いつだったか、そんな話をした。
その時の俺はなんて答えたっけな。

「それがそのヒロインに与えられた役なら、演者らしく踊ればいい。小さな舞台で輝ければ十分じゃないか。」

「その舞台を見た人は最後に感動するのか、つまらなかったと言うのか…。ありきたりな感想になりそうだ。ボクは嫌いだな。」

親友と出会ったのは中学二年の頃だった。
この辺りに小学校はひとつしかない。
ついでに言うと中学校も高校もひとつしかない。
だから中学校はほとんどが顔見知りのメンバーだ。
なのに俺が親友のことを中学二年まで知らなかったのは、アイツが小学校の頃からなかなか学校に行くことが出来なかったからだ。
もしかしたら小学校の頃に同じクラスになったことがあったかもしれない。
でも、親友が学校に来れるようになったのは中学生になってからだと言っていた。
一度出会ったら、忘れることはないだろう。
俺は親友に初めて出会ったとき、そう思った。


ー中学二年の夏休み前ー

「初めまして。いや、もしかしたらどこかで会っているのかな?」

期末テスト後の席替えでようやく窓側の一番後ろの席を手にいれた。
窓側の一番後ろの席の隣は空席だ。
誰も使っていない机が置いてある。
いわゆる、理想郷だ。
しかし、その机に荷物を置く奴が現れた。

親友「ボクも今日から一緒に授業を受けるんだ。これからよろしく!」

俺「…。あぁ、よろしく。」

窓の外を眺めながら曖昧に挨拶をした。

親友「ふうむ、なるほどね。」

なにか納得したようだが、俺のことはほっといてほしい。
こいつの周りにはミーハーな奴らが集まってきてうるさい。

突然、新しく隣人となった奴はツカツカと黒板のもとへ向かい、文字を書き始めた。 
何事だ?とクラスの目を集める。
一通り書き終えると、振り向いて言った。
何となく俺を見ていた気がした。

親友「ボクが今日から学校に来ることになったのは、ボクの命がもう長くないとわかったからです。ボクには明日があるかわからない。だから今日を少しでも良いものにするために、皆さん協力してください。」


後ろの黒板には「(約)一年間よろしく!」
と新品の白いチョークの横を使ってデカデカと書いてある。

当然、クラスは静まり返る。
教室の入り口で担任が青ざめた顔で固まっていた。

親友「これで静かになったね。」

俺の隣の席に戻ってきて、俺が何か言う前に机を動かし始めた。
こいつはズルズルと机を引きづっている。
隣にあった机は俺の後ろに設置された。

親友「窓の外にはどんな景色が広がっているんだい?」

俺の理想郷が壊れる音がした。
こいつは俺が関わっていい相手じゃない。

もし、他の可能性があったとして、俺があの席に座っていなかったら…
どうなっていたんだろうか。

ー中学二年、秋ー

授業が始まった頃、それは始まった。
後ろから肩を叩かれた。

親友「悪いけど、ノートを見せてくれないかな?教科書は届いたんだけど、今はどこをやっているんだ?」

俺「頼む相手を間違えている。」

俺は新品同様の白紙のノートを後ろに放り投げた。

親友「なるほど、ボクに新しいノートをくれるのか、ありがとう。ちょうどよかったよ。」

まともに会話が成り立たない。
あっちが勝手に解釈して話が進んでいく。

その日の学校の終了を告げる鐘がなった後、俺の机にノートが置かれた。

親友「ありがとう。役に立ったよ。ぜひ、キミにも見てもらいたい」

よくわからないままノートを開くと、中にびっしりと細かい文字が並んでいた。

俺「うわっ、なんじゃこりゃ…」

親友「せっかくだったから、少し話を書いたんだ。授業中、寝ているか窓の外を見ているキミの暇つぶしにでもなるかなと思って。」

俺「こんな量、いつの間に?」

大学ノートの最後のページまで埋まっている。

親友「いやぁ…よくよく考えたらボクに勉強なんていらないと気づいちゃってさ。」

勉強したところで、それが必要となる未来がない…か。

親友「とりあえず、家でそれを読んでみてもらえないかな?お願いだよ。」

俺「まぁ、気が向いたら読むよ。」

親友「感想よろしく!」

俺は家に帰り、一応その話を読んだ。
そして驚いた。
俺は気がついたらその話を読み終えていたのだ。
少女が誰にも気づかれないように人を助ける話。
三本あったが、どれも俺を引き込んだ。

次の日、俺は家にあったノートを全部持って学校に向かった。

俺「家にゴミがたくさんあったんだ。
もしよかったら処分してほしい。」

親友「そうか、それは勿体ないなぁ。
ボクがちゃんと処分しなくちゃね。」
後ろの席にノートの山を積み上げた。

後にこのノートの山が、親友の残した遺書に、そして俺の食っていく手段になる。

ー中学三年、秋ー

俺「なぁ、お前少しは先のことを考えてもいいんじゃないか?」

俺は学年が変わっても窓際の後ろの席にいた。
そして俺よりも後ろにある席に話しかけた。

親友「先、ねぇ…。」

まだ俺の後ろにこいつはいる。
たまに休むことはあったが、無事に進級した。

親友「そろそろ皆、進路が決まる頃だね。キミはどうするの?」

俺「普通に進学。近くの高校に行くつもりだ。」

親友「この中学校から進学する人はほとんどがそこだね。レベルも普通だし、ボクも進学するならそこでいいや。」

俺「まぁ、俺は友達が少ないから、お前がいたら楽だな。」

親友「キミがそう言うなら、そうしよう。ボクたちは親友だからね。」

俺「じゃ、親友。勉強を頑張らないとな…」

親友「…。これからはお互いに授業のノートをとろう」

ー高校一年、夏ー

俺の後ろに親友が座っていた最後の年。
夏の補習の時間。

俺「高校に入ってもたいして変わらないもんだな。」

親友「顔見知りばっかりだからね。
でも、おかげでやりやすい。」

親友は後ろからノートを渡してきた。
俺はそれを受け取り、新しいノートを渡す。

親友「もう何冊も本が出せるくらいになったんじゃないかな?」

俺「なら、今まで書いたものをどっかに投稿したらどうだ?ほんとうに本が出るかもしれない。」

親友「ふうむ、…。最後まで完結したら考えようかな。」

俺「短編集じゃなかったのか?」

親友「うーん…、一応繋がりはあるんだよ。最後まで行けばわかる!予定でね。」

俺「親友のお前の本が店に並んだら俺は嬉しいけどな。稼いだら金を貸してくれよ。」

親友「そうだね…。」

夏だから元気がないだけだと思った。
けど、この時期から親友は休みが増えていった。
単位が少し足りなかったらしく、進級するために補習を受けたり進級テストを受けたりと大変だったようだ。

ー高校二年、冬ー

親友が前に学校に来たのは春だ。
夏に体調を崩したと先生が言っていた。
連絡先は知っているが、連絡をとっていいのか迷った。
俺の連絡先は親友に教えていない。
秋に携帯電話を変えたのだ。
俺の席は窓際の後ろの席ではない。
廊下側の前から3番目だ。
授業中、真っ白なノートを眺めている。

ー高校三年、二学期の始業式ー
 
親友との別れは急だった。

親友「いやぁーお久し振り!ボクのこと覚えてる?」

廊下の窓が開き、懐かしい顔が俺の目に映った。
最後に会ってからもう一年以上たっている。
少し、痩せたように見える。
親友は俺の前に来て、2冊のノートを置いた。

親友「これで完結だ。あとは任せたよ。」

親友はすぐに連れていかれた。
先生と、知らない女の人に。
多分、親友の母親だろう。
俺に小さなお辞儀をした。



俺は親友に何も言えなかった。
いや、言わせてもらえなかった。

二学期の始業式の次の日のことだった。
俺は職員室に呼び出され、そこには昨日見た女の人が赤い腫れた目で立っていた。
それだけでわかった。

「今まで、ありがとうごさいました。
あの子はあなたのおかげでここまで生きれたのよ…」

あぁ、あれがお別れの言葉だったのか


「あとは、任せたよ。」

この言葉の意味を考えるのに、長い年月を費やしてしまった。

あとはこれといったこともなく、二人と別れた。
今は少しだけ、心が晴れている。
相変わらず照りつける日差しは厳しいが、冬の寒さよりはマシだ。

だけど、俺はここで止まっていてはいけない。
俺はしばらくブラブラと懐かしい町並みを歩いた。
ここは俺の記憶の中なのか?
その記憶の中に今の自分を突っ込んだのがここなのか?
まだ夢なのか現実なのかがわからない。
少なくとも、夢ではない。
痛いし、暑い。
だけど、現実とは思えない。
昔の自分がいたり、親友が生きていたり。
ブラブラと目的もなく歩いていたつもりだったが、足はある建物の前で止まった。

一回しか行ったことはない。
だけど、何年たっても忘れていなかった。
親友の家。
線香をあげに一度だけ向かった以来だ。


親友「あれ?さっきのおじさん。奇遇…なのかな?」

俺「もし、おじさんが君のことを前から知っていたら、おじさんは君のなんだと思う?」

口に出してからマズイと思った。
物凄く気持ち悪い。

親友「えぇ…。ストーカーさんだったんですか?」

案の定、引かれた。

俺「いや、どこかで見たような…と思って。俺は偶然、この辺りに来たんじゃないんだ。」

親友「じゃあ、なんでこの辺りに?」

目をキョロキョロと動かして言い訳を考える。
ここで怪しい奴だと思われたら悲しい。
嫌、今の時点で十分怪しい奴だけど。

俺「あぁ、あそこに本屋があるだろ?
俺の書いた本が店に並んでいるかな~と思って見に行こうと思ったんだ。」

親友「俺の書いた本…作家さんだったんですか?なるほど、だから自宅が仕事場なんですね!」

俺「お、おぉー…そうだよ。」

思いがけず、俺の仕事を当てられた。

親友「作家さんですか…。じつはボクも少しだけ憧れてるんですよ。いつか本屋に自分の書いた本が並ぶのを夢見ています。」

俺「…そうか。願いってのは叶うものだ。どんな形であろうとも…ね。」

親友「…そうですね。だといいんですけど…。夢は見るものですからね!」

やはり、この話題はよくない。
記憶の中とはいえ、親友を傷つけたくない。


俺「ま、まだまだ駆け出しでね。実際にはどこにも作品を出したことはないんだ。どの話も完結してないんだ。」

親友「なら、あとは完結させるだけですね。きっとあなたなら出来ますよ。根拠はないけど、それが夢ならば。」

俺「夢ならば、ね。そうだね。頑張るよ。じゃ。」

何かが見えた気がした。
今ならペンをとれる。
yの形が別の形に変わるかもしれない。
yは多分…いや、yはこうするんだ。
忘れないうちに、手を動かす。
過去の親友の手を借りているようでははいけないな。


俺「今日は何日だっけ?」

親友「ん?今日は9月2日ですよ。」

俺「9月2日?!何年の?いや、君は今、高校何年生なんだ?!」

急に取り乱した俺を見て親友は驚いていた。だけどそんなことを気にしている暇はない。

親友「ボクは高三です。だけど、それがどうしたって…」

俺はまた走り出した。
いったい、どういうことだ?
リアルすぎる、夢じゃない世界。
記憶の中を辿っている疑似体験。
夢と現実の狭間でそんな体験をしていると思っていた。

どこかの掲示板で過去へタイムリープする方法の中に過去の記憶の中の自分と今の自分を一体化させるという方法があった。
現実は変わらないが、気分的には過去を変えられた気分になれる。
それに近い体験だと思っていた。

たが、いろいろと異なる点がある。
過去の自分と向き合う時点でおかしい。
疑似体験の中とはいえ、成り立っていない。

そして、記憶の中と違う過去。
自分に都合よくした結果なのか?
俺は親友の死を受け入れられず、こんな世界を見ているのか?

いや、それも違う。
ようやく理解し、納得できた。
もう日は沈んでいた。
汗ばんだ体が急激に冷やされる。
案外、簡単にその扉は開くようだ。


俺「まさか…、予想外だった。」

今までたいした予想はしていなかったが、こんな展開だとは思わなかった。
俺の体は震えていた。
いろいろな理由で。

俺「お前が今回、助けたかった奴は誰だ?」

長い黒鳶色の髪の少女に問う。
こいつは親友がずっと書いてきた話の主人公だ。
少女が誰にも気づかれないように人を助ける話。
デザインは俺が考えた。
そして、俺が完結させようとしている話の主人公でもある。


黒鳶色の髪の主人公「最後の以来はあなた。あなたが親友と呼ぶ人が、書いた最後の話。」

俺「俺が…。yの意味を教えようとしていた奴なのか?」

話、の主人公「違う。あなたは隣の席に座る彼女。」

俺「俺が?yについての話なんてしたことは…」

主人公「今、している。答えている役は私。」

俺「それじゃあ、なんでyなんだ?
どこからyが出てきたんだ?」

主人公「それは…」

主人公の少女は答えるかわりに足下の段ボール箱を指差した。
そしてノートの山が隣に積み上がっている。

この賭けに乗るしかない。
俺はノートの山を抱え、光の漏れ出す段ボール箱へ飛び込んだ。


「能く空高く飛べばなとなす」

鳶の語源となったらしい言葉。
鳶はどちらかというと悪いイメージが強い。
「鳶の巣立ちのよう」
「鳶が鷹を生む」
「鳶に油揚げをさらわれる」
鳶は昔から、人の近くにいた。
人の暮らしの隣人だ。
あまり好かれないけど、一部の人は好いている。

たくさんの人に嫌われても、ほんの一握りの、私の好きな人たちに好かれる話。

だから、私の髪は 黒鳶色。
私は染める。
私の目が届く範囲、色を失いそうな人々を。
私は助ける。
そんな人々に私は

体にいろいろな方向からの力がかかり、吐き気を催した。
落ちる感覚が続いたと思ったらもう地面の上に立っていた。
膝が砕けたように崩れ落ちた。
手に持っていたノートが散らばってしまった。

何度も暑いと寒いを繰り返しているせいで風を引きそうだ。
さっきの世界のようだが、時間は変わっていないのか?
懐かしい場所を見上げる。
何年も帰っていないからな…。

ノートを拾い集める俺の前にムカツク奴が現れた。

オレ「さっきのおっさん、なんで所に?人をつけてきたのか?」

俺「今は失礼なことでも見逃してやろう。お前、さっきのあいつから何か貰ってないか?」

オレ「あいつ?…あぁ、親友か。何も貰っちゃいない。貰ったとしてもおっさんに何の関係があるんだ?」

俺「言ったろ?俺はお前だって。」

オレ「それはあんたが昔…」

制服を着ているオレは散らばったノースの一冊を拾い、絶句した。


オレ「……なんでだ?」

オレは俺を睨み付ける。
自分に睨まれた所で何も怖くない。
変顔を見ているようだ。

俺「だから、俺はお前だって…」

オレ「違う!話が変わっているんだよ!」

俺「話が違う?どういうことだ?」

このオレは全ての話を持っているはずだ。

オレ「これは確かにあいつの字だ…。ちょっと待ってろ!」

オレは俺が見上げた建物に入っていった。
中には誰もいないようだ。
オレはそういうと5分後、段ボール箱を抱えてきた。


オレ「あいつの話は少女が助けられる話だ。この話とは立場が逆だ…。」

オレが持ってきた段ボール箱の一番上のノートを取り出す。
このノートは俺が一番最初に渡した新品同様のノートだ。
タイトルも、登場人物も変わっていない。
けど、少女の立場と最後の行が違う。
少女が誰にも気づかれずに助かる話。


オレ「あんたはこれをあいつから貰ったのか?」

俺「俺はあいつから、何も貰っちゃいない。いや、貰っていたとしてもお前には関係ない、だろ?」

俺「親友が渡した最新のノートはどれだ?」

オレ「最近は貰っていない。もう一年近くあいつは書いていない。」

俺「そんなはずはない。もう書けているはずだ。」

俺が最後のノートを貰ったのは9月1日だ。

今日は9月2日らしい。
なら、何で?…まさか。

俺「おい、今日は何日だ?!」

オレ「今日…9月1日だろ?ボケたのか?」

マジかよ…。
何であいつはあんな嘘を?
調べれば簡単に気づく嘘なのに…


俺「ロマンスの神様はいると思うか?」

オレ「ロマンスの神様?俺は神を信じちゃいない。」

俺「今を生きろよ。お前はお前の思うように進めばいい。人生の先輩からのアドバイスだ。」

オレ「おっさん、ほんとに何なんだよ?」

俺「ま、鏡を見ればわかるだろう。」

グッバイ、おれ。
オレはオレとして。
俺は俺として生きる。
これが分岐点だ。
オレだったのは俺で。
オレは俺にはならない。

走り出すのは何度目だ?
もう体力がない。
気力でなんとかなることではない。
たまたま、鍵をつけっぱなしの自転車を見つけたので少し悪い気がしたが、借りることにした。

間に合うのか?
いや、間に合わせる。

y=

向き合うために、
これは俺自身のための選択だ。
俺を救うために、俺にできることをする。

俺の前に道はない。
後ろに道を創るんだ。
進めば、目的は達成できる。
手段が、目的に成り代わる。

くだらない舞台だ。

物語は紡がれるものだ。
糸は1本じゃたりない。
一人で創れるものではない。
登場人物が一人しかいない「語」は「物語」にはならない。

俺の「話」は俺が終わらせる。
この「話」をはじめたのは俺だ。
俺が勝手にはじめて、勝手に終わらせる。

自己完結。
自分勝手な「話」だ。
だけど誰でもない、自分のための「話」だ。
それを終わらせるために俺は向かっている。

俺がたどり着いたとき、すでに相手は待っていた。
相手と言っても、この「話」の登場人物は限られている。
息を整えて、ゆっくりと問う。


俺「それで、何でyになるんだ?」

親友「それは…答えを待っているのかい?」

俺「待っていると言ったら教えてくれるのか?」

親友「さぁ、どうでしょうな。」

からかわれている。
ニヤリとした笑みを顔に張り付けている。


俺「なら、俺の考えを言わせてもらおう。」

俺「答えは……ないんだろ?解答がない問題なんだろ?」

親友「なんでそう思ったんだい?」

俺「だって、答えが一つじゃないんだろ?いくつも存在していて、絞れない。俺が何か言ったら、お前は、それが正解だと言ったはずだ。」

親友「なら、それが正解だと言ってあげるよ。キミがそう望むならね。」

親友「あのシーンは、キミが描いたんだ。だから、キミの答えが正しいに決まっているだろ?」


俺「あのシーンを俺が描いた?」

親友「もともと、あのノートに書いてあったんだ。ボクが書くよりも前に。」

俺「じゃあ、あのシーンは少女の話とは何の関係もないのか?」

親友「y=x 。何を入れても最後は同じになる。ボクはそうやって話を書いたつもりだよ。キミの話だ。キミに決めてもらうんだ。話の終わりを、キミの答えを。」

親友から、「答え」を聞いた。

俺「ふぅ……。なら、俺が悩む必要はなかったんじゃ?」

親友「キミには決める力がない。だから見えていたはずの答えを見失ったんだ。」

俺「話の終わりを決める力、最後に自分で締める、決定力か…。」

親友「そんなことだから、キミは自分の人生を人の為に使ったんだ。キミに任せたのはそんなことじゃない。」

親友「ボクがキミに任せたのは、ボクがいなくなった後、キミがキミを支えることだよ。」

中学校の窓側の一番後ろの席にいる。
その隣に親友が座っていた。

俺「そうか。じゃあ、これでお別れだな。」

親友「ボクはキミが今度はキミ自身の為に走るのを見守るとするよ。」

席を立ち、隣に座る親友の手を掴む。
その手を引っ張り、教室を出て、廊下を駆け出す。

親友「おいおい、なんの逃避行だ?ボクには逃げる先がないんだよ。」

俺「逃げるんじゃない。送るんだよ。ちょっと先にな。」

もうエンドロールは流れ始めている。
俺は親友の手を掴んだまま、中学校の外へ出た。

俺の「話」は俺が終わらせる。
この「話」をはじめたのは俺だ。
俺が勝手にはじめて、勝手に終わらせる。
自己完結。
自分勝手な「話」だ。
終わらせるために俺は走っている。
エンドロールに追い越されないように。
終劇だ。
カーテンコールが鳴り響く。


俺「よし、これが未来への贈り物だ。」

黒鳶色の髪の少女「随分と大きい。誰に届けるの?」

俺「あの時間、あの場所に!」

黒鳶色の髪の少女「私はサンタさん。ある程度は伝わった。」

親友「えっと、どういうこと?」

俺「少し、遠回りするんだよ。」

俺は親友の手を離し、段ボール箱に向かって押し出した。


黒鳶色の髪の少女「いいの?あなたはもうあなたではいられない。」

俺「構わないさ。これが俺の選択した上での答えだ。」

黒鳶色の髪の少女「そう。なら、あとは任せてよ…。」

親友「いったい何が」

親友と段ボール箱、 黒鳶色の髪の少女は忽然と消えた。


俺「ははっ…。やっぱり俺は幾つになってもカッコよくなれないな。」

日が沈み、気温は落ち着いた。
寒くないはずなのに、鼻水が止まらない。


俺「じゃあ、始めるか。俺が描く、[ある親友の物語]を。」

俺は親友の名で、ゴーストライターをやっていた男。
そして今は親友のために霊となって、誰にも気づかれないように人を助ける、そんな話を紡ぎ続ける[もの]だ。

ーせいなる夜ー

黒鳶色の髪の少女「これ。」

少女が渡してきたのは一冊の本。
探すのに手間取ったが、確かに存在した。

[先走りする送りもの]

親友「こんなタイトルじゃ、いくら内容がよくても…全っ然、駄目だね…。」

~一番最後のページ~

「それが何でyになるわけ?」

隣の席に座る彼女は訪ねる。
そのYの文字は数学の教科書に出てくるイタリック体のyだ。

「それはね、yはこうするとu とg が合体したように見えるだろ?
つまり、g-u- 、自由だよ。」

「それ、答えになってない。」

「全てに答えが用意されている訳じゃない。たまには探してみるのもいいと思うんだ。」

           F in.

ーある、場所ー

「やぁ、迷子の子猫ちゃん。そんなことではいけないよ?俺が助けてやるよ。勝手にな。え、俺が誰かって?」

タバコに火をつける。
しかし、すぐにタバコを捨て、足で火を消した。

「……おっさんは、ゴーストライターさ。」


俺「あとは、任せろよ。」

そんな「物語」を。
「送りもの」にして。

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