【アイマス】春が来たなら (229)

初投稿です
色々至らない点があると思いますが、どうか大目に見てください…。
登場キャラは雪歩、春香、千早、やよい、P、その他モブです。
そんなにエロくないけど百合表現ありますのでRで&苦手な方はご注意ください。


私の名前は雪歩という。

名は体を示すという通り、

私の心の中には寒々とした雪が積もっている。


(765事務所)

雪歩「おはようございます」

P「やぁ、おはよう」

千早「おはよう、萩原さん」

やよい「雪歩さん、おはようございまーす」


私はアイドルをやっている。

所属は765プロという小さなプロダクション。

けれど、それをみんなで支えながら…。

少しづつだけれど、人気が出始めている所だった。


雪歩「さて、出る準備は整いましたけど…」

雪歩「一人、足りなくありません…?」

P「そうなんだよ。例のアイツがまだ来てないんだ」

千早「全く、いつになっても遅刻ギリギリのクセが治らないわね」

やよい「うう~、もう時間ありませんよー」


現在所属のアイドルは、私を入れて4人。みんな同期だ。

実力派の千早ちゃんと、可愛さ満点のやよいちゃん。

そして、もう一人は…。


バン!

春香「お、おはようございまーす!はぁ、はぁ、あ、危なかった…」

P「遅刻ギリギリだぞー、春香」

千早「また寝坊?困ったものね」

やよい「でも、間に合いましたー、良かったですー」


春香「おばあちゃんに道を聞かれちゃって、案内してたら…ふぅ」

P「…全く、優しすぎるぞ?もう少しアイドルとしての自覚を持て」

千早「そうよ?今度遅刻したらみんなに焼肉おごるって約束忘れてないわよね」

やよい「や、焼肉?春香さん、遅刻しちゃえば…あ、い、いえー!」

雪歩「い、息が荒いよ?この後の収録大丈夫…?」


春香「平気、平気。さぁ、張り切ってスタジオにしゅっぱ…あっ!」

ドンガラガッシャーン

雪歩「きゃあ!は、春香ちゃん大丈夫!?」


春香「いたた…」

P「…全く、アイドルというよりこれじゃお笑い芸人だな」

春香「ひ、ひどいですよプロデューサーさん!?」

千早「ほんっとーに、おっちょこちょいなんだから」

やよい「あ、私も春香さんとならお笑いコンビ組んでみたいですー」

春香「やよいまで!?」

雪歩「うふふ…」


765プロの最後の一人、春香ちゃん。

この事務所で現在ランクナンバーワン。

そこに居るだけで、周りの雰囲気をふわっと温かくしてしまう。

その名前が示すように、まるで春のような性格。

ちなみに、みんなの中では私のランクが1番下…。

何から何まで私と対照的。


春香「それより、心配してくれたのは雪歩だけってどういう事ですか?」

P「そりゃあ、そうだろう」

千早「普段の行いかしらね」

やよい「わ、私もちょっと心配しましたよ?」

春香「私の味方は、親友の雪歩だけー?」

雪歩「うふふ…」


春香ちゃんは、こんな私を親友と呼んでくれる。

確かに、私と春香ちゃんはよく遊びに行ったりと仲がいい。

けれど…。


雪歩「じゃあ春香ちゃん、私が手を貸し…」

P「ほら、いつまでも地べたに座ってないで。収録に本当に遅刻するぞ?」

春香「わぁ、プロデューサーさん優しーい」

千早「春香、プロデューサーに手なんて引っ張ってもらわないで自分で立ちなさいよ」

やよい「春香さんは甘えんぼさんですねー」

雪歩「あ、あはは…」


私は、春香ちゃんに対して友情以上のもっと特別な感情を抱いていた。

女の子同士で、これはおかしいと自分でもわかっている。

けれど一緒にいるたびに、その本当に春のような笑顔を向けられるたびに

胸の内の想いは融けることのない雪のように積もる一方だった。


もっと、ずっと隣にいたい。

その最高の笑顔を私に向けてほしい。

春の訪れを思わせるその声で、私に優しく語りかけてほしい。


けれど、春香ちゃんにもし恋人ができたなら…?

いつか、私以外の誰かと手をとりあって遠い所に行ってしまったら…?

春香ちゃんと遊んだ後、部屋で一人きりになりふとそんな想像をすると

自然と涙がこぼれてしまう事もあった。


春香「プロデューサーさーん、やっぱり頼りになりますねー」

P「こういう時だけ…まったく、調子のいいヤツだな」

千早「ほらほら、いつまで腕にしがみついてるの」

やよい「まるで恋人同士みたいですねー」

雪歩「ふふ…」


けど、わかっている。春香ちゃんはプロデューサーの事が好き。

とびきりの笑顔は、いつだってプロデューサーに向けられているから。

私は、春香ちゃんにとっては、あくまでも親友…。


P「さぁ、本当に遅刻しちまう。もう行くぞ、みんな」

春香「はい!」

千早「春香、くっついたまま行く積り?なら私はやよいと手つないで行こうかしら」

やよい「や、やぁですよ千早さん!」

千早「あら、逃げなくったっていいじゃない」

雪歩「ふふ…」


ワイワイと騒がしい中で、

私だけ心の中がまるで雪が積もったように冷え冷えとして重苦しい。

そんな気持ちを引きずりながら、私はみんなと一緒に収録スタジオに向かうのだった。


(収録スタジオ)

スタップ「…はーい、OKでーす」

スタッフ「皆さん、お疲れさまでしたー。映像チェック終了まで休憩でーす」

春香「お疲れさまでしたー」

千早「ふぅ、まぁまぁかしら?」

やよい「うっうー、2回でOK出ちゃいましたー!」

雪歩「みんな、お疲れ様」


今日の仕事はCMの収録。

春香ちゃんが中心となって、みんなの魅力がうまく引き出ていたと思う。

欲目かも知れないけれど、

みんなの実力ならアイドルのトップに立てるかも知れない。

私も、頑張ってついて行かなくちゃ…。


スポンサー「いやー、いいねーキミの所の子たちは!」

P「いえー、まだまだ青い所だらけでお恥ずかしい限りですよ」


控え室に向かう途中。

今回のCMのスポンサーとプロデューサーが立ち話をしている所に会った。

廊下の曲がり角だったから、丁度向こうから私の姿は見えない。

そんは気はなかったけれど、何だか盗み聞きをするような形になってしまった。


スポンサー「特に、春香ちゃんか。いやー最高だねーあの子は」

P「ええ、ウチの事務所でも今一番人気なんですよ」

スポンサー「間違いなく、あの子はこれからもっともっと伸びるよ?」

P「ええ、僕もそう思ってます」


雪歩「…」


うふふ…。

春香ちゃんが誉められてるのを聞くと、何だかくすぐったい。

まるで自分が誉められてるみたい。


スポンサー「千早ちゃんも歌が上手いし、やよいちゃんも可愛げあって」

スポンサー「これはいいCMに仕上がりそうだ。キミ達のお陰だよ」

P「いやぁ、そんなに誉めていただいて恐縮です…」


雪歩(うふふ…)


スポンサー「…けどね、ただ一つ」

P「はい?」


雪歩(…?)


スポンサー「あの雪歩って子、あの子だけいまいちパっとしないねぇ」

P「あー、そうですか」


雪歩(…)


スポンサー「何と言うか、華がないというか…」

スポンサー「一人だけ、何だか寒い冬のような雰囲気だなぁ」

P「いやぁ、そういうのも含めて見て頂ければといつも思うんですがねー、ハハハ…」


雪歩(…)


スポンサー「なんで、悪い事は言わないから三人だけで組ませてみたらどうだい?」

P「いやぁ、仲々そういうわけにも…」ハハハ…


雪歩(…)

雪歩(…)タッ


これ以上聞いていられない。

私は逃げ出すように、その場を後にした。


わかっていた。私がみんなの足を引っ張っている事なんて。

私には春香ちゃんのような華やかさも、

千早さんのような歌唱力も、

やよいちゃんのような愛くるしさもない。

アイドルとしての魅力なんて、私はなに一つないの…。


(控え室)

ガチャ

雪歩「…」

千早「あら萩原さん、お疲れ様」

雪歩「…」


千早「…」

千早「…ん?どうかしたの?」

雪歩「あ、ううん、何でも…」

千早「…」


千早「嘘ね?」

雪歩「…」


千早「何があったのか話してみなさい。あの二人、スタジオ探検だーとか言って」

千早「どっか行っちゃっから。丁度二人きりなんだし」

雪歩「…」


雪歩「…あの、千早ちゃん」

千早「うん?」

雪歩「私、アイドルに向いてないのかな…」

千早「え?どうして?」


さっきの出来事を千早ちゃんへと伝える。


雪歩「だって…。私には、春香ちゃんみたいな華やかさも…」

雪歩「千早ちゃんみたいな歌唱力も…やよいちゃんみたいな可愛さも…」

雪歩「私…。私、アイドルとしての魅力なんて、なに一つ…!」


千早ちゃんにそう伝えながら、私の目から涙があふれ出した。

ああ、やっぱり私って、周りを冷え込ませる冬のような存在なのかな…。


千早「…それで?」

雪歩「…え?」

千早「だからって、アイドルやめるの?」

千早「たかが、素人がいった事で?」

雪歩「…」


雪歩「だって…」

千早「あのね、仮にも私達はプロなのよ?」

千早「それに、春香の才能を見抜いたプロデューサーにあなたも選ばれたんじゃない」

千早「そのプロデューサーの目が信じられないの?」

雪歩「…」


悔しいけれど、何も言い返せなかった。

確かに、事務所に入ったばかりの春香ちゃんはこれといった特徴もなくて、

本当にそこらにいる普通の人と変わらなかった。

初めて出合った時にこの子がアイドルに?と一瞬思ってしまったのを覚えている。


けれど、初めて聞いた春香ちゃんの歌は。

楽しかった。今までのどんな人の歌よりも。

こんなに楽しそうに歌を歌う人は初めてで、こっちまで楽しくなってしまう。

そして春香ちゃんはあっという間にその才能を開花させ、

事務所で一番の人気アイドルになっていった。

そう、それはまるで春に勢いよく芽吹く花のように。


千早「…それに萩原さん。あなた、最近何か悩んでない?」

千早「仕事のことじゃなくて」

雪歩「え…」


突然千早ちゃんに言われて。

私は思わずギクリとしてしまった。

まさか、私の春香ちゃんへの気持ちがバレてる…?


雪歩「私は…別に…」

千早「本当に?」

千早「萩原さんの歌から、何か思いつめた雰囲気が伝わってくるのよ」

雪歩「…」


千早「悩んでないで、誰かに相談したら?」

千早「私に言えないなら春香にでも。親友なんでしょ?」

雪歩「…」


言えない。

特に春香ちゃんにだけは。

私の気持ちを知られたら、避けられてしまうかもしれないから…。


雪歩「…ううん、何でもないの」

雪歩「私って、この仕事に向いてないのかなって、ただそれだけ…」

千早「…ふうん」


千早さんは一息つくと、持ってきた水筒から中身をコップに注いだ。


千早「萩原さんも飲む?」

雪歩「それは…?」

千早「ああ、やよいの衣装を水で濡らして絞ったヤツ。やよい茶よ」

雪歩「ブッ!?」


私が言うのも何だけれど、千早さんは変態だ。

やよいちゃんの事を好きと公言してはばからない。

嫁にするとまで言っている。

やよいちゃんはそういう話になるとすぐ逃げちゃうけど…。


千早「ゴクゴク…。うん。力が湧いてくるわ。…本当にいらない?」

雪歩「え、遠慮しておきます…」


けど、千早ちゃんがちょっと羨ましい。

周りの目も気にしないで、自分の気持ちをこんなに大胆に表現できて。

私も千早ちゃんみたいな性格なら、もっと悩まないで済むのにな…。


ちょっと想像してしまう。

春香ちゃんの腕にぎゅっと抱きついて、

向こうの気持ちもお構いなしに好き好き、と言って思いっきりベタベタする私。

はうぅ…。

何だか顔がニヤけちゃう。


千早「…恋、してるでしょ」

雪歩「え…?」


千早ちゃんにそう言われ、私はまたギクリとした。


千早「隠したってわかるんだから。萩原さん、思い切って告白しなさいよ」

雪歩「…」

千早「ダメだったら、なんて考えてないで」

千早「もしそうだったとしても、それが前に進むいい切っ掛けになるわ」

千早「このまま悩んでたって、何も変わらないわよ?」

雪歩「…」


千早ちゃんのいう通りかも知れない。

春香ちゃんにこの想いを告白したら、吹っ切れるかも知れない。

けれど…ダメ。

だって、春香ちゃんはプロデューサーの事が好きってわかってるから…。


千早「…もしかして、身近過ぎて言い出せないとか?」

雪歩「え…」


そう言われ、私はまたギクリとした。

まさか、悟られてる…?


千早「そうね。例えば、事務所の中で特に仲のいい…」


や、やめて、千早ちゃん。

これ以上探られたら隠し通す自信がない。

それとも、気付いててわざと…?


雪歩「こ、告白なんてそんな…。ダメです…」

千早「あら、どうして?」

雪歩「だって、わかるから…」


雪歩「その人の、最高の笑顔は…」

雪歩「いつも、ほかの人に向けられてて…」

千早「だからって、ずっとそうしてる積り?」

千早「悩んでる間に、他の誰かに…とかは考えないの?」

雪歩「…」


春香ちゃんが誰かと付き合い始めるかも、という

時々私の頭をよぎる嫌な空想。

確かにこうしている内に、いつか現実のものになってしまうかも知れない。

けれど、今はこのままでいいの。

もし、告白して、それが元で春香ちゃんに避けられたら…。


雪歩「だって…。もし嫌われちゃったら、私…」グス…

千早「…そう。萩原さんがいいならいいわ。いつまでもそうやって」


ガチャ

春香「ただいまー」

やよい「色んなとこ探検してきましたー!」


雪歩「あっ、は、春香ちゃん…」

春香「あれ、雪歩目が赤いよ?どうしたの?」

雪歩「う、ううん、何でもないの…」

春香「ふーん…?」


春香「もしかして、泣いてたの…?」

雪歩「ち、違うの、これは…」

春香「…雪歩」

雪歩「は、はぃ・・・?」


春香「親友じゃない。困った事があったら、何でも言って?」

雪歩「…」


春香ちゃんが、まっすぐな目でこちらを見つめてくる。

心から私を気遣ってくれている目…。

けれど…。


雪歩「ううん、本当に何でもないの」

雪歩「ちょっと、コンタクトが合わなくて…」


コンタクトなんて嘘。

怖くてそんなものつけたことなんてないのに。

けど春香ちゃん、お願い、これ以上追及しないで…。


春香「…そう。話したくないならいいけど」

春香「親友だもの、雪歩が困ってればすぐにわかるんだからね」

春香「悩んでる事があれば、私、いつでも雪歩の力なるからね?」

雪歩「…」

千早「…ふん」


静まり返る控え室。

空気が重い。

私のせいだ。

やっぱり、私は周りを沈ませる冬のような存在…。


ガチャ

P「おーっす、みんなOK出たぞー」


陽気な声を出しながらプロデューサーが控え室に入ってきたときに、

私は何だか救われた気分だった。


春香「え?ほ、本当ですか?取り直しナシ?」

P「ああ、バッチリだ」

千早「まぁ、当然ね」

やよい「うっうー!じゃあ今日はこれで帰れるんですかー?」

P「ああ、今日はこれで終わり。事務所に戻ったらあとは自由だぞ」


春香「やった…あっ、と!」

ドンガラガッシャーン

P「…やれやれ、本番でそれが出なくて良かったよ」


P「さーて、コケてる春香はほっといてみんな帰ろうか」

千早「ええ、早く行きましょう」

やよい「事務所に帰って何しようかなー?」

雪歩「は、春香ちゃん…」

春香「あ、あのちょっと?プロデューサーさーん?か弱い乙女が転んでますよー?」


P「よーし、みんなでメシ食ってくか。オレの奢りだぞー」

やよい「本当ですかー?やったー!」

千早「春香のがない分、豪華になるわね。その分やよいにあげようかしら?」

雪歩「は、春香ちゃん、私も行くね…?」

春香「ちょっとプロデューサーさーん?みんなー?」

春香「ねぇ、ちょっとー?」


(765事務所)

事務所に着いてレッスンや今後の打ち合わせなどしている内に夕方となり、

そろそろ帰る時刻となった。


雪歩「…さて、今日はそろそろ帰ろっかな」

雪歩「春香ちゃん、一緒に帰る?」


私と春香ちゃんは、途中まで帰る方向が一緒。

なので、仕事が終わったタイミングが重なった日にはよく一緒に帰る。

今日はあんな事があったから、何だか無性に春香ちゃんの声を聞いていたい。

まとわりつく嫌なモヤモヤを、少しでも忘れたい。


春香「あ、あのさ。今日はちょっとこれから…」

雪歩「…え?この後、お仕事?」

春香「ううん、違うんだけど…、ふぅ」


春香ちゃん、何だか緊張したようなため息をついている。

まるで、大きなステージに立つ直前のような。

どうしたんだろう。


P「春香?」

春香「あ、ぷ、プロデューサーさん!」

P「話があるんだろ?行くぞ?」

春香「あ、ちょ、ちょっと?」


春香ちゃん、顔を真っ赤にして立ち上がり

慌てたようにプロデューサーに駆け寄る。


春香「ちょ、ちょっとプロデューサーさん…!」

P「な、何だ何だ。押すなよ」

雪歩「春香ちゃん…?二人で、どこかに行くの…?」

春香「あっ、う、うん、いや、じゃ、じゃあね雪歩!明日ね!」

雪歩「…」


どうやら、春香ちゃんはプロデューサーと何か話があるらしい。

何の用事なのかは言わずに、

春香ちゃんはプロデューサーを押し出すようにして事務所を出て行った。

仕事の相談でもするのかな…?


うん、そうだよね。

春香ちゃんとプロデューサーが二人で話す事なんて、仕事の話に決まってるよね。

…。


自分を誤魔化すのはやめよう。

春香ちゃんのあの様子、あれは、間違いなく恋する女の子の…。

…きっと、春香ちゃんはプロデューサーに告白する積りなんだ。

私にはわかるよ、春香ちゃん。親友だもの。


雪歩「…」


帰り道を、一人寂しく歩く。

寂しさを意識しないようにすればするほど、、

かえって春香ちゃんの事が頭に浮かんでくる。


『悩んでる事があれば、私、いつでも雪歩の力になるからね?…』

雪歩「…」


雪歩「…」

雪歩「…春香ちゃんの、嘘つき…」

雪歩「…」


雪歩「…」

雪歩「うっ、ぐす…」

雪歩「うっ…、うっ…」


(雪歩の部屋)

雪歩「…」


電気もつけず、暗い部屋から窓の外を眺めている。

今ごろ、春香ちゃんプロデューサーに告白したのかな…?


うん。きっと春香ちゃんなら上手く行くよ。

だって、あんなに可愛くて、優しくて。

一緒にいるだけで、何だか心が温かくなって…。


雪歩「…」

雪歩「あ…」

雪歩「雪…」


窓の外に、白い雪がヒラヒラと舞い降りる。

今、春香ちゃんが外にいるならこの雪も降りかかっているのかな…。

私も、春香ちゃんに降りかかる一片の雪になりたい。

そして、そのまま溶けて消えてしまいたい…。


雪歩「…春香、ちゃん」

雪歩「…」

雪歩「…うっ、グス、うっ…」


苦しい…。苦しいよ…。

助けて、春香ちゃん…。


次の日の事務所。


雪歩「…おはようございます…」

P「お?珍しいな雪歩がこんなに遅く来るなんて」

雪歩「あ…。ご、ごめんなさい…」

P「まぁ、もっと遅いヤツがいるんだけどな」


余裕を持って家から出たはずなのに。

そうか。事務所へ向かう足が、鉛のように重くって…。


ガチャ

春香「おっはよー、ゆっきほー!」

雪歩「あ、え、お、おはよう春香ちゃん…」


いつも以上に、生き生きした春香ちゃん。

まるで…。

何かとてもいい事でもあったみたい。


春香「さーて、今日は二人で張り切って一緒にお仕事しようね!」

雪歩「う、うん…」

春香「…ふぅ」

春香「すぅー…、はぁー…、…うっし!」


こちらに背を向け大きな深呼吸をし、気合いを入れる春香ちゃん。

春香ちゃんの眩しさが、辛い…。


P「お、おう春香。おはよう」

春香「あ、プロデューサーさん、昨日は…」

P「ああ。うん。まぁ、な…」

春香「…ありがとう」

P「まぁまぁ、な…」

春香「…はい、ふふっ」


春香ちゃんの、照れくさそうな笑顔。

何やらソワソワと浮ついた雰囲気が流れてくる。

けれど、それは決して嫌な感じのものではなく。

…そうか。上手くいったんだね、春香ちゃん。


雪歩「…二人とも、どうしたんですかー?」

春香「あひぇっ?う、ううん、な、何でもないよ雪歩?」

P「あ、う、うん、そうだぞ?」

雪歩「あれー?二人とも、何だか様子が変ですよ、ふふ…」


からかうように二人に声をかける。

私は努めて明るく振舞う。

本当は今すぐ泣き出したいのに。


P「お、もうこんな時間だ!」

P「さあ行くぞ二人とも?」

春香「あ、は、はい!そうですね!」

雪歩「はい。うふふ…」

P「…さぁ春香、頑張っていこうな!」

春香「はい!」


今日は、春香ちゃんと二人でのデュエットソングの収録。

いつもなら、張り切っちゃう所なんだけど…。


スタッフ「カーット!」

スタッフ「すいません、もう1回でーす」

春香「あ、あらら…」

雪歩「…」


もう、これで14回目の取り直し。

原因はわかってる。

私のせい…。


春香「あはは…。ご、ごめんね雪歩?何だか私、今日調子が悪いみたいで…」

雪歩「…」


春香ちゃんだって、わかってるクセに。

お願い、そうやって私をかばうのはやめて…。


P「どうした?全然いつもの調子じゃないぞ雪歩」

雪歩「…」

P「具合でも悪いのか?」

雪歩「…」


春香「プロデューサーさん!雪歩じゃなくて、私が…」

雪歩「…いいの、春香ちゃん。私のせいなの」

春香「ゆ、雪歩…」

雪歩「ごめんなさいプロデューサーさん。もう1回だけお願いします」

雪歩「…今度は、ちゃんと歌いますから」

P「…そうか。無理はするなよ?」


スタッフ「それでは、本番入りまーす」

スタッフ「3,2,1…」


曲のオープニングが流れ始める。

落ち着いて。春香ちゃんにこれ以上迷惑かけちゃダメ。

春香ちゃんに。

私の、大好きな…。

春香ちゃんに…。


雪歩「…うっ」

雪歩「…うっ、うっ…」

春香「ゆ、雪歩?」

雪歩「ごめんなさい、春香ちゃ…」

春香「ねえ雪歩、ど、どうし…」


雪歩「…ごめんなさい!」

春香「あっ、雪歩!」


スタジオを飛び出し、控え室へ飛び込む。

涙が溢れて止まらなかった。

その後を追って、春香ちゃんが飛び込んで来る。


雪歩「…うっ、うっ」

春香「雪歩、どうしたの…?」

雪歩「何でもない、大丈夫だから…グス」

春香「何でもないわけないよ、雪歩。こんな様子で」


春香「私、言ったよね?悩んでる事があったら力になるって」

春香「そんなに私って、頼りにならないかな?」

春香「ねえ雪歩、悩んでる事があったら私に言ってよ?」

雪歩「…」


この場で、春香ちゃんに想いを告白しちゃおうか…?

きっと、驚くだろう。

私が春香ちゃんに対してこんな想いを抱いていた事に。

けれど、優しい春香ちゃんだもの。みんなには黙っていてくれるよね。

そして…。


二人の関係は壊れてしまうだろう。

二人きりになるのを避けられ、今まで通りの関係でいることも…。

ダメ。

告白なんて、できっこない…。


雪歩「…ううん、本当に何でもない」

雪歩「私のダメダメっぷりに、情けなくなっちゃっただけ…」

春香「雪歩…」


ガチャ

P「雪歩、大丈夫か…?」


春香「あ、プロデューサーさん…」

雪歩「…」

P「調子悪いのか…?無理そうなら今日は収録キャンセルするが」


雪歩「え?でも、みんなに迷惑が…」

P「なに、気にするな。このままじゃダメな状態の雪歩が世に出ちまう」

P「最高の雪歩を世間にプロデュースするのも、俺の仕事だからな」


プロデューサーが悪い人だったら、どんなに良かっただろう。

そうしたら私は思い切り憎む事ができたのに。

けれど、そうするにはあまりにもプロデューサーはいい人。

春香ちゃんが好きになってしまうのもわかる…。


雪歩「じゃあ、すみませんプロデューサー…」

春香「そうだよ。無理しないで今日は帰ろう?」

P「あとの事は気にするな。今日はゆっくり休むんだぞ?」


二人の暖かな心遣い。

けれど、それが暖かければ暖かいほど私の心は冷え込んでいく。

まるで、春の訪れを拒む冬のように。


スタジオから戻り、重く沈んだ雰囲気の事務所。

私も春香ちゃんも、一言二言会話をかわそうとするけれど

それはすぐに沈黙に取って代わられた。

また…やっちゃった…。今の事務所は冬みたいな空気…。


春香「…ねえ、雪歩」

春香「今日、一緒に帰ろう?」

雪歩「…」


こちらを気遣うような春香ちゃんの声。

けれど、私は一人きりになりたかった。

特に、今日は春香ちゃんといるのが辛い…。

ふとしたきっかけでまた泣き出してしまうに違いない。


雪歩「ううん、今日は、私一人で…」

春香「ダメ。今日は絶対一緒に帰る」

春香「いいよね?雪歩」

雪歩「…」


まっすぐに私を見つめるあの目。

そんな目で見つめられたら…。


雪歩「…う」

雪ホ「うん…」

春香「…はぁ、良かったー」


春を思わせるような春香ちゃんの笑顔。

そんな笑顔を見せられたら、断れない…。

向けらるべき相手は私ではないとわかっているのに。

それにすがってしまう自分を、どうしても止められない…。


春香「…」

雪歩「…」


帰り道。

言葉少なく二人並んで歩く。


春香「…雪歩。雪歩はこの事務所に入って良かった?」

雪歩「え…」


何日か前なら、私は素直にうなづけただろう。

頼りになるプロデューサー。目的を一緒にする仲間。

そして、春香ちゃんとの出会い。

けれど、今は…。


雪歩「…うん。良かった、と思うよ…」

春香「私も。この事務所に入って最高に良かった」


…そうだよね。

春香ちゃんは、事務所で一番輝いてるもの。


その素晴らしい才能を花開かせ、

そして、私には適うことのない恋まで実らせて。

やっぱり、春香ちゃんは春。

けど、私は…。


雪歩「…春香ちゃんは、いいね」

春香「え…?」

雪歩「あったかくて、周りをポカポカ陽気にして…」

雪歩「本当に、春みたいだもの」

春香「ゆ、雪歩」


春香「そ、そうかな?私いつもバカばっかりやってるだけだよ?」

春香「プロデューサーさんにも、いっつもそう言われて…」

雪歩「…春香ちゃんと私は、違うもの」

春香「雪歩…?」


雪歩「私は、色々悩んでばかりいて…」

雪歩「いつも周りを沈んだ空気にしちゃって」

雪歩「春香ちゃんが春なら、私は冬」

春香「雪歩…」


こんな自分を変えたくて事務所に入ったのに。

私は何も変われない。


春香「ううん、そんな事ないよ?雪歩は…」

雪歩「いいの。自分が一番わかってる」


雪歩「…春香ちゃんはね」

雪歩「心に花が咲いてるの。人を幸せな気持ちにさせる、春の花が…」

雪歩「…けど、私の心は雪。人を凍えさせる雪が積もってる…」

春香「雪歩…」


思わず出そうな涙をこらえる。

訪れる沈黙。

ほら、やっぱりこんな雰囲気になっちゃった。

私はやっぱり、冬…。


春香「…」

雪歩「…」

春香「…ねえ雪歩。少し公園寄って行こうよ」

雪歩「え…」

春香「寒いけど、晴れてるからいいよね?」

雪歩「…うん」


私達は二人並んで、冬の人気のない公園のベンチに腰掛けた。

そして、少しの沈黙…。


春香「…」

雪歩「…」

春香「あのね」

雪歩「ん?」

春香「雪歩は、将来の夢ってある?」

雪歩「え…?」


春香ちゃんが唐突に言った。

将来の夢、か…。

私は、将来どうなりたいんだろう…?

以前は、こうなりたいという確かな理想があったはずなのに。

今はその理想が何だかボヤけて…。


春香「私は…。もっともっと輝きたい。アイドルのトップを目指したいんだ」

雪歩「…」


うん。きっと、春香ちゃんならなれる。

華やかで。

周りを巻き込み楽しくする雰囲気があって。

私にないものが、全部あって…。


春香「けれどね…」

春香「それは、みんなと一緒じゃないと嫌なんだ…」

雪歩「え…」


春香「千早ちゃんも、やよいも」

春香「…そして、雪歩」

雪歩「…」

春香「私はみんなと一緒に、最高のステージに立ちたい」

雪歩「…」


春香「みんなとなら、行ける気がするんだ」

春香「雪歩もそう思うでしょ?」

春香「誰か一人でも、欠けたらダメなんだ…みんなそう感じてるよ」

春香「この4人なら立てる。きっと、最高の場所に…」

雪歩「…」


雪歩「…春香ちゃん」

春香「ん?」

雪歩「誰か、一人忘れてない…?」

春香「誰か…?誰かって…あ、ぷ、プロデューサーさん!」

春香「そ、そう、もちろんだよ?プロデューサーさんも一緒だよ?」

雪歩「うふふ…」


慌てふためく春香ちゃん、かわいいな…。


春香「そ、そう。その、みんなで…ね。特に」

春香「特に、雪歩」

雪歩「え…?」

春香「雪歩と一緒に、そこに立ちたいんだ…」

雪歩「…」


春香ちゃんはまっすぐ私を見つめ、そう言った。

真摯な想いがこめられたその目に押され、

思わず目をそらしてしまう。


雪歩「けど、私なんか…」

春香「…できるよ、雪歩なら。私にはわかる」

雪歩「…」

春香「雪歩。そこに立とうよ。私と一緒に」


春香ちゃんの一言一言が、凍えた私の心にわずかな暖かさを灯していく。

冬の寒さに悴む指先を、その暖かな手で包み込んでもらっているかのように。

けれど、ダメ。ダメなの。だって、私…。


春香「…」

春香「…あ」

春香「あのさ…」

雪歩「…?」


春香ちゃんが、何やらソワソワし始めた。

何か言おうとして迷っているの…?

率直ないつもの春香ちゃんらしくない。


春香「あ、あのさ。こんな時に言うべきかどうか迷ったんだけど」

春香「雪歩、聞いて」

雪歩「う、うん…」


春香「私、昨日プロデューサーさんに告白したんだ」


私の心に灯ったわずかな暖かさが一瞬で消え去り、

代わりに凍えるような冷たさが支配した。

…どうして?

どうして、今そんな話をするの?春香ちゃん。


春香「雪…」

雪歩「…そう。おめでとう、春香ちゃん」


不思議と、自分でも驚くくらいに平静な声が出た。


春香「雪歩…?」

雪歩「うふふ、気付かないと思った?やだなー、春香ちゃんは」

春香「雪歩、あの…」

雪歩「そのくらいわかるよー。だって、親友だもの」


春香「聞いて、雪歩」

雪歩「だいたい、春香ちゃんってプロデューサーと一緒にいる時」

雪歩「ずっとニヤニヤしっぱなしなんだもん」


春香「ねえ、雪歩」

雪歩「あーあ、プロデューサー、春香ちゃんに取られちゃったなー」

雪歩「けど春香ちゃんとプロデューサーなら、まあお似合いかな」

春香「雪…」

雪歩「じゃあ、寒いから私そろそろ…。これ以上のおノロケ話はごめんですぅ」


ベンチから立ち上がり、私はその場を立ち去る。


春香「…ねえ、雪歩!待ってってば!」

雪歩「…」


春香ちゃんが追いかけてくる。

逃げるように、私の足がだんだん早くなる。

お願い、春香ちゃん、追いかけてこないで…。


…今の私の顔を見ないで、お願い!


春香「雪歩!」

雪歩「嫌っ!」


掴まれた手を振り払い、私は走り出す。

ほほを熱いものが伝った。


春香「ま、待って雪歩!…あっ」


走りながら私は思う。

全部捨ててしまおう。

アイドルの仕事も、春香ちゃんへの想いも。

事務所を辞めて、全部投げ捨ててしまおう。

きっと、私は耐えられない。

幸せそうな春香ちゃんと、プロデューサーさんの姿に…。


春香「雪歩っ!」

雪歩「嫌っ、離してぇっ!」


春香ちゃんが私に追いつき、強く私の手首を掴む。

私は、その手を必死に振りほどこうとした。


春香「離さないよっ!」

春香「だ、だって…」


春香ちゃんは大きく息を吸い込むと、

周囲に響くような大声を張り上げた。


春香「私、雪歩の事が好きだからっ!」


その言葉に、一瞬私の全てが止まった。

心臓までもが、その鼓動を止めてしまったかのようだった。


雪歩「…し」

雪歩「親友、としてでしょ…」

春香「ううん、違うの!」

春香「友達として、じゃなくって、そのっ…」

雪歩「…」


春香「…ねぇ、雪歩。何か、誤解してない?」

春香「プロデューサーさんに告白っていうのは、ね。その…」

春香「ゆ、雪歩の事が…。友達以上に、その、好きだ、って事を、ね…」

雪歩「…」


止まっていた心臓の鼓動が、再び動き出す。

そして今までの分を取り返すかのように、徐々にその早さを増していく。


春香「どうしたらいいのかわからなくって、プロデューサーさんに、ね…」

春香「…相談したんだ。プロデューサーさん、最初はビックリしてたけど」

春香「結局、何て言ったと思う?」

春香「当たって砕けろだって。命短し恋せよ乙女、だって」

春香「全く、人事だと思って…。こう見えても、けっこう悩んでたんだよ?」

雪歩「…」


春香「…けどね。それで何だか吹っ切れて」

春香「今日、雪歩に告白しようと思ったんだ」

雪歩「…」


今の私の心臓は、普段の倍以上の速さで動いていた。

これ以上早く動いたら、壊れちゃいそう…。


春香「変だよね?気持ち悪いよね?女の子なのに、女の子に好きって…」

春香「…でも、もうこれ以上気持ちを隠して友達のフリなんてできそうにない」

春香「…雪歩。お願い、返事を聞かせ…。ううん、返事なんて聞かない」

春香「どんなに雪歩が私の事嫌っても、私は、雪歩を絶対離さないから!」

雪歩「!」


春香ちゃんに引き寄せられ、思いっきり抱きしめられた。

しばらくそうしている内に。

私の心の中に、徐々に熱いものが満たされ始め。

そして、それは私の目から涙となってあふれ出た。


雪歩「春香ちゃん…」

春香「雪歩…?」


春香ちゃんの首筋に、そっと手を回す。

返事なんて聞かない、なんて春香ちゃん。

そんなのダメ。ちゃんと私の返事を聞いて。


雪歩「好き…。私も…」

雪歩「友達、としてじゃなくて…」


涙ながらに春香ちゃんにそう伝える。


春香「ゆ、雪歩?」

春香「ほ、本当に…?」

雪歩「グスッ…。うん。好きなの、春香ちゃん…。どうしようもないくらい…」

雪歩「私も悩んでた。もし春香ちゃんにこんな気持ち知られたら、嫌われるんじゃないかって…」


春香「…雪歩」

雪歩「春香ちゃん…」



春香「雪歩ーっ」

雪歩「春香ちゃんっ…!」


お互い、きつくきつく抱きしめあう。

この瞬間、時間が止まってしまったように感じた。


しばらくして、春香ちゃんがポツリポツリと語りだす。


春香「ずっと、悩んでた」

春香「表面上は、私と雪歩は仲のいい友達…」

春香「けどね。雪歩と遊んで別れたあととか」

春香「だんだん、どうしようもなく寂しく感じるようになって…」

雪歩「…」


春香「それで、雪歩が誰かのものになっちゃったらなんて考えたりすると」

春香「何だか、急に泣けてきちゃって…」

春香「あ、き、気持ち悪いよね私?雪歩のこと、こんな風に…」

雪歩「…ううん」


雪歩「だって、私も一緒だもの」

雪歩「こんな想い、春香ちゃんに知られたら避けられるって思ってて」

雪歩「今まで、ずっと隠してた…」

春香「雪歩…」


春香「…私達、同じ事で悩んでたんだね」

雪歩「うん…」

春香「でも、もうこれで悩まなくていいんだね…」

雪歩「そうだね…」


雪歩「…それにしても、春香ちゃんはヒドいなぁ」

春香「え…?」

雪歩「そうならそうと、もっとベタベタしてくれば良かったのに」

春香「そ、それは雪歩もでしょー?」


雪歩「…うふふ」

春香「あはは…」


お互いに笑い合い、そしてふと訪れる沈黙。

やがて、春香ちゃんはこう言った。


春香「…雪歩は、自分の心は雪って言ったけれど」

春香「それは、違うからね」

雪歩「え…」


春香「だって、雪歩は私の心をこんなに暖かくしてくれるんだもの」

雪歩「…」

春香「雪歩は、私の太陽なんだ…」

雪歩「…」


黙ってお互いに見つめあう。

静かな、けれど暖かな沈黙。


春香「…雪歩」

雪歩「春香ちゃん…」


春香ちゃんが、真っ直ぐな瞳で私を見つめてくる。

私も、真っ直ぐその瞳を見つめ返す。

そしてその瞳が、だんだん近づいて…。


そして、ふっと目を閉じると。

春のような暖かさが、私の唇に重ね合わされた。











翌日の収録スタジオ。

プロデューサーと春香ちゃん、そして私でスタッフさんに頭を下げて周って。

再収録の時がやってきた。

今日は、失敗しないよね…。

春香ちゃんと一緒だから、大丈夫だよね…?


春香ちゃんが、こちらを元気づけるように見つめてから

頑張ろ、と声をかけてスタンバイに入る。

一瞬、昨日の感覚を思い出してドキドキしてしまった。

やがて曲のイントロが静かに流れ出す。


春香ちゃんのあとに私のパートが来るんだよね…。

音程外さないようにしなきゃ、しっかり声出さなきゃ…。

そんな事で一杯の私の心に、歌い出した春香ちゃんの歌声がふと入り込んできた。


愛の想いを歌った優しいラブソング。

春香ちゃんの想いが乗せられているような暖かさ。

まるで、私に語りかけてくるよう。


…そうか。

何も難しく考える事なんて、なかったんだ。


私もそれに答えるように歌い出す。

会話に答えるように自然に。

こんなにリラックスして歌うのなんて、初めて。


春香ちゃんが話しかければ私が返す。

私が話しかければ春香ちゃんから返ってくる。

いつもの、遊びにいって楽しく交わす会話と変わらない。


サビに入り、二人で共に今の気持ちをのせて歌う。

春香ちゃんの気持ちが伝わってくる。

私もそれに答える。

暖かで強い春風が吹いているよう。

私はそれに乗って空を飛ぶ気分。

ああ、歌って、こんなに気持ちがいいものだったんだ。


夢中になって歌う内に、やがて曲は静かに終わっていった。

ああ、もっと歌っていたい。

曲が終わるのが残念なんて、こんな気持ちになったのは初めて。

私は心地よい余韻にひたっていた。


「…?」


私はふと異変に気づいた。

スタジオがシーンと静まり返っている。

いつもならスタッフさんのOKでーす、またはカットでーすという声が

すぐに響くのに。


パチ…パチ…


戸惑っていると、スタッフさんの一人が拍手を始めた。

そして…。


パチパチパチパチ…


スタジオの中にいた全員が、私達に拍手をし始めた。

ど、どうしたんですか…?

こんなのって、今まで初めて…。


スタッフ「はーい、OKでーす」


思い出したように、スタッフさんの声がスタジオに響く。


スタッフ「お疲れ様でしたー。チェック入りまーす」

雪歩「え…」

春香「やった、雪歩!1発でOKだよ?」

雪歩「ほ、本当に…?本当に1回でOKですか?」


スタッフ「ええ、バッチリOKでーす」

雪歩「やったぁ、春香ちゃん!」

春香「やったね、雪歩!」


信じられなくって、思わず春香ちゃんの手を取る。

そのまま子供のように飛び上がってはしゃいでしまった。


P「お疲れ、二人とも。これまでの最高のデキだったぞ?」

雪歩「ほ、本当ですか?そんな…」

春香「もう雪歩、もっと胸張ろうよ」

P「特に雪歩。一皮剥けたな」

雪歩「そ、そんな、私なんて…。はうぅ…」

春香「雪歩ったら。最高だったよ?」


何だかとても恥かしい。


P「じゃあ、上がっていいぞ。少ししたら迎えにいくからな」

雪歩「はい!」

春香「はーい、プロデューサーさんあとでヨロシクねー」


P「…。あの様子じゃ、きっと…」

P「上手く行ったんだな春香。はぁー、良かった…」

スタッフ「Pさん、Pさん」

P「ん?」


スタッフ「いやー、昨日とは見違えるような出来でしたね」

スタッフ「僕、感動しちゃいましたよ。何か魔法でも使ったんですか?」

P「ん?ああ、いや…」


P「使ったんじゃなくて、むしろ魔法を解いたのかもな」

スタッフ「はぁ…?」


P「自信のなさや思い込みで、雪歩は今まで本来の力を出せずにいたが…」

P「その悪い魔法を、王子さまのキスで…」

P「ん?この場合王女さま?いやいやそれじゃ違うな…」

スタッフ(…何を言ってるんだこの人は)

P「ま、それはともかくとして」


P「これからあの二人…。特に、雪歩は伸びるだろうな」

P「春香と肩を並べるかも知れない」

スタッフ「え…?そ、そんなにですか…?」

P「雪歩の潜在的な力は、俺は1番だと思っている」

スタッフ「へぇー…?そこまで彼女を買ってたんですか」


P「もちろん。765プロはトップを取れる人材を選りすぐったんだから」

P「一見地味な雪歩だって、トップを狙える素質は十分に備わっているさ」

P「音楽を聞く耳を持たない連中には、仲々伝わらんがな…」

スタッフ「ぼ、僕も前から雪歩ちゃんは素晴らしいと思ってましたよ?」

P「調子のいい奴だな君は。ハッハッハ…」


P「…さーて、そろそろ迎えに行くか。未来のトップアイドル達を」

スタッフ「あ、あのチェックがまだ…」

P「ん?ああ大丈夫。そんなの一発でOKに決まってる。それに」

P「何回撮り直したって、これ以上のものは撮れんさ…」









(765事務所)

春香「ただいまー」

雪歩「ただいま」

千早「あら?ずい分早かったわね」

やよい「お仕事、もう終わったんですかー?」


春香「うん!なんと、1発でOK出てさ」

雪歩「ええ、本当に驚きました」

千早「へぇ。春香がいるのに珍しい事もあるものね」

春香「ひどいよ千早ちゃん!?」

雪歩「いえ、本当は…」


雪歩「今日たまたま私の調子がよくて、春香ちゃんの足を引っ張らなかっただけ…」

春香「雪歩…」


春香「…雪歩。そんな事言うもんじゃないよ」

春香「今日の収録、私は雪歩から力を貰ったんだよ?」

春香「雪歩が一緒にいてくれたお陰で、今までで最高に楽しく歌えた」

雪歩「春香ちゃん…」

千早(…)


春香「だから、これからも私を支えて欲しいんだ…」

雪歩「そ、そんな…」

やよい「ええ、いいと思いますー!」

千早(…ふぅ~ん)


千早(萩原さん…)

千早(…)

千早(…)グッb

雪歩(…??)


春香「ね?雪歩…」

雪歩「う、うん…。こ、これからも宜しくね、春香ちゃん」

春香「やったーあ!宜しくね、雪歩」

やよい「うっうー!」

千早(…全く)


千早(何が、春香の一番の笑顔は私以外に向けられてるよ)

千早(いつも、春香が最高の笑顔を向けるのは…)

千早(気付いてないのは本人だけ、ってね。…それにしても)


千早(二人とも、帰ってくるのが早すぎよ)

千早(折角のやよいとの二人っきりタイムが)ゴゴゴ…

雪歩(ち、千早ちゃん、さっきから何なんだろ…)


やがて帰る時刻。

嬉しい事に、今日も春香ちゃんと一緒だ。


春香「それじゃ、帰りますねー」

雪歩「お疲れ様でした」


P「おーう。帰り道気をつけてなー。あと、明日遅れんなよー」

春香「もう、わかってますよ」

雪歩「本当に?春香ちゃん」

春香「雪歩まで疑うー?」

雪歩「うふふ…」


二人っきりの帰り道。

いつもと同じようだけど、昨日までとは何だか風景が違う。

隣にいるのは友達じゃなくて、私の愛しい恋人だから。


春香「ねーねー、今度の休み、どっか遊びに行こうよ?」

雪歩「そうねー、どこがいいかな?」

春香「うーん、思いっきり楽しいとこ」

雪歩「うふふ…春香ちゃんと一緒なら、どこだって楽しいよ」


春香「えー?だって、折角の初デートなんだよ?」

春香「いつも行くようなとこじゃない所に行きたいよ」

雪歩「デッ…///」


雪歩「…そ、そうだよね、私達、こ、恋人同士なんだから…」

雪歩「で、デート…。なんだよね…?」

春香「そう、デートだよデート!だから、いいムードの所に…あっ、と!」

ドンガラガッシャーン

雪歩「きゃあ!?は、春香ちゃん?」


春香「いたたた…」

雪歩「だ、大丈夫?怪我してない?」

春香「うん、平気だよー、あたた…」

雪歩「ふぅ、良かった…。春香ちゃん、本当におっちょこちょいなんだから」

春香「わ、悪かったねーおっちょこちょいで」


雪歩「…」

春香「…」

雪歩「うふふ」

春香「えへへ」


雪歩「…じゃあ、春香ちゃん」

雪歩「はい、手」

春香「わぁ、雪歩優しーい」

春香「…よいしょっ」


春香「えへへ…」

雪歩「うふふ…」

春香「…」

雪歩「…」


ふと訪れる沈黙。

やがて、春香ちゃんがまっすぐな眼差しで私を見つめた。


春香「…雪歩」

春香「…いい?」

雪歩「…うん」


私の大好きな、まっすぐな瞳が近づいてくる。

このまま見つづけていたら、吸い込まれちゃいそう。


唇を重ねながら、私は思った。

春香ちゃんは、私の心は雪じゃないって言ってくれたけど。

けど、やっぱり私の心は雪。


だってね――――






春が来たならね。雪は、融けちゃうんだ…










以上です
カップリングが嫌いな方は申し訳ありませんでした
依頼出して来ます

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