北条加蓮「藍子と」高森藍子「18時のカフェで」 (43)

――おしゃれなカフェ――

<ボーン、ボーン...

高森藍子「それで――あ、時計が……。もう6時なんですね」

北条加蓮「もうそんな時間なんだ。……え? さっき藍子と一緒にミルクティーを注文した時って、3時だったよね……?」

藍子「3時……でしたよね? それから、おやつのお話になったからよく覚えています」

加蓮「そして今は6時と」

藍子「……6時ですね」

加蓮「……つまり、いつもの」

藍子「あうぅ……。またやっちゃいました。ごめんなさい……」

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――まえがき――

レンアイカフェテラスシリーズ第39話です。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「秋の日のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「早い早雪のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「滑って転びそうな日のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「冬日のカフェで」

藍子「外も真っ暗ですね……。歩いて帰るのは、ちょっと不安」

加蓮「だね。どうする? 誰か呼んじゃう?」

藍子「呼んじゃいましょうか」

加蓮「そうと決まれば――」ガサゴソ

加蓮「あれ? メールが来てる」ポチポチ

加蓮「"そろそろ迎えがいる頃? 暗くなっちゃったから、帰るなら電話しなさい"……あはは。藍子ー、身内にエスパーがいるんだけど、どうしたらいいと思う?」

藍子「ふふっ。……加蓮ちゃんのお母さんがエスパーってことは、もしかして加蓮ちゃんも?」

加蓮「私もー? うーん。エスパー……超能力……そういうのは裕子ちゃんに譲るよ」

藍子「加蓮ちゃんがエスパーになって、それを裕子ちゃんに教える、っていうのは?」

加蓮「いや、せっかく手に入れた力とかって独り占めしたくならない?」

藍子「またそういうっ。どうせだから私にも教えてくださいよ~」

加蓮「結局自分が教えて欲しいだけかいっ」

藍子「茜ちゃんと愛梨さんと輝子ちゃんも誘いますから」

加蓮「こっちも奈緒とか小梅ちゃんとか呼んで対抗すればいいの?」

藍子「ちょっと大きなLIVEができちゃいそうですね」

加蓮「だねー」

加蓮「でもこう、一子相伝とか格好良さそうじゃん。……いや? もし私が超能力を得た代わりに早死するとかなら、生きているうちに誰かに伝えた方が――」

藍子「あっ、私の方にもメールが来てる。ふんふん」

加蓮「聞いてよ」

藍子「お母さんからのメールは……あはっ、加蓮ちゃんのお母さんと似たことが書かれてます。ほらっ」ズイ

加蓮「なになに? ……ホントだー。似たこと書いてる」

加蓮「はっ。まさか、高森家にも代々伝わるエスパー能力が……!?」

藍子「うーん。私の知っている限りじゃ、そういうのは……」

藍子「あ、でも、そういうのってヒミツにして、周りの人に知られないようにしますよね? 私が知らないだけかも……!?」

加蓮「ありそうありそう。ふむ……ある日、藍子ちゃんはいつの間にか周りの人達の本音が声として聞けるようになってしまう」

藍子「すっごくパニックになっちゃいそう……人がいっぱいいるところに行けなくなっちゃいます。お買い物ができなくなっちゃうっ」

加蓮「大丈夫大丈夫。私が買ってくるから――あっ、そうだ。藍子は私が何を買って来るかを、心を読んで確認しようとするの」

藍子「ふんふん」

加蓮「だけど唯一、加蓮ちゃんの心を読むことだけはできなかった! なぜなら加蓮ちゃんは藍子ちゃんと同じエスパーだったから!」

藍子「加蓮ちゃん……。あなたも、私と同じだったんですね……!」

加蓮「解き明かされていく北条家と高森家の関係。お互いの知られざる因縁を知った2人は――」

藍子「ど、どうなっちゃうんですか!?」ドキドキ

加蓮「……どうなるんだろ?」

藍子「」ガクッ

藍子「そつ、そこで焦らすのは反則~~~っ! 最後まで話してくださいよ! ほらほら!!」

加蓮「わ、ちょ、テーブル越しに掴みかかろうとしないで! 焦らしてるんじゃなくて思いつかなかっただけっていうかそもそも思いつきっていうかっ」

藍子「私と加蓮ちゃんはどうなっちゃうんですか!?」

加蓮「どうなるってそんなの……と、とりあえずそれは後で話すとして、ね? メールに返信した方がよくない? お互い」

藍子「あ、そうですよね。待たせちゃったら、後でうるさく言われちゃいそう」ポチポチ

加蓮「(わぁお単純……)私も返信っと。藍子ー。親が心配してるから、車お願いするのこっちでいい?」

藍子「はい、いいですよ。じゃあ、加蓮ちゃんのお母さんにお願いしたから、っと」ソウシン

加蓮「そろそろ帰るから車をお願い、と」

加蓮「…………」

>>7 1行目の藍子のセリフ、一部訂正させてください。
誤:藍子「そつ、そこで焦らすのは~」
正:藍子「そっ、そこで焦らすのは~」



加蓮「……」ジー

藍子「……? 加蓮ちゃん?」

加蓮「あ、ううん」チラッ

藍子「??」

加蓮「……」

加蓮「えっと、さ……。……ほら……外、寒そうじゃん?」

藍子「……? 寒そうですよね。真っ暗ですし。そういえば、今日はこの冬で一番の寒さだって、天気予報で言ってたっけ」

加蓮「だ、だよね。うん」

藍子「……????」

加蓮「外は寒いしさー、こんなに暗いんだし……あのー……えっとー…………」

藍子「えと……?」ブー、ブー

藍子「あ、メールだ。……もうっ。迷惑はかけないっていっつも言ってるのに……。じゃあ、今から加蓮ちゃんのお母さんに、送ってもらいます、っと。送信――」

加蓮「ストップっ!」ガシ

藍子「ひゃっ!?」

加蓮「あ。ごめん……」スッ

藍子「い、いえ、びっくりしただけですから……。でも、加蓮ちゃん……?」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……」

加蓮「……こ、心を読めるなら一発で分かるでしょ!?」

藍子「読めませんし仮に読めたとしても加蓮ちゃんの心だけは読めないって設定でしたよね!?」

加蓮「あ。そうだった」

藍子「それで、どうしたんですか?」

加蓮「……も、もうちょっとだけのんびりしない?」

藍子「もうちょっと?」

加蓮「ほら、外は寒いし真っ暗だしまだ6時だし! 今から帰ったら絶対風邪……そう、風邪! 風邪を引くよ。アイドル活動にも支障が出るし、それは藍子だって嫌でしょ? だから――」

藍子「……あの……車で送ってもらうんだから、寒さも暗さも関係ないんじゃ……?」

加蓮「あっ」

藍子「……」

加蓮「……えー」

藍子「……」

加蓮「……そ、そおともいう、かなー。あ、あは、あははは……」

藍子「……」

加蓮「そのー……」

藍子「……よく分かりませんけれど……じゃあ、もうちょっとゆっくりしちゃいましょうか!」

加蓮「!」

藍子「すみませーんっ。ホットコーヒーと……うーん? 加蓮ちゃんも何か飲みましょ?」

加蓮「あ、うん……じゃあ同じので」

藍子「だそうですよ。ふふ、お願いしますね♪」

加蓮「お、おねがいしますー……」

藍子「……あはっ。変な声になってる。あ、もう少しゆっくりするなら、お母さんにもう1回連絡しなきゃ」

藍子「加蓮ちゃんも、メールを送った方がいいんじゃ……?」

加蓮「だ、だよねー。うん、今送ろうとしたとこ!」アタフタ

藍子「…………(今の加蓮ちゃんを見ているのも、ちょっぴり面白いけれど――)」

加蓮「なんか変なこと考えてない?」ジー

藍子「わ!? ……もう、どうしてそういう時だけ鋭いんですか~。さっきまであたふたしてたのに」

加蓮「藍子の方から私っぽいオーラを感じたから?」

藍子「オーラ?」

加蓮「藍子を困らせてやろうって考えてる時の私っぽいオーラ」

藍子「どんなオーラですか、それ……。あたふたしている加蓮ちゃんも面白いなぁって思っただけですよ。ちょっぴりだけです、ちょっぴり」

加蓮「やっぱり藍子もエスパーだったかー」

藍子「エスパー関係ありませんよね……。落ち着けましたか? 加蓮ちゃん」

加蓮「それなりに。なんか急に変なこと言ってごめんね?」

藍子「いいえ。あ、店員さんっ。コーヒー、ありがとうございます♪」

□ ■ □ ■ □


藍子「ずず……」

加蓮「ごくごく……」

藍子「ふうっ」コトッ

藍子「ふわ……」

加蓮「眠い?」

藍子「ちょっとだけ……。ここ、温かいし、昨日は寝るのがちょっと遅くて」

加蓮「夜更かししたの? 珍しいね」

藍子「モバP(以下「P」)さんに貸してもらった小説が、面白かったから……」

加蓮「へー。小説借りたんだ」

藍子「そうなんです。前のお仕事帰りの時、車の中で、昔のコレクションのお話になって」

加蓮「コレクション?」

藍子「はい。おもちゃとか、食器とか。ふふ、小さい頃ってよく分からない物を集めてたりしましたよね――」

藍子「……あっ」

加蓮「あー」

藍子「その……ごめんなさ、」

加蓮「分かる分かるー。こっそり診療室に忍び込んで、なんか遊べそうな物を取っていったり――」

藍子「い――って、何やってるんですか……」

加蓮「そういえばあの時、マジ顔で怒られたことがあったなぁ。危ないからだったのかもね。ほら、注射器とか薬とかってシャレにならないし」

藍子「そうかもしれませんね」

加蓮「マジ顔で怒られるなんて珍しかったから印象に残ってるんだー。いつもはヘラヘラしてばっかりなのにさ。ふふっ、変な話だよね。楽しかった思い出より、怒られた思い出の方が鮮明なんて」

藍子「……ふふっ」

加蓮「で。小説を借りたんだっけ?」

藍子「はい。学生の頃にすっごくハマった小説があるからって、それを貸してもらったんですよ」

加蓮「そっか。Pさんがハマった小説かー。小説かー……あんまり読まないけど、たまにはいいかも」

藍子「……又貸しはしませんよ~?」

加蓮「む」

藍子「読みたいならPさんに言ってくださいね」

加蓮「そうするー。ね、それってどんな小説」

藍子「そうですね。最初に主人公の……あれ?」

加蓮「どしたの。名前を忘れちゃった?」

藍子「ううん。それは思い出せますよ。そうじゃなくて……これ、加蓮ちゃんも読むんですよね? それなら内容は話さない方がいいんじゃ……?」

藍子「うんっ。読んでからのお楽しみですっ♪」

加蓮「むむ。なんか私が知らなくて藍子だけが知ってるのってムカつくー。でもいいや、楽しみにしとこっと」

藍子「私が読み終わるまで、もうちょっと待っててくださいね」

加蓮「いいよ、ゆっくりどーぞ。読みふけっちゃったんだね。藍子のことだから、気がついたら朝になってたとか?」

藍子「さすがに朝ってことはないですけれど……一区切りして、ふと時計を見たら……」

加蓮「時計を見たら」

藍子「……3時でした」

加蓮「うわぁ。よく起きれたね。朝」

藍子「朝はもうフラフラでした……。シャワーを浴びて、なんとか目が覚めて。でも、事務所に行くまでに電柱にぶつかっちゃって……それも、3回も」

加蓮「痛そ~」

藍子「痛かったです……」

加蓮「おでことか大丈夫?」スッ

藍子「ひゃ」

加蓮「コブにはなってないんだ。赤くもなってないし……よかった。アイドルなんだし気をつけなさいよー?」

藍子「はーい。ありがとうございますっ」

加蓮「よっと。どういたしまして」スッ

加蓮「3時かー。さすがに私は寝てたけど、どんな夢を見ていた頃かなぁ……」

藍子「見た夢、覚えているんですか? 私、あんまり覚えられなくて、起きてすぐに忘れちゃうんですよ」

加蓮「……。……結構ね。印象的なら長く覚えれてるかも。確か……んー、誰か出てた気がする。私以外に」

藍子「Pさんとか?」

加蓮「ううん。アイドルの誰か」

藍子「じゃあ、きっと凛ちゃんか奈緒ちゃんですね。それとも奏さんとか?」

加蓮「自分は選択肢に入れないんだ」

藍子「先にそっちが思いついちゃいましたから。……もし私なら、うぅ、なんだか聞くのが恥ずかしくなっちゃいますよ~」

加蓮「いい機会じゃん。加蓮ちゃんにとっての藍子ちゃんはどう見えてるか、とか聞くチャンスだし」

加蓮「ほら、夢ってその人の思い込みとか、思い出とか、そういうのが……割とぐっちゃぐちゃにだけど出てきたりするでしょ?」

加蓮「夢診断、ってのもあるくらいなんだし。本音を聞き出せるチャンスだって思えない?」

藍子「そう言われてみると……確かに?」

加蓮「ってことで藍子。昨日……は3時だからいいとして、最近見た夢で印象的なのは?」

藍子「うーん……。やっぱり、あんまり覚えていませんから……。あっ、でもこの前、事務所にいる夢を見たっけ……?」

加蓮「お。どんなのどんなの?」

藍子「いろんな人がいていつも通りでした。あっ、でも、現実よりゆっくりしていたような……?」

藍子「そうそう。Pさん……だったかな……? が、ソファ……? たぶんソファだったと思うんですけれど、そこでゆっくりお茶を飲んでいるんです」

藍子「側に誰かいた気が……それが誰かは、もう忘れちゃいましたけれど」

加蓮「お茶を飲んでる風景かー。藍子らしいね」

加蓮「ぶっ飛んだ夢とかは見ないんだ」

藍子「ぶっ飛んだ……? 非現実的な夢なら、そうだ、ファンタジーのお仕事をやっていた頃によく」

加蓮「どんなのどんなの?」

藍子「あはっ、もう覚えてませんよ~。魔法で空を飛んでいたり、氷を作っていたり、なんとなくそんな感じだった気がしますっ」

加蓮「おぉ、意外とファンタジーじゃん。もっとこう、お菓子の家が出てくるとかを想像してたのに」

藍子「む~。私だって16歳です。加蓮ちゃんと同い年なんですよ?」

加蓮「ん?」

藍子「お菓子の家とか、メルヘンな世界は素敵だと思いますけれど、もう夢に見る歳ではないですよ~」

加蓮「ま、それもそっか」

藍子「そうですよ~」

藍子「…………あれ? いつの間に私が見た夢の話に!? あれ!? 加蓮ちゃんの夢の話だったハズなのに……!?」

加蓮「気付くの遅いぞー。ま、話題をすり替えるのは基本中の基本だね」

藍子「何の基本なんですか!?」

加蓮「それはー……エスパーの?」

藍子「その話まだ続いてたの!? それに、今回もエスパーは関係ないですっ!」

加蓮「今度、藍子から見た夢の話を聞きたい時は起きてすぐ質問しなきゃ。トンデモ夢の話とか聞けないかなー♪」

藍子「うぅ、なんだかダマサれた気がする……。何か、加蓮ちゃんから聞きたいことがあったような気がするのに……」

加蓮「なんだろうねー不思議だねー」

藍子「ぜ、絶対に思い出してみますからっ!」

――5分後――

藍子「」プシュー...

加蓮「藍子ってこう、アレだよね。アレ」

藍子「あれって……?」

加蓮「アレはアレ。……ずず……コーヒーごちそうさま。藍子も早く飲まないとそろそろ冷めちゃうよ?」

藍子「はーい……」ズズ

藍子「苦い……」

□ ■ □ ■ □


<ボーン、ボーン...

藍子「ごちそうさまでした。……あ、8時の鐘ですねっ」

加蓮「ごちそうさま~。……もう8時なんだね。確か、ここのカフェって9時までだっけ」

藍子「そうですね。9時までです」

加蓮「そっか」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……お話し足りない、って顔?」

加蓮「……やっぱ分かる?」

藍子「足りないなら、言ってくれれば……。ほら、加蓮ちゃんの家でも私の家でも、お互いの着替えくらいはありますし」

加蓮「んー……」

藍子「加蓮ちゃんの家に行って、またこたつでごろごろしちゃいますか?」

藍子「ふふ、みかんを食べすぎて手が黄色くなっちゃうかもっ」

加蓮「……」

藍子「残念っ。でもいいですよ。そういう気分の日だってありますよね」

藍子「……やりたいことは、ちゃんと言ってくださいね?」

加蓮「んー……」

加蓮「なんていうかな……家……だと、うーん……このまま帰ったら……」

加蓮「あ、別にケンカしたとかじゃないから。親だってほら、メールくれたし。ギスギスしてたりはしないから」

藍子「みたいですね」

加蓮「ただ、帰るってなった時……すっごく嫌になったの。なんでか自分でも分かんないけど」

藍子「…………」ウーン

藍子「寂しくなっちゃった、とか?」

加蓮「子供じゃないんだから……」

加蓮「……なんかごめんね。訳分かんなくて」

藍子「謝らなくていいですけれど……。謝られた方が気になっちゃいますよ~」

加蓮「そっか」

藍子「そうですっ」

加蓮「そうだよね……」

加蓮「…………」

加蓮「…………」

加蓮「…………私の話じゃないんだ」

藍子「?」

加蓮「私の話じゃないし……誰かの話でもなくて。なんていうのかな。もしも、のお話なの」

藍子「もしものお話……?」

加蓮「前に言ったじゃん。最近でもたまに悪い夢を見ちゃう、って」

加蓮「いつもはそんなことないんだけどさ。ほら、藍子じゃないけど、事務所にいる夢とか、アイドルやってる夢とか……」

加蓮「寝ても覚めてもアイドル、なんて、あはっ。アイドルバカってこういうことを言うのかな?」

加蓮「でもま、たまーに……やっぱり、悪い夢を見ちゃうことはあるの」

加蓮「まあ、見るのはずっと前からなんだけどさ……独りぼっちになる夢って、独りぼっちじゃなくなってから見るようになって」

加蓮「Pさんと出会って、アイドルになって、みんなと出会ってから見るようになっちゃった。……ふふっ、当然と言えば当然だよね」

加蓮「あっ、心配もいらないからね。これも前に言ったと思うけど、ちゃんと悪夢には打ち勝ててるから」

加蓮「だから、私の話じゃなくて、本当にもしもの話なの」

加蓮「……誰かと出会って……何かがあって。幸せな出来事があったから、悪夢を見てしまうんだったら」

加蓮「幸せの引き換えに辛いことがあるのが世界だって言うならさ」

加蓮「何もない世界の方が、良いんじゃないかな、って」

藍子「何もない世界……」

加蓮「うん。楽しいことはないかもしれないけど、辛い気持ちにもならなくて済む、なんにもない世界」

藍子「……何もない世界なんて、すっごく寂しいと思いますよ?」

加蓮「やっぱり?」

藍子「当たり前ですっ。だってそこには……加蓮ちゃんから見る何もない世界って、アイドルも何もなくて、Pさんも誰もいなくて、ずっと独りぼっちで、何も起きないんですよね?」

藍子「そんなの、想像しただけで体が寒くなっちゃいますよ……」

加蓮「うん。私もそう思う……だから言ったでしょ? 私の話じゃないの。誰かの話って訳でもなくて……強いて言うなら、一応昔の私の話にはなるかもしれないけどさ」

加蓮「ただ――」

藍子「ただ?」

加蓮「もし本当に、楽しいことの後に辛いことしかない人がいたら」

加蓮「楽しいことを知ってしまったから、味わってしまったから、その後のことがより辛くなるとしたら」

加蓮「藍子はどう思う? 楽しいこと、幸せな時間はあった方がいいと思う?」

藍子「……」

藍子「…………」

加蓮「ふふっ。難しい質問をしちゃってごめんね? そんなに深刻に考えなくていいから――」

藍子「……うそつき」

加蓮「え?」

藍子「深刻に考えなくていいなんて大嘘ですよね? だって加蓮ちゃん、とっても真剣な目をしてますもん」

加蓮「……なんでアンタは妙なところで鋭いかなぁ」

藍子「……」

藍子「……これが正解っ、って言い張ることは、ちょっとできませんけれど」

加蓮「けど?」

藍子「加蓮ちゃんに言われて、ちょっと思いついたことがあるんです。もしかしたら、アイドルも似ているかもしれない、って」

加蓮「アイドルが似てる……」

藍子「ほら、LIVEの後とか……すっごく興奮してますけれど、でも、たまに思うんです。あぁ、終わっちゃったな、って」

藍子「ずっと色々な準備をしていた時は、特に。なんだか寂しくなっちゃいませんか?」

加蓮「あ……」

藍子「あはは……本当は後片付けとか挨拶とかあって、それに打ち上げに行く時なんて、寂しがってるヒマもなくなっちゃうんですけれどね」

藍子「でも加蓮ちゃんが今言ったことって、たぶんそういうことだと思います」

藍子「だから――」

藍子「……ちょっとだけ、意地悪なことを言っちゃいますね?」

藍子「寂しい気持ちがあるからLIVEなんてしなければよかった、なんて、あなたは思ったことはありますか?」

加蓮「…………!」

加蓮「ある訳ないでしょ!? アイドルがどんだけ楽しいかアンタだって知ってるでしょ――」

藍子「ねっ?」

加蓮「でっ……でもさ! 例えばそれがもし最後のLIVEだったとかっ、それだったらアイドルやってなければこんな思いをしなくて済んだとか――」

藍子「――それを思ったことが、本当にありますか? それは本当に、あなたの本心からの言葉ですか?」

加蓮「っ……」

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「…………」

藍子「……これ、加蓮ちゃんのお話じゃないんですよね?」

加蓮「……うん」

藍子「もしものお話なんですよね?」

加蓮「うん」

藍子「もしものお話は、もしものお話で終わっちゃいましょう。加蓮ちゃんは、加蓮ちゃんのお話をしましょう」

藍子「正解とか不正解とか、正しいとか間違いとか、そうじゃなくて」

藍子「加蓮ちゃんがどうしたいか、でいいじゃないですか」

藍子「加蓮ちゃん、いつもPさんに言われてますよね。あんまり無理をするな、無茶をするな、って」

藍子「でも加蓮ちゃん、たまに無理しちゃって、Pさんに怒られちゃって」

藍子「無理してでも、Pさんに怒られても、それでもやりたいことがあるから――」

藍子「私は、そうやって真っ直ぐ突き進んでいる加蓮ちゃんの方が、見ていて好きですよ」

加蓮「……藍子……」

藍子「それに――」

藍子「それに……」

加蓮「……? 藍子?」

藍子「ううん……そういうつもりじゃないのは分かってますけれど……」

加蓮「言ってよ。私だって色々言ったんだから」

藍子「……うん」

藍子「加蓮ちゃん、とっくに答えを見つけてるんじゃないでしょうか。加蓮ちゃんが、それに気付いていないだけで」

加蓮「答え?」

藍子「寂しい時間もあったり……辛い時とか、悔しい時とか、そういう気持ちも生まれてしまうけれど」

藍子「それでもいいって思えるくらい、いっぱいの楽しい時間がある」

藍子「それがアイドルだって、私、思うんです。加蓮ちゃんだって、それは知ってるって思うから……」

藍子「何もなくていい、なんて……あなたの大好きな物を、否定しないでください」

藍子「……そういうつもりじゃないのは、分かってますよ。でも今の加蓮ちゃん、すっごく悲しそうだから……」

加蓮「…………」

加蓮「……いっときの夢を見せるのが、アイドルの仕事だよね」

藍子「はい」

加蓮「夢が覚めたら、寂しくなるかもしれない。それでも夢を見せ続けるのが、私達だよね」

藍子「はいっ」

加蓮「私、そのことを知ってた筈なんだよね――」

藍子「そうですよ!」

加蓮「あははっ。何を訳分かんないことを悩んでたんだろ……あはは……!」

藍子「本当ですっ。なんでそんなに悲しそうな顔をしないといけないんですか。あっ、もしかして、誰かに何か良くないことを言われちゃったとか」

加蓮「ふふっ。夢の中で、悪い加蓮ちゃんに言われちゃったのかもね」

藍子「もうっ」

加蓮「あはははっ」

加蓮「……そっか。いっときの夢に魅せられたんだよね。小さい頃の私って」

加蓮「……」

藍子「……いっときの夢は、いっときで終わりじゃありませんよ」

藍子「だって加蓮ちゃん、夢に夢見て、そして叶えてるじゃないですか」

加蓮「そだね……」

藍子「はいっ」

加蓮「……ん。ありがと、藍子。……ホントにありがと。忘れそうになってたこと、思い出せたよ」

藍子「もう、迷わないでいられますか?」

加蓮「大丈夫っ! …………だと、思う」

藍子「あうっ。そこは堂々と言ってくださいよ~。いつも自信満々なのに、どうしてこういう時だけ……」

加蓮「あ、あはは、そこはほら、色々とね?」

藍子「……ふふっ」

□ ■ □ ■ □


加蓮「お母さんに連絡したよ。迎えに来て欲しいって」

藍子「ありがとうございます、加蓮ちゃん。そういえば、もう9時になりかけちゃってる……ここにいて大丈夫でしょうか?」

加蓮「んー、ダメならダメって言ってくるんじゃない?」

藍子「……それもそうかもですねっ」

加蓮「あと……」

藍子「あと?」

加蓮「……クリスマスイヴの件。1回だけ保留にしてもらってたんだ。お母さんとか――」

藍子「…………」

加蓮「また連絡するね。ちゃんとやるからやらせて欲しい、って」

藍子「……もう。やっぱりそのお話だったんですね」

加蓮「やっぱお見通しなんだ。このエスパーめ」

藍子「エスパーじゃなくても分かると思いますよ」

加蓮「そっか」

加蓮「えっと……LIVEが終わって、打ち上げはパスだってもう伝えてるから……」ユビオリカゾエ

加蓮「7時……8時くらいになると思う。だから、」

藍子「迎えに行けばいいんですね?」

加蓮「え? い、いやそこまでは、」

藍子「加蓮ちゃんが逃げちゃわないようにするのが、私の使命ですから!」

加蓮「使命!? そ、そんな決意をさせる話になってたんだ……」

藍子「えへっ。逃しませんよ~♪」

加蓮「怖い。藍子が怖い」

藍子「……今の加蓮ちゃんにならできますよ。だから、見せてあげましょう。聖夜に、幸せな奇跡を」

加蓮「うん。分かってる。思い出せたもんね」


「いっときの夢は、いっときで終わりじゃないって――」



おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。

次回予告
第40話 北条加蓮「藍子と」高森藍子「瑞雪の聖夜に」
明日12月24日の夕方頃から投下予定です。また、よろしくお願いします。

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