小梅「ありがとうを物語にのせて」 (14)
TBSの時のお話です
・短め
・地の文形式
・初投稿なのでミスが多いかも
以上の点にご了承願います
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「いつか、その女の人が、お引っ越しして……大家さんが、部屋を点検したんだ。そこで……あるはずの部屋がないことに気がついて……壁紙をはがしてみると、釘がびっしり打ち付けられた扉が……」
照明を落とした事務所で、私はぽつぽつと、語りかけるように話す。手に持った燭台の上で蝋燭が、私ときらりさんの顔だけをゆらゆらと危なげに照らし出す。きらりさんの大きな目が、不安そうにきょろきょろ動くのが可愛く見えて、つい口調にも熱が入ってしまう。
「……で、でね……大家さんが恐る恐る、釘で打ち付けられた扉をひっぺがしたの。そしたら……壁全部に……」
一度喋るのをやめると、周りの音が大きく聞こえた。ごくりときらりさんが唾を飲んで、ざぁざぁと窓の外で雨が強く降り続ける。ソファやテーブルのぼんやりした影が炎の動きに合わせ、息づくように微かに揺らめき踊る。怪談を語るにはぴったりのシチュエーションだ。
タイミングを見計らって、こっそり用意していた懐中電灯を付ける。血みたいに真っ赤なセロファンを貼ったそれで、私の顔を下からライトアップ。息を吸って、一息にまくし立てる。
「……おかあさんごめんなさいここからだしておかあさんごめんなさいここからだしておかあさんごめんなさいここからだして……!」
丁度よく雷が落ちて、大音量とともに事務所を冷たい白に浮かび上がらせる。そのお陰で、きらりさんの肩が小さく跳ね上がるのがはっきり見えた。びっくりしてくれた。その事実についつい頬が緩みそうになるのを、なんとか押さえ込む。
「ぴいっ……!」
蘭子ちゃんみたいな声をあげて、きらりさんが耳をふさぎ込んでしまった。聞き手がいなくちゃ、怖いお話も意味がない。猛回転していた口を止めて、照明を付ける。蛍光灯の刺さるような鋭い光に目が眩みそうになって、私はちょっぴり眉を寄せた。
たくさん飾りの付いたきらりさんの服も、明るい光の元でカラフルな色彩を取り戻す。お仕事でもこういうポップな感じのものは着たことがないから、それが私服なきらりさんがなんだかとっても新鮮に思えた。
「えへへ、どうだった……こ、怖かった……?」
「怖かったにぃ! きらりのハート、飛び出ちゃうかと思ったゆ!」
涙を目の端に浮かべながら、きらりさんが「ふぃー」と豊かな胸をなで下ろす。そして、思い出したように窓の外に目を向けた。心配そうに小さく眉を寄せて、首を傾げるきらりさん。
「……雨、やまないねぇ」
「う、うん……プロデューサーさん、まだ、なのかな……」
きらりさんの言う通り、バケツをひっくり返したような、なんて表現が似合う光景がガラス越しに見えた。雨足が弱まるまで、と事務所に残っていたらきらりさんと一緒にプロデューサーさんに送ってもらう、という話になって、それを待っている間に来週のトークバトルショーの練習に付き合ってもらっていたのだ。
「こんな感じで、だ、大丈夫なのかな……私、喋るのあんまり得意じゃない、けど……」
「でもさっきの怪談、とぉっても上手だったよ? アヤちゃん愛海ちゃん愛結奈ちゃん、それにPちゃんも一緒にいるんだし、心配しなくてもばっちしだと思うにぃ!」
「そ、そっか……ばっちしー……えへ……」
「うんうん☆ そうだ、小梅ちゃん、今度はどんなお洋服を着るにぃ?」
「ええと、い、椅子……」
「うみゅ?」
「あ、そうだ……椅子といえば、こんな話があってね……?」
「みゅ、みゅみゅみゅ……」
雑談を踏み台に、思い出した怪談を語ろうとした、その瞬間。
さっき以上の轟音と閃光がまき散らされ、辺りが闇に包まれた。
蝋燭すら付けてないうえ、さっきまでの明るい部屋とのギャップもあって、一瞬本当に真っ暗にしか見えなかった。その暗さは、アイドルになる前の自分の部屋、一人でずっと映画を見ていた頃の部屋にどこか似ていて。どこか懐かしい、安心できるような気持ちを私は抱えていた。
とはいえ、このままという訳にもいかない。テーブルの上に置いた懐中電灯を点けようと適当に腕を伸ばすと、柔らかくて暖かい感触がした。続いて暗闇の中に響く、ちょっと変わった悲鳴。
「にょ、にょわー!」
……どうやら間違えて、きらりさんの手首を握ってしまったらしい。
「こ、小梅です……おばけじゃ、ないよ……」
「……小梅ちゃん? びっくりしたにぃ! おばけさんだと思っちゃったぁ……!」
どこかほっとした雰囲気でしゃべりながら、きらりさんが手を繋いでくる。ひんやりして小さな私のそれとは違う、暖かくて大きい手の平の感触を味わいながら、「停電なの、かな……」と聞いてみる。
「うーん、多分そうだと思うよぉ? もうちょっとしたらPちゃんも帰ってくると思うし、静かに座って待ってるにぃ!」
ね、とぐいぐい引っ張られるのに従って、私は抱っこされるようにきらりさんの足の上に座り込む。柔らかさといい匂いに全身を包まれながら、私はきらりさんの顔(がある辺り)を見上げた。
「て、テーブルの上に……懐中電灯がある、よ?」
「そぅお? じゃあきらりが取ってみるにぃ☆」
言うが早いか、私を左腕でしっかりと抱き抱えたままきらりさんが右腕を伸ばす。少しゴソゴソしてから、「あったにぃ!」と懐中電灯を見つけだした。
そのまま付けると、前方の棚に光りの円がパッと照射され、そこに何もいないことを明らかにする。これでもう大丈夫、と喜ぶきらりさんを後目に、私は少し、ほんの少しだけつまんないような思いを感じていた。久しぶりの暗くて落ち着く空間に対する名残惜しさ、のようなもの。
「あれ?」
そんな気持ちが通じてしまったのだろうか、急に光が消え、辺りがまた墨を垂らしたような暗闇に戻る。きらりさんが慌ててスイッチをかちかち切り替えてみるけど、一向に変化がない。
「ま、真っ暗に逆戻り……だね……」
嬉しそうに聞こえてたら困るけど、つい口に出してしまう。昔の自分に逆戻りしたみたいな気分だった。雨音に混じる誰かの声、部屋の隅からの無遠慮な視線。そういうものに囲まれているような感触が楽しくて嬉しくて。
だから、もう一度雷が落ちてきらりさんが小さく跳ねるまで、気が付かなかった。私の腰に優しく回された両腕や私を支えてくれている胴や足が、小さく震えていることに。
「……きらり、さん?」
「うーん? どうかしたぁ?」
つい名前を呼んでしまったけど、その返事もいつも通りの明るさで。こんな密着していなければ、誰も気づかないだろう、そんなひっそりとした震え。でも、きらりさんが何かを怖がっていて、それを私に隠そうとしているのは、明らかだった。
理由なんて考えるまでもない。雷と、そして、
私の怖いお話。
いつでも優しくて、明るくて、頼りになる。一緒にいるみんなを幸せな気持ちにさせてしまう。そんなきらりさんのことを、私は憧れているような所があって。
……でも、きらりさんは女の子なんだ。可愛いものが好きで、怖いものがきらいな、ただの女の子。怪談に付き合わされて、ようやく終わったと思ったらこんな状況で。不安にならないはずがないんだ。
どうしよう、どうすれば。そんな言葉が頭の中をぐるぐる駆け回り、視界がきゅうっと狭くなる。目の前の暗闇に目を凝らしても、どこにも答えは落ちていなくて。
「……ご、ごめん、なさい……」
気づけば、呟きが漏れていた。きらりさんが首を傾げるのが気配でわかる。私が喋る度に、小さく動きが止まるのも。その原因は、きっと私。ぽろぽろと取り留めもなく、涙みたいに言葉がこぼれ出していく。振り続ける雨の音が、身体を打ち付けるように響いていく。
「その、私……きらりさんのこと怖がらせちゃって、怖いお話、いっぱいして……きらりさんの気持ち、考えないで……」
謝りながら自分が嫌になる。思い出されるのは、昔の光景。私が楽しく話している内に、みんなの顔がひきつっていく。段々話す相手がいなくなって、気づけばあの子やお母さん以外とは話さなくなっていった。アイドルになる手前の話。もしきらりさんともそんな関係になっちゃったら。そう思うと悲しくてたまらなくなって、視界がぼんやりと滲み始める。みるみる内に滲みが増して、あともう少しで、というその時。
「えいっ」
後ろに急に引っ張られ、ぎゅっと軽く抱きしめられた。服越しに伝わる体温と、微かに聞こえる心臓の鼓動。私の髪をゆっくりと撫でながら、「あのね、小梅ちゃん」と優しい声をかけてくれる。
「きらりね、一度も小梅ちゃんのお話、嫌だって思ったことないよ?」
私の気持ちに応じるように震える喉から、そんなはずない、とよれよれの声を絞り出す。助けてもらっているのに。そんな思いが胸いっぱいに詰まって、肺を押しつぶす。
私の声が聞こえたのかどうかは分からないけど、きらりさんの抱きしめが少しだけ強くなる。窓の外の豪雨から私を守るように、私の全身が温もりを覆い尽くす。
「確かにきらり、こわぁいお話はあんまし得意じゃないよ? でもぉ、お話してる時の小梅ちゃん、とぉっても楽しそうなんだ」
ゆったりとした鼓動のリズムに乗るように、きらりさんの言葉が囁かれ、私に染み入ってくる。目が慣れ始めたのか、テーブルや棚なんかが輪郭をおぼろげに取り戻し始めていた。
「でねでね、小梅ちゃんね、お話終わったあと、『どうだった』って聞くでしょ? その時ね、すっごくハピハピなお顔してるにぃ! 笑ってる小梅ちゃんのこと、きらり大好き。だからもっともっと、って聞きたくなるの」
優しい声、柔らかい感触、ふんわりした香り、ぽかぽかするような暖かさ。きらりさんの全部は、私が好んでいたものとまるっきり違っていて。
それなのになぜか、ビックリするほど私の心を落ち着かせていた。
少し迷ってから、胴にゆったりと回されたきらりさんの手に、私はそっと自分の手をかさねる。芯から伝わる温もりに背を押されるようにして、私は強ばった口を開く。
「……き、きらり、さん」
喉にはまだ少し怯えが残っていて、いつも以上につっかえながら喋る。なぁに、と聞き返すきらりさん。それに合わせ、その大きな体に支えられながら言葉を探す。
「その、聞いて欲しい、お話が、あって……ぜ、全然怖くない、やつ」
「いいよぉ。どんなお話なの?」
「えっと……暗かった女の子の、お話」
私は一生懸命に考え、声に乗せる。暗くて独りぼっちだった女の子が、色んな人に会って、ちょっとだけ明るく前向きになれるお話。顎を軽くあげ、真上に向けて必死に語りかける。そこにきらりさんの顔があって、その大きな目で私のことを見つめてくれていると信じられるから。
言葉はしょっちゅう見つからなくなるし、ストーリーだって前後してたかもしれない。そもそも話すのが得意じゃないんだし、あちこち聞き取りにくくもあっただろう。
それでも、きらりさんは時折相づちを交えながら、耳を傾け続けてくれた。笑っちゃうようなシーンでは鈴が鳴るように笑ってくれるし、緊張するようなシーンでは息を詰めて聞いてくれる。喋っている方が自然と楽しくなれるような、そんな聞き方だった。思えば莉嘉ちゃんもみりあちゃんも、きらりさんと話す時はみんな笑顔で話している。
多分、ものすごく聞き上手なんだと思う。本当に人の話を聞くのが大好きで、それに全力で入り込むことが出来る人。きらりさんのころころ変わる表情が嬉しくて楽しくて、私たちはこの人に話しかけたがる。
「……でね、女の子は出会ったの……背の大きくてとっても可愛い、星みたいにきらきらした女の人に」
相づちも未だに重ねたままの手の平も変化はなかったけど、きっときらりさんは気づいてるだろう。私が誰のことを言っているのか。ちょっと気恥ずかしくて、頬が熱を持つのを感じながら、心の奥の方から言葉を引っ張り出してくる。
「さ、最初はよく知らなくて、びっくりしたけど……女の子は、その人がとってもいい人だってすぐ気が付いて、好きになったんだ……」
とくん、とくん。私の鼓動ときらりさんの鼓動が重なって、心地よいリズムを産む。雨の音は、もう聞こえない。
「その人はね、すごく頼りになって、いつでも優しくて……」
思いつくままに『その人』のことを言い続ける。延々と続く誉め言葉に、きらりさんがむず痒そうに身をよじらせるのを感じる。でも、もうちょっとだけ我慢してほしい。その女の子がその人のことをどんなに大切に思っているか、いくら語っても足りないくらいなのだ。不器用な私の、精一杯の親愛表現。
「で、でね、その女の人が……あれ?」
そろそろ一区切り、とお話を進めようとしたところで、薄暗闇の世界に淡い光が降り始める。電力が復帰し始めたらしい。久しぶりに感じる蛍光灯は、やっぱり眩しくて。でも不思議と、嫌じゃない。
いつの間にか雨もやんじゃったみたいで、耳をすませば聞こえる、近づいてくる足音とノブを捻る音。きらりさんが「うにぃ!」と私を抱えたまま立ち上がってドアの方に駆け出す。はたして、そこに立っていたのは私たちのプロデューサーさんだった。
すぐ送ってくれる、ということなので、慌てて荷物をまとめて部屋を飛び出す。前を歩くよれよれのスーツと、その後で揺れるポップでカラフルなワンピース。急いで追いつこうと小さな歩幅をあくせく動かしていると、きらりさんがちょっと歩く早さを落としてくれた。どうやって切りだそうか迷っていると、「さっきのお話、途中になっちゃったねぇ」と助け船を出してくれる。
そういう気づけないような小さな気配りを、たぶん何とも思わずにやっているんだろうな。
「うん……でも、あれでいいの……」
このお話に、きっと終わりはないから。
不思議そうな顔をしているきらりさんの手を、そっと握る。いつも通りの柔らかさと暖かさの奥に、誰も気づけないような震えはもうない。途端に嬉しそうな顔をしてくれるきらりさんの大きな瞳を、私はまっすぐに見つめる。
「その……聞いてくれて、あ、ありがとう……これからも……」
一緒にいて、ね。恥ずかしくて消えかけそうだったその言葉が聞こえていたかはわからないけど、きらりさんは「どぉいたしまして、だにぃ☆」と花が咲くような笑顔を見せてくれた。
雨上がりの澄んだ空では、雲の合間から星がきらきら瞬いていて。その下を、私たちは進んでいった。
お互いの温度を確かめるように、繋いだ手は離さないまま。
おしまい
きらりと小梅ってわりと対照的で相性いい組み合わせだなーとか思いながら書いてました
読んで下さった方ありがとうございます
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