後輩「また死にたくなりましたか?」 (19)



「大きくなったら結婚しようね」

ここ数ヶ月、同じ夢を見る。最近まで忘れていた幼い頃の淡い記憶、のようなもの。その夢の最後は決まってひとつの約束をする所で終わる。神社の裏山で結婚の約束をする所でだ。

夢の続きが気になり、夢の中の時間と格闘するのだが、いくら目覚めまいと、それを見ようとすれども、固く閉ざされた分厚い扉のようにそれ以上の続きは見ることが出来ない。

自分の中で美化されているから曖昧にしか覚えていないのかもしれないが、それも案外悪くないのかもしれない。

とはいえ、結婚の約束をした相手が居るというのは少し自慢になったりして、友達に自慢した。鼻で笑われた。ちょっと悔しい。

ベッドから身体を起こし、辺りを見渡す。
外の景色はまだ暗い。時計は4時を指している。

瞼が重い。もう一度寝よう。


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「ハル、いつまで寝てるの?」

ぼんやりする視界の中、目の前には自分を起こしに来た姉が立っている。高校3年生にしては身長が低く(本人はかなり気にしているらしい)かわいらしい姉である。
前に妹扱いしたら真顔で死ねって言われた。

「ん、もうちょっと寝ようよ。一緒に」

そう言って布団の中に姉を引きずり込もうとする。姉はそれをひらりと躱した後、困ったようにため息をつく。


「バカなこと言ってないで早く起きて朝ごはん食べて。それにゆっちゃんも来るでしょ?」

ゆっちゃん。ゆっちゃんというのは、近所に住んでる同級生の女の子。所謂幼馴染というやつだ。

どんな子なのと聞かれたら、とりあえず美少女。身長は低め、でもそんなに低くもない。タレ目で小動物みたい。ファンクラブとかありそう。こんな幼馴染がいると知られたら、どこかで誰かに呪われそう。猫が好きで、家でマンチカンを飼っている。なんか卑猥な響き。どうでもいいけど。

来ると言っても朝起こしにきたりする訳でもなく、彼女の部活の朝練に間に合うように家の前に来た彼女といつも一緒に家を出ている。正直自分はもっと寝てたい。学校近くはないし。

まあ、二度寝でもして姉に迷惑かけるのも嫌だし起きるとしよう。二度寝で気怠い身体を無理やり起こし、部屋を出る。


朝食はいつも姉が用意してくれている。親はまだ寝ている。毎日遅くまで働いて、俺達が学校に行った頃に起きてまた会社に行く。この生活はもう7年くらい続いている。

家事は最初の方こそ一緒にやったりしていたのだが、ここ数年は専ら姉に頼りっきりである。

「あんたさ、今日バイトだよね? 」

「うん、晩飯用意しなくていいよ 」

「できるだけ早く帰ってきなよ 」

「なに、寂しいの? 」

「……そうじゃ、なくもないけど、さ…… 」

姉の顔を見ると頬がほのかに赤くなっている。どうしたの、と思わず気になって聞いてみる。

「……なんでもないよ」

と言いつつも、顔は赤いままだ。姉との、こういうなんでもない朝のやり取り。変わらない日常。

俺は、そういうものが一番好きだ。



朝食を食べ終わり、身支度をして家を出る。家の前には、幼馴染の女の子。電子端末を片手に持ちながら待っている彼女に、なんだかなーと思いつつ、声をかける。

「おはよう」

彼女はそれまで気付いていなかったようで、慌てて手に握っている物をバッグの中に入れ、こちらに向き直る。

「おはよ、ハル 」

「うん、待たせてごめんな 」

「ごめんじゃないでしょ?何分待ったと思ってんの 」

そう言って彼女は頬を膨らます。口調からして、本気で怒ってるわけではなさそうだが、機嫌が悪くなっては困る。

トリ変更です。すみません


「いや、ほんとごめんな。なんなら、毎朝待ってなくてもいいのに 」

そのほうが俺も多く寝れていいしさ…とまでは言わなかった。

彼女は少し下を向いて、何か考えているような、神妙な顔をしてしまった。

まずいことをした。かもしれない。

「いや、別に一緒に登校したくないとか、そういうことじゃないからな?」

自分で言ってから、どこのツンデレだよと少し後悔した。

「……それならいいし 」

「私がハルを待ってるの、日課になってるし今更やめることでもないでしょ。」

「それに…… 」

彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
「それに?」と思わず聞き返す。

「朝くらいしか、一緒にいれないから 」


「お、おう……そうか 」

こう、面と向かって言われるとなんて返答をすればいいのか困ってしまう。
うまい返答ができればいいのだが、自分には無理らしい。

彼女はほのかに笑みを浮かべている。

「ほら、ちょっと急ごう?」

最寄り駅までの道のりを、彼女と2人、進んでいく。




校門の前で、体育館へ向かう彼女と別れ、教室へ向かう。

教室には先客が1人。

「あ、ハル。おはよう 」

彼の名前はコウタ。いつも朝早くから学校にいる。

コウタとの付き合いは高校から。たまたま入試の時の席が隣で、たまたま2年間同じクラス。

人付き合いがあまり上手くない自分にとって、この学校で初めて出来た友人であった。

成績優秀で、科目によるが学年トップを取ったりする。でもちょくちょく学校をサボる。あんまりつかみどころのない性格だが、話していて退屈しない。


「ハルは今日も、奥さんと登校か? 」

「……いや、一緒には来たけどあいつとはそういう関係ではないよ 」

「いっつもそう言うけどよ……。どこからどう見てもお前らカップルじゃないか? 」

コウタには以前からあいつのことでいろいろ聞かれている。たしかに、はっきりさせることが双方にとっていいことなのかもしれない。

でも、俺は幼馴染ーーーマユのことをどう思っているのだろう。

だから、俺は今回も言葉を濁して、「そんなんじゃないよ 」としか言う他なかった。

「好きなやつとか、いないんだろ? だったらあの子とそういう仲になるのも、悪くないんじゃないか? 」

「あぁ……好きな子、か……」

「なに、いる感じなの? 」

「好きな子…って言うか、気になる子…? 」

「どんな子? 俺が知ってる人? 」


「前にお前にも言ったことあるだろ、夢の話 」

「あー…… でもあれってハルの妄想じゃなかったっけ? 」

……たしかに妄想なのかもしれない。でも、だとしたら妙にリアル。
女の子の容姿が、好みにどストライクで(別にロリコンというわけではないが)夢の中で惚れそうにはなっていた。

「まぁ……もし仮に現実だとしたら、会ってみたい、とは思うな 」

これは本心だ。会ってどうにかなるわけでもないし、昔の約束だから覚えていなくても無理はないけれども。

「ハルがそこまで言うなら、きっと現実なんだろうな 」

そう言って彼は笑う。なんだか慰められてる気分。でも別に悪い気はしない。

また何か思い出そうと、あれこれ考えていると時間は早く過ぎ、予鈴がなる時間になっていた。

考えていても埒があかないので、とりあえず授業用のノートを出して眺めてみるものの、内容はちっとも頭に入ってこなかった。




「今週で学校は最後だぞ。最後の週だからってお前ら油断するなよ 」

担任がSHRでそんなことを言った。
担任は背が高く目鼻立ちのしっかりした若い人で、女子の間で密かに人気があるらしい。
「帰りてぇ……」が口癖で、17時以降彼の姿をこの学校で見た者はいないという。
大丈夫なんだろうか、この学校。

……来週から夏休みか、と思うけれど、夏休みといっても特にすることに変わりはない。
コウタとたまに遊んで、課題も無理のない程度に進めて、バイトをして、と普段と全く同じである。
高2の夏、これでいいのかな……と思いつつも、変わらないことに対する幸福感もあった。


自分はひとつのことを考えると、他のことは考えられなくなる性格であるし、テスト明けの授業という物は聞く気になれない。

関係詞がどうのとか敬語がどうのとかいう授業は普段ならあれこれと考えながらも耳には入っては来るのだが、その日に限っては、全く耳に入ってこなかった。



放課後になり、バイト先へと向かう。バイトはコンビニで、家と学校の中間地点、よりちょっと家の近くにある。

週4勤務だとあまり稼げるわけでもないのだけれども、なんだかずっと家に居てもなにもすることはないし、なにより親にずっと頼っているのもな……と思い、高1の夏から働き始めた。

夏休みのシフトも、今年の夏は稼ごう! と考えて結構きつめに入れておいた。

客の入りが無いときに、同じシフトの大学生のお姉様系先輩に声をかけられた。


「どうよ、今年は。彼女とかできた? 」

なんだかそんなことばかり聞かれる日だった。
そんなことを言う彼女は、年上独特の雰囲気を纏っている。姉と3つ、自分と2つくらいしか変わらないのになぜかとても大人に見える。

「いや、できてないです。夏休みの俺のシフト見ましたよね? 」

「うん、見たよ。ただ聞いてみただけ、世間話の一環だよ。でも、君は結構モテそうだけどね 」

モテません。関わりのある女子だって、片手で数えることができるほどしか居ない。

「いえ、全然モテないです。告白したこともないですよ 」

隠すこともないので、正直にいっておいた。

彼女はふーん、と一瞬つまらなそうな顔をした。その後に、何か思いついたように一言

「今年の夏は、いいことあるよきっと 」

そう言って笑みを浮かべる彼女は、やっぱりなんだか自分よりもずっと大人に見え、自分が子どもであると痛く感じた。

続きます

すみません。数日後に建て直します。

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