渋谷凛「GANTZ?」 その2 (1000)

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前スレ
凛「GANTZ?」
凛「GANTZ?」 - SSまとめ速報
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1479649614

豪雨となり、所々に雷が落ち続けている池袋。

どこからか降って来た巨大岩石にビルは崩壊し、謎の火災爆発により付近の車は吹き飛び建物のガラスは全て割れている。

あちこちで起きる異形の姿の化け物が人間を襲い、その化け物と戦う黒いスーツの人間達。

あるものは人を助けながら化け物を倒し、あるものは人に構わず化け物を駆逐して行っていた。

池袋は今、戦場となっており、無関係の人々はただ逃げ惑うばかりであった。

その戦場の中心地。

黒いスーツの人間達と3メートル近い背丈の鬼が対峙していた。

鬼が動く度に大気中に放電が発生する。

鬼から放たれる圧倒的な重圧はその場にいる者を飲み込み、動くことさえ出来ずにいた。

黒いスーツの者たちに近づくにつれ鬼は言葉を発する。

「ハンターーーー!! 俺を止めれるか!?」

鬼から電気がほとばしる。

「止めれるものなら、俺を止めてみろォッ!!」

周囲に落雷が再び落ちる。

その落雷は地に落ちるかと思う瞬間に、その軌道を変え、吸い寄せられるように鬼の手におさまった。

鬼の手には雷電が渦巻き眩い光を発している。

明らかに致死量の電撃、その電撃を手に宿して鬼は平然としている。

それどころか、その電撃は徐々に大きくなっていく。

「まずは貴様等を見せしめに殺す!! その後は貴様等の仲間を一匹残らず殺す!!」

鬼は電撃を宿した右腕を天高く上げた。

すると、その手の電撃は形を変化させ、まるで槍の様な形状に変化を始める。

「貴様等が終わッたら、この街の人間を全て殺す!! この街が終わッたら次の街だ!!」

雷の槍は3メートルは越える巨大な槍となり、大気中に放電が起き続ける。

「最後の一匹まで殺し続ける!! 全人類だ!! 貴様等人類を絶滅させる!!」

鬼が雷の槍を振りかぶったその瞬間、鬼を討つべく動く者達の攻撃が迫った。

いつの間にか鬼の周囲に接近していた6つの黒球。

すでにロックオンをしていた凛が動かした6つの黒球から閃光を生み出す。

それと同時に、加蓮が両の掌を鬼に向け、ハードスーツから閃光を生み出す。

その後方で、玄野がZガンの銃口を向け、鬼のいる場所に重力の奔流を生み出す。

3人同時の攻撃だった。

一瞬たりとも目を離さずに、全員が同時に鬼の虚を突く形で繰り出した攻撃。

全ての攻撃が鬼に当たった。

そう見えた。

だが、攻撃が当たるその瞬間、鬼の姿は忽然と掻き消え、全員が鬼を見失ってしまう。

凛「!?」

加蓮「なっ!?」

玄野「どッ、どこだッ!?」

全員が見失った鬼。

その鬼がどこにいるのかはすぐに分かる事になった。

上空から巨大な雷の槍を撃ち込まれた事で。

レイカ「きゃあああッ!!」

桜井「うッわァッ!?」

鈴木「あぐッ!」

今の攻撃で凛と加蓮と吉川以外の人間全員が同じ衝撃を体感した。

まずは衝撃。雷撃が落ちた衝撃をその身に受ける。

その後に感じるのは若干の痺れ。

豪雨によって、足元は水で満たされている。

その水に濡れた地面を伝い、雷撃は等しく全員に通電する。

そして、凛と加蓮と吉川以外の全員は、自分のスーツから異音と共に、ゲル状の液体が流れ出す瞬間を目にする。

それにいち早く気付いたのは玄野。

玄野「やッ、べェ!!」

全員のスーツが破壊された事に気付いた玄野は、即座に叫んだ。

玄野「全ッ員ッ! 逃げッろォ!! スーツがッぶッ壊れてンぞ!!」

凛「ッ!!」

その声にいち早く動いたのは子供を抱えた風。

次に稲葉と負傷した武田を連れた神奈川チームが撤退を始める。

その場に残ったのは、今だスーツが無事な凛と加蓮と吉川、スーツが壊れてしまった玄野・坂田・桜井・鈴木・レイカ、そして状況を飲み込めていない新人4人。

今だ数は12人と多かったが、すでにまともに戦える人間は凛と加蓮だけとなっていた。

一瞬でスーツを破壊された事実に玄野たちは顔を青ざめる。

だが、着地した鬼の手に先ほどと同じ巨大な雷の槍があるのを目にしてさらに顔を青ざめた。

玄野「2発目かよッ!?」

レイカ「ウ、ウソッ!?」

鈴木「ど、どうすれば!?」

焦る玄野達を尻目に、凛と加蓮は鬼を討つ為に攻撃を仕掛けるが、

凛「くっ! 動きがっ! 速過ぎるっ!」

加蓮「何これ!? 動きが見えないじゃん!!」

ロックオンをしていても当たる寸前で回避されて銃撃は地面に炸裂し爆発する。

凛と加蓮の攻撃を回避した鬼は、再び上空から雷の槍を投下した。

だが、その雷の槍は空中で何らかの力によって分解され、雲散する。

「何ッ!?」

それを見て驚愕を顕にする鬼。

そして、雷を分解した力を持つ男達、坂田と桜井は鬼との距離を数メートルまでの位置まで近づいており。

坂田「桜井ィ!! ヤツを空中で固定するぞッ!!」

桜井「はいッ!!」

鼻や目から血を流しながら手を上空に上げて、超能力を発動した。

「何だッ!?」

鬼は坂田と桜井の超能力によって空中で身動きが取れなくなり、何が起きたのかと自分の身体に目をやる。

その鬼の身体に4本の黒剣の切っ先が襲い掛かった。

それぞれの剣は凛と吉川と玄野が伸ばす剣。

吉川「何が何だかワカらねェが、喰らえッ!!」

玄野「今だッ!! 撃て撃て撃てェ!!」

凛「……ふっ!!」

無防備な状態の鬼に4本の剣が突き刺さる。

「ガッ!!」

剣が刺さると共に、加蓮がトドメの一撃を加えようと飛び上がり鬼に接近し掌を向けて閃光を……。

放つ間際に鬼の身体に落雷が直撃した。

加蓮「うあっ!?」

至近距離で落雷の閃光と直視し、轟音を聞いてしまった加蓮だったがハードスーツの防御性能のお陰で目にも耳にも影響は無かった。

だが、落雷の衝撃は加蓮の身体を吹き飛ばし落雷が落ちた場所から押し出される。

そこで、加蓮は見た。

鬼の身体が雷と一体化し、雷その物となる瞬間を。

それを全員が目にした。

吉川「炎のヤローと一緒か……」

先に同じような現象を見ていた吉川は鬼が雷に変化しても特に動揺はしなかった。

だが、他のメンバーは雷と変化した鬼に呆然としている。

桜井「な、なんだ……これ……」

坂田「……カミナリサマ……ッてやつか」

レイカ「く、玄野クンッ! どうッしよう!?」

雷となった鬼は悠然と空中で凛達を見下ろしている。

すでに坂田と桜井は超能力を鬼に使用していない。

それなのに、鬼は空中に静止している。

雷と変化した肉体から電撃を迸らせながら。

「ふッははははははははは!!」

鬼は笑いながら雷と化した腕を天高く上げて何かをしようとする。

それを見て玄野に寒気が襲い掛かり鈴木とレイカを見た。

そして、玄野はレイカに剣を手渡して、

玄野「抱えて伸ばせッ!!」

レイカ「えッ? えッ!?」

玄野「おっちゃん!! 逃げろォ!!」

鈴木「!!」

レイカは玄野の言葉に従い、剣を抱えるようにして伸ばした。

すると先ほど吉川が剣による無茶な移動と同じように、レイカの体は剣によって後方に押し出される。

玄野と鈴木は全力で走り出すが、

その直後に玄野達に落雷が直撃した。

玄野「ギッ!!!!」

鈴木「ウグッ!!!!」

凛「くぅっ!?」

加蓮「きゃぁっ!!」

吉川「うッぐァッ!?」

坂田「うッおおお!!」

桜井「うぁぁぁぁぁ!!」

落雷はこの場にいた全員に等しく落ちた。

だが、レイカだけは回避できていた。

剣による水平移動によって元のいた場所に雷は落ち、直撃を免れていた。

レイカ「あ、あぁぁ……」

直撃を免れたレイカは、移動する際に、玄野達を見ていた。

雷の直撃を受けながらもすぐさま立ち上がり行動しようとしている凛と加蓮。

直撃を受けて吹き飛ばされる吉川、そのスーツからは液体が流れ出している。

顔中の穴という穴から血を噴き出しながらも、手を上空に上げて超能力を発動しているであろう坂田。

同じく顔中を血に染めて超能力を発動している桜井。

レイカ「い、嫌……嫌ッ……」

そして、雷の直撃を受け、倒れ付す玄野と鈴木、新人4人。

レイカは玄野に駆け寄り、動かない玄野に触れ涙を零す。

玄野はうつ伏せに倒れたままピクリとも動かず、息もしていない様子だった。

レイカ「嫌ァッ!! 玄野クンッ!!」

玄野に縋り付いて泣き始めるレイカだったが、雷の音に身体を震わせる。

レイカ「ダメ……ここにいちゃ……また玄野クンに雷が……」

玄野を抱き起こしてレイカはこの場から移動を始める。

レイカ「ヤダ……ヤダよ……玄野クン……死んじゃ嫌……」

レイカは離れた位置の木の下で玄野を優しく降ろして、心臓マッサージを始める。

ここまで運んでくる間に玄野はすでに息もしておらず、心臓さえも止まっている状態だという事に気付いていた。

しかし、レイカは諦めなかった。

玄野が死ぬわけ無いと思いながら蘇生を試み続ける。

心臓マッサージと人工呼吸を続ける。

涙でグチャグチャになった顔で玄野に処置を続けていた。

そして……。

玄野「…………コハッ」

レイカ「!!!! 玄野クン!? 玄野クンッッッ!!」

玄野は奇跡的に息を吹き返した。

レイカ「しッかりしてッ!! 起きてッ!! 玄野クンッッッ!!」

薄っすらと目を開ける玄野は、ぼやけて見えるレイカの姿を誰かに重ねるように呟く。

玄野「タ…………エ…………ちゃ…………」

レイカ「ッッッ!!」

その言葉を言わせないようにレイカは玄野の口を奪い言葉を遮る。

数十秒そうして玄野を抱きしめながら、玄野の唇を奪い続け、レイカは玄野が気を失ってしまった事に気付きその唇を離す。

小さく呼吸をしながら玄野は気を失っているようだった。

その玄野を見ながら、レイカは手に剣を持って立ち上がる。

レイカ「玄野クン……待ッてて……」

レイカ「あたしが……すぐにあの星人を……殺して終わらせるから……」

雷鳴が轟く戦場に臆すことなく強い視線で前を見るレイカ。

スーツは壊れ、手に持つ剣の重量感を感じながらも、レイカは戦場に戻る。

愛するものを救うために、レイカは死地に向かって駆け始めた。

凛と加蓮は敵の能力に息を呑んでいた。

天から雷を落とす、回避することも出来ない攻撃。

すでに自分たち以外は雷の直撃によって戦闘不能……背後の数人にいたっては恐らく死んでいるであろう。

それに加えて、雷へと変化した鬼の肉体。

先の炎人間と同様に、剣での攻撃も銃の攻撃も何一つ通用しない。

それどころか、まず敵に攻撃が当たらない。

動体視力や超反射で敵の動きを捉える。それすら不可能なほどの高速の動き。

まさに雷の速度で動く鬼の動きをこの場にいる誰も捉えることができなかった。

落雷をこのまま喰らい続ければ凛と加蓮のスーツもすぐに限界が向かえるであろう。

加蓮「~~~っ! 凛!! どうするの!?」

凛「今っ! 考えてるっ!!」

加蓮「早くっ! しないとっ! いくらハードスーツって言っても! 壊れちゃうよ!」

凛「だからっ! 今考えてるっ!!」

落雷を浴びつつも、雷と化した鬼に攻撃を当てようとする凛と加蓮。

だが、狙いをつけることすら間々ならず、雷撃を受け続けている。

加蓮「もうっ!! この雷を何とかしないとどうしようもないって!!」

凛「雷…………っ!!」

凛は加蓮の言葉を受け、上空を見上げる。

その凛達に雷が何度目になるか分からない雷が直撃した。

凛「……加蓮、5分……ううん、3分くらい時間を稼ぐことって出来る?」

加蓮「時間を稼ぐって!?」

凛「アイツの気を引いてほしい、3分あればあの上の雷雲を何とかしてみせる。雷雲さえなくなればこんなに連続で雷を落とすこともできなくなる……はず」

凛の発言に加蓮は凛が何するかも聞かずに返答をする。

加蓮「3分でも5分でも稼ぐよ! すぐ行って!!」

凛が何をするかも分からないが、加蓮は凛に全てを託す。

このままだと埒が明かない、ただただ消耗し、確実な敗北が見えていたから。

凛は加蓮の迷い無い言葉に頷いて足に全神経を集中させて力を込め始める。

凛の足の筋繊維が大きく膨れ上がり、力がたまり始める。

そして、凛は力を解放して、地面に大きなクレーターを作り、上空に飛翔した。

凛と加蓮とは少し離れた位置。

坂田と桜井は持てる力を全開で使い、落雷を防いでいた。

顔中から血を撒き散らしながらも、何度も落ちる落雷を防ぎ続ける両者。

だが、二人の限界は目に見えていた。

幾度も落雷を防ぎ、落雷をかき消していた二人だったが、後数度の能力行使で限界が迎えるであろう事を感じていた。

そのときには、すでにスーツが壊れいてる以上、雷の直撃を受け死ぬという事も。

桜井「師匠ォッ!! もッ、もう、これ以上ッはッ!!」

坂田「………………」

桜井「しッしょォッ!! どうッすればッ!!」

坂田「……桜井、スキャ……ンしろ……」

桜井「!?」

雷が落ちるが、桜井は先ほどまでと違い今回の雷は全く衝撃がなかった事に疑問を抱くが、その疑問は坂田が今まで以上に血を吐き出している事によって理解する。

桜井「し、師匠!? まさか俺を守ッて!?」

坂田「俺が……雷を止める……お前は……空をスキャンしろ……」

桜井「ど、どういうことなんスか!?」

坂田「……あの雷野郎……体の中で……電気が渦巻いて……やがる……」

坂田「スキャンして……電気を……掻き消せ……そうすりゃ……」

血を吐き出しながら呟くように話す坂田の言葉を聞き、桜井は空を見上げて目から血を噴き出させながら能力を行使する。

今までに無い規模の透視能力。

見上げる空全体を透視する桜井の目に人型の雷が映った。

100メートル近く上空に位置する場所。

鬼は空に飛び立った凛を見て、その凛を迎撃する為に動きを止めている。

桜井はその鬼に能力を使用すべく手を向けるが、目に激痛が走り生み出そうとしていた力が掻き消えた。

その桜井に、誰かの手が支えられる。

坂田「桜井……奴は……どこだ……?」

桜井「し……しょう……」

桜井は鬼の位置を見上げる。

坂田もその場所を見る。

そして、二人は同時に手を上空に、鬼に向けて。

鬼の体内に渦巻く雷を消滅させた。

鬼は身体を雷と化したことで雷の速度で動き続けていた。

雷化したことによって、物理攻撃は一切通用しなくなったが鬼は一切の油断をしていなかった。

自分と同じ力を持つ、炎のオニ星人。

彼も一切の物理攻撃を通す事はなかった筈だが、最終的にはハンターの剣によってその命を絶たれた。

鬼がこの戦場に現れて、炎のオニ星人の死体を見たときに、鬼の中にあった油断は消え去った。

そして鬼は確実な戦法を選んでいた。

落雷を落とし続け、ハンターどもに攻撃の機会を与えずに封殺する。

鬼にとって幸運にも、この戦場には巨大な雷雲が発生して、自分の能力を100%引き出せる状態になっている。

先の戦闘ではハンターに味方した雷雲は、今、鬼に味方をしてハンターに牙を向け続けている。

鬼はこの好機を逃さずに確実にハンターを殺せる戦法を取り続ける。

雷化は相応のエネルギーを使うが、エネルギーは上空に腐るほど轟いている。

鬼にとって、絶対に負けることが無い好条件の戦場。

その鬼はハンターの一人が上空に飛び上がる瞬間を目にする。

そのハンターに雷を落とすが、ハンターは雷をもろともせずに飛翔し続ける。

鬼は何かを感じたのか、そのハンターを追うべく移動しようとするが。

鬼の身体の雷化が強制的に解除され、鬼は空中を落下しながらも驚愕に目を見開く。

「な、何だッ!? 何が起きたッ!?」

空中を落ちながらも地上を見やる鬼に二人のハンターが映った。

ハンターたちは血に濡れた顔で手だけを向けて不適に笑っていた。

鬼は理解する。この二匹が自分の雷化を解除したのだと。

「小賢しい真似をォォッ!!」

再び鬼は雷化をすべく、手を上げ自分に雷を落とそうとするが。

上空に上げた鬼の手が切断された。

それを成したのは数十メートル近く伸ばした剣を振り下ろした姿で地面に突っ伏しているレイカ。

数十メートルという長さの剣はレイカにとって支えきれるものではなかった。

剣は自重によって速度を増し、鬼の腕を切断し地面にめり込む。

雷化していない鬼は空中で身動きが取れずにレイカの一撃を喰らってしまった。

その一撃は鬼の行動を遅らせて、別の手で雷を落とそうとした鬼に黒い影が接近していた。

加蓮「貰ったぁっ!!」

「グガッ!!」

接近した黒い影、加蓮は鬼の胴体を切断し、二つとなった鬼の肉体に掌の閃光を撃ち込んだ。

鬼は残った太い片腕で頭を守ろうと防御するが、加蓮はお構いなしに閃光を撃ち続ける。

鬼の肉体は加蓮の閃光によって削り取られて、頭だけが地に落ち転がった。

それと同時に、大きな落雷が戦場に落ち、その落雷が落ちた瞬間、

上空で大爆発が発生して、池袋の空を包んでいた雷雲は跡形も無く消滅した。

戦場にいた全員が上空を見上げた。

上空数キロの位置で爆発が起こり赤い光が空を包む。

降り注いでいた雨は途絶え、轟いていた雷雲は消滅した。

少しの時間を置いて熱風が戦場を吹き荒れる。

大爆発の余波。加蓮はこの大爆発を起こした人間が誰かを察し、呆けながら空を見上げていた。

そして、しばらくして空から黒い人影が落ちて来た。

その人影は、満身創痍の坂田と桜井のそばに落ち、地面を陥没させて地響きを鳴らす。

その衝撃で坂田と桜井は倒れふすが、すぐに駆け寄ってきた凛によって抱き起こされる。

凛「っ!! 酷い…………ねぇっ、生きてる!?」

坂田「…………あァ……生き……てるよ……」

桜井「…………うぅ」

凛「よかった……」

二人の無事を確認し、ほんの少しだけ緩める凛だったが、すぐさま意識を警戒態勢に戻し、敵の位置を確認すべく周囲を見渡す。

その凛に加蓮が近づいてくる。

加蓮「凛……一体何をやったの、アレ」

凛「ロボットを自爆させただけ。それよりも敵は何処!?」

凛の回答に、また自分の知らない道具を使って、あの大爆発を起こしたのかと呆れる加蓮。

その加蓮はすでに倒した鬼の首が落ちた場所を指差すが、

加蓮「あそこ…………え?」

その場所に鬼の首が存在しなかった。

凛「加蓮!! アイツは何処に行ったの!?」

加蓮「ウソ……まさか……」

トドメを刺したと思った。

先に戦った再生タイプと違い、再生するそぶりも無く確実にしとめた感覚があった。

それ故に加蓮は油断した。

自分の感覚、何度も経験した命のやり取りによって培われた感覚が、加蓮に鬼を殺したと錯覚させた。

凛の視界に何かが映った。

加蓮の背後に光り輝く何かが現れた。

凛は加蓮を反射的に殴り飛ばす。

加蓮も気付いていた、何かが自分の背後に現れ、自分を殺すべく攻撃を繰り出した事に。

咄嗟に回避の体勢に移行した。

それと同時に凛に殴り飛ばされて、本来回避できるはずも無い攻撃を回避することが出来た。

だが、加蓮は目にする。

自分を攻撃してきたその攻撃は、自分を殴り飛ばしたままの体勢で固まる凛の顔に吸い込まれていく瞬間を。

それは放電する光の拳。

凛はその拳を無防備で受ける。

いや、無防備ではなかった、その拳が凛の装着するバイザーを破壊したその刹那、凛は拳の威力を少しでも減らすために首を動かし始める。

首を動かし、仰け反り始めたその時、加蓮は凛のスーツからゲル状の液体が零れ落ちるその時を見た。

落雷を幾度も受け、さらには雷雲に飛び込み電撃の嵐に晒され、最後には雷雲を吹き飛ばすためのロボットによる自爆の大爆発を至近距離で受けた凛のスーツは限界を向かえていた。

ゴキンッ!!

加蓮にはその音が生々しく聞えた。

そして見てしまう。

首が捻じ曲がり、生々しい音と共に凛の首が180度回転し、凛の頭が凛自身の背中に打ち付けられて、凛の頭が振り子のように揺れるその瞬間を。

今日はこの辺で。

凛の身体が力なく崩れ落ちる。

加蓮は、無残な凛の姿を見て、その身体を支えようとした。

叫びを上げてその身体を支える為に手を伸ばそうとした。

だが、加蓮はその想いを振り切り、自分に、凛に攻撃を仕掛けてきた雷化した鬼を討つべく全力で拳を振りぬく。

まだそこに居る。

すぐに殺せば凛はまだ助かる。

凛と出会って、まだ時間は1時間と経っていない。

だけど、加蓮は凛に何かを感じていた。

生涯の友になれるかもしれないと感じた。

もっと話をして、凛の事を知りたい。

何も知らずにこれが永遠の別れになるのは……。

加蓮「絶対に嫌ッッッ!!!!」

加蓮の想いを乗せた全力の拳は、

雷化した鬼にかすりもせず空を切り、

加蓮が繰り出した拳とは反対の方向に鬼は現れて、

加蓮に光り輝く拳を叩き込んだ。

加蓮「うッぎぁっ!!」

ハードスーツのヘルメットがはじけ飛び、加蓮は水平に吹き飛ばされていく。

そのまま数十メートルは吹き飛ばされるであろう勢いだったが、

数メートル吹き飛んだ加蓮に追いつき、鬼は拳を叩き込み加蓮を大地に叩き落す。

加蓮「ごっ……」

加蓮のハードスーツは破壊されたが、いまだに通常のスーツは無事。

だが、地中深くに押し込められた加蓮に鬼の攻撃を避けるすべはなく、鬼の一撃を貰うその瞬間、

坂田「うッ! オオオオオッッッ!!」

坂田が鬼に飛び込んできた。

しかし、雷化した鬼に、スーツの壊れた坂田が触れるという事は、

坂田「ガァッ!?」

坂田は全身に雷撃を受けてその場に崩れ落ちる。

鬼は無意味な突撃を行った坂田をゴミを見るような目で見る。

そうやって、鬼が坂田に意識を取られたその一瞬が、この場にいるもう一人の超能力者の力をまともに食らってしまう一瞬となった。

桜井「しィィィしょォォォォ!!!!」

桜井は雷化した鬼をスキャンして再び鬼の体内の雷を散らせるように能力を使用した。

坂田も桜井もすでに気付いていた。

この鬼の力の源が雷だという事を。

首だけになった鬼が元に戻ってしまったのも最後に落ちた雷を使って雷の力を吸収したからだと。

どんなに攻撃しても、雷と変わられてしまったら、全てが無駄になってしまう。

この鬼の体内にある雷を消してしまえば、もう雷雲も無い以上再生もされない。

再生されなければ、銃も剣も届く。

坂田と共に銃を撃ち込み倒すことが出来る。

桜井「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

桜井は能力を全開にして鬼の体内にある雷のエネルギーを散らし、半分近く消し飛ばしたところで、

「このッ! 下等生物がァッ!!」

桜井「…………ぐぱっ」

鬼に胸を貫かれ、貫かれた際に全身に電撃を流され、最後の抵抗をすることも出来ずに絶命した。

桜井の死体を忌々しげに投げ捨てた鬼は自分の肉体を見て怒りを顕にしていた。

「ヌゥアアアアアア!! このッ!! ゴミが一度ならず二度までも俺の身体をッ!!」

鬼の肉体は光り輝いていた雷化の状態を解除され、最初にこの場に現れた時と同じ状態となっている。

それは凛達が今まで行った行動が何一つ鬼に通じていないと言っても過言ではない状況。

雷雲は消えたが、鬼は変わらず怒気を発して叫び、戦えるものはすでにいないかと思われた。

だが、まだスーツが壊れていない少女。

加蓮は鬼に対して、最後の武装、黒い剣を伸ばして斬りかかった。

気配を消しての攻撃、それでいて全身の筋繊維は盛り上がり、今繰り出せるであろう最速の斬撃を鬼に繰り出し、

その一撃は、鬼の左腕を斬り飛ばす。

「ウッガァッ!?」

加蓮は振りぬいた剣の刀身を空中で返し、再び鬼に向かって振り下ろした。

目にも留まらぬ速度の返しの剣は、

鬼の脇腹を浅く切り裂いただけに終わり、

剣を振りぬいた体勢で固まった加蓮の腹に鬼の太い腕が触れ、

加蓮の細い腹を、鬼の腕が貫通して鮮血が舞った。

加蓮「ごっ……ぽっ……」

桜井と同じく、トドメに電撃を流されるその刹那、

ギョーン!! ギョーン!!

「ぐガッ!?」

鬼に銃撃が襲い掛かる。

それは地に伏した坂田が銃と手だけを向けて鬼に撃ち込んだ最後の攻撃。

坂田の銃撃は鬼の背中の一部を吹き飛ばし、最後に使用した超能力で鬼の体内にあった雷のエネルギーをさらに消し飛ばすが、

「オオオオオオオァァァァァアアアアアァァァアァ!!」

加蓮を投げ捨てた鬼の右拳が、坂田の頭に迫り、

坂田の頭は鬼の拳によって潰されて地面に赤い花を咲かせた。

この場にはすでに戦えるものは誰一人として残っていなかった。

坂田と桜井は死に、加蓮は胴体を貫かれその命の灯火は僅かしかない。

鬼は左腕を失うも、身体からほんの少しだけ電気を発しながら、両の足で立っていた。

背中と脇腹に傷もあるが、死に至る傷ではない。

勝ったのは鬼……。

だが、その鬼はある一点を見ながら微動だにしない。

「……出て来い、そこに居るのは分かッている」

鬼が何も無い空間に向かって語りかける。

視線を前に向けたまま鬼は動かない。

鬼の正面の空間に歪みが生じる。

バチバチと音を発しながら、長髪長身の男が姿を現した。

左手にはZガンを持ち、右手には黒い剣を持っている。

その男、和泉は戦場を見渡しながら薄く笑った。

和泉(あの女は……死んでいる……)

和泉(玄野も死にかけている……)

和泉(あのデカいスーツの女も腹を貫かれてもう死ぬだろう……)

和泉(奴等はコイツに敵わなかった……)

和泉(コイツさえ殺れれば、俺は……)

和泉の目に鬼の姿が映る。

凛を玄野を加蓮を、それだけではなくハンター全てを戦闘不能状態にした鬼の姿が。

和泉に高揚感が湧き上がる。

この鬼さえ殺せば、自分は間違いなくあの部屋の人間で最強。

凛も玄野も加蓮も倒せなかった相手。

凛が十数回クリアをしていようが、この鬼を倒せなかった。

つまりはこの鬼を倒す事は、十数回クリアに相当するという事。

和泉は高鳴る鼓動を落ち着かせながら呼吸を整える。

鬼を殺して証明する。

自分こそが、誰よりも強く、そして優秀であることを。

和泉はZガンを鬼に向け、その引き金を引いた。

戦場の中心から離れた場所。

そこで3人の少女は空を見上げている。

先ほどまで雷雲が立ち込めていた空は、謎の大爆発によって真っ赤に染まり、今は静寂に包まれている。

3人の少女、卯月、未央、奈緒は焦りを隠せずにいた。

今回は異常なことが起こりすぎている。

違うガンツチームとの合同ミッション。

明らかに異常な点数の中ボス。

天高く立ち昇る炎を生み出したであろう敵。

落雷が自然現象とは思えないくらい連続で落ち続けた。

そして、謎の大爆発。

卯月「わ、私たちも行きましょう……何か……すごく嫌な予感がするんです……」

未央「う、うん……私も、嫌な予感……する……」

奈緒「ああ……転送が始まらないって事は、まだボスが倒されていないって事だ……何かが合ったのかもしれねぇ……」

奈緒は手に持ったコントローラーを使いレーダーを起動してそのレーダーを凝視する。

奈緒「な、なんだ、こりゃ……」

未央「どうした……何、これ?」

卯月「真っ黒な点ですか……?」

今まで見た事の無い光点が表示されている。

3人にさらに不安が募る。

未央「し、しまむー! 早く行こうっ! しぶりんが心配だよっ!」

卯月「は、はいっ! 二人とも私の手を掴んでください!」

奈緒「加蓮……無事でいてくれよ……」

卯月は未央と奈緒の手を取り、空に浮かび上がる。

空を進むに連れて、3人の鼓動は激しくなっていく。

嫌な予感が止まらない。

闇夜で視界は悪い。

街の明かりは先ほどまでの雷や爆発の衝撃で消えてしまっている。

3人が漸く動くものを視界に捉えたときに卯月と未央は目を見張る。

その動く影は長い髪の女性のシルエット。

卯月はそれを見て速度を上げて影に近づくと、

その黒い影は凛ではなく、レイカであった。

レイカは上空の卯月達に気付かないくらいに必死な顔をして前に走っている。

この先に何かがあるのかと3人は視線を前にやると、

そこで見てしまった。

卯月「え……?」

未央「あ、れ?」

卯月と未央は何かを見て、疑問を浮かべた。

誰かが座っている。

顔が見える。

違和感はその顔が逆さまに見えることだ。

卯月はもう少しその何かに近づく。

高度を落とし、漂うように近づき、その何かが3人の目に飛び込んできた。

それを見て、卯月は二人の手を離して自分の顔を覆う。

未央は落下しながらも足を動かしそれに駆け寄ろうと空中で足掻く。

奈緒は顔を顰めてそれを見続ける。

それは座っていた。

正座をするような姿勢で座っている。

だが、その身体の背中に位置する場所に頭があった。

首はぶら下がるように伸び、流れるような髪の先を地につけ、

虚ろな目をした凛の瞳は、3人の姿を鏡のように映し出していた。

卯月「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

未央「し、しぶ、しぶ、やだ、うそ、ちがっ、こんなっ、いやっ」

奈緒「……くそっ」

未央は着地して、何度も転びながら、漸く座る凛の前までたどり着く。

未央「し、ししし、しぶ…………」

手を伸ばそうとしたが無残な凛の姿に手は空中で止まり震え続ける。

卯月は、顔を覆いながら手の隙間から凛を凝視している。

手の隙間から見える目は限界まで見開かれて血走っている。

その3人に、レイカが追いつき、

レイカ「本田さ……うぅッ!?」

レイカも見た。

とても生きていると思えない凛の姿を。

レイカ「し、渋谷さん……」

それだけではなかった。

その付近では、

レイカ「さ、桜井クン……それに坂田……さん?」

胸を貫かれて死んでいる桜井と、頭がない死体。

それを見て吐き気がこみ上げるレイカだったが、さらにもう一人の姿が目に入ったところで、視線の先に奈緒の背中が映りそのもう一人が誰なのかを判断できなかった。

奈緒は覚束ない足取りで歩く。

見てしまった。見覚えのある横顔、仰向けで倒れているその少女の姿を。

奈緒「…………加……蓮」

腹に風穴を空けて止め処なく血を流し続ける加蓮の姿を。

奈緒は膝から崩れ落ちて、加蓮の身体に触れた。

そのときだった。

加蓮「……な……ごぽっ」

奈緒「!! 加蓮っ!! 生きてるのか!?」

まだ加蓮は生きていた。

加蓮「…………つ…………は」

奈緒「喋るな! 喋んじゃねぇよ!」

加蓮の瞳が動く。

その瞳が動いた方向に目を見やると、そこには巨大な鬼の姿があった。

鬼はスーツの男を殴り飛ばし、スーツの男は身体を回転させながら奈緒たちの傍に叩きつけられうめき声を上げる。

和泉「うッ……ぐぁッ…………」

スーツの男、和泉は地面に叩きつけられて首の骨を折ったようで身動き一つとれずに奈緒達を見ていた。

奈緒は和泉を見ずに鬼だけを睨みつけていた。

加蓮をこんな状態にしたのはこの鬼だという事が分かったから。

奈緒「加蓮!! 死ぬなよ!! あたしがあの野郎をぶっ殺して終わらせるから!!」

奈緒はショットガンタイプの銃を構え鬼に向かって駆け始めた。

それと同時に、未央も鬼を見る。

巨大な鬼、だが恐怖感は無い。

未央にあるのは純粋な怒りの感情。

凛をこんな目にあわせた鬼に対する怒り。

未央はレイカが持っていた小銃を奪い取り、Y字銃と小銃を構えて鬼に向かって跳躍した。

未央「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

そして空中で浮かんでいた卯月。

手はもう顔を覆っていない。

ゆっくりと下りていく卯月の両手はホルスターに伸び、剣と小銃を持ち血走った目で凛を見続ける。

卯月「……りん、ちゃん」

卯月の視線はそのまま動き、鬼を見据える。

卯月「りん、ちゃんを……」

卯月の視界が真っ赤に染まる。

卯月が始めて抱いた感情は視界に映る鬼に全て注がれていた。

卯月「凛ちゃんを返してぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

殺意を滾らせながら、卯月は恐ろしい速度で鬼に襲い掛かった。

鬼はハンターの男を殴り飛ばして深く息をついた。

大きな銃で自分を狙っていたハンター。

大きな銃の銃撃を回避して、殴りつける寸前に右腕を浅く斬られた。

ハンターは明らかに大きな銃を使い慣れていないようだった、もしも最初から剣で攻撃をされていたらもう少しは苦戦したかもしれないと思う。

ハンターを吹き飛ばした鬼は殆ど失ってしまったエネルギー、雷のエネルギーを得るべく行動を開始しようとした。

だが、その鬼に上空から突風と共に黒い影が襲い掛かった。

その黒い影は銃撃を撒き散らしながら、剣で鬼の足を切り裂いた。

「グガッ!?」

銃撃はロックオンもされていなく、鬼には当たらず地面に炸裂し鬼の周囲が爆発した。

だが、その斬撃は鬼の右足を深く斬り裂き、鬼は片膝をついて黒い影を見る。

その黒い影は卯月。

空を飛翔してとてつもない速度で再び襲い掛かってくる。

そして、鬼に襲い掛かってくるのは卯月だけではなかった。

鬼の側面から奈緒がショットガンを構え鬼に襲い掛かり。

卯月とは別方向の上空から未央がY字銃と小銃を構えながら襲い掛かってくる。

3人同時の攻撃。

先の卯月の攻撃で体勢を崩している鬼はその3人を見ても動かない。

すでに体内に残っている雷のエネルギーは2割を切っている鬼。

もう雷のような速度で動くこともままならない。

恐らくは今の卯月のほうが速い。

鬼にとって絶体絶命のこの状況。

だが、鬼は笑う。

「ぶははははははははははははッッッ!!」

鬼は3人が突っ込んでくるその瞬間、

体内に残ったエネルギーを全て外側に放出し、

襲い掛かってきた3人に電撃を直撃させ吹き飛ばした。

卯月「いぎっ!!」

未央「あがぁっ!!」

奈緒「がはっ!!」

3人のスーツは空中で液体を撒き散らしながら破壊され、3人はそれぞれ別方向に吹き飛ばされ地面に叩きつけられて意識を失う。

「グッ……グゥゥゥ…………クソがッ!!!!」

憤怒の表情で吐き捨てる鬼。

鬼も満身創痍。

エネルギーも切れた。

一刻も早く雷のエネルギーを手に入れ回復しなければならない。

最高の状態で戦闘を始めてここまで追い詰められるとは鬼は考えていなかった。

それ故に苛立ちを隠せずに足を引きずりながら歩き始める鬼。

その鬼の前に、銃を構えたレイカが立ちふさがる。

レイカ「ハァッ、ハァッ! く、玄野、クンッ!」

鬼はレイカを、レイカの構える銃を見て身体を無理矢理捻った。

ギョーン!!

レイカ「ハァッ! ハァッ!」

レイカは引き金を引いた。

そのレイカの身体を鬼の右腕が殴り飛ばす。

レイカ「あぐぅ!!」

レイカが数メートル吹き飛ばされて、

「ウッガァッ!!」

鬼の右腕も爆発した。

その場で崩れ落ちる鬼。

その顔は悪鬼のごとく見るもの全てを恐怖させるような顔に変化していた。

「クソッ!! クソがッ!! 何てザマだッッッ!!」

すでに鬼には両腕が存在せずに、背中と脇腹と右足に深いダメージを受けている状態。

一刻も早く雷のエネルギーを得て、雷と一体化をして、肉体を再構成せねば危険な状態となっていた。

鬼は立ち上がり、己の腕を吹き飛ばしたレイカに近づきその身体を蹴り飛ばす。

レイカ「うッげぇッ!」

血反吐を吐きながら紙くずのように飛ばされたレイカは地面を数回バウンドして意識を失った。

レイカを蹴り飛ばした鬼は蹈鞴を踏んで、全身の痛みを感じる。

「グゥッ」

それと共に、鬼もバランスを崩し地に伏せる。

気力を振り絞っての攻撃、鬼の限界も間近であった。

鬼は辺りを見渡して、数十メートル先に横転した車を目にする。

「ハァッ……ハァッ……クソッ……」

鬼は応急処置で車に積まれているバッテリーから雷のエネルギーを得る為に動き始めた。

その動きは遅い。

何度も転倒しながらも、確実に車に近づく鬼。

その鬼が、背後で気配を感じた。

ジャリッ……ジャリッ……。

足を引きずるような音。

人の気配。

鬼は振り向く。

その振り向いた先には。



左手で己の髪を掴み、歩くたびに頭を揺らし、恍惚とした表情の凛が鬼に向かって近づいてきていた。



今日はこの辺で。

――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――――
――


「…………ちゃ……」

「……ぶ…………て」

…………何?

「…………い、……ん……きろ……」

「……う、凛……った……」

……声が聞こえる?

「凛ちゃん! 起きてくださいっ!」

「しぶりん! おきろーーっ!!」

「凛~、もうそろそろ起きないとヤバイって」

「本番前なのによく寝れるよな……凛!! 起きろって!!」

凛「……ん…………?」

私は閉じていた目を開く。

どうやら眠っていたようだった。

薄っすらと光が入り込む視界に、4人の女の子の姿が映し出された。

凛「……卯月? 未央に加蓮、奈緒…………あれ?」

卯月「あっ! おはようございます、凛ちゃん!」

未央「しぶりーん、まだ寝ぼけてるの?」

凛「え? あれ?」

奈緒「駄目だこりゃ……本当に寝ぼけてるぞ」

加蓮「凛~~……今日は何の日か分かる?」

凛「何? 何、これ?」

4人はそれぞれ綺麗な衣装を着ている。

卯月はピンクを基調とした、桜をイメージさせるドレス。

未央は黄色のドレスで、星が煌くような輝きを見せている。

加蓮は清楚な白のドレス、加蓮が醸し出す儚さげな印象もあいまって神聖さが垣間見える。

奈緒は漆黒のドレス、吸い込まれるような漆黒は神秘的でミステリアスな印象を際立たせていた。

4人全員、これ以上無いと言えるほどの美しさを際出せる衣装をその身に纏っていた。

凛「なんで、みんなそんな格好をしてるの……? 私達は…………あれ?」

私達は、何をしていたんだっけ?

奈緒「おぉーい!? 本当にどこまでなんだよ!? 今日は凛の晴れ舞台の日だろ!?」

凛「えっ? えぇ?」

加蓮「凛~~~、シンデレラガールがそんな調子でどうするの?」

凛「し、シンデレラガール?」

未央「かみやん、かれん……しぶりんは346プロのアイドルの頂点に君臨した女帝! いわばこれは王者の貫禄ってやつなのだよ!」

凛「み、未央? 何言ってるの?」

みんなが何を言っているのかが分からない。

私達は…………をしていたはずなのに。

卯月「ほらっ! 凛ちゃん、立って下さい! 今日の衣装を見れば思い出しますよっ!」

凛「わわっ!? う、卯月、ちょっと…………え?」

卯月に立たされて私は今どこにいるのかに気がつく。

大きな楽屋、その楽屋に取り付けられた一面の鏡の前に立たされて、私は今自分がどんな格好をしているのかに気がついた。

蒼と白のドレスを着ている。

雲ひとつ無い空を連想させる蒼。

新雪が降って来たかのような白。

幻想的なドレスを私は着ている。

頭にはいくつもの宝石であしらわれたティアラ。

星の輝きのような宝石はドレスにもちりばめられている。

まるで童話のお姫様のような姿の自分が鏡に映し出されていた。

凛「…………あ」

奈緒「何だよ反応? 本当に大丈夫か?」

加蓮「シャンとしないと! もう時間ないよ!?」

未央「みんなが盛り上げたステージ、大トリなんだから集中しないと!」

卯月「凛ちゃんっ、ほら、行きましょう! シンデレラの舞踏会、楽しんでいきましょうっ!」

凛「あっ」

私はみんなに手を引かれ楽屋を出て走り始める。

思い出してきた。

今日は346プロの最大級の企画、シンデレラの舞踏会に私は出演しているんだった。

今の今まで、何もかもを忘れていたような気がする。

こんな大事な日にこの有様、みんなに呆れられても仕方ないや。

駄目駄目、集中しないと。

これから、今日の大一番、シンデレラの舞踏会の最後の大トリを勤めるのは私たちなのだから。

私たちはステージの様子が見えるモニターのある控え室に来ていた。

モニターからは、  と  の姿が。

……あれ?

未央「うはぁ~、この控え室にもお客さんの歓声が聞えてくるようだよ!」

うん、画面越しにも伝わる熱気、今ステージに立つ二人が会場中のお客さんの心を掴んでいる。

卯月「愛梨さんと、蘭子ちゃん、流石ですっ!」

そうだ、愛梨と、蘭子、ステージ上の二人の名前。

何で二人の名前が出てこなかったんだろう?

奈緒「凛! ボケボケしてると前任のシンデレラガールに全部持ってかれちまうぞ!?」

そうだ、二人はシンデレラガール。

346プロのアイドルは年間を通してファンからの人気投票を受け、その結果がこのシンデレラの舞踏会で開票される。

トップの投票数を獲得したアイドルはシンデレラガールと呼ばれ、名実共にその年の最高のアイドルとして認知される事になる。

初代が十時愛梨、2代目が神崎蘭子、そして今年のシンデレラガールが。

加蓮「ほら、シンデレラガールの渋谷凛さん? そろそろ目が覚めた?」

凛「うん」

そう、私だ。

今日の最後は私のステージ。

ううん、私だけのステージじゃない。

私を支えてくれたファンのみんな。

沢山のスタッフの人たち。

シンデレラプロジェクトのみんなや、沢山の仲間たち、

それに、ずっと一緒にやってきてくれた、

卯月、未央、加蓮、奈緒。

私にとって特別な4人。

私達5人のステージ。

本来ならソロステージになるはずだったけど、私が頼み込んで今日の最後のステージは5人で立つことが実現した。

それなのに、さっきまで何もかも忘れていた。

はぁ……私って本当に駄目だなぁ。

凛「ごめんね、みんな、こんな時にボケボケしちゃって」

奈緒「おっ、やーっと戻ってきたか!」

加蓮「このまま寝ぼけてステージを台無しにしちゃうんじゃないかってハラハラしたよ?」

卯月「加蓮ちゃん、凛ちゃんは今日の為に毎日頑張っていたんですから。ちょっとだけ疲れていたんですよ!」

加蓮「ふふっ、わかってるって」

未央「おっ! とときんとらんらんのステージもそろそろ終わるみたいだよ!」

モニターが振動するくらいの大歓声がステージに巻き起こっている。

二人のステージが終わったようだ。

私達はそれを見てステージ裏まで移動する。

未央「うぅ~~、緊張してきたぁ~~!」

奈緒「その割には、笑ってるじゃん」

未央「緊張はするけど、それ以上に今日のステージが楽しみだからね!」

加蓮「そうだね。凛が作ってくれた、私達トライアドプリムスとニュージェネレーションが競演するステージ」

卯月「しかも、それがシンデレラガールになった凛ちゃんのお披露目と一緒にできるんにですから!」

ステージ裏まで来た私達を待っていてくれた人がいた。

その人の姿を見て私は顔がほころんでしまう。

凛「プロデューサー」

P「渋谷さん、皆さん、いよいよですね」

凛「うん」

私をずっと支えてきてくれた人。

私にアイドルの道を示してくれた人。

最初は変な人だと思った、しつこくアイドルに勧誘してくる変な人。

でもあの時、この人と出会っていなかったら、今私はこの場にいなかったのかもしれない。

この人と出会っていなかったら、私はずっと何も見つけられないままだったのかもしれない。

今日、この場所にいられる感謝を、

私は今からのステージでこの人に伝えてみせる。

凛「プロデューサー、見てて」

私の想いを込めた言葉。

P「もちろんです。私はあなたのプロデューサーですから」

プロデューサーも私の想いを受け止めてくれた。

今までアイドルをやってきた万感の思いを胸に、

私は、私たちは、光り輝くステージに向かって歩き始めた。




――――待って。



その声に私は振り向く。

そこに居たのは…………黒いスーツを着た…………私?

――アンタが行く場所はそっちじゃないよ。

凛「な、何? わ、私?」

――そう、私はアンタ、アンタは私。アンタの居場所はそこじゃない。

凛「居場所……わ、私の居場所はここ! プロデューサーやみんなが私を……」

――違うよ、それはまやかし。そろそろ目を覚ましなって。

怖い、何かが私の中に入ってくる。

黒いスーツを着た私はいつの間にか私の背後から抱きしめるように私の首に手を回している。

首元が熱い、熱いだけじゃなくて、すごく、キモチイイ。

凛「い、嫌……怖い、止めて……止めてっ!!」

私は私を振り払う……けど、どんなに強く振り払っても、私に抱きつく私は離れてくれない。

――世話をかけるよね私って、ほら、もっと感じなよ。

凛「っっっ!!」

また感じた。すごくキモチノイイ何かを、怖い、頭の中が何かに塗りつぶされていく。

――そう、早く目を覚まして、そうしないと……。

凛「嫌っっっ!!!!」

私は私を無理矢理突き飛ばした。

そして、あの人に、みんなに助けを求めて、

凛「み、みんな、助け…………」

私の視界には5人の黒いスーツを着た私が映し出されていた。

――はぁ……。

――多少無理矢理でも。

――戻ってもらうよ。

――アンタの居場所は。

――こっちなんだから。

私は私自身に引きずられてステージから離れていく。

どんどん離れていく。

頭の中に何かが入ってくる。

ステージが離れて……離れて…………。

首が、熱い。

キモチイイ。

頭が、沸騰しそうだ。

あっ、あっ、あっ、そうだった。

私は。


――
――――
――――――――
――――――――――――
――――――――――――――――

凛の瞳に光が戻る。

凛がまず感じたもの。

それはとてつもない快感、自分の首から全身に広がるように快楽の波が走り抜ける。

凛「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!」

凛の瞳がぐるりと回転し、白目になり全身を振るわせ続ける。

その状態が続き、凛は悶絶を続けていた。

全身が震えるたびに、首から恐ろしいほどの快感が伝わり続ける。

凛はこの何物にも変えがたい快感を貪っていた。

何度も何度も絶頂に達しながら、凛の体感では永遠に感じられる最高の時を通り過ぎ、漸く凛に思考する余裕が戻ってきた。

凛(ンッ……はぁぁン……な……ぁん……これ……)

チカチカと火花が散るような視界が逆さまになっている事に気がつき、凛は首を動かそうとするが。

凛(ひぃぁぁっ!? ま、った、ぁぁっ!)

首は動かずに、ただ快感だけを凛に伝えていた。

その状態がしばらく続き、凛は自分の首に異変が起きている事に気がつく。

凛(さ、さっき、から……声、でな……い。私の、首……折れてる?)

凛は壊れた人形のように腕を動かして自分の頭を支えた。

おかしな位置にある頭、背中部分にある頭を両手で支えてゆっくりと持ち上げる。

動かすたびに快感が走るが、優しく丁寧に凛は頭を持ち上げ、いつもの視界が確保できる位置に持ってきて理解する。

凛「……けふっ……こほっ」

凛(やっ、ぱり、首、折れてる……何で、生きてるの? 私……)

凛は自分の首が折れていると思っていたが、実際のところ、凛の首は折れていなかった。

幾重にも重なった幸運。

鬼の拳は凛のスーツを破壊した、だが凛のスーツは鬼の拳の威力を8割方殺した上で限界を向かえた。

だが2割残った威力でも凛の細首を粉砕する威力はあったが、粉砕を免れたのは凛が自ら首を動かしてさらに拳の威力を殺したため。

首を捻り、仰け反り、拳の威力を落とし、さらに威力を落とそうと仰け反ったところで、凛の首の骨が外れた。

骨は折れず、神経系は無事なままだったが、外れた衝撃と、首が伸びきり神経を圧迫されて凛は気を失った。

凛が目を覚ましたときには、通常ならば激痛で動くことすら出来ないほどの痛みを発する首が、凛の脳内から生み出された異常な量の脳内麻薬によって全てが快感に置き換わり、今に至る。

凛は頭を持ったまま、焦点が合わない目で辺りを見ていた。

まず凛の目に入ってきたのは、レイカを蹴り飛ばす鬼の姿。

自分をこんな目に合わせた鬼の姿。

凛(……あい、つ)

ボロボロとなっており転倒する鬼を見て、少しだけ思考がクリアになる凛。

凛(……まだ、終わって、ない)

凛(……あいつ、を殺さ、ないと)

凛は自分の武装を確認するが、スーツは破壊されて、掌の閃光を打ち出すことが出来ない。

バイザーは破壊されて黒球を動かすことも出来ない。

大剣2本はかなり遠くに飛ばされているようだった。

Zガンは吹き飛ばされたのかどこにも見当たらない。

通常の銃も今回は持ってきていない。

武装が何も無い状態だった。

凛(……何か……落ちて、ないの……?)

首が折れていると判断した凛は首を無理に動かそうとせずに視界に映る武器になりそうなものを見定める。

凛(銃…………見当たらない。剣…………駄目、ない)

そこで目にした。

破壊されたハードスーツ。

肘部の刃が折れて地面に突き刺さっている。

凛(…………あった)

凛はそれを手にする為に、頭を抱えながら立ち上がる。

凛(動け……る、でも…………んぁぁっ……)

動くたびに感じてしまう。

少しの振動が凛に快感を感じさせる。

今の凛にとって、痛みは快感になっている。

動くたびに感じて達してしまう今の状態はある意味地獄であった。

凛(……はぁっ……んんっ……も、うっ……)

いつの間にか髪を握り締めながら凛は刃の元にたどり着く。

刃を引き抜きながら右手にジワリと快感が走る。

引き抜いた際に手の平を刃で切ってしまったようだ。

その感覚を感じて、凛は何を思ったのか、

折れた刃を立て、手の平をその先端に這わせて、ゆっくりと自分の右手に突き刺し始めた。

凛「ンア゛ッ!」

ズブズブと凛の手に埋没していく刃、押し込むたびに手から本来伝わるはずの痛みが快感へと変化し、凛は口から唾液を零しながら刃を押し込み続ける。

やがて折れた刃は凛の右手の中に埋没する。

凛は右手から血を滴らせながら足を震わせて立ち上がった。

おぼろげな意識の中で、凛は鬼に向かって近づき始める。

凛「…………ぶきをぉ……かくしてぇ……」

足を引きずりながら歩くたびに感じ続ける。

凛「……ゆだん……させてぇ……」

髪を掴んで頭を持ち上げているため、歩くたびに頭が左右に揺れる。

凛「あいつにぃ……ぶすっとぉ……さしちゃおぉ……」

恍惚な笑みを浮かべながらジリジリと鬼に近づく。

その距離が数メートルとなったところで鬼が振り返り凛に気がつく。

鬼の顔に驚愕に近い表情が浮かぶ。

先ほど殺したはずの人間の女。

その女が自分の頭を支えながらゾンビのように近づいてくる。

その表情は快楽に溺れきった顔。

焦点の定まっていない眼が目まぐるしく動き、最後に鬼に視点が定まる。

「何だ…………貴様は…………」

鬼は得体の知れない感情に固まってしまう。

凛を見て、攻撃をしてくるそぶりも見せないハンターに、鬼は今まで抱いたことも無い異様な感情を抱いて、凛を見たまま静止する。

その鬼に、凛は優しく抱きついた。

正面から、まるで恋人の胸に飛び込むように。

鬼にはその凛を支える力も無かったようで、押し倒されるように倒れこむ。

凛は鬼に足を絡ませ、頭を支えていた左手も、刃を隠した右腕と一緒に鬼の背中に回す。

凛の頭がぐらりと落ちそうになるが、凛は目の前にあった鬼の首に全力で噛み付いてその頭を固定する。

「グゥッ!?」

鬼は凛の噛み付きで漸く意識を戻し、凛を振りほどく為に動こうとするが、

すでに遅すぎた。

鬼の背後に回った凛の右腕が裂け、中から刃が突き破って現れ、

凛の腕から飛び出ているその刃を左手で掴み、凛は鬼の背中を、

思いっきり突き刺した。

「グハァッ!?」

凛(ンッ、はぁぁンッアァァ!!)

鬼の胸から突き出た刃は、凛の胸にも浅く刺さる。

刃から伝わる鬼の血が、凛の身体に伝い、刺さった傷口に触れたときに凛は幾度になるかも分からない絶頂を向かえ、

噛み付いた鬼の首を噛み千切った。

「ゴフッ……」

凛の頭がゆっくりと凛の背面に落ちぶら下がるのと、鬼の身体がゆっくりと大地に沈みこむのは同時だった。

凛は鬼に馬乗りになって妖艶な表情で全身を痙攣させていた。

鬼はすでに致命傷を負い、動くことすら出来ない。

ただ凛の行動を見ることしか出来ない。

何度も痙攣していた凛が、ひと際大きく痙攣し、再度動き出す。

凛の視界には鬼の姿は映っていない。

首があらぬ方向にある為に凛は鬼が倒れ付した事に気がついていない。

そして、凛は、左手に持った刃を、

鬼がいるであろう場所に、鬼を突き刺すために振りぬき、

自分の腹部を突き刺した。

凛「ひっ、アァアァァ!?」

凛の口から血が吐き出される。

朦朧としながら何かが起きた事を悟る凛。

攻撃をされたのかもしれない、そう思った凛は、

自分の腹部から刃を引き抜き、鬼がいるであろう場所に再び刃を振りぬき、

自分の腹部を深々と突き刺す。

凛「ン゛ン゛ン゛ア゛ァ、あ、ぁぁぁぁ、ぁ、……ぁぁ……」

それを繰り返す凛。

おびただしい量の血を吐きながら、何処までも幸せそうな顔で、自分の腹を突き刺し続けていた。

グチュリ、グリュリと突き刺し続け、

転送されるまでの間、凛は自分の腹を刺し続け桃源郷を彷徨っていた。

静寂に包まれた戦場後に艶めかしい凛の声が響き渡っている。

凛の声が小さくなり始めて転送が始まった。

倒れ付す、卯月、未央、奈緒が転送されていく。

3人は気を失ったまま、戦いの結末を見ることなく転送される。

続いて加蓮とレイカが転送されていく。

2人も意識を失ったまま、加蓮は命のともし火が尽きる寸前に転送された。

次に少し離れた場所の玄野と吉川。

撤退した風と稲葉と子供、武田を含む神奈川チームも転送されていく。

誰一人、今回の結末を見たものはいない。

だが、一人だけ、

意識を失わずに全てを見ていた人間がいた。

首をぶら下げたまま未だに自傷行為を続ける凛を見る唯一の男。

和泉は一部始終をその眼で見続けていた。

凛のその尋常ではない行動を凝視していた和泉の瞳は、

恐怖の色に染まり、誰かに助けを求めるような色をしていた。

今日はこのへんで。

誰もいないガンツの部屋。

部屋に鎮座するガンツから光線が伸び、人を転送し始める。

始めに転送されてきたのは、卯月。

卯月「うわああああああああっ!! ああああああっ!!」

卯月「うぁぁぁ………あ……あれ?」

卯月は剣と小銃を前に構えながら状況を飲み込めずにいた。

荒い息をつきながら、ガンツの部屋に戻ってきた事に気がつき、

卯月「終わった、の……?」

その場に座り込む。

そして、ミッションが終わった事に対する安堵感ではなく、転送される前に見てしまったあの光景を思い出し涙を零し始める。

卯月「うっ……うぅぅっ……りん、ちゃん…………」

卯月「えぐっ……りんちゃぁん……うぇぇぇ……ひぐっ……」

首がへし折られて、瞳に何も映していなかった凛の姿。

卯月はその場に蹲って泣き続ける。

そうしている間に、次の帰還者が現れる。

未央「ああああああああああああ!!」

必死な形相で両手に銃を構えて戻ってきた未央。

未央「ああっ!? 何!? 何なの!? どこここ!?」

自分がガンツの部屋に戻ってきた事に気がつかず辺りを見渡した未央は蹲って泣いている卯月の姿を目にして、自分がガンツの部屋に戻ってきたのだと悟った。

未央「私……あっ……しまむー……」

その声に卯月は顔を上げて未央を見る、瞳から大粒の涙を零しながら。

卯月「みおちゃぁぁぁん……りんちゃんが、りんちゃんがぁ……」

未央「あ…………あぁぁ……」

未央も思いだしてしまう。

悲惨な姿の凛を。

未央「うぁぁぁ…………」

未央もその場に崩れ落ち、卯月と同じように涙を零し始める。

未央「しぶ、りんが……やだ……やだよ……うぅぅっ……」

卯月「えぐっ、ひっく、うぅっ……」

未央「やだ、やだやだ、やだぁぁぁ!!」

卯月「うぁぁぁぁぁぁぁん!!」

二人はお互いを抱きしめあいながら泣き続けた。

死んでしまったであろう凛の事を想って。

少しして二人の傍にレイカが転送されてくる。

レイカ「はぁっ! はぁっ!」

レイカ「お、オニ星人は!?」

レイカの目に黒い球体が飛び込んできて、今回のミッションが終わったのだと気付くと、レイカは胸に手を当てながら息を深くついた。

自分の傍で泣きじゃくっている二人に気がつき、声をかけようとするが。

レイカ(あ……渋谷さん……)

レイカも凛の姿を思い出す。

そして二人がここまで泣いているのも、凛が死んでしまったことが原因だという事も気付く。

レイカ(いつも3人一緒だッたし……島村さんも本田さんも何か話すときは渋谷さんの事をよく話題に出してた……)

レイカ(二人にとって大事な友達が死んじゃッた……)

レイカ(どう声をかけてあげればいいの……)

レイカは気を落としながら視線を二人から外して、部屋に自分たち以外誰もいない事に気がついた。

レイカ「えッ? 玄野クンは……?」

一気に顔を青ざめ始めたレイカだったが、そのレイカの前に転送されてくる人間が現れる。

レイカ「!!」

顔の輪郭が見えた。

転送されてきた人間は玄野だった。

玄野「あ……レイカ……さん?」

レイカ「玄野クンッ!!」

玄野「終わッた……のか?」

レイカ「よかッた……よかッたぁ……」

玄野「えッ!? えぇッ!?」

玄野に近づき、手を握り涙ぐむレイカに玄野は顔を赤らめながら戸惑いを隠せずにいた。

レイカ「玄野クン……死んじゃう寸前だッたんだよ? 心配したんだから……」

玄野「えッ!? 死ぬ寸前ッて……そ、それより、近い、近いッて!」

レイカ「あッ! ご、ごめんなさい」

玄野はレイカに密着されて挙動不審になっていると、玄野の反応に気付いたレイカは慌てて距離を取る。

心拍数を大きく上げた玄野は、レイカの顔を見続けていたが、すぐに卯月と未央の泣き声に気がつき二人に目をやる。

玄野「島村さんに本田さん、泣いてるのか?」

レイカ「あッ……」

玄野「何かあッたのか……?」

卯月と未央は玄野達が帰ってきたことにも気付かないくらいに、ただただ泣き続けていた。

レイカ「……渋谷さんが死んじゃッたの」

玄野「………………はぁ?」

レイカが言った言葉、玄野はその言葉を理解するのに1分近くかかってしまった。

渋谷さんが死んだ。

凛が死んだ。

玄野「は? ウソだろ?」

レイカ「ウソじゃないよ……渋谷さんが首を折られて死んでる所、あたしも見たから……」

玄野「い、いやいや、ありえねーだろ? アイツが死ぬッて、ありえねーッて!」

笑いながら否定する玄野だったが、暗い顔をするレイカと泣き続ける卯月と未央たちが冗談を言っているものではないと理解して、数歩後ろに後退してそのまま座り込んだ。

玄野「ウ……ソ、だろ……」

千手観音やチビ星人、自分の敵わなかった星人を屠ってきた凛。

何回も何回もクリアをし続けて、この部屋の狩りを好きだといっていた凛。

最初はその容姿に目を奪われたが、凛の事を知るうちにそういった感情は消え去り、今ではこの部屋で一番長い付き合いとなった戦友としか見れなくなった。

気兼ねなく話せる戦友、そしてこの部屋で絶対の信頼を置いていた人間。

だが、その凛が死んだ。

それを意識した玄野の目から一筋の涙が零れ落ちる。

レイカ「玄野クン……」

玄野「ンだよ、これ……」

涙を拭いながら、自分が抱いた悲しみも心の奥にしまいこむ玄野。

玄野はこの部屋の事を凛の次に知っている人間。

凛が死んだ事による悲しみはあったが、全てを解決する方法を思いつくのは一瞬だった。

玄野「大丈夫だ……何とかなる、俺が何とかしてみせる……」

レイカ「玄野、クン?」

玄野は泣き続けている二人に近づいて、二人の肩に触れながら話し始めた。

玄野「島村さん、本田さん、聞いてくれ」

卯月「ひぐっ……玄野……さん?」

未央「うぅぅっ……」

玄野「渋谷の事は俺に任せろ、アイツは俺が絶対に生き返らせる」

卯月「生き返……らせ……あああっ!!」

未央「ひ、百点!!」

レイカ「玄野クン!?」

玄野「今日、俺はかなりの量、星人を倒している。恐らく100点……もしくは100に近い点数になってるはずだ。今日が無理でも次に絶対渋谷を生き返らせる」

卯月と未央は玄野を見続けている。

二人の頭に浮かぶ光景は、先のミッションでレイカを生き返らせた玄野の姿。

二人に希望の光が差し込み。

卯月「お、おねがいしますっ!! 凛ちゃんを、凛ちゃんを生き返らせてくださいっ!!」

未央「お願いっ!! しぶりんを、しぶりんを助けてあげて!!」

玄野「うわッ!? わ、わかッてるッて!」

玄野は必死の形相で迫る二人をなだめるように引き離し、

玄野「俺が渋谷を絶対に再生する。うまくいけばこの後の採点で100点メニューを選べるはずだ。だから二人とも落ち着いてくれ」

卯月「はい……はいっ。ありがとうございます!」

未央「本当に、本当にありがとう、くろのん……」

卯月と未央は玄野の手を握りながら涙目で礼を言い続ける。

玄野は自分に密着してくる二人を落ち着かせながら引き離す。

やがて卯月と未央は採点が表示されるガンツの前に移動してお互いの手を繋ぎ、目を閉じ祈り続ける。

玄野が100点を取っているようにと。

その二人の間を抜けるように、ガンツから光線が伸び新たな帰還者が現れる。

風「…………!?」

玄野「風、か……」

風は転送され、戻ってくると同時に何かを探し始めていた。

風「……玄野、あの子供はどこや?」

玄野「子供? イヤ……まだ戻ってきてないぞ」

風「ッ!」

玄野の回答に焦り始める風。

だが、風が全身を転送され、風の足が転送され始めたときに、ガンツの光線が重なるように伸び始め。

風の足に抱きついたまま戻ってきた子供の姿を目にする。

「きんにくらいだー!」

風「……ふゥ」

安堵の息を吐き、風は抱きついてくる子供を受け止め表情を和らげていた。

風と子供が転送されきって、少し送れて稲葉が転送されてくる。

稲葉「…………」

転送された事に気付き稲葉はその場にへたり込んで震え始めた。

玄野「大丈夫か?」

稲葉「…………」

玄野が声をかけるが、稲葉はその声が頭に入っていないのか、完全に無視して、手を動かし体を引きずりながら壁に背をあずけ、膝を抱えて震え続ける。

玄野は震え続ける稲葉は、今何を言っても無駄と判断して残りの帰還者を待つことにした。

玄野「あとは、おっちゃんと……坂田と桜井……和泉に、今回の新人達か……」

玄野が零した言葉にレイカが反応する。

レイカ「あの……玄野クン……」

玄野「どうした?」

レイカ「鈴木さんや坂田さん、桜井クンも……死んじゃッたよ……」

玄野「!!」

レイカが見た坂田と思われる死体と胸を貫かれて死んでいる桜井。

玄野を運んだ後に、鈴木と新人達も目にしたが息をしている様子もなく、応急処置もしなかった以上すでに死んでいるとレイカは考える。

玄野はレイカから3人の死を聞いて、下唇を噛みながら険しい表情をして呟く。

玄野「……渋谷も、おっちゃんも、坂田も、桜井も…………」

玄野「加藤もッ! 岸本もッ! 全員ッ! 全員生き返らせてやるッ!!」

玄野「俺が全員ッ! 絶対にッ!!」

玄野の呟きは何時しか叫びに変わっていた。

その目から涙を流しながら玄野は叫ぶ。

その玄野に触れる手があった。

レイカ「玄野クン、あたしも手伝うよ」

玄野「ッ!」

レイカ「玄野クンがみんなを再生するッて言うならあたしにも手伝わせて」

玄野「なッ!? 何を言ッて……」

レイカ「あたしも今回沢山の星人を倒したから、もしかしたら100点を取れてるかもしれない。そのときは玄野クンが誰かを生き返らせてあげて」

玄野「い、いや、だッて、自由になれるんだぞ!? それなのに……」

レイカ「あたしの命は玄野クンに貰ッた命。あたしの命は玄野クンの為に使うッてもう決めたの」

玄野はレイカが発する強い視線に気おされる。

レイカ(……玄野クンが誰かを助け続ける人だッていう事はもう分かッちゃッた)

レイカ(それなら、あたしは玄野クンと一緒に誰かを助け続ける)

レイカ(玄野クンがこの部屋を出るまで、ずッと……)

レイカ(その間だけは、この部屋にいない玄野クンの彼女よりも、玄野クンの傍にいれる……)

レイカ(そうやッているうちに、もしかしたらあたしの事を……)

玄野「ま、待てッて、考え直せよッ!」

レイカ「もう決めたことだから」

玄野「決めたことッて、俺は君にそんな事をしてもらうために生き返らせたわけじゃないんだよ!」

玄野がレイカを説得している最中、ガンツから光線が伸び始める。

その光線は人の姿を形成していく。

その転送されてきた人物を見て、玄野はレイカの説得を止めてその人物を怪訝な顔をして見やる。

和泉「ハァッ!! フゥッ!! ハァッ!! ハァッ!!」

玄野「和泉……?」

玄野がレイカの説得を止めてまで、和泉を気にしたのは、和泉の表情にあった。

和泉の表情は、恐怖の表情。

玄野は和泉がこのような表情を浮かべている事に何があったのかと考えてしまう。

ガンツの部屋に戻る為に、無関係の人間を何百人も殺した男。

表情一つ変えずに、襲撃してきた吸血鬼を何十人も殺した男。

ミッションにおいても、日常においても、和泉が恐怖することなど見たことも無かった。

和泉の事を良く知っている玄野だからこそ、和泉のいまの状態に違和感が止まらない。

転送されてきた男、和泉。

彼は頭脳明晰であり、自分の理解できないものなど今まで存在しなかった。

だが、彼は初めて、自分の理解の及ばないナニカを見てしまう。

和泉(アレは何だ……)

和泉は見た。

首の骨をへし折られた人間が、ぎこちない動きで頭を掴み、背部に垂れ下がった頭を持って立ち上がる瞬間を。

和泉(アレは一体何なんだ……)

和泉は見た。

動き始めたナニカが地に突き刺さる刃を引き抜き、自分の手に押し込みながら笑っているその様を。

和泉(分からない……理解が出来ない……)

和泉は見た。

自分が手も足も出なかった相手に喰らいつき、あっという間に殺した後、そのナニカは自分の肉体を傷つけ始めた。

和泉(何なんだ……何なんだアレは……)

和泉は見た。

真っ赤に染まったナニカ、口から血を吐き出し、腹部や貫通した背中から血が零れ落ち続けたが、ナニカは淫靡な表情で行為を止めなかった。

和泉(アレは狂ッてる……アレはコワれてやがる……)

和泉は見た。

ナニカは死に向かって突き進んでいるのに、ナニカは死を受け入れるように自分を壊し続けていた。

和泉(アレは死ぬことが恐ろしくないのか……? 理解できない……俺には何一つ理解できない……)

和泉は生死をかけた戦いで生きている実感を得ていた。

何事もうまく行き過ぎる人生、その人生が退屈で退屈で、生きる実感を得る為に、興奮を求めてガンツの部屋に居場所を求めた。

その和泉が目にする、死をも厭わないナニカ。

生きている実感を得る為に戦いの場に身を置く和泉には、死を受け入れるようなナニカの行動は何一つ理解できるものではなかった。

それ故に恐怖する。

得体の知れないナニカに恐怖する。

和泉(イカれてやがる……理解したくもねぇ……)

和泉(あんなものを理解するなんて……無理だ……)

和泉は全身を転送されて息を落ち着かせながら、その場で立ち尽くしていた。

その和泉に違和感が感じられる。

自分の背後に何かが転送されてきている。

和泉は部屋を見渡して、アレがいないことに気がついた。

和泉の視界には、玄野、レイカ、風、子供、稲葉、卯月、未央が映る。

玄野達には、和泉の身体が影になって誰が転送されてきているのかがわからない。

そのため、誰が転送されているのか、誰も名前を呼ばないためわからない。

だが、このタイミングで転送されてくる人間、それは……。

和泉は全身を硬直させながら、後ろを振り向いた。

そこに居たのは、

全身を痙攣させながら涎を垂らし、焦点の定まっていない目で和泉を見る凛が転送されきってその場に存在していた。

和泉「うッ、うぉぉおおぉおおぁあああぁぁぁあああああぁぁッッッ!!!!」

その凛を和泉は全力で突き飛ばし、

凛は壁に叩きつけられて、

凛「ンッ、ァンッ!」

そのまま床に落ち、

うつ伏せで倒れこみ、その場で痙攣し続けていた。

卯月と未央が和泉に突き飛ばされて、その場に伏せた人間が凛だという事に気がつき、凛に飛びつくように駆け寄ったのと、

採点を開始する音が部屋に響き渡るのは同時だった。

今日はこの辺で。

『ちーーーーーん』

『それでは ちいてんを はじぬる』

ガンツに点数が表示される。

だが、部屋にいる全員はガンツを見ずに、転送されてきて、和泉に吹き飛ばされて崩れ落ちた凛を見ていた。

凛を突き飛ばした和泉は顔を真っ青にしながら部屋の隅に移動し、意識的に凛の姿を視界から外す。

卯月「り、り、りんちゃぁぁん!!!!」

未央「嘘っ、嘘っ、しぶりんなのっ!?」

崩れ落ちた凛に駆け寄り、抱き起こす二人。

うつ伏せの状態から、抱き起こし凛の顔を見たときに、二人は安堵の涙を流す。

卯月「凛ちゃん、凛ちゃんです……生きててくれた……」

未央「よかった……よかったぁ……ひっく……」

死んだと思っていた凛が生きていて、二人は凛を強く抱きしめようとするが。

凛の様子がおかしい事に気がつく。

卯月「り、凛ちゃん、どうしたんですか!?」

凛は全身を痙攣させている。

視線は定まっておらず、だらしなく空いた口からは涎が滴って、その口から震える舌が覗いている。

顔は紅潮し、熱い吐息を吐き出し続け、凛の身体から発せられる何ともいえない甘い匂いが部屋に漂い始める。

未央「しぶりん!? ど、どうしよう、もしかして怪我の後遺症があったりするの!?」

卯月「凛ちゃんっ! 凛ちゃんっ!!」

明らかに様子がおかしい凛に対して、首を折られてしまった事による後遺症かと考えた二人は再びパニックになり凛に呼びかけ続けた。

するとやがて、

凛「……んぁ……あれぇ……うづき? みお?」

卯月「凛ちゃんっ!!」

未央「しぶりん!!」

凛「んっ……あれ? ここって……」

凛は上体を起こし、頭を振って顔に手を添える。

凛「私……確か……顔を殴られて……」

凛「それで……首が折れて……あっ……」

はっとした表情で顔を上げる凛。

そこで自分がガンツの部屋に戻ってきている事に気がつく。

凛「あぁ……アイツを殺れたんだ……」

凛は首に手を回して、別の手で自分の腹を触る。

凛(今回……凄かった……)

凛(今までの狩りの中でも一番気持ちよかった……)

凛(頭がおかしくなるくらいの快感……最後なんか目の前がキラキラで満たされていて……)

凛(気持ちよくって楽しくてどこまでも幸せな気分になれた……)

凛(私が感じたような感覚、二人は感じることができたのかな?)

凛は少しだけ期待を込めて二人の瞳を覗き込むように顔を見る。

今回はイレギュラーが多すぎて、当初の予定をやり遂げることが全く出来なかった。

恐らくは二人とも自分と同じような快感を得てはいないだろう。

だけど、もしかしたら。

その期待を込めて二人を見るが、

卯月「凛ちゃんっ! どこか痛いところがあるんですか!?」

未央「無理に起きないでっ! 横になっててよ!!」

二人はその凛を案じ、横になるように促してくる。

凛「わわっ、う、卯月、未央、わ、私は大丈夫だって」

卯月「大丈夫なんかじゃないです!! 凛ちゃん、あんな目にあったんですよ!?」

未央「そうだよ!! もしかしたらまだおかしいところがあるかもしれないんだからしぶりんは安静にしていないと!」

凛「ちょ、ちょっと、二人とも」

凛は身体を起こしていたが、卯月と未央によって再び横にされた。

卯月は凛に膝枕をして、未央は凛の全身を確認し怪我が無いか見ている。

凛(やっぱり……駄目かぁ……)

凛(私の事を心配してくれているのは嬉しいけど……)

凛(二人とも私と同じように……私みたいになってほしいのに…………)

凛(…………私、みたいな人間?)

その時、凛の頭の中にある人物の影が浮かび上がった。

その凛の思考を遮るように、玄野から声がかかる。

玄野「渋谷……お前無事だったんだな」

凛「え? あっ、うん」

玄野「ふぅッ……やッぱりお前が死ぬわけねーよな」

玄野の表情が若干緩まるが、未だに険しい表情をしている。

その顔を見た凛は何かがあったのかと思い玄野に尋ね始めた。

凛「……もしかして、誰か戻って来れなかったの?」

玄野「……ああ、坂田と桜井、それにおっちゃんが帰って来れなかった」

凛「あの人たちが……」

玄野「……」

無念の表情を浮かべる玄野。

凛もあの3人が死んでしまった事を聞き気分を落とす。

何度か訓練を行い、3人の人なりも知っている。

凛(ミッションで人が死ぬ瞬間を何度も見てきてるけど、やっぱり知り合いが死んでしまうのは辛い……)

凛(あの人たちは悪い人たちじゃなかった……出来れば100点を取って解放されてほしかった……)

凛は視線を玄野から外して、動かした視界にあるものを映し、視線をとめた。

そこにあったものはガンツ。

全員が点数を見ていなかったが、凛はその表示された点数を見て小さく声を漏らした。

凛「あ……」

ガンツに表示されていたものは、

『クレイジーサイコりんさん 285てん』

『Total 304てん 100点めにゅーから選んでください』

凛の点数採点画面であった。

凛の視線に玄野も振り向く。

凛「クレイジーサイコ? よくわかんないけど……私の点数表示だよね」

玄野「ッ! さ、304点……」

レイカ「すごい……」

風「…………」

卯月「あ……」

未央「しぶりんが……」

凛「……300点、3回100点メニュー選択が出来る……」

凛は少しだけ考えながら、画面表示を見続けていた。

玄野は凛の呟きに反応したが、出掛かった言葉を飲み込んで凛の発言を待っていた。

凛は考えが纏まったのか、卯月と未央の顔を見て、二人に問いかけ始めた。

凛「未央、卯月も、私と別行動をしたあとに敵を倒したり送ったりする事はできた?」

卯月「え……? で、できてないと思います……」

未央「う、うん。私も……」

凛「そっか……」

凛はその言葉に頷くと、身体を起こし立ち上がり、ガンツの前に移動する。

卯月「あっ……」

未央「……」

そして、凛は、

凛「全部3番で。今回戻って来れなかった、鈴木さん、坂田さん、桜井君を再生してもらえるかな」

未央「ちょっ!?」

卯月「り、凛ちゃんっ!?」

玄野「えッ!?」

凛の言葉にいち早く反応したのは卯月と未央。

未央「待って!! ガンツ!! 今のなし!! 取り消して!!」

卯月「凛ちゃん!! どうして1番を選ばないんですか!?」

凛「……ずっと言ってるでしょ。出るときはみんな一緒。今回は二人とも100点を取れてないと思う、二人を置いてこの部屋を出る事は絶対にしないから」

未央「何言ってるの!? しぶりんはあんな目にあったんだよ!? 私達に構わないで自由にならないと!!」

卯月「そうですっ!! 死ぬ寸前だったんですよ!? 凛ちゃんはもう自由になってくださいっ!! お願いですからっ!!」

凛「…………」

凛は二人に抱きつき、二人の背に手を回して呟く。

凛「……二人とも、ありがとう」

凛「……でも、私の事は心配しなくても大丈夫だから」

卯月「大丈夫じゃないですっ!! どうしてですか!?」

未央「そうだよっ!! しぶりんは怖くないの!? あんな目に合わされて、またあんな目に合うかもしれないんだよ!?」

凛「……うん。怖いかもしれない」

未央「だったら!!」

凛「……でも、それ以上に二人が死んでしまうのが怖い。今ここで自由になって二人が私の知らないところで死んでしまうって考えたら、1番を選べなかったんだ」

卯月「凛、ちゃん……」

凛「それに、もう取り消しも出来ないみたいだしね」

ガンツから3本の光線が出ていた。

その光線は人の形を作り出し、

鈴木「あッ」

玄野「……おっちゃん」

坂田「何……だ?」

桜井「あれ? あッ、師匠」

鈴木と坂田と桜井の3人が再生されて部屋に戻ってきた。

卯月「うぅ……凛ちゃん……」

未央「しぶりん……しぶりんは馬鹿だよ……私たちなんかの為になんで……」

凛「それだけ二人は私にとって大事な存在だってこと」

卯月・未央「!!」

凛「ずっと一緒だよ。卯月、未央」

凛が強く二人を抱きしめると、二人も負けないくらい強く抱きしめ返してくる。

二人はこらえきれずにすすり泣き始める。

そして、二人とももう二度と凛に無茶をさせないと心に誓う。

卯月(もう二度と凛ちゃんをあんな目に合わせない)

未央(しぶりんは私が守ってみせる)

卯月(凛ちゃんも未央ちゃんも戦わなくていいように)

未央(しぶりんもしまむーも私が絶対に守る)

卯月(私が全部やってみせる。宇宙人をやっつけることも、宇宙人を動けなくして二人に点数を渡すことも、二人が危ない目に合わないようにすることも、全部)

未央(二人とも私が守る、そのためなら、なんだってやってやる。どんなことだってやって二人を絶対に守るんだ)

二人は強く強く凛を抱きしめ続けた。

再生された鈴木たちは困惑していた。

ミッションが終わって部屋に戻ってきたと思えるこの現状。

だが何か釈然としない。

玄野「おっちゃん……坂田……桜井……」

鈴木「玄野クン? 終わッたの?」

坂田「……俺は、確か……」

桜井「あれ? あの雷のオニ星人に……俺は……」

困惑している3人に、玄野は説明を始めた。

玄野「あの、な。3人とも今回、星人にやられちまッて、戻って来れなかッたんだ」

鈴木「えッ!? で、でも、それじゃあなんで……」

坂田「……誰かが俺たちを再生してくれたのか?」

いち早く現状に気付いた坂田が問いかける。

玄野「ああ、渋谷がみんなを再生してくれたんだ」

桜井「し、渋谷サンがですか?」

桜井の問いに頷くことで答える玄野。

3人は凛を見るが、凛は卯月と未央に抱きつかれ、抱きついている二人は泣いている。

桜井「も、もしかして、あの二人も渋谷サンに再生してもらッたんスか?」

玄野「いや……あの二人は渋谷が死んじまッたと思い込んで、渋谷の事を心配してあんな状態になッてる。今回は渋谷もヤバかッたみたいで、死にかけたッて話だ」

鈴木「死にかけた……そこまでして稼いだ点数で私たちを……」

坂田「…………」

3人は卯月と未央を抱きしめている凛の傍まで近づく。

凛は鈴木達に気付き、視線を上に向けて3人が無事再生された事にほっとした表情を浮かべ微笑む。

凛「よかった。ガンツに再生してもらえたみたいだね」

その凛に一番に問いかけたのは坂田。

坂田「死んだ俺たちを再生してくれたのは、アンタなのか?」

凛「うん。今回かなりの点数を稼げたみたいで3人とも再生することが出来たよ」

坂田「なんでだ? アンタはなんで俺たちを……」

凛「……なんでって言われても。再生されたくなかったの?」

坂田「いや、再生してもらったことには感謝している。だけどアンタは100点を取った場合、人を再生するよりも強い武器を選ぶものだと思ってたからな」

凛「……私、そんな風に思われてたの?」

坂田「…………ああ」

坂田の問いかけに悲しそうな顔をする凛。

その表情を見て少しだけ言葉を詰まらせる坂田。

桜井「師匠! どうしたんスか! 俺たち渋谷サンに助けてもらったのにそんな、渋谷サンを責める様な感じで言うなんて!」

坂田「腑に落ちないところがあッてな……いや、すまない、感謝しないといけないのにこんな事を聞いちまうなんてな……」

凛「…………」

坂田「俺たちを再生してくれた事に感謝するよ。アンタにはデカい借りを作ッちまった」

凛「……ううん。感謝してもらう必要なんて無いよ」

坂田「?」

凛「……今回は私一人の力じゃクリアできなかった。私一人だったら、気を失ってしまったときに殺されてたと思うから」

凛「……チームで勝てた今回のミッション、私一人の点数じゃないから、あなた達に返したって思ってもらえればいいよ」

坂田「……」

凛「それに、あなた達には生きてこの部屋を出てもらいたいと思ったから、さ」

凛の顔を見ながら、凛の言葉を聞き続ける坂田。

坂田は今まで凛の事を警戒していた。

このガンツの部屋で何度も何度も繰り返しミッションを行う少女。

凛が恐ろしい力で星人を蹂躙する姿を見て坂田はその力が自分たちに牙を向く日があるのではと警戒していた。

そのため、今回再生されても、感謝するより前に何故という感情が湧いて出てきていた。

こうやって面と向かって凛と話をして、凛の内心までは分からなかったが、凛が最後に言った言葉だけは何故か本心を言っているのだと感じた。

坂田「……すまねぇ、俺は色々アンタの事を誤解していたみたいだな」

凛「え?」

坂田「いや、なんでもない。本当に感謝するよ、俺たちを再生してくれて」

坂田が膝をついて凛に頭をたれる。

凛「だから、別に感謝する必要なんて無いって、私は私の為にやってるだけなんだから」

鈴木と桜井も凛に感謝をし続けていた。

それを玄野は涙目で見ていた。

そして、気がつく。

ガンツの点数表示が自分の表示で止まっていることを。

『くろの 80てん』

玄野「あッ……」

『Total 101てん 100点めにゅーから選んでください』

それに皆が気がつく。

桜井「あッ!! リーダーも100点を!!」

レイカ「玄野クン……」

玄野「100点……取れていた……」

玄野の脳裏に過去の記憶が呼び起こされる。

この部屋で出会った少女、一度は恋焦がれた少女を。

この部屋で出会った一夜限りの恋人、自分を受け入れてくれた女性を。

そして、あの男の事を。

正義感が強く、この部屋でリーダーシップを発揮していた男。

自分の幼馴染で、この部屋に来るきっかけになった男。

玄野は目を瞑り、息を深く吸い込んで、言葉を発した。

玄野「3番」

玄野「…………加藤……加藤勝を再生してくれ」

その言葉と共に、ガンツから光線が生み出される。

光線は人の形を成していく。

頭を形成し、その顔を見た玄野は泣き笑いの表情でその再生されてきた男に近づく。

玄野「はは……す、げぇ……」

男は玄野を見ながら、何が起きたのかわかっていない様子で呆けた顔をしている。

玄野「加藤……加藤ッ!!」

男は完全に再生されて、その場に立ち尽くし、玄野に今何が起きているのかと問いかけた。

加藤「計……ちゃん……」

加藤「計ちゃん……千手は……?」

加藤の問いかけに、玄野は涙を拭いながら、

玄野「もう終わッたんだ」

加藤「終わッたッて……」

そして加藤は部屋を見て、玄野以外の人間を見て、自分の知っているメンバーが玄野と凛しかいないという事に気がつく。

加藤「どうなッてるんだ……」

玄野「あの寺から……もう何ヶ月も経ッてるんだ……」

加藤「何ヶ月も……ま、待ッてくれ、どういうことなんだ、わかんねェ……」

加藤「他のメンバーはどうしたんだ? ケイちゃんと渋谷さん以外の人たちは一体……」

玄野「……全員、死んだよ」

加藤「ッ!? 死んだッて……待て、待ッてくれ……」

加藤の脳裏に浮かぶのは、自分を庇って死んだ岸本の姿。

岸本だけじゃない、あの部屋にいた人間、殆どが死んでいる姿が思い出される。

そして、自分自身、千手によって身体を焼ききられた瞬間を思い出した。

加藤「俺……死んだよな?」

玄野「ああ……」

加藤「なんで、俺……」

玄野はガンツを指差し、

玄野「こいつは100点を取れば、死んだメンバーを生き返らせることが出来るんだ」

加藤「なッ!? そ、そうなの、か……」

驚愕に包まれる加藤だったが、死んでしまった自分が今ここにいる事が、その証拠だと理解し思考を整理し始める。

加藤「外の世界では……俺は、何ヶ月もいなくなっていたのか……?」

玄野「ああ……そうなる、な……」

加藤「そうか……」

目を閉じ天を仰ぐ加藤。

加藤「……俺を生き返らせてくれたのは、ケイちゃんなのか?」

玄野「ああ」

玄野が再生してくれた事に薄々気付いていた加藤だったが、玄野の口から聞いた事によって、大粒の涙を流しながら玄野の手を握る。

加藤「ケイちゃん……ありがとう……ありがとうっ……ケイちゃんのお陰で俺は帰ることが、今ここに生きていることが出来る……」

玄野「……気にすンなよ。一緒に生き残って、いつか自由になろうぜ!」

加藤「ああっ、宜しく頼む!」

玄野と加藤は固い握手をして笑いあう。

加藤(ケイちゃん……本当にありがとう……ケイちゃんのお陰で俺は歩のところに帰ることが出来る……)

加藤(俺の憧れの男……やっぱりケイちゃんはすごい男だ……)

加藤(何も変わッちゃいない……俺が憧れたケイちゃんのままだ……)

加藤(俺もいつか、ケイちゃんのような男に……)

加藤は子供の頃に見ていたように、玄野に熱い視線を送り続け、

玄野が自分を再生してくれた事に感謝をし続けた。

今日はこの辺で。

玄野達の様子を全員が見る間にも採点は続く。

『しまむー 0てん やる気はみとめる』

『Total 10てん あと90てんでおわり』

卯月「0点……」

卯月は点数を見て唇を震わせながら俯いてしまう。

『ちゃんみお 0てん やる気はみとめる』

『Total 10てん あと90てんでおわり』

未央「…………」

未央も手を握り締めて俯く。

二人とも敵を倒していない以上点数が加算されない事は理解していたが、0点という現状を突きつけられてしまった。

点数が取れていない以上、この部屋から解放される時間も先となってしまう。

その間は確実に自分たちの、そして自分たちを守ろうとするであろう凛の命の危険が増す。

自分たちが何も出来なかったせいで、凛の命が危険に晒される。

今回のミッションで二人の考えは完全に変わった。

そして、二人は寸分たがわず同じ思考をしていた。

卯月(凛ちゃんは私たちが100点を取らないと部屋を出てくれない……)

未央(どんなに自分の命が危険に晒されようとも……今回みたいに死にかけても私たち為にこの部屋に残ってしまう……)

卯月(もう……甘えた事を言ってられない……)

未央(宇宙人を撃つことを躊躇なんてもうしない……)

卯月(どんな事をしてでも100点を取らないと……)

未央(そして、二人に危険がありそうなら……)

卯月(私が、二人の身代わりになってでも……)

卯月と未央は凛の胸中を知らずに決意していた。

今回、死にかけてしまった凛の姿を思い出して。

もう二度と凛をあんな目にあわせないために。

凛の為にその身を犠牲にする覚悟を。

採点は続く。続いてレイカ。

『レイカ 73てん』

『Total 73てん あと27てんでおわり』

レイカ「……73点、もう少しだッたのに」

レイカは玄野を見るが、玄野は点数を見てはおらず、加藤と話している。

少し頬を膨らませるレイカだった。

続いて、稲葉。

『ヘタレ 0てん 泣きすぎ やる気なさすぎ ビビりすぎ』

『Total 0てん あと100てんでおわり』

点数表示も見ずに震え続ける稲葉。

続けて和泉。

『和泉くん 45てん』

『Total 95てん あと5てんでおわり』

和泉「……クソッ」

点数を見た和泉は凛の姿を見ないように部屋から玄関に移動してまだ開かないドアを忌々しげに蹴りつける。

和泉の行動に疑問を浮かべていた玄野だったが、次の点数採点を見る為にガンツに視線を戻す。

次に子供。

『タケシ 0てん おうえんしすぎ よろこびすぎ』

『Total 0てん あと100てんでおわり』

子供の名前はタケシという様だった。

タケシ「きんにくらいだー、これはなんですか?」

風「点数採点や」

不思議な顔をしてガンツの点数採点を見るタケシだった。

そして、次に、

『きんにくらいだー 180てん』

『Total 210てん 100点めにゅーから選んでください』

タケシ「あ!! きんにくらいだー」

桜井「うォッ!?」

加藤「ひ、180点?」

風「100点……か」

凛「…………」

風はガンツを見ながらも、視界に入るタケシを横目に考え続けていた。

タケシ「?」

風「……」

タケシは何も理解していないのか、風が考えている姿を不思議そうに見ている。

風は言葉を発する直前にタケシの顔を正面から見据え、何かを決するように話しはじめる。

風「……玄野。他に誰か生き返らせたい奴はいるか?」

玄野「生き返らせッて……自由になんないのか?」

風「ああ」

玄野「まだ……この部屋に、居たいのか?」

風「……ああ、俺はまだここにいる」

玄野「……戦いが好きなのか?」

風「……いや、…………」

タケシ「きんにくらいだー?」

玄野の問いにタケシを見続けて沈黙する風だった。

玄野はそれを見て察したのかそれ以上追求はせずに別の問いを風にする。

玄野「2番とか選べるんだぞ。この部屋に残るつもりなら強い武器を手に入れたほうがいいんじゃないか?」

風「……俺に銃は使いこなせん」

玄野「そ、そうか……」

風「……」

沈黙しつつも視線で選べと急かす風。

玄野「……本当にいいのか?」

風「構わん、お前はまだ生き返らせたい奴がおるんやろーが」

玄野「ッ!!」

玄野の叫びを聞いていた風は、玄野がまだ誰かの再生を望んでいることを気付いていた。

風は何も知らないタケシを不憫に思いこの部屋に残る事を決めていた。

自分には銃は向いていない。

強い武器を使うよりも、己の肉体を信じる。

1番も2番も無いならば、消去法で3番。

しかも、すでに心のどこかで認めている男、玄野が誰かを生き返らせたいと望んでいるのならと考えると3番の選択肢しかなかった。

風「3番。玄野……誰か選んでくれ」

玄野「ありが、とう……」

風「……」

玄野は2回誰かを生き返らせれる権利を貰い、一人目を即答で答えていた。

玄野「岸本恵を……再生してくれ」

加藤「!!」

凛「……岸本さん」

それに反応したのは、この部屋で岸本を知る二人。

加藤は自分を庇って死んだ岸本を思い出したのか表情を曇らせている。

凛は接点は少なかったが、この部屋で数度話した同年代の少女を思い出していた。

他の全員は、玄野の昔の仲間なのだと考えどんな人間が再生してくるのかを先ほど再生された人たちが出てきた場所を見る。

光線が徐々に人の形を作り出していった。

玄野「岸……本……」

加藤「おぉぉ…………」

玄野と加藤は再生されている人間の顔を見て、涙を零しながら近づき、

再生をされていた当の本人は何が起きているかも分かっていないようで、加藤を見て目を見開いていた。

再生されてきた人間が女だという事に気がついたレイカは少し表情を曇らせて玄野を見ている。

全身が再生されて、岸本は左右に首を振りながら、目の前にいる加藤の胸に頭を預ける。

岸本「加藤君……あれ……? あたしは……?」

加藤「すまないッ……俺のせいで……すまないッ!」

岸本「え? あれ?」

玄野「はは……岸本……よかッた……加藤も、岸本も戻ッてきた……はははッ」

岸本は自分が死んだという記憶があったにもかかわらずこうやって戻ってきている事が不思議でならなかった。

その岸本の疑問に答えるように加藤が話す。

加藤「岸本さん、俺が不甲斐ないばかりに君を死なせてしまッて本当にすまなかッた……」

岸本「えッ!? 死んだッて……ウソ、それじゃあ……」

その言葉に、ここは天国で加藤も死んでしまったのかと思い泣きそうな表情になる岸本だった。

岸本「加藤君も……死んじゃッたの?」

加藤「……ああ」

岸本「そッか……ここ、天国なんだ……」

加藤「いや、俺達は一回死んだけど生き返ッたんだ」

岸本「?」

加藤の言葉が理解できない岸本。

ただ加藤を見つめて、加藤の言葉を待っていた・

加藤「俺もあの夜……あの寺で死んでしまッた……だけど、ケイちゃんが俺たちを生き返らせてくれたんだ」

岸本「えッ?」

その言葉に漸く加藤から視線を外し、横にいた玄野の顔を見る岸本。

玄野は加藤と岸本を見て、その目から涙を流し続けて笑っていた。

岸本「玄野君が……生き返らせたッて……?」

加藤「あの黒い球、ガンツは100点を取ることで、この部屋のメンバーを誰か一人自由になるのと引き換えに生き返らせることが出来るらしいんだ。俺達はケイちゃんのおかげでいまこうやッて戻ッて来れたんだよ」

岸本「100点? 生き返らせれる?」

未だに理解ができない岸本だった。

玄野「加藤ッ、岸本を生き返らせたのは俺じゃねぇよ。風ッ! こッちにきてくれ!」

玄野に言われるが、動こうともしない風。

玄野「んだよもう! 岸本ッ、君を生き返らせてくれたのはあのデカい男だ。あいつがお前を生き返らせてくれたんだよ」

ガンツの前にいる風に近づき、玄野は風の肩を叩く。

そして、ガンツの100点メニューを見せながら岸本に説明をした。

岸本「100点メニュー……ウソ、それじゃあ、本当に……?」

加藤「ああ、俺達は生き返ったんだよ……」

漸く実感が湧いてきたのか、岸本も目に涙を滲ませながら加藤の元を離れ、風に近づき、

岸本「あ、ありがとう、ございます」

風「…………ああ」

玄野「風ッ……本当に感謝するよ、お前のおかげで岸本も戻ッてくることができた」

風「……いい」

加藤「ありがとう、本当にありがとうございますッ」

風「……」

3人に感謝され続ける風はそっぽを向き、玄野にもう1回の権利を使うように促す。

風「玄野、もう一人選べ」

玄野「ッ!!」

岸本「もう一人?」

加藤「ああ、あの人は200点取ッたみたいで、100点メニューを二回選べるんだ」

岸本「ええッ!?」

そこで玄野は止まる。

玄野の頭の中にはもう一人。

一夜限りの恋人の姿が思い浮かぶ。

だが、玄野は即答せずに固まっていた。

玄野「……」

目を瞑って考え続ける玄野は、呟くように声を出した。

振り返って、凛を見ながら。

玄野「なァ……渋谷」

凛「?」

玄野「今回……他のチームと一緒にミッションを行ったことや、俺達の姿が一般人に見える理由はお前も分からないんだよな?」

凛「うん、分からないよ」

玄野「そうか……」

玄野はまた何かを考え、さらに凛に問いかける。

玄野「……お前はどう思う? この状況、これからどうなッていくか……予想できるか?」

凛「……さぁ?」

玄野「お前が前に言ッていたカタストロフィ……それに近づくにつれて状況が変わり続けるような気がするんだが……お前はそう思わないのか?」

凛「……なんとも言えない。カタストロフィが何なのかも分からないんだから」

玄野「お前にも分からない……か」

玄野が考え続ける姿を見て、凛は顎に手をあて何かを思いながら発言する。

凛「……もしかしたら、あの西って中学生だったら何か知ってるかもしれない」

玄野「……アイツか」

加藤「……あの中坊」

凛「……私がカタストロフィの事を知ったのもあの中学生からだったし、あの子は私たちより前からこの部屋にいて、まだ何かを知っているような感じもした」

玄野「……」

凛「……私も知らないこと、今回の状況を説明することも、あの子ならできる……かもね?」

玄野「そう、か」

玄野はもう一度目を瞑り深く考え、考えが纏まったのか目を開きガンツに触れて再生する人間の名を発した。

玄野「……西を、あの中学生、西を再生してくれ」

凛「…………」

それを見て凛はほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた。

もう見慣れた光景。

ガンツから伸びた光線が人を生み出していく。

再生された人間、西は部屋を見て訝しげな顔をしている。

西「なん……だ?」

西は部屋にいる人間で見知らぬ顔を見つけてさらに疑問が浮かび上がる。

西「……ハァ?」

その中で見知った顔を見つける。

西「玄野……」

そして、凛の顔を見た西は何かを思い出したのか。

西「あ…………」

玄野「西……あの、な……」

西「チッ……まじかよ……」

玄野「?」

西「俺……死んじまッたのか……」

現状を悟る西、今まで再生された人間と違い状況をあっというまに飲み込んだ西を驚きながらも玄野は西に話しかける。

玄野「ああ……」

西「ああッ、くッそ……だッせェッ! ちくしょうッ!」

頭に手をやり、自分が誰かに再生されたことを、自分が死んでしまった事を許せないと言った感じで西はぼやき続ける。

しばらくして感情が落ち着いてきたのか西は玄野と凛を見ながら問いかけた。

西「で……誰? 俺を再生したの……もしかして渋谷か?」

玄野「いや……」

玄野は視線を動かし風を見やる。

風が西を再生させたことを伝えるように。

西「……わかんねぇな。何が狙いだ?」

何故自分を再生したのかが理解できない西は単刀直入に玄野に聞く。

玄野「今、お前がいたときから状況が変わってきてるんだ……星人も俺達も街の人間に見えるようになッてしまッたし、時間制限も無くなッた。他のガンツチームのメンバーとも合同でミッションも行ッた」

西「ハァ?」

玄野「これからどーなッてくのか、わからなくなッてきている。どんどん法則が変わッていッてる」

西「……」

玄野「この中の誰もそのことについて説明できないんだ……お前なら何かを知ッていると思ってな……」

西「……なるほどね、納得」

不敵な笑みを浮かべながら西は続ける。

西「しッかし情けねーな。死んだ俺にアドバイス求めるッて、お前ら誰もこの部屋のことを調べよーとしなかッたのか?」

玄野「……」

西「つーか、渋谷! お前には色々話してやッたのに、お前もこいつ等と同じようにただ流されるままこの部屋の事を調べようともしなかッたのかよ?」

凛「……」

西「はァ……俺の見込み違いかよ……ガッカリだぜ…………ん?」

凛に落胆をする西だったが、その凛の姿が自分の知らない形状のスーツになっている事に気が付きピタリと止まる。

そして、凛の顔をもう一度マジマジと見る。

視線を絡ませるように、凛を見続ける西は、

西「…………渋谷、お前そのスーツはなんだ?」

凛「100点のクリア報酬」

西「……お前、100点取ッたのか?」

凛「うん」

西「……」

凛「……」

お互い無言で見つめあう凛と西。

西はさらに何かを聞こうと口を開きかけたが、それを遮るように凛は西に問いかける。

西「おま……」

凛「それで、どうなの? アンタはこの状況どうなっているのか分かる?」

西「あ?……知らねーよ。俺達が見えるようになッてるッて、今までそんな事も無かッたし、他のガンツチームもそんな事言ッてなかッたし」

凛「そう。それならこの状況はいったい何なのか予想できる?」

西「つーか、待て。死んでた俺に質問しすぎじゃね? 予想しようにも何も、色々調べてみねーと何もわからねぇよ」

凛「そっか」

凛はそこで区切るようにして、玄野に向けて話しはじめる。

凛「どうしようもないみたいだね」

玄野「……ああ」

凛「……採点も終わったみたいだし、今日はもう帰って、西には今回の状況を調べてもらうっていうのはどうかな?」

玄野「!」

西「ハァ? 何で俺がそんなことしなきゃなんねーの?」

凛「……だって、アンタ独自の情報網をもってるんでしょ?」

西「だから、何で俺がお前らの為にそんなことしなきゃなんねーんだよ?」

凛「……みんなが生き残る為には情報が必要なの。全員でこの部屋を出るためには少しでも多くの情報が必要だから……お願い」

西「……」

西は凛の顔を見たまま何も言わずに何かを考える。

西は特に肯定も否定もせずに何かを考え続けた。

その西を問い詰めようとする玄野を凛は止める。

凛「……西から情報を聞きだすのは私がするよ。アンタだとまた昔みたいにケンカになりそうだし」

玄野「わかッたよ……」

凛と玄野が話をまとめ、部屋から人が出て行く。

凛に礼を言いながら鈴木、桜井、坂田が部屋を後にし、他のメンバーも凛に声をかけて部屋を出て行く。

奥の部屋で凛、卯月、未央は着替え、3人一緒に帰ろうとしたところで、凛は立ち止まる。

卯月「凛ちゃん?」

未央「どうしたの?」

凛「……ごめん、今日は先に帰って貰っていいかな? ちょっとこの子と話したいことがあって」

部屋に残る西を指差して凛は二人に先に帰るように促す。

二人はしぶしぶと言った感じだったが、凛に手を振って部屋を後にする。

二人を玄関で見送った凛は、部屋に戻りガンツの横に立つ西に近づく。

凛「ふぅ……」

西「……」

凛「あらためて、久しぶりだね。アンタが死んでもう半年以上経ったのかな?」

西「質問、いーか?」

凛の軽い挨拶にも特に返しをしようともせずに質問をぶつけてくる西に対して凛はクスクスと笑った。

凛「いいよ。ふふっ、昔と立場が逆だね。何が聞きたいの?」

西「まずはお前のことだ。お前は100点を取ったんだよな?」

凛「うん」

西「1番を選ばなくて2番を選んだんだよな?」

凛「そうだよ」

西「もしかして、お前、吹ッ切れた?」

凛はその問いに満面の笑みで答える。

その笑みを見て西は数歩後退してしまう。

凛「アンタが言っていた生き物を殺して興奮するっていう感覚、私にも理解できちゃったんだよね」

凛は床に落ちていた剣を手にして、刃を短く伸ばしてナイフ状の剣を手の平で躍らせるように回転させる。

凛「宇宙人をこの剣とかでぶすっと刺したり、銃で潰したりするとすごくイイ気持ちになれちゃうんだ」

弄んでいた剣を握り、凛は自分の手の平に刃を這わせて少しだけ押し込む。

凛「痛っ……うーん。今は駄目かぁ……」

手の平から滴る血を舐めながら西を見つめる凛。

西はさらに一歩後ずさる。

凛「最高にキマってる時は、自分の身体の傷もすごくキモチイイんだよ。アンタにも分かるよね?」

西「……お前、メチャクチャ変わッたな」

凛「そう? 素直になっただけなんだけど?」

西「変わりすぎだッつーの……」

頭を掻きながらようやく納得したように西はため息をついた。

西「ハァ……お前からなんか変な感じをしたと思ッたけど、そーいうことね。納得」

西「で、さッきはお前、全員が生き残るだとかどーとか言ッてたけど、あれは演技か?」

凛「演技をしてたのは半分くらい? 全員で生き残れればいいって実際に思ってるし」

西「よくワカんねーな……半分ッてなんだよ、半分ッて」

凛「私が宇宙人を殺して興奮する人間だって事は隠してる、最近はそういうのを色々とばれない様にする為に演技をしてるってこと」

西「……ああ、加藤の馬鹿とかに何か言われでもしたのか?」

凛「違うよ、あの人は今日まで死んでたし」

西「ハァ? ……ま、あんな奴の事はどうでもいいか。それで何で隠してんの? 隠す必要あるの?」

凛「さっき私と一緒に女の子が二人いたでしょ?」

西「ああ」

凛「あの子達に変な目で見られたくない」

西「……ますますワケわかんねーよ」

凛「あの二人は普通の女の子だから、今私の本性を知られちゃったら距離を置かれるかもしれない。そんなのは嫌だから隠してる」

西「俺はお前が何を言ッているのか、サッパリ理解できねーんだけど」

凛「あの二人は私の大事な親友。親友に嫌われたくないって事」

西「やッぱり理解できねー」

そのやり取りは少し続いたが、西が無理矢理終わらせて、次の質問に移った。

西「お前のことも分かッた、わけわかんねー形で仕上がッてるけど、とりあえず俺と同じような人間だッたッて認めたッてことだよな?」

凛「まあね」

西「そうか……」

凛「うん」

しばしの沈黙を経て、再度西が問いかける。

西「で? お前のほうから何か俺に聞きたいことがあるんじゃねーの?」

凛「あれ? わかった?」

西「顔に書いてある」

凛はその言葉にガラスに映る自分の顔を見ながら話し始めた。

凛「アンタさ、あの二人の事をどう思う? さっき私と一緒にいた女の子二人」

西「どう思うッて……どーとも思わねぇけど」

凛「あの二人は私みたいになれると思う?」

西「何言ッてんだ?」

凛「私はあの二人と一緒に狩りや殺しを楽しみたいんだよね」

西「……はァ」

凛「あの二人を私たちみたいにするにはどうすればいいと思う?」

西「あァー……えーッと……」

西は凛の問いかけに頭を抑えながら考え込む。

考え込んで出てきた言葉は。

西「オマエ……歪んでんなァ……」

引きつった顔をした西は搾り出すように言った。

凛「そう?」

西「ああ。……まさかとは思うが、あの二人を殺してガンツの部屋に連れて来たッてわけねーよな?」

凛「……そんな事するわけないでしょ。怒るよ?」

西「いや、だッてお前の言う事聞いてるとそう思えるぜ?」

凛「本当に怒るよ」

西「悪りィ」

何故か星人と戦うときと同じような寒気が襲い掛かった西は反射的に謝った。

目を細めながら西を睨んでいた凛はもう一度話を戻して西に問いかける。

凛「それで、どう思う? あの二人に殺しの楽しみを覚えさせるにはどうすればいいかな?」

西「……知らねーよ」

凛「真面目に答えてよ。私苦労してるんだからさ、二人にばれないように色々カモフラージュもしていて、今回も折角の点数を怪しまれないように再生に使ったり、発言にも気をつけたり」

西「はァ……」

凛「あの二人も私と同じようになれば色々隠していることも全部さらけ出して話すことも出来るんだから、アンタも自分と同じような仲間が増えると思ったらそう悪い気はしないでしょ?」

西「! 仲間、ねェ……」

凛「そう、仲間」

西「……仲間か、悪くねェかもな」

西はこうして誰かと気兼ねなく話すことを今までの人生の中でしたことがなかった。

誰もが西の人格を疑い、西を否定し、西にとって自分以外の他人は相容れない存在。

唯一の例外は母親だったが、その母親もすでにこの世にはいない。

その西が、母親以外に始めて自分の人格を否定されずに、むしろ自分の人格を受け入れられていた。

凛が発した仲間という言葉に強く引かれる西。

こうやって自分を受け入れてくれる仲間が増えるという事を考えると、西が今まで抱いたことの無いような暖かい気持ちが生まれる。

西「いいぜ、俺も考えてやるよ」

凛「本当!?」

西「ああ、まずは犬か猫でも殺して……」

凛「ふざけんな!! アンタ頭おかしいんじゃないの!?」

西「はァッ!? 何キレてんだよ!?」

凛「殺すのは宇宙人か私達を殺そうとする敵だけ! アンタもこれからはそうするように、犬とか猫を殺すなんて私が絶対に許さないからね」

早速前言を撤回して逃げ出そうかと考える西。

だが、初めての仲間との気兼ねない会話をどこか楽しんでいる西だった。

今日はこの辺で。


凛「ン゛ン゛ン゛ア゛ァ、あ、ぁぁぁぁ、ぁ、……ぁぁ……」

西「ママァ――ッママァ――ッ」
和泉「ママァ――ッママァ――ッ」
ぬらりひょん「ママァ――ッママァ――ッ」

ガンツの部屋で凛と西は話し合っていた。

いや、最初は話し合いだったが、今は言い合いとなり怒鳴りあっている。

西「だから言ッてンだろーがよ!! 何でもいいからぶッ殺して、殺すことに慣れさせりゃその内喜んで何でも殺すようになるッつーの!!」

凛「何でもって、あんたやっぱり頭おかしいでしょ!? どうして何でもかんでも殺そうとするの!? 敵じゃない生き物を殺すのは間違ってるって!!」

西「頭がおかしーのはお前のほうだろ!! 星人はよくて犬が駄目ッてなんなんだよ!? どッちも変わんねーじゃん!!」

凛「変わるに決まってんでしょ!? 宇宙人はカンペキに敵、放っておいたら一般人も殺そうとするんだよ!! 犬とかはそんなことしないでしょ!?」

西「あー、頭が痛てぇ……お前の思考がまッたく、これッぽッちも理解できねぇ」

凛「奇遇だね、私もそう思ってたところ!」

お互いにらみ合い牽制し合っていたが、どちらともなく大きくため息をついて言い合いをとめた。

西「ラチがあかねぇ、この話はまたあらためてするッてので終わらねぇか?」

凛「そうだね、これ以上はいい案もでないだろうし……」

西「オーケー、……ったく、本当にお前、ワケのわからねぇ頭のおかしい奴になッちまったんだな」

凛「自覚してるけどそういうの面と向かって言わないでよ。ムカつくから」

西「自覚してるッて……まァいいや」

西は話を切り替えるように、凛を指差して指摘をする。

西「そーいやお前さ、さッき点数を再生に使ッたとか言ッてたけど、100点クリア2回もやッたのか?」

凛「?」

西「俺が死んでから半年とか言ッてたけど半年で2回ッてやッぱお前才能あッたんだな」

凛「2回じゃないよ?」

西「あ? まさか3回とかクリアしたのか?」

凛「えっと……今日で3回だったから、17回かな」

西「…………は?」

凛「今日までで17回、内2番を14回、3番を3回選択したよ」

西「…………」

額に手を当て難しい顔で沈黙する西。

西はもう一度確認するように凛に問いただす。

西「17回? 100点を?」

凛「うん」

西「半年ちょいで?」

凛「うん」

西「いやいやいや、おかしーだろ。ありえねーッて!」

凛「ありえないって……本当なんだけど」

西「ありえねーよ!! 俺は1年かけて90点取るのがやッとだッたんだぞ!? それを半年で17回ッてどーすればそんなことできんだよ!?」

凛「アンタが死んだ狩りから少しして数ヶ月毎日一人で狩りをしてたからね。その時に点数を沢山稼いだんだよ」

西「毎日? 一人?」

凛「あぁ、後は最近の狩りってかなり厳しくって、今日の狩りも80点オーバーが数匹いたし、ボスなんか100点だったし、よく考えたらこの二回で6回もクリアしているね」

西「また頭が痛てぇ……何一つ理解できねぇ……一つずつ説明してくれ……」

凛「えっと……」

凛は西に今までの狩りを思い出しながら、自分の経験を話しはじめる。

それによって手に入れた武器や、その使い方も詳しく西に説明していた。

最初は普通に話していた凛だったが、少しずつその時の事を思い出してきたのか徐々に饒舌に、目を輝かせながら語っていた。

凛「それでね、今回のボスを殺したときなんか、私すっごくさぁ!」

西「あァー、もういいよ。よくわかッたから」

凛「……何? 折角話してあげてるのにそんな冷めた顔して聞くなんて」

西「いや、俺、結構引いてるから。お前、本当に頭がおかしー女になッちまッたんだなーッて」

凛「はぁ?」

西「だッて自分の身体がバラバラになッたり、半分潰されたりして気持ちよくなるッてありえねーだろ」

凛「……」

西「それに一人で毎日ミッションをこなすッて、普通に無理だろ。お前どこのバトルサイボーグだよ? 人間止めちゃッてンだろ?」

凛「……」

西「さらに武器も巨大ロボットとか飛行ユニットとか転送システムとか重力フィールドとか、お前一人でアメリカに勝てんじゃねーの? 兵器だよ兵器! お前、人間じゃなくて人型決戦兵器ッて奴だ!」

凛「……そろそろ、怒るよ?」

西「……悪りィ」

青筋を立て、剣を伸ばし始めた凛に素直に謝る西。

凛「はぁ……アンタなら分かってくれるって思ったんだけど、その感じじゃアンタも私の気持ちを理解してくれなさそうだね……」

西「ワカるわけねーだろ。イカれてんのか?」

凛「……あのさ、さっきから失礼だと思わないの? アンタ口悪すぎ」

西「お前がイカれた事を言い続けてるからこーなッてんだろーがよ」

凛「…………やっぱり私にはあの二人しかいないみたいだね。未央と卯月ならこんな私も受け入れて理解してくれると思うし」

西(無理だろ)

その言葉だけは言わないようにした西。

伸ばした剣を手に持った凛が恋する乙女のように目を輝かせて夢想していたからだ。

西の危機感知能力が全力で言葉を声に出すことを防いでいた。

凛「あ、そうだ」

西「ん?」

凛「試さないといけないことがあったんだった」

凛は奥の部屋からパソコンを持ってくる。

100点武器で手に入れたパソコン、そのパソコンを持ち、ガンツの傍においてパソコンを起動させる。

凛「えっと……このケーブルでいいのかな?」

ガンツの内部にいる人間に接続されているケーブルの一本を外し、手に持つ凛。

凛の突飛な行動に驚き、静止の声をかける西。

西「お、おい! お前なにやッてんの!?」

凛「ガンツを制御しようと思って……ああ、ここに刺せるんだ」

西「制御ッて……マジかよ……」

凛「これで……起動……っ!!」

凛がケーブルをパソコンに繋ぐと、パソコンの画面に文字と数字の羅列が表示された黒い画面が次々に現れる。

凛「何これっ!? え、えっと……」

凛はその画面をどうすることも出来ずにただただキーボードに這わせた指を震わせながら、次々に表示される画面を目で追うことしか出来なかった。

凛「くっ……次から、次へと……」

パソコンに表示された黒い画面は、パソコンのモニターを埋め尽くす数になっており、凛はそれをただ見続ける。

何も出来ずに、凛が何も理解することもできずに、諦めようとしたその時、

西「少し、いいか?」

凛「え? う、うん」

凛の後ろでモニターを見ていた西が、凛が触れていたパソコンを奪うように自分の前にもって行き、キーボードを操作し始めた。

カタカタと淀みなく黒い画面に文字と数字と記号を打ち込み始める西。

何度も規則性のある文字を入れて、西が少し強くエンターを叩くと、一つの画面が消えた。

すぐに浮上した画面に休みなくキーボードを操作し打ち込み続ける西。

それを呆けた顔で見ていた凛は。

凛「……もしかして、わかるの?」

西「……なんとか、なッ!」

またモニターの黒い画面が一つ消える。

それを見て凛は西が本当にこの意味不明な文字と数字の羅列を理解して、解析しているのだと知る。

それからは凛は西の行動を黙って見続けていた。

西は少しずつ独り言が多くなり、その独り言が多くなるにつれ処理速度が上がっていく。

モニターの黒い画面はどんどん消えていき、残り数画面となったところで。

西「ッ!?」

凛「どうしたの?」

西「……ダメだ、これ以上、アクセスできねぇ」

その言葉にモニターを見てみると、SYSTEM ALERTと表示されている。

凛「アクセスできないって……それ以上はアンタも分からないってこと?」

西「いや、そうじゃない……これ以上進むには何か条件が必要らしい、意図的にブロックされちまッてる……」

凛「条件?」

西「ああ……クソッ……ダメだ、それを調べるのも手間取りそうだ……どれだけかかるかわからねぇ……クソッ」

忌々しげに歯軋りをしながらもキーボードを叩き続ける西。

画面を開いたり消したり、何かを入力したりと、最初よりも高速に解析をしている西だったが、どうにも芳しくないようだった。

凛はその様子を見続けて、膝を抱えて体育座りの体勢になって解析し続ける西を見続けていた。

ガンツの部屋には西の独り言のみが響き渡り、凛はその様子をじっと見続け、かなりの時間が経過し西が怒声を上げ床を殴りつけたところで声をかけた。

西「クッソッ!! ンだよこれ!!」

凛「……ねぇ、少し休憩したら?」

西「あァ!? もう少しで突破できンだよ!! 少し黙ッてろ!!」

凛「……だって、もう朝になるよ?」

西「あァ?」

西が窓の外を見ると、空に白み始め日の光が差し始めていた。

凛「……アンタ結構疲れてるみたいだし、少し眠ったほうがいいって」

西「……チッ」

西は凛に指摘されて、自分がかなり疲弊している事に気付く。

この疲れた状態でまともな思考が出来ないと判断した西は、その場で横になり始める。

凛「ちょっと! ここで寝るの!?」

西「少ししたら起こしてくれ、その後続ける」

凛「ちょっと、ねぇっ! ……もう寝てる」

横になってすぐに寝息を立て始めた西を呆れた目で見ながら凛は窓の外を見てため息をつく。

凛「はぁ……まさか朝になっちゃうなんて……どうやって言い訳しよう……」

凛「部屋を出たら鍵が閉まっちゃうから、このまま部屋を出る訳にも行かないし……」

穏やかな寝息を立てる西を見て、小さく欠伸を上げる凛。

凛「ふぁ……眠い……」

凛「仕方無い……私もここで少し眠って、気が済むまで付き合うとするかな……」

凛「元はといえば私がガンツの制御を試そうとしたからだし……」

凛「はぁ……夏とはいえ朝は少し寒いし、着替えるかな……」

凛は奥の部屋に入り、スーツに着替えてガンツの部屋に戻り、壁にもたれるようにして座り頭を膝に乗せて目を閉じた。

すぐに凛は睡魔に襲われて意識を飛ばす。

凛が目を覚ますのはそれから数時間が経過して、物音を聞いたときだった。

西が寝返りを打って薄っすらと目を開けたと同時に凛も顔を上げて西と目が合う。

それからは西がすぐ起こせと言ったのにと文句を言いながらも解析作業を開始するも、数時間がたち一向に解析できず、西が癇癪を起こしたところで解析作業も終わる事になった。

夜から何も食べずにいた二人には夕方にさしかかろうとした時点で限界が訪れて、解析する事は諦めて部屋を出ることとなる。

西「おい、渋谷! そのパソコン貸せ!」

凛「え?」

西「遠隔で解析できッか調べるから貸せ!」

凛からひったくるようにパソコンを奪い取ると西はそのまま歩き始める。

凛「ちょっと待って」

西「あン?」

凛「調べるのはいいけど何か分かったら連絡頂戴、それが貸す条件」

西「……あぁ、分かッた」

凛「後、未央と卯月をこちら側に引き込む案も考えておいてね」

西「……はいはい」

凛「それじゃ連絡先教えるから」

凛は西に連絡先を教えてその場を立ち去る。

西の携帯は電池も切れていて操作も出来なかったので、凛は紙に自分の電話番号を書いて西に手渡した。

西はその紙を握りながら、凛の姿が見えなくなるまでその場で凛の後姿を見続けていた。

7.訓練 + オニ星人編 おしまい。

今日はこの辺で。

8.GANTZ:O 編


先のミッションが終わり、家に戻った私を待っていたのは、これでもかというくらい不機嫌そうな顔をしたお父さんと、困った顔をしたお母さんだった。

家についてすぐに私はお父さんとお母さんに呼びつけられて説教をされた。

ここ最近、夜中に特訓をする為に出歩いていたこともばれていたみたいで、かなりクドクドと説教をされた。

お母さんは殆ど口を挟まず、お父さんが私に今回の朝帰りの件も含めて問い詰めてきた。

やれ年頃の女の子が夜に出歩くなとか、悪い人達と付き合い始めたのじゃないかとか、まさか男が出来たのかとか。

流石に言いくるめれ無さそうだったので、ここは素直に謝ってしばらくは昼間の特訓時間を家の手伝いに当ててお父さんのご機嫌取りをすることにした。

お父さんは私が家の手伝いをして、私と一緒にいるとき、機嫌が悪くなる事はまったく無い。

夏休みの間はお父さんのご機嫌取りをして、ほとぼりが冷めるのを待ち、今後は部屋から出るときも細心の注意を払わないといけないなと考える。

そんな事を考えていると、店のほうから声が聞こえてきた。

「……あの、すみませーん」

どこかで聞いたような声。

お客さんと考えたお父さんは足早に店のほうに向かっていった。

それに私も続き、店に向かうと。

加蓮「……あの、渋谷凛さんはこちらのお店の娘さん…………えっ?」

奈緒「……加蓮? …………え?」

凛「あ……」

その二人の姿を見たときに私の胸の鼓動が高まった。

あの日見た二人が店先に立っている。

私を見てその顔を驚愕のものと変化させて。

奈緒「お、お、おい! な、なんで生き…………」

奈緒の口を加蓮が塞ぎ、奈緒が発そうとした言葉を押さえ込んだ。

そのまま加蓮は片手を上げて私に声をかけてくる。

加蓮「やっ、久しぶりー、ちょっと話があるんだけど、今忙しい?」

私にアイコンタクトを送ってくる加蓮、昨日の事を聞きたいんだけどと目で言っている。

ガンツ関係の話しだし、お父さんがいる前で話せない。

とりあえず話をする為にも……。

凛「……久しぶり、中学以来だったよね? 今日はどうしたの?」

加蓮「大事な話、少し時間ほしいんだけどさ」

加蓮がそういって私を見つめてくる。

私は視線をお父さんに向けると、加蓮と奈緒の視線もお父さんに向かう。

その状態でお父さんに、

凛「ごめん、お父さん、中学卒業して久しぶりに会う友達なんだ。少し話がしたいから店番は明日でもいい?」

「……ああ」

凛「ありがと」

お父さんに許可を貰った私は二人を連れて私の部屋に移動した。

二人を部屋に招いて、ドアを閉めてやっと一息。

凛「ふぅ……」

奈緒「ふぅ、じゃねえよ! お前、昨日死んだのに、なんで……」

落ち着く間もなく奈緒から質問だ。

凛「死んだ? 誰が?」

奈緒「お前だよ、お前!」

加蓮「奈緒、ストップ」

奈緒「なんだよ!? っていうか、加蓮は何でそんなに落ち着いてるんだ!? 凛が生きてるんだぞ!?」

加蓮「誰かに生き返らせてもらったんでしょ、3番の再生」

奈緒「……あ、そうか」

冷静な加蓮、確か加蓮は7回クリアして、その内の1回を誰か再生している。

私を誰かが再生したと思っているみたいだけど……。

凛「えっと、私そもそも死んでないけど?」

奈緒「はぁ!? どう見てもあの時死んでたじゃねぇかよ!? お前首折れて頭がとんでもないところにあったんだぞ!?」

凛「折れ所が良かったみたいであの後意識も取り戻したよ」

奈緒「お、折れ所が良かったって……そんなレベルの折れ方じゃなかったような気がするんだけど……」

加蓮「そっか、そうだったんだ」

奈緒「加蓮!? お前何納得してるの!?」

加蓮「だってアタシもお腹を貫かれても生きてたし、凛も首を折られたけどギリギリ生きて戻ってこれたって考えれば納得でしょ?」

奈緒「……ま、まあ、それもそうか……」

何か納得した二人。

どうやら加蓮も結構危ない状態だったみたいだ。

凛「加蓮も危なかったみたいだね」

加蓮「うん、正直昨日のミッションはキツかったからね。最後なんて記憶がなかったし……死んでもおかしくなかったよ」

凛「そうだったんだ……」

奈緒「危なかったっていうか、お前達二人とも死んでたようなもんだろ……」

加蓮「まあ、それもそうだね。誰かは分からないけど、あの100点のボスを倒してくれなかったら確実に死んでたし」

奈緒「ああ……誰だかわからないけど、感謝しないといけないよな」

凛「別に感謝しなくてもいいよ」

加蓮「え?」

奈緒「ん?」

凛「?」

奈緒「感謝しなくてもいいって……え?」

凛「うん、私は最後のトドメをさしただけだから。アイツ、かなり弱っていたから私じゃなくても最後のトドメはさせたと思うし」

加蓮「……えっと、凛がアイツを倒したの?」

凛「そうだけど」

今度は加蓮も驚いた顔をしている。

奈緒に至っては口をパクパク開いたり閉じたりして私を指差している。

奈緒「……いやいやいや、首折れて瀕死の状態だったんだろ?」

加蓮「……だよね。私が最後に見たときも酷い状態だったし、あの状態でどうやって……」

凛「折れ所が良かったみたいで、頭を支えれば動く事はできたから、落ちていた刃を使って油断させて倒したよ」

奈緒「…………」

加蓮「……そっか、折れ所が良かったんだ……それなら出来るかも……」

奈緒「いや、出来るわけ無いだろ!? どう考えてもおかしいだろ!? 人が首折られてギリギリ生きてるのは納得できるけど、動いてあんな奴を倒すなんてできるわけないだろ!?」

凛「出来ないって言われても……出来ちゃったものは出来ちゃったんだし……」

奈緒「出来ちゃったって……信じられねえよ、もう……」

奈緒は頭を抑えながらブツブツと呟き、加蓮は首を押さえて「折れたらどこまで動けるものなんだろう」って呟いている。

少し話が途切れたし、何で二人が私の家に来たのかを聞いてみよう。

凛「ねぇ、何で二人とも私の家に来たの? 私を訪ねてきたみたいだけど」

その質問をすると二人は顔を見合わせて、何か変な表情をしている。

説明しづらそうな雰囲気を出している。

奈緒「……えーっと、その、あれだ」

凛「?」

加蓮「アタシ達、凛が死んだって思っててさ、なんだか……こう……胸にすっぽりと穴が空いたような気分になっちゃってて……どうしようもないのは分かってたけど、凛の家を調べて、気がついたらここに来てた……」

凛「……何それ?」

奈緒「何それって言われてもさ……今は凛の顔を見てそんな気持ちも吹っ飛んじゃったよ。とにかく昨日からさっきまであたし達はものすごくせつない気分だったって事、すげえ説明しづらい」

二人とも私が死んだと思って何かを感じた?

出会って1時間も立ってなかったはずの私が死んだと思ってせつない気持ちになった?

私の胸の鼓動が大きく跳ねる。

凛「あ、えっと、私が死んで悲しかったってこと、なのかな?」

加蓮「……悲しかったのかな? もう凛と会えないって考えたらすごく胸が締め付けられる気分になって……やっぱり悲しかったんだろうね」

奈緒「あたし達泣いちゃってたしな……多分、悲しかったんだと思う。碌に会話もしてないし出会って間もなかったはずなのに、なんでか分からないけど……」

凛「そっか……」

さっきから私の心臓の音がうるさい。

未央や卯月と初めて会ったときもこんな感じだった。

この二人ともっと話したい、もっとこの二人のことが知りたい。

凛「二人ともさ、確か千葉のガンツでミッションをこなしてるんだよね?」

加蓮「ガンツ? もしかして黒球さんのこと? 黒球さんってガンツって言うの?」

凛「あ、正式には分からないけど、私たちはガンツって呼んでる」

加蓮「ガンツか……なんだかしっくり来るし、何時までも黒球さんって名前もアレだし、アタシたちもガンツって呼ぼうかな」

奈緒「ガンツねぇ……凛は東京だっけ?」

凛「うん」

奈緒「東京かぁ……もしかしたら加蓮もそっちにいたかもしれないんだよなぁ……」

凛「? どういうこと?」

加蓮「アタシ、元々東京に居たんだけど、病気が酷くなって千葉に移ったんだ、それでそのまま千葉の病院でぽっくりと死んじゃったけど、そんなアタシを助けてくれたのがアタシ達のガンツってわけ」

凛「ぽっくりって……加蓮は病死だったの?」

加蓮「まぁね。末期は結構ヤバかったよ~、何でアタシだけこんな目に会わなきゃいけないのって、アタシの身体はどうしてこんなにアタシ自身を苦しめるのって、毎日世界や自分の身体、アタシを世界に産み落とした両親、テレビとかに映る元気な人たちを呪っていたっけ」

奈緒「でたよブラック加蓮」

加蓮「うっさい。ま、そうやって何もかもに絶望しながら死んでいったアタシを救ってくれたのがガンツ。最初は驚いたよ~、物心ついた頃からずっと感じていた倦怠感がなくなって身体の痛みも何も感じない、苦しみからぜーんぶ解き放たれたんだからさ。あの時は天国は本当にあったんだって号泣したね」

加蓮「その後、ガンツに表示された文字を見てアタシはこれってもしかして神様なのって思ってたっけ。何の疑問も抱かずにその後に表示されたやっつける対象を見て、ああ、この変なのをやっつけなきゃいけないんだって思ってそのまま実行したんだよねぇ」

一番最初の狩り……。

あのネギ星人、今思えば本当に弱い宇宙人だった。

あの時は、死ぬのが怖くて、ネギ星人を殺したことも怖くって……。

凛「……怖くなかったの?」

加蓮「え?」

凛「あっ、あれ? えっと……」

何を言っているんだろう。

昔を思い出して、考えていたことが口に出ていた。

加蓮「一番最初の狩りのこと?」

凛「あ、……うん」

加蓮「別に怖くなかったよ」

凛「え?」

加蓮「だってさ、その時は怖いっていうか、天国に来たアタシが神様にお願いされて、お願いされたことをやらないといけないって事しか考えてなかったし、もしかしたらアタシは神様に選ばれて、天使になったのかなっても思ってたし」

奈緒「でたよ脳内お花畑加蓮」

加蓮「うっさい。まあそんな感じで狩りが怖いなんて思わなかったし、星人を倒すこともとくに抵抗はなかったかな」

凛「そうなんだ……」

奈緒「問題なのはそれからだよな?」

凛「?」

加蓮「問題って……何が?」

奈緒「何がじゃないだろ……お前、あんなとんでもない狩りを自分から進んでやり続けてさぁ」

凛「っ!!」

自分から進んで?

そういえばそうだ、加蓮は7回クリアしてる。

ハードスーツを手に入れているし、ずっと2番を選び続けている。

1回は再生を選んだみたいだけど、2番のほうが圧倒的に多い。

ということは、もしかして加蓮も……。

凛「もしかして、狩りが楽しいの?」

加蓮「え?」

奈緒「はぁ?」

凛「……」

加蓮「楽しいって……別に楽しいとは思わないけど……」

凛「……なら、何で加蓮は狩りを続けてるの?」

加蓮「ガンツのお願いだから」

凛「?」

加蓮「アタシを救ってくれたガンツがアタシにお願いしてくれてるんだから、それに答えないといけないでしょ?」

奈緒「……信じられるか? 加蓮はマジメっていうか、ガンツがお願いしてくる以上、解放を選ばないって言ってるんだよ。あたしがどんなに説得しても無駄、あんな命がけの狩りを自ら進んでやり続けてるわけ」

凛「……」

違った……かぁ。

もしかしたらって思ったのに。

加蓮「命がけって言っても、アタシは一回死んだし、一回死んだアタシを助けてくれたのはガンツ。そのガンツの為に頑張って何が悪いの?」

奈緒「ほら、これだよ。堅物加蓮」

加蓮「堅物って言ったら奈緒もそうでしょ、アタシがあの部屋にいる限りは自分も残り続けるなんて言ったでしょ」

奈緒「うっ……」

凛「どういうこと?」

奈緒「……だってさ、あんな狩りを続けてたらいつか加蓮死んじゃうだろ? あたしがいればもしかしたら加蓮がピンチのときに助けてあげられると思ってさ」

加蓮「ほら、こんな事言ってるんだよ? しかもさ、奈緒は1回星人に殺されちゃったのにこんな事を言い続けてるんだよ、アタシより奈緒のほうが堅物だと思わない?」

凛「殺されたって……」

加蓮「アタシを庇って頭を吹き飛ばされて即死。あの時は流石にアタシも堪えたよ、病気のときと同じくらい心臓が痛かったし、心が張り裂けそうだった」

奈緒「昨日の狩りで腹に大穴を空けた加蓮を見たときはあたしもそんな気持ちになったよ」

加蓮「だから、次100点取ったら解放されなって言ってるでしょ?」

奈緒「絶対嫌だ。あたしが解放されるときは加蓮と一緒にだ」

加蓮「アタシはガンツのお願いを聞かないといけないから無理」

奈緒「それじゃあたしも加蓮を助ける為に残り続ける」

二人は同時に私を見て、お互いを指差して「頑固でしょ」って言ってくる。

頑固だと思う、だけど羨ましいとも思える。

私が理想とするには少し違うけど、あの戦いの舞台に一人じゃなくて二人で上がっている。

お互いの本音を隠さないで本心をぶつけ合いながら。

私もいつか未央や卯月とこんな関係に……。

加蓮「はぁ……何百回やったかもわからないこのやり取りは後にして、凛は東京のガンツで狩りを続けてるんだよね?」

奈緒「14回だっけ? 加蓮以上にクリアしてるなんて信じられないけど、凛も加蓮と同じようにお願いを聞き続けてる感じなのか?」

凛「……ま、そんなところかな」

また嘘をついてしまった。

二人とも少し変わっているけど、私みたいに完全に頭がおかしくなっている人ではない。

多分私の本心を話したら二人とも引くだろう、私を変な目で見るだろう。

未央や卯月からそんな目で見られたくないのと同じで、この二人にも変に思われたくない。

本心は話せない。

加蓮「それならもしかして、凛も病気で死んじゃったの?」

凛「ううん、私は交通事故。トラックにはねられたところをガンツに助けてもらったんだ」

奈緒「交通事故か……普通だな」

凛「……普通って何?」

奈緒「いや、あたしや加蓮みたいに絶望しながら死んでいったのとは違って一瞬で死んだんだなーって思ってさ」

凛「……奈緒はどうやって死んだの?」

奈緒「あたしの直接の死因は餓死」

凛「が、餓死?」

奈緒「そ、メチャクチャきついぞー、2ヶ月くらいかな? 水だけ飲んで、最後にはその水もなくなってそのまま死亡」

凛「水だけって……何か虐待でも受けてたの?」

奈緒「ああ、違う違う。あたし人気の無い森の古い井戸に落ちちゃってさ、誰にも気付かれずに助けられることもなく死んじゃったんだ」

凛「うわ……」

奈緒「それもさ、ストーカーに追われて逃げた先の森でだよ? まったく気がつかなかったなー、あんな木の葉に隠されて落とし穴みたいになってるところ」

奈緒「しかも酷いのはそのストーカー! あたしが落ちたのを見てさ、一度は覗き込んだんだよ、あたしは助けてって叫んだのにそいつはそのまま知らん振りして逃げていってさ」

凛「……」

奈緒「あたしはすぐに携帯で人を呼ぼうと思ったんだけど、落ちたときに携帯壊れちゃって呼ぶことも出来なくて、助けを呼ぼうと叫び続けたんだけど、誰も来てくれなくてさ、その辺りから本格的にやばいって思ったっけ」

奈緒「1日叫び続けて喉も潰れちゃったけど誰にも気付いてもらえなくて、もう1日叫び続けて助けを求めたけど誰も気付いてくれなくて、次にその井戸をよじ登ろうって考えたんだ」

奈緒「何度も何度もよじ登ろうとして、爪が割れて、指がずたずたになっちゃったけど結局何十回目かで指が折れちゃったと同時に諦めたんだ。この辺りからあたしの頭に死の恐怖が浮かび上がり始めてさ」

奈緒「上る事を諦めたあたしは何とかならないかって考えて、井戸を掘り始めたんだよ? 木の葉が積もって柔らかかったし、もしかしたら井戸の底に川が流れていて外に通じているかもしれないなんて考えてね」

奈緒「でも、必死に掘り進めて、出てきたのは石造りの井戸の底。川なんて何もなくてさ、本当にこの時は絶望したなー、この時点で1週間は経過してて飲まず食わずでもう井戸の底のみに希望を見て掘っていたのにこれだもん、その場で動けなくなって気を失っちゃったよ」

凛「……」

奈緒「でも、その日、雨が降ったみたいでさ、石造りの窪んだ場所に泥水がたまってたんだ。目を覚ましたあたしは1週間ぶりの水分を見て、その泥水をすすってたんだよね。もう無意識だった、喉を潤したくてさ」

奈緒「そうやって、動けなかったけど雨が定期的に降って水分だけは得ることが出来て何とか生きていられたんだけど、1ヶ月くらい経ったときかな? あのストーカーがやってきたんだよね」

奈緒「井戸を覗き込んであたしの姿を見たときにすごい顔してた、あたしは最後の力を振り絞って叫んだんだけど、あいつそんなあたしになにをしたと思う?」

凛「……えっと、わからないよ」

奈緒「井戸に蓋をしたんだよ」

凛「…………」

奈緒「いやぁ、あの時は本当に目の前が真っ暗になったな。いろんな意味で」

加蓮「笑えないって」

奈緒「ツッコミありがと! そんなわけで雨も入ってこなくなって水分も何もなくなって、真っ暗な井戸の中であたしは絶望しながら、あたしをこんな目に会わせたあのストーカーを呪いながら死んでしまった訳です、おしまい」

凛「……重い」

奈緒「でも、死んだあたしが一番最初に目にした加蓮の姿は今でも鮮明に覚えているぜ、ここは天国だ、女神様があたしを迎えに来てくれたんだって」

加蓮「あの時の奈緒、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしてアタシに飛びついてきたよね」

奈緒「し、しかたないだろ? あんな目にあった後なんだし」

加蓮「そうねぇ、あの後アタシから抱きついて離れなくて、そのまま奈緒を抱えながら狩りしてたのも仕方無いよねー」

奈緒「も、もう、それ忘れてくれよ!」

加蓮「忘れませんー、あの奈緒はずっと震えてアタシの事を女神様助けてくださいって呟き続けていたことを……」

奈緒「あーもうっ!! やめてくれよっ!」

奈緒が加蓮の口を塞ごうと飛びかかっていった。

二人とも楽しそうにしている。

でも、二人ともさっき聞いたみたいにとんでもなくキツイ死に方をしてガンツの部屋にやってきたんだ。

こうしていることが奇跡みたいに。

そうやって考えていると、部屋のドアがノックされた。

ドアを開けると、お母さんが部屋を覗き込んで、私たちに聞いてくる。

「凛、もう遅い時間になるけど、お友達も夕飯を一緒にするの? 今から準備をするけど」

凛「あ……二人ともどうする?」

奈緒「うわ、なんだかんだでこんな時間かよ、家に着くの遅くなっちゃうな……」

加蓮「ほんとだ、いつの間にこんなに時間経ってたんだろ? すみません、アタシ達帰りますのでお構いなく」

「あら? そう?」

凛「うん。そういうわけだからちょっと二人を送っていくね」

「またそのまま遊びにいっちゃダメよ? 今日はすぐ帰ってくるのよ」

凛「はいはい、わかってるって」

少しだけ小言を言われかけたけどすでに帰り準備をしている二人を連れて店先まで一緒に歩く。

今日はここで見送ろう、後ろでお父さんの目も光っていることだし。

凛「二人ともまたね」

奈緒「おうっ! またな……って、折角なんだし連絡先交換しようぜ」

凛「あ、うん。そうだね」

すでに携帯を取り出してニコニコしている加蓮とその加蓮に遅いぞーっていわれている奈緒と連絡先を交換して私たちは別れた。

その日から、毎日のように私たちはチャットツールや電話でお互いの事を話すようになった。

数日もしないうちに、私たちは未央や卯月も一緒にもう一度会う約束をしたのだった。

今日はこの辺で。

私は今訓練場の一つに向かっている。

前回のミッションから数日空いたが、今日からまた特訓を再開する為にこうして出向いた。

時刻はまだ朝の5時。

空は薄暗く太陽の日がやっと昇ってきた頃。

夜遅くに訓練を行うのはお父さんの目があって少し厳しくなっているから、これからはこうやって早朝訓練に切り替えることとなった。

朝早く起きる事は苦じゃない。

低血圧でもないし、今までの毎日の訓練のおかげか私の身体は健康優良。今まで夜の訓練に当てていた時間を睡眠に当てて朝にその時間を持っていくだけ。

ついでに言うと、朝早くの訓練ならハナコの散歩も一緒に出来る。私はもっと早くこうしておけばよかったなんて思いながら、抱きかかえたハナコと共に訓練場に到着した。

凛「うわ、霧がすごい……」

早朝の山奥、視界は濃霧といってもいいくらいの霧で満たされて視界はすごく悪い。

でもこの霧は訓練に使えそうだ。

視界が悪いときの対処法、慣れておくに越したことはない。

そうやって、訓練方法を考えていると、私の腕の中のハナコが小さく鳴き声をあげて私を呼んだ。

ハナコをみると、目をパチパチさせて何かを期待するようなまなざしを私に向けている。

凛「わかってるよ、今日はいつもの散歩コースじゃないし、ワクワクしてるんだよね」

ハナコは知らない場所に行くのが好きだ。

散歩をするときもいつもの散歩コースじゃないところに行くと尻尾を振りながら先に先にと走り出す。

今日は散歩コースどころか、最初は空を跳んで、ハナコが見たこともないような山の中にきているのだから興奮もするだろう。

私はハナコを優しくおろすと、ハナコは私の周りを元気よく駆け始め、飛び跳ねている。

凛「今日から毎日色々なところに連れて行ってあげるからね」

訓練場はこのほかにも何個もある。

毎日ローテーションを組んで訓練する場所をかえながらハナコの知らない場所に連れて行ってあげよう。

私の言わんとしている事が分かったのか、ハナコは大きく鳴いて私に飛びついてきた。

凛「ふふっ、それじゃあ、今日の散歩を一緒にしようか」

「ワンッ!」

そうやってハナコと一緒に散歩をしようとした矢先。

私とハナコの近くに霧の中から何かが近づいてくるのが見えた。

距離が数メートルくらいになってその二つの影が誰なのかわかる。

数日振りに会う未央と卯月。

凛「あ、二人ともおはよう。まだ時間まで結構あるのに早いね」

今日は6時から訓練を始めようと約束して卯月・未央・加蓮・奈緒の4人を呼んでいる。

あの狩り以来この4人で集まるのは初めてだ。

数日前、加蓮と電話したときにお互いの訓練方法を話す機会があったので、その流れでどうせならみんなで集まって訓練をしようという事になった。

今日はその初日。

未央と卯月は私に声をかけてくるが……。

未央「おはよ、しぶりん」

卯月「おはようございます」

凛「未央、卯月……?」

なんだろう、未央と卯月に違和感を感じる。

この数日顔を合わせていなかったからかな?

いや、違う、何か変。

凛「未央? 卯月? 何かあったの?」

未央「え?」

卯月「何かって……なんですか?」

凛「いや、だって……二人とも何か雰囲気が……」

ああ、そうだ。

雰囲気が変なんだ。

表情にもそれが浮かび上がっているからそう感じたんだ。

二人ともいつもはもっとゆるい感じが出ているのに、今日はなんというか……そう、二人ともいつになく集中している感じがする。

まるで二人とも、いつか見たステージの本番前のような……。

凛「すごく真剣な表情をしてるよ。これからステージが始まる前みたいな感じが二人からするんだけど」

未央「……ステージ前かぁ。……うん、そうかもね」

卯月「……私たちこれからは、アイドルの仕事以上に、訓練を頑張って強くならないといけないって覚悟しましたから」

凛「えっ?」

アイドルの仕事以上にって……。

それって一体?

未央「あのさ、しぶりん。私たち、今週末のサマーフェスに出たらしばらくアイドル活動を休止しようって決めたんだ」

凛「!?」

卯月「本当はサマーフェスも出ずに休止するって考えていたんですけど……みんなに、サマーフェスに向けて頑張っているみんなに向かってそのことを言うことができませんでした……」

凛「ちょ、ちょっと、どういうことなの?」

アイドル活動を休止するって……。

二人ともあんなにアイドルに拘っていたのに。

卯月は自分の長年の夢だって言っていたし、未央もどこまでも楽しくなれる最高の道だって言っていた。

その二人がなんで……。

未央「しぶりんはさ、いつだって私たちを助けてくれていたよね」

卯月「私たちがあの部屋に来てからずっと……そして、私たちのせいであの部屋に残り続けてますよね……」

凛「……」

未央「私たちさ、ずっとしぶりんに甘えてた……この前の戦いでそれを痛感したんだよ……」

卯月「凛ちゃんはあんな目にあったのに、それなのに変わらずに私たちを守ろうとしてくれてる……」

未央「しぶりんみたいな人は……誰かの為に自分を投げ出せる人は、あの部屋にいちゃいけないんだよ……」

卯月「はい、凛ちゃんはこのままだと、いつか必ず死んじゃいます……そんな事になる前に、凛ちゃんはあの部屋から出るべきなんです……」

未央「そのためにも、私たちは覚悟を決めた」

卯月「凛ちゃんが一日でも早くあの部屋から解放される為に」

二人とも本気だ。

本気でアイドルという道や、その仲間たちよりも、私の事を優先して考えていてくれている。

二人の中での一番は私。

それがたまらなく嬉しい。

凛「二人とも……いいの?」

未央「いいもなにも、もう決めたんだ」

卯月「私たち、みんなであの部屋を出る為ならなんでもします、どんなことだって……」

凛「……」

沸きあがる喜びと共に、ほんとうに小さく残念な気持ちが浮かぶ。

二人は私を選んでくれた、だけどそれはガンツの部屋から解放される為にという目標の為。

私の本心と限りなくズレてしまっているこの状況。

何とかして二人を私と同じように、私と同じく狩りを楽しみ殺しの気持ちよさを知って、みんなで同じ目標に向かって突き進んでいきたい。

でも、それは普通にやっていると訪れない未来になってしまった気がする。

ガンツの部屋から解放される為に、アイドルの活動を休止する覚悟を決めた二人。

二人は狩りをするにしても楽しむより先に解放されるという事を考えて狩りをするだろう。

それじゃあ、駄目だ。

二人とも私のように、狂ってしまわないと…………。

「ワンッ」

凛「ハナコ……?」

思考をめぐらせていた私の思考を無理矢理中断させたのは、私の足に噛み付いてきたハナコだった。

ずっと大人しく私の足元で小さくなっていたハナコ。

そのハナコが急に、まるで私の思考を邪魔するように足に噛み付く。

未央「……あれ? 今日はハナコもつれてきたの?」

凛「う、うん。散歩もしようと思って一緒に連れてきたんだけど……こらっ、ハナコ、噛むのを止めて」

卯月「ハナコちゃん、どうしたんですかね……」

本当にどうしたんだろう。

いや、ハナコがこうやって何かをするときは決まってハナコ自身が何かを感じたときだ。

ハナコは普通の犬よりも頭がいい。

人の喜怒哀楽というものを理解している節がある。

私が喜んでいるときや、辛いときはその時に合った行動をしてくる。

それなら今は一体?

私の気を引いて思考を中断させた……。

二人を私と同じように狂わせようと考えたときに思考を中断させられた。

凛「……ハナコ?」

もしかして、そんな事をするなって言いたいの?

「ワン」

凛「っ!?」

私の考えを読まれたように鳴き声を上げたハナコに驚いてしまう。

私の足を離したハナコは今度は急に後方に走り出した。

凛「ちょ!? ハナコ!?」

私はすぐにハナコを追いかけ始める。

すでに霧も晴れ、日も昇り視界は良好な状態。

ハナコが走る先は、まだデカ銃で押しつぶしていない木々が生い茂った森。

その森に入る寸前でハナコは立ち止まり、その場で尻尾を振りはじめた。

凛「ハナコ、そっちは危ないからいっちゃ駄目だよ!」

私がハナコを捕まえて抱きかかえると、私の目に二つの人影が映し出された。

加蓮と奈緒、二人が森の中から草木を掻き分けて現れたのだ。

凛「あ……」

加蓮「あっ、おはよー、凛」

奈緒「ぜぇーっ……はぁーっ……ぜぇーっ……はぁーっ……」

二人ともスポーツウェアのいでたちで、加蓮は額に玉のような汗を浮かべていたが、すごくいい笑顔で私に朝の挨拶をしてくる。

それとは逆に、今にも死にそうな顔をして、息も絶え絶えで汗だくの奈緒は私の顔を見るなり、最後の力を振り絞るように森の中から身を投げ出して私の足元に転がって仰向けになった。

凛「お、おはよう、加蓮。奈緒も……っていうか、大丈夫?」

奈緒「だ、大丈夫、でも、ちょっと休ませてくれ……」

凛「……何があったの?」

仰向けになって息を落ち着かせている奈緒は私の言葉に薄く目を開けながら、加蓮を指差して答えた。

奈緒「あそこのバ加蓮が、夜通し登山をしようとかバカな事を言ってきて、この有様」

加蓮「バカって何よ。ひどくない?」

奈緒「バカはバカだこのバ加蓮!! 登山するにしても何でスーツまで脱いで、本来の自分の力のみでやらないといけないんだよ!?」

加蓮「えー? だって、アタシ登山初めてだったし、始めてやる事はスーツの力を使わないでやってみたいと思わない?」

奈緒「思わねえよ!」

加蓮「ちぇー。ねぇ、凛はそう思うでしょ?」

凛「ごめん、状況がよくわからない」

どうやら二人ともスーツを着ずにこの山を登ってきたらしい。

……ここ、結構な山奥だし、麓からもすごい距離があるんだけど。

凛「二人ともスーツを着てないみたいだけど……まさか歩いてここまで来たの?」

加蓮「うん、そうだよ」

凛「……えっと、家から?」

加蓮「あっ、違う違う! この山の麓まではスーツを着て走ってきたよ。山を登る時だけスーツを脱いだんだ」

凛「……何の為に?」

加蓮「……ホラ、アタシって病弱だったって話したでしょ? そんなアタシが昔に見たテレビで登山の特集がやってたんだ。その時、登山って素晴らしいものなんだなって知ってからは、登山が私の夢に……」

奈緒「凛、騙されるなよ! こいつ、登山をすれば足腰を鍛えられるって考えただけだから! 今のこいつは身体を鍛えることが一番の趣味なんだからな!」

凛「あぁ……」

そういえばこの数日やり取りした中でそんな話も少し聞いたような気がする。

今の加蓮は病弱で動くことも出来なかった頃の鬱憤を晴らすように、毎日とにかく身体を動かしているらしい。

身体を動かして、自分の身体を鍛えると、それだけ今まで出来なかったような動きができるし、どんどん体調も良くなる。それに気付いた加蓮は自分の身体を鍛えることが楽しくてたまらなくなって毎日身体を鍛えているらしい。

加蓮「あらら、バラしちゃった」

凛「えーっと……足腰を鍛える為にここまでスーツも無しで来たの?」

加蓮「そうだよー」

凛「何時間かけたのさ……」

加蓮「2時間くらい? それくらいだよねー、奈緒?」

奈緒「バカ!! あたし達がこの山の麓に来たのは昨日の夜だろ!? もう10時間は登りっぱなしだったんだぞ!?」

加蓮「そうだったっけー?」

奈緒「……お前、絶対に確信犯だろ? そうじゃないとあんな時間にあたしの家に呼びに来ないよな……」

10時間って……。

この二人、何考えてるの……。

凛「ふ、二人とも、お疲れ様」

奈緒「本当に疲れたよもう……」

加蓮「ありがとー、流石にあたしも疲れちゃった」

加蓮はそうやって奈緒の横に腰を下ろして、背負っていたリュックからスポーツドリンクを取り出して奈緒に渡した。

そうやって二人を見ていると、私の腕から再びハナコが逃げ出して、別方向にかけ始める。

凛「あっ、またっ!」

加蓮「どうしたの?」

奈緒「犬?」

ハナコは少しだけ走って、私たちの様子を伺っていた卯月と未央の前で止まり尻尾を振りはじめた。

私たちの視線がそれぞれ交差する。

加蓮「あ、この前の」

卯月「あっ、確か……」

奈緒「おおっ、ニュージェネの二人だ」

未央「北条加蓮ちゃんと、神谷奈緒ちゃん、だよね?」

あの夜出会った5人がこの場に集まった。

それぞれお互いを見合わせているが、その全員の視線が、私が抱きかかえたハナコが大きく鳴いたのと共に私に視線が集まる。

卯月、未央、加蓮、奈緒。

そして、ハナコが私を見ている。

凛「あ……」

最近、こんな光景をどこかで見たような気がする。

まったく思い出せないけど、どこかで……。

この4人のほかに、もう一人、誰かがいたような……。

私は何気なく振り向く。

逆光で一瞬黒い人影が見えたような気がした。

だけど、それは気のせいだったようで、振り向いた先には誰もいない。

それが言い様にも無いくらい残念だと感じたのは何故だろう。

この不思議な感覚が私を包み込んでいる。

「ワンッ!」

今度は私を見ながらハナコが鳴いた。

ハナコのつぶらな瞳が私を映している。

その瞳を見ていると懐かしい記憶が呼び起こされる。

数年前、ハナコが私の家に来た時の事。

小学生だった私が、赤ちゃんだったハナコをこうやって抱きかかえてその瞳を見た時の事。

あの時は小さなハナコが本当に可愛くて、それでいてこんな小さなハナコは私が守らなきゃいけないなんて思ったんだっけ。

懐かしい記憶、その時の感情が蘇って、さっきの不思議な感覚にミックスされる。

その暖かくも不思議な感覚は、今の私の心に染み込むように広がる。

すこしの間ぼうっとしていた私は、みんなの声でまた意識を戻して、私をこんな不思議な感覚にさせるみんなに視線を戻し口を開いて会話を始めた。

今日はこの辺で。

未央「しぶりん? どうしたの?」

凛「あ、ごめん。なんでもない」

加蓮「それで、今日はこの子たちとも一緒に特訓をするって話だけど、この子達ってアイドルなんだっけ?」

卯月「あっ、そうです。……しばらくは活動を休止する予定ですけど」

奈緒「えぇっ!? なんで!? あたしニュージェネのラジオとか結構好きなんだけど……」

未央「私たちの番組、聞いてくれてるんだ……うぅ……」

凛「あー……なんだか収集つかなくなりそうだし、まずお互いの紹介をするよ」

みんなの事を知っている私がそれぞれに紹介する事にした。

とりあえずは、加蓮と奈緒のことを。

凛「未央、卯月、この前のミッションで一緒になった千葉のガンツチームの二人、覚えてるでしょ? この前二人とも私の家に来てくれて、それから連絡取り合って一緒に訓練しようかって話になったんだ」

加蓮「この前は挨拶もそこそこだったよね、アタシ、北条加蓮。よろしくー」

奈緒「か、神谷奈緒。よろしくな」

卯月「あっ、私、島村卯月です。よろしくおねがいします」

未央「本田未央。よろしくね」

奈緒だけ少し緊張してる感じがする。

ま、奈緒は最初はこうだけどすぐに打ち解けていくだろうし大丈夫かな。

凛「加蓮、奈緒。見てもらってわかると思うけど、ここが私たちの秘密の訓練場。他にも何箇所かあって、いつも私たちはこんなところで訓練してるんだ」

加蓮「へぇ、こんな場所が何箇所もあるんだ……」

奈緒「おい……次は絶対にスーツ着て移動するからな。もう登山はしないぞ」

加蓮「えぇ~? 奈緒はさっきの登山楽しくなかったの?」

奈緒「楽しいわけないだろ! 懐中電灯一つだけで、碌な装備も無い登山なんてもうこりごりだ!」

未央「あれ? 二人ともスーツ着てないの?」

加蓮「着てないよー」

卯月「す、スーツなしでこの山奥まで来たんですか?」

加蓮「まぁねー、やっぱり初めての登山は自分の力でやりたいって思うし」

奈緒「あたしは思ってないけど、加蓮がどうしてもって言うから……」

凛「登山は置いておいて、今日の訓練は、私が夜に動くのがちょっと難しくなっちゃったからこうやって朝にしたんだけど、みんな大丈夫だった?」

卯月「私たちは大丈夫ですよ。この数日、朝も夜も個人的に特訓をしてましたから」

卯月の言葉に未央が頷く。

加蓮「アタシは基本的に朝早いから全然問題なし。っていうか、いつもこの時間は走りこみをしてるし」

奈緒「あたしは、まぁ……大丈夫」

凛「ありがと。それなら早速今日の訓練を……」

もう日が昇ってきて、視界は良好、絶好の訓練日和となった。

だけど、加蓮から待ったの一声が入った。

加蓮「待って、えっと……卯月と未央でいいかな?」

卯月「あっ、はい」

未央「うん」

加蓮「それじゃ、凛、卯月、未央。あなた達、朝ごはんは食べた?」

「え?」

私たちは3人そろって声を上げてしまった。

朝ごはん?

凛「えっと……食べてないけど」

卯月「私も食べてないですけど……」

未央「私も」

私たちの返答に加蓮はやれやれといった表情で首を振っている。

奈緒はあさっての方向を向いている。

一体何なの?

加蓮「3人とも、訓練する前に朝ごはんを食べて、エネルギーを補給するよ!」

そう言って加連は自分のリュックから何かを取り出した。

まずはビニールシート。

その上に、色々食べ物が置かれていく。

おにぎりにサンドイッチ、プリンやシュークリーム、いろんな果物にお茶やジュース。

5人で食べても余るくらいの量。

というかこれだけの食べ物をリュックに入れてここまでスーツを使わずに来たの?

凛「え、えっと、訓練の後でもいいんじゃないの?」

加蓮「何言ってんの!? 朝ごはんを食べて訓練するのと食べないで訓練するのは全然違うんだよ!? 身体を動かすのに必要なエネルギーを先に十分とって、それから訓練を行うと筋肉のつき方も違うし、怪我もしにくいし、何よりも健康になるんだよ!」

あ、これめんどくさいやつだ。

このままだと加蓮の話が長くなると予想した私は、加蓮の謎のポリシーを特に聞こうともせずに大人しく加蓮が用意してくれた朝ごはんに手を伸ばした。

凛「あ、うん。それじゃあ、いただくよ。好きなの貰っていいの?」

加蓮「あれ? そこはアタシに色々と聞いてくるところじゃないの? 健康な食事方法とか、身体を鍛える為に必要な食べ物は何なのかって」

やっぱりめんどくさいやつだ。

絶対に長くなる。

触れちゃダメなやつだ。

凛「えっと、このおにぎりとかサンドイッチって加蓮が自分で作ったの?」

奈緒「そうそう! それ加蓮が作って持ってきたんだよ!」

私の目を見て私の考えていることを察したのか、奈緒が私の質問を拾ってくれた。

なんとなくだけど、こういったやり取りがかなりあるみたいだ。

キーワードは……健康とか身体を鍛えるとかそこらへんかな?

病弱だった過去の裏返しでそのあたりに敏感になってそうだ。

触れると長くなりそうだし、極力触れないようにしていこう。

凛「へぇ、未央、卯月。これ美味しそうだよ」

卯月「……朝ごはんを食べて訓練すれば、少しでも強くなれますか?」

凛「!?」

奈緒「!?」

卯月!? なんでそこで会話を拾っちゃうの!?

未央「……私たち、強くなれるんだったら、何でもするよ」

未央まで……。

私は恐る恐る加蓮をみると。

加蓮はニコニコしながら卯月と未央に、それはもう嬉しそうに語り始めた。

加蓮「強くなれるよ! 私が保証する! まずは朝ごはんを食べる事によって現れる効果と、健康について、それと理想的な身体の作り方についてだけど……」

そうやって加蓮先生の講義が始まってしまった。

加蓮が未央と卯月に色々と講義をしている間、私と奈緒は一歩引いて小声で話し始めた。

凛「……奈緒、加蓮っていつもあんな感じなの?」

奈緒「……いや、あいつ身体を鍛えることに関して妥協を許さないから、そこらへんが絡んでくるとああなっちまうんだ」

凛「……やっぱり。奈緒、結構苦労してるっぽいね」

奈緒「……加蓮と付き合っていく以上避けては通れない道になってるからもう諦めたよ」

凛「……そっか」

私はドヤ顔で講義する加蓮と、それを真剣に聞いている卯月と未央を見ながらおにぎりを口に運ぶ。

凛「あ、おいしい」

奈緒「うまいだけじゃないぞ。中の具とかも、栄養満点なものをバランスよく入れてるから何個か食べるだけで一日に必要な栄養素を無駄なく取れるんだ。少しカロリーは高いから動かないと後が怖いけどな」

凛「へぇ……すごいね」

そうやって奈緒と話しているうちに、加蓮が持ってきた食べ物を結構食べてしまった。

お腹も満たされたし、そろそろあっちのほうも終わったかなと視線を向けてみると。

加蓮「ほら見て。アタシの腹筋、すごいでしょ?」

卯月「す、すごいです……。引き締まってて、腹筋が割れてます……」

加蓮「力を入れると、ほら」

未央「うわぁ……8つに割れてる……すご……」

凛「……」

ウェアを脱いで、上半身をスポーツブラだけの姿になった加蓮が二人に向かって自分のお腹を見せていた。

何をやってるんだ……。

凛「何やってんの……?」

加蓮「この1年で鍛えあげたアタシのボディを見せてあげているの」

そういってポーズをとる加蓮。

引き締まった身体が朝日に照らされて輝いている。

凛「……そっか。それで話は終わったの? そんな事やってるなら終わったんだよね?」

加蓮「むっ、何? そんな事って、身体を鍛えることの有用性と、その結果もたらされる肉体美っていうのを教えてあげていたのに、そんな事って言っちゃうの?」

ああもう……。

本当にめんどくさいなぁ……。

凛「ごめんごめん。加蓮の身体はすごいよ、元病弱とは思えないくらいの身体をしてるよ。それで、そろそろ訓練も始めたいんだけど」

加蓮「なにそのテキトーな感じ。……ま、いいか。こっちも話ながら朝ごはんも食べたことだし、そろそろ訓練を開始しますか!」

凛「うん。それじゃあ……」

加蓮「それじゃ、卯月、未央、凛もスーツを脱いで」

凛「……は?」

今度は何を言い出すんだ……。

凛「えっと……。なんで?」

加蓮「卯月と未央に聞いたけど、凛達はスーツの力に頼っての訓練が多すぎだって思うんだ」

凛「まあ、訓練するときは基本スーツを使っているけど……」

加蓮「それだとまだまだだよ。本当の訓練は自分の肉体も鍛えて、スーツの力も制御して使いこなす、両方をこなしてやっと本当の訓練って言えるんだよ」

凛「ふぅん……」

加蓮「基礎となる自分の肉体を鍛えれば、スーツから生み出される力も底上げされるんだから自分の肉体は鍛えておいて損はないよ。っていうか、身体、鍛えようよ」

なんだか最後に本音が出ているような気がしたけど、加蓮のいう事にも一理ある。

加蓮も歴戦の猛者って言える力を持っている。その加蓮の訓練方法を取り入れるのも悪くないと思う。

凛「ん。分かった、今日は加蓮に訓練メニュー作成をお願いするよ」

加蓮「えっ! ホント?」

凛「うん。どんな訓練かも興味あるし」

加蓮「やった! よーっし、気合入れないとねっ!」

凛「お願い。私たちは着替えてくるからさ」

私たち3人は着替える為に持ってきた荷物を置いていた場所に歩き始める。

一応着替えも持ってきている、スーツの上にはジャージを着ているけど下着を着けないと色々キツイ。

そうやって3人で歩いているといつの間にか私たちの後ろにいた奈緒が小さい声で話し始めた。

奈緒「お、おい。何考えてんだよ? 加蓮の訓練に付き合うって本気か?」

凛「え? うん、本気だけど。ね、未央、卯月」

未央「うん、私たちは強くならないといけないからね」

卯月「はい。さっき加蓮ちゃんに色々教えてもらって、身体の鍛え方が足りないって実感しましたし」

奈緒「か、加蓮のやつ気合入っちゃってるんだぞ? 今ならまだ間に合うから加蓮に任せるのはやめろって!」

凛「何をそんなに嫌がってるの?」

奈緒「嫌って言うわけじゃなくて、あたしはあんた達の事を考えて……」

加蓮「はーい。そこまでー」

奈緒「ゲッ!? か、加蓮……いつの間に……」

加蓮「せっかくみんな気合入ってるのに邪魔しちゃダメでしょ。あっ、奈緒の事は気にしないでねー。この子、いつもこうだから」

加蓮「それじゃ、みんな着替えてきてねー、あっちで待ってるから」

終始笑顔の加蓮に引きずられて奈緒は連れて行かれた。

……今更だけど、何か嫌な予感がする。

いつもハードな訓練をしているから加蓮がやっている訓練もこなすことができるだろうと思って特に考えもせずにまかせたけど、奈緒のあの嫌がりようを見ると……。

凛「あの、さ。二人とも大丈夫? 急にスーツを使わないでの訓練になっちゃったけどさ」

未央「私は大丈夫、さっきも色々教えてもらって、あの子のいう事は的を得ていたし、今の私は確かに身体を鍛え切れていない気もするから」

卯月「私も大丈夫です。加蓮ちゃんの訓練を真剣にやります」

凛「そっか。……ま、いいか」

嫌な予感を押さえ込んで私たちはスーツを着替えて加蓮と奈緒の元に戻った。

戻ってきた私たちを加蓮は溢れる笑顔で迎えてくれた。

それに対して奈緒はすごく嫌そうな顔をしている。

やっぱり嫌な予感がする。

加蓮「それじゃあ、まずは準備体操! それが終わったら走りこみをするよ!」

卯月「はいっ」

未央「うん!」

凛「あれっ?」

加蓮「この訓練場のあそこからここまでを10往復! 足腰を鍛える事は大事だからね!」

あれ? 思っていたより普通だ。

距離として片道50メートルも無いから10往復でも1キロも走らない。

結構楽な気がするんだけど……。

そう考えながら加蓮に視線を移すと、加蓮は準備体操を急かしながら柔軟運動をしている。

うわ、すごく柔らかいな。体操選手顔負けってくらいだ。

私たちもそれぞれ準備運動をして、準備が整う。

凛「それじゃ、走ればいいのかな……あれ?」

いざ走り始めようとしたら加蓮がいない。

どうしたんだろうと思ったら、加蓮は自分のリュックから何かを取り出して準備をしているようだった。

奈緒「……」

卯月「あれ? どうしたんですか?」

未央「何やってるの?」

私たちの声に反応して加蓮が顔を上げる。

手にはなんだろう……剣とそれにベルトみたいなものが……。

加蓮「あ、準備運動終わった? それじゃ、これ着けて!」

加蓮がベルトを腕に通し、リュックサックを背負うようにして両肩に引っ掛ける。

背中のベルトが交差するところから丈夫そうなロープが伸びていてその先には雁字搦めにされた剣がある。

何、これ?

加蓮「ほらほら、ぼーっとしてないで着ける着ける!」

加蓮が私に同じようにベルトを装着させて、卯月や未央もそれを見て同じようにする。

一体何を……。

加蓮「それじゃ、その先についている剣を10メートルくらいにして伸ばしてね」

奈緒「……」

凛「は?」

卯月「えっ?」

未央「へ?」

そう言うと加蓮は剣を伸ばして、伸びた剣は土にめり込むように沈み込んだ。

加蓮はそれを全員分行って、手を叩く。

加蓮「はい、これで準備完了! それじゃ、走りこみ開始するよー!」

凛「待って。ちょっと待って」

加蓮「どうしたの?」

凛「あのさ、この剣って10メートルも伸ばすと50kg近くなるんだけど」

加蓮「知ってるよ?」

凛「……もしかしてなんだけど、これを引きずって走れっていう事?」

加蓮「せいかーい♪」

凛「…………」

私が奈緒の顔を見ると、奈緒は諦めきった表情で肩にかかるベルトを直している。

卯月と未央は呆然としていたが、気を取り直して真剣な表情になっている。

誰も突っ込まないの?

凛「えっと、これを引きずりながら10往復?」

加蓮「うん」

凛「ちょっときつくない?」

加蓮「そんな事無いって、慣れだよ慣れ」

凛「…………」

加蓮「まあ、無理そうならもう少し軽くしてもいいよ。最初から重過ぎるのは怪我の元だからね」

加蓮の中では50kgは重い部類に入らないようだ。

加蓮「さぁ、いくよ! よーい、どん!」

加蓮の掛け声と共に、私以外の全員が走り出した。

加蓮は剣を引きずりながら速度は遅いが確かに走っている。

奈緒は歯を食いしばりながら足を踏ん張って一歩ずつ進んでいる。

卯月と未央は……。

卯月「へぶっ」

未央「あぶっ」

前に進もうとして、その場で足を縺れさせて地面にキスをしていた。

凛「だ、大丈夫?」

卯月「だ、大丈夫です」

未央「へ、平気、私たちに構わないでしぶりんは走っていていいよ」

走るって言われても……。

息を止めて全力で足を踏み込んで前に進もうとする。

数メートルだけ前に進んで、膝が折れた。

それを数度繰り返して、ようやく10メートルくらい。

凛「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

えっと、これをあとどれだけやればいいの?

私の汗がぽたりと地面に落ち染み込んでいった。

凛「ぜぇーっ! はぁーっ! うぁぁぁっ!」

震える足を踏ん張りながら私は最後の一歩を踏み出してようやく10往復を完遂した。

そのまま地面に倒れこんで新鮮な空気を取り入れようと呼吸を荒げた。

加蓮「お疲れー、卯月と未央ももうすぐゴールできそうだね」

腕立て伏せをしながら加蓮が私に近づいてきた。

返事を返す余裕が無い、息が整わない。

返事が出来ない私に加蓮はため息をついて言って来た。

加蓮「20kgに落としてそれじゃあ、やっぱり普段から身体を鍛えれてなかったってことだよ。スーツを使うのもいいけどやっぱり自分の身体を鍛え上げないと」

そう、最初の数メートルで私たちは剣の重さを軽くした。

50kgを超える剣を引きずって歩くなんてスーツの力を得ていない私たちに出来るわけがなかった。

段階的に落としていって、20kgくらいの重さでようやくまともに歩くことが出来て、それを引きずって10往復。

はっきり言って、もう動けない。

訓練を開始してまだ1時間くらいだけど、もう1歩も動くことが出来ない。

そんな私を無理矢理起こさせて、身体につけたベルトを外して加蓮は私を立ち上がらせる。

凛「か、加蓮、待って……わ、私、動けない、って……」

加蓮「駄目だよー、肩貸してあげるから少し歩いてクールダウンさせないと。その後はマッサージしてあげるから」

凛「ま、待って、もう、少し、休ませて」

加蓮「駄目ー。あっ、奈緒ー、卯月と未央がゴールしたら同じようにクールダウンさせてあげてね」

奈緒「……あいよー」

生まれたての小鹿のような私の足を支えながら加蓮は歩き始めた。

誰か、助けて。

それから少しして、私は加蓮にマッサージを受けていた。

凛「あぁ……気持ち……いい……」

加蓮「でしょ? 結構勉強したんだよ」

今私は足を重点的に揉み解されている。

加蓮「筋肉に負荷をかけたままにしてると痛みとかが残っちゃうからね。少しクールダウンしてストレッチをしながらマッサージをして筋肉をほぐせば次の日にも残らないんだよ」

凛「そー……なんだぁ……」

加蓮が何かを言ってるけど、とにかく気持いい。

何も考えられないくらい……。

奈緒「おーい、加蓮ー。こっち手伝ってくれよー」

加蓮「あ、わかったー」

加蓮「凛。アタシ、卯月と未央のマッサージしてくるから、これで終わりね。痛いところとかある?」

凛「え……? あぁ……えっと……大丈夫」

加蓮「そっか、それなら行って来るねー」

凛「うん……」

加蓮が私のマッサージを終えて、少し先で動くことも出来ずに地面に突っ伏している二人の元に歩いていった。

私は身を起こして立ち上がると、さっきまで疲労困憊だった身体が少し足元が怪しいけどほぼ問題なく歩ける状態になっている事に驚いた。

そのまま歩いて、4人のところに到着すると。

卯月「あっ、あっ……」

未央「うぁ~……」

加蓮と奈緒にマッサージを受けている卯月と未央が気持ちよさそうな顔をしながらされるがままになっていた。

どうやら奈緒も加蓮並のマッサージを習得しているようだった。

しばらく時間もかかりそうだし、私は少しハナコの散歩でもしようかと思い、私の荷物の傍でジッとしているハナコの元に向かう。

私が近づくとハナコは尻尾を振りながら私に飛びついてきた。

どうやら散歩が待ち通しかったみたいだ。

ここの訓練場に来てもう結構時間が経っているし、その間ずっと大人しくしてたからもう我慢が出来なかったみたいだ。

凛「よしよし、待たせちゃったね。少し散歩しようか」

「ワン!」

しばらくハナコと一緒にゆっくりと歩いていると、

4人のマッサージも終わったようで、みんなが私の元に向かってきていた。

それからはまた加蓮の滅茶苦茶な訓練をみんなで行って、気がついたらもう昼に差し掛かる事になっていた。

スーツを使わずの訓練がここまでキツイもの……いや、加蓮の訓練がここまでキツイものだとは思ってなかった。

だけど、卯月と未央はまた明日もお願いしますって言って、この訓練に乗り気だ。

二人が乗り気なら私も続けようと思う。

二人とも私の為に頑張っているんだと思うから、私も一緒に二人と頑張ろうと思う。

こうして私たちの朝の訓練は加蓮が訓練メニューを作って行っていくこととなった。

それから数日後。

凛「はぁーっ! はぁーっ!」

卯月「ぜぇっ、はぁっ、うっぷ……」

未央「ぜーっ、はぁーっ、うぇっ……」

私たちは昼を向かえる頃、とある山の山頂でへばっていた。

今日は、山の麓から頂上まで一直線に駆け上がる訓練をした。

今回は変な重りも何もなし、だけどとにかく一直線に駆け上がる。

どんなに険しい道でも関係なく一直線に、垂直な岩肌も剣を刺してよじ登った。

今日は全身が鉛のように重たい。

動く事はもうできない。

そうやってへばっていると、山頂の岩肌からひょっこりと顔を出した加蓮がニコニコしながら近づいてきた。

加蓮「お疲れー、でも遅いよ? 4時間もかかってるようじゃまだまだだよ」

凛「うっ……さい……、私たちは……アンタたちみたいな……化け物じゃ……ないんだから……」

この数日で嫌というほど分かってしまった。

加蓮は化け物だ。

体力お化け。

元病弱? そんなの絶対嘘だ。

普通の女の子は何十キロの重りを背負って跳ねるように山を登ることなんて出来るわけが無い。

未央「み、みず……」

卯月「おみず、ください……」

奈緒「ちょっと待ってな。ほら、ゆっくり飲めよ」

あっちにも体力お化けがいた。

加蓮よりは劣るかもしれないけど、加蓮の訓練メニューをへばらずにこなす体力お化け。

加蓮「はい、凛も少し水分補給。あんまり飲みすぎちゃ駄目だよ」

凛「!!」

加蓮からひったくるように私はスポーツドリンクを受け取り、その水分を口に含む。

凛「んっ、んっ、んっ……ふぅぅぅ……」

加蓮「一気に飲んじゃ駄目だって!」

乾いていた身体にスポーツドリンクが染み渡る。

一口目の甘さはとろけるような味わい。

こんなに美味しいものがこの世にあるのかと思えるくらいの味。

一気に飲むなといわれてもそんなの無理。

私の身体が水分を欲してるんだ。

ようやく息が落ち着いてきた私は加蓮にマッサージを受けながら心地よい風を受けて山頂から下を見下ろした。

凛「あんな所登ってきたんだ……」

未央「うわぁ……よく私たちあんな岩肌をよじ登れたね」

卯月「殆ど垂直な壁を剣を刺してよじ登ってきたんですよね……信じられないです」

スーツの力もなしによくもまああんな崖を上ってきたものだ。

私たちも少しずつ加蓮の領域に近づいていってるんじゃないのかな……。

いや、加蓮と奈緒は垂直な崖を剣を使わずに手と腕と足の力で全身を支えて登っていったんだ。

こんな化け物二人組みにはまだまだ程遠い……。

そうやって、加蓮のマッサージを堪能していると、何気なく奈緒が私に問いかけてきた。

奈緒「そういえば、明日のサマーフェス、何時に集合すんの?」

凛「え?」

卯月「あっ……」

未央「あぁ……」

加蓮「卯月と未央が出るアイドルフェスだよね。会場で落ち合うのもいいし、どこかで集まっていくのもいいけど……どうしたの?」

凛「えっと、私は行かないって言うか、そもそもそのサマーフェスのチケット買ってない……」

奈緒「はぁ? 何で?」

凛「え、と……」

元々私は二人のライブにだけは行かないようにしていた。

私の心が揺れ動かないようにする為に。

二人もライブに来てほしいって今まで言ってこなかったから特に気もとめていなかったけど……。

加蓮「てっきり凛も行くものだと思ってたんだけど……卯月、未央。チケットって余ってないの?」

卯月「えと、その……」

未央「余ってないよ」

奈緒「未央?」

未央「余ってないから……」

加蓮「そう? それだと仕方ないかぁ……」

なんだろう……。

二人とも、何か……少し辛そう。

二人の様子が少しおかしいと感じたが、未央はあからさまに話を変えるように加蓮と奈緒に色々と聞き始めた。

結局サマーフェスのことはそれから話題には上がらずに、私たちは訓練を終えて帰路に着いた。

その夜、ベットの上でスマホを触れて、サマーフェスの事を調べていた。

346プロのアイドルがほぼ全て出演するビックイベント。

そして、未央と卯月がこのステージを最後にアイドル活動を休止する。

最初に聞いたときは、私の事を一番に選んでくれたんだって嬉しかったけど、

気になったのは今日の二人の表情。

辛そうな表情。

二人がアイドル活動を休止するんだから辛いと思っているのかもしれないけど、それ以外にも何かありそうな感じがした。

私に対して何かを言い出せないような、そんな感じ。

それが気になってしまって、頭から離れない。

私の指が二人のユニット紹介画面でピタリと止まる。

凛「……二人とも、楽しそうに笑ってる」

そういえば最近……前回の狩りから二人はあまり笑わなくなってしまったような気がする。

必死な表情が多くなったような気がする。

凛「……ライブだと二人は楽しそうに笑うのかな?」

私はスマホを消して目を瞑る。

明日は朝の訓練は無しにしてある。

未央と卯月は朝早くから準備があるらしいから。

明日は何をしよう……。

明日は……。



朝、目を覚ました私は、スーツの上に顔が隠れるくらいのパーカーを着て、透明化を起動させ今日行われるサマーフェス会場に向かった。

今日はこの辺で。

私の耳に風切り音と蝉の鳴き声が届く。

サマーフェス会場は山の麓にステージが設けられた野外フェス。

会場に向けて私は空を駆け続ける。

もう慣れ切ってしまった浮遊感を感じながらも、私は行かないと決めていた二人のライブにこうやって向かっていることを考えていた。

凛(未央と卯月は以前と変わってしまった……)

凛(二人ともあまり笑ってくれない。いつも真剣な表情で訓練を続けている……)

凛(加蓮や奈緒は二人の変化を知らないから何も違和感を感じずに二人と接しているけど、私には未央と卯月の間に距離が出来てしまったような感じがしてならない……)

凛(それに、この前、今日のライブの話になった時に見せた辛い表情……)

考えている間に、私の耳は小さな音を拾った。

前に進むにつれ、音は大きくなり、その音が音楽だという事に気がつき、私は今日の目的地に辿りついたのだと気付く。

凛(もう着いてしまった……)

凛(二人のライブを見に行かないって決めていたのに……)

凛(でも、このライブで二人とも私と一緒にいるときと違って楽しそうに笑っていたら……)

凛(…………)

私は軽快なリズムで流れる音楽を聴きながら、ライブ会場の人気が無い場所に降り立ち、透明化を維持しながら二人のステージを待った。

二人のステージを待っている間、私はこのサマーフェスのライブを見続けていた。

様々なアイドルたちが自分たちのステージに立ち、観客を沸かせている。

どの子達もみんな一生懸命、それでいてとても楽しそうに歌って踊っている。

そのアイドルたちの笑顔が未央と卯月の顔に重なる。

しばらく見ていない未央と卯月の楽しそうな笑顔が重なって見えて、また何か重たい気分になってくる。

そうやっているうちに、ステージには以前に二人がバックダンサーをつとめたアイドル、城ヶ崎美嘉が立っていた。

予定では、彼女の後に未央と卯月の所属するシンデレラプロジェクトメンバーのステージが始まるはずだ。

早く二人のステージを……と考えていた私だったが、ふと空の雲模様がおかしい事に気がついた。

今にも雨が降ってきそう。

と思っていたのもつかの間、ぽたりぽたりと小さな水が降り始め、それはあっという間に豪雨となってしまった。

山の天気は変わりやすい、訓練をしているときもよくあることだったが、今日は少しまずい。

透明化を使っているため、私に雨が降られると、その部分が浮き上がって見えてしまう。

誰かに気がつかれる可能性もあるので、私はステージ横の大きなテントに入り、入り口付近の目立たない隅っこに身体を隠す。

雨が止むまではここで隠れていよう、そう思っていたが……。

未央「雨、かぁ」

卯月「すごい雨ですね……」

テントの奥から未央と卯月が外の様子を見にやってきた。

思わず声が出そうになったが、私はこらえてその場を動かずに二人を見ていると、

二人と同じようにテントの奥から前に見た男の人、二人のプロデューサーが現れて二人に声をかけていた。

P「これは……島村さん、本田さん、しばらく控え室で待機していてもらえますか。この雨では一時中断となってしまいますので」

卯月「あっ、はい……」

未央「うん、わかった……」

凛(…………)

私は二人の顔を見ている。

二人の表情に笑顔はなかった。

それどころか、この前よりも辛そうな表情が浮き出ている。

……よかった、私の前だから笑っていないわけじゃないんだ。

何故かほっと胸をなでおろした私。

二人がテントの奥に消えると、それを黙ってみていたプロデューサーが先ほどまでステージに立っていた城ヶ崎美嘉に話かけられている。

美嘉「……あの二人、今日のこのステージでもあんな感じかぁ」

P「はい……」

美嘉「ホントにどうしちゃったんだろ? 今日のサマーフェスあんなに頑張るって言っていたのに、1週間くらい前からあの二人どこか辛そうに、何かを言い出せないような雰囲気をだしちゃってさ……」

P「……」

美嘉「本番前でもどこか上の空……緊張しているようなわけでも無さそうだし、何か悩んでるのかな……」

P「……」

美嘉「もうっ! 黙ってないで何か言ってよ! アンタ、あの子たちのプロデューサーでしょ? あの子達、一体どうしちゃったワケ?」

P「……わかりません」

美嘉「……わからないってさぁ、そんな無責任なこと言わないでよ……」

P「……理由を聞いても、話してもらえませんでした。島村さんも本田さんも何か、大きな何かを抱え込んでいるようでして……」

美嘉「大きな何かって……」

P「……それがわからないのです。仕事以外の何か……彼女達のプライベートなのは間違いないのですが、私としてもどこまで踏み込んでいいのかと決めかねているのが現状です」

美嘉「そっか……ちゃんとあの子達のこと、見ててくれたんだね」

P「ええ」

美嘉「アンタ、あんまり喋らないから担当アイドルのこと本当に見てるのか心配だったけど、アタシの早とちりだったね。ゴメン」

P「……」

美嘉「ま、プライベートで悩んでるって事なら、少しアタシがハッパをかけてきてあげるよ。この雨じゃ、再開までまだまだ時間がかかりそうだし、ステージ再開までにあの二人のお悩みもこのアタシがバッチリ解決してきてあげる」

P「すみません……」

Pは城ヶ崎美嘉に頭を下げて、そのPに手を振りながら城ヶ崎美嘉はテントの奥に進んでいった。

私は気配を消して、物音を立てずに城ヶ崎美嘉の後を追う。

城ヶ崎美嘉が進む先、簡易的な控え室に私も一緒に歩いていく。

透明の状態で、物音も、気配も殺しての移動。

城ヶ崎美嘉には気付かれていない。

私たちは未央と卯月のいる控え室にたどり着いて、控え室を覗きこんだ城ヶ崎美嘉はすでに視線をこちらに向けていた二人と目があったようだ。

美嘉「やっほー、二人ともちょっといい?」

卯月「美嘉ちゃん……だけですか?」

未央「あれ……? もう一人気配を感じたんだけど……」

美嘉「え? どうしたの?」

凛(……)

城ヶ崎美嘉には気付かれなかったけど、二人には気づかれてしまった。

今までの訓練の成果って所もあるのかもしれないけど、今はばれるのはマズい。

もしも見つかって、こうやって透明化した状態で二人の事を見に来るなんて事、どんな言い訳をすればいいかわからない。

私はその場を動かず、空気と同化するように気配を極限まで薄れさせる。

未央「……気のせい、かな」

卯月「……ですね」

美嘉「?」

未央「ごめん、なんでもないよ。それで美嘉ねぇはどうしたの? 私たちに何か用?」

美嘉「んん、こほん」

卯月「?」

美嘉「アンタ達、二人ともちょーっとそこに立って」

未央「え?」

美嘉「いーから早く!」

卯月「は、はい」

美嘉「よーっし、それじゃ、今日のステージの最終リハ、始めるよ!」

未央「え? リハって……」

卯月「リハーサルはもう通しでやりましたし……」

美嘉「あれをお客さんに見せるつもり? アンタ達、自分たちが今どんな状態か分かってる?」

未央「え、ええっと……」

美嘉「何を悩んでるのか知らないけど、ステージ前だって言うのに心ここにあらずって感じでまったく集中できてない! そんな腑抜けた顔でステージに立たれたら他のみんなにも迷惑かかるって分かってるかな?」

卯月「っ!」

未央「腑抜けてるって……私たちは……」

美嘉「腑抜けて無いなら証明して見せてよ。アタシにアンタ達の力を見せ付けてみなよ。アタシを納得させるような歌を、ダンスを今ここで見せてみなよ」

美嘉「それができなかったら……アンタ達のプロデューサーに言ってアンタ達は今日のステージの出演中止……なんて考えてるんだけどね」

卯月「!?」

未央「そ、そんなっ!?」

美嘉「それが嫌だったら、アタシを納得させてみな。アンタ達の全力を今出しつくすつもりでね」

卯月「そんな……今日のステージは……」

未央「出られない……そんなこと……」

城ヶ崎美嘉の言葉に二人は顔を真っ白にして震え始める。

その二人を見て、慌てて城ヶ崎美嘉は声をかけようとするが、

美嘉「ちょ、ちょっと、どう…………」

声を発した瞬間、近くに落雷が落ちたようで一瞬辺りは光に包まれた。

落雷の轟音と、眩い光に、城ヶ崎美嘉は悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだ。

美嘉「キャアッ!?」

それとは対照的に、未央と卯月はその場に立ち尽くしている。

落雷の光と音を聞いて、二人の表情が変わった。

目を限界まで見開いて、両手を握り締めながら立ち尽くしていた。

卯月「……」

未央「……」

美嘉「あ、アンタ達、大丈夫?」

卯月「美嘉ちゃん。ごめんなさい、私たち美嘉ちゃんの言うように全然集中できていなかったです」

美嘉「え?」

未央「ずっとさ、この数日悩んでたんだ。しぶりんがあんな目にあったのに、私たち、まだアイドルを続けながら、みんなで解放される道があるんじゃないかって」

美嘉「……どうしたの? アンタ達……」

卯月「誰よりも強くなって、凛ちゃんを守れるくらいにならないといけないのに……そのためにはアイドル活動を休止して、強くなるための訓練をしないといけないのに……」

美嘉「う、卯月、アンタ今……」

未央「それなのにさ、心のどこかで未練があったんだよね。だから今日も、今日で終わりたくない、もっとアイドルを続けていたいなんて考えてた……」

美嘉「み、未央、アンタもさっきから一体……」

卯月「でも、思い出しました。あの時の事を、あの時の気持ちを」

未央「吹っ切れた。ここまで来てやっと吹っ切れた。もう迷わない」

美嘉「ねぇっ! どうしたのよアンタ達!?」

未央「美嘉ねぇには先に言っておくよ」

美嘉「な、何を?」

卯月「私たち、今日を最後にアイドル活動を休止します。みんなにも、プロデューサーさんにも今まで言えませんでした。だけど、今日のステージが終わったら話します」

美嘉「!?」

未央「私たち、最後のステージだと思って全てをぶつける。美嘉ねぇも見ててよ」

美嘉「ちょ、ちょっと!! アンタ達何を言ってんの!?」

城ヶ崎美嘉が二人に問いただそうとするが、二人は城ヶ崎美嘉の前に並ぶ。

卯月「美嘉ちゃん、最終のリハーサル、ですよね」

未央「美嘉ねぇにも納得できるダンス、今なら出来る」

美嘉「ちょっと!! 話を……」

未央がスマホを操作して、スマホからメロディが流れ始める。

この曲は、二人のデビュー曲。

メロディは小さいものだったが、そのメロディに乗せて二人の歌声が小さな控え室に響き渡る。

城ヶ崎美嘉は最初は二人に話しかけていた、先ほどの真意がなんなのかという事を。

だけど、二人の歌声と、ダンスのステップを、そして二人が織り成す本番さながらの動きを目にするうちに話しかけることも忘れ、二人の演技に見入り始める。

それは私も同じだった。

凛(何、これ……)

さっきまで見ていたアイドル達のダンスが子供だましに思えるくらいのキレ。

激しいはずなのに流れる水のようなステップ、そんな動きをしているとは思えないくらいのまったくブレない歌声。

凛(すごい……)

最近、二人のダンスや歌を私は見ていなかった。

アイドルより戦いの道に引き入れる為に、二人のアイドル活動が疎ましく思い始めた頃からまともに見てはいなかった。

だけど、今日こうやって生で二人の動きを見て、私の心は激しく揺さぶられた。

凛(すごい、すごい……そんな動き……どうなって……)

一体なんなの? 二人から目を離せない、二人の動きを見続けてしまう。

何度も聞いたはずの歌なのに、心地のいい浮遊感みたいなものが私の胸を満たす。

続きが気になる小説のように、二人の動きの先を見る目が離せない、次はどんな動きをするのかが気になってしまう。

凛(もっと、もっと見たい……もっと聞いていたい……)

終わりが近い事が分かる。

何度も聴いている歌だ、もう数十秒で終わってしまう。

だけど、ずっと二人の歌を聞いていたい、ダンスを見ていたい。

凛(あぁ……終わっちゃう……)

最後のフレーズで二人の動きは最高潮を見せた。

ステップ、ジャンプ、ターン、私は二人が動くたびに頭を動かして、身を前に乗り出して食い入るように凝視する。

最後の締め、左右対称のポーズをとって終わった。

凛(…………)

終わった。

終わってしまった。

もっと、もっと、ずっと見ていたかったのに、もう終わってしまった。

卯月「どうですか、美嘉ちゃん?」

美嘉「え……? あぁ……」

未央「私たち、合格?」

美嘉「う、うん」

城ヶ崎美嘉はいつの間にかへたりこんで二人を見上げていた。

多分、私と同じような状態になっているんだろう。

今は何も考えられない、もう一度二人の演技を見たいという事しか考えられない。

美嘉「も、もう一回」

卯月「……はい」

未央「……わかった、美嘉ねぇが納得できるまで何度でもやるよ」

再び二人の歌声が響き渡る。

どれくらい時間が経ったのだろう。

私はただただ二人の歌声とダンスに酔いしれていた。

何回も何十回も見ているうちに私は二人の動きにどこか既視感を覚えていた。

二人の動き、どこかで、誰かが……。

凛(!!)

気付いた。

二人の動き、それは私がよく訓練中に織り込む踏み込みやステップだ。

それ以外にも、私と一緒にやった訓練の動きが二人の振り付けに組み込まれている。

日々の訓練で培った動きもダンスに取り入れているようだった。

それに気付いたときに、二人のカンペキだと思われた動きに違和感を感じた。

それは、見ているうちにどんどん大きくなる。

だけど、その違和感は二人のダンスを阻害するものではなく、更なる魅力を引き立たせるようなものだった。

この違和感は、二人のダンスをまだ未完成に思わせる。

さらなる高みがあるのかと、これ以上魅せることが出来るのかと心臓の鼓動が止まらない。

違和感を感じてから数度私は見続けた。

その違和感を感じられる部分を見ているうちに気がついてしまった。

違和感の正体、この二人のダンスに足りないものを。

それは、

凛(…………私)

二人とも、明らかに三人で動くことを意識している。

見えない誰かと二人は踊っている。

意識すると、二人と一緒に踊っている誰かが分かってしまう。

私が一緒に踊っている。

見えてしまった、透明な私がそこにいるのを。

それから、私は二人の演技を、二人と私の演技をただただ呆然と見続けていた。

私の耳に、二人の歌声以外の声を拾った。

P「島村さん、本田さん、そろそろ……」

二人は歌とダンスを止めて入ってきたPを見やった。

私も、城ヶ崎美嘉も同じように頭を動かしてPを見る。

P「どうしましたか……?」

美嘉「え、えっと、あの……」

P「雨も上がり準備も整いました、お二人ともスタンバイをお願いします」

Pが声をかけるが、二人は城ヶ崎美嘉を見つめて、返答を待っていた。

城ヶ崎美嘉はその視線を受けて、

美嘉「が、頑張って二人とも」

卯月「はいっ」

未央「うん」

二人はその言葉を聞き、今まで何十回も歌って踊っていたような疲れを見せずに控え室を飛び出していった。

その二人を見てPは城ヶ崎美嘉に礼を言う。

P「ありがとうございます、島村さんも本田さんも今までに無いくらい集中されています。これなら今回のステージも大成功になるでしょう」

美嘉「あ、あれ……えっと……」

P「どうされましたか?」

美嘉「あっ! そ、そうだっ! あの子たち!!」

ようやく意識が戻ってきた城ヶ崎美嘉が二人を追うように控え室を出て行くが、私は遠くの方で二人の掛け声を聞いた。

――生、ハム、メロン!

二人のステージは始まり、私はそのステージを見るべくテントの外に出て、ステージ全体を見渡せる鉄柱の上で見続けていた。

日は落ち始め、今日のライブの最後の全体曲が終わった。

ずっと私は今日のステージを見続けていた。

全ての行程を見終えた私が感じたのは、やはり今日のライブはあの二人が誰よりも輝いていたという事。

あの後すぐに二人のステージを見た私、二人のステージだけ今回のライブでも異質だった。

最初は声援がすごかった。だけど、曲が進むに連れて声援が小さくなり、会場にいる観客は食い入るように見続けてた。

そして、曲が終わると同時に爆発するような声援が巻き起こり、アンコールの嵐。

結局二人はその後に数回アンコールに答え、最後の全体曲でも同じようにアンコールに答えていた。

ライブが終わって会場の話題はニュージェネレーション一色。

会場にいる観客たちも私が感じたように、未央と卯月の歌と踊りに引き込まれたのだろう。

本当にすごい。すごいとしか言えない。

ずっと二人のステージを見ていたいと思った。

もっともっと色々な歌を踊りを見てみたいと思う。

そうやって気がつく。

凛(…………私、何を考えてるの?)

これは紛れも無い本心、だけど私の本心って……。

凛(……二人と一緒に戦いの道を、殺しの道を……)

これも本心……みんなと一緒に何かを、戦いと殺しをみんなで一緒に……。

凛(でも、戦いの道に二人が来たらもう、このステージを見ることが出来ない……)

頭が痛い、思考がまとまらない。

私はその場で頭を抱え込んで蹲り、何も考えられないまま時間だけが経過していった。

私は甲高い少女の声を耳にして意識が戻ってきた。

日は沈み星が空を満たし、観客もはけて会場の片づけが始まっている。

顔を上げると、ステージ上に十数人の人影が見える。

そのステージの上に未央と卯月の姿が見えた、そしてその二人に詰め寄っている少女達の姿も。

一番に突っかかっている少女、確か前川みく。

他の子たちもシンデレラプロジェクトの子たち。

みく「どういうこと!? 説明してほしいにゃ!!」

未央「だから、私たちはアイドル活動をしばらく休止するって言ってるの」

李衣菜「休止って……なんで急にそんな事……」

卯月「少し前に決めたんです。このサマーフェスが終わったら休止するっていう事を。フェスの前に言っちゃうとみんなに心配かけちゃうと思って……」

みく「納得行かないにゃ!! 決めたってどういうこと!? なんでそんな大事なこと誰にも相談しないで決めるの!?」

未央「言えない事……だから」

みく「言えないってなんなんにゃーー!! 白状するにゃーーー!!」

卯月「……ごめんなさい」

李衣菜「みく、落ち着いて」

みく「これが落ち着いていられるかにゃ!! みくたちに言えないことってなんなの!? みくたちに何で隠し事をするんにゃ!?」

李衣菜「卯月ちゃんと未央ちゃんにも何か理由があるんだよ。そうでしょ?」

卯月「……はい」

未央「……うん」

前川みくは多田李衣菜に口を押さえられて暴れている。

二人の胸倉を掴む勢いだった前川みくを引き離して、別の子が二人に問いかけ始めた。

みりあ「ねぇ、本当は冗談なんだよね? みくちゃんと李衣菜ちゃんがいつも解散解散って言ってるのと同じで本当は休止なんてしないんでしょ?」

莉嘉「うんうん! アタシたちを騙そうとしたってそうはいかないんだからねー」

未央「冗談じゃないよ……」

莉嘉「えぇ……」

卯月「私たち、本気なんです」

みりあ「そんなぁ……」

かな子「えっと、それじゃあ、二人ともどれくらい休止しちゃうの?」

卯月「……わかりません」

智絵里「で、でも、戻って来るんだよね?」

未央「絶対、戻ってくる」

卯月「はい、絶対に」

二人の瞳は嘘偽りのない澄んだものだった。

力強く絶対に戻ってくると断言する二人に、暴れていた前川みくも大人しくなり、他の子たちもそれ以上二人に詰め寄る事はなくしばしの無言の時間が生まれる。

それを打ち破ったのは、ひと際小さい少女と大きな少女。

杏「それなら杏にも休みをくれー! 杏は休みを要求するー!!」

きらり「もーっ! 杏ちゃん! みんな真剣に話してるんだからそんなこと言っちゃだめだにぃ!」

杏「いいじゃん、卯月ちゃんも未央ちゃんもちょっぴりだけ休むんだから、杏やみんなもちょっぴりだけ休めばみんな一緒にまたやれるでしょ? みんな一緒に休めば怖くないぞー!」

かな子「杏ちゃん……それは流石にマズいんじゃないかな?」

智絵里「そ、そうだよ。プロデューサーさんにも迷惑かかっちゃうよ……」

緒方智絵里の発した名前に全員が一斉にPの姿を見た。

Pは難しい顔をして未央と卯月を見ている。

美波「プロデューサーさんはこの事を知っていたんですか?」

P「……」

アーニャ「卯月と未央の事、私たちに黙っていた、ですか?」

蘭子「我が同胞たちが黄昏の……卯月ちゃんと未央ちゃんはどうしてお休みをするのか教えてほしいんです……」

P「……それは」

卯月「待ってください、私たちプロデューサーさんにもこの事は黙っていたんです」

未央「うん、だからプロデューサーを責めないで……」

美波「……誰にも話さないで決めちゃったの?」

卯月「はい……」

アーニャ「理由、教えてもらえない、ですか?」

未央「ごめん、話せないんだ……」

蘭子「うぅ……」

その場に思い空気が漂い始めた時、Pがおもむろに立ち上がり、ステージの端に置いてある箱を取って未央と卯月の前に移動する。

二人はその箱を覗き込み、Pが中身が何かを答えた。

P「これは、皆さんに宛てられたファンレターです。それと会場で配布していたアンケート。読んでみて下さい」

卯月「……」

未央「……」

二人は手渡されたそのファンレターを開き読み始める。

無言で何枚も何枚も未央と卯月はファンレターとアンケートに書かれた文章を読んでいるようだった。

P「本日、お二人のステージは素晴らしいものでした」

P「アンケートにはお二人のライブをもう一度……いえ、何度でも見たいといった内容が連なっています」

P「お二人の事を応援してくれている人がこんなにも大勢いるのです。そして、私自身もファンの方同様、お二人を応援しています」

P「お二人が休止される理由、私にも打ち明けていただけませんでしたが、もう一度考え直してもらえないでしょうか?」

二人ともただ黙って手紙を見ながらPの言葉を聞いている。

俯いたまま、顔を上げずに手紙を見ていた二人に変化が訪れた。

卯月「うぅ……うぅぅぅ……」

未央「ズルいよ……なんで、こんなの、見せるのさ……」

P「島村さん? 本田さん?」

顔を上げた二人の瞳は涙に覆われていた。

未央「この人、私たちのファーストライブからずっとファンなんだって……」

卯月「この人は、私たちの歌を聞いて、辛い事を乗り越えたって……」

未央「今日の会場に来てくれた人も、初めて私たちのステージを見てくれた人も、みんな感動したって……」

卯月「私たちのステージ、もっと見たいって……もし明日ライブがあったら絶対に参加するって言ってくれてます……」

未央「すごいうれしい……ほんとに……こんなに私たちを応援してくれているファンがいるって分かってすごくうれしい……」

卯月「でも……今……こんなの見せられたら……私たち、また迷っちゃいます……決めたのに……もう決めたのに……」

未央と卯月は見ていた手紙を元の箱に戻して立ち上がった。

P「し、島村さん、本田さん!」

卯月「ごめんなさいっ」

未央「うぅっ……」

そして二人はその場から走り去ってしまった。

涙を拭いながら、ステージを飛び降り走り去る。

私はそれをただ見ていただけ。

動けずにその場で硬直していた。

凛(二人とも……あんなに辛そうに泣いてた……)

凛(これって、結局私のせいだよね……)

凛(二人は私の為にアイドル活動を休止するって決めたけど、あんなに未練を残して……)

凛(私が二人を戦いの道に引き込もうと考えなければ、もしかしたら前回の狩りで二人とも解放されていたのかもしれない……)

凛(私が、二人を苦しめて……)

ズキリと頭と胸の奥が痛む。

考えれば考えるほど鈍い痛みが私を襲う。

私は痛みから、様々なことから逃げる為に、この場を飛び立ち、無意識に家に戻りベットに潜り込んで目を閉じた。

アイドルを続けてほしいと、二人のステージを見たいと思った。

でも一緒に殺し合いを楽しみたいとも思った。

二人の辛そうにしている顔を見たくないと思った。

そして、二人に辛い思いをさせてしまったのは私だと思って最悪の気分になった。

色々な想いが私の頭に痛みを残し、私は意識を闇に落とした。

凛が会場から飛び立ったと同時刻。

サマーフェス会場で二人の少女が星空を見上げながら寝転がっていた。

奈緒「すごかったなー、加蓮」

加蓮「うん。ハッキリ言ってものすごく感動した! 何ていうんだろう、もうあの二人から目を離せないって言うか、ステージ上の二人に引き込まれたって言うか!」

奈緒「そうだな、あたし達もそうだけど、会場にいる人たちみんな魂ごと持っていかれたような顔してたぜ? 曲が終わった途端にあたしも加蓮も他の人たちも歓声を上げ続けるしか出来なかったもんな」

加蓮「それ! びっくりしたよ、こんなにもアタシが夢中になれるものがあったなんて気がつかなかった! これは明日からあの二人との接し方が変わっちゃうかもしれないなー。卯月さん! 未央さん! アタシ、アナタ達のファンになっちゃいましたぁ! って」

奈緒「ぷっ、なんだよそれ。あー……でも、あの二人、今日でアイドル活動しばらく休止するんだったっけ?」

加蓮「あ……そういえば……」

奈緒「ま、あたし達はいつもの訓練が終わった後にでもダンスとか見せてもらえたりするかもな」

加蓮「あっ、それいいアイディア! アタシ達だけのアイドルって感じでいいよね!」

奈緒「はは、加蓮、本当にあの二人の歌と踊りに感動したんだな」

加蓮「え?」

奈緒「だって、訓練や鍛錬以外でそんなに目を輝かせる加蓮始めてだもん」

加蓮「そんなに分かりやすい?」

奈緒「うん」

加蓮と奈緒はお互いの顔を見合わせて笑っていた。

そんな二人の近くに、独り言を呟く人間が近づいてきた。

「ったく、出口はどこだ? 迷ッちまッたじゃねーか」

二人とも上体を起こして、近づいてくる人影に視線を向ける。

「やッぱ、慣れない事をするもんじゃねーな……勝手がまったくワカらねぇ……どーやッて出りゃいいんだよ」

奈緒「? 出口探してるのかな?」

加蓮「っぽいね……あれ?」

加蓮はその人物を見て目を細める。

どこかで見た事がある。

つい最近、見た気がすると、加蓮は思った。

加蓮がその人物を見ていると、その男も加蓮と奈緒に気付いたようで、声をかけてくる。

「ああ、ちょッといいか。出口を探してんだけど、どッちに行けばいーのか教えてくれねぇか?」

加蓮「あ!」

「?」

奈緒「加蓮? どうした?」

加蓮「あなた、この前の二刀流の人」

「あァ? この前のッて……」

奈緒「……加蓮、もしかして」

加蓮「うん。この人この前のミッションで一緒に闘った人、炎の星人に剣で突っかかっていた人だよ」

「……お前ら、まさか」

短髪の男が加蓮に問いただそうと口を開く直前、また別の人間の話し声が聞え短髪の男は口を紡ぐ。

「彪馬さん! マジヤバくなかッたッすか? ニュージェネの二人、マジハンパなかッたッすよね!?」

「ああ、あそこまで歌と踊りに引き込まれたのは初めてだ。こんなライブなら毎回観てみたいな」

「観てみたいじゃなくて、観るんすよ! 俺、もうカンペキにあの二人のファンになッちまいましたよ!! もう絶対に次のライブも行きましょうよ!!」

短髪の男は、近づいてきた5人のうち、長髪の男を見て声を上げた。

「あァ? お前……武田だったか?」

武田「……アンタ、この前の……吉川?」

吉川「オウ、何やッてんだこんなところで?」

吉川と武田は記憶にあった名前を呼び合い、偶然にこうやって出会った事に驚いていた。

そこにさらにもう二人男女の声が近づいてくる。

「玄野クン……あの……あッちで少し話したいことがあるんだけど……いいかな?」

「えッ!? あッ、ああ……その、ほ、ほら! もう片付けも終わるし、加藤や岸本もバイトが終わるだろうから、アイツ等を迎えに行かないとッ!」

「お願い……少しだけ、あたしの話を……」

「え、えッと、その、ちょ……」

その声が聞こえる方に全員が目を向ける。

そして、その男女と目が合う。

吉川「お前……何だこりゃ、この場で黒球部屋の連中の懇親会でも始めようッてのか?」

武田「君は……東京の玄野? それと、レイカさん……」

玄野「えッ!? あッ! あんた達は……」

レイカ「ッ! …………」

加蓮「奈緒、なんか変な事になりそうだよ」

奈緒「えっと……もしかしてこの人たちも全員他のガンツチームの人たち?」

玄野「ッ!? ガンツって……君達は……?」

満点の星空の下、何かに導かれるように東京、神奈川、千葉、群馬のガンツチームのリーダー達がその場に集った。

今日はこの辺で。

10人の男女、お互いがお互いの顔を見て思考していた。

先の戦いで見た顔もあれば知らない顔もある。

だが、この場にいる全員があのガンツの部屋の住人だという事を全員が理解していた。

そして、沈黙を破ったのは吉川。

その場に胡坐を掻いて座り、加蓮と奈緒に向かって問いかけ始めた。

吉川「そこの嬢ちゃん達、お前らも先の狩りに参加していたな?」

加蓮「ええ」

奈緒「か、加蓮……」

加蓮「大丈夫、この人は間違いなく違うガンツで狩りをしている人、ガンツの事を話しても問題ないよ」

奈緒「わ、わかってるけどさ……」

吉川「炎の星人の事を知ッてるッつー事は、お前、もしかしてあのデカいスーツの女か?」

加蓮「そうだよ」

吉川「やッぱそーか……」

吉川は加蓮の顔をマジマジと見て、ニヤリと笑う。

吉川「俺は吉川海司。25歳、群馬のチーム最後の一人だ。お前は?」

加蓮「アタシは北条加蓮。16歳、千葉チーム……って言っても、こっちの神谷奈緒と二人だけなんだけどね」

吉川「北条だな、あらためてあの時は助かッた。お前が加勢してくれなかッたら、俺はあの全身火ダルマヤローにバーベキューにされちまッてたはずだ」

加蓮「ああ、気にしなくていいよ。殆どあなたがアイツの攻撃を凌いでたし、アタシがやったことは奇襲で足止めさせただけ。決定打は凛が作ったんだから、お礼を言うなら凛に言って」

吉川「凛? 誰だそいつ?」

加蓮「小さいガンツ玉みたいなのを浮かべたバイザーをしてる女の子いたでしょ。その子だよ」

吉川「あぁ……いたな。わかッた、そいつにはアンタから礼を伝えておいてくれ、知り合いみてーだしな」

加蓮「オーケー、伝えておくね」

吉川はそれを聞いて満足したのか、立ち上がり他の面々を見やる。

玄野と武田にも軽く手を上げて、

吉川「お互い生き残れてたみてーだな」

武田「ああ、ギリギリだッたがな」

玄野「アンタも無事でよかったよ」

吉川「ふッ」

吉川は玄野と武田に挨拶もそこそこで歩き出す。

玄野「お、おい。どこ行くんだよ」

吉川「あン? 腹も減ッたし、どこかで飯食ッて帰るんだよ」

玄野「帰るッて……少し待ッてくれないか?」

吉川「あァ?」

玄野は吉川を止めて、先に話していた加蓮と奈緒にも声をかけた。

玄野「君達は千葉のガンツチームの人間ッて言ッてたよな」

加蓮「そうだけど」

奈緒「ああ……」

玄野「俺は東京のガンツチームの人間で、名前は玄野計。君達とも少し話したいんだけど、大丈夫?」

加蓮「いいよ。っていうか、東京ってことは凛達と一緒のチーム?」

玄野「……渋谷のこと知ッてんのか?」

加蓮「知ってるっていうか、毎日一緒に訓練してるけど」

玄野「そ、そーなのか」

加蓮「うん」

玄野「アイツ、そんな事一言も…………まぁ、いいや。アンタ等、神奈川チームも少し大丈夫か?」

武田「俺達も問題ないが……おいお前ら! レイカさんが困ッてるだろ!」

神奈川チームの4人はレイカに握手をせがんだりと、玄野達のやり取りなど一切聞いていないようだった。

吉川「で? 俺たちを呼び止めて一体何をするつもりなんだ?」

玄野「……何の偶然かは分からないけど、こうやッて別々のガンツチームが集まッてるんだ。お互いのチームの情報交換をしないか?」

玄野「お互いが知ッていることを話し合えば、前回のミッションのような説明のつかないことを予想立てするくらいは出来るかもしれない。それに、もしかしたらあの部屋から解放される方法を見つけることが出来るかもしれない」

吉川「ほォ……」

武田「ふッ……」

加蓮「……」

玄野「どうだ? 情報交換をしてお互い損をすることはないはずだ」

玄野が全員に問いかける。

吉川は満更でもなさそうに、武田は口元に笑みを作りながら玄野に言う。

吉川「構わねーぜ。お前らが何を知ッてンのか興味がある」

武田「俺もだ。むしろ俺達は情報を得る為にここに来たんだから、願ッてもないことだ」

玄野「? どういうことだ?」

武田「俺達は先日のミッションで出会ッた君達を探していたんだ。他のチームは俺達にも知らないことを知ッているかもしれない、今君が言ッたことそのままだな」

武田「それで別のチームで完全に顔が分かッている3人。レイカさんかニュージェネの2人に会おうと考えて、丁度今日ライブに出ると分かったニュージェネの2人に会おうと思ッて来たんだ」

玄野「そーいうことか」

玄野「なら、神奈川と群馬の面々は問題ないとして、千葉の二人はどうだ?」

加蓮「アタシ達も大丈夫だけど……」

玄野「どうした?」

加蓮が少し言い澱んでいる事に疑問をうかべ問う。

加蓮「アタシ達が話せる事って、凛から聞いた情報以上は知らないから、東京のチームと知ってる事は大差ないと思うよ」

玄野「渋谷から色々聞いてるのか……」

加蓮「まぁね、殆ど聞いているだけになっちゃうかもしれないけど、それでもいい?」

玄野「ああ、大丈夫だ。あんた等も問題ないよな」

武田「ああ」

吉川「構わねーよ」

全員の同意が完了したところで、吉川が口を開く。

吉川「そんじゃーよ、話するにしてもメシ食いながらにでもしねーか? 俺、朝から何も食ッてねーんだよ」

玄野「ああ、それなら少し待ッてくれないか? もう二人連れがいるし、もう一人呼びたい奴がいるんだ。そいつ等と合流してから行きたい」

吉川「あァ? お前らどんだけ大所帯なんだ?」

玄野「チームの人数は今の時点で15人だな」

玄野が携帯で誰かに連絡を取りながら吉川に人数を言う。

吉川「……多いな、毎回何十人集まッてくるんだ?」

玄野「いつも15人くらいか? ……クソッ、でねーな」

吉川「……」

玄野「駄目だ、肝心のヤツにつながらねぇ……北条さんだッたよな? 君から渋谷に連絡ッて取れないか?」

加蓮「凛に? ちょっと待って」

加蓮が携帯で凛に連絡を取り始めると、再び吉川から疑問の問いが発せられる。

吉川「なァ……さッきからよ、その渋谷凛ッて奴か? 名前が良く出るがそいつは何モンなんだ?」

玄野「あぁ、東京チームで一番強いヤツだッて思ッてくれればいい」

吉川「ほォ……」

加蓮「駄目、電話に出ない。店の手伝いでもしてるのかもしれないね」

玄野「店? ……繋がらないなら仕方ないか、加藤と岸本を待ッて行くか……」

その後、会場でバイトをしていた加藤と岸本が合流し12人となった各々は神奈川チームの車に乗り込んで近くのファミレスに移動した。

玄野達はファミレスに到着して、それぞれ二つのテーブルに分かれて座った。

玄野、加藤、武田、吉川、加蓮、奈緒の6人と、レイカ、岸本、神奈川チームの6人と分かれている。

詳しい話を聞くのにそれぞれのチームのリーダー格と話そうと考えて玄野は席を割り振ったが、レイカは酷く不満そうな顔で玄野に物申していた。

レイカ「あたし……玄野クンの隣がいいんだけど……」

玄野「と、隣ッても、もう座れないし……」

加藤「あ、俺代わろうか?」

玄野「か、加藤! お前には色々聞いてもらいたいッつーか、お前はリーダーなんだから絶対に聞いてもらわないと駄目だッて!」

加藤「??? リーダーはケイちゃんだろ? 何言ッてんだよ」

レイカ「そうだよ、玄野クンがあたし達のリーダーでしょ?」

玄野「~~~ッ」

加藤「それにさ、再生されて間もない俺より、レイカさんに色々聞いてもらったほうがいいと思うんだ。あの部屋のことを何も知らない俺よりさ」

玄野「……」

加藤「それに、レイカさんはケイちゃんの彼女だろ? 彼女を差し置いて俺がケイちゃんの隣にいるッてのもどーかと思うし」

レイカ「!?!?」

玄野「か、か、彼女ッて!? ちげーよバカ!!」

加藤「違うのか?」

玄野「違うッて!! なッ、そうだろレイカ!!」

レイカ「…………………………ウン、違う」

加藤「そうなのか? お似合いだと思ッたんだけどな」

岸本「加藤君、どうしたの?」

加藤「あッ、岸本さん……いや、ちょッとケイちゃんとレイカさんと話を……」

吉川「オイ! 俺は腹減ッてんだよ、さッさと座れよ!」

眉間に皺を寄せた吉川がグダグダと話し続ける玄野達に横槍を入れて無理矢理話を終わらせて座らせる。

結局玄野の隣にはレイカが座り、レイカが来ると思っていた神奈川チームの4人はレイカの変わりに席に座った加藤を見てがっくりと肩を落とす。

加藤は岸本と仲良くメニューを選び注文していた。

吉川「俺、ステーキセット、ライス大盛りな」

武田「俺はパスタにするかな……」

レイカ「玄野クンは何にする?」

玄野「え……それじゃ、このAセットで」

レイカ「それじゃ、あたしも同じの」

武田「……」

早々にメニューを決めた4人だったが、加蓮と奈緒は、いや加蓮はメニューを開いて動かない。

加蓮「……どうしよ奈緒、アタシ、ファミレス初めてなんだけど……」

奈緒「はぁ? って、そういえば元気になってからはずっと自炊してるんだよな」

加蓮「……栄養バランスとかどうなってるんだろう……?」

奈緒「知らねえよ……」

吉川「オイ、何やッてんだ。さッさと選べ」

加蓮「ええと……奈緒、どれがいいかな?」

奈緒「肉とサラダでいいんじゃない? 今日は訓練してないけど、どうせ後で何かするんだろ? 肉でも食って力蓄えておきな」

加蓮「それもそうだね」

吉川「すンませーン! 注文いいッすかー?」

注文後すぐに出てきた料理を食べながら、玄野が今日の主旨であるガンツについてを聞き始める。

玄野「それじゃ、聞いていくか。ええと、まずはこのメンバーは全員前回のミッションに参加していたッてことでいいか?」

加蓮「うん、そうだね」

玄野「北条さんと神谷さんの顔を俺は見てなかッたんだけど、吉川と話してた限り、北条さんはあのデカいスーツの人間と同一人物なのか?」

加蓮「そうだよ」

玄野「……あのスーツって確か100点クリア6回目の報酬だよな? 君は何回クリアしてるんだ?」

加蓮「アタシはこの前のミッションで8回目達成。こっちの奈緒は1回クリア」

玄野「……8回、渋谷みてーな奴はどこにでもいんのかよ……」

吉川「8回かよ、スゲーな。何年あの部屋で戦ッてんだ?」

加蓮「1年だけど」

吉川「はッ! マジか? 1年で800点ッて、千葉には星人が腐るほどいンのか?」

武田「おい……いくらこの席が店の奥だッて言ッても、誰かに聞かれる可能性もあるんだぞ。少し声のトーンを落とせ」

吉川「あァ……そうだな」

武田「しかし、8回なんて信じられないな。俺の知る限り3回クリアした人間も相当な男だッたが、それ以上なんて……しかも君のような女の子が……」

加蓮「アタシよりもクリア回数が多い女の子はまだいるよ。凛は17回クリアしてるし」

吉川「17回? ンだそりゃ? それもさッき言ッてた渋谷ッてヤツか?」

玄野「言ッたろ? 東京チームで一番強いヤツだッて」

武田「……この前のあの話は冗談じゃなかッたのか?」

玄野「冗談じゃないぞ。というか冗談だと思ッてたのか?」

武田「当たり前だ……」

玄野「……まぁ、アイツ見た目はテレビに出てるアイドルと遜色ないし、線も細いから強そうには見えねーから仕方無いわな……」

加蓮「見た目で判断しないほうがいいと思うよ? ミッションでもそうでしょ? 弱そうなのがとんでもないバケモノだったりすることもあるんだから。……あっ、アタシも凛もバケモノじゃないからね? か弱い女の子だからね」

吉川「何言ッてやがンだ。面構えからしてか弱い女の子ッてタマかよ。そもそも俺より多くクリアしている奴が何を言ッてんだか」

玄野「アンタは何回クリアしてるんだ?」

吉川「俺は4回、お前は?」

玄野「俺は2回。武田、アンタは何回だ?」

武田「……1回だ」

玄野「そうか、どうやらこのテーブルの人間はレイカさん以外は全員クリア経験者みたいだな」

レイカ「……」

玄野「全員があの部屋で何回もミッションを行ッている。つまり色々と調べて情報を得ているはずだな」

吉川「まぁ、な……」

武田「分かる範囲で調べはした」

加蓮「アタシ達はさっき言ったように凛から聞いた情報以上の事は知らないよ」

玄野「……それじゃあ、武田、吉川、アンタ達はガンツの事をどれだけ知ッてるんだ? そしてこれからどうなッていくと思う?」

玄野の問いにまずは武田が答える。

武田「俺達はあの黒球……ガンツでいいか。ガンツは日本、いや、世界中にガンツがあると睨んでいる。色々調べているうちにこの10年以内で、ガンツの武器による破壊痕が世界各地で発生していることを突き止めた。それが一切ニュースにならないのは、誰かが手を回しているか……それかガンツ自身が何かをやっているのかと考えているのだが確証はない」

玄野「世界各地か……渋谷もそう言ッていたし、それは間違いないだろうな」

武田「実際のところ、ガンツについてはそれくらいの予想しか付けれていないのが現状だ。だからこそ君達から情報を得ようと考えていたわけだな」

玄野「そうか……」

武田「後これからどうなるかッて事は、ハッキリ言ッて想像もつかない。前回のようにこれからは別のガンツチームの人間と合同でミッションを行うのか、それとも元に戻ッて俺たちだけでミッションを行うのか……姿が見えていたことも、ハッキリ言ッてわからない……」

玄野「……」

玄野は口元を押さえながら考え込む。

武田の知っている事は自分たちも知っていることだった。

これだと吉川もと、吉川に視線を向けると、吉川は肉を口にしながら軽い口調で玄野達に衝撃を与える言葉を出した。

吉川「お前ら、ガンツをコントロールできるッて知ッてるか?」

玄野「……はぁ?」

レイカ「ガンツを……?」

武田「コントロール……だと?」

奈緒「……マジ?」

加蓮「できるの……?」

吉川「ああ」

玄野「ど、どういうことなんだ!?」

吉川「俺達も偶然見つけたんだけどよ、あのガンツの中にいる人間を引ッ張り出そうとして奴についてるケーブルやらコードを外してたら、パソコンに強い奴が気付いたんだよ。奴についているケーブルがパソコンに接続できるッて事を」

吉川「それで、俺のクリア報酬のパソコンをそいつにつなげてみたら、そッからはゲーム画面みてーなのが沢山でてきてよ、俺はまッたく理解できなかッたが、そのパソコンに強い仲間が色々とやッて、ガンツをコントロールできるッつー事を見つけたんだ」

玄野「ど、どこまでコントロールできたんだ!?」

吉川「……別のガンツチームに通信を行うことが出来た」

玄野「ほ、他のガンツチームと通信!? 他に何かできる事は無いのか!?」

吉川「……」

玄野「なァ! おいッ!?」

吉川「……他にか、もう少しそいつが生きてたら色々出来たのかも知れねぇなァ……」

玄野「あ……」

吉川「俺達群馬チームはよ、この前のミッションで俺以外のメンバーは全員戻ッて来れなかッた。まァ、そーいうこッた」

玄野「そうか……」

吉川「ああ。俺はパソコンに疎いし、もうコントロールする方法もわからねェ、お前らにそーいうのが得意な奴がいるんなら試してみるのもいいんじゃねーのか」

玄野は全員を見渡して、誰かパソコンの操作に自身があるものがいるか聞くが、全員が首を振るだけだった。

全員がどうしたものかと考え込んでいると、レイカが吉川に問いかける。

レイカ「あの……そのガンツをコントロールできる人を再生して、色々調べてもらッたらどうなんですか?」

吉川「……再生、か……簡単に言ッてくれるじゃねぇか……」

レイカ「簡単ッて……あなたはもう4回もクリアしているんですよね? そんな人なら……」

吉川「……俺もアイツ等を再生してーのは山々だが、次も新しい奴等があの部屋に来るはずだ。その中には戦う力も持たないガキとかもいるんだ、そんな奴等に点数を優先させなきゃならねぇ」

武田「あんたは……」

加蓮「……」

奈緒「……」

玄野「……加藤みたいなヤツもどこにでもいるんだな……」

吉川「そんなわけだ、恐らく次俺が100点を取るのは半年かそれ以上先になると思う、色々簡単にはいかねーつーことだ」

玄野「……わかッた、コントロールの方法はこちらでも調べてみる。ケーブルを100点報酬のパソコンに繋げばいいなら、渋谷に頼んで……」

玄野が少し考え始めるが、今度は逆に吉川や武田が玄野に色々と質問を始める。

それは主に東京チームが知っているガンツの内容。

玄野は自身が知る限りの情報を話し、その情報量に武田と吉川は驚きを隠せないでいた。

その中でもカタストロフィという言葉に二人とも関心を示した。

武田「カタストロフィ……一体何なんだそれは?」

吉川「人類が滅びるねェ……眉唾モンだが、何が起きるかッてのはお前らでも知らねぇンだよな?」

玄野「……ああ、だけど今、渋谷がそのカタストロフィの情報を聞きだしたヤツから情報を引き出しているところだ、何かが分かッたらアンタ達にも教えるよ」

吉川「そーか……しかし、その渋谷ッてヤツはどんなヤツなんだよ。17回もクリアをしてお前らのチームで最強で、ガンツの情報にも詳しくて、容姿はアイドル並だッたか? 話を聞いている限り完璧すぎやしねーか?」

玄野「……言われてみるとそうだな、だけどアイツは性格に問題が……って、最近はブチ切れてイカれた行動も発言もしねーし、それどころか前回はおっちゃん達を再生してくれたし、アイドル二人をいつも守る為に行動してるし……アイツのこと色々誤解してたのは俺なのか?」

加蓮「? 性格って?」

玄野「イヤ、昔にアイツがあの部屋でのミッションが楽しいッて言ッた事がずッと引ッかかッていてさ……でも、最近のアイツはそんな感じじゃねーし」

奈緒「ミッションが楽しい? あの凛が?」

加蓮と奈緒は顔を見合わせて頭を悩ませ始めた。

まだ出会ってそこまで経っていないが、凛の人なりを見てきた二人。

卯月と未央と共に3人でガンツの部屋から解放される為に日々訓練を頑張っている凛。

加蓮「あの子はミッションを楽しむより、卯月と未央を守る事を最優先にしてる感じがするけど」

奈緒「そうだよな。それにいつもあの二人と一緒にガンツの部屋から解放されたいって言ってるし、何かの聞き間違えでもしたんじゃないのか?」

玄野「……そッか」

玄野は思い出す。

チビ星人と戦ったときには確かに凛は完全に狂っているとしか思えない行動を取っていた。

だが、最近、いや、卯月と未央が凛と行動を共にするようになって、そういった素振りがまったく無くなった。

凛はあの二人に出会って、変わったのだと玄野は結論付ける。

自分自身が多恵と出会い変わったのと同じように。

玄野の中から凛に対する最後に残った小さな警戒心も消えることとなった。

武田「それで、どうする? もう粗方話は済んだが、他に何か聞く事はあるか?」

玄野「あ、そうだな……」

玄野「……全員の連絡先を教えてもらッていいかな? 今後こちらで情報を得た場合全員に伝えるからさ」

武田「わかッた」

そして、玄野は全員の連絡先を得て、今回の話し合いは終わり、ファミレスを出て全員が車に乗り込もうとしたとき、加蓮と奈緒だけがその場に残る事を告げる。

玄野「どうした? 帰らないのか?」

加蓮「ううん、アタシ達はここからは走って帰るよ」

奈緒「……」

武田「走る……駅までは結構な距離があるぞ? しかもこんな遅い時間に女の子二人で夜道を走るのは……」

加蓮「あ、違う違う。家まで走って帰るだけだし、普通の道を通らないから変な人にも絡まれないから安心して」

奈緒「……」

玄野「家までッて……君達は千葉だろ? ここから50キロは離れてるんだけど……」

加蓮「ま、気にしないで、アタシ達の特訓だから! それじゃあね!」

奈緒「……」

玄野達が呼び止めるより早く加蓮は奈緒の背中を押して暗い山道を登って行った。

玄野や武田はそれを見て追いかけようとするが、すでに二人の姿を見失い、どうすることも出来ずにその場に残った全員が車に乗り込んだ。

玄野達が神奈川チームに車で送ってもらっている最中。

東京チームの面々が車の中で話していた。

加藤「ケイちゃん、レイカさん、今日は本当にありがとう。これである程度金がたまッたし俺もやッとアパートを借りることが出来そうだよ」

玄野「そッか、そりゃよかッた」

加藤「ケイちゃんとレイカさんがいなかッたら本当にどーなッてた事か……感謝しても仕切れないないぜ」

玄野「俺は何もしてねーよ。礼ならお前等のバイトを紹介してくれたレイカさんに言ッてくれ。いろんなコネを使ッてくれて毎日のようにお前等のバイトを持ッてきてくれたんだからさ」

レイカ「玄野クンの親友ッて言うから頑張ッただけだから……お礼はやッぱり玄野クンに言ッて」

玄野「いやいやいや、何言ッてんだよレイカさん。俺は何もして無いだろ?」

玄野とレイカのやり取りを聞いていた岸本が玄野の顔を覗き込むように見て、加藤に小声で耳打ちを始める。

岸本「……加藤君。やッぱり、玄野君すごく変わッたよ」

加藤「……岸本さん、何度も言ッてるだろ? ケイちゃんは何も変わッて無いよ。俺が憧れ続けているヒーローなんだッて」

岸本「……ううん。玄野君、加藤君みたくなッたと思う……。昔と全然違う、あたしのことも……その、優しい目で見てくれるし。ヘンな目で見ないし」

加藤「……ケイちゃんは優しくて強い男だからな。も、もしかしてケイちゃんに惚れてしまッたとかじゃ……」

岸本「ち、違うよ! あたしは加藤君の事を!」

玄野「岸本?」

レイカ「?」

岸本「あ……」

そのまま赤面して小さくなる岸本を玄野達は不思議そうな顔をして見る。

その岸本にレイカが話し始めた。

レイカ「えッと、岸本さんは加藤君と一緒のアパートに住む予定なんだよね?」

岸本「あ、うん。レイカさんのマンションからももう少しで出ないといけないよね」

そう、岸本はレイカのマンションに先のミッションの日から住まわせてもらっていた。

最初は玄野が加藤と岸本を何日か自分のアパートに泊めると言ったのだが、それを聞いたレイカが岸本は女性だからと自分のマンションに来てもらうように話したのだった。

岸本は少し躊躇したが、加藤にもそのほうがいいと言われ、しばらくの間レイカのマンションに住むこととなった。

そして、レイカの部屋に泊まっている間に、加藤への想いなども全てレイカに話していた。

加藤「岸本さん、いいのか? 俺なんかと一緒に住むッて」

岸本「いいよ! むしろ住みたいッて言ッたのあたしだし!」

加藤「弟もいてかなり狭い部屋なんだけど……」

岸本「大丈夫! 弟君とも仲良くするし、狭い部屋でもあたし平気だから!」

加藤「そ、そうか」

戸惑いながらもどことなく嬉しそうな加藤と幸せそうな表情で加藤に笑いかける岸本。

玄野は二人を見ながら、目が潤んで涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。

玄野(加藤、岸本……)

玄野の脳裏にあの仏像と戦った日の光景が蘇ってくる。

転送される前、加藤と岸本が照れくさそうに話していた光景が蘇ってくる。

玄野(あの時は、嫉妬していた……)

玄野(だけど、もうそんな事を感じもしない……)

一度失ってしまったこの光景をもう手放したくないと玄野は思う。

玄野(加藤も岸本も必ずあの部屋から解放させてやる……)

玄野(レイカも、あいつ等も、全員……)

レイカを見て想う玄野に、頬を赤らめてレイカは玄野の視線を受け止める。

レイカはその玄野に、玄野の体温を感じれるくらいに身を寄せて手を重ねようとした。

だが、玄野の視線がどこか遠くに向けられた事によってその手が止まる。

玄野(そして、いつか俺もタエちゃんの元に……)

レイカは玄野の横顔を見ながら唇を噛み締めて視線を落とす。

レイカ(玄野クン……また、あの女の事を考えてるんだ……)

レイカ(小島多恵さん……玄野クンの彼女……)

レイカ(羨ましいよ……羨ましい……)

レイカはそのまま目を瞑り、玄野の肩に寄りかかるようにして頭を当てる。

玄野「あッ、れ、レイカさん?」

レイカ(玄野クンの温もり、玄野クンの鼓動、玄野クンの息遣い……)

玄野「寝ちゃッたのか……」

レイカ(暖かいな……ずッとこうしていたい……)

レイカはそのまま玄野の体温を感じながら徐々に睡魔に誘われていった。

サマーフェス会場の最寄り駅。

人がはけてがらんとしたホームのベンチに二人の少女が座っていた。

二人とも暗い顔をして座っていた。

未央「……しまむー」

卯月「……なんですか、未央ちゃん」

未央「……私、また迷ってるよ」

卯月「……私もです」

未央「……ほんの少し、数ヶ月くらい休むだけ、それだけなのに」

卯月「……なんで割り切れないんでしょうね」

未央「……しぶりんや私たちの命とアイドル活動、どっちが大事かって分かりきっているのに」

卯月「……分かりきっていることにこんなに悩んで迷って……本当に最低です……」

二人はベンチに座りながらずっと考え込んでいた。

前回の狩りで見た、首がへし折れて悲惨な姿をしている凛の姿を思い出す。

一時は完全に迷いを断ち切り、ガンツの部屋を解放されるその日まで、アイドルの事は考えないようにするつもりだった。

だけど、今日のライブで、今までの全てを出し切るようなステージを出来て、会場中の人間の声援をその身に受けて、仲間達の懇願と、ファン達のメッセージが二人の心に再び迷いの火を灯らせた。

それが二人を苦しめていた。

迷いを断ち切った上でのこの感情。どこまで自分たちは優柔不断なのかと自己嫌悪に陥り続ける。

二人がそうやって頭を抱えて座っていると、誰もいないホームに人の声が近づいてくる。

「……師匠、島村さんと本田さん、すごかッたスよね!」

「……そうだな。ありゃ、トップアイドルって奴になる器だ。さッさとあの部屋から解放されてほしいもんだ」

「……大丈夫ッスよ! あの二人には何てッたッて、渋谷さんが着いてるんッスよ! 渋谷さんがいる限りあの二人に手を出せる奴なんてどこにもいないッスよ!」

「……あぁ、そーだな。渋谷の姐さんがいりゃなんとでもなるだろーからな」

聞き覚えのある声に卯月と未央は顔を上げる。

視線の先には、坂田と桜井が階段を下りてきてベンチに座る二人に気付かずに近づいてきていた。

今日はこの辺で。

卯月と未央は近づいてくる坂田と桜井に目を向けた。

坂田達は物陰になっているベンチに座っている二人に気がつかず、その前を通り過ぎようとしたときに、暗い目をした二人にようやく気がついた。

坂田「うォッ!?」

桜井「師匠? どーしたんス……うわァッ!?」

卯月「……」

未央「……」

桜井「し、島村さんに本田さんじゃないスか。ど、どーしたんスか? そんな暗い顔して」

坂田「お、おいおい、ユーレイかと思ッちまッたぞ……」

卯月「……坂田さん、桜井君……」

未央「……偶然だね」

坂田「お、おう。本当にどうしたんだ……?」

桜井「な、何かあッたんスか?」

卯月「……なんでも無いです」

未央「……うん、気にしないで」

そう言って再び項垂れる二人。

坂田と桜井は二人を見ながら何かがあったのだと察しどうしたものかと頭を悩ませ始めた。

しばらくして坂田が自販機からコーヒーを買って二人の前に差し出す。

卯月「……?」

坂田「飲みなよ、苦ッがいブラックだ」

未央「……今、何かを飲みたい気分じゃ」

坂田「それでも飲みなよ。今の君達、すんげぇ顔してんの。私たち悩んでますッて。そういう時は何かで気を紛らわせないとどんどん深みにハマッてくわけよ。少し気分を変えないとな」

卯月「……」

未央「……」

桜井「そういえば渋谷さんはどーしたんスか? 姿が見えないッスけど……」

卯月・未央「っ!」

凛の名前を出したと同時に二人の身体がびくりと跳ねた。

それを見て坂田と桜井は凛と何かが会ったのだと理解する。

坂田「渋谷の姐さんと何かあッたのか?」

卯月「……」

坂田「もしかして、ケンカでもしたのか?」

未央「するわけないでしょ!?」

坂田「おッ、おお……そりゃすまねぇ」

声を荒げた未央は自分がただ行き場の無い感情を坂田にぶつけてしまったのだという事を自覚して押し黙ってしまう。

押し黙って俯いた未央を見て、坂田は二人の近くに地べたに座り、買ってきたコーヒーをちびちびと飲み始めた。

桜井もその横に座り、暗い顔をした二人をちらちらと見ていた。

しばらく無言の時間が過ぎ、坂田が再び口を開く。

坂田「……何があッたのかはわからねぇけど、そうやッて抱え込んでてもいいことなんて何も無いぞ」

卯月「……」

未央「……」

坂田「俺も昔、誰にも相談できない悩みッてやつを抱え込んで自殺寸前まで追い込まれたことがある……」

卯月「え……」

未央「っ!」

桜井「師匠……」

坂田「今の君達の顔見てると、追い込まれ始めた頃の俺の顔を思い出しちまッてさ……どーしても放ッて置けないんだよな」

坂田「良かッたら話してくれないか? 君達が悩んでることを」

卯月と未央は顔を上げて坂田を見やる。

真摯な表情で、自分たちを見る坂田。

本当に自分達の事を想って聞いてきてくれているのだと二人とも感じていた。

そんな坂田に二人の心は揺さぶられた。

先のミッション……凛が死にかけてしまった姿を見てから、不安定だった二人の精神。

このライブによって、CPの仲間や、Pと話してさらに不安定になってしまった二人。

そんな二人に優しく気遣ってくれた坂田に卯月と未央は塞き止めていたものが押し出されていくように、

誰にも相談するつもりも無かった自分達の心の内をぽつりぽつりと話し始めていた。

卯月「……私達、あの部屋に来て、凛ちゃんにずっと助けてもらってるんです……」

卯月「……私達の為に、あの部屋の道具の使い方を教えてくれて……」

卯月「……私達の為に、自分の時間も作らずに私達の時間に合わせて、私達の特訓をしてくれて……」

卯月「……私達を守る為に、あんな怖い宇宙人に向かっていって……」

卯月「…………私達のせいで、この前、凛ちゃん、死にかけて…………」

卯月「…………それなのに、私、自分のやりたい事を、ちょっとでも止めたくないって思って、自分の事しか考えないで、私のせいで未央ちゃんも、凛ちゃんも、死にそうになっているのに…………」

今まで抑えていたせいか、卯月はそのまま両目から涙を溢れさせながら、ごめんなさいと呟き続け両手で顔を覆ってしまった。

その卯月を見て、未央が続ける。

未央「……私達さ、しぶりんがあんな目に会っちゃってるのに、アイドル活動を休止する事に抵抗があってさ……」

未央「……レッスンの時間を特訓に当てて、少しでも強くなれればしぶりんが無茶をすることもなくなるし、あの部屋から出られる可能性も高くなるってわかってるのにそんな事考えてるんだよ」

未央「さっきもさ、アイドルの仲間やプロデューサーと話しているうちにどんどんアイドル活動をこのまま続けたいって気持ちが大きくなってさ、もう少しなら続けてもいいんじゃないかって考え始めてるんだよ?」

未央「ほんっと……最悪だよ……自分のことしか考えられない……嫌になってくるよ……」

卯月は顔を覆って泣き続け、未央は苦虫を噛み潰したような顔で自己嫌悪に陥っている。

桜井「し、師匠……」

坂田「……」

坂田はほんの少しだけ、視線を二人から外して、桜井を見て、最後に空を見上げた。

二人の悩みを聞くと言ったものの、聞いてみて自分が解決できるような悩みではなかった。

自分や桜井のようにいじめを受けていて、そのいじめの加害者をどうにかすれば解決すると言った悩みではなく、完全に二人の精神的な葛藤。

あの部屋にいる限り、解決しない悩み。

それならばと、坂田は二人の前にしゃがみこんでサングラスを外して二人に視線を合わせて言った。

坂田「次、だな」

卯月「……次ですか?」

坂田「ああ、次のミッションで君達3人全員解放。それで君達の悩みは解決だ。渋谷の姐さんも君達もあの部屋から出れて、君達は悩むこともなくなりアイドルを再開できる」

坂田「まァ……次のミッションまでッて考えれば休止するにしても少しは気が楽になるんじゃないか?」

未央「……でも、次に私達3人がみんなあの部屋から解放されるって確証は……」

坂田「俺が君達をサポートする」

卯月「……え?」

未央「サポートって……」

坂田「俺の力は星人を行動不能にするのに適している、行動不能にした星人の点数は君達が持ッていッてくれ」

卯月「そ、それじゃあ、坂田さんに点数が入りませんよ……?」

坂田「俺は君達が100点を取るまでは、サポートに徹するよ。君達が解放されたら俺も100点を目指してやッていく事にする」

未央「な、なんで坂田さんが私達に協力を……?」

坂田「何で……ッて言われたらなぁ……」

卯月と未央は何故坂田が自分たちの為に動いてくれるのかが分からなかった。

何度か話した程度、あの部屋での仲間とはいえ、接点は殆ど無い。

その坂田が自分達の為に動いてくれる理由。

その答えを坂田は3本の指を立てながら話し始めた。

坂田「まずは、前回俺は渋谷の姐さんに再生してもらッた。渋谷の姐さんにはデカすぎる借りがある。それを返したいッてのが一つだ」

1本指を折り曲げる。

坂田「次に、俺は君達のファンになッちまッたんだよな。今日のライブでマジで完璧に見惚れちまッた。だから早く次のライブを見たいッてのがもう一つだ」

もう1本折り曲げる。

坂田「そして、最後に、悩んでいる女の子を助けるのに理由なんていらないだろ?」

そう言い、坂田は卯月と未央に優しく笑いかけた。

卯月と未央は目を点にして坂田を見続けていた。

恐らくは最後に冗談を言ったつもりで自分達の反応を待っているようだった。

だが、卯月と未央は坂田の顔を見続けて、対照的に自分の台詞に突っ込みも入らずに見られ続ける坂田の顔は赤くなっていた。

坂田「ま、まあ、そんな訳だ。俺は君達を助ける理由がある」

そう言ってサングラスをかけなおしそっぽを向く坂田に、卯月と未央はここしばらく感じていた鬱屈とした気分が少し晴れるようにほんの少しだけ笑っていた。

卯月「あの、ありがとうございます、坂田さん……話したら本当に少し気分が良くなったみたいです」

未央「うん……あのままだと本当に私達、ダメになってたかもしれないから……」

最初の暗い表情ではなく、少しだけ表情を明るくした二人は坂田に礼を言い続ける。

卯月「私達、もう一度、アイドルの仲間のみんなと話してこようと思います」

未央「今度は逃げ出さずにちゃんと話すよ。少しの間だけ休むって、だけど必ず戻ってくるから待っていてほしいって」

二人の中でまだくすぶっているものはあったが、二人とも切り替える事にした。

アイドル活動を休止するのは嫌だった、だけどそれを引きずったままだとさっきまでのように陰鬱とした気分になってしまう。

坂田に打ち明けた事によって、少し気分が変わった。

自分達の悩みを聞いてくれて、さらには自分たちを助けてくれると言ってくれ、自分達のファンになってくれたという坂田。

単純だが、ファンの代表として坂田が自分たちを励ましてくれたような気がしたと感じる二人。

それならば自分たちがする事は1日でも早く、あの部屋から解放されて励ましてくれたファンの前にアイドルとしての姿を見せること。

中途半端な気持ちでステージに立つことはしない、自分たちを励ましてくれるファンにも失礼だから。

そう気持ちを切り替えて、二人はガンツの部屋から解放されるための行動をするという事、1点に集中する。

坂田「そうか、それなら次のミッションでは気合を入れてやらないといけないな。俺の力をフルで使ッて……」

卯月「それは駄目ですよっ!」

未央「うん、坂田さんは私達のファンなんだから、私達と一緒にあの部屋から出て、私達のライブをちゃんと見てもらわないといけないんだから」

卯月「はい、次のミッションで、みんな全員で解放されましょう、それが一番です!」

坂田「お、おいおい。それは……」

未央「出来るって考えよう。私ももう頭を切り替えたよ。そのためにアイドル活動は休止! 私達は少しの間だけ強くなるための訓練に全力を尽くして、次のミッションでお終い!」

卯月「毎日訓練をすれば、レッスンの時間を全部訓練に当てれば、絶対に私達強くなれるはずです。頑張って、頑張って、あの部屋から出る為に頑張れば絶対に……」

坂田はそんな二人を見て、とりあえずはこれでいいかと一息ついた。

最初のように暗い顔はもうしていない、少し意気込みすぎているような感じもするが、悩みを振り切ったのは間違いない。

そうやって、二人を暖かく見守っていると、今まで話を聞いていた桜井がぽつりと言葉を零す。

桜井「師匠……島村さんと本田さんに、力を教えてあげるのッてどーですか? 二人が力を使えるようになれば、単純に力を得た分だけ強くなれるッて思うんですけど」

坂田「ッ!!」

卯月「力……って、超能力、ですか?」

未央「えっ? 教えてあげるって……私達も使えるの?」

桜井「それは……俺も師匠に教えてもらッたんで……師匠、どうなんスかね? 島村さんや本田さんも力を使うことッてできるんですかね?」

坂田「……」

先ほどとは違い渋い表情をする坂田に、卯月と未央は駆け寄った。

卯月「あ、あのっ! どうなんですか? 私達、超能力を使うことってできるんですか!?」

未央「坂田さん! できるなら教えて! 私達、少しでも強くなりたいの!」

先ほどまであれだけ強くなりたいと言っていた二人に気を使ってか、単純に強くなる方法を桜井が思いつきで話した。

それに二人は食いついてしまう。

坂田と桜井の超能力は何度か見ていた。

その中でも特筆する力は、対象を浮かばせる力。

飛行能力を持たない星人なら行動を著しく制限できることが簡単に出来る。

他にも様々な力がある事を卯月と未央は知っていた。

手に入るならほしい。

その力があれば少しでも生き残れる可能性も上がるし、凛を守ることも出来ると考えて。

坂田「……教える事は……できるし、使うことも出来るだろう」

その言葉に目を大きくして、ならば教えてほしいと言い放とうとした二人を制して、坂田は続けた。

坂田「……だが、俺達の、この力には相応のリスクがある」

桜井「えっ?」

坂田「桜井……お前に力を渡すときには知らなかッたことだ、今更こんな事を言ッてすまないと思ッている」

そのまま坂田は自分の腹部に触れて、

坂田「力を使うたびに自分のカラダに相当な負荷がかかるんだ……簡単に言えば力を使うたび寿命が減る。命を削ッて使う力なんだよ……」

その言葉に桜井は驚いた表情を見せるがすぐに平静に戻る。

坂田「俺の内臓はもう老人と変わらない状態らしい……5年かそこらでこんな状態になッちまうんだ……」

桜井「師匠……それ、マジなんスか……」

坂田「ああ、だからお前ももう極力、力を使うな。本当に今更だけどな……」

桜井「……」

坂田「そういうわけだ、君達もこんな力ほしいと思わないだろ?」

そうやって卯月と未央に向き直った坂田は自分が失言をしてしまったことに気付く。

使うたびに寿命が減る力など、誰がほしがるかと。

さらに長年力を使っていて、この力の使える程度を知っている坂田にとって、寿命を引き換えにしてでもほしい力だと考えていなかった。

だが、卯月と未央にとっては違った。

二人とも、今はどんな小さな力でも欲していた。

そして、それが手に入ると知ってしまった。

二人は強い視線で。

卯月「それでも、教えてほしいです」

未央「私も、超能力、ほしいよ」

坂田「お、おいッ! 聞いていなかッたのか!? 使うごとに寿命が減るんだぞ!? しかも寿命が減るに対して出来ることなんか少ない力なんだ!」

卯月「でも、その力があれば、危ないときにもしかしたら助かるかもしれないです」

未央「うん。その場で死んでしまうより、少し寿命を削って助かったほうがいいよね」

坂田「ッ!!」

固い意志を持った二人は坂田に詰め寄っていく。

坂田は二人を説得しつつも、この原因となった桜井を睨みつける。

桜井「……すいません」

坂田「いや……」

だが、この状況を作り出したのは自分の発言もあった事を思い出し頭を抱える。

それから、しばらく坂田は二人を説得し続けた。

電車が何本か通過する間、必死に説得をしたが、二人の意思は固く、最終的には坂田が折れることとなってしまった。

いくつかの条件を出して。

坂田「わかッた……教える。降参だよ」

卯月「本当ですかっ!?」

坂田「ああ、だけど条件付でだ」

未央「何!? 何でも言ってよ!」

坂田「まず一つ目は……力の使い方は教えるが、ある程度使えるようになッたら、それからは力は使わないようにすることだ。使うときは、力がないとどうしようもない時、それ以外は封印してくれ」

卯月「はい」

未央「うん」

坂田「次だ、君達が力を使える事は誰にも話さないでくれ。もちろん渋谷の姐さんにもだ」

卯月「え……」

未央「どうして……?」

坂田「もしも渋谷の姐さんに力を使うことによッて、寿命が縮まるなんて知られた日には、俺はどんな目に合わされるか分からないからな……」

卯月「どんな目にって……何も無いと思いますけど……」

未央「そうだよ」

坂田「……いいからこの二つを呑んでくれなければ俺は君達に力を渡さない。できるか?」

卯月「……はい」

未央「わかった……坂田さんの言う事を守るよ」

坂田「……よし」

坂田は二人の了承の言葉に頷くと、おもむろに立ち上がりポケットからライターを取り出して二人に見せる。

坂田「じゃあ……力の使い方、教えるぞ」

卯月「あっ、はい」

未央「う、うん」

坂田「まずはこのライターの火を見てくれ」

坂田はシュボッとライターに火をつけて、二人に見せる。

10秒ほど良く見せて、一旦ライターの火を消した。

坂田「どうだ? 火の残像は見えるかな?」

卯月「残像……ですか?」

坂田「ああ、今消した火の残像だよ」

未央「……ちょっとだけちらちらと、見えるかも……」

坂田「よし。それじゃ、こういッた光の残像を何でもいいから動かせるようになるんだ。それが最初のステップだ」

卯月「……光の残像」

坂田「指を回して、光が纏わりついてくるように」

未央「……指を」

坂田「最初は質量0のものから始めて、徐々に重くしていくんだ。軽いものほどイメージはしやすいからな」

卯月「……」

未央「……イメージ」

坂田「こうやッて指に纏わりつかせて、回転させるんだ。光を自分の意思で動かすように」

卯月「……」

未央「動かす……動く……」

坂田「出来ないと思わないことだ。人はあらゆることが出来ると考えるんだ、できると思いながら…………何?」

坂田が何度もライターの火をつけたり消したりしながら光の残像を動かしていると、坂田の指の周りを動いていた光の残像が、ゆっくりと移動して卯月の指に止まるように重なる。

卯月「……」

未央「えっ……今……」

桜井「島村さんのほうに、動かしたんスか?」

坂田「いや……」

卯月は未だに集中して坂田の手にあるライターを見ている。

坂田はもう一度ライターに火をともし、その火を消すと、火のついていた場所にあった残像が今度は先ほどより早いスピードで卯月の指元に移動してくるくると動き始めた。

卯月「……」

それを恐ろしく集中した目で見続ける卯月。

未央「こ、これって? 坂田さん?」

桜井「ま、マジっスか?」

坂田「……おいおい、マジかよ……」

やがてその回転していた残像が消えて、卯月は再びライターを見ようとするが、坂田の手はすでに下りており、ライターを見失った卯月は顔を上げて、そこで全員に見られている事に気がついた。

卯月「あれ? どうしたんですか?」

坂田「……今、君は力を使ッていたんだ」

卯月「え……」

卯月は呆然としながら坂田の声を聞いた。

自分が力を使った?

卯月「えっ、で、でも、私、ただ集中していただけで」

坂田「……もしかしたらこれもイケるかもしれないな」

坂田はポケットからティッシュペーパーを一枚取り出して、卯月の手に乗せた。

卯月はそれを見て、もう一度坂田の顔を見る。

坂田「それを動かしてみなよ。君のイメージで、想像して見るんだ、動いている所を」

卯月「えっ、あっ……はい」

戸惑いながら手に乗っているティッシュを見て、卯月は集中を始める。

すると……。

未央「!? う、浮いた!!」

桜井「す、すッげェ……」

風に漂うようにふわふわと浮かぶティッシュはやがて意思を持ったかのように卯月の身体の周りを回り始めた。

坂田「……信じらんねぇな……」

風に吹かれているとは思えない軌道をするティッシュはこれが卯月が動かしているのだと全員に認識させた。

ひとしきり動かした後に、ティッシュは卯月の手におさまり、それを呆然とした表情で見る卯月。

卯月「わ、私……」

未央「す、すごいよしまむー! どうやったの!?」

卯月「え、えと、イメージして……集中していたら、できちゃいました……」

桜井「お、俺、丸一日かかッたのに……」

坂田「……君は何かそういう訓練とか受けたりしたのか?」

卯月「訓練ですか?」

坂田「ああ、今みたいに何かを強くイメージして、それを現実に置き換えるといッた訓練だ」

卯月「え、えっと……イメージトレーニングはいつものレッスンで自分の理想の動きとかを考えながらやっていますけど……そういうのなんですかね?」

坂田「イメージトレーニングか……」

卯月「はい。私、よく失敗しちゃうんで、頭の中ではいつも完璧な自分を考えてレッスンをしてるんです。昔から、アイドルに憧れた子供の頃からレッスンともいえない踊りの真似事をしてるときから……」

坂田「……なるほどな」

ガンツの部屋に来る前まで普通の女の子と大差ない卯月が他のアイドルよりも圧倒的に秀でていたものはその精神力だった。

同期のアイドル候補生が止めていったり、デビューしていったりする中で卯月は一人養成所でレッスンを続け、ついにはアイドルデビューを果たした。

その間、卯月は毎日レッスンを行う上で、自分がステージに立った姿をイメージし続けてレッスンを行い続けていた。

そして、それはデビュー後も続く。他のアイドルよりもダンスが不得意な為に卯月はずっとイメージしながら続ける。

それがガンツの部屋に来て、スーツの力と日々の特訓の効果もあり、徐々に自分のイメージと身体が一致していった。

さらに、飛行リングの力の一つである自分の理想の動きをトレースできる機能が卯月の考える力を強化し、一日中イメージトレーニングをするに至っていた。

それらのすべてが絡み合い、卯月が本来持ち得なかった才能が今花開く。

超能力という、思考能力が大きな影響を与える力という形で。

坂田「桜井も才能があると思ッたが、君はそれ以上だな……君なら俺や桜井よりも強い力を得ることができるかもしれないな」

卯月「私が……ですか?」

坂田「ああ」

卯月は自分の両手を見て、その両手を握り締める。

その手に未央の手が重ねられて、卯月は未央を見た。

未央「しまむー、すごいよ! 超能力をこんなに簡単に使うなんて!」

卯月「超能力……私の、力……」

純粋に自分の力を喜んでくれる未央に卯月は笑いかけた。

そして、この力をもっと使いこなせるようになろうと決心した。

体温を感じる未央の為に。

そして、この場にはいない凛の為に。

今日はこの辺で。

真っ暗などこかに私はいる。

意識はまだハッキリしていない。

だけど、世界から私だけが切り離されたような、そんな薄ら寒い感覚がこみ上げてきている。

ここは一体どこ?

そう意識すると、真っ暗な場所にスポットライトが2本照らし出された。

1本は私の頭上。

私の姿が映し出されて、自分が今どのような格好をしているのか気がついた。

蒼と白のドレスを纏っている。

煌びやかだけど、儚い印象のドレス。

すごく綺麗なドレスでお姫様になったような気がしてしまう衣装。

私が自分の格好を気にしていると、もう一本のスポットライトが照らされる場所から声が聞こえてきた。

――何、これが私? みたいな顔してんの?

目を向けると、そこに居るのはガンツスーツを纏った私。

ハッキリとしていなかった意識が急速にクリアになっていく。

凛「アンタは……」

――誰? 何て聞かないよね?

凛「まあ、ね」

こうやって意識すると良くわかる。

ここは私の心の中。

その中でもとても深い場所。

そしてこの私はガンツの部屋に来て私自身が生み出した人格……みたいだ。

真っ黒な私とでも言っておこうかな。ガンツスーツの色も相まってそう見えるし。

そんな真っ黒な私と相対しているのだけど、私は特に慌てることもなく冷静にこの状況を受け入れていた。

この場所に来て分かる、私は一度ここに来ている。

前回のミッションで死にかけたときに、あの時にこの場所でこの真っ黒な私と会っている。

――そう、あの時もここで会ったよね。でもこうやってアンタの意識がハッキリしているときに会うのは2回目かな?

凛「2回目?」

――ほら、仏像と戦ったときに色々話したでしょ?

凛「ああ……あの声……」

――あの時は、アンタが壊れる寸前だったからここじゃなくても会えたけど、基本的にはここじゃないと私達は会えないからね。

凛「そう……」

その真っ黒な私は私を指差してため息混じりに言い放つ。

――アンタ、最近不安定だよ。

凛「不安定……まぁ……色々思うところ、あるし……」

――私が苦労してアンタを作り上げたんだから、簡単に壊れてもらったら困るの。

凛「作り上げたって……」

真っ黒な私は私を作り上げたと言っている。

深いところで繋がっている私達はお互いの思考も繋がっている。

真っ黒な私が、私にやったことも流れ込んできた。

凛「アンタ……私の頭の中、弄くったの?」

――まぁね。

真っ黒な私が私にやったことを鮮明に思い出すことが出来る。

私の恐怖を感じる感情に蓋をしている。

逆に私の憎しみや怒りと言った感情をより強く感じれるように恐怖の感情の蓋の上に乗せられた。

私が痛みを感じる神経を快感に変わる神経に繋いでいる。

私が楽しいと感じる感情に……殺戮衝動を植えつけている。

そしてその殺戮衝動を満たすと快楽を得れるようにしている。

私の頭の中にメスで手術をするように、真っ黒な私はガンツの部屋に来てからゆっくりと私を作り変えていったのだ。

――嫌だった?

凛「別に……」

そう、真っ黒な私は理由もなしにこんな事をしているのではなかった。

すべては生き残る為に。

恐怖で竦まないように感情に蓋をして、

敵に一切の躊躇をしないように怒りや憎しみの感情を湧き上がらせて、

私が傷ついたり、敵を殺すことによって快楽を得られるようにした。

すべてはあの部屋で生き残る為に。

――そうして無いと、アンタどこかで壊れてただろうしね。

凛「……そうかもね」

昔の私の神経でガンツの部屋の戦いをここまで続けていたらどうなっていただろう。

恐らくどこかで確実に壊れるか死んでいただろう。

人の生き死にに嘆いて。

宇宙人とはいえ、自分の手で生きている生物を殺し続けなければいけない行為に精神を病んで。

人と変わらない姿をした宇宙人を前に躊躇して。

あらゆる場面で私は簡単に死んでいただろう。

だけど、この真っ黒な私が、私を変える事によってそれを防いでくれた。

――あと少しで、カタストロフィっていうのが来るんだから、そこまでは何とかして持たせてよ。

凛「カタストロフィ……か」

真っ黒な私はカタストロフィを警戒していた。

ガンツの部屋から解放された場合、カタストロフィで私は死んでしまうと考えていた。

最初に西から聞いたときからずっと真っ黒な私はカタストロフィに備えて私を作っていっていた。

強い武器を集めて、経験を積ませて、どんなことがあっても生き残れる私を作り出そうとしていた。

それは順調に進んで、私は真っ黒な私の思い描くとおりに行動をしていたのだが……。

その私にバグが発生した。

真っ黒な私が作り出そうとした私に生まれたバグ。

そのバグの名前は、卯月と未央。

真っ黒な私が作り出そうとしている私には不要なものだった。

――本当にあの二人には困ったものだよね。アンタここ最近かき回されすぎだよ、あの二人以外にも新しくまた追加されちゃったみたいだけど。

凛「加蓮と奈緒……」

――あの二人はどちらかというと協力して戦力になりそうだからいいけどさ、未央と卯月は戦力的にも、カタストロフィまでにどうしようもなくない? ハッキリ言って足を引っ張るだけだと思うけどね。

凛「戦力的には……でしょ? 私は友達として、あの二人と付き合っているし、あの二人と一緒に何かをしていきたいって思っているんだから」

――その結果が、アンタのその格好ってわけ?

凛「……」

このドレス姿の私。

あのライブを見て、二人のアイドルの姿をもっと見ていたいと思った。

そして、二人が、私と一緒にステージに立つことを考えていることがわかってしまい、私の中に生まれてしまったこの気持ちが大きく反映されているのだろう。

アイドルのステージであの二人と共に立ってみたいと。

――1度はその感情も押さえ込めたんだけどね……まさかあの二人もガンツの部屋に来てしまって、こんな事になるなんてさぁ……もうアンタのその感情、押さえ込むことが出来ないんだよね。

凛「そっか……」

――他人事みたいに言わないでよ。このままだとアンタの精神がさらに不安定になって、折角弄くった感情の部分が元に戻って、アンタ戦えなくなっちゃうかもしれないんだよ? 最悪今までのツケが回ってきて、精神が壊れるって可能性もあるからね?

凛「でも、どうしようもないじゃん……未央と卯月を切り捨てることなんて出来ないし」

――それだから、私も困ってるの。

真っ黒な私は心底困った顔をしている。

それが少し可笑しくて笑ってしまった。

――何笑ってんの?

凛「ううん。アンタもやっぱり私なんだなって思って」

――それはそうでしょ……もう私達は同じ存在なんだから。

凛「みたいだね……」

そう、元は私がこの部屋に来て最初の狩りでネギ星人に殺された人たちのバラバラ死体を見て恐怖して、ネギ星人を殺し、取り返しのつかない事をしてしまったと後悔したときに生まれたこの真っ黒な私。

恐怖と後悔と絶望から生まれたこの真っ黒な私は、私の心を侵食すると共に、私と同化していった。

私と真っ黒な私を照らしていたスポットライトはいつの間にか一本のライトとなり、私達を照らしている。

私は真っ黒な私の隣に腰を降ろして、あの二人の歌を口ずさみ始めると、真っ黒な私も一緒に歌いだす。

自分同士のデュエット、不思議な感じもするが、私達で歌い終わるとお互い前だけを見て話しかける。

凛「ねぇ、どうすればいいと思う?」

――何が?

凛「未央と卯月。二人はやっぱりガンツの部屋から解放されたほうがいいのかな?」

――私はそのほうがいいとずっと思ってる。だってあの二人がいると、アンタがどんどん戦いづらくなるだろうし。

凛「でも、二人とも殺し合いを楽しめるようになれば……」

――そんなのは無理だってアンタが一番分かってるんでしょ?

凛「……」

――アイドルのステージで輝いている二人を見てどう思った?

凛「あそこが二人の居場所なんだなって……」

――ま、そうだね。私もそう思ったよ、初めて生ライブを見て、あの二人の居場所はあのステージの上なんだなってわかったからね。

凛「たった一回……たった一回の二人のステージを、この目で見てしまうことで、こんなにも心が揺さぶられちゃうなんてね……」

――あんなに私達、あの子達と一緒に、殺戮の道を歩んで行きたいって思っていたのにね……。

凛「……私達、か」

――まぁね。

私達の前に新しくスポットライトが照らし出された。

スポットライトに照らされて歌い踊っているのは卯月と未央。

私達はその姿を眺めていた。

――すごかったよね。

凛「うん」

いつの間にか、私達の周りには顔の無い観客が沢山いる。

ステージの上に立つ二人を全員が見ている。

今日のライブで見た光景だ。

――二人がさ、踊って、歌うたびに、見ている人は二人の姿に釘付けになってさ。

凛「歌い終わった後には、会場の人たちの大声援が地響きのように鳴り響いてたよね」

私達の周りの観客が大声援をあげる。

興奮の最高潮を感じられるこの感じ、今日のライブと寸分たがわず同じ光景。

――こんなライブ、また観たいんだよね?

凛「……そう、だね」

――なら、もうアンタのやるべき事は決まってるよね。

凛「うん」

二人を、解放する。

今度は本当に。

――これ以上、私達みたいな魔女にお姫様を奪われたままだと、王子様も可哀相だしね。

凛「何それ?」

――そんな感じしない? 私達はとても悪い魔女。その私達に囚われているお姫様が二人。王子様や同じ国の仲間たちはお姫様が帰ってくるのを待っているの。

凛「ふふっ……童話のお話?」

――そうだよ。そんなお話の結末はお姫様はみんな王子様や仲間の元に帰ってめでたしめでたし。お姫様は悪い魔女の元にはいられないって言うのが常だからね。

凛「それじゃあ、私達みたいな悪い魔女はどうなっちゃうの?」

――私達は悪い魔女はもっともっと悪い魔物をやっつけに旅立つんだよ。お姫様が悪い魔物に狙われないようにね。

凛「……お姫様を攫うのは悪い魔女の特権だから、お姫様を狙うような悪い魔物はやっつけるっていうこと?」

――そうそう、そんな感じ。

凛「ヘンなお話だね」

――私もそう思う。

さっきまでステージの上で踊っていた二人は、いつの間にかお芝居の劇に出演している。

私達が今話していたような、変なお話の劇。

二人は目つきの悪い王子様と、同じ衣装を着たお姫様達に囲まれて幸せそうに笑っている。

私達はそれを見て立ち上がって、ステージとは逆方向に歩き始めた。

――はい、これ使う?

凛「ありがと」

真っ黒な私から、剣を受け取り、私はドレスの裾をなびかせながら目の前の沢山の魔物……宇宙人たちに構える。

――難しい事は考えないで、こうやって悪い奴等を殺すことを考える。それが一番楽でしょ?

凛「そうだね」

――あの子達はあっちの世界で、私達はこっちの世界で生きていく。あの子達がこっちの世界に間違えて足を踏み入れちゃったけど、私達はあの子達をあっちの世界に戻してあげれば全部が元通り。

凛「最初はそのつもりだったんだけどね」

――私達は悪い魔女。悪い魔女は気変わりもよくする。綺麗なお姫様を手元においておきたかったけど、気が変わってお姫様を元の場所に返してあげたくなった。それだけだよ。

凛「それなら、また気が変わらないうちに、お姫様を帰してあげないとね?」

――違いないね。

私達は光り輝くステージを背に、真っ暗な闇の中へ駆け出した。

その日、私はこの夢を忘れることなく目を覚ました。

目を覚ました私に、昨日まで感じていたあの最悪な気分はなくなっていた。

恐らくあの真っ黒な私がまた何かをしたのかもしれない。

もしくは、二人を解放するということを決めて、これ以上二人から笑顔が消えずにすむと考えて気分が楽になったのかもしれない。

新たな気持ちで、今日の訓練の準備をしようとスマホを見てみると、着信が沢山ある事に気が付いた。

玄野に加蓮からも、あとは……卯月と未央からもメッセージが入っている。

今日の朝訓練に参加できないと行う連絡。

昨日の疲れもあるのだろう、メッセージに分かったよと一言入れて加蓮や玄野にも連絡を返す。

だけど、どちらも繋がらなかった。

玄野はともかく、加蓮は朝早くから起きているはずなのにと思いながら、とりあえずは今日の訓練は中止にしようと考えた。

加蓮と奈緒にもその旨、メッセージを入れておいて、朝ごはんを食べて、朝一から店の手伝いをすることにした。

そうやって、店番をしていると、一人のお客さんが訪ねてきた。

「ここか……」

凛「いらっしゃいませ」

そのお客さんは花を見ることなく、店番をしている私に近づいてきて、

「君、しぶやりん、さん……かな?」

凛「はい……そうですけど?」

……何か以前にもこんな事があったような気がする。

「少し聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

そう言って私に名刺を差し出してくる。

その名刺には。

凛「フリーライター……菊地誠一……さんですか?」

名刺を渡した男、菊地という男は私の顔をジッと見つめ続けていた。

今日はこの辺で。

凛「えっと……あの……」

菊地「1時間くらい、時間をもらえたらありがたいんだけど、大丈夫かな?」

凛「ええと……私、今店番をしているんですけど……」

菊地「ああ、そうか。それなら店番はいつ頃終わるかな? 時間をあらためてまた来るから」

凛「……」

何この人?

時間をあらためて来るって……。

私に用がある……っ!!

そこで気が付いた、私を探っている人間、あのちょび髭の関係者?

そうなってくると、この男もあのちょび髭の仲間?

私に直接会いに来るって一体……。

「如何されましたか?」

私が思考していると、お父さんが私達の様子を見に近づいてきた。

すると、この男はお父さんにも名刺を渡して、ちょっとした取材を私にしたいと言って話を始めた。

だが、いきなり来た怪しい男が、私に取材を行うなんていうことをお父さんが許すはずもなく、男は追い返されていった。

凛(あの男……お父さんにも普通に話そうとした?)

凛(ガンツ関係の話をするのに一般人のお父さんがいる前で……?)

この時点で私はあのちょび髭の仲間ではないと感じていた。

あのちょび髭はこれほど間抜けな行動をする人間を仲間にすることはないだろう。

何せ一般人の前でガンツの情報を話そうとしたのだ、自殺志願者くらいしかそんな事はしないだろう。

ならあの男は……取材って言っていたけど一体……。

お昼になって今日の店番が終わった私は、ハナコの散歩をする為に家を出た。

少し歩いていると、さっきの男が交差点を渡ってくるのが見えた。

明らかに私が行動するのをどこかで見張っていたんだろう。

近づいてくる男に気付かないフリをして私はハナコと一緒に歩く。

この男がさっきお父さんに追い返された後、少しだけ考えてみて、この男は恐らくは一般人だという事が予想できた。

早とちりをしたけど、この男はあのちょび髭の仲間でない事は間違いない。

さらにはガンツの関係者である可能性も、一般人のお父さんの前で話そうとしたことからしても可能性はほとんど無い。

ならば、取材と言っていた事は本当の可能性が高い。フリーライターという肩書きもそう。

それらから考えられるのは、この男は、前回の狩り……あの池袋で私の顔をみた一般人という線が強そうだ。

あの狩りでは、私達の姿は一般人に見られていた。この男もあの日池袋で私を見たのだろう。

さて、私の予想はどうなのだろうか……と、私の前にまできた男に視線を向けて、男が話しだすのを待つ私だった。

菊地「おッ、君は……」

凛「……」

菊地「こんなところで偶然だね、ほら、さッき取材をお願いした菊地だよ」

凛「あ……どうも……」

菊地「何をしてるんだい? って、犬の散歩か、そのワンちゃん可愛いね」

凛「はぁ……」

あくまで偶然通りかかった事を装うのか……。

ここはあまり変な雰囲気を出さずに、相槌を打つだけにしておこう。

この男の目的は取材と言っていたのだから、勝手に話し出すだろう。

菊地「そうだ! こうやッてまた会えたんだ、さッきはできなかッた取材をさせてもらう事はできないかな?」

……いきなり来た。

凛「取材?」

菊地「そう。少しでいいんだ、君に聞きたい事があってね」

凛「別にいいけど……」

菊地「本当かい!? いやー、ありがとう! さッき、君のお父さんに追い返されて正直もう話を聞く事はできないかなッて思ッていたんだけど、こうやッてまた君に会えた上に、話を聞いてくれるなんて。本当に僕は運がいいな!」

凛「はぁ……」

菊地「それじゃあ……おッ、あそこの公園で話そうか、立ち話もアレだしね」

私はこの男について行く。

公園内のベンチで話すことにしたみたいで、私は座るように促され鞄から何かを取り出している男を横目にベンチに座った。

男は何かの雑誌とパソコンを取り出しているようだった。

パソコンを取り出した男は電源を入れながら私に話してくる。

菊地「TVで連日やッてるから知ッてると思うけど、先日の池袋のテロ事件、君は何か知ッていたりするかな?」

……やっぱり、前回の狩りのことか。

確かにテレビでもかなりニュースになっているけど、ガンツ関係には一切触れられていない。

私達や他のガンツチームの事も。

ただのテロ事件としか……いや、日本史上最大最悪のテロ事件として犯人を追っていると表向きはなっている。

国ぐるみの隠蔽工作、真相が表に出ることなどない。

それならば、私の回答は。

凛「えっと……色々テレビで見たけど、ビルが爆発して崩れたって話だよね? 亡くなった人も多いって聞いたけど……」

菊地「他に何か知ッていることッてあるかな?」

凛「知ってることっていわれても……特集を毎日見てるわけでもないし……」

菊地「そッか……それなら仕方ないか」

その事を聞きにきただけ?

そう思った矢先、男はパソコンを操作しながら私に問いかけてくる。

菊地「その日に君は池袋にいたりしなかッたのかな?」

この男……やっぱり私を見ていた……と思った私に、男はパソコンの画面を見せてくる。

そこには、私の姿が映された画像が映されていた。

菊地「これ、君だよね?」

……なんでこんな画像があるの? いつ撮られた? 写真に撮られたことで頭の爆弾は? いや、前回の狩りで見られても爆弾は作動していない。ならこの写真に撮られたことも問題ないはず。

頭に巡った様々な思考が、私の回答を遅らせた。

その反応を見た男は、さっきまでのどこか陽気さを感じさせる表情から、鋭く獲物を狙うような表情に変化させて続ける。

菊地「やッぱり……ようやく本命にたどり着いたッて訳だ……」

凛「えっと……何この画像? 私?」

菊地「とぼけても無駄だよ。君は間違いなくこの画像に映された本人だ。最初に見たときからピンと来ていた」

凛「えっと……本当によくわからないんだけど……」

菊地「そうかな? 君の視線、この画像を見ているようで違う場所を見ている。最初に画像を見てすぐに視線を外して君は考え始めた。もしも君が本当に何も知らないならこの画像を見続けながらわからないと言うんじゃないかな?」

凛「……そんな事で決め付けようとしないでよ」

菊地「いいや、間違いない。君は間違いなくこの画像の少女。そして、君は宇宙人を殺すことを趣味としている少女だ」

凛「は?」

おかしい、画像を取られた事は前回一般人にも見えていたことで誰かに取られた可能性は考えられる。

だけど、この男が言う私の趣味……宇宙人を殺すことを知っているのは腑に落ちない。

その事を知っているのは……と考えたところで、前にもこんなやり取りをした事を思い出した。

和泉が私の学校に来た時、あの人も私の事を、そしてガンツの事を知っていた。

私の知らないどこかで、ガンツの情報が漏れている。

そして、それは……ほぼ間違いなく西が何かをしたのだろう。

そして、私の考えは間違っていなかった。

この男が、パソコンでとあるサイトを開いた事によって答えが出た。

菊地「黒い球の部屋ッてサイト、ここに君の事が書かれている」

凛「……」

菊地「ねぎ星人を笑いながら剣で真ッ二つにして、田中星人をスーツが壊れているにも関わらずに笑いながら何匹も殺していッたと」

菊地「この管理人の中学生も何かを壊したり、生き物を殺したりするのがたまらなく好きだという事だが、君には負けると書いている。君がいつか100点を取ッて、その時どんな選択をするのかが楽しみだとも」

西ぃぃぃ!!

アイツ何勝手にこんなサイト作ってんの!?

しかも、かなり誇張しているし!!

私はあの時はまだ狩りを楽しんでいなかったし!!

それに、なにこれ!? 『田中星人のミッションではボスを倒すだけじゃ飽き足らずに、仲間であるガンツメンバーに襲い掛かり、あの女は狂笑しながらガンツメンバーの返り血を浴びていた……』

あること無いこと書いて……絶対に今度会った時に文句を言ってやる……。

……っていけない。今はそんな事を考えてる場合じゃなかった。

食い入るようにこの黒い球の部屋というサイトを見てしまった事により、私を見る男の目は確実に私がこのサイトに書かれた「しぶやりん」と同一人物だと確信してしまったようだ。

その現状に、私は冷たい汗が背中を伝っていくのを感じた。

頭の爆弾はどうなる? 前回一般人にも見えるようになっているから、一般人にガンツの情報がばれても大丈夫なのか? それとも、これ以上何かこの男に情報を与えるような事をしてしまったらアウトなのか?

私は表情には出さずに、高速で思考を続けていた。

今日はこの辺で。

私が考えている間も、男は私に質問を続けてくる。

菊地「このサイトには、固有名称で書かれている名前が二人だけいる。ひらがなで「しぶやりん」それと「くろのけい」ネットの掲示板でもこのサイトの内容と池袋で起きたテロの際に目撃された黒いスーツの人間たちは繋がッているんじゃないかッて騒がれている」

菊地「多くの人間がこの「しぶやりん」と「くろのけい」を探し始めていて、このサイトの掲示板では、アップされる星人との戦いの小説を検証して、東京近郊にこの二人がいるのではないか? と予想立てている人間もいる」

菊地「実際、僕もそう思い様々な情報網を駆使して、東京近郊における「しぶやりん」と「くろのけい」を探した」

菊地「特に苦労したのは「しぶやりん」のほうだ。渋谷ッて苗字は東京近郊だけでも1万人近くいたからね。黒野は数百人程度だッたから調べやすいッて言えば調べやすかッたよ」

菊地「探し始めて数ヶ月。「くろのけい」……「黒野啓」という少年は比較的早く見つかッて実際にあッてみたけど、どこにでもいるような普通の少年だった。完全にハズレだったよ」

菊地「だけど、君は違う。会ッてみて確信した。君は明らかに普通の少女じゃない。職業柄色々な業界の人間を見てきたが、君が発するオーラというものはそのどれにも属さない不思議な輝きだ」

菊地「さて、そろそろ君の話も聞かせてくれないかな? 黒い球の部屋の住人の渋谷凛さん」

凛「……えっと」

凛「アンタが言っている事、意味わかんないんだけど」

菊地「……シラを切るつもりかい?」

凛「シラを切るって言われても、分からないものは分からないし、勝手に決め付けられてすごい迷惑なんだけど」

菊地「決め付けているんじゃない。君は間違いなくこのガンツメンバーの一人。この画像の黒いスーツを着た君をどう言い訳するつもりなんだい?」

凛「こんな服着たこともないし、別人だよこの人」

菊地「……それは厳しい言い訳だよね?」

凛「事実だから。知らないものは知らない」

菊地「……あくまでシラを切り通すつもりか……」

凛「話はそれで終わり? それなら、私、もう帰るけど」

菊地「……いくら出せば話せるかな?」

凛「あのさ、そろそろいい加減にしてほしいんだけど」

菊地「……金じゃ話せないッて事かな?」

凛「いい加減にしてって言ってるでしょ? これ以上、何かを話すことはないし、アンタの妄想に付き合うのも嫌なの。さようなら」

菊地「……話せない。口止めされているッてことかな……話してしまうことによッて、何かペナルティを課せられるッてところか?」

凛「……」

菊地「今日はこれくらいで引き下がるよ。また君が話してもいいと気が変わッたら、渡した名刺の電話番号に連絡をしてくれ!」

私は男の呼びかけに無視して、ハナコを連れて公園を後にする。

完全に知らないフリをして逃れたけど、下手をしたらあの男これから私を監視しだして、どこかでスーツを着た姿を撮られてしまうかもしれない。

訓練に出かける朝、透明化を使って家を出るにしても窓を開けたら勝手に窓が開いたように見えてしまう。もし監視カメラで撮られていたらアウトだ。

どうする……。脅すにしても、私の姿を見られてしまったら自白するようなものだし……。

今の段階で爆弾が作動していないけど、これ以上知られてしまったら作動するかもしれない。

ばれない様に生活するのは、普通の生活をしていればいいだけだけど、そうすると訓練が出来ない……。

そうやって考えながら家までの道を歩いていると、家の前で見知った二人の姿を見つけた。

凛「あ、加蓮。奈緒」

加蓮「やっほー、凛ー」

奈緒「……おっす」

凛「どうしたの? というか、奈緒はすごく疲れてるように見えるけど……」

奈緒「……また夜通しの登山とマラソンをやってきた」

凛「……そ、そっか」

加蓮「昨日卯月と未央のライブに行ってて、そこから走って帰ってきたらこんな時間になっちゃった」

あそこから走って……スーツも着ていないのに……。

私は相変わらず頭のおかしい行動をとる加蓮に唖然としながら、昨日連絡を貰っていたことを思い出した。

凛「そういえば、昨日電話貰った? 昨日早く寝ちゃって気が付かなくてさ」

加蓮「あ、うん。昨日……って、凛の部屋で話してもいい?」

凛「! わかったよ」

少し言いよどんだってことは、おそらくガンツ関係の話。

この場所だと店の前だし、人通りも多い。

何より、さっきの男がどこかで聞き耳を立てているかもしれない。

私は二人を部屋に通して、今までフルマラソン以上の距離を走ってきた二人に冷たい飲み物とお菓子を用意して話し始めた。

加蓮「昨日さ、卯月と未央のライブで偶然別のガンツチームの人たちと一緒になってさ、情報交換会をやってたんだ」

凛「え? そうなの?」

奈緒「そうそう。凛と一緒の東京チームの人とか神奈川チーム、群馬チームの人もいたぞ」

加蓮「それで、凛のチームの玄野って人が、凛も呼んで話をしたいって言ったから連絡したんだ」

凛「玄野が……」

確かに玄野からも連絡が入っていた。そういうことだったんだ・

でも、神奈川、群馬って、加蓮と奈緒も入れたら千葉も入って、関東近郊のチームがあそこにいたんだ……。

それから、情報交換した中身を二人から聞いた。

ガンツをコントロールできるという話を二人がしたときに、私は対して驚かなかったから不思議な顔をされたけど、実はコントロールできるという事を知っていたと話すと二人とも残念そうな顔をしていた。

そのほかに、群馬チームの人が前回の狩りで見た二刀流の人だという事を聞いたり、卯月と未央のライブがすごかったと話が脱線していったりして、やがて私は二人にさっきあった男の事を話していた。

加蓮「フリーライターねぇ……写真を撮られた上にそんな人に絡まれるなんて凛も災難だね」

凛「ほんとだよ、もう……これから付きまとわれる可能性もあるし、そうなったらいちいちどこか行くにも周りを気にしないといけないし……」

奈緒「……」

加蓮「あっ」

凛「? どうかした?」

はっとした顔の加蓮は奈緒を見ている。

その奈緒は何かブツブツと小さな声で呟いていた。

奈緒「………………付きまとう…………ストーカー…………いつもいつもいつも…………あたしを…………凛にまで…………」

凛「奈緒?」

突然奈緒は薄ら笑いを浮かべて私に提案した。

奈緒「凛、そのストーカー、ぶっ殺そうぜ」

凛「え……す、ストーカーって?」

奈緒「だからさ、凛に付きまとってるストーカー。さっさとぶっ殺さないと、凛があの真っ暗な世界に閉じ込められちゃう……暗くて、寂しくて、怖くて……」

ヤバい。奈緒の目、すごいことになってる。

凛「な、奈緒。ストーカーじゃないから、あの男はフリーライターで……」

奈緒「凛。騙されんなよ。ストーカーってのはいろんな手段であたし達を油断させてくるんだ。その肩書きも嘘の肩書きだ、そいつは今も凛の事を見ているはずだ!!」

急に奈緒は立ち上がって、カーテンを閉めて、バックの中から取り出した機械をもって部屋を調べ始めた。

凛「えっと……何してるの?」

奈緒「盗聴器やカメラが付いてないか調べてる」

凛「そ、そうなんだ」

真剣に部屋中を調べ始めた奈緒は数十分後、少しほっとした表情になり、

奈緒「よかった……まだどっちも仕掛けられてないみたいだ」

どうやら私の部屋にそういった類の機械は無かったようだ。

凛「あ、ありがとう」

奈緒「よし! それじゃ、今から全員スーツに着替えて、透明化を使用した後に、凛の家の付近にストーカーがいないか探すぞ! 見つけたら速攻捕まえて、人目の付かない場所でぶっ殺してやる!」

凛「ちょ、ちょっと!?」

そう言って、バックの中からスーツを取り出して、着替え始めた奈緒。

剣と銃も装備して、殺る気満々だ。

まずい、完全に我を忘れてる。

そういえば、奈緒が死んだ原因を作り出したのはストーカー……追い回されて井戸に落ちて、その井戸の蓋を閉められて、奈緒を餓死に追い込んだ……。

……こうなっても無理ないか。

私は目を据わらせて今にも飛び出していきそうな奈緒を落ち着かせようと立ち上がると、私より先に、加蓮が奈緒に近づいて、奈緒を抱きかかえた。

奈緒「か、加蓮!?」

加蓮「はーい、ちょっと落ち着こうねー」

加蓮は奈緒を両手で抱きかかえて……所謂お姫様抱っこの状態で、奈緒の顔を見続ける。

見つめられている奈緒は顔を真っ赤にしている。

奈緒「か、加蓮! 下ろしてよ!」

加蓮「ダメー。奈緒が落ち着くまではこのままだよ」

奈緒「や、止めろって! は、恥ずかしいだろ!?」

加蓮「顔真っ赤にして、やっぱり奈緒は可愛いなぁ」

奈緒「かっ!? 可愛い言うな~っ!!」

凛「えっと……」

しばらく加蓮が奈緒を弄り倒しているうちに、奈緒は顔をトマトのように真っ赤にしていたがさっきよりは格段に落ち着いたようだ。

加蓮「ごめんね、凛。この子、たまーにこんな感じで暴走しちゃうから」

凛「そ、そうなんだ」

加蓮「奈緒も、ちゃんと話聞こうね。凛に付きまとっているのはストーカーじゃなくて、フリーライター。記者だよ記者」

奈緒「わ、わかってるって。さっきはちょっと、その、頭に血が上って……」

加蓮「知ってる。だから落ち着かせてあげたんだから」

奈緒「うぅ~……」

先ほどまで、加蓮の腕の中にいた事を思い出したのか、まだ顔を赤くする奈緒。

もう暴走する気配も無い。

凛「えっと、奈緒、大丈夫?」

奈緒「うん……ストーカーが凛を狙ってるんだって考えたら頭がカーッとなっちゃって……もう落ち着いたから」

私の事、心配してくれたんだ。

奈緒が私の事を考えて行動しようとしてくれたことには嬉しくなってしまう。

加蓮「それじゃ、奈緒も落ち着いたところで、そのフリーライターって人をどうするか考えようか」

凛「どうするか……あっちは私の事を完全にガンツメンバーだって考えているだろうから、絶対にまた私に会いに来るだろうし……」

奈緒「凛は知らないフリをしてやり過ごしたんだよな? ずっとそんな感じで知らぬぞんぜぬを貫けばいいんじゃないか?」

凛「それが一番いいと思うんだけど、監視とかされ始めたら、私がガンツの武器を使って訓練するのが厳しくなっちゃうんだよね。もしもスーツとかを着ているところを見つかったらアウトだし……」

加蓮「……うーん」

奈緒「やっぱりストーカーと変わんないじゃん……ぶっ殺してしまえば……」

加蓮「出来もしないこと言わないの……あのストーカーも最終的には殺せなかったのに……あっ」

加蓮が何かを思い出したかのように手を叩いた。

加蓮「そうだ! 思いついたよ!」

奈緒「?」

凛「思いついたって……」

加蓮「その記者を逆に監視するの。透明化を使って四六時中行動を監視すれば、凛が監視されているかどうかも分かるよね」

奈緒「あ……」

凛「四六時中監視って……そんな事できないでしょ」

確かに加蓮の言うようにあの男を四六時中監視していれば、私が監視されているかどうかは分かるだろうけど、そんな事現実的じゃない。

加蓮「大丈夫、できるよ。だって、前にやったことあるから」

凛「え?」

奈緒「まぁ、あの時は出来たよな」

凛「どういうこと? やったことあるって……誰かを監視したことあるの?」

加蓮「うん。奈緒を追い詰めて殺したストーカーにやったんだ」

加蓮はそんな事をあっけらかんに言い放った。

奈緒を追い詰めたストーカーって……。

奈緒を見てみると、奈緒は加蓮の言葉を肯定するようにコクンと頷いた。

凛「えっと、ちょっとよくわからないんだけど……なんでまたそんな事をしたの?」

加蓮「最初から話すとさ、奈緒が死んでガンツに助けられて2週間くらい経ったとき、偶然奈緒が道でそのストーカーを見つけたのが始まりだったんだ」

加蓮「あっちは奈緒に気付いてなくて、奈緒はそいつを見てさっきとは比べ物にならないくらい暴走しちゃってさ、鞄に入れていた銃を持って追いかけて殺そうとしたわけ」

加蓮「だけど、人の目もあるところで、そんな事したら完全にアウトでしょ? アタシは何とか奈緒をなだめて、そのストーカーが一人になるまで監視してそれから殺そうって提案したんだよ」

加蓮「それで、透明化して、そのストーカーを追いかけて、一人になって殺すチャンスが出来たんだけど、いざというときに奈緒が引き金を引けなくってさ」

奈緒「……今なら引けるし」

加蓮「はいはい。ま、そんな感じで奈緒が殺せないのにアタシが殺すなんてことも出来ないし、それでもこのままこのストーカーに仕返しもせずに帰るなんて嫌だって考えてたら、アタシ閃いちゃったんだ」

凛「閃いたって?」

加蓮「ストーカーにストーカー行為がどれだけ怖いのかってのを実体験させてやろうってね」

凛「?」

加蓮「その日から、そのストーカーを四六時中監視して、色々と嫌がらせをやり始めたってわけ」

凛「ああ……そこで監視したんだ」

加蓮「家とかもつきとめて、いろんな嫌がらせをやってやったよ。郵便受けにお前を見ているぞって手紙を山ほど入れたり、無言電話をかけまくってやったり、そのストーカーを撮った写真を家のドアに貼りまくってやったり」

凛「うわぁ……」

加蓮「ま、そこらへんの嫌がらせも途中で奈緒が嫌な顔をするから止めたんだけどね」

奈緒「……加蓮がストーカーになったみたいでほんっっっとに嫌だったから」

加蓮「で、それからは、ちょっと趣向を変えて嫌がらせを続けたんだ。それは奈緒も手伝ってくれたんだよ」

凛「……どんな嫌がらせ?」

加蓮「心霊現象。最初はラップ音とか、ストーカーの周りにあるものを投げつけてやって意識させて、途中から主役の奈緒がそいつの前に姿を見せて驚かせてやったんだ」

凛「え……そんな事して大丈夫だったの?」

加蓮「何が?」

凛「ほら、奈緒を追いかけていたストーカーの前に奈緒が出て行くなんて……」

加蓮「ああ、大丈夫大丈夫、仕込みもしておいたし。奈緒の声で助けてって録音した電話を何回もしたりしてね。あっちは奈緒が死んだって考えてるから本物の心霊現象だって途中からノイローゼになってたし。それにその時の奈緒の姿見たら凛も腰を抜かすかもしれないよ?」

凛「腰を抜かすって……」

私は奈緒を見て首をかしげる。

奈緒がどんな格好をしても怖いなんて思えないような気がするけど……。

加蓮「あ、疑ってる。それなら少しみてみる? その時の奈緒の姿」

凛「写真とかあるの?」

加蓮「ううん。その時の服持ってるから」

奈緒「!? な、何で持ってんの!?」

加蓮「じゃあ、凛は少し部屋を出てて。用意が出来たら呼ぶから」

奈緒「お、おいっ!」

私は加蓮に押されるように部屋の外に出された。

完全に話しが脱線してるよね……。

というか、加蓮は奈緒を弄りたくてたまらない感じだった。

少し寂しい気持ちになりながらも、十数分待つと部屋に入ってもいいよと加蓮から声がかかった。

私が部屋に入ると、部屋には誰もいなかった。

カーテンは閉められて、さらにシーツをカーテンに重ねていて光があまり差し込んでいない、部屋の中は薄暗くて視界が悪い。

電気をつけようと思ったけど、手を止めた。

折角二人が演出してくれているんだ、演出を壊さないようにしてあげよう。

どんなことをしてくるのかも気になるし。

私は自分の部屋を見渡してみる。

どこかに二人はいるはずだ。

隠れているのか、それとも透明化しているのか。

そうやっていると、違和感を見つけた。

ベットの下。

白い何かが見える。

違う、白い手だ。

……ベットの下から足でも掴んで驚かせるつもりだったのかな?

よくみたらベットのシーツに膨らみがあるのを見つけた。

誰かがいるベットに近づいたら、足を掴まれるってドッキリか……。

加蓮……奈緒……流石に大雑把すぎじゃない?

私はため息混じりに、足を掴まれようとベットに近づきベットシーツをめくりあげる。

……あれ?

膨らんでいたはずなのに誰もいない。

透明化している?

でも、透明化しているなら触れたら分かるはずだ。

本当に誰もいない……。

そこで、私は足元にあった白い手に違和感を感じた。

見えにくかったけど、ここまで近づいて見てみると爪がある部分がおかしい。

すべての爪が、捲れ上がり、血が出ている。

背筋にゾッとした悪寒が走る。

その手は、私の足を掴まずにズルズルとベットの下に引き込まれていった。

凛「な、奈緒? 手が見えたよ?」

何故か声を出して、私はベットの下を覗き込む。

さっきから心臓の音が激しい。

私がベットの下を覗き込むと、

そこには、

白い手も何も存在していなかった。

凛「……」

ピチャリ。

凛「っ!?」

背後から聞えた水音に反射的に振り向く。

カーテンに重なったシーツが真っ赤に染まっていた。

シーツから赤い水が……血が滴っている。

凛「…………」

私はごくりと唾を飲み込んでカーテンに近づく為に歩き始めると。

バチ、バチ、バチ……。

また背後から音が聞えた。

今度は気配がする。

私の後ろに、誰か、いる。

何故か首が動かない。

振り向いた先には、奈緒と加蓮がいるのだろう。

だけど、身体が動かない。

言う事の聞かない身体を無理矢理動かして、私は自分の背後を見た。

そこにいた存在を視界に入れて私は完全に凍りついた。

元は白だったのか、赤黒い染みでボロボロになったワンピースを着た女がいる。

ボサボサの髪が顔を覆っていて顔が見えない。

だけど、その女の手はさっきベットの下で見た手、爪がはがれて血がピチャリピチャリと流れ出ている。

奈緒とも加蓮とも違う真っ白な肌、だけどその肌には抉られたような傷がありそこからも血が流れ出ている。

私が固まって動けずにいると、その女は徐々に顔を上げて、ボサボサの髪の間からその表情が見えた。

顔色は肌と同じ白、だけど眼球は真っ黒に染まっていて、そこから大量の血が流れ出ていた。

凛「なっ、なな、ななな……」

表情は絶望に歪んでいて、ごほりと咳き込んだ口からさらに血を吐き出し、苦しみの叫びを上げた。

「あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁああ゛、だ、すぅぅけでぇぇぇえ゛え゛え゛ぇぇ」

凛「ひぃうっ!?」

私はその場で腰を抜かして崩れ落ちて尻餅をついてしまう。

逃げようと四つんばいで振り向いた私の目に飛び込んできたのは、

真っ白な顔の女。

私をその見開かれた目で凝視する女が目に飛び込んできて、

私は全身をビクリと震わせ、その場で完全に硬直した。

ガチガチと歯を鳴らしている私に、私の目の前の真っ白な女はクスリと笑い始めた。

私の後ろからも笑い声が聞こえる。

そこでようやく気が付く。

凛「か、かかか、か、加蓮?」

加蓮「はーい、加蓮でーす」

目の前の真っ白な顔の女は、加蓮だった。

それじゃあ、後ろの女の人は……いや、あの顔は奈緒の顔だった。

ギギギと首を動かして後ろを見ると同時に部屋の電気がついて、さっきのホラー姿の奈緒が近づいてくる。

凛「ひっ!?」

奈緒「あ、あたしだよ、ほら!」

奈緒は大きな黒目のコンタクトレンズを外して、ボサボサだった髪を括って私の前でしゃがみこんだ。

真っ白な顔にまだ血の……赤色の液体の跡があるけど、さっきのような恐ろしい表情ではなくていつもの表情だ。

加蓮「どうだった? 奈緒の幽霊バージョン」

凛「あ、あぁ……う、うん」

加蓮「って、その様子なら聞くまでも無いよね。奈緒ー、凛も怖がらせれたよ!」

奈緒「いや、明らかにやりすぎだろ……凛、ほんとに腰抜かしてるぞ……」

加蓮「奈緒がやったんでしょ? アタシは最後しか顔見せてないしー」

奈緒「うっ」

加蓮はクスクスと笑うと、私を抱き上げてベットに座らせると、床に零れ落ちた赤色の液体を拭き取り始めた。

私の横には奈緒が座って苦笑いをしながら私に謝ってきた。

奈緒「ごめんな、こんなに凛が驚くって思わなくて本気で演技しちゃったよ」

凛「ほ、本当に怖かったんだけど……そ、その手とか、顔とか、どうやって……」

奈緒「ああ、この爪はネイルだよ。加蓮の特技の一つ、すごいリアルだろ?」

よく見てみると、確かにネイルだ。

完全に爪がはがれているようにしか見えない……。

奈緒「顔とか手はメイク。上手いもんだろ?」

傷跡に見えたところも明るいところでみると確かに書いてあるだけ、でもさっきみたいに薄暗いところだと、雰囲気もあいまって傷口にしか見えない……。

奈緒「この服も加蓮のお手製だよ。前にストーカーを追い詰めたときの服」

服は本当に不気味さが出ている。こんなの夜とかに見たら……。

って、この姿でストーカーを追い詰めたんだよね?

先に聞いていた私がこんなに怖かったのに、まったく知らないストーカーがこんなのを見たら……。

凛「ち、ちなみに、そのストーカーってどうなったの?」

加蓮「あまりの恐怖でその場で失神、その後はごめんなさいしか言えなくなって精神病院に隔離されちゃってるよ」

凛「そ、そっか」

奈緒「今更謝られたって、許すわけ無いっての」

哀れなストーカー、でも奈緒がされた事を考えてみると同情の余地無しだ。

加蓮「そんな感じで、アタシは誰かを監視するって経験があるから、凛の事を追っている記者も監視するよ。それで何か動きがあったら凛に連絡する。そうすれば、凛も少しは気が楽でしょ?」

凛「確かに、今見られているんじゃないかって考えないだけでも気分は楽かもしれないけど……それをやるのって加蓮だよね? 流石に私の為にそこまでしてもらうのは……」

加蓮「アタシだけじゃなくて、奈緒も一緒にやるから大丈夫。ね、奈緒?」

奈緒「……加蓮がやるなら、あたしもやるよ。……それに凛のためだしな」

二人とも簡単に言ってくれるけど、流石に申し訳なさ過ぎる。

私が生み出した問題なんだから、私が何とかしないといけないのに。

凛「……あのさ、やっぱり私が我慢するよ。ほとぼりが冷めるまで目立った行動を取らなければ大丈夫だと思うし、そのうちあの男も諦めるだろうから」

加蓮「ダメダメ、もうアタシ達やるって決めちゃったからね。今更凛が拒否ってもダメでーす」

奈緒「そうだぞ。それに凛がその記者ストーカーのせいで酷い目に合うかもしれないんだから、防ぐためにもあたし達で何とかしないとな」

駄目だ、二人とも乗り気だ。

加蓮「それじゃ、メイクを落としてさっそく行こうか。まずはこの名刺の住所に潜入して、その記者がいるか見てくるよ」

奈緒「それじゃ、あたしは凛の家の付近を捜してみるかな。もしかしたらいるかもしれないし」

凛「ちょっと! 二人とも、そんなに簡単に決めていいの!? 1日中監視するっていっても二人ともやることとかあるでしょ!?」

加蓮「アタシは監視しながら筋トレやってればいいし? それに監視するっていうのも集中力のトレーニングになるんだよ」

奈緒「やることっていっても、殆ど加蓮と一緒に行動してるし、自分でやりたいことって最近特に無いしなぁ……」

……二人の中でもう決定しちゃってる。

どうしたものかと頭を悩ませ始めると、加蓮と奈緒はとても軽い口調で、

加蓮「ま、凛は大船に乗ったつもりでいればいいよ。凛が困ってるのに見て見ぬフリはできないからね」

奈緒「そうそう、あたし達が凛を守ってやるからな! 凛はあたし達に任せてドーンと構えていればいいんだ!」

と、私の事を思って言ってくれる。

何でここまでしてくれるのか……と考えが口に出てしまった。

凛「……なんでそこまでしてくれるかな? 他人事なのに……」

加蓮「え? 他人事って、凛とアタシ達は友達じゃないの? 友達だって思ってたのはアタシ達の思い込み?」

凛「と、友達だよ!」

奈緒「それなら深い理由はいらないよな? 困ってる友達を助けるのはトーゼンのことなんだし」

凛「加蓮……奈緒……」

私は結局二人に、あの男の監視をお願いしてしまった。

その日から加蓮と奈緒はローテーションで監視を続け、私に状況を連絡してくれている。

二人が監視についてからは、朝の訓練も二人が参加できなくなってしまうから、私は未央と卯月にお願いして、しばらく個人訓練を行う形にした。

未央と卯月がアイドル活動を休止した矢先の出来事で、二人には悪いと思ったけど、二人とも個人的にやりたい訓練もあるらしく特に問題は無かった。

それから2週間、加蓮と奈緒から貰う情報で色々と分かった。

あの男は、私がガンツチームのメンバーだという事を確信しているが、今すぐに私に如何こうすると考えていないこと。

私という存在を見つけた事によって、あのサイトの事を真実だと確信して、もう一人の「くろのけい」……玄野を探していること。

私からは情報が得にくいと考えたあの男は、玄野を探し出して、玄野のほうからガンツの情報を聞き出そうとしていることを。

そして、他にもガンツに関するあらゆる事を調べていた。

私だけに拘らずに、あらゆる角度から調べている。

それが分かって、私は加蓮と奈緒にあの男の監視を終わってもらう事を提案した。

私に拘って調べてきてもいないし、監視されるというわけでもなさそうだったから。

そして、何より、新学期が始まって二人とも学校に行かなければならないと考えたのだが、その事を聞いて見ると。

加蓮「アタシ、学校行ってないよ? ほら、病気で中学もまともにいけなかったんだから、高校なんていけるわけないじゃん」

奈緒「あたしは休学中。加蓮が学校に行くって言うなら復学しようかな」

二人とも学校に行っていないと言い、もうしばらくは監視をするって言ってくれた。

こうして、私達3人は日々連絡を取り合っていくうちに急速に仲が良くなって、私にとって加蓮と奈緒も、未央と卯月と同じくらい大切な存在になっていた。

今日はこの辺で。

凛の作った訓練場に、4人の男女がガンツスーツを着て佇んでいる。

4人の目的は、この2週間で使えるようになった力、坂田が卯月と未央に与えた超能力をどこまで使いこなせるようになったかを確認する為にこの場に来ていた。

坂田「それじゃあ、本田ちゃんからどれだけ使えるようになッたか見せてくれ」

未央「はいっ! 師匠!」

坂田「……君も俺の事を師匠ッて……まァいいや……」

未央は自身の力を使用する為に、バックからリンゴを取り出して手に持った。

そのリンゴに集中し始めると、リンゴは未央の手から離れて、未央の頭より少し上空に浮かび上がり停止した。

未央「……」

未央がさらにそのリンゴに集中すると、リンゴの表面に裂け目が入り、すぐに割れた。

割れたまま空中に静止しているリンゴはふわふわと空中を漂いながら、坂田、桜井、卯月の前に移動して再び静止する。

未央「こんな感じかな。あっ、食べる?」

少しだけたれ流れた鼻血をティッシュで拭きながら、割れたリンゴを3人に勧める未央。

それを手にとって、食べながら坂田は未央に確認した。

坂田「リンゴを割ッたのは能力の調整をしてか? 潰したりはできるのか?」

未央「うん、リンゴくらいなら潰せるようになって、さっきは調整して割れるように力を使ってみたんだ」

坂田「そうか。ちなみに、浮かばせることが出来るのはリンゴくらいの重さまでか?」

未央「浮かばせるだけなら10キロくらいのものなら……それ以上になると正直持ち上がんないかな……」

坂田「なるほどな」

未央「……私、才能ないのかな?」

坂田「イヤ、2週間でここまでできれば十分だ。重いものを浮かばせるのは慣れもあるからな」

未央「それじゃ、慣れるまでこの力を使えば、その内……」

坂田「待ッてくれ。何度も言ッてるが、この能力は寿命を削ッて発動をしている。使い続けるのはそれだけ寿命が減り続けているという事を考えてくれ。リンゴを潰せるくらいの能力なら、星人にもある程度の効果があるはずだ。スキャンをして脳や心臓といッた重要器官を潰せば倒すことも出来る。ここらで力を使うのは止めたほうがいい」

未央「ある程度じゃ……だめなんだよ……」

坂田「……」

未央「せめて、今のしまむーくらいの力を使えるくらいになれば……」

坂田「島村ちゃんか……」

全員の視線が卯月に向けられる。

卯月「あっ、わ、私ですか?」

未央「しまむー、師匠に見せてあげてよ」

未央に急かされるように卯月は一歩前に出た。

坂田も桜井も、卯月の力を見るのはあれ以来になる。

坂田が二人に力を渡し、すぐに力を使って見せた卯月。

恐らくは超能力の才能はこの中の誰よりも上と理解しているためか、坂田と桜井は卯月の力を固唾を飲んで見る事にした。

卯月「それじゃあ、いきます」

全員の視線を受け、卯月は俯きながら自然体で手を広げた。

すると、次の瞬間、3人に浮翌遊感が襲う。

坂田「!!」

桜井「えッ!?」

3人はそのまま3メートル近く浮かび上がり、空中を漂い始める。

そこで顔を上げた卯月は、先ほど未央がリンゴを取り出したバックに向かって右手を向けた。

すると、バックの中からリンゴが浮かびあがり、それぞれの手におさまって、ゆっくりと3人は地上に降ろされた。

未央よりもかなり多い鼻血を出し、それを拭きながら卯月は「どうですか?」と坂田に問いかけた。

坂田「3人同時に……さらに能力を細かく使いこなして……」

桜井「し、島村さん、すごいッスよ!」

未央「はぁ……やっぱしまむーに比べると、私の力弱すぎ……」

卯月「み、未央ちゃん……えっと、その……」

未央「あっ、僻んでる訳じゃないから、しまむーには色々アドバイスを貰ってやってるのに中々うまくならない自分が悔しいだけでさ」

少しへこんでいる未央に声をかけながらおろおろする卯月。

その様子を見ながら、坂田は眉を顰めながら卯月に話す。

坂田「……島村ちゃん、君はもう能力を使うな」

卯月「えっ?」

坂田「君は今、俺達3人とリンゴ3個、それぞれを別々に操作していたな?」

卯月「はい……」

坂田「ハッキリ言ッて、君の能力はもう俺を超えている。俺は一人浮かせるのが限界だし、細かい調整もそこまで得意じゃない」

卯月「坂田さんの力より……私のほうが?」

坂田「ああ。だが、それは決していいことじゃない……君の能力は強すぎて、今の時点でどれだけ寿命が減ッているかも分からない。これ以上の能力を使うと、もしかしたら俺より早く身体にガタが来てしまうかもしれないんだ。君もそんなのは嫌だろ?」

卯月「……」

坂田「……最初に言ッたよな? この能力を教える条件で、ある程度能力を使えるようになッたら、それからはいざというときまで封印するッて」

卯月「……はい」

坂田「君の力はもうそのある程度の域を超えている。これ以上は絶対に使わないでくれ」

卯月「……わかりました」

坂田「本田ちゃんも、島村ちゃんの能力の域まで持ッて行こうとするのは絶対にやめてくれ。その間にどれだけの寿命が削られるかなんて分かッたもんじゃない。君ももう力を使うのはやめておくんだ」

未央「うぅ……」

坂田「……頼む。君達に能力を教えたことを後悔したくないんだ」

坂田はすでに卯月と未央に力を教えてしまった事を後悔していた。

たったの2週間で、未央もかつての自分と同じほどの力を得ており、これから力を使い続けてしまったら自分と同じようにあっというまに寿命が来てしまう。

卯月はもう論外といえるほど、力を使いこなしてしまっていた。

最初に二人に力を教えようと考えたときには、ここまで二人とも才能を持っていると思わなかった。

脳血管を潰せるくらいの力を得た時点で二人に力を使用させることはとめるつもりだったのだが、自分の浅はかな考えに坂田は歯軋りをしてしまう。

卯月と未央も坂田が悲痛な表情で自分達に能力の使用を止める姿を見て、

卯月「……わかりました」

未央「……うん。最初に約束したもんね……」

素直に自分の説得を受け入れてくれた二人に安堵の表情を見せる坂田。

桜井もほっと、身体の力を抜いていた。

二人に力を進めたのは桜井。

まさか寿命を削って使っていたなんて考えていなかった桜井はあの時二人に勧めなければよかったと思っていた。

坂田と桜井はお互い二人がこれ以上力を使わないといった事に安堵する。

そして、4人はその後ある程度話をするとそれぞれ訓練場を後にした。

卯月と未央は坂田達と分かれると、一旦卯月の家に行き、スーツを脱いで走り込みをする為に準備を始めた。

加蓮から、素の肉体を鍛える重要性を説かれ、律儀に実践している二人。

ここ2週間、毎日二人は早朝からスーツを着て訓練を行い、昼からはスーツを着ないでの訓練、そして夜に超能力の訓練を行っていた。

今の時間帯はスーツを着ずに訓練、二人とも準備が終わると一緒に走り込みを始めた。

そうやって走っている間にも、未央は超能力について考えていた。

未央(師匠にはああいわれたけど、やっぱりもう少し超能力の特訓をしよう)

未央(どれだけ使うとどれだけ寿命が減るのかはわからないけど、せめてしまむーの力くらいまで使えるようになりたい)

未央(今のままじゃ……また守ってもらうだけになっちゃう……)

未央(そんなのは嫌だ……私が二人を守ってあげないといけない……)

未央(しまむーもしぶりんも……二人とも、私の大事な大事な、友達なんだから……)

未央(少しでも強くなって……)

未央がそう考えて走り続けていると、隣を走っていた卯月が急に立ち止まってしまった。

それに気付いた未央が振り返り、卯月に尋ねると。

未央「しまむー? どうしたの?」

卯月「未央ちゃん、あそこ……」

未央「? ……あっ、あの人は」

視線の先、噴水のあるそこそこ大きな公園に小さな子供をつれた大男がいた。

大男は風、子供はタケシ。

風は噴水の前で、何かの拳法の型を行っている。

その巨躯からどうやって動かしているのかというくらいの流れるような動きに二人は釘付けになっていた。

風の動きが、肉体が、とてつもなく高いレベルで完成されていることを理解してしまった。

二人がここしばらく自分の肉体を鍛えているからこそ、風の肉体とその動きの凄まじさがよくわかってしまった。

未央「す、すご……」

卯月「あんなに大きい体で……」

未央「あの動きも風さんのやってる格闘技の動きなのかな…………っ!」

卯月「未央ちゃん?」

風の動きを見ていた未央はふとある事を思い出す。

玄野達とも一緒に訓練をした時の事、風は銃の練習をせずに今と同じように何かの拳法の動きを行っていた。

それを玄野に聞いたところ、「アイツは銃を使おうとしねーんだよ。まァ、アイツの場合は銃を使うより殴ッたり蹴ッたりするほうがつえーんだろうけどな。最初、スーツを着ないで星人を殴り殺したんだぜ、アイツ」と言っていた。

銃を使わずに、己の肉体のみで星人を屠る男。

そして、前回、銃を使わないというのに180点もの点数を取った男。

未央の頭に一つの考えが浮かび上がった。

未央(今の私は、しまむーにもしぶりんにも敵わないくらい弱い……)

未央(しまむーは超能力。しぶりんはガンツのミッション経験)

未央(私にはしまむーのような才能もなければ、しぶりんみたいな経験も無い……)

未央(それじゃあ、二人を守れるくらいまで強くなるにはどうすればいい?)

未央(……二人ができない事を覚えて、二人がやれないことを出来るようになればいい)

未央(そして、あの人は、二人ができない事を出来る人)

未央(銃も剣も使わずに、宇宙人を自分の腕っ節で、自分の技で倒せる人)

未央(あの人の、風さんの技を、教えてもらう)

未央は公園のフェンスを飛び越えて、風の元に向かい駆けて行った。

卯月「み、未央ちゃん!?」

公園の風はタケシが見よう見まねで自分の型を真似しているのを見て、優しく笑いながらタケシの頭を撫でていた。

そこに息を切らした未央が現れた。

突然に現れた未央に、風もタケシもただ未央を見るだけだったが、未央は風に向かって大きく頭を下げて。

未央「風さんっ! 私に風さんの格闘技を教えてください!」

風「……なんば言ッとるね?」

未央「お願いしますっ! 私、強くならないといけないんです!」

風「あ、頭ば上げんや!」

未央「お願いしますっ!!」

土下座をする勢いで頼み込む未央。

普段はこういった女の思いつきで発した様な言葉は完全に無視をする風だったが、真剣かつ必死な眼で頼み込む未央を邪険に出来なかった。

すでに手を地面について、殆ど土下座になっている未央を風は慌てて頭を上げさせた。

風「は、話ば聞くけん、頭上げんか! はよっ!」

未央「本当ですか!?」

目を輝かせて顔を上げた未央。そして、その場に卯月も現れて、未央は風と卯月に話し始めた。

自分が強くなる目的と、強くなる為に風の格闘技を教えてほしいと言う事を。

風も卯月も黙って未央の話を聞いていた。

取り分け卯月は未央の気持ちが分かってしまうため、何も言えずに未央の話をただ聞き続けていた。

己の心の内を吐き出すように話した未央に風はぼそりと言葉を零す。

風「……誰かば、守る為に、強くなる……」

そのままタケシを見て、今までの自分を少しだけ省みる風。

風(今までの俺は一番強い奴を倒すことしか考えてなかッた……)

風(だが、タケシと出会ッて、それが何かくだらんことのように思えてきた……)

風(小さくて、俺以外に頼るものが何も無いタケシ……俺をただ信頼して頼ッてくれるタケシ……)

風(こいつを守るためなら、強い奴を倒すことなど……誰が強いなど……)

未央「あの……風さん?」

風「っ!」

未央「それで、私に風さんの格闘技、教えてもらえますか?」

風「……」

思考を中断して、目の前の未央に自分の技を教えるといった話を考える。

風(……女に俺の技を教える?)

風(……)

少しだけ、一瞬だけ考えて出た結論。

無理。

教えるとして、どうやって教える? 女の身体に触れて教えるのか?

無理だ。

そもそも体格からして違いすぎる。自分が知っているのは自分の肉体のみ。こんな華奢な身体の女が扱える技など自分は知らない。

すぐに出た結論だったが、風は回答を躊躇していた。

それは未央の瞳に映る覚悟の色を見て。

この女は生半可な覚悟で自分に頼んでいるわけではない。

本当に、守りたいものの為に強くなりたいのだと、そのためならばどんなことでもやり遂げる覚悟のある眼。

無碍には出来ない。自分も今、タケシを守る為に戦うことを自分の道だと考え始めているからだ。

そうやって、長い沈黙と思考の上、風が出した結論は。

風「……教える事ばできん」

未央「そんな……」

風「……が、俺の技ば、盗んでよか」

未央「えっ? 盗む、ですか……?」

風「見て、真似て、覚えれ。俺に教える事ばできん」

未央「あ……」

風の考えが未央に伝わった。

教える事はできないが、自分の技を見て使う分には構わない。

今まで風に話しかけてもここまで会話を続けることが出来なかった未央は、これが風なりにかなり歩み寄ってくれた結果の回答だと理解する。

その風に感謝の気持ちと、これから風の技を覚えさせてもらう意味で、

未央「ありがとうございますっ! 風師匠!」

と、深く頭を下げた。

今日はこの辺で。

学校帰り、真っ直ぐに帰宅した私。

今日は、加蓮と奈緒があの記者を監視し始めて1ヶ月。

そう、すでに1ヶ月もたってしまった。

その間、加蓮と奈緒は本当にあの記者を交代で1日中、私の為に監視をしてくれたのだ。

おかげで、私があの記者に監視されているのではないかという不安は、二人が逐一連絡してくれるおかげでなくなったと言ってもよかった。

そして、今、あの記者はドイツに調査に行き、今日本にいない。

ドイツであの記者は様々な人物や企業を調査するらしい。

そして、その中には、あのちょび髭から聞いた、マイエルバッハという企業の名前もあった。

何も無いところからそこまで調べるなんて、あの記者は相当優秀な人間だと思ったけど、同時にマイエルバッハを調べるという事を聞いて、もう監視する必要もなくなったと私は考えた。

あの記者は明らかにガンツの真相に近づきすぎている。

恐らく、ドイツでマイエルバッハを調べるという行動を取った時点で、もうあの記者は日本に戻って来れないだろう。

あの記者は口封じに殺されてしまうのだろうが、ガンツの事を調べすぎた末路ともいえるだろう。

とりあえず問題が一つ無くなったと肩の荷が下りた感じがする。

加蓮と奈緒にも監視を終わってもらえるし、私もこれ以上二人に迷惑をかけたくないと思っていたから。

私は二人に何かお礼をしないといけないなと思いながら、制服を着替えていると携帯から着信音が流れ始める。

知らない番号。

誰だろうと思いながらとってみると。

凛「もしもし?」

「渋谷か?」

凛「そうだけど……あ、その声」

聞き覚えのある声、西の声だった。

そういえば、あの時連絡先を教えたし、何か分かったら連絡してと言ってたっけ。

連絡してきたって事は、何かが分かったのかな?

……って、それよりも言わないといけないことがあったんだ。

凛「アンタ、黒い球の部屋ってサイトって知ってる?」

西「あ? いきなりなんだよ? そんな事より……」

凛「いいから。あのサイトを作ったのってアンタじゃないの?」

西「んだよ……まァ、そーだけど、それがどーかしたのか?」

やっぱりコイツが犯人!

凛「どーしたもこーしたもないでしょ!? アンタのせいで、私変な記者に付きまとわれて大変だったんだからね!? それに何? あのサイトに書いてある小説!! 私だけ何であんなに酷く書かれてるの!?」

西「はァ? 記者ッてなんだよ……それに小説? ……ああ、そういえばお前のこと、結構書いたな。うん、書いた書いた。でも、ひでーことッて何のことだ?」

凛「あること無い事書いてるでしょ! 人の事を生血をすする悪魔とか、戦闘の後は黒いスーツが返り血で必ず赤く染まるとか、人間を銃で吹き飛ばして笑い転げていたとか……」

西「えッ? やッてたじゃん、オマエ」

凛「やってないから!!」

コイツの眼は何を見てるんだ。

流石に、私もそこまで狂ってはない。

ある程度の線引きはしてる……と思う。

西「えーッと……そンで、お前、記者がどーとかッて言ッたけど、もしかしてあのサイトの名前から身元バレたの?」

凛「そうだよ! 何で私の本名を書いたの!?」

西「イヤ、まァ、なんとなく」

凛「はぁ!?」

コイツのなんとなくであんなに私達は苦労したの!?

ヤバい。爆発しそう。

西「あッ」

何? いきなり、何かに気付いたような声を出して。

今ムカつくこと言われたら間違いなくキレちゃう。

西「渋谷ァ……お前、犬とか猫は駄目だけど、人間は殺しても平気ッて、やッぱどッかネジぶッ飛んでンのな……」

凛「……はぁ?」

西「いや、だッて、その記者を殺したんだろ?」

凛「殺してないし!」

西「おいおい、嘘つくなよ。だッて、ガンツのことバレたのにお前が死んでねーのッておかしーだろ? それなら、その記者が肝心なことを言う直前に、お前がその記者の頭をバーンってやッてぶッ殺したんだろ?」

凛「私は何も言わなかったから無事だったの! あの記者の質問も全部知らぬ存ぜぬで無視したから!」

西「イヤイヤ、そんなわけねーはずだ。どーせ最近星人を殺せなくて欲求不満になッて、丁度いいのが寄ッて来たから殺ッちゃッたンだろ? 白状しろよ、なッ?…………ブチッ」

私は携帯を切って、ベットに放り投げる。

これ以上はいけない。

一旦落ち着こう、頭に血が上っちゃってる、血管浮き出てるのが分かっちゃう。

そうやって、気分を落ち着かせているのに、私の携帯はアイツからの着信を拾ってしまう。

一旦深呼吸。それを数度。

よし、大分落ち着いた。

凛「……何?」

西「何じゃねーだろ!? いきなり切るんじゃねーよ!」

落ち着こう、落ち着いてコイツが電話してきた理由を聞こう。

凛「……それで? 連絡してきたって事は何か分かったんだよね? 何が分かったか教えて」

西「ンだよ……まァいいか。俺もそのつもりで電話したんだしな」

本題とばかりに西は声色を変えて話し始める。

西「まず、今から会えるか? 直接見せたいものがある」

凛「今から? ……別にいいけど」

西「よし。それじゃ、場所は……」

西から指定された場所を確認すると、私はスーツに着替えて準備をする。

西が見せたいというもの、恐らくは遠隔でガンツの制御が出来るかどうか試すと言っていたし、それかもしれない。

もしくは、未央と卯月を私達の様にする方法を考えてくれたのかもしれないけど、二人を解放すると決めたし、それを考えてくれたのなら悪いけど考えが変わったって説明しないといけない。

そんなことを考えながら、私はあるマンションに到着した。

凛「えっと……」

見上げてみると、10階ほど上のベランダから顔を出す見知った顔があった。

私は透明化を保った状態で、その部屋まで駆け上がる。

外を見ていた西は、私がベランダに降り立った物音を聞いて、

西「渋谷か?」

凛「お待たせ」

私は透明化を解除して西に前に姿を現した。

私の姿を見た西は、少しだけ不敵に笑うと、すぐに部屋に入るように促す。

ここは西の家なのだろうかと思いながら、部屋に入るとかなり広めのリビングの机の上に私のパソコンが置かれていた。

やっぱり、今回呼ばれたのもガンツの制御についての話かな? と思いながらも。

凛「それで? 見せたいものってなんなの?」

問いかけると、西はさらにニヤリと笑みを浮かべ。

西「それだ、お前から借りたガンツPC、それを見てみろよ」

凛「?」

私のパソコンを指差す西。

私はその言葉にしたがい、パソコンを見てみると。

凛「え……これって……」

パソコンの画面には軽量化後のハードスーツの画像が表示されていて、その所々に英語で注意書きみたいなものが書かれている。

読めないことはないけど……えっと……。

凛「……ハードスーツの性能、搭載武器、使用方法……」

西「ふッ、読めるンだな?」

凛「まあね。これもしかして、ハードスーツの使い方を説明してるの?」

西「いや、違う」

凛「? だったら、何なの?」

私の問いに、西はさらに笑みを濃くしてパソコンを操作し始める。

西「見てろ」

凛「?…………えっ!?」

西がパソコンを操作し終えると、西の身体に何かが転送され始めた。

それは、私が身につけている軽量化後のハードスーツ。

画面にも表示されているハードスーツと同一のもの。

通常のハードスーツとは異なり、腕の部分がかなり細い。肘の部分の刃も無い。

通常のスーツと大きさはほぼ同じだけど、背部からケーブルが延びている。

私と同じハードスーツ。9回目の報酬であるはずのハードスーツを何で西が……。

西「驚いてンな?」

本当に愉快そうに笑う西。そして私は西の言うとおり驚いていた。

私の胸中が収まらない内に、西は再びパソコンを操作し始める。

西「それだけじゃねーぞ? 見てろ」

西がパソコンを操作して、次に転送されてくるものを見て私は固まってしまう。

凛「で、デカ銃? そ、それも何でこんなに……」

リビングには10丁ものデカ銃が転送されてきていた。

西が行っているであろうこの武器の転送を見て私は感づいた。

凛「あ、アンタ、もしかして、100点メニューの武器を自由に転送できるようになったの?」

西「お前が手に入れた分だけな」

凛「私が手に入れた……?」

西「ああ、お前が100点メニューで解放した武器は全部転送できる。それも何個でもだ」

凛「!?」

西の言葉に愕然としてしまう。

私の手に入れた武器……ハードスーツもそうだけど、ロボットにバイザーに飛行リング、それに双大剣も出せるって言うの?

私も武器を転送させる事は、転送システムを使ってやれるけど、100点武器は1個しか転送できない。

100点武器を何個もって……。

私はすぐに他の武器もと言うと、西はパソコンを操作して武器を転送してくれた。

目の前に転送されたのは、双大剣が3セットにバイザー、飛行リングは2個。

凛「嘘……」

西「どーよ? すげーだろ?」

凛「う、うん。すごい……」

私の返答に西はさらに上機嫌に笑い出して、パソコンを操作し始める。

西が何か操作し終わると、私を自分の元に近づかせるように手招きをする。

西「見てみろ、他にもこんなものを見つけた」

西がキーボードを操作すると何か先ほどとは違う画面が表示された。

今度は文字となっている、それも英語だったが。

凛「……解放条件……?」

西「ああ」

凛「えっと……クリア回数に応じて……システム解放が可能……?」

西「その通り」

私が読むと西がスクロールをしてさらに文字を表示させた。

凛「クリア回数以外の解放条件?」

西「そうだ」

凛「……時期? !! カタストロフィに近づくに連れて解放されるシステムが多くなってる!」

パソコンに表示されていたのは紛れもなくガンツのシステムにアクセスする為の条件だった。

西「見てみろ、カタストロフィの時点で10回クリアで全システム解放だ」

確かにそう表示されている。

解放されるシステムは何個もあるけど、そのなかでも私の目を引いたのは。

凛「すごい……頭の爆弾を取り除くことも、人の再生も何度でも……」

でも、再生や爆弾解除はカタストロフィまで解除されないようだった。

それもそうか、これが出来てしまった場合、ミッションの賭けが成立しなくなることも考えられる。

爆弾が解除されれば、ミッションの放棄を考える人間もいるだろうし、今置かれている立場を公表する人間もいるだろう。

再生に関してもそうだ。賭けの種類で誰が生き残るかを賭けている場合もあるかもしれない。

そう考えると、カタストロフィまで解除されない事は理解できる。

だけど、逆に考えると、カタストロフィが来たらそれらを解除できるようになる……。

ミッションによる賭けが成立しなくなるようなシステムをガンツメンバーが使用することが出来る……。

こうやってシステムに干渉する人間が多いとは思えないけど、それでも世界中にあるガンツで狩をする人間の中にはここまでたどり着く人間はいるだろう。

そうなると、それができるようになるという事は……。

ガンツの狩りは、カタストロフィで終わってしまう?

凛「っ!!」

その可能性に気付いた私は愕然としてしまう。

狩りが終わる? もう殺し合いが出来ない?

西「おい? どーした?」

そんな事、駄目。

私が唯一輝ける舞台がなくなってしまうなんて絶対に嫌だ。

私は何か方法はないのかとパソコンを凝視する。

西「おーい。どーしたんだよ?」

すると見つけた。

ガンツの機能の中に私の目的をかなえる機能が。

凛「あった……狩りのターゲットを見つけ出す機能……」

西「あン? 星人を見つけ出すシステムか? それがどーしたんだ?」

凛「これを使えば自分でいつでも狩りを楽しむことが出来る……ふ、ふふっ」

西「……」

凛「よかった……カタストロフィが来たらもう狩りが出来ないのかって思っちゃったよ……」

西「オマエ、本当にイカれてんのな」

凛「え?」

西「いや、なんでもねェよ」

西がまた何か私に対して失礼な事を言ったような気がするけど、私は狩りができなくなるのでは? という不安が杞憂のものであると分かってほっとしていた。

その私に西はまた不敵な笑みを浮かべながら言ってくる。

西「ここまで解析すンのに滅茶苦茶苦労したンだぞ。1ヶ月もずーッと解析作業をやり続けてよーやくここまで来たぜ」

素直にすごいと思う。

私だとこんな事はできない。逆立ちしてもあの文字と数字の羅列を解読するなんて無理だった。

それをここまで調べ上げるなんて……。

凛「本当にすごいよ。よくあんなのを理解して調べることが出来たよね」

西「ふッ、当たり前だろ? 少しだけ手こずッたけど、俺の腕がありゃこれくらい楽勝だ」

あ、すごい嬉しそう。

そんな顔もするんだ。なんというか歳相応な感じ。

今まで見てきた生意気な西じゃない子供っぽい西がそこにいた。

でもすぐに、いつもよりもなんというか何かを企んでいるような悪い表情で。

西「これを見てみろよ。どんなところでもいける転送機能、巨大ロボットの遠隔操作なんてこともできる。さらに人間を登録して頭に爆弾を入れることもできる! 爆弾を入れた人間を脅して兵隊にでもすれば……世界を支配することすら可能だ!!」

……コイツは何を馬鹿な事を考えてるんだ。

凛「……えっと、世界を支配する?」

西「ああ! これだけの事ができるんだ! この力を使ッて、この世の最高権力者に俺はなるンだよ!!」

凛「えーっと……」

かなり興奮しながら語る西に、私は頬をかきながらどう返したものかと迷っていた。

凛「最高権力者って……夢見すぎじゃない?」

西「夢じゃねーッて! ガンツの力を使えば可能なんだよ!」

凛「いや、だって、ガンツの力って……」

西「ああ、俺が最高権力者になッた暁には、お前は俺の片腕として世界を支配していくのを手伝ッてもらうぜ?」

……話を聞いてくれない。

っていうか、勝手に私をアンタの片腕にしないでよ。

そもそも、ガンツの力って、マイエルバッハって会社の力なんだから……あ、そういえばそのことを話してなかった。

凛「あのさ、ガンツってドイツのマイエルバッハって企業が作ったものなんだから、世界を支配する前にその企業に対策されちゃうと思うよ?」

西「……? なんだッて?」

凛「だから、ガンツって……」

西「お、おい。ドイツの企業が作ッたッて……ガンツをか?」

凛「うん」

西「……確証は?」

凛「ガンツの事を知る別のチームの人間に聞いた。その男は結構深いところまで知ってるみたいで直接そのマイエルバッハの会長に聞いたって」

西「……マジ、かよ……確かに人為的な物だッて予想していた奴もいたけど……あれだけの技術を人間が作れるのかよ……」

私の話を特に疑いもせずに信じた西は、さっきとは打って変って渋い表情になった。

まあ、大方自分の考えていた世界征服を出来なくなって悔しいと考えているんだろうけど。

西「チッ……やッぱ、カタストロフィ待ちだな……カタストロフィで世界がひッくり返ればその時に乗じて世界を支配して……」

やっぱり。

……でも、何でそんなに世界を支配するとか考えるんだろ。

凛「あのさ、何でそんなに世界を支配したいわけ?」

西「あ?」

凛「男の子の夢って言われたらそれまでだけどさ、世界を支配して何をしたいの?」

西「……お前はこんなクソみてーな世界に満足してンのか?」

凛「満足って……」

西「法律や社会に縛られて、俺達が好き勝手しよーとしたらそれだけで異常者扱い、誰も彼も俺達の事を否定してきやがる……」

凛「……アンタ」

西「否定された後はそろッて排除しようとしてくるンだ。俺達はこの世界では異物だッてな、俺達の居場所はこの世界にはどこにもないッてな」

凛「そんなこと、ないよ」

西「フン……お前は今までうまく隠してきたからそー言えるんだろうな……だけどよ、これから、お前も絶ッてーに俺と同じ事を考えるようになるぜ」

凛「……」

西「だから俺は世界を支配してこの世界の価値を変えてやるンだ。俺が否定されたこんな世界はこの俺がぶッ壊して新しく作り上げる」

凛「そっか……」

はっきり言って西の言っている事が理解できない。

でも、西はすごく辛い顔をしながら吐き出すように言い続けている。

それがとても苦しそうで、悲しそうに見えて。

凛「……私でよかったら、アンタの話を聞こうか?」

西「……え?」

凛「アンタ、どうせ今まで他人なんて自分とは違う異物だって考えて碌に人と話をしようともしてこなかったんでしょ?」

西「……」

凛「私もさ、何だかんだでアンタと同じような人間だけど、アンタみたいに世界がどうだとか思わないし、今のこの世界で生きてることに満足してる」

西「……お前は悩みがねーからそう言えるんだ」

凛「……私結構悩むんだけどな」

西「……」

凛「ま、悩んでることって結構すぐ解決したりするんだよ? 自分で解決したり、人に聞いてもらったり、人から言われて気付いたりして」

西「……」

凛「だからさ、色々と聞くよ。一人ぼっちで抱え込むのって辛いでしょ?」

西「……フン」

西は結局、私に何かを話すことは無かった。

それどころか見せたいものは見せたからもう帰れといってくる。

だけど、最後に、

西「……たまに電話してもいーか?」

私を見ようともせずに背中を向けて西は言ってきた。

可愛くない奴だなと思いながらも、

凛「いいよ」

と、言って西の家を飛び出した。

私と同じ人間、本当の意味での仲間。

未央や卯月、加蓮に奈緒とも違う、私の本性を知っている仲間。

色々と悩んでいるみたいだから、相談に乗って上げよう。

あ、それと今日見せてもらったガンツの制御関係についても考えないと。

100点武器の転送、特にハードスーツは西に頼んでみんなに装備できるようにすれば死ぬ確率もグンと減るだろうから最優先事項だ。

他のシステム制御系はカタストロフィまで解放されないものも多いし、今後使えるものを見極めて戦闘に使えるようなら使っていかないといけない。

それには西の力が不可欠……。

また電話をするって言ってたけど、私のほうから色々連絡を取らないといけないかな。

透明な私は夕日が照らす空を駆けながらも、思考を巡らせながら帰路についた。

今日はこの辺で。

西の家から帰ってきて。

夜、寝る直前にその電話がかかってきた。

凛「……? なにこれ、通知不可能?」

謎の着信が私の電話にかかってきている。

不気味な感じがしたが、10秒ほどその表示を見て、私は電話をとった。

「久しぶりだな」

凛「!」

この声、あのちょび髭という男の声。

この男と会ってからもう2ヶ月が経つ。

最後に言っていた私を仲間に勧誘したいという言葉を受けて何も回答をしていなかった。

痺れを切らして電話してきたのかな……。

凛「久しぶり。ええと、ちょび髭さん、だったよね」

「ああ、そうだ。あれからかなりの時間が経過した。君の回答ももう固まッていると考えて連絡したのだが」

やっぱりそうか。

でも……どうしよう。ハッキリ言って、ずっと迷っている。

この男の目的も、カタストロフィに向けての戦力を集めているっていう事しか分からない。

この前聞いたカタストロフィの内容が、超巨大隕石の衝突か宇宙人との全面戦争だとすると、この男はそれを何とかする為に仲間を集めているという事だよね。

その私の思考を遮るように男は私に提案を持ちかけてきた。

「……その様子ではまだ回答を決めかねている、という事か。……君にとッて悪い話ではないはずだ。何をそこまで迷う必要があるのだ?」

「君の友人二人も一緒で構わない。君が知りたがッている、ブラックボールに関する情報も我々の同士となることですべてを知ることが出来るだろう」

凛「……えっと」

「他に条件があるならば言ッて貰いたい。君が提示する条件のすべてをこちらは呑む事を約束する」

凛「……」

本当になんでここまで私に拘るんだ。

確かにミッションクリア回数は私が一番多いのかもしれないけど、スーツや武器が無かったら私はただの女子高生。

この男も今日、西が見せてくれたように100点武器を何個も転送することが出来るのだろう。

だったら、私のような女子高生なんかより、……例えば、あの風さんみたいな人に100点武器を装備させたほうがよっぽど戦力になるはずだ。

この男が考えていることがまったく見えない。

それが、私に回答を渋らせている最大の要因なんだと思う。

これ以上モヤモヤするのも嫌だ。もう直接聞いてみよう。

凛「あのさ、聞いてもいい?」

「何かね?」

凛「私をそこまでしてアンタ達の仲間にしたい理由。それが分からなくてずっと悩んでいるし、ハッキリとした回答が出来ないの」

「以前に話しただろう? 君はブラックボールランキングの1位で、現状誰よりもミッションの経験を得ている。君の力を戦力として得たいと考えていると」

凛「それ。なんだかそれが嘘っぽいんだよね。アンタ、私の事戦力として見るよりもっと違う何かとして考えてない?」

「ふむ……何故そう考える?」

凛「戦力ならさ、私じゃなくてもいいでしょ? ガンツの制御が出来るアンタ達なら100点武器を何個でも転送することも出来るんだから、私みたいな女子高生よりも、鍛えてあげた男の人とかに装備させたほうが戦力になるんじゃないの?」

「……何?」

凛「100点武器フル装備なら、同条件の男の人と私とじゃかなり差はあると思うよ? 私がいくら狩りの経験を持っていたって、武器さえあれば戦力的には私とそこまで大差なくなるんだから…………あっ」

自分で言っていて気が付いてしまった。

この男の目的って、私の武器なんじゃないか、と。

西も言っていた。転送できる武器は2番を選んで解放した100点武器だけだと。

それなら納得がいく。私を仲間に引き込むことで、私が手に入れた武器を仲間全員に装備させることが出来るようになる。

この男はこの前見たときには7回のクリアだった。

それに対して私は武器を選んだ回数14回。

私が仲間になることで、100点を取らずとも7つの武器を手に入れることが出来ると考えると私に拘る理由も分かる。

この予想を私は男に問いただしていた。

凛「……ねぇ、今気がついたんだけど、アンタの目的って私の武器なんじゃないの?」

「……」

凛「私が仲間になることで、私の持っている100点武器をアンタ達は苦労せずに手に入れることが出来る。100点武器を転送できるようになったら私はお払い箱になるんじゃないの?」

「……待て。少し待ッてくれ」

凛「何? やっぱり、私の予想通りってわけ?」

「いや…………」

凛「?」

「……君はまさか、ブラックボールの制御をすることが出来たのか?」

凛「ある程度は」

まあ、私がしたわけじゃないけど。

「……馬鹿な。まだ2ヶ月……そんな短時間で……信じられん……」

明らかにうろたえ始めた男。

何をそんなにうろたえているんだと考えていると。

「……制御が出来たというのならば、ブラックボールの中枢システムの解放条件も知ッているのか?」

中枢システム? なんだろう……。

でも、解放条件ってたしか。

凛「カタストロフィの時点で10回クリアをしていると全システム解放だったよね? それのことかな」

「…………」

男はそれから急に押し黙り、何かを考え始めた。

どうしたのかと声をかけるが反応はなく、長い沈黙の後に出た言葉は。

「……本当に、ブラックボールの制御をしてしまったというわけか……」

凛「アンタが教えてくれたんでしょ? ガンツの制御は誰にでも出来るって」

「……そうだな。言ッた……が、ここまで短期間で中枢システムの解析にまで到達するとは考えていなかッた」

凛「?」

「…………こうなッてくると……中枢システムを制御できるブラックボールはカタストロフィで2つ出来る事になる……うまくいけば奴等の目も欺いて……」

凛「ちょっと……何をブツブツと……」

何かを考えるように呟いていた男は、ある程度考えが纏まったのか私に言ってくる。

驚いたのは、男が出した声色だった。

この男が今まで出してきた冷たい声質ではなく、どこか人間臭さを感じ、懇願しているような声質に私は男の言葉に耳を傾けてしまう。

「……君ともう一度話をしたい」

凛「話って今してるでしょ?」

「電話ではなく直接会ッてだ……直接君に話したいことがある…………頼む」

凛「えっと……」

本当に何かを頼みたいといった様子だ。

断ってもいいけど……。

でも、この男の態度が今までと何かが違うと考えた私は。

凛「……いいけど。どこで話をするの?」

「……以前、君が作ッてくれた交渉の場所。明日、同じ場所、同じ時間で、同じように話をしたい、構わないかな?」

以前と同じ? あの山の中にロボットを透明化させてコクピットで話したときのこと?

明日は休日、時間は取れる。

凛「わかった。それじゃ、あの時と同じように場所を作っておくよ」

「すまない……では、明日、あの場所で……」

そして、そのまま電話は切れてしまった。

次の日、以前と同じように山の中腹に透明化を施したロボットを転送させてちょび髭を待っていた。

約束の時間、正午より少し早くあの男は姿を現して、以前と同じようにロボットのコクピットに入りコクピットを閉じた。

ちょび髭は以前とは違いかなりラフな格好をしている。

帽子を被り、雰囲気が前回あったときと違い、一見ちょび髭だと分からなかった。

凛「……ちょび髭さん? だよね?」

「ああ」

凛「何だか前回と印象が……」

「変装だ……今日、こうやッて君と会う事は誰にも知られるわけにはいかないのでな……」

凛「?」

ちょび髭はそのまま私に向き直り。

「唐突な呼び出しに答えてくれて感謝する」

そうやって深く頭を下げてきた。

凛「……何だか、かなり下手に出てくるようになったけど、そんな事されてもすぐに仲間になるっていう事を決めれないよ」

「違う。その話はもういい」

凛「え?」

「むしろもう君を仲間にするという事は考えていない」

凛「……」

一体どういうこと?

武器を手に入れる為に私を引き込もうとしていたんじゃないの?

私が疑問を浮かべていると、ちょび髭は声のトーンを落として語り始める。

「……君に頼みがある」

頼み? 一体何を……。

「……俺の所属している組織……奴等の計画を止めてほしい」

凛「え? どういう意味……?」

「奴等の計画……奴等はカタストロフィに乗じて、この世界の主導権を握ろうと企んでいる。そのために助けることの出来る命を見殺しにして……だ」

主導権って……何だか西のような事を言い出した。

だけど、助けることの出来る命って?

「カタストロフィ……以前に話した事を覚えているか?」

凛「……確か、超巨大隕石の衝突、それか宇宙人との全面戦争だよね?」

「そうだ、どちらが起きるにせよ、人類は未曾有の危機に直面する……一般人の被害はどこまで広がるか予想もつかない」

……それもそうだろう。

確か恐竜が絶滅したのって隕石のせいなんだっけ?

そんなのが地球にぶつかったらそれこそ人類滅亡の危機。

それに宇宙人との全面戦争なんか、どこまでの規模になるかも分からない。

被害の大きさを考えていた私にちょび髭はそれを覆すような事を言ってきた。

「だが、どちらも未然に防ぐことが出来るのだよ。ブラックボールの力があれば」

凛「え?」

「君もブラックボールの制御に成功したのならば分かるだろう。ブラックボールの力があれば、武器を何度でも出せ、人間を何度でも再生することができ、いかなる場所にも転送をすることが可能なのだと」

凛「……そっか、カタストロフィではガンツがある限り死ぬことが無くなるんだった……」

確かにそれなら、宇宙人との戦争は絶対に負ける事はない……。

けど、隕石は……。

その回答はちょび髭が言ってくれた。

「極端な話、死ぬ覚悟を持ッた人間が数十人いれば、カタストロフィを止める事が出来る。あの巨大ロボットに搭乗して、隕石、もしくは敵宇宙船に張り付かせるように転送し、自爆する。それを幾度となく繰り返せば隕石も敵宇宙船も破壊することが出来るだろう」

……なんて事を考えるんだ。

確かに、武器を何度も出せる、人を何度も再生できる、どこにでも転送することが出来る、そのシステムが解放される以上、今ちょび髭が言った作戦は出来るだろうけど……。

ロボットの自爆は私が前回やったことでその破壊力は身をもって味わっている。

あの1発でハードスーツの耐久が殆ど削られたようなものだ。

それを何発も、搭乗者が死んでもいい覚悟でやり続けたら……。

「だが、この作戦は奴等に受け入れられることは無かッた……奴等は現在の地球にある列強国が崩壊するまでは行動に移さないと……」

凛「あの、ちょっと待って」

「……何だ?」

凛「私の勘違いじゃなかったらさ、アンタは自分の組織のメンバーに不信感を抱いてる?」

「ああ、その通りだ」

凛「……えっと、アンタって私をその組織に勧誘してなかったっけ?」

「言いたい事は分かる。だが、俺には選択肢が無い状態だった」

凛「どういう事?」

私が問いただすと、ちょび髭は表情を歪め始めた。

鋭い目線が釣りあがり、その表情は怒りに染まっている。

「俺の家族が奴等の人質になっている」

凛「……え?」

今日はこの辺で。

ちょび髭は唇を噛み締めながら震えている。

演技……ではなさそう。

ちょび髭から発せられる怒気というものが私に伝わってくる。

「俺は奴等に逆らッた場合、妻と娘は殺される……何の関係もなく、何も知らないというのに関わらずだ!」

凛「……」

ちょび髭は口調を強くし、握り締めた拳を壁に叩きつけていた。

この男は冷たい印象しかなかったのに、ここまで感情をむき出しにするなんてやっぱり本当のことなのだろう。

凛「……その、さ。家族を人質にされているって言うけど、何度そんな事をされているの? アンタはそいつ等の仲間じゃないの?」

「……仲間、そんなものではない。俺は奴等の奴隷だ。奴等の計画を実行する為の奴隷にすぎん」

どうやらちょび髭の組織はとんでもなく危ない組織みたいだ。

言う事を聞かせる為に家族を人質にとるなんて普通じゃない。

もしも私が安易に仲間になるって承諾していたら、私の家族も人質とかにされていたのかもしれない。

少しというか、かなり怒りが湧き上がってきてしまう。

凛「……アンタさ、そんな組織に私やあの子達を入れようと誘っていたの?」

「……返す言葉も無い。君が怒るのも承知の上全てを話している……」

今度は本当に申し訳なさそうな顔をしている。

……調子が狂う。

「言い訳に過ぎないが、俺は奴等に逆らうことが出来ない……君を取り込む為に動いたのも奴等の命令だからだ……」

凛「命令……やっぱり私の武器狙いって事?」

「いや、奴等は君の武器に興味はない。君がミッションを行ッているブラックボールを狙ッていたのだ」

凛「私の、ガンツを?」

「君はすでに10回クリアを達成している。君さえ取り込めばもうミッションを無理に行わなくてもカタストロフィで中枢システムを制御できるブラックボールが手に入る。それが最大の狙いだッたのだ」

そういう事か。

ちょび髭の仲間はもうガンツの制御に成功して、システムの解放条件も知っている。

全システム解放できる条件が整っているガンツがほしかった、ということね。

「だが、君を取り込む事はあくまで保険として。メインはやはり俺のブラックボールを全システム解放できるようにすることだッた。いざ君のブラックボールを手に入れたはいいが、今現在制御できている俺のチームのブラックボールと勝手が違い制御できない、なんてことも考えられたからな」

凛「メインって……まさかアンタって、そいつ等に命令されて10回クリアを目指しているの?」

「ああ。絶対に、何としてでも10回クリアを達成しなければならない……」

凛「それって、さっき言った家族の為に?」

「そうだ……10回のクリアを達成できなかった場合、妻も娘も殺される……」

凛「……」

家族を盾に……。

私もお父さんやお母さんやハナコを人質にされてしまったら言いなりになるしかなくなるだろう……。

「俺はカタストロフィまでに10回のクリアを達成しなければならない。家族は奴等に捕らわれて、どこにいるのかも分からない……。奴等に従うしかなかッたのだ…………そう、今までは」

凛「今まではって……」

「君がブラックボールを制御できるようになッて状況が変わッた。君が協力してくれればカタストロフィ自体を俺が食い止めることが出来る。カタストロフィさえ起きなければ、奴等の計画も頓挫する。計画が潰れるとも考えていない奴等は面食らい隙が出来るはずだ……その隙に俺の家族も助け出す」

えっと、この人短絡的過ぎないかな……。

私が協力するだけでカタストロフィを防ぐことが出来るって考えてるみたいだけど、巨大隕石の衝突や宇宙人との全面戦争を二人でどうしろっていうの?

それに、隙が出来るから家族を助け出すって……どこにいるかも分からないのにどうやって……。

凛「あのさ……アンタが言ってる事って、私と二人でカタストロフィを止めるっていう事だよね?」

「ああ、その通りだ……君にとッては、碌に知りもしない人間からの頼み……俺の頼みなどを聞く義理も無い事は承知している……だが、頼む。俺には他に道が無いんだ……」

そうやって私に土下座をしてくるちょび髭。

まさかの行動に私は慌てて、

凛「ちょ、ちょっと! そんな事しないでよ! 頭上げてって!」

私よりかなり年上のちょび髭が、恐らくはプライドを捨ててまでこんな事をしてくる。

ちょび髭の言っている事は全て真実で、本当に私以外に頼るものがなく頼んできているのだと理解してしまった。

凛「話聞くから! だからそんな事止めて!」

「……」

凛「もうっ! わかったから! 話も聞くし、出来ることなら協力するから頭上げてって!」

「……すまない」

ちょび髭はやっと土下座を止めて私に向き直った。

もう……変な汗でちゃうよ……こういうのは勘弁してほしい。

凛「それでさ……私が協力することでカタストロフィを止めるって言ってるけど、そんな事無理でしょ? 二人しかいないんだよ?」

「二人ではない、数十人……いや、数百人でカタストロフィを止める」

凛「……数百人?」

「ああ」

凛「アンタ、もしかして仲間がいるの?」

「違う。ブラックボールの再生機能を使うことによッて、数百人単位の俺のクローンを作り出してもらう」

凛「…………は?」

今、何て言ったの?

数百人単位のクローンって……。

凛「あの……それって、どういう事なの?」

「気付かなくても無理はない……ブラックボールの再生機能、あれは同一人物を何人でも再生することが出来るのだ」

凛「嘘……」

「本当だ」

ちょび髭の言葉に耳を疑ってしまう。

同一人物を何人でも?

何なのそれ……。

「数百人単位の俺が、巨大ロボットに搭乗して自爆する、カタストロフィを引き起こすであろう巨大隕石だろうが巨大宇宙船だろうが、こッちは死なない特攻隊だ。勝負は目に見えている。目標が消滅するまで俺は人間爆弾として特攻し続ける覚悟だ」

「そして、それと同時に、別のクローン体の俺が家族を探すために動く。どこにいるかも分からない……だが、ブラックボールに登録された俺の生体情報に近い生命体を見つけ出すことが出来れば、それが俺の娘だ……見つけたら転送することも出来る」

そんな事までできるのか……。

「今こうやッて君と話している俺は、奴等の計画を遂行するように見せかけ、奴等の目を引き付けて、君とクローン体の俺の行動を支援する。そして、カタストロフィを食い止め、家族が助かッたことを見届けた後は、奴等全員道連れに自爆するつもりだ」

凛「じ、自爆って……」

「クローン体の俺が命をかけてカタストロフィを止めるのだ。俺自身、命をかけて奴等を始末しなければならないだろう。奴等は計画が破綻した時点で、ブラックボールの力を使い戦争を起こしかねないのでな……」

凛「……」

滅茶苦茶だ……。

作戦も何もごり押しの力任せ……。

凛「とてもうまくいくとは思えないんだけど……」

「…………無理も無い。だが、俺には他に道はない。このまま奴等のレールに沿ッて動かされ続けれ、奴等の計画が成されれば俺も用なしとなり始末され、俺の家族も殺されてしまうだろう……」

凛「……」

「俺には他に手はないのだ……どんな無茶な作戦だろうと、カタストロフィを食い止め、家族を救う……1%も無い可能性だろうと、俺はそれに賭けるしかないのだよ」

凛「……」

ちょび髭が辛そうに顔を歪ませている。

多分ちょび髭も理解しているんだろう、かなり無理のあることを言っている事に。

それでもやらなければならない。その気持ちは伝わってくる。

……正直、ちょび髭を信用したわけではない。

言っている事は真実だと思うけど、いきなりこんな事を話されてすぐに信用するほど私はお人よしじゃない。

でも、一つだけ、カタストロフィを食い止めるという考えだけは私も同意できる考えだ。

何が起きるかはまだ分からないけど、恐らくは今のこの世界がひっくり返るようなことが起きてしまうんだろう。

その時には、この世界は今のように平和な世界じゃなくなってしまうのかもしれない。

そうなったら、未央と卯月のステージを見ることが出来なくなってしまう。

未央と卯月に危険が及ぶかもしれない……。

あの子達だけじゃなくて、お父さん、お母さん、ハナコにも……。

それなら、もう答えなんて決まっている。

凛「わかったよ。私もアンタに協力する。アンタが言ったカタストロフィを止める作戦に全面的に協力するよ」

「ッ! すまない……本当に感謝する……」

凛「感謝なんてしなくていいよ。私もカタストロフィなんて何が起きるかも分からないような事なんか事前に止めたいし」

「それでもだ……。君が協力してくれることで俺に新たな道が開けたのだ……感謝してもしきれない……」

……もう、最近こうやって年上の人にお礼をされることが多くなった気がする。

私は私の為にやってるんだから、それに対して感謝なんてしないでほしい。

凛「もういいから。えっと、それじゃ、作戦って言うのをもう一度纏めたいんだけどさ」

「ああ、わかッた」

それから少しだけ、カタストロフィを阻止するための作戦を練ることとなった。

基本はちょび髭のクローン体を作り出し、ロボットに搭乗し人間爆弾としてカタストロフィを発生させる原因を破壊する。

その際に、ちょび髭の家族も見つけ出して保護をする。

ここまでを私にやってもらいたいといわれたところで、私はちょび髭に言った。

凛「……あのさ。私に色々とガンツの制御を頼もうと思っているみたいなんだけど……実は私がガンツの制御に成功したわけじゃないんだ」

「……何、だと?」

凛「私のチームの仲間に私のパソコンを貸して調べてもらったんだよ。私自身は制御をすることが出来なかったから……」

「……その君の仲間にも協力してもらうことは出来るのか?」

西が協力……。

アイツがまったく知らない人間の為に何かをする……。

……難しいかも。

凛「頼んでみる。後はカタストロフィまでに私がガンツを制御をできるかどうかも試してみるよ」

「頼む……」

西にガンツを制御する方法を色々聞いてみよう。

……今後狩りをしていく上でもガンツを制御する事は必須になってくるしね。

そうやって少し考えていると、ちょび髭が話を再開し始めた。

「それでは、次会う時までに君はその制御を出来る仲間に協力を取り次いでくれ。俺は奴等の目を欺く為に様々な工作を行う」

凛「わかった。それで、次に会う時っていつなの?」

「……カタストロフィの1週間前にこの場所で合流する形を取りたい」

凛「い、1週間前って……1週間しか時間がなくて大丈夫なの?」

「これ以上、君と接触をすると奴等に感づかれる可能性もある。ギリギリのところで、奴等の作戦も何もかも動かせない段階に入ッてからこちらが動かないと何かの対策も打たれてしまうかもしれん……」

凛「随分と警戒してるんだね……」

「当たり前だ。奴等の事は俺が一番良く知ッている……」

凛「……わかったよ。それじゃ、カタストロフィの1週間前。今日と同じようにこうやって場所を作るから、その時までにお互いの出来ることをしよう」

「ああ」

話を終えて、お互いこれからすることを考えながらその場を離れる。

私はロボットを引き上げて空を駆けながらも考え続けていた。

凛(カタストロフィまで後約2ヶ月半)

凛(それまでに出来ることをやって、カタストロフィを止めないと……)

凛(西にも協力してもらいたいけど……アイツはこのことを誰かに話すかもしれない……)

凛(あんなサイトにガンツの狩りのことを書いていたんだ。他にも同じようなことをしてるのかもしれない……)

凛(そんなところから、ちょび髭の組織の人達にばれてしまったら……)

凛(やっぱり、私がガンツを制御できるようになることを目標として、それでも出来なかったときに西に協力を頼もう……)

私は西に協力を頼む事は後回しにし、まずは自分でガンツを制御できるようになる為ことを第一目標とする。

それから一月月日が流れる。

私は、西のマンションで机に突っ伏していた。

凛「駄目…………全然わからない…………」

西「なンでわかンねーんだよ。オラ、もう一回やッてみろ」

凛「休憩させて……頭パンクしそう……」

私の頭の中は現在文字と記号と数字で埋め尽くされている。

頭がガンガンする。軽く吐き気もするくらい。

西「はァ……それにしてもよー、自分で狩りをする方法を覚える為に、1ヶ月毎日のように俺のとこに来てガンツの制御を学ぶなんて、お前ッて本当にイカれてンよな」

一応西には私がガンツの制御方法を覚える理由として、自分でガンツの狩りを出来るようにしたいからって言ってある。

嘘ではないし、今後やれるようにならないといけないんだけど……。

1ヶ月経っても殆どガンツの制御方法を理解する事はできなかった。

西「カタストロフィが来るまではその機能も解放されねーんだしよー、そんなに焦る必要ッてあんの?」

凛「……」

西「なー。おーい。聞いてるか?」

凛「聞いてる……頭痛い……」

西「ったくよォ……ほら、これでも食ッて目ぇ覚ませよ」

西が突っ伏している私の顔の横に箱を置いた。

小さい箱。甘い匂いがする、高級チョコレートの箱。

私は箱を空けて、中に入っていたチョコレートを口に運んでとろけるような甘さに舌鼓を打った。

凛「美味しい……」

頭痛や吐き気があっという間に無くなった。

ゴクンとチョコを飲み込み顔を上げた。

甘さが頭に染み渡って、完全にフリーズしていた思考が動き始める。

凛「元気でた。ありがと」

西「……フン」

凛「んん~~……でももう今日は限界かな。頭が回ってないって自分で分かるし」

西「そーか」

頭を切り替えるように、私は西にここ数日お願いしていることを話し始めた。

凛「そういえばさ、考え直してくれた?」

西「……あ? またあの話かよ……」

凛「そんなに意固地にならないで、次の狩りでは玄野や加藤さんとかにハードスーツや100点武器を転送してあげてよ」

西「嫌だッてんだろ」

凛「……もう、何でそんなに嫌っているのかな……」

そう、西には他のメンバーにハードスーツや100点武器を装備できるようにお願いをしていた。

西「お前の友達とか言うあの女二人は別にいい。俺が知らねーメンバーもお前の頼みなら転送してやッてもいい。だけどあのバカ共だけには絶てー嫌だ」

こんな感じで玄野、加藤さん、岸本さん……一番最初のメンバーをかなり毛嫌いしているようでどうしても聞いてくれない。

卯月や未央には装備を転送してくれるって言っているから、私もそこまで焦ってはいないけど、出来れば全員がフル装備になってもらうことが望ましい。

最近の狩りはどうも難易度が高くなっているような気がするから、ハードスーツを装備しておかないとあっさりと死んでしまう場合がある。

だけど、どんなに説得をしても西の考えは変わりそうにもなかった。

凛「はぁ……アンタも…………っ!?」

西「なッ!?」

その時だった。

私の首筋に寒気が走ったのは。

凛「まさか……」

西「……お前も感じたのか?」

西も同じ反応。

やっぱり転送。狩りの始まり。だけど……。

凛「今、昼間だよね……?」

西「ああ……」

凛「今まで必ず夜に来ていたのに……」

西「ちッ……お前の言うとおり法則が完全に変わッてやがンだな……」

まだ日はかなり高い。

こんな時間の狩りなんて……。

いけない、そんな事を考えているより。

凛「アンタ、スーツは?」

西「着てる。お前は?」

凛「大丈夫」

お互いの状況を確かめ合いながら、私達の頭頂部から転送されていくのが目に入った。

やっぱり狩りが始まる。

その実感が沸き、私の思考が切り替わる。

前の狩りからもかなりの時間が経った。

今回で未央と卯月は解放させる。

西が二人をフル装備にしてくれれば、ある程度の敵は相手にならないだろう。

敵の点数を見て、二人が確実に100点を取ったら、それからは私の時間。

二人は安全なところに避難してもらい、私は狩りを楽しむ。

前回みたいな狂ってしまいそうな快感をまた得ることが出来たら……。

そう考えていると自然に笑みがこぼれてしまった。

いけないいけない。まずは未央と卯月に100点を取ってもらう事に集中しないと。

私の視界は完全に切り替わり、ガンツの部屋に転送された。

山の中の訓練場の一つで、卯月と未央が風を相手に組み手をしていた。

スーツを着て、二人がかりで風に接近戦を挑んでいる。

二人の動きは目にも止まらぬような速度で動いていたが、風はその全ての攻撃をかわしていた。

攻撃しても攻撃しても当たらない状況に、未央は卯月の姿を隠すように前に出て、風に猛攻をかけ始める。

突きの連打、当てることだけを考えた速度重視の突きを未央は繰り出すが、その突きですら風は回避し、未央の拳は空を切っていた。

だが、その未央の背後から、卯月が宙を舞って風に飛び蹴りを繰り出した。

流石の風も死角から飛び出してきた卯月の攻撃を回避することはできなかった。

しかし、その卯月の攻撃も風の右手に掴まれ防がれていた。

その時だった。風が卯月の攻撃を防いだ瞬間、未央が風の懐に潜り込んで、その半身を翻し、背中を風に密着させて、未央は足を踏み込み、全身を使い、渾身の鉄山靠を風に放つ。

その威力は、風の巨体を宙に浮かせ、10メートル近く吹き飛ばし、風は地面を削り着地した。

未央「ハァッ! ハァッ! や、やった!」

卯月「はぁっ……ふぅっ……未央ちゃん……すごいです……」

風を吹き飛ばした未央はその場で荒い息をつきながらへたり込んでいた。

卯月ともども、全力で力を出し切ってやっと風に一撃を食らわせることが出来、二人はその場で力なく笑いながらお互いの手をハイタッチする。

タケシ「きんにくらいだー!!」

そして、タケシは吹き飛ばされた風に駆け寄ったが、風はタケシの頭を撫でながら何事もなかったかのように立ち上がり、二人の元に歩み寄る。

風「よか一撃ばい」

未央「あっ、ありがとうございます!」

卯月「ありがとうございますっ!」

風「もう俺が教えるこつは無い。お前ら二人は十分強か」

未央「……いや、まだです。まだまだ私、強くならないと……」

風「十分やと思うがな……」

卯月「加蓮ちゃんにもまだまだ敵わないんです、もっと強くならないと凛ちゃんを守れないですから……」

風「守る……か。あの女を……」

風が思い出すのは、黒服連中を蹂躙する凛の姿。

ビルのエントランスで100人近い黒服を瞬く間に殺しつくした凛の姿。

風「……」

風は何も言うまいと沈黙を保つ。

この二人がこの1ヶ月、どれだけ凛の事を想っているのか聞かされ続けた。

凛が自分たちの為にどれだけの事をしてくれているのか。

自分たちのせいで凛はあの部屋に残り続けていると。

二人とも凛の事を信頼しきっている。

そこに自分が何かを言うべきではない。

未央「師匠、もう一本お願いします! やっと師匠に攻撃が当たるようになったんですから、その感覚を忘れないうちに」

風「……わかッた」

卯月「ありがとうございますっ!」

そうして、再び組み手を始めようとする未央達全員に同じ感覚が訪れた。

首筋の寒気、転送のサイン。

未央「……え?」

卯月「今……」

風「……」

タケシ「ん? なんだこれ。くびがゾクゾクする」

顔を見合わせて、全員が同じ感覚を感じたことに気がつくと、

未央「ちょ、ちょっと。あの部屋に呼ばれるのって夜じゃないの!?」

卯月「や、やっぱり、これって呼ばれるときの……」

風「タケシ……こッちに来い」

タケシ「きんにくらいだー?」

風がタケシを抱きかかえ、その場で胡坐をかいて座り込んだ。

タケシを抱え、頭を撫でながら心配ないと語っている。

それを見て未央と卯月も、お互いを見合わせて。

卯月「……未央ちゃん」

未央「……うん」

卯月「今日で、終わらせましょう」

未央「うん。そのために今日までやってきたんだからね」

頷きあいながら二人は手を繋ぐ。

お互いの体温を感じながら、二人は転送されていった。

今日はこの辺で。

ガンツの部屋に転送された凛が目にするのは、玄野、加藤、岸本、レイカ、鈴木、坂田、桜井の姿。皆、困惑した顔で話し合っていた。

少し離れた位置で稲葉が頭を抱えて震えている。

凛が転送されてきたと同時に、和泉は凛を視界に入れないようにガンツだけを見ている。

玄野達は、凛が転送されている事に気付き近づき問いかけた。

玄野「あッ! 渋谷! 丁度よかッた、これは一体どういうことなんだ?」

凛「いきなりだね……どういうことって、昼間に転送されたって事?」

玄野「ああ、今まではずッと夜だッたのに、まだ昼の2時だ。もしかしてこれから何時間も待つのか?」

凛「私にもわからないよ……」

玄野「そう、か……」

玄野は凛の回答に頭をかきながら、またいつもと法則が変わってしまった事に一人ごちていた。

凛がそうして転送されきると同時に、隣に西も転送されてきた。

西は手にパソコンを持ち、部屋を見渡して、凛がすぐ隣にいる事に気がつくと、

西「よォ、やッぱこのままミッションが始まるみてーだな」

凛「うん。そうだね」

西「今日はお前の狩りッてのをじッくり見させてもらうぜ?」

凛「はぁ? なんでまた……」

西「17回クリアしたお前がどンだけパワーアップしたのか見てーンだよ」

凛「勝手にしなよ……」

西「OK、勝手にするぜ」

西はそのまま部屋の隅に移動して、凛のパソコンを操作し始める。

すると凛の身体に軽量ハードスーツとバイザーが転送され始め、凛の周囲にも凛の手に入れた100点武器が転送された。

凛「そういえば100点武器フル装備って、卯月に飛行リングを上げたから、今回が始めてかも」

突然転送されてきた武器に全員が驚くが、前回のミッションで同じような光景を見ていた玄野が凛が行っていると勘違いをして呟く。

玄野「なッ? ッて、渋谷がやッてんのか……」

加藤「ぶ、武器が転送されてくる?」

岸本「えッ? えぇッ?」

玄野「大丈夫だ、ありゃ渋谷の仕業だ」

加藤「……渋谷さんが?」

玄野「ああ、話しただろ? アイツはもう17回もクリアしてんだ。アイツがやることにいちいち驚いていたらキリがねーよ」

加藤「いまだに信じられないよ……そんなこと」

岸本「ウン……あたしも……」

そうこうしている間にも、新たな転送者、卯月と未央、風とタケシが部屋に転送されてきた。

凛「未央、卯月」

未央「しぶりん……」

卯月「凛ちゃん……」

凛「どうしたの二人とも?」

卯月と未央はガンツの部屋に転送されたことで前回の凛を思い出していた。

死にかけた凛。しかし、今自分たちの前にいる凛はそんなことを微塵も感じさせず、それどころか笑顔で自分たちを迎えてくれた。

卯月と未央の決意がさらに強いものになる。

今日、絶対に凛だけはこの部屋から解放させて見せるという決意が。

そして、その凛は二人を見て、西に何かを頼んでいた。

凛「西、未央と卯月をフル装備にしてあげて」

西「あいよ」

卯月「?」

未央「フル装備?」

西が操作すると、卯月と未央にも凛と同じように軽量ハードスーツとバイザーが転送され、その周囲に凛と同じ100点武器が転送されていた。

卯月「えっ? これって、凛ちゃんの……」

未央「何? しぶりんが何かしてくれてるの?」

卯月と未央に武器が転送されるのを見て、凛は西に軽く言う。

凛「ありがとね」

西「おう」

凛「それじゃあ次は他の……」

玄野「ちょ、ちょッと待て! 渋谷! お前、もしかして追加武器も転送できるようになッたのか!?」

凛「ちょ、ちょっと」

それを見て玄野が凛に掴みかかるように問いただす。

玄野が以前に凛から聞いていたのは、転送できる武器は部屋にある武器だけ。

100点の追加武器は1つしか転送できないと聞いていた。

それなのに、明らかに100点武器が複数存在している。

これを問いただそうと、凛に掴み寄ったのだが、その直後に部屋の中央にあるガンツから歌が流れ始める。

いつもの歌、ラジオ体操の歌が流れ始めたのだが……流れ出してすぐに異変が起きた。


『あーたーーああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』


凛「!?」

玄野「な、なんだ!?」

レイカ「ッ!?」

西「……なんだこりゃ」

壊れたスピーカーから出るような重低音の音が部屋に響き渡り続けていた。

それもやがて止まり、浮かび上がってきたターゲットの画面にも異変が起きていた。


『てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて』


文字が重なり合うように表示され、さらにターゲットの画像も重なり合うように表示されていて情報が読み取れない。


『ぬらぬらひょひょぬらぬらぬらんんんんらぬらりりりひょりりりりりりぬらぬらひょひょひょひょひょりんんんんぬらぬらひょひょんん』


『特特つつつつおおおおおおおおおお』


『タバ茶好き好きタバタバタバババババババババ茶茶好』


『ぬーーーーーーーーーーらりーーーーーーーーーーひょーーーーーーーーーーひょんんんんんんんんんんーーーーーーーーーー』


そこまで表示されて。

ガシャッ。と、ガンツが開き中の武器とスーツケースが収まっている両脇後部がいつものように解放され、静寂が部屋を包む。

全員がただ呆然とそれを見ていた。

今までとまったく違う、不気味な表示に言葉を失いただ見続けていた。

誰も言葉を発することも無かったが、一人だけ、小さな声で呟き始めた者がいた。

それはずっと頭を抱えて震え続けていた稲葉だった。

稲葉「だ、だめだ…………終わりだ…………死ぬ……確実に死ぬ……」

稲葉「だめだ! ここで! 絶対! 俺はこのミッションで死ぬ!! あああああああッッッ!! 嫌だッッッ!!」

鈴木「い、稲葉君? 大丈夫?」

突然立ち上がり叫び始めた稲葉を鈴木が落ち着かせようとするが、稲葉は構わずに取り乱し叫び続けてしまう。

稲葉「予感がする!! やばい!! 死ぬッ!! 俺はもうすぐ死ぬッッッ!! ちッくしょう!!」

鈴木「稲葉君、ちょっと落ち着こう、大丈夫だから!」

稲葉「嫌だッッッ!! 死にたくねぇッッッ!! うッ……うゲェェェェェッ!!」

極度の不安だろうか稲葉はプレッシャーに耐えられずに吐き始めた。

この数回のミッションで稲葉の心は完全に折れていた。

黒服達に殺されかけ、落雷によって一瞬でスーツを破壊され、自分の命は虫けらのようになくなってしまうのだと思い知らされて。

そして、今回の明らかにいつもとは違うこのミッション。

抱えていた不安がついに爆発してしまった稲葉は取り乱し続けてしまう。

桜井「稲葉サン……」

坂田「確かに……今回は何かヤバそうな感じだな……追加のメンバーもいねーみたいだし……」

それを見て逆に冷静になる桜井と坂田。

タケシ「き、きんにくらいだー……」

風「大丈夫や。お前は何も怯えることはなか」

不安な表情を見せるタケシを安心させる風。

和泉「……」

目を瞑り何も見ようとしない和泉。

岸本「か、加藤君……あたし、怖い……」

加藤「大丈夫……大丈夫だ。なァッ! 大丈夫だよな! ケイちゃん!!」

レイカ「く、玄野クン……」

玄野「フーッ…………」

加藤とレイカの視線を受けて玄野は深く息を吸い込んで吐き続け、視線を強く持ち。

玄野「大丈夫だッッ!! 俺達は誰も死なないッッ!! どんな奴が来ようとも俺達は絶対に負けないッッ!!」

玄野「一人も欠けることなく、全員で戻ッて来る!! 信じろ!! 俺達の力をッッッ!!!」

加藤「ケイちゃん……そうだ、そうだよな!!」

レイカ「うんッ……あたし達は戻ッてくる……絶対に……玄野クンと一緒に戻ッてくるんだから!!」

玄野の一声で部屋に蔓延っていた何かが吹き飛ばされて、不安を感じていた者の顔に生気が舞い戻った。

それは、先ほどまで取り乱し続けていた稲葉も例外ではなかった。

稲葉「お、お前、よく、こんな状況で……」

鈴木「稲葉君……大丈夫。私達は全員で戻ッてこれるから……」

稲葉「す、鈴木さん……」

そして、それを見ていた西は冷めた表情で、

西「なんだこのノリは……アホか……」

と呟き、凛を見ようとしてその顔を驚きに染める。

西「何ッ!?」

西の視界には部屋の全員が見えていた。

そして、その全員が同時に転送されていたのだ。

今まで一人ずつ転送されていたのに、また法則が変わった。

その西の表情を見た凛は、西が転送され始めているところを目にする。

凛「っ!? もう転送が始まった!?」

明らかに早い転送タイミング。

咄嗟に卯月と未央に触れようとして振り向くが、振り向いた先、凛の視界はすでに部屋ではなく外だった。

人通りの激しい場所に凛は転送されているようだった。

「おわッ!? な、何やコイツ!?」

「首!! 生首や!!」

「き、きゃああああああああああ!?」

凛「くっ!? こんなに早く転送されるなんて……でも、未央と卯月に触れていれば一緒に………………」

凛は転送されている間も卯月と未央に触れようと手を伸ばしていた。

見えないが身体がまだ転送されきっていない今、手を伸ばせばすぐ傍にいるはず、そう思い手を伸ばしていた。

だが、凛は人ごみの中に何かを見つけてしまう。

群集は転送されてくる凛を見て、写真を撮ったり叫びを上げて逃げ始めている。

だが、凛から少しだけ離れた位置にいる存在は背中を向けていた。

凛はその存在を見て、身体中に電撃のような痺れが走るのを感じる。

その存在はゆっくりと振り向き、凛の姿を捉えると、


「なんぞ?」


と、首をかしげ呟いた。

凛「っっっ!!!!」

凛は卯月と未央に触れてこの場に転送させてしまうことを拒否し、その手に双大剣を持ち、転送されきると同時に小さな老人から全力で距離を取った。

今日はこの辺で。

凛は小さな老人から視線を一切外さずに、後方に跳躍し、地面を削りながら姿勢を低く着地して大剣を構える。

凛(何、コイツ!?)

凛(絶対にヤバイ、感じる、この前の鬼と同じ感じ!)

見た瞬間から感じ続ける痺れ。

凛の危機感知能力が全力で叫んでいた。

前回のミッションで戦ったオニ星人、それとこの小さい老人は同様、もしくはそれ以上の力を持っていると。

「なんぞ? なんぞ?」

老人は凛を見続け、しきりに首をかしげ「なんぞ?」と呟いている。

一見小さく力も持たないような外見の老人、だが凛には感じられる、この小さな老人から、とてつもなく大きな巨人のような圧迫感を。

即座に凛は敵の戦力を分析して、その情報をバイザーの内側に表示させた。

凛(やっぱり、100点っ!! アイツと同じっ!!)

凛(弱点……不明!!)

凛(いきなりボスって訳!?)

思考をめぐらせながらも老人から一瞬も視線を外さずに警戒し続ける凛。

老人が何を行ってきても対応できるように、老人に全ての意識を集中して老人の一挙一動を見逃さずにいた。

だが、その凛と老人の間に、若い男が数人立ち入ってきた。

「なんやコイツ」

「オイ、オマエや、オマエ」

「けったいな格好してからに、コスプレかぁ~?」

「はははは、めっちゃウケるわ。なんやコイツ」

凛「なっ!?」

老人との間に割り込んできた男達に凛は激しく動揺する。

こうやって戦闘中に邪魔されるような事は無い訳ではなかった、だが一般人が何の危機感も抱かずにこうやって自分を邪魔してくるなど一度も無かった。

それは戦闘が始まる前だから起きてしまった事、そして男達によって老人を見失うといった隙を作ってしまった凛の顔に汗が流れ落ちると共に、もう一度後方に地面を抉りながら跳躍した。

「おウわアッ!?」

「なんやッ!?」

突然地面を爆発させ後方に飛び去った凛を驚きと共に見る若い男達。

凛を見ていたその男達の背後からしゃがれた声が聞こえた。

「ほう、なるほど、こうか?」

聞えたと同時、男達は全身に衝撃を受け空を舞った。

その男達を吹き飛ばしたのは老人。

老人は凛のように、地面を抉るように踏み込み、地面を爆発させて凛に急速に接近する為に動く。

凛「!!」

凛が見たのは自分に向かって飛びかかってくる老人の姿。

そして、凛は意識するよりも早く身体を動かしていた。

低く構えた姿勢から左手の大剣を老人に振りきった。

高速の斬撃、だがその斬撃を老人は空中で軽い身のこなしで回避し、凛の左手の一撃は完全に空を切った。

と、同時に、老人の身体に凛の右腕の大剣が食い込む。

回避した瞬間を狙った斬撃、左よりも遥かに早い一撃は老人の身体に食い込み、その胴体を輪切りにして吹き飛ばした。

二つに分かれた老人の肉体を凛はロックオンし、掌からの閃光を銃数発撃ち込んだ。

爆発音と共に老人の身体ははじけ飛び、閃光に焼かれ小さな肉片を残し消滅した。

凛「はぁっ……ふぅっ……」

小さく息をつきながら、凛は手を老人の肉体があった場所に向けながら立ち尽くしていた。

手ごたえはあった、剣で切り、肉体を破壊しつくした。

だが…………最初に感じたあのプレッシャーは消えない……どころか、より大きなものとなっていた。

凛「……ちっ、再生してきそう……」

凛は小さな肉片が蠢いている事に気付いていた。

その肉片はすぐに大きく膨張し、数メートルはあろうかという大きな肉の塊となり凛の眼前に現れた。

それを今度こそ消し去る為に、凛は黒球を6つ展開し、掌を向けて肉の塊に打ち込もうとしたとき、

「うわッあああああッ!?」

「なんやこれ!? なんやねんこれ!?」

「こ、コイツ、人殺したで!? だ、誰か警察よべっ! 警察!」

「な、なんや……肉かこれ?」

パニックが始まった。

凛「なっ!?」

逃げ惑う人々や逆に凛を取り囲もうとする人々。

野次馬のように写メを撮り、肉の塊を囲む人々を見て凛は叫んでいた。

凛「アンタ達! 早く逃げて!! ここは今から戦場になるからっ!!」

「はァ? 何を言うとんのや?」

「こ、コイツ、人殺しやで! はよ逃げなッ!!」

「アホちゃうか?」

凛「っ!」

凛の攻防を見ていた人間は逃げようとしているが、一瞬の攻防だったため殆どの人間は何が起きているか理解できていなかった。

凛を見る人々の視線は、昼の大通りの真ん中で叫ぶ妙な格好をした変人を見る視線。

大勢の人間が凛を見る中、肉の塊に変化がおき始めていた。

「お、おい……」

「な、なんやありゃ……」

肉の塊は徐々に形を変化し、塊の中から艶めかしい肉体の女性が這い出てきた。

その女性と同じような女性が何人も肉の塊から這い出てきて、重なり合うようにしてその肉体を絡めあっていく。

その女性たちは何人も何十人も重なり合い、まるで巨人のような姿に変化して立ち上がった。

「う、嘘やろ? なんやこれ……」

「写メ、とっとこ……って、うわァ!?」

そして、その巨人は近くにいた一般人を掴みとると。

頭の部分に空いた、口のような穴に投げ込むと、

「ちょ、ちょい待ち、やめ……ぎゃあああああ!!」

一般人を食べ始めた。

「ちょッ!? やばないかアレ?」

「おいおいおい!! やばいて!! やばいで!! うッわァ!?」

「た、たすけ……助けぇ!! ぎゃッ……」

掴んでは口に運び一瞬で圧迫して一般人はその身体を潰されて吐き捨てられる。

その光景を見て、野次馬の一般人も漸く気がつく。

この場にいることの危険性、そして今自分たちの命は風前の灯であるという事が。

そして、パニックは加速してしまった。

「わァッ! わぁあああああぁぁぁぁ!!」

「ひぃッ!? いやや!! いやああああああああああああ!!」

「逃げ、逃げへんと!! あああああ!!」

凛「くっ!」

それを見て、凛は動いた。

大剣を伸ばし、一般人を掴んでいた巨人の腕を切り飛ばす。

だが、切り飛ばされたかに見えた腕は重なり合った女性体が伸ばすそれぞれの腕を掴み元に戻る。

凛(何!?)

凛はすぐさま剣ではなく黒球を動かし、今度は巨人の足に狙いをつけ6つの球体から閃光を照射した。

剣とは違い閃光は巨人に効果があった。

その閃光は巨人の足を焼き、巨人は足を吹き飛ばされて崩れ落ち、凛はさらに追い討ちをかけるように、巨人の手に掴まれた一般人に閃光を当てないように手以外の部分を焼き始める。

凛「このまま……っ!?」

だが、凛が攻撃していなかった巨人の手の部分が膨張をはじめ、掴んでいた一般人を潰しながら凛に向かって膨張した肉から女性体が襲い掛かってきた。

女性体が凛と1メートルまでの距離に迫り、凛に覆いかぶさるように広がったその時。

凛は大剣の重力フィールドを展開し、襲い掛かってきた女性体を全て押しつぶした。

凛「次から次に、キリが無い……一気に叩かないと駄目ってわけ?」

巨人は完全に狙いを凛に定めたのか一般人にはもう目をくれず、凛の閃光に焼かれながらも近づいてきていた。

凛は近づく巨人の足を常に焼いていたのだが、巨人は焼けた足をすぐさま再生し、ゆっくりと凛に近づき続ける。

凛は重力フィールドを展開しつつ、左手の大剣を地面に突き刺し、バイザー内で転送システムを起動させて、手にZガンを転送する。

閃光で焼き尽くすには再生スピードが速すぎるため、凛はZガンを使い一気に押しつぶすという決断に達した。

重力フィールドの重力に耐えられなかった巨人、それならばZガンも効果がある。

その考えは正しく、凛が手にZガンを転送すると同時に、巨人に重力砲を放ち、巨人はあえなく潰され、地面に円状の破壊痕内に巨人の肉体だったであろう大量の血のみがその場に残された。

「い、いなくなッた?」

「な、なんやねん……なんやねんこれ……」

逃げ惑っていた一般人は突然姿を消した巨人に、今起きている現象に理解できず呆然としていた。

だが、巨人が消えた事によって、先ほどまでおきていた悪夢が終わったのだと安堵し始める。

それとは正反対に、凛はその顔に数滴の汗を流し、唾を飲み込んでいた。

さらに強くなったプレッシャーを感じながら。

凛(まだ、終わってない)

破壊痕の血液に盛り上がりが生じる。

凛(っ!! やっぱり再生してきた!!)

盛り上がった血液の中から、巨大なその姿が見え始めた。

凛(前回の奴と同じ……ううん、全然違う、コイツは前回の奴と違って再生するごとに強くなってる!!)

巨大な身体に、爬虫類のような鱗と尻尾。

凛(このままだと殺れない、コイツの再生条件を見つけないと、イタチごっこになってしまう!)

身体に鱗だけではなく、体毛も見え、その頭には大きな角。

凛(それに、このままコイツが強くなり続けたら……)

その顔は肉に覆われていなく、骨。

先ほどまでの人間の姿は微塵も無い、完全な化け物がそこにいた。

逃げ遅れた一般人は微動だにせずにその化け物を見続けていた。

あるものは失禁しながら、あるものは全身を震わせ涙を流しながら。

この場にいる凛以外の全員がこの化け物に恐怖していた。

そして、化け物は凛を見て、

凛「!?」

凛の周囲の重力フィールドが解除されると共に、凛の身体と凛の周囲に不可視の衝撃波が走り始める。

その衝撃波は凛の周囲を破壊し、凛が持ったZガンもその衝撃波に耐え切れずに破壊されてしまった。

凛「み、見えない攻撃!?」

しかし、双大剣は破壊されず、凛自身もハードスーツの防御性能のおかげか無事。

凛(動けないほどの衝撃じゃない……でも、ずっと喰らっていたらどうなるかわからない……)

凛(早くコイツの再生条件を見つけないといけないけど……)

凛(この場所だと、一般人に被害が出すぎてしまう……強力な攻撃をしただけで一般人を殺してしまう可能性も……)

凛(コイツはもう私をターゲットとしてみている。私がこの場所を離れればコイツも追ってくるはず……)

そう考え、凛は手足にあるものを転送し始めた。

凛の手足に転送されたのは飛行リング。

凛「使うのは最初に試したとき以来……」

凛の身体が空中に浮き、化け物に剣を向ける。

凛「追えるものなら追ってきなよ!」

そのまま凛は上空高くに飛び上がり、上空から化け物に閃光を撃ち始めた。

化け物は閃光に焼かれながらも、凛を見上げ、その身体を変化させ始める。

体毛に覆われた翼が背中に生み出され、化け物は凛を追う様に地面を破壊し空中に飛び上がった。

それを一般人は、ただただ呆然と凛と化け物が消え去った空を見続けていた。

凛が上空へ上空へと飛び上がり、飛び上がりながらもロックオンをした化け物に向かって黒球から、掌から閃光を撃ち続け、凛は雲の上にまで上昇していた。

眼下には一面の雲海。

通常では見られないような光景が凛の視界に映っていた。

だが、その光景を楽しむことなど今は出来ない。

凛は雲海を突き破って追ってきた化け物を見て少しだけ笑う。

凛「ここなら邪魔は入らないし、私も思う存分強力な武器を使うことが出来る」

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

凛が双大剣を交差させるように構え、黒球を展開し、化け物を再度バイザー内でロックオンをする。

太陽に照らされて、凛と巨大な化け物は遮るものも何もない空で対峙する。

凛(……さっきから見た感じ、コイツは肉片が残っている限り再生する可能性が高い……)

凛(肉片一つ残さず消滅させれる武装……)

凛(コイツを剣でバラバラにした後、全部の肉片もロックオンして黒球と掌の閃光で消滅させる)

凛(それか、ロボットを転送して至近距離での自爆)

凛(……後は、やりたくないけど、この大剣のフィールド同時起動であの消滅現象を引き起こす)

3通りの方法を考え、凛は最初に考えた剣でバラバラにする方法を実行する事に決めた。

凛(視界の利くここなら、肉片一つ見逃すことも無く消し去ることが出来るからまずはバラバラにしてやる)

決めたと同時、凛は大剣を伸ばし、化け物に振るい、

大阪の街の遥か上空で、凛と化け物の第二ラウンドが始まった。

今日はこの辺で。

ガンツの部屋から外に転送された玄野は商店街の真ん中にいた。

突如現れた玄野に商店街の一般人は奇異の視線を向けている。

その視線から逃れるように、玄野は路地裏に入りその身を隠していた。

玄野(ンだよこれ……やッぱり俺達の姿はもう普通の人間にも見えるようになッてんのかよ……)

玄野(前回もそうだッたけど、これからどーなッちまうんだよ……頭の爆弾は本当に大丈夫なのか?)

装備のチェックをしながら、レーダーを確認して玄野はレーダーの画面に表示された敵の数に固まる。

玄野(ンだよ……この数……)

レーダーには1キロ四方に埋め尽くさんばかりの光点の数。

あまりの多さに玄野は動揺するが、すぐさま頭を切り替え、この敵の数ならば今回で部屋の人間全員を解放できると考えた。

玄野(……好都合だ。こンだけ敵がいるなら全員であの部屋から解放されることも夢じゃない……)

玄野は行動を開始する。

玄野(まずはアイツ等を探さねえと。今回は全員がどこかに飛ばされちまッたみてーだし)

いつもは全員が近い場所に転送される。

だが、今回玄野の周囲には誰も転送されてこなかった。

今、玄野は一人。

そして、それは全員に言えること。

玄野(この敵の数だ……一人でいるのはヤバイ)

玄野(早く合流をして、全員で行動をしねーと……)

玄野はそう考え、裏路地を飛び出し、奇異の視線に晒されながらも商店街を走り出す。

人ごみを掻き分け、走り続けていた玄野は少し先で歓声が上がっている事に気がついた。

かなりの人間が集まって何かを取り囲んでいる。

玄野は最初に通り過ぎようとしたが、そこから聞えてくる声に足を止めて振り向く。

「すッげ! レイカやん!!」

「ホンマもんのレイカや! 何なん? 撮影!?」

「ちょ、どいて……どいてください!」

「おい! 逃げるんだ! ここは今から戦場になるぞ!」

「戦場? やッぱ撮影か! うッおお!! テレビやん!!」

「やッば! この服ダサくないか? アカンわー、こんなことならもッといい服着てくれば良かッたわー」

玄野「この声……」

すぐにその人だかりを掻き分けていくと、野次馬に取り囲まれた中心にレイカと加藤と岸本の姿を発見した。

玄野「加藤ッ!」

レイカ「玄野クンッ!!」

玄野の姿を見つけすぐさま駆け寄るレイカ、そして加藤と岸本。

加藤「計ちゃん! 助けてくれ! 身動きがとれないんだ!」

玄野「助けてくれッて……」

そうこうしている間にもいつの間にか玄野も野次馬に囲まれて動く隙間もないくらいに人々が群がっていた。

その目当てはレイカ。加藤達は無理に振りほどこうとして怪我をさせてしまうことを恐れ動けないでいた。

そして誰にも止められることもない野次馬たちはレイカに触れようとさらに押し寄せてくる。

玄野「か、加藤! 岸本を連れて飛べ!」

加藤「あッ? あ、ああッ!!」

玄野がこの状況から脱出する考えを告げると、すぐに加藤にもその考えが伝わり玄野はレイカを、加藤は岸本を抱きかかえ数メートル近い大ジャンプを行い、野次馬の頭上を飛び越えていく。

野次馬たちは急にとてつもないジャンプを行った玄野達を信じられないものを見た顔で見上げて着地するまで視線を追った。

玄野「よしッ! みんな! 走るぞッ!」

加藤「ああッ!」

岸本「う、うん!」

レイカ「…………」

玄野「レイカさん! どうした!?」

レイカ「うう、う、うんッ! な、なんでもないよッ!!」

玄野「? 今は早く逃げるぞ! 走ッてくれ!」

玄野に抱きかかえられて、身体を密着した状態からずっと顔を赤くして固まっていたレイカは玄野に呼びかけられてやっと我に戻った。

玄野は気付いていなかったが、レイカを抱きかかえて密着しているときにレイカの豊満な胸を掴んでいたのだった。

人ごみから逃げ出すためにまったく気がつかずに行った行動はレイカの思考を完全に停止させるのに十分だった。

玄野に言われるがままに走り始めたレイカ、そしてそれを見て玄野は人が少なく、星人が反応する場所に向かって走り始める。

走っている間に玄野は加藤や岸本に質問されていた。

加藤「なァッ! どーなッてんだよこれ!」

岸本「あ、あたし達、見られてたよね!?」

玄野「見えてンのは前回のミッションからだ! お前らがいた時とはもう法則が違うんだ! それより他の連中がいないか見ながら走ッてくれ!!」

加藤「他の人達……!!」

走りながら加藤は周囲に目を向けていると、ある事に気がつく。

加藤「け、計ちゃん! あれ見てくれ!」

玄野「? ……道頓堀?」

加藤が指差した先には道頓堀の看板。

それはこの場所がいつもミッションを行っている東京ではなく、大阪だという事を示していた。

それに気付き玄野はスピードを落とし立ち止まってしまう。

玄野「東京じゃない……? 大阪か? ここ……」

加藤「大阪……」

岸本「あれ? 玄野君、あの人達ッて……」

玄野「どうした? あッ」

岸本が指差す方向には、子供を肩に乗せた風と、坂田と桜井がいた。

玄野達が気付くのと同時に、坂田達も玄野に気付いたようでお互い駆け寄り合流する。

坂田「リーダー、探したぜ」

桜井「玄野サン! レイカさん達も!」

玄野「ふぅッ……大分合流できてきたか……」

部屋の大半のメンバーと合流できて玄野はやっと落ち着き始めた。

法則が変わり続け、内心焦りで満たされていた玄野。

だが、無事に集まり続ける仲間たちを見てその焦りが薄れていく。

日々の訓練を共にし、そして今まで生き残ってきた仲間たちが玄野に余裕を与え始めていた。

玄野「まだ合流できてないのは……渋谷におっちゃん、島村さんと本田さんに稲葉。後は西と和泉か……」

加藤「渋谷さんに、渋谷さんの友達……計ちゃん! 探さないと!」

玄野「いや、大丈夫だ。アイツは問題ない、多分もう島村さんと本田さんと合流して俺達とは別行動で何かしてるはずだ」

加藤「な、何言ッてンだよ!? 合流したッて女の子3人なんだぞ!?」

玄野「いい加減理解してくれよ……アイツは俺達より強いんだッつーの。お前を殺したあの千手を倒したのもアイツ。前回でた100点のとんでもねー雷野郎を倒したのもアイツ。お前が知らないとんでもねー化け物とかも全部アイツが倒してんだ。アイツの心配をするより俺達が生き残ることを考えないといけねーんだよ」

加藤「そんな事……言ッたッて……」

加藤は再生されて玄野達と訓練する上で、凛のことも散々聞いてきた。

玄野が話す事は俄かに信じられなかったが、他のメンバーも口を挟まず、ただただ真剣に説明され続け、頭では凛があの部屋で最強だという事を理解した。

だが、加藤の記憶に残る凛は、田中星人のボスと戦ったときに下半身を吹き飛ばされて瀕死になりながらも必死に生きようともがいていた凛の姿。

何かを呟きながら、手に持った銃を前に向けて泣き笑いの表情で必死に生きようとしていた姿が目に焼きついている。

一度死ぬ寸前に追いやられている凛を見ている加藤には、玄野のように割り切って考えることがどうしても出来ないでいた。

加藤の心の葛藤は表情に表れて、その悩み続ける表情を見た玄野は、

玄野(コイツは本当に変わンねーな……)

玄野(どんな奴でも分け隔てなく思いやッて……)

玄野(そりゃ、岸本も惚れるわな……カッケーもんコイツ……)

玄野(俺もコイツに憧れてンのかもしれない……いや、コイツを手本にガンツの部屋を生き残ろうッて考えたときから憧れてンだろーな……)

玄野(コイツのようになりてーッて。コイツみたいな奴に……)

玄野(コイツみたいに…………)

尚も悩み続ける加藤に玄野は問いかけた。

玄野「なァ、加藤。お前はどーしたいんだよ?」

加藤「えッ? ど、どーしたいッて……」

玄野「……」

加藤「……全員合流して、誰一人欠けることなく戻りたい。それだけだよ……」

玄野「そーか……わかッた」

加藤「計ちゃん?」

玄野は全員に向かって叫ぶ。

玄野「みんな! これからまだ合流してない連中を探すぞ! レーダーを見て星人を避けながら安全を確保して移動する! 渋谷やおっちゃん達と合流してから全員で戦おう!」

加藤「!!」

玄野「全員であの部屋にもう一度戻る為に、一刻も早くあいつ等を探し出すぞ!!」

玄野の言葉に反対するものなど無く、全員が頷く。

そんな中加藤だけは玄野を見続けていた。

全員が駆けはじめる中、立ち止まって玄野の背中を見続けていた。

岸本「加藤君? どうしたの?」

加藤「あッ、いや……」

走る玄野の背中を見続けながら、加藤も駆けはじめる。

その背中に不思議な感じを受けながら。

加藤(計ちゃん……)

加藤(今の計ちゃんは子供の頃と少し変わッたような気がする……)

加藤(負けることを考えない……粘り強く最後までどうやッたら勝てるかを考え続けていたころよりも、もッと色々なことを、色んな人たちのことも守りながら勝ち残ることを考えるようになッてる……)

加藤(すげーよ……やッぱ、計ちゃんはすげーよ……)

少し涙を滲ませながらも玄野の後を追い始める加藤。

子供の頃のように、玄野の背中を追い続け、今もその背中を目指して走り続ける加藤。

走る加藤はいつしか玄野と距離を詰めて、並ぶように大阪の街を駆け抜ける。

想いを同じくした二人、お互いを認め合った二人の姿は今までよりもどこか大きく見えた。

玄野達は大阪の街を駆けつづけ、しばらくはぐれたメンバーを探していたがその姿は一向に見当たらなかった。

レーダーにはこの先にかなりの敵の反応、この先は迂回して行こうと進路を変えようとしたその時、玄野達の前に見慣れない顔のスーツを着た人間が現れた。

加藤「なッ!?」

岸本「えッ!?」

玄野「…………まさか」

「なんや?」

「どないした……なんや? こいつら?」

「なんでスーツ着とんねん……」

玄野達の前に現れたのは、長身で坊主の男を先頭にしたガンツスーツを来た集団。

その姿を見て、玄野は何となく考えていたことが現実になったと悟ってしまう。

この大阪に飛ばされてきたのは、前回の自分たちのミッションに他のチームが共同で戦うこととなったのと同じ。

今度は自分たちが違うチームのテリトリーに飛ばされ、そこでミッションを行うこととなったという事を。

坂田「おい、リーダー……こいつらまさか……」

玄野「ああ、多分別のガンツチームの人間だ。言葉からして大阪の人間か?」

桜井「大阪……ッてことは、今度は俺らがこの場所で、この人たちと協力して戦うんスか?」

「どーなッとんねん? これ……」

「東京弁やな……おまえら東京モンか?」

「いや、星人やないか? 怪しいでこいつら」

大阪弁の人間が放った言葉で、一瞬で緊張感が張り詰めた。

星人ではないか? という疑心暗鬼は一気に広がり、玄野達は銃を向けられてしまう。

玄野「お、おいッ! 待て! 俺達は星人じゃない!!」

「やッぱこいつら星人やで! 怪しすぎるわ!!」

加藤「ま、待て! 銃を下ろせ!」

「どーすんのやノブやん! 撃ッてええんか!?」

坂田「おいおいおい!? ふざけんなよ!?」

「撃つで!! 撃ッてまえ!! 星人や!!」

レイカ「ま、待ッて! あたし達の話を聞いて!」

一触即発の空気の中、レイカが叫んだことにより場の空気が一変した。

「ん? んん!?」

「ちょい待ちィ!! ちょい待ちぃや!!」

「レイカ!! ホレ! レイカやん!!」

叫んだ人間がレイカだと気付いた一部の人間が、銃を下ろしてレイカに近づき始める。

黒人のような男はまだ銃を構え続けていたが、レイカに顔を赤らめて近づくくせっ毛の男を見ると銃を構えるのもバカらしくなったのか銃を下ろして明後日の方向を向いた。

レイカに一番最初に近づいたくせっ毛の男はぶつぶつと呟きながら。

「うッわ……めッちゃ巨乳……すッげ……なんやねんこの乳は……」

と、視線をレイカの胸に向けながら。

「あの、握手して……ください」

そうやってレイカに手を差し出してきた。

レイカは胸に突き刺さる視線を受けながらも、どうしたものかと玄野を見続けていた。

レイカの存在によって、同士討ちという事にならずにすみ、玄野達はこの大阪弁のチームと話をすることが出来ていた。

「で、おまえらは東京チームちゅーことか?」

玄野「ああ、そうだ。俺達は前回他のチームと合同でミッションを行ッた、恐らく今回俺達はアンタ等のテリトリーに飛ばされてしまッたみたいだ」

「なんやねんそれ? 他のチームと? おまえら東京モンは自分らだけで狩りもできんのかいな?」

玄野と話すのは長身坊主の男。

少し話して、やはりこのチームは大阪のチーム。そしてこの男は大阪のチームの中でもかなりの実力者であることが玄野は感じていた。

その男は玄野達を完全に馬鹿にした目で会話を続ける。

「そんで、おまえら、今回は俺らの狩場に来て何するつもりや? まさか獲物を奪うつもりやないやろーな?」

玄野「……仲間を見つけてから、アンタ達と協力して敵を倒したい」

「はァァァァ????」

その玄野の言葉に、坊主の男は心底哀れな視線を飛ばす。

坊主の男だけじゃなかった、大阪チームの殆どの人間が玄野の言葉を理解できないようにまるで動物園の猿を見るような視線を飛ばす。

その中でくせっ毛の男だけは、レイカを凝視しながらも岸本の胸を見続けていた。

「仲間を見つける? 協力?」

玄野「……ああ。アンタ等にも損はない話のはず……」

「アホちゃうか? おまえ、何言うとんの?」

玄野「ッ!?」

「仲間や協力て……おまえら一人で狩りもできんのかいな? いくらなんでも情けなさすぎて涙出てくるわ……」

坊主は玄野に哀れみながら、大阪チームの人間に声をかけ始めた。

その顔は「この東京者はこんなアホなことを言うとるが、どないすればええのや」とありありと浮かんでいた。

「おーいおまえら、この東京の坊主は、一人で狩りをすることもできんから、俺らに助けを求めとるらしいでー? どないするよ?」

「ノブやん、そのボーズの師匠になッたれや。戦い怖いーッてなに言うとんのや! ッてツッコミいれてなー」

「アホ、俺はマジメに聞いとんのや、この坊主ホンマに冗談無しで言うとんのやで?」

「ノブやん、助けてあげーよ。その子かわいそうやでー」

「なんで俺がそんなことせなあかんのや」

玄野「……」

加藤「計ちゃん……」

好き放題言われ続ける玄野を見かねた加藤が前に出ようとするが、玄野は加藤を手で制して再度坊主の男に問いかける。

玄野「……頼む、俺達は全員で帰りたいんだ。外から来た俺達だと勝手もきかない、仲間を探すにしてもアンタ達の協力があるとないとじゃ全然違うんだ……」

「…………ぷッ」

玄野「……」

「クックックック、はははははははははははは」

「フン…………」

坊主と黒人の男が笑い始めると共に大阪チームで爆笑が巻き起こる。

それは玄野が大阪チームのメンバーにとって、どこまでも情けない懇願をし続けるように見えたから。

大阪チームの人間はここまで臆病な人間を見たことが無かったから、玄野のその姿が滑稽に見え笑いが止まらなかった。

そんな大阪チームがひとしきり笑い終え、坊主の男は玄野に、

「あー……笑ッたわー、なんやねん。東京モンでも笑いのイロハを知ッとる奴がおるやんけ」

玄野「……」

「おうおう、そんな顰め面なさんな、わかッた! わかッたから! 笑かしてくれた礼に、おまえのチームの迷子になッた奴等を見つけたらお前らがここにおるッて話しといてやるから!」

「ノブやん、やさしー!」

「せやろ? 後おまえらの為に弱いッちい雑魚も残しといてやッからなァ、俺らが楽しんだ後におまえらが雑魚を掃除しといてくれや」

「ノブやん、アンタはホトケか!?」

玄野「……協力してくれるッて考えていーんだな?」

「おう。せやけど、ボク達はここから動いちゃアカンで? 俺らがいいッて言うまではここでジーッとしとるんやで? そーすりゃ怖いことなんかなーんもないからのォ」

玄野「……」

「室谷……ええ加減はよせえ、待ちくたびれたわ……」

「スマンスマン。ほな、おまえらまた後でなー」

そうして大阪チームは玄野達から離れ、レーダーの星人が密集する場所に向かって行く。

くせっ毛の男だけは最後までレイカと岸本を凝視しながら向かって行った。

その姿を見ながら玄野達はその場に留まっていた。

坂田「気にいらねーな……」

桜井「……なんなんスか、アイツ等」

風「……」

タケシ「きんにくらいだー……」

全員が大阪チームに不快感を抱いていた、見世物小屋の動物を見るような目で見られ、レイカと岸本はある男に舐め回されるようにその身体を見続けられて、リーダーである玄野に暴言とも言えるようなことを言われて。

だが玄野は大阪チームが去った後、すぐにレーダーを確認し、全員に次の行動を示し始める。

玄野「アイツ等の向かッた先、それとは逆方向でまだ行ッていない場所を探すぞ。アイツ等はここに俺たちがいると伝えてくれると言ッてくれた。あまり別行動はしたくないが、ここに残るチームと探すチームに分けて行動しよう」

桜井「玄野サン……好き放題言われて悔しくないんスか?」

玄野「……悔しいとか悔しくないッて考えるよりも今は他の連中の安否だ。些細なことを考えるのは後でいい」

加藤「計ちゃん……」

岸本「玄野君……」

玄野「それに……あの程度であんな連中から協力を取り次ぐことが出来た。今回はアイツ等が危険なボスを倒してくれるッていう事だ、全員で生き残る確率がグンと上がッたな」

少しだけ不敵に笑う玄野を、坂田は苦笑しながらも、

坂田「……まァ、リーダーの言うとおりだな」

レイカ「……」

玄野「それじゃ、チームを分けるぞ!」

そうして玄野は居残り組みと捜索組みにチームを分けて行動を開始した。

居残り組みには岸本、風、タケシ、桜井。

捜索組みには玄野、加藤、坂田、レイカ。

戦力がほぼ均等となるように分けて行動を開始する。

この場にいないメンバーを探すため、大阪の街を再び駆け始めた。

どこか遠いところ、空の上から花火のような音が何度も木霊するのを聞きながら。

今日はこの辺で。

大阪の街のどこかのビルの屋上に手を繋いだ二人の少女が転送されていた。

二人の少女は咄嗟に振り返ろうとした凛を見ながら、突如切り替わった視界に困惑していた。

卯月「えっ? あれ?」

未央「外?」

二人は各々が触れていたZガンを手に、全身が転送されきりお互いを見やる。

普段のスーツとは違い、凛と同じ装備。

軽量型ハードスーツにバイザーを装備している。

卯月「もう、転送されたんですか……?」

未央「そうみたいだね……」

二人は困惑していた。

いつもならば転送されるときには凛が自分たちの手を掴み3人同時に転送されていた。

だけど、今回は凛は自分たちの手を触れずに転送されきってしまった。

この場合どうなるのだろう? その考えが二人に浮かび上がった。

卯月「未央ちゃん……凛ちゃんは、どこですか?」

未央「……いつもなら私達と一緒に転送されるのに……」

二人は姿の見えない凛を待つ事にした。

すぐに転送されてくるのかもしれない、今回はいつもとは違う、少しだけ転送が遅れているのかもしれないと考えながら。

だが、5分経っても凛はこの場に転送されてくることは無かった。

二人に焦燥感が募る。

前回は凛とはぐれてしまい、再び見たときにはすでに凛は変わり果てた姿になっていた。

今回は凛から片時も離れないつもりでいたのに、最初から凛の姿を見失ってしまった。

二人の脳裏に最悪の想像が浮かび上がる。

それを考えてしまった二人は同時に立ち上がり、

卯月「もう待ってられないです、凛ちゃんを探しましょう」

未央「しまむー、しぶりんを探そう、これ以上待ってらんないよ」

二人同時に提案し、二人とも同じ考えであることを悟った後、頷きあって卯月は未央の手を取り空を飛ぶ。

飛行しながら卯月と未央は見える街並みに違和感を覚える。

東京と同じようにビルが立ち並んでいる。

だが、繁華街には東京では見られないような派手なオブジェが取り付けられた看板が目に付く。

そして、大きな川を進んだ先に見た、とても有名な巨大なグリコ看板。

未央「あれ……? もしかして、ここ、大阪?」

卯月「あ……あの看板、見たことあります……」

未央「……そんな事はどうでもいっか。はやくしぶりんを探さないと……」

卯月「……そうですね」

大阪の地に自分たちがいる事は些細なことと判断し、再び空から見下ろす卯月と未央。

見下ろしていると、下に見える人々が自分たちを指差して写真を取っているようだ。

そんな一般人は気にせず、二人はただ凛の姿のみを探し続けた。

そうやって、空を飛び周囲を見渡しているうちに、卯月が眼前に何かを感じ目を凝らし始めた。

卯月「あれ……?」

未央「どうしたのしまむー?」

卯月「あそこ……何か変じゃないですか?」

未央「え?」

卯月が指差す方向に未央も目を向ける。

そこには卯月の言うように何か変な現象が起きていた。

道頓堀の川の流れが何かに遮られるように濁流している。

その場所に小さく放電が巻き起こり、一瞬なにか機械の様な物が見えた。

卯月「!! 未央ちゃん!!」

未央「見えた! あれってしぶりんの!!」

二人はそれが凛が持つ武器の一つである巨大ロボットだと当たりをつけた。

何度か見た事のある概観、機械のホースや無数の機材が取り付けられた概観。

それと同一のものが一瞬だけ見えた。

二人はそこに透明化したロボットと、それに登場する凛がいると確信し、飛行スピードを上げてその場所へと近づいた。

卯月が凛のロボットと考える何かがいる場所にたどり着き、大声で叫んだ。

卯月「凛ちゃん!! そこにいるんですよね!!」

未央「しぶりん! どこ!? 姿を見せてよ!!」

そうやって叫ぶ二人に地上の一般人は目を向け始めた。

空を飛ぶ黒い人間と思える何かが叫んでいる。

次第に人の目は二人に集まっていき、周囲の人間全てが二人に注目し始めた時、二人の目の前の空間から男の声が聞こえた。

「…………おまえら、静かにせぇ…………」

卯月「えっ!? お、男の人の、声?」

未央「だ、誰……? しぶりんじゃ、ないの?」

「…………目立ッとるやないか…………ちぃとばかしこッちに来い…………」

二人は言われるがままに少しだけ近づくと、何かを触れた感じがした。

すると、二人が今まで見えなかった何かが二人の視界に入ってくる。

それは二人が予想していた通り、ガンツの巨大ロボット。

だが、凛のロボットとは違いコクピットが吹きさらしとなっており、そのコクピットに軽量化前のハードスーツを纏った人間が二人にヘルメットに覆われた顔を向けていた。

卯月「あ、あれ? 凛ちゃん……じゃない……?」

未央「かれん……? でも、さっきの声は……」

「…………おまえら何モンや?」

卯月「!!」

未央「やっぱり、しぶりんでもかれんでもない!?」

「……何モンやと聞いとるんやけどな……」

二人は凛だと思って近づき、ロボットを見てほぼ確信していたのだが、こうやって凛でない人間を前にして驚きを顕にする。

それに対して、ハードスーツの男は二人に掌を向けながら質問をしていた。

おまえたち二人は一体何者なのかと、警戒を崩さず、隙を見せずに。

「もう一回聞くで? おまえらは何モンや?」

未央「え、あ……私、本田未央だけど……」

卯月「あ、わ、私は島村卯月です……」

岡「…………岡八郎や」

二人が名乗ると、ハードスーツの男も律儀に名乗りを返して来た。

少しだけ無言の時間が訪れる。

岡「……ッて、違うわ。俺の聞きたい事はなァ、おまえらの名前やなくて、おまえらは一体どッから沸いて出てきたのかつーことや。おまえら大阪の人間やないやろ? しかもその格好……俺よりクリア回数上とちゃうんか?」

卯月「え……? どこからって……私達は東京からですけど」

未央「クリア回数って……私達まだクリアしてないけど……」

岡「…………」

二人の回答に、岡は少し考えているようだった。

岡「……ようわからんな。おまえらさッき空飛んどッたやないか、俺の知ッとる装備に空飛べる装備は一つしかあらへん、それにそのスーツに顔に付けとるモン……全部俺の知らん装備や」

卯月「え、えっと……」

未央「そんなことより、岡さんだっけ? 岡さんは私達みたいな格好の女の子見なかった!?」

卯月「あ……」

岡「……おまえらみたいな格好?」

未央「そう、私達みたいな格好の、黒髪の長い女の子。渋谷凛って子。どこかで見てない!?」

岡「……知らんな」

未央「そっか、ありがとう。しまむー、行こう、こんな事してる場合じゃないよ」

卯月「はい、そうですね」

二人は当初の目的を思いだし、こんな事をしている場合じゃないと、凛を探すために再び飛び立とうとした。

だがその時、突如大きな地震がおき、3人はロボットから振り落とされそうになった。

岡はコクピットに置いていたパソコンを掴みながら、ロボットから伸びるケーブルを掴み持ちこたえる。

卯月と未央も、その場で膝をつきながらも振り落とされるのを防ぐ。

地震はしばらく続き、自身の揺れと共に、3人の眼前に巨大な何かが川を割って現れる。

卯月「な、なんですか、あれ……」

未央「う、牛? でっかい……牛? で、でも、足は蜘蛛みたいで……うぇっ……」

岡「ほォ……こいつは、まさか……」

全員が乗るロボットの先100メートルほど前方に現れたのは、下半身は蜘蛛、頭は牛の姿を持った巨大な化け物。

その大きさは十数メートルはあろうかという巨体。

牛鬼と呼ばれる妖怪その物が現実に現れた瞬間だった。

「ヴォォォモオオオオオオオオォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!」

卯月「っっ!?!?」

未央「うわぁっ!?」

岡「……」

牛鬼の咆哮が空気を振動し、周囲のビルのガラスを全て破壊される。

振動はそれだけに収まらず、辺りの軽いものを吹き飛ばし、一般人も軒並み吹き飛ばされて川に落ちたりするものもいた。

振動は3人にも伝わる。その衝撃を受けた卯月と未央はたじろきながら後ずさっていた。

だが、岡はパソコンを操作しながら、パソコンから延びるケーブルを繋いだXガンを牛鬼に向けてトリガーを引いた。

パソコン画面には点数表示の画面。

岡は牛鬼の姿とその表示された点数を見て手を叩く。

岡「久しぶりやなァ! 待ッとッたでェ!」

突如叫んだ岡に、何があったのかと卯月と未央は岡に視線を向けると、パソコンの画面が目に飛び込んできた。

そこには、点数表示、100点の表示がされた牛鬼が映し出されていた。

今日はこの辺で。

大阪のアーケード商店街を走りぬける一人の男がいた。

恐怖に歪んだ表情で、涙と吐瀉物を撒き散らしながら走り続けていた。

稲葉「ハァッ!! ハァッ!! ハァッ!!」

稲葉は転送されたあと、ただひたすらに逃げ続けている。

自分以外の誰も付近に転送されなかった事を理解してから必死に足を動かし続け、いつ襲ってくるかも分からない星人から逃げる為に逃げ続けていた。

運もよく今まで星人に出会わず走り続けていた稲葉だったが、その稲葉の視線の先に奇妙な顔の人間が映る。

般若の面を被った着物を着た人間。

稲葉はその人間に向かって走り続け、その人間が被っている面が面ではない事に気がつき全力で走っていた足を止めた。

稲葉「う…………あ……」

その般若面の人間は面を被っておらず、その顔その物が般若の顔だった。

稲葉は気付いてしまう、こいつは人間じゃない。

自分を狙っている星人だということを。

稲葉「うワァッ!! ああああッッ!!」

稲葉は般若から逃げようと来た道を逆走しようと振り向いた。

だが、その振り向いた先に、般若と同じような姿の小面の面を被ったような存在を目にしてしまう。

どう見ても仮面ではなく、小面の顔。般若と同じ星人。

挟み撃ちの形となり稲葉はそのまま立ち尽くしてしまった。

どこか逃げる場所はないかと首を動かすが、来た道と進む道以外は壁しかない。

逃げる場所がない。

稲葉「うあ、うあうあああぁぁ…………」

稲葉は現状を理解してしまい、その場に膝をつき頭を抱え蹲ってしまった。

稲葉「い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」

ザリッ、ザリッ、と足音が稲葉の耳に届く。

それは己の死刑執行までのカウントダウンのように聞え、稲葉は発狂寸前に追い込まれるが。

ドンッ! ドンッ!

重い衝撃音と共に足音が消え、人の声が聞こえた事により稲葉は抱えていた顔を上げて前を向いた。

「よけた!! アイツらよけた!!」

「やッぱ足から潰すでッ」

「セオリー通りやなッ」

そこにはサングラスをかけた3人の男達。

Zガンを向けて近づいてきている。

男達のターゲットは先ほどまで稲葉の前後にいたはずの般若と小面。

般若と小面はいつの間にか男達に近づくように歩いており、その手には長い刀を構えていた。

「刀持ッとるやんッ!!」

「じゃあ刀やなッ!?」

「うォーーーーッ!! 切り合いカッケーーーーッ!!」

男達は持ったZガンを手放して、ガンツソードを伸ばし般若達に挑もうとしていた。

それを見て稲葉は、もしかして助かるのではないのか? という思考が頭に浮かび上がってきた。

あの3人は見たこともない人間。

だが、あの武器は確か凛という少女が持っていた武器と同じ。

何度もクリアしている少女と同じ武器を持っているという事はあの男達もかなりの実力者だという事。

そう考えた稲葉は、男達と般若達が交錯し、切り合いになるその瞬間を見届けようと、あの星人達が男達に切り殺される瞬間を見る為にその瞳を動かした。

ガスッ、ガスガスッ。

しかし稲葉が目にしたのは、くるくると放物線を描き自分の座る場所まで飛ばされ突き刺さったガンツソード。

「あらッ?」

「何やッとんねん……ッて、俺の腕どこや?」

「あッははははは! 何斬られとんねん! アホウッ!!」

「アホッて……お前は首斬られとるやんか! アホウ!!」

「お前もや、何死んどんねん!!」

「あ、あらら? 俺ら、全員、首斬られとらんか? コレ?」

稲葉が再び男達と般若達を見ると、そこには首がなくなったガンツスーツの男達と、自分に向かって振り向く般若と小面の姿を目にし、稲葉はその場で膝から崩れ落ちた。

稲葉「ダメだ……俺、死ぬ……死んじまう……絶対に死ぬ……」

今度は般若達から視線を逸らさずに稲葉は絶望に浸っていた。

「弱い弱い弱い……ははははははははッ」

「バカバカバカ……ふふふふふ……ほほほほほほほッ」

何かを言いながら近づいてくる般若達に抵抗する気力すら残っていなかった。

稲葉にあるのは絶望感のみ、もう命を諦めてすらいた。

だが、その稲葉の背後から、銃撃音と必死な叫び声が聞えてきた。

鈴木「イナバ君ッ!! 逃げてッ!!」

稲葉「え、あ? 鈴木、さん?」

鈴木「諦めちゃダメだッ!! 立ち上がッて逃げるんだッ!!」

稲葉「あ、うああううあ……」

鈴木「最後までッ!! 希望を捨てちゃダメだッ!!」

銃を般若達に乱射しながら鈴木は稲葉の前に立ちふさがり、稲葉に檄を飛ばし続ける。

しかし、稲葉は動けなかった。

動けずに、その場で座り込み、ただ成り行きだけを見続けて、

鈴木の両腕が肘から斬り飛ばされる瞬間を見てしまった。

鈴木「あぐゥッ!!」

稲葉「あぁァッ!?」

それを見て、稲葉のへし折れたはずの心に小さな火が灯った。

だがその火は、稲葉の身体を動かす事は敵わず、まだその場から動くことすらできない。

稲葉(す、鈴木さん……腕、斬られて……俺のせいで……)

般若と小面は鈴木に向かって剣を振り上げている。

稲葉(だ、駄目だ。やめてくれ……その人は俺を庇って……)

いつの日か、鈴木にかばわれた瞬間が稲葉の脳裏にフラッシュバックする。

稲葉(そうだ……この人は、あの時も俺を庇って……いつも俺を気にしてくれていて……)

稲葉の脳裏に今まで鈴木がずっと自分の事を気にかけていてくれたことが浮かび上がる。

稲葉(この人だけだ……俺のことを気にしてくれていたのはこの人だけだッた……)

その時、稲葉に鈴木の叫びが届いた。

鈴木「イナバ君ッ!! 君だけは逃げるんだッ!! 諦めるなァッ!!」

稲葉「!!!!」

その叫びは、稲葉の心の小さな火を燃え上がらせて、

今まで動くことの無かった稲葉の身体を弾けるように奮い立たせ。

突き刺さったガンツソードを両手に握り、鈴木の前に躍り出て、般若と小面の剣戟を受け止めていた。

稲葉「死なせねェ!! この人は死なせねェッ!!」

「ほうほうほう……ははははは」

「ふふふふふ、ほほほほほほ……」

稲葉「うおおおああああああアアアアアアアアッッッ!!」

稲葉の二刀流は無茶苦茶な太刀筋であった。

だが、速かった。

恐ろしいほどのスピードで繰り出される滅茶苦茶な剣戟は般若と小面の着物を切り裂いていく。

最初は余裕の素振りを崩さなかった般若と小面だったが、稲葉の振り回す予測も出来ない剣戟にその顔色を変えていた。

「ほおぉぉぉ、これは、中々……」

「ひょほ、ひょほほほほほ! 中々どうして、これはまた!!」

般若と小面も攻撃を繰り出し始める。

目にも留まらぬ速度の剣戟、だがそれを稲葉は回避しカウンターで薙ぎ払い小面の腕一本を斬りおとした。

「何をやッておるかッ!!」

「ほあああッ!?」

さらに稲葉は腕を斬られ硬直した小面の胴体を斬り抜くと同時にもう一本の剣で般若に斬りかかるが、その剣は般若の剣に防がれ、剣を絡め上げるように回転させられて弾き飛ばされてしまった。

「きええええィッ!!」

般若の渾身の振り下ろしを稲葉はもう片方の剣で受け止める。

だが、受け止めた衝撃で稲葉はもう一本の剣も弾き飛ばされてしまい、自身も吹き飛ばされ、腕を斬られた鈴木の元に転がった。

般若はその面のような表情をさらに歪めて、稲葉と鈴木、二人もろとも一刀両断にする為に最後の一撃といわんばかりに飛び上がり、剣を振り上げて。

稲葉がごろりと身体を仰向けにして、その手に持った、先ほどまで鈴木が持っていたショットガンの光る銃口を目にしてしまった。

稲葉「あああああああああああああああああああああ!!!!」

ギョーンギョーン!!

般若の振り下ろした剣は、稲葉の右目を切り裂いた。

その切り裂かれた稲葉は、振り下ろした姿勢のまま固まる般若を睨みつけながら、数秒後に頭と身体が破裂するまで睨み続けていた。

別行動を取っている玄野達はレーダーを確認しながら街を駆ける。

なるべく星人を避けながらも移動していたのだが、玄野達の前方から一般人が血相を変えて走ってくるのを見て走る速度を緩めた。

「や、やばいでェ!! 巨人やァ!!」

「く、食われる、早よ逃げんとアカン!!」

逃げ惑う人々と聞えてくる情報、そしてレーダーに示される光点がこの先に星人がいることを告げていた。

そして、この先の星人が一般人を殺していることも玄野達は悟ってしまう。

加藤「け、計ちゃん!!」

玄野「ああ、大阪のチームがまだ倒してない奴がいるみたいだな……」

坂田「どーすんだ? 避けていくか?」

加藤「なッ!?」

玄野「……いや、見過ごせない。このまま進んで、星人を倒そう」

レイカ「わかッたよ!」

坂田「……しゃーねーな」

玄野の言葉に加藤は表情を和らげる。

自分の思考と同じ事を考えている事に嬉しく感じる。

喜色を浮かべながら駆け抜けた加藤の表情が変わるのは一瞬だった。

そこには巨人が一般人を掴み、その頭を食いちぎる瞬間。

巨人の周囲には溶かされた人間や、食いちぎられた人間が何十人も横たわっている。

それを見て、加藤はYガンを構えて叫ぶ巨人に向かい突撃した。

「だおがえせええええええええええ」

加藤「計ちゃんッ!! 援護頼むッ!!」

玄野「おいッ!! クッソ!! レイカ、坂田、アイツの援護をするぞッ!!」

加藤がYガンのトリガーを引き、Yガンから光るワイヤーが発射され、巨人の身体を拘束する。

一瞬で巻きついたワイヤーは巨人を完全に拘束した……ように見えた。

加藤「なッ!? そ、んな!?」

そのワイヤーは巨人によって引きちぎられて、巨人はその大きな頭を加藤に向けて叫びをあげる。

「だをかえぜええぇぇえぇえええ」

叫びと共に降り注ぐのは巨人の拳。

高速で飛来した拳を加藤はギリギリのところで避ける。

加藤「ハァッ、ハァッ! くそッ!!」

突き刺さった腕を抜き、もう一度加藤に殴りかかろうとした巨人だったが、その顔が数度爆発しその動きを一瞬止めた。

それを行ったのはレイカと坂田。

二人の撃ちこんだ銃撃は、巨人の顔の一部を吹き飛ばして、その注意をひきつけることに成功した。

巨人は離れた位置にいる二人に、口の中から大量の液体を吐き出して攻撃するが、その液体が吐き出される直前に、巨人の足元まで潜り込んでいた玄野が、その両足を切断する事により転倒し、吐き出そうとしていた液体は全て巨人自身に降りかかってしまった。

「ぎゃあああごごおおあおああああああああ!!」

玄野「加藤ッ!! 今だッ!!」

加藤「!!」

玄野の言葉に再び加藤はYガンを巨人に向けて、今度は連続でトリガーを引き続ける。

ワイヤーは巨人の身体を雁字搦めに縛っていき、何重にも縛られて漸く巨人は動きを止めて、加藤のYガンによってその肉体をどこかに転送された。

巨人を倒した玄野達は、その場で生存者を探していたが、生き残っているものは0、死体の山しかその場には残されておらず、加藤は悲壮な表情で死者を弔っていた。

加藤「くそッ……こんなに沢山の人が……」

坂田「……酷えもんだな」

玄野「……」

レイカ「玄野クン……」

玄野「……もうこの場所から離れよう、探す場所はまだある……」

玄野が仲間を探すために動こうとする。

坂田もレイカも玄野について走り出すが、加藤はまだその場で唇を噛み締めながら唸っていた。

玄野「……加藤、行くぞ。俺達は探さないといけない仲間がいるんだ。立ち止まッている事はできない」

加藤「ああ…………」

加藤はその場にあった死体をずっと見ていた。

小学生くらいの少年の死体、目を見開いて下半身がなくなっている少年の死体を。

加藤はその少年の目を手で閉じてやると、玄野の後を追う様に走り始める。


玄野達が走り去って、一人のスーツを着た女性が顔を覗かせた。

「うッわ……ひッどいなァこれ……」

戦場の後、一般人の死体の山を見てその女性は整った眉を歪めて、目を背けていた。

もう見たくはないといった顔で、女性は玄野達が走り去った後を追い始める。

「しッかし、あの東京の人ら、結構やるやん」

「あんなデカブツをあッちゅー間にやッつけるなんて、うちのドS3人組くらいの実力あるんちゃうかなー?」

「最初はなッさけない子達やなーッて思ッたけど、ちょい見直したわー」

「でも、あのでッかい男の子、ずゥーッと泣きそうな顔しとッたなァ」

「もうちょい見てたら泣いちゃうかもしれへんなー」

「臆病な男の子の涙……ええわぁ……」

「観察しよーッと♪」

女性は玄野達には気付かれないような距離を保ちながらその後を追い続ける。

その視線を加藤に向けながら。

玄野達は尚も仲間を探して駆け続けていた。

すでに路上に一般人の姿は殆ど無く、昼間だというのに無人のアーケード商店街を駆け抜ける。

レイカ「く、玄野クン、あれッ!!」

玄野「ッ!? あれはッ!!」

レイカが見つけたのは倒れているスーツの人間たち。

一人だけ動いているが、後の人間はまったく動いていない。

それどころか、倒れている内の三人は首がなく絶命している状態だった。

玄野達はすぐさま駆け寄るが、首が斬られていた3人は自分たちの知らない男達であった。

首だけで目を見開いたまま絶命している男達に顔を顰めつつも、その先の倒れている人物を目にして玄野は目を見開いて叫んでいた。

玄野「おっちゃん!!」

倒れていたのは鈴木、その鈴木の腕は斬り離されて両腕が肘からない状態だった。

その鈴木はまだ意識があるのか、玄野を見つけると。

鈴木「……あぁ、玄野クン、やッと合流できたね……」

玄野「お、おっちゃん……大丈夫……なわけねーよな……」

鈴木「……私は大丈夫だよ。稲葉君がすぐに手当てをしてくれたからね……」

玄野「稲葉が……?」

鈴木の腕を見てみると、何か着物の切れ端のようなものでかなりきつく縛られて血はあまり出ていなかった。

だが、そのまま放っておいたら出血多量になってしまうほどの出血は未だにしていた。

そして、少し先で動いていたスーツの男、稲葉は先にいたであろう星人を切り裂いて倒したことを確認すると、走って戻ってきた。

稲葉「鈴木さんッ!! 無事か!? 意識はまだあるか……く、玄野!!」

玄野「稲葉、これは一体……」

稲葉「玄野ッ!! 頼む!! 鈴木さんを助けてくれ!! このままだと鈴木さんは出血多量で死んじまう!! そうなる前に何とかしてくれよッ!!」

玄野「お、おい、落ち着けよ」

鈴木「……そうだよ。私はまだ大丈夫、意識もしッかりしているし……」

稲葉「だ、駄目だッ!! 鈴木さんは血を流しすぎてんだよッ!! 一刻の猶予もないんだッ!!」

パニックになっている稲葉を見て玄野は逆に落ち着いてしまった。

鈴木は確かに重症を追っているが、意識もハッキリしているしまだ余裕もありそうだ。

玄野は稲葉を落ち着かせ、何が起きたかを聞き、自分たちが鈴木と稲葉を探していたことを告げた。

鈴木「……そッか、大阪のチームの人達と協力を……」

玄野「ああ、奴等強そうな連中だッたから、今回のボスは奴等が倒してくれるはずだ。それまで何とか持ちこたえてくれよ」

鈴木「……はは、頑張るよ」

少し青い顔をしながらも笑う鈴木。

その顔色を見て、加藤がこれ以上血を流すのはマズイと考え、血を止める方法を玄野に提案した。

加藤「計ちゃん、何か火を付けれるもの……ライターとか持ッてないか?」

玄野「いや、持ッてねーけど……いきなりどうしたんだ」

加藤「何か燃やして、剣を炙ッて傷口を焼く。出血を今止めないと後でヤバイことになるかもしれないから……」

玄野「! なるほどな……レイカさん、坂田、稲葉、持ッてないか?」

その言葉に全員が首を振る。

それを見て、加藤は立ち上がり、

加藤「さッきの商店街の店なら置いてあるところもあるはずだ! すぐ取ッて来るから待ッててくれ!」

言うと同時に加藤は走り出し、来た道を逆走し始める。

するとすぐに、見知らぬ顔のスーツの女性を発見した。

「ひゃァッ!?」

加藤「うわッ!?」

正面衝突する寸前で立ち止まり、加藤はその女性を見ながら、

加藤「す、すまない、急いでて……」

「えッ、う、ウン……」

加藤「!! そ、そうだ! ライターとか持ッてないか!?」

「え? 持ッてるけど……」

加藤「本当か!? すまないが貸してくれないか!?」

「あ、ウン」

加藤は女性からライターを受け取るとすぐに玄野達の元に戻っていく。

女性はあっけにとられていたが、すぐに加藤の去った方向に向かって走り始めた。

そうやって少し走っていると、女性の目に首が切り離された死体が飛び込んできた。

それを見て、見知った3人だと気がついて、

「うッそ!? 何コレ!?」

そうやって叫びを上げて、死んでいる3人を信じられない目で見続けていた。

「ウソやん……こいつら死んでしまッたん? 信じられへん……」

玄野達は知らなかったが、3人とも1回クリアをしている人間たち。

ちょっとやそっとじゃ死ぬわけがないと思っていた3人が死んでいることに動揺している女性に加藤が気付き近づいて話を始めた。

加藤「あの……この人たちは、君のチームの?」

「う、うん」

加藤「そうか……」

加藤はチームの仲間が死んでしまいショックを受けているのだと考え、言葉を考えていた。

加藤「仲間が死んでしまッて辛いと思う……だけど……」

「は? 辛い? 何言うとんの?」

加藤「……は?」

「このドS共が死んどるのはビックリしたけど、辛いとかそんなこと思うわけないやん。こいつらにそんな感情は一切湧かんわ」

加藤「……」

吐き捨てるように言う女性に加藤は固まってしまう。

それと同時に、女性のほうから加藤に質問が始まった。

「なぁ、あッちで何やッとんの? キャンプファイヤー?」

加藤「え? あ……仲間の応急処置を……」

「はァ? 仲間ッて……そー言えばあんたら仲間を探すとかどーとか言ッとたな。ケガしたん?」

加藤「ああ、腕を斬られてしまッた……」

「そろいもそろッて、ケガした人を囲んで……あ、わかッた! その子、女の子やろ! めッちゃかわいい子なんやろ!!」

加藤「あッ」

そのまま女性は、取り囲まれている鈴木の顔を見ようと近づいて、倒れている人間が年配の男性という事を目にして信じられないものを見た顔に変化した。

「は…………? オジサン?」

加藤「お、おい。どうした……」

「あのー……あの人達家族かなんかなん?」

加藤「いや、違うけど……」

「……ようわからんわ、なんであんな頑張ッて助けようとしとるん? 普通あれくらいのオジサンは邪魔になるし戦えんわで放置にするもんやないん?」

加藤「そ、そんな事できるわけないだろ!? 仲間なんだぞ!?」

「あはははははは!! 仲間ッてほんまに言うとるん!? あんたらみんなそんな考えなん!?」

加藤「当たり前だッ!」

「ありえへん!! ありえへんわーー!! アホちゃうの!?」

加藤「…………」

「わかッた!! あんたらあれやろ!! 全員そろッて、ギゼンシャ星人!!」

指差して笑い涙を浮かべながら馬鹿にしてくる女性に、加藤は流石にカチンと来たのか女性の言葉に反応する事はなくなってしまった。

「あれ? おこッた?」

加藤「…………」

そうしている間に、鈴木の切断された腕を炙った剣で焼き血を止めた玄野達は加藤を呼んでいた。

玄野「加藤! おっちゃんの血を止める事ができたぞ! お前のおかげ……誰だその人?」

加藤「……大阪チームの人みたいだ。さッきライターを借りたんだ……」

玄野「そうなのか?」

玄野は加藤と女性に近づき、借りたライターを女性に返して礼を言った。

玄野「助かッたよ。コレのおかげで何とか応急処置が出来た。おっちゃんももう血を流してないししばらくは大丈夫のはずだ」

「ぷ、ぷぷッ、ど、どーいたしましてー、ぷぷッ」

玄野「? えッと、俺ら今からさッきの場所に戻ろうと思うんだけど、君も一緒に来るか? こんなところで一人は君も心細いだろ?」

「ぷーーーッ! くすくすくす……あ、あかん、この子、あんなに情けないことノブやんに言うとッたのに……キリッとした顔で……ぷぷ……」

玄野「ど、どうしたんだ?」

山咲「い、いや、なんでもないんよ、なんでも。あ、それと君ッて言うのやめてーな。うちは山咲杏、こう見えても23歳やで?」

玄野「うェッ!? す、すいません……」

山咲「えーのえーの、けッこー若く見られたッてことやからなー。お姉さんうれしいわー、ぷぷぷッ」

レイカ「…………」

加藤「……計ちゃん、早く戻ろう、後見つかッていない渋谷さん達が心配だ……」

山咲「あはははッ! まぁた言うとる! ホンマもんやな君らー!」

加藤「…………」

玄野達はそのまま来た道を引き返し始めた。

負傷した鈴木は稲葉が背負い、残してきた仲間たちのいる場所に全員で戻っていく。

山咲「あッ、そうや!」

山咲は先ほどの首を斬られた男達の付近にあった武器の存在を思い出す。

Zガンが3丁、玄野達はその存在を目にしてはいたが、鈴木の処置に意識をとられて、回収することを忘れていた。

山咲は碌な装備を持っていない東京チームを哀れに思ったのか、

山咲「おーい、キミらー、これ持ッてきーな!」

Zガンを抱えて、玄野達の下に走っていった。

今日はこの辺で。

玄野達は最初に大阪チームと遭遇した場所まで戻ってきていた。

玄野達を出迎えたのは岸本。

岸本は真っ先に加藤の元に駆け寄り、その胸に飛び込んだ。

岸本「加藤君ッ!! よかッた!!」

加藤「あッ……き、岸本さん」

やれやれといった感じでそれを見る玄野は、残っていた風と桜井に誰かが戻ってきたかと問いかけていた。

玄野「どうだ? 誰か合流できたヤツはいるか?」

風「いや……」

桜井「まだ、誰もこの場所には……玄野サン達は稲葉さんと……す、鈴木さん、腕がないじゃないッスか!?」

桜井に力なく笑いながらも、鈴木はまだ大丈夫だと言って、桜井に心配をさせまいと振る舞っていた。

玄野は一旦鈴木と、目を負傷している稲葉をこの場所で待機してもらうことにして、再度見つかっていないメンバーを探すためにレーダーを確認する。

玄野「……もう、探してない場所はさッき大阪チームが向かッた先くらいしかないな」

レイカ「敵の数、大分減ッてるよ? 今ならあの先に行ッても大丈夫じゃないかな?」

玄野「……そうだな」

確かに最初に見たときに比べ、敵の光点はかなり少なくなっている。

それでも、玄野は気を抜かないでいた。

敵が少なくなっているが、その中に前回のような100点の化け物がいたら、1体でも全滅に追い込まれてしまうかもしれない。

事実、前回は1匹にほぼ全員がやられてしまったようなものだったから。

玄野「全員気を抜くなよ、まだミッションは終わッてない、前回みたいな化け物がまた出る可能性もあるんだ、ヤバイと思ッたら全力で逃げてくれ」

玄野の言葉に全員が頷く。

そうして再び捜索チームの玄野、加藤、坂田、レイカは移動を始めた。

居残り組みにZガンを一丁渡して。

玄野達にずっと付いて回っている山咲は加藤にしきりに話しかけていた。

山咲「なぁ、さッきの子彼女? かわいい子やッたなぁー」

加藤「……なんで俺にばッかり話しかけてくるんだよ」

山咲「えー? だッて、あんたが話していて一番面白そうなんだもーん」

加藤「なんだよそれッ」

山咲「あれッ? 自覚ないの? あんためッちゃ変なんやで? 見てて飽きないくらいになー」

加藤「……はァ」

山咲「そんでどーなん? あの子彼女? 付き合ッてどれくらいなん?」

加藤「……一緒に住んでる」

山咲「うッそ!? あんた17歳とか言うてなかッた!?」

加藤「……色々事情があるんだよ」

山咲「へェー、ふゥーん」

加藤「なんだよ……」

山咲「別にィ~~」

捜索する間、ずっと山咲は加藤に話しかけ続け、加藤はそれに仏頂面で返し続けていた。

そして、玄野達は少し開けた広場で大阪チームの面々と再会する事になった。

それも戦闘中の大阪チームと。

大阪チームは巨大な老婆と蛇が一体化した妖怪と戦闘を行っていた。

玄野「ッ!!」

レイカ「な、何、あの星人……」

坂田「……おい、リーダー、ヤバくねぇか?」

蛇の頭は縦横無尽に動き回り、何個かの頭にスーツを着た人間が捕らわれ、その全員が頭に穴を空けられ死んでいた。

そして、広間には数人のスーツを着た人間の死体。

本体と思われる老婆の動きも尋常ではない速度で大阪チームのメンバーに襲い掛かっていた。

加藤「なんだ……あれ……」

山咲「うッわ……なんやあれ……動きがまったく見えへん……」

その妖怪と戦っているのは、長身坊主と黒人、そしてスーツを半分脱いでいるくせっ毛の男と中性的な顔立ちの美青年。

それともう一人。

長髪長身で蛇の頭を事ごとく切り捨てている男、和泉。

全員が尋常ではない速度の攻撃を見切りながら老婆に攻撃を加えていた。

山咲「うッそやろー……あの4人が苦戦しとるんか……?」

大阪チームの4人は明らかに余裕を見せていない。

老婆の攻撃をギリギリで避けてはいるが、何度か掠ってはバランスを崩している。

このままだといつかは攻撃の直撃を貰ってしまう、そんな未来が見える戦闘だった。

山咲「こんな所におッたら巻き込まれてまうわ……キミらも離れんとヤバいでー?」

山咲はもっと離れた位置に避難しようと促すが、玄野達はその場から動こうとせずに、逆に剣や銃を構え臨戦態勢に入る。

山咲「ちょッと! 何やッとるん!?」

玄野「……このデカ銃は使えねーな。アイツ等も巻き込んじまう」

加藤「この銃ならあの星人も拘束して動きを止める事が出来るかもしれない……」

坂田「それだな。あのスピードで動かれてる間は狙いを定めることすら出来ねーよ」

レイカ「なら加藤さんの銃で狙ッて……」

逃げるどころか戦おうと作戦を立て始める玄野達に、山咲は再度玄野達に避難を勧めた。

山咲「ちょッとちょッと!! ホンマに何やッとるん!? あの4人が苦戦するほどのヤツなんやで!? キミらじゃどーしようもないッて!!」

加藤「……あのままだとアイツ等のうち誰かが殺される可能性がある。助けられる命があるんなら助けたい」

山咲「はァッ!? あんたホンマに何考えとるん!?」

そのまま加藤は銃を構え、星人に近づいていく。

山咲「ちょッ!? アホーッ!! ホンマにあかんッてェ!!」

だが、加藤が近づき始めたその時、戦況に変化があった。

老婆の攻撃が更なる速度を持って戦っているメンバーに襲い掛かろうとしたが、大阪チームの全員が一瞬の隙を付いて落ちていたZガンを装備して老婆に向けた。

老婆はそれを見るやいなや、蛇の頭をそれぞれに向けて鞭のように振るった。

その蛇の鞭は視認できるスピードではなく、全員のZガンを吹き飛ばしたかのように見えたが、一つの頭だけ切り裂かれており長身坊主に届くことは無く、長身坊主の撃ち出した重力砲が老婆を押しつぶした。

長身坊主はそれだけでは終わらず、何度もZガンの引き金を引き、老婆の身体が完全に潰れるまで引き続けていた。

加藤「あ……」

山咲「……はァーーーッ、助かッたわ……」

加藤は完全に潰れきった星人を見て、持っていた銃を下げ、それを見て山咲は深いため息をついていた。

戦闘が終わったが大阪チームのメンバーは誰一人笑うことも無く不機嫌な顔をしながら、和泉に詰め寄っていた。

「オイッ! おまえ何なんや!? 獲物に手ェだすな言うたやろーが!」

和泉「……」

「……何とか言ッたらどうや?」

和泉「……」

詰め寄られていた和泉は視線動かし、玄野達に気付くと、その姿を消してその場から消え去った。

「ッ!! 消えやがッた……」

「何やねん……ほんま腹立つやつやなー……」

和泉が消え、大阪チームの面々がそれぞれタバコのようなものを吸い始め、Zガンの上に座って一息を入れる。

大阪チームは玄野達にも気付いていたが、完全に無視をして話し合っていた。

中性的な美青年は、遠く離れた場所で少しだけ顔を出している眼鏡をかけた少年を呼出していた。

「おい! 点数見せてみぃ!」

「は、はいッ」

眼鏡の少年はパソコンを持って全力で走り、美青年にパソコンの画面を見せる。

それを、大阪チームのメンバーは全員が覗き込んでいた。

「85点……やッぱそれくらいあッたか」

「……こいつが今回のボスかァ?」

「いや、ちゃうやろ……今回はおるで」

「俺もそう思うわ。今回はおるな。いつもとちゃう」

大阪チームが話し合っている間にも山咲は加藤の無茶な行動を咎めようとその小さな口から大音量の罵声をぶつけていた。

山咲「あんたなーーッ!! ホンマにアホちゃうの!? あのまま近づいていッとッたらあんた間違いなく死んどッたで!?」

加藤「…………」

山咲「聞いとんの!? さッきのヤツの点数聞えたやろ!? 85やで85!! そんなんに近づいたらあッというまにミンチやミンチ!!」

加藤「…………」

山咲「あんたは分かッてないやろーけど、生き残ッてクリアする方法はヤバいヤツからは逃げて弱ちぃのをやッつけるしかないんやで! あんな無謀なことしとッたら命がいくらあッても足りんわ!!」

加藤「…………」

山咲「もうッ!! 聞いとるんかいな!?」

加藤「聞いてるさ」

山咲「……はァ、もうええわ……」

自分の忠告を聞いているのかいないのか分からない加藤に山咲はがっくしと肩を落とした。

どこまでもアホな行動をする加藤は長生きしないと山咲は思ってしまう。

そんな加藤をなぜか放っておけずに、山咲はもう一度加藤に忠告をする。

山咲「あんた、自分は死なないとか思ッてへん?」

加藤「……いきなりなんだよ」

山咲「だッて、行動がトチ狂ッたアホにしか見えんのやもん。さッきもあいつら助けるーゆーて行こうとしたやん。あんな事するんは、自分は死なないッて考えてるアホくらいなもんやろ」

加藤「……死なないなんて考えてないさ。俺だッて死ぬのは怖い」

山咲「……ホンマにわけわからんわ。死ぬのが怖いのになんであんな事するん?」

加藤「言ッたろ? 助けられる命があるなら助けたいッて」

山咲「助ける……はァーーーーーーーーッ…………」

加藤の言葉に深く深くため息をつき、今度はかわいそうな目で加藤を見る。

山咲「あんなぁ、あんたが助けるゆーたヤツらの事教えたげるわ」

そう言い、山咲はまず長身坊主の男に指を刺して。

山咲「あのボーズの背の高いんが、室谷信雄」

山咲「あいつは4回クリアや」

加藤「!」

山咲「我が強くてむちゃくちゃやりよるけど、みんなあいつをリーダーだと思ッとる」

加藤「4回……」

その次に、黒人の男を指差して。

山咲「あの黒人。あいつみんなからはジョージッて呼ばれとるけど……本名は島木やッたッけな?」

山咲「あいつは3回クリア。中ではあんまいちびッてアホやらん方」

加藤「3回か……」

山咲「そんで……」

くせっ毛の男を指差して続ける。

山咲「あのスーツを半分脱いどるアホが、桑原和男」

山咲「あいつも3回クリア。ド変態のサイテー野郎だけど強さはホンマもんや」

加藤「……ド変態?」

山咲「星人でも女やッたら犯す超ド級変態。セックス依存症。ホンマもんのサイテー野郎。以上や」

加藤「は、はぁ……」

最後に中性的な美青年を指差し。

山咲「そんであの女見たいのが、花紀京」

山咲「あいつは2回クリア。ヤク中で頭ん中までヤク漬のジャンキー」

加藤「や、ヤク……薬か?」

山咲「せや。どいつもこいつもぶッとんだヤツばッかで、フツーとは違う人種。そんでもッて全員複数回クリア経験者。そんなヤツらを助けようとしてたんやで?」

加藤「……」

山咲「あんた、クリア回数は?」

加藤「……ない」

山咲「せやろなぁ、あんたみたいなんはクリアしたらこんな所に残るわけもないやろーし」

加藤「……」

山咲「そんなクリア回数も0回の子が、あいつらを助けよーとしてたんやで? どーやッても足ひッぱッて死ぬのがオチやで」

加藤「……」

山咲「ま、ええわ。ゆッくりクリアのコツ言うのを教えてあげるで、あんたもこれからは自分の命を大事にして…………」

その時、その場にいる全員が地面から伝わる振動を感じ取った。

その振動は大きくなり、大地震といえるほどの揺れとなり揺れ続ける。

その地震と共に、その場にいる全員が目にする。

十数メートルはあるビルよりも大きな牛型の星人が現れる瞬間を。

加藤「なッ、んだ……あれは……」

山咲「…………ウソやろ」

玄野「……デケェな」

レイカ「……何、あれ……」

坂田「はッ……どーするよ、リーダー……」

東京チーム全員がただ呆然とその星人を見上げるだけだった。

大阪のチームも同じく見上げてはいたが、

桑原「……おッたな。間違いないわ」

島木「ああ、間違いないな」

室谷「100やな。どー見ても100や」

花紀「おいメガネッ! 点数はどーなッとるんや!?」

「え……あ?」

花紀「貸せッ!!」

眼鏡の少年からパソコンを奪い取り花紀は牛鬼にトリガーを引く。

そして、その表示された点数を見て、

花紀「100や……アイツが……」

室谷「やッぱ100か」

桑原「……ノブヤン。どーすんの? アレ」

室谷「そうやな……」

桑原「先に言ッとくが、俺はやる気ないわ。岡に任せとかんか?」

室谷「…………島木、お前はどうや?」

島木「…………」

全員が見上げる中、牛鬼は行動を開始していた。

叫びながら何かをして周囲の建物が粉砕されていく。

その様子を見ながら、牛鬼が何かに吹き飛ばされるところを全員が見る。

加藤「なんだ!?」

玄野「いきなり……吹き飛ばされた?……!! まさか渋谷かッ!?」

凛の仕業かと玄野は予想し、大阪チームは別の人間の仕業だと考える。

桑原「あー、もうやッとるわ。岡がもうやり始めたわ」

室谷「……残りの雑魚を片付けるか」

島木「フン……」

大阪チームはレーダーを見て残りの雑魚を倒して終わりと判断し始める。

それは絶対的な信頼を置く男が、あの巨大な牛鬼と戦い始めたからと考えているから。

あの男が負けるという事を微塵も思っていないからそうやって何気なくレーダーを見た。

すると、レーダーの表示に奇妙な表示が発生していた。

少し離れた位置、牛鬼がいる場所に黒い光点。

そして、自分たちのいる場所に黒い光点が二つ。

室谷「あ? なんや? 黒い点があるで?」

室谷が声を出したその瞬間だった。

その場にいる全員にとてつもない圧迫感が襲い掛かり全員が空を見上げた。

そこには、山伏の服装をした天狗。

高鳥帽子を被った人型の犬が降って来て、大阪チームと東京チームの眼前に舞い降りた。

玄野「ッ!!」

加藤「うッ!? おぉッ!!」

玄野達は前回感じた、あのオニ星人と同じ感覚をこの2体から感じ取り、その身体を硬直させる。

坂田も、レイカも、加藤も同じだった。

まったく動けない。動いた瞬間に自分たちの首は宙を舞っているのではないかと錯覚する。

山咲「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁ…………」

山咲は隣にいた加藤の腕を掴み全身を震わせていた。

今まで感じたことの無い本能的な恐怖感が山咲を包み込み、今まで馬鹿にしていたはずの加藤に助けを求めるようにその腕を強く掴み震え続けている。

大阪チームは東京チームとは違いその額に汗を浮かべてはいたが、

桑原「……おい、何やねん。コイツら……」

室谷「……コイツらも、100か?」

島木「かもな……」

花紀「…………」

桑原「ノブヤン、ダンナ、どないすんの? なァッ!?」

室谷「……全員や、全員でかかるでッ!!」

桑原「やるわけやね……」

大阪チームの全員がZガンを構え、それを天狗と犬神に向けようとしたときに、大阪チームの眼鏡の少年が叫んでいた。

「う、上ッ!! なんか、ヤバいッ!!」

それは牛鬼の頭の上にあった。

牛の角から何か黒いエネルギーが発生して、牛鬼の頭上に黒い球体が放電していた。

その球体の放電は球体の周りを回り始め、収束し球体の中に入った瞬間。

黒い球体から、レーザーが発射され、そのレーザーは牛鬼の前方にあった何かを貫くと、横薙ぎに照射され、レーザーが通った場所は大爆発を起こし、その場にいた全員が爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。

大阪の街に巨大なきのこ雲が発生し、崩壊が始まる。

今日はこの辺で。

パソコンの表示画面を見ていた卯月と未央。

100点の星人という事に気付き、視線をパソコン画面から眼前に圧倒的な存在感を放つ牛鬼に映しその身を震わせてしまう。

十数メートルはあろうかという巨体はその身に恐ろしい力を宿していることを見ただけでも理解させられ、下半身が蜘蛛という異形は生理的嫌悪感を二人に呼び起こさせていた。

卯月「う、うぅ……」

未央「あ、あんなのを、どうやって……」

牛鬼の存在に畏怖しながら、徐々にその足が後退していく二人に対し、岡は少し弾む声色でロボットを操作し始めた。

岡「俺は今からアイツと遊び始めッから、おまえらははよ逃げんと死ぬでー?」

卯月「あ、遊ぶって、あんなに大きな牛とですか!?」

未央「む、無茶だよ!!」

岡「はッはッはッ、なんや、心配してくれるんか?」

卯月「あ、あたりまえですよ!」

未央「そうだよっ! 馬鹿なこと言ってないで早く逃げないと!」

3人が話している間に牛鬼に動きがあった。

周囲に何かを撒き散らし、その何かが当たった場所は人だろうが地面だろうがはじけ飛び、連続的な破壊音が鳴り響き始めた。

その何かは、岡の駆るロボットにもマシンガンのように打ち込まれ、それは吹きさらしのコクピットにいる3人にも降りかかった。

岡「ぬぅッ!?」

卯月「!!」

未央「なんっ!?」

牛鬼から打ち込まれたそれは3人に野球の剛速球のような速度で降り注いだが、3人はそれぞれ対処をし始める。

岡は掌からの閃光を連続で照射し降り注ぐものを蒸発させていく。

卯月は流れるような動きでそれを悉く避け、未央は避けつつもその何かを叩き落していた。

卯月と未央に最後に顔面に向かって飛んできたそれは、卯月は未央に、未央は卯月がそれぞれ飛んできたそれを掴み取っていた。

そして、二人は飛んできたものを見て、親指と人差し指で摘むように掴み取ったそれをみて叫びを上げた。

卯月「く、クモ!?!?」

未央「うわあぁっ!?」

二人が見たこともないような大きさのクモに触れてしまって咄嗟に投げ捨てクモを触ってしまった手にえもいえない感覚を覚えてしまう。

二人とも特訓を行ってきて高速で飛来する弾丸を受け止められるまで強くはなっていても、精神的には普通の女の子と大差はない。

そう、二人には大型の虫に対する耐性がほとんどなかった。

卯月「うぅ……背中がゾクゾクしてます……」

未央「なんか手に感触がのこってる……かさかさしてて、ぶにゅって柔らかくて……」

卯月「や、やめてください!!」

未央「ゴメン……自分で言ってて気持ち悪くなってきた……」

卯月と未央はクモを触った手を振りながら、掴んだときの感触を忘れようとしていたが、その傍らに岡がヘルメットの部分、顔を抑えながら唸っていた。

二人はそれに気がつき、

卯月「お、岡さん?」

未央「ま、まさか、さっきのクモが顔に当たったの!?」

二人は岡に近づき、心配しながら岡の顔を覗き込むと。

岡はその手に飛んできて捕まえただろうクモを持ちながら。

岡「アイツの弾丸を目で受け止めたんや」

そう言い、クモを二人に見せて投げ捨てた。

卯月「!? こ、こっちに投げないで下さいっ!!」

未央「ちょっと!? なにするの!?」

岡「……なんや、ノリ悪いのお。そこはツッこむところやろ?」

未央「意味わかんないんだけど!?」

岡「ま、ええわ。そろそろアイツも待ッててくれへんみたいやしな」

岡は牛鬼を見据えながら、ロボットを操作し始めた。

牛鬼は地響きを立てながら、その巨大な身体を動かし、岡のロボットに近づいてきていた。

その牛鬼を迎え撃つかのように、岡のロボットは牛鬼に向かって一歩踏み出した。

牛鬼と岡のロボットは距離を詰めていく。

その間も牛鬼は叫びをあげ、クモを飛ばしているのか周囲の建物は破壊されていく。

その飛ばされてくるクモは吹きさらしのコクピットにも撃ち込まれていたが、その全てを岡は掌の閃光で迎撃していた。

岡「なんや? その程度か? 他になんか持ッとらんのか?」

ロボットを操作しながら器用に撃ち込まれるクモを迎撃する岡。

あくまであの巨大な牛鬼に立ち向かおうとしている岡を見て二人の意識が徐々に変わり始めていた。

卯月「……岡さんはあの大きな怪物を倒そうとしてるんですよね」

岡「ん? せやで。……ッておまえらまだおッたんかいな。さッさと逃げんと死ぬ言うたやろ?」

未央「あんなのを倒す……でも、あれを倒さないと、帰れないんだよね……」

岡「そうやで、戦ッて勝たな終わらんのや、俺が全部やッたるから女子供はどッかで隠れとき」

卯月「……未央ちゃん」

未央「うん……」

卯月と未央は一歩踏み出し岡の横に立つ。

そして、牛鬼を眼前に捉えながらも臆することも無く言い放った。

卯月「私達も戦います」

岡「……ん?」

未央「あの化け物を何とかするの、私達も手伝うよ。あれが今回のボスなんだよね?」

岡「……はッはッはッ、手伝う言うたかー、こりゃまいッたわ」

岡は二人の言葉を耳にして呆れ半分で二人を見た。

顔はバイザーに覆われて見えないが、声や体つきからしてまだ10台と思われる少女。

そんな子供が俺を手伝うだ、100の敵相手に戦うだなにを言っているのかと。

だが、次に二人を見たときに岡の考えは変わる事になる。

岡「ほぉ……」

二人とも岡の横に立っている。

その佇まいは自然体でありながら岡であっても隙を見つけることが出来ないほど。

眼前に100の敵を映しながらも、少しも怯む事も無く、二人から感じられるのは何か強い意志のみ。

そんな二人に興味を持った岡は。

岡「嬢ちゃん等、ほんまに何モンや? ガキのクセにヤレる雰囲気だしとるやんけ」

卯月「私達、ですか?」

岡「そうや、何かやッとるんか? 空手とかピンポンとか」

未央「? やってるって言ったら…………私達、アイドルやってるよ。……休止中だけど」

その言葉に岡はピクリと身体を震わせて、

岡「お、おまえら、中々おもろいやんけ……」

未央「え?」

岡「アイドルは想像もせんかッたわ! 中々鋭いボケ見せてくれるのぉ!」

卯月「ぼ、ボケって……私達本当にアイドルなんですよ?」

岡「そんなわけあるかい! 見とッたわ、銃の弾丸並みの速さで飛んできたものを受け止めれるアイドルがどこにおるねん!」

非常に愉快そうに突っ込む岡はさらに続ける。

岡「嬢ちゃんらほんまおもろいわ、笑いのセンスあるで」

岡「アイツ倒したら、もッと笑えるネタ披露してくれや」

岡は二人に言うと、ロボットの操作を始める。

前進するだけだったロボットは、その速度をあげ、ズシンズシンと走り始めると、牛鬼を殴りつけてその巨大な身体を吹き飛ばした。

吹き飛ばした後も、追い討ちをかけるようにロボットを操作し、牛鬼の頭を何度も踏みつけて牛鬼の頭は足蹴にされるたびに地面に埋め込まれる。

ロボットを自在に操り、一方的にあの巨大な敵を蹂躙する岡に二人は驚愕を隠しきれないでいた。

卯月「す、すごいです……」

未央「め、めちゃくちゃだよ……」

岡「まだまだこんなもんやないで!」

岡は踏みつけて地面に埋まった牛鬼からロボットの足を離し、次にロボットの腕を動かし埋まった牛鬼の頭に近づける。

さらにロボットの操作を行うと、岡の駆るロボットの腕から5メートルはあろうかという巨大な装備が現れた。

その装備は円筒になっており、一見バズーカのような装備だったが、岡がその装備を牛鬼の頭に接触させて操作すると。

岡「まずは一発や!!」

円筒の発射口から巨大な黒い杭が牛鬼の頭に撃ち込まれた。

所謂パイルバンカーという武装だった

パイルバンカーが撃ち込まれると同時に地面が揺れる。

ズンッと鈍く重い揺れが大地を動かし、撃ち込まれたパイルバンカーの威力が相当なものだという事を卯月と未央は理解する。

岡「まだ終わりやないで!!」

岡はさらに操作をして、連続でパイルバンカーを撃ち込みはじめた。

その連続の攻撃は大地を揺らし続け、辺りは煙が立ちこみ始める。

一撃一撃が必殺の一撃。

恐らくはZガン十数回分に匹敵するであろうパイルバンカーの一撃。

それを連続で岡は牛鬼の頭に撃ち込み続けていた。

連続で執拗に、何度も何度も。

すでに牛鬼は動きを止めてしばらく経っている。

そろそろ死んだか? と、岡がロボットを動かし距離を取る。

煙に覆われた中、動くものは何もないかと思われたが、

土煙の中から、頭に多少の傷を負った牛鬼が叫びながら立ち上がってきた。

「ヴォォォゴアアアアアアアァァァアアアアアァァァァァァァァアアアアアアグオオオオオオオオォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!」

致命傷どころか、小さな傷しか負っていない牛鬼を見て、岡も流石に声を出していた。

岡「アレだけやッてあんなもんしかダメージ与えられんのか……ドンだけ硬いんや……」

未央「ウッソでしょ……」

卯月「…………」

流石に信じられないと未央は牛鬼を見ていたが、卯月は牛鬼を見ながら目を凝らしていた。

その鼻から小さく血を流しながら。

すると牛鬼は急に卯月を見たかと思うと、その頭部に変化が生じた。

岡「……なんや?」

牛の角から黒いエネルギーが放出され始める。

それはあっという間に黒い球体となり、エネルギーは球体の周りを回り収束し始める。

そのエネルギーを見て全員が顔を青ざめた。

岡「オイオイオイ、なんやねんそれは!?」

未央「やっ、ばい!! しまむーーーー!!!!」

卯月「~~~~~っ!!」

岡と未央は全力で逃げた。

岡は全力で跳躍し、未央は最後まで牛鬼に手を向けて何かをしていた卯月を抱きかかえて道頓堀の川に飛び込む。

次の瞬間、牛鬼の頭上の黒い球体から光と共にレーザーが発射され、岡のロボットはアメ細工のように切り裂かれて爆発を起こした。

岡のロボットを切り裂いたレーザーはそのまま弧を描くように大阪の街を照射し、レーザーが通った後は大爆発を起こし数百メートルほどの範囲が軒並み吹き飛ばされた。

それを岡は空中を吹き飛ばされながら見続ける。

岡「んなアホな……なんやねんコレ……」

空中で体勢を立て直し、牛鬼から離れた場所に降り立つと岡は崩壊した大阪の街を呆然と見ながら、

岡「……ワレ、なにやッとんねん」

苛立ちを感じさせる口調で、掌からの閃光を牛鬼に照射し始める。

それに気付く牛鬼。

ロボットを破壊したが、その中身は今閃光を撃ち込んで来ている男という事も。

他にも自分の肉体の内部に何かをしようとした存在は今見当たらない。

現状、この男が一番危険だという事を牛鬼は理解し、岡を目標に動き始めた。

岡「……俺はなー、何だかんだ言うて、地元が好きやねん」

十数メートルもあろうかという牛鬼にハードスーツを来た2メートルにも満たない岡が対峙する。

岡「それをこんなめちゃくちゃにしおッて……」

岡は手を広げ、牛鬼に向かって構える。

岡「そうや、お前の相手は俺や、こッちにこんかい。俺がこの手でブチ殺してやるからのー」

足を踏み込み、腰を落とし、

岡「今の俺に、スキがあッたらなー」

牛鬼にヘルメットの奥から鋭い視線を飛ばし、

岡「どッからでもかかッて~~~~~~」

岡は息を溜め、爆発させるように叫びを上げた。



岡「こんかい!!」

今日はこの辺で。

岡はその巨体を揺らしながら襲い掛かってくる牛鬼に閃光を撃ち込みながら考える。

岡(コイツ、アホみたいに硬いわ。掌ビームもマトモに喰らッとんのに傷ついとる気配もない)

岡(そらそうやわな。あのロボの撃ち込みですらあんだけちょびッとのダメージや、正攻法でやッとッたらどれくらいかかるかわからんわ)

岡の放つ閃光は牛鬼に全て着弾していたが、当たった場所は少しだけ焼けた後はあったがほぼ無傷。

ハードスーツの閃光がダメージを与えられないことなど岡の記憶には無かった。

それはロボットによるパイルバンカーの連続攻撃もそうだ、通常の生き物ならばあの攻撃を喰らえば圧殺されて生きてはいない。

岡はこの牛鬼が今だかつて経験したことのないほどの防御力を持っていると判断していた。

そして防御力だけではなく、街を一瞬で吹き飛ばすほどの攻撃力。

攻防、どちらをとっても岡の記憶にないほどの星人。

だが、岡はその牛鬼と対峙しながら、襲いかかってくる牛鬼の一つの特徴を見つけ行動を始める。

岡「お前はなァ~~~~」

牛鬼に向かって一直線に走り出す岡。

岡が近づいてくることを確認した牛鬼は岡に攻撃を加えようとその拳を上空から振り下ろす。

だが、その拳を大きく跳躍して回避する岡。

岡「遅いんじゃ! ボケェッ!!」

さらに振り下ろした腕を駆け上がり、岡は牛鬼の肩に到達して、至近距離でその牛鬼の頭を確認する。

岡「攻撃力も防御力もアホみたいに高かろーがなァ」

岡「そんなスットロい動きで俺をどうにかできると思ッとんのか!」

岡は振り落とそうと動き始める牛鬼の身体にしがみ付きながら、

岡「そうやなァ、こない近づかれたら、オマエはそうやッてガキが駄々こねるみたいに暴れまわるしかないわなぁ?」

牛鬼は至近距離まで接近されてしまった事により、岡に対する攻撃手段を失っていた。

己の手で岡を叩き落とそうとするが、岡は軽い身のこなしでそれを避け続ける。

岡は牛鬼の弱点というものを分析し、その弱点を突くように行動をしていた。

それは巨体ゆえに小回りが利かないこと、そして岡よりも数段遅い行動速度。

岡に攻撃するにしてもその初動は岡が見てから行動しても回避できる速度であった。

それでも、牛鬼が鈍重というわけではなかった。

その巨体に見合わない速度で攻撃をしていたが、岡はその巨大な腕を振り回す攻撃を難なく回避し牛鬼の死角、後頭部に張り付くことに成功した。

岡「どうや、次はどーすんのや? さッきのワケわからんビームで攻撃するか? できんわなァ、自分ごと吹ッ飛ばしてまうからな」

岡は牛鬼の後頭部で尚も暴れまわる牛鬼に問いかけていた。

岡「暴れてももう無駄や、オマエをがッちりホールドしとるからのォ」

牛鬼がどれだけ暴れようが振り落とされない岡。

岡の左手は牛鬼の頭部にある傷口をしっかりと固定していた。

その傷口は先ほどロボットの攻撃で出来た傷。

頭に裂け目が出来て、中から青みがかった体液があふれ出してきていた。

岡「血かなんかようわからんが、オマエの頭に傷口が空いて、中から液体が溢れてきとる」

その傷口に岡は右手を添えるようにあてがい、

岡「表面は硬くても中身はどーなッとんのか…………試したるわァッ!!」

岡が右手から閃光を生み出し、その生み出された閃光は牛鬼の傷口から頭の中に吸い込まれていった。

それを連続で数発。

さらに牛鬼の動きは激しくなるが、岡は構わず撃ち続ける。

連続で打ち続けるうちにその傷口から液体が大量に溢れ出す、他に出来た浅い傷口も同じように液体が噴き出していた。

それを見て岡はヘルメットの中で口元を歪め勝機を確信した。

やはり、内部の強度はそこまで高くない。

そして、徐々に動きが止まり始める牛鬼。

岡「コレで、終いや!!」

岡はホールドしていた左手も離し、両手で傷口に閃光を撃ち込む。

百を超える数の攻撃。

その攻撃は、牛鬼の動きを完全に止めて、

「ゴボァッ!!」

牛鬼の目は内部からの圧力で両目とも飛び出し、その口からは青みがかった液体が大量に吐き出される。

牛鬼が叫びをあげていた口から液体が逆流するくぐもった音を出し、それと同時にその巨体はゆっくりと大地に沈み込んだ。

道頓堀の川から卯月と未央が這い上がる。

未央「けほっ、けほっ……だ、大丈夫? しまむー?」

卯月「はぁ、はぁ……は、はい。なんとか……」

川の中は爆風によって渦巻いており、二人は川の流れに巻き込まれていた。

卯月の手をずっと握っていた未央は、川の底を蹴り上げて卯月と共に氾濫する川から抜け出す。

そして、二人は崩壊した街を見ることとなった。

卯月「な、なんなんですか……これ……」

未央「ま、街が……」

先ほどまでビルが立ち並んでいた街並みはどこにも無く、見渡す限り瓦礫の山。

唯一存在感を放っているのが上半身が牛で下半身が蜘蛛の巨大な星人。

その星人も地に伏した姿でピクリとも動いていない。

卯月「まさか……さっきのあれでこんなことに……?」

未央「信じらんない……こんな……」

破壊されつくした後の光景、二人とも信じられない思いで立ち尽くしていたが、すぐにその脳裏に凛の事が思い出される。

一瞬でここまで破壊された星人の一撃。

もしも、あの近くに凛がいたのなら?

その可能性に気付き、二人は顔を青ざめて飛び上がる。

卯月が未央の手を持ち、数十メートル飛び上がると数百メートル四方が瓦礫に多い尽くされていた。

破壊の範囲の広さに、二人に思い描いてしまった最悪のイメージが現実味を帯びてしまう。

凛も爆発に巻き込まれ、この瓦礫の下に埋まってしまっているのではないか、と。

そう考えてしまった二人は、上空から瓦礫の山に向かって叫び始めた。

卯月「り、凛ちゃーーーーーん!! どこにいるんですかぁぁぁっ!!」

未央「しぶりーーーーん!! 返事をしてぇぇぇ!!

その二人を見上げる、星人の頭にいる男。

岡「……あの嬢ちゃんら、生きとッたんか……せやけど、一体何やッとんのや……?」

先ほどこの星人が撃ち出した、とてつもない威力の光線。

岡は二人もあの一瞬で回避していた事に感心しつつも、空を浮きながらも叫び続ける二人に疑問を浮かべていた。

人を探しているようだが、あの光線に巻き込まれたのか? それならば生きているわけないだろうと思い岡は星人から飛び降りる。

岡「はァ……ほんま、なんやねんこれは……」

飛び降りた岡は瓦礫の山を見てため息をついていた。

岡「……これ、どーすんのや? 戻ッたら元に戻る訳もないやろうし……」

その場で腰を下ろし、頭を抱え始める。

岡「……明日、職場は地獄やな……」

そして、岡は訪れるであろう激務の予感を感じながらも転送を待っていた。

カサ……。

岡「!?」

音がした。

星人から確かに何か動くような音。

岡「……まさかオマエ」

岡は立ち上がり、星人に目を向ける。

牛の頭は青みがかった血を吐き出して動く気配はない。

念のためにヘルメットで星人の頭を透過して見てみるが、骨は健在だが、脳は無い。

中にあったであろう脳は消し飛んで消滅している。

この状態で生きているはずが無い。

岡「…………」

岡はさらにその巨大な星人の肉体を透過していく。

上半身、内臓のようなものがある。

さらに透過すると管のようなものが見えた。

恐らくは血管だろうか? その管には未だに流れが続いている。そう、血液の流れが未だに続いていた。

岡「なんやて!?」

岡が驚愕と共にその血管の流れに目を動かしたときに、星人の身体にも動きがあった。

牛の上半身は動いていない。

だが、その下半身。

蜘蛛の下半身が、8本の足を伸ばしその巨体を再び動き始めた。

岡「……そッちが本体か」

岡のヘルメットの内部に映し出されるもの。

蜘蛛の腹の部分に巨大な脳と、血液の流れが集中している心臓と思われる器官があった。

岡がそれに気が付くと共に、巨大な蜘蛛は岡に向けて数本の足を高速で伸ばし攻撃し始める。

先ほどの牛の上半身のパンチとは違い、その足から繰り出される突きは凄まじい速度だった。

そして、その先端は鋭利な刃物を思わせるように尖っており、岡はその足に貫かれたように見えた。

岡「あッぶないのォ~~~~……」

その攻撃を岡は紙一重で避け、蜘蛛の足の僅か数センチ横に立ち。

岡「行儀の悪い足は、一本もらッとくで!!」

ハードスーツの肘から伸びたブレードを蜘蛛の足へ斬りつけた。

ガンツソードと同じ切れ味を誇るそのブレードは今までどんな敵でも斬り裂いてきた。

しかし、そのブレードは蜘蛛のごつごつとした足の表面に接触すると共に、

バキンという音を上げてへし折れてしまった。

岡「なッ!?」

一瞬の驚愕が岡に隙を生む。

数本上空から振り下ろされた足を岡は完全に避けることができずに、

ヘルメットを切り裂かれ、ハードスーツの腕を破壊され、その左腕に浅くない裂傷を刻み込まれてしまった。

岡「グッ……」

岡はさらに襲い掛かる足から逃れるようにハードスーツから煙を噴射し視界をくらまし、ハードスーツを抜け出すと、地面を転がり距離を稼ぐ。

岡が元いた場所は、蜘蛛が主のいないハードスーツを貫き続けていた。

それを見て、ハードスーツの防御性能でも意味が無いことに苛立ちながら、岡はホルスターのガンツソードを装備して体勢を立て直した。

岡「……左手は……あかんな、全く動かん……」

だらんと垂れ下がっている岡の左腕は肘の部分を深く切り裂かれて多量の血が流れていた。

岡「……刀でもヤツの攻撃を受けることはできんな、あの足のほうが刀より強度も鋭さも上」

岡が目にした蜘蛛の足はごつごつとしていたが、刃物のような鋭さも持っていた。

ハードスーツのブレードでもへし折られた以上、ガンツソードでも同じことだろう。

岡「…………なるほどな、やッぱり、そッちが本体に間違いなさそうやな……」

岡は蜘蛛の腹の下からその全体を見た。

すると、今まで死角になっていた部分、牛鬼の上半身からほんの少し下に複数の眼球と大きな口を発見してしまった。

その口からは先ほど牛鬼の角に渦巻いていた黒いエネルギーが吐き出されていた。

岡「……はッはッはッ、なんや、まさかその口からさッきのビームを吐き出すんやないやろうな?」

岡が口に出したその問いに答えるように、蜘蛛の口にエネルギーが渦巻き収束し始める。

岡「…………」

岡の眼前のエネルギーは再びその力を解放し、レーザーとして岡に向かって撃ち出された。

空に浮かぶ卯月と未央は再び動き出した巨大な星人を見てその顔を青ざめていた。

空から見た星人は牛の頭は目玉もなく、口から液体を吐き出していたグロテスクなものだった。

それが急に動き出して、二人の浮かぶ高さと同じ位置にそのグロテスクな頭が持ち上がり、二人はそれをまともに視界に入れてしまった。

卯月「う、うぇぇぇ……」

未央「な、なんなのもう!? 死んでるんじゃないの!?」

その星人は二人には目もくれずに足元で何かをやっているようだった。

それに気が付いた未央はその足元に目をやると、そこには蜘蛛の足に貫かれる岡の姿を見てしまう。

未央「あっ……」

その視線を追う様に卯月も目を追うと、そこには左腕から血を流しながらガンツソードを構える岡の姿。

卯月「お、岡さん、酷い怪我を……」

未央「ま、まずいよしまむー、あの人助けないと!」

明らかに星人に狙われて重症を追いピンチに陥っている岡。

このままだと殺されてしまうと二人は考え、岡の加勢に行こうとしたその時、

星人から異様なプレッシャーを感じ、二人とも弾けるようにその視線を星人に向けた。

するとそこには、先ほど見た黒いエネルギーが星人の一部に渦巻いており、そのエネルギーは岡に向けられるように渦巻いていた。

未央「うっそ!? あ、あれってさっきの!?」

卯月「っ!!」

そのエネルギーが収束し、撃ち出される瞬間、卯月は未央と共にさらに上昇すると共に、片手を下に向けて、その超能力を発動した。

岡は星人からレーザーを撃ち込まれる直前、その身に急激な浮遊感を感じる。

次に気が付いたときに、岡は自分が空中にいる事に気がつく。

岡「な、なんやッ!?」

自分に起きている現象に思考を回す間もなく、地上から巻き起こった爆発が岡に衝撃をもたらす。

地上から数十メートルの位置だが、巻き起こった爆風は岡に衝撃を与え続けるが、岡は吹き飛ばされることも無くその場に留まり続けていた。

岡「グゥゥッ……」

その岡の傍に卯月と未央が飛んでくる。

二人とも地上で巻き起こっている大破壊に唖然としながらも、岡の安否を気遣っていた。

卯月「だ、大丈夫ですか!?」

未央「し、しまむー、早くその人つれてもう少し上に逃げないと!」

岡「……空、か?」

未央の言葉に卯月が岡の手を取り、さらに上空に飛びあがろうとすると、

岡「待て、ちょッと待てや」

卯月の手を振り払い、行動に静止をかけるように岡が卯月に質問を始める。

岡「嬢ちゃん、さッき俺を空に飛ばしたんはおまえか?」

卯月「そ、そうです! 今も浮かばせているんです、早く手を取ってください、能力で飛ばすよりこれで飛んだほうが早いんです!」

焦りながらも岡に手を差し出す卯月を見て少し考える岡。

そして、ほんの少し、何かが纏まったようで岡はその髪をかきむしるように乱暴に頭を掻くと。

岡「俺、おまえらに助けられたんか?」

岡はかなりその顔を顰めながら卯月に問う。

卯月「そ、そんなことより早く手を取ってください!」

未央「し、しまむー! ヤバイ! 気付かれたよっ!!」

その岡の問いに二人は答えず、星人に気付かれてしまった事に焦りを見せていた。

卯月は無理矢理にでも岡の手を取ってさらに上昇しようとするが、岡はガンツソードの刃を完全に縮めて地上にいる星人に向き直った。

そして、岡は卯月に言う。

岡「嬢ちゃん、降ろしてくれんか?」

卯月「な、なんですか!?」

岡「だからなァ~、この空に浮かばせとる状態を解除してくれ言うとんのや」

岡の発言に卯月は耳を疑ってしまう。

岡は確かに降ろしてくれと言っている、それは今だ爆風が巻き起こる地上に、

そして、その爆風をもろともせずに存在し、こちらを見上げている星人の元に向かうと言っている。

卯月「な、何言ってるんですか!? 死んじゃいますよ!?」

岡「死にそうなのは、今この瞬間じゃ……自分が情けなさ過ぎて死にたくなるわ……」

未央「何言ってんの!?」

岡「この気分をどーにかするには、アイツをブチ殺さなどーしようもないわ、ほんまあかんわ、なんやねんこれ……」

岡は自分が助けられてしまった事に泣きそうになっていた。

下手したら自分より一回りは年の離れた少女たち。

その少女達に助けられる事は岡のプライドに大きな傷をつける。

未央「馬鹿なこと言ってないで早く捕まってよ!」

卯月「そ、そうですよ! はやく……え? 何、やってるんですか?」

焦る二人を尻目に、岡は空中で体勢を変化させて、頭を地上に向ける。

その足の裏を、二人の足の裏に重ねるように動かして星人をその視界に入れて、

岡「足に力入れとき、俺が0言うたら蹴るんやで」

卯月「え……え??」

未央「ちょ、ちょっと?」

岡「3、2、1ーー0!」

岡はカウントダウンを流れるように言った後、二人の足の裏を蹴り星人に向かって弾丸のように飛び去った。

岡の無茶苦茶な空中移動により、二人はさらに上空に押し上げられ、岡は推進力を得て星人に突撃をする。

空中を飛ぶ岡は先ほどまで感じていた感情を怒りに変換して全て眼前の星人へ向けていた。

岡「ほんまオマエ何やねん!? 街はメチャクチャにするわ、俺をガキに助けさせるわ……オマエをブチ殺さんと気がすまへんわ!!」

空から飛来した岡は最初に破壊した牛の角に手をかけて牛の頭の頭頂部に降り立った。

すぐに蜘蛛の足が2本岡に向かって襲い掛かるがそれを紙一重で回避して、岡は右手にガンツソードを装備して、頭から牛の口に移動した。

岡「オマエ外は硬いみたいやけど、中はそうでもないッちゅーのは確認済みや」

動く気配の無い牛の口を無理矢理こじ開けて岡はその中に入り込む。

岡「オマエの中をぐちゃぐちゃにしたるさかい、覚悟しとけや」

岡はそのまま星人の体内に侵入を開始した。

視界は効かないが、先ほど透過した時に体内がどうなっているか記憶している。

岡は手に持ったガンツソードを短剣サイズに伸ばし、星人の内部を切り裂き進む。

下半身の蜘蛛の部分にある脳と心臓を破壊する為に。

未央「あ、あの人、あの怪物の口に入っていったよ?」

卯月「し、信じられないです……」

上空から二人は岡の行動を目撃していた。

牛の頭に張り付いたかと思ったら、その口をこじ開けて中に入っていった。

恐らくは自分の意思で、その一連の行動をとった岡を信じられないと見続ける二人。

しばらく呆然としていた二人は、急に今までよりも激しく暴れ始めた星人を見てその意識を取り戻す。

未央「な、何?」

星人はその足を伸ばし激しく暴れまわっていた。

その巨体が暴れまわり、足を何度も地面に突き刺し地上は大地震のような振動が生み出され、突き刺された場所は陥没しクレーターが発生する。

だが、その動きは徐々に小さなものになってきた。

暴れまわっていた足は震え始め、数本の足が折れ曲がって星人は転倒する。

卯月と未央はそこで星人の下半身、蜘蛛の部分を見ることとなった。

そして、その顔色を真っ青にする。

その口から発射寸前の真っ黒なエネルギーが自分達に向いている事に気付き。

卯月「うっああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

卯月は全力で前進した。

その直後、卯月達のいた場所に黒いレーザー光が貫き、その光は遥か上空に消え去った。

そして、そのレーザーを撃ち出した星人はそれが最後の断末魔だったのか、転倒した状態で完全に動きを止め、その眼球から光を消して完全に活動を停止した。

今日はこの辺で。

遥か下に雲が存在する上空。

空を飛べる生き物でも到達する事はできないほどの上空に二つの存在が対峙していた。

一つは真っ黒なスーツを身に纏い、両手の双大剣を下に向け、6つの黒球を頭上に展開し、顔を覆うそのバイザーの下から眼前の敵を油断無く睨みつける凛。

もう一つの存在は、全身が鱗に覆われて、両腕から触手を伸ばし、大きな翼をはためかせ空に浮かぶ、まるで悪魔のような化け物。

両者はお互いの存在をその視界にいれ、言葉を交わすことも無く戦闘を開始した。

凛(まずは先手を取る!!)

凛は双大剣を数十メートル近く伸ばし、化け物に斬り付ける。

凛の大剣は驚くほどあっけなく化け物の身体に届き、化け物はその肉体を分断させられた。

だが、すぐさま半分に割れた肉体がくっ付き元通りになり凛に襲いかかる。

近づかれるたびに距離を取りながら凛は化け物との距離を一定に保つが、徐々に化け物の速度が上がっていく。

凛(くっ……再生スピードがとんでもなく速い……剣でバラバラにしてから焼き尽くそうと考えていたけど、このままじゃそれもできそうにない……)

凛(黒球を動かしてアイツに攻撃をしようにも……空を飛ぶ思考と黒球を動かして攻撃する思考を同時にするのがきつい……)

地上ならば黒球を動かしながら剣で攻撃する事は可能だった。

だが、今、この空のフィールドで空を飛ぶ制御と黒球を動かして攻撃する制御を同時にする事は今の凛には出来なかった。

凛(こんなことなら卯月にお願いして飛行リングの練習をさせてもらうんだった……)

卯月に飛行リングを上げた事には何の後悔もなかったが、空を飛ぶ練習をさせてもらえればよかったと考える凛。

そうやっているうちにも化け物はまた一つ速度を上げて凛に迫ってくる。

そこまで来て、剣では埒が明かないと理解し、掌の閃光での攻撃に切り替える。

凛(ロックオンは完了している、撃てば全弾アイツに当たる)

凛(さらに上空から狙い撃ちをして、肉片一つ残さずに消し飛ばしてやる)

凛は急上昇してさらに上空に移動しながら、大剣を一旦終い両手をフリーにして飛びながら閃光を発射し始めた。

連続で発射される閃光は空中で起動を変化させながら流星のように化け物に降り注いだ。

化け物はその閃光に焼かれながらも瞬時に再生を行い続けていた。

だが、上空から降り注ぐ閃光はその数を増し、やがて化け物に降り注ぐ閃光は視界全てを覆うほどの数となっていた。

眼下の化け物が動きを止めて再生を始めだすと同時に、凛も上昇を止めてその両手を化け物に向けてさらに連続で撃ちこむ事に専念する。

しばらくは凛が撃ち込み、化け物が再生し続ける状態が続いた。

だが、その均衡は徐々に化け物の再生スピードより凛の閃光を撃ちこむ速度のほうが勝り、化け物の肉体は少しずつ削り取られていった。

凛(よしっ! いけるっ!)

削り取られて小さくなっていく化け物に追撃を続けこのまま押し切ろうとする凛だったが、化け物の肉体が上半身のみとなったところで、凛の閃光がまともに化け物に着弾し、化け物はその肉体を四散させた。

凛(!!)

そこで凛が化け物に行っていたロックオンが解除される。

目標が無くなり解除されたのだが、凛は四散した肉片にさらにロックオンをかけ閃光を撃ち込み続ける。

視界に入る全ての肉片をロックオンしようとするが、落下していく肉片の一部が視界から消えてしまった事に気がつき凛は慌てて急降下を始めた。

凛(まずい……今、確かに小さい肉片がロックオンすることが出来ずに落ちていった……)

凛(まだ、間に合うはず、早く追いかけて焼き尽くさないと、また……)

凛は追いかけてその肉片を発見する。

いや、すでに肉片ではなく、数十センチの肉の塊となってそれは落下していた。

凛はそれが最後の肉片だという事が分かり、ロックオンをして最後の一撃を撃ちこんだが、

凛「っ!?」

その肉の塊から人間の腕が伸び、その腕の掌からハードスーツの閃光と同様の閃光が発生し凛の閃光を相殺した。

凛「ちっ」

凛はさらに連続で閃光をその腕と肉の塊に撃ちこむが、その撃ちこんだ閃光は全て相殺されて腕と肉の塊は無傷。

それどころか、肉の塊からもう一本腕が発生し、凛に向けて閃光を撃ち始める。

凛は自分に向かってくる閃光を全てロックオンして打ち消した。

そして、閃光を打ち消した凛が再び肉の塊を見ると、もうそこには肉の塊ではなく、全裸の男の姿があった。

その男は、最初に見た老人の顔だったが、その肉体は老人のそれではなく、若く筋肉質な肉体。

その男はどうやっているのか、翼も使わずに宙に浮き、腕を組んで凛を見上げていた。

「興味深い…………ひじょうに…………」

凛「…………」

先ほどの化け物の姿から一変して人間の姿に変化した星人。

だが、その身から放たれるプレッシャーはさらに強いものとなり、凛の額に一筋の汗が流れ落ちた。

凛は片手に大剣を装備しなおして、男に構えを取り、

「ほう……」

左手から閃光を撃ち出しながら、右手で大剣を伸ばし男に攻撃を開始した。

男は凛が撃ちだす閃光を全て相殺しながら、その剣を回避し続ける。

「ほほう、そうかそうか」

凛の剣の速度はすでにハードスーツの力も合わせ、今繰り出される全速の剣戟だった、だがそれも男には届かず回避され続ける。

凛「くぅぅ……」

凛は剣を回避し、閃光を相殺しながらも徐々に距離を詰めてくる男に焦り始めていた。

このままの戦法だと確実に見切られて接近されてしまう。

できれば接近させたくない、今のこの状態で接近戦は恐らく自分が不利。

そう判断した凛は剣を振りながらも別の戦術を考えていた。

凛(このままだとジリ貧……剣も閃光も届かないって、アイツの学習能力が速すぎる……)

凛(片手で振りぬける限界速度で打ちこんでいるのにかわされる……二刀流で全身を使って剣を振りぬけば多分まだ当てることができる……)

凛(あの手を斬り飛ばして連続で閃光を撃ちこめれば今度こそ肉片一つ残さず消し飛ばせるはずだけど……)

凛(二刀流で閃光を撃ちながらの攻撃は……掌の閃光は剣を手放してしまう可能性もあるし……やっぱり黒球をどうにかして動かして攻撃をするしかないけど……)

凛(空を飛びながらじゃ……どうしようも……)

凛(飛びながら…………?)

そこで閃いた。

凛(そうだ、別に飛んでいなくてもいい)

凛(落下しながらなら、飛行する思考もしなくていいし、黒球を動かすことに集中できる)

それは自由落下しながらの攻撃するという考え。

空を飛んでいる状態で、自由に黒球を動かせないのならば、空を飛ばなければいい。

あの男の上空から、落下しながらならば黒球を動かして攻撃をすることも可能、二刀流で戦うことも可能。

思い立ったが即断、凛は両手に双大剣を装備して上空に飛翔し、男とある程度の距離を空けて飛行リングの制御を完全に手放した。

飛行していた凛はその身を自由落下に任せて落ち始める。

男を見ながら6つの黒球を男の周囲に移動させて、黒球から閃光を発射した。

「おっ……」

男は黒球の閃光を掌から照射する閃光で相殺しようとするが、6つの閃光を相殺しきれずに再びその肉体を焼かれ始める。

だが、それもつかの間、男は黒球から生み出される閃光を全て相殺し始めた。

「うん、なるほど。そうかそうか」

高速で腕を動かし全ての黒球からの閃光を相殺する男。

あっという間に凛の黒球の攻撃に対応した男だったが、閃光を相殺する為に全身を動かしていた為に、上空から襲い掛かってきた二つの刃を避け切ることができずに、その腕を斬り裂かれてしまった。

「おぉッ?」

斬り飛ばされて空中を舞う手は、まるで意思を持ったように動く黒球に閃光を照射されて燃え尽きた。

「ほう、そうかそうか」

男は腕を一瞬で再構築し始めたが、その身にまたも上空から凛の双大剣襲い掛かった。

今度は斬り裂かれずに回避したが、男の背後に回りこんでいた黒球が男を撃ちぬく。

「ぬッ?」

その黒球が撃ち抜いた場所は風穴が空いたまま再生されず、男は閃光に撃ちぬかれた衝撃で固まってしまった。

その固まった男を、凛の剣が完全に捕らえた。

凛「貰った!!」

空中でその身を回転させながら凛は剣を振り回す。

剣で男の身体は半分になり、さらに返す剣で男の身体は4分割され、その男の肉体を凛は斬り刻み続けた。

縦横斜めと斬り付け、バラバラとなった肉片を黒球の閃光で焼き尽くす。

今度は一遍の肉片も残さないと、凛は全神経を集中させて男を分解し閃光を撃ち込み続け、その肉片一つ残さず完全に消し飛ばした。

凛は上空で男を完全に消し飛ばしたことを確認すると、少しだけ警戒を解いていた。

凛(完全に消し飛ばした、肉片一つ残さずに)

いくらなんでも肉片一つ残さず消滅してしまったら再生するも何もないだろう。

倒した、100点の敵を単騎で。

その実感が沸き、凛の脳内に快楽物質が生み出され始めたときにそれは起きた。

凛の真下、地上から響く大きな衝撃音、そしてビリビリと響く衝撃波。

凛「え……? 今の何?」

雲海に阻まれ地上の様子は見えない、だが確かに何かが起きた。

凛「下で、何かが起きているの?」

この上空まで届く衝撃波、明らかにただ事ではない。

何かとんでもないことが起きていると直感した凛は地上に向かって急降下を始めようとした。

その凛に、今まで感じもしなかった寒気が襲いかかる。

凛「っ!?」

突風と共に、霧状の何かが舞い上がっている。

雲のような煙のような霧状の何かは凛の眼前で形を形成し始め、

凛「嘘……まさか……」

徐々に霧状から泡立つように骨格が現れ、その骨格に肉がへばりついていく。

へばりついた肉は人の形状に変化して行くが、人間の姿にはならずに、顔は肉に覆われず髑髏顔のまま、肉が形成された場所も神経や筋肉がむき出しとなっており、その背からは無数の骨が翼のように突き出ていた。

凛「うぅ……」

今まで様々な星人を見てきたが、凛はこの星人がそのどれとも違う異質な星人だという事を直感的に理解していた。

恐怖の感情に蓋をしているはずなのに、恐ろしいと感じる。

本能的なものが逃げろと叫んでいる。

少しだけ感じ始めていた快感も消し飛んで冷たい汗と恐ろしいほど早く鼓動する心臓音が聞える。

今までに無い精神状態、凛は自分の精神を元に戻そうと必死になっていた。

そして、その凛に、目の前の化け物は、

「ふーっ……ふーっ……おもしろい……ふーっ……よもやこれほど……ふーっ……興味深い……ふーっ」

凛(……ヤバいかも、何なのコイツ……)

化け物が言葉を放つと凛の全身に冷たい汗が噴き出して、さらに全身がビクリと震えた。

明らかに自分は恐怖している。

今まで、いや、星人との戦いを自分から受け入れてから、星人に恐怖することなど一度も無かったのにだ。

それだけ、この化け物は今までの連中とは格が違うということ。

そして、この化け物をどうにかして倒さない限り誰一人生きて帰れないという事を理解してしまった。

凛(もう出し惜しみも何もない、私のできる最大の攻撃をコイツに喰らわせるしかない)

凛(この双大剣の消滅現象。これを使うしかない)

凛(さっきも消し飛ばしたはずなのにこいつは再生してきたから、消滅現象でも再生する可能性もある……)

凛(いや、閃光での攻撃は消滅というよりは焼き尽くして消し飛ばす方法、こっちは恐らく完全消滅させる……はず)

凛(さっきは多分細胞が残っていて再生された……? 細胞一つ残さず消滅させれば倒すことも出来る……?)

凛(駄目、不安になっている。考えがまとまらない、このままだと撃ちこむ前に殺されてしまう……)

凛(私の心臓、うるさい……少し黙って……私の恐怖の感情、邪魔……)

凛の精神状態が急速に冷めていく、それと同時に全身の汗が止まり恐ろしいほど高鳴っていた鼓動が小さく、微弱な鼓動に変化する。

「ふーっ……まだ何か見せるか……ふーっ……そうか……ふーっ……」

凛は両手の大剣をだらりと下げて持っていた。

構えとも呼べない完全に脱力した状態で軽く握っている。

凛(アイツの動きを完全に止めて、消滅現象を引き起こす)

凛(さっきみたいな攻撃は恐らくもう通じない、コイツの学習能力は尋常じゃない)

凛(そうなるともう、接近戦)

凛(バラバラにして、肉片が散らりきらない一瞬で決める)

凛(アイツの攻撃を避けきり、私の攻撃を叩き込む)

凛(単純だけど、確実にしとめられる方法はもうコレだけ)

凛(アイツも待ってくれないし、他の作戦を考えている暇もない)

凛(やるしか……ない)

凛が決断をしたときにはもう凛の身体は動いていた。

イメージは最速で最短に敵の懐に入り攻撃する。

そのイメージは飛行リングに余すことなく伝わり、凛の動きは残像を残すほどの速度に達し敵の懐に潜り込んだ。

そして、懐に潜り込んだ凛は軽く握った剣を振り切った。

その一撃は完全なノーモーションでの攻撃。

無駄な動作が全て無い無拍子の一撃は確かに化け物の肉体を斬り裂いた。

そして、その斬り飛ばした凛の眼前に、丸い骨の球体が現れる。

その骨の隙間から閃光が生み出されるその瞬間を凛は見た。

その球体は凛の黒球を模して作った化け物の武器。

その閃光を凛は至近距離で目撃し、

凛の胸に閃光が照射された。

凛「がっ! はぁっ!?」

閃光が照射され凛は吹き飛ばされる。

唾液と肺の息を吐き出しながら空中を回転しながら数百メートル吹き飛ばされて空中で静止した。

凛「がはっ!? げほっ!!」

凛は胸を押さえて、その胸部に大きな窪みができている事に気がつき目を向け、胸部がへしゃげた軽量ハードスーツを見て戦慄する。

凛「こほっ……一発で……ハードスーツが……」

全壊までには至っていなかったが、ハードスーツはすでに異音を発しており次の一撃で確実に破壊されることが予想された。

体勢を立て直す凛の視界に、6つの球体を浮かべながら高速で接近する化け物の姿が入る。

先ほど凛が斬り裂いた部分はもう再生が完了し、化け物は無傷で襲い掛かってくる。

凛はハードスーツも半壊し、次の攻撃で完全にスーツを破壊されると判断し、

両手の剣のフィールドを同時起動させた。

敵が凛の射程距離に到達するまで数秒。

凛(時間が……足りない……)

消滅現象を引き起こすには最低でも5秒、それまでに敵は襲い掛かってきてしまう。

凛(まにあわ…………)

高速で襲い掛かる化け物が凛の眼前、十数メートルに差し掛かかった。

凛の眼に、髑髏の顔が大きく映りこみ先ほど凛を吹き飛ばした球体が映りこんだかと思った瞬間、

化け物の半身が突如、雲海を割って立ち昇る黒いエネルギーに飲み込まれ消滅した。

凛「っ!?」

黒いエネルギーは空を貫き、さらに上空に突き抜けていった。

何が起きたのか一瞬理解できなかった凛は、化け物の半身がゆっくりと落下していく様子を見て我にかえった。

今まで一瞬で再生していたのに、再生する素振りも見せずに落下していく化け物。

もう少しで自分を攻撃して殺せたはずなのに、それもせずに無防備に落下していく。

それは凛に一つの予想を連想させるに十分な光景だった。

凛(再生しない? 何故? 今の謎の攻撃を喰らったから?)

凛(いや、違う。再生しないんじゃなくて……できない? 私の攻撃だとこんな事は無かった。今の攻撃……完全な不意打ちになる攻撃を喰らって…………っ!!)

凛(そうか……見えた! アイツの再生条件!)

凛は直感する。

あの化け物は見えないところからの不意打ちが有効。

凛(チャンス!! 今なら完全にアイツを消滅させることが出来る!!)

そして、不意打ちを喰らった今、化け物は無防備な状態で抵抗できずに自分の攻撃を叩き込むことが出来る。

細胞一つ残さずに消滅させることが今なら可能。

凛は落下していく化け物を追う様に、急降下し化け物の下半身に双大剣を突き刺し重力と無重力のフィールドを同時発生させた。

消滅現象が発生するまで5秒。

凛(このまま、消し飛ばす)

4秒。

凛(大丈夫、動きもしない、このまま消し飛ばせる)

3秒。

凛(このまま……このまま、お願い……)

2秒。

凛(まだなの……? 早く……)

1秒。

消滅現象が発生する1秒前。

その最後の1秒で、凛の右手にどこからか現れた腕が触れた。

凛「っ!?」

その腕は凛の右の二の腕にそっと触れたかと思うと、その掌から閃光を生み出し、凛の右腕はハードスーツあらぬ方向にへし折れた。

凛「ぎぃっ!!」

その衝撃で凛は大剣を一本手放してしまった。

もう1秒あれば消滅現象を引き起こせていたはずなのに、その1秒が足りなかった。

そして、接近した状態で凛は急速に再生していく星人の姿をその眼に映してしまった。

残っていた下半身から上半身が形成されていく。

今度は血管や筋肉が浮き出ておらず、皮膚も形成されていく。

真っ白な透き通るような白い肌。

丸みを帯びたボディラインは女性の肉体であると一目で分かった。

その肉体はさらに形と大きさと美しさ、その全てを備えた女性の象徴の双房を作り出し。

最後に頭部が形成され、黒く輝く腰ほどまである黒髪の女性の姿を象って星人は完全に再生を果たしてしまった。

その星人の姿を見た凛は攻撃をする手を止めて、ただ呆然と、

凛「わ、私?」

自分と同じ顔の星人を見ながら呟いていた。

顔は凛その物といってもいいほど瓜二つ。

だが、その肉体は完全な別物。

凛が未成熟な果実だとすると、星人の肉体は完全なる旬の果実。

真っ白で透き通るような肌、豊満なバストと官能的なボディラインを太陽に照らされ、見るもの全てを虜にするほどの肉体を惜しげもなく晒していた。

その凛の顔を持った全裸の星人をただ凛は見続けていた。

そして、星人は凛に首をかしげながらも、

「次は何を見せるのだ?」

「おまえは興味深い、まだ何かを持っているな?」

「見せてみろ、おまえの全てを」

凛「…………」

「どうした? 来ないのならばこちらから行くぞ」

凛「くっ!」

凛は動かなかった、いや動けなかった。

今の状況でこの星人を倒す方法がなかったから。

凛(右腕は折れて使い物にならない……これじゃ二刀流も出来ない……)

凛(不意打ちの攻撃をしようとしても、今のコイツにそんな隙なんか無い……さっきみたいな完全なイレギュラーが無い限りどうしようもない……)

凛(私一人じゃ……勝てない……)

凛の脳裏に浮かぶのは共に訓練をしてきた4人の顔。

凛(未央、卯月、加蓮、奈緒……みんながいてくれたら……)

凛(私一人じゃなくて、みんながいてくれたら、こんな状態にはなってなかった……)

凛は初めて戦いで弱音を吐き出していた。

昔は一人でどんな敵でも狩りつくしてみせると考えていた凛だったが、この数ヶ月で自分の心を揺れ動かす4人と共に過ごしその思考が変化していっていた。

4人との絆を深めることによって、凛は弱音を見せるほどまでにその精神性を弱めていた。

その凛に手を向ける星人。

星人の手にはいつの間にか凛の持つ大剣のような武器が握られており、それを凛に向けて叩きつける。

それを左手の大剣で受け止めるが、凛はそのまま後方に吹き飛ばされた。

星人は吹き飛ばされていく凛に一瞬で追いつき、今度は両手に武器を生み出し、凛に叩きつけるように振り下ろした。

その攻撃も凛は防ごうとするが、あまりの攻撃の重さに大剣を弾き飛ばされて、追撃の一撃をまともに喰らってしまった。

凛「うぐっ!?」

星人の一撃を喰らった凛はそのまま地上に落下していった。

星人の一撃で飛行リングの一部を破壊されてしまい空中を飛ぶことも制御することもできずに雲を突き抜け隕石のごとく地上に落下していく。

上空数キロ地点からものの十数秒で地上に到達し、凛は瓦礫の山に叩きつけられて、凛の落ちた場所は大きく陥没し、その中央で凛はスーツ越しに伝わった衝撃で肺の中の空気を全て吐き出していた。

凛「がはぁっ! げほっ! ごほっ!」

目の前が真っ白になっている。

ハードスーツは今の衝撃で完全に破壊されたようでパーツが飛びちっていた。

スーツ自体はまだ無事なようだが、キュウウンという異音が聞え、もう限界が近いという事を示している。

動くことすらままならない凛に、星人が雲を割って襲いかかってきた。

星人は地上に落ちた凛を見つけると、その頭上に浮かんだ6つの球体と掌から閃光を生み出し凛に撃ちこんだ。

それを凛はただ見ている。

地面に埋め込まれて動くことが出来ない状態で見続けていた。

凛(……まずい、アレを喰らったら死ぬ……)

凛(……1発でハードスーツを半壊に持っていかれた攻撃……ハードスーツが壊れてしまった今、確実に死んでしまう……)

凛(……避けないと……避けて距離を……)

凛(…………動け、ない……体が動かない……)

凛(………………死ぬ? 私、死ぬの……?)

星人の閃光が眼前にまで迫ってきて凛は死を覚悟した。

動けない、防御も出来ない、対処も出来ない。

完全な詰み、間違いなく死ぬ。

凛はその眩い光を目に焼き付けながら、

ズンッ、ズンッ、ズンッ、ズンッ!

自身を焼き尽くすであろう光が重い音が何度も発生すると共に掻き消えた瞬間を目にして思考が停止した。

凛「…………え?」

そして凛は聞きなれた声を耳にする。

「凛、危なかったねー」

「間一髪ってとこだな」

バチバチと凛のすぐ傍で放電が起こり、何も無い空間に人の姿が現れた。

「凛がそこまでボロボロにされるなんて、今回のボスは相当な奴みたいだね」

「……この街の状況を見ても、とんでもない敵がボスだって言うのは間違いないよな」

透明化状態を解除したその二人は、両者ともZガンを構えていた。

凛はその二人の名前を搾り出すように呼んだ。

凛「加蓮……奈緒……」

加蓮と奈緒は凛を守るように一歩前に出て、

加蓮「凛、ここはアタシ達に任せて」

奈緒「凛をそんな目にあわせた奴はあたし達がぶっ飛ばしてやるからな」

ボロボロとなった凛に共に戦う仲間が合流し、星人との最終ラウンドが始まった。

今日はこの辺で。

凛は自分の目の前で自分を守るように立つ二人を呆然と見ていた。

自分がやられる寸前、本当に死ぬ寸前にタイミングを合わせたかのように現れた加蓮と奈緒。

幻でも見ているのかと考えた凛だったが、二人の放つ怒気をその肌で感じ取り本当に二人は幻でも何でもなくここに存在するのだと実感した。

その二人の放つ怒気、それは凛をここまで傷つけた星人に対して向けられる怒り。

親友である凛が殺される寸前だった。

それだけで二人の怒りのボルテージは頂点にまで上り、

加蓮「凛をこんな目にあわせた奴は……あれね。空から悠々と降りてきて……潰してやるかな……」

奈緒「……凛が傷ついた分をそっくりそのままあの野郎に返してやる」

空から降りてくる存在に二人の怒りがそのままぶつけられ、二人とも身を低く沈め、飛びかかろうとしていた。

だが、それに待ったをかけたのは、凛。

凛「ま、待って……二人とも、待って! 行かないでっ!!」

加蓮「……凛?」

奈緒「どうしたんだ……?」

必死な声色で自分たちを止める凛に二人とも振り向いた。

凛から切羽詰った雰囲気を感じ、二人とも熱くなった思考に少しだけ冷たい風が通り抜けた。

凛は二人の状態が危ういものだとすぐに気が付いた。

怒りに身を任せて冷静な判断が出来ていない。

二人とも凛がボロボロに傷ついている姿を見てしまったからこそ、そのような状態になっているのだが、今あの敵に冷静な思考を欠けて、無策で飛び込んでしまったら一瞬で殺されてしまう事は明白だった。

今まであの敵と戦っていた凛だからこそ、あの敵の恐ろしさを理解した凛だからこのままだと二人とも殺されてしまうという事が分かってしまった。

凛は加蓮と奈緒を止める。

だが、その静止は今からの戦闘を止めるものではなかった。

凛「二人とも……聞いて……」

折れた右腕を押さえながら凛は立ち上がった。

加蓮「凛、無理しちゃ駄目。怪我は右手だけじゃないでしょ?」

奈緒「そ、そうだぞ、そんなボロボロの状態で無理して起き上がるのは……」

凛「私は大丈夫。今、痛みは殆ど感じてないから」

加蓮の言うとおり、凛の怪我は右手の骨折だけではなかった。

空の上から落下した衝撃はスーツ越しにも十分伝わり、凛の全身は軽くない打撲を負っていた。

だが、その痛みを凛は現在感じていなかった。

死ぬ寸前までに追いやられた凛の脳内からは脳内麻薬が分泌され、全ての痛みを一時的に消しさり、その集中力の鋭さも今まで以上になっていた。

奈緒「痛みを感じてないって……」

凛「戦いで追い詰められるとよくなるんだよ。……そんな事より、アイツは今までの敵とは別格の敵。二人が何も知らない状態で挑んだら多分殺されちゃうよ」

加蓮「……もしかして、今回も100点?」

凛「うん、そう」

奈緒「マジかよ……」

100点の星人。前回のオニ星人の姿を思い出す二人。

怒りで渦巻いていた頭に前回味わったあの圧倒的なまでの絶望感が二人に襲い掛かる。

だがそれもつかの間、加蓮と奈緒に並ぶように隣に足を運んだ凛を見て二人は凛を止めようとする。

加蓮「ちょっと凛! 無茶しちゃ駄目だって!」

奈緒「そうだって! 凛は戦いが終わるまでもう動くなよ!」

二人の制止に答えず凛は星人の特徴を告げ始めた。

凛「聞いて。アイツは再生タイプ……多分アイツが認識している攻撃は全部再生される。倒せるとしたら、アイツが認識も出来ないような完全な不意打ちくらいしか手段はない……と思う」

凛は自分の状態を確認しながら説明を続ける。

凛「加えて学習能力が尋常じゃない。再生するたびにこっちの攻撃を学習して似たような攻撃をやってくる。私がもう何回もアイツをバラバラにしたけどそのたびに再生して、私の攻撃はもう殆ど通じない状態」

右手は完全に折れている。だけど痛みはない。全身の打撲もそうだ、痛みは感じない。

武器は吹き飛ばされたときに全て手放してしまっている。

ハードスーツも壊れた、バイザーも衝突した衝撃でどこかに吹き飛ばされた。

通常のスーツのみの状態。

凛「形状は不定形。再生するたびに姿を変えてきてる。化け物の姿から人間の姿、男女の区別も付かない、そして今のアイツは……」

凛の視線の先の星人の姿が二人にも映る。

加蓮「り、凛?」

奈緒「え、えっ? なん……」

凛の顔を持った豊満な肉体の女性。

星人は両手に剣状の武器を持ち、頭上に6つの球体を浮かべ凛達にゆっくりと近づいてくる。

最初は凛の顔をした裸の女性に戸惑いを感じた加蓮と奈緒だったが、その星人から発せられる威圧感をその身で感じ思わず数歩後退していた。

凛「アイツの特徴はこんなところ。それじゃ、加蓮、奈緒、私がアイツの気を引きつけるから、二人は身を隠してアイツに不意打ちを食らわして倒しちゃって」

加蓮「ちょ、ちょっと! アレを引き付けるって……そんな身体で無茶だよ!」

奈緒「そ、そうだって! あたし達が何とかするから凛はもうこの場を離れて……」

凛「気遣ってくれるのは嬉しいけど、アイツは私を標的にしてる。私がおとりになれば不意打ちの成功率はかなり高くなるはず」

視線を星人から外さずに凛は二人に言った。

途轍もない威圧感を放つ星人に、その傷ついた身体で立ち向かおうとしている凛。

最初は無茶だと考えていた二人だったが、凛のその佇まいが怪我をしていると思わせないほど洗練されており、その表情は怯むこともなく、小さく笑みまで浮かべていた。

二人とも何度も戦闘経験を経て、相手の実力を把握する能力を培っていた。

近づいてくる星人は二人が怯むほどの存在、だが、今この横にいる凛もそれと同じくらいの力を持った存在だという事を二人は感じ取っていた。

加蓮と奈緒は先ほどまで考えていた凛への気遣いを頭の外に追いやった。

怪我をしている、だが凛は万全の状態。

ならば自分たちのする事は?

万全の状態の凛と共に、あの規格外の星人を打ち倒すこと。

加蓮と奈緒はお互いの顔を見合わせ、どちらとも言葉を発することなくお互いの感情を理解しあっていた。

そして、その加蓮に凛は声をかけた。

凛「加蓮、剣を貸してもらえる?」

凛は星人に向かい一歩踏み出す前に、ガンツソードを加蓮から譲り受ける為に手を出す。

加蓮は凛の頼みに答え、凛にガンツソードを手渡した。

そして、加蓮も凛の隣に立ち、持っていたZガンを奈緒に渡し、ハードスーツを完全に装着して拳を握りこんだ。

加蓮「凛、アタシもおとりになるよ」

凛「……おとりは私だけで十分だって。不意打ちを成功させるには二人とも隠れてチャンスを狙ったほうが……」

加蓮「逆だよ凛。おとりが多いほうがそれだけチャンスは増える、アタシと凛がおとりになって奈緒が完璧な攻撃をアレに撃ち込む。それがベスト。オーケー?」

凛「加蓮……」

加蓮「そういうわけで、奈緒。アタシ達がアレを完璧に引き付けるから、完璧な一撃を決めちゃって」

奈緒「簡単に言って……責任重大すぎるだろ……」

あの星人に完璧な不意打ちを成功させる。

恐らくは命を賭しておとりを引き受ける二人には攻撃を当てないように不意打ちを成功させる。

それがどれだけ難しいことなのかと奈緒は考えていた。

その奈緒に加蓮はあっけらかんと絶対の信頼を感じさせる口調で、

加蓮「できるでしょ?」

奈緒は加蓮から問いかけられるその言葉に一呼吸だけ置いて、力強く答えた。

奈緒「任せとけ!」

加蓮「うん、任せた」

その言葉に満足そうに頷き加蓮は隣に立つ凛に右拳を突き出す。

加蓮「そういうわけで、おとりはアタシと凛。フィニッシュは奈緒。アタシ達は奈緒が決めてくれることを信じてアレの足止めをする」

その右拳に凛はやれやれといった感じでガンツソードを握ったまま左拳を合わせる。

凛「もう……」

そして、その拳から伝わる存在感が、万全な精神状態となっていた凛をさらに押し上げた。

凛「頼らせてもらうよ。加蓮、奈緒」

加蓮と合わせていた左拳を回転させて親指を立て奈緒に向ける。

それを見た奈緒は小さく笑いながら、両手にZガンを装備して戦闘準備を完了する。

奈緒「よし、あたしの準備は出来た……いや、凛! 剣を伸ばしてくれ!」

凛「了解」

凛はそのまま左手に握られたガンツソードのスイッチに親指を這わせてガンツソードを伸ばした。

凛は背後から何かカチャカチャと音を耳にして、奈緒が何かをしているのだと気付いて声をかける。

凛「奈緒? 何をしてるの?」

眼前の星人から目を離すことが出来ない凛は奈緒の行動を問いかけるが、

奈緒「ちょっとした思い付き……だけど、うまくいけば完璧な不意打ちを撃ち込める魔法をかけたんだ」

凛「へぇ……」

加蓮「どんな思いつきなの?」

奈緒「それは……」

奈緒が答えようとしたその時、すでに十数メートルまで近づいて来ていた星人が動きをみせた。

その身を低く屈みこみ、地面を砕きながら超速で接近する星人。

3人はそれを見た瞬間、同時に飛び出した。

凛は星人に向かい剣を構えて。

加蓮は凛と星人を飛び越えるように上空に。

奈緒は両手にZガンを構えたまま後方に。

――みんな。

――絶対に。

――勝つぞ!

凛と星人が交錯し、戦場に轟音が鳴り響いた。

星人が凛に詰め寄り、上段から二刀の振り下ろしを仕掛けてきた。

その一撃は重く、通常のスーツならば押しつぶしてしまうであろう威力の一撃。

その一撃を凛は、左手のガンツソードを斜めに構え、力の向きを変えて受け流す。

「ほう?」

受け流されて地面に突き刺さった星人の剣はすぐに地面を粉砕しながら斬り上げられた。

しかしその振り上げられた剣は凛を真っ二つにする事はなかった。

それどころか、凛はその振り上げられた剣の刀身に乗り、軽く跳躍して星人の背後を取るという曲芸師も目を見張るような軽業を見せた。

「なんぞ? それはなんぞや?」

くるりと振り向く星人に凛は攻撃する気配も無く、小さく息を吐きながら星人を見続けていた。

右腕をだらりと下げながら左手の剣を正眼に構える。

それに対して星人は無造作に剣を横薙ぎに振るう。

無造作ながらもその速度は眼にも留まらぬ速度の一撃。

だが、その一撃を凛は一歩後退することで避けていた。

凛(……見える)

凛は星人の攻撃をまるでコマ送りの映像を見るように捉えていた。

再び星人からの攻撃、今度は二刀を交差させるように繰り出してくる。

その攻撃も凛にはまるで止まって見えていた。

踵に重心を置き回転させるように身を動かし星人の攻撃を回避する。

凛(この感覚……何度も経験したことがある……)

凛(そう、死ぬ寸前のあの感覚……)

凛は気付く。

今のこの状態は、死ぬ寸前にいつも感じる全てがスローモーションになる感覚。

極限状態に置ける一種の特殊な感覚を今の凛は操ることが出来ていた。

それは先ほど死ぬ寸前に追いやられた事が引き金となった。

死の瞬間を垣間見て得た感覚、そしてそれと共に今までに無いほど高まった集中力が合わさり今この瞬間のみ凛は死の瞬間の感覚を自在に操る術を手にしていた。

今の凛には全てが止まって見える。

星人の攻撃も全て止まって見えていた。

どんなに速い攻撃だろうとその全てを凛は回避し続ける。

星人の繰り出す攻撃は全てが視覚できないほどの攻撃で、超高速で繰り出されるその連続攻撃は凛と星人の周囲を破壊しつくしていった。

それを遠巻きで見る加蓮は自分が入っていくことすら出来ない戦いを瞬き一つせずに見続けていた。

加蓮(とんでもない速さ……凛も信じられないくらい無駄のない動きで避け続けてる……)

加蓮(だけど、このままだと……)

加蓮はこのまま凛が星人の攻撃を避け続けれないと判断していた。

星人の攻撃は一撃を受けただけでスーツごと持って行かれてしまうほどの攻撃。

一発でも攻撃を喰らったら終わり、その圧力の中永遠に避け続けることなどできるわけがない。

しかも星人の速度は心なしか徐々に速くなってきている。

このままだと凛は捕まってしまう、そして捕まった凛の未来は確実な死。

加蓮の心臓の鼓動が大きく跳ね上がった。

加蓮(ふーーーっ)

ドクン、ドクンと凄まじい速度でなり続ける鼓動。

何度落ち着かせようとしても鼓動は弱まるどころか強くなり続ける。

張り裂けそうな胸の鼓動と共に加蓮は凛と星人の繰り広げる死の舞台に足を踏み出す。

加蓮(凛は完璧に避けているけど、攻撃をしていない)

加蓮(伝わってくる、凛は攻撃をしないんじゃなくて、できない状態なんだ)

加蓮(あの星人、凛を攻撃しながら学習している。その攻撃を避けながら攻撃をするなんて余裕は凛にはない)

加蓮(それなら、凛が攻撃を出来ないなら)

加蓮は足を進め、暴風のような攻撃の嵐の範囲内に入り込んだ。

そして、加蓮の精神状態は一つ上の段階に切り替わった。

凛は星人の攻撃を避け続けながらも決定的な攻撃を繰り出せないことにほんの少しだけ苛立っていた。

死の間際の感覚、通常の何百倍にも匹敵する体感時間を以っていても、動かせる肉体の限界はある。

凛の今の精神状態に肉体がついてこない、その状況に凛は少しだけ苛立ちを感じる。

だが、その苛立ちは凛の視界に加蓮が映る事によって露と消えた。

――加蓮!!

――凛、合わせるよ!!

お互い声を発していない。

だが何を考えているのかが理解でき、その声が伝わってくる。

幻聴とも感じられるその声は確かに二人が考えていることだった。

凛が星人の攻撃を避ける。

その刹那、星人の肉体は背後から繰り出された加蓮のハードスーツの刃により皮一枚を残して輪切りにされた。

「ぬっ?」

星人の千切れかけた胴体は回転しながら加蓮の姿を捉え、球体を動かして加蓮に照射した。

だがその球体から放たれた閃光は加蓮を焼くことは無く、凛のように一切の無駄のない動きで紙一重で回避していた。

「ほう、もう一人か?」

背後から攻撃された部分を直さずに星人は地面にその頭をつけて、凛と加蓮に攻撃を始めた。

先ほどよりも苛烈に、両手の剣と6つの球体から閃光を撃ち出しながら攻撃をし続ける。

その不規則な攻撃は予測することも困難な攻撃であったが、二人ともその全てを避けきり、再び視線を交差させた。

――加蓮、超高速の攻撃合わせれる!?

――今なら何でも出来る気がするよ、やって!!

お互いの思考が分かる。

極限までに高まった精神状態が成せる現象なのか、二人はそれを不思議とも思わずに受け入れていた。

お互いの息遣いも、張り裂けそうな鼓動ですらも感じられるほど同調した二人。

その二人が星人を圧倒するほどの攻撃を見せた。

まず凛が左手に持っていたガンツソードをあえて折れた右腕に持ち変える。

二の腕からへし折れたはずの右腕だったが、痛みを感じていない凛は右手にガンツソードを握り締めて振り抜いた。

凛の骨が折れた部分は一瞬で伸びきり凛の右腕は長くなったように見えた。

そして、振るわれた右腕はまるで鞭のようにしなり、凛の右腕の間接は全て外れ凛の右腕は3メートル近い長さになっていた。

そして、その右腕を、ガンツソードをしっかりと握り締めた右腕を凛は鞭のように振るい斬撃を繰り出した。

その速度は学習した星人を以ってしても知覚することも出来ずに、音を置き去りにして星人を袈裟懸けに分断した。

「おっ、おぉぉ……」

斬り裂かれた星人だったがその頭上の球体を凛と加蓮を焼く為に動かす。

肉体は地面に這いつくばってはいたが、まだ二人を殺しえる武器は宙に浮き二人を焼きつくさんと動き始めた。

だが、その球体が動いたその時。

凛が再び右腕を振るいその一つを切り裂いた。

切り裂かれた球体は浮力をなくし地に落ちる。

しかし、凛が切り裂いた球体は一つだけ、残りの五つは今も二人を焼き尽くそうと閃光を生み出そうとしていた。

そうして閃光を生み出す瞬間、激しい金属音が鳴り響き宙に浮かぶ二つの球体が切り裂かれた。

それを成したのは加蓮。

あろうことか加蓮は凛の繰り出した音をも置き去りにする斬撃を弾き、軌道を変え球体に向かわせて切り裂かせたのだった。

音速の一撃を合わせられたのも全てはお互いの精神状態によるものだった。

凛がどこに攻撃するかさえも加蓮は手に取るように分かった。

そして、それは凛も同じ、加蓮がどう動くのかが見える。

お互い何をするかが分かっているからこその神業、今この瞬間だけの奇跡の業だった。

――やるね。でも、まだまだいくよ? 目を回さないでね

――任せて、全部受け止めてあげるよ。

凛が繰り出した音速の斬撃は球体を斬り裂き、さらにその軌道を加蓮が変えて全ての球体を斬り落とした。

だが、それに留まらず、二人の舞は苛烈さを増し続ける。

すでに星人の肉体は原型を留めていない。

音速で繰り出される連続攻撃に成すすべもなく星人は斬り裂かれていた。

だがこれではこの星人を倒すことは出来ない。

このまま攻撃を続けていても再生されてしまう。

そう二人が考えた直後、今まで斬り裂かれていた肉片が集まり一つの肉塊が生まれた。

その肉塊から何かが生れ落ちようとしたその瞬間、

二人はどこかからか聞えてきた声を聞いた。

――凛!! 剣を刺して飛べっ!!

――奈緒!? 分かった!!

凛は後方に飛びのきながら肉塊にガンツソードを投げつけた。

音速で肉塊を貫いたガンツソードはそのまま地面に突き刺さり肉塊を固定する。

そして……。

凛と加蓮から分かれた奈緒はZガンを持ちながら大きな瓦礫に背を預け目を瞑っていた。

目を瞑りながら奈緒は己の張り裂けるような心臓の音を聞きながらも、その時を待っていた。

奈緒は視覚を遮り聴覚に全神経を注いでいた。

瓦礫の影から身を出して星人に気付かれないために。

少しでも自分の姿を晒してしまったら気づかれてしまうのではないかというその一抹の不安が奈緒に全神経を聴覚に注ぐ要因となっていた。

だが、星人の姿を見ることも無く不意打ちをかける、そんな事は不可能。

しかし、奈緒には一つの策があった。

それは、凛に手渡したガンツソードに仕込んだ策。

奈緒はZガンのロックオン機能を使い、凛に手渡したガンツソードをロックオンしていたのだった。

奈緒は凛が星人にガンツソードを突き刺すその瞬間を狙っていた。

本当は凛に説明してガンツソードを突き刺す事に専念してもらいたかった、だが時間が無さ過ぎて説明することも出来なかった。

しかし、奈緒には不思議な感覚があった。

説明をしていない、だけど凛と加蓮は自分のしたいことを理解してくれている。

確証も何も無かったが何故かその感覚を奈緒は信じる事にした。

自分の心臓の鼓動と共に、二人の息遣いや二人の鼓動、そして二人の会話が頭の中に聞えてくるその感覚を信じ。

そして、奈緒は目を瞑りながら自分の感覚を高め続ける。

目を瞑っているが奈緒には二人の位置が分かった、二人の行動が分かった、そして二人の思考が手に取るように分かっていた。

二人は今あの星人を信じられないような連携攻撃で追い詰めている。

バラバラにして原形もとどめないほどの状態にしている。

だけど、これだと倒せない。

そしてこの状態だとガンツソードを突き刺そうにも刺すことができない。

奈緒は気配を殺し、感覚を研ぎ澄ませ、二人の戦いを感じながらその時を待っていた。

確実に訪れるであろうその時を。

そして、その時は来た。

凛と加蓮が何かを見つけた。

それを感じた瞬間、

――凛!! 剣を刺して飛べっ!!

奈緒は二人にだけ伝わるくらいに気配を発し心の中で叫んだ。

奈緒のその心の叫びに、

――奈緒!? 分かった!!

凛の声が返ってきた。

加蓮もいる、感じる、みんな繋がっている。

凛も加蓮も飛びのいてくれた。

凛はガンツソードを星人に突き刺して固定して逃げられないようにしてくれてる。

奈緒はその両手にもったZガンの引き金を絞り込み。

奈緒(あぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁああぁぁ!!!!)

その引き金を何度も何度も何度も引き続けた。

凛と加蓮が飛びのいた瞬間それは起きた。

ガンツソードが突き刺さった星人が潰れた。

Zガンの破壊痕、それは一度ではなく二度三度四度とガンツソードを中心に発生し続けていた。

星人であった肉塊は数度のZガンの攻撃で完全にその形を失い潰れきっていた。

だが、それでもZガンの重力波は終わらずに十数度発生した時点で地面は崩壊しガンツソードは弾き飛ばされてくるくると宙を舞った。

そのガンツソードに尚もZガンの重力波が発生し続ける。

ガンツソードを中心に破壊痕が発生し、ガンツソードが吹き飛ばされるとさらに違う場所に重力の奔流が生み出される。

凛と加蓮は十分に離れてその破壊の嵐を見続けて、数分間、視界の全ての瓦礫の山が更地になるまで見続けていた。

凛「はぁっ……はぁっ……」

加蓮「ふーっ、ふーっ……どう?」

凛「……気配は……ない」

加蓮「それじゃ……」

その時、二人の背後に何かが着地する音が聞えた。

二人ともその何かに視線を向ける。

いや、視線を向ける前からその何かを二人とも認識していた。

両手にZガンを持った奈緒が着地して身を屈めた状態で二人に小さく笑みを見せていた。

凛「奈緒」

奈緒「へへっ」

加蓮「ふふっ」

その奈緒の笑顔を見て凛と加蓮も表情を崩しお互い笑みを見せる。

3人ともこの場にいるのは自分たちだけだということを感じていた。

先ほどまで感じていた圧倒的な圧力は消えている。

凛「倒した……私達の勝ち」

加蓮「うん……間違いないね、倒せた。アタシ達みんなで倒したんだ」

奈緒「は、ははは、信じられないけど、あたし達、あの化け物をやっつけたんだ……」

そして、糸が切れたようにまず凛がその場に座り込み、空を見上げるように仰向けになった。

凛「ンッ…………はぁぁぁっ…………」

全身を震わせながら、二人に悟られないように快感を享受する凛。

今回は快感よりも3人で倒したという達成感のほうが勝っており、凛は100点の敵を倒したにも関わらず正常な思考を続けることが出来ていた。

加蓮「キツかった……けど、なんだかすごい状態になってなかったアタシ達?」

ハードスーツのヘルメットを外して凛と同じように寝転んで空を見上げながら話す加蓮。

奈緒「それ、あたしも思った! なんかあたし達考えてたことお互いに感じ取ってなかったか!?」

少し興奮気味に二人に詰め寄る奈緒に凛は身を起こしながら、

凛「気のせいじゃなかったみたいだね。なんだったんだろう、あれ?」

奈緒「あたし達の絆が生んだ奇跡ってやつだろ!!」

加蓮「ふふっ、言えてる、奇跡かも」

奈緒「かもじゃないって! 絶対そうだって!」

興奮が収まらないのか奈緒は凛と加蓮に抱きついた。

それを凛と加蓮は受け止めて、

凛「奈緒」

凛は左手を上げて奈緒に向けた。

それに気が付いた加蓮は右手を凛と同じように上げて奈緒に向ける。

キョトンとしてそれを見る奈緒だったが、やがて二人の意図に気付くと。

3人はお互いの手をハイタッチして生き残れたことを笑いあった。

3人の交わした手の音は色鮮やかな波紋のようにキラキラとひかる眩しい空に響き渡った。

今日はこの辺で。

完全に静止した巨大な蜘蛛を上空から見下ろす卯月と未央。

岡が蜘蛛の上半身である牛の頭から進入し、数分が経過した。

ピクリとも動かない下半身の蜘蛛。

だが、その上半身である牛の頭、その口から数分前に侵入した岡が青みがかった血に全身を濡らし体内から脱出した。

岡「ッあ~~~~!! くッさ!! くッさーーーー!!」

牛鬼の血の臭いに鼻を摘みながら唾を吐き続ける岡。

そして、牛鬼の体内から生還した岡を見て、卯月と未央は岡に近づき声をかけた。

卯月「あ、あの。だ、大丈夫なんですか?」

岡「大丈夫なわけあるかい! 鼻がひん曲がる臭さやで!! 今日一番の攻撃やでこいつは!!」

未央「だ、大丈夫そうだね」

鼻を摘みながら卯月と未央に返す岡。

その返しを受けて二人はほっとするが、岡の状態は酷いものだった。

左腕は全く動かないようで垂れ下がっており、スーツは異音が鳴っており限界寸前。

だが、それをおくびにも出さずに岡は何食わぬ顔でその場に腰を下ろした。

そして、懐から煙草を取り出そうとして、血で濡れ駄目になった煙草を見ると小さく舌打ちし投げ捨てた。

岡「ほんまに最悪やで、一服もできんのかいな」

岡「おい、嬢ちゃん達はタバコかなんか持ッとらんか?」

岡の問いかけに同時に首を振る二人。

岡「そらそーやわな。戻るまでお預けやな……」

大きくため息をつきながらも岡はコントローラーを取り出して操作を始める。

100点のボスを倒したのにまだ転送されない。

つまりまだ星人の生き残りがいるという事。

だが、岡がコントローラーを確認してその動きを止めた。

岡「…………なんやて?」

固まる岡、卯月と未央はその様子にどうしたのかと声をかける。

卯月「あの……どうしたんですか?」

岡「…………まだおる」

未央「え?」

岡「…………100のヤツがまだ2匹残ッとる」

卯月「なっ!?」

未央「ど、どういうことなの!? ボスは倒したでしょ!?」

未央が完全に沈黙した蜘蛛を指差しながら叫ぶが、岡は難しい顔をしながら返す。

岡「……たまにあるんや。ボスが複数おる時がのぉ」

未央「そ、そんな……」

卯月「で、でも、100点がまだいるってどうして……」

岡「これ見てみーや」

岡は二人にコントローラーの画面を見せる。

そこには少し離れた位置に黒い光点が二つ表示されている。

岡「通常、星人の表示は赤や。だが、今回は黒、こいつは100のヤツの表示や」

卯月と未央は前回のミッションを思い出す。

あの時、100点のボスは確かに黒く表示されていた。

その事実に気付き二人とも硬直する。

まだ先ほどの牛鬼と同じレベルの敵が2体も存在するということを理解して。

岡「……流石に今の状態で100を2匹はリスクがでかすぎるわな……」

ぼやきながらも残りの星人をどうするかと考える岡。

ハードスーツも破壊され、通常のスーツも限界。武器はガンツソード1本。

左腕は動かず、全身の疲労もかなりのもの。

岡「……考えててもしゃーないわ。まずは武器を見つけんとな」

未央「ちょ、ちょっと! 立ち上がってどうするの!?」

岡「吹ッ飛ばされた武器を探すんや、刀1本でどーにかなると思えんからのー」

卯月「ま、まだ戦おうって考えてるんですか!?」

岡「せやで」

未央「そんな酷い怪我なのに無茶だよっ!」

岡「こんなもんツバつけとけば治るわ」

卯月「治りませんよっ!!」

岡は先ほどロボットが破壊された場所に向かい歩き始めた。

Zガンやコクピットの飛行バイクがまだ無事なのではないかと考えて。

だが、そうやって進んでいても横から話しかけられ続けていた。

卯月「腕千切れかけてるじゃないですかっ! 手当てをしましょうよっ!」

未央「そんな状態で行っても死んじゃうって! ねぇっ!」

岡「チンタラしとる暇はないんじゃ、もう俺等以外は全員死んどる可能性もあることやしな」

卯月「……は?」

未央「……何?」

卯月と未央は岡の発した言葉に今までの雰囲気を消し去って、無表情になり岡に再度聞き返した。

そのあまりの変化に岡も歩みを止めて二人に向き直る。

卯月「もう、死んでる?」

岡「どないしたんや?」

未央「嘘だ。死んでるわけが無い」

岡「なんや? ああ、そういえばおまえ等誰かを探してたんやッたな」

卯月「そんなわけ無い、凛ちゃんが死んだなんて、そんなわけ無い」

未央「生きてる、絶対に生きてる、しぶりんが死ぬわけ無い」

卯月と未央はお互いの手を硬く握りながら呟き続けた。

不安と恐怖が二人の心を染め上げていく。

卯月「凛ちゃんをもう二度とあんな目に会わせないために強くなったのに……」

卯月の脳裏に首がへし折れた凛の姿が浮かび上がる。

未央「しぶりんは私が守るんだ……しぶりんもしまむーも私が……」

未央の脳裏に凛の笑顔が浮かび上がり、隣にいる卯月の顔を見てその手を強く強く握りしめる。

未央「しまむー、行くよ」

卯月「未央、ちゃん?」

未央「しぶりんは死んでなんか無い、どこかで隠れてるんだ。だからしぶりんに危険が迫る前に100点のヤツってのを私達で倒して終わらせる」

卯月「あ……」

岡「おい、ちょい待てや」

岡は急に様子が変化した二人が突然100点の星人を倒しに行くと言い出し静止をかける。

しかし、二人は岡に意識を向けることなく手を繋ぎ頷きあう。

卯月「……そうですよね、1秒でも早く星人をやっつけて戻ればどこかにいる凛ちゃんともあの部屋で会うことが出来るんですよね」

卯月の身体が浮かび上がり、未央と共にゆっくりと上昇を始める。

未央「私達二人のチカラがあればどんなヤツにも負けっこない。そのために強くなったんだから」

卯月と未央はコントローラーを使って星人の位置を確認しようと考えたところで、バイザー内に位置表示が浮かび上がった。

それを見て卯月は上昇を止め黒い光点の位置に向かって空を飛翔する。

岡「待てやッ!!」

卯月達が飛び去る直前で岡も卯月の足を掴み3人は風となった。

見渡す一面瓦礫しかない元大阪の街。

その瓦礫の下から、瓦礫を押しのけ数人姿を現した。

姿を現したのは大阪チームの4人。

室谷、島木、桑原、花紀。

桑原「うォッ!? なんやねんこれは!?」

島木「マジかいな……」

室谷「ウソやろ……街が……」

花紀「…………」

4人とも崩壊した街を見て言葉を失う。

4人が4人、常識知らずの人種だったが、この惨状を見て流石に唖然としていた。

その4人から離れた場所で地面が爆発して土煙が上がった。

全員が一斉にその場所を見やると、そこには先ほど目にした100点と思われる天狗の姿。

天狗は4人に気付くと、瓦礫を吹き飛ばし一歩踏み出し始めた。

桑原「オイオイオイ! 来るでェ!?」

島木「チッ」

桑原と島木はZガンを手放してしまったのかガンツソードを取り出して構える。

二人が刃を伸ばしたその時、二人の後ろにいた花紀が大きく跳躍し天狗に向かって飛びかかった。

花紀「アアアアアァァああああああッ!!

手にZガンを持ち、天狗に狙いを定めZガンの引き金を引いた。

それを見た天狗は、どこかからか取り出した羽団扇を頭上に掲げる。

その場に立ち止まり、羽団扇を構え動かない天狗。

そして、その立ったままの天狗に何度も何度も引き金を引き続ける花紀。

花紀が着地するまでに10を超える数、Zガンは天狗に向かって撃ち出された。

着地した花紀は口元に笑みを浮かべながら天狗が潰れるその瞬間を待つが、

花紀「何や……?」

その時は一向に訪れず辺りは静寂に包まれた。

その様子を他の3人も見続けている。

室谷「どういうことや?」

島木「……壊れたんやないんか?」

桑原「イヤ、なんかヤバイで……」

重力波が一向に発生しない状況に花紀は再びZガンを構えようとするが、その前に天狗に動きがあった。

天狗は頭上に掲げた羽団扇をゆっくりと動かし始める。

その羽団扇に淡い光が纏っている事に気が付いたのは一番近くにいた花紀。

そして、その淡い光が消えると共に、羽団扇も振り下ろされ、

そこまで見た花紀は頭上から襲い掛かる重力の奔流に飲み込まれ、

潰れて、死んだ。

桑原「なッ!?」

島木「……」

室谷「……撃ち返したんか?」

全員が冷や汗を流していた。

3人の持つ武器で最高の攻撃力を誇るZガンが通じないどころか、威力をそのままに撃ちかえされてしまった。

Zガンは使えない、今までほとんどの星人を屠ってきたZガンが使えないという事実は3人の余裕を完全に奪うのに十分だった。

桑原「おい……来るでッ……どないすんのやッ!?」

一歩ずつ近づいてくる天狗にガンツソードを構えながらも室谷と島木に確認する桑原。

島木「室谷、刀や。全員、刀で切りかかるで」

島木は視線を天狗から外さずに室谷と桑原に言う。

室谷「……せやな、銃はアカン、3人同時に刀や、それしかないわ」

室谷もガンツソードを伸ばし構えを取る。

3人同時の攻撃、そう決断するや否や、雄たけびを上げて3人同時に天狗に向かいガンツソードで切りかかった。

「せーーーーのォッ!!」

その攻撃は天狗の肉体に届いた。

高速で繰り出される3人の刃は確かに天狗の肉体に届いたのだが、

桑原「ウソやろ……」

肉体に差し込まれた刃は天狗のはち切れんばかりの筋肉に受け止められ、皮膚一枚以上押し込むことが出来なかった。

ソードでも致命傷を与える事は不可能だといち早く判断したのは桑原。

桑原は一撃を喰らわせて通じないと見ると、全力で後方に跳躍して着地する。

桑原以外の二人はさらに追撃を加えようと天狗に刃を繰り出そうとしたが、天狗が羽団扇を振り上げたと同時に発生した巨大な突風に巻き込まれて数十メートル上空に吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。

室谷「グハッ!!」

島木「ガハッ!?」

桑原「……あかん、無理やわ、コレ」

さらに天狗は空中に飛び上がり無傷の桑原に向かって羽団扇を凪いだ。

すると巨大な火炎が羽団扇から生み出され、まるで蛇のように桑原に向かって襲い掛かる。

桑原「ちょい待てやァーーーー!? 何やねんそれはァァァ!?」

軽い身のこなしでバック宙を行い火炎を避けそのまま全力で後方に走る桑原。

だが、桑原の行く手を遮るように氷の壁が現れる。

桑原「うッおォォ!?」

氷の壁に突っ込む瞬間、桑原はギリギリで止まることができたが、後方から襲い掛かる恐ろしい熱量の火炎がすぐ傍まで来ている事に気付いていた。

桑原「ふッざけんなやァァァ!!」

咄嗟に氷壁にガンツソードを差込み、それを足場にして桑原は大きく跳躍した。

その桑原が空中で見たものは巨大な岩石。

どこからか現れた岩石が桑原を捕らえ、隕石のごとく桑原ごと地面に落ち地響きを上げた。

巨大な岩石は地面に落ちた衝撃でひび割れ、粉砕し、細かい岩と砂と変わりその場に積もっていく。

その中からズボリと手が現れて、桑原が姿を見せた。

桑原「何起きとるんや……」

桑原が状況を理解できないまま空を見上げると天狗が空中で羽団扇を回転させながら、渦巻く火炎に数百はあろうかという鋭い切っ先を見せる氷の刃、そして荒れ狂う竜巻に巨大な岩石を上空に作り出し自分たちを見下ろしていた。

桑原「……はッ、ワケわからんわ……何やねんそれは……」

室谷と島木もガンツソードを構えて立ち上がったがその光景を目にしてガンツソードを持つ手を下げてただ見上げ続けていた。

どれもこれも十数メートルは巻き込むであろう攻撃。

避けるビジョンが浮かばずにただ見上げていた3人は天狗のさらに上空に何か黒い点が存在する事に気が付く。

その黒い点は急激に大きくなり、3人の視界にその存在の姿が映し出される。

室谷「岡……」

島木「岡や……」

ガンツソードを構えた岡が超高速で飛来して天狗の脳天に向かい剣を突き入れる。

桑原「よッしゃ!! 勝ッたァッ!!」

桑原が岡の姿を見て喜色を浮かべ握りこぶしを作った。

だが、岡の一撃は天狗の脳天には突き刺さらずに弾かれ、ガンツソードは彼方へと吹き飛ばされてしまった。

桑原「何……やと……」

桑原の表情が固まり、作られた握りこぶしが開いて腕が下がっていく。

どう見ても必殺の一撃。だがそれも通じずに天狗の頭からは小さく血が流れるだけ。

上空に巻き起こる現象は未だに留まっており、それどころか先ほどよりも火の勢いは強くなり氷の刃の数は数え切れない数となり風は吹き荒れ岩石は空を覆いつくそうとしている。

それでも、岡が来た、それだけで3人は戦意を取り戻すが、岡の姿を見て絶句する。

全身が液体にまみれ、左腕は動かないのか垂れ下がっている。

満身創痍といった状態の岡。

今まで見た事が無い岡のその姿に3人は固まる。

しかし、岡はそんな3人を尻目に動く右手を伸ばし、

岡「誰でもいいわ、武器よこせ」

桑原「あ……ああ……」

桑原がガンツソードを岡に投げ渡す。

岡「刀しかないんか? デカ銃はどーした?」

室谷「アイツにデカ銃は効かん……跳ね返されるで……」

岡「ほぉー……」

室谷のその言葉で状況を完全に理解する岡。

Zガンが通じない星人、以前の100のヤツもそうだった。先ほど戦った牛鬼もそうだった。

岡(あかんな……不意打ちも効かんかッたし、非常にまずいわ)

あの一撃で倒せていればよかった、だが星人の身体は想像以上に硬くガンツソードも通用しなかった。

そして現在手元にあるのは、その効かなかったガンツソードのみ。

流石の岡もこの状況に打つ手なしと考えるが、その岡の思考は次の光景を目にして変わることとなった。

桑原「んなッ!?」

岡を含めて地上にいる全員の視界から、天狗が作り出していた火氷風土の現象が掻き消えた。

渦巻いていた火炎は雲散し、氷の刃は水に変わり、風は消え、岩石は砂と変わり消えた。

そしてその現象が消えたと同時に上空から天狗に目がけてスーツの人間が飛来した。

その人間は超上空から急降下してキックを天狗に打ち込んだ。

その威力は凄まじく、天狗はそのキックが着弾すると同時に地面に叩きつけられて、瓦礫を粉砕し地中深くに沈み込んだ。

天狗に一撃を喰らわせた人間はそのまま空中で静止し、地上を見下ろしながら天狗が埋まった場所を見続けていた。

室谷「……誰や?」

島木「……」

桑原「……あー、もうええわ、俺いちぬけた。理解が追いつかんわ」

岡「あのガキ……やるやんけ」

空中で静止する人間、未央に同じく上空から高速で飛来した卯月は声をかけて未央と同じように地上をみやる。

卯月「未央ちゃん……大丈夫?」

未央「私は平気。しまむーこそ大丈夫? 結構広い範囲で能力使ったよね?」

卯月「大丈夫ですよっ! へっちゃらですっ!」

卯月はバイザーの下で大量の鼻血を流しながらもいつもの声色で未央に言う。

すこし頭痛はあるが何も問題はない、こんな事で心配させるなんて駄目だと考えながら。

室谷「岡、アレは何や?」

岡「アイドルや」

島木「あァ?」

岡「ツッこめや、ボケとるんやで」

桑原「この状況でツッこむ気力ないわ……」

地上の4人は上空の卯月と未央を見上げていた。

室谷たち3人にとっては謎の乱入者。

岡にとっても未だに謎の多い別のガンツチームの人間。

しかし彼等が考える間もなく、瓦礫を吹き飛ばし天狗が再びその姿を現す。

岡「……元気なやッちゃのぉ」

桑原「岡。俺もうアイツに勝てる気せんから、アンタに任せてえーか?」

岡「ほんなら武器集めてこいや」

桑原「りょーかい。岡、ノブやん、ダンナ、後は任せたでー」

片手を上げながら去っていく桑原、それに対して室谷と島木はガンツソードを伸ばし構えを取る。

岡「おまえらはやるんか?」

室谷「あたりまえや」

島木「……ああ」

岡「アレ100やぞ?」

室谷「知ッとるわ」

岡「多分お前ら死ぬで?」

島木「……俺は死なん、100やッても200やッても関係ないわ、アレを殺すんは俺や」

岡「ほうか」

岡は小さく笑いながら、上空の二人にも聞えるように叫ぶ。

岡「オイ!! 嬢ちゃん等!! コイツをブチ殺すんは早いもん勝ちやで!!」

叫ぶと共に岡は天狗に向かい飛びかかる。

遅れて室谷と島木も同じように飛びかかった。

未央「早いもの勝ちって……何なのあの人達……」

卯月「未央ちゃん、来ますよ」

少しだけ意識を逸らした未央に即座に卯月は注意を促す。

今にも飛びかかってこようとする天狗に卯月は手を向け、未央も一瞬遅れて手をかざす。

大阪チームと東京チームが入り混じって天狗との戦いが始まった。

今日はこのへんで。

一人の少年が瓦礫に埋もれていた。

真っ暗な視界の中、少年は身体がまったく動かないことに気付く。

(なんやねん……一体何が起こッたんや……?)

(確か……でッかい牛が、なんか変なビームを出して……)

(そうや……俺、爆発に巻き込まれたんや……)

(俺……死んだんか……死んだんやな……)

(嫌やな……俺、まだ童貞やのに……死にとぉないわ……)

少年は暗闇の中考え続けていた。

そして気が付く、右手だけが少しだけ動くことを。

少年は無意識の内に腕を動かし、

その腕を引き上げられて、視界に光が入り込んだ。

加藤「無事かッ!?」

「!?」

少年を瓦礫の中から助け出したのは加藤。

加藤「大丈夫か!? おいッ!!」

「あ、あぁ……」

加藤「生きていたか……よかッた……」

少年の前で張り詰めていた顔を崩し一息を付く加藤。

その加藤を見ながらも一体何が起きているのかと少年は加藤に問いかけた。

「あの……何がおきとるんですか? ここ、どこなんや……?」

加藤「……多分さッきの星人の攻撃で街が吹き飛ばされたんだと思う、見ての通りの有様だ」

「あ……え?」

少年は加藤の言葉を聞き辺りを見渡すと、先ほどまで居た大阪の歓楽街はどこにも無く、どこまでも広がる瓦礫の山を目にするだけだった。

そうやって加藤と少年が話しているところに、一人の女性が近づく。

山咲「なァ、キミー! もう諦め…………ウソ、ほんまに見つけたん?」

加藤「ああ、これで残りは大阪の4人だ、アイツ等も探して……」

山咲「あーーーもうッ!! アイツ等は探さんでもええッて!! 絶対生きとるから!!」

近づいてきた女性、山咲が加藤に強く言うが少年は何が何だか理解できなかった。

少年のあずかり知らぬことだったが、加藤はいち早く瓦礫の下から抜け出して生存者を探し続けていたのだった。

玄野「おいッ、加藤! もう戻るぞッ! 岸本やおっちゃん達もどうなッてッかわかんねー」

加藤「ケイちゃん……」

玄野「割り切れ!! お前の守るべき人は誰かを思い出せッ!!」

加藤「……ああ」

加藤は俯いたまま立ち上がり玄野を見る。

少年もそれとともに玄野の方向を見ると、玄野の横にはレイカと坂田の姿もあった。

加藤「立てるか?」

「あ、はい……」

加藤は少年に手を差し出し、少年はその手を掴み立ち上がる。

加藤は少年に肩を貸して歩き始める。

それを見て玄野もレイカと坂田の元に歩き、全員が歩き始めた。

街は崩壊し、元の位置など分からなかったが、坂田が指を刺し先導をしているようだった。

そうやって歩いている間も、山咲は加藤に話しかけ続けていた。

山咲「ほんまにキミなんなん……? なんでそないに誰かを助けようとするん?」

加藤「は?」

山咲「ずッとそうやん、キミ最初から助ける助けるゆーて……うちだッて、あの爆発から守ッてくれたやん……なんでそないに正義の味方さんなん?」

山咲は先の爆発時に加藤に庇われていた。

爆発の瞬間、加藤が山咲を抱きしめ身を呈して守り、吹き飛ばされて瓦礫にうずもれた後も、山咲を離すことなく助け出した。

爆発の影響で意識が朦朧とする山咲を気遣う加藤の顔をはっきりと見たときに、山咲は今まで抱いていた、好奇心という感情から別の感情が生まれるのを感じた。

それからは、加藤を見る視線も変わり、加藤は本当に誰かを助けることを第一に行動しているのだと理解するまでに至っていた。

加藤「正義の味方なんか思ッたことないよ……俺は俺に出来ることをやッているだけさ」

山咲「……そうなんや」

加藤「……ただ」

山咲「?」

加藤「俺の目標はあの前にいる男、計ちゃんだよ。俺が正義の味方に見えるんだッたら、それは計ちゃんのおかげかもしれないな」

山咲「あの子がァ~~?」

加藤「おい、計ちゃんはすごい男なんだぞ? そんな疑うような目で見るなよ」

山咲「う~~~~ん……キミがそう言うんならそうなんかもね……」

そうやって玄野がどういう男なのかを熱を入れて語る加藤に山咲はクスクスと笑いながら話を聞いていた。

山咲(ほんま変なヤツ。いまどき珍しい……ううん、見たことないくらい真ッ直ぐで、ええ男……)

山咲「キミみたいな人が大阪におッたらなァ……」

加藤「え?」

山咲「!! な、なんでもないわ、気にせんといて!!」

少し顔を赤らめながら山咲は加藤の前を歩き出す。

そうして歩くこと数分、玄野達は前方から響く衝撃音に気が付く。

それに気付いた一行は足を速めその衝撃音が聞える場所に駆けるが、近づくにつれ音と共に無数の光の光線が飛び交っている光景も目にする。

加藤「これ……は……」

その光線を見て表情を青くする加藤。

加藤にとっては前回のミッションであり、命を散らした千手のレーザーが脳裏に浮かびあがる。

山咲「大丈夫……?」

加藤「ああ……」

それもつかの間、加藤は前を見据えて力強く足を踏み出す。

前回と違って今回は玄野が共にいる。

頼もしい仲間も何人もいる。

前回のように誰かが死ぬことなど無い。

今回は全員で生き残り、皆で帰るのだと加藤は考えながら衝撃音と光線の中心地にたどり着き、

人型の犬・犬神に風と稲葉と桜井が同時に接近攻撃を仕掛け、犬神が生み出した無数の光線によって全員吹き飛ばされる光景を目にしてしまった。

加藤「ッ!」

玄野「!!」

吹き飛ばされた3人を玄野と加藤と坂田が地に叩きつけられる前に受け止めた。

そして玄野達は受け止めた3人の状態を見て息を呑む。

風、桜井、稲葉と全員のスーツに穴が空き、内部から出血をしている。

比較的軽傷なのは風、左肩が裂けているが、命には別状が無い様子だ。

風は肩を抑えながらもすぐに立ち上がって玄野達の姿を確認し少し表情を和らげた。

だが、桜井と稲葉は数箇所穴が空いており、そのどれもが腹から胸にかけて打ち抜かれていた。

坂田「おいッ!! 桜井ッ!!」

桜井「し……しょう……」

玄野「稲葉ッ!!」

稲葉「…………ごほッ」

名前を呼ばれうっすらと目を開ける桜井と稲葉。

どちらも重症、すぐに手当てをしなければ死に至る傷を負っていた。

だが、敵は手当てをさせる時間を与えず攻撃を開始し始めた。

犬神が両手を正面に構え動かし始める。

犬神の手が動くたびに空中に光の線が現れて、それがやがて星型の光の紋章となり空中に固定される。

固定された光の紋章に犬神が手を突き出すと、極太の光の奔流が生み出されて玄野達に襲い掛かった。

玄野「うッ、おおおおお!?」

光の奔流の射線上にいたのは玄野と稲葉と加藤、山咲。

襲い掛かる光の奔流は避けれるような速度ではなく、玄野達はただその光を直視するだけだった。

しかし、玄野と加藤はそれぞれ別の人間の手によりその光の奔流から逃れることとなった。

稲葉「……だァァッ!!」

玄野「グッ!?」

玄野は支えていた稲葉から体当たりを受け、

岸本「加藤クンッ!!」

加藤「岸本さん!?」

加藤は全力で飛びついてきた岸本の体当たりによって、岸本と共に光の奔流の射線上から外れることとなった。

だが、玄野と加藤は目にしてしまう。

玄野「いな……」

稲葉「……玄野……すず………………」

光に飲み込まれて瞬時に消滅してしまった稲葉を、

加藤「あッ……」

山咲「あ……」

加藤が咄嗟に手を伸ばし、山咲もその手を掴んだ。

加藤の手を掴んで、加藤の顔を見つめながら、何が起きているのかも分かっていない表情をしながら、

山咲は光に飲み込まれて、加藤に掴まれた左腕だけを残してこの世から消滅した。

加藤「う……おぉぉ…………」

岸本「か、加藤君……無事?」

岸本は加藤の無事を確かめようとするが、加藤は手に残った山咲の腕を凝視しながら声を震わせ、

玄野「稲葉……くッそォォォォ!!」

玄野は稲葉が殺されてしまったことを理解して、雄たけびを上げながらZガンを犬神に構え乱射を始めた。

山咲の手を握ったまま加藤は固まり、動かない加藤に岸本は叫ぶ。

岸本「加藤クンッ!! 逃げないとッ!! こッちに来てッ!!」

加藤「え……あぁ……」

岸本「お願いッ! 立ッて!」

岸本に手を引かれ加藤は山咲の腕を落としてしまう。

出会って間もない大阪の女性。

何かと絡んでくる女性だった。

だが、この腕を残してもうこの世にはいない。

加藤の脳裏に山咲のからかうような笑顔が浮かび上がって消えた。

ほんの僅かな時間、加藤はそうやって感傷に浸っていたが、聞えてくる玄野の叫び声とZガンの破壊音に意識を戻す。

加藤「ケイ……ちゃん……」

加藤の視線の先には玄野の背中。

Zガンを乱射している玄野が見える。

そして、その玄野の背後に何かが現れた。

虚空に真っ黒な円と星型の紋章。

紋章から闇が溢れだすと共に、足が見え、その全体像が見えかけた所で加藤は玄野に叫んだ。

加藤「ケイちゃん!! 後ろだァッ!!」

玄野「ッ!?」

玄野の反応は速かった。

前方に撃ち続けていたZガンを咄嗟に放し、ホルスターからガンツソードを伸ばしその刀身を手で押さえて防御の体制を取った。

それと同時に、玄野の背後に闇と共に現れた犬神の手刀が玄野をガンツソードごと切り裂いた。

加藤「計……ちゃ……」

岸本「玄野クンッ!!」

レイカ「いやぁぁぁぁぁッ!!!!」

玄野は血を撒き散らしながら吹き飛ばされる。

刀身を真っ二つにされたガンツソードを見ながら。

血を噴き出している自分の右腕を見ながら。

玄野(ンだよ……やられたのか……俺?)

玄野(何をされた……どーやッて移動しやがッた……デカ銃で殺ッたんじゃなかッたのか……?)

玄野(致命傷もらッたのか……? 死ぬのか俺……?)

玄野(死ぬ……? ……ッざッけんな)

玄野(死ぬかよ……タエちゃんが待ッてるんだ……)

玄野(こんなところで死んでられねーんだよ俺は……)

玄野(死んでッ……! たまるかッ!!)

玄野「ッああぁぁぁぁッッッ!!」

玄野は右腕を切り離された。

しかし、胴体には浅く脇腹を抉られるだけの怪我ですんでいた。

咄嗟に防いだガンツソードが犬神の攻撃の威力を削いで九死に一生を得ていた。

そして、その玄野の命を繋いだガンツソードを、玄野は吹き飛ばされながら空中で掴みとり。

犬神に向かって投降した。

高速で回転しながら飛ぶガンツソード。

しかし、その軌道を完全に読み切っているのか犬神はガンツソードの刀身を掴みとろうと手を動かす。

犬神がその刀身を掴みとろうとしたその瞬間。

ガンツソードは軌道を90度変え犬神はその軌道を視線で追ってしまう。

玄野達と少し離れた位置で手を突き出しながらガンツソードを超能力で操作する坂田。

坂田が操作したガンツソードは再び犬神に襲い掛かる。

そして、ガンツソードに視線を向け掴みとろうとする犬神。

その犬神の背後、完全な死角から犬神に恐ろしい衝撃が襲い掛かり、犬神はそのまま数十メートル吹き飛ばされた。

今まで犬神が居た場所には鉄山靠を放った体勢で荒い息をつく風。

玄野が吹き飛ばされて僅か10秒にも満たない間の攻防。

その凄まじい連携に加藤と岸本は吹き飛ばされた玄野に手を伸ばそうとした状態で呆然としていた。

吹き飛ばされた玄野にレイカがすぐさま駆け寄りその身を優しく抱き起こし安否を伺っていた。

レイカ「玄野クンッ!! 玄野クンッ!! しッかりしてッ!!」

玄野「……大丈夫だ、腕だけですんだみてーだ。それよりも油断すンな……」

レイカ「大丈夫じゃないよッ!! 血がこんなにッ!!」

レイカは玄野のスーツを縛って応急手当を行い始める。

その様子を見て、加藤と岸本も走って玄野の元に近寄る。

加藤「ケイちゃん!!」

岸本「玄野君ッ!!」

玄野「……おい、加藤、気をつけろ……まだ、終わッてねーぞ……」

加藤「なッ!? あの星人は風さんが吹き飛ばして……」

加藤が犬神を吹き飛ばした風を見ると、その風に坂田から檄が飛ぶ。

坂田「風!! 後ろだッ!!」

風「ヌゥ!?」

先ほどの玄野の時と同じようにいつの間にか風の背後に現れた犬神。

風はそれを予期していたのか、眼にも留まらない犬神の攻撃を回避する。

風はそのまま犬神の攻撃を避けつつもカウンターを入れ始めた。

そうやって風が犬神の相手をしている間にも坂田はひとりごちる。

坂田「クソッ!! なんなんだアレは!?」

坂田が吐き捨てるのは犬神の移動方法。

気が付けばいつの間にか背後に現れている。

しかも、どうやら犬神の攻撃はスーツの防御性能は意味が無い。

一撃を貰ったらアウト、そしてその攻撃は死角から飛んでくる。

さらには先ほどの光の光線。アレもスーツを貫通してくる攻撃だった。

焦る坂田に、坂田の足元に蹲っている桜井が声をかけた。

桜井「し、しょう」

坂田「桜井……」

桜井「アイツ……俺達……のとこ……ろに……いきなり……現れて……」

坂田「喋るな、安静にしていればお前はまだ助かる」

坂田の言葉は嘘だった。

桜井の胸に空いた穴、それは完全な致命傷。

桜井の命は持ってあと数分も無い、それが限界だった。

桜井「アイ……ツ……移動す……る時……真ッ……黒な……闇の中に……入ッて……」

坂田「桜井ッ!」

桜井「現れ……時……同じ……よ……に……黒い……それ……を……」

坂田「ワカッた! 言いたい事はワカッた! だからもう!!」

桜井「……し、しょ…………トン……………コツ…………」

坂田「桜井ッ!! 桜井…………」

桜井の目から光が消えた。

あまりにもあっけなく坂田の前で桜井の命は尽きてしまった。

一瞬だけ坂田は目を瞑る。そして次に目を開けた坂田の視界は犬神に向けられて、犬神の肉体をスキャンする。

坂田(脳がある、心臓もだ……イケる。どッちかを潰せば殺れる……)

坂田(風がヤツの気を引いているうちに、終わらせ……!?)

能力によってスキャンを行っていた坂田だったが、突如犬神の姿を見失ってしまう。

一瞬前にはそこにいたのに突如掻き消えた。

いや、消える前に跳躍する姿勢を見せていた、そして飛び上がった瞬間に犬神は消えた。

そこで坂田は気が付く、真っ黒な魔方陣のような円の中に星型の紋章が空中に浮かんでいるのを。

そして、風が必死な形相でこちらを見ている事に気が付く。

寒気と共に身を捻った坂田。

その坂田の脇腹に鋭い痛みが発生する。

坂田「グァァァッ!?」

脇腹をあばら骨ごと抉り取られた坂田は目にした。

先ほど見た黒い紋章が地面に浮かび上がり、その中から手を伸ばし自分に攻撃を仕掛けてきた犬神の姿を。

坂田(それが……テメーの移動方法……か)

坂田(……確かに、なんか真ッ黒な霧か闇かよくわからねーものが溢れてんな……)

坂田(……桜井が伝えたかッたのは、これを何とかすればッてことか……)

坂田(……はッ、気付くのがおせーんだよ……俺は……)

坂田は犬神に手を伸ばして玄野達に聞えるように叫んだ。

坂田「いまだッ!! やれェッ!!!!」

それに反応したのは玄野。

すぐに飛ばされたZガンを拾おうとしてバランスを崩し倒れてしまう。

しかし、その一瞬で加藤と目が合う。

そして、加藤は考えるより先に体が動いていた。

Zガンを手にし、大きく跳躍して、空中で犬神に狙いを定める。

それを見た犬神は移動してきた闇の溢れる黒い紋章に逃げ込もうとするが、

坂田「……逃がさねーぞ」

小さく呟いた坂田が能力を発動すると同時に黒い紋章は雲散し、

加藤のZガンの重力波をその全身に浴びることとなった。

加藤「うッ、ああァあァあああァァァァァ!!!!」

ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドドドドドドドドドドドドドドド!!

加藤が引き金を引き終わったのは数十回の重力波が巻き終わった後。

犬神が存在していた場所には無数の円形の破壊痕が残るのみ。

誰もが倒した、そう思った。

だが、その次の瞬間。

ほぼ無傷の犬神が押しつぶされて固まった地面を破壊して飛び出してきた。

坂田「……マジ……かよ」

加藤「そん……な……」

犬神は少し距離を取り、警戒するように玄野達を見ている。

犬神の移動を遮られたのは犬神も予想もしない現象だったのか犬神は攻撃を止め玄野達を見続けていた。

その間に坂田は考えていた。

坂田(……アレを喰らッて無傷……いや、少しはダメージがあるみたいだが本当に少しだけだ……)

坂田(……ヤツは警戒してるのか近づいてこない……もうさッきみたいな攻撃を当てる事はできねーだろうな……)

坂田(……そうなッたらどーする……加藤のYガンならどうにかなるか……? だが当てられるか?)

坂田(……さッきみたいにヤツの意識を何かで釣ッてやれば……いや、それも警戒されている可能性がある……)

坂田(……クソ、せめてもう一人くらい風と同じように動けるヤツが……渋谷の姐さんがいてくれりゃ話しは違うッてのによ……)

坂田(……ここで姐さんが駆けつけてくれたら…………はッ、そんなご都合主義は…………)

その時だった。

坂田の視界に黒い影が現れたのは。

「おぉぉゥらァッッッ!!」

高速の剣戟。

それを犬神は紙一重で回避しさらに距離を取る。

その一撃を繰り出したのは、

玄野「……アンタ、吉川……」

吉川「オゥ、邪魔するぜ」

吉川は玄野達には顔を向けずに声をかけてさらに追撃を行うために犬神に向かっていく。

犬神は吉川の剣を回避しようとして、さらに背後から繰り出された剣戟に首を小さく切り裂かれた。

「くッ……硬いな」

玄野「……武田」

武田「酷い状況だな……加勢するぞ」

武田は現状を確認し、すでに東京チームに死人が出ていることを見ると、犬神に向かい攻撃を始める。

その武田に遅れ、4人の男達が玄野達の元にたどり着く。

神奈川チームの4人だった。

「うぉッ!?」

「な、なんだこりゃ……」

玄野「……アンタ等も大阪に飛ばされて来ちまッたのか……」

「大阪? ここ大阪なのか?」

「辺り一面瓦礫の山だけど……マジで大阪なのか?」

玄野「ああ……星人の攻撃でこの有様さ……」

「……マジか」

「……街ひとつ壊滅かよ」

「……とんでもねー化け物が今回のターゲットか」

「……だからあんな大人数呼ばれたッてわけか」

玄野「……?」

玄野は神奈川チームの男が発した言葉に疑問を抱く。

大人数、その言葉を聞こうとした玄野に聞きなれない音が聞えてくる。

その音はガンツバイクの音。

東京チームでは殆ど使わないそのバイク。

玄野が視線を向けると少し長い髪の口元に髭を生やした男が運転をし、その後部に小柄な金髪の男を乗せたバイクが向かってきていた。

「おい前嶋! またいたぞ! 別のチームの奴だ!」

「……怪我してるみたいだな」

「どーすんだ!?」

「助ける」

それとは別の方向から数人、銃を構えながら走ってくる姿を玄野は見つける。

眼鏡をかけた男を先頭に警戒しながらも玄野達の下に走ってきていた。

「関根君! あれッ!」

「別のチーム……そうか、そういう事か……」

「どーするの? ねぇッ!?」

「一旦合流しよう、今回は分からないことが多すぎる。彼等から情報を得よう」

玄野は見たこともない別のガンツメンバーを見てピンとくる。

玄野「……大阪のヤツらじゃねぇ……別の、違うチーム、か……」

そして、同じように坂田も集まってくるスーツの人間たちを見て予想を立てる。

坂田(……別のチーム、神奈川と群馬のヤツ等もいるッて事は、関東、関西のヤツ等が集められてるのか……?)

坂田(……イヤ、下手したら日本中……)

坂田(……はッ、僥倖ッてヤツだな……これだけ人数がいればヤローに一発撃ちこむ事はできるはずだ……)

坂田(……それまで、持ッてくれよ……)

坂田は脇腹から溢れ出す大量の血を見ながら、犬神に向かってその能力を解放した。

そして、犬神とガンツチームの死闘が始まった。

今日はこの辺で。

岡達3人は天狗にほぼ同時に切りかかった。

岡は怪我をしているとは思えないくらいの速度を見せ、室谷と島木も岡に負けずとも劣らぬ速度で攻撃を繰り出す。

だが、天狗は岡達に目もくれず、空に浮かぶ卯月と未央に向かって飛びかかっていった。

天狗は手に持った羽団扇を振り上げ、振り上げられた羽団扇は淡い光を発し何らかの現象を発生させかけたが、

卯月「はっ!!」

卯月が天狗に能力を発動させて羽団扇に宿った力を消滅させる。

卯月「うぅぅぅっ!」

さらにそれだけでは終わらず、卯月が天狗に向けた手を合わせるように閉じると、天狗の持っている羽団扇は圧縮されて破壊された。

そうして羽団扇を破壊された天狗は今の今まで高速で卯月と未央に向かって上昇していた浮力を失い空中でバランスを崩し墜落しかける。

岡「……!」

しかし、それもつかの間、天狗は背中の両翼を羽ばたかせ再度卯月と未央に向かって飛びあがろうとするが、

未央「未央ちゃんスペシャル…………キィィィィック!!!!」

全身を空中で何度も回転させて、天狗に向かって渾身の蹴りを放った。

未央の飛行リングは未央が考える動きを余すことなく再現させて、ハードスーツの力も加わった蹴りは恐ろしい威力となり天狗の脳天に見舞われ、天狗は猛烈な勢いで再び地上に打ち落とされ大地に大きなクレーターを生み出し地中深くに埋め込まれた。

室谷「なんや……ありゃあ……」

島木「……女、か?」

天狗に斬りかかっていた室谷と島木は対象が地面に埋め込まれ、それを成したスーツの人間を見上げていた。

単騎で空中に静止している自分たちとも岡とも違うスーツを纏い、顔は黒いバイザーに隠されて見えない。

明らかに異質な存在、自分たちが見てきたどのガンツの道具も持っておらず、100点の敵にいともたやすく一撃を見舞っている。

自分たちが、それぞれ個人主義を貫く自分たちが全員で戦わなければ殺されると思わされた相手にだ。

室谷と島木のプライドが大きく傷つき、未央を見上げる視線も強く睨みつけるような視線に変化する。

そうやって地上の二人に見上げられている未央は打ち落とした天狗が埋まった場所を見ながら呟いた。

未央「はぁっ……はぁっ……やった、よね?」

その言葉と共に大地に亀裂が入り、地響きが起こり始める。

未央「何っ!?」

卯月「未央ちゃんっ!! 地面の下っ!! 移動してますっ!!」

未央「っ!!」

卯月の視線が未央の真下に注がれた。

未央も自分の真下から大きなプレッシャーを感じると同時、大地を粉砕し天狗が先ほどよりも早く、鋭く未央に向かって襲い掛かってきた。

その天狗に卯月は能力を発動し、空中に固定しようとするが、

卯月「えっ!?」

いつの間にか天狗が両手に持っていた羽団扇を扇ぐと、卯月の発動した力は卯月自身に降りかかり卯月は空中で金縛りにあった様な感覚に襲われてしまう。

未央は卯月が放った能力が何らかの方法で卯月自身に跳ね返されてしまったことを感じ取って卯月を見てしまう。

未央「しまむ……」

卯月「未央ちゃんっっっ!!」

それは完全な隙を天狗の前で晒してしまった瞬間だった。

未央「あ……」

未央の視界の端に天狗の姿が映った。

腕を振り上げている。

その腕が未央の頭に振り下ろされ、

未央は先ほど叩き落した天狗のように、今度は自分自身が大地に打ち落とされて地中に埋め込まれてしまった。

卯月「未央ちゃぁぁぁぁぁん!!!!」

その様子を取り乱しながら目にする卯月。

天狗に跳ね返された自身の能力を解除しすぐさま未央の下に行こうと動くが、

その卯月の周囲には巨大な炎弾と氷塊が迫っており、

卯月「ぁ……」

卯月は能力を発動する間もなくその攻撃をまともに受け、高温の炎と氷が接触し水蒸気爆発が卯月を中心に発生し、その衝撃は地上にいる岡達3人も吹き飛ばされるほどの威力を持っていた。

岡「グッ……」

3人共、ガンツソードを地に突き刺し吹き飛ばされる自分の身体を固定する。

その際一瞬だったが天狗の姿を見失い、体勢を整えた3人は同時に天狗の索敵を行うが天狗は先ほどと同じ場所、空中で静止していた。

室谷「なんやアイツ……何をしとるんや……」

島木「……煙の中、か?」

天狗は微動だにせず、爆発が起きた煙の中を見続けているようだった。

煙が徐々に晴れていく。

その中から現れた姿を見て室谷と島木に小さな驚愕が襲う。

手を大きく広げて肩で息をしている卯月の姿。

バイザーこそ吹き飛ばされてその顔が顕になっており、鼻から多量の血を流してはいるが他に目立った傷は何も無い。

その外傷の少なさに室谷たちは驚愕していた。

室谷「あの爆発で無傷やと?」

島木「……ありえんわ」

二人とも歴戦の戦士と言っても過言ではないほどの戦闘経験を持つ。

その二人はスーツの耐久性能というものをある程度は把握していた。

どのくらいの攻撃を受けてしまったらスーツが破壊されるか。

そして、先ほどの爆発は二人の知るスーツの耐久を超える威力の爆発だった。

それなのに空に浮かぶ卯月はほぼ無傷。

卯月の纏うスーツが自分たちと違うものだからなのか? そう考えるより早く、卯月が無傷だった理由が二人の目に映し出された。

それは天狗が放った攻撃。

両の手の羽団扇を交差させて、炎と氷の刃を卯月に打ち出した。

だが、その攻撃は卯月に届く前に逸れた。

別の方向から竜巻と岩石の雨が卯月に降り注ぐ。

だが、その攻撃も卯月に届かない。

卯月の周囲に円状の揺らめきが発生し、その揺らめきの内部まで天狗の攻撃が届くことが無かった。

卯月「これは……私の……」

卯月は自身が起こしている現象をしっかりと理解していた。

身を守る為に生み出したフィールド。

自身の周囲に自分の意思に反するものを拒否する絶対の領域を展開していた。

その卯月に対して天狗は攻撃を続けていた。

炎や氷、嵐に岩石を絶え間なく卯月に向かって打ち込み続けている。

だが、その全ては卯月に届く前に軌道が逸れてあらぬ方向に飛んでいった。

卯月は自身の手を見ながら自身の能力がさらに強まったことを実感する。

透視をしなくても分かる。未央は生きている、今地面から這い上がろうともがいている。

卯月「未央ちゃん……よかった……無事だった」

卯月の感知能力が未央を捕らえ、卯月は安堵の表情を見せ、次に先ほどから攻撃を仕掛け続けている天狗に視線を向けた。

卯月「あなたは悪者です」

その視線は卯月を知るものにとっては信じられないくらい冷たく、それでいて鋭い視線だった。

卯月「あなたは未央ちゃんを殺そうとしました。絶対に、絶対に許せません」

卯月の髪が風に吹かれるようになびき始める。

卯月「私が、あなたを、殺します」

卯月の瞳が血の色に輝いて、その眼から血が零れ落ちた。

未央はもがくように地中から這い出してきた。

未央「はぁっ! はぁっ!」

地中から脱出した未央がまず行った事は卯月の安否の確認。

自分はあの天狗に攻撃された。

そして、自分は今空中ではなく地上にいる。

攻撃を喰らった後自分が叩き落されたという事は、空中にはあの天狗と卯月しかいない。

つまり卯月は今、天狗の攻撃を……。

未央「え……」

上空を見上げた未央の視界には信じられないような光景が映っていた。

天狗が羽団扇を扇ぎ空一面を包むかのような炎を生み出すがその炎は卯月が手を握り締める動作を行ったかと思うと瞬時に消え去った。

さらに天狗はもう片方の羽団扇を扇ごうとするが、その羽団扇は卯月が一睨みすると同時に粉砕される。

さらに卯月は追撃の能力を発動させて、天狗の脳と心臓を破壊しようとするが、天狗の残った羽団扇が卯月の能力を防ぎ、それをそのまま卯月に打ち返す。

卯月はその跳ね返ってきた自身の能力を指を振るようにして掻き消す。

その間にも天狗は自身の翼から新たな羽団扇を作り出していた。

未央「し、しまむー……?」

殆どが目には見えない攻防だったが卯月と同じ能力を手にしていた未央には感じられていた。

卯月と天狗の間で可視、不可視の能力が激しくぶつかり合っていることを。

その力の強大さも感じ取っていた。

卯月が能力を発動するたびに感じる、全てを飲み込むような能力の奔流。

今卯月は天狗を無理矢理引きちぎろうと能力を発動した。

その能力も天狗の謎めいた羽団扇の力によって防がれて反射される。

卯月と天狗の能力の応酬を見上げていた未央に岡達の声が届く。

岡「なるほど……あの羽団扇やな……」

室谷「羽団扇ァ?」

岡「アイツが両手に持ッとる道具や。十中八九アレがアイツが使ッとる炎や氷を生み出しとる源や。見た感じ攻撃にも防御にも使ッとるな、それ以外にも様々な効果があると見たわ」

島木「……根拠は?」

岡「見りゃワカるやろ? それに昔から言うやろ、天狗の羽団扇は神通力やら奇跡やらを起こす神器やッてな」

室谷「そんなモン知らんわ」

岡「そうか、まァええわ……しッかし、あの嬢ちゃん化けモンやな……100のヤツと真正面からよーやるわ」

島木「……お前が言うなや」

岡達は卯月と天狗の戦いをただ見ているだけではなかった。

その様子を観察し、天狗の能力を分析し続けていた。

そして岡の出した結論は、天狗の様々な異能の鍵となっているのは手に持った羽団扇。

岡「まァあの羽団扇をどーにかせんとアカンな。ヤツの翼から生み出せるみたいやからまずはヤツの翼を引きちぎるところからかのォ」

その言葉に未央は卯月と天狗に再び視線を向ける。

確かにあの天狗の羽団扇が卯月の能力を防いでいる。

それならばあの羽団扇を、翼を千切れば。

思い立ったが即断、未央は地面を蹴り弾丸のように天狗に突撃をした。

未央が天狗の翼を捕らえるのは一瞬だった。

天狗は卯月に気を取られているのかほぼ無防備で未央の突撃を許した。

未央は流れるように天狗の両翼を掴み、天狗と背中合わせとなり、

掴んだ翼を絶対に離さないようにに力を入れ、両手両足の飛行リングが未央の動きをサポートし、未央の意思に呼応するかのようにハードスーツが唸りをあげて、

空中で渾身の鉄山靠を繰り出した。

未央の渾身の一撃を喰らった天狗は始めて苦悶の叫びを上げた。

「グルルアアアアアアアッッッ!!」

しかし、その一撃は、

天狗の両翼を奪う事はできず、

翼の付け根に深い裂傷を入れただけだった。

未央「くっ……そぉ……」

持てる力を全て使っての一撃を繰り出した未央は完全な無防備状態だった。

未央の脳裏に死のヴィジョンが浮かぶ。

だが、未央が次に感じた感覚は、両手に掴んだままの天狗の両翼が軽くなった感覚だった。

未央「あ、れ?」

未央の手に天狗の両翼が天狗の背中を離れて収まっている。

一体何が? 自分は引きちぎれなかったはずだ、どうして?

その未央の思考は地上でガンツソードを伸ばした3人の男達の姿を捉えて納得がいった。

未央(ああ……あの人たちが斬ってくれたんだ……)

そう、天狗の翼を両断したのは地上の3人の一人、岡だった。

岡は未央の全力の一撃により天狗の背中に裂傷が生まれたところを見逃さなかった。

針の糸を通すような斬撃を撃ち込み、天狗の翼を両断した。

翼を奪われた天狗は更なる隙を見せた。

両の手に持つ羽団扇、花紀のZガンの銃撃を跳ね返し、卯月の能力を幾度も防ぎ跳ね返し、様々な自然現象を起こしていた羽団扇を新たに迫った2本の刃に弾き飛ばされた。

室谷と島木の渾身の一刀、手首ごと斬り飛ばすつもりの一撃だったが、その一撃は天狗の持つ羽団扇を弾き飛ばすだけで、その手には浅い裂傷を与えるに過ぎなかった。

だが、それで十分だった。

天狗は翼を失い、浮遊現象を起こせる羽団扇も失って自然落下を始める。

それは致命的な隙であった。

未央「しまむーーー!!!!」

卯月「うん、わかってるよ、未央ちゃん」

卯月がゆっくりと両の手を合わせた。

それと同時に天狗は全身を包み込まれるような暖かい感覚に襲われる。

「グルルァアアアアッ!!」

卯月「さようなら」

卯月の赤く輝く眼がさらに強く輝いたと同時、

天狗の内部、脳とありとあらゆる内臓は全て潰れて弾け飛んだ。

天狗は血を吐き出しながら落下し地面に叩きつけられた後はピクリとも動かない。

地上の3人は天狗が死んでいると判断し、さらに天狗を殺したのは空中にいる卯月だという事を直感的に分かってしまった。

室谷「……岡、もう一度聞くで。アレは一体なんや?」

岡「言うたやろ。アイドルやて」

島木「もうええわ……」

空では未央が卯月の下に駆け寄っていた。

そこで漸く未央は卯月の異変に気が付いた。

未央「し、しまむー!?」

荒い息をつきながら顔中の穴という穴から血を溢れさせている卯月。

能力の使いすぎ、未央の脳裏に浮かんだのはそれだった。

未央「しまむー!! 大丈夫!? しっかりして!!」

卯月「未央、ちゃん……えへへ……悪者、やっつけましたよ……ぶいっ……」

卯月の瞳がゆっくりと閉じられていく。

未央「し、しまむー……?」

卯月「未央ちゃん……なんだか……わたし……つかれ……ちゃい……ました……」

卯月は未央にもたれかかり全身の力を抜いてその身を未央に預ける。

未央「ちょっと!! しまむー!?」

未央の頭に最悪の光景が浮かんだ。

必死に自分を呼びかける未央に、卯月は未央の胸に顔を埋め卯月は小さい声で未央を安心させるように言った。

卯月「だい……じょうぶ……すこし……だけ……やすませて…………」

未央「しまむー!! まって!! 駄目だって!!」

そのまま小さい呼吸をしながら卯月は未央にもたれかかったまま動かなくなる。

未央は卯月が瀕死の状態になっていると判断しすぐに地上におり、卯月を呼びかけ続けるが卯月は浅い呼吸を繰り返しながら反応がない。

未央「しまむー!! やだよっ!! 目を開けてよっ!!」

未央は卯月を抱きかかえながらも呼びかけ続ける。しかし卯月はその声に反応することは無かった。

未央「嘘……うそ、だ……こんなの…………」

未央の心臓が張り裂けんばかりに悲鳴を上げている。

未央の瞳から大きな涙が零れ落ちたところで、未央と卯月を覗き込む影があった。

岡「脈、見てみィ」

未央「えっぐ……いやだよ……しまむー……」

岡「しゃーないのォ……おッ、やッぱり生きとるやないか」

未央「……えあ?」

岡「ほれ、脈もあるし息もしとる」

未央「!!」

岡の言葉に卯月の首元に手を当てる。

未央の手には卯月の暖かい体温と脈打つ鼓動が伝わった。

もう一度卯月の顔を見る未央。

血に濡れているがその口元からは浅い呼吸を吐いているのがわかる。

岡「その感じやと戻るまでは持つやろ。ちゅーか普通に寝とるだけやないんか?」

未央「しまむー……生きてる……」

未央の絶望しかけていた精神が一瞬で反転した。

生きている、生きていれば部屋に戻りさえすれば元通り。

ガンツの部屋のルールが未央の頭の中に浮かび上がり、未央は立ち上がった。

未央「……次」

岡「どないした?」

未央「後1匹。早く終わらせないと」

岡「おー、せやな。後一匹ブチ殺しにいこか」

未央は卯月を優しく抱きかかえながらも前だけを見ていた。

後一匹を倒せば部屋に戻れる。

卯月は能力を使いすぎてこんな状態になっている、でも部屋にさえ戻れば全ての怪我も治って目を覚ましてくれる。

そして、凛と会うことが出来る。

未央の思考は一刻も早く残りの1匹を倒し、1秒でも早くガンツの部屋に戻るということに占められていた。

しかし、未央は気付いていなかった。

卯月がほぼ単騎で100点の敵を相手取るのにどれだけの能力を行使してしまったのかを。

そして、どれだけの代償をその身に背負ってしまったのかを。

未央に抱きかかえられながら眠る卯月の身体は確実に卯月自身の強大な力に蝕まれていた。

今日はこの辺で。

玄野達は集まってきた人間たちに囲まれて怪我の容態と今回のミッションについて知っていることを問われていた。

問いかけているのは京都のガンツチームの男、関根。

関根「そうか……やッぱりあの黒球は他にもあッたのか。そして今回は俺達以外にも何チームも呼ばれているわけか」

玄野「あぁ……しかも今回はどれだけ呼ばれてッかもわかンねぇ……」

関根「君達が前回共に戦ッたのは関東周辺のチーム、今回は関東周辺のチーム含めて関西周辺、中国と集まッてきている」

関根は眼鏡の奥の視線をバイクに乗る小柄な男、広島のガンツチームの男、前嶋に向ける。

関根「これだけのチームが呼ばれた理由……恐らくはミッションの難易度が関係していると推測される」

加藤「難易度?」

関根「ああ。君達が前回合同ミッションになッた時のボスは100点だッたんだろう? 俺達は100点のボスと戦ッた事はないが、ミッションの傾向として難易度が高い場合、メンバーの人数や質が高い傾向がある」

玄野(あぁ……そーいや、あの仏像と戦ッた時、メンバーは確かに強い奴等が集められていた……)

玄野(……だけど、それじゃあ渋谷のヤツが一人で戦い続けていたッてのは一体……)

関根「今回も100点のボス、それに近い敵がいる可能性がある。いや、あそこの犬型の星人が今回のボスかもしれない」

玄野(……考えるのは後だ。今はあの星人を何とかしねーと……)

玄野「……多分そうだ。ヤツはZガンも通じねーし、刀もへし折られちまッた。おまけにワケわかんねー特殊能力を持ッてやがる……何より前回の100のヤツと同じ感じがする」

関根「特殊能力? それはどういうものなんだ?」

玄野「……瞬間移動みてーな能力だ……気が付いたら背後に回り込まれて……後、レーザービームみてーな攻撃……スーツも意味がねぇ……」

関根「なるほどな……」

玄野に問いかけていた関根は聞くべき事を聞いたのかほんの少しだけ顎に手をあて思考を始めた。

それに対して、片腕を奪われて動くことすらままならないように見えた玄野が身を起こし、その身を支えていたレイカにガンツソードを渡すように言った。

玄野「レイカさん……刀、貸してくれ」

レイカ「え……玄野クン……まさか……」

玄野「早く、時間がねぇんだ」

レイカ「む、無茶だよ! 玄野クン、酷い怪我してるんだからッ!!」

玄野「……無茶でも何でも、今しかねぇんだよ。武田や吉川が来た今、全員でかかればヤツを絶対に仕留めれる……」

玄野「……今、やンねーと、ヤツに全員やられる……今しかねーンだよ!」

レイカ「な、ならあたしがッ! あたしがやるからッ!」

ガンツソードを握り締め立ち上がろうとしたレイカの肩に誰かの手が触れた。

反射的に振り向いたレイカの視線は、レイカの肩に手を置いて厳しい表情をしている加藤の視線と絡み合った。

加藤「計ちゃん。レイカさん。アイツは俺が倒す、計ちゃん達はこの場所から離れてくれ」

玄野「加藤……」

レイカ「加藤、さん……」

岸本「加藤君!?」

加藤「岸本さん、計ちゃんとレイカさんを連れて逃げてくれ。この場所は危険だ」

岸本「かと……」

岸本は加藤を止めようとしたが、加藤の表情を見て出掛かった言葉を飲み込んだ。

玄野がこんな状態になって不安を隠せずに表情ににじみ出ている。

だが、それ以上にもう誰も死なせないと、強く強く想っていることが伝わってくる。

加藤「岸本さん……頼んだ」

岸本「!! うん、わかッたよ!」

岸本はこんな加藤が好きになった。

誰かの為に自分を投げ打ってでも行動できる加藤を。

その加藤を止める事などできない。

自分を信頼して玄野とレイカを託す加藤に答えなければならない。

玄野「おい……加藤」

加藤「なんだ?」

レイカからガンツソードを受け取り走り出そうとする加藤に玄野は、

玄野「……勝てよ」

加藤に全てを託す事にした。

加藤「ああッ! わかッた!」

玄野の信頼を受け取り加藤は犬神を撃つべく全力で戦場を駆けた。

加藤が一人犬神に向かって行ったと同時、広島のチームの前嶋も無言で加藤を追う様に犬神に向かっていった。

「おい、前嶋! 待てよッ!」

その前嶋を追い、広島チームの男もバイクを動かし犬神に向かっていった。

この場には、玄野とレイカと岸本、大阪の眼鏡の少年に、神奈川チームの4人、京都の関根とその仲間たち5人と残され、岸本は加藤の指示通りにこの場から離れようとしたが、

関根「少し、待ッてくれ」

全員の視線が関根に向いた。

関根「この場にいる全員であの星人を狙撃する。各自、銃を手にしてくれ」

関根の言葉に関根と同じチームの4人はすぐにショットガンタイプのXガンを構えて100メートルは離れた犬神に狙いを付け始めた。

関根「怪我をしている君は無理だな。君達二人は武器を持っていないようだからこれを使ッてくれ」

玄野を支えるレイカと岸本にXガンを手渡そうと前に出す関根。

その関根に岸本は自分たちは加藤に言われたようにこの場を離れるのだと言おうとしたが、その声が発せられる前に。

関根「君達はさッきの彼に言われたようにこの場を離れようとしているだろうが、彼を援護することが一番ベストな選択になる。そこの彼を抜いても12人、これだけの人数で狙撃をすれば間違いなくダメージを与えることが出来る」

関根「俺達が狙撃をすることで、彼等が生き残る確率も上がる。冷静に考えるんだ、俺達が今何を成さなければならないのかを、何をすれば一人でも多く生き残ることが出来るのかを」

状況を整理しながら関根は落ち着いた声色と表情で玄野達に語っていた。

その提案を聞き一刻も早くこの場から離れようと考えていた岸本はピタリと動きを止めた。

岸本(そッか……狙撃……この距離ならあの星人が襲い掛かッて来ることも……)

岸本(で、でも……加藤君はここから逃げろッて……)

少しの迷いが岸本に浮かびあがったその時、レイカと岸本に支えられていた玄野が何かに気が付いた。

玄野「……あれは?」

レイカ「どうしたの玄野クン?」

岸本「玄野君?」

玄野「……おいおい、マジかよ……」

玄野がその視線の先に何がいるのかを気づいたとき、レイカと岸本も同じように気が付く。

二人とも玄野と同じように視線の先に釘付けとなり呆然とした。

関根は急に動きを止めて唖然とした表情になった3人の視線を追う様に振り向くと、

そこには、黒いスーツの人間たちの姿。

更地となった街の後、遮るものは何もない視界に映るその姿は1人2人ではなかった。

何人も固まってそれぞれ違う方角から走ってきている。

銃を手にしているもの、ガンツソードを手にしているもの、バイクを乗ってきているもの、中にはZガンを持つものも何人も見える。

その黒いスーツの人間たちは全員が全員、犬神を狙ってきているようだった。

「見つけたぞ! あれが最後の1匹だ!」

「油断すんなよ!! ありゃやべえぞ!!」

「おいッ! 他にもスーツの連中がいるぞ!?」

「なんだこりゃ!? なんで俺達以外の人間が!?」

「気を抜くなよォ! ありゃ100点だ!」

「マジか!? 1匹100点かよ!?」

それを見て関根は口角を少し上げて笑った。

関根「俺達だけじゃなかッた。まだ呼ばれている人間がこんなにいたなんてな」

玄野「……すげ、何十人いンだよ……」

関根「50人……それ以上いるな」

レイカ「そんなに……」

関根「よしッ! この機を逃すな!! 全員狙撃準備だ!! 君達も用意してくれッ!」

岸本「あ……」

返事する間もなく関根にXガンを渡されて岸本は手の中の銃を見つめる。

関根「これだけの人数だ、誤射をしないようロックオンをしてから撃つんだ! 間違いなく勝てるぞッ!!」

関根の言葉に京都チームのメンバーは沸き立ちすぐに銃を構えてそれぞれ散開し始めた。

神奈川チームや大阪の少年も戸惑ってはいたが、同じように銃を構えて犬神に狙いを定め始める。

そして、レイカと岸本も、

レイカ「岸本さん、どうなッているか分からないけど、今は逃げるよりあの人の言うように狙撃でいッたほうがよさそう」

岸本「レイカさん……うん。そう、だね」

レイカ「玄野クン、もう少しの辛抱だよ」

玄野「……あぁ」

岸本(加藤君……)

レイカと岸本はそれぞれ玄野の前で銃を構え、犬神に狙いを定めた。

加藤が犬神の元に辿り着いた時にはすでに激しい戦闘が繰り広げられている真っ最中だった。

風と武田と吉川。

3人が犬神の攻撃を回避しながらそれぞれ攻撃を繰り出し続けている。

しかし、その攻撃も悉く犬神に回避され、戦況は均衡していた。

3対1、関東勢でも上位の実力を持つ男達が揃って互角。

いや、3人ではなかった。

坂田「風ェ! 避けろォ!!」

少し離れた位置にいる坂田。

坂田が叫んだ瞬間、犬神の手から光の光線が撃ち出された。

目で見て反応できるような速度ではなかった、犬神の動作も殆ど無く撃ち出された光線。

それを風は坂田の声に反応することで超反応をみせて回避し、カウンターで一撃を撃ちこむ。

それにあわせて武田と吉川も斬撃を繰り出すが、二人の攻撃は犬神の手刀で阻まれて犬神の身体に届くことは無かった。

坂田「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

坂田の鼻からはおびただしい血が流れており、顔を赤く染めている。

出血は鼻だけではなく、先ほど犬神に抉られた脇腹からは大量に血が流れ続けていた。

坂田は3人の援護をする為に能力を使い続け戦っていたが、犬神に決定打を与えることが出来ずに徐々に自分の限界を感じ取り始めていた。

もう数分もしないうちに限界を迎える、そして今まで打ち消していた犬神の瞬間移動のキーとなっている闇をかき消せなくなる。すでにかき消すことも出来なくなった光の光線を感知することも出来なくなる。

そうなる前に倒したい。その考えたその時、坂田の視界に加藤の姿が映し出された。

坂田「加藤!! Yガンを使えッ!! ヤツの動きを止めるッ!!」

加藤「ッ!!」

加藤は坂田の声を受け、左手に持っていたYガンを犬神に構えた。

しかし、Yガンのモニターに犬神の姿が映っていない。

瞬間移動を坂田によって封じられている犬神だったがその動きは高速で、容易に至近距離で狙いを定められるものではなかった。

高速で動く犬神に同じように高速で剣戟を繰り出す男達が加藤を見ずに叫んだ。

武田「そうかッ!! 確かにあの銃ならコイツを強制的に送ることが出来る!!」

吉川「誰かは知らねェが撃てるなら撃てッ!! 武田ァッ!! 合わせろッ!!」

武田「ああッ!」

加藤が銃を構え、残像すら見える犬神の姿を捉えようと銃を動かした。

それと同時に、武田と吉川の神速の剣戟が犬神の身体を捉えた。

犬神は一瞬だけだったが、その動きを止めた。

まるで無重力の海に放り出されたような感覚を受けて、ほんの一瞬だけ完全にその動きを止めた。

その現象を起こした人間が誰なのかは、それを成した坂田本人しか知らない。

しかし、確かに出来た隙を武田と吉川は見逃さずに犬神の身体に左右からガンツソードで打ち込んだ。

並みの星人ならば輪切りになり胴体が3つに分かれるであろう二人の攻撃。

その攻撃は犬神の肉に確かに喰いこみはしたが、両断には程遠い傷であった。

だが、今回の攻撃はそれでもいい、二人とも誰かが送る様の銃を持って自分たちの背後で構えている、この星人の動きを止めさえすればそいつが送ってくれる。

その考えの通り、犬神は加藤の構えるYガンのモニター内に映し出された。

完全に動きを止めた犬神、その犬神に加藤はYガンの引き金を引こうとして、

犬神の手から今にも生み出されようとしている光の奔流を目にした。

加藤(あ……)

その光を見た加藤は先ほど光に消えた山咲の顔を思い出した。

死の光、それを意識すると共に加藤の体感時間は何倍にも引き延ばされ、加藤はゆっくりと動く世界の中、黒い影が二人犬神に向かっていく瞬間を見た。

その影は、犬神の背後から自分に死の光を生み出そうとしている手にパンチを打ち込もうとしている風。

そして、いつの間にそんなところにいたのか、先ほど合流した広島チームの男、前嶋が犬神の腹部にパンチを繰り出していた。

その一部始終を見ていた加藤は、風のパンチによって自分に向けられていた死の光線が明後日の方向に向けられ、犬神が前嶋の一撃によって小さく背後に吹き飛ばされていくのを見ていた。

完全に無防備で飛ばされた犬神を、加藤はYガンのトリガーを引き、犬神はYガンから撃ちだされたワイヤーにその動きを拘束される。

ワイヤーは犬神の身体に巻きつき、その身体を完全に拘束するが、

「ガァァァァァァァァァッ!!!!」

犬神が口を大きく開け吼えた瞬間、身体に巻きついたワイヤーは一瞬ではじけ飛んだ。

加藤「そ……んな……」

Yガンで転送は出来ていない。

拘束した後もう一度トリガーを引くことで転送されるが、拘束時間があまりにも短かった。

加藤はYガンを降ろし、右手のガンツソードを構えた時、

犬神の周囲に円状の破壊痕が発生した。

「よッしゃあ!! いッたぞ!!」

「お、おい待て、アイツ、潰れてねえぞ!?」

それはZガンの破壊痕、すでに加藤も何度も見たその破壊痕の中心で犬神は平然としていた。

先ほどの自身が行った攻撃でZガンの攻撃は効かないことは分かっていたが、一体誰が?

そう思った加藤が振り向くと、そこには何十人ものスーツの男女がそれぞれ武器を持ち存在していた。

加藤「こ、これ、は?」

加藤の驚愕を余所にスーツの人間たちはそれぞれ行動をし始める。

「撃て撃て撃て!! 一発で駄目なら何発でも撃ちこめ!!」

「デカ銃をもう1丁持ッてこい! 俺に貸せッ!! 俺がやる!!」

「刀でやるぞッ!! 同時にだッ!!」

「早く送ッて! 動き止めて送ッて!」

それを見て加藤は犬神のほうを見た。

犬神は流石に危険を感じたのか、この場から距離を取ろうと跳躍の兆しを見せた。

しかし、犬神の周囲が突如爆発し、犬神の肉体にも小さな破裂痕が生み出されて、犬神は蹈鞴を踏みその場に留まってしまった。

それは遠距離からの狙撃。

関根達が打ち込んだ狙撃が犬神の動きを阻害し、

犬神は50人以上のガンツメンバーからの攻撃をまともに喰らうこととなった。

坂田「は……すげ……」

戦場では間の抜けたギョーンという音やドンッという衝撃音が鳴り響いている。

その音は止まることを知らず、犬神のいた場所に攻撃が撃ちこまれつづけ、その視界は土煙で覆われ始め犬神の姿を隠し始めていた。

坂田「ちょ……い……まず……いな」

坂田はスキャンをし続けている。

犬神のタフさは嫌というほど見ていた。

完全に息の根が止まるまではスキャンをし続けて逃がさないようにする。

坂田はそう考えスキャンをし続け、そして見た。

犬神が銃撃の中、激しい重力波を抵抗しながら、身体に巻きつくワイヤーを千切りながらその手を頭上に掲げたその行動を。

坂田「なん…………」

坂田の疑問はすぐに解消された。

犬神の掲げた手から光の紋章が生み出されていく。

光の光線を打ち出していたその紋章は、すぐに光を打ち出すことは無く犬神の頭上に重なるように発生する。

坂田がそれに気付いたとき、その光の紋章を打ち消そうとしたがすでに遅かった。

銃撃の嵐の中、犬神は幾層にも重ねた光の紋章から全方位に向けて光の光線を連続で照射し、自分の周囲を放射状に薙ぎ払った。

「がッ!?」

「ぐあッ……」

「え……」

「なん……」

打ち出された光の光線は多くのガンツメンバーの肉体を貫通していった。

無事なものもいる。しかし圧倒的に多くの人間の身体を貫通し、無傷なものは遠くで狙撃を行っていた関根達だけという状態になってしまった。

加藤「ぐ……あッ……」

そして、加藤も例外ではなく光線の一撃でガンツソードを持っていた右腕が切り落とされて大量の出血が加藤を襲う。

膝から崩れ落ち、加藤は土煙に覆われ視界のきかない状況で自身が攻撃を受けたことだけ認識できた。

加藤は膝をつきながらも、Yガンを目の前に、先ほどまで犬神がいた場所に向け、まだその場所に犬神が存在している事に気が付く。

加藤「ううッ……まだ……そこに……いンのかよ……」

モニター映し出されるその姿は五体満足だった。

しかしその動きは極めて鈍い。

加藤「ハァッ……これで……ハァッ……終わッ……てくれ……」

加藤はモニターに映し出されるターゲットをロックオンし、その引き金を引いた。

Yガンから発射されたワイヤーは土煙の中の犬神に向かって飛んでいくが、

そのワイヤーが犬神の身体に巻きついたところで、ワイヤーはいとも簡単に引きちぎられてしまった。

加藤「ちく……しょぉ…………」

それをモニター内で見た加藤は一瞬だけ諦めかける。

しかし、背後から聞えてきた叫びが加藤の心をもう一度奮い立たせた。

玄野「ウオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!!」

隻腕の玄野がその手にガンツソードを構えて土煙の中の犬神に突撃していた。

加藤「ケイ…………ちゃ…………」

玄野が空中を飛び、その勢いで土煙が吹き飛ばされて犬神と玄野の姿が加藤の目に映し出された。

玄野の一撃は犬神の右目を貫き、犬神が苦悶の叫びを上げた。

それと同時、犬神の大きく開いた口に、

レイカ「アアアアアアアアアアアアアアッ!!」

岸本「うわああああぁぁぁぁッ!!」

レイカと岸本によるガンツソードの突きが見舞われて、犬神の口内に二つの刃が刺しこまれた。

それを見た加藤は反射的に動き出す。

切り落とされた右腕が持っているガンツソードを手にし、一瞬で距離を詰め犬神に横薙ぎの一閃を繰り出し、

加藤「……ッ……だァッ!!」

加藤の一閃は残った犬神の目を奪い、犬神は完全に視界を奪われた。

「ウゴォォォアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ」

真っ暗になった視界、人間の攻撃によって目を潰されてしまった犬神は憤怒の叫びを上げて、自身の周囲にいるであろう人間に向かって光の光線を打ち出した。

しかし、犬神が攻撃するより早く、玄野はレイカを加藤は岸本を抱きかかえその場から大きく距離を取っていた。

大きく跳躍して地面を転がるようにして着地した玄野達。

その着地をした場所の付近では、すでに一人の男が回りこんでいた。

関根「受け取れ」

関根が玄野達にショットガンタイプXガンを投げ渡し、それを受け取った玄野達は、

全員同時に犬神に無数の銃撃を撃ちこんだ。

銃撃の嵐を受けながら犬神は生き残る為に足掻いていた。

跳躍して逃げようとする、しかし今まで受けてきたダメージにより満足に動くこともできずにその場に崩れ落ちる。

その間も銃撃は続く。

身体の表面がはがれ始めて内臓が見え、それでも犬神は足掻く。

瞬間移動をする為に黒い闇を生み出そうとする。

しかし、その黒い闇は安定する前に掻き消えてしまう。

犬神の視界の端に、倒れ伏しながらも手だけを伸ばしている人間の姿が映し出された。

銃撃は止まらない。

犬神が逃げるのは止めて先ほどと同じように光の紋章を生み出し始めた。

銃撃の中、犬神の肉体が徐々に崩壊していくがその光の紋章は犬神の周囲に生み出されて、

バチバチバチッ……。

犬神が何かの放電音を耳にすると共に、Zガンの重力波とは比べ物にならないほどの重さと、ガンツソードと同じほどの鋭さを持った何かが、自身の肉体を貫き潰す感覚を受けながら、犬神は意識を刈り取られ潰れた。

今の今まで銃撃を行っていた玄野達は突如現れたソレを見上げていた。

ソレは黒いロボット。

十数メートルはあろうかというロボットが、ロボットのサイズの剣を犬神のいた場所に突きたてていた。

玄野達と十メートルも離れていない位置で行われている圧倒的な攻撃。

ロボットが剣を地面に突き立てるとともに衝撃波が玄野達に襲い掛かり、玄野達は吹き飛ばされる。

その周囲にいるスーツの人間たちも同様だった。

犬神の攻撃によって致命傷を受けた人間もいればまだ生きている人間もいる。

だが、ロボットを駆る男はロボットのコクピット内でハードスーツに身を包み無表情で、犬神のいる場所を攻撃し続けていた。

その攻撃も男がハードスーツ内の画面で敵の反応が消えたと同時に静止する。

「……倒したか。これで、後100点で10回クリアを達成できる」

その男は凛にちょび髭と名乗った男。

「他の反応は……無しか。今回は終わりという事だな」

ちょび髭は残る敵をレーダーで確認し残っていないと分かるとコクピット内で転送を待った。

しかし……。

「なんだ? 何故転送されない?」

通常ならば敵を全滅させた場合、すでに転送されているはず、それに疑問を抱きちょび髭はもう一度レーダーを起動させるが、

プチュゥゥゥン……。

ハードスーツ内のレーダーが消えた。

「……何だ?」

ちょび髭はコントローラーを取り出し、レーダーを起動させようとするが、そのレーダーは完全に沈黙を保つだけだった。

「…………」

ちょび髭はロボットを操作し、透明化を起動させる。

ハードスーツの内部に浮かんだちょび髭の表情は無表情から硬い表情に変わり、ちょび髭は何が起きても対処できるように行動を始めた。

戦場で空を見上げて寝転がる3人。

凛、加蓮、奈緒は100点の星人を倒し生き残ったことを喜び合っていた。

しかし、3人に何か異様な感覚が襲い掛かり全員跳ね上がるように飛び起きその場で背中合わせになり周囲を警戒し始める。

凛「……何、今の?」

加蓮「……やっぱり感じたよね?」

奈緒「……まさか、まだいるのかよ……?」

奈緒がすぐさまコントローラーを起動してレーダーを見るが、

プチュゥゥゥン……。

レーダーの画面は消え何も映し出されない。

奈緒「何だよ……コレ……」

加蓮「レーダーが……?」

凛「…………」

空は快晴、しかし今3人の胸中は真っ黒な暗雲が立ち込めるような不安な気分に満たされていた。

何かが起きている。起きようとしている。

3人は先の戦闘でお互いの感覚を共有する体験をしていた。

その3人は同じ感覚を感じ取っていた。

3人がこの部屋に来るときに感じたあの感覚。

初めて死に至った時の絶望的な感覚を。

奈緒「……怖い」

加蓮「……アタシも」

いつの間にか互いの手を握り合っていた3人は、お互いの手を離さないようにしっかりと固く握り締め続ける。

そうやってお互いを感じ取っていた3人は同時にある場所に顔を勢いよく向けた。

瓦礫が積み重なり小高い山のようになっている場所。

そこで目にする。

凛と同じ顔、陶器のような白い肌、大きく美しい豊満なバストとボディラインを真っ黒なスーツに包み込み、瓦礫の山に座り足を組んで凛達を見つめていた。

凛「……生きてた?」

加蓮「ウソでしょ……?」

奈緒「な、何でだよ!? 確実に仕留めたぞ!?」

確実に倒したはずなのに何故?

その疑問はすぐに解消された。

「…………え?」

誰が発した言葉か、全員が発したのかもしれない。

瓦礫の山に座る凛と同じ顔の星人。

その星人の隣に、凛達からは死角になっている瓦礫の山の背後から何かが現れた。

それは瓦礫の山で座る星人と全く同じ姿の星人。

1体ではない。

瓦礫の山の頂上に合計5つの存在が姿を見せる。

その全てが凛と同じ顔、先ほど倒したあの星人と同じ……いや、明らかに先ほどよりも威圧感を増している星人が5体。



凛達の前に今回のボスである、ぬらりひょん“達”が現れた。



そして、それは凛達の前だけではなかった。

別の場所、卯月を背負って歩く未央の前方に。

未央「!! し、しぶりん!!」

未央「よかった!! やっぱり…………あれ?」

岡「…………」

未央「しぶりん? な、なんで、しぶりん二人いるの?」

未央と岡達に向かって歩いてくる二体のぬらりひょん。

凛達の前に姿を現したぬらりひょんと同じ姿、形。


さらに、別の場所。

「どういうことだ?」

ロボットのコクピット内でちょび髭は前方空中に浮かぶ存在を見てひとりごちた。

空中に浮いている存在。

ちょび髭の知っている少女、凛の顔をしたぬらりひょんが二体。

「……ブラックボールを制御して同一存在を生み出した? いや、違う……これは……」

ちょび髭の顔に汗が伝う。


合計9体のぬらりひょん達が戦場に姿を見せ、最後の戦いが始まる。


今日はこの辺で。

瓦礫の山に佇む4体のぬらりひょん。

そして、1体だけ足を組み座るぬらりひょんは凛達を指差し、鈴のように響く声で凛達に向かい言葉を発した。

「お前達は非常に興味深い」

「肉体は異なれども不完全ながらも精神の同調を行った」

「意思の統一を行うことで個々の能力を飛躍させる」

「我等が持ちえなかった力だ」

「我々はまた一つ新たな力を得た」

「次だ。更なる力を見せるのだ」

戦場に鳴り響く声は凛達の耳に届く。

しかし、凛達はその意味を考えることはしなかった。

凛達の脳裏にあるのはただこの状況を如何にして乗り切るかという事のみ。

明らかに先ほど戦って倒した星人よりも強い存在。

それが5体。

先の戦闘は凛達が今持てる力の全てを出し切りギリギリで勝てた戦闘。

3対1で戦いギリギリ、それが今は5対3。

絶対に勝てない。

3人共同じ思考で、それぞれ打開策を考え続けていた。

凛「……力って、なに?」

3人の中で最初に動いたのは凛。

そして、凛が選んだ選択は会話。

ぬらりひょんが問いかけてきた言葉を最後に自分たちを見据えたまま動かない。

奴等はこちらの出方を伺っている、そして何かを探ろうとしている。

好都合だと凛は思う。

少しでも時間を稼いで、敵との会話をしながらも打開策を考える。

加蓮と奈緒も考えてくれる、自分が少しでも時間を稼ぐことが出来れば。

そうやって複数の思考を同時にしながら、凛はぬらりひょんから返ってきた言葉を耳にした。

「力は力。絶対なる力に至るため、様々な力を我等は欲している」

凛「……言っている意味が分からないんだけど」

「この世の様々な力、全ての力を得れば、我等は絶対の力を持つ存在に到達することが出来るだろう」

凛「……絶対の力とかって何? アンタは一体何が目的なの?」

「神の存在」

凛「……? かみ……神?」

「この世の理すら超越する力を持った存在。即ち神の存在を感じた事はあるか?」

凛「……神様なんて……何言ってんの……」

「彼の地の神。我等の安寧は神の存在がある限り訪れる事はない」

凛「……神様がいるって言うの?」

「遥かなる力を持つ巨なる種ですら神の前では無力であった」

凛「……理解できない」

「神を超え、神を喰らう。我等の道はその一つのみ」

凛「……くっ」

「さあ、力を示せ。お前達の道も一つのみ」

凛はぬらりひょんの言葉を何一つ理解する事はできなかった。

同時に、凛を含め、加蓮も奈緒も言葉の意味を理解できず、状況を打破する案を考え付くことも出来ずにぬらりひょんの攻撃が始まってしまった。

座したぬらりひょんが指を凛に向ける。

指を向けているだけだった。

しかし、凛の眼は確かに捉えた。

ぬらりひょんの指が煌き、光線が生み出されて自身の頭に向かってくる瞬間を。

先の戦闘で得た超感覚、体感時間を自在に操る感覚によって凛はその光線の軌道を眼にした。

凛「~~っ!!」

光線は凛の頬を掠って地面に深い穴を空ける。

紙一重で避けた凛、しかしその頬からは血が溢れ、今の攻撃がスーツの意味を成さないことを知る。

その後の凛の判断は一瞬だった。

凛「加蓮!! 奈緒!! 逃げるよっ!!」

自身の超感覚を持ってしても完全に避け切れなかった攻撃。

しかもぬらりひょんにとっては全力でもなんでもない攻撃としか感じられない。

敵の力の底が見えない、それが5体。

勝ち目がないと判断し撤退の姿勢をとったその時。

瓦礫の山にいたぬらりひょん達が一瞬で凛達を囲みその退路を完全に防いでしまった。

加蓮「な、何? 早すぎでしょ……」

奈緒「嘘だろ……見えないなんて……」

凛「くっ」

ぬらりひょん達の動きは速かった。

その動きは先の戦闘で凛が腕を鞭のように使い音の壁を越える速度の攻撃と同等。

音速で動くぬらりひょん達を加蓮と奈緒は目で追えていなかった。

しかし凛だけは追えていた。

そして、その胸内は焦りで満たされる。

凛(まずい……逃げられない……)

凛(あんな速さで動かれたら逃げても一瞬で捕まってしまう……)

凛(倒すしかない……でも、どうやって……)

凛(さっきの奴と同じなら再生もされる。今は奈緒もこの場にいるから不意打ちすら出来ない……)

凛(一体に絞って3人で同時に攻撃して動けなくしてから……)

凛(その間に攻撃されたら…………っ!? 次の攻撃!?)

思考が纏まる前にぬらりひょんは次の行動を取ってきた。

手を振り下ろす、たったそれだけの行動。

直後、凛の目は自分たちの周囲、その頭上に違和感を感じ取った。

空間が歪んでいる、そしてその歪みが落ち始めた。

凛「加蓮っっっ!! 奈緒ぉぉっ!!」

凛の違和感は二人にも伝わっていた。

そして加蓮と奈緒は凛が叫ぶ前に行動を開始した。

奈緒が加蓮の手を掴み、加蓮の身体を全力で後方に投げ飛ばす。

加蓮は投げ飛ばされながらも凛の腕を掴み凛の身体を抱え後方に飛ばされ、

凛が見た歪んだ空間の範囲外に飛ばされた直後、


ガオンッ!!


空間ごと削り取られたかのような異様な音。

凛と加蓮は後方に飛ばされながら、今の今までいた場所にZガンの破壊痕に酷似した巨大な大穴が発生していた。

ぬらりひょんのZガンを模倣した攻撃、超重力が空間ごと削り取ったかのような攻撃。

その恐ろしい破壊の威力に絶句する二人に、奈緒の叫び声が届いた。

奈緒「っっああああぁぁぁ!? あぐっ、あぁぁ!! あ、足がぁっ!!」

凛・加蓮「奈緒っ!?」

凛と加蓮は今の攻撃を何とか回避できていた。

しかし、奈緒は二人を投げ飛ばし、自身も後方に逃げようとしたのだが、一瞬間に合わず、右足の足首から先を失ってしまった。

大きく開いた大穴の傍で足を押さえて倒れこんだ奈緒に二人は駆け寄り、

加蓮「奈緒っ! しっかりしてっ!!」

凛「っ! 足首から先が……」

奈緒「うっぐぅぅぅっ…………」

奈緒の傷口から勢いよく血が噴き出している。

奈緒は激しい痛みを受け地面を転がり、仰向けになった時に薄く目を開いた。

そして、その開いた視界に映し出された光景を見て痛みも忘れて叫びを上げようとした。

奈緒の視界、ぬらりひょんが加蓮に向かって指を向けている。

その指から、再びあの光線が発射される瞬間。

加蓮は自分を見ていて気付いていない。

叫んでから加蓮が動いても間に合わない。

奈緒が加蓮が光線によって打ち抜かれると考えた瞬間、

加蓮と凛はお互いを殴り合い、その衝撃でお互いの身体は真横に吹き飛ばされた。

凛はそのまま吹き飛ばされて空中で回転し着地する。

加蓮は奈緒の手を掴み、空中で奈緒を抱きかかえ、地面を削りながら着地した。

そして、3人が今までいた場所に光線が降り注ぎ、

地面に触れる寸前、その軌道を変え、凛と加蓮達に向かい光が分裂した。

凛「!?」

加蓮「はぁっ!?」

光線はそれぞれ異様な軌道に変化し、

凛に向かう光線はどこまでも伸びた横一文字の光線。

加蓮と奈緒に向かう光線は縦にどこまでも伸びた光線。

再度襲い掛かる光線を避けようと、凛は空中に飛び上がった。

しかし、その直後、光線はさらに軌道を変え、凛を追う様に動き、

凛「~~~っ!!」

自身の胴体を切断しようと襲い掛かる光線を、空中で無理矢理仰け反りその身をえびぞりにし奇跡的に回避していた。

光線を回避した凛は、さらに襲いかかってこないかと避けた光線を注視していたが、凛が避けた後、しばらく進んで光線は消えさった。

光線が完全に消え去ったことを確認して、凛はぬらりひょんを視界に入れつつも加蓮と奈緒の姿を確認した。

凛「加蓮!! 奈緒!! 無事っ!?」

凛の視界には地面に転がる奈緒と、その身を反らせて固まっている加蓮。

奈緒はその身を起こし、動き始めていたが、加蓮は動かない。

その加蓮のハードスーツのヘルメット、顔面部分が仰け反る加蓮の体勢を沿うように外れて、カランという音とともに地面に落ちた。

それを見て、加蓮があの光線の直撃を受けてしまったのかと考えた凛だったが、

加蓮「……無事、ほんっとギリギリでね……」

奈緒「か、加蓮……」

仰け反った身体を起こし、再度ぬらりひょんに向き直る加蓮。


3人が3人共一息をつく暇も無かった。

そして、3人共このままだと確実に殺されてしまうと思い知らされてしまった。

いまだ敵は1体が攻撃するのみで他の4体はただ観察しているだけ。

その1体の攻撃ですら、目視もできないような速度の光線と不可視の超重力の攻撃。

回避することすらギリギリ、この先他の4体が同時に攻撃してきただけで避けることすら不可能になる。

この場を一旦離れて、何とか作戦を考えないと倒すことなど不可能。

3人共思いを同じくして、どうにかこの場から逃げ出す方法を見つけようとしていた。

しかし、ぬらりひょんは凛達を待つことは無く、

加蓮「凛っ!! また来るっ!!」

凛「っ!!」

奈緒「うぅっ……く、くっそ……」

ぬらりひょんが指を凛達に向けたところで凛はぬらりひょんに向かって走り始めた。

加蓮「凛っ!?」

凛の行動、それは奈緒がすでに次の攻撃を避けきれないと判断したから。

それならば自分が再びおとりになって時間を稼ぐ。

敵も自分に向けて指を動かし、加蓮と奈緒には指を向けていない。

敵の攻撃を避けて避けて避け続けて、避けながら次の策を考える。

そうやって凛はぬらりひょんの攻撃を食い止めるべく走った。

凛(今の私ならどんな攻撃でも止まって見える)

凛(何度でも避けてやる)

凛の目がぬらりひょんの動きを捉えた。

指を向けて、その指から光が生み出される。

今までと同じ、自分に向かって直線状に進んでくる。

凛(さっきは動きが変化した)

凛(今回もその可能……性…………が……)

凛の目は捉えてしまった。

直線状に進んできた光線が何重にも分裂し、

点で襲い掛かってきた光線が、軌道を変え線で襲い掛かり、

線となった光線が幾重にも重なり、網目状の光線となって凛の視界全てを覆い尽くした。

凛(…………うそ、でしょ……?)

加蓮「――――!!」

奈緒「―――――――!!!!」

凛の耳に加蓮と奈緒の叫びが届いた。

しかし、その声が何を言っているのかが分からない。

目の前に広がる隙間無く埋め尽くされた網目状の光線。

飛び上がって避ける……無理、上空から襲い掛かってくる光線で避ける場所がない。

横に飛んで避ける……無理、今から横に飛んでも精々5メートル、光線の範囲内だ。

後退して避ける……無理、一瞬で追いつかれてしまう。

凛「……死んで……たまる…………」

凛はそれでも足掻こうとした。

恐ろしくスローで自身に向かってくる光線を見ながら。

見えているが身体は動かない。

自身の感覚に追いつかない身体を何とか動かそうとして、

この状況から逃れる方法を恐ろしく長い体感時間で考え続け、

脳が焼ききれそうな感覚と共に、凛の視界は一瞬暗転し、次の瞬間には今まで目の前にあった死の光線が幻のように消え去っていた。

凛「………………え?」

思考が停止する凛。

一体何が起きたのかと。

凛「加蓮……奈緒……」

凛が首を動かし辺りを見渡すが、先ほどまでいたはずの加蓮と奈緒がどこにもいない。

それどころか、今いる場所は先ほどまでの全てが吹き飛ばされた瓦礫の山ではなく、どこかのビルの屋上。

混乱する凛に、突如背後から声をかけられた。

「よォ、ゲームオーバー寸前だッたな」

凛「っ!?…………西?」

軽量型ハードスーツを身に纏い、パソコンを手にして画面を見ている西の姿があった。

「レーダー……駄目だな、ダウンしてやがる。転送システムは生きてるみてーだが、どーなッてんだ? オマエ何かしらねーか?」

凛「え……何が? どうなって……」

西「ははは、何最初の時みてーな顔しちゃッてンの? 転送だよ転送、俺がオマエを助けてやッたんだよ」

凛「転送……? っ!!」

西の言葉で混乱していた頭が整理されていく。

凛「転送システム……」

西「あのギリギリのタイミングで座標やらなんやら一瞬ではじき出して演算してオマエを転送したんだぜ? 他の誰にも出来ないワザだなこりゃ」

西「しッかし、オマエ本当に人間か? 遠目から見てたけどよー、オマエの動きまッたく見えなかッたんだけどさー」

凛「……待って」

西「つーかあの星人も何? 何でオマエの顔してんの? まさかオマエ、本当は星人だッたりすンじゃねーのか? そこんとこ詳しく話せよ」

凛「あの二人は!?」

西「あン?」

凛「加蓮と奈緒はどこにいるの!?」

西「あぁ、オマエと一緒に戦ッてた二人か? アイツ等もオマエと一緒で人間やめちゃッてる奴等だッたなー、ハードスーツのほうはオマエの動きについて行ッてた……」

凛「加蓮と奈緒は何処!?」

凛は西の肩を掴み必死に問いかけた。

二人の姿が見えない、その事実が凛の胸に突き刺さるような不安を生み出す。

心臓が激しく脈打っている、そんなはずはないと。

しかし、西が答えた回答は、最悪の回答だった。

西「オマエを転送すンのが限界だッた。オマエを転送した瞬間、あの星人、俺のほうを見てきやがッた、後は俺もオマエを飛ばした場所に転送して……その後は知らねーよ」

凛「~~っ」

西「つーか、アイツ等ッてお前の友達とか言ッてた奴とは別の奴等? あぁ、そー言えば他のチームにもお前の……」

凛「さっきの場所に戻して!!!!」

西「あァ?」

凛「早くっ!! 時間が無いのっ!!」

西「……戻せッたッてよォ、流石のオマエでもあんなの5匹相手は無理だろ?」

凛「何でもいいから早くっ!!!!」

西「……本当にオマエ狂ッてンのな……、わーッたよ。ッたく、オマエ見てッと俺が普通の人間なんじゃねーかッて思えてくるぜ」

呆れ顔で西はパソコンを操作し始める。

西「オマエ、右腕オシャカになッてッけど大剣使うの? なンかさッきは右腕で刀振り回してたけど……」

凛「早く!!!!」

西「あー、ハイハイ、わかりましたよ。ッたくよォ、折角助けてやッたのに……」

西がパソコンを操作するうちに、凛の身体に変化が起きた。

破壊されたハードスーツが再び凛の身体を覆い、顔にバイザー、両手両足に飛行リング、そして凛の目の前にZガン2丁、双大剣が転送された。

凛は双大剣を掴み、さらに西に転送するように急かす。

西「……よし、そンじゃ飛ばすぞ」

すでに転送されたから数分は経過している。

凛に尋常ではない焦りと不安が圧し掛かり続け、凛は再び転送されることとなった。

凛が転送された後、西はひとりごちていた。

西「アイツ、あんな化け物どーやッて倒すんだろーな……」

西「向かッていッたつーことは勝算あンだろーから俺も少し見にいくか……」

西は再びパソコンを操作し始めた。

凛が西によって転送された場所にはすでにぬらりひょんの姿は無かった。

凛がまず目にしたのは、十数メートル離れた位置に立ち尽くす加蓮の姿。

敵がいないのは気になったが、凛はまず加蓮の安否を確かめるために走った。

凛「加蓮っ!!」

加蓮の名を呼び走る凛に、加蓮は何の反応も示さない。

凛「ねぇっ! 加蓮っ!!」

加蓮の傍までたどり着いた凛はあるものを目にしてしまった。

加蓮の周りに大きな穴が空いている。

何処まで深い穴か分からない、ぬらりひょんの攻撃でできたと思われる大穴。

その大穴の傍に加蓮が立っている。

そして、加蓮のすぐ傍、大穴の淵ギリギリの場所に黒いものを目にした。

凛「…………あ、れ?」

黒いものは赤い液体の中にあった。

凛はその黒いものの前にたどり着き、黒いものが何なのか見てしまった。

それは人の腕。

スーツに包まれた腕が、切断面から血を零しながらその場に転がっていた。

凛「……ち、ちが……う……」

凛はその手を無意識に持ち上げていた。

身体が何処にも無く腕だけが存在している。

そして、その腕の持ち主であろう人間が何処に行ったのか。

大穴の淵にあった腕が、腕の持ち主がどうなってしまったのかを凛は思い浮かべてしまった。

凛「違うっ! そんなはずがない!! ねぇ加蓮!! 奈緒は何処!? 加蓮っ!!!!」

腕を抱きかかえて凛は加蓮に詰め寄った。

まったく動かない加蓮に疑問を持つこともせずに凛は加蓮に近寄り、その身体に触れた。

凛「……あっ」

すると、加蓮のハードスーツに線が浮かび上がった。

その線はハードスーツ全体に走り、ピシリという音と共に加蓮のハードスーツの一部が欠けた。

凛「あ……う……」

ピシピシピシという音が加蓮から生み出され続ける。

凛は加蓮の顔を見た。

ハードスーツのヘルメットは無く、そこには同性の凛であっても見惚れてしまうほど美しい顔。

その顔に線が入った。

凛「だ、駄目ぇっ!!」

次の瞬間、加蓮の顔に入った線が広がり、線から血が溢れ始め、その美しい顔が少しずつ崩れていき、

凛がその崩壊を止めようと加蓮の顔を押えた瞬間、

加蓮の身体は完全に崩壊しバラバラの肉片になりドチャリと地面に赤い花を咲かせた。

凛「う、あ、あう、か、あ、れぇ………………」

凛の視線が今まで向けていた場所から地面に動いた。

そこには真っ赤な液体と、元が加蓮であった大量の肉片。

その肉片の上にいつの間にか手放していた、腕がぽとりと落ち、腕がスーツから抜けてその手を凛は目にした。

その手は、間違いなく奈緒のもの。

加蓮のネイルがその指に施されていた。

そして、その指が、加蓮だった肉片に沈んでいって、奈緒の腕がまるで凛に助けを求めるかのように向けられてピタリと止まった。

凛「――――――――――――――――――――――――――――」

そこまで目にして、凛は言葉にもならない叫びを上げて上空に飛び上がる。

一瞬で遥か上空まで到達した凛は、血走った目で地上を見下ろし、

本当に小さく、輪郭すら見えないほどの距離であるにもかかわらず、

卯月を抱えた未央の前に、自身と同じ顔をしたぬらりひょんがいる所を見て、

凛「―――――――――――――――――!!!!!!」

鬼のような形相で、獣のような叫びを上げて、空気を切り裂きぬらりひょんに襲い掛かった。

今日はこの辺で。

透明化したロボットの内部。

コクピット内、その真ん中、操縦席のハードスーツ内にいるちょび髭はロボットの前方に突如現れたぬらりひょん2体を前にし、即座にロボットのある操作を行った。

直後ロボット内のモニターにメッセージが表示される。

『自爆システムを起動しました。10・9・8…………』

淀みなく次の操作を行うちょび髭。

ちょび髭がロボットのシステムをさらに起動させ、ロボットから大量の蒸気が噴出されて辺り一帯が霧で包み込まれる。

それと同時にロボットのコクピットを開き、ちょび髭はコクピットの飛行バイクを起動し、残り数秒で自爆するロボットから脱出を試みた。

その間、ちょび髭の脳裏には冷静な思考と極度の焦りが混在していた。

(……化け物だ)

(信じられん……一体何だアレは?)

(戦う? 無理だ……殺される)

見た瞬間理解した。

圧倒的な力の差、1体でも手に余る存在。

今までに感じたことの無い感覚。

本能的な恐怖と、生物としての差。

食うものと食われるもの、自身は食われるものだと瞬時に理解してしまった。

(撤退だ……俺は絶対に死ぬわけにはいかんのだ……)

(自爆によって倒せるとは思いがたいが、足止めにはなるはずだ、その間に距離をとり……)

飛行バイクが浮力を帯び、コクピットから脱出したちょび髭はロボットの自爆に備えた。

しかし、もう3秒で爆発するはずだったロボットは、ちょび髭の視界から忽然と消えうせてしまった。

「な……ん、だと?」

ガオンという空間ごと削り取られたような音が発生し、ロボットがいた場所には巨大な大穴が生み出されていた。

その大穴に吸い込まれていくように辺りに散布した霧は消滅し、ちょび髭と2体のぬらりひょんの間には遮るものは何もなくなっていた。

その時、ちょび髭には1体のぬらりひょんが何かを行ったように見えた。

指を自分に向ける、恐らくはそのような行動。

ちょび髭がそれを認識した刹那、ちょび髭が駆るバイクに穴が空き、その穴を空けたぬらりひょんの指から放たれた光線はちょび髭のハードスーツを易々と貫き、左肩ごと吹き飛ばされたちょび髭は宙を舞った。

(ぐはッ……何……が……起きた?)

吹き飛ばされながら自身に何が起きたのか全く把握できずにいた。

感じるのは左肩の激痛。

見てみると左腕が肩から千切れかけている。

ハードスーツは左腕の部分が削り取られたように存在していない。

(バ……カ……な……あり、えん……)

一撃でハードスーツを破壊した攻撃、さらには自身が見ることも出来なかった攻撃にちょび髭は戦慄しながら吹き飛ばされていく。

しかし、地面に叩きつけられる前までにちょび髭はその思考を氷のように冷静な思考に戻していた。

100点を9回取るに至った戦闘経験と自身の精神性が窮地に立っていても冷静な思考を損なわせないでいた。

地面に叩きつけられたちょび髭はハードスーツのヘルメット内、ガンツの道具とは別の小型インカムを使い通信を始める。

『私だ、ハードスーツの腕を破壊された。至急ハードスーツの換装を頼む』

ちょび髭が誰かに通信し、その場で空中を見上げ自身にハードスーツの転送を行われるその瞬間を待っていた。

その間、ちょび髭が落ちた場所の付近では数人の男達がちょび髭を見ていた。

吉川「ありゃあ……北条か?」

先の戦闘でかすり傷を負っていたが五体満足の吉川。

武田「いや……違うぞ。男だ」

左手を犬神の光線によって貫通させられて傷口を押えている武田。

風「…………」

負傷した肩口を押えながらも無言でちょび髭を見る風。

前嶋「ふゥッ……」

目立った負傷もなく、息を整えている前嶋。

4人の男達からの視線を受けながらも、ちょび髭は空中を注視しながらインカムに通信を行っていた。

『どうした。丸ゴリラ応答しろ。至急ハードスーツの転送を』

ちょび髭の通信先からは何の応答も無かった。

疑問を持つと共に、ちょび髭は視線の先で違和感を感じていた。

(……待て、何故ヤツは1体しかいない? もう1体は何処に行った?)

一瞬も視線を逸らしていなかったのに、空にいるぬらりひょんは1体しか存在しなかった。

いつ、どのタイミングで消えたのかもちょび髭には分からなかった。

しかし、もう1体のぬらりひょんは突風と共にちょび髭と吉川達の前に現れた。

吉川「うォ……」

武田「あ……ぁ……」

前嶋「ッ……」

3人がその姿を目にし、数歩後ずさる。

凛の顔をしたぬらりひょん。

しかし、3人ともこれは人間ではないと瞬時に悟り、さらにはその威圧感に気おされて無意識のうちに後退していた。

だが、ちょび髭と風、二人だけはぬらりひょんの手に持つ物を見ていた。

ぬらりひょんの手には黒い剣のような物。

その剣に、何かが数個突き刺さっている。

それを見て、ちょび髭は驚愕を顕にし、風はその表情を悲痛なものへと変化させる。

ぬらりひょんの手に持つ剣に刺さったもの。

それは人間の頭だった。

風「お……お……ゥお…………オオオオオ……」

その中の一つ。

小さい頭が虚ろな目をして風を見ていた。

風「た、タケシ……そんな……おおおお……」

首だけとなったタケシは何が起きたのかも分かっていない表情で視線だけを風に向けている。

自身が死んだことすらも気付いていないような、そんな表情で。

それを見て、風は周囲の空気すら振動する程の絶叫を上げてぬらりひょんに突撃した。

地面が吹き飛び、風の巨体が弾丸のようにぬらりひょんに襲い掛かる。

風が繰り出す右拳は唸りをあげてぬらりひょんに向かって伸びる。

衝撃波にも似た唸りが風の拳から生まれ、ぬらりひょんの頭を粉砕するかと思われたその刹那。

風の背中に黒い腕が生えていた。

風「ぬ……ぐぉ……」

それはぬらりひょんの腕、風の拳が届く前、無造作に振るったぬらりひょんの拳は、風の胸を貫通し、背中から突き出ていた。

風「ダゲシィィィ……」

しかし、風は自身の胸を貫いたぬらりひょんを両の腕を使って抱きしめた。

強烈な締め付けでそのまま潰す勢いで締め付けた風の腕は、ぬらりひょんが風を前に押し出すような行動を取ったと同時に千切れてしまった。

風「アァァァァ!!!!」

自身の力とぬらりひょんの力の引っ張りあいに負けたのは風の腕だった。

しかし、両腕をもがれたにもかかわらず風の気力は一切衰えなかった。

憤怒の形相で、さらなる追撃をぬらりひょんに加え様とした所で、風の耳に風を裂くような音が聞えた。

直後、風の視界が一瞬で変化し、その目に奇妙なものが映し出される。

首のない黒いスーツの巨体が突進してくる。

走り続けるその巨体は誰かに吹き飛ばされたようで、突進してきた方向に血を撒き散らしながら飛んでいった。

奇妙な光景を見た風は数秒から十秒近く意識を保っていた。

そして気が付く。

自身の視界の端に、何かが見える事に。

それはあの部屋の仲間の一人、一番年上の鈴木の首。

その横に自分が守りたいと思っていた小さな子供、タケシの首。

首を切断され、黒い剣に突き刺された風は、自身が何も出来ずに殺されてしまったのだと最後の最後に気付き、無念のまま死に至った。

ちょび髭は一瞬で殺された巨体の男を見て踵を返して走り始める。

インカムで指示したハードスーツの転送も待たずに撤退を始めるちょび髭。

いや、もはや転送されることすらない。

ちょび髭が先ほど見たぬらりひょんの剣に刺された首の一つに見知った顔があった。

ガンツのコードネームで丸ゴリラという男の首。

ちょび髭のチームでガンツのシステムを制御する男であった。

姿を隠して隠れていたはずの男。

(どうなッている!? 奴が殺された!? 動きが見えんッ!? 速すぎるッ!!)

ここに来てちょび髭は焦りと共に冷静な思考すら奪われていた。

全てが計算外、今まででも計算外の事はあったが、ここまで自分の計算から逸脱したミッションはありえなかった。

何も見えないし、何も通じない、通じないどころか何もしていないに等しい。

何もしていないのにすでに窮地に追いやられている。

自身の計算が完全に崩壊し、冷静な思考を奪われたちょび髭の行動はただ逃げるのみだった。

武田と吉川は剣を動かせないでいた。

今、敵は何もしてこない、ただこちらを見ているだけ。

見ているだけなのに二人は生きた心地がしなかった。

次の瞬間には自身の首も飛ばされて、あの剣に刺され無残な姿を晒しているのではないか?

恐らくは自分たちよりも強いであろう風が、あの剣に突き刺され無残なオブジェと化してしまっている現状を見て二人の身体は動くことを拒否していた。

だが、一人だけ、前嶋が恐怖を乗り越えてぬらりひょんの前に立ちはだかる。

吉川「お、おいッ!! お前ッ!!」

武田「バ、バカ!! 止めろッ!!」

前嶋「ふゥーッ! はァーッ!!」

ぬらりひょんは前嶋を見ながらも首をかしげていた。

前嶋「ふーーッ!! こんなヤツをッ!! はーーッ!! 待ッてたッ!!」

「お前は何を見せる?」

前嶋「こいつをッ!! 倒せなけりゃッ!! 人類は終わりだッ!!」

「力を見せてみろ」

前嶋「俺がッ!! 倒せなくてもッ!! 他のヤツに託せるようにッ!!」

「む?」

前嶋「腕のォッ!! 一本でもォッ!!!!」

前嶋が繰り出した右ストレート。

それはぬらりひょんに当たらなかった。

それどころかぬらりひょんは忽然と姿を消していた。

前嶋「なンッだッ!?」

武田「き、消え……」

吉川「あそこだッ!!」

吉川が指差す方向、

その先には、ぬらりひょんに手を向けた状態で倒れ伏す坂田と、その坂田に近づいていくぬらりひょんの姿があった。

坂田はゆっくりと近づいてくるぬらりひょんに能力を使い続けていた。

最初は足止め、前嶋の攻撃を直撃させる為に動けなくしようとしたが、ぬらりひょんはその束縛を即座に破って坂田に攻撃を仕掛けようとしてきた。

坂田はそのぬらりひょんを一瞬だけ空中で固定した。固定されたぬらりひょんはその状態も解除し、坂田に向かい歩き始める。

最後に、坂田はぬらりひょんの顔を見て歯軋りをする。

坂田「テメ……姐さん……に化け……やが……ッて……」

「その力、興味深い」

坂田「本田ちゃ……ん、島……村ちゃ……ん……、騙さ……れ……なよ…………」

「更なる力、我等に見せるのだ」

坂田「さくら…………俺も……そッ……行くぜ……」

坂田が最後の能力を発動したその瞬間、

坂田も風と同じように首を刈り取られて意識も共に刈り取られた。

坂田の能力は限界だった。

ぬらりひょんを止めるにはあまりにも能力を酷使しすぎて、その力は今のぬらりひょんに届くことは無かった。

「何も見せることなく散ったか」

「面白い力を持つ人間だったのだがな」

ぬらりひょんは踵を返し吉川達を見据える。

吉川「オウ……そこの金髪。名前は?」

前嶋「ふゥッ……前嶋だ……はァッ……」

吉川「前嶋、オメーの啖呵で足が動くようになッた。感謝するぜ」

吉川「武田ァ、お前は動けッか!?」

武田「なんとか……な」

吉川「上等だ! 俺達でアイツを何とかすッぞォ!!」

前嶋「俺達……?」

吉川「オウ、俺の覚悟は出来た、お前らももう覚悟決めてンだろ!?」

武田「……フッ」

武田は諦めに似た笑みを浮かべて吉川に返す。

武田「ヤツの動きを身をとして止める役割が必要だな。あの動きで行動されたらどうしようもない」

前嶋「……なら俺がその役をやる」

武田「……分かッてるのか? 確実に死ぬんだぞ?」

前嶋「俺の死に場所は俺が決める。今がそれだ」

吉川「ヘッ、いいツラしてやがンな」

3人共覚悟を決めた表情で構えを取った。

しかし、迎え撃つはずのぬらりひょんの様子がおかしい事に気付く。

ぬらりひょんはどこか別の場所を向きながら動かない。

3人が3人共チャンスだと思い、一斉に攻撃を仕掛けようとしたが、

ぬらりひょんは忽然と姿を消し、この場には3人だけが残された。

ちょび髭のロボットが消滅した直後。

瓦礫の山と化した大阪の街。

その上空に3機のヘリコプターが飛行し、その変わり果てた大阪の街の様子をヘリの乗組員は呆然と見下ろしていた。

その中の1機、テレビ局のヘリコプターはその惨状をカメラに映していた。

『み、見てください。信じられません。大阪の街がどこにもありません! これは実際の映像です、今大阪は爆弾を落とされたような状況になッています!』

ヘリに乗るアナウンサーが大阪の街の現状を伝えようとカメラに向かって大きな声で言葉を発していた。

『この一体が爆心地でしょうか!? 周囲10キロ近くが全て瓦礫の山で覆われ、残ッている建物も殆ど半壊しています。一体、大阪の街で何が起きたというのでしょうか!?』

カメラは地上を映し、地上に何かがいることに気が付く。

『待ッてください……あれは人です!! 人がいます!!』

それは黒いスーツの人間たち。

黒いスーツの人間が、何人も倒れている姿が見えた。

『黒い服を着た人が何人も倒れています!! 生存者です!! 生存者がいました!!』

カメラは地上を映し続ける。

アナウンサーも同じように地上を見ながら実況を続ける。

しかし、ヘリの操縦者が何かに気が付いた。

「な、ひ、人!?」

それは空中に浮かぶ女性。

黒い髪を靡かせて、ヘリを見ながらゆっくりと近づいてきて、ヘリの操縦席のフロントガラスをもぎ取ってヘリの操縦者の前に立った。

その状況に操縦者は目を見開き固まった。

それもそうだろう、人が空を浮かび、ヘリの操縦席のフロントガラスを破って目の前に立っているのだ。

さらにはそれは誰もが美少女という容姿、そしてその肉体は黒いスーツに包まれているが成熟して男性ならば誰もが唾を飲み込むような肢体。

現実離れした状況が操縦者の思考を完全に停止させる。

操縦者は固まったまま、その侵入者、ぬらりひょんの言葉を聞いた。

「力を見せてみろ」

「は? え……?」

「お前の力を示せ」

「あ…………」

ヘリに乗ったアナウンサーとカメラマンがその状況に気がつき、視線とカメラを向けたときには操縦者の頭がもぎ取られていた。

「ヒィッ!?」

「う、うわぁぁぁぁ!?」

操縦者の首を持ってぬらりひょんはヘリの内部に足を踏み入れて、腰を抜かしているアナウンサーとカメラを手にしたまま固まっているカメラマンに近づいていく。

「お前達の力を見せてみろ」

透き通る声が二人の耳に入り、近づいてくるぬらりひょんをただ見続けていた。

次の瞬間、アナウンサーの頭を無造作に引きちぎったぬらりひょんがカメラを向けているカメラマンに指を向けて、カメラマンはカメラごと光線に打ち抜かれ、さらにその光線がヘリの燃料に引火しヘリは大爆発を起こした。

そのヘリから何事もなかったかのように現れたぬらりひょんは残りの2機、自衛隊のヘリを見てそのヘリに向かい飛び上がった。

吉川達がいた場所から少し離れたところに玄野達はいた。

ちょび髭のロボットによる攻撃で吹き飛ばされて玄野達他、あの場で犬神に攻撃を行っていた数十人の人間も疎らに吹き飛ばされてきていた。

玄野「ぐッ……」

加藤「計ちゃん……生きてッか……?」

玄野「あァ……」

加藤「俺等……あの星人……倒せたのか?」

玄野「わかンね……だけどよ、今生きてンなら……倒したッてことじゃねーか?」

加藤「はは……そーかもな」

玄野と加藤は共に空を見上げながら満身創痍な身体を投げ出して大の字になっている。

動くことすら億劫な身体、二人は空を見上げながら会話をしていた。

その二人にあるものが見えた。

大きな音を鳴らして空を飛ぶ乗り物。

数台のヘリコプターが二人の上空を旋回していた。

玄野「……ヘリ?」

加藤「そりゃ……こんな状態になッてんだ……自衛隊とかじゃないか?」

玄野「あぁ……そーかもな……」

二人は空を見上げてヘリコプターを見続けていた。

自分達が現在一般人にも見える状態だということも気にせず、上空で旋回するヘリコプターを見続けて、

そのヘリコプターが爆発し落下して来てようやく我に帰った。

玄野「!?」

加藤「うッオぉ!?」

二人は最後の力を振り絞るように落ちてくるヘリコプターから距離を取り、

地面に衝突したヘリコプターの爆発に巻き込まれて再び吹き飛ばされた。

玄野「あッぐ……」

加藤「くはッ……」

そのまま吹き飛ばされた二人は何度も転がり、ようやく止まるが今の衝撃で完全にスーツが破壊されたらしく、衝撃をモロに食らい息を吐き出していた。

その二人の傍に、レイカと岸本が現れた。

レイカ「玄野クンッ!」

岸本「加藤君!!」

それに遅れて、関根と他神奈川チームの人間や関根のチームの人間も顔を見せる。

関根「随分と無茶をしたな……スーツは完全に壊れたか」

レイカと岸本に介抱される二人を見ながら関根は冷静に状況を分析し始めていた。

関根(あの犬型の星人……あれは誰かが倒した。目に見えない透明化をした何かが攻撃してトドメをさした……)

関根(ならば今、あのヘリを攻撃したのは一体なんだ? 何か黒いものが空中にいたところまでは見えた……)

関根(……まだ星人が残ッている可能性が高いな。そして襲ッてくるとしたら空中……)

関根が敵が襲ってくるとしたら空中から。

その考えから視線を空に向けたときに、地上に降り注ぐ黒い影をその視界に捉えた。

自分達とは少し離れた位置、別のガンツチームが何人かいる場所に降り立っていた。

遠目から関根はその様子を伺うが、関根が一瞬たりとも目を離さなかったにも関わらず、ガンツスーツを着た人間の首が飛び瞬間を見た。

関根「ッ!?」

それは続く。

一人ずつ、黒い髪の女性体と思わしき星人が人間の首を手に持った黒い剣で斬り飛ばしていった。

10人近くいた集団はあっという間に1人になり、助けを求め懇願するガンツスーツの女性の首を斬りおとし星人は新たなターゲットを見つけたのか眼にも止まらぬ速さで移動していった。

その一部始終を見た関根は、

関根「…………逃げるぞ」

「関根君? どうしたの?」

関根「そこの君達もその二人を連れて一刻も早くこの場を離れるぞ」

「一体何…………」

関根「早くしろッ!! ここから、離れろッ!!」

関根が叫んだと同時、

関根の背後に突風が吹き荒れ、地を揺らす衝撃と共に何かが現れた。

関根「…………」

冷や汗と共にゆっくりと振り向く関根。

その先にいたのは、

レイカ「渋谷……さん?」

岸本「……ち、違う」

その手に大量の頭部が突き刺された黒い剣を持ったぬらりひょんの姿。

そのあまりの存在感に関根は振り向いた体勢のまま微動だにせず固まっていた。

他のメンバーも同じ状態だった。

誰一人動けずにぬらりひょんを凝視していると、ぬらりひょんは口を開き、

「お前達も同じか? 力を持たない人間なのか?」

それはこの場にいる全員に投げかけた言葉なのかもしれなかった。

意味があるかどうかも分からない言葉、その言葉に反応をしたのは、

関根「ま……待て、待ッてくれ……質問をさせてくれ……」

「問答か? どのような質問だ?」

ぬらりひょんの返答に関根は驚愕に目を見開いた。

今自分の口から出た言葉は考えて出した言葉ではなく、意識せずに零した言葉。

死ぬ寸前に自分の口から出た言葉を命乞いでもなんでもなく、自分達を殺そうとしている相手への質問だった。

関根「お、俺達は何故お前達と殺しあッているんだ? こ、応えてくれ」

「それが質問か、お前達がそれを質問するのか」

関根「そ、そうだ。俺達はこんな事やりたくも無いのに無理矢理やらされている、何故こんな殺し合いをやらないといけないのか応えてくれ」

「回答は我々もお前達も生きるためだ。互いに生存競争を強いられているのだ」

関根「どういう、意味だ?」

「言葉通りだ。生きる為に殺し合う。この世の理の一つであろう」

関根「か、回答になッていない。こんな殺し合いをする理由を…………」

「回答は出した。お前の力を見せるがいい」

そうやって指を関根の額に向けて指から光線を生み出し、それを関根に向け照射する瞬間、

ぬらりひょんはピタリと動きを止めてどこかの方向を見て完全に動きを止めた。

数秒その状態が続いたかと思うと、ぬらりひょんの姿が忽然と掻き消え、その場には全身を震わせ、ぬらりひょんが消えた瞬間嘔吐する関根と、プレッシャーから開放されて腰砕けにその場にへたり込むガンツメンバーたちが残された。

今日はこの辺で。

凛が地上に到達するまでの一瞬。

凛の脳裏に加蓮と奈緒の思い出が蘇る。

特訓の合間にした他愛もない会話。

内容すら覚えていないような会話で、お互い笑いあっていた。

そんな何気ない記憶が凛の脳裏に浮かび、

その二人を奪った敵の姿が近づくにつれ、凛の怒りは加速度的に膨れ上がり。

凛の射程に入ると同時に、2体いたぬらりひょんの1体を蹴り飛ばし、残りの1体に双大剣で斬りかかった。

凛の蹴りを受けた1体はその蹴りの威力に水平に真横に吹き飛ばされていく。

残りの1体は凛が繰り出す剣戟を捌き始めた。

凛「――――ッッッ!!!! ガアアアアアアアアァァァッ!!!!」

未央が突如現れた黒い影が目の前にいる二人の凛を攻撃した瞬間を目にする。

未央(この声……しぶりん……なの?)

そして、その黒い影の声を聞き、黒い影が凛だという事を知る。

しかし、未央が聞いたその声は、まるで獣のような咆哮。

それを凛が発していると、未央は俄かに信じられずにいた。

未央(一体……何が?)

未央の疑問は尽きない。

凛と合流できたと思ったら、何故か凛は二人いた。

そして、その凛を一目見ただけで、この二人の凛はニセモノであることがすぐに分かった。

凛の姿をしたニセモノ、恐らく星人。その星人を警戒し距離を取ろうとしたところで、空から黒い影が降り注いで星人を吹き飛ばしもう一体の星人に斬りかかっていた。

黒い影は獣のような咆哮を上げているが、自分の知っている凛に間違いない。

未央が見る凛の背中からは、自分と卯月を守ろうとしていることが感じられる。

それと共に途轍もない怒りも伝わってくる。

未央(どうしちゃったっての……しぶりん……)

疑問だらけの思考の中、未央の目は、視線の先で行われている戦闘の一部始終を捉えていた。

いや、未央の目には殆ど見えなかった。

激しい金属音が爆発するように鳴り響き、星人の首が凛によって飛ばされた瞬間だけ見えた。

それに至る過程を未央の目は捉えることができなかった。

一瞬の出来事、凛が空から降って来て数秒もたっていない。

その一瞬で未央の目には決着が付いたように見えた。

首を飛ばされた星人の肉体が倒れる事によって終わる。

未央を含め、大阪の3人もそう思った。

しかし、首を飛ばされた肉体は倒れず、凛に攻撃を仕掛け始めた。

未央「!?」

異様な光景、首の無い肉体が眼にも留まらぬ速度の攻撃を繰り出している。

凛の胴体を貫かんと手刀を突き入れ、別の手で凛の首をはねようと薙ぎ払う。

だが、その攻撃を凛は残像を残し避けて、さらに追撃を加えんと斬りかかった。

室谷「なん……じゃあ……こりゃあ……」

島木「マジかいな……」

室谷と島木は絶句していた。

二人は星人の姿を見た瞬間に今まで見たどんな星人よりも危険だと感じ取っていた。

外見は少女、だが途轍もない化け物だという事が分かっていた。

途轍もない化け物……二人の中で敵の戦力を測っていたが、ここまでとは考えていなかった。

攻撃が見えない。

動きも見えない。

何をしているのかが分からない。

室谷「クソが……」

島木「……なんやねん……なんやねんなお前らは!!」

その事実が二人のプライドを傷つけ、

気が付けば室谷と島木は凛とぬらりひょんの戦いに割って入ってしまった。

室谷と島木の攻撃は恐らく二人の生涯でも最高の一撃になった。

ガンツソードの上段からの振り下ろし。

速さ、重さ、タイミング、全てが申し分の無い一撃。

凛の背後から、凛ごとぬらりひょんを叩ききる勢いで放った攻撃。

その攻撃は凛の肩に触れた。が、凛の肩に触れたと同時、凛は身を屈め二人の振り下ろしよりも速く動きドリフトターンのような動きで地面を削りながらぬらりひょんの背後を取った。

室谷と島木はその動きが見えていない。凛が消えたように感じてしまう。

前方の凛が二人の視界から消え、残るは首のないぬらりひょんのみ。

そのぬらりひょんの動きを最後に見て、室谷と島木の意識は闇に閉ざされた。

岡「……アカン、手に負えんな……」

それを見た岡はそう呟く。

岡ですら殆ど認識できない速度の戦い。

室谷と島木の攻撃はぬらりひょんによってガンツソードを受け止められて、受け止められたガンツソードを逆に利用され、室谷と島木は縦半分にされて死んだ。

何とか見えたが、今のダメージを負っているこの身体ではあの速度の攻撃を対処する事は不可能。

見切りをつけた岡は一旦距離を取る為に動こうとするが、立ち尽くして凛とぬらりひょんの攻防を見続ける未央を見て声をかけた。

岡「嬢ちゃん、一旦引くで。ありゃ無策で何とかなる類のモンやないわ」

未央「う、うぅ……」

岡「嬢ちゃん等のよう分からん力を使えば何とかなるかもしれへん、さッきの天狗を殺ッた能力、詳しく聞かせえや」

未央「し、しぶ、りん……」

岡「おい、どないしたんや」

未央は岡の言葉に反応もせずに凛とぬらりひょんの戦いを見続けていた。

残像がぼやけて見える速度の戦い。

視覚することすら困難な戦いの中、未央は凛の表情を見ていた。

鬼のような表情、今までに見たことも無いその表情。

いつも見ている凛の顔とはかけ離れたその顔を見て未央は怖気づいて動けなかった。

そうしている間にも戦況に変化があった。

凛の怒り狂う精神がスーツの能力を余すことなく引き出し、

ハードスーツと飛行リングが凛の動きを限界を超えて引き上げる。

凛が手に入れた死に際の超感覚に肉体が付いていき、凛の動きは音速で動くぬらりひょんと同等の水準までに至った。

正常な思考はしていない。

敵を殺す。加蓮と奈緒を殺した敵を殺しきる。

それだけを目的にした凛は人間として超えられない壁を一歩踏み出し、ぬらりひょんを圧倒する猛攻を加え続けていた。

ぬらりひょんは凛の攻撃を手刀で防ぎ続ける。

手の側面が硬質化して大剣を防ぎ続けていたが、凛の猛攻の前に肉体を斬り裂かれ始める。

凛の右腕は骨が砕けていたが、凛はお構いなしに右腕を振るい、鞭のような軌道と速度を生み出し攻撃をしている。

左腕はぬらりひょんの攻撃を捌きながら足を狙って攻撃を繰り出していた。

凛の目にも留まらぬ攻撃はぬらりひょんの肉体を斬り裂き始めていたが、

突如、凛の背後にもう1体のぬらりひょんが現れて凛を両断しようと腕を振り下ろした。

凛は完全に死角から行われたその攻撃も触れるか否かの寸前で回避し、背後のぬらりひょんにも攻撃を行い始めた。

2対1となったが、凛はぬらりひょんの攻撃を避けながら反撃を続けた。

別のぬらりひょんが斬り飛ばされた首を投げ、最初に凛と斬り合っていたぬらりひょんは完全な形を取り戻す。

ぬらりひょん達は完璧なコンビネーションで凛に襲いかかるが、凛はその眼に全て止まって見える攻撃を、スーツのアシストを受け完全に回避し反撃を続けた。

2対1でも凛はぬらりひょんを圧倒していた。

全ての攻撃を見切り、避けきり、反撃をしていた。

しかし、その凛に上空から更なる攻撃が襲いかかった。

凛「ぎっ!?」

2体のぬらりひょんの攻撃を避け、さらに上空から撃ちこまれた光線を回避しながら凛は上空にいる2体のぬらりひょんを目にした。

上空のぬらりひょんは凛が光線を回避したと見るや、その手を地上のぬらりひょんと同じように硬質化し飛び込んできた。

4体1、それでも凛の思考は変わらない。

こいつ等を抹殺する、報いを受けさせる。

それだけを考え、凛は攻撃を避け続ける。

反撃はできない。する余裕など無い。

凛の眼には全ての攻撃が止まって見えても、その感覚に身体がついて行き、最善の行動が出来ても、4体のぬらりひょんの攻撃を避けながら反撃をする事はできなかった。

凛がぬらりひょんと戦い始めまだ1分も経っていない。

しかし、凛には永遠にも感じられるような体感時間。

ぬらりひょん達の攻撃を避けて避けて避け続け、ついにその時が訪れた。

まず凛の右腕が吹き飛んだ。

見えていた攻撃、しかし動くことが出来なかった。

僅かに体勢が崩れた瞬間、動くことのできないほんの一瞬をつかれ右腕を吹き飛ばされた。

凛「っがぁぁぁっ!!!!」

次は左腕だった。

右腕を吹き飛ばされて硬直した際、別のぬらりひょんが凛の左腕を斬り飛ばした。

凛「ぐぎっ! あぁぁぁぁあああぁぁ!!!!」

飛ばされた左手に持っていた大剣を口で咥えようと凛は動いた。

しかし、その動く寸前、2体のぬらりひょんがそれぞれ凛の両足をもぎ取り、凛は四肢を失いその場に崩れ落ちる。

その倒れた凛に上空から5本の黒く鋭い剣が降り注ぎ、腰に二本、肩に二本、そして凛の腹部のど真ん中に一本突き刺さり、凛は完全に地面に固定されてしまった。

凛「……ごふっ」

凛の目に映ったのは上空に浮かぶ5体のぬらりひょん。

5体のぬらりひょんがゆっくりと空から降りてきて凛の周りに9体のぬらりひょんが集まった。

凛はぬらりひょんに囲まれて見下ろされている。

骨ごと貫通した剣に固定されてどうやっても動くことが出来ない。

その凛を興味深そうに見下ろす9体のぬらりひょん。

凛はその18の視線を受け、視線だけであらゆる生物を殺せるのではないかというほどの憎しみが篭った眼でその18の瞳を凝視していた。

凛「コロ、コロシ……テヤ…………」

その凛の視界が唐突に切り替わり、自身の目に映ったのは誰かの背中。

いや、凛にはわかってしまった。

それが未央の背中だという事が。

そして、手を広げて膝をついて全身を震わせながらぬらりひょん達の前に自身を守るように未央がいる事が分かり凛の暴れ狂う激情は一気に氷点下以下まで下がり背中に冷たい氷を刺し込まれた感覚が襲う。

凛はそうやって聞いた。震えて掠れるような未央の声を。

未央「し、しし、しぶりんも、ししししまむーも、わ、わわわたしが、ま、守るんだ」

未央は凛がぬらりひょん達に敗れてすぐに行動した。

傍らの岡に卯月を預け、凛とぬらりひょん達の間に割って入った。

そこでまず感じたものは絶対的な恐怖。

生物としての差なのか、絶対にこの生物たちを超えることなど出来ないと言うことが理解できた。

自身は虫けら以下だと錯覚してしまうかのような感覚が未央に襲いかかる。

ガンツの部屋に来て、この時に至るまでに未央は自分が死んでも凛と卯月を守ってみせる、ガンツの部屋から解放してみせると決意するまでに覚悟を決めていた。

だが、その決意すらへし折られるような圧倒的な絶望感が未央の全身を通り抜ける。

今すぐ逃げ出してしまいたい、逃げて逃げて逃げつづけて目の前の存在がいない場所に逃げたい。

そんな感情で埋め尽くされてもなお、未央はぬらりひょん達の前で凛を守るようにその身を晒し続ける。

全身が恐怖に震え、顔が引きつり涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、下半身から生暖かい液体を垂らしてもその場に留まり続けた。

凛「み、お……ダメ……逃げて…………」

その未央に地面に張り付けられた凛からの声が届く。

その声が未央のへし折れかけた心をそっと支える。

未央「だ、だいじょうぶ。私、しぶりんもしまむーもま、守るから」

凛「わ、私は……大丈夫だから……卯月を連れて……早く……」

さらに未央の心は持ち直す。

圧倒的な恐怖を跳ね除けてはいない。

だが、凛はこんな状態になっているにも関わらず、自分達の事を想ってくれる。

それだけで未央の背中に、凛の手が添えられて支えられているような感覚を感じ取っていた。

そして、未央はぐちゃぐちゃな顔で笑った。

未央「えへへ……やっぱりしぶりんって、ホント強くって優しくって……私達の最高の友達だよね……」

凛「み、おぉ……お願い……」

その未央の背中を見て、加蓮と奈緒の顔が浮かび上がる。

加蓮と奈緒を失った時のあの感覚、恐ろしいまでの喪失感。

それが凛の心を締め付けていく。

未央「しぶりんはさ、これ以上がんばらなくっていいよ」

未央「たまにはさ、私を頼ってゆっくりしててよ」

未央は立ち上がり、ぬらりひょん達の前で構えを取る。

凛は未央が立ち上がった事により、未央の背中が離れていくのを目にしてさらに悲痛な声で呼び止める。

このままだと、未央があの化け物どもに殺されてしまう。

凛「いや、未央……ダメ……いかないで……」

地面に固定されて身動き一つ取れない凛は離れていく未央をただ見ている事しか出来なかった。

立ち上がり構えをとる未央に9体のぬらりひょん達は同時に言葉を発した。

重なり合って反響する声だったが、凛を指差しながら発せられるその声は聞き取りやすかった。

『面白い人間だったが、もう分かった』

『お前はその人間以上の力を見せることが出来るのか?』

未央「私の力……見たいなら、見せてあげるよっ!!」

まず未央は坂田から受け継いだ能力を発動させて9体のぬらりひょんを硬直させた。

空中に浮かせて固定する、そんな力の使い方はまだ未央には出来なかったが、足だけを締め付けるように固定する一瞬の隙を作るだけの力。

そうやってぬらりひょん達は一瞬だけ完全な無防備になり、未央の攻撃をまともに食らう事になった。

未央の攻撃、それは風の格闘技の必殺技。

全身のばねを使って1体のぬらりひょんの懐に潜り込み、身を翻しての鉄山靠を食らわせた。

その威力は、ハードスーツの力を余すことなく使い、1体のぬらりひょんを遥か彼方へと吹き飛ばした。

未央はさらに追撃を行おうとするが、残りの8体のぬらりひょんはすでに未央の周囲にはおらず空中に浮かびその手に黒い剣を生み出していた。

それを未央に放つ。

一連の動きを未央はまったく見えていなかった。

見えていたのは凛だけ。

凛はコマ送りのような光景を見続ける。

超感覚によって引き伸ばされた体感時間の中、未央が黒い剣によって貫かれてしまうだろうその光景を見続けて、腹部に剣が刺さっているとは思えないほどの絶叫を上げていた。

凛「みぃぃぃぃおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

星の煌きのような時間の境目に凛は声を聞いた。

――踏み込みが甘か。

凛(……え?)

同時に未央の隣におぼろげだが巨体の影を見た。

――腰の切りも甘か、技に入るまで隙が多すぎや。

凛(……何? 何なのこの声?)

聞えてくる謎の声、どこかで聞いたようなその声。

凛はその声を聞いて困惑したが、未央は違った。

未央(風師匠?)

――そげな技、奴には通じん。1発1発に命ば賭けろ。

未央の背中をおぼろげな黒い影が触れる。

その時、さらに別の声が聞こえてきた。

――そうだ、あの化け物共をどーにかするとなると命を賭けねーとどうにもなんねえな。

凛(ま、また?)

新たに現れた黒い影が未央の背中に触れる。

――この際寿命がどーだとか言わねぇ、限界超えてブチかませ!

未央(坂田師匠……)

凛に先の戦いで感じた他の誰かと繋がっているような感覚が訪れる。

未央の考えていること、未央が感じている感覚が伝わってくる。

そして、未央にも伝わった。

凛が見えている光景。

凛が感じている事が。

未央(……そっか、かれんとかみやんが……)

凛(未央!?)

未央(もう、終わらせないと……こんな酷いこと……)

未央が足を一歩踏み出した。

瞬間、未央の足元が爆ぜる。

その足元から衝撃波が発生し、未央に向かって飛んできた剣が全て吹き飛ばされる。

未央が再び空に浮かぶぬらりひょんに向かって構えを取る。

その姿は、未央が模倣してきた風がそこにいるかのような錯覚を覚えるほど、未央の立ち振る舞いは風に酷似しており、

次に動いたその姿は、模倣ではなく、風その物といえた。

凛(なっ……!?)

未央の動きは流星のようだった。

未央に追従するように先ほどの黒い影が共に動き三ツ星のように煌き。

ぬらりひょん達が行動するより速く、未央はぬらりひょん達に高速の当て身を撃ちこんだ。

未央の当て身、1発1発が全身全霊を込めた攻撃。

その当て身の衝撃はぬらりひょん達の肉体の内部まで浸透していた。

本来ならば当て身の衝撃はぬらりひょんの肉体を貫通し、胴体に大きな穴を空けるはずの一撃。

それが、未央の能力により分散されずに圧縮され、一点に集中し続け、

ぬらりひょん達の肉体の中心部に到達した瞬間、圧縮された衝撃波が解き放たれて、ぬらりひょん達の肉体は内部から弾け飛んだ。

凛「あ……」

肉体が飛びちり落下していく8体のぬらりひょん。

しかし、落下する直後からその肉体は蠢き始めていた。

凛「み…………」

未央「わかってるよ、しぶりん」

凛が再生すると未央に伝えようとしたが、その考えはすでに未央に伝わっていた。

そして、未央は焦りもせずに再生し始めるぬらりひょんを見ている。

未央「私達が、終わらせるんだから」

未央の言葉と共に、凛は全身が暖かい感覚に包まれる。

その暖かい感覚は凛の身体に深く差し込まれた5本の剣を傷口を広げることなく凛の身体から分離させて、

凛は暖かい感覚に包まれながら、空中に浮き上がり誰かの手に収まった。

凛「う……卯月?」

卯月「凛ちゃん……こんな……ひどい……」

卯月は真っ赤に輝く瞳で、血の涙を流しながらも四肢の無い凛を優しく抱きかかえ、その表情を鋭いものと変化させて空中を見据える。

それと共にまた声を聞いた。

――島村さん。俺達の力はアイツにも通じます。俺達の力で、アイツを……。

――おねーちゃん。僕ときんにくらいだーのカタキを取ッて……。

卯月はその声に頷き、一度目を閉じた。

次に卯月が目を見開いた時、卯月の瞳孔は縦に裂けて、さらに眼から大量の血を噴き出して能力を発動した。

空中で再生を完了したぬらりひょんに襲い掛かられている未央を見たかと思うと、

未央の姿は掻き消えて、卯月の隣に現れる。

空中のぬらりひょん達はその現象を見て、地上の卯月に一斉に視線を向ける。

「ほう?」

「その力、面白い」

卯月を見たかと思うと、一斉に襲い掛かるぬらりひょん達。

音速の速度でそれぞれ剣で斬りかかり、レーザーを撃ち込み、重力で押しつぶそうとする。

大地は炸裂し大きな地震が起きるが、その場にはもう卯月達の姿は無かった。

ぬらりひょん達の背後、死角から突如未央が現れて攻撃を繰り出し、攻撃を行った次の瞬間には消える。

それが幾度も無く続き、8体のぬらりひょんは先ほどの当て身よりも強力な鉄山靠をその身に受けて、内部から粉々に弾け飛んだ。

未央「しまむー!! 次っ!!」

卯月「うん……わかった…………」

卯月が空中で静止し、眼下のぬらりひょん達を睨みつける。

すると、弾け飛んだ肉片が1箇所に集まり収縮されていく。

8体分の肉片が圧縮されて小さくなり、テニスボールサイズまで圧縮される。

卯月の眼がさらに強く真っ赤に輝き、圧縮は進む。

それを凛はただ見ていた。

何も出来ずにただ卯月の手に包まれて赤子のような状態で見ていた。

同時に、卯月と未央がどうやってここまで圧倒的な力を生み出しているのかも理解してしまった。

二人とも命を削っている。

しかも、恐ろしい速度で、力を得る代償にその命を削っている。

卯月と未央の顔面は血に塗れて、身体の内部では取り返しの付かないことがおき続けている。

それが凛には分かってしまう。お互いの状態がわかってしまう今、凛だけではなく卯月も未央もそれぞれの状態が分かってしまっていた。

それでも、卯月と未央は力を使うことを止めなかった。

凛「卯月!! 未央!! もうやめてっ!! ダメだよそんな力っ!! 二人のこれからがっ!! 未来がっ!!」

凛の声は届いている。その気持ちも。

しかし、卯月と未央は。

未央「しまむー……私の命、持って行っていいよ」

卯月「……未央ちゃん」

未央「二人なら、私達の力を全部ぶつければ届くと思うよ……だから使ってよ」

卯月「…………うん」

未央が卯月の肩に手を置いた直後、二人の髪が毛先から雪のように白くなっていった。

それと共に、ぬらりひょん達が圧縮されたボールはすでに1ミリにも満たないサイズになっていた。

最後の瞬間、卯月と未央が能力をぬらりひょん達を消滅させる為に使った最後のその時。



卯月の眼前に、何の前触れも無く未央に吹き飛ばされたぬらりひょんが現れた。

3人共反応が出来なかった。

ぬらりひょんが使ったのは瞬間移動。

卯月が先に見せたその能力をぬらりひょんは理解し、模倣して、3人の前に現れた。

超速の行動なら反応できていた。

しかし、瞬間移動で卯月の前に突如現れたぬらりひょんを止める術は3人にはなく、

ぬらりひょんが振るった右腕は、卯月の首を切断し、

ぬらりひょんが振るった左腕は、未央の胴体に大きな風穴を空けて、

卯月の首を失った胴体から噴水のように血が噴き出し、

未央の胴体に開いた風穴から内臓が零れ落ちて、

それを目にした凛は絶望の叫びを上げて、首の失った卯月とゆっくりと崩れ落ちる未央を凝視し続けた。

今日はこの辺で。

場の空を見上げる男、大阪最強の男、岡。

彼は空を見上げながら、険しい表情で卯月と未央がぬらりひょんによって殺される様を見ていた。

岡(……俺の理解の範疇を超えとる……)

卯月と未央がぬらりひょんと戦ったのは正味1分前後。

岡はその間に起きた現象を何一つ理解することができなかった。

ただ一つだけ分かったこと、それは自分自身もすぐに卯月と未央と同じように殺されるであろうということのみ。

人間の力で対抗できる相手ではない、アレに対抗できるのは人間では無理。

言うならば、人間を超えた存在のみにしか対抗することはできない。

岡の戦闘経験と直感がそう告げていた。

その岡に、大量の武器を持って走ってきた男、桑原が声をかけた。

桑原「岡! 武器もッてきたで! デカ銃に刀に、見たこともないデカい剣も突き刺さッとッたから持ッてきたわ!」

桑原が持ってきた武器はZガン2丁、ガンツソード3本、後はXガン数丁にXショットガン数丁、それと先の空中戦で凛が手放した双大剣を持ってきていた。

それを見ながら岡は、

岡「お前も運の無いやッちゃのぉ……戻ッて来るタイミングが悪すぎやで」

桑原「何言うとんのや?」

岡「カモがネギ背負ッて来おッて……まァ、早いか遅いかの違いか……」

桑原「意味わからんが、武器持ッて来たで何とかしてくれや…………ッておい!? ノブやんとダンナ死んどるやないか!?」

岡「俺らもすぐそーなるわ。……あー、お前タバコ持ッとらんか?」

桑原「マ、マジかいな……どうなッとんねん……」

岡「この際お前らのやッとるハッパでもええわ、最後に一服するではよよこせ」

桑原「あ、ああ……」

室谷と島木の死体を見て狼狽える桑原は岡に言われるがままに持っていたタバコタイプの麻薬を渡し、岡はそれに火をつけ煙を大きく吸い込む。

岡「ふぅぅぅ…………マズッ。お前らようこんなもん吸ッとるな……」

一度だけ大きく煙を胸に取り入れた後はすぐ麻薬を投げ捨てる岡。

そしてすぐ空を見上げて岡は違和感に襲われる。

岡「…………何や?」

岡の視線を追うように桑原も空を見上げる。

桑原「おい岡……あれ、何起きとんの……?」

二人が目にしたもの。

甲高い声で泣き叫んでいる凛を抱きかかえた首のない死体に異様な現象が起きていた。

首から噴き出した血が意思を持ったように空中を漂っている。

その血が進む先を見る二人の目に、真っ白な髪の卯月の生首を見る。

血は生首の切断面に流れ込み、

瞬間、死体としか思えなかった卯月の瞳から二人にも見えるほどの強い輝きがほとばしった。

卯月は自分の身体にとてつもない衝撃を受けた感じがした。

ぬらりひょんが視界の端に見えたかと思ったら、その衝撃とともに視界が目まぐるしく変化していた。

卯月(あ、れぇ?)

卯月の脳裏に自分の今までの人生が通り抜けていく。

卯月(ママ? でも、すっごく若いような?)

赤ん坊の頃の記憶から、

卯月(あっ、この番組、私がアイドルを目指そうと思った……)

小学生になる前、

卯月(わぁ、懐かしい。これって小学生の時の発表会)

中学生になり、

卯月(あ……アイドル養成所に入ったときの)

記憶が追いついていく。

卯月(みんな、アイドルを諦めちゃったけど私は頑張ろうって思ったんだよね……)

その記憶は卯月が養成所でプロデューサーにアイドルにスカウトされるまで進む。

卯月(あっ……プロデューサーさん)

記憶の再生が急に遅くなる。

卯月(嬉しかったなぁ……プロデューサーさんが私を見つけてくれて……夢だったアイドルになれて……)

卯月(諦めなければ夢は叶うんだって、これから私もキラキラしたなにかになれるんだって)

次に浮かんだ記憶、

卯月(未央ちゃん)

未央との出会い。

――これからよろしくねっ! 私たち同じユニットになるんだって!

未央の姿が映し出されたとき、卯月の記憶にノイズが入る。

卯月(未央ちゃん?)

――最後の一人、なかなか見つかんないねー。

ノイズが大きくなる。

――おっ、なんだかいい香りがする! しまむー、花屋さんあるよ! ちょっと見ていかない?

さらに砂嵐のようになったノイズは、

――あ……

凛の姿が脳裏に現れた瞬間、浮かんでいた二人の姿が、

未央は腹部に大穴が開いた姿になり、

凛は両手両足を失った姿に変わって、

卯月の思考が現実に引き戻された。

卯月の意識が急速にクリアになる。

何が起きたのかはすぐに分かった。

凛の見た光景が自分の脳裏に浮かんだ。

自分の首がぬらりひょんによって切断されて、今自分の頭は落下していっている。

自身の体が力を失い、抱えていた凛を手放そうとしていた。

卯月(だめ)

卯月は能力を使い、自身の肉体を操作して凛を落とさないように抱きかかえた。

次に卯月の脳裏に、未央がぬらりひょんによって腹部を貫かれた瞬間が浮かび上がる。

明らかに致命傷、未央の内臓の大部分が吹き飛ばされて、引き抜かれたぬらりひょんの腕を追いかけるように未央の残った内臓が零れ落ちる。

卯月(だめ)

卯月は能力を使い、未央の零れ落ちかけた内臓を未央の腹部に戻した。

最後に気づく。

自分の肉体の心臓が停止している。

卯月(わたし……死んじゃうの?)

首の切断面から噴き出す血が勢いを失い始める。

卯月(死んじゃう……怖いよ……)

死の恐怖が卯月に襲い掛かるが、

凛「卯月ぃぃぃぃぃぃっ!? 未央ぉぉぉぉぉぉっ!? いやっ、嫌だぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」

未央「げっはぁぁっ!!」

凛の絶望の叫びと未央が真っ赤な血を吐き出した呻きが卯月に届いた。

卯月の恐怖が掻き消え、ある想いが卯月の思考を埋め尽くす。

卯月(二人が……未央ちゃんと凛ちゃんが……)

卯月(このままだと……二人とも……死んじゃう……)

卯月(私を守ってくれた二人が……死んじゃう?)

卯月にフラッシュバックが起きる。

一瞬で流れすぎる、あの日新宿で見た未央の最後と池袋で見た凛の無残な姿。

卯月(だめ……もう二度とあんなことが……)

空中に散った卯月の血液が空中で止まった。

卯月(私が……二人を……大事な……かけがえのない二人を……)

停止した心臓を無理矢理能力で動かす。

卯月(私は……どうなっても……いいから……)

首のない胴体から再び血が噴き出し始める。

卯月(神様…………二人を…………二人の未来を紡ぐ力を…………)

卯月の虚ろな瞳に輝きが戻る。

卯月(力を、ください)

凛と未央のことだけを想い続けた卯月。

二人を守るためだけの力を欲した卯月。

その卯月に、最後の命の灯を燃やし尽くすように、さらなる能力の覚醒が引き起こされた。

落下していた頭を能力で静止し、その頭に噴き出た血液を流し込む。

卯月の脳に不純物が大量に含まれた血液が流れ込み脳に直接激痛が生じる。

卯月(あぐぅぅぅぅううぅっ!? うぅぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!)

意識を根こそぎ刈り取るほどの激痛を耐え卯月は能力を発動する。

空中で静止していた卯月の頭が消えて、切断面に合わさる形で瞬間移動した。

それを凛は目を限界まで見開き見ていた。

まるで首が切断されたことは幻だったかのようにそこには卯月の頭がある。

凛(う、うづ……き?)

元に戻ったかのように見える卯月の顔を見続ける凛の視界が一瞬ブレた。

先ほどから何度も卯月が使用する瞬間移動。

その力が凛たち3人を包み込み発動し、ぬらりひょんから距離を取ろうとした。

しかし、ぬらりひょんは卯月の移動した場所、地上の一角を卯月が現れたと同時に認識し、

自身も瞬間移動によってその場所に移動しようと試みた。

だが、ぬらりひょんが生み出そうとした能力は発動することはなかった。

「む?」

それを行ったのも卯月。

卯月はぬらりひょんの能力を打ち消し、興味深そうに自身を見つめるぬらりひょんにさらなる追撃を行った。

「ほう? ほうほう」

ぬらりひょんの周囲を取り囲むように円状の歪みが発生する。

それは卯月が天狗の攻撃を防ぐために使用したバリアと同じもの。

それをぬらりひょんの周囲に展開させて、

桑原「うォッ!?」

視界の先にあった桑原が持っていたXガンとZガンを全て能力によって動かし、

引き金を引くことで引き起こされる内部破壊と重力の弾丸をすべてバリア内に移動させた。

「なるほど、なるほど、なんのこれしき」

結界内では行き場の失った破壊の嵐が巻き起こっている。

卯月は何度も何度も銃の引き金を引き、それぞれの銃の効果をバリア内に飛ばし続ける。

ぬらりひょんが能力を使って逃げ出さないようにぬらりひょんの能力を打ち消しながら、

ぬらりひょんがバリアの内部から逃げれないように、バリアを維持しながら、

能力によって自分の周囲に浮かばせたX・Zガンの銃撃をバリア内に飛ばし続けていた。

しかしその攻撃も、バリア内にてぬらりひょんの肉体が捻じれ破壊されてはいたが、それ以上の速さで再生が行われ致命傷を与えることができない。

やがて、卯月のバリアが内部から引き裂かれ、バリア内部に留まっていた重力が解き放たれて辺り一帯に衝撃波が巻き起こった。

「次」

卯月の攻撃を耐え、何事もないかのように空に浮かぶぬらりひょんは卯月を見ながら、

ウェイトレスに注文を頼むように卯月の次の行動を促す。

凛「卯月っ、卯月っ、も、もう、やめてっ、わ、私が、私がなんとかするっ、ほんとに、お願いっ、ねぇっ!」

さらなる力を生み出そうとする卯月を凛は必死に止める。

凛は感じ取っていた。

これ以上能力を行使したら、卯月は死ぬ。

そして、死ぬとわかっているのに卯月は能力を使おうとしている。

卯月「」

声帯を破壊され凛に声をかけることもできず、胴体の上に首が乗っている状態の卯月は凛を愛おし気に見ながら、その頬を軽く撫でた。

次に意識がはっきりしていないのか血を吐き出し続けている未央の頬も触れて、

卯月「」

卯月が二人の頬から手を離すと、卯月の両手には小さな機械が収まっていた。

それは、二人の頭部に埋め込まれていた爆弾。

物質をもすり抜けさせた卯月はその爆弾を手に握りこむ。

凛「なっ!? なん、なんなの!? 卯月っ!! 何が!?」

次に卯月は二人の傷口を包み込むように不可視の能力を使い、

二人の傷口から発せられる筈の苦痛を和らげる。

未央「うぅ……あぅ……」

凛「卯月ぃっ!! そんな力はもうっ!!」

凛と未央の身体はふわりと空中を漂い卯月から離れていく。

卯月「          」

口をパクパクと動かして何かを凛に伝えた卯月は最後に凛に笑顔を見せた。

その笑顔は今まで凛が見た卯月の笑顔の中でも一番透き通っていて、儚い笑顔だった。

凛「やだ、やだっ! 卯月っ!! いやだ、待ってよ!!」

卯月はその切断されてすでに動かせない首を能力によって無理矢理ぬらりひょんに向かって向き直させる。

凛「卯月っ!! 卯月ぃっ!!!! うづきぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!」

凛は失った手を卯月に伸ばし続け、卯月の名前を叫び続けていた。

卯月はぬらりひょんと対峙していた。

すでに風前の灯火となった自分の命。

次の能力行使が最後、それで自分は絶命する。

最後の力、それを使うために卯月はすでに途切れかけた意識をつなぎ合わせ、ぬらりひょんに届く攻撃を繰り出そうとしていた。

「非常に面白い、人間を超えたその力、お前は最後に何を見せる?」

空中で静止するぬらりひょんは9体。

すでに8体のぬらりひょんは再生を終えて元に戻っていた。

ぬらりひょん達は宙に浮いたまま攻撃を仕掛けようとしなかった。

卯月が最後に使う力、それを観察しようとただ卯月に視線を向けるだけで何もしない。

卯月は自身の周囲にガンツの武器を浮かばせながら、ある武器を見て思い出していた。

それは二つの大剣。

以前凛が使って見せてくれたことがある大剣の能力を。

凛が使った大剣の消滅現象は半径数メートル内の物をすべて消し去っていた。

卯月(……あの二つの剣……同時に……使えば……)

卯月の前に双大剣が移動する。

同時に能力を使用する寸前に、卯月の周囲に変化が起きた。

武器が転送されている。

無数のXガン、Zガン、ガンツソードに双大剣。

一体何が起きているのか?

卯月はその思考を消して転送されてくる武器を操作することに意識を集中し始めた。

誰かがこれを送っている、1セットでは不安だった双大剣も無数にある。

これなら、と考えた卯月は最後の能力を使用した。

卯月とぬらりひょんから遠く離れた場所にガンツスーツを装備した西が飛行バイクに乗って戦況を観察し続けていた。

西「渋谷のヤツ……やられてんじゃねーかよ……どーすんだよこれ?」

西が見ているのはガンツPC。

そこには凛がぬらりひょん達に敗れる様子が映し出されていた。

先ほど凛とわかれた西は凛を追いながらガンツPCを操作し、通常は起動していなかった機能、

狩りのライブ映像を見ることができる機能を発見していた。

西「ん? なんだ……あの女達は確か渋谷の……」

戦況は変わり、未央がぬらりひょんと戦い始めていた。

西「だからはえーんだッつーの! なンで渋谷もこの女も星人もワケわかんねースピードで動けンだよ!?」

西はPCを操作してスローモーションで未央とぬらりひょんの戦いを再生する。

西「……星人を殴り殺してやがる……ゴリラかよあの女……」

西「つーか、このゴリラ女消えてねーか? どーなッてんだ?」

卯月の能力によって瞬間移動をする未央に西は目を凝らして観察していたがその現象を理解することはできず、戦況は次の段階に移行した。

西「うおッ……マジか……あのゴリラ女も、もう一人の女もぶッ殺されてンじゃねーか……」

突如現れたぬらりひょんに首を切断された卯月と腹部に大穴をあけられた未央の姿が映る。

西「あー……どーすッかな……あんな星人ぜッてー倒せねーよ…………ん?」

西のPCにありえないものが映った。

西「オイオイオイオイ……あの女、頭吹ッ飛ばされたよな……?」

西はPCを操作し、別角度から卯月の首が落下していく様子を見る。

しかし、卯月の首が空中で止まり、空中に漂っていた血液が首の切断面に集まり頭部に流れ込んだかと思うと、

その首は消えて、卯月の身体に合わさった。

西「…………デュラハンかあの女? 渋谷のツレッて化け物……いや、やッぱアイツ星人じゃねーのか? そのツレも全員星人で……」

ブツブツとつぶやく西のPCにガンツの武器を空中に浮かばせる卯月の姿が映し出されていた。

西「……あのデュラハン女、手を使わずに武器を使ッてンのか?」

西「確定、アイツ星人だわ。渋谷も星人、間違いねーよ」

手を使わずに武器を使用する卯月だったが、ぬらりひょんには通じず。

西「どーすッか……星人でも渋谷のヤツは…………あーーーッ、たくよォー! 何考えてンだ俺!?」

西は頭を掻きむしりながら大きくため息をついて、

西「とりあえず、まずはあの星人をどーにかする事が先決だ!! 渋谷がどーだこーだッて考えるのは後だ!!」

西「デュラハン女!! テメーも星人なら何とかしろよ!! 武器を転送してやッからあの渋谷のニセモノをぶッ殺せ!!」

西は高速でPCにプログラムを打ち込み、PCに映し出される卯月の周りに武器を転送し続けた。

卯月が転送されてくる武器を次々と自分のコントロールに置いていく。

卯月の周囲がガンツソードや双大剣で埋め尽くされていく。

Xガン、Zガンは上空に浮き上がり全ての銃口がぬらりひょんに向けられる。

その数はすでに数え切れるものではなかった。

100を超え、1000に到達する数の武器を最後の力を使い卯月はコントロールを行った。

その光景を見て、ぬらりひょんは、

「なんと……なんと、なんと。これほどまでの力を……」

初めて表情を変え、卯月がその力を開放する前に攻撃を始めようとした。

ぬらりひょんが感じた予感。

全ての攻撃を食らっても、現在は9体すべての意思がつながっている以上不意打ちも通じず死ぬことはない。

そのはずなのに、なぜかぬらりひょんには未知の感情が生まれ、その感情に動かされるように、

力を観察することもしようとせずに攻撃を開始しようとした。

そのぬらりひょんに、まったく予期せぬ場所から何かが飛来した。

「むっ?」

ぬらりひょんが振り向きざまに受け止めたのはガンツソード。

それを投降した男は眉をしかめながらZガンを向けている。

男の名は和泉。

ぬらりひょんは和泉に気を取られて卯月の最後の能力発動を許してしまった。

卯月(……あぁ、わかる。わかっちゃう……)

卯月の周囲に浮かんでいたガンツソードと大剣が一斉にぬらりひょんに向かって射出される。

卯月(……私、もう少しで、死んじゃう……)

それを避けようとするぬらりひょん達だったが、少し動くとその身が動かないことに気が付く。

卯月(……でも、もう少し……もう少しだけ……)

卯月がさらに使用した能力はぬらりひょん達の自由を一瞬だけ奪い、その身に無数の剣が突き刺さる。

卯月(…………凛、ちゃん……を……未央ちゃんが……一緒に……)

更にぬらりひょん達に上空に浮かんだ無数のZガンから生み出された超重力の嵐が降り注いだ。

卯月(…………あと……ちょ……わた…………)

ぬらりひょん達が地面に叩きつけられる。

しかし、その瞬間ぬらりひょん達は卯月の攻撃から逃れるために瞬間移動をしようとするが、

卯月(…………だめ……です、よ? にがし……ません…………)

卯月のバリアが結界というくらいの強度を生むと共に目に見える程の歪みを空間に波打つ。

卯月がぬらりひょん達を結界に閉じ込めると、結界内から抜け出せないようにぬらりひょん達の能力をすべてキャンセルさせる。

卯月(…………まだ…………まだ…………)

さらに卯月の結界が重なるように展開されて、数十メートル近くある5重の結界がぬらりひょん達を閉じ込める。

その結界内部にXガンの砲撃とZガンの重力波が雨のように降り注ぎ、ぬらりひょん達に突き刺さった剣は重力波によってぬらりひょん達の肉体を分断する。

しかし、超重力の結界内でぬらりひょん達は肉体を再生し行動を始めようとする。

卯月(………………もう…………これ…………で…………)

卯月は瞬間移動を行って、結界の上空に移動した。

その周囲に展開する数百本に及ぶガンツソードと双大剣を携えて。

卯月(…………………………ぁ…………)

結界の上空、卯月が再度射出した無数の剣は結界をすり抜けるように入り、

結界内に到達したと同時に、超重力に導かれるように超速で落下し、数百の剣がぬらりひょん達をバラバラに切裂いた。

卯月(………………)

結界内がどれだけ撃ち込まれたのかもわからないくらいのZガンによる超重力で満たされて、内部のガンツソードや双大剣もその刀身を歪ませる。

空間自体が歪みを生じ始めさせるが、その結界内でぬらりひょん達は再生を始めた。

卯月(…………)

空中に浮かんだXガンやZガンが次々と卯月のコントロールを失ったのか落下していく。

卯月の能力の限界がすぐそこまで来ていた。

卯月(……)

空中の武器が全て卯月のコントロールを外れ、周囲に浮かんでいた無数の剣も結界内に吸い込まれていく。

銃は結界内に入った瞬間粉砕されたが、剣は結界内で湾曲しながらも形を残していた。

その剣、無数の、数百本の双大剣が次々と起動し始めた。

卯月()

結界内に異変が起き始める。

行き場を失った超重力がとどまり続け、空間が捻じれ空間内は水で満たされたような状態になっている。

その結界内に無数の泡が生まれ始めた。

湾曲した双大剣から生まれる泡は結界内を徐々に満たし始める。

「な        ん        の    こ        れ       し        き」

ぬらりひょん達のうち一体が、右腕だけを完全に再生させて、再生しきっていない口から非常に聞き取りにくい声を出し、その右腕から真っ黒な剣とレーザーを生み出し上空の卯月に放った。

ぬらりひょんの攻撃は卯月の5層連なり、Zガン1000発以上の重力波でも破壊されなかった結界を貫き、そのまま上空にいる、目の輝きを完全に失った卯月の額に触れた。

意識が混濁する未央は凛の叫びと、自身の腹部から生まれる暖かい感覚を受け、その意識を持ち直した。

まず未央は自分が空中を漂い移動していることに気が付く。そして、自分と一緒に凛も同じように移動していることも。

未央「……あ、れ? 私……? しぶりん……?」

凛「み、未央っ!? う、うづきっ!! 卯月がぁっ!!」

未央「え……? あっ…………」

完全に我を失ったように取り乱す凛を見て、未央の脳裏に先ほどまであったことが浮かび上がった。

自分に何があったのかを、そして卯月が己の死をも厭わぬ行動を行ってしまっていることも。

未央「しまむー……なんでさ…………」

未央の目にうっすらと涙が浮かびあがる。

それは能力を行使しすぎて生まれた出血と混じりあって大量の血の涙となって未央の頬を伝った。

未央「無茶しすぎ……しまむーはそんなキャラじゃないじゃん……しまむーはどんな時も笑って、頑張りますって言って……みんなが安心できる笑顔を振りまいて……」

未央が血涙をさらに多量に流すと共に、未央と凛の身体は空中の移動を止める。

未央は凛の身体をゆっくりと移動させて優しく抱きかかえる。

凛「み、未央……?」

凛は抱きかかえられて、自分をのぞき込む未央の表情を見て冷たいものが走る。

未央の表情は先ほど卯月が見せたものと同じ表情。

凛「ちょ、ちょっと……やだ……やだよ……いやだっ!」

うすら寒い予感が凛を襲い、再び狼狽え始める。

未央「しぶりん……ごめんね……」

凛「な、なんで謝るの!? やめてよっ!!」

未央「感じるんだ……私のお腹から……しまむーの暖かさが……」

凛「っ!?」

未央「もう、消えてなくなりそうな暖かさが……」

凛「うあぁ……」

未央「……しまむーをさ……一人でいかせちゃうなんて…………できないよぉ…………」

凛「あ、うぁ……あぁぁぁぁ…………」

ぽっかりと空いた自分の腹部を撫でながら未央は一滴の血の涙を零し、

凛は未央の想いが伝わってしまい、言葉にならなず嗚咽を上げ、

そんな二人に第三者の男から声がかけられた。

岡「ならはよ行かんかい。その嬢ちゃんは俺が死ぬまでは守ッたる」

未央「岡さん……」

凛「い、いやっ……」

岡「あの嬢ちゃんには借りがあるからのぉ、あの嬢ちゃんはその嬢ちゃんを守りたいんやろ? そんなら守ッたる。そんで貸し借りは無しや」

未央「あはは……」

凛の身体はゆっくりと未央の手から離れて岡に託される。

凛「いやっ、嫌だっ!! 未央っ!! お、お願いっ!! お願いだから行かないでぇっ!!」

必死に未央を引き留めるが、未央は凛の目を見て、卯月が見せたような透き通った儚い笑顔を見せて、

未央「バイバイ、元気でね」

手を振って凛の視界から瞬時に消えた。

凛「未央っ!! いやぁぁっ!! ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

未央は卯月の鼓動を感じる場所に流星のように向かった。

自分の相方であり、親友であり、そして今……運命を共にする半身の下に、

人間の限界を超えた動きでたどり着き、

卯月に向けられた凶刃、ぬらりひょんが放ったレーザーを下半身で受け止めて、

ぬらりひょんが卯月の頭に狙いを定めて繰り出した黒い剣の一撃を上半身で受け止めていた。

未央「げぽっ…………」

ぬらりひょんの攻撃を受け止めた未央は、下半身が消滅して、上半身の胸の真ん中には黒い剣が突き刺さってしまったが、

未央は黒い剣を完全に受け止めて、卯月を守り切っていた。

未央「げほっ! へ、へへへ……じ、まむー……ひどりで……だめだよ…………」

卯月を前に、血を吐き出しながら困ったように笑う未央。

未央「わだし……だぢ……ずっど…………いっじょ……って……」

その未央を前にまったく動かない卯月。

未央「いっ……じょに…………ささえ…………あっで……がんば…………っで……」

未央は卯月を支えるようにそっと手を前に出すと、

未央「…………しまむー…………?」

卯月の身体から、卯月の首が落ち未央の手に納まった。

その瞳はすでに何も映してはおらず、完全に死人の目であった。

未央「…………ばやいよ……ちょっど……まってぇ…………」

未央の顔が悲哀に染まる。

しかし、未央は感じ取っていた。

未央「……ぞっか……これ…………じま……むー……が…………」

卯月が展開していた結界は卯月が死してもなおそこに留まっており、

一部が破壊された結界から超重力の渦が溢れ、通常空間をも巻き込み空間にズレが生じていた。

未央「……しまむーの……がんばり…………むだに……じない…………させない……」

未央は腹部の暖かい感覚が自分の手に移動した事を感じる。

未央の手は結界内部のすべての超重力と無重力の泡に触れて、

結界内で光が生まれた。

超重力の籠に囚われたぬらりひょん達はすでに克服を始めていた。

超重力に負けない肉体を構成し、卯月の結界内を一歩踏み出した。

そのぬらりひょん達の1体が光に包まれる。

「なんぞ?」

光に包まれたぬらりひょんは消えた。

再生することもなく、完全に消滅した。

それに気が付いたぬらりひょん達は行動をし始める。

が、遅すぎた。

音よりも早く動き、瞬間移動を有しているぬらりひょん達でさえ、まさに光の速度で襲い掛かる消滅の光を対応することはできなかった。

「なん……」

「ぬっ」

「こ……」

「し……」

「……」

「」

「あ」

8体のぬらりひょんが瞬時に消滅し、残った最後のぬらりひょんは上空の卯月と未央を見ながら光に包まれ、すべてのぬらりひょんは完全に消滅した。

ぬらりひょん達を飲み込んだ光は大きく広がり、上空の未央にも届いてしまった。

瞬時に光に包まれた未央は卯月の頭を抱きかかえながら目を瞑る。

そこで未央は声を聴く。

――未央ちゃん……。

声を聴き目を開くと、真っ白な世界に卯月の姿があった。

――しまむー。

未央も真っ白な世界に立っていた。

――未央ちゃん……私、駄目な子です……。

――なんで?

――だって……未央ちゃんを……凛ちゃんを守りたいって、死なせたくないって思ってたのに……未央ちゃんがここにいてくれて嬉しいんです……ほっとしてるんです。

――そっかぁ。

未央は卯月の手を握ってはにかみながら、

――私もしまむーと一緒にいれて嬉しいよ。

――うぅぅ……ひっく……ぐすっ……。

卯月は未央の手を握り返しながらすすり泣き始める。

――しまむー、泣かないで。笑おうよ。私、しまむーの笑顔好きだから、笑ってほしいな。

――えぐっ……ひっく……。

卯月は泣きながら顔をくしゃくしゃにしながら笑った。

未央はその顔を見て、卯月の背中に手をまわし抱きしめながら、

――ちょっとだけ、こうしてよっか?

――うん……私もちょっとだけ……このままで……。

――ちょっとって、どれくらい?

――……みんながこっちに来て、みんなにごめんなさいって言うまで……。

――私たち、みんなに嘘ついちゃったもんね……。

――……うん。

二人の脳裏に大事な仲間達やプロデューサー、友達や家族の顔が浮かび上がり流れていく。

その最後に凛の顔が浮かび上がった。

――しぶりん、めちゃくちゃ泣いてた。

――凛ちゃんを泣かせちゃった。

――いつかたくさん謝ろっか。

――そう、だね。

――いっぱい謝ったら許してくれるかな?

――許してくれると思う……。

――……しぶりんがこっちに来るまで何十年かかるかわからないけど、それまでにしぶりんに謝る言葉考えておこっか。

――……うん。凛ちゃんとまた会うその時までに……。



二人はお互いを抱きしめながら、どこまでも眩い光に包まれていった。



卯月の結界内で光が弾け、その光は卯月の結界も消失させる。

結界に穴が開き、穴から内部に満たされていた超重力が溢れ出して周囲の空間に影響を与え始めた。

空間は歪み、周囲に存在するものを全て飲み込み始め、

卯月の結界に一番近づいていた男がその影響を受ける。

和泉「なッんだ!? これはァッ!?」

卯月の結界があった場所に真っ黒な穴が生まれている。

無数のZガンの重力砲による超重力が卯月の結界によって圧縮されて均衡を保っていた。

しかし、双大剣の消滅現象が発生し、結界が崩壊したことによって、その均衡も崩れすべてを飲み込む重力の穴が生まれた。

和泉「うおぉぉぉッ!?」

和泉の身体が穴に向かって引き寄せられていく。

和泉「なッ!? こ、こん、なものッ!!」

咄嗟に地面に腕を突き刺して持ちこたえる和泉。

和泉「こ、こんなッ、所でッ!! 俺はッッ!!」

和泉が必死に抵抗をしてすべてを吸い込む力に抗おうとする。

和泉「うッうおおおおおおおおおッッッ!?」

その和泉が突き刺していた地面が隆起し、ひび割れが起きて和泉が突き刺した腕の抵抗が外れていく。

和泉「お、俺はッ!! こんなッ、こんなものにッ!!」

和泉が突き刺した地面は崩壊して、和泉の身体が宙に浮いて穴に引き寄せられる。

和泉「ふ、ふざけるなァッ!! 俺がこんな場所でッ!! この俺がッ!! 俺…………」

最後に和泉は見た。

真っ黒な空間に飲み込まれ自分の肉体も捻じれて引き伸ばされて意識を刈り取られる寸前に、

光の中で、あの日自分の手で殺した二人の少女が抱き合っているその光景を。

和泉「」

和泉は自分が殺した少女たちの引き起こした現象に巻き込まれ、

自身が望んだ戦いの中で果てることもなく、誰にも看取られることなく、真っ黒な空間に吸い込まれ消滅した。

凛は岡に抱えられながらすべてを見ていた。

岡は未央が動いた後、凛を肩に担ぎ撤退を始める。

担がれた状態の凛は、未央の身体が吹き飛ぶ瞬間卯月の首が再び落ちる瞬間をその目に焼き付け、

次の瞬間、二人が光に飲み込まれていった所を見ていた。

凛はその時、二人が死んでしまった事を感じ取った。

同時に喉がつぶれるような叫びをあげて、自分もその場所に行こうともがき始める。

しかし、凛の行動は岡によって妨げられ、凛は岡の肩でもがきながら二人が消えた場所を見続けていた。

その直後、二人が消えた場所の近くに異変が生じる。

真っ黒な穴が発生してすべてを飲み込み始める。

全力で逃げていた岡とその岡に続くように走っていた桑原は急激にある場所に身体を引っ張られることに気が付く。

桑原「岡ァッ!! アカン!! なんかアカンでェッ!!」

岡「わめくなッ!! わァーッとるわッ!!」

桑原「はよ何とかしてくれやァ!! お前無敵なんやろォッ!?」

岡「わめくな言うとろーがッ!!」

岡は振り向きざまに桑原の胴体をガンツソードで貫いた。

桑原「な……何すんねん……」

そのままガンツソードの刀身を伸ばし続け地中深くまでガンツソードを突き入れて固定する。

岡「お前も俺を刺せ。そんで刀を地面に突き刺さるようにして何処までも伸ばし続けぇや」

桑原「くッそ……わけ、わからんわァッ!!!!」

桑原も手に持ったガンツソードを岡に刺す。

半壊状態だった岡のスーツを易々と貫いたガンツソードは桑原がスイッチを押し続けてどこまでもどこまでも地中深くに差し込まれていった。

岡「死にとうないんなら刀を死んでも離すな、固定した身体が千切れても離すなや」

桑原「アホ……身体千切れたら、死ぬやんけ……」

岡は凛を抱きかかえながら固定したガンツソードを握り続けた。

数十秒から1分近くその状態を耐えた岡達に変化が起きる。

全員の頭頂部が転送されている。

ミッション完遂の証。ガンツの部屋に戻される合図。

しかし、全員そのことに気が付いていない。

気を抜けばあっという間に黒い穴に飲み込まれる。

それ故に岡と桑原はお互いが戻っていることにも気づかず転送されていった。

最後に、凛。

凛はただただ卯月と未央の名前を叫び続け、

二人が消えた空を見上げ続け、

全身を貫く喪失感とすべてを失ったかのような絶望感を受けながらガンツの部屋に戻されていった。

今日はこの辺で。

加蓮と奈緒が死んだ。

未央と卯月も死んだ。

私だけ生き残った。

私が目の前のガンツを見たとき、それを実感してしまった。

もう叫び声さえ出ない。

でも涙だけが溢れてくる。

心が引き裂かれそうになっている。

悲しいのか悔しいのか空しいのかもう何も分からないほどぐちゃぐちゃになった感情。

私はその場にへたり込んで、涙だけを流し続けていた。

『ちーーーーーん』

『それでは ちいてんを はじぬる』

ガンツの採点。

私の心に小さな光が差し込んだ。

100点.

再生。

私はガンツに飛びつくように近づき、点数採点の表示を食い入る様に見る。

玄野「……は? ちょ、ちょッと待てッ!?」

加藤「お……おい……。そんな……まさか……」

岸本「ま、まさか……ここにいる人しか、戻ッてこれなかッたの?」

レイカ「ウソ……」

何でもいい。

早く、早く点数を。

400点。

みんなを再生するための点数。

凛「…………あれ?」

点数。星人を倒すことによって得られるもの。

凛「今回、私……」


『りんちゃん 0てん』


世界が止まったような感覚を受ける。


『おしかったね』


眩暈がする。


『Total 4てん あと96てんでおわり』


私は後退していたようで、足を取られて後ろに倒れそうになった。

西「オイ、何やッてンだよ?」

凛「あ……あぅ……」

西「なんつー顔してンだ……どーしたン? あぁ、点数0点でショック受けてンの?」

西が私の顔を見ている。

私はもう一度ガンツの点数採点画面を見る。

変わらない、私は今回点数を取れなかった。

私はふらふらとガンツに近づく。

西「あッ、おーい」

凛「ね、ねぇ……ガンツ……お願い……みんなを再生して……」

ガンツの表示が変わる。

『西くん 10てん りんちゃんを見すぎ りんちゃんは西くんをもっとかまってあげよう』

『Total 10てん あと90てんでおわり』

西「はッ!? はァッ!? テメッ、ガンツッ!! 何言ッてやがる!?」

西「おッ、おい!! 渋谷ッ!! 俺は確かにお前を見てたけどよ!! そりゃお前の戦いに興味があるだけで何処まで強くなッたかを確認するだけで見てたッつッてもそーいう意味だからな!! オイッ!!」

ガンツは私のお願いが聞えなかったの?

凛「お願い……次、私何百点でも取るから……今からでもいい……何百点でも取ってくるから……お願いだからみんなを……」

ガンツの表示が変わる。

『くろの 0てん がんばれくろの おまえがりーだーだ』

『Total 1てん あと99てんでおわり』

玄野「この6人……だけかよ……」

加藤「そんな……」

岸本「じゅ、15人もいたんだよ……それが……」

レイカ「…………」

なんで?

ああ、そうか。

点数採点が終わってから私のお願いを聞いてくれるんだ。

私はガンツから少し離れて大人しく点数採点が終わるのを待つ事にした。

西「オイッ! 渋谷ッ!! 聞けよッ!!」

凛「え……?」

西「~~~ッ! はぁ……なんでもねぇよ……」

西が私に何かを言っている事に気が付いた。

でも、私の顔を見て西はもういいと言わんばかりにため息を付いて私の横に座った。

その間も点数採点が続いていた。

『かとうちゃ(笑) 35てん』

『Total 35てん あと65てんでおわり』

西「……なァ、お前ッてさ、星人なのか?」

凛「……は?」

早く点数採点が終わらないかと待つ私に、西が意味不明な質問をしてきた。

『巨乳1号 0てん かとうちゃ(笑)好きすぎ』

西「いや、だッてよ、今回のボス星人か? あの星人ッてお前の顔してたしよ、お前自体人間離れしすぎのワケわかンねー動きしてたし。お前のツレも全員人間……つーか一人は完全に人間じゃなかッたし」

凛「……意味、わかんない」

西は私がそう言うとそれ以上は聞いて来なかった。

早く、採点終わって。

『巨乳2号 0てん くろのを好きすぎ 好きすぎてやばい』

『Total 73てん あと27てんでおわり』

これで全員。

私は再びガンツの前に立つ。

凛「ガンツ。採点、終わったよね? 終わったなら早く。お願い。私、みんなに会いたい。みんなの顔を見たい。みんなの声を聞きたい。早く、再生して……」

ガンツの表示は消えて真っ黒の光沢を放っている。

……何も表示されない。

凛「が、ガンツ!! ねぇっ!! 聞いてっ!! 私、何百点でも、何千点でも取ってくるからっ!! 今すぐでもいいし、今からずっと戦いにいってもいい!! だから、みんなを再生してよっ!! お願いだからっ!!」

何も表示されない。

凛「ガァァァァンツ!!!! 聞いてよっ!!!! ねぇっ!!!!」

変わらなかった。

何も表示されず、何の反応も無い。

どれだけ叫んでも、どれだけお願いしてもガンツは何も返してくれない。

西「お、おい……」

玄野「渋谷……」

加藤「渋谷さん……」

岸本「渋谷さん……」

レイカ「…………」

凛「……お願いします……なんでもします……私……いう事なんでもききます……だから……」

ガンツの前で床に頭を付けながら私は懇願していた。

だけど、何も変わらなかった。

その私に西が声をかけてきた。

西「……カタストロフィまで後1ヶ月ちょいだ。カタストロフィと同時に全システムが開放されンだ。お前のツレもそンとき再生してやるから少しだけ待ッてろよ」

その言葉が私の頭に入ってくる。

そうだ、そうだった。

カタストロフィでガンツのシステムを自由自在に使えるようになればみんなは生き返る。

みんなとまた会うことが出来る。

……でも。

凛「……すぐ」

西「あ?」

凛「すぐ、会いたい。みんなに会って謝りたい……」

凛「加蓮と奈緒に謝りたい……。私だけ逃げてしまったことを謝りたい。未央と卯月に謝りたい……。私が役立たずなせいで二人を死なせてしまったことを謝りたい」

西「……」

凛「……西。お願い……みんなを再生して……私、すぐみんなに会いたいの……私……」

私は西の足を掴んでお願いし続ける。

私じゃできないガンツの操作。

西なら出来るかもしれない。

その一縷の望みにすがりつくように西に懇願し続けた。

西「あァーーーもう!! 止めろッ!! わかッたから泣くなッ!!」

凛「……お願い、聞いてくれるの?」

西「今すぐ出来るかどうか調べる、今まで遠隔で解析してきたが、コイツに直接接続すりゃ、もしかしたら今すぐ再生を出来るかもしれねェ」

凛「……ほんと?」

西「本当だッーの!! だから泣くな!! 調子狂うんだよッ!!」

西は私から離れて、ガンツ内部のケーブルを取り外しガンツPCに接続を始める。

私はすぐ西の後ろに立ち、その様子を見始める。

固唾を飲んで西の解析を見ていると、私の肩が叩かれる。

凛「……?」

玄野「渋谷……あれは、ガンツをコントロールしてるッてことだよな?」

凛「……そうだけど」

玄野「人の再生、可能なのか?」

凛「……西がやってくれる」

玄野「そうか……お前、アイツを説得できたんだな」

凛「……説得?」

玄野「ああ。ほら、前回お前が西から情報を引き出すッて。まさかここまでやれるようになッていたなんて思ッてもなかッたよ」

……そういえば。確かに前の狩りの最後に西から情報を引き出すって言ったような気がする。

玄野「コントロールして再生が可能なら、今まで死んだ人たちをみんな生き返らすことも出来るんだよな?」

凛「……たぶん」

私の言葉に、玄野と私達のやり取りを見ていた加藤さんが喜色を浮かべる。

玄野「おっちゃんも……坂田も、桜井も、風も、他の奴等全員生き返るんだな……」

加藤「はは……すげ、本当に……」

西「は? 何勘違いしてンだ?」

西はPCの画面から目を離すことなく声を上げた。

玄野「え?」

西「再生すンのは渋谷のツレだけだ。他の奴等なんかどーでもいいしな」

加藤「なッ!?」

玄野「お、おいッ!?」

岸本「そ、そんな……」

レイカ「……ッ」

西「渋谷ァ、お前もそれでいいだろ? な?」

そう言って私の顔を見る西。

他の人たち?

……そっか、今回、生き残ったのはこの6人だけ。

他の人たちは……。

玄野「お、おいッ! 渋谷ッ! どういうことなんだ!?」

凛「……西、他の人たちも……今日戻ってこれなかった人たちも再生……」

西「あ?」

西の手が止まる。

西「何? 他の奴等も再生したいのオマエ?」

凛「……うん」

西「……はァ~~~? オマエ、何言い出しちゃッてんの? 本気で言ッてんのそれ?」

凛「だって……」

西「オマエさー、そろそろぶッちゃけろよ。偽善者星人の皮被ッてねーでよ。そーしねーとこういうバカどもに言いように使われンぞ?」

凛「私は……」

私が続けようとしたその時、

加藤さんが西に近づき、西に頭を下げていた。

加藤「……俺からも頼む。他の人たちも……今まで死んでしまッた人たちを生き返らせてくれ」

西「……」

加藤「今まで死んでしまッた人たちの中には小さな子供やおばあさんもいた……あの人たち……いや、この恐ろしいゲームに巻き込まれた人たちはみんな戦うことなんて考えもせずに死んでいった人たちがほとんど 「渋谷ァー、お前は別にコイツ等はどーでもいいんだろー? お前はあの、えーッと……島村と本田だッたか? それともう二人。そいつ等だけしか興味ねーんだよなー?」

西が心底面倒くさそうに、加藤さんの言葉を遮って私に問いかけてくる。

それでも、加藤さんは西に頼み込んでいた。

加藤「……お前もこんな殺し合いを強制させられて分かるだろ? こんな事誰もやりたくなくて、こんな事に巻き込まれた人たちが……何も知らずに死んでしまった人たちがどれだけ無念で 「渋谷ァーー、お前もさッさと本性ぶちまけねーと今俺の近くにいる蝿がその内お前の周りに飛び始めンぞーー」

加藤さんはそれでも西に、

加藤「…………お前が今まで見殺しにしてきた人たちの 「渋谷ァーーー!! 俺、そろそろ限界だぞーーー!! これ以上俺の周りに蝿が集ッてッと俺もう帰ッちまうぞーーー!!」

凛「ッッッ!!」

私は加藤さんを西の前から無理矢理引き離す。

加藤「し、渋谷さんッ!?」

岸本「な、何をするの、渋谷さん!」

西「ヒュー、すッげ、至近距離で見るとお前の動きまッたく見えねーな」

加藤さんを投げて床に押さえつけた私に岸本さんからは抗議の声が上がり、西からは歓声のような声が上がる。

凛「お願い……今日はもう帰って……」

加藤「それは……」

凛「お願いだから!! 私、余裕が無いのっ!!」

加藤「くッ……」

加藤さんを離して私は西の前に立ちもう帰ってほしいと告げる。

これ以上もめて西が解析を止めてしまったら……。

そう考えると、私の選択は一つしかなかった。

私が西を守るように4人の前に立ちはだかり少しして、

玄野「……わかッた。もう俺達は帰る」

加藤「計ちゃん!!」

玄野「いいから。ここは渋谷に任せよう。俺達じゃアイツと話し合いもできねーよ」

加藤「……くそッ!!」

西「あン? まだ何か蝿の音がすンぞー?」

玄野「……頼んだぞ」

凛「…………」

私の目を見て玄野は加藤さんを連れて部屋を出て行く。

私は4人が部屋をでて、玄関のドアが開き閉まる音を聞いて西に振り向く。

凛「……あの人たちはもう出て行ったから、続きを……」

西「もうやッてンよ」

西がすでに高速でタイピングをしている姿を見て私は少しだけほっとする。

私はまた西の後ろに立って解析画面を見る。

西「ッたく。お前さー、何であんなのをまだ生かしてンの? お前がその気ならミッション中にアイツら全員ぶッ殺せるだろ?」

凛「……あの人たちは仲間でしょ……」

西「……はァーーー、オマエの考えがよくわかンねーよ。前にも言ッた気がすッけどよー、ああいう奴等はぜッてーに俺等の邪魔をするぞ? 肝心なときに間違いなく邪魔をしてくる」

凛「……」

西「聞いてンのかよ……」

凛「……聞いてる。早く、みんなに会いたい……」

西「……ンだよ」

それから西は集中をし始めたのかPCをさらに高速で操作し始めた。

未央、卯月、加蓮、奈緒……みんなに会いたい。

私はそれだけを考えて、西の解析画面を見続けていた。

そして、解析を開始して1日がたった。

明らかに寝不足の顔をした西は振り向いて私を見る。

西「……ダメだ。どうやッてもアクセスできねぇ……」

凛「…………」

私はそんな言葉を聞きたいんじゃない。

凛「……お願い。まだ調べてないところとかあるでしょ……」

西「……調べつくした。だけど今の段階ではどーしよーもねーッてことだけがわかッた」

だから、そんな言葉はいらない。

凛「お願い。私、あなただけが頼りなんだ」

西「……わかッた。だからその顔ヤメロ。お前、目が据わッてンぞ……」

西は再び解析作業を始めた。

もう少し、もう少しと言い聞かせて1日。

もう少しでみんなに会える……。

そう思い続けてまた日が暮れて、部屋に朝日が差し込んだ。

西「…………無理だ」

2日目の朝、西がそう呟いた。

凛「無理じゃない」

私は西の止まっている手を握って教えてあげる。

そう、無理なんかじゃない。

もう少しでみんなは戻ってくる。

そして、私はみんなに謝らないといけない。

それなのに。

西「無理だッてンだろ!? そもそも北条と神谷ッて奴らのデーター自体このガンツには入ッてねーンだ!! 再生のしようがねーンだよ!!」

西が私の手を振り払って叫ぶ。

もう一度私は西の手を握って今度はPCに持っていってあげる。

凛「無理じゃない。あなたには出来る。無理だって思わないで。出来るから。ほら、やって。手が止まってるよ?」

西「だからッ…………」

西が私を見てくる。

だから西の目を見て教えてあげる。

凛「諦めないで。あなたは絶対にできるから」

西「あ…………あぁ……」

西はまた解析を開始した。

私は西のそばでそれを見続ける。

また日が沈んで朝になった。

この1日何度か西は私の顔をちらちらと見てくる。

私はそのたびに西に言ってあげる。

そしてまた西は私を見てきた。

凛「もう少し。もう少しで出来るよ?」

西「…………駄目だ」

凛「どうしたの? ほら、手が止まってる」

でも今回は私を見たまま動こうとしない。

私は西の背中から密着してその手をPCへと持って行こうとするが、

西「……あらゆる手を試した。だけど駄目だ。ガンツのプログラムは独立してやがる。システムを開放するときもメインのサーバーか何かからデーターだけを飛ばして開放された時点で 「駄目じゃない」

私は西の頬を触って教えてあげる。

凛「駄目とか無理とかそんな事は聞いていない。あなたはあの子たちを再生してくれればいいの。わかった?」

西「…………勘弁してくれ」

凛「…………」

西「…………あらゆる手を試したんだ。俺が今出来ることを全てやッた。だけど無理だッた…………」

凛「…………」

西「……カタストロフィまで待ッてくれ……その時には絶対に再生する……再生できるようになッた時点で最優先でする……」

凛「…………」

私は西の頬に触れながら西を見続ける。

目の下の隈は相当なもの。

西の表情は今までに見たことの無いほど憔悴しきっている。

西の目は何処となく震えている。

その状態が数分続いた。

やがて、西の目が白目を向いて私に向かって崩れ落ちてくる。

西「」

凛「…………」

西は限界だったのか、どうやら眠ってしまったようだ。

私は西の頭を膝に乗せて、西が解析していたPCを手元に手繰り寄せる。

この3日、西が行っていた解析作業をずっと見ていた。

西が気付いていないこともあるかもしれない。

私がやってやる。

みんなを私が再生してみせる。

それからまた日が暮れて上った。

私の膝を枕にして眠っていた西が目を覚まして叫び声を上げて起き上がった。

西「うッおォ!?」

凛「…………」

西「あ……俺……」

凛「…………おはよ」

西「あ、あぁ……」

西は私が解析しているところを見て、手元を覗き込んできた。

西「お、お前、解析してンのか?」

凛「…………うん」

西「おい、待て……俺、どンだけ寝てた……?」

凛「…………丁度1日」

西「……まさかお前ずッと?」

凛「…………」

私はずっと解析作業を続けていた。

西「……もう、やめろよ」

凛「…………」

西「お前じゃ無理だッて!」

凛「無理じゃない」

西「…………だッてよぉ、お前……見当違いの所、見てンじゃねーか……」

凛「あなたが見てなかったところ。全部見れば何か分かるかも知れない」

西「…………」

私は指を動かし続ける。

みんなともう一度、この部屋から出るときはみんなと一緒に。

それだけを考えて。

西「……ちょっと貸せ」

凛「…………」

西は私を少しだけ押した。

その拍子に私はそのまま倒れこんでしまう。

西「おッ、おいッ!?」

凛「…………うぅ」

西「フラフラじゃねぇかよ……少し休めよ……」

凛「…………いやだ。私はみんなを…………」

西「…………」

自分のものじゃないような身体を起こして、再びPCに向き直ろうとすると、ガンツPCは2台になっていた。

その内の1台を西が手にして、よろめきながら立ち上がった。

西「……俺は帰ッて解析を続ける。飲まず食わずでもう限界だ。お前もそーしろ……」

凛「…………いやだ」

西「ちッ……わーッたよ。ならそのままやッてろよ」

凛「…………」

西「…………そんなにそいつ等がいいのかよ…………」

西はそのまま部屋を出て行った。

残されたのは私だけ。

私はPCに向き直る。

時間間隔がよくわからない。

多分6日。

外は暗い。

私は倒れていた。

凛「……うぅ…………うぁ…………ぁ…………」

みんなを再生できなかった。

動けないし、何も出来ない。

眠らずずっとPCを触っていた。

でも、もうそれもできそうに無い。

指も動かせないくらいになっている。

凛「…………ぁぅ…………」

涙も出ない。

ただ悔しさだけが残った。

自分自身に対して。

何一つできなかった事に対して。

西の言うように待てばよかったなんてこともほんの少し考えてしまった。

それも悔しかった。

そうして私の意識はプツンと途切れてしまった。

真っ暗な世界で私は意識を取り戻した。

同時に声を聞く。

――本当にバカだね。私って。

凛「……あぁ、アンタか」

これで3回目か。

深層心理の世界って言うのかな。

――カタストロフィがもうすぐ来るってのに何でそんなところで死のうとしてるの?

凛「……死のうなんて思ってない」

――もう死にそうじゃん。

凛「…………うるさい」

――やっぱりあの子達がアンタを殺す原因になったね。遅かれ早かれこうなるって覚悟はしてたけどさ。

凛「…………」

――しかもそれが戦闘とはまったく関係ないところでなんて私も予想してなかったんだけど。

凛「……どうしてもみんなを再生したかった」

――1ヶ月でみんな戻ってきたんだからそれまで待てばよかったじゃん。

凛「待てなかった。すぐ会いたかった」

――ほんとバカ。それで死んでたら意味無いじゃん。

凛「……アンタなら、どうした?」

――?

凛「私じゃなくて、もしアンタならどういう行動を取ったの?」

――私だったら? それは決まってるでしょ。

凛「…………」

――アンタと同じ行動してたよ。

凛「そっか」

――うん。

真っ暗な世界で、私達は寄り添っていた。

しばらくそうしていると、隣にいた私が急に立ち上がって私を見下ろす。

――で、どうする?

凛「え?」

――一応、まだ私、死ぬつもりないけど。

凛「……それは私も同じ」

――でも、アンタ何も行動して無いじゃん。

凛「…………」

――ま、そこらへんは私が一歩踏み出しておいたから、残りはアンタが何とかしてよ。

凛「……どういうこと?」

――目を覚ませば分かるよ。

その言葉と共に、私の意識は急速に引き上げられる。

凛「…………ぁ」

目を覚ました私は自分がいる場所が部屋で無い事に気が付く。

凛「…………こ……こ……」

部屋を出て、玄関の扉を開いている。

私は玄関の扉にもたれかかっていた。

ここまで私は這いずって来ていたようだ。

凛「…………ぁ……こ……れ……」

夢で聞いた言葉はこういう事か。

あの私がここまで私を動かしてくれた?

それとも私が無意識のうちにここまで這いずってきたのか。

私は意識を取り戻し、バランスを崩すと同時、玄関の扉が開き私はガンツの部屋から外に転がるように出ていた。

凛「…………ぅ」

外はまだ暗い。

そして、次に気が付く。

部屋の扉がしまってしまった。

凛「…………ぅぅ……ぁぁぁ…………」

ガンツの部屋は外に出るともう次のミッションまで戻れない。

今私の手にはガンツPCも何も無い。

身に纏うハードスーツと飛行リングのみだ。

つまり、私はもうみんなを再生することが出来ない。

凛「……ぁぅぅ…………ぁぁ…………」

涙も出ない、泣き叫べもしない。

自分ができた事はただただ時間を費やし、死にかけた挙句、何の成果も得ることができなかった。

途方も無い虚無感だけが私に残った。

凛「………………?」

その私の視界、部屋の扉の傍に数個袋が見えた。

いずれも、コンビニの袋で中に水とおにぎりとかパンらしきものがあった。

私はそれを見た途端、全ての思考が水を飲みたいという思考に変わり、必死に這いずりながら袋にたどり着き、震える手でペットボトルの蓋に触れ、ハードスーツの力を使ってその蓋を開けて中の水を飲み始めた。

凛「…………ごほっ!? げふっ! げほっ!!」

途端にその水を吐き出してしまう。

それを数度行い、口の中で水を溜めて少しずつ水を飲み込んでいった。

どれくらいそうしていただろう。

私の意識は少しずつ鮮明になり、水が入っていた袋の中に文字が書いてある紙もある事に気が付いた。

その紙を見てみる。

『水と食料もって来た。俺も限界だったけどわざわざ持ってきてやった。感謝しろ』

もしかして……西?

他の袋にも入っている。

『お前の好きなチョコレートも持ってきた。つーか電話にでろ』

中にチョコが入ってる。

一つだけ食べる。

身体に少し力が戻る。

さらに袋に入っていた紙を見て私の手が止まる。

『おい! 電話にでろ! やべーことになってる、これ見たら連絡よこせ!』

凛「……なに……これ?」

書きなぐったような筆跡。

やばいことって……?

少しだけ意識がハッキリしていく。

私は身体を起こして扉の横にもたれるように座る。

扉を開けようと試みるがやはり完全に閉ざされているようで開かない。

その事実が私に重く圧し掛かる。

出来ればもう一度みんなの再生を試みたかった。

だけど、私の目に西が書いたと思われる手紙が映り。

凛「…………西、パソコン……持ってる……」

西が部屋から出るときに確かにガンツPCを持って出て行ったことを思い出す。

手紙の内容はよくわからない、だけど私は西にあってPCを手に入れなければと考え身を起こした。

凛「……っ」

途端に膝から崩れ落ちる。

力が入らない。

凛「…………くぅ」

凛「……身体、休めてから…………」

そこで気付く。

みんなの再生を一番に考えていたはずなのに、今の自分は自分の身をどうにかすることを一番に考えていることを。

すぐに移り変わる自分の思考に嫌悪感を抱く。

1週間もしないうちにみんなの死が薄れ始めている事に。

凛「…………1週間?」

また思考が変わった。

私の頭にお父さんやお母さんとハナコの姿が浮かぶ。

凛「……うぅぅ」

何も言わずに1週間も家に戻っていない。

お父さん、お母さんは心配してるだろう。

ハナコも寂しがっているだろう。

凛「……一度、帰ろう」

一旦帰ってお父さんやお母さんに話しておかないと。

みんなの再生が第一。

だけど……だけど、お父さんとお母さんには家を何日か空けるって話さないと。

何日もかけたくない。

でも、何日もかかってしまってる。

嘘でも何でも、二人を納得させて、西の家に行ってPCを手に入れる。

凛「……行こう」

身体に力は入らない。

だけど、飛行リングがある。

私はすぐに空を飛ぶ思考をする。

体が浮遊感に包まれて浮かび上がり、私はふわふわと家に向かって空を飛び始めた。

真っ暗な夜の空を私は飛んでいる。

街並みが見知ったものになってきた。

もうすぐ家だ。

スマホはガンツの部屋にある。今は腕時計もしていないから何時か分からない。

二人とも起きているかな……ううん、起きてもらって話をしよう。

少しでも早くみんなを再生しないといけない。

だから……。

凛「…………?」

もうすぐ家。

でも、何か違和感がする。

私の視線の先…………煙?

凛「……何?」

真っ黒な夜の空に煙が上がっている。

そして、その煙の発生している所。

凛「……待って」

私の家の前にある少し大きな家を超えて、私は見た。

凛「な、何? な、なんで?」

私の家が燃えている。

真っ赤な炎が私の家を包み込んでいる。

凛「う、うそ。な、何、これ?」

私の思考が真っ白になる。

それと共に、私は空から落ち、家の前の道路に叩きつけられた。

力が入らない身体を起こしながら、私はもう一度視線を家に向ける。

そんなわけが無いと、見間違いだと思いながら。

凛「……ぅぁぁぁ……ぁぁぁぁ…………ぁぁああああぁぁあああああ」

再び見た私の目には、炎に包まれる私の家が映っていた。

8.GANTZ:O 編 おしまい。

今日はこの辺で。

9.ラストミッション編


私の目に映る赤い光景。

違う、嘘だ、こんなのは間違ってる。

私はその場に硬直してただ私の家に視線を向けていた。

店先、いつも色々な花を出している場所に沢山の燃えている何かが積まれている。

そこからシャッターを下ろした1階に炎が燃え移っている。

外壁を伝い私の部屋から屋根にかけて真っ赤な炎が伸びている。

私の部屋のガラスの奥にも炎の影。

中も、燃えてる。

私は歯をガチガチと鳴らしながら全身の力を使って家に近づく。

スーツ越しに熱気を感じる。

嘘だ、こんなの現実なわけが無い。

そう考えながら、まるで芋虫のような速度で私は家に近づき、

私の部屋に黒い影を見た。

凛「ひっ」

炎の影じゃない。

明らかに人の影。

お父さん、お母さん。

まだ中にいる。

燃えている家の中に?

その影は部屋の奥に消えた。

凛「おっ、お父さんっっっ!!!! お母さんっっっ!!!! 駄目っ!!!!」

部屋の奥に消えた。

多分階段を使って1階に?

こんなに火が回ってるのに?

駄目、駄目駄目駄目駄目駄目!!

凛「飛び降りてぇっ!!!! 受け止めるからっっっ!!!! 気付いてぇぇぇぇっ!!!!」

私が叫んだ瞬間、私の部屋のガラスが割れた。

それを見て私はもう一度全力で、喉が潰れるほどの声で、

凛「お父さあああああぁぁぁぁぁぁん!!!! お母さあああああぁぁぁぁぁぁん!!!!」

その時、ガラスの割れた私の部屋から鳴き声が聞えた。

『………………オオオオオオン』

ハナコっ!!

ハナコの鳴き声がすごく小さく聞えた。

やっぱり中にいるっ!!

もう一度叫ぼうとした。

だけど、

ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!

途轍もない圧力が上からかかる。

凛「うぐっ!?」

一度だけじゃない、

凛「かはっ!?」

二度、

凛「げっ、ごっ、かっ、ぐぅっ」

何度も私は上から押しつぶされるような圧力を受けて為すすべなくその場に倒れこむ。

肺から空気が押し出されている。

私の身体がアスファルトに埋め込まれていく。

そうやって10回近く私は上からの圧力に晒されて、地面に完全に埋まってしまってから圧力は消え去った。

凛(…………な、何、なん、なの?)

顔が埋まって声が出ない。

何が起きているのか分からない。

その私にかすかな声が届く。

「……おい、やッたか!?」

「……やッた……やッたぞ! 倒したぞッ!!」

「……は、ははは!! ザマーみろ!! 化け物め!! みんなのカタキだッ!!」

何人かの声。

私は身を起こそうとするが力が入らない。

何が……ううんそんな事よりも……。

ハナコ……。

お父さん、お母さん……。

私はもう一度、みんなに気付いてもらう為に力を振り絞って動いた。

ピシィッ。

「……お、おいッ。何だ?」

「……う、ウソ」

ピシピシピシッ。

「じ、地面にヒビが入ッて……」

「ま、まさか……」

バキィィン。

凛「……うぅぅっ」

私は身体を起こす。

その時、私の周りで叫び声が聞えた。

「うッ!? うぉぉぁぁぁぁぁぁ!?」

「う、ウソだろッ!? 何で生きてんだよッ!?」

「う、撃ッて!! 早く!! 撃ッて!!」

「お、おおおおおおおッッッ!!」

私が見たのは4人の男女。

何れもガンツスーツを着ている。

だけど見た事の無い顔の人たち。

凛「……な、なに、誰?」

酷くおびえた表情の4人。

だけど、私は一体何が起きたのかを聞こうとして、

4人の男女が私に向かって一斉にガンツの銃の銃口を向ける瞬間を見た。

凛「ちょ、ちょっと、な、なん……」

そのままX字の銃の銃口から光を見て、デカ銃の銃口からの光を見て、再び私は地面に叩きつけられた。

「死ねッ!! 死ねェッ!! 化け物ッ!!」

「あの人のカタキ、私がぁッ!!」

「おおおおおおおおおッ!!」

「トドメだぁぁぁッ!!」

なんで、何で私が攻撃をされているの?

私は見た事も無いガンツチームの人たちからの攻撃の意味が理解できなかった。

されるがままに私は謎のガンツチームの攻撃を受けていると、

キュウウウウン。

凛(っ!?)

私のスーツからの異音を聞いた。

スーツがもう限界を迎える。

私は半分埋まった腕を引き抜いて、デカ銃に向けて掌からの閃光を放つ。

閃光はデカ銃を貫いて夜の闇に消えた。

それと同時に、私を襲ってきた4人は顔を真っ青にして私から距離を取る。

「な、なんなんだよ!? 何で死なないんだよぉッ!?」

「あ、あの銃が壊された? う、嘘だろ……」

「ひッ!? ひぁぁぁぁぁ……」

「こ、殺さ、ころころ、されれ……」

凛「……あ、アンタ達、誰……? な、何で私に……?」

何故私に攻撃をしてくるのか?

その見当もつかずに聞くと、先頭にいた男が顔を怒りのものへと変化させて、

「な、何で、だとぉッ!?」

「お前がッ! アイツをッ!! 俺達の仲間を殺したんじゃねえかよッ!!」

凛「……え?」

何を言っているんだ。

この男達の仲間を殺した?

どういう意味……。

凛「……な、何言ってるの? 私、アンタ達なんて、知らない……」

「ふ、ふッざけんなァッ!! アイツをッ、アイツの首を引きちぎッて剣に刺して……」

「挙句の果てに、アイツの顔をゴミみたいに踏み潰しやがッて……」

「それを知らないで済ませる気かァァァッ!!」

男はそのままX字の短銃を私に向けて発砲してくる。

それを数度喰らってしまう。

だけど、私は身体を倒しながら、男の持っている銃のみを閃光で破壊した。

同時に、他の3人も持っている武器も閃光で破壊する。

これ以上の攻撃を食らったらスーツが壊れる。

私の攻撃によって武器を全て破壊された4人は驚愕し、さらに私から距離を取る。

「ち、ちくしょう……化け物め……」

「くそッ……くッそぉぉぉ!」

4人のうち2人が剣を取り出して刀身を伸ばし私に向けてくる。

どうして……なんでここまで私を殺そうとしてくるの……。

凛「……や、止めて。アンタ達、勘違いしてる……わ、私は、アンタ達の仲間を、殺してなんかない……」

「黙れッ!! お前の顔を俺は忘れねぇ!! アイツを殺したお前の顔を……あの大阪のミッションでいきなり現れてアイツを殺したお前の顔を見間違えるかッ!!」

凛「……お、大阪? ミッションって……」

大阪、ミッション、私の顔。

何かが繋がりそう、私は自分の思考の糸を結び付けようとして、

背後から聞えた重い音に振り向く。

凛「……………………え?」

そこには、何も無かった。

隣の家が半分崩れ、壁が剥がれ落ちて円形の窪みに落下していった。

その円形の窪みが多数ある場所に。

凛「…………ま、待って」

隣の家、知っている。

私の家のお隣さん。

でも、何で私の家が無いの?

凛「……な、なに? なにこれ?」

燃えていたはずの私の家。

燃えて、中にお父さんとお母さんとハナコがいたはずの私の家。

凛「ち、ちち、ちがう、これ、ちがう、うそ」

ハナコの声がさっき聞こえた。

家の中に居たはず。

でも、家は、どこ?

凛「う、ううう、ううううううああああああああああああああああ、あああ、ああああああああああ」

そうだと分かってしまう。

だけど理解したくない。

こんな事、理解したくも無い。

私が頭を両手で抱えて、私の家があった場所を見続けていると、私の身体が横からの衝撃で吹き飛ばされた。

数メートル飛ばされて、私は道路の真ん中に倒れこむ。

「よしッ!! いけるッ!! 剣は効くぞッ!!」

「み、みんな、剣だッ!! 剣であの化け物を殺すぞッ!!」

私の眼には剣を伸ばして私に近づいてくる4人の姿。

同時に私のスーツから限界を向かえた証であるゲル状の何かが溢れ出す。

だけど、そんな事はどうでもよかった。

私の家。

お父さんとお母さんとハナコがいた家。

それが、無い。

私は、私の家があった場所を見つめながらその場から動けなかった。

私の眼から涙が出てくる。

私が見た全ての事から導き出された答え。

お父さん、お母さん、ハナコが死んでしまった事が私の眼から止まることの無い涙を溢れさせ続けていた。

私の涙でぼやけた視界に何かが映った。

耳にも何かの音を拾う。

何かの光と、けたたましい音。

地面に何かがこすり付けられるような音が響いて、私の耳に今度は人の声が届いた。

「渋谷さん!! 大丈夫ですかっ!?」

……誰? 視界が滲んで何も見えない。

また声が聞こえる。

「お、おいッ!! なんで一般人がいるんだ!? 人払いはしたんじゃなかッたのか!?」

「く、くッそ! 全員ステルスを使えッ! 早くッ!」

声が聞こえる中、何かが開く音と共に、私の腕が誰かに引っ張られて、私の身体が持ち上げられる。

「くっ……失礼します」

私は持ち上げられて、人の柔らかさを感じる膝の上に身体の半分が乗った感覚を受ける。

それと同時に、車のエンジン音を聞いた。

「捕まっていてください、扉が開いていますので」

私の身体が誰かに支えられている。

それと共に風が吹き込む音と乗り物が移動する感覚。

今、私、誰かに連れ去られている?

凛「……………………」

でも、もうどうでもいい。

私はただただ涙を流しながら、何度か聞えてくる、どこかで聞いた事のある男の人の声を耳にしながら意識を失った。

――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――――
――

凛「………………うぅ」

全身の気だるさが私を襲う。

凛「…………?」

重いまぶたを開くと、天井があった。

凛「……ここ、どこ?」

私は身を起こすと、ベットの上で寝ていた事に気が付く。

そして、私の腕に何かが付いている。

これって、点滴?

凛「…………何?」

回らない頭で部屋を何気なく見渡す。

知らない部屋。物があまり無いけどすごくセンスのいい部屋。

私はベットから起き上がろうとして、バランスを崩してそのまま落ちてしまった。

凛「……うぅっ」

すると、部屋のドアが開いて、慌てて女の人がやってきた。

知らない人だ。

「ちょ!? 大丈夫ですか!?」

凛「……え、あ、うん」

「プロデューサーさん! ちょっと来てください!」

そういって明るい緑色の服を着た女の人は部屋の外に向かって呼びかける。

少し間をおいて、以前に見た、未央と卯月のプロデューサーが部屋の中に入ってきて私の顔を見てすこしほっとしたような表情をしていた。

P「……目を覚まされましたか」

「プロデューサーさん! ぼーっとしてないで手伝ってください! この子ベットから落ちてしまったんですよ!?」

P「! す、すいません……」

すぐに私は二人に支えられて再びベットに横になった。

凛「……一体、ここは……」

どうなっているのかが分からなかった。

記憶が曖昧だ。

私、一体……?

そうやって自分に何があったのかと思い出そうとしていると、私の横になるベットの脇に立ったプロデューサーが話し始めた。

今日はこの辺で。

P「……具合はいかがでしょうか?」

凛「え?」

P「いえ、ここに来た時にはかなり酷い状態でしたので……」

凛「え……と」

体調……?

そういえば、かなり身体が重い……。

頭もぼーっとする……。

何か、あった様な気がするんだけど……。

凛「かなり……だるいけど、大丈夫……」

P「そうですか。それは、よかったです……」

なんだろう。

この人……私に何かを聞きたそうな、そんな感じがする。

回らない頭で私はこの人を見ていると、今度は女の人が声をかけてきた。

「貴女はまる1日寝込んでいたんですよ? いきなりプロデューサーさんに呼ばれて、プロデューサーさんの家に行ってみると、今にも死にそうな女の子がいて焦りましたよ」

凛「……あ。えっと……あなたは?」

ちひろ「あぁ、私は千川ちひろと申します。こちらのプロデューサーさんの……アシスタントと思っていただければ構いませんよ」

凛「あ、うん……」

ちひろ「貴女は渋谷凛さんですよね?」

凛「うん……」

私の名前を呼ばれて首を縦に振って返事をすると、千川さんは私を少しジッと見て。

ちひろ「…………普通の、女の子ですね」

凛「……え?」

ちひろ「いえ、プロデューサーさんの言うように、貴女はあの子達と変わらない普通の女の子なんだなって」

どういう意味?

と、千川さんの言葉の意味を考えようとしていたら、この部屋の外から何か声が聞こえてきた。

何気なく目線を動かす。

どうやらテレビの音だったようだ。

だけど、そのテレビに私の目は釘付けになる。

凛「………………え?」

そのテレビには私の顔が大きく映し出されていた。

私はベットから起き上がってよろめきながら歩き始める。

ちひろ「あっ、待ってください!」

P「……」

私は二人に支えられながら部屋を出て、テレビの前で、テレビから流れてくる音声と映像が何なのか理解できずにいた。

『先日発生した大規模爆破テロの続報になります』

『テロリストの主犯格である、渋谷凛は未だに逃亡を続けており行方がわかっておりません』

凛「…………何?…………テロリスト?…………私?」

『警察は史上最悪とも言われる池袋のテロ事件も渋谷凛が主犯であると確定し、渋谷凛の確保に向け捜査員を大幅に増員』

『さらに今回国外逃亡の可能性も受け、ICPOにも協力を要請し、先進各国はテロリスト渋谷凛の確保に協力を示しております』

テレビに大きく映し出された私の顔。

意味が、わからない。

凛「……何? 何なの……一体何なの? テロって何……?」

私が回らない頭で自分の頭の混乱を吐き出すように呟いていると、

P「……まさか、貴女は今置かれている状況をご存じないのですか?」

凛「じょ、状況も何も、何? 意味、わかんないって……」

私が?

テロ事件?

何、それ?

凛「……一体どういう事? テロ? 何で私が?」

P「……あるテレビ局のカメラが、先日の爆発テロで現場に向かった際に貴女……と思われる女性の姿を映していました」

P「そしてその貴女と思われる女性は、テレビ局のカメラマンを含め数名を殺害後、自衛隊の人間も殺害しております……そのカメラの映像が決め手となり、貴女がテロリストの主犯格と見なされました……」

凛「……な、何? 私、そんな事……してないよ…………」

頭が痛い。

P「…………」

凛「ワケ、わかんない……何、それ……」

混乱し続ける頭を押えていると、私の顔を覗き込んでいたPが、

P「……貴女では、ありませんね」

視線だけをPに向けると、さらにPは続けて、

P「以前、お会い……いえ、最初に見たあの時に、貴女は思いやりのある優しい人だという事がわかりました……。貴女が人に害を加えるようなことなどを行なえるはずがありません」

凛「え……?」

と、Pの言葉の意味を考えていると、私の隣に座った千川さんが、

ちひろ「……そうですよね。どうしてこんな事になっているのか分かりませんが、渋谷さんみたいな女の子にこんなとんでもないテロなんかできるわけ無いですよ」

凛「あ……う、うん」

この二人から受ける視線が私の混乱した思考を落ち着かせていく。

Pが私を見る目は温かく、千川さんもとても優しい視線を私に向けている。

だけど、Pは少し表情を曇らせ、頭に手を持っていき、後頭部を抑えながら、

P「何故警察があのようなカメラの映像だけで貴女をテロ事件の犯人と断定したのかはわかりません……いえ、警察どころか政府も貴女をテロ事件の犯人と断定して、全てが異常と言っていいほどのスピードで進んでいっています……」

凛「ど、どういうこと?」

ちひろ「大阪での爆発テロが起きた日にはもう貴女は犯人だと報道されていました。それから翌日には全国ネットで貴女の顔も、家の住所も、何もかもが公開されて、さらには懸賞金なんてものもかけられたんです……」

凛「え……え……?」

P「警察も政府も貴女を犯人だと断定して動いています……メディアでは連日今回の事件の報道が続き……貴女は世間一般にも完全な犯罪者だと認知されています」

凛「……っと」

凛「ちょっと! 待って!!」

P「…………」

私はパニックを起こしかけている頭を正常に戻すように叫んだ。

意味が分からない、なんで私がテロリストなんて言われてるの?

そもそも爆発テロとか一体何!?

そんな事私は知らない!!

凛「テロとかって何言ってるの!? それに何で私がそんな事の犯人にされないといけないの!? ワケわかんないって!!」

P「……」

ちひろ「渋谷さん……」

こんな意味の分からないことを言われて納得できるわけが無い。

私は、そう、家に…………。

凛「私はっ! 家に帰っ……て……お父…………さんと…………お母…………」

帰って…………。

帰って、何かが起きたよね?

凛「あ、れ? 何……? 何かが、あったような……」

頭に霞がかったガスが満ちているようだ。

P「っ!」

ちひろ「ぁ……」

ハッとしたような二人の顔が目に映る。

同時に、テレビの画像が変わったところを私は見た。

『渋谷凛は自宅にも戻らず逃亡を続けておりましたが、昨夜未明証拠隠滅を企てたのか、爆破テロで使用したと思われる爆弾で自宅を爆破し、さらに逃亡を続けております』

今度は私の家が映し出された。

『渋谷凛が自宅を爆破した際、付近の住人は幸いにも政府の避難勧告に従い避難完了しておりましたが、渋谷凛の家族は自宅に残っていたようで、2名が死亡したと見られます』

私の家と、家が無くなった跡地の映像が映し出され、

お父さんとお母さんの顔写真が映されて、

その写真の下に死亡と書かれた画面を見たときに、私のバラバラのパズルのようになっている記憶のピースがかみ合わさり、

そして、その場で腰砕けに床に崩れ落ちた。

P「し、渋谷さん!」

ちひろ「た、大変!」

私は二人に抱き起こされて、テレビの前のソファーに座らされる。

その間も、私の視線はテレビに向いていた。

私はテレビ画面を凝視していると、その画面は急に消えてしまった。

私の隣でPがテレビのリモコンを持っている。

私は首だけを動かし二人の顔を見る。

二人とも複雑な表情をしている。

凛「…………私が……家に帰って……それで……」

凛「……あの時……燃えている……私の家で……お父さんとお母さんとハナコが……」

私が小さく頭に浮かんだ言葉を口にしていると、

ちひろ「ま、待ってください! ニュースではああ言ってますけど、もしかしたら渋谷さんの家族の方も避難をしているのかもしれないですよ!」

凛「……え?」

ちひろ「確か、政府から渋谷さんの近隣住民の人たちに避難勧告が出たんです」

凛「……なんで?」

ちひろ「え、と。渋谷さんが……自宅に帰ったとき、その場で貴女を確保するためだと……当初は警察や自衛隊もあの付近に配備されていたようですけど……」

本当に?

それなら、お父さん、お母さんは家に居なかった?

凛「本当……? 本当に……あのニュースは間違ってるの……?」

ちひろ「ほ、本当です! 渋谷さんのご両親もきっと避難されているはずです! ニュースで誤報なんてよくある話なんですから!」

凛「そ、そう……そうだよね。うん……」

千川さんのその言葉が泥のように重い私の不安を少しだけ軽くしてくれた。

ちひろ「しばらくこうやっていれば渋谷さんがテロ事件の犯人なんてことも間違いだって言われるはずですし、渋谷さんのご両親の安否も分かるはずですよ!」

凛「そっか……うん。そう、なんだ」

重く鈍い思考しか出来ない私には千川さんの言葉に頷くことしか出来なかった。

心のどこかでは最悪の想像を思い描いていたが、私はそんな事を認めたくなかった。

だから、私は千川さんの言葉を信じて受け入れていた。

千川さんは色々私に声をかけてくれた。

その殆どは励ましの言葉に近いものだった。

それを聞いているうちに、私の重い思考は徐々に軽くなっていった。

凛「そっか……あの時見たのは、夢だったのかな?」

ちひろ「夢、ですか?」

凛「うん。私の家が燃えてて、中に人がいて、ハナコも…………」

ズキリと頭が痛む。

だけど、すぐに。

ちひろ「そ、そうですよ! 渋谷さんは悪い夢を見ていたんです! 少し休めば悪い夢も忘れますよ!」

凛「……うん。そっか、そうだよね」

私はまだはっきりとしない頭で無理矢理納得した。

うん。少し休めば、忘れるんだ。

少し、休めば……………………。

再びズキンと頭が痛んだ。

凛「休む……? 私、やらないといけないことが…………」

そうだ、確か私は何かを絶対にやらないといけないはず。

記憶が繋がらない、断片的にしか思い出せない。

何かがあったのに、何か、忘れてはいけない何か。

その時、私と千川さんの様子を伺っていたPが、私に質問をしてきた。

P「渋谷さん……よろしければ、少し伺いたいことがあるのですが……」

意を決したかのように私に問いかけてくる。

凛「あ……何、かな?」

頭が回らない。

何かを思い出さないといけないのに。

この人を見ていても引っかかる。

この人、プロデューサー。

未央と卯月のプロデューサー。

未央と卯月の。

未央と卯月…………?

私の頭の中に光がはじけるのと、Pが言葉を発したのは同時だった。

P「……島村さんと本田さん……貴女は、二人の行方を知っているのではないでしょうか?」

凛「っっっ!!!!」

記憶が一気に蘇る。

未央と卯月。

あの時、光に包まれて、二人は消えてしまった。

ううん、死んでしまった。

私の頭の中で割れた記憶がぴったりと合わさり思い出す。

P「島村さんと本田さんは約1週間前、急に失踪しました。家族にも、友達にも、……仲間にも何も告げずに……」

洪水のように溢れ出る記憶。

加蓮と奈緒。

バラバラになった加蓮に腕だけの奈緒。

全身が硬直する。

なんで、なんで私は今まで……。

私は今の今まで4人のことを忘れていたことに激しく動揺し、

同時に自分自身に耐えられないくらいの怒りを覚えた。

P「私達は、二人を探し続けています。そして、手がかりはこの日記だけで……っ!? 渋谷さん!?」

ちひろ「ちょ、ちょっと!? どうしたんですか!?」

私は手に付いた点滴の針を引き抜いて立ち上がる。

急激に頭が回転し始めた。

そうだ、私はみんなを再生する為に家に帰って、そこで見たことも無いガンツチームの人間に襲撃された。

その時、私の家は奴等によって……。

凛「…………」

奥歯を噛み締め過ぎてギシリと大きな音をたてる。

お父さん、お母さん、ハナコ……。

あの時、確かに家には人がいた……。

でも、この千川さんの言っている事が正しければみんなはどこかに避難している……。

あの時の人影やハナコの鳴き声は私の勘違い……?

わからない……。

凛「…………っ」

何も分からない。

私がテロリストだとか言われていることも意味が分からない。

分からないことばかりだけど、私は……。

ちひろ「し、渋谷さん、動いちゃ駄目ですよ!」

P「ええ……貴女はまだ動けるような状態ではありません。しばらくは安静に……」

凛「どいて」

私に手を伸ばした二人を押しのけて、部屋の出口に向かう。

何も分からない以上、動く。

まずは情報を集めてお父さん達の安否を確かめる。

……みんなの再生を考えるのは…………その、後。

凛「…………本当に、私って…………」

みんなもお父さん達もどちらも大切で選ぶことなんてしたくない。

だけど、選ばないといけないというジレンマが私の心を滅茶苦茶にかき回す。

私はとにかく1秒でも早く行動しようとするが、

P「……何処に行こうというのですか」

凛「……どいてって」

私の前にPが立ちふさがる。

P「……貴女は今、非常に特殊な立場にあります。外に出るのは……危険です」

凛「…………」

この人は私の事を想って言ってるんだろう。

千川さんも心配そうな顔をしている。

だけど、私は。

この二人の制止を振り切って部屋を出ようと動く。

私が出口に向かって歩いていくのを止めようとする二人。

私は二人を避けて歩き続ける。

私を止める為に私を押えようとしていたみたいだけど、二人の動きを見て回避しながら歩き続ける。

P「っ!?」

ちひろ「えっ!?」

その間にも自分の状態を確認していた。

スーツは……着ていない。

あの時、壊れたんだった……。

今は白いワンピースだけを着ている状態だ。

……まずは西にあってスーツとステルス用のコントローラーを出してもらおう。

そう決まったら、まずは西の家に行かなければならない。

ちひろ「ちょ、ちょっとプロデューサーさん! あの子を捕まえてください!」

P「は、はい」

後ろから私を押えようとしてくるが、私の肩に触れた瞬間、その手を下から打ち払う。

玄関にたどり着いた、靴は……無い。

……関係ない。裸足でいい。

ちひろ「プ、プロデューサーさん!? 何やってるんですか!?」

P「し、渋谷さん!! 待ってください!!」

扉を開ける。マンションの1室だったようだ。

私は後ろから私を捕まえようとしてくる二人をあしらいながらエレベーターを見つけ乗り込む。

二人も乗ってきて、さらに私を捕まえようと行く手を阻もうとするが、二人の身体を重心が崩れるように押してバランスを崩させ、その隙に先に進む。

ちひろ「な、何? この子?」

P「……くっ」

エレベーターで下りた先……1階なのになんで地下駐車場?

……出口は、あそこか。

外の光が見える場所に私は歩き出す。

すでに、私を捕まえようとする二人はかなり手段を選ばなくなっていた。

千川さんは私に抱きついて捕まえようとするが、私に手を回した瞬間千川さんの両手を掴んで千川さんの抱きつきを回避する。

私の歩みを止めようと立ちふさがるPには、私が近づいて、私を止めようと手を伸ばしたところでその手を引っ張り転倒させる。

P「なっ、何故……こんな……」

ちひろ「はぁっ、はぁっ、ど、どういうことなんですか!? なんで捕まえれないの!?」

地下駐車場を出て、少し開けた場所に私は出た。

すると、私の前にゆっくりと車が近づいてきて、止まった。

車の扉が開いて、中から二人の男が下りてきて、二人とも私を見てくる。

一人は髪の生え際が少し後退している外国人の男。

もう一人は、以前、私に接触してきたフリーライターの男。

菊地「やッと出てきたか……しばらく待ッた甲斐があッたよ」

凛「……アンタは」

フリーライター菊地は、鋭い視線を私に向けていた。

今日はこの辺で。

私の行く手を阻むように二人の男が立っている。

菊地「久しぶりだね」

「コンニチハー」

凛「…………」

私は進む方向を変えて西の家に急ぐ。

菊地「お、おいおい、無視しないでくれよ」

セバス「初メマシテ、ワタシノ名前セバスチャンデス」

ここは……どこか分からない。

いや、とにかく足を動かさないと。

P「し、渋谷さんっ! へ、部屋に戻ってください!」

ちひろ「ぷ、プロデューサーさんっ!! 名前は駄目ですよっ!! あ、あの、すみません! 気にしないでください! す、少しケンカをしているだけなんで、私達を気にせず行ってください!」

P「っ!」

菊地「ああ、大丈夫。僕はこの渋谷凛さんを捕まえようとは思ッてないから」

ちひろ「えっ……」

菊地「むしろ協力をする為に僕はここに来た。君も困ッているだろう? 全国……いや、全世界指名手配犯なんて濡れ衣…………ッて、お、おいッ!!」

歩く……いや、場所も分からないし時間がかかりすぎる、タクシーとかをどこかで拾ってそのまま西の家まで行く。

菊地「聞いてるのか!? 君は今追われる身なんだ! 白昼堂々顔も隠さずに動いていたらあッという間に捕まるぞ!?」

私の前に今度は3人が立ちふさがった。

P、千川さん、菊地。

私の行く手を阻もうとしている。

凛「……どいて。私には時間も無いし余裕も無いの」

ちひろ「だ、駄目ですって! 聞きましたよね!? 本当に捕まっちゃいますよ!?」

P「……貴女をこのまま行かせるわけにはいきません」

菊地「何を焦ッてるのか知らないけど、少しくらい話を聞いてくれてもいいだろ?」

凛「…………」

私は立ちふさがる3人を気にせず歩みを進める。

すると、3人共私を捕まえようと手を伸ばしてきた。

まずは千川さん。

伸ばしてくる手を引っ張り、その場に尻餅をつかせる形で転倒させる。

次にP。

私の肩を掴もうとする。

向かってくるPの懐に入り、両手で軽く押してやるとPはそのまま蹈鞴を踏んで後ろに転倒する。

最後に菊地。

私に向かって伸ばす手を掴んで、軸足を引っ掛けてその場に転がす。

ちひろ「きゃぁっ!?」

P「っっ!?」

菊地「うぉッ!?」

……本当に邪魔。

これ以上、邪魔をされないように早く…………。

そう考えて一歩踏み出そうとした私の前に外国人の男が立っていた。

セバス「ワァォ、素晴ラシィ」

凛「…………」

セバス「今ノ何デスカ? アイキドーデスカ?」

この男も私の邪魔をするのか……。

私は、この外国人の男も排除しようと………………。

凛「っっっ!?」

思った瞬間、私の身体は全力で地を蹴って後ろに下がり、地面に手を付いて四つんばいの状態になって男を凝視した。

凛(な、な、何!?)

全身が震えている。

ガチガチという音が聞える。

何? 何の音?

……私の口から、歯をガチガチと鳴らす音だった。

それだけじゃない、全身鳥肌が立ち、冷たい汗が止まらない。

この、目の前の外国人の男から何かを感じた。

異様な感覚……この感覚は……星人……?

いや、そんなものなんかじゃない。

もっと、もっと異質な、何か……。

ちひろ「えーーーーい!!」

私があの外国人の男に気を取られていると、私の背後から手が回される。

ちひろ「や、やっと捕まえましたっ!! プロデューサーさんっ!! 手伝ってください!!」

P「は、はい」

凛「!?」

私は千川さんに後ろから抱きつかれてPに両手を掴まれてしまう。

二人を振りほどこうと暴れようとするが、Pの力は強く私の手は振りほどけなかった。

凛「くっ!? は、離してっ!!」

P「離しません……千川さん、このまま私の部屋に戻りましょう」

ちひろ「ええ……あ、暴れないで渋谷さんっ!!」

菊地「やれやれ……セバスチャン、僕たちも手伝うぞ」

セバス「ワカリマシター」

私はそのまま取り押さえられて運ばれていく。

あの外国人の男が近づいてきてさらに私は暴れて千川さんの拘束をふりほどこうとしたが、私の足を持ち上げた外国人の男からは先ほど感じたような異様な感覚はもう感じなかった。

そうして、私は4人がかりで全身を持ち上げられ、口も押えられて先ほどいた部屋まで連れ戻された。

私は今手足を縛られて身動きが取れない状態になり部屋のソファーに座っていた。

凛「早くこれを外してっ!! 私は行かないといけないのっ!!」

P「…………」

ちひろ「と、とんでもない子ですね……」

全身を使って暴れていると、私の口にタオルが巻かれた。

凛「早く…………もがっ!?」

セバス「コウシマショウ、暴レテ舌カムト危ナイデスカラネー」

それだけじゃなく、私は外国人の男に肩を押えられて、身動きひとつ取れなくなった。

菊地「セバスチャン……手荒な真似はするなよ」

セバス「ダイジョブダイジョブ、優シクシテマス。ハハハハハ」

私の焦る気持ちとは裏腹に身動き一つ取れなくなってしまったこの状況、

何とかしてここから抜け出すことを考える私の耳に部屋の4人の会話が入ってきた。

菊地「さて、と。これで少しは話ができるかな?」

P「……貴方は一体」

菊地「ああ、僕はフリーライターの菊地と言います。こッちはセバスチャン」

セバス「ドウモー」

P「フリーライター……」

菊地「ええと、あなたは美城芸能プロダクション所属のプロデューサー、そちらは同社アイドル部門の事務員、千川ちひろさんで間違いないですね?」

P「!」

ちひろ「え、ええ。で、でも、どうして私達の事を……?」

菊地「あなた達のことはこちらのセバスチャンが調べてくれました」

セバス「一晩デ調ベマシタ」

P「…………」

菊地「昨日、あなたはこの渋谷凛さんを連れて行き匿ッた。その後夜が開けてそちらの千川さんはあなたの指示で医療品と数点の衣類を持ちこの部屋に来て、渋谷さんが目を覚ますまで世話をしていた」

ちひろ「なっ!?」

菊地「あなた方は少し気をつけた方がいい。犯罪者を匿ッているのに部屋のカーテンも閉めずにいたら……ほら、あそこのビルからこの部屋を覗くことなんて簡単だ」

ちひろ「の、覗くって……」

菊地「ああ、安心してもらッていい。僕達のほかには誰もあなた達を見ているものはいない、尾行もなかッた、僕達だけがあなた達を見つけることが出来た」

菊地「警察はまだあなた達が彼女を匿ッていることに気付いていない。ここは、まだ安全だ」

P「……貴方は一体何が目的で……」

菊地「おッと、その前に僕から質問させてもらッてもいいかな?」

P「なんでしょうか?」

菊地「あなた達は……彼女と同じガンツチームのメンバー……違うかな?」

P「……ガンツ?」

ちひろ「?」

菊地「………………知らないのか?」

P「……言葉の意味がわかりません。どういう意味でしょうか?」

ちひろ「はい、チームのメンバーと言われましても……」

菊地「…………嘘は、言ッてないみたいだな」

菊地「……それなら、あなたは一体何故彼女をあの襲撃者チームから助け、今こうやッて匿ッているんだ? いや、それ以前に、あなたは何故、何日も彼女の家の付近で彼女の家を監視していたんだ?」

P「……どういう意味ですか?」

菊地「僕はあの付近に監視カメラを秘密裏に何台も設置していた。あなたの姿は確認している、とぼけようとしても無駄だよ」

ちひろ「監視カメラって……」

P「…………」

菊地「あなたは彼女とどういッた繋がりがあるんだ? 答えてほしい」

ちひろ「プロデューサーさん……」

P「……渋谷さんには聞きたい事がありました」

菊地「聞きたいこと?」

P「私達の事務所に所属するアイドル……その行方です」

菊地「どういう意味だい?」

P「約1週間前、私達の事務所所属の、島村卯月さんと本田未央さんが失踪しました。本当に突然、神隠しにあったように……」

P「私は彼女達を探し、彼女達の自宅でこの日記を見つけました。彼女達が記したこの日記には……渋谷さんの名前が非常に多く書かれていました」

P「それ以外の手がかりは何も無く、この日記の……失踪日前日まで行動を共にしていたと見られる渋谷さんに話を伺おうと考えたのです」

菊地「……1週間前、彼女はその時には指名手配になッていたと思うんだけど……普通指名手配犯に話を聞こうと思わないのでは?」

P「……私は渋谷さんと面識があります。彼女は、間違っても報道されているような殺人やテロ行為などを出来る人ではありません。報道は間違い、私はそう思っています」

菊地「……報道では彼女は逃亡していると言われていたと思うけど?」

P「……彼女の自宅、もしかしたら彼女は自宅でご両親に匿われているのでは? とも考えました。彼女のご両親は避難勧告を受けず…………」

菊地「どうしたんだい?」

P「いえ、私は彼女が自宅に帰ってくると思い、数日間待ち続けていた。それだけです」

菊地「…………」

菊地「……嘘は、言ッて無さそうだ…………」

P「嘘などは言いません」

ちひろ「そ、そうです! プロデューサーさんも、私達もみんな卯月ちゃんと未央ちゃんを探しているんです!」

菊地「…………そういうことでしたか。いや、すみません。てッきり僕はあなた達も彼女と同じガンツメンバーだとばかり思ッていて」

P「……先ほどから上がる、そのガンツメンバーと言うのは一体?」

菊地「説明するとかなり長くなりますが…………」

セバス「菊地サン菊地サン」

菊地「……どうしたセバスチャン? 今取り込み中なんだが」

セバス「テレビツケテイイデスカ? ワタシアニメ見タイデス」

菊地「…………ああ、勝手にしろよ…………」

セバス「アリガトーゴザイマス」

私は急に外国人の男に持ち上げられて、テレビの前まで移動させられる。

その間もずっともがき続けていたが、この男を振りほどくことも出来ずに為すすべなくテレビの前に座らされた。

私の横に男が座り、私は男がつけたテレビの画面を目にした。

セバス「ニュースデスネ」

ニュースは私の事を言っている。

男がチャンネルを変えた。

セバス「コレモニュースデス」

コメンテーターが私の事をすごく批判している。

また男がチャンネルを変えた。

セバス「ニュースバッカリデス」

インタビューに答える歩行者が私が一刻も早く捕まればいいと言っている。

そうやって全てのチャンネルで私のことがやっていた。

気が狂いそうになった。

やってもいない事に批判され罵倒され憎しみをぶつけられる。

……知らない。こんな事、私はやってないし、知りもしない。

今、私がやらないといけない事は、お父さんとお母さんが何処にいるかを知ること……。

それで、お父さんもお母さんもハナコもみんな無事だって確かめて、すぐにみんなを再生する……。

その為にも動かないといけないのに……。

セバス「ツマラナイデス……オヤ?」

男が私の横からテレビのラックに近づいていって、私の傍を離れた。

今!

隙を見せたこの瞬間に私は動こうとしたが、

セバス「アニメジャナカッタデス……」

あっという間に私の傍に戻ってきた男に頭を抑えられ動くことが出来なかった。

セバス「ミュージックビデオデスカ?」

男が手にするものを見て私は固まる。

セバス「見テミマショウ」

男はまた私の傍を離れてディスクをテレビに入れていたが、私は固まったまま動けなかった。

すぐにテレビが暗転して、男が入れたDVDが再生され始める。

軽快な音楽が流れ始める。

知っている。

何度も何度も聴いた曲だ。

すぐに私の目に可愛らしい衣装を来た二人の姿が映し出された。

二人の姿が、卯月と未央の姿を目にしたとき、私の目から涙が零れ落ちた。

涙が止まらない。堰が切れたように涙が零れ落ちてくる。

そのビデオを私は泣きながら見続けた。

二人が同時にウィンクをして曲が終わった。

真っ暗になった画面を私は泣きながら見ている。

二人の声が頭の中にこだまし続け、私の頭は滅茶苦茶にかき回されていた。

凛(卯月……未央……)

早く再生しないと。

凛(お父さん……お母さん……ハナコ……)

みんな無事なの?

凛(加蓮……奈緒……)

また4人で一緒に。

凛(早く、みんなを……ううん、まずはお父さん達を……でも、すぐに再生してみんなと……いまお父さん達は……)

すでに何を最初にすればいいのか分からなくなっている私の目に再び二人の歌声が届く。

凛(卯月……未央……)

卯月が見える。未央もいる。

画面の向こうに。

やらないといけないこと……私がやらないといけないこと……。

みんなを、お父さん達を、みんな…………。

私は身体を動かすことも出来ずに、洪水のように流れる思考を整理することも出来ずに、ただテレビに何度も何度も映し出される映像と歌を聴き続けていた。

セバス「オゥ……素晴ラシィ……」

そんな声が一言だけ聞こえた気がした。

今日はこの辺で。

菊地「これがガンツの生産工場……ドイツのベルリンにある工場でガンツは生産されて世界中に設置されます」

ちひろ「な、なんですかこの画像……黒い球?」

P「……この黒い球が死者を集め、宇宙人との戦争ゲームを行なうための道具を出す……信じられません」

菊地「……無理もないと思います。荒唐無稽な話、普通の人なら鼻で笑う話。だが、この情報は全て事実です」

菊地「全ての黒幕は、このガンツを作り出した張本人。マイエルバッハ会長、ハインツ・ベルンシュタイン。僕は彼に会い直接話をして、裏も取った。彼との会話は全てを録音した」

P「……一体何の為にそんな事を」

菊地「金の為……だと言ッていました。危機に瀕した会社を立て直すために、戦争ゲームを賭けの対象として世界中の有名な俳優や、政治家、果ては国家の元首や王族に売り込み、利益を得る。そしてそれは成功した……」

ちひろ「か、賭け?」

P「理解しがたいのですが……」

菊地「……だけど」

P「?」

菊地「その説明に僕は何か違和感を感じた。……正直、納得できなかッた」

菊地「あの男は……金の為だと言ッていた……だけど、それが真相だとは思えなかッた。僕のカンがあの男は嘘を言ッていると告げていたんだ」

ちひろ「……すみません。私、そろそろ頭が追いつかなくなっています」

P「……私も、貴方の言う内容を理解するには、少し……」

菊地「ああ、すみません。とりあえず、ガンツの内容はこの辺にして……僕の目的を話すとしましょうか」

P「……貴方の目的、ですか」

菊地「ええ……といッても、真実を知りたい、というだけなんですけどね」

ちひろ「真実ですか?」

P「……一体それは」

菊地「最初は興味本位でした……。原因不明の建物破壊が各地で起きている。それを調べ始めたのがきッかけ」

菊地「それを調べれば調べるほど、謎が増えていッた。東京だけかと思ッたら、日本全国で起きていた。それどころか世界中で同じような現象が起きていた」

菊地「いつしか僕は建物破壊の怪現象の謎に取り付かれていた。毎日調べ、毎日各地に飛び、調べ続けて……次の手がかりを見つけた」

菊地「黒い球の部屋……最初に見たときは驚いた。僕の追ッていた怪現象は戦争ゲームの痕跡に過ぎなかッたという事を知ッて」

菊地「それからは、この黒い球の部屋の管理人にコンタクトを取ろうとした。何日もメールを送り続けていたけど、反応はなし。次にこのサイトを色々な角度から調べた、知り合いにハッキングなんかを頼んだりして」

P「…………」

菊地「だけど、このサイトには異常に硬いプロテクトと、そのプロテクトを破ッたら起動するウィルスが仕込まれていた……専門家にもこのサイトの解析は不可能と言われ、さらに僕の興味は膨れ上がッた」

菊地「調べれば調べるほど謎は深まり、その分野の専門家ですら解析は不可能ときた。だけど、このサイトには非常に重要な手がかりが載ッていた」

ちひろ「手がかりですか?」

菊地「この個人名称」

P「……しぶやりん…………渋谷さん?」

菊地「そう、彼女はガンツチームのメンバー、実際にガンツの戦争ゲームを行なっている人間の一人だ」

ちひろ「渋谷さんが……?」

P「……戦争ゲーム、宇宙人との殺し合いを、彼女が……?」

菊地「彼女の口から聞いたわけではないが、この映像が決め手だ」

P「っ!?」

ちひろ「そ、空を、飛んでる!?」

菊地「あなたが彼女を助ける少し前、彼女が黒いスーツを着て空を飛んで来たところを監視カメラで撮影した映像だ。この後、彼女は別のガンツチームと思われる人間に襲撃を受けて、あなたに助けられ、今に至る」

P「…………あの暴漢達も、そのガンツチームとやらの人間?……渋谷さんは仲間であるガンツチームの人間に襲われたという事ですか?」

菊地「そう、それなんだ」

ちひろ「?」

菊地「何故、彼女は別のガンツチームに襲われた? 何故、彼女はあの爆破テロ……ガンツミッションで発生したと思われる痕跡の犯人にされている? 何故、彼女はあのミッションの際、一般人である人間や、自衛隊の人間を殺害した?……まあ、これは彼女ではないと思うけど」

菊地「この1週間、彼女を中心にガンツに関する謎が増え続けている。僕はドイツでガンツの真相を確めたはずなのに、わからないことが増えていくんだ」

P「貴方は……」

菊地「僕は全ての真実を知りたい。だから、まずはその一歩として彼女に会い、話をすることを考えた」

菊地「さて、この話も聞いていただろう? 答えてくれないか?…………ん?」

P「……し、渋谷さん!?」

ちひろ「ちょ、ちょっと! あなた、渋谷さんに何をしてるんですか!?」

私はテレビの映像を見ながら泣き続けていた。

卯月と未央が元気に歌い、踊って、笑顔を見せている映像を見ながら。

いつの間にか私の口に巻かれたタオルが取られて、手足を縛っていた布も解かれていた。

ちひろ「渋谷さん! どうしたんですか!?」

菊地「……おい、セバスチャン、お前何をした?」

セバス「菊地サン、コノビデオ何デスカ? 実ニ素晴ラシィ、アニメトハ違ウ萌エガアリマース」

P「……ベットに運びましょう。先ほどもかなり無理をされていましたし……」

私の身体が抱きかかえられてテレビの画像が見えなくなった。

卯月と未央が見えなく……。

凛「いやぁっ!!」

P「っ!?」

凛「離してぇっ!! 卯月ぃっ!! 未央ぉっ!!」

ちひろ「ぷ、プロデューサーさん!? な、何が?」

P「…………」

私は再びテレビの画像が見える場所に座らされた。

卯月と未央がいる。

凛「…………」

P「……島村さんと本田さんのミュージックビデオが見たいのですか?」

凛「……卯月、未央……」

P「……千川さん、また渋谷さんに点滴を打って貰ってもよろしいでしょうか? かなり消耗されているようですので」

ちひろ「あ、はい。わかりました」

P「……菊地さん、貴方の目的は渋谷さんとの事ですが、渋谷さんはこのような状態です……一旦帰って貰って……」

菊地「それなら僕もここで待たせてもらおうかな」

P「…………」

菊地「僕達がここに残ったほうがあなた達も安心できるのでは? 今現在彼女がここにいると知ッているのは僕達だけだ。僕達がこの部屋を出てしまッた事によッて警察に情報が渡ッてしまい、この部屋に警察が来てしまう……なんて事もありえるよね?」

P「……脅しですか?」

菊地「可能性の話さ」

P「…………わかりました。ここに残っていただいて結構です。ですが、くれぐれも渋谷さんに刺激を与えるようなことはしないで下さい。今、かなり不安定になっているようですので……」

菊地「この状態の彼女に話を聞こうなんて考えて無いよ」

セバス「菊地サン、他ニモビデオナイデスカ? ワタシ、コウイウビデオモット見タイデス」

菊地「……お前、秋葉原にフィギュアやアニメのDVDを買いに行くッて言ッて無かッたか? もう俺と一緒に行動しなくてもいいんだぞ?」

セバス「秋葉原イキマス。デモ今ハビデオ見タイデス」

私は卯月と未央の姿を見つづけていた。

耳に入ってくる声もあったが、私の脳が受け止めるのは二人の歌声のみ。

他にも考える事は沢山あった。

だけど、今は、二人の姿を見ていたい。

二人の声を聞いていたい。

私は二人の姿と声を見聞き続け、まどろみの中に落ちて行った。

真っ暗な世界。

私の心の中。

――はぁ……。

声が聞こえた。

もうこうなるのも慣れたものだ。

真っ黒な私が私と背中合わせに座っている。

――次……。

凛「……?」

――次、アンタがここに来たら、アンタの精神は壊れるよ。

凛「……そっか」

――どうしてこうなっちゃったのかな? 私の予定では、今頃アンタはカタストロフィに向けて完璧に仕上がっている予定だったのにさ。

凛「……本当にどうしてなんだろうね?」

――わかってるくせに……あの二人が……ううん、四人がアンタを弱くした。

凛「……未央……卯月……加蓮……奈緒……」

――最初はさ、アンタの心は隙間だらけだった。

凛「隙間?」

――そう、夢や希望、自分のやりたい事も見つけられないでいたアンタ。日々をただ無意味に過ごし、燻りながら、一歩踏み出すこともせずに足踏みを続けていたアンタ。

凛「…………」

――そんなアンタの隙間を埋める事は簡単だったよ? ガンツの狩りに快楽や達成感を感じさせるようにしたり、アンタの心を憎しみや殺意で一杯にしたり……少し私が手を加えただけで、アンタの心の隙間は埋まって、アンタは簡単に一歩を踏み出した。

凛「…………」

――それからアンタは走りだした。私の思い描いたように感情の赴くまま敵を狩り、力を手にして走り続けて……石ころにつまづいた。あの子達っていう石ころにね。

凛「…………」

――そして、アンタはつまづいたまま起き上がれなくなってしまった。あの子達と一緒になってしまってからは前に進めなかった。進まなかった。

凛「…………」

――あの子達と一緒にいることが楽しくて、あの子達と何かしたいなんて考えて……私が埋めたハズの心の隙間があの子達で満たされてしまった。

凛「…………」

――その結果がコレ。アンタは弱くなって、あの子達が死んだだけで心はボロボロ。

凛「……やめて」

――追い討ちをかけるようにお父さんもお母さんもハナコも死んでしまった。

凛「やめて」

――アンタももう理解してるでしょ? お父さん達は死んでしまった。あの時家にはお父さん達がいた。ハナコの声も聞いた。もう、みんな死んでしまった。

凛「やめてって言ってるでしょ!?」

――大事なものを全部失った。お父さん達はガンツの再生データーにもない以上もう生き返らない。

凛「やめ……やめろぉっ!!」

私は振り向きざまに真っ黒な私の首を絞めて黙らせようとした。

だけど、真っ黒な私は首を絞められているにも関わらず私に声をかけ続ける。

――自分自身も殺すつもり?

凛「黙れっ!! それ以上言うなっ!!」

――嫌なことから目を背けて、逃げ続けていても何も始まらないよ?

凛「黙れ……言わないで…………」

――お父さん達は死んだ。未央達も死んだ。それを受け止めないと。

凛「言わないでぇ…………そんなの…………いやぁ…………」

私は真っ黒な私の首を絞めながら、首を振り続ける。

真っ黒な私のいう事を否定するように首を振り続ける。

――本当に、弱くなった……ううん。戻っちゃったのか……。

凛「やだぁ……もう、やだぁ……」

首を絞める手から力が抜けて私の手は真っ黒な私の胸に触れ、私は真っ黒な私にもたれかかり嗚咽がこみ上げ、泣いた。

もう耐えられなかった。

みんなが死んでしまったことも。

お父さん達が死んでしまったことも。

もう、二度とお父さん、お母さん、ハナコに会えないという事に。

そして、それが全て、私が引き起こしてしまったことだという事に。

あんな狩りを楽しもうなんて考えていなければ未央と卯月は死ななかった。

あんな狩りを楽しもうと考えずに他の人たちと協力していれば加蓮と奈緒も死ぬことなんてなかった。

そして私がすぐに家に戻っていればお父さん達は死ななかった。

全部私のせい。

私がみんなを殺した。

私がみんなを……。

――はぁ……本当にバカだよ。考え込んで自分を追い込んで、潰れようとしてる。

凛「ぃゃ……もぅ……いゃ……」

――みんなが死んだこと、受け止められない?

凛「……ゃぁ……ぅぁ……」

――はぁ……。

その時だった。

引き裂かれそうな激情が和らいでいったのは。

苦しくて悲しくて引き裂かれそうな感情が……箱に入れられてしまったように、切り取られて別の場所に置かれてしまったように、私の激情は薄れていた。

凛「これ……は?」

――これが最後、この次は無いよ。

真っ黒な私が何かをしたようだ。

耐えられなかった心の痛みがとても小さくなっている。

――アンタがみんなの死を受け止められないなら、私が受け止めてあげる。

凛「……なんで、そんな事を?」

――決まってるでしょ。みんなを助ける為に。

凛「……え?」

――まだ希望はある。お父さん達も、未央達も、みんな戻ってくる可能性が。

凛「!! ど、どういうこと!?」

――ガンツの力。死んだ人を連れてこれるガンツ。もしかしたら、お父さん達もガンツのデーターに記録されたのかもしれない。

凛「それ、は……」

――可能性は低いよ? とても小さな可能性。それを確めにいく。

凛「確めに……?」

――そう、ガンツを作り出したっていう、マイエルバッハに。

凛「!!」


――アンタは聞き流していたかもしれないけど、あの菊地って男はマイエルバッハの会長に直接会って話をしたって言ってる。まずはあの男にマイエルバッハの情報を聞きだしてからドイツに飛ぶ。

凛「マイエルバッハ……ガンツを作り出した……」

――あのちょび髭もマイエルバッハの会長に会ったって言っていた。多分、その会長は来るものは拒まずに会う、そんな人なんだと思う。

凛「…………」

――会って、話をして、確める。どう? このとても小さな可能性にアンタも乗ってみない?

凛「……なん」

――なんでアンタにそんな提案をするか? それは私がそうしたいから。私もお父さん達を助けたいし、みんなを再生したい。もう一度みんなと会いたい、みんなの顔が見たい、みんなの声が聞きたい。

凛「わた……」

――ウジウジ考えるのはそれくらいにしようか。アンタのせいでみんなが死んだって思ってるなら、アンタがみんなを救えばいい。みんなが生き返って、アンタは嬉しい、私も嬉しい、それ以上に何かある?

凛「あ……」

――ハッキリ言うけど、何で私がこうやってアンタを励ましてるのかは自分でも理解不能。私は言うならばアンタの心の闇みたいなものなんだけど、アンタと同化しすぎて本質的なものがアンタに染まってるの。思考や行動がアンタに引っ張られてこうなってるの。

凛「それって……」

――つまり、アンタが今すべき事は私が今言ったこと。アンタの本能がそう言ってるんだからアンタは私の言うように行動すればいいの。分かった?

凛「何、それ……私、自分では何も考えてないのに……」

――またごちゃごちゃと考え込んで…………アンタは、みんなを助ける為に動くの? それとも全部諦めて動かないの? どっち!?

凛「…………動く」

――はい。よくできました。それじゃ、行こうか。

凛「……うん」

――あと、私がこうやってアンタを叩きつけれるのは今回が最後だからね。次、アンタがそうやってウジウジと考え込んで、そんな状態になったら……。

凛「なったら?」

――その時はその時、私達二人仲良く精神崩壊して地獄行きってね。

凛「地獄、ね……」

――そうならないよう、みんなをちゃんと助けてね。

私はそう言われて背中を叩かれた。

同時に、パチリと目を開ける。

薄暗い部屋、私の手が誰かに握られている。

起き上がり見てみると、千川さんが私の手を握って眠っている。

私はその手をそっと離して起き上がろうとすると、千川さんも目を覚ましたようで、

ちひろ「……ん。あら……? !!」

凛「あっ」

ちひろ「し、渋谷さん、大丈夫ですか?」

凛「え……?」

体調は、悪くない。

頭も冴えている。

心も落ち着いている。

凛「はい、大丈夫です」

私の返答に少し喜色を見せた千川さんは私に少し待っていてと言い、部屋を出て行った。

すぐに、千川さんはPとフリーライターの菊地を連れて部屋に戻ってきた。

P「……」

Pは私を見たまま、少し言葉をかけづらそうにしている、

私は気を失う前の状態を思い出していた、

子供のように泣き喚いて、そのまま意識を失った。

この人が気まずそうにしているのはよくわかる。

凛「もう大丈夫。落ち着いたから」

だから、私のほうから言葉をかけた。

すると、ほっとした表情で、

P「……安心しました。もう二日も眠られていて、目を覚まさないかと……」

凛「!? ふ、二日!?」

かなりの間眠っていたらしい、

私は起き上がろうとしたが、起き上がる前に私のベットの横に菊地が近づいてきて声をかけてきた。

菊地「その様子なら、こちらの質問にも答えられるよね?」

P「菊地さん! 渋谷さんはまだ目を覚まされたばかりで……」

菊地を静止しようとするPを逆に私が止める。

凛「丁度よかった、私もアンタに聞きたい事があるんだ」

菊地「聞きたいこと……いいね。何でも聞いてくれよ。その代わり僕の質問にも何でも答えてもらおうか」

丁度いい、マイエルバッハに行く為に、この男から情報を手に入れる。

私は笑みを浮かべる菊地に質問をぶつけ始めた。

今日はこの辺で。

凛「アンタはマイエルバッハの会長に会ってガンツの真相を全て聞いたって考えていいの?」

菊地「ああ、僕は全てを聞いた。ガンツを作り出した理由、その目的、全てを聞いた」

凛「それは…………」

菊地「どうした?」

私は頭に手を触れる。

頭の爆弾……。

しかし、すぐ思い出す。

あの時、卯月が私の頭から、爆弾を取り出してくれたことを。

卯月のあの力がなんなのかはわからない。

そして、一度転送されている以上、また入れられているのかもしれない。

だけど、私の頭の中に、今爆弾は残っていないと感じた。

それは、この男、菊地以外に、私がガンツの部屋の住人だという事を、Pと千川さんにも知られているはずなのに爆発していないという事からみても間違いないだろう。

私は頭から手を離して話し始めた。

凛「マイエルバッハの会長はどうしてアンタにそんな事を話したの? 一般人であるアンタに何でガンツの秘密を話したの?」

菊地「彼は隠す必要がないと言ッていた、僕の他にも彼に同じことを聞いた人間もいたようだが、同じように彼は全てを話したという。ミッションの目的が金であり、ミッションは巨額のギャンブルとして成立していると」

凛「……おかしい、隠す必要が無いなんて……」

菊地「おッと。次は僕の質問に答えてもらうかな? 交代制で質問をしあう。フェアだろう?」

凛「……いいよ、何が聞きたいの?」

菊地「さッきの君の質問で、君は完全にガンツチームのメンバーだという事を確信した。それでだ、君は何故ガンツチームから襲撃を受けた? 何か彼らと敵対行為でもしたのか?」

あの時、私を襲ってきた奴等……。

大阪、ミッション、私の顔だとか言っていた。

恐らくは……。

凛「前回のミッションのボスは私の顔をしていた。それが何体もいた。アイツ等は私を前回のボスと勘違いしたんだと思う」

菊地「君の顔……? ああ、それでか……あのカメラの映像の君は体つきが全然違っていた、なるほどなるほど……襲撃したガンツメンバーはどうやッて君の家を……あぁ、報道か……なるほどね繋がる……」

お父さん達を…した奴等。

頭の痛みと共に、ドス黒い何かが私の心を満たし始めるが、それを切り離し私は質問を続ける。

今、奴等をどうするかは考えない。今はこの男から情報を得ることだけを。

凛「次、私の質問。ガンツの事は隠す必要なんてないって言ったけど、国はミッションが明るみに出るのを……ううん、賭けの内容が明るみに出るのを隠しているって聞いた。なんでその大元の黒幕であるマイエルバッハは隠そうとしないの?」

菊地「…………何?」

凛「質問に答えて」

菊地「…………そうか、俺の感じた違和感はコレか…………」

どうしたのか菊地はブツブツと小言を漏らしながら考え込み始めた。

菊地「……確かに賭けをしている有力者たちは、殺人ゲームが明るみになることを……スキャンダルを防ぐだろう、だけどマイエルバッハはそれを防ぐ気もなく情報を開示した……こんな事を公表しても誰も信じないから? いや、物的証拠は残ッている……アレだけの証拠があれば信じる人間も現れる……黒い球の部屋のサイトのようなネットの情報も残ッている……もしもガンツメンバーの誰かが表舞台に出たとしたら……信じる。かなりの人間がガンツの事を知る事になる……とてつもないスキャンダルだ……ガンツのミッションによる賭けも有力者たちが失脚して破綻する……ガンツミッションを行なう目的がなくなってしまう……しかし、それなのに隠そうともしない……情報をワザと流しているようにも……」

凛「……ねぇ、質問に答えて」

菊地「ッ!! す、すまない。ええと、その質問の答えは……僕にはわからない、だ」

凛「…………」

凛「それなら、次の質問。マイエルバッハの会長の居場所……もしくは個人情報を教えてほしい」

菊地「……会長の個人情報? それッて」

凛「家の住所、会社の住所、電話番号やメールアドレス、とにかくその人の居場所か連絡を取れるような何か、教えて」

菊地「……何の為にだい?」

凛「その会長に直接会いたいから」

菊地「はァッ!?」

菊地「あ、会うッて、君がか?」

凛「そう」

菊地「今の、この状況で?」

凛「そう」

菊地「い、いや、無理だろ? ドイツに行くにしても飛行機を使うんだぞ? そんなところに行ッたらすぐ捕まるぞ?」

凛「行く方法なんていくらでもある」

私には姿を隠すことも、空を飛ぶことも、西に頼めば転送で一瞬で行くことすら可能だろう。

必要なのは正確な場所の情報のみ。

それだけでいい。

菊地「……君は空を飛んでいた、ガンツの道具を使うつもりかい?」

私の思考を読んだかのような発言。

いちいち鋭い人だ……いや、だからこそ一般人でありながらガンツの真相にまで到達できたのか。

凛「今は私の質問時間。それで、教えてくれるの? くれないの?」

菊地「参ッたな、こちらの取り付く島もなく畳み掛けてくるね」

凛「条件を出したのはアンタでしょ?」

菊地「違いないね。わかッた、教えよう」

菊地は手帳を取り出して、ページを破って私に手渡してくれた。

ドイツ語……読めない。だけど住所……なのかな?

菊地「ハインツ・ベルンシュタインの家の住所だ。僕はここで彼と会い話をした」

凛「ありがとう」

私はページの切れ端を持って立ち上がる。

身体は少しだるい程度……そういえば最後に何か食べたのはいつだっけ?

私は手に刺さっている点滴の針を抜こうとして止められた。

ちひろ「ちょ!? また勝手に抜こうとしないで下さい!」

慌てて私を取り押さえようとする千川さん。

同じく私を押えようとするP。

そして、私の行動に何か気付いた菊地。

菊地「……僕の質問、まだ沢山あるんだけどね?」

凛「なら後1つ、それでお終い。交代制なんでしょ?」

菊地「……参ッたな、君、結構やりにくい相手だね」

凛「そう?」

菊地「ああ、泣き喚いていたのは僕を油断させるフェイクだッたのかな?」

凛「質問しないの?」

菊地「フ……それじゃあ、質問だ。君は何故ハインツ・ベルンシュタインに会おうとする?」

凛「…………」

やりにくいのはお互い様だ。

今、一番話したくない所を突いてくる。

嘘をついてもいいけど、この男は鋭い。

以前話したときも知らないフリをしても無駄だったし、今嘘を言ってバレたらとことんまで追求されてしまいそうだ。

仕方無い……。

凛「私にとって大切な人達を助けたい。そのために会って話をする。それだけの事だよ」

菊地「ぼやかすね。触れられたくない話ッて所かな?」

凛「そんな所かな」

嘘は言わないけどギリギリまで隠す。

みんなのことを根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だし、他人に話したくない。

質問には答えた。そうやって菊地の目を見ていると。

菊地「……降参だ、今日のところはここで引き下がるとするよ」

凛「今日のところ、ね」

菊地「ああ、君とは良い関係を築きたいんだ。真実を知る上で君の存在は非常に重要なんだからね」

凛「また今みたいに私に何かを聞きに来るつもり?」

菊地「そうだね。今、こッちには君から情報を引き出す弾がないから、次、君に質問するときは君が情報を出してもいいような弾を詰めてくるよ」

菊地「後これ、僕の連絡先。君が何か聞きたい事があッたらいつでも連絡をしてくれ、君の持つ情報と交換で何でも話すから」

そう言い菊地は立ち上がって、私に連絡先を渡すと、部屋の出口に歩き始める。

3歩ほど歩き、菊地は足を止め振り返って、ああそうだと思い出したかのように、

菊地「今回の君が指名手配となッている件、警察の末端……現場の人間たちはあまり乗り気ではないらしいよ」

凛「?」

菊地「警視庁や警察庁の知り合いは、お上の方から急に未成年の少女を碌な証拠もなしで歴史上稀に見る大犯罪の犯人と断定させられて困惑していると言ッていた」

凛「えっと……」

菊地「あまり目立ッた行動さえ取らずに、顔を隠して行動すれば、ある程度は自由に動けるッてことさ」

そう言って今度はPのほうを向いて。

菊地「それじゃあ、僕はこれで。何日も無理に居座ッてしまい申し訳ありませんでした」

P「……いえ」

Pへ頭を下げて、私に手を上げて今度こそ菊地は部屋を出て行く。

菊地が出て行った部屋で私は動き始める。

凛「千川さん、この点滴、外してもらえますか?」

ちひろ「渋谷さん……まさか、どこかに行くつもりですか?」

凛「はい」

ちひろ「私には殆ど貴方とあの人の会話が理解できなかったんですが、ドイツに行くつもりですか?」

凛「そうです」

ちひろ「そうですか……」

重い雰囲気で千川さんは私の腕から点滴の針を抜いて処置をしてくれる。

特に何も聞かずにだ。

その傍らに立つPも特に何も聞こうとしない。

二人共、かなり重い雰囲気を出している。

私の腕の処置が終わるころ、Pが閉じていた口を開いて私に聞いてきた。

P「……島村さんと本田さんも巻き込まれたのですか?」

凛「っ!」

P「……そうですか、そういう事ですか……」

私の小さな表情の変化はPの言葉を肯定したと同じだった。

二人共私の表情を見て、さらに重く暗い雰囲気に変わった。

P「……戦争ゲーム。本当に死ぬ可能性があるゲーム。それにお二人は巻き込まれてしまったのですね」

ちひろ「…………」

P「……一つだけ聞かせてください。お二人は…………もう亡くなられているのですか?」

凛「…………」

P「……そう、ですか……」

ちひろ「……そんな、そんな事って……」

何も言えなかった。

私の……で…んでしまった二人。

……ああ、感情にブレーキが利いているのか、思考が途切れ途切れになる。

あの私が何かしてくれているのか?

いや、そういう事を考えるんじゃない。

今すべきことをする。

この場から動く…………けど、その前に…………。

凛「二人は必ず連れて帰ってくる」

P「っ!!」

ちひろ「う、卯月ちゃんも、未央ちゃんも生きてるんですか!?」

千川さんの言葉に頭を抉られるような感覚を受ける。

だけど、卯月も、未央も、みんな、全員……。

凛「わ、私が、もう一度、絶対に…………」

頭を押えながら搾り出すように言葉を発した私を二人共それ以上追及してこなかった。

私の顔を見ていたようだけど、今私はどんな顔をしてるのだろう。

相当に酷い顔なんだろう……この人達がそんなにも戸惑う顔を見せるのだから。

頭痛はすぐに治まった、同時に私は今度こそ立ち上がる。

凛「……ありがとうございました。私、あなた達がいなかったら死んでたと思います。こうやって動けるのもあなた達のおかげ」

私は二人に頭を下げて、部屋を出ようとする。

P「ま、待ってください!」

呼びかけられる声に振り向くと、Pが私の前まで来て、

P「送れるところまで送ります。後、目立たないように服も……」

男用の服とズボン、それと帽子……逆に目立ちそうな気もするけど。

いや、好意は受け取っておこう。

凛「ありがとう……」

P「いえ……」

私はPから服を受け取って部屋を出ると、リビングのテレビの前で外国人の男に何か文句を言っている菊地の姿があった。

菊地「おい、セバスチャン……お前いい加減にしろ」

セバス「アトチョット、アトチョットダケ」

菊地「……何がそんなに面白いんだよ……そのライブ映像……」

セバス「面白イジャナイデス、コレハ響クンデス、胸ニキュント響クンデスヨ」

菊地「はぁ……勘弁してくれよ……」

外国人の男はテレビに映る、未央や卯月もいる、シンデレラプロジェクトメンバーのライブ映像を観ていた。

それを見てふと気付く。

私が今来ている白いワンピース。

ライブ映像の未央や卯月、そしてアイドル達が着ている物と同じだ。

それに気がつき私はワンピース越しに胸に手を当てていると、

菊地が私達に気がついたのかバツの悪そうな顔をして言い出す。

菊地「あぁ……なんと言うかすまない。こいつが動こうともしないもので帰るに帰れなくなッてしまッてね」

セバス「モウチョットデ満足シマス」

菊地「お前2日間ぶッ続けで見続けてるだろ……あと何日居座るつもりだよ……」

セバス「モウチョットデス」

菊地「…………ええと、プロデューサーさん、こいつにこのライブ映像のDVDやミュージックビデオを貸してやる事はできるかな?」

P「……構いませんが」

菊地「おい、セバスチャン、聞いたか? それ全部貸してくれるッて言ッてるぞ」

セバス「ホントウデスカ?」

そこで外国人の男、セバスチャンは始めてテレビから目を離して振り向いてきた。

そして、私を見て少し止まり、首をかしげて私に一つの質問をしてきた。

セバス「歌イマスカ?」

凛「? 歌わないけど……」

セバス「残念デス」

私の回答を聞くと、おもむろに立ち上がり、かなりの量のDVDを手に持ってセバスチャンは部屋から出て行った。

菊地「お、おい! セバスチャン! ッたく……すまないね。またあいつの持ッていッた物は返しに来るから」

P「あ……」

セバスチャンが出て行って菊地も同じように足早に出て行った。

あっけに取られていた私達は、外に出る準備を再開する。

凛(情報は得たし、次は……西の家に行って、ドイツに行く準備を行なう……)

私はワンピースの下にズボン、上に男物の服を着て、紙を後ろで結って帽子を被って部屋を後にした。

今日はこの辺で。

私がPと千川さんに隠れるように歩き、Pの車に乗り込む。

丁度夜の12時をまわったところで、私達の他に人の気配も無く、誰にも見つからずに移動できた。

私は車に乗り込んでからすぐ、西の家までのナビをセットし、Pに車を出してもらった。

後部座席で帽子を深く被って流れていく風景を見続ける。

特に会話もすることもなく、私はこれからすることだけを考えていると、もう間もなく西の家に到着する所まで来ていた。

特に何の邪魔も入ることも無かった道のり。

後数分で到着、というところでPが運転をしながら硬い声で言う。

P「……渋谷さん、私も共に行く事はできないでしょうか?」

ちひろ「プロデューサーさん……」

……言われるかもしれないと思っていたけど。

P「貴女がとてつもない何かに巻き込まれ、その当事者であるという事はこの一連の騒動でわかっているつもりです。私の力で何ができるか……何も出来ないだろうという事もわかっています……」

P「ですが、私は島村さんと本田さんを連れ戻したいのです。彼女達を、もう一度待っている皆の前に連れて行きたいのです」

凛「…………」

P「お願いします。私は……私は彼女達のプロデューサーなんです。彼女達を「ごめん」……っ!!」

凛「ごめん、あなたを連れて行く事はできない」

この人には助けられて恩がある。

だけど、今回の話は別だ。

この人が一緒に来ても、西を説得しなければならない。

どれだけ時間がかかるか分からないし、そもそも、この人と西を会わせてガンツの話をした時点で西の爆弾が作動してしまうかもしれない。

連れて行く事はできない。

私の声色でPは私と共に行くことが出来ないと悟ったのか、

P「…………わかりました」

凛「……ごめん」

私が謝ると同時に車がゆっくりと停止した。

……西のマンションの前だ。

私がドアに手を伸ばしたところで、

ちひろ「渋谷さん」

千川さんが私の顔を見て、とても真剣な表情で。

ちひろ「私には今から貴女が何をするのかもわかりません……ですけど、貴女が卯月ちゃんと未央ちゃんをとても想ってくれているのは、うなされながら二人の名前を呼び続けていたことからもわかりました……」

ちひろ「卯月ちゃんと未央ちゃんを、どうか…………」

凛「絶対に二人を連れ戻します。どんなことがあっても」

私の決意、必ず二人を、みんなを連れて帰るという決意が千川さんにも伝わったのか、

ちひろ「宜しくお願いしますね」

少しだけ微笑んで私に二人のことを託してくれた。

同じようにPからも、

P「渋谷さん……私からもお願いします……島村さんと本田さんを……」

凛「必ず連れ戻すよ。あなたのアイドル達を、絶対に」

P「っ!……宜しく、お願いします」

凛「うん」

私は車のドアを開け歩き出す。

私の背中に、千川さんの、そしてPの視線が感じる。

それにどこか軽い既視感と後ろ髪を引かれるような不思議な気持ちになり足を止めて振り返りそうになる。

だけど私は、その気持ちを断ち切り、西の部屋に向かい歩みを進めた。

マンションのエントランスで、西の部屋のインターホンを鳴らす。

こんな時間だけど、起きるまで鳴らすつもりでボタンを押したのだけど、すぐに音声が聞えて。

『…………お前、早く入れ!』

インターホンは切れて扉が開く。

私は帽子で顔を隠しながら足早にマンション内に入り、西の部屋の前までたどり着いた。

すでに扉を開けて待っていた西の部屋に早足で入り込む。

西が鍵をかけるのを見て、私は帽子を外して西に顔を見せた。

西「やッぱりお前だッたか……何で正面から入ッてくンだよ……」

凛「スーツが壊れて正面から入るしかなかったんだ」

西「……ホントに何やッてんだお前……」

呆れた表情でソファーに座り西はテレビをつけて、

西「つーかお前、何かとんでもねー事になッてんだけどさ」

テレビではこんな遅い時間なのに私の事を特番でやっている。

西「お前コレどーすんのよ? 前回のミッションで起きたことが全部お前のせいになッてンじゃん」

私は西からテレビのリモコンを奪って不快な音を消した。

そして、ここに来た目的を西に説明する。

凛「西、今からドイツに行くから手をかして」

西「…………はァ?」

凛「一番手っ取り早い転送を使いたいんだけど、ドイツまで私を飛ばす事はできる? 転送先はこの住所」

西「ちょ、ちょッと待て、お前、何言ッてンの? 意味わかんねーぞ?」

凛「私はガンツを作り出したマイエルバッハの会長に会いに行く。それで、会って……出来ればみんなを再生してもらうように交渉する」

西「はァッ!? お前何言ッてんだよ!? ンなこと無理だろ!?」

凛「無理かどうかは行って、会って、聞いて確かめる」

西「お、お前、行動が斜め上すぎンだろ……何考えてンだよ……」

凛「私の考えてること? みんなを再生するってことだけを考えてる。その一番の近道がマイエルバッハの会長に会うことだと思った」

西「思ッたッて……」

凛「お願い。他に手はないんだ……あなたもまだ再生の方法見つけれて無いんでしょ?」

西「! あぁ……」

苦虫を噛み潰したような顔で再生が出来ないということを肯定する西。

やっぱり、ドイツに行くしかない……。

凛「それでどう? ドイツまで転送ってできるの?」

西「待て、少し待ッてくれ……突然すぎて混乱してる」

凛「わかった。少し待つよ」

私は西が考え込んでいる間に、Pから借りた男物の服を脱いで再び白いワンピースのみの姿になった。

転送が出来なければすぐにスーツに着替えてそのまま飛ぶ。

私は焦りにも似た気持ちを抑えながら西を待っていた。

そうやって少しすると、

西「よし、わかッた」

凛「転送ができるの!?」

西「いや、そーじゃなくて、お前が俺の想像以上にぶッとんだヤツだッてことがわかッたッて言ッたんだよ」

凛「……転送は?」

西「転送は可能だ、色々調べねーといけないから少し時間がかかるけど問題ない」

よし! 一番手っ取り早い転送が使える!

私の気持ちが湧き立つのが感じる。

そんな私を西が見てきていた。

私の顔を覗き込むようにジッと見てきている。

西「……お前、今は普通だな」

凛「? 何が?」

西「イヤ……この前、ガンツの部屋でのお前は……その、なんつーか……すげぇいい目してたからさ」

凛「目?」

西「あン時のお前の目を見てたらすげぇ変な気分になッてよ……吸い込まれてくッつー感覚ッていうのか……」

凛「……よくわからないけど、今は違うんでしょ? それなら、転送をお願い。私はすぐにでも行ッてみんなを取り戻したいの」

西「……またあいつらかよ……」

西はぼそりと呟くとパソコンを操作し始め無言になった。

転送をするとも断言せずに黙る西に少し苛立ち、

凛「ねぇ……お願い、私はすぐにでも……」

西「やッてるッつーの、転送するにしても座標の割り出し、場所の固定、送る先の情報やら、色々あンだよ。何? お前、岩の中とかにでも転送されてーのか?」

凛「……ごめん。やってくれてたんだ」

西「見りゃわかンだろーが」

凛「……ありがと」

西「チッ……」

はやる気持ちを抑えきれずに急かしすぎた様だ。

私は西に近づき、西が操作しているパソコンを覗き込んでいた。

何度か使ったことのある転送システムの画面。

数字の羅列と、各種のカーソルが浮かび、映画で見るような城のような建物が映し出されている。

それを黙ってみていると、

西「……スーツは出しといた、さッさと着替えてこい」

西が指を刺した場所にいつの間にかスーツのケースが現れている。

いつの間に……。

でも、私はスーツのケースを見ながら、

凛「……スーツは着ていかないよ」

西「あぁ?」

凛「私は話をしに行くだけ。スーツは必要……無い」

そう、話をするのにガンツスーツを着ていくのはまずい気がする。

ガンツスーツを着た人間が急に転送で現れる。

襲撃だと思われる可能性があるかもしれない。

それによって話をすることも出来なくなったら……。

不確定要素は少しでも減らす。

西「お前……はぁ……もういいよ……」

西は呆れたように首を振って、パソコンの画面を見せてきた。

西「セットできた。お前を飛ばす事はいつでも可能だ」

凛「! なら……」

西「待て。スーツを着ないにしても武器くらい持ッてけよ」

凛「……駄目だよ。それで敵意があるように見られたら、話も出来なくなってしまうかもしれない……」

西「……おいおいおい、お前、マジに丸腰で行くつもりか?」

凛「それが一番私の目的を達成できる可能性が高いの」

西「……どーなッても知らねーぞ?」

凛「どうにもならない、私はみんなと一緒に戻ってくる」

西「…………チッ、転送すンぞ」

少し不機嫌な顔をした西は私から視線を外すとパソコンを操作し始める。

すると、私の頭頂部の感覚が変わった。

転送されている。転送されきった後はドイツ、マイエルバッハの会長の家。

私は、転送されきる前に、

凛「本当にありがとう……あなたには感謝してもしきれないよ……」

西「…………」

凛「また、戻ってくるから……」

と、西に話している途中で私の視界は暗転した。

私の視界が変化した。

薄暗い西の部屋から……なんというかとんでもない部屋に。

目の前には十メートルはあろうかというテーブル。

テーブルの上の燭台にローソクの火が灯っており、等間隔でナイフやフォーク、食器が並べられている。

凛「ここ……は?」

視線を変えると、様々な絵が壁にかけられていて、絵が見えなくならないように絶妙な感覚で彫刻が設置されている。

その絵や彫刻……見覚えのあるものばかりだ。

教科書とか、テレビとかで見た有名なものばかり。

くるりと部屋全体を見渡す。

私が今までに見たことも無いような美しくて豪華なシャンデリアが天井から吊り下げられて輝いている。

絵がかけられている壁は真っ白な石……これって大理石なのかな? でも継ぎ目が全くない1枚の石から取り出したような壁。

そして、床も同じく大理石と思われる汚れ一つない真っ白な一枚床。

ヒヤリと私の足、素足に石の冷たさが伝わってくる。

何もかもが今まで見たことのないものばかり。

見た事のあるものは飾られている美術品のみ。

それも映像や写真で見たというもので、実物は見るだけで何かが伝わってくるようなものばかり。

そうやって呆然と部屋を見渡していると、

凛「転送されてきた?」

誰かが転送されてきている。

一体誰が……と、考える前にすぐその顔が形成されていった。

凛「あれ? 西?」

西「ッ!?」

西も転送されてきた?

もしかして、私の後を追って来たの?

そう考えていたのだが、西の姿が徐々に見えてきて私は目を見開いてしまう。

西は軽量ハードスーツを装着して、右手にパソコン、左手にはコントローラーを持ち転送されてきていた。

……まずい。

話をしにきただけなのに、ハードスーツを着た人間も一緒にいることを見られたら……。

相手はどう考えてしまうのか……。

私はすぐに西に言った。

凛「な、なんでそんな装備をして来るの!? 早く戻って!!」

西「……おい、どういうことだ?」

凛「ちょっと聞いてよ!! 話をするのにそんな装備で……」

私は西に戻ってもらうように言ったのだが、西は私に掴みかかる勢いで、

西「……ここは俺が転送した場所じゃねぇ……何処なんだここは!?」

凛「……え?」

すぐに西は手に持ったパソコンを見るが、

西「!? システムダウン……だと?」

凛「一体どうしたの?」

西「いや、待て……そもそも、何でお前は俺の姿が見えてるンだ? 俺は今、周波数を変えてるンだぞ?」

西の言っている事がいまいち理解できないでいると、突然この部屋に音が響き渡った。

その音のした方に首を向ける。

視線の先には美しい装飾が施された両開きの扉。

その扉がゆっくりと開いて、年配の外国人の男が姿を見せた。

私達はその外国人を同時に見て固まった。

私達以外の人間、一体誰? まさか……。

思考が巡る中、私達の視線の先の年配の男はにこやかな笑みを浮かべて、手を叩き、流暢な日本語でこう言った。

「東の地より来たれり若き英雄たちよ。私は君達を心から歓迎する」

西「あァ?」

凛「……あなたは?」

「私はハインツ・ベルンシュタイン。ゲームクリアを成し遂げた君達のその勇気と知恵と力をここに称えようではないか」

私の目的の人物がそこにいた。

今日はこの辺で。

私達の前に現れた年配の男。

ハインツ・ベルンシュタインと名乗った、私の目的の男。

何故こんなにもあっさり会えたとか、外国人なのに言葉が通じるとか、本当に本物なのかとかという考えは今の私にはなかった。

私がここに来た理由、みんなを再生するという目的。

それ以外のことは頭の外に追いやっていたからだ。

私はこの男の前に出て頭を深く下げて聞いた。

みんなを再生できるのかと。

凛「あの、お願いがあるんです」

ハインツ「ほう? 何かね?」

凛「みんなを……未央を卯月を加蓮を奈緒を、お父さん、お母さん、ハナコ……みんなを生き返らせてほしいんです。あなたがガンツを作った人だって言うなら出来るはずです、私に出来ることはなんでもしますから、どうか、みんなを……」

西「お、おいッ! おま……」

ハインツ「生物の再生かね? 構わんよ」

西「はァッ!?」

その言葉に私は下げていた頭を上げて、

凛「ほ、本当ですかっ!?」

ハインツ「ああ、本当だとも。君は私の作り出したゲームをクリアした。望みは何でも叶えようではないか」

みんなが生き返る……。

その言葉が私の心に染み渡っていくのを感じた。

その感覚と共に、私の頬に何かが伝う感覚も感じた。

ハインツ「君のような美しい娘の涙、芸術作品と比べても遜色ないものだな」

温和な笑みを浮かべて私にハンカチを差し出してくる。

私は泣いていたみたいだ。

それは嬉し涙、みんなが生き返るとわかって零れ落ちた涙。

私がハンカチを受け取り、涙を拭き取ろうと目元を押えたとき、

私の背後から西の罵声が飛んできた。

西「おいッ!! 渋谷ッ!! お前何こんなジジィの言う事真に受けてンだ!? 脳ミソ動かせよバカ!!」

その声を耳にして私は振り向いて、

凛「ちょ、ちょっと!?」

西「おいジジィ! テメー何者だ? 俺達に何をするつもりだ? 回答によッてはタダですむと思うなよ?」

凛「西っ!!」

突然敵意をむき出しにしてハインツさんに噛み付かんばかりの言い方で話す西。

私はその西を止めようとするが、

ハインツ「おお。これは失礼した。こちらの……渋谷凛君にかまけて君を蔑ろにしてしまッたな。すまない、西丈一郎君」

西「……俺を知ッてンのか?」

ハインツ「私は私のゲームの登場人物は全て記憶しているのだよ」

西「ゲーム……まさかガンツミッションのことか?」

ハインツ「君達の言い方ではそうだな。立ち話も何だ、そちらのテーブルにかけて話そうではないか」

ハインツ「渋谷凛君。君の望みも西丈一郎君の話が済んでから叶える事にしよう」

凛「!! は、はい!」

その言葉に私の顔には自然に笑みが浮かび、私は大きく頷いた。

ハインツさんはポケットから取り出したガンツのコントローラーと同じようなものを操作しながら歩き出した。

すると、西の装備していた軽量ハードスーツがどこかに転送されていき、西は通常のスーツのみの姿になっていた。

凛「え……?」

西「何ッ!?」

ハインツ「その格好では座りにくいだろう。さあ、かけたまえ」

二つの椅子を引いて私達に座るよう促すハインツさん。

私は西のハードスーツが転送されてしまった所を見て、心が沸き立つ感じを受けた。

ハードスーツの転送を自在にするほどガンツのシステムをコントロールできている現実が、この人がさっき言ったみんなを再生することが出来る人なんだということを実感できていった。

私はもう少しでみんなが戻ってくるという事に確証を持ちつつ、ハインツさんが差す椅子の前まで歩いていく。

西「おいッ、しぶ……クソッ!!」

西も私の横に来て、私が椅子に腰掛けるとしぶしぶといった顔で座った。

すると対面に立つハインツさんは、

ハインツ「君達は日本人……飲み物は日本茶でいいかね?」

凛「あ、はい」

西「……」

私が条件反射で頷くと、ハインツさんはまたコントローラーを操作したかと思うと、テーブルの上に急須と湯のみが転送されてきた。

それを慣れた手つきで私達と自分の分をいれていき、ハインツさんは私達にお茶を差し出し、話を始めた。

ハインツ「私は日本食が好きでね。日本茶も好んで飲むのだよ」

私は差し出されたお茶を口に運んで、その香りと味に驚いていた。

凛「わ……美味しい」

ハインツ「口に合ッたようで何よりだ」

私の零した呟きに笑いながら返すハインツさん。

そうやっていると、お茶に手をつけようともしない西が途轍もなく不機嫌そうな顔でハインツさんに聞き始める。

西「おいジジィ、俺の質問に答えろ」

ハインツ「いいだろう。何でも聞きたまえ」

西の敵意が篭った視線を笑いながら受け止めて西の言葉を待つハインツさん。

西の言葉遣いがあまりにも酷かったので咎めようとも思ったけど、ハインツさんは特に気にしていないようなので口には出さなかった。

西「テメーがガンツを作り出したッてマイエルバッハの会長のハインツ・ベルンシュタインなのか?」

ハインツ「如何にも」

ハインツさんは頷いて、またコントローラーを操作したかと思うと、

凛「うわ……」

西「ンだこれ……」

空中にテレビの画面みたいなものが浮かび上がり、さながらSF映画のワンシーンのような光景が目の前で起きていた。

その空中に浮かび上がったディスプレイには、マイエルバッハの会社を紹介する映像が流れていて、その途中でハインツさんの姿が映し出されてマイエルバッハ会長と紹介されていた。

ハインツ「私の会社概要だ。信じてくれたかね?」

西「……その技術はなんだ? そんなモン、映画とかでしか見たことねーぞ……」

ハインツ「ハハハハハ」

西「ッ! 何、笑ッてやがる?」

ハインツ「いいや、すまない。この古臭いシステムも世間にはまだ公開されていないテクノロジーだという事を思い出してね。そうか、いやそうだッた、ハハハハハ」

ハインツさんが笑うと、西の機嫌が悪くなるのか対照的な表情をしている。

そんな西だったが、まだ質問は尽きないようで、

西「……テメーが俺達をここに連れてきた理由はなんだ?」

凛「え? 連れてきたって……転送してくれたのはあなたでしょ?」

西「ちげーッつーの。ここは俺が転送した場所じゃねぇ、俺はこんな部屋に座標を指定してねぇ」

凛「そうなの?」

西「ああ」

そうやって私が西に聞き終わると同時に、

ハインツ「君達をこの部屋に招待した理由。それは君達が私の用意したゲームをクリアしたからだ」

凛「ゲーム?」

西「……ガンツミッションのことか?」

西がハインツさんの言葉をガンツのミッションとつなげようとするけど、ハインツさんは首を振りながら、

ハインツ「いいや、全ての要素を含めた上での話だ。あのバトルミッションは私が用意したゲームの一要素でしかない」

凛「一体どういう……?」

ハインツ「君達が達成したクリア条件。それは『バトルミッション内の指定された条件を10回以上達成した状態で、転送システムを使用し私の邸に訪れる』この他にもクリア条件は多数あるのだがね、君達は見事この条件を達成できたというわけだ」

ハインツ「私の邸は通常は転送が行なえないように設定してあるが、クリア条件を満たしたときのみ転送が可能になる。そして、転送される場所はこの部屋となるわけだ。ゲームをクリアした英雄を私自ら歓迎し、その偉業を称える為にな」

ハインツ「以上が、君達をこの部屋に招待した理由だ」

西「……」

凛「え、っと……」

ゲームクリア……?

ミッションのクリアとは違うって……一体?

凛「それって、一体どういう事なんですか?」

ハインツ「ああ、断片的な情報では話の本筋が見えてこないかね? では、全てを話そうではないか」

そう言って、ハインツさんはガンツの真実を話し始めた。

ハインツ「全ては30年ほど前に遡る……事は脳に障害があり、音を発することも出来ないはずの私の娘がランダムな数字を言い始めた事が始まりだッた」

ハインツ「その数字に規則性がある事を私は気が付いた。そして、すぐに言語学者や暗号解読のプロに依頼してその数字を解読させると、驚くことにそれは言語だッたのだよ。それも我々にも分かるように作られた言語だッたのだ」

凛「言語?」

西「……それが何だッてんだよ」

ハインツ「その言語は情報だッた。それも当時の人類が夢物語だと考えていたような技術情報。燃料を必要としない永久機関。どんな過酷な環境にも耐えうる防護服。空間を超越する移動手段。核よりもクリーンな破壊兵器。果ては……生物を記録し、コピーを作り出す技術。不老不死の技術まであッたのだ」

凛「それって……」

西「……ガンツ」

ハインツ「その通り。あの黒い球には娘が口にした技術情報の多くを搭載してある。あの兵器を使いこなし、この世界を征服する人間が現れるのも期待したのだが、残念ながらそのような人間は現れなかッたよ」

西「……」

そういい変わらない笑みを浮かべるハインツさん。

世界征服って……そんな事……。

ハインツ「おッとすまない。話が脱線してしまッた。ええと、そうだ。その技術情報を解読し、私はすぐに全ての情報を隠匿した。そして、私の会社の製品に、この解読した技術情報を使い、まずは私の会社の再建に着手した」

ハインツ「当時の私の会社は危機に瀕しており、当時の私は会社を立て直すことが第一だと考えていたのだよ。そして、数年もしない内に業績は回復し私の会社は持ち直すどころか数十倍の規模まで成長し、会社の危機を脱したのだ」

凛「そうなんですか……」

西「……」

ハインツさんの身の上話?

そう聞いていたら流れが変わり始めた。

ハインツ「会社が危機から脱し、私の資産も何百倍にも膨れ上がり、数年が経過した。その頃、私はすでに40歳となッていて、解読した技術情報にある一つの技術のみを確立させようとしていた」

ハインツ「その技術は、当時の私の最大の夢そのものだッた。その技術を確立させる為に資産の殆どを使ッてしまったが私には後悔等何一つなかッたよ」

凛「夢、ですか?」

ハインツ「ああ、金も社会的地位も国に対する発言力も持ち、当時の社会における必要なステイタスを全て手に入れた私が望んだ夢、それが……」

西「不老不死か?」

いつの間にか不機嫌な顔は消え、テーブルに肘をかけてハインツさんの話を聞いていた西がハインツさんに指を差しながら言った。

ハインツ「ハハハ、答えは先に言ッてしまッたからな。簡単すぎたかね?」

西「昔から独裁者やら権力者が最後に考えることだろーがよ」

ハインツ「違いない」

ハインツさんは変わらない笑みを浮かべながら続ける。

不老不死って……そんな事……でも、ガンツのあの再生のシステムを使えば……。

ハインツ「それから数年私が50になッたその年についに完成した。私の夢だッた生物情報の登録及び登録生物の作成。不老不死の技術が完成したのだよ」

西「ガンツの再生の技術か」

ハインツ「その通りだ、あの球に搭載した機能は不老不死の技術その物だ……当初の欠陥をそのままにしてあるがね」

凛「?」

西「欠陥ッてどーいう事だ?」

ハインツ「あの球に搭載した機能の欠陥、それは登録した直後の情報と最新の情報の記録の二つのみしか記録出来ないと言うことが上げられる」

凛「登録した直後と最新の情報?」

西「ガンツのシステムで言うと死んで連れてこられた直後とミッション内で死んだ瞬間しか記録できないッつーことか?」

ハインツ「理解が早くて助かる。その通りだ」

凛「えっと……」

西「それで欠点ッつーと……あぁ、もしかして記憶の同期が出きないッつーことか?」

ハインツ「うむ」

変わらずに笑い続けるハインツさん。

西は何か気付いたようだけど、私は少し追いついていない。

記憶って一体どういうこと? そう思いながら隣の西に聞いてみると、

凛「……ゴメン、どういう意味?」

西「あぁ、分かりやすく言うとだな、ガンツは俺達の情報を2種類セーブしてるッてことだ。最初に死んだその瞬間の情報と、ミッション内で最後に死んだ時点での情報。ンで、どッちもその時の記憶しか持ッていない、記憶を移し変える事はできない、その認識でいいよな?」

ハインツ「完璧だよ」

笑いながら西の言葉に肯定するハインツさん。

記憶を移し変えることができないって……それが普通だと思うけど……。

凛「えっと……それのどこが欠点なの?」

西「……欠点も欠点だろーが。不老不死のシステムッてんのに、もし寿命になッて死んだ場合生き返るのは最初に登録した状態でしか生き返れねぇ、そンでそれまでやッてた事は全く覚えていませんッて生き返ッても完全なシステムじゃねーよ」

凛「あぁ……そっか。……でも、日記とかにして記録して後から見れば……」

西「そういう面倒くせぇ事をしなくていいようにするのがシステムの基本だ。欠点が一つでもありゃ改善しなきゃいけねぇんだよ」

凛「そっかぁ……」

納得できたようなそうでないような感じで返すと、再びハインツさんが話し始めた。

ハインツ「今上げた欠点、それを改善できたのはそれから5年後だ。記憶のデーター転送。その技術を確立して、死んだ直後の記憶を保存し、再生した肉体に転送し上書きする。これによッて完全な不老不死が完成したのだ」

西「記憶……あー、ガンツのシステムにもあッたな……記憶を消すとか」

凛「すごい……」

完全な不老不死って……。

今まで想像もしなかったことを言われていてどうも現実味がない。

ハインツ「しかし、すぐに私は気付いてしまったのだよ。私にとッてこのシステムではまだ足りないという事に」

凛「まだって……」

西「……システムが物理的に破壊される可能性とかか?」

ハインツ「それもあるが、最も根本的な問題……私が登録した年齢だ」

ハインツ「私がシステムに自分のデーターを登録したのは50の時。年を取りすぎていた…………私は自分の若い肉体を欲するようになッたのだ」

西「ンならその記憶の転送やらで他の若いヤツに自分の記憶を飛ばせばいいだけだろ」

ハインツ「記憶の転送は自分の肉体のみにしか行なえない。他の人間に私の記憶を飛ばしても記憶は上書きされず人格も私のものにならない。それは肉体や脳といッた物ではなく、魂といッたものが関係しているのだ」

西「……今度は魂とかオカルトかよ……」

ハインツ「研究を重ねれば見えてくる。人間の魂というものは存在するのだよ」

……はっきり言ってこの二人が何を言ってるのかよくわからなくなってきた。

不老不死だとか人間の魂だとか……。

ハインツ「それからは研究と共に娘が発する技術情報に新しい情報がないかと調べ続けたが、結局は技術情報は最初に発見した情報以上はなく、若返りの技術は存在しなかッた」

西「そーか。そりゃ残念だッたな」

ハインツ「しかし、諦めはしなかッたよ。そして、私は作り出した」

西「あァ? クローンとかか?」

ハインツ「そうだ」

ハインツさんが西の言葉に頷くと、コントローラーを操作して今度はホログラフの立体映像がテーブルの上に浮かび上がった。

そこには、沢山のカプセルに入った同じ顔の少年の姿。

ハインツ「DNA情報を解析して作り出したクローン体の私だ。この技術は娘の言語によッて得た技術ではない。人間の技術の結晶だと言ッてもいい」

西「……」

凛「……」

流石に西も黙り込んでいる。

私もそうだ。

もう、何と言うか、完全にSF映画の世界。

どう反応すればいいのかもわからない。

ハインツ「このクローン体を作り出した事によッて魂の証明がされたのだ」

またわからないことを言われる。

西「どーいう意味?」

西も半分投げやりだ。

ハインツ「クローン体を作り出して分かッた事は、クローンは生きてはいるが何の意志も持たず動きもしない、このクローン体に記憶の転送を行なッたが無駄だッた。上書きもされず動き出す気配もない、ただの植物人間に過ぎなかッた。そう、あることを行なうまでは」

凛「あること、ですか?」

ハインツ「そう。この私自身の死が引き金となりそれは起きた」

凛「え……」

ハインツ「クローン体を作り出した時点で、私の肉体は病魔に冒されていた。私は1度目の死に至り、その時偶然にもクローン体に記憶の転写が行なわれたのだ。意図したものではない、完全な偶然の産物。本来ならば、システム化して、私が死んだ時点で再生が行なわれる登録時点の私の肉体に記憶が移される手はずだッたのだが……私はクローン体の肉体に記憶を宿して蘇ッたのだよ」

ハインツ「記録した映像で、私はある瞬間を見た。病魔に冒され死に至ッたその次の瞬間に私のクローン体は今まで一切行なわなかった自発的呼吸を行ッた瞬間を。おそらくは私が死んだ時点で、私の魂はクローン体に入り、そしてその魂が入ッた状態で記憶の転写を行なッた為に私はクローン体の身体で蘇ることが出来た。そう結論付けたのだ」

西「あー、そうッすか。ンで? ごちゃごちゃ、何か色々言ッてるけど、結局アンタは何でガンツを作ッたの? ゲームをクリアしたとかどーとか言ッてたのは全部そこらへんに繋がるンだろ? 今俺達が知りたいのはそこ、話の論点外すなよ、ボケジジィ」

半目になって足を組んで偉そうに言い放つ西。

それを止める間もなく、ハインツさんは変わらぬ笑顔で言った。

ハインツ「君は中々面白い男だ。いや、本当にこうやッて話していると実に楽しいな」

西「御託はいいからさッさと話せ」

ハインツ「わかッた、わかッた。私があの黒い球を作り出した目的は」

ハインツさんはガンツを作り出した目的を一言で言った。

ハインツ「ただの暇つぶしだよ」

凛「えっ?」

西「……」

ハインツさんは変わらぬ笑顔で私達を見続ける。

今日はこのへんで。

凛「暇つぶし…………?」

ハインツ「ハッハッハ。以外だッたかね?」

西「……」

ガンツを作り出した目的が、暇つぶし?

私がハインツさんの真意が一体何なのかわからないまま呟くと、ハインツさんは変わらぬ笑いを見せて言葉を続けた。

今度は私達に質問をする形で。

ハインツ「ときに君達は、自身が想像しうるあらゆる夢が叶ッてしまッた時、一体どういッた気分になるか想像した事はあるかね?」

凛「え……?」

西「……」

自分の想像する夢が叶ったとき……?

凛「満足して……嬉しいと思います」

ハインツ「うむ。そうだろう。人間ならば誰しも自身の追い求めた夢が叶えば満足し幸福を得ることができるだろう」

西「……」

ハインツ「君はどう思うかね? 西丈一郎君?」

西「御託はいいッて……」

ハインツ「これは重要なことなのだよ。答えてくれないかね?」

ハインツさんは変わらない笑みだったが、何か少し、その笑みに得体の知れないものが浮かび始めていた。

西もそれに気付いたのか、ハインツさんの質問にしぶしぶと回答をした。

だけどその回答は西らしく素直なものじゃないひねくれた回答だった。

西「……夢が叶ッても次の夢……欲が沸いてくるだろーが。人間は強欲な生き物だ。際限なく沸いてくる欲なんて絶対に満たされねーし、欲が満たされない以上、本当に夢が叶う事なんて絶対にねーッつーの」

ハインツ「ハハハハハハハッ! 夢を欲に例えるか! ああ、そうかそれもそうだ、それならば私はまだ夢を叶えきッていないという事だな! ハハハハハハ!」

今度は実に愉快そうに笑っている。

私も西も何も言えずにハインツさんを見続けている。

それも、ハインツさんから感じる得体の知れない何かがどんどん大きくなっているからだ。

ハインツ「うむ、やはり老人の脳というものは固定概念に拘りすぎてしまい物事の捉え方を多面的に行なえないな。そろそろ私もこの肉体に拘らず新たな若いクローン体をメインにしていくとしよう」

西「……」

ハインツ「おお、すまないね。どうしても話が逸れてしまう。どうやら君達のような若い英雄と話すことが楽しいようだ」

そうやって薄ら笑いを浮かべながらも、ハインツさん言葉を続ける。

ハインツ「長話も老人の悪癖だな。すまないが、もうしばらくこの老人の与太話に付き合ッてはもらえんかね?」

西「……」

凛「……」

西は返事を返さない。

私もそうだ。

ハインツさんの得体の知れない雰囲気がどんどん大きくなっていて私達はそれに飲み込まれ始めている。

その私達を笑みを浮かべて見たハインツさんは立ち上がりゆっくりと歩き出す。

ハインツ「先ほど君達に質問した夢の話だが……私は自分の夢を数年前に全て叶えてしまッてね」

ハインツさんはそのまま西の横に移動して、

ハインツ「君が言うように欲望も夢の一部だとしたら私はまだ夢を叶えきッてはいないという事になるのだろうが……そこは今回置いておこう」

ハインツさんは西の傍を離れて歩きながら、

ハインツ「夢と言うものは何か? 人それぞれだとは思う、しかし私の思い描いた夢というものは」

歩きながら、手に持ったコントローラーを操作して様々な立体映像が私達の周りに浮かび上がってきた。

ハインツ「富」

金塊や宝石がどこかの荒野と思えるような場所に山のように積みあがっている。

ハインツ「権力」

ハインツさんにテレビでも見たことがある、日本やアメリカやイギリスのトップが謙った笑みを見せてひざまづきながら握手をしている。

ハインツ「名声」

巨大なガンツをバックに、ハインツさんが手を上げていて、そのハインツさんにものすごい数の様々な人種の人々が、まるで宗教の信者のように頭を地面につけてひざまづいていた。

ハインツ「力」

見たこともない兵器の数々が所狭しと研究所のような一室に並べられていた。

ハインツ「この程度ならば普通の人間でも手に入れる事は可能だろう」

そう言ってハインツさんはさらにコントローラーを操作すると、今度は部屋全体に映像が浮かび上がった。

ハインツ「普通の人間に成し得る事はできない偉業、不老不死」

さっきも見た少年がカプセルに入った部屋の映像が浮かび上がる。

ハインツ「人間の記憶を自在に操作をすることも出来る、人心操作」

百人近い人間が頭にヘルメットをかぶせられ、その人達の上に浮かぶモニターに様々な映像が浮かび上がったり消えたりしている。

ハインツ「そして、生物を生み出すことも、複製することも可能な、生命創造」

部屋中に人間や犬、猫、他の様々な生き物の顔が小さい画像で浮かび上がり、部屋中を埋め尽つくした。

ハインツ「これらが私の思い描いた夢だ。富や名声や力といッた俗な夢から、永遠の命を得て、人間の心も操り、生物の生死をも司るという神の領域に至る偉業……それらの夢全てを私は叶え、勝ち取ッた」

手を広げながら上体を反らして歩き続けるハインツさん。

ハインツ「渋谷凛君。君がもしこれほどまでの力を手に入れたと考えてみてもらえるかな?」

急に話しを振られて、私は戸惑った返事をすることしか出来なかった。

凛「え、あ……はい?」

ハインツ「満足して喜ぶ、君の回答はこうだッたが、変わらないかね?」

凛「えと……」

私の返事も聞かずにハインツさんは続ける。

ハインツ「私も最初はそうだッたよ。これほどまでの偉業、歴史のいかなる偉人でも為しえなかッた偉業だ。私は大いに満足し、途轍もない幸福感を享受し、永遠の絶頂を感じながら永久に生きて行けるのだと考えていた」

その時、ハインツさんは急に反らしていた上体を起こして無表情で私達に視線を向けてきた。

ハインツ「だがそれも一時の事だッた」

ハインツさんがコントローラーを操作すると部屋に映し出された画像が切り替わった。

ハインツ「全ての夢を叶えてしまッた私は、まず他に新たな夢の実現を考えた」

ハインツ「しかし、私が考えうる新たな夢は全て今の私が易々と行なえてしまうことばかりだッた」

ハインツ「色々なことを考えたよ。しかし、出来てしまうのだ。私が出来ないことを考えることを考えているのにそれが全て出来てしまう。新たな夢が、挑戦ができなくなッてしまッたのだ」

ハインツ「そうして全てを手に入れて1年もしないうちに、私の見るものが全て色あせて見えてしまい……」

ハインツ「その時の気分は……そう……緑で溢れる草原が徐々に砂漠へと変わッて行くような……そう、乾いていッたんだよ私は」

部屋がまるで砂漠の真ん中にあると錯覚させられる映像が部屋に映された。

ハインツ「私の乾きが理解できるかね? これはとても、とても、苦しいことなのだよ」

凛「え、と……その……」

西「……」

ハインツさんの言っている事が何一つ理解できない。

そして、ハインツさんが発する雰囲気はどんどん気味の悪いものに変化していく。

ハインツ「本当に色々と行なッた。今まで私が行なッてこなかッた悪事にも手を染めた。私の持つ力を駆使し様々な実験を行なッた」

ハインツ「新たな挑戦を、私の新たな夢を追い求めて……しかし、駄目だッた」

ハインツさんは自分の顔を両手で覆い首を振っている。

ハインツ「何も思い浮かばないのだ。神の領域に達した私の誤算……それがこれほどまでにちッぽけなものだとは想像もしていなかッた……そして、そのちッぽけな誤算は私の精神を見る見るうちに削ッていッた……」

ハインツ「夢も希望も思いつかず、日々を見つかることの無い夢と希望を探すことだけに没頭し、やがて考えることも放棄し始めていた私だッたが……その私に転機が訪れたのだ」

ハインツさんが顔から手を離して目を見開いて続けた。

ハインツ「事の起こりは私が複製した人間を使ッてとある実験をしていた実験室で起きた」

ハインツ「実験の被検体であッた彼らは、あろうことか実験室から脱走を企てたのだよ」

ハインツ「無論私には彼らの脱走は筒抜けだッたが、彼らを実験していた研究員たちには気付かれていなかッた」

ハインツ「私はその様子をただ見ていた。彼らが脱走を企て、その計画を実行に移し、彼らが研究員を欺き、出し抜いて脱走するまでを」

そこまで話して、ハインツさんは最初に見た笑顔に戻って、

ハインツ「素晴らしかッた。夢も希望も無くした私には彼らのその行動がとても美しく映り、彼らが脱走に成功し喜びを分かち合ッているところを見た際には、私が失ッた挑戦する心や困難を乗り越えて試練を達成するあの感情をほんの少しだけ思い出せたのだよ」

ハインツ「それからだ。私がゲームを行ない始めたのは」

ハインツ「様々なゲームを作り出した。私が最初に見て感動した脱出ゲームはもちろん、金を賭けたギャンブル、人間と別の生き物との殺し合い……ああ、君達が行なッているゲームはこれだな」

ハインツ「君達の行なッているゲームもとても感動する場面が多かッた。仲間と共に強大な敵に立ち向かうモノ。ゲームの中で愛を育んでいくモノ。必死に生き抜き生還するモノ……全て私にえもいえぬ感情を与えてくれた」

そこでハインツさんは言葉を切り、また表情を変化させる。

落胆しているような悲しいような、そんな表情。

ハインツ「しかし、それだけだッた。この私の作り出したゲームは私の真に求めている、私のこれからの夢や目標を見つけるに至るものではなかッた」

ハインツ「それもそうだ。目的を持ッて行動をしているのはゲームのプレイヤーであッて私ではない。私が得るものと言えば、プレイヤー達が起こした行動を見て一喜一憂する……ただそれだけ」

ハインツ「それを認識してからはただただ空しくなッてしまッてね。ゲームの管理も他人に任せて、私は再び自分の追い求める夢と目標を探すための日々を送ッていると言うわけだ」

ハインツ「一時は実に楽しんでいたゲームだッたが、今は私の夢と目標を見つけるまでの暇つぶしでしかなくなッてしまッたのだよ」

そうやって言葉を切り、ハインツさんは私達に得体の知れない笑顔を向けてきた。

ハインツ「これが全てだ、君が質問した、私があの球を作り出した理由の回答だよ、西丈一郎君。何か他に質問はあるかね?」

西「……」

西はハインツさんが答えた回答に対して考えているようだった。

かなり憮然とした表情で何かを考えている。

色々質問を考えているのかもしれないけれど、すぐに形に出来ないようだ。

それもそうだろう、私もハインツさんの回答に対する質問なんてすぐに浮かんでこない。

というよりも、理解できなかった部分のほうが多すぎたからだ。

そうやっていると、西がハインツさんに質問をし始めた。

西「……質問は山ほどあるンだけどよー……」

ハインツ「ほう、何でも聞きたまえ! 君との会話は中々に楽しい、何でも答えようではないか」

西「テメーの長話を聞くのはうんざりなンだ。俺からの質問は後で回答を文章で簡潔にまとめやがれ」

ハインツ「そうかね。残念だ」

西「それよりも、だ。テメーの言う、ゲームクリア……それに対する報酬ッてなんだ?」

西「ガンツミッションにもクリアするたびに報酬があッた。当然テメーの言うゲームクリアに対しても報酬があるンだろ?」

ハインツ「報酬かね?」

西のその問いに、ハインツさんはあっけらかんと言い放った。

ハインツ「何でも言いたまえ。君の望むものを与えようではないか」

西「…………何でもいいンだな?」

ハインツ「構わんよ」

西は少しだけ溜めて、

西「ならテメーの持ッてる力を全て俺によこせ。テメーが今までに作り出した技術の全てだ」

凛「え?」

ハインツ「ほう」

西「何でもいいンだろ? ほら、さッさとよこせ」

流石にそんなこと……と、思ったのもつかの間、ハインツさんは西に先ほどから使っていたガンツのコントローラーのようなものを手渡した。

ハインツ「使いたまえ、それは私の作り出した全てのシステムにアクセス可能なマスターキーだ」

西「……え?」

西が手渡されたコントローラーを見て純粋に驚いた顔をしている。

その顔もすぐに訝しげな顔に変化して、手渡されたコントローラーを操作し始めてすぐに、

西「マジかよ……」

その西の呟きに視線を向けると、西も私を見て、

西「本物だ……今までアクセスできなかッた部分までアクセス可能だ……ガンツのあらゆる権限が開放されてるマスターキーだ……」

凛「それって……」

つまりガンツで行なえる事は何でもできるようになったって事なの?

それなら……みんなを再生することもハインツさんに頼まなくても……。

私がそう考えていると、西がハインツさんに怪訝な表情を浮かべて問いかけていた。

西「……どういうことだ?」

ハインツ「何がかね?」

西「何でこんなモンを簡単に渡す?」

ハインツ「君が望んだものだろう?」

西は非常に憎憎しげな顔で、言葉をつなげる。

西「テメー何を企んでやがる?」

ハインツ「ハハハ、何も企んではないさ。私の作り出した力を欲する英雄に報酬を与えたに過ぎない」

西「チッ……何を考えてるかもわからねぇ……後悔すンなよクソジジィ」

ハインツ「後悔など何もないさ、そうやッて私の力を得た君が、どのような考えをし行動を起こすか、それに興味が沸いてね。君は自由にその力を使いたまえ、君の夢……欲望の赴くままに……ハハハハ」

西「ケッ……」

ハインツ「さて、君に報酬も渡した、質問の回答も行なッた」

ハインツ「それでは渋谷凛君。君の望みを叶えるとしようか」

凛「本当ですかっ!?」

私はその言葉に椅子から立ち上がってハインツさんを見た。

ハインツ「ああ……おッと、マスターキーは彼に渡してしまッていたな。困ッたな、これでは生物の再生を行なうことが出来ないではないか。しかし、渡した物を今更返してもらう無粋な真似はしたくはない……」

ハインツさんが視線を宙に漂わせて手を叩く。

ハインツ「そうだ。君達に私の力の全てを見せてあげよう」

そう言ってとても愉快そうに笑いハインツさんは二つある部屋の扉の、最初にハインツさんが入ってきた扉とは別の大きな扉の前に歩いていった。

そして、ハインツさんが扉に手を触れると、重い音を上げながら扉が開き始めた。

開く扉を背にハインツさんは振り返り、私達に向かって、

ハインツ「さあ、来たまえ」

実に楽しそうに、私達を手招きした。

私は急いでハインツさんの元に向かおうとするが、

その私の肩を掴んで、私の行動を西が妨げた。

そして、西は小声で私に話しかけてくる。

西「……おい、お前何間抜け面をしながら犬みてーにほいほい付いて行こうとしてンだよ……」

凛「え?」

西「……あんな怪しげなジジィの前で警戒もしねーでのん気に茶を飲んで、何も考えずにバカな顔して言われるがままになッてンじゃねーッつてんだよ……」

凛「……何言ってるの?」

西「……普段のお前ならもッと頭を回してンだろ……目の前に釣られたエサに食いついて思考停止してんじゃねーッつッてんだバカ……」

西に言われて確かに私は今何も考えていない状態だということに気が付く。

でも……でも、仕方無いじゃない……みんなとまた会える、もう少しでみんなとまた会えるんだ。

私はそれだけを考えてここまでやってきた。

その私に他の事を考えている余裕なんてないって……。

その私の想いは表情に出ていたのか、西は私の顔を見て、ものすごく不機嫌そうな顔をして、

西「……チッ、まぁいい……あのジジィは何考えてンのかよくわからねぇが、自分から手の内を明かしていくようなカスだ。まだ何かを手に入れることができるかもしれねぇから黙ッて付いていくぞ。ヤベェと思ッたら逃げッから動けるようにしとけよ……」

それからは西は何も話すことはせずに歩みを進めていった。

私も西を追うようにハインツさんの元へと進む。

私達が近づくと、ハインツさんは踵を返し開いた扉の先へと進み始める。

その扉の先は部屋の内装とは全く違う場所だった。

なんていうのか、近未来的な、チューブ状の通路。

所々に光の光源があるけど、今まで見たことの無いような機械の作りになっている。

進む先にも扉があり、今度は空気音と共に扉が上下に分かれて開き、私達を先へと招き入れる。

西も、私も、この不思議な通路を見渡しながらハインツさんと一定の距離を開けて歩いていった。

そうやって数回扉が開き、大きく開けた部屋にたどり着いた。

そこは部屋の中央に大きな穴が空いている部屋だった。

しかし、私達が部屋に入ると同時に、その中央の穴から何かがせりあがってくる音が聞えた。

その音はかなり遠くのほうから聞え、何かが穴の中から姿を現すには少し時間がかかるのだと予想させられた。

その間にハインツさんが、私達に向けて口を開いた。

ハインツ「私がこの数十年で作り出した技術は今から君達に見せるあるものに集約されているのだよ」

西「あァ?」

ハインツ「まぁ、私が作り出した技術を統合管理する集約システムだと思ッてくれたまえ。このシステムも娘の言語によッて得た技術ではなく、人間が開発した技術の最高峰だと自負しているよ」

凛「えと……そうなんですね……」

ハインツ「うむ。転送や生物情報の記録を行なう事は従来のスーパーコンピューターでも可能だッたが、それを無数に管理するためには通常のコンピューティングでは演算処理が不可能でね。ゲームを行なうために私はこの統合管理システムを作り出したのだよ」

凛「はぁ……」

西「……」

やっぱりハインツさんの言う事は理解できない事ばかりだ。

話半分に私は相槌を打っていると、せりあがって来る音がどんどん大きくなりもう間もなく何かが穴の中から現れようとしていた。

ハインツ「中々に苦労はしたが、私が行なッていた生体実験が功を奏してね、従来のスーパーコンピューターにある生体組織を組み込むことで、飛躍的に性能を向上させることに成功し、完成した統合管理システムを生体量子コンピューターと命名した」

その言葉と同時に、穴の底から5メートルはあるガラスで覆われた円筒状の何かが現れた。

凛「え……? 何……これ……?」

西「ンだよ……こりゃ……」

それは内部が液体で満たされていて、沢山の何かが機械のコードをつなげられている。

何か……ううん、見たことがある……あれは……人の脳だ……。

沢山の人の脳から無数のコードが延びて、ひと際大きい金属と脳が合わさったような物体に伸びて、その巨大な金属脳は淡く発光をしていた。

ハインツ「素晴らしいだろう? 人間が生み出した英知の結晶。君達はそれを目の当たりにしているのだよ」

ハインツさんは私達に笑みを見せる。

得体の知れない、人間とは思えないような不気味な笑みを。

今日はこの辺で。

私の目に映るのは現実とは思えないような不気味な設備だった。

おびただしい量の人の脳が液体に浸されて、その脳から伸びたコードは明らかに人工的に作り出されたのであろう巨大な金属と生体組織が融合したような脳に接続されている。

その光景は、今まで様々な宇宙人を殺して、生き物の内臓などを見慣れた私でさえ生理的な気持悪さを感じさせる。

私が小さな吐き気を感じていると、私の隣の西がハインツさんに問いただし始めていた。

西「……ずいぶんと悪趣味なモン作ッてンじゃねーか」

ハインツ「悪趣味とは心外だな。これは最も合理的かつ偉大な発明なのだがね」

西「はッ……そンで? これがテメーの言う力の全てッつー奴か?」

ハインツ「うむ。ここが私の力の中枢だ」

ハインツさんはそう言うと巨大な金属脳に近寄り、その金属脳に命令するように言う。

ハインツ「地球、月及び衛星軌道上に存在する全てのシステムを表示したまえ」

その言葉と共に、宙空に立体映像が浮かび上がっていく。

ガンツをさらに大きくした黒い球体が色んな場所に設置されている。

どこかの森の中。

険しい山脈の崖の底。

真っ暗な……海の底?

さらに宇宙空間と思える場所にステルスを使っているのかほぼ見えない状態になった球体が浮かび、

沢山のクレーターがある場所……恐らく月? にも巨大なガンツが存在していた。

ハインツ「これらが私の作り出したシステムの全てだ。見ての通りそれぞれ独立した5つのシステムであり、この5つの球体全てに同一のシステムが組み込まれている」

ハインツ「西丈一郎君。先ほど君がシステムの物理的破壊を懸念していたようだが、こうやッて独立させて、それぞれ外部からの干渉が一切行なえないようにシステムの周囲の空間に断層を生み出しており、物理的な干渉を行なえるのはこの統合管理システムによッて操作した時のみと限定しているのだよ」

西「あァー、そーかよ、すげーンだな、ハイハイハイハイ」

ハインツ「おや? 興味はないのかね?」

西「俺はテメーの長ッたらしいウンチクには興味ねーンだッつーの」

ハインツ「そうか、それは残念だな」

少しも残念そうではない笑みを浮かべながら、ハインツさんは私を見て、

ハインツ「渋谷凛君、このシステムを君はどう思うかね? 彼にはあまり興味を持ッてもらえなかッたようだが」

どう思うって……そんな事……。

私も悪趣味だと思うし、こんなものを嬉々としながら見せるなんて、どこか狂ってるとしか……。

だけど、そんな事を言って、この人が気分を悪くしてみんなの再生をしないなんて言い出したら……。

私は曖昧に頷く事にした。

凛「え……と……、すごいのかな……?」

ハインツ「おお! 君はこの技術の素晴らしさが理解できるのかね!」

凛「!?」

ハインツさんは私が出した曖昧な回答に食いついてきてしまった。

ハインツ「この技術は数学・工学・医学・科学・物理学・生物学に心理学、他にも数え切れないくらいの人間の知を結集させて作り出したシステムでね。娘の言語によッて生み出したオーバーテクノロジーを完全にコントロール化に置けたことも一重にこのシステムがあッてこそのものだッた」

ハインツ「このシステムの根幹となッているのは、見ての通り人間の脳だ。しかも只の脳ではない。現代における天才・奇人・そして超常的な力を持つ人間たちの脳を選りすぐり、システムに組み込んでいる」

ハインツ「このシステムに使われている脳全てが凡人ではなく選ばれた特別な存在の脳。私が吟味し、選び抜いた人間たちの脳でこのシステムは構成されているのだ」

凛「えっと……そう、ですか……」

不気味な笑みを絶やさずにハインツさんは説明をし続ける。

でも、こんな事を説明されても困る。

理解も出来ないし、どれだけ説明されても理解できるとも思えない。

ただ分かる事は、あの設備を作り出すだけで、組み込まれている脳の元となった人は死んでいるという事と、

この人が、私や西なんかよりも狂った人間だっていう事だけ。

ハインツ「そして先日このシステムに組み込むべき選ばれし人間の脳を見つけてね。先ほど処理が完了し、今からバージョンアップを施そうと考えていたのだよ。君達もこの英知の結晶がさらに進化する様を見ていくといい」

凛「あの……すいません……」

ハインツ「おお、何か質問かね?」

私はもうこれ以上この人の理解できない説明も聞きたくなかったし、なによりもみんなとの再会が待ちきれなくなっていた。

凛「そろそろ……みんなを再生してほしいんですけど……」

恐る恐るという形で私はハインツさんに言った。

ハインツ「おお、そうではないか。君の望みを叶える為にこの場に来たというのに、長話をしてしまッたな。いやはや、本当にすまないね」

凛「いえ……それで、再生はすぐにしてくれるんですか?」

ハインツ「ああ、それだが少し待ッてくれないか? 何、それほど時間は取らせない、先ほど話したバージョンアップを行なッてから君の望む人間を再生しようではないか」

凛「……わかりました」

これが最後だ。

もうこれ以上は待ちたくない。

この人が言っている、あの設備のバージョンアップが終わったらみんなを再生してもらう。

これ以上、何か長話をされたりしたらそれを遮ってでもお願いする。

もう待ってなんかいられない、そう考え続けていたその時、

私達の眼前に何かが転送されてきていた。

それは転送されて空中に浮かんでいた。

人の脳が納められた二つの液体に満たされた小さな容器。

凛「っっっ!?!?」

それを見たとき、私の全身に悪寒が走った。

何故かは分からない、だけど、私の中の何かが叫び続けている。

凛「あ……うあ……」

西「おい、どーした?」

身体が石になってしまったように動かない、だけど私の手はその二つの容器に向かって勝手に動き始める。

その私を見て、ハインツさんはその不気味な笑みを深くして、

ハインツ「おお、分かるのかね?」

私はその声に反応するように首だけを動かした。

ハインツ「その二つの脳は君も良く知る人間の脳だ」

私の目から何かが零れ落ちたような気がした。

ハインツ「そう、島村卯月君と本田未央君だ」

もう一度、私は脳が入った容器を見た。

ハインツ「彼女達は素晴らしい力を得た。私は彼女達がこのシステムの一員となるべき存在だと判断し、彼女達を再生した」

私の目の前に立体映像が浮かび上がる。

真っ白な髪の卯月と未央が映し出されていた。

二人共涙を流して抱き合っている。お互いの身体に触れ合って笑いあっていた。

だけど卯月と未央の姿を目にしても私の身体は固まったまま動くことは無くその映像を見続けるだけだった。

ハインツ「しかし困ッた事に、再生をした後彼女達の肉体を検査した結果、肉体細胞が著しく破壊されており、彼女達は数日しか生きられないことが判明したのだよ」

白衣の研究員らしき人間に何かを説明されて悲しそうな顔をしている二人。

だけど、二人共悲しそうな顔はしていたけど確かに笑っていた。

割り切ったようなそんな顔をしていた。

ハインツ「そこで彼女達にクローン技術で作り出した新たに肉体に記憶を転写したのだが……」

髪が元の色に戻っている二人が説明を受けて驚いた顔をしている。

だけど、その表情は喜びに溢れていて、説明をしている研究員に何度も感謝している姿。

ハインツ「何故か彼女達の力は失われてしまッてね。その原因を彼女達に聞いてみると、どうやら坂田研三という男が彼女達の能力を目覚めさせた人間だと判明したのだよ」

今度は坂田さんの姿が浮かび上がった。

ハインツ「彼の能力は以前より研究対象として研究を行なッていたが、まさか彼と同じ能力であれほどまでの差があるとは考えておらず、同じ力だという事は結び付けていなかッた」

坂田さんや桜井君、他にも何人かが椅子に括りつけられて拘束されている。

身体中にコードを取り付けられて何かを調べられているようだった。

ハインツ「私はすぐに彼を彼女達に会わせその能力の開花を行なわせたのだが、彼は中々に強情で、彼女達の能力を開花させることを拒否してしまッてね。……少々強引な形になッてしまッたが、無事彼女達の能力を開花させることに成功した」

卯月達の前に、頭を開かれて脳に電極のようなものを何本も差し込まれている坂田さんが連れてこられていた。

卯月と未央は恐怖の表情で坂田さんを見て気絶していた。

ハインツ「彼らと同じ力と判明した後はとてもスムーズに能力の調整を行なえるようになッた。すぐに彼女達の能力は私が素晴らしいと感動した力の域まで戻ッていッたよ」

卯月と未央が椅子に固定されている。

その表情は虚ろで、顔中の穴という穴から血を流していた。

そして、その頭は額の部分から切り取られて脳が剥き出しになっていて、二人の脳に様々な機械が取り付けられていた。

ハインツ「そして、つい先ほど彼女達の脳を摘出し、今この場に来た。というわけなのだ」

卯月と未央に数人の白衣を来た人間が手術を行なっている。

二人の開かれた頭から首筋まで切り裂いて、二人の脳を取り出していた。

二人共、手術されている間ずっと全身を震わせて、呻き声を上げ続け、最後に脳が取り出されたと同時に目がぐるりと回転し、全身の動きを止めた。

凛「…………………………」

私は瞬きもせずにそれをただ見続けていた。

全身が凍りついたまま動くことが出来ない。

しかし、

ハインツ「彼女達をシステムに組み込む事によッて、このシステムは更なる力を得る事になるだろう。実に楽しみだと思わんかね?」

この……。

卯月と未央をこんな状態にしたクズが発した言葉と……。

目の前の設備が、二人の脳を取り込もうとケーブルを延ばし始めたその光景を見て……。

私は心から溢れ出す激情に身を委ねて、目の前のクズに襲い掛かった。

今日はこの辺で。

凛がハインツに獣のように飛びかかる。

スーツを着ていない状態の凛だったが、一流のアスリート並みの動きでハインツに襲い掛かったが、凛の身体はハインツに掴みかかる寸前で空中に固定された。

ハインツ「む? どうしたのかね?」

凛「っっあああああぁぁぁああぁぁあああああ!!!!」

西「お、おいッ!?」

凛が空中で動かない身体を必死に動かしながら、感情の赴くままに叫びをあげていた。

凛「ふざけるなぁぁぁっ!! 未央にっ!! 卯月にっ!! 何をしたぁぁぁっ!!」

ハインツ「おかしなことを聞くな? 説明したように彼女達の脳を摘出した。それだけだが?」

凛「~~~~~~っっっ!!」

凛が言葉にもならない絶叫を上げてハインツを睨みつけるが、ハインツは凛の視線など意も介さずに何か気付いたように手を叩いた。

ハインツ「ああ、そうか。そうだッた、君からしてみれば友人が無残な姿にされてしまッたように感じてしまうか。私にとッては悪意など何も無いのだが、君の主観では私は悪魔の如き所業を見せているように感じてしまうだろう。これは少し補足せねばいかんな」

空中で身動きが取れない凛の視界に立体映像が映し出される。

先ほどとは違い卯月と未央の声も聞こえる立体映像。

ハインツはまるで教師のように、立体映像が映るその様を凛に説明し始めた。

ハインツ「今映している映像の彼女達は私が再生した島村卯月君と本田未央君だ。そう、「私が」再生した彼女達なのだよ」

最初は卯月も未央も無事な姿が映され続ける。

ハインツ「彼女達は私が再生したモノなのだ。言わばそう、ティーカップや椅子と変わらないただの物質でしかないというわけだ」

カップや椅子の映像を生み出し、映像の卯月達と重ね合わせるハインツ。

それを見て凛は激昂しながら返した。

凛「何言ってんのよ!? 卯月も未央も生きている!! ワケわかんない事言わないで!!」

ハインツ「それが認識の違いだ。確かに昔は違ッたのかもしれない。しかし、私が生物の再生を可能とした時点でそれは覆ッた。人間の命というものはモノと何の変わりも無くなッた。壊れたら直せばいい、換えもきく。そのようなものは絵画や食器と同じ只のモノと変わらないだろう? さらに極論を言ッてしまえばチリやゴミと変わらない只の物質に過ぎないのだよ」

チリが風に飛ばされていく映像やゴミが処理されていく映像と共に、卯月と未央が徐々に壊されていく映像が流されていく。

先ほどは放心状態で見ていた凛だったが、もう一度卯月と未央の無残な姿を目の当たりにされて激昂しながら叫んでいた。

凛「止めっ、止めろぉぉぉっ!!!! ふっざけるなぁぁぁぁぁ!!!!」

しかし、ハインツは凛の叫びなど意も介さずに説明を続けていく。

ハインツ「只の物質であり、私が作り出したものであれば、もうその所有権は私にあるということだ。私が作り出したものに対して何をするのも私の勝手であり、私の自由。そう思わないかね?」

ハインツが説明を続け、卯月と未央の姿は無残なものに変わっていった。

凛「やめろぉぉぉおおおおぉぉぉぉっっっ!!!! う゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーっ!!!!」

ハインツ「ふむ……弁解するつもりがさらに感情に火をつけてしまッたか? それでは……ああ、そうだこの話を聞いてくれれば君も納得するだろう」

ハインツ「彼女達が一度死んでしまい、私は彼女達を再生し、さらには数日しか生きられないはずの彼女達を延命させるまで処理をした」

真っ白な髪の卯月と未央が液体の入ったカプセルが映し出され、その横にクローン体の卯月と未央が入ったカプセルが映し出される。

次の瞬間、真っ白な髪の卯月と未央はカプセルの中で身体の内側から弾けて、カプセルの中は真っ赤な液体で満たされた。

それと同時、クローン体の卯月と未央の頭に付けられた機械が起動して二人は薄っすらと目を開ける。

ハインツ「その時、彼女達は確かにこう言ッたのだよ『本当にありがとうございます。私達を助けてくれて、感謝しても仕切れません』そう言ッた彼女達に対して、『感謝など必要ない、だが少し私のお願いを聞いてくれないかね?』と私は言い、私の言葉に彼女達は『はい、何でも言ってください。私達に出来ることなら何でもします』と言ッてくれた」

卯月と未央がハインツと話しながら確かにそういっていた。

ハインツ「彼女達はできる事は何でもすると言ッてくれた為、彼女達に出来ることを行なッて貰う事になッたのだ。これはお互い合意の上の結果なのだが、納得してくれたかね?」

ハインツが言い終わると共に、卯月と未央が拘束されて手術室のような部屋に連れて行かれて二人に対して絶望的な実験が始まった。

そこまでの映像を凛に見せて、ハインツは生徒に質問するように聞いた。

それに対して、凛の回答は。

凛「ふっざけんなあああああぁぁぁぁぁ!!!!」

目を見開き、殺意の篭った視線で絶叫をしていた。

ハインツ「困ッたな。これは納得してもらえると思ッたのだが……ああ、そうだ、それならば…………」

ハインツは凛に対して説明をし続けた。

ハインツの説明は全て映像を使い、卯月と未央がどのような方法で壊されていったのかも見せられ続けていた。

ハインツが説明するたびに凛は狂ったように暴れようとするが、空中で固定されて身動きが取れずに拘束されていた。

凛は卯月と未央が壊されていく過程を永遠と説明され、やがて絶叫し続けていた凛の叫びも小さくなっていき、凛はただ映像とハインツを凝視し睨み続ける。

その視線はハインツと立体映像に映し出される卯月と未央を壊していく研究者たちに向けられ、尋常ではない殺意と狂気が満ち溢れていた。

身動きもとれずにただただ卯月と未央が壊されていく様を見せられ説明されていくうちに凛の激情は限界を超え、限界を超えたその激情は凛の心を沈めて行った。

凛の心に満ちた憎悪と呪詛の感情はその眼に宿り、どこまでも暗い眼で睨み続け、凛の口が叫びとは違う言葉を零した。

その凛の声はとても小さい声量だったが、部屋全体に響くような重さがあった。

凛「………………アンタ、それ以上口を開いたら、殺すから………………」

ハインツ「困ッたな。これだけ説明しても納得をしてもらえないとは。非常に残念だ」

凛「…………………………」

ハインツが嗤いながら口を開いたと同時、凛の噛み締め過ぎた奥歯がバキリと音を立てて砕けた。

それと同時に卯月と未央の脳が納められた容器がケーブルに接続される。

それを見て凛は動かない身体を無理矢理に動かそうとするが、凛はただ見ているだけで動くことはできなかった。

ハインツ「君との会話はまた後にするとしよう。まずは彼女達の脳を取り込み、システムをバージョンアップ。彼女達の脳にもユーザー登録をしてシステムの同期も行なわねばならない。しばし待ッていて貰えるかね?」

凛が為すすべなく、卯月と未央の脳は他の脳がある設備にあっという間に取り込まれてしまった。

凛は叫びをあげることも無く、その光景を見続ける。

二人の脳が設備に取り込まれて、二人の脳が入っていた容器が開放されて二人の脳は液体の中に浮かび上がった。

その脳に次の瞬間、他の脳に接続されていた糸のようなコードが差し込まれ、二人の脳は他の脳と同じように設備に固定された。

その様子を凛は凝視しすぎて眼の血管を傷つけたのか、血の涙を流しながら見続ける。

ハインツ「これで完了だ。さて……ユーザー認証、ハインツ・ベルンシュタイン。使用権限-000。システム更新を許可」

ハインツ「さて、彼女達の脳を取り込む事によりこのシステムは更なる進化を遂げるだろう。見せてくれたまえ! その力を!」

ハインツが仰々しく手を広げておびただしい量の脳が収まった設備を見た。

設備は巨大な金属脳が発光し、その光が繋がれた脳に伝播していく。

その光が新たに繋がれた卯月と未央の脳に届いたとき、設備に異変が起きた。

ハインツ「む?」

卯月と未央の脳に届いた光が留まっている。

二人の脳が眩く輝いている。

ハインツ「これは……まさか抵抗しているというのか?」

その様子を若干興奮した様子で、

ハインツ「信じられん! 設備と物理的に融合する為に彼女達の思考や感情などを司る部位は処理をしてフォーマットしてあるにもかかわらず明確な意思を以ッて抵抗をしているというのか!? 想定外だ! まさにイレギュラーだなこれは!」

その時だった。

設備に異常が起きはじめたのは。

ハインツ「何?」

振動が起きている。

その振動は部屋全体を揺らすような振動に変わり、設備内にも異変が起きていた。

発光していた卯月と未央の脳がさらに輝き、二人の脳に固定されていたコードが外れ二人の脳は動き始めた。

設備に満たされた液体の中を漂い、空中に固定された凛の目線と同じ位置まで浮かび、二人の脳はさらに輝きを発した。

ハインツ「おぉ……これは……」

凛がその光景を目の当たりにして、殺意の篭った視線から、呆然とした視線に変わり二人の脳を見る。

凛「未央……? 卯月……?」

ハインツ「信じられんな……彼女達の力はターミナルを打ち込み調整してあるはずなのに、ここまでの力を顕現させるとは……」

ここで始めてハインツも驚愕していた。

完全に予想外といった表情。

そして、さらにハインツにとって予想外の事態が発生した。

空中に固定された凛の身体が進み、二人の脳の前にたどり着く。

凛は二人の脳を至近距離で見て、その表情を悲壮なものに変えて、設備のガラスをその手で叩き始めた。

凛「待ってて……すぐ助け出してあげるから……」

スーツも着ていない凛の力ではビクともしない強化ガラスを凛はその手で叩き続けた。

凛「すぐに出してあげるから……私が、すぐに……」

ハインツ「無駄だよ。スーツすら着ていない君の力では到底無理だ」

ハインツが凛の行動を意味のない無駄なものだと決め付けるが、凛は止めようとしなかった。

すると更なる異変が起き始める。

卯月と未央の脳がさらに輝き、設備のガラスにピシリという異音が生まれた。

その異音は凛と二人の脳を隔てるガラスに大きなヒビを生み出し、そのヒビはさらに大きく広がっていった。

凛はそれを見て、ヒビの入った場所に手を叩きつける。

中の液体が小さく漏れ始めたその部分を数度叩き付け、凛がさらに大きく手を振りかぶってガラスを殴りつけようとしたその時、

凛の目に、卯月と未央の脳がゆっくり膨れ上がり、はじけ飛ぶ光景が映った。

凛「あっ……」

同時に凛の身体から浮力が消え、凛は落下し始める。

その間凛は見続けていた。

液体に満たされた設備の中に赤い液体が広がっていく瞬間を。

その赤い液体を生み出したであろうモノはすでにどこにも見当たらない。

凛の目の前で確かに弾け飛んだ卯月と未央の脳はもうどこにも存在していなかった。

ハインツ「……まッたく以ッて信じられんな。このシステムを内側から破壊しようとするとは……このような事態など想定外もいいところだ。今後は内側からの防衛システムも設けなければなるまい」

凛の首がゆっくりと動く。

ハインツ「しかし今回のケースで一つの結果が確認できた。次、彼女達の脳を取り込む場合は記憶も感情も思考も完全にフォーマットした上で取り込まねばならんな。今回は彼女達の記憶を残したままにした為の失敗だッたと言えよう」

凛がハインツを凝視する。

ハインツ「む? これはまずいな。内部破損による一時的なシステムの停止か……これでは…………」

凛は動いた。

ハインツに向かって一直線に。

そして、ハインツの首を目がけて手を伸ばして飛びかかり、今度は空中に固定されることも無くハインツの首を両手で掴んで、凛はハインツを押し倒すように馬乗りになった。

ハインツ「ごッ!? な、な、に? な……ぜ!?」

凛「…………………………」

凛が目を見開きながらハインツに全体重を乗せて首を絞める。

すぐ凛の手にボキリという手ごたえが生まれ、それと共にハインツの眼から光が消えた。

凛は殺意と狂気の視線をハインツに向け続け、すでに死んでいるハインツの首を絞め続けた。

凛がその手を離すのは、凛をずっと見続けていた西によってその肩を叩かれてからだった。

西「お、おい。も、もうそいつ死ンでンぞ」

凛「…………」

凛は視線を西に向けると、西は全身を震わせ凛の瞳を覗き込んでいた。

凛も西も喋らずにその状態がしばらく続いた。

どれだけそうやっていたのか、凛は視線を動かして巨大な脳の設備を見て立ち上がり卯月と未央の脳が弾けた瞬間を思い出し、その目から涙を流し始めた。

そして、ふらふらと立ち上がり設備の前に立って、ヒビの入ったガラス部分を叩き始める。

凛「…………なんで?…………なんで二人が…………こんな目に…………」

西「……渋谷」

凛「…………おかしいでしょ…………二人共こんな目に会わせられるなんて…………絶対におかしいよ…………」

西「…………」

凛「…………うっ…………うぅぅ…………ぐすっ…………」

そうやって蹲って涙を零し続ける凛。

凛の閉じた瞳に先ほどまでハインツに執拗なまでに見せ付けられていた二人の無残な姿が浮かび上がり続け、凛は二人のことを想い涙を零し続けていた。

それを横目に西は目の前の巨大な脳の設備を見ていた。

すると、設備の真ん中に位置するコンソールが点滅している事に気がつき、その点滅している画面を覗き込んだ。

するとそこには、

西「……破損によるシーケンスの停止。自動復旧中……手動操作のみ受付可能……」

西「……認証権限-000使用許諾確認。システム更新中……自動復旧により更新処理停止……」

西「……システム権限も手動でいじれンのか……? それなら、まさか……」

西はコンソール画面を見ながら、画面に触れていく。

すると、画面から光のキーボードが伸びて西の周りを囲んでいった。

西「ッ!? 面白れぇじゃねぇか……」

西は笑みを浮かべてその光のキーボードを叩き始めた。

コンソールに流れるような数字と単語を入れ始める。

そうすること十数分。

蹲って泣きつづけていた凛の耳に西の笑い声が聞えてきた。

西「ハーッハッハッハッ!! ビンゴだ!! ナメてんじゃねーよバーーカッ!! ハッハッハッハッハ!!」

その声を聞いて凛は顔を上げて画面を見ながら光のキーボードから高速で打ち込み続けている西の姿を見た。

凛は涙を拭って立ち上がる。

凛が西の傍にたどり着くのと、西が右手の人差し指でひと際大きく光のキーボードをたたきつけたのは同時だった。

西「チェックメイトだ!! ハーッハッハッハッハッハ!!!!」

凛「…………何、してるの?」

西「おォ!! 渋谷ッ!! こいつを見ろッ!! やッてやッたぞ!!」

凛「……何?」

凛が西に肩を掴まれて画面を覗き込まされると、そこには凛と西の顔と名前が映し出されていた。

凛「……何、これ?」

西「乗ッ取ッてやッたンだよ!! あのカスジジィの作り出したこのシステムの管理権限を根こそぎ奪い取ッてやッた!! これでガンツの制御だろーがなんだろーが自由自在だ!!」

凛「!?」

凛はその言葉に西に詰め寄って問いただす。

凛「み、みんなを生き返らせることもできるの!?」

西「ッたりめーだ!! 何でもできんだよ!! 何でもなァ!! ハーッハッハッハ!!」

凛「みんなを…………ひっく……」

そのまま凛は両手で顔を覆いその場にへたり込んで再び泣き始めた。

そうやって泣き始める凛を見て、少し興奮が収まったのか、

西「ッたくよー、お前ッて結構よく泣くよなー」

凛「……ひっく……だって……みんなが……」

西「まァ、お前のツレを生き返らせる前にやッとかねーといけねー事があッけどな」

凛「……?」

次の西の一言で、涙に覆われて安堵の表情の凛が氷のような表情に変化した。

西「あのカスジジィをぶッ殺さねぇと……「どういう意味?」うォッ!?」

凛「あのクズは私が殺したでしょ? あのクズはまだ生きているっていうの?」

西「お、おお。あのカスジジィのクローンがまだ残ッてて、クローンを全部ぶッ殺さねェと生き返ッてくるゴキブリみてーなヤツみてーなんだ……「どこ?」 あァ?」

凛「どこにいるの? 教えて」

西「お、おう。つーかお前があのカスジジィを殺しにいくつもりなのか?」

凛「あたりまえでしょ。あのクズは絶対に許さない。私がこの手で殺さないと気がすまない」

西「は、ははッ! いいね、ノッてきてンじゃねーか!」

西はコンソールを操作して凛の前に立体映像を浮かび上がらせた。

それは西の操作しているコンソールと酷似した立体映像。

凛「これは?」

西「ああ、お前にも全権限開放してあッからその立体映像コンソールで俺と同じことができンぞ。カスジジィの場所はそッちの上にマップ表示しておいてやッたから処理は任せたぜ。俺はこのシステムでできッことをもー少し探ッてみッからよ」

凛「……わかった」

西「多分ある程度なら、お前にも操作できるはずだ。転送とかはガンツの転送システムと殆ど操作性はかわらねーからな。武器とかも転送してさッさとあのカスジジィを……ッて行ッちまッた……」

凛は西が表示した地図を見てすぐに歩き始めた。

その手に一振りのガンツソードのみを転送し、殺意に満ちた瞳で前だけを見て動き出した。

今日はこの辺で。

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