【シノハユ] 慕「私の記憶は半荘一回」【the down of age】 (24)


目を覚ますと枕元にノートがあった。

一枚めくる。

『白築慕は強い』

また一枚めくる。

『私の記憶は半荘一回しか持たない』

また一枚めくる。

『お母さんは死んだ』

また一枚めくる。

そこから先は白紙だった。

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憩「おはようございますーぅ」

慕「あなたは……?」

憩「荒川憩いいますーぅ。ここであなたのお世話をする仕事してますーぅ」

慕「……ひょっとして初めまして、じゃないかな?」

憩「ノートは読み終わったみたいやねー」

慕「お母さん、死んだんだね」

憩ちゃんは神妙な顔で肩を竦めた。

憩「私はその話し、あなたからしか聞いたことありませんよーぅ」

慕「半荘一回ってどれくらいの長さなの?」

憩「人それぞれですーぅ。打てる4人が集まれば1時間、覚えたての4人なら3時間かかるかもしれませんよーぅ」

慕「短ければ5分で終わる事もあるかもね。だからきっと大事なことしか書いてないんだ」


あの夏からどれくらい時が流れた?

高校3年生、インターハイ団体決勝。私の頭の中の引き出しが開く最後の記憶。

モザイク画のように曖昧で、ぼんやりとした記憶。

上家も下家も顔がない。ただ、対面の顔ははっきり思い出せる。

顔だけ。名前はわからない。でも、彼女は強い。


憩「さあ卓がたちましたよーぅ」

憩「一半荘だけの勝負ですーぅ」

慕「ねぇ憩ちゃん。ひょっとして毎回こうやって麻雀やってるの?」

憩「そうですーぅ。いつかあなたより強い人、来るかもしれませんよーぅ」

ノートには書いていない。私の最後の記憶に映る強い人。出会うためには憩ちゃんの用意した卓につくしか、ないのだろうか。


憩「ルールの説明をしますーぅ。一半荘、何でもありのフリースタイルですーぅ」

憩「設定、玄人(ばいにん)って本当にいたの?近代麻雀でしか見たことねーよ!」

憩「手積みアリアリ、トップ総取りですーぅ」

一「アリアリ?」

憩「国広さんはアンダーグラウンド初めてなので丁寧に説明させて頂きますーぅ」

憩「ここでのアリアリは喰い断あり後付あり、ではなくて手品あり、道具ありですーぅ」

一(手品……)

憩「でも相手に種が割れるような稚拙な手品は興ざめですーぅ」

憩「現場を押さえられたらペナルティー……今日のルールは腕一本ですーぅ」

一「確認。この勝負に勝てば借金は帳消し」

憩「帳消しどころか一気に億万長者ですよーぅ。賞金総取り+Total Betの5%が勝者のギャラですよーぅ」

一(やり直せる。ボクの新しい人生を)


国広一が初めて手品に手を染めたのは、麻雀を覚えたその日だった。

父親の興行に付き合って全国津々浦々をドサ回りしている最中、父親はまだ初潮も来ていない一に麻雀を打たせることにした。

参加費1000円、トップは一晩の権利。

興行の付き合い先の上役への完全な接待だった。父親がヘコヘコしながら接待麻雀を打っているのを後ろで眺めていた一は、その時まだ麻雀の基本的なルールと幾つかの役しかしらなかった。

その初めての半荘の南四局で一は河の牌を拾い、四暗刻を和了ったーー

気が付いたのは後ろで見ていた父親だけ。

その日から父親は一に麻雀の基礎と技を叩き込んだ。


憩「レディースエーンジェントルメーン」

憩「白虎の方角より来たるは東洋の手品師、クニヒロハジメ!」

憩「かつての主人に架せられた手錠を外し今その本気が垣間見れるぅー!アンダーグラウンド初出場!」

憩「父の遺した借金を返すため、新しい人生を己の手で掴むためーー負けられない戦いがそこにある!」

憩「勇気あるファイタークニヒロに是非ベットをお願いしますーぅ」

「ハジメに5万ドル!」「3万ドル!」「クニヒロに10万ドル!」

憩「センキュー、センキュー、センキューご祝儀!」

憩「しかしクニヒロの夢の前に立ち塞がるはご存知!青龍の方角より入場!」

憩「白築慕ーーアンダーグラウンド唯一のS級雀士の入場ですよーぅ!」


智葉「賭けが成り立たんだろ……いくら初出場の国広にご祝儀ベットがあるとしても、だ」

ネリー「朱雀と玄武の雀士は二人ともUG経験者だけど、どっちもB級だしね。でも憩なら上手いことやると思うよ」

「シノに100万ドル!」「600万!」「300万ドル!」「シノに」

憩「ソーリーソーリーまだ慕へのベットは受け付けてませんよーぅ」

憩「アリアリで慕とまともに打てる雀士なら今頃オリンピックのメダリストですよーぅ」

憩「ハンディ戦ですーぅ 白築慕はイカサマ禁止!卓は隙間なく監視カメラがカバーしてますよーぅ」

憩「イカサマ発覚次第、即敗北ですよーぅ!さあ、ベットスタート!」

「玄武に40万ドル」「玄武に10万ドル」「ハジメに30万ドル!」「白虎に100万!」
「シノ、シノに15万ドル」「玄武に80万ドル!」「シノに200万ドル」

憩「さあーいい感じにベッティングされてますーぅ残り時間は40秒!各方角の選手が揃い、今卓に付きますーぅ」

「ハジメに1億ドル!ですわ!」

憩「い、一億……一億ドルですーぅ!コレは番狂わせですーぅ!オッズは一気に」

「シノに800万!」「ハジメに500万ドル!」「ハジメに400万!」

憩「1億ドルを放り投げたヤローのせいで、沸騰ですーぅ!これで総額ベットはすでに年内ベスト10に」

「シノに1億ドル!」

憩「ああっ!1億ドル追加入りますーぅ!総額ベットは現在3億4000万ドル!さあ皆様、残り5秒ーー」


智葉「1億とは思い切った事をしたな」

ネリー「拾える金だよ。裏技禁止でもシノに勝てる雀士なんて世界にそういないし」

智葉「クスッ……まあお前が勝てないくらいだもんな」

ネリー「サトハ!そんな昔の話を今っ!」

智葉(しかし初出場に1億ドル……UGに限って八百長って事はないだろうが……どこの馬鹿だ?)


発覚しないイカサマは関知しないルールであっても、実際にやるとなれば話は違う。

国広一は震えていた。

最後に公の場で手品をしたのは小学生の時。テレビカメラで監視されていたが、その時会場の殆どの人が気が付かない程、鮮やかな手品。

しかし、発覚した後一に待っていたのは地獄だった。

裏で打つ経験豊富な3人を相手に大技は不可能。ふと、一は手品を教えてくれた父が思い浮かんだ。

一(国広流の技は大きく2種類。積みと抜き)

憩「洗牌が終わり東1局、親は国広一ですよーぅ」

一(自動卓が普及した今日、積みの重要性は薄れているけど)

智葉「!ネリー、見たか今の」

ネリー「やるね、あの子」

37種136枚の奪い合い。それが洗牌。

一(お父さんはボクの爪が剥がれるまで洗牌させたな)

一の鮮やかな手つきは、百戦錬磨の猛者をも唸らせる名匠の指使い。それはこのフリースタイルにおいて圧倒的なアドバンテージだった。


一「左4です。では」

親の定石はドラを選べる自5または自9。

智葉「洗牌の攻防で白築慕を上回る雀士が選んだのは自山を残す戦略。終盤に勝負を読んで」

ネリー「……」ギロッ

瞬く間に山が切り分けられる。

一はその瞬間を見ていた。対面の白築以外の2人がそれぞれ2回、自山の牌と配牌をすり替えていたのを。

一(これだけ早くすり替えをされたらタイミングを計らないと腕は掴めない)

一の思考は相手のすり替え防止とイカサマの現場を差し押さえることより、ある一点に集中せざるを得なかった。

憩「朱雀の雀士は計7枚すり替え、白虎は3枚、どっちも配牌イーシャンテンですよーぅ」

憩「そして初出場の国広は」

国広流の奥義は積みと抜きを合わせた複合技。

配牌を全て自山と入れ替える大技ーー広く世間に「燕返し」と知られる技を、国広流では「天地」と呼ぶ。

一「天和」


透華「やりましたわッ!一がやってくれましたわ!」

純「度胸あるなあ国広君。燕返しなんてリスク大の技、初出場の地下の東発で俺ならやらないぜ」

智紀「多分みんなそう思っていた。だから決まる。警戒が無意識のうちにS級の白築に集まっていたから」

憩『な、な、なんとー!初出場、国広一、いきなり天和ですーぅ!すり替えたタイミングのリプレイ動画ですーぅ』

智葉「やりやがった。燕返し。それも速い。ありゃ、最初から警戒してなきゃ防げないな」

憩『まさに電光石火ですーぅ これが国広一!今日はまさかの番狂わせが起きそうな予感ーー』


慕(燕さん……むかし閑無ちゃんが練習してたなあ)

慕(こういうのもありなんだーーここでは)

慕「名前は?」

一「ボク?国広一」

慕(国広一ちゃんか……強い?まだわからないよ)

慕「試さなきゃ」ボッ


親の借金は自分で返すと決めていた。

純「とーかはあんな性格だし、馬鹿みたいに金持ってるからもう忘れてるだろーよ」

一「関係ないよ。ボクにとっては大事な事。それにボクはもう」

一「とーかと主人とメイドの関係は辞めたいんだ」

一「そのために、金は自分で返す。それが済んで、強さ証明できたらボクはーー」

純「だってよ、とーか」

一「とーか!?何で?」

UGに向かう空港までとーかが送りに来て、こうボクに言った。

透華「一……あなたの手錠の鍵を外したくってよ」

そう言って透華はボクの枷を外した。

透華「純から聞きましたわ。一……待ってます、日本で。もしあなたが強い人、最強であると証明できたら父も母も認めてくれますわ」

一「とーか……絶対勝つよ。そしてまたここで……ボクはあなたに認めてもらう。とーかの伴侶に相応しいのは、ボクだって!」

透華「一。待ってますわ」


一(だからボクは負けられない。どんなリスクを背負っても)

ーー最強の麻雀打ちは誰か?

憩『出場はウェルカムですーぅ アンダーグラウンドは慢性的に人手不足ですよーぅ』

ーー名だたる雀士達がルール無しで戦った時

憩『ですが負けた時の決めはアンダーグラウンドに一任するという契約でいいんかなー』

ーー競技麻雀ではなく

憩『五体満足で負けたらちょびっとえっちなビデオに出てもらう程度やけどー』

ーー積み込み・すり替えありの

憩『もし手品がバレて負けるなんて醜態さらしたらー』

ーー『麻雀』で戦った時

憩『死ぬほど後悔するですよーぅ』

ーー今現在 最強の麻雀打ちは決まっていない


慕「ロン!18000です」

憩『形勢逆転ですーぅ!白築慕は、白築慕はやっぱり強いーー』

智葉「手品なしで良くやるな。南3局の土壇場で逆転か」

ネリー(手品なし?サトハの目は節穴かな?ネリーの目から見てここまで18手、怪しい動きがあったよ)

憩『さあオーラスですよーぅ!今の振込で注目の新人、国広一は3着転落ですーぅ』

一(クソ……初手天和はやり過ぎだったか?対面がずっとボクの手を凝視している)

一(おかげで上家と下家が動きやすいせいで場の回転が速い……ボクは隙をついて1局2枚交換がせいぜいなのにっ……)


透華「一……勝ちますよね?」

智紀「……」

純(国広君も相当打てる方だぜ?相手が異常だ……ヒラですり替え使えるの3人と平気で打ち合えるなんて)



ネリー「ヒラじゃあない」

智葉「ネリー、わかったのか?」

ネリー「証拠は、ない。ネリーがあの卓いたら手を掴んでやるんだけど」

智葉「しかし、白築はイカサマ禁止だろ?」

ネリー「サトハ。普通の雀荘で打つ時はソレが当たり前だよ。白築は何らかの方法でカメラにバレないようにイカサマしている。おそらく自摸牌を盲牌→自山の牌と交換。掌の下がカメラの死角だよ。あそこで何が起きてるかは、同卓者が上手く腕を掴むしかないけど」

憩『さあ運命のオーラスですよーぅ!おーっと、ここで国広に手が入っているーぅ!ドラ3内蔵の三暗刻役1テンパイですーぅ!』

一(そしてツモれば逆転。和了牌はボクの山の端にある。すり替え……この極限下で?やるしかない……もたもたしてたら和了られる。第一ツモで決めるっ……!)

一(幸い、白築は対面!山とツモ牌のすり替えの現場は押さえられない……やれるさ、ボクなら)

一(上家と下家が視線を切った隙だ)

ミスディレクション。国広一は右手で牌を引き、左手で手元に握ったリー棒を静かに対面の慕の足元に投げた。

何かが落ちた小さな音に上家と下家の目が一瞬切れた隙を彼女は見逃さなかった。

よどみなく右手を動かし、牌をすり替える。何十万回と繰り返した動作だった。瑕疵はなかった。その動作自体には。



一「ぎゃおっ!」

慕「ごめん、手が届かないから……審判さん、国広さんの手を開いて。牌が2枚あると思う」

一(一瞬視界が真っ暗に……え?何された?目から……血?)

憩『リー棒が国広一の目に刺さってますーぅ!これは……そして国広の手に握られた二枚の牌、動かぬ手品の種がー!』

智葉「流石に読んでる…国広の敗因はUG唯一のS級雀士にあまりに無警戒だったことだ」

ネリー「すり替えは怪しいと思っても現場を押さえなきゃ意味がないからね……まあミエミエのサマしてたら誰も打ってくれないけど」

ネリー「白築慕はタイミングを図っていた。彼女がリー棒を投げたのは牌がすり替わる直前」

一「あっ……あっ……嘘」

慕(白築慕は強い。事実だった。信じたくなかったよ。)

憩「ペナルティーは腕一本ですーぅ!二度とイカサマが出来ないように……っ!悪い右手は肩からバッサリ斬り落としますーぅ!執行人は対木もこちゃんですよーぅ!」

慕(私の記憶は半荘一回しか持たない)

一「やめて下さい、お願いします、やめて……右は……」

慕(お母さんは死んだ)

もこ「きれいな右手……綺麗……綺麗……きれい……切れ」

慕(お母さんは死んだ!)


透華「純。不愉快です。中継を切りなさい」

純「へいへい。しかしとーか、1億ドル大損じゃねーか。ま、俺はちゃっかり白築に10万賭けてたけどなー」

智紀「とーかは賭け向いてない……」

透華「きいいいいい!!!やっぱり一を信じたのは間違いでしたわ!悔しいですわ!」

智紀「とーか……早く荒川に連絡を。取り返しが付かないことになる」

透華「取り返し?」

智紀「五体満足なら良かったけど、ガミってアウトになった敗者は予後不良」

透華「具体的にどうなるんですの?」

智紀「私の口からは」

純「俺も言いたくねーなあ」

透華「仕方ありませんわ。はぁ……純、荒川へ繋いで下さいまし」



最強の麻雀打ちは誰か?

透華「おほほ、荒川さんお久しぶりですわ。先程の試合見ていましてよ」

麻雀打ちがルール無しで戦った時

憩「1億ドルありがとうございますーぅ おかげでいい興行になりましたよーぅ 荒川アンダーグラウンドを今後ともご贔屓にー」

競技麻雀ではなく

透華「こほん、先程そちらでお世話になった国広一の件ですが、おいくら万円で買えますか?」

積み込み・すり替えありの

憩「申し訳ないですーぅ もう先約がありますのでー」

『麻雀』で戦った時

透華「あら?それは残念ですわ。せっかくいい話もありましたのに……でも他所に売るのは少し待って頂けません?」

透華「そちらの白築さんとても強くて素敵ですわ。それで是非、ウチの衣と試合を組んで頂こうかと」

透華「色良い返事を期待していますわ」

今現在 最強の麻雀打ちは決まっていない


国広一 カン


おまけ

ボクは負けた。

無様に手品を暴かれて、その場で見せしめのように右腕を切り落とされた。

もう二度と麻雀も出来ないし、とーかに会うことだってーー

今は地獄を味わっているよ。

あの試合の後、1週間は右肩の断面の灼熱痛でまともに寝れなかった。

その1週間後、憩さんは薬を打ってくれた。痛みがスッと抜けて、久しぶりにぐっすり眠れたんだ。

目が冷めたらどこかの病院にいた。

憩「片腕だけないのは不格好やしー クライアントの要望で、一ちゃんはこうして欲しいってーー」

一「あ、あ、嘘」

鏡に写ったボクは芋虫みたいに小さく丸まっていた。

憩「国広一、四肢断裂ーーアンダーグラウンド、舐めちゃあかんですよーぅ」

もこ「切った、斬ったのはわた、私・・・」


一度舌を噛み切って死のうとした。

でも、すぐに応急処置をされて[ピーーー]なかった。

代わりに歯を全部抜かれた。

手足を奪われ、歯を抜かれ、体を拘束されてボクは地獄を見ています。

四六時中、もうなくなった手足の先がジュクジュクと焼き鏝を押し付けられるように熱くなるんだ。

憩ちゃんは気まぐれで時折ボクの部屋にやってくる。

ボクはそりゃもう必死さ。助けてくれるのは憩ちゃんだけ。

だから憩ちゃんにありったけの罵声を浴びせるのさ。

この人でなし、この鬼畜から始まって、ボクは人間というか、動物みたいに奇声をあげながら憩ちゃんをなじる。

憩ちゃんはいつも仏様のように微笑んで、ボクの枕元に立ってそれを聞き届け、ボクが最後に殺してぇ……ってたまらずお願いすると、静かに部屋を離れるんだ。

ねえ、誰か、死ぬ方法を教えて下さい。


おまけ終わり

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