藍子「少女は戦乙女を目指す」 (26)


「わぁ、961プロって初めて来たけど、とっても大きいんだね。迷子になっちゃいそう。
 こんなに大きいビルを何に使ってるんだろう?」

「アイドルだけじゃなくて、他にも幅広く手掛けてるから。そのせいかも」

「藍子ちゃんは迷ってない? ちゃんと集合場所に行けるかな?」

「部屋番号を見てるから大丈夫だよ。この階の……ちょっと先にあるみたい。ほら、案内板」

「あ、ほんとだ!」

「夕美ちゃんも場所をわかってるかと思ってたんだけど……」

「そこはほら、藍子ちゃんがしっかりしてるからついて行けば大丈夫かなって♪」

「もうっ……」

「冗談だってば! 703会議室でしょ?」

「そうそう……って言ってる間に着いちゃった」

 目の前の、703号室と書かれたプレートが掛けられている扉の前で立ち止まる。
 ノックをして、そのドアを開いた。

「失礼します」

「失礼しますっ」

「藍子ちゃんに……夕美ちゃん!
 おはようございます。今日はよろしくね」

 部屋の中には美波さんが居た。椅子から立ち上がって出迎えてくれる。
 さすがに美波さんは私たちよりも先に来てたみたい。

「おはようございます。よろしくお願いしますね」

「おはようございますっ。えっと……」

「あっ、私は新田美波です。夕美ちゃんのことは藍子ちゃんからよく聞いてて、それで知ってたんだ。
 みんなよりちょっとだけ先輩になるけど、これから同じユニットで活動していくんだから気楽にしてね?」

「はいっ。よろしくお願いします、美波さん」

 2人は会うのが初めてだっけ。
 夕美ちゃんも物怖じしない性格だから、美波さんと打ち解けるのも早いと思う。


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「それにしても今回の企画、美波さんにはぴったりだと思います。
 私と夕美ちゃんはどうしてえらばれたんだろうって不思議ですけど」

「ふふっ、ありがとう。
 でも、ありすちゃんが意味のないことをするとは思えないし。
 きっと、2人が必要なんだと思うわ」

「そうだといいなっ。それで、ありすちゃんって、あの橘ありすちゃん?
 わぁ……本当に一緒のユニットなんだ……!」

「あとは、鷺沢文香さんも一緒なんですよね?」

「そうだけど……確認はしなかったの?」

「だって、Aランクアイドルですよっ?
 お話なんてしたことないから、まだ実感がわかなくって」

 1人で盛り上がる夕美ちゃんに美波さんは苦笑気味だ。

「夕美ちゃんの事務所には愛梨ちゃんが居るんじゃないの?
 愛梨ちゃんだって初代シンデレラガールなんだから、ありすちゃんと同じくらいすごいと思うんだけど」

「愛梨さんはなんというか、親しみやすいですから……」

 そう夕美ちゃんが答えると、美波さんが一瞬天を仰いだ。

「……愛梨ちゃんほどわかりやすくはないけど、ありすちゃんはとってもいい子だから。心配しないでね」

「厳しいところもありますけど、とっても優しいですよね」

「それならよかった~。なんだか仲良くなれそうな気がする♪」

 愛梨さんと比べるのもどうかと思うけど、ありすちゃんは誤解されやすいところがあるから。

「文香さんの方は、顔がしっかりわからない写真しか見つからなくて……
 美波さんの方はどうでしたか?」

「私も同じだったよ。最近デビューしたばかりみたいだから、プロデュースの方針なのかも。
 でも、綺麗な人だったよね」

「あっ、それ私も思いました!」

「美波さんも同じでしたか……どんな人なのか楽しみですっ」


 聞こえたノックの音に会話が途切れた。

「おはようございます。みなさんお揃いですね」

「……おはようございます」

 ドアから入ってきたのは、ありすちゃんと髪の長い綺麗な女性。
 あの人は――

「おはようございます、ありすちゃん。あの、文香さんは古書店の店員さん、ですよね?」

「……あぁ、あの時の。お買い上げいただいた小説は、いかがでしたか」

「いい雰囲気でした。静かに物語に浸れて。
 またお店でおすすめの本を教えてくださいね?」

「機会があれば、ぜひ」

「……お2人はお知り合いでしたか」

「あっ」

 ありすちゃんの声で、文香さんとの会話に夢中になっていたことに気づいた。
 文香さんもばつの悪そうな顔をしている。

「まぁいいです。むしろ喜ばしいことです。
 それはそれとして、説明をしますから適当な席に座ってください」

 ありすちゃんが持ってきたノートパソコンをプロジェクターに繋ぎ、スクリーンを下ろした。
 動作を確認したあと、照明を落とす。

「改めまして、私は『961プロダクション』の橘ありすです。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。
 ご存じの通り、『961プロダクション』では一定以上のアイドルに大きな権限が与えられていますので、このユニットに関して企画運営は私が中心となって行います。
 私が幼いため不安に思われる部分もあるかと思いますが、プロダクションのスタッフによるバックアップは万全ですので、ご安心ください」

 ありすちゃんが961プロの組織について簡単に説明していく。

 961プロにもプロデューサーは居るが、面倒を見ているタレントは全体の半分にも満たない。
 残りは黒井社長の直属となり、セルフプロデュースに近い形で活動をしている。上に行けば行くほどその傾向は強い。

 とは言っても、方針について黒井社長と相談することは出来るし、業務に関しては全面的に961プロの社員さんを頼ることができる。
 望めばプロデューサーの下に付くことも可能……らしい。

「さて、この5名で行うのは『PROJECT CINDERELLA GIRLS』内での合同ユニット企画……今回はその第3弾です。
 主な活動内容としては、ユニットでのライブとそれに向けたPV撮影などになります。
 コンセプト曲は『生存本能ヴァルキュリア』。こちらのデモは既に聴いていただけたかと思います。
 この戦乙女や女神をイメージした曲を中心にライブを組み立てていきます」

 ありすちゃんの言葉に、全員が頷いた。

 この合同ユニット企画は各事務所の持ち回りで行われている。
 コンセプトの決定、メンバーの募集、曲の提供を行うのは主催する事務所だ。

 今回961プロから資料と一緒に送られてきたのは、ありすちゃん、楓さん、アーニャちゃんが歌った『生存本能ヴァルキュリア』だった。
 961プロの誇るAランクユニット『フェアリー』をこんなところに使うという豪華さに、プロデューサーさんと一緒に驚くと同時に呆れたことを覚えている。


 ここまで話したところで、ありすちゃんが照明を点けた。

「さて、堅いお話はここまでにしましょうか。ここで自己紹介をしたいと思いますけど、どうでしょうか?
 初対面の方も居ますから」

「それはいいですねっ」

 夕美ちゃんは私以外の全員と、文香さんは私とありすちゃん以外の全員と会ったことがなかったはずだから。

「ああ、そこの人脈チートには必要ないみたいですけど」

「チートって……」

「毎回毎回理解できない妙なつながりを持ってくるんですから……
 というか、藍子さんがチートを知っていたことに驚きました」

「あはは……そっちを知ってたのはプロデューサーさんのせいだから」

「あぁ、納得です」

 そこまで言ったところで、咳払いをひとつ。

「私からでいいですよね? 私は『961プロダクション』の橘ありす、14歳です。
 私のことはみなさんご存じだと思いますけど、このユニットで活動する間はキャリアもランクも年齢も関係ないですから。
 気軽に接してください。私もそうします」

 961プロ所属のAランクアイドルで、『フェアリー』のリーダー。
 シンデレラガールズ開始から4年間第一線で活躍している『Little Queen』。

 そんな経歴だから、ありすちゃんは畏怖されることが多い。
 ここに限っては、私と美波さんはありすちゃんのことをよく知っているし、文香さんは同じ事務所、夕美ちゃんはそんなことを気にするような子じゃないから大丈夫だと思うけど。

 ありすちゃんが視線を向けると、美波さんが立ち上がった。

「『ホワイトレディ』所属の新田美波、21歳です。
 このメンバーの中では最年長で、活動期間もありすちゃんの次に長いから、何かあったら気軽に相談してね?」

 美波さんは『ゆるふわタイム』のすぐ後の時間にラジオ番組を持っている縁もあって、この中では一番付き合いが長い。
 私がデビューしたときから、ずっと頼れるお姉さんだ。

「私は『ピチカート』の相葉夕美19歳です!
 クールな曲はあまり歌ったことがなくて不安だけど、今回は挑戦してみようと思います!」

 夕美ちゃんとは半年前の番組で一緒になってから交流がある。
 趣味が合うから、休日を一緒に過ごすこともある。

「……『961プロダクション』所属の鷺沢文香です。年齢は19歳です。
 若輩者ですが、戦乙女のイメージに沿うライブにしたいと思います。
 何卒、よろしくお願いします」

 文香さんについてわかっていることは少ない。
 新人アイドルで、大学の文学部に通っていて、読書が好きということくらいだ。
 これから仲良くなれるといいな。

「私で最後ですね。『CGプロダクション』の高森藍子、17歳です。
 私もこういう雰囲気の曲を歌うのは初めてですけど、精一杯頑張りますっ」

 私のことはみんな知っているから、反応は薄かった。
 私が座ったところで、ありすちゃんに注目が集まる。


「ここまでで何か質問はありますか?
 何でも訊いてください。疑問は解消しておいた方がいいですから」

 ありすちゃんが部屋の中を見回す。

「じゃあ、ひとつだけ……私が選ばれたのって、なんでかな?
 それこそ、楓さんやアーニャちゃんみたいな人の方が似合ってると思うんだけど……」

 プロデューサーさんと話し合って演技の方向性は決めていたけど、やっぱりありすちゃんから直接答えを聞いておきたい。

「藍子さんはクールじゃないから選びました。
 戦乙女も女神の一種ですが、多神教での神は個々に様々な性質を持っています。
 善神も居れば邪神も居ますよね?」

「……ヴァルキュリアの登場する北欧神話にも、善神バルドルや邪神ロキ、といった神々がいます。
 ヴァルキュリアの多くは戦に関する名を付けられていますが、医療を司るエイルは慈愛の要素を持つ、と考えることもできると思います」

「つまり、女神も厳しいだけではない、ということです。
 神秘や苛烈さの部分は私達が担当しますから、藍子さんと夕美さんはやさしさの部分をお願いします」

「はいっ」

「はい!」

 考えていた通りでよかった。これなら、私でもできそう。

「他にはありませんか?
 ……大丈夫ですね。それでは、次にこのユニットのリーダーを決めましょう」

「リーダーって、ありすちゃんじゃないの?」

 美波さんが手を挙げて発言する。
 私もここまでずっとありすちゃんが進行していたから、それが当たり前だと思っていた。

「最年少の私じゃ威厳が足りません。
 コンセプトを考えると、美波さんにお願いしたいんですけど」

「えぇっ、私? 961プロが主催だけど、そのあたりは大丈夫なの?」

 美波さんの疑問はもっともだ。
 実際にいろいろな手続きを行うのは961プロだから。

「PV撮影やライブの手配は私を通して961プロが行います。企画の内容は決まっていますし。
 リーダーの主な仕事はセンターに立ってメンバーをまとめることです。
 細部の決定はリーダーに任せるかもしれませんけど」

「うん、それくらいなら……」

 ありすちゃんの説明を聞いて、美波さんが頷いている。

「それに、他にリーダーが出来そうな私も藍子さんも、『フェアリー』と『パステルガールズ』のリーダーです。
 さすがに2つのユニットでリーダーを務めるのは負担が大きいので、お願いします」

「わかりました。リーダーは私が引き受けます。
 みんなも、それでいいかな?」

 美波さんに、4人分の拍手が送られた。

「ありがとう。改めて、これからよろしくね」


 リーダーが美波さんに決まったところで、ありすちゃんが大きく息を吐く。

「美波さんが引き受けてくれてよかったです」

「そのことなんだけど……ありすちゃんに副リーダーをお願いできないかな?」

「……そうですね、わかりました。やっぱりやりにくかったですか?」

「それもあるけど、先輩として頼りにさせてもらおうかなって思って」

「サポートはしっかりしますよ。
 それに、戦闘ものなら美波さんが隊長として、副隊長も居た方がそれっぽいかもしれません。となると……」

 ありすちゃんは何かを思いついたようで、ノートパソコンに短くメモを取っている。

「……これは後で考えるとして。最後に、美波さんにユニット名を考えてほしいです。
 締め切りまで時間はかなりあるのでゆっくりでいいですよ」

「テーマに沿って考えてみるね。みんなにも相談させてもらっていいかな?」

「あまり大勢で考えてもまとまりませんから、最初は文香さんと2人で考えてみませんか?
 さっきの解説でもわかると思いますけど、文香さんの知識はすごいですから。
 文香さん、お願いできますか?」

「……わかりました。どこまで、お役に立てるかわかりませんが」

「文香ちゃん、ありがとう。よろしくね」

「よろしくお願いします。
 ……これから考えるのでしたら、資料室に行きませんか?
 神話についての本も置かれていますから」

「それはいいわね。じゃあ、さっそく行きましょう。
 ありすちゃん、藍子ちゃん、夕美ちゃん、またね」

「……失礼します」


 美波さんと文香さんが部屋を出ていくと、ありすちゃんが私と夕美ちゃんのところに近づいてきた。

「私達もこの後ゆっくりお話でもしましょうか。
 下のカフェに行きませんか?」

「もちろん! 1回行ってみたかったんだっ」

「私は何回か行ったことがあるけど、いいところだよ。
 ちょっと高級感があって気遅れしちゃうけど」

 961プロの中にあるカフェは落ち着いた雰囲気で、見るからに高級そうな調度品が置かれている。
 お値段もそれなり。961プロらしいと言えばそうなのかもしれない。

「……夕美さんはよくカフェに行くんですか?」

「藍子ちゃんほどじゃないけどね」

「なるほど。ちなみに、休日はどんなことをしてるんですか?」

「よくするのはお花の世話とか、お散歩やショッピングとかかな?」

 夕美ちゃんの返答を聞いて、ありすちゃんは大きく頷くと私の方を向いた。
 心なしか目が輝いているような気がする。

「藍子さん、予想はしてましたけど……夕美さんも、パッションの良心なんですね。
 よかったです。パッションでも、藍子さんみたいな人が来てくれて……!」

 ……それ、どういう意味?


……………
………


「藍子ちゃん、本当にかっこよかったよ! 普段と全然雰囲気が違ってたね」

「夕美ちゃんもクールにできてたと思うよ。やっぱりお姉さんだから、大人っぽかったし」

「お疲れさまです。何を話してたんですか?」

 ドアを開けてありすちゃんが入ってきた。
 私達は今、収録スタジオの一室に居る。
 さっき収録を終えたところで、今はその確認中。

 修正する部分があればもう一度録り直して、それで今日は終了だ。

「藍子ちゃんがかっこよくて凄かったってことだよ」

「夕美ちゃんがクールで大人っぽかったってことかな?」

「そうでしたか……藍子さんは予想よりも強く出ていましたね」

「これは思いっきり歌ってもいいかなって思ったんだけど……ダメだったかな?」

 クールなイメージの曲だから、思いっきり歌うことにしていた。
 もしかして、やりすぎだったかな?

「許容範囲内だと思います。元々藍子さんがこういう曲も歌えることはわかっていましたから」

「そうかな? じゃあこの調子でいくね」

 かっこよく歌えないことはないけど、普段の歌い方と混ぜることは難しいというか。
 スイッチを切り替えるようなイメージだから。

「夕美さんはちょうどいいくらいでしたよ」

「本当? よかった~。
 特訓の甲斐があったね♪」

 夕美ちゃんは本当に嬉しそうな様子だ。

「特訓ですか?」

「うん。大人っぽい雰囲気の練習をしたんだ」

「夕美ちゃんのプロデューサーさんの考えですけど。
 夕美ちゃんの髪をウィッグで長くして、服も変えて演技をしながら過ごしてみたり」

「こういう方向なら私らしくかっこよくなれるかなって思って」

「なるほど、それはいい考えです。
 設定に反映させることもありますから、思いついたことがあったら美波さんか私に言ってくださいね」


「はーい。それにしても、私はこういう方向の演技ってしたことがなかったから新鮮だったなぁ」

「普段の自分と違うほど難しくなっていきますからね。私も、子供らしくと言われると困りましたから」

「……」

 ああ、それはわかるなぁ……

「……何か?」

「なんでもないですよー。少なくとも、ありすちゃんが思ってるようなことじゃないからね」

「そうですか……」

 本当に、ありすちゃんが子供っぽいって思ったわけではない。
 よくありすちゃんにそんな指示をだしたなぁとか、それにしては完璧に演じ切っていたなぁとか思っただけで。

「失礼な藍子ちゃんは置いておくとして。向こうの収録はどうだったの?」

「私達は特に問題もなく終わりました。元々私達のイメージに近いですからね」

「いいなぁ。私はやっぱりちょっと苦手だから」

「それも経験です。どこかで絶対に役に立ちますよ。
 さて、そろそろ文香さん達のところに行きましょうか。
 もう少し時間がかかりますけど、集まっていた方が動きやすいです」

「出来上がったのを聴くのが楽しみだなぁ」

「それは後日になりますよ。藍子さん、気が早いです」

「ゆるふわ乙女はどこに行っちゃったのかな~?」

「……ちょっとお散歩に行ってるだけですー」

「はいはい。行きますよ。早く歩いてください」


……………
………


 PV撮影の当日になった。
 移動に使っている車の中では、それについての会話に花が咲いている。
 私とありすちゃんが座っている前の列には、美波さんと夕美ちゃんと文香さんが座っていた。

「ユニット名の『アインフェリア』って、直球で女神みたいな名前にならなくて私はよかったな」

「私もです。大仰な肩書は肩が凝りますから」

 収録のすぐ後に、美波さんと文香さんから発表されたユニット名が『アインフェリア』だった。
 ヴァルキュリアとして導く者達の名前にすることでコンセプトを間接的に表した、ということだ。

「藍子さんも詳しい舞台設定は見ましたよね?」

「見たけど、ずいぶん壮大なお話になったね」

 人類が宇宙に進出して気が遠くなるような時間の流れた世界で。
 無数に散らばる惑星のひとつで暮らしていた少女達は、とある事件でその素質を見出されて軍の広報部隊に所属することになる。
 その仕事と言ってもアイドルのようなもので、今までの日常の延長のような生活をしていたけれど、徐々に銀河全体に広がる騒乱の渦に巻き込まれていく……
 というストーリーになっていた。

「機械を思考で直接操作できたり、拠点となるのが役目を終えて改装された実験艦の高速戦艦だったり、私の年齢でも当たり前に就労出来て戦闘機のパイロットになれたり、といった設定もありますけど」

「だから後半の服があんな感じなんだよね」

「白の軍服はかっこいいと思いますよ。そのシーンでは艦隊戦の映像も流れる予定です」

「本当にすごいことになってるなぁ。私も頑張らないと」

「藍子さんなら心配していませんけど、藍子さんらしくやってください」

「うん、ありがとう」

 ありすちゃんとお話ししていると、やっぱり落ち着くなぁ。


「これはまだ話が出てるだけなんですけど、設定を作り込み過ぎたみたいで。アニメ化の企画になるかもしれません」

「えっと、アニメ? ドラマじゃ映画じゃなくて?」

「実写って、何百億かかると思ってるんですか。でも、アニメならやれないこともないですから」

「へぇ、本当に大きい話になってたんだね」

 こういう企画で他の分野にまで続いたことはなかったから、かなりの規模になっているらしい。

「何を暢気なことを言ってるんですか? 登場人物は私達がモデルですよ?
 当然、声優も私達です。『アインフェリア』として歌も歌いますし」

「えぇっ!? 声優なんてやったことないんだけど……」

「素の私達を元にしていますから、演技は楽なはずですよ。
 大切なのは見ていて内容に集中できないような違和感を感じさせないことです。
 それさえできれば、この場合の声優としては合格ですから」

「あはは……さすがに気楽にはできないかな」

「まぁこれはその時に考えればいいですよ。
 こんな大規模な企画になりそうだったからか、楓さんとアーニャさんも出たがって大変でした」

 961プロの中ではメンバー選びは苦労したみたい。
 ありすちゃんの表情からそれがはっきりとわかった。

「酔いどれ艦長とよく訓練された兵士は要りませんから断固拒否しましたけど。
 メディアミックスに関してはまた正式に決定したらお知らせします」

「うん、わかった」

 何事も前向きに考えた方がいいよね。
 声優かぁ……菜々さんにコツとかを教えてもらおうかな?

「……あれ? これって…………」

 宇宙で、戦闘があって、アイドルが歌って……
 こんなアニメ、プロデューサーさんと奈緒ちゃんの会話であったような……

「藍子さん。私達の歌は範囲内の味方へのバフ――能力向上の支援効果です。
 歌うのは敵との相互理解のためではありません。いいですね?」

「えっと……」

「これは大切なことです」

「はい……」

 ありすちゃんの有無を言わせない迫力に、思わず頷いてしまった。


「それでいいんです。同じようなことを後からやる以上差別化は必要ですから。
 まったく、なんで社長も乗り気になってるんですか……部長は銀河アイドル伝説ってどんな冗談ですか……
 今からどこまでオファーが飛んでいくか怖くて仕方がないのに……」

 ありすちゃんは知らないところで苦労しているみたい。
 リーダーって大変だなぁ。

「ありすちゃん、愚痴くらいなら聞いてあげるからね?」

「本っ当にありがとうございます。
 男性は宇宙とロボットにロマンを感じるというのは本当のようですね。
 いい歳の大人があそこまで暴走しているのは初めて見ました」

「となると、私のプロデューサーさんには話さない方がいいよね」

「やめておいてください。喜んで輪の中に突撃していくタイプじゃないですか。
 もしかしたら裏ではもう加わっているのかもしれませんし」

「その可能性は……あるなぁ……」

 否定できないところが、プロデューサーさんを端的に表している。
 いろいろと凝ったものを考えるのが好きみたいだから、嬉々として設定を加えていく姿が目に浮かぶ。

「ちょっと問い詰めておこうか?」

「それはいいですね。藍子さんには弱そうですし」

「そうかなぁ?」

「……まぁいいです。なんなら、卯月さんと美穂さんを加えてもいいですよ?」

「それなら確実かも。ちょっと締め上げてみるね」

「お願いします。私の方でも軌道修正を試みてみます」

 プロデューサーさんはこういう隠し事をするの苦手だから、簡単に喋ってくれそう。
 それはそれとして。

「こういう設定を考えるのって、ありすちゃんも好きだと思ったんだけど。
 読んでてそれっぽいところもあったし」

「何を言ってるんですか?」

 私の疑問はありすちゃんに即座に切り捨てられた。

「確かにあまりに辻褄の合わない設定を放置しておくのは嫌だったので修正は加えましたよ。でも、それは回転や宇宙線みたいな適当な万能エネルギーでなんでも解決しようとするインフレが大好きな人達が悪いのであって、こういったSFでは最低限舞台となる世界の中で理屈を通すことは大切だと思うんです聞いてますかだからその生温かい目をやめてください不愉快です!」

 ……語るに落ちるって、きっとこういうことなんだろうなぁ。


……………
………


「綺麗な場所ですね~」

「実際に目にしてみると、思っていた以上にいいところでした」

 ロケ地には綺麗なお花畑が広がっていた。
 こんなところに来たらお昼寝をしたくなるけど、まだ撮影が終わっていないから我慢しないと。

「緊張していますか? 文香さん」

「はい……大勢で和やかに過ごすという経験はあまりしたことがないので、撮影を上手く熟せるかと少々不安に思っています。
 衣装を変えた後のシーンは余計に……」

「草原での撮影はいつもの調子で大丈夫ですよ!
 その後も、文香さんなら綺麗だから似合ってると思うんだけどなぁ……」

「藍子さんの言う通りです。文香さんはそのままで十分です」

「はぁ……そういう、ものですか」

 文香さんにあまり納得した様子は見られない。

「どうしても迷ったら、黙って読んだ本の内容でも考えていてください。それでもうまくいきますから」

「ありすちゃん、それはさすがに言い過ぎじゃ……」

「文香さんは黙って立ってるだけで神秘的な雰囲気を纏ってる人です。
 あれこれ考えるくらいならポテンシャルに任せてしまった方がいいんです」

「文香さん! メイク直しお願いしまーす!」

 遠くから、スタッフさんに声を掛けられた。
 文香さんが小さく手を振ってそれに答える。

「……では、お2人とも、お先に。
 ありすちゃんのアドバイス、実践してみようかと思います。
 ありがとうございました」


 文香さんが立ち去ると、ありすちゃんと2人きりになった。
 少し気まずそうな顔をしている。

「結果的にあれでよかったんじゃないかな? 文香さんもちゃんとわかってたみたいだし」

「ああいう自信のない人には何をどれだけ言っても聞いちゃいません。
 いくらできるって言っても自分で否定してるんですから。
 だから多少強引でもやらせてみて、成功させるのが効果的です」

「あはは、なんかわかってしまうなぁ……
 昔の私みたいに?」

「いい経験になりました。ずいぶん苦労させられましたけど。
 最近はマシになりましたよね。相変わらず評価は少し低めですけど」

 望んでアイドルになったけど、最初の頃は自分にみんなよりもいいところがあるってなかなか思えなくて。
 自分のできること以外には自信を持てないような状態だった。

「あの時はお世話になりました。
 文香さんは自信を持ってもいいと思うんだけどなぁ」

「それ、そのまま藍子さんにお返しします。
 そういう人なんですよ。また活動していけば自身も持てるようになってくると思いますし。
 まぁ気長に待つことにします」

 ありすちゃんが視線を逸らす。
 この話題はここで終わりみたい。


「それにしても、本当にきれいなお花畑だね。
 小さな頃、花冠や花の指輪なんかを作ったのを思い出すなぁ」

「私はあまりそういう遊びはしてこなかったので、作り方を知らないです。
 ここにある花でも作れますか?」

「できるよ。こういうのは夕美ちゃんの方が詳しいと思うけど。
 ちょっと時間があるし、私が教えてあげようか?」

「いいんですか? それじゃあ、お願いします」

 私がしゃがむと、ありすちゃんも隣にしゃがんだ。

「まずは簡単なシロツメクサの指輪からかな?
 シロツメクサを1本取って」

「はい」

 私とありすちゃんがシロツメクサの花を1本ずつ手に持つ。

「これを指の大きさに合わせて輪っかを作って……
 できたら、余ったところを輪っかにぐるぐる巻きつけて、解けなかったらそれで完成だよ」

「こう、ですか……?」

 ありすちゃんが完成した指輪を見せてきた。
 これならしっかり作れているから、壊れることは無いと思う。

「できたらはめてみて?」

「へぇ……意外と丈夫なんですね」

 ありすちゃんが指輪をはめた手をかざして眺めている。
 私もせっかく作ったんだからつけておこうかな。

「藍子さん。これ、いいです。撮影の小道具に使えます。
 いえ、自分で作れるなら、これを作っているカットを加えても……
 夕美さんも知ってるなら教えてもらえますし……ちょっと美波さんと相談してきます」

 そう言うと、ありすちゃんが美波さんのところに走っていってしまった。
 美波さんと少し話した後、2人でスタッフさん達のところに向かっている。
 私は……夕美ちゃんと待っていようかな。


……………
………


 今日はライブの本番。これが『アインフェリア』としてひとまず最後のお仕事になる。
 会場は大規模なアリーナ。こんな会場は私の単独ライブで使ったことはなくて、『パステルガールズ』でならなんとか、というところだ。

 ありすちゃんは単独で使ったこともあるくらいで、私と美波さんはこの規模の会場やドームでのライブに出た経験があるから、落ち着いている。
 文香さんは緊張していたけど、ありすちゃんがお話をしに行っていたから大丈夫だろう。

 残る一人はと言えば……

「夕美ちゃん、水を飲むのはそのくらいにしておかない?」

「あっ、ごめんね。つい……」

 夕美ちゃんが口元に運んでいたペットボトルを机の上に戻した。

「夕美ちゃんはこんな会場でのライブは初めてかな?」

「はい。美波さんはリハーサルのときも堂々としててすごく頼もしかったです。
 どうやったらあんな風になれるんですか?」

「うーん、あんまり考えたことなかったけど……
 期待に応えようとしてると自然に、かな?」

「期待に、応える……」

「ファンのみんなが応援してくれてて、プロデューサーさんやスタッフのみなさんも私達のために舞台を整えてくれて、今回はリーダーも務めてるから。
 アイドルの『新田美波』として胸を張ってステージに立とうと思ったら、必要なことは全部きちんとしなきゃって思うの」

「期待、かぁ……」

「いきなりこんなに大きな会場で、やっぱり緊張するよね。
 じゃあ、私のお気に入りの場所に行ってみようか」

「お気に入りの場所、ですか?」


「ここだよ」

 美波さんの案内で来たのは、スタンド席の外の通路だった。
 会場前で人気のない通路の壁に沿って、フラワースタンドが並んでいる。

「まるでお花畑みたい。
 いろとりどりのお花が、こんなにたくさん……すてきー……」

 ずっと向こうまで続くお花の列は、主に白と青と、それから黄色。

「こんなにたくさんのフラスタは初めて見たかな?
 ここにあるフラスタは『アインフェリア』に贈られたものもあれば、私達個人に贈られたものもあるの。
 夕美ちゃんに贈られたのだって、こんなにたくさんあるんだよ」

 美波さんがフラワースタンドを一つひとつ眺めながら歩いていく。
 いつも私のライブで見ている名前もたくさんあって、それを見ると今まで以上にやる気が出て来る。
 数百人や数千人から贈られると、それだけの人の期待を背負っていると同時にこれだけの人から温かく応援されているって実感できるから。

「夕美ちゃんは『アインフェリア』の一員としてこれだけの人達に認められて、必要だって思われてるの。
 どう? 少しは緊張は解れたかな?」

「私の名前、こんなにたくさん見たことありませんでした。
 期待には応えなきゃ、ですよね!」

 夕美ちゃんの顔つきが変わった。
 これなら、本番も大丈夫かな。

「でも、笑顔は忘れずにね?」

「藍子ちゃんに言われなくっても!」

「あの……2人とも? 今日はクールに、だからね?」

「あっ……意識すると、笑ってしまいそうですよね」

「藍子ちゃんがここで裏切るの!?
 夕美ちゃんもって言わないよね?」

「あ、あははー……私はもうちょっとお花を見てきますね。
 こうしてると元気を貰えますから!」

 夕美ちゃんが私達を置いて歩いていった。
 半分は言った通りなんだろうけど、半分は美波さんから逃げるためのような気がする。

「藍子ちゃんもそのマイペース、今日は自重しよっか?」

「私はしっかりするところはしっかりしてますよっ」

「油断すると時の魔術を使われそうなんですけど?
 もう、リーダーも楽じゃないんだからね?」

「みひゃひはん、ほっへはひゃへへふははい」

「まだメイクもしてないんだからいいじゃない。
 あ、これ意外と面白いかも……」


……………
………


「みんな、お疲れ様! いいステージだったわ!」

「文香さんも頑張りましたね。ソロで会場を惹きつけたのは凄かったです」

「緊張したよ~!」

「よしよし。夕美ちゃんも素敵だったよ」

 まだみんなライブの興奮が冷めていない。
 ライブはトラブルもなく成功に終わり、舞台裏には笑顔が溢れていた。

「『藍子ちゃんに癒された』『鷺沢さんが神秘的で圧倒された』『夕美ちゃんがいつもと違ってぐっと綺麗に見えた』
 『美波さんマジ女神』『美波さんマジビーナス』『美波さんマジガッデス』……と、感想も好評みたいですね」

「ちょっと待って最後のなに!?」

 タブレット片手に感想を読み上げるありすちゃんのところに、美波さんが詰め寄る。

「……しかし、『ありすちゃんがかわいかった』のように、ありすちゃんについての感想もかなり多いように思いますが……」

「あっ、文香さん覗き込まないでください!」

 ありすちゃんが小柄だから、文香さんが覗き込もうとすればそれなりに簡単にできる。
 慌ててタブレットを胸に抱いて隠していた。
 さっきまでと一転して、今度は美波さんがにやにやと笑っている。

「別に、これくらいいつものことです」

「へぇ、ありすちゃんはいつもこんな風に言われてるんだね」

「美波さんだっていつもこんな感じじゃないですか。読み上げたのは、これでも控えめな方なんですよ?」

「えっ……? というかなんでそれをありすちゃんが知ってるの?」

「調査は基本です」

 ありすちゃんと美波さんのおかげで、楽屋はかなり賑やかだ。

「みんな元気だね~。私はけっこう疲れちゃった」

「文香さんはそうでもないみたいだけど……
 私も含めて、体力はそれなりに鍛えてるからね」

「動くのが苦手って言ってた藍子ちゃんでも、実際見てみるとこんなにすごいんだね。
 どんなトレーニングをしてるの? やっぱり茜ちゃんについていけるくらいを目標に、とか?」

 茜ちゃんのトレーニングかぁ…………

「……やって、みたい?」

「遠慮しておこうかな~……」

 目を逸らして、心なしか距離も取られた。
 でも、夕美ちゃんと茜ちゃんは同じ事務所だよね? 他意はないけど。


「本当に終わっちゃったんだよね。
 みんなとお友達になって、お仕事は先輩達に教えてもらって。
 いい経験になったし、楽しかったよ。
 だから、もっと……って思っちゃうのかな」

 夕美ちゃんが寂しそうに呟いた。
 同意するように頷く姿も見える。

「そのことなんですけど」

 ありすちゃんが一歩前に出る。

「『アインフェリア』は、アニメ化に向けて動き出すことになりました。
 まだ正式ではありませんけど、ほぼ確実でしょう」

「あの企画そこまで決まってたんだ……
 でも、今日のライブでは発表がなかったよね?」

 私は元々プロデューサーさん達の話を聞いていたから、驚きはなかった。

「さすがに今回には間に合わなかったみたいですね。
 だから、数年後になりますけどまた一緒に活動できますよ」

 事情を知っていた私とありすちゃん以外には衝撃が大きかったようだ。
 やっと、みんなも会話に復帰し始めた。

「……正直なところ、まだ完全に受け止めることはできていません。
 ですが、また『アインフェリア』として活動できるということは、素直に嬉しいと思います」

「数年後ね……年齢的に大丈夫かしら」

「私は楽しみだなっ。
 美波さんはまだ若いんだから、大丈夫ですよ」

「たしかにウチには礼子さん達も居るけど、だからこそ聞けるお話もたくさんあるの。
 油断してると一瞬だって」

「そ、そうなんですね」

 みんなにとっても嬉しい話だったみたい。
 数年後のことはわからないけど、また誰も欠けることなく集まれたらいいな。

「さて、そろそろ会場から出なきゃ。
 私とありすちゃんは明日もお仕事だから、打ち上げはまた後でね。
 それじゃあみんな、準備をして。今日はゆっくり休みましょう」

「「「「はい」」」」


 荷物をまとめていると、隣にいたありすちゃんが体を寄せてきた。

「藍子さん。また後で相談したいことがあるんですけど、いいですか?」

「うん、いいよ」

 でも、ありすちゃんが相談って、何だろう?


……………
………


 ライブから1週間後。
 私と美波さんと夕美ちゃんと文香さんは、961プロの近くにある公園に来ていた。
 木陰にブルーシートを広げて、今日はここで打ち上げをすることになっている。

「打ち上げというのは……公園で行うもの、なのでしょうか」

「公園でなんて、珍しいよね。
 でも、こういうのもいいんじゃないかな?
 PV撮影のときを思い出すよね!」

「ありすちゃんもそう思ってたみたいよ」

「さすがにあのお花畑は遠すぎるから、公園ですることにしたみたいです」

「……それは良い考えだと思いますが、お仕事でもなく日差しの下にいると、なんだか落ち着かない気分です」

「私はぽかぽかして、気持ちいいですけど」

「……溶けます」

「わわっ、なんか文香さんがたれてる!」

 まだ夏……まではいっていないはずなんだけど。


「みんな、ありすちゃんが来ましたよ」

 美波さんの指差す方を見ると、遠くにありすちゃんの姿が見えた。
 両手いっぱいにビニール袋を下げている。
 隣にいる人は、あれって……

「だからわざわざついて来なくていいって言ったじゃないですか」

「私が居なかったら、ありすちゃん1人でこれを持てるとでも?」

「ぐっ……それは人を呼ぶつもりで……」

「ならば、たまたま手が空いていた私が来ても同じことだろう?」

「絶対嘘です! だいたいあなたは一番忙しいはずの人じゃないですか!
 あ。みなさん、遅くなりました」

「ふん、こんなところで打ち上げとはな。どれ、ここはセレブな私が格に相応しい会場を――」

「余計なことはしないでください! もう!」

 シートの上に持っていた荷物を下ろした後も口論を続ける2人をただ見ていることしかできない。

「ありすちゃんと文香ちゃんがお世話になったね。『アインフェリア』も成功と言っていい。
 ご苦労だった。今後も君達には期待しているぞ」

「あ、はい!」

 慌てて返事をする。
 まさか、黒井社長がこんなところにまで出てくるなんて思ってもいなかった。

「まったく、いいところだけ持っていって……」

「はは、ウチのお姫様はご機嫌斜めのようだ。
 それでは、私は失礼するとしよう。アデュー!」

 そう言うと、返事を待たずに去って行ってしまった。


「気を取り直して、準備をしましょうか」

 ありすちゃんが持って来た袋を開けていく。
 中に入っていたのは、ありすちゃんが担当していたオードブルだった。
 それも、かなり豪華な。

「あの、なんだか予算と中身が合っていないような気がするんだけど……」

「社長のおかげでこうなりました。
 まぁ料理に罪はありませんから、貰えるものは貰っておきましょう」

 みんなで配膳を手伝って、飲み物が行き渡ったところで、ありすちゃんがみんなの前に立った。

「今回は961プロ主催の企画に参加してくれて、ありがとうございました。
 ライブも成功しましたし、私もみなさんと過ごせて楽しかったです」

「私も楽しかったよ!」

 夕美ちゃんの合いの手に。笑いがこぼれる。

「次の機会もありますが、それも数年後です。今日で『アインフェリア』の活動は一区切りです。
 だから、このユニットで活動したことの記念になるようなものを用意してきました」

 ありすちゃんが鞄から袋を取り出して、一人ひとりに手渡していく。

「これは……」

「シロツメクサの指輪に花冠だね! これって……造花かな?
 かなり本物に近いよ」

「さすがに造花は買いましたけど、編むのは自分でやりました。
 造花なら枯れることもありませんから、ずっと残しておけると思って」

 手元にあるのは、あの時つくったものと変わりないアクセサリー。

「綺麗にできたね、ありすちゃん」

「藍子さん、ありがとうございました。
 私はこういうことに慣れていないので、藍子さんに手伝ってもらったんです」

 と言っても、私がしたのはお店の紹介だけだ。
 そこから先はありすちゃんが1人でしていた。
 だから、私も出来上がったものを見るのは今日が初めて。

「文香さんも、気に入ってくれましたか?」

「……その、どう言い表せばいいのか分かりませんが……嬉しいです。
 ありがとうございます。ありすちゃん。
 ……ありすちゃんから貰ってばかりで、どうお返しすればいいのか。申し訳ないのですが」

「アイドルとして先輩なのは私ですけど、人生の先輩は文香さんです。
 私はいつも頼りにさせて貰っているつもりですけど……それじゃ、ダメですか?」

「……そう、ですね。これからも、よろしくお願いします」

「はい。これからも一緒に頑張りましょう」

「ありがとう、ありすちゃん。
 イベントの間はいろいろと助けてくれて、最後にこんなに素敵なプレゼントをくれて。
 でも、大丈夫だった……? これ、とてもいいものを使ったんじゃない?」

「……あの。みなさん、ひとつ大事なことを忘れていませんか?」

 ありすちゃんが不満そうな表情で私達をぐるりと見回して、言い放った。

「私だって、セレブなんですよ? この程度で心配されるなんて心外です」


 そのあまりにも誰かに似ている物言いに、くすくすと笑いが起こった。

「ふふふ。さぁ、それじゃ、打ち上げを始めましょうか。
 ライブの成功を祝して、乾杯!」

「「「「乾杯」」」」

 その後、5人の和やかな打ち上げは日が暮れるまで続いた……

以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
この世界観のSSも20本目ですが、今回はヴァルキュリアイベントがあったらどうなるだろうということで、
橘ありす 14歳 中3 Aランク アイドル5年目
新田美波 21歳 大4 Cランク アイドル4年目
高森藍子 17歳 高3 Cランク アイドル3年目
相葉夕美 19歳 大2 Eランク アイドル2年目
鷺沢文香 19歳 大2 Fランク アイドル1年目
の5人でお送りしました。

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