千早「敵です」 (32)
ーレコーディングスタジオー
響『はなーれてーゆく♪ らせんのきおーくが♪』
響『ときをーこーえて♪ またふったりめぐりあわせるまでー♪』
千早「……」
千早「…………」
千早「………………」
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ー765プロ事務所ー
響「……ただいまー!!」
千早「戻りました」
P「お帰り二人とも。首尾はどうだった?」
響「ふふーん! そんなの聞くまでもないさー! 自分も千早も完璧なレコーディングだったもんね!」
響「ね、千早?」
千早「ええ、そうね」
P「そっか。アルバムの出来上がりが楽しみだな!」
響「うんうん! きっとオリコン初登場10位以内は確実だぞ!」
P「そうなるといいなぁ」
千早「…………」
響「……あ、もうこんな時間だ。自分、帰ってみんなにご飯あげなきゃ」
響「千早、プロデューサー、お疲れ様! また明日ね!」
千早「お疲れ様、我那覇さん」
P「お疲れー。気をつけて帰れよー」
ガチャ バタン
千早「…………ふぅ」
P「どうした千早、ため息なんかついて。もしかして今日のレコーディング、納得いかなかったのか?」
千早「いえ、そんなことはありません。私も我那覇さんも持てる力の全てを出し尽くしましたし、素晴らしいものが出来上がると信じています」
千早「ただ……」
P「ただ?」
千早「今日我那覇さんと二人でレコーディングをしていて思ったんです。……やっぱり我那覇さんは私の敵なんだと」
P「えっ」
P「敵ってお前……。そりゃ、響は765プロに来てまだ日は浅いかもしれないけど、いいヤツじゃないか」
P「根が明るいからみんなと馴染むのも早かったし、うまくやってると思ってたんだけどなぁ」
P「千早はやっぱり、ああいうタイプは苦手か?」
千早「あ……すみません、説明不足でしたね」
千早「私が言っているのは我那覇さんの性格や人間性についてではないんです」
千早「彼女の歌についてなんです」
P「歌について?」
千早「はい」
千早「961プロにいる時から思ってましたが、我那覇さんの歌は完璧すぎます」
千早「音程なんてほとんど外さないし、高音域も安定してしっかり声が出せているし、ファルセットも綺麗だし……」
千早「その上にダンスも上手くてスタイルもいいなんて、もうチートじゃないですか!」ガタッ
千早「歌しかない私にどう対抗しろと言うんです!?」
P「う、うん。とりあえずちょっと落ち着こうか」
千早「あっ……す、すみません、少し興奮してしまって」
P「ほら、紅茶でも飲んで」スッ
千早「ありがとうございます」
P「……」ズズ
千早「……」ズズ
千早「……ふぅ」
千早「我那覇さんはただ歌が上手いだけではないんです」
千早「彼女には、可愛らしい曲やクールな曲、テンポの早い曲もバラードも、色んなタイプの曲を歌いこなしてしまうという特技がある」
千早「『Rebellion』のあとに『ポン・デ・ビーチ』とかを聴けば分かってもらえると思います。これを歌っているのは本当に同じ人なのかって」
P「確かに響は器用だよな。自分で完璧って言ってるだけはある」
P「でも、千早だって色んなタイプ歌を歌っているじゃないか」
千早「いえ、私のは……」
P「千早もいろいろな歌を自分のものにしていると俺は思うぞ?」
千早「……知っていますか、プロデューサー。私が歌った『おはよう朝ごはん』が巷でなんて言われているか」
P「あ、あれはホラ、千早が真面目過ぎるからああなってしまっただけであって、もう少し硬さが抜ければそれらしくなるというか」
千早「とにかく、我那覇さんは私の敵です」
P(うーん、やっぱ歌のことになると譲れないものがあるのかなぁ)
千早「……そうそう、961プロ繋がりで言うと四条さんも私の敵です」
P「えっ、貴音もか?」
千早「声に色気がありすぎるんです! なんなんですかあの吐息は! ファンを誑かそうとしているとしか思えません!」ズイッ
千早「『オーバーマスター』しかり、『KisS』しかり。格好いい曲や大人っぽい曲が似合いすぎです!」ズズイッ
千早「それなのに『フラワーガール』とかバカにしてるんですか!? あんなの萌えないわけがないじゃないですか! ギャップ萌えというやつですか? 狙ってるんですか? ええ、私はキュンとしてしまいましたよ!」ズズズイッ
P「お、おう。分かった分かった。いつの間にかこっちに迫って来てるぞ」ドウドウ
千早「あっ……す、すみません。私、また興奮してしまって」
P「まあ、貴音はあの独特の雰囲気が売りだからなぁ」
P「でも、俺は千早の歌の雰囲気も好きだぞ?」
千早「け、結婚したいほど好きだなんてそんな……! まだ早いです!」カァァ
P「いや、全然そんなことは言ってないけどな」
千早「……とにかく、四条さんも私の敵です」
P(千早の歌にも充分色気は詰まってると思うんだけど、歌ってる本人は気づかないものなのかな)
千早「我那覇さん、四条さんとくれば」
P「まさか……」
千早「はい。美希も敵です」
P「敵多いな」
千早「そんなの、美希が悪いんです。あんなに可愛らしい声なのに『relations』とかずるいです」
千早「あんな声で失恋の歌なんか歌われたら……ま、守ってあげたくなっちゃうじゃないですか!」
P「一応それもあの歌の狙いのひとつだからなぁ」
千早「なぜ美希はあんなにカッコよく歌いこなせるんですか? あんなに甘い声なのに」
P「なんでって……そりゃ美希だってたくさん練習したからだろ? relationsの練習量はハンパなかったんだ」
P「あの時はおにぎりも一日10個に減らして頑張ってたっけ」
千早「そう……ですよね……。私なんか比べものにならないほど美希は一途ですからね……」ズーン
千早「私も明日から断食しよう……」
P「お、おいおい、千早が歌に対してものすごい努力をしているのは十二分に分かってるってば。それに断食なんてダメに決まってるだろ。千早はむしろもっと食べなさい」
千早「じゃ……じゃあプロデューサー、私のために毎日お味噌汁を作ってくれますか?」モジモジ
P「それ、普通逆じゃないか?」
千早「美希の歌声って、765プロの中では比較的癖が少ない方だと思うんです」
千早「だから、デュオやトリオの中にいても自己主張しすぎないし、むしろ歌を盛り上げる良いアクセントになってくれます」
P「さすが千早、歌のことになるとよくみんなを観察してるな」
千早「ソロだけでもあんなに売れっ子なのに、さらにフェアリーですか。さすが凡人とは忙しさが違いますね、天才は」
千早「私は凡人らしく芸能界の隅っこでほそぼそとアイドル活動していくことにします」
P「す、すまん。千早にももっと活躍してもらえるようにたくさん仕事を取ってくるからそう卑屈にならないでくれよ」
千早「……お願いします。でも、美希も私の敵であることには変わりありませんけれど」
P(今日はいつになく面倒くさいな)
千早「ちなみに、私の敵はフェアリーの三人だけというわけではありません」
P「マジか」
千早「力強いハスキーボイスで抜群の存在感がある真」
千早「可憐で守ってあげたくなるような、でも芯の通った歌声の萩原さん」
千早「まだ中学生になったばかりだというのに難しい歌もしっかり歌いこなして、しかも自分なりのアレンジまで歌に加えてしまう亜美真美」
千早「水瀬さんだってそうです。真とは違った意味で自分の存在を主張し、ヘンタ……ファンを着実に増やしています」
千早「……みんな、私の敵です」
P(敵って言いたいだけなんじゃないのか?)
P「……あれ? そういえば春香は? あとやよいとあずささんの名前も上がってないみたいだけど」
千早「春香は……」
千早「あの子は、歌の技術が昔とは比べものにならないくらい上がりました」
千早「私はずっと側で見ていたから分かります。春香がどれだけ苦労してきたのかが」
千早「そして、春香の歌には本人の前向きな気持ちがとても良く現れていて、聴く人に元気と笑顔を与えてくれます」
千早「『さよならをありがとう』を聴いて私は何度も元気をもらいました」
P「うん。確かに春香の歌は元気が出るよな」
P「じゃあ、春香は千早の敵じゃないってことか?」
千早「いえ、それとこれとは話が別です」
P「あ、そう……」
千早「さっきも言いましたけど、春香の歌は短い期間で大きな成長を見せました」
千早「でも、これからもまだまだ伸びると思うんです。だって春香は、本当に歌うことが好きだから」
千早「持ち前のひたむきさで、必ず今よりもさらに歌が上手くなるはずです」
千早「私、心のどこかで春香のその情熱が妬ましいと思ってしまっているんです」
P(歌に一番の情熱を持ってる人間がよく言うよ)
P「でも、さすがに千早でもやよいのことを敵とは言わないよな?」
千早「それは……」
千早「はっきり言って、分かりません」
千早「高槻さんの歌も春香と同じくたくさん元気をもらえる歌が多いですし、何より高槻さん自身がエネルギーの塊のようなものですからね」
千早「気分を昂ぶらせたい時は『キラメキラリ』か『ゲンキトリッパー』を聴いています」
P(敵だとか言いながら何気にみんなの歌をちゃんと聴いてるじゃないか)
千早「でも、伸びしろは高槻さんにもまだまだあります。いつかは高槻さんの歌も成長して私の敵として立ちはだかるかもしれない」
千早「……それを考えると、怖いんです」
P「考えすぎじゃないかなぁ」
P「じゃあ、あずささんは?」
千早「…………」
P「……ん? どうした千早」
千早「私、ずっと不思議に思っていたんです」
千早「あずささんは確か、765プロへ来るまで歌やダンスをやったことはほとんどないと言っていましたよね?」
P「そうだな。卒業した短大も普通の短大だったって聞いたぞ?」
千早「そんな素人同然の人が、なぜあんなに素晴らしい歌声を持っているんですか?」
P「あー……」
千早「初めてあずささんの歌を聴いた時私は、全身に鳥肌が立ちました」
千早「最初に我那覇さんのことを完璧と言いましたが、それでもまだ彼女の歌は発展途上です」
千早「……が、あずささんのそれはもはや完成品」
千早「声量、音程、リズム感、表現力……どれを取っても非の打ち所のない、芸術品です」
千早「あずささんと同じ土俵にすら立てていない私には、彼女のことを敵だと言う資格なんて無いんです」
P「……そうか」
千早「それともう一つ」
P「まだ何かあるのか?」
千早「あずささんには、自覚が足りないと思うんです。自分の素晴らしい歌声に対する自覚が」
千早「みんなとは一線を画した実力を持っているというのに、本人はいつも控えめで自分から前へ出ようとはしません」
千早「竜宮の中でもあまり目立とうとはしないらしいですし、少人数のミニライブでも自分を主張しようという気持ちは感じられません」
千早「あんなに素晴らしいものを持っているんです、あずささんももっと自己アピールをしていくべきです」
千早「私には、それがもどかしくて」
P「……まあ、そこは人間性の問題もあるかもな」
千早「……こうして考えてみると、765プロは敵だらけなんですよね」
千早「やっぱり、ここにも私の居場所はないのかしら……」シュン
P「いやいや、そんなはずはないだろ? 765プロのみんなは仲間だ。誰も千早のことを敵と思ってる子なんていない」
千早「いえ、ダメなんです」
千早「みんなはそれぞれに素晴らしいものを持っていて、でも、私には歌しかなくて」
千早「それなのに、みんなの歌が可愛すぎて、私はみんなのようには出来なくて……」
千早「……もう、私はここにいるべきではないのかもしれませんね」スクッ
P「お、おい、どこへ行くんだ?」
千早「プロデューサー、短い間ですがお世話になりました。私は961プロへ行くことにします」ペコリ
P「ま……待ってくれ!」ガシッ
千早「プロデューサー……?」
P「千早、お前はあずささんのことを自己アピールが足りないって言ったよな?」
千早「はい……」
P「お前にも同じことが言えると思うぞ?」
千早「えっ」
P「今日の話を聞いて再確認したよ。歌に対する情熱は千早が一番持ってるって」
P「それはきっと俺だけじゃなく、みんなも認めている事実だ」
千早「そんな、私は……」
P「聞いてくれ、千早」
P「確かにウチのみんなはそれぞれ個性を持っていて、千早に無いものも持っているのかもしれない」
P「でも、千早には千早にしかない最大の武器があるじゃないか」
P「聴いた人の魂を揺さぶる、心に訴えかける歌声がさ」
千早「…………」
P「一番最初に千早の歌を聴いた時、思ったんだ。『この子は絶対に売れる。将来きっと素晴らしい歌い手になる』って」
P「千早はもっと自分の実力を信用しろ。もっとアピールしていけ」
P「お前だって充分素晴らしいものを持っているんだ。自信を持て」
千早「プロデューサー……」
P「それともう一つ」
P「みんなのことをライバルとして見るのはいい。その方がお互いにいい刺激になって成長していけるからな」
P「でも、敵だとか言わないでくれよ」
P「俺たちは仲間で、家族なんだから」
千早「プロデューサー……!」
千早「じゃあ、私と結婚してくれますか!?」
P「それはまた別の話だ」
千早「すみません、プロデューサー。私、間違っていました」
千早「私には私にしか持っていない武器がある。……それに、765プロのみんなが私がここにいることを認めてくれている」
千早「そう考えると、これからのアイドル活動も頑張っていけます」
P「うん、分かってくれてよかったよ」
千早「……あ、あの」
千早「私、歌のことになるとどうしても周りが見えなくなってしまって……」
千早「こんな私ですが、これからもプロデュースしてくださいますか?」
P「当たり前だろ? みんなで目指すんだ。トップアイドルを」
千早「みんなで……」
千早「はい、そうですね」ニコッ
ー翌日ー
ガチャ
千早「おはようございます」
イッパイイッパイ…♪
小鳥「……あら、千早ちゃんおはよう♪」
千早「? 音無さん、何を見ているんですか?」
小鳥「ああ、これは律子さんのアイドル時代の映像よ」
小鳥「まだ一年くらいしか経ってないんだけど、ずいぶん昔のことのように思えるわぁ」
小鳥「もう、律子さんとっても可愛い!」
千早「これは……!」
千早(すごい……。小さな会場とはいえ、ステージの端から端まで走り回って、それでいて歌も疎かにしていない)
千早(まるでライブ会場のお客さん全てが律子一人に誘導されているかのような……)
千早(失敗の許されない生のライブでこのパフォーマンス力)
千早(これが、律子のライブなの……?)
P「おー、おはよう千早」
千早「…………」
P「……千早? どうした?」
小鳥「うふふ、千早ちゃん、すっかり律子さんのステージに夢中になっちゃったみたいですね」
P「そうですか」
P「律子のステージはいろいろ勉強になると思うし、一度みんなにも見せた方がいいかもしれないな」
千早「……あの、プロデューサー」
P「うん?」
千早「律子は……私の敵です」
P「」
おわり
終わりです
読んでくれた人ありがとう
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