[オリジナル]「好きなんて、言わなくたって」  (46)


「君、クビね」

「え?」

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「というのは冗談だよ」


「そんな凍りつく冗談はやめてくださいよ。社長......」


「まぁクビではなく、君には休暇をあげるよ」


「まったく社長は、そういうところが......え?」


「ん? なんだその不思議そうな顔は」


「いえ、驚いただけです」


「社長が休めとおっしゃるなんて」


「いやいや、君を休ませないと労働基準法に反するからねぇ。はっはっは」


「けっこうな問題だと思いますが......」


「細かいことは気にするな、それに君には嫁がいるそうじゃないか」


「家族サービスしてきなさい」


「社長......」


「分かりました。ではその休暇、いただきます」


「よろしい」


「では失礼します」


「ああ、一ついいかね?」


「なんです?」


「君の嫁は綺麗なんだそうだな。して、どうなんだ?」


「はい......それはもう」


「とても綺麗ですよ」


風そよぐ 故郷の山々に 朝日がのぼり


草木が輝き渡り 数多の命が 目覚める季節


私は......。


「春子」


澄み切った夜空に、愛しい人の名を一人呟き


「今から、帰るよ」


言葉にしようものなら、たちまち薄れてしまうような、幸福の一文字を
心に抱き、私は夜間のバスに乗り込んだ。


ーーーーーー

バスの傾きに身体をゆだねながら、私は闇夜に瞬く色とりどりの光の粒を
まるで好奇心旺盛な男児のように見つめていた。


「そうだ、春子に帰ると連絡しないとな」


普通ならば、バスの中での携帯は、マナー上御法度だ。


しかし、今私が乗っているバスには私以外に乗客はいない。


そして運転手に許可はもらったので、私は堂々と春子に電話をかけた。


「(春子は早寝だからな、起きていればいいんだが......)」


そう、心の内で思いながら、携帯の無機質に鳴り響く音に集中する。


「......もしもし」


「......!! 春子!!」


無機質な音が六回繰り返されたのを最後に、携帯から聞こえてきたのは
春子の温かい、透き通った声だった。


「その声は......元さん?」


彼女は、恐る恐るというような声で私の名を言った。


「ああ、俺だよ春子」


私は、彼女が今抱いているであろう、不安のような気持ちを払拭しようと
努めて優しい声で言った。


「ああ......元さん」


その甲斐あって、彼女の声から不安な雰囲気は消え去り
変わりに安らかな、うっとりとした声が携帯を通して伝わってきた。


「(春子、お前は私の声を聞くやいなや、携帯越しでの再会を喜んでくれている
   だが、お前と同じように喜んでいる男がここにいるぞ)」


と、心の内で言いながら、春子の声に自身もうっとりしていた。


「それで元さん、こんな夜中にどうしたんですか?」


「うん、実は休暇をもらったんだ」


「今、そっちへ向かっているところだよ」


「え、それって......」


「ああ、もうすぐ会えるよ」


私がそう言うや、彼女は小さく甘美な声を上げた。


「あと、どのくらいで着きますか?」


と、彼女が聞いてきたので


「そうだな......あと三時間くらいかな?」


私が快くそう答えると


「ふふ、分かりました。元さん待ってますよ」


彼女のそんな弾んだ声が、携帯を伝い私の耳へと届く。


「ああ、待っててくれ」


「はい......」


そして彼女との会話を終えた。


ふと運転手が鏡越しに私を見て微笑んでいた。


少し照れくさかった。


ーーーーーー


私はまた闇夜に視線を注いでいた。


心なしか、闇夜に瞬く光の粒が増えているような気がした。


「(こっちでは星なんて殆ど見えないが、あっちに帰れば 
   きっと数えるのが面倒になるくらいの星が輝いているのだろうな)」


などと闇夜を見ながら思っていると、ふと彼女の顔が脳裏に浮かんできた。


そんな彼女は、私に向かって優しく微笑んできた。


「(春子に、早く会いたいな......)」


そう思う傍ら、きっと私の帰りを今か今かと、そわそわして待っているであろう
春子を思い浮かべながら、私も、早く着かないかなとそわそわしていた。

主な人物紹介

元さん(私) 25才

春子さん 23才


ーーーーーー


長かったような短かったような、そんなバスの傾きに
身をゆだねている時間は終わり


申し訳なさそうに頭を垂らす街灯が一本だけある、
辺りを生い茂った木々に囲まれた停留所に到着した。


そしてバスを降りた瞬間、私は驚愕に顔を染めた。


「は、春子......?」


私はいくらか上ずった声で、驚愕の原因であるその
あまりにも見覚えのある銀白の女性の名を呼んだ。


しかし、その銀白の女性は折りたたんだ膝に顔を埋めて
停留所の時刻表に体をもたれさせて
小さく寝息をたてていた。


そして彼女の息づかいに合わせて揺れるその銀白を私はしばし
呆然と見つめたあと、はっと我に帰り、その銀白へとゆっくり近づいた。


「春子......春子......」


そして安らかに眠る銀白の前に膝をつき、小さくそう囁きながらその銀白を撫でた。


すると、その銀白はくすぐったそうに体をもじもじと動かし、
その膝に埋めていた顔をゆっくりともたげた。


「元......さん?」


そしてそんな銀白の大きく見開いた瞳には私が閉じ込められていた。


そしてきっと私の瞳には彼女が閉じ込められているだろう。


「ああ、ただいま......春子」


私は彼女の頬に触れながら、そして触れてから気づいた頬の冷たさにさえ
愛おしさを抱きながらそう言った。


「おかえりなさい......元さん」



彼女は嗄れた声で言った。すると彼女の瞳から
透明な雫が滑らかな軌跡を描くように彼女の頬を流れた。


私はそれをそっと拭ってあげた。



そして私達は久しぶりの再会という幸福を、二人で分かち合った。


今日は投下終了
地の文あるけど読んで頂けたら幸いです。

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