高森藍子「プロデューサーさん、お風呂さきにいただきました」 (30)

※デレマス
 盗賊藍子ちゃんに大切なモノを奪われたい。

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「プロデューサーさん、お風呂さきにいただきました」

私がそう言ったとき、Pさんはデスクに座ってパソコンに向き合っていました。

「おう、冷蔵庫にジュースがあったはずだから勝手に飲んでいいぞ」

Pさんは私に背を向けたままそう返事をします。

モニターには文字や画像がたくさん並んでいます。

「お仕事ですか?」

たしか今日の分は事務所で全部片づけてきたはずです。

「ああ、今メールが来たんで片づけておこうと思って」

Pさんはカチャカチャと音を立てながらキーボードを叩いています。

冷蔵庫を開けるとそこには瓶入りのぶどうジュースがありました。

「これってたしか…」

先週私が買ってきたものと同じです。

いえ、私が買ってきたものでしょう。

Pさんが飲み干して美味しかったから同じものを買ってきた、とはちょっと考えられません。

「はぁ…」

トクトクと音をたてて透明なコップが紫色に染められていくのを見ながら軽くため息が出てしまいます。

Pさんはちゃんと食事を摂っているのでしょうか、このジュースだって少しでも栄養補給になればと思って持ってきたのに。

リビングに戻るとPさんはまだパソコンに向かっています。

「急ぎのお仕事なんですか?」

私があまり口を挟むのは良くないと思いながらもちょっと気になってしまいます。

「ああ、事務所の次のライブでアイドルのグッズを売り出すって話があってさ」

顔はモニターに向けたままPさんが返答します。

「グッズって…Tシャツとかタオルとかですか」

「まあ…そういう今までにあるのもいいんだけど、何か目新しいものを出そうって話でさ。今度の会議までに企画をまとめておこうと思って」

ウェブサイトで何かを調べながら作りかけの書類を手直ししています。

「そう、なんですか」

ブオオオオオオー

私はお仕事の邪魔にならないようソファーに座りドライヤーで髪を乾かしていきます。

テーブルに雑誌を広げていますがその内容はほとんど頭に入ってきません。

代わりにぼんやりと考えていました。

私、さっき彼の事をプロデューサーって呼んでしまいました。

Pさんは特に気にしてはいないようでしたけど。

やっぱり他人行儀だったかなあ…

今までは特に意識することなくPさんって呼んでいましたが、こうして彼のおうちにお泊りするようになって…

二人っきりの時とかはなんとなく照れくさくてあまり名前で呼べなくなってしまいました。

もっとも二人きりだから特に名前を呼ぶ必要はないんですけど。

それでもやっぱりなにか言わないと変な気がしてしまいます。

お仕事の時は今まで通りにPさんと呼べるんですけども。

もっとも未央ちゃんには前と比べて呼び方がぎこちなくなった、ってからかわれてます。

「なんかいい匂いがするな」

Pさんがふと顔をあげて呟きました。

私に訊いたのでしょうか、それとも独り言でしょうか。

「なあ藍子、シャンプー変えたのか?」

体を反転させてこちらに向き直ります。

「はい。あの、このまえ試供品をいただいて、それが気に入ったんで買ってみたんです」

えへへっ、Pさんが気付いてくれました。

普段は髪型を少し変えてみたり、小物を新しくして事務所に行っても全然反応がないんですけどね。

やっぱり自分の部屋で変化が起こると敏感になるんでしょうか。

「ほー、これが新しいシャンプーか…フローラル系かな」

くんくんとワンちゃんみたいに鼻をうごめかせています。

「はい、オーガニックな成分が中心なので肌にも優しいらしいんですよ」

「へえ、そうなんだ」

「お風呂場に置いておきますから、よかったらPさんも使ってみてください」

言われなくてもその辺にあるものを適当に使うんでしょうけどね。

「ありがとう、男が使っても変じゃないかな」

「はい.ナチュラルな香りですからそんなに目立たない…って何してるんですか」

「いやどんな匂いか確認しようかと思って」

「だ、だめですよ。やめてください」

もう、乾かしている最中の女の子の髪を手に取って匂いを嗅ぐのはエチケット違反ですよ。

私が抗議するとPさんは再び机の方に戻ってしまいました。

私は早くなった鼓動を静めながら急いで髪を乾かしてしまいます。

「なあ藍子」

ドライヤーを片づけて戻ってきた私にPさんが声をかけます。

「コロンとか、香水とかのオリジナルブレンドって難しいかな」

「香水ですか?うーん、やったことはありませんけど…もしかしてさっきのお話ですか?」

「ああ、藍子をイメージした香りをグッズにしてみようかと思って」

私の香りですか…それは恥ずかしいですね。

あ、だけど…

「香水だと私よりも志希ちゃんのイメージじゃありませんか?」

「あーそうか。向こうのチームがそのアイデア出してくるかもしれないな」

なんだかお仕事が大変そうです。

「あ、そうです」

「どうした?」

「香水の調合は出来ませんけど…ポプリだったら作ったことありますよ」

「ポプリか…グッズにするからそれなりの量を作るんだけど大丈夫か?」

「そうですね、材料さえ用意できれば。熟成に時間はかかりますけど作る手間はそうでもないですから」

「そうか。その方向で検討してみるか」

そういうとPさんはまたパソコンに向かってしまいました。

私も少しはお役に立てたでしょうか。

カチャカチャ

Pさんはアイデアが固まったのかどんどんと書類を書き上げていきます。

私はそれを後ろでぼんやりと眺めています。

事務所にいるときは、仕事をしているPさんの背中を眺めるのが大好きでした。

けど今はなあ…せっかく二人きりなのに。

男の人ってそんなに仕事が好きなんでしょうか。

Pさんの肩越しに見えるモニターには私の画像が映し出されています。

衣装を着飾ってかわいらしく輝いているアイドルの私。

プロデューサーの魔法にかけられて地味で平凡な私が多くのファンの人に笑顔を届けることができるようになりました。

Pさんが私のことを大切にしてくれているのはよく分かります。

いつもとっても真剣に考えていてくれることも。

でもねPさん、私にだって不安な気持ちはあるんですよ。

声には出さず心でそっと問いかけます。

あなたが見ているのはアイドルの高森藍子ですか?

あなたが好きなのはステージで光り輝いている私ですか?

今ここであなたの後ろに居る女の子に興味はありませんか?

だめだなぁ私。

昏い気持ちに陥りそうなのを防ぐためにスマホを取り出します。

いま連絡したら迷惑かな、と思い時間を確認します。

うん、この時間なら大丈夫だよね。

そう判断していつものようにメッセージを打ち込んでいきます。

[今、時間ありますか]

一分もしないうちに返信が届きました。

[どうしたのあーちゃん、今夜はプロデューサーと一緒じゃないの]

未央ちゃんがハテナマークのスタンプと一緒に訊ねてきます。

[うん、Pさんのお部屋にいるんだけどね]

[ひょっとして喧嘩でもした?]

[ううん、そうじゃないんだけどね]

私の気分を代弁してもらうために落ち込んでいるねこさんのスタンプを一つ。

[Pさんがお仕事をしているの]

[あーちゃんが遊びに来てるのにほったらかして仕事か。とんでもない男だね]

それはそうなんですけど、未央ちゃんに言われるとちょっと反論したくなりました。

[そんなに悪く言わないで。Pさんもお仕事頑張ってるんだし]

[事務所ならいいけど今はプロデューサーの部屋で二人きりなんでしょ]

[うん]

[それで私に連絡してきたってことは、あーちゃんも不満なんじゃない?]

う…さすがに未央ちゃんは鋭いですね。

[それは…まあ少しは]

ちょっと悲しそうなスタンプを添えて返信します。

[あーちゃん、私たちの間に隠し事はなしだよ]

早苗さんが手錠を構えているスタンプが返ってきます。

[隠し事なんてしてないよ、ただ…]

[ただ、どうしたの]

どうしましょう、言葉が上手く出てきません。

[あーちゃん、今は他に誰も見てないんだから。本音を言って良いんだよ]

加蓮ちゃんが大丈夫だよ、と背中を押してくれます。

ちらり

画面から顔を上げてPさんの様子を伺います。

まだパソコンに向かってます、私が何をしているか気にも留めてないようです。

すう

深呼吸を一つ。

思い切って私の気持ちを打ち込んでいきます。

[あのね未央ちゃん]

[もっとPさんとおしゃべりがしたの]

[もっと私を見てほしいの]

[もっと私に触ってほしいの]

不思議なもので文字にすると普段口にできないようなことまで言えてしまいます。

[うんうん、あーちゃんの気持ちはよく分かったよ]

加奈ちゃんがメモを取っています。

[メモしちゃだめだからね!]

思わず返事を返してしまいます。

愛梨さんがなんでしたっけと、とぼけています。

もう、未央ちゃんたら…

[それであーちゃんはその気持ちをプロデューサーに伝えたのかな]

[言えないよお]

泣き顔のねこさんを一つ。

文字だから思い切ったけれど、目の前に未央ちゃんが居たら言えなかったと思います。

[口に出さなくてもさ、いいじゃん]

[どういうこと?]

[想いを伝えるのは言葉だけじゃないってこと]

[言葉だけじゃない?]

[そう私たちはさ、いろんな想いを言葉だけじゃなくて歌やダンスや演技やいろんな方法で伝えてきたじゃない]

未央ちゃんから連続して文面が届きます。

[だから言葉にしなくてもあーちゃんの想いをプロデューサーに伝える方法はあると思うよ]

そうでしたね。

私は言葉だけでは伝わらないこと、伝えきれないこと、たくさんあるって教わってきました。

[それに私たち、困った時にまずは動いてから考えてたじゃん]

炎を背負った茜ちゃんが走りましょうと誘っています。

今はそれは遠慮したいんだけどな。

でもそうでしたね、くよくよと悩んでいるのは確かに私たちに似合いませんね。

[うん、そうだね。私Pさんに気持ちを伝えてみるね]

えーと、これがいいかな。

満面の笑顔を浮かべたかな子ちゃんと一緒にありがとう。

[頑張ってね、未央ちゃんはいつでも応援してるからね]

最後に未央ちゃんは自分のスタンプでファイトと言ってくれました。

「となり座ってもいいですか?」

椅子を持ってきて作業をしているPさんの横へ陣取ります。

「ああちょうど良かった。一緒に考えてもらえるかな」

「はい」

モニターにはたくさんの画像ファイルが並んでいます。

「写真を選ぶんですか?」

「うん、企画書にイメージとなる画像を付けて良ければそのままパッケージにしようかと思って」

「私の写真は使わないでくださいよ、恥ずかしいですから」

「そうだな、何か植物か風景の画像でもと思うんだけど」

おかしなことにお仕事の話だと普段通りに会話することが出来ます。

パソコンの中の膨大なファイルを見ていくうちにとあるフォルダが目につきました。

「あ、Pさん。これってもしかして」

「ああ、これは藍子からもらったデータだな」

私がトイカメラで撮影した写真のうち、いくつかはPさんにもお渡ししています。

さすがにお友達や家族の写真はダメですけど、お散歩の途中で見かけた風景や一緒に出掛けた時の記念写真なんかはPさんにも持っていて欲しいので。

「あ、この写真」

春の小川で私が水遊びしている姿が写っています。

http://i.imgur.com/LnXfvgs.jpg

「もうPさんたらあの時は勝手に私のこと撮るんですから」

「藍子だってずいぶんはしゃいでいたじゃないか」

けっこう前の出来事なはずなんですけど、こうして話しているとついさっきお出かけしたような気になってきます。

「これなんて素敵じゃありませんか?」

ロケの帰りちょっと時間があったのでPさんと寄り道したときに撮影した写真です。

広々とした地平に大きな太陽が沈んでいくところです。

空一面が様々な色でグラデーションに染められています。

まるで絵本のような夕焼け空。

そういえば…

Pさんと二人でこの景色を見て…

そのあと初めて…

私は無意識のうちに顔を左側に向けていました。


Pさんと目が合います。

二人で同時にお互いのほうを向いたのでしょう、あの時のように。

今です。

伝えたいことを言うなら今しかありません。

だけど私の口は心が願うほどに軽く動いてはくれません。

お願い未央ちゃん、背中を押して!!

「あ、あの」

勇気を振り絞ってそれだけ発したときに

くいっ

私はPさんに引き寄せられて彼の腕の中に抱え込まれてしまいました。

どうしましょう、何か言わなきゃ。

だけどさっきまでの焦燥が嘘みたいに今は穏やかな気持ちです。

だって言いたかったことがほとんど叶えられてしまっているんですから。

えーと、えーと…

「あ、あの。お仕事もいいですけどあんまり無理しないでくださいね」

これくらいなら、いいですよね。

ドキドキと胸の鼓動が聞こえてきます。

私のものでしょうか、それとも彼のものでしょうか。

しばらくそのリズムを愉しんでいた私の耳に優しい言葉が流れ込んできました。

「藍子がいるから頑張れるんだ」

ふぇ!?

え、えーと…ずるいです。

さっきまで私なんかまるでいないみたいにお仕事してたのにそんなこと言うのは。

で、でも…

どうしましょう、顔がにやけてしまいます

私は慌てて体を反転させてPさんの胸に顔を埋めます。

これならだらしない表情を見られないですみます。

でもどうしましょう。

胸のドキドキがおさまりません。

茜ちゃんみたいに今すぐ走り出してしまいたい気分です。

ほんの少し顔をPさんの胸からあげると彼の手が見えました。

熱情を持て余していた私は夢中でそれを握ってしまいます。

むにむに

Pさんが私の人差し指をつかみました。

私も負けずに彼の小指を捕まえようとします。

うふふ…負けませんよ。

数分にわたる小競合いが続いた後、二人の指はしっかりと絡み合い手を握り合っていました。

むぎゅむぎゅ

ぎゅぎゅ

えへへ…

繋いだ手からポンプのように私の体中に幸せが送り込まれてきます

心の中がぽかぽかと暖まっていきます。

なにかをしゃべろうとしても頭の中でうまく言葉を組み立てることができません。

いえ、いまの二人に言葉なんて必要ないですよね。

しばらく幸福な沈黙が二人を包み込んでいました。

「藍子は柔らかいなあ」

沈黙を破ったのはちょっと焦ったようなPさんの声でした。

「藍子の抱き心地を再現したクッションを作ったら売れるかもな」

うふふ…

こんな時にまでお仕事の話ですか?

もう、仕方ありませんねPさんは。

それじゃあ…

私は腕を背中のほうへ移動させ、繋いだPさんの手を私の腰へと導きます。

「ふふ、それじゃあ、ちゃんと私の柔らかさを再現できるようにしっかり感触を確かめてくださいね。プロデューサーさん」

以上で終わりです、読んで頂きありがとうございました。

近いうちに来るであろうポジパイベに備えてジュエルと有休の手配を進めたいと思います。

それでは依頼出してきます。

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