男「舞踏会なんて滅べばいいのに……」 (60)

クリスマスと一緒だ。
参加が強制ではないからといって、その日を楽しめないものは世界からひどく阻害された気持ちになる。

うちの高校には、プロムという行事がある。
高校三年生が卒業前に、男女でペアを組んで舞踏会を行うというものである。
学校の公式行事であり、保護者も見守る中、荘厳な音楽のかかっている体育館の中で踊るのだ。

体育が苦手でただでさえ体育館が嫌いだったのに、ますます嫌いになりそうだった。

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母「あんた、ダンスパーティいつやるか決まったんだっけ」
男「プロムのこと?卒業式前だよ」
母「それそれ。何日の予定なの?」
男「わかんない」
母「あんた、彼女とかいるんだっけ」
男「出来ても言わないって言ってるじゃん」

妹「こいつに相手なんているわけないじゃん」
母「あら、おかえり。お兄ちゃんにこいつなんて言わないの」
妹「友達のお姉ちゃんが言ってたらしいんだけど、どんなに冴えないやつらでもぼっち避けるためにパートナーを必ずつくるんだって」
母「ぼっちって何?」
妹「一人ぼっちのこと。参加しないと相手のいない可哀想な人認定されちゃうから、恋人としては無理でもその日しのぎの為の相手を作るんだってさ」
母「それって楽しいの?」
妹「そいつに聞いてみたらいいじゃん。まぁ、あんたはその相手にさえ選ばれないんだろうけど」

男「誘いは来たよ。ただ教師とかによく反抗する人でうざそうだったから断った」
母「えっ、なによそれ。どんな子なの?」
妹「どうせ嘘よ」

イライラがつのってきたので黙って二階の自室に戻る。
そう、どうせ嘘だ。
彼女は生まれてから18年間できたことはない。
女の子とキスしたことも、手をつないだことも、おろかデートしたことも一度もない。

いつの間にか、異性の現れない青春が終わりを迎えていた。

昔はアニメが好きでよく見ていた。
小学生の男の子なら、何曜日の何時にどのアニメがはじまるかみんな覚えているだろう。
月曜日の7時から30分アニメが放送されて、来週の7時が待ち遠しくなって、7時半から始まるアニメが終わると来週の7時半が待ち遠しくなって。
そういうことを月曜日から日曜日まで繰り返していた。

男の子が好きになるアニメにはたいていヒロインがいた。
主人公は、超能力を持っていたり刀を使ったり、小さかったり足が速かったり、道具を使いこなしたり頭脳明晰な探偵だったり。
とにかくいろんなタイプがいた。
けれど、いずれの主人公にもかわいい女の子がそばにいた。
ヒーローの隣にはいつも、ヒロインがいた。

時の流れぬアニメの中の人物たちの年齢を、自分がいつの間にか追い越していて驚く。
そして、自分の物語にはまだ、ヒロインが現れていないことに焦りを感じた。
眠れない夜に絶望したときにはこう思ったものだ。
「そうだ。俺は、ヒーローじゃないんだ」
だからヒロインは現れないのだ。

典型的な、全くもてないタイプではなかったと思う。
異性と会話も時々したし、それなりに仲の良い女の子も中学時代にいた。
毎日メールをする異性もいた(内容はその子が好きな男の子についての悩み聞きだったが)。

しかし、特定の女の子と異性としての間柄にはなったことがない。
きっと、そういう関係になりそうな女の子とは、会話できないように無意識に避けているのだろう。
とてもかわいい子や、彼氏がいる子や、好きな人を公言している女の子と人間同士として会話はできたけど。
1人のオスとして、1人のメスと向き合うには、今思うと怖かったのだろう。
プライドの高さを押し出してずっと誤魔化してきた気がする。

どうしてこんなに劣っているのだろう。
父親も、母親も普通なのに、どうして僕の遺伝子だけこんなに劣っているだろう。
妹はよくわからないが、あれだけ罵倒してくるからには自信を持てるような生活を送っているに違いない。

自分は生まれてから不器用なことばかりで、映画やドラマになるような青春は欠片も経験できなかった。
中学時代に勉強を死ぬ気で頑張って、いじめのない平和なクラスに入って、笑いのつぼの合う大好きな同性の友達に囲まれた。
最初はそれだけでなんて居心地の良い世界なんだろうと肩の力が抜けたほどだったけど。

異性の現れない青春は、それだけで平和な三年間の恩を忘れ、卒業の価値を否定したくさせるものだった。

男「大してかっこよくもなく、性格もよくないくせに、それなりにかわいい彼女がいるやつってなんなんだろうな」
友「自分の下位互換みたいな存在なのにどうして自分より幸せなのかって不満か?」
男「まさにそう。あいつに彼女ができてるのに、なぜ俺にはできないんだって。あいつの彼女に告白したら、俺と付き合ってくれないかなって」
友「まだまだわかってないな男は。そいつには勇気があるんだろ。その点では圧勝してるんだよ。いうなら、男よりかっこわるくて、頭も悪くて、もしかしたら性格もよくないにもかかわらず、女の子に話しかけて告白する勇気があった」
男「勇気があればどうとでもなるものなのかな。俺も勇気があれば彼女ができるのかな」
友「おいおい、なんだか弱腰だな。好きな人でもできたのか」
男「告白する勇気を出せるほど好きな女の子ができない」
友「ほらみろ。また逃げてる」

友「話が少しだけ変わるんだけどさ」
男「うん」
友「異性が現れないものは、やっぱり何もかも青春とは言えないと思う?」
男「たとえば、部活とか、ボランティアとか、合唱際とか、体育祭ってこと?」
友「そんな感じ」
男「恋人がいたら青春だと思う。恋人がいて甲子園に行ったら青春。文化祭を恋人と二人でまわったら青春」
友「そこに恋人がいなかったら?」
男「クラスでは口が裂けても言えないけどさ」
男「そんなの、絶対に青春じゃないよ」

友は少しさみしそうな表情をしているように見えた。
そのことに気付いていながら、自分は自分の怒りを主張するほうを優先したかった。
男「今俺すごいひねくれてること言ってるけどさ。彼女がいた青春を送ってたら、こんなにすさんでなかったんだと思うんだよ」
男「毎晩何を考えていると思う?」
男「『あのときああしていたら』だよ。まだ10代後半に費やしたことは、10代前半で失敗したことをただ後悔することだけだった。まぁ、10代後半でもたくさん後悔してるけどな」
友「ごめん、そろそろ帰る」
友は少し疲れて見えた。
なんだか今日は暗い話を喋りすぎてしまったかもしれない。
幼い頃に想像していた制服時代の生活と、かけ離れてしまったな。

続きはまた明日。

セリフごとに改行した方がみやすいぞ

何はともあれ乙

>>12
確かに見やすいですね。改行します

高校三年生は大学入試のシーズンが訪れると、ほとんど学校に来なくなる。

前期の日程で志望大学に受かるものもいれば、なかなかうまくいかずに後期の日程で少しでもランクの高いところに行こうとする者もいる。

僕はというと、最低ランクの滑り止めの大学だけに合格し、そのまま惰性で日々を送っていた。


学校からの配布物や卒業式に向けての話し合いのため、今日は三年生も全員学校に登校していた。

進学の話題に加え、プロム(舞踏会)の話題が盛り上がる気がしていたので、学校に行くのがとても億劫に感じた。

安心したことが一つ。

意外にも、クラスメートの全員が、僕と似たり寄ったりのところに進学していた。

同じ学力で同じ高校に入って、同じような仲間に囲まれて、同じ先生から三年間勉強を教えて貰っていたら、同じような結果になるんだなと思った。

しかし、焦燥に駆られたことが一つ。

クラスメートのほとんどに、プロムの日のペアができていた。

いつの間につくっていたんだろう。

入試前には男子はみんなプロムの悪口を言っていた。

人生のかかった時期にも関わらず、というより人生のかかった時期に不安に駆られていたせいだろうか。

よほど異性から生理的に受け付けないような男女を除いて、ほとんどがペアを見つけているようだった。

"ろくな英語教師が在籍していないアメリカかぶれの糞私立"

"やる意義を見失っている行事においては天下一舞踏会"

"チェリーは卒業できない日"

などなど、プロムをけなすような言葉をみんな散々言っていたというのに。



今ではみんながプロムにそわそわしている。

うちの学校ではプロムは卒業式の前日に行われる。

プロムに参加しなかったものは、このそわそわした空気に耐えたあとも、プロム翌日の卒業式にみんなと顔を合わせなければならない。

まさに異性に恵まれない生徒にとっては地獄のようなイベントだった。

男「なあ、学校っていうのはさ、学校が大嫌いなやつが建てるべきじゃないか?そして、先生っていうのもやはり学校が嫌いだった人がなるべき職業じゃないか?」

男「学校の先生になるやつはさ、学校が好きだったやつらだろ。学校に良い思いでがいっぱいあったり、あこがれるような教師に恵まれてたりしてたやつらだろ」

男「そんなやつらがさ、俺らみたいなやつの気持ちなんてわかるわけないじゃん。なぁ、聞いてる?」

友「えっ、あ、あぁ」

男「それにしても、みんな何を必死になってるんだよ。以前かわいくないってけなしてた女子とペア組んでるやつだっていたぜ。そこまでして世間体を守りたいのかよ」

友「出たいやつらは出たいやつらでそっとしておけばいいじゃないか。そいつらだって、出ないやつらを非難しているわけじゃないだろう」

男「一緒に踊る異性のいるやつらからしたら、根暗な元友達のことなんてどうでもいいんだろうよ」

友「じゃあお互いほうっておけばいいじゃん」

男「まぁそうだけどさ。なんだよお前まで」

それから帰り道に至るまでも、僕は友にずっと学校やクラスメートやプロムの悪口を言っていた。

妬ましいとか羨ましいという言葉は使わなかった。くだらないとか、嘘っぽいとか、貶める言葉ばかりを使った。

友の表情が険しくなっていることには気付かなかった。

男「だからせめて文化的なものに触れておくべきなんだよ」

男「それで、プロムの日の映画なんだけどさ」

友「悪い。いけなくなった」

男「いけなくなった?」

友「プロムがある」

男「知ってるよ。だから、その日は二人で映画でも観にいこうって」

友「俺、誘ったんだ。隣の席の女の子」

友と映画の約束はずっと前にしていた。

クリスマスの日にそうしたように、またプロムの日にも世界に二人で抵抗するつもりだった。

友は、僕に内緒で、女の子をプロムに誘った。

そして、誘いは受け入れられた。

にもかかわらず、友はそのことをずっと僕に黙ったままだった。

昼間に映画を見て僕を安心させて、夜に舞踏会に行くつもりだったのだろうか。

それとも直前で僕を断るつもりだったのだろうか。

怒りがふつふつと沸いてきた。

おめでとう、とか、がんばったなとか。

そういう言葉をこの際(キワ)でかけることができる人間だったら。

僕の人生はもっとまともで、もっと愛されていたのかもしれない。

なのに、自分という人間は。

男「お前で妥協したんだろ。世間体のために」

言葉が出た直後、自分に彼女ができなくてよかったと心底思った。

こんなゴミみたいな人間が幸せになっていい世界なんて無いほうがいい。

こんな性格の男に女の子が隣に付くなんて幸せは存在してはいけない。

友「ごめんな、お前のこと傷つけてしまって」

友は心底悲しそうな顔をした。

僕は高校で出来た親友とも呼べる存在を、高校生のうちに失った。

ずるいぞ、と言いたかった。

同レベルの醜い言葉で返して欲しかった。

友はいつの間にか、今までの何かを振り切り、切り捨てて、新しい自分になる決意を固めていたんだろう。

そして、僕が羨ましいと思えるような女性と一日幸せになる日が約束されていた。

友が切り捨てたもののなかに僕という存在がいたのだとしたら、悲しみの表情には、同情も含まれていたのかもしれない。

一人で家に帰る途中の道で、またむしゃくしゃとした感情がこみ上げてきた。

目に入るもの、あるいは耳に入るもののほとんどが気に食わないことに気付いた。

書店に入って漫画を手に取る。

売れているどの漫画にも、魅力のある主人公の隣に必ずヒロインがいた。

CDの並んでいる棚を見てもそう。

世の中で歌われていることにどれだけ恋愛の内容が多いのだろう。

自分が気に入っていたアーティストの曲も、歌詞の向こうに異性の姿が見えるような気がした。

何をするにも恋愛。

スポーツをするにも、超能力で戦うにも、世界を救うにも。

気に食わない。

映画のDVDのコーナーに行くと、パッケージの中の女子高生に囲まれている感覚がした。

青春×女子高生。

男子高校生×女子高生×青い空。

青春地獄とでも呼びたかった。

母「おかえりなさい。遅かったわね」

男「うん」

母「おやつ買ってあるわよ」

男「もう夕飯でしょ」

母「おいしいから。食べて」

大きなぶどうが目の前に出された。

夕飯すら食べたくない気分だったが口に放り込んでみる。

驚いた。

男「……これ、おいしい」

母「高かったんだから」

どうして僕はこんなにも幸せなのに、幸せではないのだろう。

生まれたときから母親からこんなにもまともで深い愛情を注いで貰って。

父親からはそれなりに楽しいものや必要なものは全て適度に買ってもらって。

なのにどうして、まるで何も手にしていないかのような不満を抱えているのだろう。

もっと欠落した家に生まれていたら。

意地でも異性を手に入れようとしたんじゃないのか。

男「もういらねーよ」

小皿を突き飛ばす。

母親が何か言ってるのを無視して自室にこもる。

男「あーあ、俺、生きてる価値ないな」

本当にその通りだった。

世界が理不尽だとしょっちゅう文句を言っておきながら、自分自身が何一つ理も筋も通したことがなかった。

空っぽだった。

空っぽとは、つまり、自分の頭の中は自分のことでいっぱいで、他人の幸せを本気で考えたことなど今まで一度もなかったのだ。

今日はここまで。
笑える会話をカギカッコだけで繰り広げるやり取りが本当は好きなのですが。
おやすみなさい。


グサリと来る話ですなぁ

僕は今日珍しく、5時30分というとても早い時間に起きた。

何か大切な予定があるから、というわけではない。

むしろ真逆だ。

"何か大切な予定があるべき日に何も予定がない"。

今日はプロム当日だった。

母親が6時には起床するので、その前に家を出ていておきたかった。

書き溜めてはいるのですが、体調が悪いので後日投稿します。本当に申し訳ないです。

何かあった時のために持って行きなさい。

昨日父親がこっそり、少なくないお小遣いを渡してくれた。

息子にガールフレンドがいることがそんなに嬉しいのだろうか。

行き先もないまま、待ち合わせる人もいないまま、僕は久しぶりに朝の地元の町を歩くことにした。

朝日を久しぶりに見た気がする。

最近は昼過ぎに起きて、携帯電話でゲームを何時間もやり続けてから寝るということの繰り返しだった。

何かやらなければという気持ちもあるし、やるべきだと感じていること(運動、勉強、そして恋愛など)はたくさんあるのだが、ベッドの上で横たわっている重たい身体を引き起こしてまで行動に移すことはとうとう18年間近くできないままだった。

今、幸せだと感じている人は何をしているだろうか。

今日プロムに行く人はどんな日常を過ごしてきたのだろうか。

僕と大して変わらない日常で、僕と大して変わらぬ能力の持ち主ならば、一体何が決定的に違っていたのだろう。

小動物を虐待するような趣味も全く無く、家族の愛に包まれて(ただし妹は除くかもしれない)育った僕だけれど、この日ばかりは銃を乱射する妄想に捉われた。

僕は何か悪いことをしたわけではないんだ。

ただ何もしなかったんだ。

むしろ、表ざたに悪いことをできてしまうような自分だったら、髪の色のまぶしい恋人ができていたかもしれない。

ひっそりと生きてきたわけでもなかった。

クラスではそこそこ面白い話をする人として扱われてきた。

恋人は欲しいと思っていた。いつかできると自然に思っていた。

僕はいつまでたっても、未来の自分が恋人をつくってくれるとばかり思っていた。

けれど、本当に信じられないことなのだが、”どうやら今ここにいる自分が作らなければならなかった”らしい。

そして今日、今ここにいる自分は、父親からダンス相手のエスコート費用として貰った紙幣を手に持ち、ネットカフェへと向かっていた。

ジュースを飲んで、今流行ってる漫画を読んで、僕はそうそうに店から出た。

娯楽にさえ飽き尽くしてしまっていた。

家にだって美味しい飲み物やおかし、好きな漫画にゲームもある。

外じゃないとどうしても楽しめないというものがほとんど無い気がしてきた。

遊園地、ボーリング、ビリヤード、水族館、たしかに外には色々な場所があるけど、それは誰かと楽しむための場所だ。

一人ぼっちの僕は何をして楽しめばよいのだろうか。

24時間営業のファミリーレストランに入る。

日中のような混雑さがない。

店員に案内されると、電車でいうと端のような、落ち着いた場所の席に座らせてくれた。

メニューを見て、普段だったら頼まないような高くて美味しそうなものを頼む。

料理を食べるととても美味しくて、それなりの充実感はあったけれど、やはり予想していたように少しの虚しさがあった。

僕は今食事を食事そのものとして楽しもうとしているのではなく、何かを誤魔化すように食事をしている。

食べ終わった後、しばらく携帯でゲームをした。

ふとあることを思い立ち、書店へと向かった。

この地元で一番好きな場所はここかもしれない。

本も、DVDも、CDも、雑誌も文房具もゲーム機もプラモデルも売っている。

中学時代まではよく小説のコーナーをまわっていた。

大きな店のすみずみまで歩きまわりどこに何があるか把握しているつもりだったが、1つだけ入ったことのない場所があった。

女性の顔とモザイクに囲まれていた。

18禁コーナーには生まれて初めて入った。

小さい頃は18歳になったら18禁コーナーに入れると待ち望みにしていたが、性的な欲望はインターネットで解消するようになったし、地元のよく通う書店でこういう場所に入るのは知り合いに見られる可能性があった。いくら普段猥談をしていても、自分の素の性欲を目撃されるのには抵抗がある。

色々なパッケージを手にとってみる。

携帯の画面越しで見るよりもなまなましさが伝わってきた。この空間にいるだけで性的欲望が喚起されるような気がした。

ぐったりしていた。

何も手に取らずに店を出たのは、エロDVDをレンタルするために顔を覚えられている店員に出すのが恥ずかしいとか、家に帰ってもリビングにしかDVDを見れる装置がないとか、そういうまともな理由だけではなかった。

プロムの日に現実逃避で家を出て、何もやることがなさすぎて性欲に身を委ねようとした自分に心底嫌気がさしたのだった。

友達と猥談ばかりしているし、性欲もそれなりに強いのに、どういうわけか自分は性をどこか汚らわしいものと感じているのだった。

自分が一体何に苦しんでいるのかわからなくなってきた。

疲れに疲れてトボトボトボトボと、下を向きながら歩く。

図書館に着いた。

老人が何人かいるだけで、朝の図書館は空いていた。

自分の今の不満の原因が食欲でも性欲でもないことはわかったので、三大欲求の残りの1つとして睡眠を取ることにした。

いつもより早起きしたせいで、それなりに眠気も強かった。

僕は机に伏せた。

寝ている自分を囲う大勢の物語達は、ヒーローとヒロインで満ち溢れているのだろう。

読者が本を開くたびに、何度でも男の子と女の子が出会いを果たし、僕が今まで体験したことのない物語を何度でも繰り返すのだろう。

うんざりだ。

何も見ずに、何にも見られずに、今日という日を見過ごそう。

どうせ誰にも届かないと、僕は思わずぼそりとつぶやいた。

男「プロムなんて滅べばいいのに……」

女「滅んじゃえばいいのにね」

男「……ん?」

女「大好きだった糞じじぃが言ってたの。『幸せを求めて人に話しかけるな。自分が幸せな時に人に話しかけろ』って」

女「それじゃあ私一生話しかけらんないよ、って思ったの。というわけで」

男「…………」

女「あなたに話しかけてみました」

男「…………」

女「起きてる?」

男「起こされた」

女「ならよし」

顔を起こして見た女の子は、ヒロインと呼べるかわいさを持ち合わせながら、嬉しそうに笑っていた。

ヒーローは、いったいどこにいるんだろうか。

熟睡感があった。

時計を見ると11時過ぎだった。

男「あのさ、昔クラス一緒だったよね」

女「一緒じゃねーし。昔一緒だったのを忘れたのかもしれないと思ってかまかけるなし」

男「ごめんなさい」

女「図書館ではお静かに!」

女はいきなり厳しく僕を叱り、鼻をつまみながらボロ雑巾を掴むかのように僕の袖の上部をつまみ、外へと連れだした。

女「今司書の人が私達のところに向かってきてたの。多分私語をしないようにって。他人の仕事を奪ってやったわ。あはは」

男「これで司書の人が露頭に迷わないといいけど」

女「なにその冴えない切り返し」

男「ごめんなさい」

女「外でもお静かに!」

女は自分で言ったことに一人で笑っていた。

男「図書館好きでよく来てたりするの?」

女「なにそれ、セクハラ?」

男「いや、全然」

女「なーんだ」

男「いや、女の子に話しかけられたことなんてないからさ」

女「あら、なんてかわいそうな人生なのかしら。でももう大丈夫よ」

男「外でって意味で、別に……」

女「いいのいいの。大丈夫。大丈夫だよ。きっと、大丈夫だよ。全部、大丈夫になるよ」

女「私はね、今日最悪な気持ちで一日を過ごすつもりだったあなたにね、救済をもたらすことはできないけれど」

女「不幸なあなたをしあわせにする力はないけど、一緒に不幸になってあげるよ。別に遠慮なんていらないよ。私はもっと不幸なんだから。そういう意味ではあなたに遠慮したい気持ちはあるのかもしんないね」

女「ということで、どう?」

男「どうって?」

女「どうなの?どうじゃないの?どっちなの」

男「ど、どうで」

女「それきた!!」

女「じゃあ今日は二人でいっぱい不幸なことをしよう」

男「あのさ」

女「もうやめなそれ。どこの学校?君何歳?俺何歳に見える?とか。キャバクラで嫌われちゃうよ」

男「キャバクラ行かないし」

女「ふーん。どうだかね」

男「なんだよそれ。で、どこの高校なの?」

女「話を聞いてない!」

男「まだ寝ぼけたままなんだ。起きたら君がいて」

女「暇な時何してる?」

男「えっ、ゲームだけど」

女「なんて名前のゲーム?」

男「普通のアクション系の」

女「なんて名前?」

男「知らないかもしんないし」

女「ほら。言っても何の問題もないけど言いたくないことたくさんあるでしょ。私はまして、言ったら問題なくはなさそうなことだから、余計に言いたくないの。わかった?」

男「わかった。わかったよ。わかったことにする」

女「それがいいよ」

何も納得していないけれど受け入れることにした。

男女の結ばれそうな小説を開いたらすぐにパタリと本を閉じていた僕が、こうやって初対面の女の子と話している。

高校の現代社会か何かの教科書で出てきた「反動形成」という、嫌われたくないから先に嫌ってしまうという、典型的なプライドの高い臆病者のぼくが。

クラスに一人はいるような誰にでも明るい女の子なのかもしれない。

その子の明るくする対象が、たまたま今日は僕になったのかもしれない。

よくわからないけど、僕は非日常が訪れるような予感に、少しウキウキしていたのだった。

ここからは地の文ガクンと減ります。
おやすみなさい。

女「今日は何する予定だったの?」

男「何か予定があるふりをする予定だった」

女「んふふ。それ私もよくやる」

男「妹は今日友達と山登りに行くって言ってた。学校のやつらは糞だって普段散々言ってるくせに、ちゃんと友達付き合いしてるんだよな」

女「君は学校の人間関係うまくいってた?」

男「最近自分がトドメを刺したところ」

女「うんうん。生きることはつらいよね」

女「あんな学校に行くことになって散々だったね」

男「あんな学校?」

女「君の高校だよ。プロムなんか滅べばいいって言ってたでしょ」

男「あれ、そんなこと言ってたっけ……」

女「寝る前に言ってたよ」

男「あれ、いつからいたの?」

女「君がエロDVDを借りるところからだよ。さて、お昼ごはんでも食べに行こう」

男「えっ、ちょっと、ええ」

女「冗談に動揺しすぎだって」

男「いや、ああ、ついね、はは…」

女「ふーん、冗談で片付けるんだ」

男「えっ」

女「さぁ行こいこ」

女「注文決めた?」

男「うん。俺は……」

女「ストップストップ。君が頼みたいものくらいわかるって。すみませーん」

店員「ご注文はいかがなさいますか?」

女「うにのクリームパスタ2つで。以上です」

店員「かしこまりました」

男「あの」

女「みなまで言うな」

男「うん」

女「…………」

男「…………」

女「うに苦手?」

男「今から好きになる」

女「それは悪いことをしたね……」

女「…………」

男「そういえばうちの高校よくわかったね」

女「舞踏会なんてやる高校珍しいから……」

男「それでわかったのか」

女「うん……」

男「今日舞踏会の日でさ。家族に色々聞かれてうるさいから逃げて来たわけ」

女「うん……」

男「どうしたの?」

女「あの、二人分がんばって食べるから、好きなの頼んでも、というか今から変更間に合うかな」

男「ずっと気にしてたのか」

男「なんだかんだで美味しいなこれ」

女「噛んだら噛んだでおいしいでしょ」

男「その表現はよくわからないけど」

女「一緒に踊ってくれるパートナーは見つからなかったの?」

男「けっこう見つけるの大変なんだって。受験期と被ってたし、それなりの進学校だからクラスも真面目な雰囲気だし」

女「それなら仕方ない」

男「仕方ないよ」

女「んふふ、哀れな奴」

男「失礼」

女「いいじゃん。言葉ではこう言いながら、今日一緒に惨めに浸ってあげるんだから」

男「君もなんかいやなことがあったんだっけ?」

女「生きることはつらいってことよ」

男「やっぱそうなのか」

女「はぁー、めちゃうまだった」

男「そうだね……痛っ」

カップル女「でねでね、その時私がさ」

カップル男「うんうん」

女「めしまず」

男「ご飯は美味しかったよ」

女「まぁ、確かに」

女「街中とか電車の中でいちゃついてるカップルってさ、見せびらかしたいのかな」

男「逆だと思う」

女「逆?」

男「見せびらかしたいんじゃなくて、見えてないんだよ。世界中の人に自分の幸福を見せたいわけでも、認められたいわけでもなく、世界にふたりきりだと思い込んでるんだよ」

男「携帯のゲームに夢中になりながら歩いてるのと変わらないと思う」

女「なるほど、それは考えたことなかったかも」

女「つまり携帯の恋愛ゲームに夢中になってる人は、ただでさえ周りが見えていないのに、さらに周りが見えていないってことを言いたいんだよね?」

男「ちょっと飛躍したけどそれでいいよ」

女「携帯電話がなかった時代に、人ってどうやって何かを待って立ってる時間にかっこつけてたんだろうね」

女「電車が来るまでの時間、みんなでホームで気をつけして正面を見据えてるほうが怖くない?」

男「今だってみんながみんないじってるわけじゃないでしょ。でも確かに、みんな携帯に夢中というよりも、何も持ってない状態が恥ずかしいのかも」

女「じゃあさ、あそこの公園で待っててよ。私が待ち合わせの時間に5分遅れるから。君は何も手に持っちゃ駄目だから」

男「何その実験」

女「実験じゃないよ。シミュレーション。恋愛シミュレーションゲーム」

男「僕達携帯も無いのに周りが見えなくなってきてないかな……」

男「それにしても、公園なんて久しぶりに来たな」

男「ブランコとかに座って待つのじゃ駄目なんだろうな。あの時計のついてる柱の下で待っていよう」

男「よーし……」

男「…………」

男「…………」

男「…………」

男「あれ、なんだか恥ずかしい気がする」

男「ただ立って待つってこんな感じだったっけ。呼吸を意識してするときみたいな違和感ある」

男「しかもあの子が遠くから一人でめっちゃ笑って見てくるし」

女「はぁ…はぁ…。ごめんごめん。なんかシュールだよねやっぱ」

男「何も持たずに待つって難しすぎるよ」

女「腕くんだりとかすれば違うんじゃないかなぁ」

男「じゃあ選手交代」

女「ちょちょ、まじか」

男「かっこよく待てたらアイス奢ってあげるから」

女「かわいく待ってもいいかしら」

男「それでもいい」

女「…………」

男「両手を軽く組みながら下を向いて待ってる」

男「これなら確かにあんまり違和感ないな」

女「…………」

男「なんかこれじゃあ退屈だな」

女「女の子だとなんか湿っぽい感じにしてれば誰か待ってるみたいに見えるからなぁ」

女「さっさと負けを認めて来てくれないかな」

女「……ん?」

女「えっ、ちょっ」

男「いっち、に。腕を前から大きくあげて、背伸びの運動!」

女「ちょっ、えっ、なんでラジオ体操踊ってるの」

男「手足の運動!いっち、に、いっち、に!!」

女「ぶふっ!声でかい!通行人に見られてるし」

男「深呼吸!!!!」

女「ギブギブ、ギブアップ!」

男「勝利」

女「勝利じゃないよ。空気吸い込む前に空気読もうよ!」

男「やっぱりじっと待ってるってのは恥ずかしいもんだな」

女「道端で踊るほうが恥ずかしいと思うんだけど」

男「今日踊らない分踊っておこうかと思って」

女「はぁ、暗いんだか、明るすぎるんだか」

男「今日は惨めな僕に付き合ってくれる女の子がいるらしいから、ますます自分を惨めにしてその子も引きずり込んでやろうと考えたんだよ」

女「その子が負けじともっと酷いことをやらないことを祈るばかりね」

おやすみなさい。


打ち切りかよ

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