女「夢の中のお嫁さんごっこ」 (20)


「…………それじゃあ、例のプロジェクトも終わったことだし! 今夜はみんなで飲みにでも行くか!?」

「おっ、係長! いいですねえ」「俺、渋谷でうまい焼肉の店知ってますよ!」
「そうは言うがな、お前の言う店は薄汚すぎるんだよ!」「そーそー……ね、あたしオイスターバーとか行きたいです!」
「牡蠣か、いいな! この時期は岩牡蠣がうまいからなあ――」


男「――女ちゃんも、一緒にどう?」


女「……いえ、私は遠慮させていただきます。ちょっと今夜は、用事があって」


男「……そ、っか。ごめんね。それじゃ、また」

女「ええ、また明日。…………」



「女さん来ないの?」「ああ、用事があるらしくて――」「なあんだ、残念だなー」
「ねえねえ男くん、この間の話の続き、聞かせてよ!」「ああ、栃木の話? そういや言いそびれてたな、あれは――」



女「…………………ふー…………………」


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――――――ツギハ-……シンジュク-……シンジュク-…………

女「………………」

女「…………」

女「…………………………はあ」

プシュー……オオリノオキャクサマハ…………

女「………………」カツカツ

女「……………………」


……ピッ……ピンポーン……………


女「…………」

女「……………」カツカツ

女「……すみません。入場した時、ちょっとうまく行かなかったみたいで」

「――かしこまりました。ええっと……どちらからお乗りになられましたか?」

女「大久保からです。定期の圏内です」

「かしこまりました。……はい、これで問題ありません」

女「すみません、ありがとうございました。……」

女「…………」テクテク

……ガヤガヤ……デサー……………ウッソォ!?…………ソレハ……
――……メグマレナイ……ドウカ……アルキスマホニ…………

女「………………」テクテク

女「……………………」テクテク


「今夜のお店はお決まりですか!?もしよろしければ――」


女「いえ。……結構です」


女「………………………」テクテク

女「……………………………」テクテク

女「……………………………………」テクテク



女「…………」


女「ここ、か」

女「…………」


女「…………電話、忘れてた」

女「…………馬鹿だな、私」



女「……はい。はい。……ええっと……120分で」
女「場所は……新宿の、――――ってホテルで」
女「はい。それじゃあ、この……チアキ、って人で」
女「……そうですね……初めてなんですけれど、気をつけておくことって、ありますか」
女「…………わかりました。ありがとうございました、よろしくお願いします。はい、はい……失礼します」


女「……………」テク、テク

「いらっしゃいませ。お好きなお部屋のパネルをタッチしてください」

女「……」ピッ

「このお部屋でよろしければ――かしこまりました。フロントカウンターまでお越しください」


女「…………」


フロント「はい、いらっしゃいませ。ご宿泊ですか、ご休憩ですか?」


女「ええっと、休憩で」


フロント「かしこまりました。このお時間ですと、12時以降は宿泊となり、延長料金となってしまいますので、お気をつけ下さい」


女「はい、わかりました」


フロント「――お連れの方は、後ほどいらっしゃいますか?」


女「はい」


フロント「それでしたら、扉の方はオートロックとなっております。お気をつけ下さい」


女「わかりました。ありがとうございます」


フロント「ご利用ありがとうございます、ごゆっくりどうぞ」

女「……………………」テクテク

女「…………」ガチャ

女「…………………」

女「……………」ポスッ


女「……何して、待ってよう」


女「…………身体とか、洗っといたほうが、いいのかな」

女「………………」

女「…………こういうところで脱ぐのって、何だか恥ずかしいな」

女「………………………」

ジャージャー……

女「……いいつでもー、さーがしているよー……どっかにー、きーみーのすがたをー……」
女「むかいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのにー……」

女「……………」

女「…………………」

女「…………」キュッ

女「……」ガチャ

女「…………あと、5分くらいか」

女「本当に、来るのかな」

女「……来るよね。お仕事だもんね」

女「………髪、乾かしといた方がいいかな」


カチッ、ブォーン…………


女「……テレビなんて、見るもんないしな」

女「…………」

女「………………」

女「……」

女「…………」


――――――こん、こん


女「!」


「お待たせしましたー……。――――のチアキです、申し訳ないんですけれども、開けていただけませんかー……?」


女「…………はっ、はい!」


女「…………」ドクン、ドクン

女「……………」ドクン、ドクン、ドクン


女「…………!」ガチャッ



女「――――――え」

女「……あの、もしかして」

女「……あー、ちゃん……?」


風俗嬢「…………さな、ちゃん?」



……バタン



女「……何年ぶり、くらいかな」

風俗嬢「……高校以来、だから。もう、8年くらいにはなるかな」

女「………………」

風俗嬢「そんな、気ぃ使わなくてもいいよ。もっとさ、気楽にさ、ね?」

女「……無茶言わないでよ」

女「……ホームページの写真、モザイクかかってたから、分かんなかったよ」

風俗嬢「ふふふ。これでも結構人気なんだよ? あたし」

風俗嬢「……まさか、さなちゃんに呼ばれるとはねー」

女「……ドア越しに聞いた時、まさかとは思ったけど」

風俗嬢「まさかまさかが罷り通っちゃうんだもんなあ。不思議だよね」

女「…………そう、だね」

女「………………」

風俗嬢「…………ねえ」「……あたしが言うのも、なんかさ、アレだけどさ」

風俗嬢「………………さなちゃん、奥手だよね。昔っから、変わってない」

女「……うん。そうかも、ね」


女「……覚えてる? 琢磨くんのこと」

風俗嬢「覚えてますとも! や、あの時は悪いことしたよ。ごめんね、さなちゃん」

女「いいの。……二人とも、同じ人が好きだって知った時は、驚いたし」

女「あーちゃんのことが、わかんなくなった」

風俗嬢「どんな風に?」

女「全部。いつもニコニコのあーちゃんが、急に怖くなったし」「わざと意地悪なことされてるんじゃないか、って」

女「あーちゃんがたっくんと話してる時、凄く憎らしかったような気もするし」「でもそれがたっくんの幸せなら、それを許すべきだとも思ったし」

女「……そうして、ふっと気付くの。好きな人のために友達を蹴落とそうとする私って、こんなにも汚かったんだって」

女「毎晩、ベッドで泣いてた。もっと私は綺麗だと思ってたのに、って」「人並みに私は綺麗なはずだったのに、って」

女「……だから結局、全部嫌になった。何より、あーちゃんとまた、友達でいたいと思ってたから」

風俗嬢「うー、ありがたいなー、ホント……でも人間って、そんなもんだよねえ」

風俗嬢「嫉妬ってさ、気づくのが一番遅い感情だと思うんだよね。自分が嫉妬してる、って思いたくないから」

女「……そんなこと、ないよ。あーちゃんは、私みたいに、汚くなんて」

風俗嬢「やーやー、んなことないって。部活の引退間際だったじゃん? 結局、最後の大会の前にさなちゃん辞めちゃったし」

風俗嬢「多分さなちゃんあの後勉強漬けだったから、知らないと思うけどさ」

風俗嬢「たっくんとあたし、あの後すぐ別れちゃったんだよねえ」

女「……え、っ……?」

風俗嬢「や、取らぬ狸の皮算用って奴? 幻滅しちゃったのよ。イメージ清らかすぎたのね、きっと」

風俗嬢「向こうも同じらしくてさー。もう何から何まで全ッゼン噛み合わないの」

風俗嬢「やあでもあれは向こうにも問題あるって。昼ごはんのお弁当二人分作って持ってくるんだよ!? しかも毎日!」

女「…………羨ましいなー」

風俗嬢「えー!? もっとあたしは適度な距離感が良かったのよ。愛重すぎよ、ホント」

風俗嬢「……そういえば、女ちゃんはどこの大学行ったの?」

女「……一浪して、早稲田の商学部」

風俗嬢「わ、すっごいじゃん! 今はどこで働いてるの?」

女「普通のOLだよ。システム系の仕事やってる」

風俗嬢「かっこいいじゃん!! え、プログラミングとかできるの!?」

女「……ふふ。まあ、少しだけどね」

女「…………あーちゃんは?」

女「……あ、っ」

風俗嬢「や、気にしないで気にしないで! あの流れならあたしだって聞いちゃうって」

女「でも……」

風俗嬢「……いいのいいの。」

風俗嬢「なまじっか成績だけは良かったからさ、推薦で立教の観光学部行ったのよ」

風俗嬢「でも、正直あたし優等生ではあったけど、勉強とか嫌いなタイプでさ」

風俗嬢「……単位落としまくりで、大学もサボりがちになって」

風俗嬢「アキバ歩いてたら、悪い男にひっかかったのが運の尽き。そのまま地下アイドルデビューよ」

女「…………」

風俗嬢「大学も留年して、推薦だからそのまま退学になって。怒られたなー、タナTからお叱りの電話まで貰っちゃって」

風俗嬢「でもライブはそこそこ上手くいってて、調子に乗って出したCDシングルもそこそこ売れてさ」

風俗嬢「……それで、おしまい。後はもう鳴かず飛ばず。事務所からも、家からも勘当されちゃった」

風俗嬢「見た目だけは良かったからさ。逆ヒモって奴かな、駄目な男どもの間を渡り歩いて」

風俗嬢「……このままじゃ駄目だって、真人間にならなきゃって。普通の仕事も頑張ろうとしたけど、続かなくて」

風俗嬢「5人目くらいの男だったかな。……避妊しなかったせいで、堕ろせって言われて。金はお前が払えって」

風俗嬢「あんたが払えって言ったら、お腹蹴られたわ。もうやってらんなくなったから、ピル飲んで出てった」

女「…………それ、で」


風俗嬢「そ。男嫌いになっちゃったのかな、気付けばレズビアン専門の風俗嬢よ」

風俗嬢「……さて! 話すだけ話したから、今度はさなちゃんに話してもらおっかな?」

女「え、っ……や、そんなこと」

風俗嬢「どーしてまたこんな店を選んだのかなー? ふっふふ、恥ずかしがらなくてもいいんだよ?」
風俗嬢「それともなあに……? 言えないくらい恥ずかしーのかなー? んふふっ……」

女「やあ、んっ……! やっ、ふぁあ、耳舐めないでっ、胸触っちゃっ……」

風俗嬢「やめないって言ったらー? このまま始めてもいいんだよー……?」

女「んう、わかったっ、わかったからあ……話す、話すから、……」

風俗嬢「んふふー。さなちゃんらしからぬ素直さ、よろしー!」

風俗嬢「……でも。これからたっぷり可愛がってあげちゃうのに。先が思いやられるなー……ふふっ」

女「…………っっ……もう。強かなんだからなー……昔から」

風俗嬢「お褒めにあずかり光栄でーす!」

女「……大学から?」風俗嬢「もちろん!」

女「…………面白いことなんて、何もないよ。何も変わらない」

女「大学に入ったら、こんな私も変わるかと思った。変われるかな、って思った」

女「でも、孟母三遷なんて大ウソ。本当に、惰性だった」

女「彼氏は出来たよ。同じサークル。セックスだってした」

女「はっきりとは別れなかったから、今でも一応付き合ってるのかな」

女「……トプ画は、知らない女の人とのツーショットだけどさ」

女「頑張る努力なんて、何もしてこなかった。私は、そういう人間だった」

女「ただ夢を見て、ぼけっと生きてれば、いつか夢は叶うだろうって――ないしは、忘れられるだろうって」

女「……気付いたらもう20半ば。何のために生きてるのか、分からなくなってきた」

女「でも、もちろん死ぬ勇気もない。こうやってズルズルぬるま湯に浸かってるのって、やっぱり気持ちいいから」

女「……今、好きな人がいるんだ。職場の同僚」

風俗嬢「………………」

女「…………たっくんの時と同じ。憎らしいと思うようには、ならなくなったけど」

女「本音を言う勇気はないの。それで、なんとなくイライラしてたの」


風俗嬢「それで何かを変えたくて、あたしのとこに電話したの?」


女「……そう。でも結局、したのは昔話だけ……虫のいい話なんだよね。変わろう変わろうと思ってるくせに」

女「他人にそれを頼ってちゃ、世話はないよ。……自分を変えられるのは、自分だけなんだ」

女「誤解しないでね。気にしなくてもいい。きっとあーちゃんじゃなくても、同じことだったから」


風俗嬢「……ふうん」


風俗嬢「でも、さ」

風俗嬢「――――――あたしが言うのも、変な話だけどさ」


風俗嬢「自分を変えられるのは、他の誰かしかいないと思うよ、あたし」


ちゅ、っ


女「…………ん、ふっ……………!!」


風俗嬢「ん、ちゅ、……ちゅっ……ちゅ、ん…………」



風俗嬢「……………ぷ、あ、はっ」

女「…………はーっ、はーっ…………!!」


風俗嬢「……あたしさ、ずっと待ってたのかもしれない」

女「……っ、…………?」

風俗嬢「あたしを変えてくれる人のこと。白馬の王子様?」

風俗嬢「……ま、いいや。だからさ」


風俗嬢「素直になってよ、さなちゃん。ずるいよ、さなちゃんは」

風俗嬢「昔っからだんまりでさ、口数も少なくてさ、幼馴染のはずなのに、本音の一つも言ってくれない」

風俗嬢「あたしはずっと、……や、あたしも大概嘘つきだなあ。ごめんね、さなちゃん」

女「……なに、を、……?」

風俗嬢「……簡単なおはなし。素直になってほしいの、さなちゃんに」

風俗嬢「あたしも素直になるからさ。……結局あたし、一番大きな所から逃げ続けてきたんだ」

風俗嬢「ずっと言うのが怖かった。だから誤魔化してきた。周りの人も、さなちゃんのことも、自分のことだって」

風俗嬢「ある意味、さなちゃん大正解だよ。あたし意地悪してた。好きでもない人のことを好きなフリしてさ、さなちゃんに見せつけてやればさ」

風俗嬢「さなちゃんきっと、男なんて嫌いになると思ってた。――でもそしたら、手が届かなくなるまで離れてっちゃうんだもん」


風俗嬢「信じてくれなくてもいいけどさ。受け入れてくれなくてもいいけどさ。お願い。これだけは言わせてよ」





風俗嬢「大好き。さなちゃん」


女「…………結局、宿泊コースになっちゃったね」

風俗嬢「店長に連絡も忘れてた。大目玉だ、あはっ」

女「……ごめんね。料金の倍、払うから」

風俗嬢「もー! そういうところ重いよ、さなちゃんは」

女「……でも。払わないと、私の気が収まらない」

風俗嬢「……もー……しょーがないなー……ん、そうだ」


風俗嬢「ね。お嫁さんごっこ、しよう?」

女「……なにそれ」


女「……なに、私とあーちゃんでやるの? どっちがお嫁さんなのよ、それ」

風俗嬢「どっちだっていいよ。ジェンダーフリーって言うじゃん」
風俗嬢「ほら、結婚指輪みたいにさ。ご祝儀でもいいけど」
風俗嬢「シチュエーションプレイの追加料金ってなら、あたしも受け取れるよ」

女「…………仕方ないなあ。自分からプレイの希望をする風俗嬢が、どこにいるのよ?」

風俗嬢「ここにいますとも! それを受け入れちゃうお客さんだって、ここにいるしさ」

女「はいはい。……それじゃ、ええっと」


風俗嬢「……んー。さなちゃんはあたしに、永遠の愛を誓いますか?」

女「……誓います。あーちゃんは私に、永遠の愛を誓いますか?」

風俗嬢「誓います! ……それじゃあさ」




風俗嬢「誓いのキス、しよっか」




風俗嬢「…………それじゃ、またね。楽しかったよ、さなちゃん」

女「……私も、楽しかった。……同じ性別同士でも、あんなに気持ちよくなれるんだね」

風俗嬢「そりゃあたしが百戦錬磨ですもの。あたしが女の初めてで、さなちゃん幸せ者よ?」


風俗嬢「……さなちゃん、眼鏡かけると、かわいいよね」

女「……あーちゃんも、金髪、似合ってるよ」



女「…………それじゃあ、また」

風俗嬢「うん。じゃあね、さなちゃん」





女「――――――待って」




風俗嬢「……駄目だよ、さなちゃん」

風俗嬢「さなちゃんはさ、変われたかもしれない」

風俗嬢「でも、あたしはダメなんだ。変われないよ」

風俗嬢「人間は、他の誰かにしか変えてもらえない。でも」

風俗嬢「他の誰かがどうにかしても、どうにもならない人っているんだ」

風俗嬢「――あたし、さなちゃんに、迷惑かけらんないよ。それに、さ」



風俗嬢「さなちゃんの中にいるあたしは、いつまでも」

風俗嬢「お嫁さんごっこの花嫁で、いてほしいから」



女「……………………」


風俗嬢「……じゃあ、本当に」「さようなら、さなちゃん」


女「――――――勝手なんだから、もう、本当に、っ」





女「それなら、せめて――――また、呼ばせてもらうからっ……!」


女「お客さんとしてでも、都合のいい金づるでもいい……あーちゃんが、変わるまで、何度だって……!」



女「何度だって、何度だって、呼ぶからねっ!! いくらだって出すわ、何度だって会うわ――断ったりしたら、許さないから!!」



風俗嬢「…………………」



風俗嬢「……うん。わかった」


風俗嬢「またのご指名を、お待ちしております。お客さま」



END

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