卯月「私、頑張ります。頑張り続けます」 (54)

キャラ崩壊あり。
鬱要素あり。
書き溜めあんまり無いんで亀更新。
ちょこちょこ投下していきます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1472319452


シンデレラプロジェクト。

老舗芸能プロダクションである346プロのアイドル部門が立ち上げた新企画。

毎年メンバーが完全に入れ替わり、発足から5年の月日が流れていた。

現在は5期生が、346プロの最大級の企画と言ってもいいシンデレラの舞踏会に向けて日々レッスンを続けている。

毎年シンデレラ達は、舞踏会に出演し次の世代のシンデレラに夢と憧れという魔法をかけて去っていく。

その礎を築き上げたシンデレラ達の、第一期生は伝説となっている。

個性豊かなメンバー達、その人気は国内どころか世界にも広がり、日本のアイドルというものを世界に認知させるまでに至っていた。

今宵、日本武道館でシンデレラプロジェクト一期生のライブが行われる。

全員が武道館ライブを行うという快挙をすでに達成していたが、今宵はその全員が集まりライブが行われる運びとなった。

武道館は一夜限りの舞踏館となり、観客達は一夜限りの魔法を見に皆がその時を待っていた。

そして、始まる。

スポットライトがシンデレラ達を照らし出す。

それと同時に大きな時計が12時の針を示し合わせ。

13人のシンデレラ達の舞踏会が始まった。


同時刻、摩天楼の最上階に位置する部屋。

薄暗く月明かりのみが部屋に差し込んでいた。

広い部屋に動く人影は一つだけ。

月明かりも届かない部屋の奥にその人影はあった。

その人影は何かを取り出し、手に持ち操作をし始める。

すると手に持った何かから光が放たれ薄暗い部屋に一瞬だけ人工的な光が発生した。

それを操作し、耳に何かを付けながら声を出して話し始める。

美しい声だった。良く通り、響く声。歳若い女性の声。

「終わりました。処理をお願いします」

それだけを発し、その人影、女性は動き始める。

その姿は闇に溶け込むかのようにいつの間にか部屋から消えていた。

部屋に残ったものは…………。

ベッドの上にどす黒い液体をぶちまけた肉塊のみであった。



5年前


すでに肌寒い季節。
吐く息は白く、手は冷たい。
だけど私には寒さなんて感じなかった。
寒さを感じるより、私の中から溢れ出てくるモヤモヤした気持ちが私の感覚を遮断していた。

先ほどまでいたスタジオでの出来事が思い出される。
小日向美穂ちゃんと一緒に撮影のお仕事。
頑張ろうって決めて、お仕事をしていたのに、ディレクターさんからダメ出しをもらってしまった。
表情が硬いって。……私、笑っていたつもりなのに。

少しの休憩、沈んだ気持ちで何気なく顔を上げた私の視界にプロデューサーさんと凛ちゃんの姿が飛び込んできた。
プロデューサーさんはディレクターさんに謝っていた。
その姿を見たときに、私の中で何かがはじけ飛んだような錯覚を覚えた。
それからずっとモヤモヤした気持ちが溢れ出して止まらない。


卯月(私の失敗のせいでプロデューサーさんに迷惑をかけちゃった……)

卯月(これ以上迷惑をかけないために頑張ろうって、頑張りたいって思ったけど、プロデューサーさんには調子が悪そうだから帰ったほうがいいって言われちゃった……)

卯月(調子、悪いのかな私? ……さっきから胸のモヤモヤがおさまらないし、調子が悪いのかもしれない)

卯月(早く帰って寝よう。体調管理もアイドルの仕事だもん。今日は早く帰って、明日は元気にお仕事を出来るようにしないと)

卯月(これ以上、頑張ってるみんなやプロデューサーさんに…………)

私の脳裏に浮かんだ言葉は途中で消えていた。
頭を切り替えないといけない、今日は帰って早く寝て、明日からは元気に頑張らないといけないんだから。
いつの間にか立ち止まり、俯いて地面を見ていた私は、再び帰路に着く為に歩き始めた。

そのときだった。
気のせいかもしれない。
だけど私の耳はどこかで何かが……そう、時計の針が動く音を聞いたのだ。

その音は私の耳に残り続けていた。



家について夕食を済ませ、お風呂に入った後、私は自分の部屋でベットに入り目を瞑っていた。
だけど眠れない。
早く眠らないといけないのに眠れない。
1時間はそうしていたかもしれない、私は部屋の明かりをつけ何気なく雑誌を手にしてパラパラとめくる。

卯月(あっ、みくちゃんにナナちゃんの記事だ。次のページには李衣菜ちゃんと夏樹ちゃんの記事)

卯月(この前のオータムフェスでのことが書かれてる)

雑誌にはオータムフェスでお披露目になった、みくちゃんと李衣菜ちゃんのユニット・アスタリスクにナナちゃんと夏樹ちゃんが参加した新ユニットの特集がされていた。

卯月(アスタリスク with なつなな)

卯月(ロックアイドルと動物系アイドルが織り成す超個性派ユニット、今後も注目していきたいアイドルたちだ……個性かぁ)

卯月(そうだよね。みくちゃんやナナちゃんはあんなに素敵な個性を持っているし、李衣菜ちゃんや夏樹ちゃんもカッコよくって可愛くて……みんなキラキラしてる)

卯月(私の個性って…………)


その時、私の思考を遮るように携帯から着信音が流れ始めた。

卯月(あ、凜ちゃん)

携帯の画面を見て、凜ちゃんからの電話を取る為に指を動かす。

卯月「はい」

凜「あっ、卯月?」

卯月「はい、どうしたんですか?」

凜「うん、今日スタジオで見かけてさ」

卯月「あ……」

その言葉で、先ほどの出来事が再び思い出される。
私の中でまたモヤモヤした何かが溢れ出てきた。
そんな私の胸中を見透かすように凜ちゃんは続ける。

凜「なんかさ……大丈夫?」

卯月「心配かけちゃってごめんなさい。今日はちょっと調子が……」

プロデューサーさんに言われたことを凜ちゃんにも伝える。

卯月「明日からまた元気に頑張りますから」

そう、明日からは元気に頑張らないと。

凜「うん……なら、いいけど」

凜「じゃあ、またね」

卯月「はい、ありがとうございますっ」


凜ちゃん、私を心配してくれて連絡をくれたんだ。
凜ちゃんは今…………トライアドプリムスのお仕事もあって忙しいのに。
そう考えたときに、またモヤモヤが溢れ出してきて、胸の奥がほんの少しだけチクリと痛かった。

やっぱり今日は体調が悪いみたいだ。
……ううん、ここしばらくこんな状態が続いてるような気がする。
今まではこんな事なんてなかったのに。

卯月(私、体力落ちちゃってるのかな?)

ふと昔のレッスンと今のレッスンが頭の中に浮かび上がってきていた。
昔はレッスンだけを頑張っていた。夢であるアイドルになる為に、それだけを頑張っていた。
だけど今は夢のアイドルになれて、アイドルのお仕事も沢山入ってきてレッスンの時間が少なくなっているような気がする。

卯月(レッスン不足のせいなのかな?)

卯月(それだとこれから先も、体力不足でいきなり調子が悪くなっちゃうなんてこともあるのかな?)

卯月(今日は撮影のお仕事だったけど、これがもしもライブ中に調子が悪くなっちゃったら…………)

なぜかその光景が妙にリアルに思い浮かんでしまった。
私が本番前に調子を悪くして、凜ちゃんと未央ちゃんが私を見て気まずそうな顔をしている。
プロデューサーさんはまた私のせいで謝っている。

そこまで考えて私は頭を振って今思い浮かんだ想像をかき消す。
そして、電気を消しベットに潜り込むようにして布団を被る。
今日はもう寝よう、明日からは頑張らないといけないんだから。

目を閉じて、真っ暗な視界の中、私の意識は徐々に落ちていった。


次の日、私は346プロの前でプロデューサーさんが来るのを待っていた。
昨日は迷惑をかけてしまったし、私が思いついたことを聞いてもらおうと思ってこうやって待っている。
しばらくすると、プロデューサーさんの姿を見つけ、私は少し小走りでプロデューサーさんに近づき挨拶をした。

卯月「プロデューサーさん。おはようございます」

P「おはようございます」

卯月「昨日は早退してすみませんでした」

P「いえ、もう大丈夫ですか?」

卯月「はいっ」

昨日のことを謝る。
よかった、プロデューサーさんはいつものプロデューサーさんだ。
昨日想像してしまった、私の頭の中でのプロデューサーさんの顔が浮かんできたがすぐにかき消す。

卯月「それで、あのっ……少し聞いてもらいたいことがあるんですけど、いいですか?」

P「なんでしょうか?」

卯月「えっと、その……」

これからお願いすることを口に出そうと思うと戸惑う気持ちもあり言葉に詰まってしまった。
でも、それでも言わないと……。

P「?」

卯月「実は私、養成所に戻ってレッスンをやり直したいと思うんです」

言ってしまった。

P「養成所……ですか?」

プロデューサーさんは少し戸惑った顔をして私を見ていた。

卯月「はい、プロデューサーさんが言うとおり、ちょっと疲れちゃってたみたいで、もっと体力つけて頑張らなくちゃ駄目だなって……」

卯月「このままじゃ美穂ちゃんにも、凜ちゃんや未央ちゃんにも迷惑をかけちゃうし、だから一旦お仕事を休んでも、もう一度しっかり基礎レッスンをやり直したいと思ったんです」

私は一気にプロデューサーさんに言った。
プロデューサーさんは戸惑った顔から少し困った顔に変化していたような気がする。

P「…………」

プロデューサーさんの沈黙に少し不安になる。

卯月「駄目……ですか?」

そう聞き返すとプロデューサーさんは口を開き、

P「いえ、私は島村さんの意向を汲む形を取りたいと考えていますが、本当によろしいのですか?」

そう言って、私のお願いを聞いてくれた。
よかった……。

卯月「はいっ。島村卯月、頑張りますっ!」

許可を貰った私はそのまま歩き始める。

P「島村さん? どこに行かれるのですか?」

卯月「今から養成所に行って基礎レッスンをしようと思うんです」

P「今から、ですか? 一度皆さんに顔を見せても……」

卯月「……えっと、今の私がやるべきことって早く体力をつけてみんなに迷惑をかけないようにすることなんだと思います」

P「島村さん?」

卯月「だから、すぐにでも基礎レッスンを一からやり直して、昨日みたいなことにならないようにしないといけないと思うんです」

卯月「私、頑張りますから。それじゃあ、行って来ます」

そう言って私は足早にその場を後にした。

P「っ、島村さんっ」

プロデューサーさんから声をかけられるが、私は養成所に向かって足を速める。
プロデューサーさんの声を聞こえないフリをしてしまって、またモヤモヤがあふれ出してきた。
今はみんなに会うのは、特に凜ちゃんや未央ちゃんと会うのは……不安だ。
昨日思い浮かべてしまった、あの想像が、私が二人に迷惑をかけてしまう想像が私の頭から離れない。

想像とはわかっているけど、あんな事になるのは嫌だ。
だから私は体力をつけて、昨日みたいなことにならないようにしないといけない。
……アイドルのお仕事をお休みしても、ちゃんと体力をつけて、迷惑をかけないようにしないと……。

モヤモヤした気分のまま、私はいつの間にか養成所の前に到着していた。
私は頭を切り替え、養成所の扉を開き中に入った。


卯月「はぁっ、はぁっ」

養成所での基礎レッスンに一息をつける。
今日は1日レッスンを受け続けていて、もう夕方になっていた。
少しだけ驚いたのは、昔できなかったステップやダンスが出来るようになっていたことだった。
よかった、アイドルになって少しは成長していたみたいだ。
後は昔のように体力をつければ、みんなに迷惑をかけることもなくなるはず。

少しだけ休憩を取り、体を休めていると、ふと机の上にあった雑誌が目に留まった。
アイドル雑誌で、表紙は楓さんだ。

卯月(楓さん。すごいなぁ、こんなに特集が組まれて)

卯月(7ページも楓さんの記事で埋まってる)

その記事を見ながら私は楓さんのステージを思い出していた。
よく通る綺麗な声は会場に響き渡り、観客はみんな楓さんの声に酔いしれていた。
スポットライトを浴びた楓さんは、本当にキラキラしていてまるで妖精のようで。
私も目をそらせずにその姿を目に焼き付けていた。

卯月(あの時の楓さんは本当にすごかった)

卯月(目を離せなかった、アイドルってこんなにも輝けるんだって感動したんだよね)

卯月(どうやったらあんな風になれるんだろうっても思ったかな……)

楓さんというトップアイドルの記事を読みながら私は雑誌のページをめくる。
次のページの記事を目にしたとき、私の胸はトクンと小さな音を上げた。

卯月(きらりちゃんと愛梨ちゃんのとときら学園の記事だ)

卯月(莉嘉ちゃんにみりあちゃん。杏ちゃんとかな子ちゃんと智絵里ちゃんも特集されてる……)

卯月(きらりちゃんと杏ちゃんは新しい特設コーナーのあんきらンキングがすごい人気。二人のMCはお互いをフォローしあって安定感のあるMC、同い年でありながら何もかもが正反対の二人のギャップがさらに人気を呼んでいる……かぁ)

卯月(莉嘉ちゃんとみりあちゃんはちびっこアイドルの中で、みんなを引っ張って行ってる……莉嘉ちゃんはちびっこカリスマギャルとして一際個性を放っているし、みりあちゃんはお姉ちゃんの意識を持ってみんなを取りまとめる役を買って出ていて、番組内でも特に人気の高い二人……)

卯月(かな子ちゃんと智絵里ちゃんは番組のインタビュアーとして活躍中。かな子ちゃんは何でもお菓子に結びつけちゃうけどそこが好印象をもたれている、智絵里ちゃんは焦ったときに手のひらに何かを書いて飲み込む仕草が可愛いって言われ、二人ともどんなものにも興味を持ち柔らかい雰囲気で様々なものを紹介して行って人気を博している……)

次のページをめくると、みんなのユニットの特集が掲載されていた。

卯月(凸レーションとキャンディアイランド。みんながテレビに出て活躍するようになってさらに人気が出ているんだよね……)

私の胸のが早鐘を打つように、トクントクンという音が聞こえてくる。
みんな頑張っている、自分の個性を見つけてみんな頑張っている。

――――私は?

ドクンと一際大きな音が私の胸から鳴ったと同時に、携帯の着信音がレッスンルームに響き渡った。
携帯の画面を見る、未央ちゃんだ。
私は携帯の画面を見ながら少し躊躇していた。
どうしてかは分からなかった、だけど未央ちゃんからの電話をすぐ取ることができなかった。
それから10秒くらい経って、私は電話を取った。

卯月「はい」

未央「あっ、しまむー? 養成所でレッスンをしはじめたってプロデューサーから聞いたけどどうしちゃったの?」

卯月「あ……その、もう一回ちゃんとレッスンをしようと思って、私少し体力が落ちているみたいで。だから基礎レッスンをやり直そうと思ったんです」

未央「そう、なの?」

卯月「はい」

未央「それじゃあ、どれくらいそっちにいる予定なの? すぐ戻ってこれそうなの?」

卯月「え? えっと……はい。すぐ戻れるように私頑張りますから。私も早く未央ちゃんたちと歌いたいですし」

未央「そっか。うん、わかったよ! 待ってるからね!」

卯月「はい」

未央「よーっし! それじゃあ、戻ってきたらしまむーにはニュージェネのリーダーである私からキビシー特訓を授けようではないか! 覚悟しておくように!」

卯月「……はい。お願いします」

未央「あ、あれ? 軽い冗談のつもりだったんだけど……まあすぐ戻ってこれそうなら大丈夫だねっ! それじゃ、しまむー、またね!」

卯月「はい。それじゃあ、また」

未央ちゃんとの電話を切り、私は再びレッスンを始める。
頑張らないと。私も頑張ってみんなみたいにならないと。
レッスンを頑張って、私も何かを見つけないと。

私がレッスンをしている間、ずっと胸のモヤモヤは収まらなかった。
それどころか、どんどん大きくなって来ているようだった。

今日はこのへんで。


あれから数日、私は毎日養成所で基礎レッスンを繰り返していた。
レッスンを続けて体力をつけて、自分にも出来ることを見つける為に。
レッスンをしていれば何かが見つかると思いながら。
そうやってレッスンを続けていたある日、養成所の扉が開き人が入ってきた。

卯月「あっ、プロデューサーさん」

P「おはようございます。島村さん」

卯月「お、おはようございますっ」

P「差し入れを持ってきました」

そうやって手に持った箱を少しだけ上げてプロデューサーさんは私に声をかけてくれた。
私は少し休憩をすることにして、タオルで汗を拭いていると、プロデューサーさんは机の前にパイプ椅子を用意してくれて差し入れのプリンを取り出していた。
私はそれを見て、プロデューサーさんが用意してくれた椅子に座り、プロデューサーさんが渡してくれたプリンを自然な形で受け取っていた。

卯月「ありがとうございます」

P「いえ」

プリンの封を開け、一口大のプリンを口に運び咀嚼する。
レッスンをした後だからかいつもよりとても甘く、美味しく感じられた。
そうやってプリンを口に運んでいると、プロデューサーさんが私に声をかけてきた。

P「調子は、どうですか?」

卯月「あっ、はい。順調です」

P「そうですか」


つい口から出てしまった言葉に少し戸惑う。
私は今順調にやれているのかと。レッスンをただがむしゃらに行っているだけなのにそれが順調といえるのかと。
つい口に出してしまった言葉を上書きするように、私は本当に思っている言葉を口にする。

卯月「ここに来ると、なんだか落ち着きます」

ずっとこの場所で頑張っていた。
夢であるアイドルを目指すために頑張っていたこの場所。
養成所で同期だったみんなはいなくなっちゃったけど、アイドルになるって言う夢があったから頑張れた。
私の原点といえるこの場所、そして私の夢を叶えてくれたこの場所にいると私は落ち着くし、どこまでも頑張れると思える、そんな場所。

P「落ち着ける場所で十分に調子を戻し、また戻ってきてください。私も、みなさんも島村さんを待っていますので」

卯月「あっ……ありがとうございます」

そうだった。
私はいつまでもこの場所にいられないんだった。
早く何かを見つけてこの場所から、みんなのいる場所に戻らないといけないんだ。

私は立ち上がりプロデューサーさんの前で言う。

卯月「早く復帰できるよう、頑張りますっ」

頑張って笑顔でプロデューサーさんに私は言った。
プロデューサーさんも表情を崩し、少し笑ってくれた。
その後、プロデューサーさんは私のレッスンを見ていてくれた。
プロデューサーさんは特に何かを言うことはなかったけど、私のレッスンを見守ってくれていた。

もっと、もっと頑張らないと。
プロデューサーさんやみんなが待っていてくれている場所に戻るためにも。


さらに数日がたち、私はまだ養成所で基礎レッスンを繰り返していた。
レッスンを繰り返してもまだ見つかっていない。
自分のやりたいこと、自分が何を出来るのかと。

あれからプロデューサーさんは何度もこの場所にきてくれている。
差し入れを持ってきて、私がプロデューサーさんの差し入れをいただいた後は、私のレッスンを見守ってくれている。

最近は何度か一度戻ってみては? と言ってくれる。
調子も悪く無さそうだし、レッスンも十分行えているからって。

だけど、私はプロデューサーさんのその言葉に頷くことができなかった。
自分のやりたいこと、自分が出来ることも見つけれていないのに、戻ることなんて出来ない。
今戻って、お仕事をしてもみんなに迷惑をかけるだけ……。

ステップを踏んでいた私の足が縺れ、体勢が崩れてしまった。
少し休憩をしよう……。

水分を補給しながら私は雑誌を広げる。
雑誌にはアーニャちゃん、美波さん、蘭子ちゃんの記事がまとめられていた。


卯月(アーニャちゃん……、プロジェクトクローネでソロ活動を始めてから、その人気が急上昇している。アーニャちゃんの神秘的な雰囲気を引き出す演出、その演出を超えるようにステージを舞うアーニャちゃんは誰もが目を吸い寄せられ、その姿に息を呑んでいた)

卯月(美波さん……、アーニャちゃんがソロ活動を始めて美波さんもソロ活動を始めた。美波さんも神秘的な雰囲気を持っているが、その中に躍動的な美しさがあって、アーニャちゃんとは別のベクトルの美しさがある)

卯月(この二人がソロ活動だけじゃなくラブライカとしての活動を行っているときは、二人がソロで培った経験が十分に発揮されて、その魅力が何倍にもなって観客を魅了している)

卯月(蘭子ちゃん……、ローゼンブルクエンゲルでソロを続けていて、最近ではラブライカの二人とも競演することが増えてきている。蘭子ちゃん自身の個性は、ラブライカの二人と競演するときにはなりを潜め、二人と共に神秘的な魅力を観客に見せ付けている)

私は3人の記事を閉じて、もう一度レッスンに戻ることにした。
みんなが前に進んでいる。
私も、早く、前に進まないと。
早く、進まないと、私は。

――――どうなっちゃうの?

私の心から溢れ続けるモヤモヤは、
不安という名のモヤモヤはもうレッスンをしていても止まることはなく、
私の心をゆっくりと、確実に包み込んでいた。


毎日通う養成所。
今日は雨が降りそうだ。
空にかかる黒い雲は、私の心の中を映し出しているかのようだ。
黒い雲に覆われて空が見えないように、私は自分のやるべきことを、
まだ自分が何を出来るのかということを見つけられないでいた。

レッスンを続ける。
休憩する。
またレッスンを続ける。
こうしていれば見えるはず、見つかるはず。
そう思ってレッスンを続けているけど、何も見えない。

みんなが前に進んでいる。
私だけ前に進めていない。
どうしよう。どうすればいいの?

夢だったアイドル。ずっと憧れていたアイドル。
その夢は叶った、だけど今私はどうすればいいのかわからない。
アイドルとして何をすればいいの?
私は一体何をすればみんなみたいにキラキラと輝けるの?

卯月「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

また休憩をする。

卯月(レッスンをしても分からない……)

卯月(こうしてる間にもみんな前に行っちゃう。私だけ何も見つけられない……)

卯月(未央ちゃんはお芝居の道を見つけて前に進み続けてる……)

卯月(凜ちゃんはトライアドプリムスの活動が本格的になって……)

卯月(……時間だけが過ぎちゃう)

卯月(……何も見つけれないまま)


私は膝を抱えて座り込んでいた。
外から雨音が聞こえ始めた。
雨音を聞きながら私はこの数週間考えても答えの出ない難問を再び考え始めていた。

自分が何をすればいいのか。

数十分はそうしていたのか、思考の海を漂っていた私の意識は、携帯の着信音によって引き上げられることとなった。
恐る恐る携帯の画面を確認する。

…………未央ちゃん。

喉がからからになったような錯覚を覚える。
私は鳴り続ける携帯を見続ける。
次のコールで出よう。
次こそは。
次……。

私の意思に反して、私は電話に出ることが出来なかった。
やがて着信音は止まり、部屋に雨音のみが響いていた。

どうして出れなかったんだろう。
未央ちゃんからの電話、久しぶりの電話だったのに。

わかっている、不安だったからだ。
電話に出たら今のこの状況を聞かれてしまう。
何も見つけれていない、何も出来ていないこの状況を。

見つけないと。
早く。早く。早く……。
そうじゃないと。

――――怖い。

その後、未央ちゃんと凜ちゃんから何度か着信があったけど、私は電話に出ることが出来なかった。


346プロ CPルーム


PCモニターを見て、Pは一息ついていた。
島村卯月の予定、空欄となっているそのスケジュールを見て少し顔を曇らせる。
Pは考えをめぐらせていると、扉の開く音に視線を向けた。
そこには書類を胸に抱えたちひろが部屋に入ってくるところだった。

ちひろ「お疲れ様です」

P「お疲れ様です」

ちひろ「とときら学園の台本と香盤表を置いておきますね」

ちひろはテーブルに抱えていた書類を置き、その傍らにエナジードリンクとスタミナドリンクを1本ずつ置いていた。
Pはそれを見ながらちひろに近づき声をかける。

P「千川さん」

ちひろ「はい、どうされました?」

P「急なのですが、現在こちらに回してもらえるイベント枠は無いでしょうか?」

ちひろ「イベント枠、ですか?」

P「ええ、実はニュージェネレーションズの復帰イベントを行いたいと考えておりまして」

ちひろ「え? でも、卯月ちゃんはまだ……」

P「はい、まだ養成所で基礎レッスンを行い続けています」

ちひろ「それだと……」

P「島村さんには出演していただけるように、何度でもお話しするつもりです」

ちひろ「……何かあったんですか?」


それまで立ち話となっていたが、ちひろの問いかけに対して、Pはちひろを椅子に腰掛けるように促し、ちひろが座るのを見た後自分もちひろの対面に腰を下ろす。

P「実は今日、本田さんと渋谷さんから島村さんのことで相談を受けました」

ちひろ「相談ですか?」

P「はい……何度電話しても連絡が付かないと」

ちひろ「えっ!? ど、どういうことなんですか?」

P「はっきりとしたことは分かりません。念のために島村さんの自宅に連絡を入れましたが島村さんは自宅には戻られていましたので、恐らくは本日携帯電話を忘れられていたのではと思いますが」

ちひろ「そ、そうなんですね。連絡が付かないって言うから何か事件に巻き込まれたのかと思いましたよ」

P「すみません。勘違いをさせてしまいまして」

ほっとするちひろにPは続ける。

P「ですが、最近の島村さんは様子が少しおかしいと感じることがありました」

ちひろ「様子、ですか?」

P「はい。はっきりとは分かりませんが、違和感のようなものを感じました」

ちひろ「そうなんですか……、それでさっき言っていたイベントの件は関係あるんですか?」

P「はい。今ニュージェネレーションズはそれぞれ個別の活動を行っていることはご存知だとは思いますが」

ちひろ「確か未央ちゃんはお芝居でしたよね。凜ちゃんはトライアドプリムスの活動が多くなっていますね」

P「ええ、そして島村さんも小日向さんとの仕事を行っていただき、違う方面からの活動を行っていただきたいと思っていたのですが、島村さんの意向を汲む形で養成所での個人レッスンという形に落ち着いてしまいました」

P「彼女達の個別の活動は必要なものだと思います。ですが島村さんの今の状況はよくないと思います。今の島村さんには一人でレッスンをするよりも本田さんや渋谷さんと共に目標に向かって行ってもらうほうがいいと判断しました。そのためのイベントとなります」

ちひろ「そういうことですね」

P「まだ確定ではありませんが、島村さんには何度も話を聞いてもらい、説得するつもりです。島村さんの意思で戻ってきてもらい、ニュージェネレーションズとしての活動を再び行っていただきたいので」

ちひろ「わかりました。それでは、各部署に当たりイベント枠を確保するよう調整しておきますね」

P「すみません。ありがとうございます」

ちひろ「いえいえ、卯月ちゃんや未央ちゃん、凜ちゃんには頑張ってもらわないといけないですからね!」

ちひろは立ち上がり自分のデスクに資料を取りに向かう途中、Pのデスクに映し出された卯月のスケジュールを目にする。
完全に空白のスケジュールを目にした、ちひろの眼には悲しげな色とそれと同時にどこまでも冷たい色が浮かび上がり、無表情でその画面を見ていたが、それは一瞬のことでちひろは動き出す。
Pの意向を汲む為に、準備を始める。
そして、ポツリと呟いた。

ちひろ「……目を付けられないで」

今日はこのへんで。

わざとならすまんが凛の漢字を間違えてるぞ


ずっとレッスンをしてる。
だけど見つからない。
私がキラキラできるなにかを見つけることが出来ない。

頑張って考えている。
レッスン中も、家に帰ってからも、朝起きて寝るまでずっと。
だけど見つからない。

最近は夢を見る。
みんなが前を歩いていて、私はみんなの後を追いかけている夢。
どんなに頑張って走っても追いつけない。
みんなは私の手の届かないところまで行ってしまって、私はみんなを見失ってしまう。
そして夢の終わりに決まって凛ちゃんと未央ちゃんとプロデューサーさんが現れる。

凛ちゃんと未央ちゃんはニュージェネレーションの衣装を着ていない。
凛ちゃんはトライアドプリムスの衣装。
未央ちゃんは見たことも無いけど、黄色と青を基調にした綺麗な衣装を着ている。
二人ともキラキラと輝いて眩しい。そんな二人は私の事を気がつかないのか私の傍を通り過ぎ遠ざかっていく。
どんなに叫んでも二人は立ち止まってくれず、そのまま遠くへ、どこまでも遠くへ行ってしまう。

いつの間にか私の周りは真っ暗な闇で覆われて、何も見えなくなっている。
そこにプロデューサーさんが現れる。
真っ暗で顔は見えないけど、プロデューサーさんのはず。
真っ黒なプロデューサーさんは私の肩を掴んで、何かを言う。
私はその言葉に頷き、真っ黒なプロデューサーさんの口が裂けるように開くところでいつも目を覚ます。


この夢を見始めてから、さらに必死に自分の出来ることを探している。
だけど見つからない。
探せば探すほど、遠ざかっていくようなそんな感覚。

自分のやりたいこと、自分の出来ることは一体なんなんだろう。
プロデューサーさんが言ってくれた私のいいところ、笑顔。
でも、笑顔なんて、笑うなんて誰にも出来る。

笑顔じゃない何か。
私がキラキラできる何か。
それが見つからない。

私なんかより可愛い子、かっこいい子、元気な子は沢山いる。
私なんかより歌がうまい子、ダンスがうまい子なんて沢山いる。
私なんかより個性がある子なんてどれだけいるか分からない。

――――私には一体何があるの?
――――私だけのナニカ。
――――私だけが出来る…………。

ズキンと私の頭に痛みが走った。
気分が悪い。身体中に悪寒が走っている。

私はしばらくの間、胸を押さえて蹲っていた。
一向に良くならない気分、額に手を当てると焼けるような熱が掌に伝わってくるのを感じた。
熱が出ているのかもしれない。

卯月(……今日は、もう帰ろう)


私は覚束ない足取りで帰り支度を整え、養成所の扉を開け戸締りをして帰路に着く。
ぼやけた頭で歩いていると、私の耳は聞き覚えのある声を捉え、
私の意識は急激にはっきりとしていき、咄嗟に物陰に隠れる行動を取ってしまった。
声が近づいてくる。

未央「こっち、だよね」

凛「うん。プロデューサーから貰った地図だとその先が養成所」

未央「そっか……しまむー、大丈夫かな。昨日から連絡も返してくれないし」

凛「大丈夫、って言いたいけど……少し不安かも」

未央「しぶりん?」

凛「私さ、ずっと引っかかってるんだ。卯月が仕事を早退したときのこと」

未央「それって、どういうこと?」

凛「卯月、あの時あんまり笑ってなかったし、なにか思いつめたような顔をしてたからさ」

未央「しまむーが?」

凛「そう、もしかしたら今卯月は何かに悩んでるのかもしれないって、そんな気がしてさ」

未央「……それならさ、聞いてみようよ。しまむーにさ」

凛「未央……」

未央「しまむーが悩んでるなら、私たちがその悩みを聞いてあげて相談に乗るんだよ! それでみんな一緒にその悩みを考えてみんなで解決するんだよ!」

凛「……ふふっ」

未央「? なにさ、その含み笑い」

凛「なんか未央が頼れるお姉さん見たく見えたから」

未央「頼れるお姉さん? そりゃ、私はニュージェネのリーダーだからね! 頼もしく見えるのは当然でしょ?」

凛「そうだね、今の未央は頼れるリーダーかもしれないね」

未央「かもじゃないって! リーダーだって! ほら、さっさと行くよ!」

凛「あっ! ちょっと、待ってよ!」

物陰から私は凛ちゃんと未央ちゃんを見ていた。
未央ちゃんが走っていくのを追いかけるように凛ちゃんも走っていく。
私は二人に手を伸ばしていた。
でも、声をかけられなかった。

追いかけたかった。
だけど、私の足は鉛のように重く前に踏み出せず、二人の姿は私の視界から消えてしまった。
それは夢で見た光景のようで、このまま追いかけても二人には決して追いつかないのではないかと思うと、私は怖くなってその場を逃げるように去ってしまった。



二日後


うづママ「熱下がってよかったわ、具合はどう?」

卯月「……うん。まだだるいけど大丈夫」

うづママ「起きちゃ駄目よ。今日はまだゆっくりしていなさい」

ママはそう言って私の部屋を出て行く。
私はベッドの上で少しだけ体を起こして額に手を当てる。
額に貼ったシートが私の熱を吸収して生暖かくなっている。

私が調子を崩して2日、昨日と一昨日は意識が朦朧としていて眠り続けていた。
疲労から来る発熱だったらしい。
……体力を付けるどころか、体調を崩しちゃうなんて。

また重い気分が私を襲う。
そのときだった。
部屋のドアがノックされる音が聞こえたのは。

卯月「……ママ?」

「しまむー、私だよ」

卯月「…………え?」

聞こえてきた声。
それは未央ちゃんの声だった。


未央「入っていいかな?」

卯月「えっ、は、はい」

考えるより先に返事をしてしまった。
扉が開いて未央ちゃんが私の部屋に入ってくる。
入ってきたのは未央ちゃんだけじゃなく……。

卯月「未央ちゃん……凛ちゃん……」

未央「よっ、しまむー大丈夫?」

凛「久しぶり。体調を崩したって聞いてさ、今日はお見舞いに来たんだ」

私は体を起こそうとするが、二人に止められた。

未央「ちょ、しまむーは寝ててよ! 無理に起きなくてもいいって!」

凛「そうだよ。というか悪いね、無理に押しかけちゃってさ」

卯月「いえ……」

未央「私たちもさ、お見舞いのお菓子だけ置いて帰ろうと思ったんだけどさ、しまむーのお母さんに良かったら上がってってって言われちゃってさ」

凛「熱も下がって、体調も大分良くなったって聞いて……卯月の顔も見たかったから」

卯月「えっと……ごめんなさい、心配かけちゃって……」


布団を被りながら当たり障りの無い返答をする。
この間から見ている夢のせいか、二人がこんなに近くにいるのにものすごく遠くから話しかけられているような錯覚を覚える。
二人を避けてしまったこともあってか、私から二人に話しかけることに躊躇してしまう。
本当は二人と話したいのに、二人に私を見てもらいたいのに、二人に聞いてもらいたいのに何も出来ずにいた。
少しの沈黙の後、未央ちゃんがその沈黙を破り私に声をかける。

未央「しまむーがきつくなかったら少し話したいんだけど、大丈夫かな?」

卯月「……はい、大丈夫ですよ」

未央「ありがとね」

未央ちゃんは私の言葉を聞いて、一度凛ちゃんを見て頷く。
凛ちゃんもそれを見て、少し微笑んで話し始めた。

凛「実はさ、私たちのライブが決まったんだ」

卯月「……え?」

未央「そうなんだよ! しかもクリスマスライブだよしまむー!」

卯月「……ライブ、ですか?」

突然の話に思考が停止する。
ライブ? 私たちの?


未央「あ、あれ? 反応が薄いね?」

卯月「……び、びっくりしました。ライブ、久しぶりですよね」

未央「そうだよねー。なかなかニュージェネの活動が出来てなかったってのもあって久しぶりのライブになっちゃうけど、今回は私たちがメインのライブになるんだって!」

凛「私たち最近なかなか一緒にレッスンできてなかったけど、これからはさ三人一緒にライブまで頑張っていこうよ」

卯月「…………」

未央「どうしたの?」

凛「卯月?」

二人の話が頭に入ってこなかった。
ライブ。しかもニュージェネレーションのライブ。
今のこの状況で?
自分が何を出来るか見つけられていないこの状況で?

卯月「え、えと、その……」

未央「本当に大丈夫?」

凛「……顔色悪いよ。もしかして熱がぶり返してきたんじゃ?」

卯月「……はい、少し、気分が」

未央「ご、ごめんねしまむー。やっぱり無理させちゃったみたいだね」

凛「これ以上いても卯月がきついだけだね……私達は帰るよ」


二人はそう言って部屋を出て行く。
私は二人を見ながらまた手を伸ばそうとした。

未央「しまむー、体調良くなったらさ。皆でライブに向けて頑張ろうね」

未央ちゃんの言葉に伸びかけた手が止まる。

凛「今度のライブを成功させて、また三人で頑張っていこうよ」

凛ちゃんの言葉で手が動かなくなった。

未央「それじゃ、しまむー」

凛「またね」

卯月「…………はい」

部屋の扉が閉まり、二人は帰ってしまった。

二人ともライブを楽しみにしている。
でも私は。
正直、怖い。
このままだと、失敗してしまって、二人に迷惑をかけてしまうんじゃないかって。
何も見つけられないこの状況、私は何を目標にしてライブに出ればいいのかも分からない。

このままだと失敗しちゃう。
迷惑をかけちゃう。
二人にも、みんなにも、プロデューサーさんにも。

――――どうしよう。

溢れ出して止まらない不安が、私の全身を包み込んでいた。



346プロ 美城常務ルーム


デスクに腰をかけ、資料に目を通している鋭い目線の妙齢の女性、
常務は見ていた資料、島村卯月の詳細資料をPに見えるように置く。

常務「彼女は今アイドルであるにもかかわらず養成所に自らの意思で戻り基礎レッスンを続けているそうだな」

P「はい」

常務「何故だ?」

P「それは……彼女に必要な……」

常務「必要? それは君が決めたことなのか?」

P「……いえ、彼女の意思を尊重した結果……」

常務「尊重した結果、彼女は自分勝手に振る舞い、自らの体調管理も出来ずこの数日休んでいる」

P「……」

常務「渋谷凛は彼女の様子を見に行くと1度レッスンを休み、体調を崩した彼女の見舞いと言う形でもう1度休んでいる」

P「……はい」

常務「彼女のせいでトライアドに、いや君の部署にも影響が出始めていると思うのだが?」

P「…………」

常務「アイドル一人一人の気持ちを尊重する……その結果がこの状況か」


常務は椅子に体を預け、少し息を吐き言い放った。

常務「切り捨てろ」

P「っ!」

常務「このまま見過ごすことは出来ん。私には彼女が君の部署の癌にしか見えない」

P「待ってください、彼女は、島村卯月はシンデレラプロジェクトに必要なメンバーです」

常務「……」

P「彼女は今、壁に立ち向かっているはずです。その壁を彼女自身の力で乗り越えたとき、彼女は更なる輝きを見せると確信しています」

常務「……随分と買っているのだな」

P「はい」

常務「……」

P「私も彼女をサポートし続けます。そして、待ち続けています」

P「お願いします。もうしばらく時間をいただけないでしょうか」

常務に向かい深々と頭を下げるP。
それを見ながら少し考える常務。

常務「……これ以上影響を波及させないようにしたまえ。それが出来るのならば私は何も言わん」

P「ありがとうございます」

常務「だが、私は彼女に何の関心も持たない。駄目だと判断した際には、私から動かせてもらう」

P「……わかりました」

もう一度深々と礼をし、部屋を出るP。
常務は夜の帳が下りる外の風景を眺めながら考え続ける。


数分、その状態が続いただろうか。
常務の意識は扉をノックされる音と共に引き戻され、ノックの主を入室するよう促す。

常務「入りたまえ」

ちひろ「失礼します」

入ってきた人物、千川ちひろに視線を向ける常務だったが、その後ろにいる男の姿に眉を動かす。

「どうも、どうも、失礼しますねー」

常務「君は……誰だ……?」

男P「どうもー、俺、本日付で芸能部門に配属となった男Pと言いますわ、常務さんにもご挨拶と思ってはせ参じた次第であります」

男Pの軽薄な態度に視線を鋭くする常務。

男P「おっと、そんなに睨まないでくださいよー。常務さん綺麗だけど雰囲気はきついから俺ビビっちゃいますって」

男Pを無視し、常務はちひろに声をかけた。

常務「……千川君、一体どういうことなのか説明してもらおうか? この男は誰だ? 配属など私は何も聞いていない」

ちひろ「はい、会長よりの言付けをお伝えいたします」

常務「……会長?」

ちひろ「彼の配属は決定事項だ。また、彼の行動に一切の口出しをするな、との事です」

常務「……何を言っている」


ちひろに鋭い目線を送るが、ちひろは終始無表情で淡々と話すだけだった。
ちひろは伝え終わった後は無言になり、その目は冷たい色を写すだけ。
常務はその様子に少しの違和感を持ったが、これ以上は何も聞けないと判断をし電話を掛け始めた。
直接、自分の父親である会長に問いただすために。

その間、男Pはへらへらと笑いながら常務の部屋を見渡していた。
そして、机の上においてあった資料に目を留める。

男P「ん? この子は?」

ちひろ「……っ」

男P「おーい、ちひろちゃーん。この子ってさ、あれだよね。シンデレラの子だよね?」

ちひろ「……はい」

男P「なんかあったのこの子? 教えてくんない?」

ちひろ「……はい」

ちひろは無表情に淡々と卯月の現状を説明していく。
その話を聞きながら男Pの口元は釣りあがり、やがて裂けるような笑いを浮かべ卯月の資料に目を通していた。

男P「かわいい子だねぇ」

それだけ呟いて男Pは卯月の資料を机の上に戻し、電話の先の相手に問い詰めている常務を見ながらへらへらと笑っていた。
ちひろはその様子をただただ見ているだけだった。
何も考えを持たない人形のようにその場に佇んで、冷たい色の視線を前に向けているだけだった。

今日はこのへんで。
>>29 ありがとう、間違えてた。

話動かすためにメアリー・スーを入れるのは悪手だと思うが
頑張ってね



翌日


凛ちゃんと未央ちゃんが私の家に着て、ライブのことを聞いて、あの後、二人が帰ってからもずっと考えていた。
でも、考えれば考えるほど、私の頭の中には不安の種が芽生え続ける。

失敗したらどうしよう。
失敗したら、みんなに迷惑をかけちゃう。
失敗して、凛ちゃんにも未央ちゃんにもプロデューサーさんにも呆れられちゃう。

そんな事ばかり考えていた。
そして、私は養成所への道のりを歩いていた。
不安な、嫌な考えを紛らわすために外に出て、気がついたら養成所へ向かっていた。

今日も休みを貰っている。
だけど、このまま家に居ても不安が募るだけ。
私はずっと下を向いたまま、養成所までたどり着き、養成所のドアの鍵を開けようとドアノブに手をやると、違和感に気がつく。

卯月「開いてる?」

私は恐る恐る扉を開けて養成所の中に入った。
トレーナーさんがいるのかなと思いながら、中に入った私の目に、
ちひろさんの姿が映し出された。


卯月「ちひろ……さん?」

ちひろ「おはようございます、卯月ちゃん」

卯月「あっ……お、おはようございます」

窓のカーテンは閉められ、薄暗い養成所の椅子にちひろさんは腰掛けていた。

ちひろ「久しぶりですね。体調を崩していたって聞きましたけど、大丈夫ですか?」

卯月「あっ……。はい、ご迷惑をおかけして、すみません……」

ちひろ「……」

どうしたんだろう?
すごく難しそうな顔をしている……。
こんなちひろさんは始めてみる。
……それ以前になんでちひろさんが養成所に来ているんだろう?

卯月「あの、今日はどうされたんですか?」

ちひろ「……卯月ちゃんと少し話をしたくて」

卯月「私とですか?」

ちひろ「……はい」

どうしたんだろう?
話っていったい……?
ちひろさんはすごく言いづらそうに、暗い顔をしながら話し始める。


ちひろ「……卯月ちゃん。少し……いえ、しばらくの間346プロにも、養成所にも顔を出さないようにしてください」

卯月「え?」

ちひろ「プロデューサーさんには私のほうから言っておきます。シンデレラプロジェクトのみなさんにも私から話しておきます」

卯月「えっ、えっ?」

ちひろ「卯月ちゃんはしばらくの間、アイドルのことは忘れて、普通の女の子に戻ってください」

頭を何か重いもので叩かれたような、そんな衝撃を受けた。
普通の女の子に戻る? アイドルは忘れてって?

卯月「え? えっ? ど、どういう、ことなんですか?」

ちひろ「卯月ちゃんは体調不良が続いて、しばらくアイドル活動が出来なくなったということにします。ですので、この養成所にも、346プロにも顔を出さないでください」

卯月「なんでですか!?」

自分でも驚くくらい大きな声が出たと思う。
それだけちひろさんの言葉は私にとって受け入れがたいものだったのだから。


卯月「わ、私がアイドル活動をお休みして養成所で基礎レッスンをしているからですか!?」

ちひろ「違います……そうじゃないんです……」

卯月「ここにいるのが駄目でしたら戻りますから、私戻ってアイドルのお仕事頑張りますから!!」

ちひろ「駄目……それは駄目なんです……」

卯月「だ、駄目って、私、もう、アイドル、続けられないん、ですか……?」

目の前が真っ暗になっていく感覚を覚えた。
アイドルをもう続けられないの?
みんなと一緒にキラキラすることも出来ないの?
私はちひろさんにすがりつくように懇願する。

卯月「お、お願いします。私頑張りますから……」

卯月「頑張って頑張って、みんなみたいにキラキラ出来るように頑張りますから……」

卯月「お願い……お願いですから……そんな事、言わないで……」

私の目からいつの間にか大粒の涙が溢れ出ていた。
私の夢を叶えてくれたこの場所で、私の夢が閉ざされようとしている。
そんなのは嫌、絶対に嫌。

ちひろ「卯月ちゃん……お願い……私を信じ…………」

ちひろさんが何かを言いかけたとき、養成所の扉がノックされた。
コン、コン、コンと規則正しく、小さな音だったが、何故か養成所に響き渡るように聞こえた。


ちひろ「…………」

ちひろさんはぴたりと止まっている。
さっきまで話していた様子とは違い、どこか無機質な感じを漂わせ、固まっていた。
ちひろさんの様子に若干の違和感を感じながらも、もう一度ちひろさんに考え直してもらうようお願いしようとしたとき、養成所の扉が開いた。

「どうも、おはようございます」

男の人が立っていた。
ちひろさんはその人を見て、私との距離を取る。
私はちひろさんに視線を向け、声を出そうとしたが、その声が出ることはなかった。
いつも柔らかい笑みを浮かべているちひろさんが、完全に無表情になって視線を私に向けていたからだ。

卯月「うぁ……」

ちひろさんを見ながら固まっていた私の傍に誰かの気配を感じて、顔を向けると私の目の前に両手と、その手に名刺が差し出されていた。

卯月「……え?」

どこかで覚えがある既視感……。
ううん、確かプロデューサーさんと出会ったときも……。

「島村卯月さんですね」

男の人は私の名前を呼び、爽やかな笑みを浮かべていた。


私は今、養成所にある小さな応接室で先ほどであった男の人から自己紹介を受けている。

卯月「346プロ……芸能部門・芸能五部……プロデューサー……男Pさんですか?」

男P「ええ、そうです」

卯月「えっと、芸能部門のプロデューサーさんが一体?」

男P「単刀直入に言いますと、スカウトですね」

卯月「え?」

男P「島村さんにその気があるのでしたら、女優として活動をして見ないかということです」

卯月「女優……」

その言葉に呆然としてしまう。
先ほどまでちひろさんにアイドルを忘れるように言われていたのに、今は女優としてスカウトを受けている?

男P「ああ、すみません。説明を省きすぎましたね」

そう言って笑いながら自分の頭に手を当て、髪をくしゃくしゃと撫でる男Pと名乗った人。


男P「実はですね、私の所属する芸能五部は現在女優が全くいない状態になっておりまして、女優の確保が急務となっているのです」

男P「346プロという業界でも大手で女優がいない部署というのはかなり肩身が狭い状態となっており、何としても今期中に成果を出さねばならないのです」

卯月「そ、そうなんですか……」

男P「ええ。ですが、女優が集まるのは仕事も多い芸能一部や芸能三部ばかり、街頭スカウトでスカウトしてきても、半年もたたないうちに他部署に移動を希望する子ばかりで、もうどうにもならない状態になっているのですよ」

卯月「はぁ……」

男P「そこでです! 私は可能性は低いですが、外からではなく346プロ内部で我が芸能五部に所属していただけるような女優、もしくは女優のタマゴを探していたのです。そして見つけたのが貴女なのです!」

卯月「え、えと、私、アイドルをやっているんですが……」

男P「アイドルも女優も区別などあってない様なものです。むしろアイドルをしながら俳優業もこなす子は沢山います。貴女もそういった子たちと同じように女優をやってみませんか!?」

まくし立てるように、男Pと名乗った人は私に説明をする。
熱心な人だなと思う、でも私が女優をするなんて……。
自分のやりたいことも、自分の出来ることもわからないのに、新しいことを始めるなんて……。
それに、私にはニュージェネレーションやシンデレラプロジェクトがあって……。
他の部署に行くなんて……。


卯月「あの、折角のお話なんですが、私は……」

男P「駄目、でしょうか?」

先ほどまで興奮した感じで話していたのに、一気に顔色を曇らせ私を見る。

卯月「はい……今は自分に出来ることを頑張らないといけないんで」

男P「……そう、ですか」

卯月「……すみません」

男P「いえ、いえ! 島村さんが謝られることは無いです! こちらが勝手にお願いしているだけなのですから!」

卯月「すみません……私、少し用もありますのでこれで失礼します」

そう、私はこんな事をしている場合じゃない。
ちひろさんともう一度話をしなくてはいけないんだ。

男P「わかりました。ですが、また気が変わられましたら、こちらに連絡をいただけますか?」

そう言って私に名刺を差し出してくる。
私は少しだけ躊躇したが、その名刺を受け取った。

男P「ありがとうございます」

男P「……ああ、それと」


もう話を終わらせたかった私だったが、男Pと名乗った人が持っていた鞄から3本のビンを取り出して私に差し出してきた。

男P「良かったらどうぞ」

卯月「スタミナドリンクですか?」

男P「ええ、346プロのスタミナドリンク。運動後や、疲れているときには必須といえますよね」

そう言って蓋を開け一気に飲み干しビンを鞄にしまう。

男P「これからレッスンをされるんでしたら、水やスポーツドリンクよりスタミナドリンクをおススメしますよ」

私は差し出された2本のスタミナドリンクを見て少し迷う。
だけど名刺も受け取った手前、これを受け取らないのもどうかと思いスタミナドリンクを受け取り、頭を下げ応接室を後にする。

男P「…………」

後ろからの視線に少しだけ、寒気がした。
私はそれを気にせずにちひろさんを探すために、受付の人の下に急ぐことにした。

今日はこのへんで。
>>44 頑張るね。

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